―緑膿菌biofilmに 対するクラリスロマイシンの影...

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1454 びまん性汎細気管支炎に対す るマクロライ ド作用の検討 ―緑 膿 菌biofilmに 対するクラリスロマイシンの影響 杏林大学第1内 科 武田 博明 大垣 憲隆 菊地 直美 小林 宏行 大正製薬研究所 (平成4年6月18日 受付) (平成4年8月10日 受理) Key words: diffuse panbronchiolitis, clarithromycin , biofilm, P. aeruginosa び ま ん 性 汎 細 気 管 支 炎(DPB)に 対す る ,マ ク ロ ラ イ ド(MLs)の 有用性発現のメカニズムを解明す る 目的 で,ク ラ リス ロマ イ シ ン(CAM)を 長期 投与 し,そ の臨床的検討を行い ,さ らに基礎的検討とし て,緑 膿 菌 バ イ オ フ ィル ム に 対 す るMLsの 作 用 を検 討 し ,以 下 の 成 績 を得 た. 1.17例 のDPBい ず れ もが,臨 床 的 に 改 善 傾 向 が 認 め られ た .細 菌 学 的 に は,緑 膿 菌 喀 出9例 中7例 が 消 失 した.2.実 験 的 に 形 成 さ れ た 緑 膿 菌 バ イ オ フ ィル ム は ,CAMと 持 続 的 に 接 触 す る こ と に よ り破 壊 され,緑 膿 菌 は 表 面 平 滑 な 単 個 菌 ど な っ た.3 .CAMの 接 触 した 緑 膿 菌 は,組 織に対する付着性が有 意 に低下 す る こ とよ り,新 た な病巣 形成 能力 を欠 如 し,主 に宿 主側要 因に よ り除 菌 され る と考 え られ た . 以 上 よ り,緑 膿 菌 持 続 喀 出DPBのMLsに よ る予 後 の 改 善 に は,MLsの バ イ オ フ ィル ム破 壊 作 用 が 強 く 関 与 し て い る こ とが 示 唆 さ れ た. 感 染 症 臨床 の 場 に お い て,invitrc抗 菌力から み て 効 果 が期 待 され る 抗 菌 力 が 用 い られ た に もか か わ らず 除 菌 が 困 難 で あ る症 例 に遭 遇 す る機 会 も 決 して まれ で は な い. この原因 として,抗 生剤の組織移行性の問題 と か,宿 主 側 防御 能 の低 下 な ど論 じ られ て は い るが , それら事象のみでは十分に説明可能とはいえな い. 近 年,と くに慢 性 難 治 感 染 症 に お い て,こ れら invitrc抗 菌力 と除 菌 効 果 との 間 に介 在 す る 問 題 と して,細 菌 パ イオ フィル ム とい う概 念が導 入 さ れ た1).ま た,実 際 小 林 ら2)は,慢 性 気 道 感 染 症 例 で の 気 道 粘 膜 に お け る バ イ オ フ ィル ムの 局 在 を示 し,か つ び ま ん性 汎 細 気 管 支 炎(DPB)の 多 くに 緑膿 菌 バ イ オ フ ィル ムが 存 在 す る こ とを示 した. 最 近,DPBに 対 す る エ リス ロマ イ シ ン(EM) を中心 とするマクロライ ド少量長期投与の有用性 が,臨 床 的 に確 立 され た .し か しな が ら,そ のメ カニズムに関 しては多方面 よりの検索が成 されて はいるが,必 ず しも明確 となっているわけではな い. 著者 らも,EMと 同 じ14員 環 マ クロライ ドで あ る ク ラ リス ロ マ イ シ ン(CAM)をDPBに 対して 用 い,そ の 臨 床 効 果 を確 認 した3). そ こで 私 ど も は,DPBをbio丘1mdiseaseと 局 面 か ら と ら え 緑 膿 菌 バ イ オ フ ィル ム に 対 す る CAMの 作 用 を観 察 し,加 え てDPBに おける臨床 効 果 との 関 連 に つ い て も検 討 した. 別刷 請 求 先: (〒181)三 鷹 市 新 川6-20-3 杏林大学医学部第1内 武田 博明 感染症学雑誌 第66巻 第10号

