occupational therapy intervention process model (otipm)に

6
実践報告 Open Access 日本臨床作業療法研究 No.6:20−25,2019 ISSN:21888418 Ⅰ.はじめに 近年,作業療法(以下:OT)は,対象者の作業に焦 点を当てた実践を重視するパラダイムへと変化してい 1) .その中でも,作業療法介入プロセスモデル Occupational Therapy Intervention Process Model(以 下:OTIPM)は,対象者を中心としたトップダウンア プローチを実践するための理論である 2) . 昨 今, OTIPMに基づいた実践報告が散見され 3,4) ,介入の評 価は主にAssessment of Motor and Process Skills(以 下:AMPS) 5) が用いられている.AMPSはADLと IADLにおける作業の「質」すなわち作業遂行能力を評 価することが可能である.先行研究では,作業遂行能力 と心身機能との関係性について検討したいくつかの報告 がある 6)7)8) .それらの結果からは,作業遂行能力と 心身機能には中等度の相関があることが示されている. その一方で,OTIPMに基づいたOT実践においては,心 身機能について言及した報告が少なく,作業遂行能力と の関係性を示した報告はみられない. 今回,脳出血および脳浮腫により,上肢機能障害なら びに注意障害を呈した事例に対して,OTIPMに基づい た介入を行った.本報告の目的は,介入による事例の変 化を AMPSによる作業遂行能力の評価に加え,心身機 能の評価によって検討し,考察を加えて報告することで ある.尚,本報告における心身機能とは,脳卒中に特異 的な上肢機能および注意機能を指している. Ⅱ.事例紹介 1.基本情報 70歳代の女性.夫と2人暮らし.自宅にて頭痛,左上 下肢の違和感および動かしにくさを自覚し,当院に救急 搬送された.診断名は脳出血であり,病巣は右頭頂葉皮 質であった.また,脳皮質全般に浮腫を認めた(図1). 本報告にあたり事例から書面を用いて同意を得てい る. 2.OTIPM開始までの経過 第3病日よりOTを開始した.意識レベルはJapan coma scaleでⅠ−1であり,左上肢の軽度の麻痺および 物品操作の拙劣さと,動作に伴う軽度のふらつきを認め た.ADLは全般的に見守りから軽介助が必要な状態で あった. 神経内科医は,これらの症状について,画像上で錐体 Occupational Therapy Intervention Process Model (OTIPM)に基づいた作業療法実践における 作業遂行能力および心身機能の変化 廣瀬 卓哉 1) ,室伏未知花 1) ,高橋真須美 1) 1)東海大学医学部付属病院 リハビリテーション技術科 Key words:作業療法介入プロセスモデル,脳卒中,作業遂行能力 要旨:脳出血および脳浮腫により上肢機能障害ならびに注意障害を呈した事例に対して,作業療法介入プロセスモデル (OTIPM)に基づいた介入を実施した.事例にとって重要な作業である家事を中心に実際の作業を基盤とした練習を行 った.介入後には,Assessment of motor and process skills(AMPS)で示される作業遂行能力が統計学的に有意な改 善を認めた.その一方で,上肢機能および注意機能などの心身機能に著明な変化を認めなかった.このことから, OTIPMに基づいた作業療法実践は,実際の作業で生じる問題点に対して効果的な介入を実践できる可能性がある.また, 問題点や介入後の変化は心身機能の評価のみでは捉え難く,作業遂行能力の側面から評価・介入を実施することの重要 性が示唆された. 受付日:2019年1月23日 受理日:2019年3月31日 発行日:2019年4月16日

Upload: others

Post on 16-Oct-2021

4 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: Occupational Therapy Intervention Process Model (OTIPM)に

廣瀬ら 日本臨床作業療法研究 No.6 2019http://jscot.kenkyuukai.jp/journal2/ Page 20 of 25

実践報告 Open Access

日本臨床作業療法研究 No.6:20−25,2019 ISSN:2188−8418

Ⅰ.はじめに

 近年,作業療法(以下:OT)は,対象者の作業に焦

点を当てた実践を重視するパラダイムへと変化してい

る1). そ の 中 で も, 作 業 療 法 介 入 プ ロ セ ス モ デ ル

Occupational Therapy Intervention Process Model(以

下:OTIPM)は,対象者を中心としたトップダウンア

プ ロ ー チ を 実 践 す る た め の 理 論 で あ る2). 昨 今,

OTIPMに基づいた実践報告が散見され3,4),介入の評

価は主にAssessment of Motor and Process Skills(以

下:AMPS)5) が用いられている.AMPSはADLと

IADLにおける作業の「質」すなわち作業遂行能力を評

価することが可能である.先行研究では,作業遂行能力

と心身機能との関係性について検討したいくつかの報告

がある6)7)8).それらの結果からは,作業遂行能力と

心身機能には中等度の相関があることが示されている.

