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ISSN 1346-9029 研究レポート No.435 December 2016 森林減少抑制による気候変動対策 企業による取り組みの意義 上級研究員 加藤 望

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ISSN 1346-9029

研究レポート

No.435 December 2016

森林減少抑制による気候変動対策

-企業による取り組みの意義-

上級研究員 加藤 望

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「森林減少抑制による気候変動対策 -企業による取り組みの意義-」

上級研究員 加藤 望

[email protected]

<要旨>

2016 年 11 月、2020 年以降の気候変動対策の国際枠組であるパリ協定が発効された。パ

リ協定は、全ての国が温室効果ガスの排出削減に取り組み、世界の平均気温上昇を 2℃未満

に抑制することを目指す。その実現には、森林減少および劣化による二酸化炭素(CO2)排

出を抑制することが不可欠である。森林減少および劣化は、企業活動がその大きな要因と

なっていながら、企業に対策を取るインセンティブを与えるのが困難な問題である。

森林減少および劣化を抑制するための国際的なスキームは二つある。一つは、気候変動

枠組条約の下の「途上国における森林減少・森林劣化に由来する排出の抑制、並びに森林

保全、持続可能な森林経営、森林炭素蓄積の増強(以下、REDD+)」というスキームであ

る。もう一つのアプローチは、サステイナビリティ認証制度である。森林減少防止などに

関する一定の基準を満たした生産物や、それを使用した製品に認証を与える制度である。

REDD+の大きな課題の一つは、企業にビジネス上のメリットをもたらすスキームになっ

ておらず、民間資金を呼び込めない点である。当面は、REDD+による削減量のクレジット

化が主な民間資金源になると考えられる。クレジット売却による利益で REDD+活動を維持

しつつ、森林保全と高付加価値・高品質な食品の生産などの事業の両立を図ることが重要

である。これにより、地域住民の代替生計手段の提供や、その出口となる販路を確立する

ことで、企業が REDD+の持続可能な運営に貢献できる。

認証制度について、パーム油のRSPOを例に取ると、認証取得はパーム油市場で取引する

ための前提条件になりつつある。日本では、消費者による認証油への需要や関心が低く、

商社や小売企業が認証油を調達するメリットは小さい。しかし、サプライチェーン全体を

見ると、安定供給という点で長期的には日本企業のビジネスにもメリットをもたらすと考

えられる。

このように、長期的な供給確保や品質管理などのビジネスメリットを、森林減少抑制の

ための活動に組み込むことで、企業による森林減少抑制への取り組みと CO2 排出削減の拡

大につながることが期待される。

キーワード:気候変動対策、森林減少抑制、REDD+、サステイナビリティ認証、RSPO

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目次

1.はじめに ............................................................................................................................ 1

2.森林減少の背景と影響 ...................................................................................................... 3

2.1 現状と背景 ................................................................................................................. 3

2.2 森林減少による影響と対策 ........................................................................................ 4

3.国際枠組の下での対策:REDD+ ..................................................................................... 5

3.1 REDD+の概要............................................................................................................ 5

3.2 REDD+への民間資金をめぐる課題 ........................................................................... 6

3.3 企業の動向 ................................................................................................................. 7

3.4 企業にとっての意義 ................................................................................................... 9

4. 認証制度を通じた対策:パーム油 .................................................................................. 11

4.1 パーム油生産の概況 .................................................................................................. 11

4.2 持続可能なパーム油認証制度 .................................................................................. 12

4.3 制度の課題と改善の動き ......................................................................................... 14

4.4 企業の動向 ............................................................................................................... 15

4.5 日本企業にとっての意義 ......................................................................................... 16

5.日本企業による森林減少抑制の拡大に向けて ............................................................... 18

参考文献 ............................................................................................................................... 20

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1.はじめに

2015 年 12 月の国連気候変動枠組条約の第 21 回締約国会議(COP21)において、2020

年以降の気候変動対策の国際枠組であるパリ協定が採択され、2016 年 11 月 4 日に発効さ

れた。日本も、発効には間に合わなかったが、同月の 8 日に批准の手続きを完了した。パ

リ協定は、全ての国が温室効果ガスの排出削減に取り組み、世界の平均気温上昇を 2℃未満

に抑制することを目指す画期的な枠組である。今世紀末までに実質排出量をゼロにすると

いう内容も盛り込まれ、脱炭素社会の実現に向けた強いシグナルを発している。温室効果

ガス排出に対する制約も強くなると考えられ、対応の遅れは企業にとってリスクになる。

排出量を減らすための技術やサービス、製品へのニーズは今まで以上に高まり、それらを

扱う企業にとってはビジネス拡大のチャンスが訪れたといえる。

一方、企業活動がその大きな要因となっていながら、企業に対策を取るインセンティブ

を与えるのが困難なのが、森林の減少や劣化による二酸化炭素(CO2)排出である。パーム

油や穀物などの農産物への需要拡大によって、農園開発からは大きな利益が見込めるが、

森林保全からは経済的な利益がもたらされないからである。

この状況への対処として、気候変動枠組条約の下で「途上国における森林減少・森林劣

化に由来する排出の抑制、並びに森林保全、持続可能な森林経営、森林炭素蓄積の増強(以

下、REDD+)」というスキームが構築されている。これは、途上国における森林保全活動

に対して経済的な報酬を与えることにより、森林減少や劣化を抑制する仕組みである。し

かし、報酬をめぐってはその資金源や分配方法について不明確な点が多く、これまでに

REDD+活動に向けた民間資金はあまり動いていない。

別のアプローチとしては、サステイナビリティ認証制度がある。一定の基準を満たした

生産物やそれを使用した製品に認証を与える制度で、森林減少による環境問題や労働環境

などの社会問題の解決に向けて、消費者、NGO、企業が構築した。森林伐採を伴う生産が

問題となっている牛肉、大豆、パーム油などのそれぞれについて存在する。このような制

度の下では、持続可能な製品への需要の高まりや、それに応えようとする企業が対策実施

の中心となりうる。実際に欧米企業は、積極的に認証つきの生産物やその加工製品の生産・

調達・流通を行っている。

日本企業に目を向けると、現状では活発な動きが無い。REDD+については世界的な傾向

と同様、企業による投資は進んでいない。サステイナビリティ認証についても、欧米と比

較して日本企業の動きは目立たない。

本稿では、REDD+とサステイナビリティ認証制度という二つの国際的なスキームについ

て、制度の背景や最新動向を概観し、企業による実施の現状と課題を整理する。なお、認

証制度については、日本がその全量を輸入に頼るパーム油を取り上げる。その上で、それ

ぞれの制度における日本企業にとっての参加・実施の意義について考察する。

パリ協定に盛り込まれた「今世紀末までに排出量ゼロ」は、現状とはかけ離れた姿であ

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るため、今後の気候変動対策においては社会が根本的に変わらなくてはならない。そして、

