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Copyright(C) Buddhism All-Japan Network. All Rights Reserved. Buddhism All-Japan Network 苦悩の根元 仏教の生きる意味を現代へ 通信コース[初級]⑲ この通信コースは、2600 年前、仏教に解き明かされた本当の生きる意味を、半年で 体系的に理解するための講座です。このコースを終了した時、あなたは現代の誰より も深い人生観が身についたことに気づくでしょう。

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苦悩の根元

仏教の生きる意味を現代へ

通信コース[初級]⑲

この通信コースは、2600年前、仏教に解き明かされた本当の生きる意味を、半年で

体系的に理解するための講座です。このコースを終了した時、あなたは現代の誰より

も深い人生観が身についたことに気づくでしょう。

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通信コース⑲

苦悩の根元

今回の映像は、全25回のコースの中で最も長く、50分を超えています。

この苦悩の根元の内容は、小冊子ですでにご存じの方もあると思いますが、

それだけ重要であり、仏教の真髄でもあります。

多分、これが分かっている人は、

皆さん以外にないと思います。

つまり、煩悩と無明の闇の違いが分からないのです。

しかし逆に、これが分かれば、生きる目的を果たすことができます。

今回も、易しく、若い人向けに説明してあるのですが、

理解は非常に困難だと思いますので、

それなりの気持ちで取り組んで頂きたいと思います。

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苦しみ悩みの原因は?

生きていると苦しいことが沢山あります。

中学生、高校生は受験勉強をしなければなりませんし、

高校や大学に入っても、テストやレポートを書かねばなりません。

就職活動を終えて社会に出ると

もっと苦しいことが山ほどやってきます。

なぜ私たちは、幸福を求めて生きているのに、

心からの幸福になれないのでしょうか。

苦しみ悩みの根本的な原因は何なのでしょうか。

まず一番最初に、誰もが思い浮かぶのは、

「ものがないから」

私たちは苦しんでいるのだということとです。

例えば、

お金がないから、

自分は貧乏だから苦しんでいるんだ。

地位をうることができないから、

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大学に入れないから、就職ができないから自分は苦しんでいるんだ。

