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1 Judd, K., Chagué-Goff, C., Goff, J., Gadd, P., Zawadzki, A., Fierro, D., 2017, 1 Multi-proxy evidence for small historical tsunamis leaving little or no sedimentary 2 record. Marine Geology, 385, 204–215 3 わずかな堆積記録あるいは全く堆積記録を残さなかった小規模の歴史津波に関する多重代 4 替指標証拠 5 6 要旨 7 近年の津波研究ではかなりの進歩があったが,そのほとんどは大規模なイベントの証拠の 8 識別と理解に集中している.本研究は,ニュージーランドの Lyttelton ハーバーにおける小 9 規模の歴史津波の証拠を特定することを目的とした.研究地域は,非典型的な堆積物証拠(砂 10 がない)または堆積物のない複数の比較的小さな歴史津波によって浸水している.浅いトレ 11 ンチでは,調査地域全体のさまざまな深さに小さな灰色のマッドクラストの不連続な層があ 12 ることが明らかになり,これらは,近くの干潟から運ばれた可能性が最も高い.堆積学的分 13 析,地球化学分析,珪藻分析を行い,それらを 137 Cs 放射性プロファイルと歴史記録による 14 年代測定で完成した多重代替指標のアプローチを用いて,これらのマッドクラスト層の起源 15 を調べた.堆積物には,有機物含有量や磁化率の減少,地球化学的指標の増加(Ca/kcps, 16 K/kcps,K/Rb,Si/Rb,Sr/Rb など)などの微妙な変動が見られ,これらは海洋泥の混在と一 17 致する.海洋の影響を示唆する珪藻群集の変化も,マッドクラストの層と,同様の深さで記 18 録された. 137 CS放射性プロファイルと歴史記録を用いると,これらの堆積物は,可能性のあ 19 る以前のイベントと同様に 1960 年チリ・バルディビアと 1964 年アラスカ津波に起因するも 20 のである.2010 年のチリ・マウレの津波の堆積物の証拠は調査地域では見つからなかった 21 が,地表サンプルの地球化学的分析はCa,Cl,Sr,Ti濃度の顕著な変化を示した.これは, 22 2010 年のイベントによる陸地への浸水の程度を特定するために使用された.最終的に,こ 23 の研究は,広範囲の多重代替指標分析は,小規模の津波による目立たない堆積物の微妙な証 24 拠でさえも区別できることを示す. 25

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Page 1: NZTD, 2015 - Coocanakihisakitamura.la.coocan.jp/small historical tsunamis.pdf1 1 Judd, K., Chagué-Goff, C., Goff, J., Gadd, P., Zawadzki, A., Fierro, D., 2017, 2 Multi-proxy evidence

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Judd, K., Chagué-Goff, C., Goff, J., Gadd, P., Zawadzki, A., Fierro, D., 2017, 1

Multi-proxy evidence for small historical tsunamis leaving little or no sedimentary 2

record. Marine Geology, 385, 204–215 3

わずかな堆積記録あるいは全く堆積記録を残さなかった小規模の歴史津波に関する多重代4

替指標証拠 5

6

要旨 7

近年の津波研究ではかなりの進歩があったが,そのほとんどは大規模なイベントの証拠の8

識別と理解に集中している.本研究は,ニュージーランドの Lytteltonハーバーにおける小9

規模の歴史津波の証拠を特定することを目的とした.研究地域は,非典型的な堆積物証拠(砂10

がない)または堆積物のない複数の比較的小さな歴史津波によって浸水している.浅いトレ11

ンチでは,調査地域全体のさまざまな深さに小さな灰色のマッドクラストの不連続な層があ12

ることが明らかになり,これらは,近くの干潟から運ばれた可能性が最も高い.堆積学的分13

析,地球化学分析,珪藻分析を行い,それらを 137Cs 放射性プロファイルと歴史記録による14

年代測定で完成した多重代替指標のアプローチを用いて,これらのマッドクラスト層の起源15

を調べた.堆積物には,有機物含有量や磁化率の減少,地球化学的指標の増加(Ca/kcps,16

K/kcps,K/Rb,Si/Rb,Sr/Rbなど)などの微妙な変動が見られ,これらは海洋泥の混在と一17

致する.海洋の影響を示唆する珪藻群集の変化も,マッドクラストの層と,同様の深さで記18

録された.137CS放射性プロファイルと歴史記録を用いると,これらの堆積物は,可能性のあ19

る以前のイベントと同様に 1960年チリ・バルディビアと 1964年アラスカ津波に起因するも20

のである.2010 年のチリ・マウレの津波の堆積物の証拠は調査地域では見つからなかった21

が,地表サンプルの地球化学的分析は Ca,Cl,Sr,Ti濃度の顕著な変化を示した.これは,22

2010 年のイベントによる陸地への浸水の程度を特定するために使用された.最終的に,こ23

の研究は,広範囲の多重代替指標分析は,小規模の津波による目立たない堆積物の微妙な証24

拠でさえも区別できることを示す. 25

Page 2: NZTD, 2015 - Coocanakihisakitamura.la.coocan.jp/small historical tsunamis.pdf1 1 Judd, K., Chagué-Goff, C., Goff, J., Gadd, P., Zawadzki, A., Fierro, D., 2017, 2 Multi-proxy evidence