社会の変革は企業活動の変革に等しいと言っても過言ではない。前述の通り、森林減少お

よび劣化は、企業活動と深く関係しながらも抑制のための取り組みが進まない分野である。

この状況を変えるには、森林伐採を続ける従来の生産方式から、森林保全と企業活動の両

立にシフトする意義が明確であることが必要となる。本稿の目的は、その意義を示すこと

により、企業が森林減少や劣化抑制への取り組みを、将来的なビジネス上のメリットをも

たらすものとして捉え直すことにある。

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2.森林減少の背景と影響

2.1 現状と背景

国連食糧農業機関(FAO)の Forest Resources Assessment Report 2010(2014)によ

れば、森林減少は主に熱帯雨林から農地への転換により起きている。1990~2000 年の間に

は年平均 830 万ヘクタール、2000~2010 年の間には同 520 万ヘクタールの森林が純減し

た。2000~2010 年の森林減少率がその前の 10 年間より改善したのは、森林減少面積が減

ったことに加え、植林などによる森林面積の増加による。特に、中国は 2000 年以降、年平

均 300 万ヘクタールの森林面積増加を報告しており、アジア地域全体での森林面積が増加

する結果となっている。1990~2000 年、2000~2010 年の地域ごとの森林面積の変化を図

表 1 に示す。

図表 1 地域ごとの森林面積変化(年平均、1990~2000 年と 2000~2010 年)

(出所)FAO(2014)に加筆

減少のペースは改善されているものの、途上国の熱帯雨林を中心に、膨大な面積の森林

が毎年失われ続けていることに変わりはない。森林減少の要因は、1960 年代から現在に至

るまで変化している。憂慮する科学者同盟(UCS)の報告書(2011)によると、1960~1980

年代半ばまでは、どの地域においても政府による森林地域での開発推進が主な要因であっ

た。その後は多くの国々で政府による投資が減り、1990 年代からは主に企業による開発が

森林減少の要因となった。都市部や国外における農産物や原材料に対する需要の高まりに

対応すべく、森林伐採とプランテーションを行ったためである。地域によって集中的に生

アフリカ アジア

オセアニア

欧州

南米

北米・中米

(千 ha/年)

純増加

純減少

1百万 ha/年

尺度

-4,213 -3,997

-4,067

-3,414

877 676

-595

2,235

-41

-700

-289 -10

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産されたものは異なり、ラテンアメリカでは大豆・牛肉、インドネシア・マレーシアでは

パーム油、東南アジアでは材木、アフリカでは都市部で消費される木炭が主であった。

2.2 森林減少による影響と対策

森林は炭素や水の循環、土壌、生態系、地域住民の生活において重要な役割を持ってい

る。森林減少によってこれらの機能が失われると、深刻な問題を引き起こす(図表 2)。

図表 2 森林減少により起きる問題

森林の機能 森林減少により起きる問題

炭素吸収 温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)の排出

(火災による消失の場合は大気汚染も伴う)

水源涵養 水循環の変化による洪水や干ばつ

土壌保持 土壌の流出・肥沃性の喪失

動植物の生育・生息地 生物多様性の喪失

地域住民の生業や居住の場 地域住民のコミュニティや生計手段の喪失

(出所)世界自然保護基金(WWF)ウェブサイト1をもとに富士通総研作成

森林減少を抑制し、これらの問題を回避すべきという議論は長らくされてきたが、パリ

協定の採択・発効により、森林減少の抑制は特に排出削減手段の一つとして改めて注目さ

れている。森林、特に熱帯雨林は地球の炭素循環において重要な役割を果たしている。気

候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第五次評価報告書(2013-2014)によれば、2000

