寄稿論文 電荷反転型脂質誘導体dop-deda を用いた 核酸デリバ …

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2 寄稿論文 電荷反転型脂質誘導体 DOP-DEDA を用いた 核酸デリバリーシステム 静岡県立大学薬学部 教授   浅井 知浩 Abstract 脂質ナノ粒子(lipid nanoparticle: LNP)を用いた核酸デリバリーシステムへの応用を目的とし,電荷反転 型脂質誘導体dioleoylglycerophosphate-diethylenediamine DOP-DEDA)を開発した。 DOP-DEDAは, pHに依存して頭部の実効電荷が-1~+2 まで変化する電荷反転型脂質誘導体であり, small interfering RNA siRNA)やmRNAのデリバリーに応 用可 能である。本 稿では, DOP-DEDAを含有するLNP DOP- DEDA LNP )を用いたsiRNAデリバリーについて述 べる。マイクロ流 路を用いてsiRNAを封 入したDOP- DEDA LNPを調製したところ,粒子径約100 nmの均一な球形粒子が得られた。両親媒性のDOP-DEDA を基盤とするDOP-DEDA LNPは高い分散性を示し,ポリエチレングリコール(PEG)脂質を用いずとも均一 な粒子を形成した。 DOP-DEDA LNPの表面電荷は,生理的pHではほぼ中性,酸性条件下ではカチオン性 を示した。 DOP-DEDA LNP は,高いpH応答性を示し,エンドソーム脱出能が高いことが示唆された。 DOP- DEDA LNPを用いてがん細胞にsiRNAを導入したところ,低濃度のsiRNAで高い遺伝子発現抑制効果を 示した。 DOP-DEDAは,一般のイオナイザブル脂質とはまた異なる特徴を有するpH応答性脂質誘導体であ り,核酸医薬開発やmRNAワクチン開発への応用が期待される。 Keyword: dioleoylglycerophosphate-diethylenediamine DOP-DEDA),脂質ナノ粒子(lipid nanoparticle: LNP), DOP-DEDA LNP,電荷反転型脂質誘導体,核酸デリバリーシステム ■はじめに 近年,核酸医薬は,新しい創薬モダリティとして大きな注目を集めている。修飾核酸技術やドラッグデリバリー システム(DDS)技術の進展に伴い, RNA干渉薬やmRNAワクチンが実用化に至るようになった。米アルナイ ラム社が開発した世界初のRNA干渉薬である「オンパットロ ® 」は脂質ナノ粒子(lipid nanoparticle: LNPsmall interfering RNA siRNA)を封入したDDS製剤である。また米モデルナ社が開発したcoronavirus disease 2019 COVID-19 )に対するmRNAワクチン「mRNA-1273 」,および独ビオンテック社と米ファイ ザー社が共同開発した同ワクチン「コミナティ ® 」にもLNP 技術が採用されている。 siRNAあるいはmRNALNPに封入することにより, RNAの生体内での安定性や細胞への導入効率が著しく向上し, RNA干渉薬や mRNAワクチンの効果がそれぞれもたらされる。一般にLNPの構成脂質には,核酸の保持,細胞内への移行, エンドソームからの脱出に欠かせないpH 応 答 性の脂 質 誘 導 体が含まれている。具 体 的には,オンパットロ にはDLin-MC3-DMAmRNA-1273にはSM-102,そしてコミナティにはALC-0315 という名称の脂質誘導 体が含まれている(1 )。これらの脂質誘導体の構造の共通点は,その頭部に第3級アミンを持つことであり,酸 性条件下でのみ頭部がイオン化しカチオン性を示す。そのため,これらの脂質誘導体はイオナイザブル脂質 と呼ばれている。核 酸 送 達におけるLNPの性能は, pH 応答性脂質誘導体の性能に依存する。安全かつ TCI 2021 年夏号 l No. 187

