significance of time-driven activity-based costing

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関東学院大学『経済系』第 238 集(2009 1 月) 時間主導型 ABCTDABC)の検討 —— Robert S. Kaplan Steven R. Anderson の所説を中心として —— Significance of Time-Driven Activity-Based Costing 福 田 哲 也 Tetsuya Fukuda はじめに I 従来型 ABC の意義と問題点 II TDABC とはなにか III TDABC の意義と課題 おわりに キーワード ABCTDABC,時間主導型 ABC,原価計算 はじめに ある技術がひろく世の中に浸透し,その利用を 通じて多くの人々や組織,社会が便益を享受する には,その技術が理論的に優れているだけでは,不 充分である。理論的な優位性と同時に,いっぽう で現実的な実行可能性をかねそなえていなければ ならない。それは管理会計の中核技術である原価 計算も同様である。 1980 年代後半に主として Robert S. Kaplan Robin Cooper によって ABCActivity-Based Costing ;活動基準原価計算)の手法が体系化され てから約 20 年が経過する。ABC がその体系化以 前に主流であった伝統的原価計算のモデルに内在 する矛盾を克服し,さらに包括的な原価計算体系を 構築しえていることはたしかである。それは伝統 的な原価計算が合理性を有する条件がきわめて限 定されるのにたいし,ABC はさらに幅広い条件下 で合理性をもって原価の計算を可能とすることか らもあきらかである。しかしそれでもなお,ABC が前提とする理論に問題がないわけではない。ま ABC は個々の活動にかかわる情報を収集する ことが実行の必要条件となるため,その煩雑さか ら実践上の問題をともなうことも指摘されてきた。 Kaplan らは ABC 提唱当初,活動にかかわるデー タ収集にともなう煩雑さと,それによる ABC の実 用性にたいする懐疑的な意見について,いずれ情 報技術の向上によって克服されるとたびたび反論 してきた。しかし企業経営は,顧客の個別的で多 様な要求に迅速に対応することが求められ,ます ます複雑化の一途をたどっており,情報技術の向 上による実践上の問題の克服に現実的な可能性の 道がいまだひらかれない。その結果, ABC の企業 における採用も,理論的な優位性とは裏腹にすすん でいない現状がみられる。理論的な優位性を損な わずに実用上の諸問題を克服するための次なる提 案が, Robert S. Kaplan Steven R. Anderson TDABCTime-Driven Activity-Based Costing時間主導型 ABC)である。 本稿では,かれらが提案する TDABC をとりあ げ,その意義と課題について検討を試みる。以下 ではまず従来の ABC の意義と問題点を整理する ことからはじめ,TDABC が従来型 ABC にくら べて,どういった点で異なるのかあきらかにする。 そして最後に,すでに提起されている批判点・問 題点を参照しつつ,今後検討すべき課題について あきらかにする。 125

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Page 1: Significance of Time-Driven Activity-Based Costing

関東学院大学『経済系』第 238 集(2009 年 1 月)

論 説

時間主導型ABC(TDABC)の検討——Robert S. KaplanとSteven R. Andersonの所説を中心として——

Significance of Time-Driven Activity-Based Costing

福 田 哲 也Tetsuya Fukuda

はじめにI 従来型 ABC の意義と問題点II TDABCとはなにかIII TDABCの意義と課題おわりに

キーワード ABC,TDABC,時間主導型 ABC,原価計算

はじめに

ある技術がひろく世の中に浸透し,その利用を

通じて多くの人々や組織,社会が便益を享受する

には,その技術が理論的に優れているだけでは,不

充分である。理論的な優位性と同時に,いっぽう

で現実的な実行可能性をかねそなえていなければ

ならない。それは管理会計の中核技術である原価

計算も同様である。

1980 年代後半に主として Robert S. Kaplan

と Robin Cooperによって ABC(Activity-Based

Costing;活動基準原価計算)の手法が体系化され

てから約 20年が経過する。ABCがその体系化以

前に主流であった伝統的原価計算のモデルに内在

する矛盾を克服し,さらに包括的な原価計算体系を

構築しえていることはたしかである。それは伝統

的な原価計算が合理性を有する条件がきわめて限

定されるのにたいし,ABCはさらに幅広い条件下

で合理性をもって原価の計算を可能とすることか

らもあきらかである。しかしそれでもなお,ABC

が前提とする理論に問題がないわけではない。ま

た ABCは個々の活動にかかわる情報を収集する

ことが実行の必要条件となるため,その煩雑さか

ら実践上の問題をともなうことも指摘されてきた。

KaplanらはABC提唱当初,活動にかかわるデー

タ収集にともなう煩雑さと,それによる ABCの実

用性にたいする懐疑的な意見について,いずれ情

報技術の向上によって克服されるとたびたび反論

してきた。しかし企業経営は,顧客の個別的で多

様な要求に迅速に対応することが求められ,ます

ます複雑化の一途をたどっており,情報技術の向

上による実践上の問題の克服に現実的な可能性の

道がいまだひらかれない。その結果,ABCの企業

における採用も,理論的な優位性とは裏腹にすすん

でいない現状がみられる。理論的な優位性を損な

わずに実用上の諸問題を克服するための次なる提

案が,Robert S. Kaplanと Steven R. Andersonの

TDABC(Time-Driven Activity-Based Costing;

