パンダ債の新展開 - mizuho bank...1/14 2015年11月6日 パンダ債の新展開...

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1/14 2015年11月6日 パンダ債の新展開 ~加速する中国政府の取り組み~ 証券部調査チーム 村松 [email protected] (要旨) 香港上海銀行(HSBC)と中国銀行の香港現地法人(BOC 香港)がパンダ債を発行した。 従来、人民元の調達においては、オンショア(中国本土)での間接金融(ローン)が 中心であったが、規制緩和等により直接調達の可能性が拡大しており、内外での人民 元建て債券発行による人民元調達が増加している。一方その中で、パンダ債の取り組 みは遅れている状況。 パンダ債は、中国本土で非居住者が発行する人民元建て債券を指す。パンダ債発行の 第1号は 2005 年の国際金融公社(IFC)およびアジア開発銀行(ADB)であり、民間 企業によるパンダ債発行第 1 号は、2014 年のダイムラーである。 ダイムラーのパンダ債は、中国国内の債券市場の成熟化や金融ビジネス拡大への触媒 となることが期待され、有力国有企業を下回る金利水準での発行を実現した。パンダ 債の発行においては、主に会計基準と対外債務管理が課題となるが、ダイムラーの起 債においては、会計については IFRS で対応可、対外債務管理については「外債」との 扱いが明確となった。これらの点は、本邦企業のパンダ債発行においても課題となる。 今回の HSBC および BOC 香港のパンダ債の発行条件(発行額・期間・利率)は同一と なっており、プライシング水準や透明性には課題ありとの評価も。香港の発行体が選 定された背景には、中国本土と香港の会計基準等の制度の同等性が背景として指摘さ れる。今後は、調達した人民元の行方が注目されよう。 なお、HSBC および BOC 香港のパンダ債発行は、人民元の SDR 入りの議論と関連して いる。中国政府はパンダ債発行により資本市場開放の PR を企図しており、引き続き、 中国政府主導での発行促進やルール整備が予想される。 中国の経済・金融環境や、人民元国際化の進展を踏まえると、パンダ債は戦略的な資 金調達手法となることが予想される。本邦企業のパンダ債発行には課題が多いものの、 官民連携での着実な取り組みに期待したい。 Mizuho Capital Markets Insight Vol.15-4

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Page 1: パンダ債の新展開 - Mizuho Bank...1/14 2015年11月6日 パンダ債の新展開 ~加速する中国政府の取り組み~ 証券部調査チーム 村松 健 ken.muramatsu@mizuho-bk.co.jp

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2015年11月6日

パンダ債の新展開

~加速する中国政府の取り組み~

証券部調査チーム

村松 健

[email protected]

(要旨)

