infolib-dbr(login) -...

19
シェールオイル開発の歴史と課題 はじめに 1 シェールオイル開発史 1 開発のはじまり 2 日本のシェールオイル開発史 3 アメリカでのシェールオイル開発 2 シェールオイル開発の現状 1 在来型原油と非在来型原油の供給量 2 非在来型原油供給増加の要因 3 開発の現状,アメリカ,ノースダコタ州のケース 4 日本の現状 3 シェールオイル開発の課題 1 経済的な問題 2 環境問題 3 地震誘発問題 4 各国の対応 おわりに 現在,「シェールオイル革命」という言葉が新聞紙上 1によく使われてい る.革命という言葉であるが,例えば,NHK 2012 5 19 日に放送 された番組「シェールオイルを掘り起こせ~新たな石油鉱床の衝撃~」と いう放送ではアメリカのノースダコタ州にあるウイリストンという人口 1 万の町の話が放送されていた.この小さな町は,シェールオイル開発の結 25

Upload: others

Post on 20-Apr-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

シェールオイル開発の歴史と課題

則 長 満

はじめに第 1章 シェールオイル開発史第 1節 開発のはじまり第 2節 日本のシェールオイル開発史第 3節 アメリカでのシェールオイル開発

第 2章 シェールオイル開発の現状第 1節 在来型原油と非在来型原油の供給量第 2節 非在来型原油供給増加の要因第 3節 開発の現状,アメリカ,ノースダコタ州のケース第 4節 日本の現状

第 3章 シェールオイル開発の課題第 1節 経済的な問題第 2節 環境問題第 3節 地震誘発問題第 4節 各国の対応

おわりに

は じ め に

現在,「シェールオイル革命」という言葉が新聞紙上1)によく使われてい

る.革命という言葉であるが,例えば,NHK で 2012年 5月 19日に放送

された番組「シェールオイルを掘り起こせ~新たな石油鉱床の衝撃~」と

いう放送ではアメリカのノースダコタ州にあるウイリストンという人口 1

万の町の話が放送されていた.この小さな町は,シェールオイル開発の結

― 25 ―

Page 2: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

果,以前は 1万人足らずの人口が 2万人になり,失業率に関しては,全米

平均では 2012年 9月現在では 8%という数字に対して,この町ではその

数字は 1%であると放送されていた.さらに,ここでのシェールオイル関

連事業に従事している従業員の年収は平均で 8万ドル,多い人は 15万ド

ルであるとのことであった.確かに先行き不透明なアメリカ経済の状態を

見れば,19世紀のゴールドラッシュ,20世紀初頭の石油ブームなどを彷

彿とさせる革命であるかもしれない.

では,このシェールオイルとは何か?原油とはどう異なるのか?石油工

学辞典2)によれば,シェールオイルはオイルシェールから抽出した原油で

ある.この 2つの言葉はよく似ているので,紛らわしいが,シェールオイ

ルはオイルであるから,原油成分と考え,オイルシェールはシェールであ

るから原油を含んだ岩石と考えればよい.原油が含まれている岩石である

オイルシェールは専門的には「油母頁岩(油頁岩)」と呼ばれ,原油の元

となる物質であるケロジェンが蓄えられた堆積岩(泥岩)である.原油は

ケロジェンが地中の深い所で熱と圧力の結果,液体となったものである

が,このオイルシェールは地中浅く(地下 1000 m 程度)存在しているの

で,熱と圧力の影響を受けずに,つまり,ケロジェンが原油にならずに岩

石のままの状態の固体と考えればよい.そのオイルシェールから熱処理や

化学的処理などによって取り出したものがシェールオイルである.

BP Statistical Review of World Energy(2006)によると,世界のシェー

ルオイルの埋蔵量は約 2兆 6000億バレルで,図 1からもわかるように,

その 96%が米国内にあると言われる.現在,原油の埋蔵量は約 1兆バレ

ルと言われているので,2.6倍の埋蔵量であるから,その規模の大きさが

分かる.80年代の終わりから盛んになったピークオイル説3)もこの開発に

よって覆されることになる.このシェールオイルは,通常の原油と比べて

生産コストが非常に高いが,近年の原油高の中で,代替エネルギー源の一

つして注目されているだけでなく,まさにエネルギー界に革命を起こし,

シェールオイル開発の歴史と課題

― 26 ―

Page 3: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

原油価格への波乱要因になる可能性もある.例えば,同様な地質から生産

されるシェールガスに関してはすでにアメリカの天然ガス価格が下落をし

ている.

