日本航空(jal)とアメーバ経営 - core · 2019. 5. 21. ·...

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はじめに 日本航空(JAL )の再上場 2010 (平成 22 )年 1 月に経営破綻し再建中で あった日本航空(JAL )は,管財人から会長に委 嘱された稲盛和夫(京セラ㈱名誉会長)の強力な リーダーシップのもと,驚異的なスピードで企業 再生を果たした。日本航空(JAL )が 2010 (平 22 )年 2 月会社更生手続きに伴い,証券取引 所(東京,大阪,名古屋)から上場廃止されたこ とは記憶に新しいところである。すでに,会社更 生手続きも 2011 (平成 23 )年 3 月には終結させ ている。昨年の 2012 (平成 24 )年 9 19 日には 東京証券取引所第一部への再上場を遂げた。わず 2 8 カ月の復活にはだれもが驚かされた。日 本航空(JAL )の再生は,当初から更生計画数値 目標の達成すら危ういとされ,二次的な経営破綻 も心配されていた。帝国データバンクの「会社更 生法」に関する調査によれば,集計可能な 1962 (昭和 37 )年以降に会社更生法を申請したうち, 後に「再上場」した企業はわずか 9 社(6 . 5 %) に止まっている 1 ,過去に例を見ない異例の再建 である。一体なにが会社内部で起こったのか。稲 盛和夫(京セラ㈱名誉会長)が導入した「アメー バ経営」の果たした役割は,多大である。いま一 度,ここで日本航空(JAL )の経営破綻当時の経 営実態を整理しておく。 1 ] 日本航空(JAL )の経営破綻と その再生 経営破綻の実態 日本航空(JAL ),日本航空インターナショナ ル及びジャルキャピタルの 3 社(「更生会社 3 社」) は,2010 (平成 22 )年 8 31 日,『更生計画案』 を東京地方裁判所に提出した。すでに,管財人に 59 社会科学論集 139 2013 . 6 特別寄稿 日本航空(JAL )とアメーバ経営 はじめに 日本航空(JAL )の再上場 1 ] 日本航空(JAL )の経営破綻とその再生 経営破綻の実態 日本航空(JAL )の再上場 2 ] 日本航空(JAL )の更生計画とその実行 更生計画の内容 組織再編等 更生計画の実行 3 ] 稲盛和夫のアメーバ経営 アメーバ経営誕生の背景 知りたいのは 現在の数字 経営者の分身をつくる 組織をいかに分割するか アメーバ間の社内売買 時間当り採算表 経営哲学の重要性 リーダー教育のカリキュラム 4 ] 日本航空(JAL )の管理者教育 JALグループ企業理念 JALフィロソフィ 5 ] 日本航空(JAL )の経営財務構造 アメーバ組織と部門別採算制度 経営数値管理と強固な財務基盤 おわりに 日本航空(JAL )の歴史課題 許認可行と航空会社経営 稲盛改革効用限界

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  • はじめに 日本航空(JAL)の再上場

    2010(平成22)年1月に経営破綻し再建中で

    あった日本航空(JAL)は,管財人から会長に委

    嘱された稲盛和夫(京セラ㈱名誉会長)の強力な

    リーダーシップのもと,驚異的なスピードで企業

    再生を果たした。日本航空(JAL)が2010(平

    成22)年2月会社更生手続きに伴い,証券取引

    所(東京,大阪,名古屋)から上場廃止されたこ

    とは記憶に新しいところである。すでに,会社更

    生手続きも2011(平成23)年3月には終結させ

    ている。昨年の2012(平成24)年9月19日には

    東京証券取引所第一部への再上場を遂げた。わず

    か2年8カ月の復活にはだれもが驚かされた。日

    本航空(JAL)の再生は,当初から更生計画数値

    目標の達成すら危ういとされ,二次的な経営破綻

    も心配されていた。帝国データバンクの「会社更

    生法」に関する調査によれば,集計可能な1962

    (昭和37)年以降に会社更生法を申請したうち,

    後に「再上場」した企業はわずか9社(6.5%)

    に止まっている(1),過去に例を見ない異例の再建

    である。一体なにが会社内部で起こったのか。稲

    盛和夫(京セラ㈱名誉会長)が導入した「アメー

    バ経営」の果たした役割は,多大である。いま一

    度,ここで日本航空(JAL)の経営破綻当時の経

    営実態を整理しておく。

    [1] 日本航空(JAL)の経営破綻と

    その再生

    � 経営破綻の実態

    日本航空(JAL),日本航空インターナショナ

    ル及びジャルキャピタルの3社(「更生会社3社」)

    は,2010(平成22)年8月31日,『更生計画案』

    を東京地方裁判所に提出した。すでに,管財人に

    59

    社会科学論集 第139号 2013.6

    �特別寄稿�

    日本航空(JAL)とアメーバ経営

    三 浦 后 美

    目 次

    はじめに 日本航空(JAL)の再上場

    [1] 日本航空(JAL)の経営破綻とその再生

    � 経営破綻の実態

    � 日本航空(JAL)の再上場

    [2] 日本航空(JAL)の更生計画とその実行

    � 更生計画の内容

    � 組織再編等

    � 更生計画の実行

    [3] 稲盛和夫のアメーバ経営

    � アメーバ経営誕生の背景 知りたいのは

    現在の数字

    � 経営者の分身をつくる

    組織をいかに分割するか

    アメーバ間の社内売買

    � 時間当り採算表

    � 経営哲学の重要性

    リーダー教育のカリキュラム

    [4] 日本航空(JAL)の管理者教育

    � JALグループ企業理念

    � JALフィロソフィ

    [5] 日本航空(JAL)の経営財務構造

    � アメーバ組織と部門別採算制度

    � 経営数値管理と強固な財務基盤

    おわりに 日本航空(JAL)の歴史的課題

    � 許認可行政と航空会社経営

    � 稲盛改革の効用と限界

  • よって「調査報告書」(2010(平成22)年3月25

    日付)が提出され,つづいて「更生計画案提出時

    期の変更」(2010(平成22)年5月25日付)と

    いう流れをたどる。この間,2010(平成22)年1

    月19日に㈱企業再生支援機構の支援が決定され,

    東京地方裁判所の更生手続開始から8カ月が過ぎ

    ている。更生会社の一連の動きは,現実の事業展

    開を実行しながら再建させることが,いかに難し

    いことかを物語っていた。日本航空(JAL)は

    2009(平成21)年3月期の決算から収益力悪化

    を顕在化させた。その収益構造は営業収益(売上

    高)1兆9,511億円(前年度比▲12.5%),営業利

    益▲508億円(前年度900億円),経常利益▲821

    億円(前年度698億円),当期純損益▲632億円

    (前年度169億円)と前期に対して大幅に悪化し

    ていった。特に,営業総利益率は前年度の20.3%

    から13.5%へと急激な変化を表している。一方,

    総資産額1兆7,506億円,純資産額1,967億円と,

    その経営の肥大化をストップしたものの,自己資

    本比率は前期の22.1%から11.2%へと著しく財務

    体質を劣化させた。その後,管財人は,2009(平

    成21)年6月31日現在,日本航空の実質債務超

    過額が7,042億円にのぼっていることを明らかに

    した。債務超過の実態はさらに悪化していった。

    管財人は更生手続開始決定日[2010(平成22)

    年 1月 19日]において,すでに債務超過額が

    9,500億円になっていることを公表した。その間,

    有利子負債額も多額にのぼり,同時期の収益構造

    にみるキャッシュフローに比して大変な過剰債務

    を負って苦しんでいる経営実態がみられる。

    日本航空の資産構成は,典型的な固定資産型産

    業で,その7割近くを有形固定資産・航空機で占

    めている。一方,その資本構成は事業資金の8割

    前後が負債資本で賄われている。負債資本に占め

    る有利子負債の割合は5割~6割で,さらに,そ

    の中身は長期負債資本(社債,長期借入金)が9

    割近くを占める。まさに,調達資本のほとんどは

    借金で成り立っている。したがって,キャッシュ

    フローが悪化すると,経営の基盤そのものをも常

    に揺るがしかねない軟弱な資産・資本構造を秘め

    た産業である。日本航空(JAL)の営業収益(売

    上高)は,過去 22年間を振り返ってみると,

    1984(昭和59)年度の9,227億円から2006(平

    成18)年度2兆3,019億円へと2.5倍に拡大して

    きた。しかしながら,同期間の営業収益(売上高)