時間主導型 ABC)である。

本稿では,かれらが提案する TDABCをとりあ

げ,その意義と課題について検討を試みる。以下

ではまず従来の ABCの意義と問題点を整理する

ことからはじめ,TDABCが従来型 ABCにくら

べて,どういった点で異なるのかあきらかにする。

そして最後に,すでに提起されている批判点・問

題点を参照しつつ,今後検討すべき課題について

あきらかにする。

— 125 —

Page 2: Significance of Time-Driven Activity-Based Costing

経 済 系 第 238 集

I 従来型ABCの意義と問題点

1) ABCの意義

ABC(Activity-Based Costing;活動基準原価計

算)は,1980年代に Robert S. Kaplan と Robin

Cooper によって体系化された原価計算手法であ

る。企業は顧客が要求する製品やサービスを提供

するために,ヒト・モノ・カネといった経営資源

を調達し,それらを適切に組み合わせ,活用(消

費)することにより経営活動をおこなう。ABCは

企業が調達した経営資源(インプット)と,製品や

サービス(アウトプット)によるそれらの消費の

因果関係を,「活動」にもとづいて認識・測定する。

図 1は顧客サービス部門を例にとって,経営資

源(インプット)消費と製品・サービス(アウト

プット)産出を,活動を軸にむすびつける ABCの

メカニズムを示したものである。

Turney がもちいた設例にもとづき,その計算

プロセスを説明することにしよう。たとえば顧客

サービス部門の活動には,「注文の処理」や製品に

かかわる「顧客との応対(solving customer diffi-

culties)」や「返品された製品の処理」,「返品製品

の検査」といったものが考えられよう。当該部門

の経営資源は「資源ドライバー」をつうじて個々

の活動に割り当て(跡付け)られており,図に示

されている比率(60%:20%:20%)は,活動に費

やされた労力量の見積りにもとづいている。これ

はたとえば,10人の従業員が属する部門で,6人

の従業員が顧客問題の解決にフルタイムで従事し,

残りの 4人が返品の処理と検査にそれぞれその作

業時間の半分ずつ充てた場合などが考えられる。

活動に割り当てられる個々の経営資源の種類(た

とえば,返品処理係の人件費)は,「活動コスト・

プール」の「原価要素」となる。なお活動コスト・

プールには単一の活動に関連する原価が集計され

る。そして個々の活動コスト・プールに集計され

た原価は,「活動ドライバー」を経由して原価集計

対象に結びつけられる。活動ドライバーは,原価

集計対象によって利用された活動消費量の尺度で

あり,たとえば「顧客との応対」という活動は,「電

話の回数」といった活動ドライバーにおうじて製

品に割り当てられよう。頻繁に顧客とのトラブル

を生じさせる製品は,それだけ顧客との電話によ

る応対が必要となるから,そういった状況がみら

れる場合は,この活動ドライバーの選択は合理的

であろう1)。

このTurneyが示した例では,顧客サービス部門

に属すると考えられるさまざまな経営資源が,顧

客サービス部門でなされる活動に等しく消費され

ること,さらにはそれらの活動は他部門の資源を

いっさい消費しないことが前提されている。この

例では明示的にとりあげられている経営資源は労

働力(ヒト)のみである。他の経営資源について

もこの前提が成り立つと仮定したうえで示されて

いる点は注意が必要である。また厳密には接客業

務に携わる従業員と,部門管理者とのあいだには,

実施する活動について質的・量的なちがいがみら

れるのが通例である。その多様性を考慮した計算

方法は Brimsonに詳しい。ここでは論点とならな

いため詳述は避けることとし,そちらを参照いた

だきたい2)。

個々の製品やサービスがどれだけ経営資源を消

費しているかを知ることは,収益性の正確な把握

など重要な経営上の意思決定に不可欠である。活

動を軸に経営資源消費をとらえ,原価を集計する

ABCが提唱されたのは,伝統的な標準原価計算シ

ステムにみられたつぎのような欠陥を修正するも

のであった。

製造業で発展をみた伝統的な原価計算システム

では,材料費,労務費,経費といったように製品

製造に消費される経営資源に即して費用を分類す

る。個々の製品別に消費した材料や労働(直接費)

の追跡は容易に可能であり,因果関係にもとづく

製品別の経営資源消費測定も可能であった。いっ

ぽう製品製造を間接的に支援するために消費され

た経営資源費すなわち間接費は,個々の製品によ

〔注〕

1)Peter B.B. Turney, “What an Activity-Based

Cost Model Looks Like”, Journal of Cost Man-

agement, Winter 1992, pp.55–57.

2)James A. Brimson, Activity Accounting, Wiley,

1991, pp.136–142.

— 126 —

Page 3: Significance of Time-Driven Activity-Based Costing

時間主導型 ABC(TDABC)の検討

顧客サービス部門の資源

返品処理 顧客応対 返品検査

20%60% 20%

製品 A 製品 B

電話の回数 返品回数 検査時間

資源ドライバー

活動ドライバー

(Peter B.B. Turney, Activity-Based Costing: The Performance Breakthrogh, Kogan

Page, 1991, p.98 に筆者加筆。)

図 1 ABC の計算プロセス(Turney)

