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Title ピサのレオナルドと3次方程式 (数学史の研究) Author(s) 三浦, 伸夫 Citation 数理解析研究所講究録 (2002), 1257: 37-47 Issue Date 2002-04 URL http://hdl.handle.net/2433/41925 Right Type Departmental Bulletin Paper Textversion publisher Kyoto University

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Title ピサのレオナルドと3次方程式 (数学史の研究)

Author(s) 三浦, 伸夫

Citation 数理解析研究所講究録 (2002), 1257: 37-47

Issue Date 2002-04

URL http://hdl.handle.net/2433/41925

Right

Type Departmental Bulletin Paper

Textversion publisher

Kyoto University

Page 2: Title ピサのレオナルドと3次方程式 (数学史の研究) …...二こで n 鴎 VFより 1 この 4 数は比例関係にある. また $\phi\cap \mathrm{A}$ なので10,

ピサのレオナルドと 3 次方程式

神戸大学国際文化学部 三浦伸夫 (MIURA Nobuo)

Facu1ty of Cross-cultural Studies,

Kobe University

12世紀のピサのレオナルド (1170頃-1240 以降) は, その『算板の書』 Uiber $aMi,12oe$お

よひ 1228) において西欧で最初にアラビア数字による記数法を体系的に述べ, いわゆる『フィボナッチ数列」に言及した数学者としてよく知られている. 彼はまた小著 n青華」$1(F7oe,1\mathit{2}\mathfrak{B})$

で 3次方程式を西欧で最初に議論した人物としても重要である. しかしながら彼はその方程式の解は与えたもののその数値解法は述べなかったこともあり, レオナルドの 3 次方程式に関しては議論されることはあまりなかった 2. 本稿では彼の 3 次方程式に関する論述をボンコンパ一{?}編集の『ピサのレオナルド著 $\not\in k\Delta$ に基づいて紹介し, あわせて数学史上におけるその意味を考察する.

1. r精華\sim と 3次方程式

rllf華 J ではいくつかの問題が議論されているが, そのうちの第 2番目の問題はパレルモのヨハンネス師が与えた問題であり, r二倍の平方ど十倍の根とがひとつに集められて二十になる,ある立方数を見出す」 もので, 3次方程式に還元できる問題である, それを議論するにあたってレオナルドはまず次のように述べている.

このことを考察するに際し, 私はユークリッド iJFCl&J 第十巻に含まれることからこの問題の解が生まれると考え, そのためにこのユークリッド『原騙第十巻を正確に研究し, と $\text{く}$ にそのためにその定理を暗記し理解した. またそれ【$=$『原論 $\mathrm{J}$ 第十巻]はユークリッド『原論\sim の前後の若干の巻より難解なので, 私は線と面とで論証されている事柄を数に還元して理解し, その第十巻の注釈を始めた 4

こうして彼は準備として『fflffl』第 10巻に含まれる 15種の線分に関する幾何学を数に変換し,

数理解析研究所講究録 1257巻 2002年 37-47

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$u^{\backslash }\mathrm{T}\sigma)X\dot{o}\mathfrak{l}^{-}.\mathfrak{B}\hslash \mathrm{b}T1\backslash o^{5}$ .

通約可能数 $\dot{\mathrm{n}}\dot{\mathrm{b}}$)

通約可能数 $\dot{\mathrm{n}}\dot{\mathrm{u}}$) : 数と平方において通約可能 :a不言数 $(\mathrm{a}\Pi \mathrm{d}\mathrm{r})$ : 平方においてのみ通約可能 : $f\mathrm{a}$

通約不能数 C果 0

中項$m$誕. ): $\psi_{\overline{a}}$

6種の二項和の根 : $\sqrt{\mathcal{F}a+\sqrt{b}}$など

6種の二項差の根 : $\sqrt{\sqrt{a}-\sqrt{b}}$など

この後レオナルドは. 「この十五種の数とそれらの相違とを私は熱心に考察したので. 私は,二倍の平方ど立方とで二十になる上述の+の根のうちのーっは決して上記の根とは一致しないことを見出した. 以下でそのことが幾何学的に論証される』 ど述べて, ユークリッ加Wに図形を用いた論述が始まるのである.

以下のような値の矩形を描き, ここでは求める根 $(1m$.

$\mathrm{a}\mathrm{E},\oplus 10,$ $rightarrow,$ $\mathrm{i}_{\mathrm{t}}$ く $\mathrm{x}^{2}$

とおくと, $\cdot$

$\iota$ .

猷$\alpha;arrow$ . 可 $+d+1\mathrm{o}\mathrm{e}\infty$

すると, め\rightarrow 架 10 より.$i$

こうして, 命 \rightarrow )が次の 62s銚な l‘ことが,$\text{「}$もしそうであるなら」ではじまる背理法で証明される.