~2009 年に排出された温室効果ガスのうち、森林減少および劣化によるものは 12%を占め

る。よって、パリ協定に盛り込まれた「2℃未満」とそれに必要な「今世紀末までに排出量

ゼロ」の達成には、エネルギー起源の温室効果ガス排出削減に加えて、森林減少および劣

化への対策も非常に重要である。

前述の通り、森林減少および劣化を抑制するための国際的なスキームは二つある。どち

らのスキームにおいても、森林伐採への大きな圧力を作り出している企業活動に、どのよ

うなメリットをもたらすかが非常に重要である。以下ではそれぞれのスキームについて、

企業が参加するインセンティブやメリットという点における課題を整理した上で、日本企

業による参加の意義を考察する。

1(http://www.worldwildlife.org/threats/deforestation)2016 年 10 月 29 日にアクセス

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3.国際枠組の下での対策:REDD+

3.1 REDD+の概要

途上国での森林減少および劣化からの温室効果ガス排出量の削減(REDD)に関しては、

2005 年に気候変動枠組条約における議論が始まった。2007 年以降は森林炭素ストックの保

全と強化、森林の持続可能な管理などの活動も加えて議論が行われ、2010 年に「途上国に

おける森林減少・森林劣化に由来する排出の抑制、ならびに森林保全、持続可能な森林経

営、森林炭素蓄積の増強(REDD+)」として扱われるようになった。このスキームの狙い

は、経済的な報酬というインセンティブによって、途上国における森林の他の土地利用へ

の転換を抑制し、排出削減を促すことである。

2013 年の締約国会議(COP19)では、REDD+の基本的な枠組が決められ2、現在は 2020

年以降の実施に向けて、資金面や技術的詳細に関する交渉が続けられている。基本的な方

針の一つとして、2020 年以降の REDD+活動は、国または準国単位で行われることになっ

ている。国全体での取り組みを重視する理由は、統治権の問題に加え、政策的枠組みの変

化を通じてより効果的な森林保全が期待できるからである(Angelsen 他、2012)。一方、

2020 年までは、自主的な取り組みとしてプロジェクト単位での REDD+活動の実施が進め

られている。

REDD+活動を行っても、別の場所で森林伐採が行われるなどして、排出削減の効果を失

うリスクもある。また、保全対象となる森林で居住したり、生計を立てるための生産・採

取を行ったりしていた地域住民が生活の場を失うなど、社会的な弊害を生む可能性もある。

このようなことが起きるのを未然に防ぐ目的で、REDD+活動の実施の際に配慮しなければ

ならない「セーフガード(予防措置)」が定められている(図表 3)。各項目について、どの

ような配慮や対処を行ったのか、各国が定期的に情報を提供することが決められ、現在は

情報提供システムの構築が行われているところである。

2 「国家森林モニタリングシステム」、「セーフガードに関する情報提供システム」、「参照排出レベル/

参照レベルの技術評価」、「測定・報告・検証(MRV)」、「森林減少・劣化の要因への対処」、「成果に

基づく資金供与」、「支援の調整」の七つの項目に関する基本的なルールが決定した。

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図表 3 REDD+のセーフガード

内容 分類

(a) 国家森林プログラムや関連する国際条約及び国際合意を

補完し、かつ一貫性を保った活動を促進・支援すること

森林ガバナンス

(b) ホスト国の法令及び主権を踏まえ、透明かつ効果的な国家

森林ガバナンスを促進・支援すること

(c) 先住民や地域住民の知見や権利、関連する国際的な義務、

各国の状況や法制度を考慮し、さらに UNDRIP(先住民族

の諸権利に関する国連宣言)の尊重を促進・支援すること

社会

(d) 利害関係者(特に先住民や地域住民)の効率的な参加を支

援すること

(e) 天然林の保全及び生物多様性保全と一貫性を保ち、天然林

を転換せず、天然林及び生態系サービスの保護・保全に関

するインセンティブを付与し、さらに社会・環境的便益の

増強となるような行動を促進・支援すること

環境・社会

(f) 反転(結果的に一時的に排出削減・吸収しただけ)が起こ

らない活動を促進・支援すること

気候

(g) 排出の移転(Displacement)を抑制する活動を促進・支援

すること

(出所)森林総合研究所(2012)

3.2 REDD+への民間資金をめぐる課題

REDD+は、「非常に費用対効果の高い削減方法」(Stern, 2006)と評価され、排出削減

の手段として理論的には有望と考えられてきた。しかし、実施段階では様々な問題に直面

している。最大の問題は、資金不足である。REDD+への資金の大半は公的資金、特に政府

開発援助(ODA)に依存している。公的資金を巡る問題も多く存在する3が、ここでは企業

による支出である民間資金に焦点をあてる。

民間資金は、2009~2014 年の間に REDD+に拠出されたファイナンス計約 40 億ドルの

うち僅か 10%に留まり、残りは公的資金である(Forest Trends, 2015)。REDD+に対す

る経済的な報酬が発生するのは、一定期間の森林減少および劣化の抑制が確認された後で

あるため、それまでの間は見返りなく費用負担をしなければならない。REDD+への民間資

金の流れを拡大するには、少なくとも報酬に関する予見性の向上が求められる。

現状で民間資金源として期待されているのは、REDD+による温室効果ガス削減量に対し

て発行され、市場で取引されて利益を生む削減クレジットである。現在行われているプロ

ジェクト単位での REDD+は、そのほとんどが Verified Carbon Standard(VCS)という

制度の下でクレジット発行を目指すものである。VCS は、企業などが自主的に排出削減に

3 公的資金については、削減ポテンシャルが大きな国への偏り、中継機関の能力不足による資金運用の遅

れ、ステークホルダーの多さ・多様さによって調整に大きな費用が発生することなどの問題が指摘されて

いる。

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取り組む際、それをクレジット購入によって行う場合に使われるオフセット・クレジット

の認証制度の一つである。

しかし、クレジット化を巡る課題もある。まず、クレジットに対する需要が確保されて

いなければ収入が見込めない。VCS 制度の下で発行された REDD+クレジットは世界中で

利用されているが、自主的オフセットが作り出す市場規模には限界がある。二つ目に、森

林減少および劣化の抑制による排出削減には不確実性が伴う。ある場所で森林を保全する

ことで別の場所の森林が伐採されたり(移転)、減少および劣化防止に成功した森林が、自

然災害や人間の活動によって失われたりする(反転)可能性がその主な例である。仮に、

REDD+クレジットが削減目標の達成に利用され、その後で移転や反転が起こると、排出量

は結局増加してしまうことになる。三つ目に、削減義務を課せられた主体によるエネルギ

ー分野等での取り組みが進まなくなる可能性がある。つまり、REDD+クレジットによるオ

フセットが可能になることで、自らの排出削減努力を怠ってしまうことが懸念されている。

REDD+クレジットをめぐる様々な懸念をクリアできれば、自主的オフセット向け以外に

もクレジットを売ることができるようになり、企業による投資の拡大が期待できる。反転

や移転の予防は、前述のセーフガード項目にも含まれているが、具体的な対策や手段は各

国に任されている。これらは完全に防止することが困難な問題であるが、モニタリング技

術の向上によって、土地利用変化の監視とクレジットの取り消しを適切に行うことは可能

である。REDD+への民間資金源として、当面はクレジット以外の主な手段が無い中で、ク

レジットの信頼性をいかに上げていくかが重要となる。

3.3 企業の動向

現状では、企業が REDD+に投資するインセンティブが乏しい中、どのくらいの企業が、

どのような動機で REDD+活動を実施しているのだろうか。

海外企業による REDD+プロジェクトは、そのほとんどが前述の VCS 制度の下で実施さ

れている。合計 138 件の登録プロジェクトがあり、新興国および途上国、特に中南米やア

フリカ諸国におけるプロジェクトが多い(図表 4)。プロジェクト開発企業は、温室効果ガ

ス排出削減を含む環境問題に関する対策や、環境規制の遵守を支援するビジネスを行って

いる場合が多い。その一つの手段として、REDD+の排出削減プロジェクトを実施し、顧客

に削減クレジットを供給するものと考えられる。

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図表 4 VSC の REDD+プロジェクトの国別内訳(2016 年 10 月現在)