る直接的な資源消費測定が不可能であった(であ

るがゆえに間接費とされた)が,総費用に占める

割合もすくなかったため,直接費の経営資源消費

測定と同様の基準(直接作業時間や機械加工時間

等)で配分された。

伝統的な原価計算システムには,あきらかな矛

盾が内在していたことになるが,この矛盾は顕在

化しなかった。その矛盾とは,「製品によって直接

的に消費される資源原価は製品の生産量(直接作

業時間といった適切な属性)によって合理的に製

品に結びつけられるのであるが,直接的な因果関

係が見いだせない資源消費原価については,製造

間接費としてひとまとめにされながらも,ふたた

び製品と直接的な変動属性を示す基準にもとづい

て配分するという論理的矛盾」3)である。

その後,製造現場の自動化や効率化により,製

品原価に占める直接労務費の割合は減少し,配分

される間接費の割合は一貫して上昇を続けた。さ

らに多くの企業が大量生産から,顧客により多く

3)拙稿,「原価計算の発展過程における ABCの意義」『経済系』第 199集,1999年 4 月,8頁。

の選択肢を提供する多品種少量生産へと戦略転換

してゆくにつれ,エンジニアリングや計画設定,受

領,保管,検査,段取,材料運搬,包装,物流,受注

処理,マーケティング,販売といった間接的活動

への経営資源の投入をますます必要とするように

なっていった。それにつれ間接費は相対的かつ絶

対的に増加し,「1980年代には,75年前の科学的

管理運動のころに設計された標準原価計算システ

ムは,もはや経済的な現実を反映してはいな」4)い

ほどまでに,製造環境は変化した。

Kaplan and Andesonはいう。「たとえば,伝統

的な原価計算システムは,すべての顧客が収益を

もたらしていると示しているが,経済的な現実は,

少数の顧客が利益の 150%から 300%を稼ぎ出す

いっぽう,収益的でない顧客との関係が 50%から

200%の損失を発生させていた」5)。

4)Robert S. Kaplan and Steven R. Andersen, Time-

Driven Activity-Based Costing—A Simpler and

More Powerful Path to Higher Profits, Harvard

Business School Press, 2007, p.5 参照。5)ibid., p.5 参照。

— 127 —

Page 4: Significance of Time-Driven Activity-Based Costing

経 済 系 第 238 集

そのようななか,ABC はとりわけ間接的に製

品製造やサービス提供を支援するために消費され

る経営資源すなわち間接費の消費態様を正確に識

別することを目的として,実態調査・研究のすえ

Kaplan and Cooperによって体系化された。伝統

的な原価計算システムが,経営資源消費を製品製

造やサービス提供の数量を示す直接的な基準(直

接作業時間や直接労務費,機械加工時間等の生産

量関連基準)で,インプット(経営資源消費)とア

ウトプット(製品・サービス)を直接(あるいは同

質的な経営資源の集合である部門を経由して)結

びつけたのにたいし,経営資源消費の態様を活動

を媒介として識別することにより,経済的な現実

を反映することに成功した6)。「マネジャーは,プ

ロセス改善や受注の可否,価格設定,顧客関係に

かかわるただしい意思決定をくだすために,より

正確な ABC情報や収益性情報を利用」7)するよう

になった。

その意思決定は,「製品および顧客の収益性測

定における短期的な改善へと導いた」が,「その魅

力的な提案にもかかわらず,ABC があまねく受

け入れられることは,なかった」8)と Kaplan and

Andersonはいう。ABCの問題点の指摘は,計算

技術に内在するもの(すべての経営資源消費が活動

を基準に結びつけられない,等)から,外的なもの

(顧客との長期的関係を考えれば,ABCによる正

確な原価情報に全面的に依拠して関係を絶つこと

はできない,等)まで幅広い。以下では,TDABC

提唱の背景となっている点について,Kaplan and

Anderson の主張にもとづいて整理することにし

よう。

6)ABC が製品原価情報の改善に成功したことは,痛烈な ABC批判論者である H. Thomas Johnsonも認めるところである。Johnson は最近の論文でも「ABCが製品コスト情報の品質を改善したのは,まちがいない」と述べている(H. Thomas Johnson,

“Lean Accounting: To Become Lean, Shed Ac-

counting”, Cost Management, January/February

2006, p.8)。7)Kaplan and Anderson, op. cit., p.5 参照。8)ibid., p.5 参照。

2) ABCの問題点

ABC にはその計算プロセスが前提する理論的

背景にたいする問題提起もなされている。たとえ

ば ABCは,活動を媒介することによって製品や

サービス(アウトプット)による経営資源(イン

プット)消費が合理的に識別可能となることを理

論的根拠とするが,すべての経営資源消費がその

理論で解明されえない,というものである。こう

いった ABCに内在する理論的な問題点の検討は,

ABC の普遍性や意義を検討するうえで避けてと

おれない問題である。TDABCにおいてもその枠

組みに依拠する以上,有用性を云々する場合には

避けてとおれないが,この問題については真正面

からとりあげられていない。TDABCではKaplan

and Andersonがとりわけその実践上の問題点の克

服を主眼としているため,ここではかれらが指摘

することがらにそくして,ABCの問題点を整理す

ることとしたい。

Kaplan and Andersonが指摘する ABCの問題

はつぎの点である。すなわち,1©ABCシステムに

必要なデータ収集にともなう主観的要素の介在,

2©ABCシステムの構築・維持・補修の煩雑さ・費

用対効果,3©未利用キャパシティの不明確化,である。Kaplan and Andersonは ABCの問題点をあ

る企業が直面した事例をもとに指摘している。そ

の例にそくして ABCの問題点を整理することに

しよう。

ABCでは経営資源消費を資源ドライバーを用い

て活動にまず割り当てるが,そのさいとりわけ人

的資源にともなう費用については従業員へのイン

タビューによることが一般的である。まずその点

の主観的要素の介在から指摘する。かれらはつぎ

のようにいう。

従業員が真摯にかつ最大限の注意を払って実施

したにもかかわらず避けられない誤差は別として,

従業員がデータがどのように利用されるかを予測

して作業時間割合を見積もる場合には,その結果

にバイアスを含ませたり,歪めてしまうという心

理的な問題がある。その結果,業務や販売・マー

ケティングのマネジャーらは,非効率なプロセス

改善や,低収益の製品や顧客の変換,超過能力の

— 128 —

Page 5: Significance of Time-Driven Activity-Based Costing

時間主導型 ABC(TDABC)の検討

改善方法について検討するのではなく,ABCモデ

ルが算出する見積もり費用や収益性の正確性にか

かわる議論に終始した9)。

また ABCモデルには多数の活動が含まれてい

たが,それでもなおマネジャーらは,実際の業務の

複雑性を捕捉するに足るほどではないと考えてい

たという。顧客に注文品を届ける活動ひとつとっ

ても,配送の形態(通常の配送かエクスプレスか,

日中か夜間かなど)や注文入力の方法(手作業が

EDIか)など,多種多様な活動の識別が必要とな

る。多岐にわたる配送活動が要求するいちじるし

い経営資源消費の多様性を認識するには,モデル

の複雑性をさらに増すことが必要となる。こうな

ると,従業員インタビューにもとづく作業時間割

合の見積もりはさらに主観的で不正確なものとな

らざるをえない。

またこれにともなって ABCシステムの設計者

に要求される,活動の細分化にともなう活動明細

表(activity dictionary;活動辞書)の充実,デー

タの蓄積・処理などの作業は非線型的に増加する。

たとえば,全社的レベルで ABCを運用するある

企業では,150種類の活動を利用し,600,000に及

ぶ原価集計対象(製品や顧客)に原価を割り当て,

月次ベースで 2年にわたって運用するために,20

億項目を超えるデータ見積もりや計算,蓄積を必

要としたという。全社的レベルで統合された ABC

システムの維持・保全が困難であることがわかるに

つれ,個々の事業所や施設,部門で独立した ABC

システムを構築することがみられるようになった。

システムが拡散することにより企業は全社的な観

点で費用や収益を分析することが不可能となり,改

善は漸次的で部分的なものにとどまるようになっ

た。けっきょくこういった多層・分散構造をもつ

ようになった ABCは,そのシステムを維持し,運

営するために必要となる高額な費用を正当化でき

なくなった10),とかれらは指摘する。

くわえてさらに重要な問題がある,という。そ

れは従業員へのインタビュー・調査プロセスのな

かから生ずるものである。従業員は,みずからが

9)ibid., p.6 参照。10)ibid., pp.6–7 参照。

個々の活動に費やした時間がどれだけかを見積も

る場合,常に合計が 100%になるように構成割合を

報告した。無駄な時間や未利用の時間(作業の無

駄や作業していない時間)が多いと記録する従業

員がほとんどいないことは想像に難くない。した

がってほとんどの ABCシステムが,経営資源が

そのキャパシテイをすべて活用していることを想

定したコスト・ドライバー率(資源ドライバー率)