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1.背景 26

2004 年インド洋津波や 2011 年東北沖津波のような近年の壊滅的な津波の後,世界中で,27

過去のイベントの証拠を特定し理解する方法をより良くするための研究活動が増加してい28

る.特に,津波代替指標の「ツールキット」はより良く定義され,多くの分野の技術を含む29

ように拡張されてきた(例えば,Chagué-Goff et al., 2011; Goff et al., 2012).しか30

し,いずれかの調査で使用された代替指標は,常に特定の研究プロジェクトに携わっている31

研究者の専門知識を反映する傾向にある(Chagué-Goff, 2010). 32

堆積物の特性はおそらく最も一般的に使用されている代替指標である(例えば Morton, 33

Gelfenbaum and Jaffe, 2007)が,近年のより重要な進歩の一つは,津波堆積物の識別が,34

ただ砂とより粗い砕屑物に基づくべきであるという認識である(例えば,Goto et al., 35

2011; Chagué-Goff et al., 2012a, 2015, 2016).珪藻群集もまた,Hemphill-Haley(1996)36

が最初に提案したように,津波研究を助けるために良く使用されている.地球化学は初期の37

津波研究で使われていた(例えば,Minoura and Nakaya, 1991)が,それのほとんどが最近38

まで無視されていた(Chagué-Goff, 2010,Chagué-Goff et al., 2017).しかし,可搬型蛍39

光 X線(PXRF)機器や高解像度コアスキャナーなどの技術の発展に伴い,地球化学代替指標40

の使用が増えている(Chagué-Goff et al., 2017).上記のような複数の代替指標を使用は,41

津波で堆積した堆積物を確実に識別できる可能性が高くなり(例えば,Goff et al., 2010, 42

2012; Chagué-Goff et al., 2011),それは上層と下層の堆積ユニットの違いが微妙な場合43

でも有効であった(例えば,Kortekaas and Dawson, 2007,Chagué-Goff et al., 2016). 44

ニュージーランド(図 1A)は,オーストラリアプレートと太平洋プレートの境界をまたい45

でいるため,局地的と地域的に発生した津波の危険にさらされていおり,南西太平洋におけ46

るその位置は,遠方からのイベントにもさらされている(例えば,Berryman, 2005; Goff 47

and Chagué-Goff, 2012).当然のことだが,ニュージーランドの東海岸には津波による浸水48

の良く記録された歴史がある.De Lange and Healy(1986)は,体系的な記録管理を開始し49

た 1840 年から 1982 年にかけて海岸線を浸水している多数の津波について報告し,GNS 50

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Science's New Zealand Tsunami Database(NZTD, 2015)はそれ以降に発生した最近のイベ51

