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― 18 ― Journal of the JIME Vol. 45, No. 2(2010) 日本マリンエンジニアリング学会誌 第45巻 第2号(2010) 停泊中の船舶への高圧陸電供給~ISO・IEC 標準化の動き 中 村 浩 司 1. はじめに 近年, CO 2 をはじめとする温室効果ガス (GHG) の排出 による地球温暖化がクローズアップされ, その対策 が急務となっている. 現在, 港湾に停泊中の船舶は, 通常, 搭載している機関によって発電し, 荷役作業 のために必要な電力を確保しているが, 港湾は人口 密集地域に隣接していることから, このような港湾 に停泊中の船舶について CO 2 , NO X , SO X 等の大気汚 染物質等の削減を図るための一つの方法として, 境負荷の少ない陸上電源を船舶に供給することによっ て停泊中の船舶の機関を停止する方策が有効であると されている. このような状況の中, IMO(国際海事機関)において , 船舶への陸上電力供給に係る議論が進められて いたところ, 2006 年に開催されたMEPC(海洋環境保護 委員会) 55 回会合において, 陸上電源供給の有効性, 実効性, コストの確認などについては調査が更に必 要であるものの, 標準化が陸上電力供給設備の使用 の普及につながることから, ISO(国際標準化機構)よる標準化が重要との意見が出され, 標準化の作業 ISO/TC8(船舶及び海洋技術専門委員会)に委ねら れた. 一方, ISO/TC8 とは別の船舶関係の電気技術分 野に関わる国際標準化機関である IEC/TC18 (国際電気 標準会議/船用電気設備及び移動式海洋構造物の電気 設備専門委員会)においても船舶内の陸上受電設備の 標準化が検討されている. このように ISO IEC の2つの国際標準化機関で同じ 目的をもった国際標準の策定作業が同時並行で行われ ていたが, 2008 年秋, ISO IEC ダブルロゴの規格を 作成することが合意された. 現在の規格は両者を合本 させた形となっている. 2009 1 , ISO IEC で共 通の PAS(Public Available Specification)が提出さ , 承認されている. 現在, ISO IEC の合同で CD (Committee Draft)の審議が行われており, 2009 10 月には, 神戸で会議が開催され, この後, CD Vote が実施される予定であり, IS(International Standard) の発行までいま一歩のところまできている. 2. 高圧陸電供給設備 2.1設備概要 高圧陸電供給設備とは停泊中の船 舶に高圧陸電(6.6KV または 11KV)を供給し船内発電 機の運転停止による有害排気ガスをなくすことを目的 とした港湾及び船内設備の総合システムを示す. ISO 規格では COLD IRONING, IEC 規格では High Voltage Shore Connection Systems (HVSC systems) と呼ばれている. 本設備の技術的特徴を以下に示す. 6.6KV または 11KV 給電であるため, 動力線は高圧 電線となり, 電源を遮断した後も帯電状態にあり危 険であり, その取り扱いには安全性を十分考慮する 必要がある. 従って, 動力回路には感電防止を目的 としたアーススイッチが装備され, 電源接続前にア ーススイッチを開放し, 給電終了時には, 人による 電線のハンドリングの前に, 電線をアースと接続し, 電荷を放電させることが必要となる.( 図1の Earthing Switch ・船陸間の電源投入時のインターロック回路及び非常 停止回路及び情報交換のための回路が装備される他, 接続電線の断線, コネクタの離脱などが常時監視さ れる. (図1Pilot Contact) ・船陸間の電位を一致させるためボンディングが行わ れる.( Equipotential Bonding国際標準として統一するとき, 陸上電源周波数の違 い(アメリカ 60Hz, ヨーロッパ 50Hz, 日本は 50Hz 60Hz が混在), 陸上給電システムの違い(アメリ National Electric Code では中性点接地方式, ーロッパでは非接地方式が一般的)が大きな問題とし て挙げられる. 高圧陸電供給設備の一例を図1に示す. シンポジウム

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停泊中の船舶への高圧陸電供給~ISO・IEC標準化の動き

― 18 ―Journal of the JIME Vol. 45, No.2(2010) 日本マリンエンジニアリング学会誌 第45巻 第2号(2010)

