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Part 1 Cardiaovascular Surgery (心臓血管外科) Written by Y. Wada, M.D. T. Seto, M.D. D. Fukui, M.D. K. Okada, M.D.

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Page 1: Part 1 Cardiaovascular Surgery · 2016-05-24 · 症状の有無が手術適応の重要な決定因子になることもある。 疾患の進行が疑われれば、術前検査をやり直し再評価する必要がある。

Part 1 Cardiaovascular Surgery (心臓血管外科)

Written by Y. Wada, M.D.

T. Seto, M.D.

D. Fukui, M.D.

K. Okada, M.D.

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術前管理から手術、周術期管理に至るまで記録に残すこと (カルテ記載をきちんとすること)

第 1 章 術前管理

A. 病歴聴取 1. 手術の対象となる心・血管疾患の病歴 外来受診時や循環器内科入院時とは状態が変わっている可能性があるので注意する。 心疾患:新たに出現した胸痛や呼吸苦、浮腫、NYHA分類 大動脈瘤:嗄声の出現、血痰、腰痛・腹痛 下肢虚血疾患:跛行距離の短縮、潰瘍の出現・拡大

こうした変化は患者自身も認識していないことがあり、注意深く聴取しないと見落とすことがある。 症状の有無が手術適応の重要な決定因子になることもある。 疾患の進行が疑われれば、術前検査をやり直し再評価する必要がある。

2. 既往歴 特に以下に的を絞って聴取する。 ・特に現在の全身状態に影響があるもの(肺,腎,肝,代謝,血液凝固系など) ・脳梗塞の既往(発症時期、麻痺の有無) ・胸部,腹部などの手術の既往 ・冠動脈疾患:Coronary risk factor(DM,HT,HL,Smoking,HU など) ・弁膜症:リウマチ熱・IE を疑う感染性疾患 ・バージャー病:喫煙歴 (現在禁煙できているかも含め) ・アレルギーの有無(薬物、食物など) ・金属物留置の既往

3. 家族歴 疾患名を本人および家族が把握していなくとも、特徴的な症状や手術・突然死の既往などから聴取可

能なこともある。該当疾患を念頭において聴取すること。 ・マルファン症候群・Loeys Dietz syn.・Ehlers-Danlos syn.

解離・大動脈瘤の家族歴のみならず、側湾などの骨格異常、極度の近視、反復性脱臼、突然死な

どについても聴取すること。 ・Carney 症候群

内分泌疾患の有無、皮膚の色素沈着 ・DM,高脂血症など家族集積のある疾患 ・冠動脈疾患

4. 内服薬の確認 特に抗凝固薬、抗血小板薬 B. 理学的所見 一般的な診察に加えて,特に血管系の状態を把握すること。 当科で扱うほとんどの疾患は動脈硬化性疾患であるため全身に動脈硬化病変がある可能性がある。その

多くは単純な診察によって発見可能である。

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1. 表在動脈の触知,血管雑音の有無 ・心臓血管手術では、術中術後に末梢動脈血流が変化することがある。下肢バイパス術後の改善はもち

ろん、穿刺・送血操作による狭窄、血管内操作による塞栓、バイパス閉塞などによる悪化の場合もある。

術前より動脈触知を頻回に行うことにより合併症をより早く発見することができる。 ・大腿動脈の触知は特に重要である。ステントグラフト挿入・PCPS 装着・IABP 装着時のアクセスル

ートになるからである。 ・触知しない場合ドップラーで血流を確認する(特に下肢動脈) ・血管雑音の聴取 (特に頚部) 2. 心音・呼吸音聴取 ・心雑音の有無(弁膜症) ・COPD、喘息、胸水貯留の有無など 3. 腹部診察 ・腹部拍動性腫瘤の触知(腹部大動脈瘤) ・血管雑音聴取 4. 下肢の静脈の状態 静脈瘤の有無 CABG や下肢 distal bypass では採取に適した SVG があるかどうか.(必要に応じて下肢静脈エコーで

確認する。) 5. 手術創の皮膚の状態(感染、皮疹、創傷・瘢痕など) 切開線上に位置する感染、皮疹は手術創の感染を惹起する。 病歴聴取によって聞き出せなかった開腹歴、開胸歴のチェック。 6. その他骨格異常、皮膚の異常 マルファン症候群など骨格異常を伴う疾患の除外 極端な鳩胸、漏斗胸、側湾では開胸操作に難渋したり、閉胸に工夫が必要なことがある。 末梢動脈疾患における膠原病合併の発見(色素沈着、皮膚硬化など) Carney 症候群では皮膚に色素沈着がみられることがある。 C. 入院時オーダー 1. 検査 ほとんどの検査は入院前に外来あるいは術前精査入院の時に終了している。 入院時には下記の検査が終了しているかどうか、前回検査から長時間経過していないかを確認する。検

査時から症状の変化があれば上級医に相談し再検する。 一般的な血液検査(血算,生化学,凝固(AT-III は除く)のスクリーニング)は入院時に再検する。胸

部 X 線は心疾患では再検する。 (1) 全身状態把握のための一般検査 ・血算,生化学,凝固スクリーニング(PT,APTT,AT-III, FDP-DD) ・感染症(HBsAg,HCVAb,HIV) ・尿一般

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・血液型, 不規則抗体スクリーニング ・動脈血ガス分析 (2) 心・血管疾患の把握のための一般的検査 a. 胸部 X 線写真(正面, 側面)

腹部手術例、TEVAR 例では腹部 X 線写真(臥位・立位) b. 心電図

c. UCG(基本的に当院で再検。)

d. CAG ・腹部大動脈瘤手術・下肢バイパス術でも原則行う。(いずれも冠動脈疾患合併率が高い。) ・他院で行われており狭窄がある場合は画像を当院循環器内科医にもチェックしてもらう。 e. ABI 当科で扱う多くの疾患は動脈硬化性疾患であるため、ABI にて ASO の有無をチェックしておく。ABIは数値だけでなく波形を確認する。石灰化高度症例では異常高値を示すことがある。 f. 頸部エコー (3) 人工心肺使用症例では人工心肺使用リスクの評価のため以下の検査も行う。 a. 胸腹部造影 CT(送血部位、遮断部位の石灰化や粥腫の確認) ・上行大動脈に高度石灰化がある場合には送血部位や遮断方法を考慮する必要がある。 b. 脳 MRI, 頭頚部動脈 MRA(PM 埋め込み後であれば CTA) ・頭頚部動脈に狭窄・閉塞を認める場合脳神経外科にコンサルテーションを行っておく。 ・脳梗塞リスクが極めて高い場合には人工心肺使用を中止したり、IABP を併用することもある。 ・脳梗塞発症直後ではヘパリン使用により出血性梗塞をきたすことがある。 c. 原因不明の貧血、便潜血など出血性病変が疑われる場合には、ヘパリン使用により出血がコントロー

ルつかなくなることがあるため、出血源の検索を行う。 d. 悪性腫瘍は人工心肺使用後に急性増悪(播種・多発転移)することがあるため、術前検査で悪性腫瘍

が疑われた場合にも、手術に先行して精査を行う。場合によっては手術を延期し悪性疾患の治療を

優先することもある。 (4) その他疾患特異的検査 a. 血液検査

DM:HbA1c・一日尿糖(尿定性検査で尿糖陽性の場合) 高安病:血沈 Myxoma:IL-6、血沈、CRP 膠原病・自己免疫疾患:血沈、CRP、各種自己抗体など 炎症性動脈瘤:IL-2、IgG4、血沈、CRP

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心不全:BNP IE・感染性動脈瘤:血液培養 血栓素因のための検査:

AT-Ⅲ、proteinC、proteinS、抗カルジオリピン抗体、抗ループスアンチコアグラントなど b. 胸部―骨盤造影 CT ・ステントグラフト留置では病変部の CT は長くとも半年以内であること。 ・ステントグラフト留置では3mm以下スライスで造影 CT であること。 可能であれば3D 構築していることが望ましい。

