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〔ウイルス 第 64 巻 第 1 号,pp.35-422014子宮頸癌をはじめとする HPV による発癌 ハイリスク HPV は持続感染しやすい(潜伏状態になり にくい).この HPV 持続感染が HPV 感染から子宮頸癌の 発生につながる最も直接的なイベントである.HPV の持 続感染とは,HPV が“持続的に増殖感染状態”になるこ とである.HPV が娘ウイルスを増やそうとすると,HPV E6, E7 遺伝子によって感染細胞の分裂が促進される. この HPV がウイルス増殖を行っている状態(増殖感染) Cervical intraepithelial neoplasia grade 1CIN1)に相 当する.増殖感染が持続すると,偶発的にウイルスゲノム が細胞ゲノムに挿入 integration されてしまうことがある. 挿入されたウイルスゲノムでは E6E7 遺伝子の発現が制 御不能となる.E6E7 蛋白質は,感染細胞の癌抑制蛋白 質を阻害する作用を持ち,無秩序に細胞増殖が促進され, かつアポトーシスを起らなくなり不死化する.この状態が CIN2, CIN3 に相当する.そこに他の発癌促進因子(代表 的なものは喫煙)が加わり,遺伝子異常の蓄積,染色体異 常が続き,最終的に癌形質を獲得していく.HPV 関連の 性器癌はどれも同様の機序であると考えられる 1世界的には,上述の年間 50 万人以上が子宮頸癌に罹患 し年間 26 万人が子宮頸癌で死亡する.発症数・死亡数とも, 世界で最も多いのはアフリカで,次いで我々の地域である 東アジアである 2.世界的には乳癌に続き女性の癌の第 2 位が子宮頸癌である.日本では,年間約 8800 人が罹患し, 2500 人が子宮頸癌で死亡している.ここで最も大きな 問題は年齢別罹患率である.この 20 年間で子宮頸癌の罹 患ピークはあきらかに若年化している.1985 年当時は 60-65 才が最も罹患者が多かったが,20 年後の 2005 年に 30-40 才が罹患ピークに前倒しになっている(1). その理由は,性活動の若年齢層化が大きな要素と考えら れ,それに若年層における癌検診の受診率の低さが拍車を かけている. 子宮頸癌ではハイリスク HPV がほぼ 100% に検出され, 1. HPV を標的にした子宮頸癌に対する創薬開発 名 敬 東京大学大学院医学系研究科生殖発達加齢医学専攻産婦人科学講座 准教授 ヒトパピローマウイルス(HPV)のうち発癌性 HPV では,持続感染によって子宮頸癌をはじめと する癌を発症することがある.HPV を標的とした子宮頸癌治療には,E6, E7 が標的分子として期待 される.HPV を標的した分子標的治療として我々は 2 つ考えた.①ウイルス癌遺伝子の発現を siRNA で抑える核酸医学と,②ウイルス癌蛋白質を癌抗原とした癌免疫療法,である.①ウイルス 癌遺伝子の発現を抑える核酸医学は多く検討されてきたが,その drug-delivery systemDDS)が問 題であった.我々は高分子ナノミセルを用いた DDS E6/E7 siRNA に組み合わせた創薬基礎研究を 行った.② HPV 分子に対する細胞性免疫を誘導することによって免疫学的排除を目指した癌免疫療 法(HPV 治療ワクチンとも言う)は子宮頸癌やその前癌病変に対する臨床試験も多く実施されてきた. しかし,いずれも実用化されていない.我々は HPV16 E7 に対する粘膜免疫を誘導する癌免疫療 法として E7 発現乳酸菌を製剤化し,経口投与することを考えた.子宮頸癌前癌病変(CIN3)患者を 対象とした臨床試験では,腸管粘膜で誘導された抗 E7-IFN-gamma 産生細胞が子宮頸部粘膜にホー ミングし,CIN3 を退縮させることを見いだした.HPV 発癌を逆手に取った HPV 分子標的治療につ いて,新しい戦略を用いた創薬とその臨床応用の可能性が示唆された. 連絡先 113-8655 東京都文京区本郷 7-3-1 東京大学大学院医学系研究科生殖発達加齢医学専攻産婦 人科学講座 TEL: 03-3815-5411 FAX: 03-3816-2017 E-mail: [email protected] 特集 61 回日本ウイルス学会学術集会シンポジウム 1 「発癌ウイルス」