香港上海銀行(HSBC)と中国銀行の香港現地法人(BOC 香港)がパンダ債を発行した。

従来、人民元の調達においては、オンショア(中国本土)での間接金融(ローン)が

中心であったが、規制緩和等により直接調達の可能性が拡大しており、内外での人民

元建て債券発行による人民元調達が増加している。一方その中で、パンダ債の取り組

みは遅れている状況。

パンダ債は、中国本土で非居住者が発行する人民元建て債券を指す。パンダ債発行の

第1号は 2005 年の国際金融公社(IFC)およびアジア開発銀行(ADB)であり、民間

企業によるパンダ債発行第 1 号は、2014 年のダイムラーである。

ダイムラーのパンダ債は、中国国内の債券市場の成熟化や金融ビジネス拡大への触媒

となることが期待され、有力国有企業を下回る金利水準での発行を実現した。パンダ

債の発行においては、主に会計基準と対外債務管理が課題となるが、ダイムラーの起

債においては、会計については IFRS で対応可、対外債務管理については「外債」との

扱いが明確となった。これらの点は、本邦企業のパンダ債発行においても課題となる。

今回の HSBC および BOC 香港のパンダ債の発行条件(発行額・期間・利率)は同一と

なっており、プライシング水準や透明性には課題ありとの評価も。香港の発行体が選

定された背景には、中国本土と香港の会計基準等の制度の同等性が背景として指摘さ

れる。今後は、調達した人民元の行方が注目されよう。

なお、HSBC および BOC 香港のパンダ債発行は、人民元の SDR 入りの議論と関連して

いる。中国政府はパンダ債発行により資本市場開放の PR を企図しており、引き続き、

中国政府主導での発行促進やルール整備が予想される。

中国の経済・金融環境や、人民元国際化の進展を踏まえると、パンダ債は戦略的な資

金調達手法となることが予想される。本邦企業のパンダ債発行には課題が多いものの、

官民連携での着実な取り組みに期待したい。

Mizuho Capital Markets Insight Vol.15-4

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1.はじめに

HSBCと BOC香港が

パンダ債を発行

先般、香港上海銀行(HSBC)と中国銀行(BOC)の香港現地法人(BOC

香港)がパンダ債を発行した。パンダ債とは、中国国内(本土)で非居

住者が発行する人民元建て債券のことである1。

中国政府は、過去より段階的にパンダ債発行を進めてきた経緯がある

が、人民元国際化における市場開放の流れの中で、足元、取り組みが加

速しているようだ。本稿では、将来的な本邦企業のパンダ債発行を念頭

に、現状整理を試みたい2。

2.パンダ債概論

人民元国際化等に

より足元はオフシ

ョア・直接調達の可

能性が拡大

人民元の調達に関しては、オンショア(中国本土)かオフショア(中国

本土外)か、もしくは直接調達か間接調達か、等により様々な手法が存

在する。人民元の調達においては、当初はオンショア(中国本土)での

間接金融(ローン)が中心であったが、規制緩和により、直接調達の可

能性が拡大している。

【図表1:人民元の調達手法】

(出所)弊行作成

1 パンダ債については、中国政府内の所管に応じ『国際債』(International Bond)との呼称が用い2 パンダ債についてのこれまでの経緯の詳細については、拙稿「パンダ債の解禁」(Mizuho Capital

Markets Insight Vol.13-3, 2014/2/14)および「『人民元建て債券市場』の成立」(Mizuho Capital

Markets Insight Vol.14-3, 2014/11/5)をご参照頂きたい。

オンショア オフショア

間接調達

中国国内の人民元ローン

• 中国本土における銀行借入

• 借入人は中国現地法人

• 適用金利はPBOC基準金利の影響下

• 1グループ/1社与信規制等、中国当局規制に服す

人民元建てオフショアローン

• 中国本土外からの銀行借入

• 貸出人は中国国外の金融機関等

• 親子ローンの活用も可

直接調達

◆ 本土債

• 中国本土の債券市場で発行

• 発行体は中国現地法人(居住者)

オフショア人民元建て債券

• 香港などのオフショア市場にて人民元建て債券を発行― 発行地により、点心債、宝島債、獅城債等

• 発行体は日本の親会社等中国外の法人(中国本土の企業は発行体規制が存在)

パンダ債(国際債)

• 中国本土の債券市場で発行

• 発行体は非居住者(日本の親会社等)

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発行額 条件決定日 期間 利率

IFC 11.3億元 2005/10/10 10年 3.40%

ADB 10億元 2005/10/13 10年 3.34%

IFC 8.7億元 2006/11/10 7年 3.20%

ADB 10億元 2009/12/4 10年 4.20%

ダイムラー 5億元 2014/3/14 1年 5.20%

HSBC 10億元 2015/9/29 3年 3.50%

BOC香港 10億元 2015/9/29 3年 3.50%

(参考:点心債)

