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1 第 10 講 遅延ポテンシャル 1.はじめに 電荷密度 ρ および電流が時間的に変化しないとき、スカラーポテンシャル φ および電荷密度 ρ の間、およびベクトルポテンシャル A と電流 j の間には、以下の微分方程式、すなわち Poisson 方程式がなりたつ。 (10.1) (10.2) われわれの目的は φ(r)および A(r)の具体的な形をもとめることである。もし演算子 Δ の逆演算 Δ -1 があれば、(10.1)の両辺に左から Δ -1 を掛けて (10.3) を計算することにより φ がもとまる。Δ -1 はどんな演算であろうか?Δ は微分演算子なので、Δ -1 は積分演算子であろうか?積分だとしたら、どんな積分であろうか? 2.Green 関数による Poisson 方程式の解法 (10.1)および(10.2)はまったく同形の微分方程式なので、ここでは(10.1)についてのみ考える。 まず、いきなり(10.1)の微分方程式に取りかかるのではなく、単位電荷をもつ点電荷がつくる静 電ポテンシャルを考える。単位電荷をもつ点電荷がつくる静電ポテンシャルを G(r)とすると、そ Poisson 方程式は (10.4) と書ける。ところで、電荷が空間に分布している場合の静電ポテンシャルは、各点における電荷 の作るポテンシャルの和として表せる。つまり重ね合わせの原理が成り立つ。これは φ(r)が線形 微分方程式の解であるためである。(後でこの関数 G Poisson 方程式の Green 関数であること が示される。) 電荷の分布が離散的な点電荷の集まりである場合、電荷の分布は個々の電荷を表す δ 関数の 和で表すことができる。 (10.5) ここで qi および ri は、i 番目の点電荷の電荷量および位置を表す。電荷の分布が連続的である場 合、i 番目の点電荷の位置は r'に、qi ρ(r')に、和は積分に置き換わる。すなわち Δφ(r)= - (r) " ΔA(r)= -μj(r) Δ -1 Δφ = φ = Δ -1 - " ΔG(r)= - δ(r) " discrete (r)= X i q i δ(r - r i )

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Page 1: 第10講 遅延ポテンシャルsirius.imass.nagoya-u.ac.jp/~saitoh/em3/em3_10.pdf · 2019-01-24 · 1 第10講 遅延ポテンシャル 1.はじめに 電荷密度ρおよび電流が時間的に変化しないとき、スカラーポテンシャルφおよび電荷密度

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第 10講 遅延ポテンシャル

1.はじめに 電荷密度 ρおよび電流が時間的に変化しないとき、スカラーポテンシャル φおよび電荷密度

ρの間、およびベクトルポテンシャル Aと電流 jの間には、以下の微分方程式、すなわち Poisson

方程式がなりたつ。

(10.1)

(10.2)

われわれの目的は φ(r)および A(r)の具体的な形をもとめることである。もし演算子 Δの逆演算

子 Δ-1があれば、(10.1)の両辺に左から Δ-1を掛けて

(10.3)

を計算することにより φがもとまる。Δ-1はどんな演算であろうか?Δは微分演算子なので、Δ-1

は積分演算子であろうか?積分だとしたら、どんな積分であろうか?

2.Green 関数による Poisson 方程式の解法 (10.1)および(10.2)はまったく同形の微分方程式なので、ここでは(10.1)についてのみ考える。

まず、いきなり(10.1)の微分方程式に取りかかるのではなく、単位電荷をもつ点電荷がつくる静

電ポテンシャルを考える。単位電荷をもつ点電荷がつくる静電ポテンシャルを G(r)とすると、そ

の Poisson方程式は

(10.4)

と書ける。ところで、電荷が空間に分布している場合の静電ポテンシャルは、各点における電荷

の作るポテンシャルの和として表せる。つまり重ね合わせの原理が成り立つ。これは φ(r)が線形

微分方程式の解であるためである。(後でこの関数 Gが Poisson方程式の Green関数であること

が示される。)

電荷の分布が離散的な点電荷の集まりである場合、電荷の分布は個々の電荷を表す δ 関数の

和で表すことができる。

(10.5)

ここで qiおよび riは、i番目の点電荷の電荷量および位置を表す。電荷の分布が連続的である場

合、i番目の点電荷の位置は r'に、qiは ρ(r')に、和は積分に置き換わる。すなわち

��(r) = �⇢(r)