・開腹・開胸の大動脈手術の場合も、極端に期間のあいている場合は再検する。

c. 右心カテ ・ASD,VSD などの短絡疾患 ・弁膜症 d. 経食道エコー ・僧帽弁形成術術前 ・大動脈弁手術術前(特に閉鎖不全症;弁輪径、バルサルバ洞径、STJ 径など基部精査) ・心臓粘液腫・心房/心室内血栓など e. その他 ・arch TAA に対する TEVAR では、頭頚部動脈 MRA(あるいは CTA)で左右脳底動脈の connectionをチェックしておく(左鎖骨下動脈塞栓術を行う可能性があるため)。 ・胸部下行・胸腹部大動脈置換例ではアダムキュービッツ動脈を CTA にて同定する。 ・CABG で GEA を使用する場合には GIF を行い胃癌の可能性を否定しておく ・CABG で radial artery を使用する場合にはアレンテストを行っておく。 ・下肢 distal bypass で SVG を使用する場合、事前にエコーで開存を確認しておく。 ・CLI で石灰化高度症例では ABI が重症度を反映しないため SPP を依頼する。 ・虚血肢に対する脂肪幹細胞移植の準備については別途記載する。 2. 術前・術中指示入力 パスの適応となる場合はそれに基づきある程度わかっている範囲のオーダーを事前入力する。そのまま

適応するのではなく、症例にあわせ内容を確認の上オーダーすること。 (1) 内服薬の指示 (内服指示簿の作成) 抗凝固・抗血小板薬以外は原則として術前日の夕まで内服する a. 術前の中止が必要な薬剤 ワーファリン:3 日前に中止 抗血小板剤:入院時(1~2 週間前)に中止 ・中止時にヘパリンへの置換が必要かどうか、上級医に確認すること。 (不安定狭心症、心房細動、巨大左房、左室瘤、人工弁置換例、重症虚血肢など) ・カテーテル治療予定症例・OPCAB 症例では中止の必要はない。 ・開腹移行の可能性の少ない EVAR では中止しないこともあるため上級医に相談する。

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b. ステロイド, 抗てんかん薬など

術中術後の薬剤の継続について専門医師と相談する. ステロイド内服中止中はステロイドカバーが必要である。PSL 相当量を換算表より確認しておく

c. 下剤 開腹手術(胸腹部手術含む)では手術 3 日前よりプルゼニド(センノシド)2錠眠前内服する。 開腹移行の可能性の少ない EVAR 症例では前日のみ内服。

d. 経口糖尿病薬は術前絶食となる場合には中止する。術後摂取量が安定したら再開する。 e. 睡眠導入剤はこれまで内服していたものがあれば継続してよい。 急な変更は不眠、せん妄を生じることがある。

(2)食事 開腹症例では前日食止めとする。内服+飲水は可。食事オーダー画面にて「西八流動①」とコメント

入力すると、経口栄養剤が処方される。 EVAR では前日より低残渣食とする。 糖尿病・透析・腎不全症例など症例にあわせた食事を選択する。 (3)バイタル測定 全身状態に問題なければ術前モニター装着・尿測は必要ない。 処置を要するバイタルの変化には処置を要する原因があると考え、姑息的処置の指示はできるだけし

ない。 姑息的処置の例) 尿量○○ml/h 以下ラシックス1A 静注 酸素飽和度○○%以下酸素開始 (4)頓用指示 疼痛時、不穏時、不眠時などに頓用指示を出すことがあるが、明らかに原因のわかっている症状に対

するもの以外には、術前頓用指示は出さない。症状出現頻度・程度が把握しにくくなるからである。こ

れまで他院・他科で出されていた指示もいったん中止して経過を見ることもある。 例)外来:胸痛時ニトロペン舌下 → 入院後:十二誘導 ECG および Dr コール (5)点滴指示 術前日食止めとなる症例には補液を処方する。 手術日当日には、予防的抗生剤投与を行うため、抗生剤を手術室に持参する。 例)CEZ1g+生食100mlキット x2-3 執刀前、3 時間後、その後3-6時間毎投与 IE などで術前より使用している抗生剤があった場合にはそれを使用する。 (6)検査指示

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手術器具・ガーゼの遺残確認、ドレーンの位置の確認、すぐに抜管しない症例では挿管チューブの位置

確認、術中出血(胸腔、腹部)の有無の確認のため、術後手術室でレントゲン撮影(通常条件・異物条

件)を行う。 これは事前入力する。開胸術では胸部のみ、開腹術・EVAR・TEVAR 症例では胸部、腹部レントゲンを

撮影する(TEVAR 症例でも腹部がアクセスルートとなるため)。ガーゼ遺残の心配や心機能の問題ない

末梢血管手術では必要ない。 3. 輸血の準備 術前検査のときに同時にクロス血を採取する。(クロス血の期限は7日なので注意する) 準備輸血量の目安は以下のとおりだが、事前に執刀医に確認すること。 術前より貧血がある場合、肝硬変など血小板数低下例、抗血小板薬の中止が十分でない例では若干増量、

あるいは濃厚血小板を追加する。 Rh(-)、不規則抗体陽性の場合も MAP を増量することがある。輸血部と相談のこと。 <準備血液量の目安> CABG,弁膜症 MAP 6U+FFP6U

胸部大血管手術 MAP 10U+FFP 10U+濃厚血小板 10U 開腹腹部大動脈手術 MAP 6U EVAR、TVAR MAP 4U 末梢血管手術 T&S 緊急開胸大血管手術 MAP20U + FFP 20U + 濃厚血小板 20U 緊急 CABG,弁膜症 MAP 10U+FFP10U

腹部大動脈瘤破裂 MAP20U + FFP 20U re-do 予想される癒着の程度や手術規模による 研修医は予定されている手術の規模やリスクを想像しにくいと思われるが、執刀医が準備を命ずる輸血

の量によって手術の規模やリスクを予想しうる。どういった予想リスクに基づき輸血を準備しているの

か、準備とともに理由を質問しておくとよい。 4. 各種書類の準備、入力、提出 (1)入院診療計画書(患者の署名をもらいスキャンへまわす。) (2)ICU 入室依頼の入力 開心術・開腹術・EVAR・TEVAR は原則入室依頼を入れる。末梢血管手術では必要ない。 実際に入室するかどうかは当日 ICU ベッド状況および患者の状態によって決まる。 (3)麻酔依頼の入力 送脱血部位や A ラインモニター部位、MEP や片肺挿管の必要性について入力する。 特殊な術式や特別な合併症などを持った症例の場合には,麻酔医と直接話し合うか,麻酔科のカンフ

ァレンスに症例提示をする。上級医と相談。 (4) 術前サマリーのカルテへの入力 サマリーだけでなく、予定されている術式、その理由、考えられうる合併症と対処法などについても

記しておくと諸君自身の勉強になる。 (5) 術前インフォームド・コンセントの準備 基本的に執刀医あるいは第 1 助手が行うため、患者家族との時間調整を行い、立ち会うこと。説明書・

同意書はスキャンにまわすか、手術まで時間がない場合にはサブカルテにはさんでおき術後スキャン

に出してもらう。

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5. 手術に必要な材料・器具の準備 (1)手術材料 基本的には執刀医が行うが、研修医もどんな材料が用意されているのか、必要なのか、把握しておくこ

と a. 人工弁・人工弁輪

当院では生体弁の適応は原則として 65 歳以上としている。 人工弁・人工弁輪ともに様々なメーカー・種類があり症例によって使い分けている。受け持ち症例

でなぜその弁を使用しているのか上級医に質問してみよう。 <当院で現在比較的多用されている人工弁・人工弁輪>

機械弁:ATS・ATS-AP・SJM 弁・SJM-Regent・On-X・TopHat など 生体弁:Trifecta・CEP・Magna・モザイク弁・Mitroflow など

人工弁輪:フィジオリング・MC3・Contour(三尖弁用)など

*この他にも多種多様の製品があり進化し続けている。 進化の方向性を見るだけで心収縮・流体力学としての血流・凝固と溶血・生体防御など循環器学のエ

ッセンスが勉強できる。興味のある者は先輩に質問してみよう。

b. 人工血管 ストレート・1分枝付き・4分枝付き・Y 字が一般的であるが、その他バルサルバ洞型をしたもの

(基部置換用)、人工弁付きグラフト(基部置換用)、腹部 4 分枝付き(内腸骨動脈再建用)、腹部

4分枝付き(胸腹部置換用)がある。また末梢動脈用としてリング付き人工血管、カフ付き PTFEグラフト、Ax-biF 用グラフトなどがある。

<当院で現在比較的多用されている人工血管> J-graft・Triplex・GelWeave など

*人工血管には素材(ダクロン、PTFE)、作り方(編む(ニット)か織る(ウーブン)か)、止血のた

めの工夫(内側のシーリング)、形状の工夫(バルサルバ型など)などにより様々な種類がある。 c. パッチ類:Gore-Tex sheet,牛心膜パッチ,ダクロンパッチなど ・ d. ステントグラフト 基本的に事前オーダーが必要。執刀医が CT よりサイジングを行いオーダーする。 受け持ち症例のサイジングは一度見ておくと理解が深まる。 腹部・胸部ともメーカー数種類あり症例によって使い分けている。 胸部:TAG・TX2・VALIANT・RELAY・Najuta 腹部:Excluder・Zenith・Powerlink ・Endurant (2)特殊器具・装置 基本的に技師さん、ME さんが準備してくれるが、手術にどんな装置が必要なのか、その仕組み、管理