プロジェクト件数:138 件

(出所)VCS データベース4をもとに富士通総研作成

日本の場合は、VCS 制度の下でプロジェクト開発をしている企業は無い。その代わりに、

日本政府が独自に構築した二国間クレジット制度(JCM)5の下での実施を目指し、幾つか

のプロジェクトが開発中である(図表 5)。しかし、現時点で、日本が国の削減目標達成に

JCM クレジットを利用するのかどうか、利用する場合はどのくらいの量を充てるかについ

ては明確にされていない。よって、日本企業が JCM の下で実施している REDD+プロジェ

クトが、どこからどの程度の収入を得られるのかは不明である。実施企業は、不確実性は

あるものの国が構築した制度であるJCMから将来的に収入がもたらされることを期待して、

プロジェクトを開始したとみられる。

総じて、国内外どちらの場合も、企業が利益を期待できるのは現状ではクレジットのみ

で、それ以外にプロジェクト開発の動機となる明確なメリットはまだ無いと考えられる。

4(http://www.vcsprojectdatabase.org/)2016 年 11 月 20 日にアクセス 5 JCM は、日本の技術によって途上国での温室効果ガス排出削減を行い、測定・報告・検証を経て発行さ

れたクレジットを日本の削減目標達成に活用する仕組みである。ただし、日本が国連気候変動枠組条約に

提出した約束草案では、「JCM については、(2030 年の)温室効果ガス削減目標積み上げの基礎としてい

ないが、日本として獲得した海外の排出削減・吸収量は日本の削減としてカウントする。」とされている。

ブラジル 11%

コロンビア 10%

ペルー 10%

ケニア 8%

ウガンダ 6%

米国 6%

その他アフリカ 16%

その他中南米 17%

その他アジア 11%

その他オセアニ

ア・北米 5%

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図表 5 JCM の下での実施を目指す REDD+プロジェクト(開発中)

プロジェクト名(注) 実施団体 実施国 プロジェクト概要

インドネシア・ボアレ

モ県における焼畑耕

作の抑制による

REDD+プロジェクト

兼松(株)、インドネシア

現地政府

インドネシア 良質なカカオへの転

作によるトウモロコ

シの焼畑耕作が原因

の森林減少の抑制

ラオス・ルアンパバー

ン県における焼畑耕

作の抑制による

REDD+プロジェクト

早稲田大学、丸紅(株)、

三菱 UFJ リサーチ&コン

サルティング(株)、(一社)

日本森林技術協会、ラオス

国立農林業研究所

ラオス 焼畑耕作が原因の森

林減少の抑制。

情報通信技術を活用

した REDD+事業実

施の効率化

日本電気株式会社(NEC)、

三菱総合研究所(MRI)な

インドネシア オランウータン生息

地における植林と森

林保全

(出所)REDD+プラットフォーム ウェブサイト6をもとに富士通総研作成

(注)「二国間クレジット制度(JCM)を利用した REDD+プロジェクト補助事業」または「JCM(二国

間クレジット制度)実現可能性等調査」に採択された際のプロジェクト名。

3.4 企業にとっての意義

以上で述べてきたように、現状では REDD+のスキームに企業がビジネス上のメリットを

もたらすものになっておらず、民間資金を呼び込むことは難しい。一方で、その状況を変

える可能性のある動きも出てきた。

2016 年 10 月に開催された国際民間航空機関(ICAO)の総会では、REDD+に大きな影

響を与えうる方針が示された。既に導入が決まっていた国際航空分野の排出量規制の遵守

手段として、市場メカニズムに基づく削減の仕組みを導入することが決定したのである。

つまり、国際便を提供している航空会社が、自らの削減努力のみでは規制を守れない場合、

不足分の削減クレジットを購入してもよいことになる。利用できる削減クレジットには一

定の基準を設ける方針(ICAO, 2016)で、REDD+クレジットが航空分野のオフセットに

認められるかどうかは未定である。REDD+クレジットをめぐる課題が解決される見通しが

立ち、利用が認められた場合は、REDD+クレジットに対する一定の需要が見込めるように

なる。その結果、REDD+への投資拡大が期待できる。

REDD+への投資拡大が実現した場合、セーフガードの遵守とビジネスとの関連付けが、

企業と REDD+スキームの将来の両方にとって重要となる。高付加価値・高品質な食品の生

産や、特定の製品の原材料となる素材の生産などが、その例として挙げられる。このよう

な例は企業イメージ向上のための取り組みとして捉えられがちであるが、サプライチェー

ンおよび品質の管理の手段としてもたらされる利点も大きい。付加価値を高めるための栽

6 (http://www.reddplus-platform.jp/jirei/) 2016 年 10 月 29 日にアクセス

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培技術や方法の指導、販路の確保など、サプライチェーン全体について企業がノウハウの

