特集 日軽エムシー...

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2 SOKEIZAI Vol.52 2011No.9 ダイカストの高品質化、高品質薄肉大型ダイカストの安定供給は国内のダ イカスト技術者にとっては避けて通れない課題と考えられる。これに対応 するには、最上流に位置づけられる溶湯について、“溶湯品質”の十分な 管理が不可欠といえる。特に影響が大きい介在物については、新しい処理 技術が開発されてはいるが、評価方法の確立と実施が不十分であるため問 題が多いので、K モールド法を中心とする管理の徹底が望まれる。 溶湯処理技術、溶湯品質とその評価 -Kモールド法による介在物の管理- 1.はじめに 北 岡 山 治  日軽エムシーアルミ乗用車を中心とする輸送機器の軽量化に対するア ルミニウム合金の役割はきわめて大きい。特に、鋳 物・ダイカストでの利用が広く普及しており、ハイ ブリッドカーや電気自動車、その他のタイプが普及 してきても、輸送機器が人や物品の移動手段である 限り、また、地球環境保全とこれにともなうリサイ クルの重要性が継続するかぎり、今後もその役割は 変わらず流れは続くものと考えられる。特に、きわ めて生産性に優れ、高機能を発揮するダイカストの 普及には目を見張るものがある。近年は薄肉大型ダ イカストの普及も著しく、その優れた特性はダイカ ストでなければ実現できないものが多いが、同時に これらの優れたダイカストの生産には多くの課題が 付随する。ここでは、最も上流工程でダイカストの 良否を左右する “溶湯品質” について、その構成要 素と評価技術を確認するとともに、優れた溶湯品質 を実現する溶湯処理技術も紹介する。本稿ではとく に “Kモールド法” を用いた介在物の管理について 最近の技術動向を振り返り、今後のダイカスト発展 の参考としたい。 2.1 リサイクルにおけるダイカストの重要性 ダイカストはその生産性・経済性のよさ、寸法精 度のよさとこれにともなう加工工数の低減、その他 多くのメリットを与えてくれる。しかしこれととも に、忘れてはならない点は、鋳造時の “冷却速度の 速さ” にともなう、アルミニウム合金における “不 純物許容量の拡大” という金属学的な要素である。 アルミニウム合金の市場では、板、形などの展伸材 系材料が国内市場の 2/3、300万トン程度を占めて いるが、これら展伸材では、とくに板材の製造にお いては、品質維持の必要性から、多くの不純物成分 を含む原材料の使用は制限されることが多く、リサ イクル性の向上は大きな課題となっている。これに 対してダイカストは極めて冷却速度が速いことによ り、鉄を中心とする各種不純物の固溶量の増加、あ るいは組織の微細化により、他の工法に比べて不純 物許容量が高く、大半の製品は 9 割以上をリサイク ル材ベースに生産されており、“リサイクルの優等 生” 的存在といえる。 2.ダイカストの発展と溶湯品質の関係

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2 SOKEIZAI Vol.52(2011)No.9

ダイカストの高品質化、高品質薄肉大型ダイカストの安定供給は国内のダイカスト技術者にとっては避けて通れない課題と考えられる。これに対応するには、最上流に位置づけられる溶湯について、“溶湯品質”の十分な管理が不可欠といえる。特に影響が大きい介在物については、新しい処理技術が開発されてはいるが、評価方法の確立と実施が不十分であるため問題が多いので、Kモールド法を中心とする管理の徹底が望まれる。

溶湯処理技術、溶湯品質とその評価-Kモールド法による介在物の管理-

1.はじめに

 北 岡 山 治 日軽エムシーアルミ㈱

 乗用車を中心とする輸送機器の軽量化に対するアルミニウム合金の役割はきわめて大きい。特に、鋳物・ダイカストでの利用が広く普及しており、ハイブリッドカーや電気自動車、その他のタイプが普及してきても、輸送機器が人や物品の移動手段である限り、また、地球環境保全とこれにともなうリサイクルの重要性が継続するかぎり、今後もその役割は変わらず流れは続くものと考えられる。特に、きわめて生産性に優れ、高機能を発揮するダイカストの普及には目を見張るものがある。近年は薄肉大型ダ

