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治療可能となった脊髄性筋萎縮症(SMA)

第59回日本神経学会学術大会 ランチョンセミナー22(LS-22)

開 催 2018 年 5 月 24 日

会 場 札幌市教育文化会館 1F 大ホール

座 長 独立行政法人国立病院機構刀根山病院神経内科齊藤 利雄 先生

演 者Ira A. and Mary Lou Fulton Chair in Motor Neuron DisordersDirector, Fulton ALS and Neuromuscular Center, Barrow Neurological Institute

Shafeeq S. Ladha 先生

座長よりわが国では脊髄性筋萎縮症(SMA)の治療薬としてスピンラザ髄注12mgが2017年7月にまず乳児型SMAを対象として承認され、同年9月に乳児型以外のSMAにも適応が拡大された。Biogen社の集計によると、2018年5月18日時点で、投与予定を含めて全国で258例のSMA患者へスピンラザ治療が進められている。小児科での治療は41都道府県に広がっており、神経内科でも17都道府県の25施設で39例に治療が進められている。ただし、SMAの成人患者に対するスピンラザの大規模臨床試験のデータはない。そこで今回、ティーンエイジャーや成人患者に対するスピンラザの臨床経験が豊富なShafeeq S. Ladha先生をお招きし、米国での経験と知見をご紹介いただいた。なお、スピンラザの投与前に必要なSMAの遺伝学的検査は保険収載されている(診療報酬点数「処理が複雑なもの」:5,000点)。

2018年8月作成SPI-JPN-0637SPI045MA01

主催:

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 脊髄性筋萎縮症(SMA)は進行性の脊髄運動ニューロンの変性及び骨格筋の筋力低下を特徴とする常染色体劣性遺伝の神経筋疾患である。遺伝性疾患による乳児死亡の原因として最も多く、保因者の頻度は40~60人に1人1、その発症率は米国の全民族集団で出生1万1,000人に1人程度と推定されている1。発症年齢により重症度は異なり、早期に発症するほど重症で、四肢の筋萎縮のみではなく横隔膜や嚥下の筋肉にも影響が及び、腱反射は消失又は減少する。進行性の筋力低下や筋萎縮を呈する疾患は他にもあるので鑑別が重要である(表1)2, 3。 SMAは発症者数として最も多いのはⅠ型であるが、早期発症例ほど重度で、従来、Ⅰ型はその多くが2歳までに死亡していたため、有病者数はⅡ型及びⅢ型が多い(図1)1, 4。神経内科医にとって診療機会が多いのはⅢ型、そしてⅡ型であろう。

 SMA患者はsurvival motor neuron 1(SMN1)遺伝子の欠失又は変異により、運動ニューロンの生存に必要なSMNタンパク質の産生が低下する。SMNタンパク質はmRNAのスプライシングや軸索輸送に関与していることが示唆されているが 5、その不足がなぜ下位運動ニューロンにのみ選択的

に障害をもたらすのかはわかっていない。ただ、運動ニューロンはすぐに脱落するわけではない。それ以前に軸索の機能障害はあっても細胞死には至っていない段階があると考えられ、そこに治療による進行抑制と改善の可能性が残る6。 これは慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)になぞらえて考えるとわかりやすい。つまり、CIDPでは脱髄によって神経の機能障害が生じるが、脱髄を治療すればその機能は回復し、不可逆的な機能障害は慢性的な経過によって生じる。SMAにもこの概念が当てはまる可能性がある。機能回復可能な運動ニューロンが残っていれば、ある程度の臨床的な改善をまだ期待できるのではないか。その可能性を提示したのがスピンラザであり、できるだけ早期に治療を開始することが望ましい。

 スピンラザはSMN1遺伝子の重複遺伝子であるSMN2遺伝子のスプライシングを変えるようにデザインされたアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)である。SMN2遺伝子から産生されるSMNタンパク質を増加させ、SMN1遺伝子の欠失や変異によるSMNタンパク質の不足を補うのが狙いである。 Ⅱ型・Ⅲ型 S M A の 運 動 機 能を評 価 するに は 、拡 大

Hammersmith運動機能評価スケール(HFMSE)、上肢モジュール(ULM)※、6分間歩行試験(6MWT)などが有用である(図2)7-11。スピンラザの治療効果を評価するに当たって、SMAの自然歴においてこれらの指標がどのように変化するのかを理解しておくことが重要である。 ※改訂版があります12