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Page 1: ―緑膿菌biofilmに 対するクラリスロマイシンの影 …journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/66/...biofilm, P. aeruginosa 要 旨 びまん性汎細気管支炎(DPB)に

1454

びまん性汎細気管支炎 に対す るマク ロライ ド作用の検討

―緑 膿 菌biofilmに 対 す る ク ラ リス ロマ イ シ ン の 影 響 ―

杏林大学第1内 科

武 田 博 明 大 垣 憲 隆 菊地 直美 小 林 宏 行

大正製薬研究所

明 石 敏

(平成4年6月18日 受付)

(平成4年8月10日 受理)

Key words: diffuse panbronchiolitis, clarithromycin ,biofilm, P. aeruginosa

要 旨

び まん性汎細 気 管支 炎(DPB)に 対す る,マ ク ロライ ド(MLs)の 有 用性発 現 の メ カニズ ムを解 明す

る 目的で,ク ラ リス ロマ イシ ン(CAM)を 長期 投与 し,そ の臨床 的検 討 を行 い,さ らに基礎 的検 討 と し

て,緑 膿菌 バ イ オ フ ィル ムに対す るMLsの 作 用 を検 討 し,以 下 の成績 を得 た.

1.17例 のDPBい ず れ もが,臨 床的 に改 善傾 向 が認 め られ た.細 菌学 的 には,緑 膿 菌 喀 出9例 中7例

が消失 した.2.実 験 的 に形成 された緑 膿菌 バ イ オ フ ィル ムは,CAMと 持続 的 に接 触す る ことに よ り破

壊 され,緑 膿菌 は表 面平 滑 な単個 菌 どなった.3 .CAMの 接触 した 緑膿 菌 は,組 織 に対 す る付着 性 が有

意 に低下 す る こ とよ り,新 た な病巣 形成 能力 を欠 如 し,主 に宿 主側要 因に よ り除 菌 され る と考 え られ た.

以上 よ り,緑 膿菌 持続 喀 出DPBのMLsに よ る予後 の改善 に は,MLsの バ イ オ フ ィル ム破 壊作 用 が強 く

関与 してい る こ とが示 唆 された.

序 文

感染症臨床の場において,invitrc抗 菌力から

みて効果が期待される抗菌力が用いられたにもか

かわらず除菌が困難である症例に遭遇する機会 も

決 してまれではない.

この原因 として,抗 生剤の組織移行性の問題 と

か,宿 主側防御能 の低下など論 じられてはいるが,

それら事象のみでは十分に説明可能 とはいえな

い.

近年,と くに慢性難治感染症において,こ れ ら

invitrc抗 菌力 と除菌効果 との間に介在する問題

として,細 菌パイオフィルムとい う概念が導入さ

れた1).ま た,実 際小林ら2)は,慢 性気道感染症例

での気道粘膜におけるバイオフィルムの局在を示

し,か つびまん性汎細気管支炎(DPB)の 多 くに

緑膿菌バイオフィルムが存在す ることを示 した.

最近,DPBに 対するエ リスロマイシン(EM)

を中心 とするマクロライ ド少量長期投与の有用性

が,臨 床的に確立 された.し か しながら,そ のメ

カニズムに関 しては多方面 よりの検索が成 されて

はいるが,必 ず しも明確 となっているわけではな

い.

著者 らも,EMと 同じ14員環マクロライ ドであ

るクラリスロマイシン(CAM)をDPBに 対して

用い,そ の臨床効果を確認 した3).

そこで私 どもは,DPBをbio丘1mdiseaseと の

局面か らとらえ緑膿菌 バイオフィル ムに対す る

CAMの 作用を観察 し,加 えてDPBに おける臨床

効果 との関連についても検討した.別刷請求先: (〒181)三 鷹市新川6-20-3

杏林大学医学部第1内 科 武田 博明

感染症学雑誌 第66巻 第10号

Page 2: ―緑膿菌biofilmに 対するクラリスロマイシンの影 …journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/66/...biofilm, P. aeruginosa 要 旨 びまん性汎細気管支炎(DPB)に

DPBに 対 す る マ ク ロ ライ ドの作 用 1455

1.材 料 と方法

1.DPB臨 床例の検討

CAM長 期投与17例 のDPBに ついて,そ の臨床

像を詳細に検討 した.

