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はじめに 2018年3月4日に米国で開催された第90回 アカデミー賞の授賞式は,これまでとは違っ た観点から注目を浴びた(朝日新聞2018記事 参照)。受賞者からは,セクシュアル・ハラ スメント(以下 SH とする)や人種差別問題 の撲滅,多様性の重要さを訴える声が相次い で叫ばれた。2017年ハリウッドでは,大物プ ロデューサーによる SH や性暴力を告発する #MeToo を合言葉にした運動が始まった。そ の運動は,SH や性暴力被害に遭いながら声 をあげることができない被害者を勇気づけ世 界へ広まっていった。SNS を利用して,ハ ッシュタグ・ミー・トウー,私も(#MeTooと声をあげる動きは,2017年以降日本でも一 定の広がりを見せている(朝日新聞2017記事 参照)。その一方で,欧米では大きなうねり になっているが,日本ではそれほど広がって いないという指摘もされている(毎日新聞 2018記事デジタル版参照)。 本稿では,なぜ日本では SH や性暴力の告 発が欧米ほど広がりをみせていないのか,ど のような法制度上の問題点や社会的背景があ るのかを検討し,被害者にどのような法的救 済が可能なのか提示していきたい。その際に, まず#MeToo 運動が起こるまでの性被害者 (とくに SH 被害者)はどのような法的救済 を受けることができたのか欧米と日本を比較 する。次に,#MeToo 運動の現状と課題を検 討する。さらに,可視化しにくい性暴力とも いえる AV 出演強要問題をどう考えていくべ きか問題提起をする。最後に,まとめで性被 害者の法的救済という観点からこの問題を検 討していきたい。 尚,本稿に関連する文献・論文等は相当多 数あるが,できるだけ最新のものを任意に選 んで必要最小限のものに限定して参照したこ とをお断りしておきたい。また,本稿はこの 問題に関しての予備的考察である。 1 80年 代 以 降 か ら#MeToo 運 動 ま で の 動 (1)欧米・日本の SH 被害者救済 ここでは,SH 被害者には,どのような法 的救済措置があるのか,80年代以降の法的救 済制度を紹介する。 欧米(アメリカ,ドイツ)では,周知のよ うに80年代から90年代にかけて SH を規制す る全国的なガイドラインや法律が制定され被 あさかわ・ちひろ(人間学部総合教育研究センター) SH・性暴力と被害者救済 # MeToo 運動に焦点をあてて 浅川千尋 Sexual harassmentSexual violence and Victim salvation Focusing on #MeToo movement ASAKAWA Chihiro 天理大学人権問題研究室紀要 第22号:35―44,2019 35

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  • は じ め に

    2018年3月4日に米国で開催された第90回アカデミー賞の授賞式は,これまでとは違った観点から注目を浴びた(朝日新聞2018記事参照)。受賞者からは,セクシュアル・ハラスメント(以下 SHとする)や人種差別問題の撲滅,多様性の重要さを訴える声が相次いで叫ばれた。2017年ハリウッドでは,大物プロデューサーによる SHや性暴力を告発する#MeTooを合言葉にした運動が始まった。その運動は,SHや性暴力被害に遭いながら声をあげることができない被害者を勇気づけ世界へ広まっていった。SNSを利用して,ハッシュタグ・ミー・トウー,私も(#MeToo)と声をあげる動きは,2017年以降日本でも一定の広がりを見せている(朝日新聞2017記事参照)。その一方で,欧米では大きなうねりになっているが,日本ではそれほど広がっていないという指摘もされている(毎日新聞2018記事デジタル版参照)。本稿では,なぜ日本では SHや性暴力の告発が欧米ほど広がりをみせていないのか,どのような法制度上の問題点や社会的背景があるのかを検討し,被害者にどのような法的救

    済が可能なのか提示していきたい。その際に,まず#MeToo運動が起こるまでの性被害者(とくに SH被害者)はどのような法的救済を受けることができたのか欧米と日本を比較する。次に,#MeToo運動の現状と課題を検討する。さらに,可視化しにくい性暴力ともいえる AV出演強要問題をどう考えていくべきか問題提起をする。最後に,まとめで性被害者の法的救済という観点からこの問題を検討していきたい。尚,本稿に関連する文献・論文等は相当多