ADB 12億元 2010/10/18 10年 2.85%

IFC 1.5億元 2011/1/25 5年 1.80%

内外で債券発行が

拡大する中、パンダ

債の取り組みには

遅れも

債券発行による直接調達に関しては、中国本土の債券(本土債)市場の

規模が世界第 3 位(5.2 兆ドル,2014 年末3)に到達すると共に、オフシ

ョアにおいても、点心債等の人民元建て債券発行が、量的・地理的に顕

著な拡大を見せている。一方、パンダ債の発行事例は、HSBC および BOC

香港の発行以前は、5 件と極めて限定的であり、取り組みが遅れている

との感は否めない状況であった。

パンダ債は中国本

土で非居住者が発

行する人民元建て

債券

パンダ債はオンショアの直接調達に分類され、前述の通り中国国内(本

土)にて非居住者が発行する人民元建て債券である。日本の債券市場に

おける商品性との比較では、サムライ債(日本の国内債券市場において

非居住者が発行する円建て債券)に該当する。

【図表2:パンダ債の発行実績】

(出所)弊行作成

パンダ債発行の第

1号は IFC および

ADB

パンダ債発行の第1号は、2005 年の国際金融公社(IFC)およびアジア

開発銀行(ADB)である4。これらの国際開発金融機関は、各国の金融・

資本市場の育成を促すべく、戦略的に各国オンショア市場における債券

を実施しており、パンダ債の発行もその一環と言えよう5。なお、IFC や

ADB のパンダ債発行を踏まえ、中国政府は 2010 年に「国際開発機関人

民元債券発行管理暫定弁法」6 を制定し、国際開発金融機関によるパン

ダ債発行に関する法制度整備を行っている。

民間企業によるパ 民間企業によるパンダ債発行第 1 号は、2014 年 3 月のダイムラーであ

3出所:Asia Bond Online 4 IFC は 2006 年、ADB は 2009 年にもパンダ債を発行しており、また、点心債も発行している。 5例えば、日本におけるサムライ債第 1 号は ADB(1970 年)であり、第 2 号は国際復興開発銀

行(世界銀行, 1971 年)である。 6中国人民銀行 財政部 国家発展改革委員会 中国証券監督管理委員会公告[2010]第 10 号

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発行人 Daimler AG 額面 100元

種類 PPN(私募)発行人格付

AAA(中債資信格付)

通貨 CNY(人民元)引受主幹事

中国銀行

期間 1年 発行日 2014年3月14日

金額5億元(約80億円)