ントをいくつか記録している.最新のイベントは 2016年 11月 14日の M7.8カイコウラ地震52

によって発生し,バンクス半島の多くの湾(Lane et al., 2016)やカイコウラ近くの海岸53

(K. Clark and M. Hughes, 私信, 2016)に津波が襲来した(図 1A).歴史的に文書化された54

豊富なデータベースがあるのに対し,イベントは非常に小さく,認識可能な堆積物を堆積さ55

せたとは考えられないため,ほとんど研究されていない(Goff and Chagué-Goff, 2012; 56

Donnelly, Goff and Chagué-Goff, 2016; Kain et al., 2016). 57

本論文はニュージーランドの Teddingtonで行われた研究について報告したもので,歴史58

的に記録された比較的小さい津波の証拠が浸水後も残る可能性があるかどうかを判断する59

ためのものだ.堆積学的調査は地球化学分析と珪藻分析ならびに歴史的データと 137Cs 放射60

性プロファイルによって補完され,どの徴候が実際に既知の津波浸水と一致するかどうかを61

確かめた. 62

63

2.調査地点 64

Teddingtonは,Lytteltonハーバーから南西に8km,ニュージーランドの南島Christchurch65

から南に 15km離れた Lyttelton Harbour内の湾頭にある(図 1Aと B).Teddingtonは小川66

が流れている場所で,北に干潟,南に平らな農地が広がり,小川は死火山の Lyttelton火山67

の麓から流れている.南島の東部のほとんどと同じく,Lytteltonは,比較的低い年間雨量68

602mm で,春にわずかに降雨が多く,蒸発量は夏に最大で冬に最小である(NIWA CliFlo 69

Database,2013). 70

ニュージーランドの北部地域は毎年 1回の大きな熱帯低気圧の影響を受けるが(Sinclair, 71

2002),NIWA NZ Historic Weather Events Catalog(2016)は,Lytteltonにおいて 1868年72

から 2013年まで様々な規模の洪水イベントが 10回あったことを示す.Lytteltonハーバー73

周辺では,海水の浸水が 2007 年 6 月の 1 回の嵐イベントのみ報告されている(NIWA NZ 74

Historic Weather Events Catalog,2016). 75

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3.材料と方法 77

3.1.サンプリング 78

2012年 7月から 2013年 1月にかけて,湾岸部から約 1.4km内陸に延びる,ほぼ南北方向79

のトランセクトから 32 か所で試料採取した(図 1C).このトランセクトは,湾頭の干潟の80

高潮線から,Wheatsheaf Tavern西側の農業用牧草地と駐車場を横切る.トランセクトの陸81

側末端は死火山 Lyttelton 火山の火口縁を形成する急丘のふもとの南端で,2010 年の津波82

の報告された浸水限界を超えるが,1960年の出来事の限界浸水域に近い(S. Hamilton, 私83

信, 2013).トランセクトの始点とその南端の標高差は 6mである(高潮線より上)(図 2). 84

長さ 20〜40cmの 8つの堆積物コア(図 2の黒帯と黄色い点)を,トレンチの壁に対し,85

直径 50mm の PVC パイプを半割したパイプを押し込むことによって採取した.6 地点で,土86

壌断面サンプルも,層序に応じて 1~4cmの採取間隔で,最大 30cmの深さまで採取した(図87

2のオレンジ色の三角形).これらのサンプルはそれぞれ,2010年の津波と思われる証拠を88

捉えるために,厚さ 1cmの表層サンプルを含む.トランセクトからさらに 14個の表面サン89

プル(深さ 0〜1cm)を採取した(図 2の緑色の点).さらに 6地点のトレンチを記録した(図90

2の青い四角).すべての地点を撮影した(付録 B; Judd, 2013). 91

92

3.2.室内分析 93

Sperazza et al. (2004)の方法に従い,有機物除去のため,粒度分析用の試料を過酸化水94

素で処理し,続いてヘキサメタリン酸ナトリウムを添加して細かい堆積物を分散させた.堆95

積物の粒度分布は,Hydro 2000Gサンプル分散アクセサリーを装着したMalvern Mastersizer 96

2000 レーザー回折粒度分析機を使用して測定した.結果は,GRADISTAT 8.0 ソフトウェア97

(Blott and Pye,2001)を用いて処理し,統計処理は Folk and Ward(1957)を用いて計算98

した.Dean (1974) and Heiri et al. (2001)を改良した方法に従い,代表的なサブサンプ99

ルを 105℃で一晩乾燥し,その後 550℃で4時間燃やし,有機物含有量を乾重量に基づいて100

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燃焼減量(LOI)として決定した. 101

我々は,Appleby(2001)と Leyden et al. (2011)によって概説された 210Pbと 137Cs法を102

用いて,オーストラリア原子力科学技術機構(ANSTO)の HPGeガンマスペクトロメトリーウ103

ェル型検出機でコア年代学の確立を試みた.2つのコア(T14とT23)のそれぞれから 6つ104

のセクションを採取して分析した.より古い堆積物を含む可能性のある津波堆積物は結果を105

混乱させるので,それを避けるようにセクションを選択した. 106

地球化学的データは,コアスキャンニングと可搬型蛍光 X線(PXRF)技術によって得た.107

ANSTO施設で ITRAXコアスキャナー(例えば,Croudace et al., 2006)を使用してコア試108

料を分析した.これは写真と放射線写真画像だけでなく高解像度の半定量的元素データと磁109

化率を得ることが出来る.トレンチから採取した個別のサンプルを 105℃で一晩乾燥させ,110

次に乳鉢と乳棒で粉砕し,薄いプラスチックバッグに入れた.次に EPA(2007)とChagué-Goff 111

et al. (2012a)の方法に従い,オリンパスの INNOV-X PXRF装置を用いて半定量的に元素量112

を分析した.各分析を5回繰り返し,測定間で混合することによってサンプルの均一性を促113

進し,これら5つの測定値の平均を用いた.結果の校正は,NIST2702,NIST2710aと NIST2711a114

の標準参照物質の測定,と SiO2ブランクを一定の間隔で測定によって行ない,正確さと精度115

をチェックし,機器の揺らぎを検出した.PXRFの結果は半定量的だが,津波研究では,その116

データは津波堆積物とその上下のユニットの化学組成の違いを示すために一般的に使用さ117

れている(Chagué-Goff et al., 2017を参照). 118

本研究は土壌の地球化学の決定に ITRAXと PXRF法の使用の比較が目的ではなく,代わり119

にコアとサンプルのそれぞれからの補完的な津波代替指標として両方の方法を使用した.120

ITRAX元素分析の結果は半定量的であり(カウントとして表示),亀裂や表面のでこぼこ,粒121

径,圧密,有機物含有量,水分などのコア特性の影響を受ける(Croudace et al., 2006).122

データは,粒径,基質による影響,有機物含有量のばらつきを補正するために,Fe(例えば,123

Rothwell et al., 2006),Rb(例えば,Guyard et al., 2007),合計数(例えば,Bouchard 124

et al., 2011)などの一般的な約数を使用して標準化される.この研究では,酸化還元の影125

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響を受けやすいので,Feによってデータの標準化を行わない.その代わりに,環境変化や堆126

積物の起源を明らかにするために,磁化率や粒径などの他のパラメータと組み合わせて,合127

計数(Ca/kcps,K/kcps)における標準化したデータを使用した(例:Chagué-Goff et al., 128

2016).Rbに関する標準化は,マッドクラストと周囲の土壌とのより良い識別を可能にする129

ので,マッドクラストを含む特定の区間の分析にも使用された.さらに,本研究のようにモ130

リブデン管を使用した ITRAXコアスキャナーは,有用な一組のデータ,すなわち非干渉性散131

乱(Mo Inc)と干渉性散乱(Mo coh)データを提供する(例えば,Croudace et al., 2006).132

電子との衝突による放出エネルギーの尺度である非干渉性散乱は,原子量の小さい元素ほど133

大きくなる.原子量の小さい元素で最も多いのは有機物であるから,Mo Inc/Mo Coh比は有134

機物の代替指標に使用できる(例:Guyard et al., 2007).水分の影響を受けるため,Mo 135

Inc/Mo Coh比は有機物の割合を正確に示すわけではない(例 Chawchai et al., 2016)が,136

それでも有機物含有量の良い代替指標である(例えば,Chagué-Goff et al., 2016). 137

珪藻分析は,Renberg(1990)に概説されている方法に従って調製した後に,3地点(T01,138

T14と T32)からの合計 8試料について行った.光学顕微鏡を用いて倍率 1000倍で,少なく139

とも 250個の珪藻殻を数えた.種の同定は,Van der Werff and Huls (1957–1974),Foged 140

(1979)と Cassie(1989)に基づく.塩分耐性に従って種を分類し,結果を%頻度として示し141

た. 142

143

4.結果 144

4.1.層序,粒径と有機物含有量 145

地点 T02から T08までの深さ 6〜13 cmに,直径 1.5cm未満の灰色のマッドクラストの不146

連続層が 1枚あった.地点 T08の陸側の多くで,2枚の類似した不連続層が約 6-13cmと 17-147

20cm の間で発見された(図 2).これらの層はわずかに内陸に薄くなる傾向があり,調査し148

た全地点で見つかったわけではない.マッドクラストを含む堆積物の粒度分析は,D10,D149

50 とD90 測定値(データは示していない)に空間的変化はほとんどなく,泥から砂質泥であ150

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ることを示す.地点 T01のエスチュアリーの泥は最も明確なサンプルで,二峰性分布と平均151