停泊中の船舶への高圧陸電供給~ISO・IEC標準化の動き

中 村 浩 司

Journal of the JIME Vol.00,No.00(2005) -1- 日本マリンエンジニアリング学会誌 第 00 巻 第 00 号 (2005)

1. はじめに

近年, CO2をはじめとする温室効果ガス(GHG)の排出

による地球温暖化がクローズアップされ, その対策

が急務となっている. 現在, 港湾に停泊中の船舶は, 通常, 搭載している機関によって発電し, 荷役作業

のために必要な電力を確保しているが, 港湾は人口

密集地域に隣接していることから, このような港湾

に停泊中の船舶について CO2, NOX, SOX 等の大気汚

染物質等の削減を図るための一つの方法として, 環境負荷の少ない陸上電源を船舶に供給することによっ

て停泊中の船舶の機関を停止する方策が有効であると

されている. このような状況の中, IMO(国際海事機関)において

も, 船舶への陸上電力供給に係る議論が進められて

いたところ, 2006年に開催されたMEPC(海洋環境保護

委員会)第55回会合において, 陸上電源供給の有効性, 実効性, コストの確認などについては調査が更に必

要であるものの, 標準化が陸上電力供給設備の使用

の普及につながることから, ISO(国際標準化機構)による標準化が重要との意見が出され, 標準化の作業

は ISO/TC8(船舶及び海洋技術専門委員会)に委ねら

れた. 一方, ISO/TC8 とは別の船舶関係の電気技術分

野に関わる国際標準化機関である IEC/TC18(国際電気

標準会議/船用電気設備及び移動式海洋構造物の電気

設備専門委員会)においても船舶内の陸上受電設備の

標準化が検討されている. このように ISOと IECの2つの国際標準化機関で同じ

目的をもった国際標準の策定作業が同時並行で行われ

ていたが, 2008年秋, ISOとIECダブルロゴの規格を

作成することが合意された. 現在の規格は両者を合本

させた形となっている. 2009 年 1 月, ISOと IECで共

通の PAS(Public Available Specification)が提出さ

れ, 承認されている. 現在, ISO と IEC の合同で CD

(Committee Draft)の審議が行われており, 2009 年

10 月には, 神戸で会議が開催され, この後, CD Vote が実施される予定であり, IS(International

Standard)の発行までいま一歩のところまできている.

2. 高圧陸電供給設備 2.1設備概要 高圧陸電供給設備とは停泊中の船

舶に高圧陸電(6.6KVまたは 11KV)を供給し船内発電

機の運転停止による有害排気ガスをなくすことを目的

とした港湾及び船内設備の総合システムを示す. ISO 規格では COLD IRONING, IEC 規格では High

Voltage Shore Connection Systems (HVSC systems) 等

と呼ばれている.

本設備の技術的特徴を以下に示す.

・6.6KV または 11KV 給電であるため, 動力線は高圧

電線となり, 電源を遮断した後も帯電状態にあり危

険であり, その取り扱いには安全性を十分考慮する

必要がある. 従って, 動力回路には感電防止を目的

としたアーススイッチが装備され, 電源接続前にア

ーススイッチを開放し, 給電終了時には, 人による

電線のハンドリングの前に, 電線をアースと接続し,

電荷を放電させることが必要となる.( 図1の

Earthing Switch )

・船陸間の電源投入時のインターロック回路及び非常

停止回路及び情報交換のための回路が装備される他,

接続電線の断線, コネクタの離脱などが常時監視さ

れる. (図1Pilot Contact)

・船陸間の電位を一致させるためボンディングが行わ

れる.( Equipotential Bonding)

国際標準として統一するとき, 陸上電源周波数の違

い(アメリカ 60Hz, ヨーロッパ 50Hz, 日本は 50Hz

と 60Hzが混在), 陸上給電システムの違い(アメリ

カ National Electric Codeでは中性点接地方式, ヨ

ーロッパでは非接地方式が一般的)が大きな問題とし

て挙げられる.

高圧陸電供給設備の一例を図1に示す.