すなわち,喀 痳量,咳 漱などの自覚症状,呼 吸

機能,胸 部 レ線像,喀 痳中細菌などの変化をCAM

投与前後で比較 した.

特に,そ の細菌学的推移を,喀 痳検索を頻回に

施行す ることにより検討 した.

2.バ イオフィルムの作製

大垣 らの方法に従って,緑 膿菌バイオフィルム

を2つ の異なる培養条件で作製 した.

すなわち,ま ずプロス培地2m1中 に滅菌 したテ

フロン片を留置 し,こ の中にプロス液体培地で18

時間培養 した緑膿菌を,吸 光度計にて106CFU/ml

に調整し加え,37℃ に留置した.

24時 間後テフロン片を取 り出し,生 理食塩水中

にて軽 く洗浄後,同 様に新しいプロス培地に留置

した.こ のi操作は6日 間連続で行った.

次に,菌 の生育環境が悪い条件を想定 し,生 理

食塩水のみの系を作製した.た だしこの系は,同一生理食塩水2ml中 で6日 間留置 した.

3.バ イオフィルムに対す るCAMの 影響の検

さきの方法にて作製 した両系列の緑膿菌バイオ

フィルムの付着 したテフロン片を,7日 目に取 り

出し生理食塩水中に軽 く浸した後,プ ロス培地の

系は,プ ロス培地のみ とプロス培地にCAMが0.1

μg/ml,1μg/ml,10μg/mlの3濃 度に混入 された

系に留置 した.一 方生理食塩水の系は,生 理食塩

水のみ と生理食塩水にCAMが プロス培地 と同濃

度 に混入 された系にやは りテフロン片を留置 し

た.

これ らのテフロン片は,連 日新しい培地に入れ

換え,1日 後,3日 後,5日 後に電子顕微鏡用資

材 として固定 した.

4.走 査型電子顕微鏡 による検討

作製 したバイオフィルムと,各=濃 度に浸 したバ

イオフィル ムの形成 されたテ フロンシー トを,

2%グ ルタールアルデヒ ドで固定 した後エタノー

ルで脱水,3級 ブチルアル コールにて置換 し,さ

らにこの資料を金蒸着 し,走 査型電子顕微鏡にて

観察 した.

5.マ ウス気管に対す る緑膿菌付着実験

緑膿菌臨床分離株を,CAMO.1μg/m1,1μg/ml

含有 プロス培地にて,18時 間培養後生理食塩水に

て2回 洗浄した.そ の後,あ らかじめ作製 してあっ

た検量線を用い1×107CFU/mlに 調整し,実 験用

菌 とした.

マウス気管は以下のごとく摘出した.す なわち,

8週 齢マウス(体 重32±1.3g)各 群5匹 をネンブ

タール麻酔後,腹 腔動脈切開によ り脱血死させた.

次いで無菌的に気管を摘出し,生 理食塩水に浸 し

気管内腔 を軽 く2回 洗浄 した.気 管の長径 は,

0.7±0.06cmで あった.

摘出した気管 と,調 整済みの菌を37℃ の生理食

塩水中に30分 留置後静かに取 り出し,生 理食塩水

で2回 洗浄後ホモジュナイザーを用いホモジュナ

イズした.次 いで,10倍 希釈系列を作製 しその0.1

mlを 普通寒天培地に塗抹 し,24時 間培養 し生-菌数

を算出した.な お,調 整菌も寒天平板塗抹 し生菌

数の確認をおこなった.

6.統 計処理

成績は,平 均値±標準偏差で表 した.有 意差検

定はすべてStudent'sttestで 行い,危 険率5%以

下を有意水準 とした.

II.成 績

1.臨 床的検討

先に述べた諸項 目につ き臨床的に検討 した結

果,い ずれの例においても,程 度の差はあるが,

臨床的に改善傾向が認められた.