名誉がないから、

友達からバカにされているから自分は苦しんでいるんだ。

恋人がないから、自分は寂しいんだ。

このように、ほとんどの人は自分が苦しんでいるのは、

物がないからだと思っています。

今日、物質文明が大変発達しました。

千年前と比べると、はるかに色々なものがあります。

千年前は、パソコンもテレビも電車も車もありません。

電話もないので、誰かと話をしたいときには、歩いて行かねばなりません。

洋服もないので、現在のように便利に着られるものはない。

洗濯機もないので、川へ行って洗濯しなければなりません。

病院もないので、病気になったら放っておくか、

薬草を煎じて飲むしかありません。

電気もないので、夜勉強するには、

蛍を捕まえてきて明かりにしていたという歌があります。

では、これほど多くのものに恵まれた今日、

千年前に比べて、幸福感は増えたのでしょうか。

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100倍物にあふれたら、

100倍幸福感にあふれてもいいのかもしれませんが、

とても100倍どころではありません。

ほとんど変わらないか、逆に、焦燥感がまして、

苦しみが増えているくらいではないでしょうか。

例えば携帯電話は、大変便利ですが、

逆にしばられるから持ちたくないと言っている人もあります。

中には、プライベートと、会社から貸与されているビジネス用と、

複数の携帯を持っている人もあります。

パソコンは便利ですがメールやインターネットで、

あまりにも速く情報が伝わって、競争が激しくなり、

より一層忙しくなったと苦しんでいる人があります。

また、自動車は大変便利ですが、

年間何千人もの人が交通事故で亡くなり、

多くの悲劇が起きています。

こうやって、物質文明が発展して、余計に苦しんでいる人もありまます。

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物がないのが、苦しみの原因なのであれば、

物に恵まれれば、苦しみの原因がなくなって、

幸せになれるはずなのに、

幸せと一緒に不幸も一緒についてきています。

では、千年前と言われても、自分が生きていないので分かりませんが、

自分が生きてきた10年前と比べて幸せになったでしょうか。

10年間、幸福を求め、色々な物を求め続けてているのに

やはり、今も安心も満足もない。

それほど幸福になってはいないかもしれません。

今も何かを求めて苦しんでいるのではないでしょうか。

私たちは「物が手に入れば幸せになれる」

という考え方がとても強くありますので、

常に物を求めて、苦しみ続けているということです。

本当に苦しみ悩みの根本原因に気づかず、

物を求め続ける限り、これからも苦しみ続けなければなりません。

ところが、なかには、物がなくても幸せだという人があります。

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例えば、

小さな家を建てて、あなたの為にセーターを編んでいるのが幸せ

という歌が昔ありました。

これを聞くと、

「え?どうして?大きな家で、大きな庭があった方がいいんじゃないの?」

「庭には100万円の鯉を泳がせて300人のお手伝いさんに

手伝ってもらった方がいいはずなのに」

と思います。

このように、物がなくても幸せだという人がいるということは、

どうも、物がないことが苦しみの原因ではないようです。

では、何が、私たちの苦しみの原因なのでしょうか。

物が欲しいという心

今まで外側に向いていた目を内側に向けると、

実は、自分の心に原因があったということに気づきます。

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「物」ではなくて「物を欲しい」という私の心に原因があるのではないか

これに気づく人は、相当、自分を深く見つめている人だと思います。

これが、私たちを苦しめる原因でしょうか。

物が欲しいという心は、

代表的な五つを「五欲」と言われます。

この五つです。

もし苦しみの原因が欲の心なら、本当の幸福になるのは簡単です。

方法は二通りです。

一つ目は、欲の心を満たし切る。

二つ目は、欲の心をなくし切る。

1 食欲、

2 財欲

3 色欲

4 名誉欲

5 睡眠欲

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どちらかで幸福になれます。

1 欲を満たし切る

まず、欲を満たし切る方法から考えて見ましょう。

これは昔から「快楽説」といわれます。

苦しみの原因が欲の心なら、理論的には欲を満たしきれば、

絶対の幸福になれます。

では現実に満たし切れるでしょうか。

例えば「食欲」。

「食欲」とは、食べたい飲みたい、美味しい物が食べたいという欲です。

そこで、毎日食べ放題だとします。

でもやはりしばらくすると、お腹がすいてきます。

では、毎日美味しいものを食べたらいいのでしょうか。

高級フランス料理や高級中国料理が食べ放題なら

きっと満たしきれるんじゃないかと思う人もあるかもしれません。

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高級料理は誰もが分かる話ではないので、

誰でも分かることで考えると、

「美味しい」を「好き」としてみましょう。

自分が一番好きな料理に置き換えて考えてみて欲しいですが、

例として日本人にとってのカレーライスで代表してみます。

自分が大のカレー好きならば、

毎日カレーで欲を満たし切れるでしょうか。

よく一人暮らししている人が、

ずんどうでカレーを作って、一週間連続カレーまでいかなくても、

大量に作って少しずつ食べる人があります。

ところがどんなに好きでも、

朝昼晩と、同じ味のカレーとなると、

だんだんあきてきます。

このように、どんなに好きな料理でも、

食欲というものは、満たしきることはできないようです。

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では、財欲ならどうでしょうか。

「財欲」とは、一円でもお金が欲しい。

お金や財産が欲しいという心です。

ではいくらあれば、満足でしょうか?