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〔ウイルス 第 64巻 第 1号,pp.35-42,2014〕

子宮頸癌をはじめとする HPVによる発癌

 ハイリスク HPVは持続感染しやすい(潜伏状態になりにくい).この HPV持続感染が HPV感染から子宮頸癌の発生につながる最も直接的なイベントである.HPVの持続感染とは,HPVが“持続的に増殖感染状態”になることである.HPVが娘ウイルスを増やそうとすると,HPVの E6, E7遺伝子によって感染細胞の分裂が促進される.この HPVがウイルス増殖を行っている状態(増殖感染)が Cervical intraepithelial neoplasia grade 1(CIN1)に相当する.増殖感染が持続すると,偶発的にウイルスゲノムが細胞ゲノムに挿入 integrationされてしまうことがある.

挿入されたウイルスゲノムでは E6,E7遺伝子の発現が制御不能となる.E6,E7蛋白質は,感染細胞の癌抑制蛋白質を阻害する作用を持ち,無秩序に細胞増殖が促進され,かつアポトーシスを起らなくなり不死化する.この状態がCIN2, CIN3に相当する.そこに他の発癌促進因子(代表的なものは喫煙)が加わり,遺伝子異常の蓄積,染色体異常が続き,最終的に癌形質を獲得していく.HPV関連の性器癌はどれも同様の機序であると考えられる 1). 世界的には,上述の年間 50万人以上が子宮頸癌に罹患し年間 26万人が子宮頸癌で死亡する.発症数・死亡数とも,世界で最も多いのはアフリカで,次いで我々の地域である東アジアである 2).世界的には乳癌に続き女性の癌の第 2位が子宮頸癌である.日本では,年間約 8800人が罹患し,約 2500人が子宮頸癌で死亡している.ここで最も大きな問題は年齢別罹患率である.この 20年間で子宮頸癌の罹患ピークはあきらかに若年化している.1985年当時は60-65才が最も罹患者が多かったが,20年後の 2005年には 30-40才が罹患ピークに前倒しになっている(図 1). その理由は,性活動の若年齢層化が大きな要素と考えられ,それに若年層における癌検診の受診率の低さが拍車をかけている. 子宮頸癌ではハイリスク HPVがほぼ 100%に検出され,

1. HPVを標的にした子宮頸癌に対する創薬開発

川 名 敬東京大学大学院医学系研究科生殖発達加齢医学専攻産婦人科学講座 准教授

 ヒトパピローマウイルス(HPV)のうち発癌性 HPVでは,持続感染によって子宮頸癌をはじめとする癌を発症することがある.HPVを標的とした子宮頸癌治療には,E6, E7が標的分子として期待される.HPVを標的した分子標的治療として我々は 2つ考えた.①ウイルス癌遺伝子の発現をsiRNAで抑える核酸医学と,②ウイルス癌蛋白質を癌抗原とした癌免疫療法,である.①ウイルス癌遺伝子の発現を抑える核酸医学は多く検討されてきたが,その drug-delivery system(DDS)が問題であった.我々は高分子ナノミセルを用いた DDSを E6/E7 siRNAに組み合わせた創薬基礎研究を行った.② HPV分子に対する細胞性免疫を誘導することによって免疫学的排除を目指した癌免疫療法(HPV治療ワクチンとも言う)は子宮頸癌やその前癌病変に対する臨床試験も多く実施されてきた.しかし,いずれも実用化されていない.我々は HPV16型 E7に対する粘膜免疫を誘導する癌免疫療法として E7発現乳酸菌を製剤化し,経口投与することを考えた.子宮頸癌前癌病変(CIN3)患者を対象とした臨床試験では,腸管粘膜で誘導された抗 E7-IFN-gamma産生細胞が子宮頸部粘膜にホーミングし,CIN3を退縮させることを見いだした.HPV発癌を逆手に取った HPV分子標的治療について,新しい戦略を用いた創薬とその臨床応用の可能性が示唆された.