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寄稿論文

電荷反転型脂質誘導体 DOP-DEDA を用いた核酸デリバリーシステム静岡県立大学薬学部 教授  浅井 知浩

Abstract 脂質ナノ粒子(lipid nanoparticle: LNP)を用いた核酸デリバリーシステムへの応用を目的とし,電荷反転型脂質誘導体dioleoylglycerophosphate-diethylenediamine(DOP-DEDA)を開発した。DOP-DEDAは,pHに依存して頭部の実効電荷が-1~+2まで変化する電荷反転型脂質誘導体であり,small interfering RNA(siRNA)やmRNAのデリバリーに応用可能である。本稿では,DOP-DEDAを含有するLNP(DOP-DEDA LNP)を用いたsiRNAデリバリーについて述べる。マイクロ流路を用いてsiRNAを封入したDOP-DEDA LNPを調製したところ,粒子径約100 nmの均一な球形粒子が得られた。両親媒性のDOP-DEDA を基盤とするDOP-DEDA LNPは高い分散性を示し,ポリエチレングリコール(PEG)脂質を用いずとも均一な粒子を形成した。DOP-DEDA LNPの表面電荷は,生理的pHではほぼ中性,酸性条件下ではカチオン性を示した。DOP-DEDA LNP は,高いpH応答性を示し,エンドソーム脱出能が高いことが示唆された。DOP-DEDA LNPを用いてがん細胞にsiRNAを導入したところ,低濃度のsiRNAで高い遺伝子発現抑制効果を示した。DOP-DEDAは,一般のイオナイザブル脂質とはまた異なる特徴を有するpH応答性脂質誘導体であり,核酸医薬開発やmRNAワクチン開発への応用が期待される。

Keyword: dioleoylglycerophosphate-diethylenediamine(DOP-DEDA),脂質ナノ粒子(lipid nanoparticle: LNP),DOP-DEDA LNP,電荷反転型脂質誘導体,核酸デリバリーシステム

■はじめに

 近年,核酸医薬は,新しい創薬モダリティとして大きな注目を集めている。修飾核酸技術やドラッグデリバリーシステム(DDS)技術の進展に伴い,RNA干渉薬やmRNAワクチンが実用化に至るようになった。米アルナイラム社が開発した世界初のRNA干渉薬である「オンパットロ®」は脂質ナノ粒子(lipid nanoparticle: LNP)にsmall interfering RNA(siRNA)を封入したDDS製剤である。また米モデルナ社が開発したcoronavirus disease 2019(COVID-19)に対するmRNAワクチン「mRNA-1273」,および独ビオンテック社と米ファイザー社が共同開発した同ワクチン「コミナティ®」にもLNP技術が採用されている。siRNAあるいはmRNAをLNPに封入することにより,RNAの生体内での安定性や細胞への導入効率が著しく向上し,RNA干渉薬やmRNAワクチンの効果がそれぞれもたらされる。一般にLNPの構成脂質には,核酸の保持,細胞内への移行, エンドソームからの脱出に欠かせないpH応答性の脂質誘導体が含まれている。具体的には,オンパットロ にはDLin-MC3-DMA,mRNA-1273にはSM-102,そしてコミナティにはALC-0315という名称の脂質誘導体が含まれている(1)。これらの脂質誘導体の構造の共通点は,その頭部に第3級アミンを持つことであり,酸性条件下でのみ頭部がイオン化しカチオン性を示す。そのため,これらの脂質誘導体はイオナイザブル脂質 と呼ばれている。核酸送達におけるLNPの性能は,pH応答性脂質誘導体の性能に依存する。安全かつ

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図1. DOP-DEDAの構造式

図2. DOP-DEDA LNPの模式図

高効率な核酸送達を実現するためには,pH応答性脂質誘導体を適切に設計し,そのうえでLNPの脂質組成 などの処方を最適化する必要がある。これまで筆者らは,画期的な核酸医薬品の開発を目的として,独自のpH応答性脂質誘導体ならびにLNPを開発し,核酸デリバリーシステムに関する基礎研究に取り組んできた(2, 3)。そして最近,日本精化株式会社と共同で高いpH応答性を示す両親媒性の電荷反転型脂質誘導体dioleoylglycerophosphate-diethylenediamine(DOP-DEDA)を新たに設計し,優れた導入効率を示す核酸導入用LNPを開発した(4, 5)。本稿では,DOP-DEDAを含有するLNP(DOP-DEDA LNP)を用いた核酸デリバリーシステムについて紹介する。