その一方で,OTIPMに基づいたOT実践においては,心

身機能について言及した報告が少なく,作業遂行能力と

の関係性を示した報告はみられない.

 今回,脳出血および脳浮腫により,上肢機能障害なら

びに注意障害を呈した事例に対して,OTIPMに基づい

た介入を行った.本報告の目的は,介入による事例の変

化を AMPSによる作業遂行能力の評価に加え,心身機

能の評価によって検討し,考察を加えて報告することで

ある.尚,本報告における心身機能とは,脳卒中に特異

的な上肢機能および注意機能を指している.

Ⅱ.事例紹介

1.基本情報

 70歳代の女性.夫と2人暮らし.自宅にて頭痛,左上

下肢の違和感および動かしにくさを自覚し,当院に救急

搬送された.診断名は脳出血であり,病巣は右頭頂葉皮

質であった.また,脳皮質全般に浮腫を認めた(図1).

 本報告にあたり事例から書面を用いて同意を得てい

る.

2.OTIPM開始までの経過

 第3病日よりOTを開始した.意識レベルはJapan

coma scaleでⅠ−1であり,左上肢の軽度の麻痺および

物品操作の拙劣さと,動作に伴う軽度のふらつきを認め

た.ADLは全般的に見守りから軽介助が必要な状態で

あった.

 神経内科医は,これらの症状について,画像上で錐体

Occupational Therapy Intervention Process Model(OTIPM)に基づいた作業療法実践における

作業遂行能力および心身機能の変化

廣瀬 卓哉1),室伏未知花1),高橋真須美1)

1)東海大学医学部付属病院 リハビリテーション技術科

Key words:作業療法介入プロセスモデル,脳卒中,作業遂行能力

要旨:脳出血および脳浮腫により上肢機能障害ならびに注意障害を呈した事例に対して,作業療法介入プロセスモデル

(OTIPM)に基づいた介入を実施した.事例にとって重要な作業である家事を中心に実際の作業を基盤とした練習を行

った.介入後には,Assessment of motor and process skills(AMPS)で示される作業遂行能力が統計学的に有意な改

善を認めた.その一方で,上肢機能および注意機能などの心身機能に著明な変化を認めなかった.このことから,

OTIPMに基づいた作業療法実践は,実際の作業で生じる問題点に対して効果的な介入を実践できる可能性がある.また,

問題点や介入後の変化は心身機能の評価のみでは捉え難く,作業遂行能力の側面から評価・介入を実施することの重要

性が示唆された.

受付日:2019年1月23日 受理日:2019年3月31日 発行日:2019年4月16日

Page 2: Occupational Therapy Intervention Process Model (OTIPM)に

廣瀬ら 日本臨床作業療法研究 No.6 2019http://jscot.kenkyuukai.jp/journal2/ Page 21 of 25

路を大きく損傷していないことから,脳浮腫による錐体

路の圧迫に起因した一時的な機能低下の影響であると診

断した.

 OTでは,主にセルフケアを中心としたADL訓練,上

肢機能訓練を中心に実施した.第15病日に概ねADLは

自立した.しかし「部屋で服が畳めなくて困っている」「食

事の時に左手を食器にぶつけてしまう.」「面会の時に,

夫に情けないところを見せられない」等の発言が聞かれ

た.また,この時期から「家事は実際にやってみないと

できるか分からない.」「家に帰ってから気をつけること

を具体的に教えて欲しい」等の自宅退院に向けた作業を

可能とするための具体的な練習や助言へのニーズが多く

聞 か れ た. こ れ ら の 経 過 を ふ ま え, 第18病 日 よ り

OTIPMに基づいた介入を実施することとした.今回,

本事例に対してOTIPMによる介入を選択した理由は,

脳浮腫による病態であることから,心身機能の改善が見

込まれる可能性があったこと,事例本人が早期に作業の

可能化を望んでいることを鑑みて,心身機能に焦点を当

てたアプローチと比してOTIPMによる介入の優先順位

が高いものと判断したためである.