イカストの普及も著しく、その優れた特性はダイカストでなければ実現できないものが多いが、同時にこれらの優れたダイカストの生産には多くの課題が付随する。ここでは、最も上流工程でダイカストの良否を左右する “溶湯品質” について、その構成要素と評価技術を確認するとともに、優れた溶湯品質を実現する溶湯処理技術も紹介する。本稿ではとくに “Kモールド法” を用いた介在物の管理について最近の技術動向を振り返り、今後のダイカスト発展の参考としたい。

2.1 リサイクルにおけるダイカストの重要性 ダイカストはその生産性・経済性のよさ、寸法精度のよさとこれにともなう加工工数の低減、その他多くのメリットを与えてくれる。しかしこれとともに、忘れてはならない点は、鋳造時の “冷却速度の速さ” にともなう、アルミニウム合金における “不純物許容量の拡大” という金属学的な要素である。アルミニウム合金の市場では、板、形などの展伸材系材料が国内市場の 2/3、300万トン程度を占めているが、これら展伸材では、とくに板材の製造にお

いては、品質維持の必要性から、多くの不純物成分を含む原材料の使用は制限されることが多く、リサイクル性の向上は大きな課題となっている。これに対してダイカストは極めて冷却速度が速いことにより、鉄を中心とする各種不純物の固溶量の増加、あるいは組織の微細化により、他の工法に比べて不純物許容量が高く、大半の製品は 9割以上をリサイクル材ベースに生産されており、“リサイクルの優等生” 的存在といえる。

2.ダイカストの発展と溶湯品質の関係

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2.2 各種高品質ダイカストの実用化、普及 このように優れたリサイクル性を有するダイカストは、“普通ダイカスト” と呼ばれる高速、高圧を加えて射出する従来からの一般的な鋳造方法では、製品内部に射出時に巻き込まれた空気による気泡などの欠陥を多く含み、機械的性質の不安定性、溶体化処理を含む熱処理ができないという制約などの問題があり、古くから改善活動が盛んに行われてきた。この結果として近年ではPFダイカスト、高真空ダイカスト、スクイズダイカスト、セミソリッドダイカストなどの多くの “高品質ダイカスト” が実用化され、極めて優れた、かつ、安定した品質のダイカストが市場で利用されるようになってきた。とくに、欧州車を中心として盛んに利用されるようになったサスペンション、ドアー、ピラーなどを中心とした薄肉大型の車体部品の普及には目を見張るものがある(写真 1)。

2.3  薄肉大型ダイカストの出現と材料特性上の問題点

 薄肉大型の車体部品でとくに問題となるのは、生産工程で問題となる金型内での溶湯の流れやこれにともなう欠陥、割れ、熱処理にともなう変形、その他多くの事象であるが、これとともに切り離すことができない、極めて重要かつ不可欠な特性としての“材料特性” を上げることができる。その材料特性のうち、“伸び値(伸び)” を代表とする “靭性・粘り強さ” に対する要求が、従来の鋳物・ダイカスト系材料では想像できないような、展伸材レベルに近いきわめて高い値が要求され、また、材料特性そのものが “ばらつき” が少なく、安定していることであろう。このような厳しい材料特性、安定性に対する要求は、金属組織が極めて微細で優れた材料特性を発揮できることとともに、多くの強化成分を多量に固溶させ、必要に応じて熱処理による析出効果などを利用することで実現することができる。したがっ