確立や提携先の特定をすることで、高品質で環境・社会に配慮した製品や生産物を安定供

給することができる。

現在行われているプロジェクト単位での REDD+活動では、付随する生産活動も規模は小

さく、大きなビジネスとしての期待はできないかもしれない。しかし、将来的に REDD+

が国や準国レベルというより大きなスケールで行われる場合には、地域住民への様々な代

替生計手段の提供や、その出口となる販路が必要となる。それまでに、個々の企業が各プ

ロジェクトをクレジット収入によって維持しながら、森林保全と生産活動の両立を図って

いくことは、REDD+の持続可能な運営にとって重要である。

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11

インド 16%

インドネシア 14%

EU 11%

中国 8%

マレーシア 5%

パキスタン 5%

タイ 4%

ナイジェリア 3%

エジプト 2%

バングラデ

シュ2%

その他 30%

4. 認証制度を通じた対策:パーム油

4.1 パーム油生産の概況

森林、特に熱帯雨林減少の一つの要因となっているのが、パーム油の原料となるアブラ

ヤシのプランテーションである。パーム油は、世界中で食用だけでなく洗剤などさまざま

な用途に使われている。アブラヤシは、赤道から緯度±10 度の範囲に育つ。非常に成長が早

く、一年を通じて果実を収穫できるため、パーム油は他の植物油と比べて単位面積当たり

の生産量が高い7。植物油の生産量の中ではパーム油が最も多く、全体の 3 割強を占める8。

2015 年については、総生産量は約 59 百万トンであった。インドネシアとマレーシアが主

なパーム油の生産国であり、この生産量上位 2 カ国だけで全体の 8 割を超える9。

生産効率が高く安価で、加工および混合して様々な製品にしやすい植物油として、パー

ム油の重要性はさらに増すと考えられる。特に、単位面積当たりの生産量が高いことから、

人口増加が著しい途上国の食用油へのニーズを満たすことが期待されている。2015年の消

費量は、欧州連合を除き上位10カ国の全てが新興国または途上国である。そのうち、主要

な生産国であるインドネシアとマレーシアを除く国が輸入量でも上位を占める(図表6)。

図表6 パーム油消費量および輸入量の国別内訳

(出所)USDA(2016)10をもとに富士通総研作成

7 Green Palm ウェブサイト(http://greenpalm.org/)によれば、土地 1 ヘクタール当たりパーム油は 3.74

トン/年生産できる。パーム油以外の主な植物油では、菜種油、ヒマワリ油、大豆油でそれぞれ同 0.67 トン

/年、0.48 トン/年、0.38 トン/年である。 8 ISTA Mielke 社「Oil World」2014 年データ 9 米国農務省(USDA)(2016)「Oilseeds: World Markets and Trade」

(http://usda.mannlib.cornell.edu/MannUsda/viewDocumentInfo.do?documentID=1490) 10 同上

インド 21%

EU 15%

中国 11%

パキスタン 7%

エジプト 3%

バングラデ

シュ3%

米国 3%

ミャンマー 2%

マレーシア 2%

ロシア 2%

その他 31%

消費量(2015年、計60.3百万トン)

輸入量(2015年、計43.8百万トン)

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実際に、食用にするパーム油への需要は急拡大しており、2050年には約77百万トンに増

加するという予測もある11。生産量については、1980年から2013年に既に10倍に増えてお

り、さらに2050年には50%増加すると予想されている12。パーム油の生産拡大により、熱

帯雨林が今後さらに伐採されることを懸念する声もある。

アブラヤシの生産は大企業による大規模プランテーションだけでなく、「スモールホルダ

ー(smallholder)」と呼ばれる小規模農家(以下、小農)によっても行われている。特にイ

ンドネシアでは小農による生産量が多く、農園の 41%が小農の所有で、2008 年には 6.6 百

万トンのパーム油を生産した(World Growth, 2011)。大企業が農園、搾油工場、加工工場

を含むサプライチェーンを全て所有・管理し、原料から製品まで一貫して生産するのに対

し、小農は大手企業と契約してアブラヤシを納品するか、または独立してアブラヤシを生

産している。

4.2 持続可能なパーム油認証制度

アブラヤシの分布域には広大な熱帯雨林が含まれる。そのため、大企業および小農のア

ブラヤシプランテーションに伴い、熱帯雨林が伐採や焼畑によって失われてきた。

また、泥炭地における開発は特に環境への負荷が大きい。インドネシアのアブラヤシの4

分の1は、かつて泥炭地であった場所で栽培されている。パーム油1トンの生産に必要なア

ブラヤシ栽培からは、泥炭の分解によって炭素が平均20トン排出される(Wetland

International, 2006)ともいわれている。パーム油の生産量の拡大とともに熱帯雨林の減少

による問題が顕在化し、その要因としてアブラヤシが注目されるようになった。

NGOは、特にその影響が大きいとして、企業主導の大規模アブラヤシプランテーション

を告発してきた(FoE他, 2008)。欧米では、NGOや市民団体を中心に消費者によるパー

ム油製品のボイコットキャンペーンも行われた(WWFジャパン, 2013)。そして、持続可

能な生産方式で生産されたパーム油への需要に応え、市場を変革することを目的に、「持

続可能なパーム油生産のための円卓会議(RSPO: Roundtable on Sustainable Palm Oil)」

が2007年に設立された。RSPOは、持続可能なパーム油生産のための原則・基準を策定し、

それが遵守されたパーム油に認証を与える。原則・基準は5年おきに見直され、現在は2013

年4月に承認された8つとなっている(図表7)。

11 RSPO ウェブサイト(www.rspo.org/)2016 年 10 月 29 日にアクセス 12 Green Palm ウェブサイト(http://greenpalm.org/)2016 年 10 月 29 日にアクセス

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図表7 RSPOにおける原則・基準

1 透明性へのコミットメント

2 適用法令と規則の遵守

3 長期的な経済・財政的実施可能性へのコミットメント

4 生産者、搾油工場の適切なベストプラクティス

5 環境への責任と自然資源、生物多様性の保全

6 農園・搾油工場労働者、影響を受ける地域社会への責任ある対応

7 責任ある新規農園開発

8 継続的改善へのコミットメント

(出所)RSPOウェブサイト

企業が、RSPO認証を受けたパーム油を調達している、または製品に使用していると対外

的に主張するためには、まずRSPOの会員となる必要がある。そして、農園・搾油工場の「原

則と基準」(P&C : Principles & Criteria)認証と、搾油工場よりも下流のサプライチェー

ン認証(Supply Chain Certification: SCC)を取らなくてはならない(図表8)。これらの

認証は、第三者機関によって審査される。農園まで所有してパーム油の生産、加工、小売

を行う企業はP&C認証とSCC認証の両方を取得する必要がある。パーム油を輸入する商社

や、輸入パーム油を原料に油の加工や製品の生産および小売を行う企業は、SCC認証のみ

を取得する。

図表8 RSPO認証の概要

(出所)WWFジャパン ウェブサイト13

13 (http://www.wwf.or.jp/activities/2013/08/1153616.html) 2016 年 10 月 29 日にアクセス

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RSPO 認証を得た企業が違反をした場合は、関連する情報が全て公開される。企業が認