連絡先〒 113-8655 東京都文京区本郷 7-3-1東京大学大学院医学系研究科生殖発達加齢医学専攻産婦人科学講座TEL: 03-3815-5411FAX: 03-3816-2017E-mail: [email protected]

特集 第 61回日本ウイルス学会学術集会シンポジウム 1「発癌ウイルス」

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36 〔ウイルス 第 64巻 第 1号,

そのうち約 45%は HPV16型,15%は HPV18型が起因ウイルスである.HPV16, 18感染による子宮頸癌の相対危険度は HPV陰性と比べて 200~ 400倍である 2).またHPV16, 18は感染してから子宮頸癌に至るまでに要する時間が他のハイリスク HPVと比べて短いと考えられ,そのために 20-40才代で発症する若年子宮頸癌では HPV16, 18の検出頻度が高くなる.子宮頸癌で検出される HPVタイプとしては,HPV16, 18以外では HPV52, 58, 31, 33型が続く. HPVによるウイルス発癌は,子宮頸癌以外にも起こりうる(図 2).HPVによる発癌は HPV16, 18を中心として多くの癌で報告されている.肛門癌の 95%,咽頭癌の63%,陰茎癌の 35%は HPVによる発癌と考えられ,その多くは男性患者である 3).HPVによる発癌は男性にも関係があることがわかる.

HPVを標的にした 2つの新たな子宮頸癌治療

 HPVとの関連性が最も深く,罹患者数が最も多いのは子宮頸癌である.そこで,我々は子宮頸癌をモデルにしたHPV発癌に対する新しい治療を開発しようと試みている.すなわち,HPVのウイルス分子を標的にした一種の分子標的治療薬の開発である.本稿では,その中に2つを紹介したい. 1つは,抗 HPV細胞性免疫を誘導して HPV発現子宮頸癌細胞を免疫学的に排除する癌免疫療法である.これにより CINや子宮頸癌の治療効果を期待する薬物療法である.

間接的ではあるが,HPVウイルス分子に対する免疫を介した分子標的治療ともいえる.免疫誘導のワクチンとも言えるため,HPV治療ワクチン,癌ワクチンとも呼ばれる.これまでの先行研究との違いは,我々の免疫療法は,粘膜免疫を介した抗 HPV細胞性免疫を誘導する作戦である点にある.癌免疫療法としては初の試みであり,既に第 IIb相に相当する自主臨床試験を実施中である. もう1つは,HPV発癌のメカニズムに基づいて,発癌に必須のウイルス癌蛋白質である E6, E7の発現を抑制することで子宮頸癌細胞の増殖を止めアポトーシスに導く薬物療法である.我々は,核酸医学の siRNAを E6/E7の転写産物に効かせることとした.癌蛋白質を阻害する文字通り分子標的治療薬と言える.ただし,標的分子が外来性のウイルス蛋白質であることから,普通の分子標的治療薬とは異なり正常組織への影響が低いメリットがある.siRNAを用いたウイルス遺伝子の転写抑制は,invitroの培養細胞では容易に観察できるが,ヒトへ応用するためにはドラッグデリバリーの問題があった.そこで,我々は,高分子ミセルで siRNAを内包する薬剤を作成した.