投資家 大手5大銀行中心

利率 年5.2%

ンダ債発行第 1 号

は、ダイムラー

る。また、国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)における人民元

の取扱いを巡る議論が活発となる中、9 月には HSBC と BOC 香港のパ

ンダ債発行が実現することとなった。

次節以降では、ダイムラーおよび HSBC と BOC 香港のパンダ債発行を

振り返ると共に、本邦企業の活用に向けた課題を整理してみたい。

3.ダイムラーによるパンダ債発行

ダイムラーのパン

ダ債は有力国有企

業を下回る水準

ダイムラーは、2014 年 3 月に民間企業としては第 1 号のパンダ債を発

行した。発行額は 5 億元、期間は 1 年、利率は 5.2%であった。利率に

ついては、同時期の有力国有企業による債券発行の平均を下回ってお

り、相対的に優位なファイナンスであったものと考えられる。

なお、投資家が大手5大銀行(中国工商銀行、中国建設銀行、BOC、中

国農業銀行、交通銀行)中心となっていることは、政策的な色彩や支援

姿勢を映じたものと評価できよう。

【図表3:ダイムラーのパンダ債発行条件】

(出所)弊行作成

中国本土の債券市

場の成熟化や金融

ビジネス拡大への

触媒となることを

期待

ダイムラーのパンダ債発行における中国政府の意図としては、洗練され

た行動が期待できる非居住者に債券発行市場を開放することで、中国本

土の債券市場の成熟化や金融ビジネス拡大への触媒となることが期待

されたようだ。なお、中国の習近平国家主席が 3 月末にドイツを訪問

したことも、背景として意識する必要があるようにも思われる

①会計基準と②対

外債務管理が課題

一方、ダイムラーのパンダ債発行においては、いくつかの課題が浮き彫

りとなっているが、本邦企業の活用との観点からは、特に、①会計基準、

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に および②対外債務管理、が重要と思われる。

①会計基準につい

ては IFRS ベースで

の対応

まず①会計基準に関しては、ダイムラーは国際財務報告基準(IFRS)採

用企業であり、パンダ債の発行時の開示においては、中国政府が既に中

国会計基準と IFRS の同等性を認識していることから、発行時の開示に

おいては、IFRS をベースに中国会計基準との差異について説明を加え

る形が採用された。すなわち、既存の決算を中国会計基準ベースに読み

替える必要は生じなかった。

私募の活用がポイ

ント

この点については、ダイムラーのパンダ債発行形態が私募であったこと

との関係がポイントと思われる。中国債券市場における公募・私募の概

念は、必ずしも日本のように開示の有無を指すものではないが(私募で

も開示が行われるケースが存在)、投資家の同意を前提に一定程度規制

を緩める効果が期待可能であるようだ。

②対外債務管理に

関しては「外債」扱

また、②対外債務管理に関しては、パンダ債によって調達された資金は、

本質的には中国国内の投資家から調達した国内資金であるが、パンダ債

の発行体である親会社より子会社への親子ローンを介することで、「外

債」として扱われることが確認されている。すなわち、中国現地法人の

「外債枠」を費消することとなる7。

ダイムラーのパンダ債発行は、資金需要が旺盛な中国のオートローン子

会社の資金調達の一環として考えられたものと思われる。一方、オート

ローン会社に関しては、所管する中国銀行監督管理委員会(CBRC)の

規制において外債の活用が禁じられており、結果として、ダイムラーは

パンダ債発行で獲得した人民元を、中国のオートローン子会社に直接親

子ローンで貸与することは出来なかったようだ。

会計基準と対外債

務管理における取

扱いが本邦企業の

パンダ債活用の障

害に

ダイムラーの事例を参考に、本邦企業のパンダ債発行を考えたい。

まず①会計基準に関しては、本邦企業が多数利用する日本会計基準や米

国会計基準は中国において認められておらず、すなわち、パンダ債発行

においては、IFRS 採用企業であることが大前提となるだろう。また、

②対外債務管理については、外債扱いとなる以上、相対的に発行手続き

等が簡便なオフショア人民元建て債券と、対外債務管理における差異が

7中国の対外債務管理規制において、中国現地法人が親子ローン等の対外債務(外債)を負う際

は、外債枠(投注差:登記上の「総投資額」と「登録資本金(注冊資本金)」の差額)の範囲内

でのみ認められており、また、全ての外債は国家外貨管理局(SAFE)にて登記を行う必要があ

る(外債登記)。