    数あるが,できるだけ最新のものを任意に選んで必要最小限のものに限定して参照したことをお断りしておきたい。また,本稿はこの問題に関しての予備的考察である。

    1 80年代以降から#MeToo 運動までの動向

    (1)欧米・日本のSH被害者救済ここでは,SH被害者には,どのような法

    的救済措置があるのか,80年代以降の法的救済制度を紹介する。欧米(アメリカ,ドイツ)では,周知のよ

    うに80年代から90年代にかけて SHを規制する全国的なガイドラインや法律が制定され被

    あさかわ・ちひろ(人間学部総合教育研究センター)

    SH・性暴力と被害者救済―# MeToo運動に焦点をあてて

    浅 川 千 尋

    Sexual harassment・Sexual violence and Victim salvation―Focusing on #MeToo movement

    ASAKAWA Chihiro

    天理大学人権問題研究室紀要 第22号:35―44,2019

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  • 害者は法的救済措置を求めることができる(浅川1998,17頁以下参照)。アメリカでは,80年代から SHは公民権法第7編の性差別禁止に違反する行為にあたり,被害者は加害者に対して懲罰的な損害賠償請求をすることができる。また,企業や大学でも,ガイドラインの制定,相談窓口設置,異議申立機関の設置,加害者に対する制裁措置などが設けられている。ドイツでは,94年に第二次同権法=被用者保護法(SH防止法)が制定されている(浅川1997,81頁以下参照)。この法律は,憲法(基本法)第3条の男女平等(性差別禁止)を具体化したものである。この法律によれば,SHは労働契約上の義務違反であり職務違反行為となる。被害者には,職場の異議申立機関へ被害を申立する権利が与えられている,また使用者(雇用者)には,加害者に対して解雇を含む懲戒処分をする義務が課されている,さらに使用者には職場で SHを予防・阻止する義務が課されている。使用者や上司が SHを防止する措置を講じない場合や明らかに適切な措置を講じない場合には,被害者は報酬や給与を失うことなく仕事を中断する権利を保障されている。それに対して日本では,ようやく97年に男女雇用機会均等法に SHを防止するために「事業主の SH防止の配慮義務」が定められ,99年から施行されている(安枝1997,39頁以下参照)。企業や大学でも,ガイドラインの制定,相談窓口設置などが進められてきている。その結果,被害者が職場や大学で異議申立をして加害者に対して懲戒処分などが科される例も相当数生じている。また,民法に基づいて被害者が加害者や事業主(企業等)に対して損害賠償請求をすることもできる。さらに,刑法等の性犯罪に該当するよう

    な場合には,加害者に刑事責任(刑罰)を求めることも可能である。法制度の観点からすると,欧米も日本も

    SHは性差別(男女平等)に関わることであるという共通性がある。

    (2)課題アメリカでは,EEOC(雇用機会委員会)

    のガイドラインで SHが定義されており,SHは公民権法第7編の性差別禁止にあたる。ドイツでも,被用者保護法で SHの定義が定められている。SHは,明確に労働契約上の義務違反・職務違反であり,男女平等違反(性差別)になる(浅川1997,86~87頁)。これに対して,日本では SHは事業主(雇用者)のSH防止の配慮義務違反でしかなかったが,2006年に男女雇用機会均等法の改正(2007年施行)により,「SHに起因する問題に関する雇用者の管理上の措置義務」が設けられた(山崎2013,3~4頁)。ただし,いまだにSHを直接規制する法律がない。また,SHが男女平等違反(性差別)という観点が弱いと言わざるを得ない。すなわち,SHは人権侵害であるという認識が弱いのである。確かに,SH被害者には一定の法的救済が