HPVを標的とした癌免疫療法

 HPVのウイルス発癌である子宮頸癌は,HPV分子という明確な標的分子がある.その中で子宮頸癌に恒常的に発現しているのが,癌蛋白質の HPV E6,E7蛋白質である 4).その中で E7は,癌患者などに E7抗体が存在することからヒトにおける抗原性が証明されている.一方,E6抗体

図 1 日本における年代別子宮頸癌罹患率

0

10

20

30

40

50

60

8025-30

10

1975 2008

70

1985 2008

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37pp.35-42,2014〕

はヒトでは検出されず,E6の抗原性はヒトでは弱い.以上のことから,HPV E7は HPV分子に対する癌免疫療法の標的としては最も有力な癌抗原と言える.さらには,子宮頸癌(浸潤癌)のみならず,前駆病変である CIN2-3においても,抗 E7ポリクローナル抗体による免疫染色では病変に一致して強い染色を示し,E7が CIN2-3で恒常的に強発現していることがわかっており,CIN2-3に対する癌免疫療法の標的にもなっている 5,6).表1には,海外で実施された HPVを標的とした子宮頸部病変に対する癌免疫療法の臨床試験の一覧を示す 7-14).これまでの HPV標的癌免疫療法の大部分は E7を癌抗原として標的分子としている. 抗 HPV細胞性免疫が CIN病変の制御に重要であることは,HIV患者やステロイド常用者のような細胞性免疫が不全状態にある患者では CIN病変が進行しやすいというデータをもとに推察されている.しかし,末梢血中の抗HPV細胞性免疫と CIN病変退縮の相関性は必ずしもはっきりしない 15-16).HPVを標的とした癌免疫療法は,この抗 HPV細胞性免疫能を,ワクチン抗原を投与することで強制的に誘導もしくは増強し HPV陽性腫瘍細胞を排除するものである. 先行臨床試験と我々の研究の最大の違いは,投与経路である.これまでの研究では,E7特異的細胞性免疫(E7-specific cell-mediated immunity: E7-CMI)を末梢血中に誘導するため,筋注もしくは皮下注でワクチン抗原を投与していた.実際これらの先行研究では,いずれも末梢血中に E7-CMIが誘導されている.しかし,その免疫応答と臨床的有効性が必ずしも相関しておらず,しかも有効性も低いことから臨床応用された薬剤は 1つもない.我々は,これまでの全

身性免疫を誘導するシステムでは子宮頸部粘膜に有効な抗HPV細胞性免疫が誘導されていないのではないかと考えた.すなわち,CIN2-3を制御するためには,粘膜免疫に特異な E7-CMIを誘導し,粘膜面での誘導能を観察する必要があると考えた.

粘膜免疫を介した癌免疫療法

 生殖器を含む粘膜においては,独特の免疫防御機構が構築され,粘膜免疫システムという(図 3).その粘膜免疫システムの中心は粘膜リンパ組織 mucosal-associated lymphoid tissue(MALT)である.腸管粘膜ではパイエル板に代表される GALT(gut-associated)が存在する 17).これら全身に配備されているMALTは,ネットワークを形成し,異物抗原の認識記憶を共有している.ネットワークシステムを成立させているのが粘膜リンパ球である(図3).粘膜リンパ球は,integrin β7という特有の表面抗原を持っている.粘膜リンパ球は,末梢血流を通って,粘膜だけに浸潤していけるようになっている(ホーミングhomingと呼ぶ).この homing機構によって全身の粘膜に同じメモリーを持った粘膜リンパ球が巡ることができる 18). ところが,子宮頸部を含む生殖器粘膜にはMALTに相当する組織は存在しない.これは,MALTの存在によって異物である精子や胎児成分に対する強い免疫応答が実効されてしまうことを避けるための結果かも知れない.生殖器粘膜は,実効組織にはなりうるが,誘導・メモリー組織であるMALTは存在せず,腸管粘膜にある GALTが代用していると考えている.子宮頸部に存在する粘膜リンパ球は女性生殖器の感染防御機構の実効部隊として免疫排除に中心的役割を担っている.著者らは,ヒト(CIN患者)