小さい頃は、一万円あったら満足と思っていたのに

大学に入ると一万円では、生きていけません。

100万円くらいあれば満足と思うかも知れません。

ところが社会に出て、車を買うとか、家を買うとなると

100万円では足りません。

自分が手に入れてしまうと、もっとないと、満足できなくなってしまうのです。

100万円手に入れたら1千万円

1千万円手に入れたら1億円欲しいと、

限りなく、お金や財産が欲しくなります。

世界史上で一番土地を手に入れた人は、

モンゴル帝国の王様ですが、

ユーラシア大陸のほぼ全域を支配するという

史上最大の帝国を築き上げました。

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そんな「元」が、「元寇」といって、

日本みたいな小さな島国に攻めてきます。

あんだけ広かったらもう満足なのではないかと思うのですが、

それでもまだ領土が欲しいのです。

どれだけあっても、財欲は、満たせないようです。

「色欲」とは男女の間の欲、

あの人が欲しいという欲です。

これは満たせるのでしょうか。

ある女の子が、いつも彼氏が欲しいと思っていたら、

ある時、とうとう彼氏ができました。

ところが最初は楽しかったんですが、

やがてこんなことを言っています。

「太郎ったら、やさしいんだけど、やっぱり男って優しいだけじゃだめよね」

やっぱり満足できないようです。

これならまだいいのですが、

「こんな奴とは知らなかった」

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とケンカばかりしていたら大変です。

どうも色欲も、実際には満たしきるということはできないようです。

「名誉欲」とは、人からほめられたい

立派だと言われたい、バカにされたくないという欲です。

では、どこまでいったら満たしきれるのでしょうか。

ノーベル賞のような、世界的な賞をとったらどうでしょう。

「私はノーベル賞とったので、もうほめる必要ありませんよ」

とはなりません。もっと褒めてほしいと思うでしょう。

やはり名誉欲もきりがないようです。

「睡眠欲」とは、睡いという欲であり、

また寝るだけじゃなく、楽がしたいという欲です。

これはどうでしょうか。

寝れば寝るほど眠くなります。

また、楽をすると、それに慣れてしまって、もっと楽がしたくなる。

極限まで楽がしたいのが人間ですので、

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なかなか満たしきることはできないようです。

このように欲を満たすことができれば、理論的には幸福になれるんですが、

5つとも見てみると、欲には限りがないので、現実的には難しいようです。

2 欲を断ち切る

では次に、「欲が苦しみの原因なら、欲をなくせば苦しみはなくなる」

という2番目の方法を考えて見ましょう。

これは昔から「禁欲説」といわれます。

欲を抑えて抑えて抑えて抑えて、

爆発させるというのはダメです。

断ち切るのです。

そんなことができるのでしょうか。

例えば「食欲」

もう食べたいと思わないということです。

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よくダイエットをしている人が言う言葉に、

「リバウンド」という言葉があります。

これは、食べなかったために、お腹がすき過ぎて、

ある時、はじけたように余計食べ過ぎてしまう。

そしてダイエット前よりも、体重が増えてしまうという単語のようです。

食べたいのを我慢すればするほど、

食べたい気持ちが起きてきます。

食べていれば、しばらくは食欲のことは忘れて

他の事に気を取られているんですけど、食べなければ食べないほど、

食べたい気持ちが起きてきます。

たとえば昼食を抜くと、午後、お腹がすいてきて、

余計食欲が起きてしまいます。

食べなければ食べないほど、食べたい気持ちは強烈に起きてくるのです。

では「財欲」はなくせるのでしょうか。

お金が欲しいと思わない。

これも大変です。

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ポケットをさぐってみると、あるはずの財布がない。

これで平静を保てるのは、すごい精神力ですね。

お金なくてもいいという気持ちになったら

今日の貨幣経済では生きてはいけないかもしれません。

これも難しいようです。

では「色欲」はなくせるかというと、

「色欲」を起こす縁をなくす為に、

山で修行している人があります。

身近なところでは、男子校や女子校に行っているようなものです。

ところが、そのように無理に縁をなくした場合、

余計大変なことになるらしいということが報告されています。

恐ろしいことです。

縁をなくせば色欲がなくなるものではないようです。

では「名誉欲」はなくせるでしょうか。

たまに、もともと人からどう見られても構わない。

服装も身だしなみもどうでもいいという人がいますが、

そういう「だらしないだけ」とは違います。

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「人からバカにされても、全然かまわない。」

そんなことができるでしょうか。

みんなからバカにされ、いじめられて

自殺してしまう人までいますので、

どうも名誉欲も、なくすことはできないようです。

「睡眠欲」は、なくせるでしょうか。

これは間違いなく、ずっと起きていると、余計眠くなります。

(やがて生命の危機にさらされるそうなので、マネしないようお願いします。)