    可能であり,実際にもアメリカでは SHの加害者には懲罰的損害賠償責任が認定され,莫大な支払いをしなければならない例も多数あった。しかしながら,意外にも SHの被害が潜在的に深刻化していたのである。ここには,とくに地位や権力を利用した SHの被害者が声をあげにくいという社会的背景があるといわざるを得ない。その点に関して,とくに日本ではまだ圧倒的に男性優位社会であるため,指導的立場の者や権力者は男性がきわめて多い(2017年ジェンダー平等指数が世界で145か国中114位と先進国では最低ライン,前出

    SH・性暴力と被害者救済

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  • 毎日新聞2018デジタル版参照)。そのため,女性が SHの被害を受けても報復などを恐れて欧米よりももっと声をあげにくい社会環境であるといわざるをえない。メディアに関して,女性記者が財務省事務次官から SHを受けたことを公表した例は大変勇気がある行為であった(牟田2018,155頁)。

    2 再び声をあげはじめた被害者と#MeToo運動

    (1)現状すでに述べたようにアメリカのハリウッドで2017年に大物プロデューサーなどから性被害を受けた被害女性たちが,被害の実態を明らかにして声をあげ始めた。これが#MeToo運動であり,私も被害を受けていると告発または公表する運動である。この運動は,SNSを通してまたたくまに世界に広まっていった。日本では,フリー・ジャーナリストである伊藤詩織氏の事案がこの運動を発信し展開する契機となったといってもよいであろう。この事案は,伊藤氏が2015年に元ジャーナリストの Y氏から性暴力を受けたとして被害届けを出したが,2016年東京地検は嫌疑不十分ということで不起訴処分とした件である(伊藤2017参照)。一時期は,メディアや SNSでこの件はさまざまな取り上げられかたをされていた。とくに,SNS上では彼女を誹謗中傷しバッシングする言説も目立った。そのため,彼女は日本から離れざるをえない状況に陥ったのである。実名で顔を出して「わたしは性暴力の被害者です」と告白するのは,どれほど覚悟がいることであろうか。このような類似の例として,2000年代初期に,大阪府知事横山ノック事件の被害者であった田中萌子氏が手記を出版したことがあった(田中2001参照)。その

    著書では,「被害者にも落ち度がある」「なぜ被害にあったときに直接加害者に異議を申し立てなかったのか」等,いわゆる強姦神話が闊歩している現状が描かれていた。周りの友人が去っていき,いろんな面で精神的にどれほど大きなダメージを受けたか,父親との葛藤の日々などが書かれていた。そして,彼女が本当につらい生活を送るなかで,サポートしてくれる人たちの支えによって告訴にこぎつけ,何とか勝訴判決を勝ち取った顛末が綴られていた。また,レイプ被害者が実名で顔を出して告白した小林美佳氏の例もある(小林2008年参照)。2000年にレイプ被害にあい加害者2人は誰かわからないまま,被疑者不詳ということで地検が不起訴処分とした。彼女は,性被害者が二次被害にあう例や,被害を訴えられないで泣き寝入りしている現状を嘆き性被害者救済の必要性を強く訴えている。そして,実名で顔を出すことによって自らの体験を語り同じ境遇にある性被害者に寄り添い,勇気を与えようと活動してい

    (1)る。

    その意味では,#MeToo運動は決して最近の運動ではなく以前から脈々と続いているものであり,近年再び脚光を浴びているものだといえるであろう。ただ,以前と比べて昨今の#MeToo運動は,これまでのような単発的なものではなく,世界で同時的に被害者が声をあげ大きな広がりを見せているという特徴がある。これは,SNSの飛躍的拡大によるところが大きいと言えよう。そうはいっても性暴力の被害者の圧倒的多くは,泣き寝入りをせざるを得ない現状がある。毎年公表されている法務省の統計によれば(法務省法務総合研究所編2017,234頁),年間強姦罪の認知件数はここ最近1200件~1400前後に落ち着いている。2016年は,989件と1000件を下回っ

    浅川

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  • ている(法務省法務総合研究所編2017,234頁)。しかし,中島によれば実際の強姦発生件数はその4~20倍だと推測されるという(中島2016,4頁)。つまり,きわめて多くの泣き寝入りしている被害者が存在するといえる。