を算定することになる。しかしながら,経営資源

がそのキャパシティを最大限に活用している状況

は一般的ではなく,むしろ例外であろう。ABCの

コスト・ドライバー率は,実際キャパシティで計

算し,未利用キャパシティの明確化と削減あるい

は配置転換の検討の基礎データを提供しなければ

ならないが,多くの場合それは不可能であった。

Kaplan and Andersonは,問題点をつぎのよう

にまとめている。

「 •インタビューおよび調査プロセスに多大な時間と資金を必要とする。

• ABCモデルに必要なデータは主観的であり正

当化に困難をともなう。

• ABCモデルに必要なデータの蓄積・処理・報

告には多額の費用が必要となる。

•多くの ABCモデルが部分的なものとなり,全

社的な収益機会の統合的な見取り図を提供できて

いない。

• ABCモデルは変化する環境に適応して容易に

変更することが困難である。

• ABCモデルが未利用キャパシティの存在を無

視する場合,モデルは理論的に不正確である。」11)

以上の問題提起をふまえ,Kaplan and Anderson

は「これらすべての問題にたいする解決策」として

TDABC(Time-Driven Activity-Based Costing;

時間主導型 ABC)を提唱する。それは,かれらの

言葉を借りれば,「従来の ABCアプローチよりも,

単純かつ安価で,しかもはるかに強力」12)なツー

ルである。以下では TDABCについて整理し,そ

の後,若干の検討を試みることとしたい。

11)ibid., p.7.

12)ibid., p.7.

— 129 —

Page 6: Significance of Time-Driven Activity-Based Costing

経 済 系 第 238 集

II TDABCとはなにか

Kaplan and Andersonは顧客サービス部門を例

に,従来の ABCアプローチと TDABCアプロー

チとのちがいを示している。以下ではかれらの設

例に依拠して,そのちがいをあきらかにすること

にしよう。

ある顧客サービス部門がある。その部門は四半

期で 567,000ドルの運営費を発生させる。その運

営費には,顧客サービスにたずさわる従業員や管

理者の人件費,IT関連費,通信費,建物の減価償却

費(occupancy)が含まれる。これらは固定費であ

り,顧客サービス部門がおこなった作業量によっ

て変化しない。

1) 従来型 ABC

従来の ABCは管理者や従業員にインビューし,

どのような活動をおこなったかを把握することか

ら着手する。まず,ABCシステムを運営するチー

ムは,顧客サービス部門がつぎの 3つの活動をお

こなっていると判断したとしよう。•顧客注文の処理•顧客からの問い合わせ応対•顧客信用調査の実施そして ABCチームは従業員に,どの活動にど

の程度時間を割いたかをインタビューや実地調査

をおこなうことによりあきらかにする。ABCを実

施するうえで,このプロセスがもっとも時間を必

要とし,従業員にとっても回答が困難をともなう

ものとなる。というのは,従業員に求められるの

は「昨日,どういう割合で作業をしたか」ではな

く,「この四半期,あるいは半年間の平均的な作業

の割合」だからである。ABCチームにも,この活

動に消費された実際の構成割合の実地調査に数週

間を割く用意がなければ,従業員インタビューの

回答結果を正当なものか判断することはできない

であろう。

実際上の困難はさておき,ここではかりにイン

タビューによって 3つの活動への時間配分が相対

的に表 1のようであることが判明したとする。

顧客部門の総費用額 567,000ドルは,これらの

表 1 顧客サービス部門の時間構成比

活動 時間構成比

顧客注文処理 70%

顧客質問応対 10%

顧客信用調査 20%

合計 100%

(筆者作成。)

時間構成比にもとづいて 3つの活動に割り当てら

れる。ABCチームはまた,これら 3つの活動の四

半期の実際(または見積)作業量(コスト・ドラ

イバー量)のデータを収集する。たとえば顧客注

文の件数は 49,000件,顧客からの問い合わせ件数

は 1,400件,顧客信用調査の件数は 2,500件であっ

た。これらのデータにもとづき,サービス 1件あ

たりのコスト率(コスト・ドライバー率)を計算

する(表 2)。

そして,これら 3つのコスト・ドライバー率を

利用して,顧客サービス部門の費用を,顧客別の

「注文処理件数」や「苦情・応対件数」,「信用調査

実施件数」を基準に,個々の顧客に割り当てるの

である13)。

図 2は従来型 ABCによる計算プロセスを図示

したものである。ただしKaplan and Andersonの

例では第二段階(活動コストを顧客に割り当てる

段階)は省略されており,活動コストをおよび活

動ドライバー率(コスト・ドライバー率)14)を算定

するにとどめている。なお,図中の番号はその数

値を算出する順序を示している。

13)ibid., pp.8–10参照。14)活動に集計された経営資源消費額(活動コスト)を製品やサービスなどの原価集計対象に割り当てるさいの基準については,活動ドライバーとコスト・ドライバーのふたつの呼称をもちいることが多い。ただしコスト・ドライバーは Michael E. Porterがコストを発生させる構造的な要因を意味するものとして利用していることから,Turney 同様多くの研究者が活動ドライバーの呼称を利用している。Kaplan

and Andersonは依然として活動コストを原価集計対象に割り当てるさいの基準をコスト・ドライバーと呼んでいる。

— 130 —

Page 7: Significance of Time-Driven Activity-Based Costing

時間主導型 ABC(TDABC)の検討

表 2 顧客サービス部門のコスト・ドライバー率の計算

活動 時間構成比 割当資源費用 コスト・ドライバー量 コスト・ドライバー率

顧客注文処理 70% $396,900 49,000 $8.10

顧客質問応対 10% $56,700 1,400 $40.50

顧客信用調査 20% $113,400 2,500 $45.36

合計 100% $567,000

(Robert S. Kaplan and Steven R. Andersen, Time-Driven Activity-Based Costing—A

Simpler and More Powerful Path to Higher Profits, Harvard Business School Press, 2007,

p.9.)