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発行地 対外債務管理 金利 規制全般 開示 会計

パンダ債 中国本土 外債 自由金利 煩雑 中国語 中国基準/IFRS

オフショア人民元建て債券 中国本土外 外債 自由金利 簡易 英語 -

見いだせず、パンダ債発行のインセンティブを欠く状況にある。

なお、外債枠を有する一般事業法人においては、外債枠を緊急時に海外

から資金供給を行うために空けておくといった考え方も多く見られる

ことにも配慮が必要であろう。加えて、CBRC の監督下にあるオート

ローン会社については、相対的に人民元需要が旺盛であり、調達基盤拡

充に関し意識が高いものと思われるが、前述の通り、そもそも外債枠が

存在せず、パンダ債で獲得した人民元を子会社で活用することが出来な

いこととされている。これらを踏まえると、会計基準と対外債務管理に

おける取扱いが、本邦企業のパンダ債活用の障害と整理される。

【図表4:パンダ債とオフショア人民元建て債券の比較】

(出所)弊行作成

4.HSBC と BOC 香港のパンダ債発行

発行額・期間・利率

は同一に

このような環境下、9 月と 10 月に HSBC と BOC の香港現地法人が、パ

ンダ債を発行した8。発行額・期間・利率は共に 10 億元、3 年 3.5%で

ある。

プライシングの水

準や透明性には課

題も

利率については、マーケティングの下限で決着したようであり、傍ら、

地場の商業銀行の残存 3 年の債券が流通市場において 3.77%程度で取

引される中、流動性に乏しいこと等を踏まえると、やや割高感のある水

準との評価があるようだ9。

なお、BOC の格付は A 格(Aa3/MDY, A+/S&P)であるのに対し、HSBC

は AA 格(Aa2/MDY, AA-/S&P)であり、そもそも格付が1ノッチ異な

る中、発行条件が同一であるにも関わらず結果として利率に差異が生じ

なかったことは、プライシングの透明性との観点で課題との指摘もある

10。

8 HSBC は 10 月 9 日、BOC 香港は 9 月 30 日にそれぞれ発行されている(発行代わり金の払込

が行われている)。 9 「Panda pricing too good to be true」International Financing Review(October 3 2015) 10 同上、なお、中国国内の格付けは AAA 格で同格。

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発行市場について

は銀行間債券市場、

証券決済機関とし

ては上海清算所を

採用

また、発行市場については銀行間債券市場、証券決済機関としては上海

清算所が採用された。

中国の債券市場は大きく銀行間債券市場と取引所市場に分かれている。

銀行間債券市場はその名が示す通り、銀行を中心としたインターバンク

市場であり、中国の債券市場の約 93%(2014 年)を占めている。中国

においては、銀行を中心とした金融構造を背景に、債券の投資家は商業

銀行中心となっている。そのような状況を踏まえれば、パンダ債の発行

市場として銀行間債券市場が選択されたことは妥当と思われる1112。

なお、上海清算所の採用に関しては、銀行間債券市場における社債13は

上海清算所を証券決済機関として活用しており、既存の枠組みに沿った

対応と考えられる。

【図表5:HSBC と BOC 香港のパンダ債発行条件】

(出所)弊行作成

中国本土と香港の

制度の同等性を背

景に、香港の発行体

を選定

今回香港の発行体が選ばれたことは、中国本土と香港の制度の同等性を

背景としたものと思われる。ダイムラーのパンダ債発行の説明で会計に

ついてはコメントしたが、この点は、会計に留まらず監査などについて

も課題となる。IMF の検討スケジュールを意識し時限性がある中、中国

本土と最も制度上の同等性が担保された香港の現地法人が発行体とし

て選定されたことは、合理的な選択として理解出来よう。

11 中国の債券市場の詳細については、拙稿「中国社債市場の概要」(Mizuho Capital Markets Insight

Vol.12-5, 2013/1/24)をご参照頂きたい。 12 なお、中国の金融制度は債券に関してはユニバーサルバンキング制度となっており、銀行中

心に引受が行われている。そのような中、HSBC 案件について、主幹事に中信証券が参入してい

ることは、今後のパンダ債の商品性を占ううえで興味深いように思われる。 13 中国の制度における CP,MTN,私募債など。

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また、発行体が金融機関であったことも、検討期間が限られる中、人民