については勉強しておく必要がある。 a. 人工心肺 OPCAB なども増えつつあるものの、依然として人工心肺は心臓手術の要である。 ・脳分離体外循環を必要とするのか、送脱血部位、遮断部位、心筋保護の方法など、症例に応じて考え

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られている。事前にその理由とともに上級医に質問しておく。 ・術野に入らない受け持ち以外の症例で人工心肺を見学しよう。 ・循環補助は必要とするが、心停止を必要としない手術(下行大動脈・胸腹部置換術など)では、F-Fバイパスによる部分体外循環を行う。 b. PCPS ・人工心肺離脱困難な場合には PCPS 装着を行い人工心肺を離脱することがある。 ・手術まで循環動態が保てない症例では術前より装着されていることもある。 ・ICU で PCPS 装着患者がいる場合には積極的に管理・操作方法などを学ぶこと。 c. IABP ・不安定狭心症・心不全などで術前から挿入されている場合は、術後循環動態が落ち着くまで使用する。 ・頭頚部動脈の高度狭窄症例で人工心肺を使用せざるを得ない場合、定状流による脳虚血を回避する目

的で術前(あるいは人工心肺開始前)に挿入することもある。 ・人工心肺離脱困難な場合には IABP 装着を行い人工心肺を離脱することがある。 ・ICU で IABP 装着患者がいる場合には積極的に管理・操作方法などを学ぶこと。 d. ステントグラフト挿入術(および一部の下肢バイパス)では透視を使用する。 ・緊急でなければ技師さんが用意してくれる。技師さんの都合がつかなければ準備する。 ・手術台も透視用にするため事前に手術室に連絡が必要。 ・被爆を防ぐため防御服を装着する。 ・妊娠の可能性のある研修医は申し出ること。 e. MICS (minimal invasive cardiac surgery) ・小切開、鏡視下手術。使う道具も専用のものがある。 6. その他特殊な症例での術前管理 (1) 糖尿病患者 ・これまでのカロリー制限をもとに DM 食をオーダーする。 ・術前食止めとなる場合にはインスリンや経口糖尿病薬も中止することを忘れずに。 ・周術期の高血糖は白血球機能等免疫機能を低下させる可能性があるため、術後感染症を予防する目的

で血糖コントロールを厳格にする。 ・入院時より BS3検を行い、必要に応じてスライディングスケールを併用する。

(2)腎機能低下例・透析例 ・食事オーダーはこれまでの食事制限や前回入院時の食事内容を参考に上級医と相談して決める。 ・透析のオーダーは慢性透析例では入院前に出されているはずであるが、手術前後のみ施行、あるいは

緊急で施行する場合には、透析室に電話連絡したうえで HIS からオーダー入力する。 ・腎機能低下例で、造影剤を使用する場合には術前後の十分な補液が必要であるため、上級医と相談し

てオーダーすること。

(3)重症下肢虚血例 ・感染を合併している場合には術前からの抗生剤投与が必要であるため確認すること。 ・潰瘍を伴う場合には、安静度制限がかかるため、上級医に相談すること。 ・入院時よりヘパリン持続投与+PGE 製剤投与を開始する。

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(4)重症虚血肢に対する脂肪幹細胞移植 a. 術前検査 ・膠原病チェック:各種自己抗体、CRP、血沈 ・悪性腫瘍・増殖性疾患の否定:

腹部エコー、便潜血、腫瘍マーカー、眼科受診(糖尿病性網膜症の否定) ・血中ニコチン濃度(バージャー病) ・虚血評価:CTA、DSA、ABI、TBI、SPP、サーモグラフィー、潰瘍の写真、VAS b. その他準備 ・通常通り抗血小板薬は術前中止する。 ・術前に、循環器内科、輸血部、形成外科、当科でカンファレンスを行う (5)その他気をつけるべき疾患

LMT 病変 不安定狭心症 重症心不全(NYHA3度以上) 高度 AS VT,Vf の既往 切迫破裂疑い

これらの患者は安静度、モニター装着の有無、術前検査の内容、術前管理などを上級医とよく相談し、

指示を出すこと。

8. その他 ・広範囲胸腹部ステントグラフト留置、胸部下行(および胸腹部)人工血管置換では術前日に麻酔科に

てスパイナルドレナージをいれてもらう。 ・心機能に問題のない若年者、希望患者では自己血採血を行うことがある。その際には院内の取り決め

に基づいて、鉄剤投与およびエスポ投与を行う。 第2章 術後管理 A. ICU 管理 1. 手術室から ICU へ ・開心術では通常挿管のまま、それ以外では抜管された状態で手術室退室となる。 ・手術室から ICU への移動中は,状態が不安定で急変しやすいにもかかわらず対応がしにくい危険な期

間である. ・心電図,A-ラインなどを移動用のモニターに切り替えるときは,常に少なくとも 1 つの parameterが出ているようにする. ・輸液ルートは不必要なものははずし,できるだけシンプルにする. ・カテコールアミン,血管拡張剤などのルートが外れたり,折れ曲がったりしないように気をつける.

特にシリンジポンプの接続部は外れやすいので注意する. ・血圧が低下したら,まずカテコールアミンルートを確認し,輸血, 輸液のスピードアップ,カテコー

ルアミン増量,血管拡張剤減量などで対処する. ・出血に備え血液および伝票を一緒に持っていく. ・PCPS、IABP のラインには特に注意する。 2. ICU 入室時まずするべきこと (1) モニター装着・末梢循環の確認 手術室から ICU への移動時は最も循環動態の変化し易い時期である。

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ICU に到着し次第モニター装着を行い、循環動態のチェックを行う。 ・血圧測定:まずダイナマップ,続いて A-line ・心電図モニター装着 ・SpO2 モニター装着 ・心音,呼吸音の聴診 ・触感による末梢皮膚温は最も簡便に末梢血管抵抗を知る方法である。 (2) ドレーン管理 ドレーンは移動中 water shield となっているが出血が多い場合陰圧は解除されてしまう。 直ちに吸引管につなぎ陰圧をかける。 出血量を確認する。 (3) 呼吸器への接続 FiO2,一回換気量,回数,PEEP,アラームの設定を確認する。 (4) 点滴ラインの整理 移動により点滴ラインは絡み合いやすく、薬剤の中断、急速注入が起こりやすい。 必要な薬剤が注入されているか、ラインの整理をしつつ確認する。 この際に今後の管理がし易いよう、接続しなおすこともあるが、循環動態に影響を与えるライン(特に

カテコラミンライン)はいじらないこと。 (5) 採血・検査 ・動脈血ガス分析,血算,生化学 (開心術では CK-MB を忘れないこと) (ヘパリン使用手術では)ACT, ・12 誘導心電図 (6) その他の情報の確認 ・尿量,尿の性状 ・体温 ・CVP・(S-G が入っている症例では)PAP の接続, PCWP・SvO2・心拍出量の測定 ・手術中の水分出納, フェンタネスト, 筋弛緩剤等の量の確認 これらの処置・観察は心臓血管外科医師,麻酔科医師,ICU スタッフ等の協力の下, 同時進行で進め

られる. 血圧,脈拍等患者の全身状態を常に観察しながら行うこと. 3. 得られた情報から ICU 管理の初期条件が決定される (1) 血液ガス分析 a. 呼吸器条件の設定 ・PaO2 >90mmHg,PaCO2=35~45mmHg を目安とする。 ・PaO2 は FiO2 により,PaCO2 は R.R.と T.V.により調節する.T.V.の上限は PIP によって決定される。 Initial O2=(753-PaCO2-PaO2)/700 (PaCO2, PaO2 は FIO2 1.0 の時の値) ・術後は代謝性アシドーシスに傾きがちであるが、人工呼吸下であるため呼吸性代償がきかない。代謝