図 2 HPV感染と深い関連を持つ癌と前駆病変

HPV

VaIN

VIN

AIN

PIN

96%

64%

51%

93%

36%

63%

CIN

16/18

60-70%

88%

86%

93%

87%

95%

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38 〔ウイルス 第 64巻 第 1号,

球 に お け る HPV E7 特 異 的 IFNγ 産 生 細 胞 数 は,GLBL101c経口投与群が最も高く,筋注群の 10倍,皮下注群の 2倍となった.GLBL101c経口投与群は粘膜免疫誘導に優れていることがわかった.我々はすでに子宮頸部リンパ球の一部が腸管由来であることをヒトで証明しており,腸管粘膜の E7特異的 IFNγ産生細胞が子宮頸部粘膜までホーミングすると期待された.

CIN3に対する GLBL101cの探索的第 I/IIa相臨床試験

 著者らは,GLBL101cの安全性と子宮頸癌前癌病変(CIN3)に対する臨床効果を調べる第 I/IIa相の自主臨床試験を実施した.GLBL101cは,死菌化した E7発現乳酸菌(Lactobacillus casei)であり,250mg/capのカプセル剤でヒトに投与可能な GMPグレードで製造されている.カプセルは腸溶化カプセルであり,胃は通過して腸内において溶けて乳酸菌粉末が腸内に撒かれるカプセルである.試験は,東京大学医学部研究倫理審査委員会の承認のもと実施された. 対象はHPV16型単独陽性のCIN3患者 17例で,GLBL101cを 1, 2, 4, 8週に 5日間/週,1日 1回内服する.最少量の投与から始め投与量を 1cap→ 2cap→ 4cap→ 6cap/日と増量した.至適投与量を設定し 7例を追加した.全 17例について,grade2以上の有害事象はなく,Grade1の有害事象も因果関係があるものはなかった.免疫学的評価としては,CxLと末梢血(PBMC)中の E7特異的 IFNγ産生細胞(E7-CMI)を測定した.17例全例で,GLBL101c投与前には,PBMC,CxLともに E7-CMIが明らかに検出さ

の子宮頸部の粘膜リンパ球を子宮頸癌検診の擦過細胞を用いて採取することに成功し,これを子宮頸部リンパ球(cervical lymphocyte: CxLs)と呼んでいる.子宮頸部リンパ球の約 20-40%は,腸管由来の integrin β7+ T細胞であることを見いだした 19).

粘膜免疫を介した E7標的癌免疫療法

 子宮頸部粘膜免疫にとってのメモリー組織である GALTを直接的に抗原刺激するため,著者らは経腸管投与によるE7標的癌免疫療法を考えた.そこで注目したのが乳酸菌Lactobacillus casei である.まず乳酸菌食品として広く食経験のある安全性の高い菌種である.もう一点は,乳酸菌は oral toleranceによって腸管内で免疫寛容を獲得している菌体であり,免疫排除を受けないというメリットがある. 我々は,ジェノラック BL(株)社と共同で,乳酸菌Lactobacillus casei に HPV16型 E7(全長)を提示させたHPV16E7発現乳酸菌(GLBL101c)を製剤化した.安全性の確保の工夫として,E7の癌原性を潰すために E7のRb結合領域にアミノ酸変異を入れ,乳酸菌の加熱処理によって死菌化させた.1菌体の乳酸菌に約 1000分子の E7が発現している.GLBL101cをマウスに経腸管接種するワクチン実験を行ったところ,マウスの腸管由来の粘膜リンパ球において,E7に対する細胞傷害性 CD8+ CTL細胞の誘導と細胞傷害活性が確認された 20).さらに我々は,E7ワクチンを用いて,筋注・皮下注・経口投与の 3群で,全身性と粘膜免疫の E7-CMI誘導能を比較した.全身性免疫誘導の代表である脾臓リンパ球に比して,腸管粘膜リンパ