■ DOP-DEDA の構造的な特徴

 DOP-DEDAの構造式は図1に示すとおりであり,基本骨格は天然のグリセロリン脂質によく類似している。DOP-DEDAは,グリセロール骨格に2本のオレイン酸とリン酸が結合しており,頭部にはリン酸を介してDEDAが結合している。DOP-DEDAは,頭部の実効電荷がpHに依存して-1~+2まで変化する脂質誘導体である。酸性条件下ではDOP-DEDAの頭部は正電荷を帯びるため,負電荷の核酸(siRNA,mRNA等)と静電的に相互作用する。そのため,DOP-DEDAを含むLNPの構成脂質と核酸をマイクロ流路で混合すると,核酸を封入したDOP-DEDA LNPを調製することができる(図2)。核酸を封入したDOP-DEDA LNPの表面電荷は,中性pHにおいてほぼ中性を示し,酸性条件下ではカチオン性を示す。またアルカリ性条件下ではアニオン性を示すことから,DOP-DEDA LNP はpHに依存して電荷が反転する性質をもつLNPである。DOP-DEDAは,中性pHにおいても頭部がイオン化した状態であり,正と負の電荷が相殺されて実効電荷がほぼゼロとなる(図3)。一般の第3級アミン含有のイオナイザブル脂質は中性pHにおいて頭部がイオン化していないことから,筆者らはDOP-DEDAをイオナイザブル脂質に分類するのは適切ではないと考え,pH応答性脂質誘導体あるいは電荷反転型脂質誘導体と表記するようにしている。生理的条件下でカチオン性を示さず中性脂質としてふるまうDOP-DEDAの性質は,一般のイオナイザブル脂質と同様に安全性の面で有利に働くと考えられる。

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図3. pHによるDOP-DEDAの実効電荷の変化

図4. DOP-DEDA LNPのクライオ電子顕微鏡写真DOP-DEDA/DPPC/コレステロール=45/10/45(モル比),全脂質/siRNA = 7000/1(モル比)

 DOP-DEDAには,中性pHにおいて両親媒性のグリセロリン脂質によく似た物理化学的性質を有する特徴があり,この点は第3級アミン含有のイオナイザブル脂質とは異なっている。中性pHにおけるイオナイザブル脂質の頭部はイオン化していないため,一般的な両親媒性リン脂質と比較すると頭部の極性が低くなっている。一方,DOP-DEDAは中性pHで両親媒性リン脂質としてふるまうため,DOP-DEDA LNPは中性水溶液中での分散性および安定性に優れている。そのため,DOP-DEDA LNPは,その脂質組成にポリエチレングリコール(PEG)脂質が含まれなくても中性水溶液中で安定な粒子を形成する。一方で,一般にイオナイザブル脂質を含有するLNPには総脂質に対して数モルパーセントに満たないPEG脂質が含まれており,このPEG脂質が安定な粒子形成に寄与することが知られている。実際,筆者らは市販のイオナイザブル脂質を用いてPEG脂質を含まないLNPの調製を試みたが,PEG脂質なしではLNPが凝集してしまい,均一な粒子を調製できなかったという経験がある。またイオナイザブル脂質のLNPに関する論文のなかで,PEG脂質を加えないと凝集が原因でLNPが形成されなかったという実験結果が報告されている(6)。siRNAを封入したDOP-DEDA LNPのクライオ電子顕微鏡画像を図4に示すが,このLNPは,DOP-DEDA/ジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)/コレステロール=45/10/45(モル比)の組成で形成されており,PEG脂質をまったく含んでいない。

DOP-DEDAは,PEG脂質を使用せずとも分散性の高いLNPを形成可能であるという点で従来のイオナイザブル脂質とは差別化できると考えている。mRNAワクチン(LNP製剤)の副反応においてはPEG脂質に対する懸念が指摘されており(7),DOP-DEDAがLNP形成にPEG脂質を必要としないことは,今後重要な利点になる可能性がある。

■ DOP-DEDA LNP の調製

 DOP-DEDA LNPは,イオナイザブル脂質を含有するLNPと同様にマイクロ流路を用いた方法で調製可能である。アルコールに溶かした混合脂質と水系溶媒に溶かしたRNAをマイクロ流路で混合し,その後アル

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粒子径(nm) PdI ζ電位 (mV) 封入率(%)

98.3 ± 7.20 0.08 ± 0.02 +0.8 ± 0.2 97.8

表1. DOP-DEDA LNPの粒子径,PdI,ζ電位,およびsiRNA封入率

DOP-DEDA/DPPC/コレステロール=45/10/45(モル比),全脂質/siRNA = 7000/1(モル比), ζ電位測定に用いた溶媒は10 mM Tris-HCl buffer (pH 7.4)