    (2)課題なぜ,日本では欧米よりも性被害の被害者が告訴または告発しにくいのであろうか,つまり泣き寝入りしてしまうのであろうか。そこには,いくつかの問題が横たわっている。まず,強姦神話といわれている問題がある(原田2017,19頁,三成・笹沼・立石・谷田川2011,58頁)。これは,性暴力に関して事実とは異なるのに事実であると信じられている偏見をいう。たとえば,強姦は,異常な男が薄暗い人通りの少ない場所で見知らぬ女性を衝動的に襲うことであるという偏見である。また,被害女性のなかには男性を挑発するような服装をして夜遅く独りで歩いていたと非難される者もいる。そのため,ほとんどの被害者は,自分にも非があったのではないかと自分を責める傾向がある。そこには,周りから「被害者にも落ち度がある」という言説が,いまだに根強く唱えられているという社会的背景がある。「なぜ深夜独りで歩いていたのか」「なぜ抵抗できなかったのか」「男性を挑

    発するような服装をしていた」等の言説があいかわらず振りまかれてい

    (2)る。

    しかし,責められるべきなのは加害者であることはいうまでもない。深夜独りで歩いていようが,派手な格好をしていようが,それをもって被害者が性暴力を受けてもしかたがないという理由には全くならない。また,加害者が知り合いの場合が多く,加害現場は屋内が多い,被害者の服装は性暴力と関係がないこと等が明らかにされている(原田2017,19~20頁)。近年の研究によれば,被害者が抵抗しなかったのではなく,抵抗したくても抵抗できなかったというのが正当である。被害にあったとき怖くて声もあげることすらできない,何もできない被害者が多いのである。人間には,恐怖や脅威に直面したときに「凍りつき」「擬死」するという反応をして,防御反応が自動的に起こることが明らかにされてきている(椎名2018,86頁以下)。また,性被害者は女性だけでなく男性も相

    当数いる(三成・笹沼・立石・谷田川2011,62頁以下)。被害男性は,女性以上に訴え出にくいのが現状である。それは,児童が被害にあっている例が相当数あること,「男らしさ(男性は強い存在である)」といったジェンダー規範や男性が被害に遭うはずがないとい

    2013年 認知件数1409

    発生率 1,163 検挙率 82,5

    2014年 認知件数1250

    発生率 1,1 検挙率 88,0

    2015年 認知件数1167

    発生率 0,9 検挙率 95,5

    2016年 認知件数989

    発生率 0,8 検挙率 98,1

    最近の強姦罪に関するデータ(法務省法務総合研究所編『犯罪白書』に基づいて作成)

    SH・性暴力と被害者救済

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  • う偏見によるところが多い。まさに,日本の社会ではジェンダー・バイアスが根強く存在するからである。次に,この問題とも密接に関係するが刑法上の問題も横たわっている。2017年に刑法が改正され,主な性犯罪の1つである強姦罪は「強制性交等罪」になった。この刑法改正の主な点は,「性交,肛門性交又は口腔性交」を「性交渉等」として「強制性交等罪」に該当することになった。また,行為の対象者を「13歳以上の者」又は「13歳未満の者」として,女子だけを対象としていた旧刑法規定から全ての者が対象になった。さらに,法定刑が引き上げられた等である(藤井2017,126頁)。しかし,犯罪成立要件である「暴行又は脅迫を用いて」という文言は残されたままである。つまり,いかなる程度の暴行又は脅迫があった場合に犯罪が成立するのかがあいかわらず問題となる。これに関して,最高裁は「相手方の反抗を著しく困難にする程度のもの」(最判昭和24年・1949年5月10日刑集3巻6号711頁)と解釈していた。この結果,被害者が凍りついていたような場合には「反抗してない」と看做され「強姦罪」に当たらないとされてきた(椎名2018,86頁)。今回の刑法改正でも,この成立要件が維持されたことに対しては,多くの法律家がその問題点を指摘している。その1人である刑事法学者の後藤は,「暴行・脅迫要件の存在は,強制性交等罪が保護しようとしている「性的自由」や「性的自己決定権」が被害者の同意によってではなく,加害者の行為と被害者の反応によって不適切に判断されることを示している」(後藤2018,82頁)と疑問を呈している。そのうえで,「性犯罪の被害者は被害を受けたとき固まってしまい,抵抗することも,助けを呼ぶ