    のマイナスになった年度は,1986(昭和61)年

    度をはじめ,7回を数える。その変動がはげしい。

    また,営業利益・経常利益・当期利益ともマイナ

    スになった年度は,同様の7回である。その収益

    構造は脆弱である。その結果,日本航空(JAL)

    は,同時期の純資産構成における内部留保(利益

    準備金,その他の剰余金など)を取り崩しつづけ

    た。これらのマイナスは航空産業のイベントリス

    クと深く関連性を持っている。わけても,日本航

    空(JAL)固有の問題としては,1985(昭和60)

    年8月12日の日本航空ジャンボ機墜落事故と,

    2001(平成13)年10月1日から2006(平成18)

    年10月1日までに行われた㈱日本エアシステム

    との経営統合・合併問題があげられる。日本航空

    (JAL)の経営危機は,近時の一過性のものでは

    なく,歴史的,構造的に,その時の経営者によっ

    て「問題の先送り」という放漫経営から発生して

    きたものである。

    � 日本航空(JAL)の再上場

    2012(平成24)年9月19日,日本航空(JAL)

    は,社長名で『当社上場に際して』という声明を

    出している。日本航空(JAL)は ・本日,東京証

    券取引所市場第一部に上場いたしました・と報告

    する。はじめに,・当社は,2010年1月19日に

    会社更生法の適用を申請したことに伴い,債権者

    の皆様に多額の債権放棄を,そして株主の皆様に

    100%減資をお願いするなど,多くのご関係の皆

    様に多大なるご迷惑をお掛けいたしました・と謝っ

    ている。更生計画での再建中は ・㈱企業再生支援

    機構より3,500億円のご出資を頂き・支えられた

    とする。実施した内容は ・不採算路線からの撤退

    により事業規模を60%に縮小,40%の人員数削

    減と20%の人件費単価の削減,企業年金の最大

    53%削減,グループ会社の半減に加え,企業とし

    ての根幹をなす企業理念の再構築,「JALフィロ

    ソフィ」の制定,部門別採算制度の導入等により,

    社会科学論集 第139号

    60

  • 組織の内部からも一から立ちなおるべく,意識を

    高めてまいりました・というもので,大変熾烈な

    改革策であった(2)。これらの改革によって,日本

    航空(JAL)の資産・資本構造は大幅に改善され

    た。更生会社3社と管財人が東京地方裁判所に提

    出した更生計画案によると,2010(平成22)年3

    月末時点での連結概算ベースで,総資産額1兆

    5,174億円に対して負債額が2兆4,766億円に膨

    らみ,差額▲9,592億円の債務超過に陥っていた

    という(3)。その後,更生計画に沿った債権放棄な

    どが実施され,2011(平成23)年3月末時点で

    の連結概算ベースで,純資産額が1兆1,774億円

    増加した。その主な増加の内訳は,①一般更生債

    権の87.5%にあたる5,215億円に対する債務免除

    などの債務免除益5,837億円,②㈱企業再生支援

    機構による出資金を含む計3,627億円の出資,③

    退職給付制度改定益1,543億円などである(4)。

    2011(平成23)年3月末時点での連結概算ベー

    スで,総資産額は1兆2,065億円,負債額は9,882

    億円,その差額の純資産額2,182億円を計上した。

    日本航空(JAL)の実質債務超過額は2009(平

    成21)年6月31日時点で▲7,042億円存在して

    いる。管財人が2009(平成21)年12月17日に

    公表して明らかになった。2010(平成22)年に

    経営破綻した日本航空(JAL)の営業利益は,

    2011(平成23)年3月期に1,884億円,2012(平

    成24)年3月期に2,049億円に回復した。ようや

    く,日本航空(JAL)の債務超過は解消されたの

    である。

    [2] 日本航空(JAL)の更生計画と

    その実行

    � 更生計画の内容(5)

    更生計画については,以下の点があげられる。

    ①非効率機材の早期退役による機種数の削減と,

    新鋭中小型機材の導入によるダウンサイジング,

    不採算路線からの大胆な撤退により,赤字路線を

    全廃する。②空港コスト構造改革,施設改革,人

    事賃金制度・福利厚生制度の見直し等を行い,こ

    れまでにない徹底した費用削減を行うとともに固

    定費の変動費化に努める。また,ホテル事業の売

    却等,子会社の売却・清算を行い,経営資源を航

    空運送事業へ集中する。③早期退職・子会社売却

    等により,日本航空グループの人員削減をより推

    進し,2009(平成 21)年度末の 48,714人から

    2010(平成22)年度末には約32,600人にする。

    ④国内旅客事業は,多頻度・小型化を図り羽田線

    を中心としたネットワークを維持し,収益性の向

    上に努める。国際旅客事業は,他航空会社との二

    者間提携の活用を含めてネットワークの強化を図

    る。特にアメリカン航空とはATI認可を申請し,

    太平洋路線の収益の強化を目指す。⑤グループ経

    営方針の共有化を確実に行える,より効率的・戦

    略的な組織を構築する。また,グループ損益実体

    把握の早期化,数値責任の明確化により,計画を

    確実に実行できる経営管理体制を構築する。⑥リー

    マンショックのような金融危機・新型インフルエ

    ンザ発生等,イベントリスクの発生時に即応でき

    る体制等を整備することにより,リスク耐性のあ

    る経営を実現する。⑦初年度から営業黒字化・債

    務超過脱却による早期再生を目指す。以上の諸施

    策の実行に際しては,安全運航の確保を大前提と

    したうえで,経営陣および現場が一体となったコ

    ミュニケーションを欠かすことなく,適切なマネ

    ジメントによって安全確保体制の実行状況をモニ

    タリングしつつ,これらを実現していくという。

    � 組織再編等

    組織再編等については,以下の点があげられる。

    ①日本航空,日本航空インターナショナル及びジャ

    ルキャピタルの3社は,日本航空インターナショ

    ナル(JALI)を存続会社として合併する。②日

    本航空の株主保有の株式については,株式の無償

    取得および自己株式の全部消却を行うとともに,

    日本航空インターナショナルは,資本金および資

    本準備金の全部を減少させる。③日本航空インター

    ナショナルは,企業再生支援機構より3,500億円

    の払込みを受けて,株式を発行する。④日本航空

    インターナショナルは,ジャルウェイズおよびジャ

    ルリーブルを吸収合併する。⑤更生債権・更生担

    保権(更生債権等)の権利変更は,更生計画認可

    日本航空(JAL)とアメーバ経営

    61

  • 決定日の翌日,更生会社3社合併後に生じる。⑥

    更生債権等の弁済率は,更生3社で同一(いわゆ

    るパーレート弁済方式)とし,合併により更生会

    社3社間の内部債権を消滅させ,重複債権の一本

    化を行う。⑦更生担保権は,確定更生担保権額全

    額について7年間の分割弁済を行う。ただし,裁

    判所の許可を得て繰り上げ一括弁済も行うことが

    できる。⑧処分予定の更生担保権目的物について

    は,2011(平成23)年3月10日までに売買契約

    等が締結された場合に限り処分価額連動弁済方式

    が適用する。⑨一般更生債権については,確定債

    権額の87.5%の免除を受け,7年間の分割弁済を

    行う。ただし,裁判所の許可を得て繰り上げ一括

    弁済を行うこともできる。⑩日本航空の企業年金

    基金の債権は,改定された日本航空企業年金規約

    との整合を図る権利変更を行い,同規約の定めに

    基づき掛金の支払いを行う。⑪国内社債券につい

    ては,更生計画認可決定日から3か月以内に,権

    利変更後の金額を一括弁済とする。⑫2011(平成

    23)年4月1日,日本航空インターナショナルの

    社名は「日本航空」とする。

    � 更生計画の実行

    更生計画は確実に実行された。短期的に収支改

    善効果が見込まれる9つの施策には,次のような

    具体的なアクションをともなっていた(6)。①[航

    空機機種数の削減]非効率機材を中心に103機を

    退役する計画であったが,実行では52機にとど

    まった。2008(平成20)年度末に14機種,279

    機あった航空機(自社所有+リース)は,2010

    (平成22)年度末で10機種,227機となった。②

    [路線ネットワークの適正化(赤字路線からの撤

    退)]2008(平成20)年度末から2010(平成22)