さらに,2012年 11月 12日,国際エネルギー機関(IEA)は「世界のエ

ネルギー見通し」を発表し,2017年までにこのシェールオイル,シェー

ルガス生産により,アメリカが石油,ガスの生産量で世界一になるとの見

通しを発表した.これにより,世界のエネルギー地図は大きく塗り替えら

れる可能性もあり,政治,経済に大きな影響を与えることも考えられる.

本論では,とりわけ,シェールオイルがどのような経過で開発されてき

たのかを探り,現状とこれからの課題,原油価格形成にどのような影響を

及ぼしていくのかを分析していこう.

第 1章 シェールオイル開発史4)

第 1節 開発のはじまり

シェールオイル開発の始まり5)が記録に残っているのは,1350年のオー

図 1 シェールオイル世界推定埋蔵量出所:World Energy Council, WEC Survey of Energy Resources より筆者作成

シェールオイル開発の歴史と課題

― 27 ―

Page 4: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

ストリアである.また 14世紀のイギリスの特許の記録には「石からとれ

た一種のオイル」と書かれているという.17世紀までには数カ国で開発6)

が行われていた.しかし,まだ燃料としてのシェールオイル開発ではな

く,動物の皮をなめしたり,織物の色調を調整するための塩を取り出すた

めに使われていたとのことである.

そして,燃料として最初に記録があるのは,フランスであり,1837年

フランスのオータンにおいて,石油産業の先駆けとして始まった.石油産

業史から言えば,石油産業の最初はアメリカでの 1859年のドレーク大佐

による機械掘りによる大量生産が石油産業のスタートということになるの

で,意外にも,その 20年前にはシェールオイルの開発が始められていた

ことになる.このシェールオイルの開発の目的は当時の産業革命の進展と

ともに工業化が進展し,夜間営業を目的とした照明の需要が高まっていた

ことがあり,照明用の鯨油を燃料とする灯油に代わる安定的な資源として

開発された.

その後,19世紀の後半になると,このシェールオイルの精製技術はカ

ナダ,ロシア,オーストラリア,ブラジル,ドイツと広がっていった.ロ

シアでは,現在旧ソ連から独立をしているエストニアにおいて,フランス

で商業的に生産がはじめられた次の年の 1838年に低品質の燃料として使

用されている.イギリスのスコットランド地方では 1859年には生産がは

じまり,1881年頃には年間 100万トンから 400万トンに及ぶオイルシェ

ールが掘削されていた.

その後,第一次世界大戦当時には戦争による燃料不足のために,エスト

ニアでは 1918年には需要の拡大とともに生産が活発になり,第二次世界

大戦後にはエストニアで生産されたシェールオイルはレニングラードや北

部エストニアでは天然ガスの代替品として使用されたり,シェールオイル

による発電所が建設され,1400 MW の電気が生み出されている.

しかし,1950年代,1960年代には,石油の大量生産を可能にする技術

シェールオイル開発の歴史と課題

― 28 ―

Page 5: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

が世界的に普及したことにより,それぞれの国におけるシェールオイルの

生産は中断されたが,ブラジル,ロシア,エストニアでは,2006年現在

においても生産が継続されている.

このように,シェールオイルの歴史を見ると,我々が知っているドレー

クが開始したとされる石油生産の歴史よりも歴史が長いことがわかる.

第 2節 日本のシェールオイル開発史7)

日本のシェールオイル開発の歴史は 1904~05年の日露戦争に遡る.日

本は日露戦争により,ロシアから当時の東清鉄道および撫順炭砿を獲得

し,ここを基幹として満州経営を開始する.その中心となるのが,1906

年(明治 39年)半官半民の国策会社である南満洲鐵道株式會社,いわゆ

る満鉄である.ここでは鉄道部門,製鉄部門,炭砿部門の三つの現業部門

を抱え,研究機関として,調査部,中央試験所を持っていた.その撫順の

炭田は,炭層のすぐ上にオイルシェール層があり,石炭の露天掘りに伴

い,必然的にその層を採掘しなければならなかった.つまり,シェールオ

イルは石炭採掘に伴う副産物であったわけだ.満鉄はその副産物を,当時

シェールオイル製油が盛んであったスウェーデン,ドイツ,スコットラン

ドなどの研究所にサンプルを送り,商業的にペイするものであるかどうか

を調査,試験を依頼した.その結果,撫順のこの副産物は商業的な製油に

値するものと分かり,シェールオイル製油に向けて満鉄社内で以後 19年

間にわたり試験研究を重ね,1930年(昭和 5年)実用化に成功したので

あった.これが日本におけるシェールオイル開発のスタートであった.