粒径は23μmである(図 3E).しかし,分布,歪度と尖度のわずかな変化は,海岸線からの152

トランセクトに沿って,海岸線から離れるほど,また深さによって顕著になった(図 3と未153

発表データ,Judd,2013). 154

有機物含有量(LOI)は,根の豊富な最上部層準(17〜55%)でその下の層の土壌断面(9155

〜16%)とさらに下の粘土質泥の層準よりも高かった(図 4C,D,5,6).LOIは一般に土壌156

層とマッドクラストを含むものとの間に有意な差を示さなかった(図 6).だが,これは小さ157

なクラストを除去することが困難だったため,分析に用いた土壌のバルクサンプルに対する158

マッドクラストの割合が少ないことによる可能性が高い.一方,地点 T06では,粘土質泥の159

層準のマッドクラストの割合が比較的大きいため,LOIは下層の土壌よりも低い(図 5).さ160

らに地点 T14で個々の粘土クラストを横切る土壌断面の一部をスキャンした ITRAX分析は,161

粘土の Mo Inc/Mo Coh比が下層と上層の土壌のそれより低く,つまり粘土が土壌よりも有機162

物含有量が低いことを示す(図 7). 163

164

4.2.地球化学的特徴と帯磁率 165

PXRF分析は,各サンプルで5回の繰り返し分析で一貫した結果を示した(表1).トラン166

セクトの南端の居酒屋(tavern)に沿った表面サンプルの分析は,駐車場に最も近い場所で167

Ca,Clと Srの濃度の上昇を示し,地点 T26の南で著しく減少し,Tiの濃度は逆の関係を示168

した(図 4D).T06地点では,Clと Sの濃度は地表で最も高く,T01地点の泥から報告され169

たものと同様である(図 5).Srのわずかな相対的増加は,深さ 8〜10cmのマッドクラスト170

の層の低い LOIと一致しますが,Rb濃度は断面全体を通して比較的一定である(図 5). 171

コアT14とT23の初期ITRAX分析では,地点T14の下層の泥層を除いて,Ca/kcpsとK/kcps172

を含むほとんどの元素について各断面で明確な違いは見られなかった.地点 T14の下層の泥173

層は,干潟の泥の値に一致する.この分析中,コアの真ん中を走る幅 6mm の ITRAX ビーム174

は,マッドクラストの不連続層の細部を捉えなかった.さらに,ITRAXビームを深さ 8〜10cm175

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の灰色の泥の含有物の 1つに集中して,Core T14を分析した(図 6).別のマッドクラスト176