    年度末に向けて,国内線で153路線から110路線,

    国際線で67路線から47路線へと大幅に減少させ

    た。貨物便について,貨物専用機(フレーター)

    を運休・退役させ,旅客機の貨物室を貨物室(ベ

    リー)を利用した事業に特化した。③[航空運送

    業への経営資源の集中(子会社売却)]航空事業

    との関連性の低いグループ会社を中心に売却を進

    め,2008(平成20)年度末に子会社203社,関

    連会社83社あったグループ会社数は2010(平成

    22)年度末には子会社129社,関連会社70社ま

    で減少させた。④[機動性を高める組織,経営管

    理体制の構築(組織体制の改正と収益責任の明確

    化)]2010(平成22)年12月に組織改正を行う。

    各本部を大きく3つ,事業部門,事業支援部門,

    本社部門に分けたうえで,本部ごとの収支管理を

    スタートさせた。同時に,路線別の収支が即時把

    握できる仕組みを導入し,収益責任を明確化した。

    ⑤[自営空港体制の大幅な縮小(空港コスト構造

    改革)]関西国際空港および中部国際空港に保有

    していた空港地上業務の子会社の売却など,空港

    内で使用していた施設の返却や自社で行っていた

    空港地上業務の縮小などを計画通り実行した。⑥

    [施設改革(スペース見直し)]オフィススペース

    の徹底的な見直しにより,不動産賃料の削減を計

    画通りに行った。⑦[人員削減]グループ従業員

    数の3割削減は,ほぼ計画通り実施した。2009

    (平成21)年末に4万 8,714人だった従業員数は,

    2010(平成22)年度末には3万1,263人になった。

    そのやり方は特別早期退職の募集,整理解雇,関

    連事業の売却や整理・再編などを含む厳しい施策

    が実行された。⑧[人事賃金・福利厚生制度の改

    定(年金給付水準の引き下げ)]従業員の基本賃

    金カットや福利厚生を含めた人事賃金制度の見直

    しにより,給付水準の大幅な見直しを行った。企

    業年金の給付額は,モデルケースでOB約30%

    減,現役約53%減となった。⑨[各種コストの圧

    縮]各部が個別におこなってきた調達行為を,調

    達本部に一元化した。

    [3] 稲盛和夫のアメーバ経営

    稲盛和夫(京セラ㈱名誉会長)は,日本航空

    (JAL)の更生計画を実行するにあたって,1959

    (昭和 34)年に創業間もない京都セラミック㈱

    (「京セラ」)の生産現場で生み出した『アメーバ

    経営』の経営手法を徹底的に導入した。アメーバ

    経営とは機能ごとに小集団部門別採算制度を活用

    して,すべての組織構成員が経営に参画するプロ

    セスである(7)。

    社会科学論集 第139号

    62

  • 2009(平成21)年10月3日にアメーバ経営学

    術研究会シンポジウムで稲盛和夫(京セラ㈱名誉

    会長)が講演した「アメーバ経営はどのようにし

    て誕生したか」をもとに,その理論を概観してみ

    る(8)。なお,以下�~�の文中にアンダーライン

    を引いたのは筆者によるもので,その考え方を注

    視するために付けたものである。

    � アメーバ経営誕生の背景 知りたいのは

    現在の数字

    『当時,損益計算においても,経理担当者が数

    カ月前の月次損益計算書をつくって私に持ってき

    てくれました。私は会計を全く知りませんでした

    から,会計用語そのものがわかりませんでした。

    損益計算書を見ながら,その意味することを根ほ

    り葉ほり聞いて,「なるほど,こういう風にして,

    利益や損失が出ているかを見るのか」と勉強して

    おりました。

    そのように会計を学ぶ中で,会計というのは過

    去にどういう業績であったかは知ることができる

    が,会社を現在,うまく経営する方法というのは

    教えてくれないのだと気付きました。―(省略)―

    つまり,経営の結果を見るのが会計学であり,実

    際に会社経営をやるために使うものではないとい

    うことです。そこで,会社経営に使える生きた会

    計学というのはないのかと一生懸命に考え続けて,

    今のアメーバ経営を考えついたのです』(9)。

    � 経営者の分身をつくる

    『会社は次第に大きくなっていきました。そう

    なってくると,経営者である自分1人で,組織全

    体を見ることができなくなってまいりました。そ

    こで,経営者である私と同じように経営責任を分

    担してくれるような共同経営者を育成すべきだと

    思いました。そういう人材を育成するには,会社

    の組織を細分化して,現場のリーダーでも見られ

    るような小さな部門をつくり,責任を持って経営

    を見てもらうべきだと考えました。―(省略)―

    会社の組織を独立採算がとれるような最小の部門

    にまで分割し,それぞれの部門ごとに損益計算書

    に匹敵するような採算表をつくり,それをベース

    にして,経営者マインドを持った責任者にその部

    門の損益を管理してもらうことにしました』(10)。

    � 組織をいかに分割するか

    『そのアイデアを実行する際に,最初に遭遇し

    た問題は,組織をどのように分けるのかという点

    でした。京セラがまだ中小零細企業の頃の代表的

    なセラミック製品の製造工程は,原料工程からは

    じまり,成形工程,焼成工程,加工工程という四

    つの工程に分けられました。はじめはこれらの工

    程を一気通貫で捉えて損益計算をしていたわけで

    すが,それを工程ごとに,「この部門の損益計算,

    この部門の損益計算」というふうに採算を見てい

    くことにしたのです。―(省略)―工程別に分割

    した独立採算制の小さな組織ですが,市場とビジ

    ネスの変化に応じて常に柔軟に変化していくこと

    から,私はその小さな組織を「アメーバ」と命名

    することにいたしました』(11)。

    � アメーバ間の社内売買

    『次に遭遇した問題は,アメーバの売上を計上

    したらよいかという点でした。アメーバを独立採

    算で運営するには損益計算が必要となりますので,

    各アメーバの売上を計算しなければなりません。―

    (省略)―このように社内における売りと買いを

    発生させることを考えました。すべての部門の採

    算表を集計すると,この社内売りと社内買いの合

    計が相殺消去されて,一般的な損益計算書の売上

    が計算できるという仕組みになっています』(12)。

    � 時間当り採算表

    『アメーバ経営の「時間当り採算表」で―(省

    略)―上から総出荷,社外出荷,社内売,社内買

    とあります。社外出荷と社内売を足した総出荷か

    ら社内買を引き,部門の総生産を計算します。―

    (省略)―いろいろな経費があり,その合計を総

    生産から控除して差引売上を計算します。差引売

    上とは,人件費を除くすべての経費を総生産から

    控除したもので,その部門の付加価値を意味しま

    す。この差引売上を,総生産をあげるのに要した

    総労働時間で割り,一時間当りどれだけの付加価

    日本航空(JAL)とアメーバ経営

    63

  • 値を出したのかを「時間当り」という形で表現す

    るようにしました。この部門がいくらの利益を出

    したかを計算する場合には,人件費を経費の欄に

    入れなければなりません。しかし,そうすると少

    人数のアメーバの場合,その部門の課長,係長の

    給料や従業員の給料まで全部わかってしまうこと

    になります。それでは会社の中の雰囲気が悪くな