顧客サービス部門の資源

費用:$567,000

70%

既存顧客 新規顧客

10%

20%

$8.10/件 $40.50/件

$45.36/件

質問応対 1,400件 $56,700

注文処理 49,000件 00$396,900 39

信用調査 2,500件 ,5$113,400 3,

1

2

3

4

(筆者作成。)

図 2 ABC の計算プロセス(Kaplan and Anderson)

2) TDABC(時間主導型 ABC)

従来型 ABCでは,まず活動の種別とそれらに

消費された経営資源の割合を見積もることから着

手した。これにたいし TDABCはまず, 1©部門のキャパシティ・コスト率(経営資源費と経営資源

キャパシティ)と,2©その部門内で処理された個々の取引のキャパシティ利用量(個々の活動 1単位

あたりの活動量)の見積もりからはじめる。

キャパシティ・コスト率はつぎのように計算さ

れる。

キャパシティ・コスト率

= 供給キャパシティ・コスト

÷供給資源の実際キャパシティ

これまでみてきた顧客サービス部門の例の場合,

供給キャパシティ・コストは 567,000ドルである。

供給資源の実際キャパシティはつぎのように見積

もる。

この部門には現場の従業員 28名(管理者や支援

スタッフは含まない)が所属しているとする。こ

の現場従業員はそれぞれ,ひと月あたり平均 20日

間(四半期では 60日間)勤務し,一日平均 7.5時

間,作業に従事している。したがって従業員は四

半期あたり 450時間(27,000分)を作業に費やし

ていることがわかる。しかしながらすべての時間

— 131 —

Page 8: Significance of Time-Driven Activity-Based Costing

経 済 系 第 238 集

が生産的な作業に充てられているわけではない。

個々の従業員が一日 75分間を休憩や訓練,教育な

どに費やしているとすると,従業員の実際キャパ

シティは,四半期あたり 22,500分(1日 375分 ×60日)となる。現場従業員が 28名所属している

から,この部門は 630,000分の実際キャパシティ

を有することになる。

したがって供給キャパシティ・コスト率は,つ

ぎのように計算できる。

キャパシティ・コスト率

= 567,000ドル

÷ 630,000分

= 0.90ドル/分

実際キャパシティは,従業員や機械設備が,平

均してひと月あたり何日間作業したかを,従業員

あるいは機械設備の利用可能な一日あたりの時間

を積算することにより求める。なおそのさい,計

画済みの休憩や訓練,会議,修繕,その他遊休時

間の原因となるものを除き,実際の作業に従事す

る時間のみを集計する15)。

TDABCモデルの実施に必要な第 2の見積もり

は,個々の取引の実行に必要なキャパシティ量で

ある。ほとんどの場合,時間を基準に測定され,こ

れが「時間主導」と特徴づけられるゆえんである。

TDABCチームは 3つの顧客関連活動について,

表 3のような平均単位時間を入手した。いずれも

1回(1件)あたりの所要時間である。

キャパシティ・コスト率と個々の活動の見積も

り単位時間を掛け合わせることにより,顧客サー

ビス部門でおこなわれた 3種類の活動についてコ

スト・ドライバー率を計算する。そして個々の活

動の回数(件数)とコスト・ドライバー率を乗ずる

ことにより,個々の活動別の総コストを算定する

(表 4)。顧客(アウトプット)別のコストは,個々

の活動を消費した時間の合計にキャパシティ・コ

スト率を乗ずることで算定される。たとえば図 3

における新規顧客は「注文処理」と「質問応対」を

必要としており,合計で 52分間活動を消費してい

15)ibid., pp.10–11参照。

表 3 顧客サービス部門の活動平均単位時間

活動 単位時間

顧客注文処理 8分顧客質問応対 44分顧客信用調査 55分

(Kaplan and Anderson, op. cit.,

p.11に筆者加筆。)

るため,キャパシティ・コスト率 0.90 ドルと 52

分を乗じて既存顧客のコストが 46.8ドルと計算さ

れる。同様に新規顧客はさらに「信用調査」を必

要とするため,合計で 102分間の活動を消費する

ことになり,新規顧客のコストは 91.8ドルと計算

されることになる。

従来の ABCモデルが計算したコスト・ドライ

バー率および個々の活動コストと比較すると,TD-

ABCモデルが算定した数値のほうが若干すくない

値となっている。これは,従来の ABCモデルが

未利用キャパシティのコストを含んでいるためで

ある。いっぽう TDABCモデルでは,当該期間に

供給された経営資源の 92%(実際キャパシティ比

= 578,600 ÷ 630,000)だけが,当該期間にサービ

スを提供した顧客に割り当てられている。

「TDABCは,個々の活動を実行するために必要

な時間を明確にすることによって,活動コストと

内在的な能率にかんする有効なシグナルを提供す

るだけでなく,活動実行のために供給されている

経営資源の未利用キャパシティについて量(51,400

時間)とコスト(46,200ドル)のデータを入手す

ることが可能となる」16)。

従来の ABCと TDABCとのちがいは,従来型

ABCが従業員の「すべての活動時間に占めるそれ

ぞれの活動の構成割合」をあきらかにするのにた

いし,TDABCはまず「個々の活動 1回あたりの

平均時間」をあきらかにする点である。いずれも

実地調査やインタビュー調査による点でちがいは

ないが,従業員に求められる質問内容にせよ,チー

ムが実地調査する対象にせよ,それが個々の活動

1単位あたりの平均実行時間であることから,回

16)ibid., p.12.