て、薄肉大型ダイカスト製品は、材料的にはダイカストの最も優れた特徴を有効に利用しているということができる。

2.4 ダイカストの品質と溶湯品質の関係 現在最も必要とされる薄肉大型ダイカストの特徴である、 高い “伸び値” をはじめとする優れた材料特性を安定的に実現するために近年とくに重要視されてきた問題が、“溶湯品質” の問題であろう。最終製品としてのダイカストの材料特性は、ダイカストマシンの入り口であるプランジャスリーブに注がれた溶湯がどのように金型内を流れ、凝固し、後工程に移されるかといういわゆる鋳造条件、ダイカスト条件により決まるところは、当然のことながらきわめて大きい。しかしこれと同時に、マシンに供給される溶湯が高品質であるか否かが、極めて影響が大きいことが明確にされてきており、残念ながら、現状では 100% 安心できる状況にはないことが多いといえる。ダイカストにおける溶湯品質の問題は、薄肉大型ダイカストだけでの問題ではなく、ダイカストの大半を占める普通ダイカスト製品についても大きな問題であるといえる(図 1 1))。 展伸材では溶湯品質は極めて重要な問題であることが以前から認識されて、その生産設備、工程などに実現されている。ダイカストと同一分野の鋳物、ダイカストについてみると、鋳物については比較的溶湯品質による影響が大きく、作業者自体が溶湯に対する関心が高いためか、これに対する関心が以前から比較的高く、様々な問題はあるものの、比較的大きな問題は少なかったといえる。しかしダイカストにおいては、ダイカストマシンを中心とした技術が先行し、溶湯品質に対する関心が比較的薄い時代が長く続いた。このような状況でのダイカストの高品質化の流れで、ダイカスト品質に対する溶湯品質の影響が極めて大きいことが認識されるようになり、ダイカスト技術の重要な分野としての “溶湯品質” への関心が近年、大幅に高まってきている。

写真 1 2011年GIFAで見られたダイカスト製大型車体部品

図 1 ADC12の引張特性に及ぼす溶湯処理の影響

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3.1 溶湯品質の構成要素 溶湯品質は、使用原材料、副資材、使用設備および環境等の諸条件と、溶解・溶湯処理条件等の組合せで決定される。溶湯品質を構成する要素は、“化学成分”、“ガス”、“介在物”、“温度”、その他に分類することができる(図 2)。化学成分については主要成分だけではなく、各種の微量成分を含めて、不純物扱いとなる成分を含めて考えることが重要であろう。これだけでは規定できない要素、例えば結晶粒度などの問題も残るので、その他の項目も含まれる。これらの溶湯品質を規定する構成要素の一つ一つを正確に、満足できる範囲に制御することが製品の高品質化の基となる。

3.2 各構成要素における現状と問題点<成分> “発光分光分析” により “主成分” だけではなく、“微量成分” についても精度の良い成分分析が10分前後の短時間でできるようになり、分析技術上の問題は比較的少ないといえる。しかし、一般的には JIS などに規定された主要成分だけの分析が多く、鋳造性などに影響の大きい改良成分を含む微量成分の分析が行われることが少ないため、鋳造性が不安定になりやすく、欠陥の発生、材料特性の不安定を生み出す結果になっている場合が多い。したがって、微量成分の分析、その影響についても十分に配慮することが望ましい。<ガス> ダイカストにおいては冷却速度が速いため、溶湯中のガス(水素)の影響は受けにくい。したがって、一般的にはあまり問題にされることはない。しかし、ボスなどの厚肉部では徐冷になり、引け欠陥が発生しやすくなり、発生した引けの形態がガスの多少で変化して圧漏れを誘発しやすい引け欠陥を形成る場合もあるので、無視するのは好ましく

ない。通常は簡便な “減圧凝固法” などによる管理が一般化しているといえる。<介在物> 展伸材においてはかなり以前から介在物の問題が重視され、測定方法もある程度固定されつつある。正確な評価には “濾過法” と介在物のミクロ観察の組合せによる、数µm以下の小さな介在物まで測定できる “PoDFA”(図 3 2))で代表される方法が一般化している。ただしこの方法による測定時間は数時間以上、1日前後はかかる。このためにその時点で対象とする溶湯のリアルタイムでの状況を知るために用いることは困難である。炉前で利用できる短時間での測定には、この方法の簡易型、迅速型ともいえる “濾過速度測定法”(図 4 2))が利用される場合があるが、鋳物・ダイカストでは一般には利用されていない。

 鋳物・ダイカスト溶湯に関しては、一般的なミクロ組織の粗さから予想されるように、数10µmの以下はほとんど影響がなく、100~300µm以上の介在物が大きな影響を及ぼすとものと見られる(図 5 3))。鋳物・ダイカストの場合には、酸化皮膜が介在物の圧倒的な比率を占めているので、PoDFAレベルの