    ると思いますので,あまり赤裸々に社員の給料ま

    で公開しないために,人件費は経費に入れません

    でした。入れない代わりに,総時間で付加価値を

    割った時間当りの付加価値を計算して採算性の指

    標としたのです。―(省略)―

    このように付加価値という指標を使うことで,

    「俺の部門はいくら�かっているんだ」というよ

    うなことを公表することは避けるようにしました。

    京セラは現在でも成果主義の報酬制度は採ってお

    りません。これは社内の人間関係を壊すと思って

    います。―(省略)―今では会社が大きくなりま

    したので,大きな部門については利益を計算する

    ようにしていますが,昔はすべて時間当り採算表

    で経営しておりました』(13)。

    � 経営哲学の重要性

    『このように部門ごとに独立採算で見ていくよ

    うにしましたが,運営していく上でもいくつかの

    問題が発生しました。最初に遭遇したのは,それ

    ぞれの部門における値決めでした。―(省略)―

    アメーバ経営では,最終販売価格はマーケット価

    格に直結していますので―(省略)―,毎月のよ

    うに下がる最終販売価格からさかのぼって適正な

    社内売買価格を決めなければ,うまく運用できな

    いのです。そうしますと,各部門の責任者は採算

    というものを非常に重視しますから,原材部門の

    人はなるべく高く原料を売ろうとしますし,逆に

    成形部門の責任者はなるべく安く原料を買いたい

    と思います。同様にすべての部門が,前工程から

    安く買いたい,後工程に高く売りたいと考えます

    と,この間で揉めるわけです。―(省略)―この

    ようなことを防ぎ,フェアな経営をしていくには,

    やはり責任者の人間性が大事になっていきます。

    各部門が売り買いをするにしても,会社経営全体

    をするにしても,人間ができていなければならな

    いということです。何が正しいのか,何がフェア

    なのか,それが常に問われます。物事を損得で判

    断するのではなく,善悪で判断する,「人間とし

    て正しい哲学」が必要だと私は考えております。

    非常に強欲な人間では,お互いのチームワークを

    乱していきますから,公平・公正な判断をしてく

    れる,また,思いやりに満ちている人間性でなけ

    ればならない。そういうリーダーおよび社員の人

    たちが持つべき哲学を私は「京セラフィロソフィ」

    と名付け,つくりあげてきました。「そのような

    考え方を皆が身に付けてください。そうでなけれ

    ばアメーバ経営というのはうまくいきません」と

    言い続けてきました。―(省略)―このように,

    社内売買をする場合でも,それぞれの責任者に立

    派な人間性が必要となりますし,コンピュータに

    入れる数字も,正義感を持って正しく数字を入力

    しなければなりません。売上や利益をあげたいと

    思って,ちょっと粉飾をしただけでも,経営の実

    態がわからなくなってくるのです。―(省略)―

    つまり,会計学の根底には,フェアに正直に数字

    を扱っていくという哲学が必要なのです。会計シ

    ステムというのは,倫理観や哲学が不離不即でな

    ければ,成り立たないわけです』(14)。

    アメーバ経営は,京セラの創業者である稲盛和

    夫が長年の経営実践の中から,独自にあみ出した

    経営管理システムである。アメーバ経営は,すで

    に多くの企業に応用され,いまや一企業の固有の

    経営管理システムを超えた存在になってきている。

    アメーバ経営は世界に発信すべき日本的経営シス

    テムの典型的な事例でもある。ここでの「日本的

    経営システム」とは20世紀に支配的であったア

    メリカ型経営システムと対比した概念で,より普

    遍性をともなっていると考えられる。まさに,世

    界に誇るべき日本企業の競争優位性は,・モノづ

    くりはヒトづくり・という言葉の中に隠されてい

    る(15)。日本企業のモノづくりは,アメリカのよ

    うな科学的管理法のモノづくりとは異なり,従業

    員の創意工夫を活用する自律的組織によるモノづ

    くりである。・モノづくりはヒトづくり・という

    言葉,決して ・カネづくり・,つまり利益獲得を

    社会科学論集 第139号

    64

  • 軽視しているという考え方ではない。あの「トヨ

    タの中興の祖」「トヨタの大番頭」と呼ばれた石

    田退三は,・カネづくり―モノづくり―ヒトづく

    り・の三位一体の経営の大切さを強調した。三位

    一体の経営とは,企業経営の目標は利益獲得,す

    なわち ・カネづくり・であるが,・カネづくり・

    は事業活動,すなわち ・モノづくり・によってな

    されなければならない。そして,・カネづくり・

    と ・モノづくり・の基礎となるのが ・ヒトづくり・

    である(16)。

    双方は共通している。稲盛和夫は,『かつてア

    メリカのエンロンやワールドコムで起こりました

    不正経理を見ても,やろうと思えば,いとも簡単

    に粉飾決算ができるのです。この場合は,経営トッ

    プが関与して,グループ全体の損益計算書や貸借

    対照表を粉飾したわけです』(17)とし,・ヒトづく

    り・の難しさを強調した。アメーバ間の社内売買

    について,その運用の難しさを明らかにしている。

    『社内売買をする場合でも,それぞれの責任者に

    立派な人間性がひつようとなりますし,コンピュー

    タに入れる数字も,正義感を持って正しく数字を

    入力しなければなりません。売上や利益をあげた

    いと思って,ちょっと粉飾をしただけでも,経営

    の実態がわからなくなってくるのです』(18)。その

    ため,アメーバ経営は ・ヒトづくり・に多くの時

    間を費やす。実際に,アメーバ経営を実践するた

    めの稲盛和夫のリーダー教育のカリキュラムは,

    「稲盛経営12カ条」「会計7原則」「6つの精進」

    から構成され,よりわかりやすくその経営哲学を

    実践しているのである。

    � リーダー教育のカリキュラム

    『稲盛経営12カ条』は,次のような内容で構成

    されている。『1.事業の目的,意義を明確にする

    (公明正大で大義名分のある高い目的を立てる)。

    2.具体的な目標を立てる(立てた目標は常に社

    員と共有する)。3.強烈な願望を心に抱く(潜在

    意識に透徹するほどの強く持続した願望を持つこ

    と)。4.誰にも負けない努力をする(地味な仕事

    を一歩一歩堅実に,弛まぬ努力を続ける)。5.売

    上を最大限に伸ばし,経費を最小限に抑える(入

    るを量って,出ずるを制する。利益を追うのでは

    ない。利益は後からついてくる)。6.値決めは経

    営(値決めはトップの仕事。お客様も喜び,自分

    も�かるポイントは一点である)。7.経営は強い

    意志で決まる(経営には岩をもうがつ強い意志が

    必要)。8.燃える闘魂(経営にはいかなる格闘技

    にもまさる激しい闘争心が必要)。9.勇気をもっ

    て事に当たる(卑怯な振る舞いがあってはならな

    い)。10.常に創造的な仕事をする(今日よりは

    明日,明日よりは明後日と,常に改良改善を絶え

    間なく続ける。創意工夫を重ねる)。11.思いや

    りの心で誠実に(商いには相手がある。相手を含

    めて,ハッピーであること。皆が喜ぶこと)。12.

    常に明るく前向きに,夢と希望を抱いて素直な心

    で』(19)。

    『会計7原則』はつぎのような内容である。『1.