— 132 —

Page 9: Significance of Time-Driven Activity-Based Costing

時間主導型 ABC(TDABC)の検討

表 4 顧客サービス部門の活動コストの計算(TDABC)

活動TDABCコスト・ドライバー 所要時間(分) 総コスト

単位時間(分) コスト率 量(件数)

顧客注文処理 8 $7.20 49,000 392,000 $352,800

顧客質問応対 44 $39.60 1,400 61,600 $55,440

顧客信用調査 50 $45.00 2,500 125,000 $112,500

利用キャパシティ 578,600 $520,740

未利用キャパシティ 51,400 $46,260

合計 630,000 $567,000

(ibid., p.12 に筆者加筆。)

答や観察は容易であろう17)。

このきわめて現実的で,具体的な活動 1回あた

りの平均実行時間から出発する点が,TDABCの

おおきな特徴であろう。この特徴からさまざまな

メリットが生まれる。すでに指摘したように,活

動実態の調査にあたって実施される実地調査や従

業員へのインタビューに具体性や客観性が確保さ

れることがそのひとつである。

くわえて,Kaplan and Anderson はいう。「時

間主導型 ABCは多様な取引形態が喚起する時間

消費の多様性を容易に組み込むことができる」18)。

しかもこれまで前提せねばならなかった「すべての

注文や取引は同質であり,処理に要する時間量も同

一であるという単純化の前提も必要としない」19)と

いう。それは「時間方程式(time equation;時間

等式)」とかれらが呼ぶ原価集計対象別のコスト

計算方法から生まれるものである。時間方程式と

は,活動 1回あたりの平均実行時間から算出され

た個々の活動 1回あたりの実際キャパシティ・コ

ストを,多様に組み合わせることによって,顧客

が需要する多様な活動組み合わせの総コストを計

算するためのものである。

Kaplan and Andersonは時間方程式による原価

集計対象別のコスト集計を具体的に示すために,

17)「従来の ABCモデルで従業員が主観的に割合を見積もったのとはちがい,時間主導型モデルにおけるキャパシティ消費の見積もりは容易に観察可能であり,その正当性も確保される」(ibid., p.11)。

18)ibid., p.13.

19)ibid., p.13.

ある化学薬品流通業の配送サービスを例にとって

説明している。

標準品の定期配送に必要な包装時間が 0.5分で

あるとする。かりにその品目が特別な包装を必要

とする場合は,追加的に 6.5分の時間が必要とな

る。さらにその品目が航空便による配送を必要と

する場合,プラスチック製バッグへの包装作業が

0.2分間必要となる。時間主導型 ABCアプローチ

によれば,つぎのような容易な時間方程式によっ

てサービス別の経営資源消費を見積もることがで

きる。

包装時間(分)

= 0.5(標準)

+ 6.5(特別包装が必要な場合)

+ 0.2(航空便の場合)

Kaplan and Andersonは続ける。先の化学薬品

流通業に従事する会社が,サービスの差別化を図

るために危険物の配送を手がけることにしたとし

よう。かりに危険物包装に 30 分が必要であると

すれば,そのサービス提供に要する時間はつぎの

時間方程式で計算される。

包装時間(分)

= 0.5(標準)

+ 6.5(特別包装が必要な場合)

+ 0.2(航空便の場合)

+ 30(危険物の場合)

TDABCモデルの正確性は,たんに部門別の時

— 133 —

Page 10: Significance of Time-Driven Activity-Based Costing

経 済 系 第 238 集

顧客サービス部門の資源 費用:$567,000 時間:630,000分

キャパシティ・コスト率:$0.90/分

質問応対 1,400件

$55,440

注文処理 49,000件

$352,800

信用調査 2,500件

$112,500

既存顧客 新規顧客

8分/件 44分/件

50分/件

$520,740(利用キャパシティ)

3

1

2

5

4

(筆者作成。)

図 3 TDABC の計算プロセス

間方程式に,顧客サービスが必要とした活動項目

を追加することにより確保される。Patricia and

Werner もまた,「時間主導型 ABCの主たる優位

性は,活動コストの算定にあたって,多様なドラ

イバーが考慮の対象になりうること」20)と指摘す

る21)。従来型の ABCが総作業時間の構成割合を

従業員へのインタビューで割り出すことに比べて,

正確性や簡便性の点でメリットをもつことが推察

されよう。従来型ABCのアプローチでは,まずこ

の部門の活動を「標準製品の包装」「特別配送が必

要な製品の包装」「空輸が必要な製品の包装」「危

険物の包装」の 4つと定義し,従業員らにそれぞ

20)Patricia Everaert and Werner Bruggeman,

“Time-Driven Activity-Based Costing: Explor-

ing the Underlying Model”, Cost Management,

March/April 2007, p.17.

21)Patricia and Werner は「時間主導型の ABC すなわち TDABC では,時間ドライバー(活動ドライバーとしての時間基準)がきわめて重要である」とし,時間ドライバーを詳細に検討している(ibid.,

pp.17–18)。詳細はかれらの論文を参照されたい。

れどの割合で従事したかをインタビューすること

になるのである。

従来型 ABCでは,受注形態の多様化を活動別

に細分化するには膨大な労力を必要とする。正確

な原価計算を期すためには,アイテム種別の数に

よって変動する「注文アイテムの登録」活動や,新

規顧客の数によって変動する「新規顧客登録」活動

など,多くの活動コストプールと活動ドライバー

を用意しなければならない。「TDABCでは,作業

を実施する従業員が,同一の資源プールに属する

かぎり(同一の経営資源を消費しているかぎり),

時間ドライバーの数(時間方程式の項目数)は制

限されず」22),容易に追加可能であるという。

図 3は時間主導型 ABCすなわち TDABCによ

る計算プロセスを図示したものである。図中の番

号はその数値を算出する順序を示している。なお

未利用キャパシティは図中に明示していないが,

当該部門の発生費用(567,000ドル)と利用キャパ

シティ費用(520,740ドル;図中 5©)との差額とし

22)ibid., p.18.