コールを透析により除去することで調製できる。筆者らははじめにDOP-DEDAとヘルパー脂質の混合脂質の凍結乾燥物を用意し,これにアルコールを加えて混合脂質を溶解している。アルコールはtert-ブタノールまたはエタノールを使用している。混合脂質のアルコールへの溶解性はエタノールよりもtert-ブタノールの方が高く,濃い脂質溶液の調製が必要なときにはtert-ブタノールは有用である。しかし,実用性を考えるとエタノールを用いて混合脂質を溶解した方が好ましいと考えられる。siRNAもしくはmRNAを溶解する水系溶媒としては1 mMのクエン酸水溶液(pH 4.5)を用いている。なお,クエン酸の濃度はLNPの形成に影響を与える要因のひとつである。エタノールに溶解したDOP-DEDAを含む混合脂質とクエン酸水溶液に溶解したsiRNAもしくはmRNAをマイクロ流路内で混合すると,DOP-DEDA LNPの中間体のような粒子が形成される。この溶液を透析膜に入れ,水中で透析してエタノールを除去すると,最終的なDOP-DEDA LNPが形成される。DOP-DEDA LNPの粒子径および多分散指数(Polydispersity Index: PdI)は,アルコール/水の溶媒比や脂質濃度等の調製条件の調整で制御することが可能である。LNPを目的の粒子径にするための調整条件は,実験者が実際に使用するマイクロ流路を用いて検討する必要があるであろう。筆者らはDOP-DEDA LNPの平均粒子径が約100 nm,PdIが0.100未満になる条件で調製することが多い。一例として実際に調製したDOP-DEDA LNP の粒子径,PdI,ζ電位,およびsiRNA封入率を表1に示す。siRNAやmRNAのDOP-DEDA LNPへの封入率は,RiboGreen®試薬を用いて算出することができる。この方法でsiRNAやmRNAの封入率について検討したところ,いずれも95%以上の封入率でDOP-DEDA LNPを調製可能であることがわかっている。

■ DOP-DEDA LNP の pH 応答性

 LNPを用いて核酸を細胞質に送達するためには,エンドサイトーシスにより細胞に取り込またLNPがエンドソームから脱出する必要がある。エンドソームからの脱出効率に優れるLNPは,効率的に核酸を細胞質に送達し高い効果をもたらす。pH応答性のLNPがエンドサイトーシスにより細胞に取り込まれると,エンドソーム内の酸性条件下(pH 5~6)でLNPのpH応答性脂質がプロトン化され,LNPが正電荷を帯びる。LNPにプロトンを吸収されると,エンドソーム内には外からプロトンやアニオンが流入し,エンドソーム内の塩濃度,浸透圧が高くなり,エンドソームが不安定化する。またLNPが正電荷を帯びるとエンドソーム内の膜と相互作用しやすくなり,LNPのエンドソームからの脱出が促進される。そのため,LNPのpH変化に応じたプロトン化,すなわちpH応答性は,核酸の導入効率に決定的な影響を与える。このpH応答性を評価する手法のひとつに2-(p-Toluidino)naphthalene-6-sulfonic acid(TNS)を用いたアッセイがある。図5にはTNSアッセイによりsiRNAを封入したDOP-DEDA LNPのpH応答性を評価した結果を示した。DOP-DEDA LNPにTNSを加えると,pHが低下するほど蛍光強度が高くなることから,pHが低いほどDOP-DEDAが正電荷を帯びていることがわかる。先にも述べたように,DOP-DEDAの実効電荷は,-1~+2まで変化する。一方,TNSアッセイで対照として用いたLNPには第3級アミンのイオナイザブル脂質が含まれ,その実効電荷の変化は0~+1である。この違いを反映し,DOP-DEDA LNPはpH変化に対して蛍光強度がより大きく変化している。滴定曲線からDOP-DEDAの見かけのpKaを算出すると,約6.5であった。エンドソーム内pHを想定したpH 5.5および生理的pH 7.4においてDOP-DEDA LNPとウシ赤血球をインキュベーションしたところ,生理的pHでは溶血が