    キャッシュベース経営の原則。「キャッシュベー

    スの経営」というのは,「お金の動き」に焦点を

    あてて,物事の本質にもとづいたシンプルな経営

    を行うことを意味している。会計はキャッシュベー

    スで経営をするためのものでなければならないと

    いうのが,私の会計学の第一の基本原則である。

    2.一対一対応の原則。「一対一の対応」の原則は,

    会計処理の方法として厳しく守られなければなら

    ないだけではなく,企業とその中で働く人間の行

    動を律し,内から見ても外から見ても不正のない

    ガラス張りの経営を実現するために重要な役割を

    担うものである。3.筋肉質経営の原則。企業は

    永遠に発展し続けなければならない。そのために

    は,企業を人間の体に例えるなら,体の隅々にま

    で血が通い,つねに活性化されている。引き締まっ

    た肉体を持つものにしなければならない。つまり,

    経営者はぜい肉のまったくない筋肉質の企業をめ

    ざすべきである。4.完璧主義の原則。完璧主義

    とは,曖昧さや妥協を許すことなく,あらゆる仕

    事を細部にわたって完璧に仕上げることをめざす

    ものであり,経営においてとるべき基本的な態度

    である。5.ダブルチェックの原則。「ダブルチェッ

    ク」とは,経理のみならず,あらゆる分野で,人

    と組織の健全性を守る「保護メカニズム」である。

    6.採算向上の原則。企業の会計にとって自社の

    日本航空(JAL)とアメーバ経営

    65

  • 採算向上を支えることは,もっとも重大な使命で

    ある。採算を向上させていくためには,売上を増

    やしていくことはもちろんであるが,それと同時

    に製品やサービスの付加価値を高めていかなけれ

    ばならない。付加価値を向上させるということは,

    市場において価値の高いものをより少ない資源で

    つくり出すということである。また,それは,事

    業活動により従業員の生活を向上させていくと同

    時に社会の発展に貢献するための前提条件となる

    ものでもある。7.ガラス張り経営の原則。私は

    京セラを創業以来,心をベースにした経営,つま

    り社員との信頼関係にもとづいた経営を心掛けて

    きた。中小企業であった京セラが厳しい競争に打

    ち勝っていくためには経営者と社員が固い絆で結

    ばれ,団結していることが不可欠だったのである。

    そのような信頼関係を構築するためには,会社の

    置かれている状況を包み隠さず社員に伝える必要

    がある。そう考え,私はガラス張りの経営を行い,

    全社員が京セラの経営状況がわかるようにしてき

    た』(20)。

    『六つの精進』とは,人生や仕事において,重

    要となる実践項目をまとめあげたものである。

    「六つの精進」を毎日連綿と実践し続けていけば,

    やがてすばらしい人生が開けていくはずだと述べ

    ている。『1.誰にも負けない努力する。2.謙虚に

    して驕らず。3.反省のある毎日を送る。4.生き

    ていることに感謝する。5.善行,利他行を積む。

    6.感性的な悩みをしない』(21)。

    [4] 日本航空(JAL)の管理者教育

    � JALグループ企業理念

    JALグループ企業理念は,2011(平成23)年1

    月に公表された。『JALグループは,全社員の物

    心両面の幸福を追求し,一,お客さまに最高のサー

    ビスを提供します。一,企業価値を高め,社会の

    進歩発展に貢献します』というものである。その

    目的は「公明正大で,大義名分のある高い目的を

    掲げ,これを全社員で共有することで,目的にむ

    かって全社員が一体感をもって力を合わせていく

    ことができると考えています」とある。稲盛和夫

    (京セラ㈱名誉会長)は,JALのホームページで,

    さらに,その内容をわかりやすく解説している。

    『JALグループに集う,経営陣を含めた社員一

    人ひとりは,日々,人生や生活をかけて懸命に働

    いています。その私たち社員が「JALで働いて

    いてよかった」と思えるような企業を目指さなけ

    れば,お客さまに最高のサービスを提供すること

    もできませんし,企業価値を高めて社会に貢献す

    ることもできません。そのような考えに基づいて,

    企業理念の冒頭に「全社員の物心両面の幸福を追

    求する」と掲げています。従って,私たちは,経

    済的な安定や豊かさに加えて,仕事に対する誇り,

    働きがい,生きがいといった人間の心の豊かさを

    求めていくとともに,心をひとつにして一致団結

    し,お客さまに最高のサービスを提供できるよう,

    必死の努力をしていかなければなりません。

    次に「お客さまに最高のサービスを提供する」

    とありますが,これは,お客さまに世界一の安全

    性,定時性,快適性,利便性を提供するというこ

    とを意味しています。最後に,「企業価値を高め,

    社会の進歩発展に貢献する」とありますが,これ

    は,私たち全社員が,強い採算意識と不屈不撓の

    精神をもち,公明正大な方法で努力を重ねて利益

    を上げ,株主配当,納税,社会貢献等を行うこと

    により,社会の一員としての責任を果たすという

    ことを意味しています。JALグループは,この

    企業理念を普遍的な経営の目的,経営の基本とし,

    「JALフィロソフィ」の実践を通じてその実現を

    目指していきます』(22)。

    JALグループ企業理念は,ある意味で厳しい。

    『JALはこのやり方でやる。ついてこられる者だ

    けついてきてほしい。各人の生き方を否定してい

    るわけではない。だが,JALはこのやり方でや

    るので,やりたくない人はほかに行ってくれ,と

    いう厳しいメッセージでもある』(23)。

    � JALフィロソフィ

    JALグループ企業理念を達成するのに実践し

    なければならないのが,JALフィロソフィであ

    る。JALグルーフ企業理念と同様に,JALフィ

    ロソフィは,2011(平成23)年1月に公表され

    社会科学論集 第139号

    66

  • た。第1部:すばらしい人生を送るために(全4

    章15項目),第2部:すばらしいJALとなるた

    めに(全5章25項目)から構成されている。

    『第1部:すばらしい人生を送るために。第

    1章 成功方程式(人生・仕事の方程式)「人

    生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」第2章

    正しい考え方をもつ。「人間として何が正しい

    かで判断する」「常に謙虚に素直な心で」「小善

    は大悪に似たり,大善は非情に似たり」「もの

    ごとをシンプルにとらえる」「美しい心をもつ」

    「常に明るく前向きに」「土俵の真ん中で相撲を

    とる」「対極をあわせもつ」第3章 熱意をもっ

    て地味な努力を続ける。「真面目に一生懸命仕

    事に打ち込む」「有意注意で仕事にあたる」「パー

    フェクトを目指す」「地味な努力を積み重ねる」

    「自ら燃える」第4章 能力は必ず進歩する。

    「能力は必ず進歩する」

    第2部:すばらしいJALとなるために。第

    1章 一人ひとりがJAL。「一人ひとりがJAL」

    「率先垂範する」「尊い命をお預かりする仕事」

    「お客さま視点を貫く」「本音でぶつかれ」「渦

    の中心になれ」「感謝の気持ちをもつ」第2章

    採算意識を高める。「売上を最大に,経費を最

    小に」「公明正大に利益を追求する」「採算意識

    を高める」「正しい数字をもとに経営を行う」

    第3章 心をひとつにする。「最高のバトンタッ

    チ」「現場主義に徹する」「ベクトルを合わせる」

    「実力主義に徹する」第4章 燃える集団にな

    る。「強い持続した願望をもつ」「有言実行でこ

    とにあたる」「成功するまであきらめない」「真

    の勇気をもつ」第5章 常に創造する。「昨日

    よりは今日,今日よりは明日」「見えてくるま

    で考え抜く」「果敢に挑戦する」「楽観的に構想

    し,悲観的に計画し,楽観的に実行する」「ス

    ピード感をもって決断し行動する高い目標をも

    つ」』(24)

    第 1部では,JALグループ企業理念にある

    「全社員の物心両面の幸福を追求する」を実現す

    るための,人としての心構えを示している。また,

    第2部では,JALグループ企業理念にある「お

    客さまに最高のサービスを提供する」「企業価値

    を高め,社会の進歩発展に貢献する」を実現する

    ための,JALグループ社員の心構えを示してい

    る(25)。

    このような,JALフィロソフィは,「コーポレー

    ト・ガバナンスの基本方針」に具体的に反映させ

    た。主な箇所をとりあげる。『JALグループは,

    企業理念「全社員の物心両面の幸福を追求し,一.