— 134 —

Page 11: Significance of Time-Driven Activity-Based Costing

時間主導型 ABC(TDABC)の検討

て明確になる。

III TDABCの意義と課題

TDABCにたいする批判論は,その多くが「時

間」を活動ドライバー(コスト・ドライバー)とし

て利用する点に当てられている。Kaplan and An-

dersonは「従来の ABCもコスト・ドライバーと

して時間を利用することができ,TDABCの革新

性を過小評価しようと試みる者もいる」23)という。

活動ドライバーとして,段取回数や搬送回数,顧

客注文回数といった取引ドライバーをもちいる場

合,取引単位あたりの活動原価消費量が同一でな

ければ,原価集計対象にむすびつけられる原価に

は歪みが生ずることになる。Robin Cooperは,段

取のなかに困難で複雑なものがあったり,顧客注

文のなかに他にくらべて時間と労力を必要とする

ものがある場合など,個々の活動の実行に必要な

経営資源量が変化するときには,取引ドライバー

に代えて所要時間ドライバーをもちいるべきであ

ることを主張している24)。

この Cooper の指摘のように,所要時間ドライ

バーの使用が従来から指摘されてきたことは事実

である。

またいっぽうで,TDABCの時間を軸とする原

価集計プロセスをして,ABC 以前の伝統的な原

価計算形態への退化ではないかとの疑問も提起さ

れている25)。しかしながら,伝統的な原価計算が

「製品やサービスなどアウトプット・レベルの資源

消費は均質である」との前提に立っていた(した

がって資源消費はアウトプット産出量に関連した

量的基準で測定する)のにたいし,TDABCは従

来型 ABCの「アウトプットによる資源消費態様

はそれらが必要とする多様な活動によって規定さ

れる」との研究成果を包含している点で,容易に

23)Kaplan and Anderson, op. cit., p.17.

24)Robin Cooper, “The Two-Stage Procedure in

Cost Accounting: Part Two”, Journal of Cost

Management, fall 1997, pp.39–45参照。25)たとえば,伊藤嘉博「20年目のレレバンスロスト」『産業経理』第 67巻第 3号,2007年 10月,pp.22–33

を参照のこと。

退化であるとは断じることはできないように思わ

れる。

ところで TDABCは活動コストをアウトプット

に結びつける第二段階において,はたして「所要時

間ドライバーを利用している」といいうるのであ

ろうか。Kaplan and Andersonによれば,個々の

アウトプットが消費する多様な活動の組み合わせ

と,その活動 1件あたりの実行時間がわかれば,そ

の時間を単純合計することで,すなわち活動時間

を基準に資源消費が測定可能である。それは図 3

に示したとおりである。

しかしこの計算メカニズムは図 4のように書き

換えることも可能である。つまり TDABCで調査

される活動の実行に要する平均単位時間は,活動

1回(1件)実施するために必要となる時間である

ため,この所要時間とキャパシティ・コスト率を乗

ずることにより,活動 1回あたりの活動コストが

算定できることになる。顧客別のコストを算定す

るには,活動の実施回数(つまり取引ドライバー)

と活動コストを乗ずることで求められる。顧客が

同種類の活動を何度も消費することがある場合に

は,計算が容易なのはこの方法かもしれない。

このように考えることが妥当であるとすれば,

TDABCの本質的な意味は,従来型 ABCに比べ

て活動の細分化のレベルを極限まで引き上げたに

すぎない,ということになる。この点についても

検討を要する。

またすべての経営資源が活動の遂行時間に比例

して消費されるかどうかについても検討を要する。

これについてはKaplan and Andersonもつぎのよ

うに述べている。「かりにわれわれが厳格であった

なら,時間主導型 ABCではなく,キャパシティ主

導型 ABCという表現をもちいるべきであっただ

ろう」26)。かれらは時間以外のドライバーで測定

するべき状況について,つぎのように述べている。

「倉庫のキャパシティは,提供されている面積に

よって測定される。トラックや鉄道貨物車のキャ

パシティもまた同様に提供面積(平方メートルま

た平方フィート)で測定されうる。また輸送キャ

26)Kaplan and Anderson, op. cit., p.59.

— 135 —

Page 12: Significance of Time-Driven Activity-Based Costing

経 済 系 第 238 集

顧客サービス部門の資源 費用:$567,000 時間:630,000分

キャパシティ・コスト率:$0.90/分

質問応対 (44分/件)

$55,440

注文処理 (8分/件)

$352,800

信用調査 (8分/件)

1,400件 49,000件 2,500件 $112,500

既存顧客 新規顧客

$7.2/件 $39.60/件

$45.00/件

$520,740(利用キャパシティ)

2

1

3

5

4

(筆者作成。)