3.溶湯品質とは

図 2 ダイカスト品質への関係要因、溶湯品質構成要素図 3 介在物評価法、PoDFA法

図 4 ろ過速度測定による介在物評価法

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微小介在物の検出は必要ない場合が多いが、後述の“Kモールド法” による管理の徹底が不可欠と考えられる。<温度> 温度測定は古くから発達しており、これらを有効に使えばよい。しかし、現実には測定位置の不適切さ、保護管等による感度の異常など、真に必要な温度を正確に把握していない場合もあるので、使い方には十分な配慮が必要といえる。<その他> 結晶粒の微細化程度は鋳造性にかなり影響する場合が多いが、代表的なTi-B系の微細化材などでは、発光分析による分析値との関係を直接求めることは難しい。また、多くの改良成分とこれを打ち消す成分が同時に含まれるリサイクル材などでは、これら成分の微妙なバランスで改良効果の有無が決まることがある。したがって上記の各要素だけでは管理できない。このような例に有効に活用される手段として、実際の溶湯を数10g程度の少量を採取し、一定の条件で凝固させ、凝固過程における温度変化を測定、解析する “熱分析” が有効に機能することが多い。一般には砂型大型鋳物製造などの

場合に利用されることが多いが、生産量が多いダイカストでも、微妙な溶湯品質が影響し、問題を起こしやすい場合には十分利用価値があるものと考えられる。

3.3 溶湯品質の評価手段と溶湯処理 前項に示したように、溶湯品質の評価項目はほぼ把握されており、現実の溶解・溶湯処理工程をへてダイカストマシンへ供給される溶湯の品質も、鋳造前の短時間にほぼ正確に把握できる各種の溶湯品質の “評価手段” もほぼ確保されている。強いて言えば、成分分析、温度測定が極めて高精度の測定が可能になり、微量成分の分析を実施しないための問題や、温度測定精度や管理の不十分さによる問題などが残るものの、道具立てとしては、かなり満足できるところまで進んできた。これに対してダイカストで問題になりやすい介在物についての評価手段、測定方法については比較的普及が遅れ、品質上さまざまな問題を起こす例が多く見られる。後述するKモールド法が普及してきたとはいえ、その活用が十分とは言い切れないし、評価・判断基準の不統一を含め、問題点も残されている。 JISやISOなどへの “介在物評価の規格化” を含めて、ダイカスト高品質化のための作業を進めることが不可欠と思われる。 過去のダイカスト作業においては、主要成分を確認するだけで、溶湯品質について十分な配慮をしていなかった例も多い。今後のダイカストに対する極めて高い性能の要求を満足させるためには、十分な溶湯処理、溶湯管理が不可欠であり、溶湯処理技術の向上と同時に、その “評価技術の向上” がより一層のぞまれる。

図 5 スクイズダイカストAC4CH-T6材の介在物サイズと引張強さの関係

4.1 Kモールド法 Kモールド法は鋳物・ダイカストの生産量が急速に増加し始めた 1970年代前半に筆者が開発した、主にアルミニウム合金鋳物・ダイカスト用溶湯を対象とした炉前における迅速介在物評価法である。簡便、迅速、経済的であり、定量性を有する簡易な介在物評価法であることから、40年ほど経過した現在では、日本だけではなく、アメリカ、ヨーロッパを含む世界の多くの国々で利用されている4),5)。 Kモールド法は “破面検査法” を基本としており、試料破断面中に観察される酸化皮膜、酸化物などの介在物を10倍程度までの低倍率で観察し、数量評価する方法である。

4.Kモールド法と介在物の測定

図 6 Kモールド

440400360320

280

240

50 100 500 1000 2000

溶湯処理実施

500μmメッシュろ過

1mmメッシュろ過

ろ過なし

最大介在物サイズ (μm)

引張

強さ (MPa)

 Kモールド法で用いる試料採取用の金型は36mm×6 mm×240mmの短冊状の平板が得られる金型(図 6)で、この金型に溶湯を採取、急冷凝固させ、

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この平板を数片に破断し、破面観察(写真 2)して検出される介在物数を求める(図 7)。この結果から、両側に破面をもつ試片一つあたりの平均介在物数をK値として計算し、評価する。Kモールド法でも倍率の10倍程度の高い拡大鏡を用いれば数10µm程度の介在物までは容易に検出できる。 なお、最近では介在物の自動計測装置(図 8 6))も開発され、採取試料の良否判定を極めて短時間に実施できるような装置も開発されている。