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中村 浩司

シンポジウム

停泊中の船舶への高圧陸電供給~ISO・IEC標準化の動き

― 19 ―Journal of the JIME Vol. 45, No.2(2010) 日本マリンエンジニアリング学会誌 第45巻 第2号(2010)

167日本マリンエンジニアリング学会執筆要項

Journal of the JIME Vol.00,No.00(2005) -2- 日本マリンエンジニアリング学会誌 第 00 巻 第 00 号 (2005)

2.2ロサンゼルス港の陸電供給設備の概要 実際に稼動しているロサンゼルス港(POLA)の陸電

供給設備の概要を図2に示す. POLA では, 客船ター

ミナル用とコンテナターミナル用に, 高圧陸電供給

設備が別々に設けられている.

客船ターミナル用には, 給電変圧器 34.5KV/11KV,

20MVAが2式装備されており,

岸壁1(QUAY1)と岸壁2(QUAY2)に独立した2系統の給電

が可能である. コンテナターミナル用には, 給電変

圧器 34.5KV/6.6KV, 7.5MVA が2式装備されており, Zone1と Zone2の 2 系統の給電を装備している. 接続

口は, 各 Zoneで 4つあり, 船にあわせてこのうちの

1 つを使用する.

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図2 ロサンゼルス港陸電供給設備

図1

停泊中の船舶への高圧陸電供給~ISO・IEC標準化の動き

― 20 ―Journal of the JIME Vol. 45, No.2(2010) 日本マリンエンジニアリング学会誌 第45巻 第2号(2010)

168 日本マリンエンジニアリング学会執筆要項

Journal of the JIME Vol.00,No.00(2005) -3- 日本マリンエンジニアリング学会誌 第 00 巻 第 00 号 (2005)

2.3規格の構成 本規格は本文と Annexより構成

されている. 本文の構成は以下の通りである. 本文は

5つの章に分かれ, 1.電圧などの共通事項, 2.

陸上設備に対する要求, 3.船陸インターフェース,

4.船上設備に対する要求, 5.試験関連要求事項に

ついて規定されている. Annexはプラグ及びソケット,

船陸接続電線, 船種ごとの特殊要求が規定されてい

る.

Introduction

Section 1. General Requirements

Section 2. Shore Requirements

Section 3. Ship-to-shore Connection and

Interface Equipment

Section 4. Ship Requirements

Section 5. Verification and Testing

Annex A (Normative) Plugs and Socket-outlets

Annex B (Normative) Ship-to-shore connection

cable

Annex C (Normative) Additional Requirements

for RORO ships

Annex D (Normative) Additional Requirements

for Cruise ships

Annex E (Normative) Additional Requirements

for Container ships

Annex F (Normative) Additional Requirements

for LNG

Annex G (Normative) Additional Requirements

for Tanker

3.ISO TC8・IEC TC18標準化の動き

3.1ISO TC8 と IEC TC18 ISO(国際標準化機構:

International Standard Organization)は, 製品や

サービスの国際交流を容易にし, 知的, 科学的,

技術的及び経済的活動分野における国際間の協力を助

長するために世界的な標準化及びその関連活動の発展

促進を目的として 1947 年に設立された. TC8 は, 船

舶技術分野に関わる標準化を取り扱う ISOに約200以

上ある技術専門委員会の一つであり, SC3はTC8の中

の機関及び配管分科会である.

IEC(国際電気標準会議:International Electrical

Committee)は, 世界各国の電気及び電子技術の規格

の調整と統一を促進することを目的に 1908 年に設立

された. TC18 は, 船用電気設備及び移動式海洋構造

物に関わる標準化を取り扱う IECに約100以上ある技

術専門委員会の一つである.

3.2規格化の経緯 ISOにおける標準化作業の経緯は, IMO/MEPCからの意見によって規格開発が開始された. 一方, IECにおいては, ドイツ国内委員会での審議

を IEC国際標準に発展させたものである. ISO規格化の経緯 米国港湾関係者(PORT OF LOSANGELES, PORT OF

LONGBEACH)が主導し, 参加委員も欧米の港湾関係者

とクルーズ船社が多い.

停泊中の船舶に対する陸電供給の標準化からはじまっ

たが, 水, 油の供給も含めた全体的なインターフェ

ース規格を完成させた. その後, 2008 年秋 IEC との

ダブルロゴ規格とすることが合意され, ISO 規格の

一部, 主に Annex(船種ごとの特殊要求)の部分がIEC

規格に折り込まれた.