性アシドーシスが改善されるまでは血液の pH を適正値にするよう若干低 PaCO2 で管理する。

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・縦隔からの出血が多い場合、酸素化が悪い場合には PEEP を高めに設定することもある。 ・循環動態が安定しない場合には PEEP をあげすぎないこと。 b. pH ・術後は末梢循環不全による嫌気代謝が優位となるため、代謝性アシドーシスに傾くことが多い。通常

は特別な処置をしなくとも循環動態の安定に従って改善する。 ・改善されるまで上述のように、人工呼吸器の設定を調整する。 ・acidemia は心収縮を抑制し、カテコラミンに対する反応性をも抑制するため、極端な acidemia の場

合には重炭酸ナトリウムにて補正する。 メイロン(炭酸水素ナトリウム)による補正量(ml)=-BE x 6/ 3 通常は半量補正から。 c. 血糖 ・術後はストレス、カテコラミン投与などにより高血糖になりやすい。持続する高血糖は感染リスクを

増すため、インスリンの持続静注により血糖コントロールを行う。(目標;150~200mg/dl)

ヒューマリン R50単位+5%ブドウ糖 49.5ml 持続投与 ・ 全身状態の安定、カテコールアミン減量にともない血糖は下がってくることが多いため、適宜血糖測

定をし低血糖に注意する。 d. 血中カリウム濃度 ・低カリウム血症は心筋細胞の静止膜電位を上昇させ、不整脈を起こしやすくする. ・腎機能が良好で 尿量が保たれていれば(1ml/kg/h 以上)血清カリウム濃度は 4~5mEq/l に保つ

ように補正を行う. ・2~3h 毎に再検してカリウムの投与量を調節する.

KCL(20mEq/20ml) 持続投与 e. 乳酸 ・嫌気代謝の指標となる。術後末梢循環不全が改善するにしたがって低下するが、高値持続の場合、LOS、腸管虚血、下肢虚血などの合併症を念頭におく。 (2) 十二誘導心電図・モニター心電図 a. 心拍数・不整脈 ・心停止後は若干拡張障害・収縮障害をきたすことがあるため、適正心拍数は正常範囲を上回る。徐脈

の場合にはペースメーカーにて適正化をはかる(PM リード縫着の場合) 洞性徐脈:AOO モード AV ブロック:VVI モード いずれも 80bpm 前後 (70-90bpm) ・AS など高度肥大心では心拍数が早いと十分な拡張末期圧が得られず、心拍出量は低下する。 ・散発する期外収縮が心拍出の低下を招いていると判断する場合には Overdrive-pacing を行うこともあ

る。

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・洞性頻拍や心房粗動との鑑別が困難な場合は Pacing lead で心房誘導(心房心電図)をとるとよい。 b. ST-T 変化 ・開心術後では全誘導で ST 上昇がみられることがある(心膜切開後症候群) ・虚血が疑われる場合には CKMB の値も参考に、緊急 CAG を考慮する。 (3) ACT ・術後出血が多い場合、ACT 値を参考にプロタミン(プロタミン硫酸塩)の追加投与を考慮する。 ・プロタミンは急速静注するとヒスタミン様作用・アナフィラキシーにより血圧低下をきたすことがあ

るため、ゆっくり静注する。 (4) 血圧低下など循環状態が悪化した場合 手術室から ICU への移動時は最も循環動態の変化し易い時期である。 <考えられ易い原因> ・ルートトラブルによるもの カテコールアミン注入不良,血管拡張剤の急速注入 ・循環血液量不足によるもの 出血などによる血管内 volume の絶対的不足

以下に記載する理由による血管内 volume の相対的不足 ・末梢血管抵抗の急激な低下によるもの 復温・患者移動・手術侵襲の消失 輸血,輸液のスピードをアップし,カテコールアミンのルートを確認する. 同時に原因の究明を行う. 4. ICU 入室時オーダー(開心術例を中心に) (1)トリプルルーメンカテーテル(内頚静脈あるいは大腿静脈から挿入されている) distal:カタボン(ドパミン硫酸塩),ドブトレックス(ドブタミン塩酸塩)などのカテコールアミン middle:3号液 500ml + H2 ブロッカー 1A (40ml/h)

側管) 血管拡張剤・シグマート(ニコランジル)・ニトロール(硝酸イソソルビド) K 補正

インスリン持続注入 proximal:CVP (S-G が入っていれば CVP を S-G に移し薬剤投与に使ってよい。) ・カテコールアミンルートおよび血管拡張薬などのつながったメインルート(middle)はフラッシュ禁

である。 ・昇圧薬と降圧薬は別ラインで投与する。 ・感染予防のため、抗生剤などの IV にも使わないこと。 ・カテコールアミンを付け替えるときには上級医のいる時にダブル交換で行う。 (ダブル交換のために空きの三活を必ずひとつ付けておく。) ダブル交換;シリンジポンプを 2 台使って新しいラインと古いラインを同時に接続、流量を調節し、

患者の状態を観察しながら交換すること。並列 交換。 ・人工心肺例では血管透過性が亢進しているため、この時期の補液は間質に拡散し易い。そのため通常

の維持輸液量より減量した 1000ml/day ほどの補液となっている。人工心肺非使用例はこの限りでなく、

通常の維持輸液+術中の不汗蒸泄・出血分とする。

(2) 末梢静脈ライン

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a. 血管内容量が不足しているとき ・輸血(無輸血の場合、心肺残血・セルセーバー血を優先して使用する) ・アルブミン ・メイン以外の補液 CV ラインの補液(メイン)は急に速度を変えない。急速注入されては困る薬剤が側管注されているか

らである。volume 負荷目的の補液は末梢から行う。(ライン(刺入針)が太く短く自然落下にて大量補

液に耐えられるため。) b. その他 ・プロポフォール 原液 0-20ml/h ・ハンプ(カルペリチド) ハンプ 2000μg+蒸留水 20ml 0.02-0.05γ (配合禁忌が多いため単独ルートで投与する) ・エラスポール(シベレスタットナトリウム) エラスポール 300mg+5%ブドウ糖 250ml 10ml/h (配合禁忌が多いため単独ルートで投与。プロポフォールとの配合は OK.) ・ヘパリン 10000~14000U /24h となるよう調整 特に OPCAB 症例では術後過凝固になりやすいため術後 1~2 時間で出血の心配がなければ早めに開

始する c. 管注 ・セファメジン (CEZ)1g 生食 20ml(or 生食 100mlキット)×2 ICU 入室時・12 時間後 ・止血剤:アドナ(カルバゾクラム)100mg+トランサミン(トラネキサム酸)1000mg+ケイツー(メ

ナテトレン)30mg (必要に応じて。)

5. 循環管理 ・患者を bed side で観察し(聴診をしたり,手足を触ったり,頚静脈の張りを見たり),A-ライン, CVPの波形・値を見る.Swan-Ganz カテーテルが留置されていればさらに PAP,PCWP,CI,SvO2 など

の値を参考にして循環状態を把握する.各パラメーターは絶対値と共に経過,治療による変動を観察す

る.大切なのは血管内 volume の把握である。 ・程度の差はあるが,術直後は低体温で末梢血管が収縮し血管内は hypovolemia の状態にある.(間質

に水分が逃げているため体全体では volume over のことが多い。)心機能がある程度以上保たれている

なら,電気毛布などで保温をし,輸血,輸液などで容量負荷をし,血管拡張剤を併用していく.これら

の処置により心機能は安定し,末梢循環は改善し,代謝性アシドーシスも是正されていく. ・循環状態が良好に保たれていれば,体外循環中に使用したマンニトールや高血糖などの影響もあり利

尿がつくことが多い.しかし基本的には体内の水分は過剰であり,血管内容量が充足し末梢循環が改善

されたらラシックス(フロセミド)などで水分バランスを負にしていく.