"

�A(r) = �µj(r)

��1�� = � = ��1⇣�⇢

"

�G(r) = ��(r)

"

⇢discrete(r) =X

i

qi�(r� ri)

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(10.6)

と書ける(この式は δ関数の定義そのものである。)。よって、式(10.1)の Poisson方程式は以下の

ように書ける。

(10.7)

式(10.4)をもちいて δ関数を ΔGで書き換えると、

(10.8)

このラプラシアン Δは rに対するもので、r'には作用しないので、

(10.9)

と書け、よって、

(10.10)

が得られる。この式が恒等的になりたつためには、{}の中身がゼロ、すなわち

(10.11)

が得られる。

Gは点電荷の Poisson方程式の解であり

(10.12)

である[付録3参照]。したがって、式(10.1)の微分方程式をみたすポテンシャルの解は

(10.13)

のように得られる。

3.Green 関数による微分方程式の解法 一般に微分演算子 Lについての微分方程式

(10.14)

に対して、

(10.15)

を満たす Gを Green関数とよぶ。このとき(10.14)の微分方程式の解は、

(10.16)

であたえられる。このことは、(10.16)の両辺に左から Lを作用させることで確かめられる。

⇢(r) =

Z⇢(r0)�(r� r0)dr0

��(r) = �1

"

Z⇢(r0)�(r� r0)dr0

��(r) =

Z⇢(r0)�G(r� r0)dr0

��(r) = �

Z⇢(r0)G(r� r0)dr0

⇢�(r)�

Z⇢(r0)G(r� r0)dr0

�= 0

�(r) =

Z⇢(r0)G(r� r0)dr0

G(r, r0) =1

4⇡"|r� r0|

�(r) =

Z1

4⇡"|r� r0|⇢(r0)dr0

Ly(x) = − f (x)

LG(x, ʹx ) = −δ(x − ʹx )

y(x) = G(x, ʹx ) f ( ʹx )d ʹxΩ∫

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Poisson方程式の場合、微分演算子 Lはラプラシアン Δである。すなわち、

(10.17)

の微分方程式を満たす関数 G(r, r')を考えると、Poisson方程式(10.1)の解は

(10.18)

と書けることになる。ここでの G は1節での定義と比べて ε 倍されているが、G の微分方程式

として式(10.17)のようにあたえるのが一般的なので、以下では式(10.1)であたえられる Gをもち

いる。最終的に得られる φ(r)の解は同じである。試しに、上式の両辺に Δを作用させると、

(10.19)

となり、式(10.18)であたえられる φは Poisson方程式を満たすことが確認できる。Δ演算は座標

rに対するもので、r'には作用しないことに注意されたい。

つまり、(10.18)の積分により Poisson方程式を満たす φがもとまることになる。(10.3)と(10.18)

を見比べると、Poisson方程式の微分演算子の逆演算子 Δ-1は、(10.4)を満たす G、すなわちという関数を掛けて積分する演算と等価であると考えることができる。すなわち、

(10.20)

とみなせる。

4.Green 関数の意味 式(10.18)は、電荷 ρとスカラーポテンシャル φの関係を表している。Poisson方程式の場合の

Green関数は

(10.21)

である[付録3参照]。これは r’の位置に置かれた単位点電荷によって rの位置に生じる静電ポ

テンシャル(に誘電関数をかけたもの)に等しい。式(10.18)に式(10.21)を代入すると以下のよう

になる。

(10.22)

ρを点電荷の重ね合わせと考えれば、式(10.22)の意味するところは、φ(r)は r’の位置に置かれた

各点電荷が r の位置に形成する静電ポテンシャルを重ね合わせることによりあたえられること

ΔG(r, ʹr ) = −δ(r− ʹr )

φ(r) = G(r, ʹr )Ω∫

ρ( ʹr )ε

d ʹr

Δφ(r) = Δ G(r, ʹr )Ω∫

ρ( ʹr )ε

d ʹr

= ΔG(r, ʹr )Ω∫

ρ( ʹr )ε

d ʹr

= −δ(r− ʹr )Ω∫

ρ( ʹr )ε

d ʹr

= −ρ(r)ε

14⇡|r�r0|

��1 ⌘Z

dr01

4⇡|r� r0|

G(r, r0) =1

4⇡|r� r0|

�(r) =

Z

1

4⇡|r� r0|⇢(r0)

