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マイナーチェンジ前のリーフ ( 図左)では、EV の動力 を担当する装置がばらばらに配置されていた。それに はふたつの理由がある。まず、電子部品は振動に弱い ので、振動の影響を受けにくい場所に配置する必要が あった。また、部品を一体化すると振動に共鳴しやす くなり、音を発生してしまう問題もあった。けれども、 ばらばらに配置すると、配線や取り付け部分の部品が 余分に必要になる。そこで、マイナーチェンジ(図右) にあたっては、振動の多いモータールーム(従来車の エンジンルーム)内部に電子部品を集中的に配置する ため、電子回路やユニット構造の設計を一から見直し て耐久性を確保したほか、普通車以上に振動や音を抑 えるよう様々な工夫を盛り込んだ。こうした取り組み によって離ればなれだった装置を統合し、モータール ームに配置することができたのだ。 日産リーフの 新型 e- パワートレイン EV、その驚異的な進化のスピード 日産リーフの進化 前編では、21 世紀に世界初の量産 EV が誕生したと ころまでを記した。そして生まれたばかりの EV は、 化石燃料の枯渇や CO2 の排出量削減という問題を解 決したいというモチベーションもあって、猛烈な勢い で進化している。 EV の進化のスピードがどのくらいのものか、日産 リーフを例にとってみよう。世界初の EV 量産車の日 産リーフは、2010 年秋に登場した。そしてデビュー から 2 年後のマイナーチェンジでは、大幅な性能向上 を遂げている。たとえばガソリン自動車の燃費にあた る電費が 14% も向上したほか、車両重量は 80kg の 軽量化をはたし、荷室容量も 40ℓ 拡大している。なお、 航続可能距離はマイナーチェンジ前の200kmから 228km へと伸びている。クルマのマイナーチェンジ と言うと、バンパー形状といった外観の変更が一般的 である。それに比べ日産リーフは、フルモデルチェン ジに匹敵する進化を遂げている。 大幅な性能向上を支えているのは、マイナーチェン ジで加えられた様々な変更にある。例えば、パワート レインは従来のモーターやインバーターなどの主要ユ ニットを統合し、完全に新しいパワートレインユニッ トとなっている(※ 下図)。また、暖房は従来の電熱 線ヒーターに加えてヒートポンプシステムを搭載し、 消費電力を大幅に抑えている。この他にも軽量化や消 費電力を抑える様々な工夫が盛り込まれている。 また、ユーザビリティも格段に向上している。リチ ウムイオンバッテリーの残量表示は、従来のバー形式 に加えてパーセントでも表示できるようになった。さ らに、ナビのルート検索で「省エネ」ルートが選択で きるなど、バッテリー残量を心配するユーザーの不安 を払拭する機能が多く追加されている。 これほど多くの変更がわずか 2 年後のマイナーチェン ジで行われることは極めて珍しいことと言える。 EV の進化はなぜ早い? では、なぜ EV の進化はこれほど早いのか。理由の 1 つには、EV の要素部品の多くが電子・半導体等、比 較的進化の早い分野であることが挙げられる。しかし 最も大きな理由は、EV に期待するユーザーの存在か もしれない。それを象徴するエピソードが、先述した 日産リーフのバッテリー残量パーセント表示である。 日産リーフの開発責任者、門田英稔がアメリカのリ ーフオーナーズミーティングに出席した時のこと。門 田が「何か要望があれば教えて欲しい」と言った途端、 客席から一斉に手が挙がり、皆それぞれ熱い思いを話 し始めた。その中でも特に多かったのが、「スマート フォンのようにバッテリー残量をパーセントで表示し EV 進化論(第二部) EVolution EV のバッテリー残量を パーセント表示するのが難しい理由 て欲しい」という要望だった。門田はそれがいかに難 しいことなのかを説明したが、一方で、リーフが好き でもっと良くしたいと思ってくれている熱心なユーザ ーがここまで欲しいと言うのだから、何とかこの声に 応えたい、応えなければならない、と強く思ったとい う。日本に戻ると、門田と開発チームは「電池残量の パーセント表示化」の課題に取り組み実現した。 日産リーフのマイナーモデルで採用された多くの変 更点がユーザーの要望に応えるための進化につながっ ている。EV に対するユーザーの強い期待の声が自動 車メーカーを動かし、進化を加速させたのだ。 EV という “種” の次なる進化 これまで述べたように、EV の進化の歴史は 21 世紀 に入って猛烈な加速を見せている。さらに今後は個体 種の進化だけでなく、“種の多様化” が起こる。日常 使いの乗用車に加え、ビジネスシーンで活躍する商用 車、ラグジュアリーシーンを彩る高級車、どんな地域 でも使えるパーソナルモビリティなど、EVという “種” はそれぞれの環境に合わせて進化と多様化を繰り返 し、着実に世界に広まっていくことだろう。 (文/佐藤健、イラスト/大内誠) バッテリー残量を算出するためには「無負荷電圧」(バッテリーを使っていな いときの電圧)を推定する必要がある。携帯電話や PC は静的でゆるやかに電 圧降下するため無負荷電圧の推定は難しくないが、減速エネルギーを電気エ ネルギーに変換して蓄える回生ブレーキという機構があるEVの場合は、走行・ 減速に応じて激しく電圧が上下動し、充電・放電を繰り返すため、無負荷電 圧の推定が極めて困難であった。 このような技術的課題があることに加え、「バッテリー残量≒航続可能距離」 である EV においては、表示の正確さが極めて重要な意味を持つ。携帯電話や PC とは比較にならないほどの高い精度が求められるのだ。