Ⅲ.評価

1.作業遂行能力の評価 

AMPS

 AMPSは標準化された観察型の評価法で,ADLや

IADLを評価する125の課題が設定され,対象者にとっ

て馴染みのある環境において実施し,身体的努力の増大,

効率性,安全性,自立性の側面を観察し評価する5).専

用ソフトウェアによる解析で運動技能およびプロセス技

能の測定値が算出される.それぞれカットオフ値が設け

られており,地域で自立した生活が可能か否かの判断基

準となる.

2.心身機能評価

上肢機能評価

1)Fugl-Meyer Assessmentの上肢項目(以下:FMA)

 Brunnstromらが報告した運動麻痺の回復過程に基づ

いた脳卒中の疾患特異的な上肢運動機能障害の検査であ

る.全33項目の上肢の運動要素を評価者が観察し,0〜

2点で評価する.得点範囲は0〜 66点である.本報告で

は麻痺手の分離運動を客観的に評価するために用いた.

2)Box and Block test(以下:BBT)

 60秒以内に可能な限り多くのブロックを1個ずつ箱か

らもう一方の同じ大きさの箱へと移動させることによっ

て測定される簡便な上肢機能検査である9).上肢の粗大

なパフォーマンスを定量的に判定することが可能であ

る.

3)Nine hole peg test(以下:NHPT)

 主に手指の巧緻性を検査する評価法である10).9つの

ペグを規定の穴に差し込み,差し込んだペグをすべて抜

くまでの所要時間を評価として用いる.

注意機能評価

Trail Making Test(以下:TMT)

 TMTは本邦における注意機能障害の代表的な評価法

である.TMT-AとTMT-Bの2つから構成されており,

A4用紙に印刷された数字ならびに平仮名を順番に線で

結び,その所要時間を評価として用いる.

図1 脳画像

右頭頂葉の出血および,脳全体の浮腫を認めた.

Page 3: Occupational Therapy Intervention Process Model (OTIPM)に

廣瀬ら 日本臨床作業療法研究 No.6 2019http://jscot.kenkyuukai.jp/journal2/ Page 22 of 25

3.心身機能の評価結果

 心身機能の評価はOTIPMによる介入の開始前と終了

後に行った.BBT,NHPTにおいて年齢別平均9)10)と

比較し成績の低下を認めていた(表1).TMT-Aでは,

上城ら11)が示したカットオフ値の117.5秒よりも時間を

要していた.

Ⅳ.OTIPMに基づいた介入の経過

1.クライエント中心の遂行文脈の確立

 本報告では半構成的な面接にて目標を聴取した.本事

例は,面会に訪れる夫に心配をかけたくないという思い

が強く,早期の作業の可能化を望んでいた.そのため,

半構造的な面接を用いて速やかに作業の聴取を行い,介

入を行う方針とした.作業の聴取方法としては「現状で

困っていることは何か.」「今後自宅に帰るに当たり,必

要な事柄は何か.」等の質問から,外的と内的要因から

なる遂行文脈の10側面2)について聴取するように努め

た.以下に聴取された10側面について記す.

 【環境】神経内科病棟に入院中であり,4人部屋で過

ごしていた.洗面台や浴室,トイレは共有空間であった.

自宅は二階建ての一軒家.夫と同居していた.

 【役割】入院患者として院内で過ごすという役割があ

った.病前は家事全般を担う主婦としての役割があった.

夫の趣味であるマラソンを支援するために,栄養バラン

スを考えた食事作りや,練習着の洗濯などを担い,夫を

献身的に支えていた.休日は買い物に行ったり,友人と

食事や旅行に出かけたりしていた.

 【動機】自宅に退院し,主婦としての役割に復帰した

いと考えていた.夫は亭主関白であることから,家事の

経験がほとんどなく,事例は今回の入院で夫に迷惑をか

けていると感じていた.また,娘は海外で働いており,

心配をかけたくないという気持ちが強く,リハビリテー

ションに意欲的に取り組むことで,早期の退院を目指し

ていた.

 【課題】ADLは自立していたが,食事の際に左上肢で

食器を支えられない,左上肢を他の食器にぶつけてしま

う,更衣の際に左上肢で服が上手く把持できない,自室

で衣類を上手く畳めないなどの訴えがあった.

 【文化】自分のことは自分でやりたい,周りの人に迷

惑をかけたくないという信念,価値があった.家事や買

い物は,決められた1日のスケジュールに沿って行う習

慣があり,家事全般に自分なりの方法やこだわりがあっ

た.