 Ⅱ型又はⅢ型SMAの小児患者を対象としたCHERISH試験では、シャム処置群と比較してスピンラザ治療群でHFMSEや上肢モジュール改訂版(RULM)スコアの改善が認められた13。 これらの運動機能評価尺度の改善は日常生活動作の改善・維持に直結するものである。もちろん、SMA患者のトータルケアには各種専門家からなる多職種のチームによる支援が欠かせず、その意義は予後の改善とともにますます大きくなる(図3)。

 当施設では、18歳以上のSMA患者を50例ほど診療している。このうちスピンラザ治療の費用が償還される民間保険の加入者を中心に、15例に同治療を実施している。 年齢は18~59歳、ほとんどの症例が歩行不可能で、脊柱側弯症や横隔膜の筋力低下のために呼吸障害を伴っている。スピンラザの投与は半数の症例に対して神経内科医が髄注

を行い、残りの半数に対しては、放射線科医がX線ビデオ透視下で髄注を行っているが、これまでのところ有害事象は認められていない。ほとんどの症例の治療期間がまだ12ヵ月以内であり、運動機能評価尺度による評価は十分には行えていないが、患者の主観的な報告によると、転倒の減少、車椅子・ベッド間の移動時の負担の軽減、セルフケアの改善、スタミナの改善など有用な反応が得られている。 今後、Ⅱ型・Ⅲ型SMAの成人患者においてもスピンラザのデータを広く収集し、その有用性を評価する必要がある。一見、シンプルで些細なことの改善が患者の人生にとっては大きな意味を持つことがある。主治医の役割の一つは患者とともにその可能性を最大限に探り、患者の意思決定を手助けすることである。

【文献】 1 . Sugarman EA, et al.:Eur J Hum Genet. 2012;20(1):27-32. 2 . Wang CH, et al.:J Child Neurol. 2007;22(8):1027-1049. 3 . Lunn MR, et al.:Lancet. 2008;371(9630):2120-2133. 4 . Verhaart IEC, et al.:J Neurol. 2017;264(7):1465-1473. 5 . Burghes AH, et al.:Nat Rev Neurosci. 2009;10(8):597-609. 6 . Govoni A, et al.:Mol Neurobiol. 2018;55(8):6307-6318. 7 . O’Hagen JM, et al.:Neuromuscul Disord. 2007;17(9-10):693-697. 8 . Mercuri E, et al.:Neuromuscul Disord. 2016;26(2):126-131. 9 . Mazzone E, et al.:Neuromuscul Disord. 2011;21(6):406-412.10. Sivo S, et al.:Neuromuscul Disord. 2015;25(3):212-215.11. Mazzone E, et al.:Neuromuscul Disord. 2013;23(8):624-628.12. Mazzone ES, et al.:Muscle Nerve. 2017;55(6):869-874.13. Mercuri E, et al.:N Engl J Med. 2018;378(7):625-635.

はじめに

運動ニューロン救済の可能性

Ⅱ型・Ⅲ型のSMAの小児患者におけるエビデンス

Ⅱ型・Ⅲ型SMAの成人患者における治療経験

スピンラザ髄注12mg〈効能・効果に関連する使用上の注意〉(抜粋)1. 遺伝子検査により、SMN1遺伝子の欠失又は変異を有し、SMN2遺伝子のコピー数が1以上

スピンラザ髄注12mg【使用上の注意】(抜粋)2. 重要な基本的注意 (1)本剤の投与は、脊髄性筋萎縮症の診断及び治療に十分な知識・経

であることが確認された患者に投与すること。 2. SMN2遺伝子のコピー数が1の患者及び4以上の患者における有効性及び安全性は確立していない。これらの患者に投与する場合には、本剤投与のリスクとベネフィットを考慮した上で投与を開始し、患者の状態を慎重に観察すること。

図3 SMA診療の多職種チーム

Shafeeq S. Ladha先生ご提供

7. O'Hagen JM, et al.:Neuromuscul Disord. 2007;17(9-10):693-697. 8. Mercuri E, et al.:Neuromuscul Disord. 2016;26(2):126-131.9. Mazzone E, et al.:Neuromuscul Disord. 2011;21(6):406-412. 10. Sivo S, et al.:Neuromuscul Disord. 2015;25(3):212-215. 11. Mazzone E, et al.:Neuromuscul Disord. 2013;23(8):624-628.