第 3節 アメリカでのシェールオイル開発8)

アメリカでのシェールオイル開発の歴史は 1912年のセオドア・ルーズ

ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves

(NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR は原油の供給不足

シェールオイル開発の歴史と課題

― 29 ―

Page 6: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

に備えて,主に軍用の備蓄を目的として設立されたが,20世紀初頭から

知られていた莫大なシェールオイル資源の戦略的開発を担当する連邦当局

となった.

その後,1970年代の石油危機後,連邦政府が指導を行って,コロラド

州など 3州にまたがる鉱床において,いわゆるメジャーと呼ばれる民間石

油企業である,Unocal, Royal Dutch Shell, ExxonMobil などがシェールオイ

ル開発プロジェクトを立ち上げて 1980年にはカーター政権時代に議会が

原油に相当する国産の新資源を開発するという目的の合成燃料公社「Syn-

thetic Fuels Corporation」を設立し,これらの民間石油会社がシェールオイ

ルの商業生産を試みた.

その後,1986年にはアメリカでもシェールオイルの生産が試験的に開

始されたが,いわゆる逆オイルショックと言われたこの時期に原油価格が

比較的低かったことから採算が合わず,商業化には繋がらなかった.1985

年の年平均原油価格は 27ドル台であったのに対して,1986年は 15ドル

台と低下していたために商業化は困難となった.当然,石油各社はこの時

期の原油価格下落とともにシェールオイル事業から相次いで撤退した.し

たがって,1980年代初めごろを最後としてアメリカ政府の主なエネルギ

ー政策としてシェールオイルが取り上げられることがなくなった.

さらに 1990年代は湾岸戦争の開始とともに,一時的に原油価格は高騰

したものの湾岸戦争が短期で終わってしまうと原油価格は高くとも 20ド

ル台にとどまりシェールオイル開発への進展は見られなかった.

やがて,2000年代に入ると 2001年の 9.11同時多発テロ事件をはじめと

する中東での政情不安から,原油価格は上昇を始めた.そこで,2003年,

中東地域,ナイジェリア,ベネズエラなどにおける原油生産量縮小に対す

る不安などからカナダのオイルサンドなどの非在来型石油資源9)が再び注

目されはじめ,アメリカ内務省がシェールオイルの開発プログラムを新た

に設置した.

シェールオイル開発の歴史と課題

― 30 ―

Page 7: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

さらに 2005年アメリカ政府は 8月に「2005年エネルギー政策法(Energy

Policy Act of 2005)」を制定した.この法律では,シェールオイルは,タ

ールサンドとその他の非在来型燃料とともに,「戦略的に重要な国内資源」

であり,拡大傾向にあるアメリカの原油輸入への依存に歯止めをかけるた

めに,その開発をすすめるべきであると宣言し,シェールオイルが再び勢

いを取り戻すことになった.

それでは以下の章では最近の開発の現状をみてみよう.

第 2章 シェールオイル開発の現状

第 1節 在来型原油と非在来型原油の供給量

国際エネルギー機関(IEA)の予測によれば,2010年から 2035年にか

けての世界全体の石油需要10)は先進国では衰えてはいくものの,中国,イ

ンドをはじめとする新興国の成長に伴って,年率 0.5%の増加となってい

る.一方,世界の石油供給では,在来型原油の供給が年率 0.1%の減少と

なっているのに対して,非在来型原油の供給は年率 5.3%の増加となって

いる.つまり,在来型の原油供給の減少を非在来型の原油が支えていると

図 2 アメリカにおけるシェールオイル生産量出所:Energy Information Agency より筆者作成 http : //www.eia.gov

シェールオイル開発の歴史と課題

― 31 ―

Page 8: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

いう構図になっている.