図 4 TDABC の計算プロセス 2©

パシティは同時に,運送可能な最大積載量という

重量によって制約づけられてもいる。デジタル記

憶装置の場合は,キャパシティは記憶容量(ギガ

バイト)で測定されるであろう」27)。時間ではな

く,面積や重量,あるいはギガバイトあたりの経

営資源費用の割合でキャパシティ・コスト率を測

定することが必要である場合について,このよう

に指摘している。

ただしこれらの場合であっても,時間の要素を

完全に排除することは不可能である。なぜなら,

そのいずれにあっても,貯蔵時間や運送時間,保

存時間など,やはり時間がその経営資源消費を制

約づけているからである。この点については今後

の重要な検討課題となるであろう。

また TDABC においても活動実行量は「時間」

で測定されるが,従来型 ABCとの根本的な違い

は,原価集計対象による活動消費に異質性が認め

られないほど,細分化のレベルが高いということ

である。繰り返すがこれは,TDABCが個々の活

27)ibid., p.59

動 1単位あたりの平均消費時間というきわめて現

実的・具体的な調査からあきらかにしようとする

点からもたらされる。

TDABCが適合性を有するのは,活動による単

位時間あたりの経営資源消費に異質性がないこと

(すべての活動がすべての経営資源を単位時間あた

り同様に消費すること),顧客によるサービス需要

1回あたりの活動消費に異質性がないこと(すべて

の顧客がすべての活動を 1回必要とするための時

間に多様性がないこと)が保証されるほど活動の

細分化がなされていることが条件となる。この点

についてKaplan and Andersonはつぎのように述

べている。「部門コスト率は,供給されている経営

資源の組み合わせが,部門内でおこなわれる個々

の活動および取引について同一である場合にのみ

妥当性を有する」28)。そして部門内でおこなわれ

る活動および取引が多様な経営資源消費を要求す

る場合,「部門内でおこなわれるふたつのまったく

異なるプロセスごとに,別個のキャパシティ・コ

28)ibid., p.49

— 136 —

Page 13: Significance of Time-Driven Activity-Based Costing

時間主導型 ABC(TDABC)の検討

スト率を計算する必要がある」29)。こういった前

提は,当初Kaplan and Andersonが意図した実務

上の煩雑性の軽減を,かえって損ねかねない。か

れらが実践的な有用性を主張する以上,とくにこ

の点については実務的な観点からの慎重な検討が

必要となるだろう。

ただし,活動 1単位あたりの所要時間を軸に経

営資源消費をとらえるというアイデアは,たんな

る伝統的な原価計算手法への回帰として安易に断

ずることがあってはならないであろう。そればか

りか,さらなる原価計算理論の発展のために,批

判的な検討を重ねる価値のある対象であるように

思われる。なぜなら,すべての経営資源はその時

間的な制約から逃れられないからである。

おわりに

本稿では,Kaplan and Andersonが従来のABC

が抱える問題点を克服する手法として提案したTD-

ABC(時間主導型 ABC)をとりあげ,その意義と

課題をあきらかにした。

TDABCはABCがその計算構造上内在する理論

的問題点を克服するものではない。たとえばABC

には,すべての経営資源消費態様が活動によって

識別可能となるわけではない,との批判が寄せら

れている。つまり ABCは,すべての資源消費の

測定を合理的に可能とするまでの普遍性を獲得す

るにいたっていないわけであるが,TDABCはそ

の限界を克服しようとするものではない。ABC実

践上の課題の解決を主目的とするものである。

しかしながら理論はその実践上の現実的可能性

をもってはじめてその効力を認められるのであり,

実践上の諸問題を理論発展にとっては外在的なも

のとして捨て置くことは不適切である。実践的・

外在的な要請が提起する諸問題の解決から,理論

に内在する問題点があきらかにされ発展が生まれ

29)ibid., p.49. このほか Kaplan and Andersonは,年間の経営資源消費すなわち活動量にみられる季節的な変動をいかに扱うか,等についても説明を加えている。これらについては別稿であらためて検討の機会を設けることとしたい。

るからである。Kaplan and Andersonの TDABC

においても,本稿においても,そこまでの詳しい

検討はできていないが,検討すべき課題について

はある程度あきらかにすることができたと思う。

TDABCの意義は,活動実態の解明に向けられ

た実地あるいはインタビューによる調査の対象を

変えたことにみられる。従来型 ABCでは,まず

は部門(経営資源プール)に属する従業員へのイ

ンタビュー調査により,活動の種別と,活動全体

に占める個々の活動の割合によって活動実態を分

析することが多い。この点に,実態解明に向けた

種々の問題(恣意性の介在や詳細さの度合い,未

利用キャパシティの無視)の解決を阻害する,根

本的な原因があるとKaplan and Andersonは指摘

する。

そこでかれらが主張するのは,経営資源のキャ

パシティ測定から,活動による経営資源消費態様

まで,すべて「時間」を軸にとらえるという手法

である。それが TDABCである。そこで測定の主

眼となるのは,経営資源の実際消費量(実際キャ

パシティ)の時間による測定と,個々の活動 1単

位を実行するために必要な時間の測定である。こ

れによる実践上のメリットは,実地調査やインタ

ビューによってあきらかにすべきことが,「活動 1

単位を実行するために必要な平均(また標準)時

間」であるから,きわめて具体的・現実的であり,

活動の実行主体にとっても,観察主体にとっても

測定が容易である点である。活動別の消費額(活

動コスト)は,経営資源消費 1単位時間あたりの

コスト(実際キャパシティ・コスト率)と,実際

の活動実施時間との積で計算される。したがって,

この活動実績にもとづく活動コストの合計と,経

営資源費用(キャパシティ・コスト)を対比する

ことにより,未利用キャパシティ(コストおよび

時間)があきらかとなるのである。

現在のところ指摘しうる TDABCの意義は, 1©調査対象の具体化による調査の客観性の確保と,

2©活動の細分化による環境変化への対応の柔軟性の確保,ということができるだろう。

ただし,このような「時間」を軸とするTDABC

による原価計算が合理性を有するには,いくつか

— 137 —

Page 14: Significance of Time-Driven Activity-Based Costing

経 済 系 第 238 集

の前提条件が確保されねばならない。すなわち,

1©活動による単位時間あたりの経営資源消費に異質性がないこと(すべての活動がすべての経営資

源を単位時間あたり同様に消費すること), 2©顧客によるサービス需要 1回あたりの活動消費に異質

性が認められないほど,活動の細分化のレベルが

高いこと,である。とくに 2©の点は,TDABCが

実践上の諸課題を解決することを主眼とすること

から考えると,前提条件となる細分化それじたい

が実践上の課題となってしまう可能性があり,検

討の余地があるであろう。そしてもっとも重要な

点は,3©すべてのアウトプットによる活動消費と,すべての活動による経営資源消費は,「時間」を基

準に合理的に測定することが可能である,という

点である。

はたしてすべてのアウトプットによる活動の消

費と,すべての活動による経営資源の消費を,「時

間」を基準に因果関係にもとづき,合理性をもって

測定することは可能なのであろうか。Kaplan and

Andersonはつぎのように述べていた。「かりにわ

れわれが厳格であったなら,時間主導型 ABCで

はなく,キャパシティ主導型 ABCという表現を

もちいるべきであっただろう」30)。かれらはすべ

ての経営資源が「時間」を基準に,活動による消費

態様を測定できないことを認めている。倉庫や貨

物輸送のキャパシティは,面積や積載量・重量な

どで測定することが適切であり,活動と経営資源

の種別によっては,時間以外の基準で測定するこ

とが必要であると説明しているのである。なるほ

ど倉庫や貨物輸送のキャパシティが時間以外の要

素で制約づけられていることは事実である。しか

しだからといって,これらのキャパシティが「時

間」から解放されていると考えるのは誤りであろ

う。これらのキャパシティが時間による制約から

逃れられないこともまた,事実なのである。

Kaplan and Andersonはきわめて実践的な要請

から,従来型 ABCの諸課題を克服する TDABC

という手法の提案にいたった。しかしながら,か

れらが行き着いた「活動」する「時間」によって

30)ibid., p.59.

経営資源消費を測定し,原価集計対象による活動

消費を測定する,という考え方は,原価計算理論

のさらなる発展にとって検討すべきおおきな可能

性を秘めているように思われる。

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— 138 —