    こともできない。にもかかわらず,暴行・脅迫要件が抵抗の度合いをもって不同意かどうか判断しているために」(後藤2018年,83頁)最高裁は,抵抗したか,逃げ出したか,助けを求めたかによって不同意を判断するという,誤った経験則を維持し続けていると批判する。そして,被害者の同意(合意)があったのかどうかに焦点を当てた抜本的な改正を求めている(後藤2018,85頁)。先進国の中には,被害者の同意(合意)が

    あったかどうかを犯罪成立要件にしている(後藤2018,80頁)。日本も,そのように刑法の性犯罪構成要件を変えていかなければ,被害者が訴えることができにくいといえよう。被害者の泣き寝入りを減らすためにも,同意(合意)があったかどうかを犯罪成立要件にすべきである。また,被害者が声をあげるということは,単に加害者を告訴し刑事責任を問うことだけを目的としているのではなく,声をあげることによって他の被害者と連帯し泣き寝入りしている被害者を励ますことになる。

    3 AV出演強要問題

    (1)現状性被害者が声をあげはじめている一方で,

    光が当たりにくい可視化しにくい被害もある。AVへの出演強要問題である。映像が残り拡散するため,被害者が非常に訴えにくいという厄介な問題である。この問題は,「もう一つの「#MeToo」」というタイトルで新聞でも特集が組まれている(朝日新聞2018記事)。AV出演強要問題には,きわめて巧妙に仕掛けられた AV産業界・関係者の罠にはまってしまう未成年者や女性の存在が浮き彫りにされている。この被害者支援をしている宮本が,AV産

    浅川

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  • 業界で多くの女性が出演強要をされている舞台裏を詳細にまとめている(宮本2016参照)。宮本は,「AV被害者相談支援事業」を行っている。その事業母体は,「ポルノ被害と性暴力を考える会(PAPS)」(2009年結成)と「NPO法人 人身取引被害者サポートセンター ライトハウス(LH)」(2004年設立)の2つの団体である。事業を行う契機となったのは,PAPSに2012年に初めて「アダルトビデオに出演させられた。助けてほしい」という趣旨の相談が寄せられたことである。また,それ以前から JKビジネス(女子高生ビジネス)や AVへの出演を拒否し女性がプロダクションから2000万円以上の損害賠償請求訴訟を提起されたという事例があったことである(宮本2016,8~16頁)。この訴訟は,プロダクション側が敗訴した。この訴訟では,「NPO法人 ヒューマンライツ・ナウ」(法律家が中心となった日本の人権状況を国際スタンダードに近づけるための活動をしている団体)が訴えられた女性を主に支援した。このように近年は,AV出演強要問題がクローズアップされてきている。それでは,宮本の著書(とくに17~126頁参照)や前出の朝日新聞特集記事を参考にして,なぜ女性が AV出演を強要されてしまうのかその手口や落とし穴を探っていきたい。被害者の多くは,街でスカウトされ「モデル・アイドルに興味がありませんか」「写真だけでも撮らせてもらえませんか」と,言葉巧みに声をかけられている。その場で芸能(またはモデル)事務所の名刺をもらうだけのケース,喫茶店でモデル契約書にサインしてしまう例などさまざまである。しかも,長時間拘束され,契約書の詳しい内容も知らないままサインを半ば強要されてしまう場合もある。その際に,氏名,生年月日,住所,携帯番号