第 2節 非在来型原油供給増加の要因

では,なぜ最近この非在来型原油の供給が増加してきているのであろう

か?経済要因としては,原油価格がこの数年,バレル当たり 80ドルから

100ドルという原油価格の歴史から言えば高止まりをしていたことがあ

る.シェールオイル開発のコストは現在バレル当たり約 80ドルと言われ

ており,それを超える原油価格でないと当然ながら,開発は進まない.

その他の要因としては次の 3点が考えられる.第 1に水平坑井掘削技術

の発達,第 2に水圧破砕法の発達,第 3に中小石油事業者がアクセスしや

すい民間所有地で広く開発がなされてきたこと,この 3点である.

第 1の要因は水平坑井掘削技術11)の発達である.従来は油田の掘削と言

えば,垂直掘削のことであった.しかし,最近の技術革新によって,一

度,垂直に掘り下げてその後,油層に達したならば,そこから掘削パイプ

を油層に平行して水平に掘り進むという技術が開発された.油層内を水平

に掘削することで油やガスを効率的に回収することが可能になった.どう

効率的かと言えば,例えば,A と B という 100 m 程度離れて隣接してい

図 3 非在来型原油供給量の予測出所:International Energy Agency“World Energy Outlook 2011”より筆者作成

シェールオイル開発の歴史と課題

― 32 ―

Page 9: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

る油田があるとする.従来の垂直掘削ならば A と B に 2本の井戸を掘ら

なければならなかったが,水平掘削であれば,A に井戸を掘り,そこか

ら地下を水平に掘り進めて,B の油層に届くことが可能となった.この場

合,コスト的には現在ならば 1本の油田を掘れば 2億円から 3億円の経費

が掛かるが,水平掘削ならば垂直掘削に比べると半分のコストで掘削が可

能となる.

歴史的には,日本のアラビア石油12)は 1989年にカフジ油田で中東エリ

アの海上油田で初めて水平坑井の掘削に成功し,すでに 40本以上の作業

実績を有している.さらに生産効率を上げるために,1つの坑井から枝状

に油層を掘削する「マルチ・ラテラル坑井」という技術も開発されてい

る.これだとさらにコスト的には有利になる.

第 2の要因は水圧破砕法の発達である.水圧破砕法とは,簡単に言え

ば,先ほどの水平抗井技術を利用して,原油を含むシェール層内に高い水

圧をかけて,シェール層に割れ目を生じさせて,原油の通り道を人工的に

作りそこから原油を採取するという手法である.もう少し詳しく言えば,

次のようになる.まずは,垂直に掘り進んだパイプが地下 1000 m あたり

にあるシェール層に達した後,今度は水平にシェール層を掘り進み,一定

の位置で,そのパイプを通じて,高い水圧を加えてシェール層に割れ目

(フラクチャー)を作り,さらにその中に,割れ目がふさがってしまわな

いように,砂などの支持材を充填することで採収層内に非常に浸透性の高

い原油の通り道を形成することによって,原油を採取するという手段であ

る.

第 3の要因は中小独立系石油会社による民間所有地での盛んな開発であ

る.石油開発と言えば初期投資に莫大な費用のかかる作業であり,当然い

わゆる石油メジャーの仕事と考えられがちであるが,在来型の原油よりも

開発コストの高い非在来型油田では,石油メジャーは開発を行っていなか

った.さらに,環境問題には関心の高いアメリカでは場所的な選択,特に

シェールオイル開発の歴史と課題

― 33 ―

Page 10: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

大規模開発は非常に難しくなかなかうまくは行かない.そこで,小規模な

開発を得意とする中小の独立系石油会社がシェールオイル開発を始めた.

現在,中心的な地域であるノースダコタ州 Bakken のケースもこのような

方式で開発がすすめられていった.メジャーが本格大規模化する前に所有

鉱区を広げていったのである.

この背景にはアメリカの慣習法13)がある.アメリカでは,慣習法として

土地所有者(ランドオーナー)に地下の資源が帰属するとされている.つ

まりその土地で見つかったものは,その土地所有者のものである.アメリ

カでは,私有地が広範囲に広がり,石油開発の中心であるテキサス州では

9割近くが私有地であると言われている.したがって,Bakken 地域にお

けるように,シェールオイル開発は小さな規模から始まり広範囲に広がっ

ていったのであろう.