・心機能,呼吸機能,腎機能などに余裕があれば,血管拡張剤やカテコールアミンなどを減量,中止し

てよい.ただし一度に複数の薬剤の投与量を変えたり,人工呼吸器からの weaning 中に薬剤の投与量

を大幅に変えたりすることは避けたほうがよい.状態が変化したときに何が原因か,どうすれば改善す

るのかがわかりにくくなるからである. ・高齢者、無輸血手術、低心機能例、長時間心停止例ではカテコラミン減量は慎重に行う。 ・循環動態、呼吸状態が安定していれば、早めに麻酔を切り、意識レベルの確認を行う

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(術中脳梗塞などの早期発見に努める) 6. 呼吸管理 ・PaO2 >90mmHg,PaCO2=35~45mmHg を目安とし、呼吸器設定を変える。 ・PaO2 は FiO2 により,PaCO2 は R.R.と T.V.により調節する.T.V.の上限は PIP によって決定される。 ・ある条件を設定して 30 分くらい経過したら血液ガスを測定し,条件を調節する. ・麻酔からの覚醒が得られるころに FiO2 が 0.5 以下となっており,さらに血行動態が安定し,出血量

が減っていれば weaning を開始する.呼吸器のモードを SIMV とし呼吸回数を減らしていく. 術前か

ら呼吸機能が不良な症例を除けば,麻酔から覚醒すれば換気はできるはずである. Weaning 中は血液

ガスの値だけでなく,呼吸のパターンや循環状態への影響にも注目する. ・抜管前にプロポフォールをプレセデックス(デクスメデトミジン 塩酸塩)に切り替えることがある。 プレセデックスはプロポフォールに比べ心血管系に与える影響が少なく、呼吸抑制が少ないとされる。 ・麻酔からの覚醒のパターンは症例により様々である.麻酔で使用した複数の薬剤(麻薬,筋弛緩薬,

Tranquilizer など)は一様に切れてくる訳ではない.また患者も手術が終了したこと,挿管下で声がで

ないことなどを理解できていないことが多い.覚醒してきたらまず手術が無事に終わったこと,ICU に

いること,挿管下で声がでないことなどを説明する. ・未だ循環,呼吸状態などが安定しない時期に覚醒してきたり,血圧の異常上昇や頻脈が見られるとき

には sedation を行い人工呼吸管理を続行する. ・抜管の条件 FiO2 0.5 以下,PEEP5mmHg 以下,PS5mmHg 以下, CPAP にて以下の条件を満たす。 PaO2 80mmHg 以上,PaCO2 45mmHg 以下、P/F 比≧200 1 回換気量 5ml/kg 以上,呼吸数 Adult < 20/min,Child < 30/min 血行動態の安定(尿量・出血量・CI・HR・アシドーシスの有無を確認する。) 意識清明(オーダーに従えること) 咳嗽反射 呼吸パターン(下顎呼吸や奇異性呼吸を認めない) ・症例によっては挿管されていることそのものが呼吸状態や精神状態へ悪影響をおよぼしており、抜管

後改善することがある。上記の数字だけに惑わされずに患者をじっくり観察し判断する。 ・頻回の吸痰を必要とするような多量の痰や、呼吸器 weaning に伴ってアシドーシスが進行したり乳酸

が上昇したりする場合、異常な発汗、末梢冷感などが出現した場合には慎重にする。 ・長期挿管症例では喉頭浮腫を防ぐ目的で抜管前にステロイドを使用する。 ・抜管時には再挿管できる準備を行っておく。 自分で再挿管できない場合には挿管できる上級医師が近くにいることを確認する。 (これは全ての処置について同様である。処置の結果もたらされる合併症に対する応急的対処が自分

でできない時にはその処置を一人でするべきではない。)

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・同様の理由で深夜帯や人手の少ない時の抜管は避ける。(特に長期挿管症例) B. 周術期管理(抜管から2日目以降の管理) 1. 抜管直後 ・再度患者に手術が無事終了した事を告げる。抜管までは苦しさが先にたち医師の言葉を受け入れる余

裕がないことがあるためである。 ・抜管後 30 分は患者から離れず、呼吸・循環動態を観察する。 ・酸素化、血中二酸化酸素濃度、アシドーシスの進行などを血液ガス測定によって把握する。 ・マスクやインスピロンマスクによって酸素投与を行う。SpO2 を見ながら適宜酸素の減量を行う。 ・必要に応じてネブライザーを使用する。 ネブライザーの例 ボスミン 0.1ml+デカドロン 0.3ml+ビソルボン 1ml+Aq10ml ・抜管直後は口呼吸のことが多いためカヌラは使用しないが、呼吸状態が落ち着き酸素化に問題なけれ

ばカヌラに変更してよい。 ・COPD 症例では去痰剤やβ2 agonist のパッチ等を用いる。 ・人工呼吸器離脱後 NPPV による補助を行うこともある。 2. 抜管から 1POD (1)経口摂取 ・抜管後胃管からの胃液の流出が多くなく,胸部 X 線写真でも胃包の拡大がなければ胃管を抜去する. ・開腹例では少なくとも術翌日までは抜去しない。(腎動脈上遮断など)十二指腸付近をいじる手術では

翌日以降に十二指腸の浮腫による通過障害が現れることがある。 ・ 術後早期に抜管でき,反回神経麻痺などの嚥下障害がない患者では,抜管後 6 時間で飲水を許可す

る. ・反回神経付近の手術(主に TAR)患者では慎重に開始し、必要に応じて ST を依頼する。 ・飲水が可能となり,腸蠕動音が聴取されるようになれば食事を開始する. 非開腹手術では通常第 1 病

日の昼ないし第 2 病日の朝位からである.(嘔吐などに対処しにくいため夕食からの食事開始は望まし

くない。) ・非開腹例では食事は全粥からの開始でよい。その他透析、DM など合併疾患にあわせる。 ・開腹例では流動食より開始し、順次食上げをしていく。 (2)内服処方 抜管時に以下の内服を処方し、経口摂取開始とともに開始する。 嚥下障害などで内服ができない症例では胃管から注入することもある。 開腹症例では内服開始となるまで注射で投与する。 a. 利尿剤 開心術、人工心肺症例のみ。術式、体重や心機能にあわせ増減する。 (例)ラシックス(20)(フロセミド) 2T2X 朝・昼 ・夜間に利尿がつかないよう利尿剤の内服は昼までとする。 ・術後経過に合わせ漸減していく。 b. 胃薬 術後潰瘍予防のため全例処方する。 H2 ブロッカー あるいは PPI を処方する。 (胃潰瘍の既往、PPI 内服患者、アスピリン内服患者では PPI を処方する。)

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c. βブロッカー (内服あるいは経皮パッチ) 術後 Af 防止のため心停止症例ではできるだけ導入する。 心機能低下例、高度徐脈例では相談する。 大動脈解離およびマルファン類似疾患で血圧・脈拍が保たれていれば原則投与する。 d. 抗血小板薬 術前に飲んでいたものがあっても、病状に合わせ中止・変更する。 CABG:少量アスピリン(バイアスピリン(100)など) 下肢バイパス:プラビックス(クロピドグレル)、プレタール(シロスタゾール)、

アンプラーグ(サルポクレラート)、アスピリンなど 上級医に相談

e. ワーファリン 弁置換・弁形成・心内操作(ASD/VSD 等)症例では PT-INR1.6-2.6 を目安に投与。 生体弁では術後3か月程度で中止可 af 症例 下肢バイパス症例では基本的には抗血小板薬のみ、ワーファリンの内服は行わない。 f. 降圧薬 腎機能正常例では心保護・他臓器保護目的も兼ね、ARB を第一選択とする。 大動脈解離およびマルファン類似疾患では降圧の必要がなくとも少量の ARB を投与。 (リモデリング防止の観点から) 動脈グラフトの場合にはスパスム予防も兼ね Ca ブロッカーを投与することもある。 g. 冠血管拡張薬 完全血行再建した CABG 症例では必要ない。 完全血行再建がなされていない場合にはシグマート(ニコランジル)(100)3T3X で投与する。 CABG 以外の手術で狭心症合併例では、術前より投与されていたものを継続投与するか、シグマートを

開始する。

h. その他 高脂血症薬、高尿酸血症薬など必要に応じて投与。 他疾患に対する術前内服薬も原則再開。(現時点で必要ないと思われるビタミン剤や胃腸薬などは整理し

中止してもよい。) 経口糖尿病薬は経口摂取量が安定してから再開する。 メイズ術後は抗不整脈薬(アンカロン(アミオダロン)、シベノール(シベンゾリン)、サンリズム(ピ

ルシカイニド)など)を内服することがある。上級医に相談すること。 (3)検査 ・術翌日の朝にも ICU 入室時と同様に一通りの検査を行う.