元調達ニーズを有すると共に信用力が比較的高く、債券発行に手慣れて

いることが評価されたものと思われる14。

今後は資金の行方

に注目

今後の注目点は調達した資金の行方であろう。中国本土の外資系金融機

関は機動的な外債の活用が認められておらず、調達した資金を中国本土

のエンティティへ親子ローンで貸与することは事実上難しい状況と思

われる。

BOC 香港に関しては、本件パンダ債での調達資金を海外業務(オフシ

ョア)にて活用することが発行関連書類等で明確となっている。一方、

HSBCに関しては資金使途を必ずしもオフショアに限定してはいないよ

うだ。金融機関による外債の活用が柔軟に認められた場合、銀行のみな

らず、現状禁じられているオートローン会社の外債活用についても、突

破口となる可能性があろう。今後の展開を見守りたい。

今般のパンダ債発

行は、人民元の SDR

入りの議論と関連

なお、この動きは、人民元の SDR 入りの議論と密接にかかわっている。

SDRは 1969年に IMFが加盟国の外貨準備資産を補完する手段として創

設した国際準備資産であり、現在はユーロ、日本円、スターリング・ポ

ンド、及び米ドルの通貨バスケットから構成されている。SDR の構成通

貨は 5 年毎に見直しが行われており、今年(2015 年)が再評価の時期

となっている。

中国政府は外貨準備としての適格性を意味する人民元の SDR 入りを人

民元国際化の象徴ととらえており、今回のタイミングで人民元の SDR

入りが見送りとなり 2020 年に再挑戦することは、耐えられないとの意

識があるようだ。報道等からも15、中国政府は、IMF に対し SDR 入りに

向けた積極的な取り組みを進めている様子が伺える。

中国政府はパンダ

債発行により資本

市場開放の PR を企

一方、SDR 入りにおいては、「貿易の量」と「取引の自由度」が問われ

ることとなるが、IMF の審査においては、特に後者が問題視されている

ようだ。中国の資本市場の開放は「取引の自由度」を示す重要な指標と

なっており、中国政府は、パンダ債の発行につき、開放を示す有力な

PR材料として捉えていることが想定される。人民元の SDR入りにつき、

14 なお、HSBC が発行体として選ばれたことは、ダイムラーの事例同様、パンダ債発行直後に習

近平国家主席が訪英していることも背景として意識する必要がありそうだ。 15 たとえば「人民元改革、IMF見極め、準備資産採用の判断先送り、中国に確実な実行求め

る」日本経済新聞(2015.8.6)

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IMF は年内に結論を出すとの方針と思われ、今般の発行タイミング(9

~10 月)は、IMF の検討を意識したものと言えよう。

中国政府主導での

継続的な発行に期

人民元の SDR 入りといった背景を踏まえると、中国政府はパンダ債発

行の活発化に関し、強いインセンティブを有していることが予想され、

本件に留まらず、継続的な発行が見込まれる。中国においては、パイロッ

ト案件を経て各種ルール整備が進展するケースが多いようだ。

パンダ債の発行に関しては、国際開発金融機関を対象とした法律(管理

弁法)しか存在しておらず、今後、民間企業を対象とした法制度整備進

展し、発行体の要件等、ルールが明確化されることが期待される。

4.本邦企業のパンダ債発行に向けた現状整理

中国の経済・金融環

境や、人民元国際化

の進展を踏まえる

と、パンダ債は戦略

的な資金調達手法

最後に、本邦企業のパンダ債発行に向けた現状整理を行ってみたい。

本邦企業は足元こそ人民元調達ニーズは乏しいものの、中国市場・ビジ

ネスの規模を踏まえると、将来的に人民元の安定調達基盤の拡充が財務

上の課題となる蓋然性は高い。

特にパンダ債は、中国現地法人ではなく親会社(本社)のクレジットで

潤沢な人民元の流動性を有する中国本土資本市場にアクセスすること

を可能とする商品である。経常黒字かつ社会福祉制度の整備の進展によ

り機関投資家の成長が予想される中国の経済・金融環境や、人民元国際

化の進展を踏まえると、本邦企業の財務戦略において有用なツールとな

る可能性を有しており、戦略的な対応を要する資金調達手法と思われ

る。なお、パンダ債発行は、中国市場へのコミットを示す意味でも有益

であろう。

本邦企業のパンダ

債発行には課題も

多い

一方、前述の通り、本邦企業のパンダ債発行には課題も多い。本邦企業

の IFRS 適用実績は着実に増加しているものの、日本会計基準および米

国会計基準適用会社も多く、会計基準が第1のハードルとなる。

また、本稿では詳細は触れなかったが、たとえ IFRS 適用企業であった

としても、監査・格付・中国語対応、といった発行実務における課題が

第2のハードルとして存在している状況である。

なお、本稿で説明した通り、対外債務管理も第 3 のハードルとして意

識する必要があろう。オートローン会社以外は外債枠を有しており親子

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ローン等での貸与は可能であるものの、外債枠を費消することは望まし