図 3 子宮頸部における粘膜免疫システム

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siRNAは既報に基づき作成した. RNAはマイナス電荷をもつことからプラス電荷を帯びさせたポリエチレングリコール(PEG)とイオン結合させることで,siRNAを内包できる.PEGの外郭側には RGDを搭載させ,RGDは腫瘍血管や腫瘍細胞に特異的に発現しているインテグリンαVβ3という表面抗原と結合して腫瘍に特異的に運搬させることとなる 21).この siRNAが内包された高分子ミセルは東京大学臨床医工学講座の宮田准教授より供与された. E6/E7 siRNA内包高分子ミセルは,HPV16と HPV18について作製した.DDSの検討を行う前に,まず in vitroでの siRNAのE6発現阻害効果をSiHa細胞(HPV16陽性),HeLa細胞(HPV18陽性),C33A細胞(HPV陰性)を用いて検討したところ,40-50%の増殖抑制能が見られた.また HPV-negativeの子宮頸癌細胞には効果を示さず,この抑制効果が HPVタイプ特異的であることもわかった.さらに,これらの細胞をヌードマウス BALB/cに移植し腫瘍を形成させ,3mm角の腫瘍を別のマウス皮下に移植し,その腫瘍径を経時的に追跡した.移植後 5日目から,E6/E7 siRNA内包高分子ミセルもしくは control siRNAを内包したコントロール高分子ミセルを day0, 1, 3, 4, 7, 8日の 6回尾静脈から静脈投与行い,腫瘍径の増殖カーブを検討した.Day12の段階で,16型 E6/E7 siRNA内包高分子ミセルは SiHa細胞の腫瘍の,18型 E6/E7 siRNA内包高分子ミセルは HeLa細胞の腫瘍の腫瘍増殖を劇的に抑えた(controlとの比較で,SiHa細胞腫瘍は約 80%減少.HeLa細胞腫瘍は約 70%減少).腫瘍内における E6/E7 mRNAレベルを確認したところ,E6/E7 siRNA高分子ミセル群で有意に mRNAレベルが低下していた.摘出腫瘍

れた例はなかった.GLBL101c内服後に PBMCで E7-CMIが上昇した例はほとんどなかった.一方,CxL中の免疫学的有効性(E7-CMI)が高い症例では,CIN3に対する治療効果が示された.免疫学的な薬理効果と病理学的な臨床効果の間に相関性が示されたのは世界初である.特に,4cap/日(1g/日)投与群の 10例では,投与開始から 6か月間でCIN1が4例,CIN2が4例となり,奏効率(CR+PR)が 80%となった.一般に CIN3→ CIN2への 6か月観察後の自然退縮率は 15%であることから,GLBL101c内服が病変の退縮に寄与している可能性が高いと考えている.病変が CIN1-2に退縮した 9例は追跡中であるが,追跡期間14-33か月で 1例も CIN3の再発を認めていない. この第 I/IIa相自主臨床試験の結果をうけて,我々は昨年度から第 IIb相の自主臨床試験を企画した(厚労省科学研究費補助金(医療技術実用化総合研究事業)による).プラセボを置き,HPV16型単独陽性の CIN2を対象にしたランダム化二重盲検比較試験の設定で実施中である.これによって GLBL101cの有効性が検証できると考えている.

HPVを標的とした核酸医学の応用

 HPV癌蛋白質で子宮頸癌の不死化,抗アポトーシス作用に深く寄与する癌遺伝子 E6の発現を阻害するためのsiRNAは以前から HPV分子標的治療薬として期待されてきた.しかし,核酸医学ではドラックデリバリーシステム(DDS)が大きな壁となっている.我々は東京大学臨床医工学の片岡教授,宮田准教授との共同研究によってナノ技術を用いた高分子ミセルによって E6/E7を標的にしたsiRNA(E6/E7 siRNA)を作製した.HPV16, 18の E6/E7