その細菌学的効果を示す(Table1).CAM長 期

投与前起炎菌 として同定 された,Mcrmlhz catar-

rhalis, Haemcphilus irzfluenzae はいずれ も投与

開始2週 間 目には除菌 された.さ らに注 目すべき

ことには, Pseudomcnas aerugincsa喀 出9例 中7

例に消失がみ られた.た だ し,こ の消失は投与開

始後5ヵ 月か ら36ヵ月であり,平 均15.8ヵ 月で認

められ投与開始直後ではなかった.

2.バ イオフィルムの作製お よび電子顕微鏡に

よる観察

生理食塩水中におけるバイオフィルムの形成過

平成4年10月20日

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1456 武 田 博 明 他

Table 1 Bacteriological responses on long term use of clarithromycin

for DPB

Fig. 1 A biofilm with P. aeruginosa was slightly looser than that of controls after

1 day formed biofilm

control 1st day CAM (10ug;

程 に関 して は,す で に小 林,大 垣 ら4)5)が示 して い

るが,今 回 も 同様 の結 果 が 得 られ た ,ま た,プ ロ

ス培 地 中 で の バ イ オ フ ィル ム は ,生 理 食 塩 水 中 と

基 本 的 に は か わ らな か った が,プ ロ ス中 で は ほ ぼ

テ フ ロ ン 全 面 に パ イ オ フ ィル ム が 形 成 され て い

た.

3.CAMに よ る バ イ オ フ ィル ム 変 化 の 電 子 顕

微 鏡 に よ る観 察

Dプ ロス 培 地 中 の変 化

CAM各 濃 度 とincubationし た 際 の ・ミイ オ

フ ィル ムを 示 した(Fig.1) .

す な わ ち,10μg/mlのCAMと  incubation 1

日後 で は,CAMfreeの コ ン トロ ール バ イ オ フ ィ

ル ムに 比 し,わ ず か に バ イ オ フ ィル ムが 疎 に な っ

て い る像 が得 られ た .

同濃 度3日 後 で は,形 成 され て い た パ イ オ フ ィ

ル ム の 消失 が 著 明 とな り,菌 同 志 は 凝 集 して い る

が,そ れ は極 め て 疎 とな っ て お り,単 個 菌 とな っ

て い る も の も多 く認 め られ た(Fig-2) .

さ ら に5日 後 に な る と,バ イ オ フ ィル ム は ほ と

ん ど消 失 し,菌 は 表 面 平 滑 な 単 個 菌 と し て存 在 し

て い る像 が 得 られ た(Fig.3) .

2)生 理 食 塩 水 中 の 変 化

CAM10μg/mlで3日 間incubationし た 結 果 ,

プ ロス培 地 中 と同様 に バ イ オ フ ィル ム の 消 失 傾 向

は 強 く認 め られ た(Fig 。4).

この 傾 向 は,よ り低 濃 度 のCAMO .1μg/mlと

のincubationで も認 め られ た が(Fig .5),0.1μg/

mlで は10μg/mlと 同様 の 変 化 に は5日 間 を 要 し

た.

感染症学雑誌 第66巻 第10号

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DPBに 対 す るマ ク ロライ ドの 作 用 1457

Fig. 2 A biofilm with P. aeruginosa was broken remarkably due to the 3day

contact with CAM

control 3rd day CAM (10ug)

Fig. 3 A biofilm with P. aeruginosa was broken and P . aeruginosa was found to

form in a single cell with a smooth surface

control 5th day CAM (10ug)

4.マ ウス 気 管 に対 す る緑 膿 菌 付 着 実 験

緑 膿 菌 をCAM各 濃 度 と培 養 後 の マ ウ ス気 管 に

対 す る付 着 菌 数 は,CAMfreeの 培 養 群 で1-9±

3.8×105CFU/mlで あ った が,0.1μg/m1群 で は

5.8±4-4×104CFU/mlと 付 着 菌 数 の 低 下 が 認 め

られ,1μg/ml群 で は2-1±3.5×104CFU/mlと さ

らに低 下 し,い ず れ も コ ン トロ ール 群 との 間 に 有

意 差 が認 め られ た(Fig.6).