くない局面や、機動的な対応が難しい場合も想定されるだろう。

官民連携での取り

組みによる着実な

取り組みに期待

足元、日中間は対話再開の兆しが見られる。昨年 11 月には日中首脳会

談も実現し(4 月にも再度実現)、6 月には北京にて日中財務対話も行

われると共に、先般リマで行われた G20 において、麻生太郎財務大臣

兼内閣府特命担当大臣は中国の楼財政部長に対し、東京市場への RQFII

の付与と人民元クリアリングバンクの設置について要望を行っている

16。

日本経済にとって、中国の重要性は疑うべくもなく、政治的な距離が縮

まる方向性にある中、本邦企業のパンダ債発行は意義深いものとなろ

う。課題は多くかつ解消には制度面への踏み込みを要することが予想さ

れるが、官民連携での着実な取り組みに期待したい。

16 以下、「麻生副総理兼財務大臣兼内閣府特命担当大臣記者会見の概要(平成 27 年 10 月 8 日(木

曜日)(財務省))より抜粋

「問) 日中のバイ会談の方なのですけれども、金融協力の話があったということですが、そ

れ以外にも経済についての話だとか構造改革についての話とかはあったのでしょうか。

答) これは人民元適格外国機関投資家という資格があるのですけれども、そのRQFII枠

の付与、これはアメリカや日本など付与されていない国があるのですけれども、クリアリングバ

ンクの設置等について、中国側に対して改めて要望したというところです。」

<http://www.mof.go.jp/public_relations/conference/my20151008.htm>

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(補論)「民間国外債等の利子の課税の特例」との関係について

租税特別措置法へ

の対応も重要に

本稿では主にパンダ債の動向をご紹介すると共に、本邦企業によるパン

ダ債発行の可能性に関し、中国の法規制を中心とする整理を試みた。

実は本邦企業のパンダ債発行における課題は、中国の法規制のみに限ら

ない。特に租税特別措置法第 6 条の「民間国外債等の利子の課税の特

例」(以下、民間国外債の利子の非課税措置)への対応も重要と思われ

る。

以下では視点を変えて、民間国外債の利子の非課税措置の概要と本邦

企業のパンダ債発行における課題につき考えてみたい。

クロスボーダーで

の債券投資におい

ては、二重課税の排

除がポイント

民間国外債は、ユーロ債など、本邦企業(日本の居住者)が海外市場に

おいて発行する債券を指し、主として海外の投資家(日本の非居住者)

による投資が期待されるものである。

海外の投資家がクロスボーダーで証券投資を行う際、特に投資効率が重

視される機関投資家においては、二重課税の排除が税制上ポイントとな

る。すなわち、発行体の所在国での源泉徴収を行わないことで二重課税

を排除し、投資家の所在国にて投資家の所得の中から、税負担を行うこ

とが投資家利便性を踏まえた国際的な趨勢となっているものと考えら

れる。

租税特別措置法第 6 条「民間国外債等の利子の課税の特例」において

は、上記趣旨を踏まえ、海外投資家による投資が想定される民間国外債

の利子を、非課税措置とする措置が設けられている17。

課税属性確認のた

め、非居住者確認制

度を導入

一方、二重課税の排除はあくまでも非居住者による投資を前提とするも

のであり、すなわち、居住者による投資が対象となることは望ましくな

いことは言うまでもない。よって、民間国外債の利子の非課税措置にお

いては、利子の受取人が非居住者であることを確認する非居住者確認制

度が導入されている。

具体的には、「①利子を受け取る者の氏名・住所等を記載した非課税適

用申告書を利子支払取扱者を経由して税務署長に提出した場合、およ

び、②非居住者または外国法人から民間国外債の保管委託を受けている

17 平成 9 年度税制改正、平成 22 年度税制改正において恒久化。

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金融機関(保管支払取扱者)が、利子の受領者が非居住者または外国法