    お客さまに最高のサービスを提供します。一.企

    業価値を高め,社会の進歩発展に貢献します」の

    もと,「JALフィロソフィ」を定め,適切な経営

    判断を迅速に行うと同時に,高い経営の透明性と

    強い経営監視機能を発揮するコーポレート・ガバ

    ナンス体制を確立し,企業価値の向上に努め,説

    明責任を果たします』(26)。『取締役会は,会社法,

    関連法令および定款に次ぐ重要なものとして「コー

    ポレート・ガバナンス・ガイドライン」を定め,

    コーポレート・ガバナンスを確立し,少なくとも

    年 1回見直しを行います。取締役は「JALフィ

    ロソフィ」の実践を通じて企業理念の実現をめざ

    し,その状況を取締役会に報告します』(27)。『JAL

    フィロソフィ教育。代表取締役社長は,「JALフィ

    ロソフィ」をJALグループに浸透させるため,

    自らを含め,JALグループの役員および社員を

    対象としたJALフィロソフィ教育を適宜実施し

    ます』(28)。『内部統制システムの基本方針。1.取

    締役の職務の執行が法令および定款に適合するこ

    とを確保するための体制について。 ●企業の行動

    指針である「JALフィロソフィ」を制定し,取

    締役にその実践を促します』(29)。『5.使用人の職

    務の執行が法令および定款に適合することを確保

    するための体制について。 ●企業の行動指針であ

    る「JALフィロソフィ」を制定し,使用人にそ

    の実践を促します』(30)。『6.企業グループにおけ

    る業務の適正を確保するための体制について。

    「JALグループ会社管理規程」を制定し,グルー

    プ各社が「JALフィロソフィ」に基づいて公正

    かつ効率的に経営を行う体制を確保します』(31)。

    「JALフィロソフィ」のモデルである京セラの

    アメーバ経営の実践では,強烈な経営理念(フィ

    日本航空(JAL)とアメーバ経営

    67

  • ロソフィ)とそれを全従業員に会得させるフィロ

    ソフィ教育を基礎に展開されている。現在では,

    「教育プログラムとして,フィロソフィ教育(国

    内および海外),マネジメント教育,職能別教育,

    技術教育,職種別教育,その他の六つのコースが

    用意されている。特筆すべきことは,フィロソフィ

    教育が国内および国外において,経営幹部,中堅

    社員,社員という全社員に対して実施されている

    ことであり,国内のパートタイマーについても同

    様にフィロソフィ教育が行われている」(32)という。

    2011(平成23)年3月に「JALフィロソフィ

    手帳」が全社員に配られた。携帯型の手帳で,40

    項目の「行動指針」が記されている。『「航空サー

    ビスの現場で個人に机が与えられることは稀です

    から。常に持ち歩くことを前提にしないと,フィ

    ロソフィを全社員に定着させるのは難しいと考え

    ました」(意識改革事務局)』(33)。『JALフィロソ

    フィ手帳の作成に際しては,社員同士が日々語り

    合うことを何よりも重視したという。そのため,

    手帳の携帯性が重んじられた。手帳のサイズは,

    運航,整備,客室,空港の各部門に属する現場社

    員の制服のポケットにきちんと収まるように決定

    された』(34)。『また,グローバルに拠点を持つ

    JALにとっては,海外でもJALフィロソフィを

    定着させることが重要な課題となってくる。JAL

    フィロソフィ手帳が完成した4カ月後には中国語

    版が,その1カ月後には英語版が完成した』(35)。

    併せて,2011(平成23)年4月からJALグルー

    プ全社員を対象に,JALフィロソフィ教育が開

    始された。全社員が,年4回,必ずフィロソフィ

    教育を受講しなければならない(36)。現在,リー

    ダー教育,フィロソフィ教育がもたらしたものは,

    圧倒的な社内の雰囲気の変化である。組織間およ

    び上下間の壁を壊し,かつてのJALでは考えら

    れなかったコミュニケーション闊達な会社へと様

    変わりした。その大きな要因は,『「JALのDNA

    が変わった」というよりも,JALの社員ひとり

    ひとりが,かつて社内にあった常識を打ち破るこ

    とで「JALの DNAが持つ強みを最大限引き出

    すことに成功した」という見方ができるのではな

    いだろうか。JAL本来の DNAが輝きを取り戻

    したのである』(37)。

    [5] 日本航空(JAL)の経営財務構造

    � アメーバ組織と部門別採算制度

    アメーバ経営には3つの目的がある。第一の目

    的は,市場に直結した部門別採算制度の確立にあ

    る。会社経営の原理原則は,売上を最大にして,

    経費を最小にしていくことである。この原則を全

    社にわたって実践していくため,組織を小さなユ

    ニットに分けて,市場の動きに即座に対応できる

    ような部門別採算管理を行う。第二の目的は,経

    営者意識を持つ人材の育成することにある。組織

    を必要に応じて小さなユニットに分割し,中小企

    業の連合体として会社を再構成する。そのユニッ

    トの経営を,アメーバリーダーに任せることによっ

    て,経営者意識を持った人材を育成していく。第

    三の目的は,全員参加経営を実現することにある。

    全従業員が,会社の発展のために力を合わせて経

    営に参加し,生きがいや達成感を持って働くこと

    ができる「全員参加経営」を実現する(38)。

    つぎに,重要なことは,アメーバ経営における

    組織の分割方法についてである。無目的に,その

    組織がただ単に細かくすればよいわけではない。

    『ここで述べる要諦は,アメーバ経営の成否を握

    るといっても過言ではない。それは,複雑である

    会社組織を,どのように切り分けていくのかとい

    う問題である。組織の分け方というのは,事業の

    実態をよく把握し,その実態に沿ったものでなけ

    ればならない。そのために,私は三つの条件があ

    ると考えている。第一の条件は,切り分けるアメー

    バが独立採算組織として成り立つために,「明確

    な収入が存在し,かつ,その収入を得るために要

    した費用を算出できること」である。第二の条件

    は,「最小単位の組織であるアメーバが,ビジネ

    スとして完結する単位となること」である。第三

    の条件は,「会社全体の目的,方針を遂行できる

    ように分割すること」である。この三つの条件を

    満たしたときに,はじめてひとつのアメーバを独

    立させることができる。「アメーバ組織をどのよ

    うにつくっていくのかということは,アメーバ経

    社会科学論集 第139号

    68

  • 営の始まりであり,終わりである」といっても過

    言ではない。アメーバの組織づくりは,アメーバ

    経営の要諦である』(39)。

    � 経営数値管理と強固な財務基盤

    日本航空(JAL)は,株主への利益還元を経営

    の重要課題の一つと位置付けている。2013(平成

    25)年3月期における目安とすべき配当性向とし

    て,「連結当期純利益の15%程度」を配当に充て

    ることとしている。また,日本航空(JAL)は,

    『JALグループ2012~2016年度中期経営計画』

    で,「5年連続営業利益率10%以上」「2016年度

    末自己資本比率50%以上」という目標を掲げて

    いる(40)。2014(平成26)年度内の達成が視野に

    入ってきたことから,今期以降の配当性向を,

    「連結当期純利益の20%程度」に変更することを

    予定している。経営目標 JALグループは,高

    い生産性に支えられた競争力あるユニットコスト

    をベースに,国内,海外のネットワークを拡充す

    る。ことにより世界の成長を取り込み,お客さま

    が常に新鮮な感動を得られるようなサービスを提

    供することを通じて,下記を達成することを経営

    目標とする。『1.安全運航はJALグループの存

    立基盤であり,社会的責務であることを認識し,

    輸送分野における安全のリーディングカンパニー

    として,安全運航を堅持する』。『2.お客さまが

    常に新鮮な感動を得られるような最高のサービス

    をご提供し,2016年度までに「顧客満足No.1」

    を達成する』。『3.景気変動やイベントリスクを

    吸収しうる収益力,財務基盤として,「5年連続

    営業利益率10%以上,2016年度末自己資本比率

    50%以上」を達成する』(41)。

    このように,具体的に経営数値を目標管理しな

    がら,強固な財務基盤を確立していくやり方であ

    る。

    おわりに

    日本航空(JAL)の歴史的課題

    日本航空(JAL)は,2013(平成25)年3月

    期の連結決算の見通しを発表した。その収益構造

    は営業収益(売上高)1兆2,280億円(前回比1.1

    %増加),営業利益1,650億円(前回比12.7%増

    加),経常利益1,770億円(前回比14.2%増加),

    当期純利益1,630億円(前回比16.4%増加)と予

    想され,再上場直前の2012(平成24)年8月現

    在の見通しに対して上方修正した内容になった。

    旺盛な国際線の旅行需要やコスト削減策が寄与し

    た。けん引役は,団塊の世代を中心としたシニア

    層である。欧米や東南アジアなど海外旅行に出か

    ける人が過去最高だった2000(平成12)年を上

    回って1,850万人程度になった模様だという(42)。

    日本航空(JAL)は,米国のFlightStats社よ

    り,2012(平成24)年1月~12月に運航した国

    内線・国際線の定時到着率が「90.35%」となっ