4.2 Kモールド法による介在物挙動の観察 現実にKモールドを用いて介在物の挙動を検討してみると以下のようになる。<溶解原料の影響> 介在物の大半は酸化皮膜であり、酸化皮膜の多少は先ずは原料の比表面積の大小の影響が大きく、比表面積の大きな材料の溶解では汚染が著しい(図 9)。<溶湯処理の影響> 適正な溶湯処理は確実に介在物量を低下させ、溶湯を清浄化する。酸化皮膜の分離にはフラックスはきわめて有効に作用する(図10)。<炉内での増加> 手元炉の溶湯は時間経過とともに変化し、残湯などでは増加する場合が多い(図 11)。<介在物の偏在> 介在物はガスと異なり、介在物自身ではほとんど拡散しないため、溶湯中に偏在することが多い。したがって、実際にその動きを確認することが極めて重要な意味をもつ。この挙動を確認した上で、種々の対応策を検討することが必要となる。

処理前破面

<汚れた溶湯>

処理後破面

<清浄な溶湯>

Kモールド破面

写真 2 Kモールドによる介在物観察例

図 7 K値の求め方と一般的評価例

図 8 Kモールド法に用いる自動測定装置

図 9 溶解原料の大きさによるK値の比較

K値 = 全介在物数 / 観察試片数          注) 2破面をもつ試片を1片と数える

Kモールド法による介在物の判定(例)ランク K値 清浄度の判定 鋳造可否の判定A < 0.1 清浄な溶湯 鋳造しても良いB 0.1~0.5 ほぼ清浄な溶湯 鋳造しても良いが、できれば処理した方が良いC 0.5~1.0 やや汚れている溶湯 処理の必要があるD 1.0~10 汚れている溶湯 〃E > 10 著しく汚れている溶湯 〃

図10 溶湯処理によるK値の変化

図11 保持炉におけるK値の変化

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<移湯にともなう介在物の増加> ダイカスト工場で極めて一般的に行われている溶湯の移し変え、す

5.1 回転翼を用いた脱ガス、溶湯清浄化処理 単純形状の細い穴を一つ持つパイプあるいはランスから塩素や不活性ガス、あるいはこれらの混合ガスを溶湯中に吹き込む方式での脱ガスを主とした溶湯清浄化処理は古くから利用されていたが、効率が悪く、あまり利用されなくなった。その後、パイプの先端に多孔質材(ポーラスプラグ)を取付けて気泡を細かくした状態での脱ガスが普及し始めたが、若干の改善にとどまった。最も大きな変化点は展伸材用の溶湯処理方法として開発された回転翼の活用である。回転翼を先端に取り付けたパイプの回転により、脱ガス用ガスを細かく溶湯内に分散して気液接触面積を大幅に拡大して効率を上げる方法が 1970年代後半に出現した。鋳物・ダイカスト用溶湯にも“GBF” を代表とする回転翼を用いた同様の処理方法が多数開発され、現在の標準となっている。これにより、数分という短時間で 0.10cc/100gAl以下という低レベルのガス含有量への脱ガスを実現できるようになり、溶解炉、保持炉などの炉内での処理だけではなく、移湯途中の取鍋や樋での処理が可能となる画期的な変化がもたらされた(図12 7))。 鋳物・ダイカスト溶湯の回転翼を用いた溶湯処理では、るつぼや取鍋という比較的狭い空間に密閉された状態で溶湯が処理されるため、その処理条件によっては、ガス気泡に付着し除去されて溶湯面に浮上した介在物が、溶湯の激しい動きにともなって再度溶湯中へ混入し、ガスについては減少するが、介在物については増加するというトラブルが発生する場合が多く認められた。このような浮上分離した介在物に

5.最近の溶湯処理技術

よる再汚染の問題を、回転翼を10秒程度の短時間で定期的に反転することにより、溶湯面の動きを極力抑えて介在物の再吸収を防いでいる処理装置“静波”が開発され、ガス及び介在物の確実な除去を実現した(図13 8))溶湯処理装置として評価されている。