についても追加の分析が行われ,クラストの上下の 2cm の土壌を含む(図 7).これらの追177

加分析により,マッドクラストの Ca/kcpsと K/kcpsはより高い値であるが,コア底部の泥178

層の範囲内にあることが明らかになった(図 6).マッドクラストはまた,周囲の土壌と比較179

して K/Rb,Si/Rb,と Sr/Rb比の増加を示し,より低い Mo Inc/Mo Cohを伴う(図 7).地点180

T14の 2つのマッドクラスト層周辺で,磁化率のわずかな減少(幅 2.5cmのビーム)が測定181

された.地点 T23 の泥層の局地的な極小も検出され,信号は深くなると変動が大きくなる182

(図 6). 183

184

4.3.珪藻群集 185

地点 T01の干潟の泥は淡水珪藻を含まず(図 6),Cocconeis californica, C. scutellum, 186

C. scutellum var. stauroneformisと Grammatophora oceanica var.macilenataを優占種187

とし,海洋種と汽水種が総数の 90%以上を占める.計数された殻全体の約 5%が識別不能で188

あり,同定の基準となる極相部などを欠く大きな殻の断片(すなわち>50%)である.地点189

T14の 6サンプルの調査は,最終的な計算には含まれていない,多くの小さな未同定の断片190

である(<50%フラスチュール(上下の殻が合わさった状態)).これらの破片は,8〜10cmと191

19〜20cmの深さ間隔で少なかった.表面(0〜1cm)のサンプルでは,より深い部分よりも比192

較的多くの汽水―淡水種の殻(Hantzschia amphioxysが優勢)が観察された(約 11%に対193

し 36%).地点 T14では,海洋種の Paralia sulcataが,深さ 8〜10cmを除くすべての深さ194

で観察された殻の大部分(50%以上)を占め,一方,深さ8〜10cmでは汽水―淡水種Nitzschia 195

linearis,Eunotia formica,Pinnularia graciloidesが優勢である.小さな海水―汽水種196

は下部泥層内,深さ 19-20cmで検出された(図 6).トランセクトの南端にある地点 T32は,197

海岸線に近い地点よりもはるかに弱い海洋シグナルを示し,海洋,汽水―淡水,淡水種がそ198

れぞれ総数の 18%,35%,40%を占めた.この表層サンプルは,海側の地点で検出された種が199

ほとんどいない種の異なる群集(Nitzschia linearisと Pinnularia stromatophoraを含む)200

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9

であった. 201

202

4.4.地質年代学 203

予備調査の結果は,深さ 10cmより下では,T14コアと T23コアについては,土壌中の 210Pb204

放射能はバックグラウンドレベルにあり,識別できない.その結果,両コアとも 210Pb の年205

代測定には不適切であると考えられる(Judd,2013).137Cs 放射能は,コア T14 では深さ 0206

〜12cm,コア T23では 0〜21cmの範囲でバックグラウンドを上回った(図 6).137Cs放射能207

は低かったが,この結果は,これらの深さより上位の土壌が 1954年以降―南半球の堆積物208

から初めて大気核実験による 137Csが検出された―に蓄積したことを示す(例:Hancock et 209

al., 2011).T14コアでは,深さ 4〜6cmの間隔が 1964年頃に相当すると考えられ,1963年210

の核実験禁止条約後の 137Csの降下量が最大に達した(Carter and Moghissi,1977).我々211

は地点 T23の 6-9cmの深さの間隔に同じ年代と考える.しかし,これらの年代の解釈は,こ212

れらのサンプルの 137Cs 放射能が低く,したがってかなりの不確実性を伴うので,慎重に扱213

われなければならない(例えば,Leslie and Hancock,2008). 214

215

5.討論 216

この研究で使用されたアプローチは,いくつかのコア,浅いトレンチからの不連続なサン217

プル,そして Teddington で集められた表面サンプルの地球化学的,堆積学的,地質年代学218

的,珪藻分析ならびにその地域に関する歴史的データを用いている.下記に示すとおり,目219

撃あるいはまた文書記録で報告されたのと同様に,我々は津波浸水によるとしたいくつかの220

堆積物を特定するに至った.しかし,例えば 2010 年のマウレ津波は目に見える証拠を残さ221

ず,地球化学的指標によってのみ識別できなかったため,すべての代替指標が各イベントに222

適用されたわけではない.それ(2010年のマウレ津波)は我々が浸水限界を確認できた唯一223

の津波でもあった.したがって,以下では,最初に 2010 年のイベントについて議論し,次224

に我々の多重代替指標アプローチから推測された,その他の津波堆積物について議論する. 225

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10

226

5.1.イベント 1 - 2010年マウレ津波 227

中央チリ沖の Mw 8.8の地震(例えば,Moreno et al., 2010)によって発生した 2010年228

のマウレ津波は,Lytteltonで比較的小規模の遡上を示した(NZTD,2015).報告によると,229

居酒屋の駐車場とその内陸まで浸水したとされるが(例えば Youtube User,2010),居酒屋230

の中庭には入らなかった(S. Hamilton,私信., 2013).それは,おそらく研究地域の小川231

の周りに限られた増水を引き起こしたのだろう.居酒屋の駐車場に近い場所(T22,T23,T24,232

T25,T26)は,水路が狭くなっており,堤防を超える前に水路内に保持できる水の量が少な233

いため,洪水に見舞われた.海水は北から横断するのではなく,道路の下の排水路を通って234

上がってきたと報告されている(Diamond Harbor Fire Brigade,私信,2013).波が居酒屋235

の駐車場を浸水する前にエネルギーを失ったので泥が排水路に沈んだであろうから,これは236

この出来事に対する堆積物の証拠の欠如と調和的である.泥の堆積物が報告された237

Charteris Bayは(図 1B),水の排水を通してではなく,陸上への浸水が起こった場所だが238

(Diamond Harbor Fire Brigade, 私信, 2013),それらの厚さと範囲はデータはない.2012239

年または 2013 年に Teddington のトランセクトに沿って陸地表面に泥堆積物を確認できな240

かったのは,おそらく堆積物があったとしても,それが乾燥して風で飛ばされたためだろう.241

Spiske et al. (2013)とChagué-Goff et al. (2015)に報告されたように,薄い堆積物の保242

存の潜在性は,激しい降雨のない穏やかなもしくは乾燥した気候でさえ限られる. 243

しかしながら,2010 年の津波による浸水は地球化学的指標を用いて居酒屋の駐車場近く244

の地表を横切って追跡できる(図 4D).Cl,Ca,Sr の濃度は淡水より海水のほうが高く245

(Wedepohl,1971),これらの元素の濃度の上昇が地点 T26のはるか南側の地表サンプル中246

で見られることは,海洋の影響とあるいはおそらく貝殻破片(後者は Caと Srのみ)を反映247

すると考えられる(例えば,Chagué-Goff et al., 2017)(図 4D).地点 T25と T26の元素248

(Cl,Ca,Sr)濃度の相対最大値は,有機物含有量の観点だけでは説明できないので,2010249

年の津波による海洋浸水の陸側限界を表すと推論する.それはまた目撃者によって報告され250

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た津波の浸水限界と一致する(S. Hamilton,私信, 2013).一方,Ti濃度はこれらの元素と251

反比例の関係にあり,地点 T26の南で増加し,他の場所で観察されるように,これらの最南252

端地点の地上起源を反映している可能性が最も高い(Chagué-Goff et al., 2012a, 2016, 253

2017).土壌の親物質である Lyttelton の主要火山活動は TiO2 が比較的豊富であるため254

(Price and Taylor, 1980),近くの斜面からの流出が原因である.地球化学的海洋指標に基255

づいた 2010 年のチリ・マウレ津波の浸水限界は,砂質堆積物の範囲を超えており(Yoshii 256

et al., 2013, Chagué-Goff et al., 2015),イベント後少なくとも 2ヶ月(Yoshii et al., 257

2013)と 6ヶ月(Chagué-Goff et al., 2015)まで測定可能である.2011年の東北沖津波の後258

でも同様の所見が報告されており(Chagué-Goff et al., 2012a,b),イベントの 2か月後で259

も堆積物証拠や残留物もない場所で,内陸の浸水限界が 4.85kmということが地球化学的マ260

ーカーによって明らかにされている. 261

T21地点の地表(0〜1cm)のサンプルの分析(図 4C)は,T26地点とその南の地点の Caと262

Cl の濃度に類似しており,地点 T23 と T26 の間の化学的特徴は,海水のしぶきではなく,263

海水が駐車場とその隣接地点を浸水させたためであろう.地点 T32の珪藻の徴候は,T01の264

干潟泥中の群集とは類似せず,風で飛ばされてきた珪藻殻を含んだ後背地の表層中に見られ265

る珪藻群集を表す.この観察結果は,2010年の津波が少なくとも T26地点に浸水したが T32266

までは浸水しなかったことを示す PXRFデータと一致する. 267

地点 T06の最上位セクションの Clと Sの増加は(図 5),解読がより困難である.それら268

は 2010年の津波の浸水の証拠かもしれず,またそれらは地点のより海側の位置であり単に269

海水しぶきの結果かもしれない.これを複雑にしていることは,Teddington の海岸近くで270

は 1・2月に塩の塊がしばしば報告されているためである(D. Templeman, 私信,2013).271

Chagué-Goff et al. (2014)は,2011年の東北沖津波によって海水が侵入した水田の表面の272

浸出性イオン含有量の変化を報告しており,大雨後は濃度が低下しよ,相対的に乾燥した期273

間後は毛細管現象により増加すること示した.よって,この信号が津波の浸水だけによるか274

どうかは明らかではない.しかしながら,さらに南の地点 T20 の近くでは,種子の発芽が275

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2010年以来困難であり,高耐塩性のウシノケグサ(Festuca spp.)は周囲の畑に広がってお276