証基準を守っていないなどの疑いがある場合、団体や個人が RSPO に対して苦情を申し立

てることが可能で、それが事実であれば認証が止められる。企業は改善計画を出し、基準

を満たすようになったことが認められるまでは、認証油として供給を契約していた分は出

荷を止めなければならない14。苦情の内容や、苦情を受けた企業がその後どのような対応を

行っているかなどの公開情報は、需要側にとっての企業の評価材料となりうる。

2013 年からは、RSPO の認証機関の認定が、持続可能性に関する基準およびイニシアチ

ブの品質保証を担う Accreditation Services International (ASI)によって本格的に行わ

れるようになった15。これにより、ASI が認定機関となっている森林管理協議会(FSC:

Forest Stewardship Council)や 海洋管理協議(MSC: The Marine Stewardship Council)

と並び、RSPO が先進的な国際サステイナビリティ認証制度として位置づけられたといえ

る。第三者機関である ASI が国際的な基準にしたがって認証機関を評価することにより、

認証機関の公平性や能力を証明し、消費者や供給者、調達者による制度への信頼を確保す

ることにつながる。一方で、RSPO の運用においては様々な問題も明らかになっている。

4.3 制度の課題と改善の動き

RSPO 制度の実効性について懸念する声も多い。RSPO においては、新規農園開発に関

して、手付かずの森林や保護価値のある地域での開発はしないことなど「責任ある新規農

園開発」が求められている。しかし、二次林については自然保護上や地域住民にとっての

重要性が低いと判断されれば、開発が可能である。また、基準の違反をしている農園にも

認証機関が認証を与えてしまう不正監査や、認証を取得しても RSPO の基準に従わずに生

産を行う企業の存在などの問題(Greenpeace, 2013)も指摘されていた。

このような状況から、運用の改善と基準の厳格化を求める声と、それに応じる動きが出

てきている。前述の ASI による認証機関の質の向上は、運用改善への取り組みの一環とい

える。基準の厳格化については、RSPO の現行基準を上回る認証の仕組みが構築されてい

る。「RSPO Next」は、既に RSPO 会員である企業16が、自主的に RSPO 基準を上回る取

り組みを行う場合の認証として作られた。生産に関しては図表 9 に示す 6 つの指標が作ら

れ、各指標についての基準が満たされているかを RSPO 認証機関が審査する。

サプライチェーン側については、現在は RSPO Next クレジットを購入するという形での

み、参加が可能である。しかし、Next 基準の生産者への支援を進めるため、同等の努力も

強く求められており、サプライチェーン向けの RSPO Next 認証の構築も検討されている。

14 実際、マレーシアの企業 IOI が出荷停止になっている。 15 ASI は、独立した第三者認定機関として、林業、漁業、養殖業、パーム油、自然保護区、観光業、バイ

オ燃料の分野における自主的な社会および環境基準の十全性を保証する役割を果たす。

ASI ウェブサイト(http://www.accreditation-services.com/) 2016 年 10 月 29 日にアクセス 16 既に、自社の 60%以上の農園で RSPO の基準を満たしていることが条件となる。

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15

図表 9 RSPO の「原則と基準(P&C)」と RSPO Next の指標との主な違い

指標 P&C における関連基準 RSPO Next における基準

森林伐採を伴わ

ない

・ 原生林や保護価値の高い森林

伐採の禁止

・ 森林破壊をしないという公約

の義務

・ 炭素貯留量の小さな場所での

開発と保全地域の特定・管理

火の使用を伴わ

ない、火災を起こ

さない

・ 開墾を目的とした火の使用の

禁止

・ 農園とその周辺における火災

の予防、監視、対応の計画およ

び手順の整備義務

泥炭地での栽培

を伴わない

・ 泥炭地における植林の回避 ・ 全ての泥炭地における植林の

禁止

温室効果ガス排

出量の削減

・ 新規農園開発における温室効

果ガス排出の抑制

・ 全施設にわたる温室効果ガス

排出の監視、管理、削減に関す

る年次報告の公開

人権の尊重 ・ 労働者の権利の尊重

・ 特定の場合を除くパラコート

17の使用禁止

・ 労働者と合意できる条件適用

・ 小農の支援

・ パラコートの使用禁止

透明性 - ・ 全てのパーム油の生産農園の

特定

(出所)RSPO ウェブサイトをもとに富士通総研作成

4.4 企業の動向

大規模プランテーションによって森林減少に強い影響を及ぼしてきた企業は、従来の生

産形式から脱却する姿勢を明確に示し始めた。これまでに数百もの企業が、サプライチェ

ーンに含まれる生産物に起因する森林伐採を、2020 年までに無くす目標を掲げている18。

参加企業には、カーギル、ネスレ、ケロッグ、マクドナルド、ユニリーバなどが含まれ、

パーム油取引量の合計は世界全体の 9 割を超える。既に認証油を調達・使用している企業

も多く、目標達成に向けて、認証油の割合を増やしていくことが予想される。

インドに次いでパーム油輸入量の多い欧州 27 カ国は、2020 年には輸入するパーム油を

100%RSPO 認証油にする目標を掲げている。欧州では認証油の調達を促す政策の下、多く

の企業が認証油の調達・使用を行っている。食用とほぼ同じ量のパーム油がバイオ燃料の

原料として使用されているため19、これらが全て認証油となった場合は、欧州企業がパーム

17 除草剤の一種。欧州では使用が禁止されている。 18 Rainforest Alliance ウェブサイト

(https://thefrogbusinessblog.org/2015/10/08/business-on-the-front-lines-in-the-fight-against-deforestati

on/) 2016 年 10 月 29 日にアクセス 19 Sustainable Palm Oil Transparency Toolkit (SPOTT)ウェブサイト