胸部 X 線写真、動脈血ガス分析、血算、電解質、生化学、心電図 ・手術室にて抜管可能な手術(EVAR・TEVAR・Ygrafting・末梢血管手術)などではレントゲンは日

中レントゲン室での撮影でもよい。 ・手術検体は手術翌日までに病理検査部へ提出する。

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(4)その他 ・紹介元に手術記録を Fax する(クラークさんに頼む場合にはカルテに宛先を明記する) 3. ICU から一般病室へ (1) ICU 退室の目安 ICU 滞在が長くなるほど ICU 症候群(術後せん妄)の発症率が高くなるため、全身状態が許せば可及

的早い退室が望ましい。 一方で ICU 退室後全身状態の悪化により再入室となった症例では有意に死亡率が高いという報告があ

り、重症患者の退室には患者の安全、病棟 Ns への負担を考慮する必要がある。 ・DOA × DOB が 5×5γ程度以下で血行動態が安定していること. ・気管内チューブ抜去後, 呼吸状態が安定していること (頻回の吸痰、急激な SpO2 の低下がない)

・活動性の出血がないこと. ・意識が清明なこと ・特殊な処置が必要ないこと(CHDF など) (2)ICU 退室の準備 a. 循環,呼吸状態が順調に経過すれば第 1 病日に退室することが多い. 時間は病室,ICU と相談して決定する。

b. 病棟では患者一人に対する Ns の数が制限されるため、以下の点に留意する ・一般病室に持ち込む輸液ポンプ類はできるだけ少なくする. ・A-ライン,Swan-Ganz カテーテルは抜去する. ・高カロリー輸液・カテコールアミンが中止可能であればトリプルルーメンも抜去する。 ・シリンジポンプによるカリウム補正、持続インスリンは中止し、補液に混注する。 4. 一般病室での管理 (1)一般管理 a. 点滴 ・血圧,脈拍,尿量,末梢循環などを参考にしてカテコールアミン, 血管拡張剤などの持続静注を減量,

中止する. ・心内操作手術、CABG、下肢バイパスでは術翌日よりヘパリンの持続投与を開始する。 血小板数が 5 万以下の場合、ドレーンが血性である場合には上級医に相談。

・ワーファリン内服症例ではヘパリンは PT-INR が治療域に達するまで、非内服例では1週間継続する。 ・経口摂取の進み具合をみながら IVH,末梢の輸液を減量,中止する. b. 処置、その他 ・歩行開始まで DVT 予防のためフットマッサージを使用する。 ・心嚢/縦隔ドレーンは赤血球成分が少なくなり,100ml/day 以下であれば抜去する. 胸腔ドレーン抜去も 100ml/day 前後が目安であるが、病態に応じて、それ以上でも抜去することがあ

る。 ・スパイナルドレナージは上級医に相談して抜去する。抜去時には1針縫合する。 ・硬膜外チューブはヘパリン持続投与中は抜去しない。 ・感染の原因となるのでトリプルルーメンは早めに抜去する. (高カロリーが必要なくなり、カテコラミンが中止されたら。)

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・ドレーン,トリプルルーメンが抜去されたら,バルーンカテーテルも抜去して離床を開始する. ・創のドレーピングは第 7 病日に除去する. ・通常抜糸は7-8日目である。CLI、re-do 症例では上級医に確認する。 ・不整脈がなければペーシングリードは第 7 病日頃に抜去する。出血により心タンポナーデをきたすこ

とがあるため、ワーファリン内服患者では PT-INR をチェックし異常低値の場合には延期する。同様に

血小板値も確認してから抜去する。 ・SVG 使用例では退院まで弾性ストッキングを使用する。 c. リハビリテーション ・心機能に問題がなければ早期離床が望ましい.ドレーンやトリプルルーメンが抜去されたら室内歩行

が開始できるように進めていく. ・TAR 症例で嗄声を認める場合は経口摂取開始前に ST を依頼し嚥下機能を評価する。 ・高齢者、術前長期入院、長期臥床患者も必要に応じ PT,OT を依頼する。 (2) 術後の検査 ・開心術後は原則として全例 UCG を行う(10POD 前後) ・CABG 後は原則として全例 CAG を行う.(10-14POD 前後) ・胸部大動脈手術後は原則として術後1週間以内に造影 CT を行う。(腎機能を確認すること。) ・腹部大動脈人工血管置換術後、エンドリークの心配のないステントグラフト留置後の CT は退院後外

来で行う。 ・術中 typeI エンドリークの残存したステントグラフト症例、チムニー併用症例では入院中に CT にて

確認する。 ・TypeIV エンドリーク症例では US でエンドリーク消失を確認する ・下肢バイパス、PTA 後は ABI を測定する。CLI では SPP を測定。 (3) 退院に向けて ・入院係の医師と相談して退院(あるいは転科,転院)の予定を立てる. ・糖尿病,高脂血症,高尿酸血症などの合併症がある患者,ワーファリンを内服している患者では必要

に応じて食事指導を受けてもらう(日々の食事を作る人に同席してもらう). ・ワーファリンを内服している患者では服薬指導を受けてもらう. ・退院後の通院先について患者本人(あるいは家族)と打ち合わせをする. ・人工弁置換術後の患者は身体障害者 1 級の認定が受けられる.必要書類を上級医師が記入する. ・人工弁,人工血管置換術後、ステントグラフト術後の場合は PL 法の書類を作成する.(クラークさん

がやってくれる。) ・患者から依頼された生命保険などの診断書を作成する.(原則退院後。) ・退院サマリーを作成する。 ・Malfan syn.など遺伝疾患が疑われる場合には患者に遺伝子診療部を勧め、同意が得られれば遺伝子診

療部に紹介する。 ・紹介元・先の医師に診療情報提供書を送る. ・術後画像検査があれば CD-ROM にて送る。 <診療情報提供書送付先> ・ 紹介元:診療情報提供書・手術記録 紹介元では自分が行った診断および手術適応と判断した結果を知りたいはずである。なぜその術式を

選択したのか、その結果どうであったのか、術後経過とともに報告する。当院に紹介頂いたお礼も忘れ

ないこと。

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・ 日常かかりつけ医:診療情報提供書・手術記録・検査所見・退院処方 日常かかりつけ医は循環器専門とは限らない。心臓血管術後の患者を抱えるのは不安もあるだろう。そ

の視点に立ち、日常管理で留意する点、内服薬の継続の必要性、中止可能な場合にはその時期などにつ

いても報告する。何か問題点があった場合にはいつでも当院受診可能であることを付け加える。 ・紹介先:診療情報提供書・手術記録・今後の必要検査内容(CT の頻度等) ほとんどが循環器専門医か、当科医師によるフォローである。日常かかりつけ医がどこであるのか、か

かりつけ医との役割分担(処方はかかりつけ医、CT 検査は紹介先、など)をはっきりさせておく。 第 3 章 疾患・手術別周術期管理 A. 開心術/体外循環使用手術 ・水分の出納をみるため立位が取れるようになったら体重測定を連日行い、利尿剤を調節する。一般に

体外循環使用後は水分貯留傾向にあるため、利尿剤で利尿を促す。 ・ 弁膜症・短絡疾患・心不全症例では術前にくらべ数 Kg の体重減になるはずである。患者の病態に

あわせた体重管理を行う。 ・ 術後体重が安定するまでは適宜胸部 Xp を撮影し胸水、心拡大の有無を確認する。 ・ 利尿剤を内服しているため電解質バランスが狂いやすい。適宜採血を行いチェックする。 ・ 術後 2 週間までは不整脈が出やすいためモニター装着を行う。スタッフステーションでは 24 時間患