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図5. TNSアッセイによるDOP-DEDA LNPの滴定DOP-DEDA LNP:DOP-DEDA/DPPC/コレステロール=45/10/45(モル比)

LNP(対照イオナイザブル脂質):イオナイザブル脂質/DSPC/コレステロール/DMG-PEG2000=50/10/38.5/1.5(モル比) LNPの濃度はいずれも総脂質濃度で20 mM

文献(5)の図を一部改変

見られなかったが,pH 5.5では溶血が見られた(5)。この結果は,DOP-DEDA LNPが生理的pH条件下では膜のバリア能に影響を与えないが,エンドソーム内pH条件下では膜を不安定化することを示唆している。またDOP-DEDA LNPを培養細胞株に添加し,共焦点レーザースキャン顕微鏡を用いて蛍光標識siRNAの細胞内動態をタイムラプス解析すると,siRNAが細胞質に拡散していく様子が観察された(5)。以上の結果から,高いpH応答性をもつDOP-DEDA LNPは,エンドソームからの脱出能に優れ,核酸を細胞質に送達するキャリアとして有用であると考えられる。

■ DOP-DEDA LNP を用いた siRNA デリバリーシステム

 細胞周期制御タンパク質であるpolo-like kinase 1(PLK1)に対するsiRNAを封入したDOP-DEDA LNPを調製し,標的遺伝子に対する遺伝子発現抑制効果を評価した。ヒト乳がん細胞株MDA-MB-231細胞にDOP-DEDA LNPを添加し,72時間後にPLK1 mRNAの発現をRT-PCR法によって測定した結果を図6a

に示す。siRNA濃度として3~15 nMの低濃度で有意な遺伝子発現抑制効果が得られ,siRNA濃度依存的な抑制効果を示した。対照としてスクランブル配列のsiRNAを封入したDOP-DEDA LNPを添加した群では,遺伝子発現抑制効果がまったく見られなかった。また,MDA-MB-231細胞にDOP-DEDA LNPを添加し,72時間後にPLK1 タンパク質の発現をwestern blot法によって評価した結果を図6bに示す。遺伝子レベルで確認された発現抑制効果を反映し,低濃度のsiRNAによって標的タンパク質であるPLK1の発現抑制が観察された。乳酸脱水素酵素(lactate dehydrogenase: LDH)アッセイ法でDOP-DEDA LNPの細胞膜傷害性について検討したところ,膜に傷害を与えずに遺伝子発現抑制効果を誘導できることが示唆された。なお,siRNAを封入したDOP-DEDA LNPを用いた遺伝子サイレンシングは,MDA-MB-231細胞のほかにHT1080ヒト線維芽肉腫細胞等の別のがん細胞株やマクロファージ等の免疫細胞でも確認されている。DOP-DEDA LNPは,使用する細胞によって導入効率が異なるが,その原因については現時点で明らかになっていない。今後の検討でどのような細胞に入りやすいか,どのような機構で細胞に導入されるか等の疑問が明らかになれば,細胞選択的な治療に繋がる可能性がある。イオナイザブル脂質のLNPでは,その細胞取

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図6. DOP-DEDA LNPを用いたPLK1遺伝子の発現抑制(MDA-MB-231細胞)文献(5)から引用

り込み機構としてアポリポプロテインE(ApoE)受容体を介した機構が知られている(8)。またMDA-MB-231細胞はApoE受容体を高発現することが報告されている(9)。そこでDOP-DEDA LNPも同様の機構で取り込まれるかについて検討したところ,ApoE量依存的にMDA-MB-231細胞に取り込まれることが明らかになった(5)。しかし,DOP-DEDA LNPの細胞取り込み機構についてはまだ不明な点が多い。 DOP-DEDA LNPの特長のひとつは,PEG脂質非存在下でも安定なLNPを形成することであるが,血中滞留性を付与するためにPEGを修飾することも可能である。実際,筆者らはPEGで被覆したDOP-DEDA LNPを担がんマウスに静脈内投与し,enhanced permeability and retention(EPR)効果によりLNPが固形がんに集積することを明らかにしている(4)。加えて,その固形がんにおいて標的遺伝子のサイレンシングが誘導されることも確認している(4)。