(http://www.sustainablepalmoil.org/europe/) 2016 年 10 月 29 日にアクセス

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油市場にこれまで以上の大きな影響を与えることになる。

需要が拡大する新興国でも、持続可能なパーム油が流通する兆しが現れている。NGO の

WWF と中国の小売業界団体とのパートナーシップによって、中国における持続可能な生産

と消費をめざすCSRR(China Sustainable Retail Roundtable)が 2013年に構築された20。

2016 年 3 月には、RSPO が CSRR の会合へのオブザーバー参加を始め、8 月には参加企業

の一つである小売チェーン、シティショップの店舗で認証油のプロモーションを兼ねた販

売が行われた21。今後も、RSPO と CSRR との連携によって中国の小売業が認証油の調達

や製品の販売を増やすと見られる。

日本については、アブラヤシ農園を所有する企業は無く、サプライチェーン認証を取得

して、生産における S&C 認証を受けたパーム油を調達するのが主な形と考えられる。現在

パーム油の輸入を行う商社や、パーム油の加工や製品の生産および販売を行う企業、合計

30 社が RSPO 会員となっている。サラヤやライオンなど、既にサプライチェーン認証も取

得し、認証油調達方針や調達目標を策定している企業もある。一方で、日本では認証パー

ム油を原料とした製品に対する消費者の関心や需要が非常に低い。よって、日本企業が国

内市場に向けて認証パーム油を使用する強いインセンティブがなく、調達量が伸びないの

が現状である。

4.5 日本企業にとっての意義

課題は残るものの、RSPO認証制度の国際的な信頼度は上がり、認証取得はパーム油市場

で取引するための前提条件になりつつある。多くの日本の関連企業も、このような国際的

動向に沿って既にサプライチェーン認証を取得している。問題は、需要や関心の低い認証

油の調達が、日本企業にメリットをもたらすかどうかである。国内市場への供給という部

分のみを見れば、商社や小売企業が認証油を調達するメリットは小さいことは前に述べた

とおりである。

では、パーム油製品のサプライチェーン全体を見渡した場合はどうだろうか。パーム油

製品を販売する欧米の大手企業には、アブラヤシ農園を所有して原料の生産まで管理して

いるところも多い。その場合は、生産におけるP&C認証の取得による経営上の恩恵もある。

具体的には、認証基準の一つである生産段階でのベストプラクティスの適用による生産効

率(単位面積当たりの生産量)向上が挙げられる。さらに、搾油工場にアブラヤシを運び

込む小農にもP&C認証を取得してもらうことで、自社農園以外での生産管理とアブラヤシ

供給量の確保ができる。

日本企業はアブラヤシ農園を所有していないため、これらの恩恵を直接受けられるわけ

20 WWF ウェブサイト

(http://wwf.panda.org/what_we_do/how_we_work/our_global_goals/markets/better_production_for_a_li

ving_planet/china_sustainable_retail_.cfm) 2016 年 10 月 29 日にアクセス 21 RSPO ウェブサイト

(http://www.rspo.org/news-and-events/news/chinese-consumers-get-a-romantic-taste-of-sustainable-pa

lm-oil) 2016 年 10 月 29 日にアクセス

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ではない。しかし、P&C認証を受けた農園で生産されたパーム油の調達は、以下の理由で、

長期的には安定供給という点で日本企業のビジネスにもメリットをもたらすと考えられる。

パーム油への需要が伸びているのは、途上国や新興国であるが、市場に影響力を持つの

はパーム油を大量に使用するグローバル企業である。それらの企業の多くは欧米企業で、

前述の通り、国の政策または自らの方針により認証油 100%の調達を目指している。これら

の企業が認証なしの油を使わなくなれば、サプライチェーン全体に影響が及び、認証を受

けずに生産をする農園や搾油および加工工場も減ると考えられる。

また、生産を取り巻く将来的な変化に対応しやすいのも認証油である。P&C 認証の基準

を満たすためには、企業または提携する NGO などがアブラヤシ栽培者に対して指導を行う。

その際、生産効率の向上だけでなく、様々なリスクによる影響を軽減するための栽培およ

び管理方法を盛り込むことも可能である。例えば、増加する極端な気象への対応策や回復

策、肥料など価格変動が大きな資材の使用量削減などである。このように、原料生産には

関わらないが、認証油のサプライチェーンの一部となることで、日本企業も恩恵を得るこ

とができる。

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5.日本企業による森林減少抑制の拡大に向けて

以上のように、日本企業にとっては、REDD+スキームであれ認証制度であれ、森林減少

抑制の活動によるメリットは、長期的な視点に立たなければ見えにくいものである。一方、

今後は温室効果ガス排出の要因としても、それ以外の環境や社会面での問題の要因として

も、企業による森林減少や劣化に対する制約は厳しくなると考えられる。メリットだけで

はなく、このようなリスクへの対応手段の一つとして捉えれば、日本企業が森林減少抑制

に向けた制度を活用することに短期的な意義も出てくる。

欧米では、製品の生産過程において環境や社会面での問題を起こしていることが判明し

た場合、その製品を扱う企業に対する NGO や消費者による批判が、大きなビジネスリスク

となる。一方日本では、消費者の関心が低いため、今後もこのようなリスクが製品の流通

に影響する見込みは小さい。しかし、日本市場の動向に関わらず、森林伐採を伴う生産物

が徐々に世界の市場に受け入れられなくなっており、その影響が日本にも及ぶ可能性はあ

る。

市場に受け入れられる製品とそうでない製品を区別する手段としては、サステイナビリ

ティ認証が最も利用しやすいと考えられる。その場合、認証付きの製品の供給ができなけ

れば、市場を失うことになる。パーム油の例のように、既に新興国でも認証付き製品への

認知度は高まりつつある。仮に、最大の需要家である新興国で、認証付き製品の流通促進

政策や一定割合の流通の義務付けなどが導入されれば、本格的に認証付き製品がグローバ

ルスタンダードとなるだろう。

REDD+においても、需要側の森林減少の要因に対する規制導入へのプレッシャーがか

かり始めている。森林減少を防止するために重要な、需要側からの視点が欠けていること

が指摘されているのである。Climate Action Network などの国際 NGO は、農産物、バイ

オ燃料、木材、鉱物などへの国際的な需要に起因する森林への開発圧力を最小化しなけれ

ば、REDD+スキームが効果を発揮しないのではと懸念している22。そして、生産過程の透

明性確保の推進や、森林開発を伴わない生産物調達への資金補助などの政策手段を導入す

ることを提案している。さらに、既に違法木材の輸入を禁じている米国や欧州の例を挙げ、

REDD+の成功にはこのような政策が早急に必要だとしている。現実的には、気候変動対策

枠組の下で、各国に特定の政策導入を義務付けることは難しいと見られる。しかし、森林

減少の原因となった生産物を識別し市場から排除しようとする圧力が、国際的に強まって

いることをこの提案が示している。

本稿で取り上げたパーム油をはじめ、日本企業が調達する生産物が世界市場に占める割

合は、決して大きくはない。しかし、これまで述べてきた通り、森林減少抑制への取り組

みが供給側と需要側の両方に求められつつあり、この動きは影響力の程度を問わず広がっ

22 Climate Action Network-International による 2012 年 2 月 20 日付の気候変動枠組条約事務局に対する

サブミッション “Submission on how to address drivers of forest degradation and deforestation”