考 察

DPBに 対 す るEM長 期 使 用 に つ い て は,す で

平成4年10月20日

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1458 武田 博明 他

Fig. 4 A biofilm with P. aeruginosa formed in saline solution was broken up

control 3rd day CAM (10,ug)

Fig. 5 A biofilm with P. aeruginosa formed in the saline solution was broken due

to the continuous 5day contact with CAM in a lower dosage

control 5th day CAM (0.1g)`

に工 藤 ら6)の報 告 が あ り,そ の 後 山本 ら7)の共 同研

究 に よ り臨 床 的 有 用 性 は証 明 され た もの とい え よ

う.

し か し なが ら,そ の 効 果 に 対 す る基 礎 的 検 討 に

関 して は,多 数 の 積 極 的 ア プ ロー チ が み られ る が ,

必 ず し も確 立 され た とは い え な い .し か もそ の 多

くは,免 疫 学 的 な抑 制 効 果 に そ の 作 用 メ カ ニズ ム

を求 め よ う と して い る8)9).

著 者 ら もCAMを 用 い て,DPBに 対 す る マ ク ロ

ライ ド作 用 を 検 討 して きた .そ の 臨 床 的 評 価 に お

い て,マ ク ロ ラ イ ドのMICか らは ま った く期 待

で き な い 緑膿 菌 の 消失 と い う現 象 に遭 遇 した .こ

の 緑 膿 菌 の消 失 とい う現 象 は,先 のDPBに 対 す

るマ ク ロ ライ ドの 作 用 機 作 と して,多 くの報 告 が

感染症学雑誌 第66巻 第10号

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DPBに 対 す る マ ク ロ ライ ドの 作用 1459

Fig. 6 P.aeruginosa that had been in contact with

CAM was significantly reduced in adherence to

murin trachea compared with P.aeruginosa non-

treated with CAM

ある免疫学的抑制作用では説明が不可能である.

そこで,こ の臨床結果に対して,細 菌ノミイオフィ

ルムという立場か らアプローチを行った.

一般に菌は異所環境に入ると,そ の生息圏保持

のためにバイオフィルムを形成するとされる.形

成されたノミイオフィルムは,臨 床的には難治感染

症として認識されてお り,典 型例 としては緑色 レ

ンサ球菌による急性心内膜炎10),黄 色ブ ドウ菌に

よる骨髄炎11),カテーテル留置例における,カ テー

テル先端部へのバイオフィルム形成 とそれに引 き

続 く感染症12),そ してDPBに 代表 される慢性気

道感染症などがある.す なわち,以 上の疾患は各

種適合抗生剤の使用によっても,除 菌が極めて困

難であるとい う点において共通 している.

この除菌 し難い とい う原因については,バ イオ

フィルム中の菌 は,バ イオフィルムという被膜に

覆われているため薬剤が浸透 し難い とい う点と,

菌 自体が比較的静止期にあるため殺菌力が低下す

るとい う報告などがなされている13).

最近大垣 ・小林 ら4)5)は,緑膿菌に殺菌力を有す

るciprofloxacin (CPFX)と バイオフィルム菌を

接触させた場合,バ イオフィルム菌に対する効果

は十分ではなかったが,CPFXとCAMを 併用す

ることにより,こ の生存率が有意に低下す ること

を報告 しているのがそのメカニズムについては言

及 していない.

マクロライ ドは,緑 膿菌に対 してはほとんど抗

菌力を有 しないことはよく知 られてお り,こ のこ

とは新マクロライ ドであるCAMに おいても同様

である.し かしCPFXとCAMの 併用によ り,バ

イオフィルムを形成 した緑膿菌の生存率が減少し

た ことより,ノミイオフィルム菌に対しCAMが 何

らかの作用を及ぼし,そ のためCPFX本 来の殺菌

作用がもた らされたと考えられよう.

従 って,今 回著者らはこの点に関 して,バ イオ

フィルムの形態上の変化を中心に検討 してみたわ

けであるが,そ の結果CAMと 長時間にわた り接

触す ることにより,形 成 されたバイオフィルムは

時間の経過 とともに消滅 してい くことが証明され

た.し かもその消失は,0.1μg/mlと い う低濃度に

おいても認められた.