"dr0

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である。

位置 r に静電ポテンシャル φ(r)が生じたの

は、電荷 ρ(r)が存在していたためであると考え

ることもできる。つまり、「ρ(r)が原因で、その

結果として φ(r)が生じた」と考えることができ

る。一般に Green関数は、原因と結果を関係付

ける伝播や応答を表す。

このような考え方で φ(r)が得られたのは、

微分方程式が線形であったためである。その方

程式を解くのに、いきなり一般解を求めるので

はなく、重ね合わせの原理を活用することを考

える。つまり、結果は原因の寄せ集めであると考える。そしてこのとき、Green関数は原因と結

果を関係付ける役割を担っている。微分方程式の解が畳み込み演算であたえられる点にも注意

されたい。

5.電磁ポテンシャルの非斉次微分方程式に対するGreen 関数 電磁ポテンシャル φ, Aの非斉次微分方程式

(9.15)

(9.16)

の一般解をもとめたい。式(9.15)と(9.16)はまったく同形であるから、式(9.15)において φが ρの

関数として積分できれば、Aの各成分に対する解も同様にもとめられる。

(9.15)の微分方程式には時間微分の項が含まれている。時間微分の項を含まない形に変形でき

れば、上で述べた Green関数をもちいて Poisson方程式を解いた方法が適用できそうである。こ

こで、φおよび ρを Fourier展開することを考える。(9.15)の微分方程式が空間微分に対しても時

間微分に対しても線形となっているので、まず時間座標 tについて Fourier展開して、各 Fourier

成分に対する時間微分を含まない微分方程式の形にし、Green関数の方法で解をもとめ、最後に

解を重ね合わせれば(逆 Fourier 合成すれば)、もとの方程式に対する解が得られる。Fourier 変

換の基底関数は完全系をなすので、各 Fourier成分に対する微分方程式の解がもとまれば、その

線形結合で任意の関数を表現できる。

まず ρ の時間変化を演算子 の固有関数である正弦関数 exp{iωt}で展開し、その角周波

数成分の振幅を ρω(r, ω)と書くことにする。

(10.23)

Δφ −εµ∂2φ∂t2

= −ρε

ΔA−εµ ∂2A∂t2

= −µ j

∂2 ∂t2

∂2

∂t2exp{iωt}= −ω 2exp{iωt}

φ(r)r

r1'

r2'

ρ(r1')

ρ(r1')

ρ(ri')

ρ(r')���

G(r, r1')

G(r, r2')

G(r, ri')

ri'

図 10.1 電荷分布、グリーン関数、ポテンシャルの関係

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(10.24)

ρω(r, ω)に対するポテンシャルを φω(r, ω)とすると、φについても重ね合わせができて、

(10.25)

とかける。φω(r, ω)は を含まないから、式(9.15)における時間微分は−ω2 におきかえてよい。式

(10.24)、(10.25)を式(9.15)に代入すると

(10.26)

となる。この式が任意の時刻に成立するためには、被積分関数の Fourier振幅が両辺で等しくな

くてはならない。すなわち

(10.27)

が得られる。この式は空間座標だけについての微分方程式である。すなわち、時間に依存した電

磁現象を解く問題が静電気学の問題に帰着できた。ちなみに

(10.28) の型の微分方程式は Helmholtz 方程式とよばれ、波動方程式や自由粒子の Schrödinger 方程式等

でみられる形である。(10.27)は非斉次 Helmholtz方程式である。

(10.27)の微分方程式に対する Green 関数は、εµω2 = k2と書き直すと、非斉次微分方程式の微

分演算子が であるので、

(10.29)

となる。この微分方程式をみたす Green関数 Gωとして、球面波 がある。ためしに

(10.30)

として、式(10.29)に代入してみると、 では

(10.31)

となり、r = 0の近傍では であり、r = 0で無限大に発散する

ことが確かめられ、式(10.30)であたえられる球面波が微分方程式(10.29)をみたすことがわかる。

[問] 式(10.27)の微分方程式をみたす φωが、式(10.29)をみたす Gをもちいて

ρ(r, t) = ρω (r,ω)exp{iωt}dω−∞

φ(r, t) = φω (r,ω)exp{iωt}dω−∞

∫t

{Δφω (r,ω)+εµω2φω (r,ω)}exp{iωt}dω−∞

∫ = −1ε

ρω (r,ω)exp{iωt}dω−∞

Δφω (r,ω)+εµω2φω (r,ω) = −

1ερω (r,ω)