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ていくと考えられる。REDD+活動を通じた森林伐採の抑制や、認証付き生産物の調達は、

このような状況下で日本企業がビジネスを持続するための前提条件となりうる。気候変動

対策に関しては、パリ協定が目指す「2℃目標」を達成するためあらゆる手段を取る必要が

ある中で、REDD+活動の実施も検討に値する。いずれの場合も、排出削減のみならず、長

期的な調達確保や新たな生産活動によるビジネス開拓等のメリットを組み込むことで、企

業が森林減少抑制による排出削減に重要な役割を果たすことが期待される。

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参考文献

・ 国連食糧農業機関(FAO)(2014)「Forest Resources Assessment Report 2010」

・ 憂慮する科学者同盟(UCS) (2011) 「The Root of the Problem – what is driving

tropical deforestation today?」

・ 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)(2013-2014)「第五次評価報告書」

・ 森林総合研究所(2012)「REDD-plus COOKBOOK – How to Measure and Monitor

Forest Carbon – 」

・ Stern, N. (2006) 「The economics of climate change: The Stern review」Cambridge

Univ. Press, Cambridge.

・ Forest Trends (2015)「REDD+ Finance Flows 2009-2014」

・ Angelsen 他 (2012)「REDD+を解析する -課題と選択肢-」

・ 国際民間航空機関 (ICAO)(2016)ワーキングペーパー「Consolidated statement of

continuing ICAO policies and practices related to environmental protection – global

market-based measure (MBM) scheme」

・ World Growth (2011) 「The Economic Benefit of Palm Oil to Indonesia」

・ Wetland International (2006)「Peatland degradation fuels climate change: An

unrecognised and alarming source of greenhouse gases」

・ Friends of Earth (FoE) 他 (2008) 「Losing ground: The human rights impacts of oil

palm plantation expansion in Indonesia」

・ WWF(世界自然保護基金)ジャパン(2013)「持続可能なパーム油の調達と RSPO」

・ Greenpeace(2013)「Certifying the Destruction - Why consumer companies need to

go beyond the RSPO to stop forest destruction」

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研究レポート一覧

No.435 森林減少抑制による気候変動対策 -企業による取り組みの意義-

加藤 望(2016年12月)

No.434 ICTによる津波避難の最適化 -社会安全の共創に関する試論-

上田 遼(2016年11月)

No.433 所有者不明の土地が提起する問題 -除却費用の事前徴収と利用権管理の必要性-

米山 秀隆(2016年10月)

No.432 ネット時代における中国の消費拡大の可能性について 金 堅敏 (2016年7月)

No.431 包括的富指標の日本国内での応用(一) 人的資本の計測とその示唆 楊 珏 (2016年6月)

No.430 ユーザー・市民参加型共創活動としてのLiving Labの現状と課題

西尾 好司 (2016年5月)

No.429 限界マンション問題とマンション供給の新たな道 米山 秀隆 (2016年4月)

No.428 立法過程のオープン化に関する研究 -Open Legislationの提案-

榎並 利博 (2016年2月)

No.427 ソーシャル・イノベーションの仕組みづくりと企業の 役割への模索-先行文献・資料のレビューを中心に-

趙 瑋琳李 妍焱

(2016年1月)

No.426 製造業の将来 -何が語られているのか?-

西尾 好司 (2015年6月)

No.425 ハードウエアとソフトウエアが融合する世界の展望 -新たな産業革命に関する考察- 湯川 抗 (2015年5月)

No.424 これからのシニア女性の社会的つながり -地域との関わり方に関する一考察-

倉重佳代子 (2015年3月)

No.423 Debt and Growth Crises in Ageing Societies: Japan and Italy Martin Schulz (2015年4月)

No.422 グローバル市場開拓におけるインクルーシブビジネスの活用-ICT企業のインクルーシブビジネスモデルの構築-

生田 孝史大屋 智浩加藤 望

(2015年4月)

No.421 大都市における空き家問題 -木密、賃貸住宅、分譲マンションを中心として-

米山 秀隆 (2015年4月)

No.420 中国のネットビジネス革新と課題 金 堅敏 (2015年3月)

No.419 立法爆発とオープンガバメントに関する研究 -法令文書における「オープンコーディング」の提案-

榎並 利博 (2015年3月)

No.418 太平洋クロマグロ漁獲制限と漁業の持続可能性 -壱岐市のケース-

濱崎 博加藤 望生田 孝史

(2014年11月)

No.417 アジア地域経済統合における2つの潮流と台湾参加の可能性

金 堅敏 (2014年6月)

No.416 空き家対策の最新事例と残された課題 米山 秀隆 (2014年5月)

No.415 中国の大気汚染に関する考察 -これまでの取り組みを中心に-

趙 瑋琳 (2014年5月)

No.414 創造性モデルに関する研究試論 榎並 利博 (2014年4月)

No.413 地域エネルギー事業としてのバイオガス利用に向けて 加藤 望 (2014年2月)

No.412 中国のアジア経済統合戦略:FTA、RCEP、TPP 金 堅敏(2013年11月)

No.411 我が国におけるベンチャー企業のM&A増加に向けた提言-のれん代非償却化の重大なインパクト-

湯川 抗木村 直人

(2013年11月)

http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/report/research/

研究レポートは上記URLからも検索できます

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富士通総研 経済研究所

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