 【社会】夫,娘,医師や看護師,リハビリテーション

スタッフとの関わりがあった.夫は頻回に面会に訪れて

いた.娘は海外で勤務しており電話でのやりとりが多い.

家族との関係は良好であった.病院スタッフとは問題な

く良好な関係を保っていた.

 【制度】医療保険を利用していた.

 【心身機能】脳出血および脳浮腫の影響により,上肢

機能と注意機能の低下を認めた(表1).また,物を持

った状態での歩行の際のふらつきや,工程が多い課題で

のとまどいや動作の性急さを認めた.

 【時間】70歳代,大学を卒業後,一般企業に就職し,

結婚後の出産にて退職した.夫は仕事で家を空けること

が多く,事例がほとんどの子育てや家事を担っていた.

夫の退職後も,主婦としての役割を通して夫を支えてい

た.入院後は病院の予定に沿って生活していた.

 【適応】「練習を通して,気をつけることの具体的なア

ドバイスを聞きたい.」などの発言が聞かれ,リハビリ

テーションに意欲的に取り組む姿勢が伺えた.

2.遂行文脈の強みと問題

 自宅における家事や,庭の植物の手入れなどが重要な

作業として挙げられた.その中で優先的に取り組みたい

作業として,食事の準備や洗濯などの家事が挙げられた.

また,左上肢の麻痺による物品操作の拙劣さが,それら

の生活に与える影響を心配する言動が多く聞かれた.

3.課題遂行の観察と遂行分析

 AMPSで作業遂行能力を評価した.選択した作業項目

は「L-1:洗濯物かごにある洗濯物をたたむ」と「A-3:

ポットでお茶をいれる」であった.算出されたロジット

値は,運動技能で0.2,プロセス技能で0.4であった.

Fisherら5)が示したカットオフ値(運動技能2.0,プロ

セス技能1.0)を下回った.

4.効果的行為と非効果的行為の記述

1)洗濯物を畳む課題

 左上肢で把持したものが滑る(grips),衣類のボタン

を操作する際の拙劣さ(manipulates),両手動作中に手

が滑る(grips, coordinates),動作の緩慢さ(paces),

籠に左上肢をぶつける(navigates),左上肢を伸ばす際

の努力性および拙劣さの増大(reaches, flows),洗濯物

を拡げる際に肘があがる(positions),軽度のふらつき

(stabilizes),衣類が畳めていないことに気づかない

(terminates),途中で作業の手を止める(continues),

表1 心身機能の変化

初期評価 再 評 価

FMABBT

NHPTTMT-ATMT-B

63  35  45秒160秒241秒

63  34  42秒151秒230秒

Page 4: Occupational Therapy Intervention Process Model (OTIPM)に

廣瀬ら 日本臨床作業療法研究 No.6 2019http://jscot.kenkyuukai.jp/journal2/ Page 23 of 25

空間で衣類を整えられない(organizes)などが観察さ

れた.

2)お茶を入れる課題

  お 茶 入 れ る 際 に 持 っ た 急 須 や お 盆 が か た む く

(handles),作業中に机に寄りかかる(aligns),お盆を

持 っ た 歩 行 に お け る 軽 度 の ふ ら つ き(walks,

transports),動作の緩慢さ(paces),茶葉が入った容

器 を 開 け る 際 に 手 が 滑 り 時 間 を 要 す(grips,

coordinates),左上肢を伸ばす際の努力性および拙劣さ

の増大(reaches, flows)左上肢を伸ばした際に急須に

ぶつかる(navigates)などが観察された.

5.原因の明確化と解釈

 空間で衣類を整えられない,左上肢を他のものにぶつ

ける,衣類のボタンを留める時や茶葉が入った容器を開

ける際に手が滑るなどの問題は,脳出血および脳浮腫に

よる左上肢の運動麻痺の影響によるものと思われた.ま

た,洗濯物を畳む際に途中で作業の手を止めるなどの効

率性の低下は,注意機能の低下の影響だけでなく,左上

肢の機能低下に事例が順応しておらず,病前と同じ感覚

で左上肢を使用していたことによるものと解釈した.

6.介入モデルの選択と介入計画

1)介入モデルの選択

 プロセス技能が0.0以上であったが,運動技能は1.0以

下であったため,代償モデルが有効と考えた5).また,

本事例は介入内容の学習が良好であり,リハビリテーシ

ョンに積極的に取り組む姿勢が伺えた.これらを踏まえ

て,代償モデルと習得モデルを選択した.一方で,早期

に作業の可能化を望んでいること,心身機能の低下は脳

浮腫による一過性のものであることを考え,回復モデル

は選択しなかった.