者の心電図がモニターされている。逐次チェックするくせをつける。 ・ 術後心膜炎による心のう水貯留によりタンポナーデをきたすことがある。めまい、冷汗、低血圧、

頻脈などの症状を見逃さない。疑われたら直ちに心エコーで確認する。 B. ステントグラフト留置 1、EVAR ・前日より低残渣食とする。(開腹手術に移行する可能性があるため) ・術後も回診時に腹部拍動をチェックする。(あとからリークがでることがある) ・補液は術翌日で中止してよいが、腎機能低下例では上級医に確認する・ ・抗生剤を3POD まで投与する。 ・全身状態に問題がない患者では、通常4-5POD に退院となる。 ・TypeIV 残存症例は消失を確認するまで、US にてチェックを行う。 ・術後 CT は1,3,6,12ヶ月目に外来で行う。 2、TEVAR ・スパイナルドレナージは上級医に相談して抜去する。抜去時には1針縫合する。 ・補液は術翌日で中止してよいが、腎機能低下例では上級医に確認する・ ・抗生剤を3POD まで投与する。 ・全身状態に問題がない患者では、通常4-5POD に退院となる。 ・術後 CT は1,3,6,12ヶ月目に外来で行う。 C. 末梢血管開腹手術(腹部大動脈瘤、内臓動脈瘤、大動脈―大腿動脈バイパス) ・術前 3 日間下剤を内服する。 ・前日食止めとする。内服+飲水は可。食事オーダー画面にて「西八流動①」とコメント入力すると、

経口栄養剤が処方される。 ・ 前日より補液を行う。 ・ バイパス症例、血管形成・吻合を行った症例ではヘパリンの持続投与を1W 行う。

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ヘパリン 10-14,000 単位+生食 30-38cc 2ml/h 持続投与 ・ 胃管からの流出が減少したら胃管を抜去し排ガスを確認した後経口摂取を水分から開始する。開始

後問題がなければ食上げを行っていく。 ・ 食事開始前後には腹部 Xp を適宜撮影する。 D. 末梢血管手術 ・術後ヘパリンの持続投与を1W 行う。 ヘパリン 10-14,000 単位+生食 30-38cc 2ml/h 持続投与 ・ 回診時に末梢動脈やバイパスの拍動を確認する。 ・ 抗血小板薬を上級医に確認する。術前とは変更することも多い。 ・ 全例抗血小板薬(特にアスピリン)の内服を行うため術後潰瘍予防目的に PPI の投与を行う。 ・退院前に CTA, ABI を測定する。 ・ E. 経皮的血管形成術 ・通常は術当日午前中に入院する。抗血小板薬は中止しなくてよい。 ・術当日夜から食事を開始できる。 ・術翌日より安静度はフリーとする。 ・術後ヘパリンの持続投与を4日間行う。 ヘパリン 10-14,000 単位+生食 30-38cc 2ml/h 持続投与 ・抗生剤投与は術後 3 日間行う。 ・ステント留置をせず POBA のみで終わった場合は、翌日より内服抗生剤とする。 ・回診時に末梢動脈やバイパスの拍動を確認する。 ・ 抗血小板薬を上級医に確認する。術前とは変更することも多い。 ・ 全例抗血小板薬(特にアスピリン)の内服を行うため術後潰瘍予防目的に PPI の投与を行う。 ・ 退院前に ABI を測定する。 ・ 通常 5 日間の入院で退院となる。 第4章 合併症 心臓血管外科術後に起こりうる頻度が比較的高い疾患を列挙する。 各治療については正書で勉強すること。 A. 低心拍出量症候群 心拍出量が減少し,生体の酸素需要に応じきれない状態をいう. 低血圧、頻脈、冷汗、末梢循環不全、乏尿がそのサインである。 a. Cardiogenic ・術前より存在する心筋障害 ・不完全な心内修復 ・術中に発生した心筋障害 (空気及び微粒子による微小塞栓・不完全な心筋保護・長時間心停止・Overdistension)

b. Non cardiogenic ・長時間体外循環や低体温による肺血管・末梢血管抵抗の増大 ・電解質,酸塩基平衡の異常 ・低酸素血症 ・循環血液量の(相対的・絶対的)減少

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・術後発生した障害(心タンポナーデ) 原因が Non cardiogenic であれば,その原因を除くことを原則とする. B. 不整脈 開心術後 2 週間以内は不整脈のおこりやすい時期である。(特に Af) 経過観察してよい場合も多いが以下の場合は注意を要する。 ・血行動態に悪影響を与えている場合(血圧低下、乏尿など) ・VT・VF に移行する可能性の高い場合(Short run,R on T,Multifocal) ・電解質異常(特に低 K 血症)、心機能低下(心タンポナーデ、PMI)などのサインである場合 ・手術の合併症の結果である場合(AVB など) ・高度頻脈が持続する場合 普段からナースステーションのモニターを覗くくせをつけよう。 af, AF が続く場合には血栓予防のためヘパリン・ワーファリン投与を考慮する。

C. 呼吸器系合併症 1. 肺うっ血, 肺水腫 体外循環自体で肺も含めた全身の間質に水分が過剰となるが,術前・術後の左心不全によりこれが助長

される. ・ 2. 無気肺 横隔神経麻痺(心嚢側からの開胸操作による)、長期臥床、術中片肺換気、胸水貯留によってもおこる。 3. 肺炎 高齢者、TAR 後左反回神経麻痺症例では誤嚥性肺炎をきたしやすい。 長期挿管によるもの(VAP) 開胸操作、体力低下による喀痰排出障害 D. 消化器系合併症 1. 消化管出血 a. 上部消化管出血 術後のストレスに血液凝固障害や抗凝固療法の影響が加わって起こることが多い. b. 下部消化管出血 頻度は高くないが, 腸管の虚血の現れのことがある. 2. 麻痺性イレウス 開腹術後におこりやすいが、長期 sedation 症例や循環停止手術症例でもおこりうる。 3. 肝機能障害 頻度の多いものは薬剤性であるが、右心不全によるうっ血肝、ショック肝によることもある。腹腔動脈

操作の術後はグラフト閉塞の可能性も考慮する。 4.NOMI(非閉塞性腸管虚血) 全身状態不良症例で大量利尿剤投与、CHD などにより脱水を合併した場合におこりやすい。ノルアド

レナリンやボスミン大量投与もリスクファクターである。代謝性アシドーシスの急速な進行、末梢循環

不全をきたす。頻度は高くないが、重症症例では常に念頭におくこと。 5.虚血性腸炎 両側内腸骨動脈塞栓症例、腹部大動脈瘤破裂後では要注意。上述の如く NOMI の前駆病態であることも

ある。 6.胆のう炎

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術前より胆石がある場合はもちろん、胆石がなくとも、NOMI と同様、全身状態不良症例で大量利尿剤

投与、CHD などにより脱水を合併した場合におこることもある。長期 sedation 症例や循環停止手術症

例でもおこりやすい。膵炎も同様。 7.偽膜性腸炎 長期抗生剤使用例に発熱、水様便をきたした場合にはまず疑う。 E. 発熱,感染 手術後の発熱において感染を常に念頭におかなければならないのは言うまでもないが、感染を伴わない

発熱もありうる。白血球上昇を伴わない発熱症例全例にしつこい血液検査、各種培養を行う必要はない。 1. EVAR・TEVAR 後 巨大瘤に対する EVAR では術後急速な瘤の血栓化により高熱をきたすことがある。 2. 人工血管 人工血管の内側シーリングに生体製剤(アルブミン、ゼラチンなど)を使用してあるものの場合、術後

1-2週間程度で吸収熱がでることある。 3. 心膜切開後症候群 心臓術後の心膜の無菌的炎症で,発熱,胸部痛が主な症状である. 4. 胸水貯留 胸水貯留によっても発熱することがある。胸水穿刺によって解熱する。 5. 感染 繰り返すが、発熱時にまず念頭に置かなくはならないのは感染である。 人工血管、人工弁、各種ルート、尿カテ・・体内に入っている人工物はすべて感染源となりうる。抜去

できるものは抜去、あるいは入れ替えを行い培養にだす。 創部のチェック、全身の疼痛・圧痛の有無をチェックし、血液培養、尿培養、抜去ルート培養を行い感

染源を特定する。 真菌感染の可能性も忘れないこと。 F. 神経系 1. 周術期脳梗塞,脳虚血 a. 中枢神経の広範な障害による昏睡 術後麻酔からの覚醒が得られるはずの時期を過ぎても覚醒しない. 原因については明らかではない場合も多いが,もともと何らかの脳血管病変があるところに体外循環の

低血圧や定常流による低灌流が加わって起こる場合,粥腫の破片,気泡による shower embolism などが

考えられる. b. 塞栓症による巣症状 術後抗凝固療法が不十分であったり,利尿剤により血液が濃縮されて起こる場合もある. 2. 術後譫妄(いわゆる ICU 症候群) 緊急手術例、術前からの高度不安、高齢者などでおこりやすい。術前の十分な IC、早期離床、早期リハ