    なども巧みに書かされてしまっている。学生の場合は,学生証のコピーまで取られてしまう。あとで,契約書にサインしたことを後悔し,電話やメールでスカウトに連絡すると,事務所まで来てもらって話を聞くといわれ,出向くと「契約は成立しているので断ると莫大な違約金が発生する」等と脅される。そのため,事務所に言われたまま写真(水着写真なども含めて)を撮られ,成人の場合は AV出演があれよあれよという間に決まっていくのである。未成年者(とくに18歳未満)の場合は,18歳になるまでそして成人するまであれこれと口実を設け事務所に繋ぎ止めておかれるのである。AV出演は18歳以上でなければ違法となるからであり,また18歳でも20歳未満の場合には,契約は法定代理人(保護者など)の同意が必要であるからである。そして,知らない間に AV出演がどんどん決まっていくのである。拒否すると,「有名になりたくないのか,応援してるよ」「芸能界デビューの道が開けるよ」等となだめられる。その反面「合意しているのだから拒否すれば周りに迷惑がかかる,違約金が発生する」等と脅かされる。このように AV産業界では,人の夢・願望・弱みに付け込んだあくどい手法で,女性をAV出演に強要している現状がある。

    (2)問題点と課題AV出演強要問題が起こっている日本社会は,いったいどんな社会なのであろうか?北原が被害者に「それはどんな社会なのか?」と問うたところ,「女性がモノとして扱われている。傷つくとわかっているのに,見過ごされている社会」であると答えている(北原みのり,AV強要 性暴力の本質,前出2018朝日新聞記事)。つまり,女性の性を商品化

    SH・性暴力と被害者救済

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  • し消費している社会なのである。それは,つまるところ,性暴力の商品化でもある。この点について,仁藤によれば,年齢が低い少女であればあるほど,性的価値が高いものとして商品化され性暴力の対象にされ搾取されているという(仁藤2018,60頁以下)。彼女は,児童買春が「援助交際」とされお金を介することで性暴力が正当化されている日本の現状を告発している(仁藤2018年,64~66頁)。#MeToo運動が広まりつつあるとはいえ,被害者の多くがなかなか声をあげられない社会では,性売買の被害者が声をあげるのは,一層困難であるということになる(仁藤2018,67~68頁)。つまり,AV出演強要も形式的な契約(合

    意)に基づいているのであり,被害者は自分にも非があったと思ってしまう傾向がある。もちろん,多くは十分な説明もなく半強制された契約であり,その契約は有効であるとはいえないであろう。その意味では,AV出演強要もある種の性売買である。したがって,その被害者がなかなか勇気をもって声をあげにくいのである。2022年から改正民法が施行され18歳成人となるが,これは AV出演強要問題の観点からは課題が残るといえよう。なぜならば,現行民法では20歳成人であるので,本人が契約を結べるのは20歳になってからであるが,しかしいわゆる AV女優の「青田買い」ともいえるようなことが行われているからである(宮本2016,172頁)。それがもっと早まるのではないかと危惧せざるを得ない。また,映像が半永久的に社会に出回ってしまうという問題もある。そのため,被害者がなかなか勇気をもって被害を訴え出られないという現状がある。被害者支援を訴える伊藤は,「例えば監督官庁を設け,業者の行動を監督することも考えるべきです。被害者が捜

    査や裁判で被害を説明する際の精神的負担を減らしつつ,立件できる法整備も必要です。被害者の声は重要です」(朝日新聞2018記事)と被害者救済を叫んでいる。また,「被害者も問題である」といったバッシングや誹謗中傷の二次被害の問題点を指摘し被害者を応援し声をあげやすい社会に変えていく必要性を説いている(前出朝日新聞記事)。

    ま と め

    日本社会では,#MeToo運動が欧米ほど広がりを見せていないのはなぜなのであろうか。そこには,既述したようにさまざまな要因が絡み合っている。強姦神話,二次被害,ジェンダー平等指数の低さ,ジェンダー・バイアス,などである。日本では,他の国よりも被害者が声をあげにくい構造をもった社会=男性超優位社会であるといえるであろう。また,被害者支援がまだまだ不十分であるといわざるをえない。#MeToo運動を展開するためには,このような日本社会および社会構造を変えていかねばならないといえよう。最後に,被害者の法的支援に限定してどの