■おわりに

 脂質を基盤とするナノ粒子の医療応用は,1990年代に誕生したリポソーム製剤のアンビゾームやドキシル等に始まり,近年ではLNP製剤であるオンパットロやCOVID-19ワクチン(mRNA-1273,コミナティ)へと発展してきた。ナノDDSの医療応用において,脂質からなるナノ粒子の有用性と実用性は歴史が証明している。生体においては脂質膜で囲まれた小胞(エクソソーム,細胞小器官等)が多彩な機能を担っていることから,人工的に作成する脂質小胞の応用範囲はまだまだこれから広がる可能性が高い。特に生体内における物質輸送を模倣したナノDDSは,今後も発展し医療に貢献する研究領域であると考えられる。脂質を基盤とするDDSは,古くて新しい技術であり続けるであろう。 本稿ではDOP-DEDA LNPを用いたsiRNAデリバリーについて紹介したが,DOP-DEDA LNP はmRNAデリバリーにも応用可能であることがわかっている。タンパク質のデリバリーにも応用できる可能性があり,今後

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文 献

*オンパットロ®はAlnylam Pharmaceuticals, Inc.の,コミナティ®はBioNTech SE社の,RiboGreen®はMolecular Probes, Inc.の,アンビゾーム®はGILEAD SCIENCES, INC.の,ドキシル®はBAXTER HEALTHCARE CORPORATIONの登録商標です。

の展開が期待される。DOP-DEDAは,イオナイザブル脂質とはまた異なる特徴を有するグリセロリン脂質誘導体であり,その特徴を活かしたアプリケーションがあるであろうと考えられる。画期的な核酸医薬やmRNAワクチンが医療に大きく貢献する時代を迎えたなかで,DOP-DEDAを用いた筆者らの研究成果がその一助になれば幸いである。

謝辞

 本研究を遂行するにあたりご指導ご鞭撻を賜りました奥直人先生(帝京大学薬学部教授,静岡県立大学名誉教授)に心より感謝申し上げます。

(1) L. Schoenmaker, D. Witzigmann, J. A. Kulkarni, R. Verbeke, G. Kersten, W. Jiskoot, D. J. A. Crommelin, Int. J. Pharm. 2021, 601, 120586.

(2) 浅井知浩, 出羽毅久, 奥 直人, オレオサイエンス 2016, 16, 271.(3) S. Yonezawa, H. Koide, T. Asai, Adv. Drug Deliv. Rev. 2020, 154, 64.(4) 浅井知浩, 奥直人, 前田典之, 深田尚文, 冨田康治, WO2018/190017.(5) Y. Hirai, R. Saeki, F. Song, H. Koide, N. Fukata, K. Tomita, N. Maeda, N. Oku, T. Asai, Int. J. Pharm. 2020,

585, 119479.(6) Y. Suzuki, K. Hyodo, Y. Tanaka, H. Ishihara, J. Control. Release 2015, 220, 44.(7) A. Troelnikov, G. Perkins, C. Yuson, A. Ahamdie, S. Balouch, P. R. Hurtado, P. Hissaria, J. Allergy Clin.

Immunol. 2021, 148, 91.(8) R. L.Rungta, H. B. Choi, P. J. Lin, R. W. Ko, D. Ashby, J. Nair, M. Manoharan, P. R. Cullis, B. A. Macvicar,

Mol. Ther. Nucleic Acids 2013, 2, e136.(9) C. J. Antalis, A. Uchida, K. K. Buhman, R. A. Siddiqui, Clin. Exp. Metastasis 2011, 28, 733.

関連製品DOP-DEDA 50mg 23,000円 D5882

浅井 知浩1993年4月-1997年3月 静岡県立大学薬学部薬学科1997年4月-1999年3月 静岡県立大学大学院薬学研究科製薬学専攻博士前期課程1999年4月-2002年3月 静岡県立大学大学院薬学研究科製薬学専攻博士後期課程 ⽇本学術振興会特別研究員DC12002年3月 博士(薬学)取得2002年4月-2004年2月 三菱ウェルファーマ株式会社製薬研究所・研究員2004年2月-2013年4月 静岡県立大学薬学部,大学院薬学研究院・講師2005年10月-2005年12月 University of North Carolina・Visiting Scholar2011年7月-2012年6月 University of North Carolina・Visiting Scholar2013年4月-2018年3月 静岡県立大学薬学部,大学院薬学研究院・准教授2018年4月-現在 静岡県立大学薬学部,大学院薬学研究院・教授

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