このバイオフィルムの消失は,菌 自体の活動性

が減弱していると考えられる生理食塩水中で形成

された緑膿菌バイオフィルムで も同様に認められ

た ことより,菌 の活動性 とはそれほど関係 な く

CAMの 作用が示されたものといえよう.

しかし大垣らの殺菌作用は,incubation後 数時

間後にすでに発現 されてお り,こ の形態学的な時

間の推移 よりはるかに早い時期に出現している.

従 ってCAMの バイオフィルム菌に対する作用

を十分に解明す るためには,そ の分子生物学的 レ

ベルよりの検討が今後の課題 といえよ う.

いずれにせ よ,長 期にわた り低濃度のCAMに

接することにより,バ イオフィルム緑膿菌は,ノ ミ

イオフィルムの消失 とともに単個菌 とな りうるこ

とが明確 となった.

さらにCAMとincubationし た緑膿菌は,マ ウ

ス気管への付着が有意に抑制されたことより,緑

膿菌は仮に貧食細胞の一時的な攻撃よりのがれら

れた としても,そ の付着能を欠如 し新たな病巣を

形成する能力に欠けるため,こ のこともDPBの

予後の改善に一役かっているといえよう.

以上のことを勘案すれば,CAMと の長期接触

によ り緑膿菌はその生息圏を失 うこととな り,宿

平成4年10月20日

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1460 武田 博明 他

主側要因により比較的容易に除菌 されるものと考

えられ る.す なわち,DPBに 対するCAM長 期投

与の有用性のメカニズムの一つ として,CAMの

バイオフィルムに対す る作用が考えられる.

しかし生体内では,バ イオフィルムは血小板や

フィブリンなどが付着 し,本 実験系で作製された

ものより数段強固に作製 されていると推される.

従 って,こ れを崩壊させ るためには,本 実験系 よ

りははるかに時間をかけて,少 しずつ崩壊させる

必要性があるものと考えられる.

以上形態学的にバイオフィル ムの破壊がCAM

により得 られた ことより,今後は,グ ライコカリッ

クス産性遺伝子に対するマクロライ ドの影響の検

討な ど,よ り基礎的な方面か らのアプローチが必

要であろ う.

稿を終えるにあたり,電顕写真の撮影にご協力いただき

ました谷尾知治氏(住 友製薬研究所)に 深謝いたします.

文 献1) Costerton, J. W., Cheng, K. J., Greesely, G. G.,

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稔 也, 大 島駿 作: エ リス ロマ イ シ ンの好 中球 化 学

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感染症学雑誌 第66巻 第10号

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DPBに 対 す る マ ク ロ ライ ドの作 用 1461

A Study to Clarify the Mechanism of the Usefulness of the Macrolides―The Influence of Clarithromycin to

Biofilm with P.aeruginosa―

Hiroaki TAKEDA, Noritaka OOGAKI, Naomi KIKUCHI & Hiroyuki KOBAYASHI

First Department of Internal Medicine, School of Medicine, Kyorin UniversityToshi AKASHI

Taisyou Pharmaceutical Co., Ltd.

Clarithromycin (CAM) was administered long-term to patients with diffuse panbronchiolitis(DPB) to clarify the mechanism of the usefulness of the macrolides (MLs).

1. A tendency for clinical improvement was observed in 17 patients with DPB. Bacteria wereeradicated in 7 of 9 patients with P. aeruginosa found in sputum.

2. A biofilm experimental model with P. aeruginosa was found to be destructed through constantcontact with CAM and formed into a single cell with a smooth surface.

3. It was believed that the new lesionforming capability of P. aeruginosa that had been in contactwith CAM was reduced due to a significant decrease in adherence to tissue. P. aeruginosa wasprincipally eradicated by the host factors.

These results suggested that the improvement in the prognosis of DPB with P. aeruginosa in thesputum after adding MLs was closely related to the destructive effect of the MLs on the biofilm.

平成4年10月20日