図2 運動機能評価スケールにより評価したⅡ型・Ⅲ型SMAの自然歴(海外データ)

対象・方法:SMA患者268例を対象(歩行可能なⅢ型SMA68例、歩行不可能なⅢ型SMA4例、歩行不可能なⅡ型SMA196例)に、HFMSEを用いて自然歴を後ろ向きに検討した8。

拡大Hammersmith運動機能評価スケール(HFMSE)

5歳以上の歩行可能及び歩行不可能な患者において、平均HFMSEスコアは12ヵ月間で低下した8

対象・方法:歩行不可能なSMA患者74例を対象(Ⅲ型SMA4例、Ⅱ型SMA70例)に、ULMを用いて上肢機能の自然歴を12ヵ月間検討した10。

上肢モジュール(ULM)

12歳以上の患者においてULMスコアは12ヵ月間、比較的安定していた10

歩行不可能なⅡ型・Ⅲ型SMA患者における上肢の運動機能を評価9

対象・方法:歩行可能なⅢ型SMA患者38例を対象に、6MWTの変化を12ヵ月間検討した11。

6分間歩行試験(6MWT)

患者ごとに様々な経過をたどるものの、平均歩行距離は12ヵ月間で1.5m減少した11

歩行可能なⅢ型SMA患者における歩行機能及び持久力を評価11

Ⅱ型・Ⅲ型SMA患者における運動機能を評価7

第59回日本神経学会学術大会 ランチョンセミナー紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので、全ての症例が同様な結果を示すわけではありません。

1. Sugarman EA, et al.:Eur J Hum Genet. 2012;20(1):27-32.より作図4. Verhaart IEC, et al.:J Neurol. 2017;264(7):1465-1473.

図1 SMAの発症率・有病率(海外データ)

推定発症率1

● 発症率:1/6,000~1/10,000、保因者頻度:1/40~1/601

● 米国全民族集団での発症率:1/11,0001

推定有病率4

Ⅰ型

60% Ⅱ型

48%

Ⅲ型

37%Ⅱ型

27%

Ⅲ型

13%Ⅰ型

ケアの促進

呼吸器科医/呼吸療法士呼吸

看護師小児科医/プライマリケア医

遺伝カウンセラー介護士

精神保健及び福祉全般精神科医チャイルド・ライフ・スペシャリスト※

栄養/食事栄養士/食事療法士消化管専門医

ソーシャル・ワーカー疼痛及び緩和ケア医運動及び日常生活動作

神経内科医/神経筋専門医/リハビリテーション医

理学療法士/リハビリテーション医

整形外科医/歯科矯正医言語聴覚士/作業療法士

Shafeeq S. Ladha 先生Ira A. and Mary Lou Fulton Chair in Motor Neuron DisordersDirector, Fulton ALS and Neuromuscular Center, Barrow Neurological Institute

治療可能となった脊髄性筋萎縮症(SMA)

SMA患者

※子どもの発達やストレスへの対処に関する専門知識を持ち、子どもと家族が困難な出来事に直面した時に、それを乗り越えるための支援をする専門家

験を持つ医師のもとで行うこと。7. 適用上の注意 (2)投与時 1)重度の脊柱変形を生じている患者では、確実に髄腔内に刺入できるよう、超音波画像等の利用を考慮すること。

2. Wang CH, et al.:J Child Neurol. 2007;22(8):1027-1049.3. Lunn MR, et al.:Lancet. 2008;371(9630):2120-2133.

表1 SMAの特徴

● 筋肉が正常に発達せず、進行性の筋萎縮及び筋力低下が生じる2, 3

● 発症年齢や重症度によって臨床症状は異なる2, 3

一般的な臨床症状2, 3

・筋緊張低下(例:フロッピーインファント)  ・筋力低下  ・筋萎縮筋力低下は一般に左右対称性で、近位筋かつ上肢より下肢で顕著である2

・筋力低下の重症度は一般に発症年齢と相関・腱反射は消失又は減弱  ・感覚機能は維持

● 肢帯型筋ジストロフィー(LGMD)やその他の筋疾患と誤診されやすい・筋萎縮(SMA)/筋肥大(LGMD)  ・舌萎縮(SMA)/舌肥大(LGMD)・筋電図

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