ISO/TC8/SC3 会議の開催経緯

2006年9月 米国ワシントン会議キックオフ会議

2007年4月 スウェーデン国イヨテボリ会議

2007年11月 米国チャールストン会議

2008年4月 オランダ国アムステルダム会議

IEC規格化の経緯

規格の原案は, ドイツの National Committeeで作成

された.

2007 年 9 月 に は , PAS(Public Available

Specification)として承認された. しかし, 膨大な

コメントが各国から提出され, それを折り込む作業

を継続している. IEC の番号及び規格名称は以下の通

り.

IEC60092-510 : High Voltage Shore Connection

Systems(HVSC systems)

IEC/TC18/MT26 会議の開催

2007年9月 米国ジュノー会議

2008年2月 英国ロンドン会議

2008年6月 ノルウェー国ローエン会議

2008年10月 "Princess Ruby"船上会議

"Princess Ruby"船上会議にてISOとIECのダブルロゴ

化の方針が決定し, この後, ISO と IEC の合同会議

が開催される.

2009年1月 ISOとIECから, 同じ内容でPASが発行

され, 同年3月 PASが承認されている.

同時に ISOと IEC統一の CDが発行され, コメントの

募集がなされた. 以降, コメント審議のため以下の

会議が開催された.

ISO・IEC合同会議

2009年5月 米国ロサンゼルス

2009年6月 米国ロサンゼルス

停泊中の船舶への高圧陸電供給~ISO・IEC標準化の動き

― 21 ―Journal of the JIME Vol. 45, No.2(2010) 日本マリンエンジニアリング学会誌 第45巻 第2号(2010)

169日本マリンエンジニアリング学会執筆要項

Journal of the JIME Vol.00,No.00(2005) -4- 日本マリンエンジニアリング学会誌 第 00 巻 第 00 号 (2005)

上記会議で CDに対する各国コメント対応が決定した.

7月にコメントを折り込んだ2ndCD が発行され, 新た

なコメントの募集が行われている. 新しいコメントに

対する審議を10月の神戸会議で実施した.

2009年10月 日本・神戸

神戸会議では, すべてのコメント対応が完了できず,

残りは2010年2月 イタリア・ローマの次回委員会に

て継続審議となった.

ここですべてのコメント審議を終了し, 3rdCD が発行

される予定である. その後, CDV(Committee Draft

Vote)の段階に入る. Vote結果の審議が2010年6月に

開催の予定である. CDV にかけられ多数決で承認され

れば, DIS ( Draft of International Standard),

そして FDIS (Final DIS), 最後に IS(International

Standard)へと進むと理解される. PAS(Public

Available Specification)が2009年1月に発行され,

その後承認されているので PASの有効期間3年以内に

ISを発行することになる予定である.

上述の通り ISOと IECで紆余曲折を経た規格であった

が, ほぼその骨格が完成したといってよい. 今後,

International Standardの発行へ向け作業が進んでい

くはずである. 今回審議した Annex は, 各分野の先

駆者達の実績が組み込まれた De facto Standardであ

り, 貴重な経験が反映されている. 現在, アメリカ

がリードしているが, ヨーロッパと日本も積極的に

陸電供給を進めている. 従って本標準の持つ意味は非

常に大きく, 我が国においても, 今後の陸電供給の

指針となると考える.

4.おわりに

国内の ISO TC8 及び IEC TC18の窓口は, (財)日本

船舶技術研究協会が行っており, 本規格の審議は同

協会・標準部会・電気設備分科会が対応を行っていま

す. 本規格の審議にあたり, 船社, 造船所, 機器

メーカー, 船級といった通常の船舶関連業種の委員

構成に加え, 港湾関係を含む幅広い分野の方々が参

加しています. ISO 及び IEC 会議の内容詳細について

は, 同協会のホームページから参照することができ

ます. 今回, 発表の場を設けていただいた日本マリ

ンエンジニアリング学会及び発表を快諾いただきまし

た日本船舶技術研究協会の関係者の方々に厚く御礼申

し上げます.

著者紹介

中村 浩司 ・1951年生.

・所属.三井造船株式会社

・最終学歴.横浜国立大学

・専門分野.電気工学