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Page 1: EVolution マイナーチェンジ前のリーフ(図左)では、EVの動 …...マイナーチェンジ前のリーフ(図左)では、EVの動力 を担当する装置がばらばらに配置されていた。それに

マイナーチェンジ前のリーフ ( 図左)では、EV の動力を担当する装置がばらばらに配置されていた。それにはふたつの理由がある。まず、電子部品は振動に弱いので、振動の影響を受けにくい場所に配置する必要があった。また、部品を一体化すると振動に共鳴しやすくなり、音を発生してしまう問題もあった。けれども、ばらばらに配置すると、配線や取り付け部分の部品が余分に必要になる。そこで、マイナーチェンジ(図右)にあたっては、振動の多いモータールーム(従来車のエンジンルーム)内部に電子部品を集中的に配置するため、電子回路やユニット構造の設計を一から見直して耐久性を確保したほか、普通車以上に振動や音を抑えるよう様々な工夫を盛り込んだ。こうした取り組みによって離ればなれだった装置を統合し、モータールームに配置することができたのだ。

日産リーフの新型 e- パワートレイン

EV、その驚異的な進化のスピード

日産リーフの進化 前編では、21 世紀に世界初の量産 EVが誕生したところまでを記した。そして生まれたばかりの EV は、化石燃料の枯渇や CO2 の排出量削減という問題を解決したいというモチベーションもあって、猛烈な勢いで進化している。 EV の進化のスピードがどのくらいのものか、日産リーフを例にとってみよう。世界初の EV 量産車の日産リーフは、2010 年秋に登場した。そしてデビューから 2年後のマイナーチェンジでは、大幅な性能向上を遂げている。たとえばガソリン自動車の燃費にあたる電費が 14% も向上したほか、車両重量は 80kg の軽量化をはたし、荷室容量も40ℓ拡大している。なお、航続可能距離はマイナーチェンジ前の 200km から228km へと伸びている。クルマのマイナーチェンジと言うと、バンパー形状といった外観の変更が一般的である。それに比べ日産リーフは、フルモデルチェンジに匹敵する進化を遂げている。

 大幅な性能向上を支えているのは、マイナーチェンジで加えられた様々な変更にある。例えば、パワートレインは従来のモーターやインバーターなどの主要ユニットを統合し、完全に新しいパワートレインユニットとなっている(※下図)。また、暖房は従来の電熱線ヒーターに加えてヒートポンプシステムを搭載し、

消費電力を大幅に抑えている。この他にも軽量化や消費電力を抑える様々な工夫が盛り込まれている。 また、ユーザビリティも格段に向上している。リチウムイオンバッテリーの残量表示は、従来のバー形式に加えてパーセントでも表示できるようになった。さらに、ナビのルート検索で「省エネ」ルートが選択できるなど、バッテリー残量を心配するユーザーの不安を払拭する機能が多く追加されている。これほど多くの変更がわずか 2年後のマイナーチェンジで行われることは極めて珍しいことと言える。

EV の進化はなぜ早い?では、なぜ EV の進化はこれほど早いのか。理由の 1つには、EV の要素部品の多くが電子・半導体等、比較的進化の早い分野であることが挙げられる。しかし最も大きな理由は、EV に期待するユーザーの存在かもしれない。それを象徴するエピソードが、先述した日産リーフのバッテリー残量パーセント表示である。 日産リーフの開発責任者、門田英稔がアメリカのリーフオーナーズミーティングに出席した時のこと。門田が「何か要望があれば教えて欲しい」と言った途端、客席から一斉に手が挙がり、皆それぞれ熱い思いを話し始めた。その中でも特に多かったのが、「スマートフォンのようにバッテリー残量をパーセントで表示し

EV 進化論(第二部)

EVolution

EV のバッテリー残量をパーセント表示するのが難しい理由

て欲しい」という要望だった。門田はそれがいかに難しいことなのかを説明したが、一方で、リーフが好きでもっと良くしたいと思ってくれている熱心なユーザーがここまで欲しいと言うのだから、何とかこの声に応えたい、応えなければならない、と強く思ったという。日本に戻ると、門田と開発チームは「電池残量のパーセント表示化」の課題に取り組み実現した。 日産リーフのマイナーモデルで採用された多くの変更点がユーザーの要望に応えるための進化につながっている。EV に対するユーザーの強い期待の声が自動車メーカーを動かし、進化を加速させたのだ。

EV という “種” の次なる進化 これまで述べたように、EVの進化の歴史は 21 世紀に入って猛烈な加速を見せている。さらに今後は個体種の進化だけでなく、“種の多様化” が起こる。日常使いの乗用車に加え、ビジネスシーンで活躍する商用車、ラグジュアリーシーンを彩る高級車、どんな地域でも使えるパーソナルモビリティなど、EVという “種”はそれぞれの環境に合わせて進化と多様化を繰り返し、着実に世界に広まっていくことだろう。

(文/佐藤健、イラスト/大内誠)

バッテリー残量を算出するためには「無負荷電圧」(バッテリーを使っていないときの電圧)を推定する必要がある。携帯電話や PCは静的でゆるやかに電圧降下するため無負荷電圧の推定は難しくないが、減速エネルギーを電気エネルギーに変換して蓄える回生ブレーキという機構がある EVの場合は、走行・減速に応じて激しく電圧が上下動し、充電・放電を繰り返すため、無負荷電圧の推定が極めて困難であった。このような技術的課題があることに加え、「バッテリー残量≒航続可能距離」である EVにおいては、表示の正確さが極めて重要な意味を持つ。携帯電話やPCとは比較にならないほどの高い精度が求められるのだ。