    たことについて,世界の大手航空会社29社中第

    1位の認定を受ける(MajorInternationalAir-

    lines部門)。同時に,アジアメジャー部門(Asia

    MajorAirlines部門)においても第 1位に認定

    された。加えて,日本航空(JAL)は,所属する

    ワンワールド・アライアンスも今回新設されたア

    ライアンス部門で第1位の認定を受けた。日本航

    空(JAL)グループは,航空会社の品質の根幹で

    ある定時運航に日々努めており,極めて高い定時

    性を維持できている。これからも安全運航を大前

    提としつつ,全社員一丸となり,さらなる定時性

    向上に取り組み,「世界で一番お客さまに選ばれ,

    愛される航空会社」を目指すという,日本航空

    (JAL)グループの「新たなJALブランド化」が

    進化しつつある(43)。

    ここで,改めて,日本航空(JAL)の歴史的課

    題が残った。すなわち,「許認可行政と航空会社

    経営」「稲盛改革の効用と限界」という課題であ

    る。

    � 許認可行政と航空会社経営

    日本航空(JAL)は,1953(昭和 28)年8月

    施行の日本航空株式会社法に基づき,資本金 20

    億円の半額を国が出資する特殊法人となり,1987

    (昭和 62)年の完全民営化までの間,監督官庁で

    ある運輸省(当時)の指導監督下に置かれた。そ

    のため,政府から路線の運営維持のための補助金

    日本航空(JAL)とアメーバ経営

    69

  • の交付を受けるなどの強力な保護を受ける一方で,

    代表取締役の決定や定款変更等が運輸大臣の許可

    事項とされるなど,種々の規制を受けることとなっ

    た。運賃の認可や空港の発着枠の決定を通じた運

    輸省(現国土交通省)の行政指導は1987(昭和

    62)年の完全民営化後も存続した。30年以上に

    わたって培われた官僚依存の体質を容易に改善で

    きず,政官民もたれあいの構造は継承された。ま

    さに,政治家,官僚,財界のバランスの中でリー

    ダーが選ばれてきたと考えられる。・かつての日

    航であれば役所や政治家に足しげく通い,その威

    光を利用して社内で発言力を高めようとする幹部

    「日航官僚」がいた。稲盛氏の指導の下で,大半

    は淘汰されたと言われる。だが,稲盛氏が引退す

    れば,「日航の官僚的な気質が甦り,先祖返りす

    る懸念もつきまとう」(航空業界関係者)との指

    摘もある・(44)。

    国土交通省は,2012(平成24)年11月『公的

    支援に関する競争政策検討小委員会』が発足させ

    た。2013(平成25)年2月22日の3回目の会議

    では「航空会社を支援する際の論点整理」を作る

    ことを決定した。論点整理では,同業他社から意

    見を聞いたうえで,破綻企業への支援の内容や条

    件を決めることも課題となる。また,会社更生法

    の適用を受けた日本航空(JAL)は,繰越欠損金

    を利益と相殺することで法人税を減額できる特例

    措置がある。2019(平成31)年3月期までに法

    人税など合計約3,100億円が減免される。同業他

    社は「競争条件がゆがんだ」と主張している。国

    会でも公的な資金注入と会社更生法の2つを使う

    際には,税法上の特典をやめるなり新たな法律を

    作るなりすべきだという。自民党税制調査会が日

    本航空(JAL)への法人税減免措置を見直す方向

    で一致した。自民党は公正な競争を保つための指

    針づくりを求めている。依然として,航空会社経

    営は,許認可行政との関わりの中で,成長しなけ

    ればならないという宿命的立場におかれたままで

    ある。

    � 稲盛改革の効用と限界

    これまで,日本航空(JAL)は,経営者の管理

    者責任が不在であるかのような体制のなかで,放

    漫経営そのものであった。たとえば,当時,航空

    業界の慣行ではあったが,航空機を購入する際の

    リベートを利益計上するという粉飾まがいの利益

    操作が,大きく二つの時期に亘って行われていた。

    リベートとは「機材関連報奨額」である。はじめ

    は,1992(平成4)年度から1999(平成11)年

    年度までの8年間の内7回にわたり利益計上され

    た。つぎは2002(平成14)年度から2004(平成

    16)年度までの3年間に行われた。具体的には,

    損益計算書の営業外損益に「機材関連報奨額」と

    いう勘定科目で計上されている。その金額は膨大

    である。1992(平成 4)年度・機材関連報奨額

    132億円(同年度当期損益▲478億円),1993(平

    成5)年度・機材関連報奨額71億円(同年度当

    期損益▲374億円),1994(平成6)年度・機材関

    連報奨額278億円(同年度当期損益▲146億円),

    1995(平成7)年度・機材関連報奨額/計上なし

    (同年度当期損益▲90億円),1996(平成8)年度・

    機材関連報奨額57億円(同年度当期損益▲144

    億円),1997(平成9)年度・機材関連報奨額66

    億円(同年度当期損益▲629億円),1998(平成

    10)年度・機材関連報奨額191億円(同年度当期

    損益267億円),1999(平成11)年度・機材関連

    報奨額33億円(同年度当期損益197億円)で,

    この8年間に計上した金額を累計すると,機材関

    連報奨額828億円,当期損益▲1,397億円である。

    機材関連報奨額は当期損失の59.2%にものぼる。

    つぎに,2002(平成14)年度・機材関連報奨額

    349億円(同年度当期損益160億円),2003(平

    成15)年度・機材関連報奨額292億円(同年度

    当期損益▲886億円),2004(平成16)年度・機

    材関連報奨額483億円(同年度当期損益300億円)

    で,この3年間の計上した金額を累計すると,機

    材関連報奨額1,124億円,当期損益▲426億円で

    ある。いずれの期間も大幅な赤字を穴埋めするた

    めに計上した金額である。これらの経営判断は,

    会計上の利益操作そのものと考えられる。

    1992(平成4)年~1999(平成11)年の時期で

    の航空業界のイベントリスクを顧みると,1986

    (昭和61)12月~1991(平成3)年12月におけ

    社会科学論集 第139号

    70

  • る「バブル経済の発生とその崩壊」と,つづく

    1991(平成 3)年 1月 17日~同年 2月 28日の

    「湾岸戦争の勃発」があげられる。また,1990年

    代後半以降は,航空業界の国際化時代をむかえて

    いた。たとえば,国際連合(アライアンス),航

    空自由化(オープンスカイ),国際空港24時間化,

    格安航空会社(LCC)の台頭などの動きである。

    大変な国際競争がはじまっていた。日本航空

    (JAL)固有の問題としては,1985(昭和60)年

    8月12日に発生した「日航ジャンボ機墜落事故」

    からの財務上の負担に苦しんでいた。また,1987

    (昭和62)年11月の「日航の完全民営化」によ

    る民間の株式会社になったための経営戦略の見直

    しが求められていた。

    2002(平成14)年~2004(平成16)年の機材

    関連報奨額の利益計上は,2002(平成14)年10

    月1日~2006(平成18)年10月1日に行われた

    「日本航空と日本エアシステムとの経営統合・合

    併」が実施された時期と重なる。のちに分かった

    ことであるが,日本航空と日本エアシステムとの

    経営統合・合併の統合効果は,ほぼないに等しい

    状態であった。2000(平成12)年度連結(日本

    航空と日本エアシステム)単純合算では,営業収

    益(売上高)2兆1,222億円,営業利益963億円,

    経常利益608億円,当期損益432億円であったが,

    2001(平成13)年度連結(日本航空と日本エア

    システム)決算・予想では,営業収益(売上高)

    2兆0,097億円,営業利益▲115億円,経常利益

    ▲442億円,当期損益▲393億円で,経営統合は

    形式的にも実態的にも意義を持っていなかった。

    合併後の2005(平成17)年度連結(日本航空グ

    ループ)決算・想定では,営業収益(売上高)2

    兆 3,020億円,営業利益 1,510億円,経常利益

    1,060億円,当期損益650億円であったが,2005

    (平成17)年度連結(日本航空グループ)決算・

    実績では,営業収益(売上高)2兆1,993億円,

    営業利益▲268億円,経常利益▲416億円,当期

    損益▲472億円で,合併後の日本航空(JAL)に

    とっては,日本エアシステムとの経営統合・合併

    の統合効果は,まったくなかったといえる。むし

    ろ,日本エアシステムの負の遺産のみ引き継いだ

    だけである。ちなみに全日本空輸(ANA)の

    2005(平成17)年度連結決算・実績では,営業

    収益(売上高)1兆2,928億円,営業利益778億

    円,経常利益652億円,当期損益270億円で,日

    本航空(JAL)の収益構造は大きく追い越されて

    いたのである。

    この激動の時代を担った日本航空(JAL)の経

    営陣にも特徴がみられる。日本航空(JAL)歴代

    社長のなかで,初めてキャリア出身で就任したの

    が,高木養根(前職代表取締役副社長,1981(昭

    和56)年6月~1985(昭和60)年11月)である。

    高木養根は「日航ジャンボ機墜落事故」の責任を

    取らさる形で退任した。あとを引き受けた二人の

    経営者がいる。山地進(前職総務長官,代表取締

    役社長 �1985(昭和60)年12月~1990(平成2)