り(D. Templeman,私信, 2013),これらは季節の塩の粒子の運搬よりも津波の浸水に関連277

した長期的影響と考えられる.このトランセクト全長にわたって,かなり均一な Rb濃度(図278

4D)は,細粒堆積物の粒径の良い代替指標となり(Ackermann,1980),堆積物サイズが Caの279

ような元素の分布を制限する要因ではないことを示している. 280

281

5.2.より過去の推定津波の多重代替指標証拠 282

最も注目に値する観察は,最近の歴史津波(2010年の出来事を含む)に続く砂の堆積物が283

報告されなかったことであり,実際,我々の研究は Teddington の土壌内に挟まれた砂質堆284

積物を見つけられなかった.津波堆積物の性質は,堆積物の起源に大きく依存する(Goff et 285

al., 2012,Chagué-Goff et al., 2017).この場合,砂の供給源がないので,それは湾頭か286

らの泥である可能性が高い.干潟上の地点 T01で採取した泥サンプルの堆積学的,珪藻的,287

地球化学的特性は,土壌断面の津波サインを解釈するための参考に役立った. 288

加えて,図 2,5,6と上述の通り,これらの堆積物は不連続であった.砂質津波堆積物は289

多くのイベント後に報告されているが(例:2004年インド洋津波:Moore et al., 2006; 290

2011年東北沖津波:Richmond et al., 2012),不連続な堆積物は,特に浸水の陸上末端に291

向かっては珍しくはない(例:Richmond et al., 2012).小規模の津波に起因する Teddington292

の堆積物は,2011 年の東北沖津波のようなはるかに大きなイベントによって残された浸水293

限界近くの堆積物に類似していると見なすことができる(Chagué-Goff et al., 2012a, 294

2012b; Richmond et al., 2012).仙台平野では,Richmond et al. (2012)供給源からおよ295

そ 2.5kmの内陸まで輸送されたマッドクラストを水田で採取・報告する一方,粒子の厚さほ296

どの薄い不連続な砂層を 4.5kmの内陸で観察した.Chagué-Goff et al.(2012a, b)は,内陸297

の 4.65kmが泥堆積物の限界と記録した.さらに,Chagué-Goff et al. (2016)による最近の298

研究では,クック諸島のマンガイアの地下トンネルを通じた津波浸水の証拠について報告し299

ており,これも 2011年に見られた浸水限界近くのものと類似している. 300

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粒径分布は小さなマッドクラストを含む層と周囲の土壌とを容易に識別できなかったが301

(例えば,地点 T06と T14,図 5,6),褐色土壌に対する泥の明確な灰色は野外での識別を302

可能にした.なお,地点 T01におけるモードの著しい分布の違いは,おそらく土砂供給源の303

違いにある.この識別の欠如は現実を反映しているかも知れないが,あるいは分析前のサン304

プル混合で土壌中のまばらなマッドクラストが希釈されたことによる人工的な結果かも知305

れない.地点 T06(図 5)では,深さ 6-10cm(大きなマッドクラストの周り)の有機物含有306

量は,直上と直下の堆積物よりも著しく低く,地点 T01(図 5)のそれに匹敵し,マッドク307

ラストはおそらく干潟から供給され,浸水で堆積したことを示す. 308

マッドクラストを含むユニットは,一般的に,周囲の土壌と比較して磁化率がわずかに減309

少することで特徴づけられる(地点 T14と T23; 図 6).Font et al. (2013)は,上下の堆積310

物とは異なる全鉱物組成に起因する磁化率特徴を使用し,500 mを超える距離の 4つのコア311

にわたって津波堆積物を追跡できた.今回の研究地域は,比較的高い割合で強磁性鉱物を含312

む玄武岩質岩(Price and Taylor,1980)に囲まれている(Sherwood,1988).この岩石か313

ら風化した高い磁性を持つ鉄が有機物とともに土壌に残ったと考えられ(Mullins,1977)314

一方,マッドクラストは有機物が少なければ少ないほど強磁性鉱物も少なくなる. 315

マッドクラストを含むユニットには明確な海洋化学物質の特徴はなかった(図 5,6,7).316

Chagué-Goff(2010)とChagué-Goff et al.(2017)は,地球化学は複雑な代替指標であり,317

予期される元素の 1つ以上の欠落は一連プロセスの結果であるという事実を強調している. 318

地点 T06 では,泥層周辺の強い海洋化学的特徴の欠如は,一般的な海洋指標である Cl と S319

が有機物に富む細粒堆積物に優先的に保持されることによって説明できた(例えば,Chagué-320

Goff, 2010; Chagué-Goff et al., 2012a, 2012b, 2015, 2017).この泥層は有機物に乏し321

いので,これらの元素は時間の経過とともに浸出した可能性がある(例えば,Szczuciński 322

et al., 2007; Chagué-Goff et al., 2012a, 2012b, 2014, 2015, 2017).地点 T01の干潟323

の泥も同様に有機物が少ないが,全体的により高い Clと S濃度は,潮の満ち引きの影響に324

よるものと思われる.2010年のチリでのマウル津波に続く 2〜6ヶ月の間に,海洋の地球化325

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学的特徴が土壌中で検出され(Yoshii et al., 2013,Chagué-Goff et al., 2015),また326