ビリが大切。譫妄の長期化は在院期間を延長し回復期の ADL にも影響を及ぼす。

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必要のないルートはできるだけ抜去し、安静解除、経口摂取開始、リハビリの介入を行う。 3. 脊髄梗塞 広範囲胸腹部大動脈置換例、広範囲ステントグラフト例では全脊髄動脈の閉塞による脊髄梗塞をきたす

ことがある。遅発性発症もある。直ちに昇圧やスパイナルドレナージなどの治療を開始する。 4. 脳出血 術中のヘパリン化によって術前脳梗塞からの出血、あるいは病変がなくとも脳出血をきたすことがある。

全身状態不良例では DIC による全身の出血傾向により脳出血をきたすこともある。 第 9 章 心臓血管外科略語集 AAA 腹部大動脈瘤 abdominal aortic aneurysm A-aDO2 肺胞動脈血酸素較差 alveolar-arterial oxygen gradient AAE 大動脈弁輪拡張症 annuloaortic ectasia AAo 上行大動脈 ascending aorta ACT 賦活凝固時間 activated coagulation time Af 心房細動 atrial fibrillation AMI 急性心筋梗塞 acute myocardial infarction AML 僧帽弁前尖 anterior mitral leaflet Ao 大動脈 aorta AoG 大動脈造影 aortography AoP 大動脈圧 aortic pressure AP 狭心症 angina pectoris AR 大動脈弁閉鎖不全症 aortic regurgitation ARDS 成人呼吸窮迫症候群 adult respiratory distress syndrome AS 大動脈弁狭窄症 aortic stenosis ASD 心房中隔欠損症 atrial septal defect ATL 三尖弁前尖 anterior tricuspid leaflet AV 房室結節(枝) atrioventricular(branch) AVR 大動脈弁置換術 aortic valve replacement BCA 腕頭動脈 brachiocephalic artery BE 過剰塩基 base excess BS 血糖値 blood sugar BSA 体表面積 body surface area CABG 冠状動脈バイパス術 coronary artery bypass grafting CAG 冠動脈造影 coronary arteryography Ccr クレアチニンクリアランス creatinine clearance CeA 腹腔動脈 ceriac artery CI 心係数 cardiac index CIA 総腸骨動脈 common iliac aretry CLI 重症虚血肢 critical limb ischemia CMC 盲目的僧房弁交連切開術 closed mitral commissurotomy CO 心拍出量 cardiac output CPB 人工心肺 cardiopulmonary bypass CS 冠静脈洞 coronary sinus

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CVP 中心静脈圧 central venous pressure DAA 解離性大動脈瘤 dissecting aortic aneurysm DCM 拡張型心筋症 dilated cardiomyopathy DCRV 右室二腔症 double chambered right ventricle DIC 汎発性血管内凝固症候群 disseminated intravascular coagulation DOA ドーパミン dopamine Dx 対角枝 diagonal(branch) ECC 体外循環 extracorporeal circulation EIA 外腸骨動脈 external iliac artery EVAR ステントグラフト留置 endovascular aneurism repair FA 大腿動脈 femoral artery FV 大腿静脈 femoral vein GEA 胃大網動脈 gastroepiploic artery HCM 肥大型心筋症 hypertrophic cardiomyopathy HR 心拍数 heart rate IABP 大動脈内バルーンパンピング intraaortic balloon pumping ICM 特発性心筋症 idiopathic cardiomyopathy IE 感染性心内膜炎 infectious endocarditis IIA 内腸骨動脈 internal iliac artery ITA 内胸動脈 internal thoracic artery IVC 下大静脈 inferior vena cava LA 左心房 left atrium LAA 左心耳 left atrial appendage LAD 左冠動脈前下行枝 left anterior descending LCA 左冠動脈 left coronary artery LCC 左冠尖 left coronary cusp LCx 左冠動脈回旋枝 left circumflex LITA 左内胸動脈 left internal thoracic artery LMT 左冠動脈主幹部 left main trunk LOS 低心拍出量症候群 low cardiac output syndrome LV 左心室 left ventricle LVAD 左心補助人工心臓 left ventricular assist device LVG 左室造影 left ventriculography LVSWI 左室1回拍出仕事係数 left venricular stroke work index MAP 僧帽弁輪形成術 mitral annuloplasty MI 心筋梗塞 myocardial infarction MIDCAB 低侵襲 CABG minimally invasive direct coronary artery bypass MOF 多臓器不全 multiple organ failure MR 僧帽弁閉鎖不全症 mitral regurgitation MS 僧帽弁狭窄症 mitral stenosis MVP 僧房弁形成術 mitral valvoplasty MVR 僧房弁置換術 mitral valve replacement NCC 無冠尖 non coronary cusp OM 鈍縁枝 obtuse marginal branch OMC 直視下僧房弁交連切開術 open mitral commissurotomy OMI 陳旧性心筋梗塞 old myocardial infarction

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PA 肺動脈 pulmonary artery PAD 末梢動脈(閉塞性)疾患 peripheral artery disease PAG 肺動脈造影 pulmonary arteriography PAP 肺動脈圧 pulmonary artery pressure PCPS 経皮的心肺補助 percutaneous cardiopulmonary support PCWP 肺動脈楔入圧 pulmonary capillary wedge pressure PD 後下行枝 posterior descending(branch) PEEP 終末呼気陽圧 positive end-expiratory pressure PH 肺高血圧 pulmonary hypertension PL 後側壁枝 posterolateral(branch) PMI 周術期心筋梗塞 perioperative myocardial infarction PML 僧帽弁後尖 posterior mitral leaflet POBA バルーン拡張術 plain old balloon angioplasty PPH 原発性肺高血圧症 primary pulmonary hypertension PSVT 発作性上室性頻拍 paroxysmal supraventricular tachycardia PTE 肺塞栓症 pulmonary thromboembolism PTL 三尖弁後尖 posterior tricuspid leaflet PV 肺静脈 pulmonary vein PVC 心室性期外収縮 premature ventricular contruction PVE 人工弁感染症 prosthetic valve endocarditis PVRI 全肺血管抵抗係数 pulmonary vascular resistance index RA 右心房 right atrium RA 腎動脈 renal artery RAA 右心耳 right atrial appendage RCA 右冠動脈 right coronary artery RCC 右冠尖 right coronary cusp RITA 右内胸動脈 right internal thorcic artery RR 呼吸数 respiratory rate RV 右心室 right ventricle RVG 右室造影 right ventriculography RVSWI 右室1回拍出仕事係数 right venricular stroke work index SI 1回心拍出量係数 stroke volume index STL 三尖弁中隔尖 septal tricuspid leaflet SVC 上大静脈 superior vena cava SVRI 全身血管抵抗係数 systemic vascular resistance index SVG 大伏在静脈グラフト saphenous vein graft TAA 胸部大動脈瘤 thoracic aortic aneurysm TAP 三尖弁輪形成術 tricuspid annuloplasty TEA 血栓内膜摘除術 thoromboendoatherectomy TEVAR 胸部大動脈血管内治療 thorasic endovascular aneurism repair TR 三尖弁閉鎖不全症 tricuspid regurgitation TT トロンボテスト thrombo test TV 1回換気量 tidal volume UAP 不安定狭心症 unstable angina pectoris VC 肺活量 vital capacity VSD 心室中隔欠損症 ventricular septal defect

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VSP 心室中隔穿孔 ventricular septal perforation VT 心室頻拍 ventricular tachycardia WF ワーファリン Warfarin 第 10 章 参考文献 手術に入る前には必ず解剖と術式を教科書で確認すること。 以下に一般的に目に触れ易い(ICU 本棚、上級医の机においてある)本を列挙する。 ICUブック メディカルサイエンスインターナショナル Paul L. Marino

心疾患の診断と手術 南江堂 新井達夫 心臓外科 医学書院 新井達夫 心臓弁膜症の外科 医学書院 新井達夫 心臓手術の周術期管理 メディカルサイエンスインターナショナル 天野篤

重要血管へのアプローチ 外科医のための局所解剖アトラス

心臓血管外科手術書 先端医療技術研究所 小柳仁 他

心臓血管外科手術のための解剖学 メジカルビュー社 小柳仁 黒沢博身

心臓外科 Knack & Pitfalls シリーズ 文光堂

心臓手術―周術期管理の実際 メジカルビュー社 川副浩平 他

最新 人工心肺―理論と実際 名古屋大学出版会 阿部稔雄 他