「睡眠欲」もそうですが「食欲」も本当は生命の危機にさらされます。

そこまで意志の強い人がいないだけです。

どの欲も、なくしてしまったら、

生存が危うくなってくるものばかりです。

どうも、欲をなくして幸福になろうというのは

現実的ではないようです。

煩悩

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この欲の心のことを、仏教では、「煩悩」といいます。

「煩悩」とは、私たちを、煩わせ、悩ませるものです。

1人が108持っていると言われます。

「持っている」というと、

私たちは煩悩以外にも何かあるように感じますが、

そうではありません。

「煩悩具足の凡夫」と言われています。

「凡夫」とは人間のことなので、人間は煩悩具足である。

「具足」とは、それでできているということですから、

煩悩以外に私はない、

ちょうど雪だるまは、雪をとったら何もなくなってしまうように

煩悩に目鼻をつけたのが人間で、

人間から煩悩をとったら、何もなくなってしまう。

100%煩悩でできているのが人間だということです。

肉体は何でできているかというと、

一番多いのは水分で60%とか、色々なものでできていますが、

心はどうかというと、100%煩悩だということです。

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ですから、煩悩をなくしたら、心がなくなってしまいます。

つまり、煩悩は、なくなりもしなければ、減りもしない、ということです。

ではどうしたらいいのでしょうか

では、そんな煩悩具足の人間は、どうしたらいいのでしょうか。

煩悩はなくならないので、

そんな私たちが幸せになるには、

煩悩をかえてしまうしかありません。

煩悩をそのまま、喜びに転ずるしかありません。

そんなことができるのでしょうか。

よく西洋と東洋の文化の違いで、

西洋は、悪いものはなくすことが多いようです。

東洋は、悪いものをよいものにかえようとします。

例えば医学なら、

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西洋では、何か悪い所があったら手術で切り取ります。

ところが、東洋では切り取るのではなく、よくしようとします。

だから、腹痛があるとなると、足や手など、全く関係なさそうな所にに

針をうって、体全体を調節して、調子を整えてしまいます。

チェスなら、とった相手は使えませんが、

将棋なら、味方として復活します。

悪いところをなくすのではなく、そのまま変えるのです。

西洋で、禁欲説というのは欲をなくす

悪い原因が欲だとすれば、悪いところをなくそうというものでした。

しかし人間は煩悩具足、

私たちは煩悩でできているということは、

全部悪いということです。

医学なら、手術で癌をなくそうとしたら、

体中、癌だった。

癌をとったら何もなくなってしまう場合、なくすことができません。

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ちょうどそのように

煩悩が私たちを煩わせ悩ませているんですが、

私たちは煩悩でできているので、

煩悩をとったら何もなくなってしまうのです。

そこで東洋では、悪いところを

「なくす」のではなくて「転ずる」

悪玉を善玉にしてしまおうとします。

煩悩が、そのときその場で、そのまま喜びの種になる。

これを「煩悩即菩提」といいます。

「菩提」とは喜び、

「即」とは、そのときその場でそのままということです。「転ずる」ということです。

煩悩がそのまま、喜びの種と転じ変わる。

その時、その場でそのまま喜びの種と転じ変わるんですね。

経験がないことは分からない

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普通、経験がないことは分かりません。

例えばスイカを食べたことがない人に、

スイカの味を説明できるでしょうか。

大変困難です。

「スイカというのは、甘くて…」

「ああ、あのリンゴみたいな味?」

「いやリンゴよりはもう少し水っぽいんだ…」

「ああ、あのメロンみたいな味ね?」

「いや違うんだ、スイカの味なんだ」

としか言いようがありません。

ところが、スイカの味を知らない人でも

スイカを一口食べれば、