第 3節 開発の現状,アメリカ,ノースダコタ州のケース

はじめに部分で触れたノースダコタ州のケース14)を詳しくみてみよう.

この地域は Bakken プレイと呼ばれる地域で,ノースダコタ州から東はモ

図 4 原油価格の推移出所:IMF Primary Commodity Price より筆者作成

シェールオイル開発の歴史と課題

― 34 ―

Page 11: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

ンタナ州東部,北はカナダのサスカチュワン州およびマニトバ州にわたっ

てシェールオイル層が広がっている.ノースダコタ州での原油の生産の歴

史は 60年ということであるが,この Bakken エリアのオイルブームによ

り同州が米国第 4位の石油産出州となり,同時に Bakken エリアが国内有

数の陸上産油地域となったのは,わずかこの 3年のことである.

そして,その規模は米国地質調査所(USGS)によれば,技術的に回収

可能な石油埋蔵量を 43億バレルと評価している.アメリカ全体の埋蔵量

は 300億バレルなのでこの地域だけで,15%近い埋蔵量を占めている.

このような評価は,初期生産レートという原油の埋蔵量評価に使われる指

標では,今後も埋蔵量評価が増加する可能性を示唆するものであるという

ことである.それだけに期待も大きい.

第 4節 日本の現状

2012年 7月 6日の産経ニュース15)によれば,政府系の石油資源開発株式

会社が日本では初めてのシェールオイルの試掘に乗り出すことが明らかに

なった.場所は秋田県由利本荘市の「鮎川油ガス田」で早ければ,来年に

も,シェールオイルの試掘に乗り出すことを明らかにした.

まず,詳しいシェールオイルの分布を調べるため,石油天然ガス・金属

鉱物資源機構の補助金交付を受ける.次に探鉱作業を本格化させ,500万

バレル程度の採掘が見込める地層が見つかれば,試掘のうえ,来年にも試

験生産に着手する計画で,将来的には国内の年間石油消費量の数%に当た

る 1億バレルの採掘を見込んでいるということだ.

日本では,このような試掘のケースがやっと始まった段階であるので,

本格的なシェールオイルの開発までは行っていない.しかし,シェールオ

イルの有望性からアメリカにおける開発への投資を行っている.以下は

2012年現在のシェールオイル開発への参画状況である.

シェールオイル開発の歴史と課題

― 35 ―

Page 12: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

第 3章 シェールオイル開発の課題

シェールオイルはエネルギー革命を引き起こすと言われているが大きく

分けて 3つの問題があげられる.以下にそれを分析しよう.

第 1節 経済的な問題

まず第 1の問題は経済的な課題である.新技術にはコストの問題が必ず

表 1 日本企業のシェールオイル参画実績

取得時期 参画企業 場所 権益取得比率2010年10月 伊藤忠商事 アメリカ ワイオミング州 25%2011年 4月 丸紅 アメリカ ワイオミング州,コロラド州 30%2011年 6月 日揮 アメリカ テキサス州 10%2012年 1月 丸紅 アメリカ テキサス州 35%

出所:みずほ銀行産業調査部資料より筆者作成http : //www.mizuhocbk.co.jp/fin_info/industry/sangyou/pdf/1039_04_02.pdf

図 5 1バレル当たりの原油生産コスト出所:国際石油開発帝石株式会社 ホームページより筆者作成http : //www.inpex.co.jp/ir/financial/indices06.html

シェールオイル開発の歴史と課題

― 36 ―

Page 13: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

ついてまわる.この技術は,水平掘削という技術と大量の水と薬品の注入

による技術のため大きなコストがかかる.シェールオイル開発のコストは

従来の油田に比べてコストは約 4倍(図 5参照)であると言われ,現在の

コストが 1バレル 70ドル~80ドルと言われている.石油価格が 100ドル

前後で推移していればこそ可能な掘削方法で,2012年 11月 5日現在の原

油価格が 84ドルと低下してきており,採算ラインに接近してきている.

これが 2008年のリーマンショックのすぐ後のようにバレル 30ドルになっ

てしまうと採算割れをして誰もこのシェールオイルを掘らなくなってしま

う恐れもある.