表 1.HPVを標的とした免疫療法の臨床試験

Ph-I/II L1, E7 VLP CIN2-3 NCI

Ph-II E7 Hsp CIN2-3 Stressgen

Ph-I/II E6, E7 Xenova

Ph-II L2, E6, E7 L2E6E7 CIN2-3 Xenova

Ph-IIb E6, E7 DNA CIN2-3 Zycos

Ph-IIb E7 CIN2-3 Roche

Ph-I E6, E7 DNA CIN2-3 VGX

Ph-I/IIa E7 CIN3

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40 〔ウイルス 第 64巻 第 1号,

intraepithelial neoplasia (CIN 2/3). Int J Cancer 2007;121:2794-2800

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13) Brun JL, Dalstein V, Leveque J, et al. Regression of high-grade cervical intraepithelial neoplasia with TG4001 targeted immunotherapy. Am J Obstet Gyne-col 2011;204(2):169

14) Trimble CL, Peng S, Kos F, et al. A phase I trial of a human papillomavirus DNA vaccine for HPV16+ cer-vical intraepithelial neoplasia 2/3. Clin Cancer Res 2009;15(1):361-367

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21) Christie RJ, Matsumoto Y, Miyata K, Nomoto T, Fuku-shima S, Osada K, Halnaut J, Pittella F, Kim HJ, Nishi-yama N, Kataoka K. Targeted polymeric micelles for siRNA treatment of experimental cancer by intrave-nous injection. ACS Nano. 26;6(6): 5174-89, 2012

において,E6/E7 siRNA高分子ミセルの投与量に依存して,p53がレスキューされていた. siRNAは癌遺伝子抑制のツールとして期待が大きいが,in vivoで抗がん剤として静脈投与しても,RNase,マイナスイオンによる細胞への取り込み阻害,貪食細胞への取り込み,等によってドラッグデリバリーが機能しない.我々はマウス担癌子宮頸癌への抗腫瘍効果は,DDSによる生体への静脈投与であり,実現性のある投与方法であり,今後,HPVを標的とする分子標的治療薬に発展する可能性があると考えられた.

終わりに

 本稿の内容は,第 61回日本ウイルス学会(2013年11/10-12,於神戸国際会議場)のシンポジウム1において発表した内容と同様である.論文投稿中のため,図表の公表は割愛させていただいた.本学会において,このような貴重な発表の機会をお与えいただいた学会長の堀田博先生,座長の労をお執りいただいた清野透先生,松岡雅雄先生に,この場を借りて深く感謝申し上げます.

文 献

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41pp.35-42,2014〕

Development of new therapies targeting human papillomavirus molecules

Kei KAWANA, MD., PhD.Associate Professor

Department of Obstetrics and Gynecology, Graduate School of Medicine, The University of Tokyo

7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, 113-8655 TokyoEmail: [email protected]

High-risk HPV E6 and E7 oncogenes are an ideal targeting gene for treatment of cervical cancer. In this paper, we introduce researches on cancer-immunotherapy targeting HPV E7 through mucosal immunity and E6/E7-targeting siRNA therapy using PEGylated polymeric micelles. Therapeutic HPV vaccine has also attracted attention as a cancer immunotherapy agent. We have found homing of Integrin β7-positive intestinal mucosal lymphocyte on the cervical mucosa. In this study, we generated a novel therapeutic vaccine; an HPV E7-expressing Lactobacillus casei (LacE7) to induce anti-HPV cellular immunity directly to intestinal mucosa. Cervical lymphocytes (CxLs) and peripheral blood mononuclear cells (PBMCs) were counted E7 specific INFγ -producing cells (E7 cell-mediated immune responses: E7-CMI) by ELISPOT assay. We confirmed induction of anti-E7 IFNγ-producing cells in the cervix lymphocytes obtained from these patients. E6/E7 siRNA therapy requires a delivery system for its systemic intravenous administration. We here demonstrated that intravenous injection of HPV16 or 18 E6/E7 siRNA polymeric micelles suppressed excellently an increase in size of subcutaneous tumor formed by SiHa or HeLa cell, respectively. Our drug-delivery technology using polymeric micelles enabled the successful systemic administration of siRNA to exhibit anti-tumor effect.

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42 〔ウイルス 第 64巻 第 1号,pp.35-42,2014〕