「うん、わかった、これがスイカの味か」

と分かります。

このように経験のないことは、言葉で説明してもなかなか分かりませんが、

経験すれば、説明しなくても分かるということです。

スイカの味でさえ説明は難しいのに、

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「煩悩即菩提」は、極めて困難です。

別名「絶対の幸福」ですが、相対の幸福の例で説明しようとすると、

悪玉が善玉にかわる、相対の幸福の例が幾つかあります。

例えば、

という歌があります。

とても甘い干し柿は

とても渋い渋柿からできています。

渋柿は、食べると、ものすごい渋さです。

一口食べると口中がしびれます。

そんな、この世のものとは思えない恐ろしい渋さの渋柿が、

干しておくと、ものすごく甘い干し柿になってしまうのです。

それは、渋柿の渋を抜いて甘みを注入するのではなく、

渋柿の渋が、そのまま甘みになってしまう。

甘柿を干しておいても、干し柿にはなりません。

渋柿の渋がそのまま甘みかな

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この、渋がそのまま甘みに転ずるように

苦しみが喜びに転じてしまうのです。

また昔、遊女がこんな粋な歌を歌ったそうです。

苦労は、苦しいことですので、

したいという人はありません。

普通は避けたいと思います。

ところが、その見れば見るほど頼もしそうな、

あの方と一緒なら、苦労が苦労と思わない。

苦労を、二人三脚で努力して乗り越えていくのが、

楽しいんだ、と苦労が苦労にならなくなってしまうということです。

これは、やがて心が変わると

「見ればみるほどぞっとする 早く別れてせいせいしたい」

になると言われていますので、注意が必要です。

しかし一時的にでも、

苦労が喜びに変わる例です。

見れば見るほどたのもしそうな

添うて苦労がしてみたい

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また、

泳げるAさんと、

泳げないBさんがいたとします。

2人が、海か波の来るプールへ入って、波が来たらどうか。

泳げないBさんは、波が来たら、よけい溺れてしまうので

「波が恐い、少しでも来ないでほしい」

と思います。

逆に泳げるAさんは、

「波が来たほうが面白い」

と思います。

サーファーなんかは、自ら波がくるところへ行って波乗りを楽しみます。

泳げない人は、そんなものすごい波来たら苦しみます。

波自体は変わらないのに、

泳げないBさんは、苦しむ。

泳げるAさんは、楽しむ

と変わってしまうんですね。

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この波というのは、私たちに人生の

苦しみの波をたとえているのです。

昔から有名な、太郎と花子のたとえがあります。

山一つ越えた、隣の村の学校へ通っていた太郎は、

いつも通学の遠い道のりに苦しんでいました。

山道は恐いし、

暗くなってくると恐いし、

雨が降ると、道がどろどろになって大変でした。

ある日、大変かわいい花子さんが転校してきたのです。

なんと家は太郎と同じ村。

それ以来、太郎は、花子さんと一緒に学校へ通うことになりました。

すると今まで遠かった道のりが、まったく苦にならず、

それどころか、逆に、遠ければ遠いほどいい

と思うようになったのです。

山道は、恐ければ恐いほど、自分がたよりにしてもらえていい。

雨が降るほど、お近づきできるのでいい。

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このように、今まで自分を苦しめていた

山も、道の遠さも、雨も、今度は喜びの種となってしまったのです。

このように今まで苦しめていたものが

喜びの種となってしまうということを

と言われます。

「罪障」とは煩悩のことです。

「功徳」とは、菩提・喜びのことですね。

「罪障功徳の体となる」とは、煩悩が、喜びの体となる。

「体」というのは何ですか?

体という関係がどういう関係か分かりません。

と質問する人にたとえで教えられています。

「こおりとみずのごとくにて」とは、

罪障功徳の体となる

こおりとみずのごとくにて

こおりおおきにみずおおし

さわりおおきに徳おおし (高僧和讃)