第 2節 環境問題

次は環境問題である.地下 3000 m とはいえ,そこの岩盤を粉々に砕い

て,さらに内容が公表されていない化学薬品を大量に使用している.冒頭

に紹介した NHK の番組では,砕かれた岩盤の割れ目を通って地下からメ

タンガスや使用された化学薬品が地表に染み出してきており,映像では地

下水からの蛇口にマッチを近づけると水が燃え出していた.また牧場経営

が成り立たなくなるような塩分の噴出しの場面が紹介されていた.

石油天然ガス・金属資源開発機構の石油調査部,市原路子氏によれば,

この圧入される水には,事前にさまざまな薬剤が添加される.例えば,地

層を溶かす効果のある酸性薬品,パイプと流体との摩擦を少なくする効果

薬品,流体を流れやすくする界面活性効果薬品,割れ目をふさがないよう

にする増粘効果薬品,パイプ内での残渣を防ぐ効果薬品,パイプの腐食防

止の効果薬品などが圧入水に添加され調合されているという.このような

薬品が含まれる調合済みの水が大量に地層内に送り込まれ,これが飲料水

を汚染し,人体に悪影響を及ぼすとの疑いがあるとのことだ.その薬品は

量的には圧入水の 0.5%に過ぎないが,1油井あたり約 1万 m3の水が圧

入されると仮定すると,薬品は,約 50 m3の化学薬品を圧入したのに相当

シェールオイル開発の歴史と課題

― 37 ―

Page 14: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

するとのことである.1リットルの薬品 5万本が含まれていることにな

る.各地にシェールオイル開発が進めば,それだけ,アメリカの国土が汚

染されることになってしまうのである.

第 3節 地震誘発問題

次の問題は,地震誘発問題である.シェールオイルの掘削には水圧破砕

法が使われていることを第 2章で述べたが,その水圧破砕法によって地震

が発生するという問題が起きている.2011年の AFP のニュース16)によれ

ば,英エネルギー会社であるクアドリア・リソーシズ社はイングランド地

方北西部ランカシャー沿岸で水圧破砕法による天然ガスの掘削を行ってい

たが,この掘削によって,いくつかの弱い地震が引き起こされた可能性が

極めて高いと発表した.

この地域では 2011年 4月にマグニチュード 2.3規模の地震,5月にマグ

ニチュード 1.5規模の地震が記録された.規模的には大きなものではない

が,同社は独立した外部の専門家チームに委託した調査報告書を引用し,

「採掘現場の地質に,操業時に注入された水の圧力が加わるという,珍し

い条件が重なったことがこれらの地震の原因だ」と発表した.「地震学の

冒険」1997年 1月号によれば,水圧破砕法で注入された水や液体は岩と

岩の間の摩擦を小さくして滑りやすくする,つまり地震を起こしやすくす

る働きをするとの記述がある.

他の地域の例では,アメリカのケース17)があげられる.アメリカ地質調

査所はアメリカ中部地域ではここ 2, 3年地震が急増しており,その原因

として,シェールオイルと同じ手法で採掘するシェールガス採掘が関係し

ているとの報告がある.それによれば,2000年までの 30年間で米中部地

域での地震活動は年平均 21回であったが,2009 年に 50 回,2010 年 87

回,2011年 134回と急増した.特にシェールガス採掘の盛んなオクラホ

マ州ではマグニチュード 3.0以上の地震は,過去 50年の年間平均 1.2回か

シェールオイル開発の歴史と課題

― 38 ―

Page 15: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

ら 2009年には 25回以上と急増しており,2011年 11月には M 5を超える

観測史上最大級を記録した.同調査所はこのような急増は火山地域以外で

は過去にないことで,ほぼ確実に人工のものであると発表しているが,開

発が地震を引き起こすということになれば今後,大きな課題となっていく

だろう.

第 4節 各国の対応

まず,環境汚染問題に関しては,アメリカがすでに対策を講じている.

日本経済新聞 2012年 1月 31日の朝刊によれば,オバマ米大統領は 2012

年 1月 24日の一般教書演説において,シェールオイルと同様な開発手法

をとるシェールガスの「安全な開発」に向け,あらゆる可能な対策を講じ

ると表明し,公有地で水圧破砕法を使用する場合には,化学物質の情報開

示を義務付ける方針を示した.