2011年の東北沖津波発生から 1〜2年後(Chagué-Goff et al., 2012a,Chagué-Goff et al., 327

2012b,Chagué-Goff et al., 2014),また,6000年以上前の津波堆積物でも同様の信号が328

確認されているが(Chagué-Goff et al., 2002),より長期間にわたる化石化過程の役割は,329

特に塩水浸水と滞留が限られている比較的小規模のイベントでは不明瞭である(Chagué-330

Goff,2010,Chagué-Goff et al., 2017).さらに,調査地域の土壌は冬と春にしばしば水331

が浸水し(Hewitt,2010),塩の浸出につながる可能性がある. 332

初期の ITRAX測定では,地点 T14の基底の泥層の値がより高いことを除けば,土壌断面の333

K/kcpsと Ca/kcpsの変動はほとんどない(図 6).一方,マッドクラストに焦点を当てた追334

加の分析では,これらのマッドクラストは下層の泥や干潟泥(T01)と類似の組成を持ち,335

干潟からの共通の起源を示す.Rb に関する標準化したカウントはまた,土壌とマッドクラ336

ストを区別するためのもう一つの手段を提供する.多くの研究で報告されているように,地337

点 T23の地球化学的特徴はそれほど独特ではなかった(総説についてはChagué-Goff et al., 338

2017を参照). 339

各サンプルで発見された海洋性珪藻の高い割合は,津波の浸水に関係なく,研究地域全体340

で著しく強い塩水の影響を示すものである(図 6).例えば,地点 T32は 2010年の津波によ341

る浸水に見舞われたわけではないため,ここで取られた表面サンプルはこの地域のバックグ342

ラウンドの地表の傾向を表している.珪藻群集は,より海側の,そして海洋に影響された,343

地点T14の表面に見られるものと同様の強い汽水―淡水の傾向を持つ.地点T14はまた 2010344

年の津波の影響を受けなかったが,サンプル中の高い海洋性珪藻割合が,この低地の海側地345

域のバックグラウンドの地表の傾向を示すように見える.珪藻群集では T14(深さ 5〜6 cm)346

にかなり強い海洋傾向があり,1964年頃と推定される(図 6).これは津波の浸水に関連し347

た可能性があるが,追加のデータがないので,これは暫定的な提案である.しかし,T14(深348

さ 8〜10cm)では,1960年に発生した津波のマッドクラストの中で,より強い汽水淡水の傾349

向が見られる.これは,他の場所で報告されているように,周囲の陸上物質から津波に巻き350

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込まれ,内陸に再堆積した淡水性の珪藻である可能性が高い(Sawai et al., 2009; Chagué-351

Goff et al., 2011; Tanigawa et al., 2016).この提案は,T14(深さ 8〜10cmと深さ 19352

〜20cm)の両方で見られる壊れた珪藻殻のよい低い割合によってさらに裏付けられており,353

これは無傷な海洋珪藻類と周囲の土壌由来の壊れた珪藻殻の混合を示す(Tanigawa et al., 354

2016).さらに,T14(深さ 19〜20cm)の海洋汽水の小さなシグナルは,このユニットと周囲355

の傾向とを区別し,T01で研究されたような起源物質と類似した混合海洋傾向を示す.この356

地域には一般的に高い割合の海洋珪藻があるという点で珍しいが,群集の違いは上記で議論357

した他の発見を裏付け,特定のユニットが津波によって発生した可能性が最も高いことを示358

す. 359

歴史記録は,1960年,1964年,2010年に Teddingtonの一部に浸水し Lytteltonハーバ360

ーに影響を及ぼした比較的最近の津波を示す(例えば,Berkman and Spaeth,1967,de Lange 361

and Healy,1986,New Zealand Tsunami Database,2015).1868年,1877年,1883年と 1922362

年の以前のイベントも歴史記録にあり,Teddingtonに影響を与えた可能性があり(de Lange 363

and Healy, 1986),1868年と 1877年のイベントが Lytteltonハーバーで記録された中で最364

大である(Borrero and Goring, 2015).したがって,この歴史記録で 137Csプロファイルの365

データを裏付けできる(図 6).The NIWA NZ Historic Weather Events Catalog (2016)は,366

1945年と2007年にLytteltonハーバーに影響を及ぼした 2つの大規模な暴風あるいは高潮367

のみをリストしている.これら 2つのイベントの詳細なデータは入手できないが,上記で議368

論した証拠を作り,堆積する力を持っている.1945年の暴風は 4番目の(最も深い)堆積物369

の起源としては除外できないが,137Cs 年代学は残りの 3 つの堆積物はどちらかの暴風雨に370

属する可能性を除外する. 371

地点 T23 のマッドクラストを含む上部ユニットは,南半球での最大 137Cs 放射の年に対応372

するピークに対応するので,1964年の津波によって堆積した可能性が高い.12〜13cmの下373

部のユニットは,おそらく 1954年以降で,1960年の津波に暫定的に割り当てている.同様374

に,地点 T14(深さ 8〜10cm)のマッドクラストを含む上部ユニットは,1960年の出来事で375

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堆積したと推定され,これは 137Ce ピークに対する泥層の深さに基づく.地点 T14 の最下位376