人である旨の利子受領者が非居住者または外国法人である旨の利子受

領者情報を利子の支払者に通知し、利子の支払者がその情報に基づき作

成した利子受領者確認書を所轄税務署長に提出した場合に限り」18、非

課税を認めることが定められている。

非居住者確認制度

の背景には、ICSD の

実務が存在

このような非居住者確認制度の背景には、ユーロ債の証券・資金決済を

担う国際証券決済機関(ICSD, ユーロクリア・クリアストリーム)にお

ける実務が存在している。

クロスボーダーでの債券投資は、カストディアンなど多様な事業体を介

して行われる。一般的には証券決済機関は階層構造を前提とした口座保

有形態をとっており、最終投資家を常時把握する建付けとはなっておら

ず、利払に応じその課税属性の確認(非居住者かどうか)を行うことは、

容易ではない。非居住者確認制度の導入に当たっては、ユーロクリア等

の ICSD の制度・実務を踏まえ、上記②の確認実務を整備してきた経緯

がある。

【図表6:ICSD における非居住者確認制度の実務】

(出所)弊行作成

本邦企業のパンダ

債発行では、非居住

者確認制度への対

応が必要に

パンダ債においては、上海清算所が証券決済機関となる。中国の証券決

済制度は、ICSD との比較においてはややシンプルな構造であるようだ

が、本邦企業のパンダ債発行において二重課税を回避するためには、本

邦税法上の非居住者確認制度への対応、すなわち、上海清算所を介して、

もしくはその他の手法を用いて非居住者確認制度の求める手続きを担

保できるかが問われることとなろう。

18 金子[2015], p805

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(図表リスト)

(主要参考文献等)

【書籍】

◆ 金子宏[2015]『租税法〔第 20 版〕』弘文堂

【新聞・雑誌・雑誌記事等】

◆ 日本経済新聞

◆ International Financing Review

【ホームページ】

◆ 財務省

◆ 国税庁

図表 1 人民元の調達手法 …2

図表 2 パンダ債の発行実績 …3

図表 3 ダイムラーのパンダ債発行条件 …4

図表 4 パンダ債とオフショア人民元建て債券の比較 …6

図表 5 HSBC と BOC 香港のパンダ債発行条件 …7

図表 6 ICSD における非居住者確認制度の実務 …12

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◆ Mizuho Capital Markets Insight ~バック・ナンバーのご案内~

◆ 点心債市場の現状 Vol.12-1 2012 年 5 月 16 日

◆ 『オフショア人民元建て債券市場』を巡る議論 Vol.12-2 2012 年 6 月 14 日

◆ 韓国の社債管理制度 Vol.12-3 2012 年 7 月 31 日

◆ 事業再生における社債の取扱い Vol.12-4 2012 年 9 月 28 日

◆ 中国社債市場の概要 Vol.12-5 2013 年 1 月 24 日

◆ アジア債券市場の現状 Vol.12-6 2013 年 2 月 1 日

◆ QFII 制度の現状と課題 Vol.13-1 2013 年 5 月 31 日

◆ 『オフショア人民元建て債券市場』の拡散と浸透 Vol.13-2 2014 年 1 月 21 日

◆ パンダ債の解禁 Vol.13-3 2014 年 2 月 14 日

◆ CGIF の活用に向けて Vol.14-1 2014 年 4 月3日

研究開発税制の帰趨 Vol.14-2 2014 年 7 月3日

『人民元建て債券市場』の成立 Vol.14-3 2014 年 11 月 5 日

◆ ソーシャルインパクト・ボンドの可能性 Vol.14-4 2014 年 11 月 25 日

◆ 『外貨建て証券決済』を巡る議論 Vol.14-5 2015 年 2 月 24 日

◆ 日中金融協力と東京市場への期待 Vol.15-1 2015 年 4 月 24 日

◆ アジア債券市場の現状<2014 年版> Vol.15-2 2015 年 6 月 2 日

◆ 中国資本市場の対外開放と滬港通 Vol.15-3 2015 年 7 月 14 日

◆ パンダ債の新展開 Vol.15-4 2015 年 11 月6日【本稿】

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