さらに州レベルでは,ニューヨーク州,ペンシルベニア州,ウェストバ

ージニア州などで水源周辺など特定区域における水圧破砕法の使用を禁止

または凍結する自治体が増加しているという.テキサス州などはオバマ大

統領の演説にあるように,水圧破砕法で使用する化学物質の情報開示を義

務付けた.

フランスでは,アメリカよりもさらに厳しい規制に動いた.まず,フラ

ンスでは政府が当初,開発には積極的だったが,環境汚染や地球温暖化を

懸念する住民らの抗議活動が活発化し,大統領選挙を控えたサルコジ大統

領は世論に配慮し,2011年 7月,水圧破砕法による石油やガスの探査・

採掘を禁止する法案を成立させた.これでフランス国内で採掘は事実上不

可能になった.

ブルガリアでは,環境汚染などに対する懸念から住民が各地でデモを行

い政府に訴えかけた.その結果,2012年 1月 18日,議会で水圧破砕法に

よるシェールガス探査・採掘を禁じる決議案が可決された.アメリカのシ

シェールオイル開発の歴史と課題

― 39 ―

Page 16: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

ェブロンがすでに開発許可を取っていたが,これも取り消された.

お わ り に

このように世界の中心エネルギーである原油,ガスの勢力地図を塗り替

えようとするシェールオイル革命という言葉が産業界を中心に使用され,

新聞雑誌にも取り上げられるようになってきた.第 3章で指摘した 3つの

課題はいずれも解決が急がれる課題である.今後,このシェールオイル開

発が原油価格変動にどう影響を与えるのかを最後に検討しよう.

2012年 11月 2日の日本経済新聞では,シェールオイルの採掘でアメリ

カの原油生産が前年度比 10%強の増加となったという記事が出ている.

アメリカエネルギー省によれば,シェールオイルの生産量は 2008年で日

量 10万バレルだったものが,2011年には日量 55万バレルと増加し,2020

年には日量 200万バレルと予測されている.この数字は,OPEC 加盟国の

ナイジェリアの生産量に匹敵する.つまり,アメリカは OPEC 加盟国並

みの生産量を有することになる.

さらに,現在のアメリカの中東からの輸入量は 184万バレルであるか

ら,アメリカは 2020年には中東から原油を輸入する必要性がなくなると

いうことである.そうなれば,アメリカの中東政策にも大きな影響がでて

くるであろう.実際に OPEC 自身もこのシェールオイル開発がもたらす

OPEC への影響18)を初めて認めている.そうなれば,これまで,中東問題

は原油価格の変動の大きな要因であったが,アメリカのシェールオイル開

発のみならず,世界的にもシェールオイル開発が順調に進めば,原油価格

がアラブ発のオイルショックや中東戦争などという政治要因による変動を

避けることが可能になる.日本もシェールオイル開発が成功すればリスク

要因が減少することになる.

ただし,そこでの問題はシェールオイル開発はあくまでも開発コストが

シェールオイル開発の歴史と課題

― 40 ―

Page 17: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

高く,現在の時点で,原油価格が 80ドル以上にならないとペイしない開

発である.つまり,コストの高いシェールオイルの開発を進めるためには

原油価格が高止まりする必要がある一方で,シェールオイル生産が商業ベ

ースに乗れば,原油価格は低下する方向に作用し,ひいてはシェールオイ

ル開発への足かせとなってしまう.まさにトレードオフの関係なのであ

る.したがって,シェールオイルの環境問題と地震問題をクリアさせた上

で低コスト開発を進めなければならないというトリレンマに直面している

のである.

注1)日本経済新聞 2012年 1月 17日朝刊2)石油/天然ガス用語辞典 JOGMEC(独立行政法人,石油天然ガス・金属鉱物資源機構)

3)オイルピーク説とは,アメリカの地質学者であるキャンベルとラエレールが1998年に『安い石油がなくなる(The End of Cheap Oil)』(Campbell & Laher-

rere, 1998)という論文の中で,2000年代後半には世界の石油生産量はピークを打つと,石油生産の限界を述べた説である.当時,サイエンティフィック・アメリカン誌に掲載され,話題を呼んだ.

4)国際協力銀行「米国を中心とするオイルシェール開発の現状について」http : //www.jbic.go.jp/ja/report/reference/2006−020/jbic RRJ2006020.pdf

5)EPA program status report, oil shale, c−3

6)James G. Speight,“Handbook of Industrial Hydrocarbon Processes”, Gulf Profes-

sional Publishing(2011), pp.205.