    年 11月�,会長 �1991(平成 3)年 6月~1998

    (平成10)年5月�)と,兼子勲(前職代表取締

    役専務,代表取締役社長 �1998(平成10)年6

    月~2004(平成16)年4月�,会長 �2004(平成

    16)年4月~2006(平成18)年6月�)である。

    二人は,日本航空(JAL)歴代社長を代表的する

    経営者といわれる。二人の経営判断は共通してい

    た。彼らの現役時代の意思決定は,日本航空

    (JAL)の経営実態を覆い隠すのみであった。日

    本航空(JAL)の経営陣は,かねてから収益確保

    とコスト削減による経営の効率化の必要性が指摘

    されていたにもかかわらず,何一つ確かな経営判

    断をしてこなかったからである。経営者が重要課

    題を先送りする意思決定の不作為と経営戦略上の

    経営判断に対する経営者の責任感の欠如にあった。

    稲盛和夫が「アメーバ経営」を導入して,日本

    航空(JAL)の経営陣に最も問いかけたのはこの

    点である。・2010年春,日本航空(JAL)の役員

    会議での「10億円程度の執行役員の説明」での

    出来事である。会長の稲盛和夫が突然,執行役員

    の説明を遮った。「あなたには10億円どころか,

    一銭もあずけられませんな」。部屋の空気は凍り

    付く。執行役員は,ささやかながら抵抗を試みた。

    「しかし会長,この件はすでに予算として承認を

    いただいております」。雷が落ちた。「予算だから,

    必ずもらえると思ったら大間違いだ。あなたはこ

    日本航空(JAL)とアメーバ経営

    71

  • の事業に自分の金で10億円つぎ込めるか。誰の

    金だと思っている。会社の金か。違う,この苦境

    の中で社員が地べたをはって出てきた利益だ。あ

    なたにそれを使う資格はない」。この日を境に

    「消化する」という官僚的な思考が潜む「予算」

    という言葉が日本航空(JAL)から消え,すべて

    「計画」に置き換わった・(45)そうである。

    日本航空(JAL)の経営危機は,一過性のもの

    ではない。「日航ジャンボ機墜落事故」「日本航空

    と日本エアシステムとの経営統合・合併」という

    最も重要な案件に,経営者の「問題の先送り」と

    いう意思決定が組織の官僚化を招いた。その意味

    では「稲盛改革」は,一時的な劇薬効果の効用を

    持つものの,日本航空(JAL)グループ社員の

    「全員参加の経営」意識を長く涵養するためには,

    時間的に限界がある。稲盛和夫自身がもっとも案

    じている。

    ・稲盛の哲学とアメーバ経営が染みついていた

    京セラは創業以来,連結ベースで一度も赤字になっ

    ていない。JALはどうか。稲盛が会長を引き受

    けるときの条件は3年。すでに期限は過ぎている。

    「急によくなったから,不安はある。社員がおご

    れば昔のJALに戻るかもしれない。しかし,ど

    こかできりを付けないとおかしなことになる」(46)・。

    まさに,今後は「ポスト稲盛」が日本航空

    (JAL)の最大のリスクである。

    (1) 特別企画「会社更生法を申請した上場139社の

    追跡調査」帝国データバンク,2012年9月10日。

    (2) プレスリリース「当社株式の上場に際して」

    2012(平成24)年9月19日付,日本航空㈱ホー

    ムページより。

    (3)(管財人広報メモ)「更生計画案の東京地方裁判

    所への提出について」2010(平成22)年8月31

    日付,p.6.

    (4) 引頭麻実編著『JAL再生』日本経済新聞出版

    社,p.33.

    (5) 管財人・更生会社3社「更生計画案の東京地方

    裁判所への提出について」(2010年8月31日)。

    (6) 引頭麻実編著『JAL再生』日本経済新聞出版

    社,pp.23�25.

    (7) この定義は,2006(平成18)年11月1日に創

    設された「アメーバ経営学術研究会」が定めたも

    のである。この研究会の目的は,稲盛和夫(京セ

    ラ㈱名誉会長)によって考案された京セラアメー

    バ経営を学術的に研究するとともに,その研究成

    果を学界・実務界の双方に公開することによって,

    世界におけるアメーバ経営の認識を高めることに

    あるという(アメーバ経営学術研究会(2010)

    『アメーバ経営学』丸善,p.20)。なお,アメー

    バという用語は,小さな組織単位,細胞分裂を繰

    り返す組織単位で,かつ自分の力で生きようとす

    る自律的組織単位でもある(廣本敏郎・挽文子

    「アメーバ経営研究序説」『アメーバ経営学』丸善,

    p.55)。

    (8) 稲盛和夫・特別講演録「アメーバ経営はどのよ

    うにして誕生したか」『アメーバ経営学』丸善,

    pp.1�22.

    (9) 同上,pp.4�5.

    (10) 同上,p.6.

    (11) 同上,pp.7�8.

    (12) 同上,pp.8�9.

    (13) 同上,pp.9�11.

    (14) 同上,pp.11�15.

    (15) 廣本敏郎・挽文子「アメーバ経営研究序説」

    『アメーバ経営学』丸善,p.26.

    (16) 同上,pp.26�27.

    (17) 稲盛和夫・特別講演録,p.14.

    (18) 同上。

    (19) 京セラのホームページより引用。

    (20) 同上。

    (21) 同上。

    (22) 日本航空(JAL)のホームページより引用。

    (23) 引頭麻実編著『JAL再生』日本経済新聞出版

    社,p.79.

    (24) 日本航空(JAL)のホームページより引用。

    (25) 引頭麻実編著『JAL再生』日本経済新聞出版

    社,p.81.

    (26) 日本航空(JAL)のホームページより引用。

    (27) 同上。

    (28) 同上。

    (29) 同上。

    (30) 同上。

    (31) 同上。

    (32) 上總康行「アメーバ経営の仕組みと全体適正化

    の研究」『アメーバ経営学』丸善,pp.26�27.

    (33) 引頭麻実編著『JAL再生』日本経済新聞出版

    社,p.88.

    (34) 同上。

    社会科学論集 第139号

    72

    �注�

  • (35) 同上,p.89.

    (36) 同上。

    (37) 同上,p.96.

    (38) 京セラのホームページより引用。

    (39) 同上。

    (40) 日本航空㈱『2012~2016年度JALグループ中

    期経営計画』2012年2月15日。

    (41) 同上。

    (42) 日経産業新聞2013年2月5日。

    (43) 日本航空㈱『JALGroupNEWS』2012年 2

    月19日。

    (44) 日経産業新聞(2013年2月5日朝刊)「快調日

    航に迫る3つの影」。

    (45) 日本経済新聞(2013年2月18日朝刊)「迫真」

    の記事を要約して引用する。

    (46) 日本経済新聞(2013年2月23日朝刊)「迫真」

    の記事を要約して引用する。

    1.三矢裕『アメーバ経営』東洋経済新報社,2003

    年3月。

    2.村上英樹・高橋望・加藤一成・�原胖夫『航空の

    経済学』ミネルヴァ書房,2006年3月。

    3.塩見英治『米国航空政策の研究』文眞堂,2006

    年6月。

    4.塩谷さやか『新規航空会社事業成立の研究』2008

    年3月。

    5.ANA総合研究所『航空産業入門』東洋経済新報

    社,2008年4月。

    6.日本航空・グループ2010『JAL崩壊』文藝春秋

    (文春新書),2010年3月。

    7.引頭麻実編著『JAL再生』日本経済新聞出版社,

    2013年1月。

    8.アメーバ経営学術研究会編『アメーバ経営学

    理論と実践 』丸善,2010年11月。

    9.町田 徹『JAL再生の真実』講談社現代新書,

    2012年9月。

    10.潮 清孝『アメーバ経営の管理会計システム』中

    央経済社,2013年2月。

    11.『プレジデント』プレジデント社,2013年3月18

    日号。

    �データ・資料�

    1.日本航空(JAL)「有価証券報告書」各年度より

    集計引用。

    2.全日本空輸(ANA)「有価証券報告書」各年度よ

    り集計引用。

    3.日本エアシステム(JAS)「有価証券報告書」各

    年度より集計引用。

    4.㈱企業再生支援機構「日本航空に対する支援につ

    いて」(2010年1月19日)

    5.管財人・更生会社3社「調査報告書のご案内」

    (2010年3月25日)

    6.管財人・㈱日本航空「日本航空の更生計画案提出

    時期の変更」(2010年5月25日)

    7.管財人・更生会社3社「更生計画案の東京地方裁

    判所への提出について」(2010年8月31日)

    8.管財人設置・コンプライアンス調査委員会「調査

    報告書(要旨)」(2010年8月26日)

    9.日本航空(JAL)「2012~2016年度 JALグルー

    プ中期経営計画」(2012年2月15日)

    10.日本航空(JAL)「新規上場申請のための有価証

    券報告書」(Ⅰの部)(2012年8月)

    日本航空(JAL)とアメーバ経営

    73

    参考文献