�f(r) + k2f(r) = 0

L = Δ+ k2

(Δ+ k2 )Gω (r, ʹr ) = −δ(r− ʹr )

exp{±ikr} / r

Gω (r, ʹr ) =14πexp{±ikr}

r=14πexp{±iω | r - ʹr | /c}

| r - ʹr |

r ≠ 0

(�+ k2)e±ikr

4⇡r=

1

4⇡

✓d2

dr2+

2

r

d

dr+ k2

◆e±ikr

r

=1

4⇡

⇢✓�k2

r⌥ 2ik

r2+

2

r3

+

✓±2ik

r2� 2

r3

◆+

✓k2

r

◆�e±ikr

= 0exp{±ikr} / r ≈ (1± ikr) / r =1/ r ± ik

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(10.32)

と書けることを実際に代入して確かめよ。

6.電磁ポテンシャルの導出 φの Fourier変換の式(10.25)および式(10.29)より、

(10.33)

が得られる。この に式(10.24)の逆変換

(10.34)

を代入すると

(10.35)

が得られる。exp関数には

(10.36)

の性質があるから、式(10.35)において dωによる積分を時間についての δ関数でおきかえ、さら

に t'での積分を実行すると、

(10.37)

のように式(9.12)の解の最終的な形が得られる。これで時間的に変動する電荷によってつくられ

るポテンシャルの一般的な形がもとめられた。静電気学の場合の Poisson方程式

(10.38)

の解

(10.39)

φω (r,ω) = Gω (r, ʹr )ρω ( ʹr ,ω)

εd ʹr

Ω∫

φ(r, t) = φω (r,ω)exp{iωt}dω−∞

∫= G(r, ʹr ) ρω ( ʹr ,ω)

εd ʹr

Ω∫⎛

⎝⎜

⎠⎟exp{iωt}dω

−∞

ρω ( ʹr ,ω)

ρω ( ʹr ,ω) =12π

ρ(r, ʹt )exp{−iω ʹt }d ʹt−∞

φ(r, t) = G(r, ʹr ) 12πε

ρ( ʹr , ʹt )exp{−iω ʹt }d ʹt−∞

∫⎛

⎝⎜

⎠⎟d ʹr

Ω∫⎛

⎝⎜

⎠⎟exp{iωt}dω

−∞

=12πε

14πexp{±iω | r - ʹr | /c}

| r - ʹr |ρ( ʹr , ʹt )exp{iω(t − ʹt )}dω d ʹr d ʹt

−∞

∫Ω∫−∞

=1

8π 2εexp[iω{t± | r - ʹr | /c− ʹt }]

| r - ʹr |ρ( ʹr , ʹt )dω d ʹr d ʹt

−∞

∫Ω∫−∞

12π

exp{iω( ʹt − ʹ́t )}dω−∞

∫ = δ( ʹt − ʹ́t )

φ(r, t) = 14πε

d ʹt−∞

∫ ρ( ʹr , ʹt )δ( ʹt , t± | r - ʹr | /c)| r - ʹr |

d ʹr∫

=14πε

ρ( ʹr , t± | r - ʹr | /c)| r - ʹr |

d ʹr∫

Δφ(r) = − ρ(r)ε

φ(r) = 14πε

ρ( ʹr )| r - ʹr |

d ʹr∫

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と比較すると、式(10.37)には時間変数 tがパラメーターの形で含まれているだけである。

電流 jがあたえられて、ベクトルポテンシャル Aを求める問題は、まったく同様にして

(10.40)