2)介入計画

 18病日から23病日の6日間に計5回の介入を実施し

た.1回の介入時間は40分であった.

代償モデルによる介入

 左上肢を使用する際の環境調整や作業の遂行方法を変

更した.具体的には,洗濯物を畳む際には,机の上やベ

ッドの上に衣類を置き,工程が複雑な襟や袖がある部分

を右側へ配置すること,左上肢で衣類を持つ際には,持

っている指先に注意を向けて作業を行うことなどの方法

を変更した.調理や掃除などの家事では,左上肢の位置

や使用状況を常に注意すること,特に両手動作では,左

上肢に注意が向きにくくなるため気をつけることなどを

確認した.具体的には,食器洗いの際に,洗剤が付いた

食器を支える際に持ち上げるのではなく,置いた状態で

支えること,洗い物を始める前にシンクの中を事前に整

頓することなどを提案した.床掃除では,自宅で使用す

る機会がある簡易的なモップを使用することから開始

し,作業に慣れた段階で掃除機を使用することを提案し

た.

習得モデルによる介入

 上記の方法を実際の作業を行う中で繰り返し練習し

た.OTは助言を徐々に減らすことで難易度を調整した.

また,課題遂行における結果について適宜フィードバッ

クを行うことで学習を促した.練習開始当初は,左上肢

で衣類や食器を扱う際の拙劣さがみられ,多くの助言が

必要であった.また,工程の中での焦りや,安全への配

慮が不十分な様子が観察された.特に,お盆を持った状

態での歩行ではふらつきがみられ,近位での見守りが必

要であった.各工程で生じる左上肢の使いにくさや,動

作の不安定性を振り返り,どのような方法であれば,作

業が問題なく行えるかについて事例と話をした.繰り返

し練習する中で,作業の工程の中で左上肢の効率的な使

用方法の獲得や,お盆を持った状態での歩行の安定性の

向上を認めた.

Ⅴ.結果

 OTIPMによる介入前後でAMPSによって示される作

業遂行能力の改善を認めた(図2).上肢機能および注

意機能などの心身機能は大きな変化を認めなかった(表

1).左上肢を使用するための工夫点や,安全性への配

慮について,事例から自発的な提案がされるようになっ

た.病棟生活における作業遂行能力の変化を認め,「食

事中に気をつけながら左手を使うようになった.」「部屋

で自分の衣類を畳むことができた.」等の発言や,「実際

のやり方を確認できて良かった.」「やり方のコツが分か

って自信がついた.」といった発言が聞かれた.その後,

OTを継続し,IADLが自立した.観察上,脳浮腫の軽

減に伴う左上下肢の麻痺および注意障害の改善を認め

た.退院準備が整い,64病日に自宅退院となった.

Ⅵ.考察

 本事例はOTIPMによる介入を通して作業遂行能力の

改善を認めた.その一方で上肢機能および注意機能など

の心身機能に大きな変化を認めなかった.このことから,

OTIPMに基づいた作業療法実践は,実際の作業で生じ

る問題点に対して効果的な介入を実践できる可能性があ

る.また,問題点や介入後の変化は心身機能の評価のみ

では捉え難く,作業遂行能力の側面から評価・介入を実

施することの重要性が示唆された.以下にその論拠を述

べる.

Page 5: Occupational Therapy Intervention Process Model (OTIPM)に

廣瀬ら 日本臨床作業療法研究 No.6 2019http://jscot.kenkyuukai.jp/journal2/ Page 24 of 25

 本報告における作業遂行能力の改善について,AMPS

の変化は運動技能とプロセス技能ともに0.9ロジットで

あり,Fisherら5)が示したAMPSの2標準偏差値(運動

技能0.6,プロセス技能0.4)以上の改善を認め,統計学

的に有意な変化であることが示された.

 本事例の場合,心身機能の大きな変化を認めていない

ことから,これらの変化は作業遂行能力の改善の影響が

大きいものと考える.