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「体」といいうのは、氷と水の関係だ。

罪障を氷とすれば、功徳が水。

「こおりおおきにみずおおし」

氷が多ければ多いほど水が多くなる。

ちょうどそのように、

煩悩が多ければ大きいほど、菩提も、喜びも大きくなるんだ。

「さわりおおきに徳おおし」

さわりが大きければ大きいほど、それがそのまま徳に転ずる。

苦しみが大きいほど、喜びも大きくなる。

これはあくまで、生きる目的を果たした人のことです。

しかし、煩悩がそのまま転ずるようなものでなければ

そんな、絶対の幸福というのはありえないということです。

どうすれば煩悩即菩提になれるのか

煩悩がそのまま菩提に転ずるということは、

煩悩は苦悩の根元ではありません。

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どうすれば、苦悩の根元を断ち切って、

「煩悩即菩提」の身になれるのでしょうか。

本当の苦悩の根元は何なのでしょうか。

仏教では、苦悩の根元は、

「無明の闇」と教えられています。

「無明の闇」とは、

「無明」とは、明かりがないということ。

「闇」も暗いということで、暗い心のことです。

今感じる心では、

寂しい心とか、むなしい心、

孤独な心とか、先が不安な心を感じられると思います。

これは、無明の闇のかげのようなもので、

無明の闇そのものではありません。

ですが、無明の闇から出てきているのが

寂しかったり、

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むなしかったり、

孤独だったり、

先が不安な心です。

そんな心はないでしょうか。

例えば、

不幸っていうわけではないんだけど、

幸せといえば幸せなんだけど、

じゃあ本当に満たされているかというと

心から満足しているかというと、そうでもない。

また、友達が、自分以外の誰かと仲良く話をしていると

自分もそんな友達がほしいな、と、どうも寂しく感じてしまう。

心から自分の思いを話せて、

自分のことを分かってくれる人がいない。

何か孤独な寂しい心。

そして、何となく覚めている心

すごく楽しいばずなのに、何となく覚めている。

最初は、こういった心に気づかなくても、

ふと、自分は一体何やってるのかなと思った時、

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こんな心が見える時があります。

こういう暗い心を見ないために、

私たちは、明かりをつけているんですね。

例えば、お金、地位、名誉、

スポーツ、趣味、音楽、友人、家族、恋人、

そういったものをたよりにして、

寂しくないように、暗い心を明るくしようとしています。

友人と話をしている時は、明るく楽しくなれるとか、

趣味に没頭している時は、孤独な心を忘れていられるとか

一生懸命アルバイトや仕事をしていれば、

忙しくてそんな暗い心を見ている余裕はないとか、

色々なことで、同時に複数をバランスよく

心の拠り所として、明かりをつけようとします。

明かりが消えた時

これらがあれば、しばらくは暗い心を忘れていられます。

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ところが、楽しければ楽しいほど、

それが終わった時にさびしい心がでてきます。

明かりが明るけれど明るいほど

消えたときの暗さが際つのです。

例えば、好きだったシリーズもののテレビが終わった時。

そのドラマの最終回となると

今日で終わりという寂しい心が出てきます。

見ないわけにはいかないんだけど見たくない。

始まる時から、何となくもの悲しい雰囲気がただよって

真剣に見てしまいます。

そして終わるとやはり寂しい風が吹いてきます。

今まで明かりにしていたドラマが終わったので、

明かりが消えて寂しいのです。

またコンサートで盛り上がりますが、

ちょうど酔っているようなものです。

酔っていた世界が終わると、

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むなしい風が吹いてきます。

夜、一人で夜家に帰っていると

とても孤独な心が気づくかもしれません。

盛り上がれば盛り上がるほど、終わった時に、

むなしさが漂ってくるのです。

明かりに心を奪われている間は見えませんが、

明かりが消えた時に暗い心が見えてきます。

だから、今は見えていないという人もありますが、

すべての人が持っている心です。

普段は明かりでごまかしていますし、

明かりが消えると見えて来ます。

どんな人でも暗い心が見える時

しかしどんな人でも必ず分かる時がやってきます。

それは死んで行く時です。

いよいよ自分が死んで行くとなると

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この暗い心に直面します。

なぜなら、今までの明かりが全部消えるからです。

れだけお金があっても、

地位や名誉があっても、

友達がいても、全然関係ありません。

すべてに裏切られて、

一人で死んで行かなければなりません。

まっ暗な心が見えてきます。

あのドイツの文豪ゲーテは、

80歳以上になって10代の少女に恋をしたという

楽天家で有名ですが、

臨終には、

「ああ暗い、光がほしい、光がほしい」

と言っていたそうです。

やはり、暗い心が見えて来たようです。

また

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フランスの無神論者、ヴォルテールは、

「それ、そこに悪魔がいる。おれを連れにやってくる。

あれ、奈落が見えてきた。

おそろしいおそろしい。誰か助けてくれ!」

と叫んだそうです。

無神論者にとって、悪魔はいないはずなのに、見えて来た。

文化によっては、まっ暗な心が悪魔に見えたのかもしれません。

臨終の心のすがたを、

お釈迦さまは、こう言われています。

「大命」とは肉体の命です。

肉体の命が

「将に終わらんとして」

とは、臨終に、ということです。

「悔懼」とは、

「悔」とは、後悔。これまでの人生に対する後悔です。

「懼」とは、恐れ。

これから死んで行くけれど、一体どこへいくのか。

大命将に終わらんとして悔懼交至る。(大無量寿経)