と解くことができる。

7.得られた球面波解が意味すること 式(10.37)、(10.40)のように電磁ポテンシャルの解がもとめられた。これらの式をみると、時刻

tにおける φ(r, t)および A(r, t)はそれぞれ時刻 t ± |r - r'|/cでの電荷 ρおよび電流 jによってつく

られているということがわかる。すなわち、電荷、電流の時刻とポテンシャルの時刻は±|r - r'|/c

だけずれている。この時間のずれは、電荷、電流が存在する場所 r'からポテンシャルが形成され

る場所 rまで光速 cで伝達するのに要する時間である。すなわち、電荷および電流により生じる

電磁現象は、真空中では電磁波として光速 cで伝わり、φ, Aをつくると考えられる。この場合、

ρ, jと φ, Aの関係は

,

である。ポテンシャルがその原因となる電荷や電流の時刻より遅れているので、φ, Aを「遅延ポ

テンシャル(retarded potential)」とよぶ。

一方で、もう 1組の解

,

から式(10.37)あるいは式(10.40)によって導かれるポテンシャル φ, A は時間の関係が逆になって

いる。電荷および電流の変化に先立ってポテンシャルに変化が生じる場合を表すもので、「先進

ポテンシャル(advanced potential)」とよばれる。因果律が破れているようで、少々不自然に思わ

れるかもしれない。

電磁ポテンシャルがしたがう微分方程式は時間反転に対して不変であるから、時間の流れの

方向はどちらでもよいことになる。実際、電磁場の方程式は、時間の流れが逆行しても、その解

としてすべて起こりうる現象をあたえる形になっている。たとえば、水を張ったバケツを用意し

て水面の中心に振動子を設置することを考える。振動子を振動させると、振動子が水面に接して

いる位置から波紋が同心円状に広がる。この場合、振動子が原因となって水面を伝播する外向き

の球面波が生じたと考えられる。次に、振動子の振動を停止してバケツの縁を叩くと、波紋が外

側から中心に向かって収束する。波紋は中心に到達して振動子を振動する。これら2つの過程は、

原因と結果が逆転している。われわれが得た電磁波のふるまいもこれと同様である。すなわち、

「ρ, jが原因となって φ(r, t), A(r, t)が生じる」と解釈できるものに併せて、「φ(r, t), A(r, t)が原因

となって ρ, jが生じる」と解釈できるものがある。後者では、たとえば、無限遠から内側に向か

って進んできた電磁波が、空間のある部分に集中して電荷や電流分布をつくると考えることに

なる。しかし、実際問題として、我々がこのような現象を人為的に実現することはきわめて困難

であろう。

A(r, t) = µ4π

j( ʹr , t± | r - ʹr | /c)| r - ʹr |∫ d ʹr

ρ( ʹr , t− | r - ʹr | /c)→φ(r, t) j( ʹr , t− | r - ʹr | /c)→A(r, t)

ρ( ʹr , t+ | r - ʹr | /c)→φ(r, t) j( ʹr , t+ | r - ʹr | /c)→A(r, t)

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8

付録3 Poisson方程式のGreen関数

点電荷に対する Poisson方程式の Green関数は

(A3.1)

を満たす Gである。この解は

(A3.2)

であることが知られている。実際、G(r, r')が r = |r - r'|だけの関数のときは

(A3.3)

であるから、 のところでは

(A3.4)

となり、式(A3.1)を満足している。さらに であるから、r = 0のまわりでガ

ウスの定理をもちいて、

すなわち、r = 0のまわりで

(A3.5)

となる。δ関数の定義によって

(A3.6)

であるから、式(A3.1)の各辺を体積積分した場合

となる。以上によって、Poisson方程式の Green関数が式(A3.2)であたえられることが確かめられ

た。

ΔG(r, ʹr ) = −δ(r− ʹr )

G(r, ʹr ) = 14π

1r− ʹr

=14πr

Δ =∂2

∂r2+2r∂∂r

0r ¹

Δ1r⎛

⎝⎜⎞

⎠⎟=

∂2

∂r21r⎛

⎝⎜⎞

⎠⎟+2r∂∂r1r⎛

⎝⎜⎞

⎠⎟= 2

1r3+2r−1r2

⎝⎜

⎠⎟= 0

Δ(1 r) = div ⋅grad(1 r)

div ⋅grad 1rd ʹV∫∫∫ = grad 1

r⋅d ʹS∫∫ = −

1r2∫∫ gradr ⋅d ʹS

= − 1r2∫∫ rr⋅d ʹS = − dS ʹr

r2∫∫ = − dΩ = −4π∫∫

Δ1r⎛

⎝⎜⎞

⎠⎟d ʹV∫∫∫ = −4π

δ(r− ʹr )d ʹV∫∫∫ =1

��= ΔGd ʹV∫∫∫ =14πε

Δ1rd ʹV∫∫∫

= 14πε

−4π( ) = −1ε

��= −1εδ(r− ʹr )d ʹV∫∫∫ = −