    ような支援や救済が可能か検討しておきたい。性暴力被害者の支援をしている雪田によれば,性暴力被害への法的支援に求められるものとして,まず性暴力とは何かを理解することであるという(雪田 a2017,5頁以下)。通説・判例は,性犯罪の保護法益を性的自由ないし性的自己決定権であるとしている(雪田 a2017,5頁以下)。この通説・判例の立場には,性犯罪成立範囲を限定することになるのではないか,「魂の殺人」と言われるほど深刻な法益侵害の実態を十分に把握していないのではないか,といった疑問がだされている(雪田 a2017,5頁以下)。憲法学者の中見里は,性暴力の被害者やセクシュアル・マイノリテ

    浅川

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  • ィを研究調査した経験から,人の「性(セクシャリティ)」は人の「人格」と深いところで結びついているという点に着目して,人格的権利としての「性」,「性的人格権」を唱えている(中見里2007,225頁以下)。このような性的人格権という考えは,性的自由や性的自己決定権という枠組みではとらえきれない売買春やポルノ被害等の性的搾取,未成年者の性的虐待など成長発展途上にある子どもを被害者とする犯罪なども包摂しうることになる(雪田 a2017,6頁)。性暴力は,性的自由,性的自己決定権ばかりでなく性的人格権を侵害する行為であるということを出発点としなければならない。次に,その理解を前提にして被害者の自己決定を尊重し被害者に配慮ある対応をしなければならないと雪田は説いている(雪田 a2017,9~10頁)。つまり,被害者の置かれた状況を理解し意思を尊重し本人のぺースに合わせた丁寧な支援が必要となる。不適切な支援は,二次被害を生みやすい。また,精神的に大きな傷を受けている被害者に配慮した対応が求められる。SH・性暴力の法的救済には,加害者に民事責任を問うことばかりでなく刑事責任も問うことが可能である。AV出演強要問題との関係でこの法的責任に触れておきたい。AV出演契約は,さまざまな内容のものがあるが,実態としては「雇用契約」にあたる(雪田 b2017,69頁以下)。意に反する AV出演に対しては,この契約を解除することを求めることができる。未成年者の場合には,法定代理人(たとえば保護者)の同意のない法律行為であるため契約の取消しをすることができる(雪田 b2017,72頁)。撮影の具体的な事前説明がないとか,避妊具をつけないで性交させられたとかというケースでは,被害者の身体の健康や安全を守る安

    全配慮義務に違反する債務不履行行為としてプロダクションやメーカーに慰謝料(精神的損害賠償)請求も可能である(雪田 b2017,73頁)。撮影現場での性暴力は,刑法上の強制性交等罪,強要罪,傷害罪,暴行罪などの犯罪行為にあたり,出演強要の言動が脅迫罪にあたることもある(雪田 b2017,73頁)。いまだに日本社会では,性被害者へのいわれのないバッシングが一部で行われている。また,AV産業界や性産業界も衰えをみせていない。その陰で,性暴力の被害にあって泣き寝入りをしている女性も多くいる。このような社会では,法的支援や法的救済の一層の強化が求められる。この日本の現状を変えていくためにはどうしたらいいのか,憲法学の立場から性的自己決定権や性的人格権をめぐる議論を深めていくことが,筆者に与えられた今後の課題である。

    (1)

    性犯罪に関する二次被害とは,性犯罪に遭い

    精神的ダメージを受けている被害者がいろんな

    場面で再度精神的なダメージを受けて心の傷を

    深めてしまうことである。たとえば,深夜強姦

    の被害に遭い勇気をもって被害者が警察に被害

    届を出しに行ったときに,対応した警察官から

    「本当にこんな時間に強姦されたのですか?ち

    ょっと信じられないのですがね」という反応を

    され,心に深く傷を負うことである。また,ネ

    ット(SNS等)で被害者がいわれのない誹謗

    中傷(「被害者が悪い,落ち度があった」「相手

    を陥れようとしている」「不倫関係のもつれだ」

    「仕事を取るために自らの身体を武器にした」

    等)を受け精神的に深刻なダメージを被ること

    である。

    (2)