 作業遂行能力は課題(作業),人,環境の相互作用に

より変化し,社会や文化などの要素が複雑に絡み合って

決定される12).そのため,作業遂行能力の改善には,心

身機能へのアプローチのみでは不十分であり,事例の作

業を多角的に捉える必要がある.OTIPMに基づいた介

入の特徴は,クライエント中心の遂行文脈の確立を通し

て,作業に関する思いや意味,その課題の習慣化の程度,

課題がどのように為されるべきかを包括的に捉えること

ができる.さらに,実際の作業遂行を基盤として評価と

介入を行うため,心身機能では捉え難い問題点にアプロ

ーチすることが可能である.

 本報告では,クライエント中心の遂行文脈の確立によ

り,事例の家庭での役割や,夫に心配をかけたくないと

いう思いが明らかとなり,介入する作業の優先順位の共

有につながった.また,作業を基盤として練習を行った

ことにより,課題特異的な技能の改善13)および,作業

遂行上の問題点について事例と話をする機会が設けられ

た.それにより事例の課題に対する主体的な問題解決方

法の学習を促進した可能性がある.結果として,実際に

練習した作業の改善に加えて,OTが直接介入していな

い食事や,衣類を畳む作業の変化に影響したものと推察

する.

Ⅶ.結語

 本報告の結果より,心身機能の改善自体が作業遂行能

力の向上に直結するとは限らず,心身機能に加えて作業

遂行能力の側面からも評価および介入を行うことの必要

性が示唆された.本報告は単一事例の報告であり,本報

告で得られた知見の一般化には更なる事例の集積が必要

である.また,本事例は脳浮腫による心身機能の低下で

あり,脳梗塞や脳出血などによる直接的な錐体路損傷と

は異なる病態であった.また,OTに対する理解や協力

があり,作業遂行能力の改善が得られやすかったことが

考えられる.今後は介入内容を統制し,OTIPMによる

作業遂行能力と心身機能の関係を明らかにする必要があ

る.

【参考文献】

1) Fisher AG: Occupational-centerd, occupation-based,

occupation-focused: Same, same or different? Scand J

Occup Ther 20(3): 162-173,2013

2) Fisher AG,斎藤さわ子(監訳):作業療法介入プロセ

スモデル−トップダウンのクライアント中心の作業を基

盤とした介入の計画と実行のためのモデル.日本AMPS

図2 作業遂行能力の変化

Page 6: Occupational Therapy Intervention Process Model (OTIPM)に

廣瀬ら 日本臨床作業療法研究 No.6 2019http://jscot.kenkyuukai.jp/journal2/ Page 25 of 25

©日本臨床作業療法学会

研究会,2014

3) 池内克馬,西田征治,竹内一裕:急性期脳出血と頚椎症

性筋萎縮症を有する個人クライエントに有益だった作業

中心の実践.作業療法37:448 〜 454,2018

4) 丁子雄希:高次脳機能障害を呈するクライエントに対す

る作業療法介入プロセスモデル(OTIPM)に基づいた

食事アプローチ,作業療法ジャーナル 52:1094-1098,

2018

5) Fisher AG: Assessment of Motor and Process Skills.

7th edition, Three Star Press, Fort Collins, 2010.

6) Kizony R, Katz N: Relationships between cognitive

abilities and the process scale and skills of the

assessment of motor and process skills (AMPS) in

patients with stroke. OTJR 22: 82-94, 2002.

7) Marom B, Jarus T: The Relationship between the

assessment of motor and process skills (AMPS) and

the large allen cognitive level (LACL) test in clients

with stroke. Physical & Occupational Therapy in

Geriatrics 24 : 33-50, 2006.

8) Mercier L, Audet T, Hebert R, Rochette A, Dubois MF:

Impact of motor, cognitive, and perceptual disorders

on ability to perform activities of daily living after

stroke. stroke 32: 2602-2608, 2001.

9) Mathiowetz V, Volland G, Kashman N, Weber K: Adult

norms for the Box and Block Test of manual dexterity.

Am J Occup Ther. 39 386-391 1985

10) Mathiowetz V, Weber K, Kashman N, Volland G: Adult

norms for the nine-hole peg test of finger dexterity.

Occup Ther J Res 5-1: 25-37, 1985

11) 上城憲司,井上忠俊,西田征治,大田尾浩,久保温子:

地域在住高齢者における注意機能と心身機能との関連性

─Trail Making Testのカットオフ値.地域リハビリテ

ーション11(7):480-485, 2016

12) Gillen G: A fork in the road: an occupational hazard?

Am J Occup therapy 67: 641-652, 2013

13) 吉川ひろみ,斎藤さわ子:作業療法がわかる COPM・

AMPS実践ガイド.医学書院,pp23-76,2014