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未来に対する大変な不安やおそれがやってくる。

この後悔と恐れが

「交々至る」とは代わる代わるやってくるということです。

今まで人生で色々なことを求めてきたけど、

後悔のため息ばかりだ。

ムダな日々をすごしてきた。

求めるものが間違っていた。

才能、財産、権力があれば他人はうらやむけれど、

自分の心には喜びも満足もない。

なぜ心の底から満足できる本当の幸せを求めなかったのか。

バカだったバカだった

と後悔がやってきます。

そして、未来に対するまっ暗な心が

胸一面を覆うのです。

死がやってきた時、その人の過去の行いによって見せつけられる、

胸一面を覆うまっ暗な心があるのです。

今までの明かりがみんな消えてしまうので

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まっ暗な心で、死んで行かなければなりません。

このまっ暗な心が、苦しみ悩みの根元なのです。

この無明の闇が、明るく、晴れ渡った世界が

絶対の幸福という世界です。

相対の幸福の、相対的な明かりが

あってもいい、なくてもいい、

相対の幸福と関係ない絶対の幸福がある。

それは、まっ暗な心がなくなって、

死が来ても明るい世界です。

無明の闇が晴れるのにかかる時間

その世界に出るには、

どれ位、時間がかかるのかというと、一念です。

「一念」とは、

あっともすっとも言う間のない、短い時間です。

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「一念」とは、無明の闇が晴れて、人生の目的が完成する、

何億分の一秒よりも速い時をいう。

このまっ暗な心は一念ではれるので、闇にたとえられています。

千年も昔からまっ暗だった部屋を明るくするのに時間がかかるでしょうか。

千年も昔からまっ暗だったんだから、

その部屋を明るくするには、一年ぐらいかかるだろう

ということはありません。

千年も万年も昔からまっ暗だった部屋も、一瞬で明るくなります。

光が差し込んだ、その時、闇がはれて明るくなのです。

それに時間はかかりません。

このように、無明の闇がはれるのも、一念です。

譬えば千歳の闇室に光若し暫く至ればすなわち明朗なるが如し。

闇豈室に在ること千歳にして去らずと言うことを得んや。

(浄土論註)

「一念」とは、これ信楽開発の時尅の極促を顕す。 (教行信証)

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時間はかからないのです。

ではどうすれば、無明の闇が晴れるのか、

これは、次回以降に学んでいきたいと思います。

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まとめ

なぜ私たちは苦しむのでしょう。苦悩の根元は何でしょうか。

誰でも考えるのは、「物がないから」です。

しかし物があっても満たされない、それどころか苦しんでいる人も

あるということは、物がないのは原因ではないと分かります。

もっと深く考えると、「物を欲しいという心」が原因ではないかと思います。

もしそうだとすれは、

1 欲を満たし切るか、

2 欲をなくし切れば、苦しみはなくなります。

ところが、欲は限りがないので、満たし切ることはできません。

また、私たちは煩悩具足、欲の塊なので、欲をなくすこともできません。

煩悩は、「煩悩即菩提」と転じてしまうしかありません。

煩悩がそのまま、喜びの種となる世界があるのです。

では、苦悩の根元は何でしょうか。

仏教では、苦悩の根元は煩悩ではなく、「無明の闇」と教えられています。

この「無明の闇」をはらせば、「煩悩即菩提」の身になれるのです。

しかも、無明の闇が破れるのは「一念」です。

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時間はかかりません。

ですからこの苦悩の根元である無明の闇を破り

「煩悩即菩提」の幸福になるのが、生きる目的なのだ

と、仏教で教えられています。

ではどうすれば、無明の闇が破れるのかは、

次回以降の内容です。

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覚えましょう

罪障ざいしょう

功徳く ど く

の体たい

となる

こおりとみずのごとくにて

こおりおおきにみずおおし

さわりおおきに徳と く

おおし (高僧こ う そ う

和讃わ さ ん

「一念いちねん

」とは、これ信楽しんぎょう

開発かいほつ

の時尅じ こ く

の極促ご くそ く

を顕あらわ

す。 (教行信証きょうぎょうしんしょう

譬たと

えば千歳せんざい

の闇室あんしつ

に光ひかり

若も

し暫しばら

く至いた

ればすなわち明朗みょうろう

なるが如ごと

し。

闇豈室やみあにしつ

に在あ

ること千歳せんざい

にして去さ

らずと言い

うことを得え

んや。

(浄土じ ょ う ど

論註ろんちゅう

大命だいみょう

将まさ

に終おわ

らんとして悔懼け く

交こもごも

至いた

る。

食欲しょくよく

財欲ざいよく

色欲し き よ く

名誉欲め い よ よ く

睡眠欲すいみんよく