    SH・性暴力と被害者救済

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  • 強姦神話の主な内容は,次のようなものであ

    る(三成・笹沼・立石・谷田川2011,559頁)。①

    強姦とは,異常な男が,暗く人通りの少ない道

    で,通りがかりの見知らぬ女性を,衝動的に襲

    うことである。②被害にあうのは女性が悪いか

    らだ(女性に落ち度があったからだ)。 ③落ち

    度がある女性は被害にあっても仕方がない。④

    挑発的な服装の女性が被害にあう。⑤女性が本

    気で抵抗すれば強姦は防げる。⑥本当に強姦が

    あったなら女性は事件後ただちに泣きながら警

    察に届けるはずだ。⑦女性は同意に基づく性交

    をした後になって,同意してなかったと嘘をつ

    くものだ。

    引用・参考文献

    浅川千尋(1997)「ドイツにおけるセクシュアル・

    ハラスメントをめぐる最近の動向―第二次同権

    法(被用者保護法)をめぐる議論を手掛かりに

    してー」『大阪経済法科大学法学論集第39号』81

    頁以下。

    浅川千尋(1998)「セクシュアル・ハラスメントの

    概念と法的対抗手段についてーアメリカ,ドイ

    ツ,日本の例の紹介―」『天理大学人権問題研究

    室紀要創刊号』17頁以下。

    『朝日新聞』2017年12月22日記事「セクハラ撲滅・

    多様性訴え」。

    『朝日新聞』2018年8月6日記事「もう一つの「#Me

    Too」」。

    伊藤和子「被害者を応援する社会に」『朝日新聞』

    2018年8月6日記事。

    伊藤詩織(2017)『Black Box』文藝春秋。

    後藤弘子(2018)「性犯罪規定の改正が意味するも

    の」『現代思想7月号』青土社80頁以下。

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    朝日新聞出版。

    椎名葉(2018)「性的被害と「凍りつき」」『世界8

    月号』岩波書店86頁以下。

    田中萌子(2001)『知事とのセクハラ 私の闘い』

    角川書店。

    中島聡美(2016)「第1章 性暴力被害者のメンタ

    ルヘルスと心理的支援」上田鼓・小西聖子編『性

    暴力被害者への支援』誠信書房1頁以下。

    中見里博(2007)『ポルノグラフィーと性暴力―新

    たな法規制を求めて』明石書店。

    法務省法務総合研究所編(2017)『平成29年版 犯

    罪白書』昭和情報プロセス株式会社。

    原田薫(2017)「コラム 強かん神話」特定非営利

    活動法人性暴力救済センター・大阪 SACHICO

    編『性暴力被害者の法的支援』信山社19頁以下。

    『毎日新聞』2018年4月13日記事デジタル版「特

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    三成美保・笹沼朋子・立石直子・谷田川知恵

    (2011)『ジェンダー法学入門』法律文化社。

    仁藤夢乃(2018)「少女が性的に価値が高いものと

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    60頁以下。

    藤井恭子(2017)「第3章 関連法律の紹介と解説」

    特定非営利活動法人性暴力救済センター・大阪

    SACHICO編『性暴力被害者の法的支援』信山

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    牟田和恵(2018)『ここからセクハラ!』集英社。

    宮本節子(2016)『AV出演を強要された彼女たち』

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    安枝英(1997)「雇用機会均等法・労働基準法の改

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    山崎文夫(2013)『セクシュアル・ハラスメント法

    理の諸展開』信山社。

    雪田樹里 a(2017)「1はじめにー性暴力被害への

    法的支援に求められる基本的な理解と姿勢」特

    定非営利活動法人性暴力救済センター・大阪

    SACHICO編『性暴力被害者の法的支援』信山

    社5頁以下。

    雪田樹里 b(2017)「第1章 8 ポルノ出演強要

    浅川

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  • 事件」特定非営利活動法人性暴力救済センター・

    大阪 SACHICO編『性暴力被害者の法的支援』

    信山社69頁以下。

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