7)桜井紘一「帰ってきたオイルシェール~一世紀にわたる技術開発に飛躍の芽~」http : //oilgas−info.jogmec.go.jp/pdf/0/675/200607_001a.pdf

8)前掲 国際協力銀行http : //www.jbic.go.jp/ja/report/reference/2006−020/jbic_RRJ_2006020.pdf

9)在来型原油というのは,我々がこれまで日常的に使ってきた原油のことであり,例えば,中東の油田からくみ上げた原油をことを言う.それに対して非在来型原油というのは,例えば,カナダのオイルサンドやベネズエラのオリノコ重質油,今回のオイルシェールなど,掘り出したのちに何らかの加工を

シェールオイル開発の歴史と課題

― 41 ―

Page 18: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

加えて原油となるものである.10)OECD 諸国の増加は年率 0.7%に対して,非 OECD 諸国の増加は年率 1.5%

となっている.参照 みずほコーポレート銀行産業調査部資料11)石油開発時報 No.148

http : //www.kelly.t.u−tokyo.ac.jp/˜naganawa/jiho0602s.pdf

12)AOC ホールディングスhttp : //www.aochd.co.jp/

13)市原路子「シェール層開発で復活する石油天然ガス開発大国の米国」http : //

oilgas−info.jogmec.go.jp/pdf/4/4572/201201_039 a.pdf

14)本橋貴行訳 Lucian Pugliaresi, Trisha Curtis「米国ノースダコタ州のシェールオイル The Bakken Boom」http : //oilgas−info.jogmec.go.jp/pdf/4/4526/201111049a.pdf

15)産経ニュース 2012年 7月 6日http : //sankei.jp.msn.com/economy/news/120706/biz12070619140018−n1.htm

16)AFP ニュースhttp : / /www.afpbb. com / article / environment − science − it / environment / 2839065 /

8037510

17)USGS とはアメリカ地質研究所のことである18)ロイターニュース

http : //jp.reuters.com/article/topNews/idJPTJE8A701Z20121108?rpc=188

参考文献“EPA program status report, oil shale”: United States. EPA Oil Shale Research

Group, Denver Research Institute. Chemical Division, United States. EPA Oil

Shale Work Group, United States. Environmental Protection Agency. Office of

Energy, Minerals, and Industry, United States. Environmental Protection Agency.

Office of Environmental Engineering and Technology,(1979)“Handbook of Industrial Hydrocarbon Processes”: James G. Speight, Gulf Profes-

sional Publishing(2011)“Hydrocarbon Exploration and Production(2nd edition)”: Frank Jahn, Mark Cook &

Mark Graham, Elsevier(2008)“Oil Shale : History, Incentives, and Policy”: Anthony Andrews, Congressional Re-

search Service(2006)“Oil Shale Development in the United States : Prospects And Policy Issues”:James

シェールオイル開発の歴史と課題

― 42 ―

Page 19: InfoLib-DBR(Login) - シェールオイル開発の歴史と課題ベルトの大統領命令によって,「National Petroleum and Oil Shale Reserves (NPOSR)」が設立されたのがスタートである.NPOSR

T. Bartis, RAND Corporation(2005)“Shale Oil Production Processes”: James G Speight, Gulf Professional Publishing ;

(2012)AOC ホールディングス資料(アラビア石油,富士石油共同持ち株会社)市原路子「シェール層開発で復活する石油天然ガス開発大国の米国」(JOGMEC

石油天然ガス金属鉱物資源機構,2012年)国際協力銀行「米国を中心とするオイルシェール開発の現状について」(国際協力銀行,2006年)

桜井紘一「帰ってきたオイルシェール~一世紀にわたる技術開発に飛躍の芽~」(JOGMEC 石油天然ガス金属鉱物資源機構,2006年)

石油開発時報 No.148(石油鉱業連盟,2006年)石油/天然ガス用語辞典(JOGMEC,石油天然ガス・金属鉱物資源機構,1986

年)日本経済新聞(2012年 1月他)みずほコーポレート銀行産業調査部資料(みずほコーポレート銀行,2012年)

(2012年 11月 24日受理)

シェールオイル開発の歴史と課題

― 43 ―