5.2 高速、低公害での溶湯清浄化処理 回転翼を用いた脱ガス処理装置の普及で、脱ガス処理及びこれに付随したある程度の介在物除去は、従来に比べて大幅に簡素化された。しかし、実際の作業においては、溶解炉から出湯される溶湯に介在物がかなり多い場合もあり、取鍋での脱ガス処理工程だけでは十分かつ確実なレベルまでに介在物を除去することができない場合が少なくない。このため、取鍋での回転翼を用いた脱ガス処理の前に、脱滓フラックスなどの介在物分離用のフラックスを溶湯に散布し、手作業での撹拌を行い、予め介在物の除去作業を行う例がかなり多く見られる。また、このような作業を行わない場合には、溶解炉でのフラックス散布と撹拌による介在物除去作業を徹底して行う

ことも多い。このような介在物除去効果の高いフラックスの機能を十分発揮させる道具として、古くから “フラックスフィーダ”が用いられてきた。これは、前述の穴あきパイプによる脱ガス処理装置の途中に、フラックス供給用装置を取り付け、脱ガス用のガスの流れにフラックスの粉末をのせて、フラックスを溶湯に効率よく分散させ、介在物除去効果を確実にしようとするものである。 高品質ダイカストの安定的な生産のためには、きわめて高品質の溶湯を安定的に供

なわち “移湯” の作業は新しい酸化膜の生成を促し、溶湯中の介在物量を増加させる。

図12 脱ガス処理の比較

図13 “静波” による介在物除去効果

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給する必要がある。このためには、回転翼を用いた処理装置における効率よい脱ガスと介在物除去効果をさらに確実なものとし、さらに、介在物除去にともなう労働負荷の大きな高熱作業を排除する道具として、フラックスフィーダによる介在物除去作業を併用できる、新しいタイプの溶湯処理装置が、次世代型溶湯清浄装置 “FF静波” として開発、実用化され、好評を得ている(図14 9))。この装置では、最初に 2分程度、回転翼を一方向に回しながらフラックスと脱ガス用ガスを溶湯に供給し、フラックスと溶湯の十分な反応を発揮できるようにしてフラックスフィーダとしての機能を十分発揮させる。この後、脱ガスと介在物除去の徹底を図る工程に自動的に移り、通常の10分以内の処理で、介在物、ガスのない極めて清浄な溶湯を作り出す(図15 9))。なお、この “FF静波” の特徴は、溶湯品質の良さとともに、環境問題のもとになるフラックス処理にともなう排出ガスが極めて清浄であり、問題となる成分については通常の手作業による場合に比べて1/10 以下に抑えることができることも大きな特徴といえる。

日本軽金属株式会社 FC事業グループ〒421-3297 静岡県静岡市清水区蒲原 161TEL. 054-388-3431 FAX. 054-385-7362http://www.nikkeikin.co.jp/

図14 “FF静波”

図15 “FF静波” による溶湯処理効果

 ダイカストの高品質化が着実に進展し、さらにきわめて高品質であることが不可欠な薄肉大型ダイカストの供給が一般化する中で、ダイカスト諸技術のうち、最も基本となる溶湯の高品質化が一段とその重要性を増してきている。溶湯の高品質化には “溶湯品質” についての十分な理解が不可欠である。溶湯品質を構成する要素の一つである “介在物” についてはとくに管理しにくい面が多い。しかし、“Kモールド法” を中心とした介在物管理手段の一段の発展はきわめて有効であり、また、新たに開発されている高性能の溶湯処理装置の組合せで、常に満足できる高品質の溶湯を供給できる体制をつくることができるものと考えられ、この方向に向かって一段の努力がのぞまれる。なお、溶湯は金型内で凝固が完了するまでは常に介在物を増し、ダイカストの性能を低下させることを忘れてはならないので、溶湯処理後、凝固完了までの全工程について、介在物の評価、管理が不可欠である。

 参考文献1 )新田真,西直美:型技術,12-4(1997)392 ) 軽金属学会:研究報告 29,“アルミニウム中の介在物の生成挙動と欠陥事例集”,1995

3 )早稲田大学 吉田誠教授発表資料4) Lessiter, M. J., Rasmussen W. M. : Modern Casting, Feb. 1996,P46

5 )Neff,D.V.: Die Casting Engineer, Sept. 2004,P246 )日本軽金属資料 自動計測7)Engh, T. A., Pedersen,T. : Light Metals 1984(1984)8 )日本軽金属資料 静波9) 倉増幸雄,小沢正幸,斉藤努,鈴木秀紀,北岡山治:アルトピア 2007. 11,P41

6.おわりに