のユニットは 1954年以前の出来事に起因する.これは歴史記録で補完された我々の多重代377

替指標アプローチ結果に基づく.我々の研究地域に記録されたそれらの証拠の要約を図 8に378

示す.時系列は 2地点しか得られていないが,これらの要約図はユニットの産状と層位に基379

づく. 380

381

5.2.1.イベント 2 - 1964アラスカ津波 382

137Cs 放射能プロファイルと我々の多重代替指標アプローチから得たデータに基づくと,383

地点 T23のマッドクラストを含む上部ユニットは,MW 9.2のプリンスウィリアムサウンド384

地震(NZTD,2015)によって発生した 1964年のアラスカ津波に起因する.その結果として385

生じた津波は北アメリカで壊滅的だが,ニュージーランドのような南太平洋周辺地域での比386

較ではほとんど影響がなかった(de Lange and Healy,1986).しかしながら,Lytteltonハ387

ーバーでは水位が最大 1m上昇した影響が見られた(Berkman and Spaeth,1967).さらなる388

報告では,Teddingtonで水が「排水溝まで」届いたことが記されている(The Press,1964389

年 3月 30日).これは,この津波の浸水の程度が 1960年と 2010年のそれよりもおそらく小390

さかったことを示す(図 8). 391

392

5.2.2.イベント 3 - 1960年バルディビア津波 393

地点 T23で 1964年の推定津波堆積物より下位のユニットの層序学的位置は,我々の多重394

代替指標アプローチからの結果と地点 T23での 137Cs放射能プロファイルと地点 T14で組み395

合わせで裏付けられ,さらに,マッドクラストを含むそのユニットは,おそらく 1960年の396

バルディビア津波によって堆積したことを示す.1960年の津波は南チリ沖の MW9.5のバルデ397

ィビア地震によって引き起こされ,20 世紀にニュージーランドで記録された最も広範囲の398

イベントであった(de Lange and Healy,1986).これは,2010年と 1964年の津波よりも399

著しく大きいイベントである(NZTD,2015).Lytteltonでは,波は高潮線より上 3.5 mに達400

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し,研究区域の北東 8km の Lyttelton ハーバーので電気設備に損傷を与えた(図 1B)(de 401

Lange and Healy,1986).Teddingtonでは,居酒屋が洪水で浸水し,地主がカヌーを使って402

地域を横切って移動するといったことを含み(S. Hamilton,私信., 2013),広範囲が浸水403

したとされる. 404

405

5.2.3.イベント 4 - 日付不明 406

年代の文脈がなければ,4番目の堆積物を特定のイベントに割り当てることは困難だ.そ407

れはわずか(地球化学,珪藻,帯磁率)だが,この地域の津波イベントに典型的な特徴を示408

す最下層のマッドクラストの不連続層によって示される.調査地域の全地点で,土壌が類似409

の粒度分布(図 3)と化学組成(図 5と 6)を示すことから,それらの場所の堆積速度は同410

じと仮定するならば,マッドクラストを含むユニットが深さ約 20cmにある場所はほかにも411

ありそうだ.少なくとも 1960 年代以降には,この場所では農耕によって堆積物が撹拌され412

ていることが報告されていることから D. Templeman,私信, 2013),4番目の堆積物はもと413

よりその上位の堆積物まで撹乱されているかもしれない.あるいは,それはより古い出来事414

の堆積学的証拠かもしれない.堆積速度が一定とするならば,それは 1882年から 1918年の415

間に堆積し,コアの基底(23-23.5cmの深さ)の泥シーケンスを覆う土壌の堆積開始は 1859-416

1889 年頃になる.干潟は過去にはさらに内陸に広がっていたが,1850年代のヨーロッパ人417

の入植後の土地開拓によって引き起こされた海岸線への堆積物の供給速度の増大で,海岸線418

は沖側に移動した(Curtis,1985,Hart,2004,Goff,2005).しかしながら,この年代決定419

は,低い 137Cs放射能と侵食や圧密の可能性に関する情報の不足のため,暫定的である. 420

1つの可能性のある起源は 1922年の津波だ.1922年のイベントは,その規模にもかかわ421

らず,よく報告されており,ニュージーランドでは,クリスマスの日に到着し,Lyttelton422

ハーバーで静振(セイシェル)が報告されている(de Lange and Healy,1986).Goff(2005)423

は,現在の調査地域の北北西約 2kmの場所を調査し(図 1B),14C,210Pb,137Csのデータに基424

づいて,深さ約 52cm の津波堆積物を 1868 年のイベントに対比した.これと同じ津波が,425

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T14地点とTeddingtonの他の地点で深さ18〜20cmのマッドクラストを含む下部ユニットの426

起源だったかもしれないが(図 2,8),後者は深さ約 20cmでより浅く,それゆえ 1922年の427

イベントが堆積物のより可能性の高い原因かもしれないことを示す.他の可能性は 1877年428

または 1883 年のイベントである.このイベントの年代をよりよく確立するにはさらなる研429

究が必要である. 430

431

6.結論 432

堆積物,地球化学,珪藻,137Cs放射能プロファイルと歴史記録を含む,多重代替指標は,433

ニュージーランド,南島の Teddingtonで最大 4つの津波の証拠を提供する.これらの歴史434

イベントはすべて比較的小規模で,海水で土地を浸水している間,ほんのわずかな被害をも435

たらし,そして典型的な認識可能な堆積証拠を残していない.しかし,近くの港の干潟から436

供給されたと思われる小さな灰色のマッドクラストは,調査地を横切って不連続な層で発見437

され,土壌断面におけるその層位は津波浸水に伴う有機物含有量,地球化学,珪藻群集の変438

化と調和的である.137Cs放射能プロファイルを用いた年代制限は,これらの不明瞭な堆積物439

が 1960年と 1964年のイベントによることを示す.最近の 2010年のマウレ津波についての440

堆積学的証拠はなかったが,歴史記録は氾濫の内陸限界を示す地球化学的データを支持する.441

追加のデータが存在しない場合には,第四のイベントと推定される不連続層の証拠は結論づ442

けられないが,堆積物は,どちらもチリが起源の 1868年または 1922年の津波のいずれかに443

関連付けることができる.しかしながら,例えば 1877年と 1883年の津波などの他のイベン444

トの可能性も現時点では排除できない. 445

本論文は,津波堆積物の特徴は複雑で特定の時間や場所に特有のものであることが多いが,446

広い学問分野を網羅する多重代替指標分析は,堆積物断面のわずかな変化をより確実に識別447

できることを示す.津波堆積物は必ずしも周囲の堆積物断面と著しく異なっている必要はな448

く,明確に識別できるわけでもないことに留意する必要がある. 449

岡嵜颯太・北村晃寿 450