5 SCrtli 1c.Z28. レオナルドはまた.『幾何学の $\#\mathrm{f}\mathrm{f}\mathrm{i}\mathit{1}$ , 『算板の書 1 でも『原論」を要約してぃる. レオナルドとユークリッド $\Gamma \mathrm{f}\mathrm{f}\mathrm{i}*$」の関係については稿を改めて論する予定である.‘ 一のことはレオナルドが, ギリシア語版 r原論」あるいはそれに関連するテクストを利用したことを意味する.7 一れはアラビア語 agammのラテン語訳. 根号記号がないのでそこでは平方根は発音することができないことを意味する. ただしアラビアでは, 『不言数』は分母が 11 以上の分数にれもアラビア語では古典的方法では発音できない) や素数を指すこともある.

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1, 有理数2. 有理数の根3. 有理数の根の根4. 6種の二項和5. 6種の二項差6. 二項和の根または二項差の根

すなわち現代表記するなら, $x$ は,

$\sqrt{\mathcal{F}_{\mathit{0}}\pm\sqrt{b}}$

ではない, というのである.以下ではこの証明を順追って紹介する. 記述を簡単にするために, $\iota \mathrm{b}$ が,(数において) 互いに通約可能であるときを $\mathrm{a}\cap \mathrm{b},$ ab が平方において互いに通約可能であるときを $\mathrm{a}\cap^{2}\mathrm{b}$ で示すとする 8. それらの否定は, $\cap/$. \cap 2/で示される.

2. レオナルドの論述

2-1. 有理数ではないことの証明

めを有理数すなわち長さと幕において通約可能な数とおく.め<ai $=$ $2$

ところでめ=有理数とおいたので, めは整数または分数である.1) 整数とする,

$\mathrm{a}\mathrm{b}\triangleleft$ より $\mathrm{a}\mathrm{b}=1$ となる. すると *2+1+1*13.ところ力 $\mathrm{i}$

$\Re$は 20であったので矛盾.よってめは整数ではありえない.

2) 分数とする$\mathrm{M}$ は分数または整数.e\mapsto は分数の分数の分数.可は分数, または分数の分数.したがって $\mathrm{M}$ が分数であろうと整数であろうとこれら 3 数の和は分数になるが, 実際は

20であり分数ではない.したがって, めは分数ではありえない.

2-2. 有理数の根ではないことの証明

$*\mathrm{b}$ を有理数の根とし,(め)\sim \ltimes

とする.$\mathrm{b}\mathrm{k}$ . 献門森

これはめ 3 $(=x^{3})$ に等しい.よって $\mathrm{R}\mathrm{z}$

8 一の記号法は, 次で用いられた記号法である. 中村幸四郎他 (訳・解説), 『ユーク $|J$ ッド原論五 共立出版, 1971, $\mathrm{p}.510$ .

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二こで n鴎 VFより 1

この 4数は比例関係にある. また $\phi\cap \mathrm{A}$ なので 10,命$\mathfrak{n}.\cdot$ $\mathrm{b}$

すなわち, $\mathrm{k}$ も有理数の根となる、.まため\cap kより,

め寡 (め )

すなわち命寡 aeである. (※)

また命寡 2可

よって r原$\sim \mathrm{J}$ $t^{1}$より, $\dot{\mathrm{a}}\cdot\dot{r}$ は無理数{?}

さて, \Leftarrow \supset 2は有理数で, $\mathrm{l}\mathrm{q}\mathrm{d}\rangle$

よって $\alpha$ も有 1謹\sim そのー $\infty$は 10で有理数であった.よって $\dot{\alpha}$ も有理数. しかしこれは無理数であった.ゆえにめは有理数の根ではありえない 4.

さて, レオナルドは. $(\cross.\cdot)$ 以降の別解を次のよ $\mathrm{B}$に与えている.

{?}が有理数の根であり, aは有理数なので, また可 dは有理数{?}

ゆえに,全体の面山は有理欽と無理数とから虞立するが.実謙は Iなので不都合 $(\ovalbox{\tt\small REJECT}.ae|\mathrm{r})$

である.

2-3. めが平方根の平方根ではないことの証明

めをある有理数の平方根の平方根とする.さらに,

(め)2\rightarrow 愈とせよ.

よって, ffikWめは有理数の平方根の平方根であったので, 泳は平方根.ゆえに, $\Phi\cap^{\mathrm{g}}\$

すると, め寡 $z\mathrm{k}$ となる 13.

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めは中項線分 (=で反も中項線分となる,そしてめ寡&.

よって, 全体帥$\mathrm{r}$ は双中項線分 (bimdial\‘is)となる.さらに,

(め)2=1久 d\succ h$\mathrm{e}i$ は有理線分で, $\mathrm{e}\mathrm{i}\cap/\mathrm{b}^{14}$ .よって $\dot{\alpha}$ は有理数の平方根で, 可寡 $\sim$, $\mathrm{a}\mathrm{i}\cap 2\mathrm{e}\mathrm{i}$.よって, $\mathrm{a}\mathrm{e}$ は余線分である 15.ところが $\mathrm{a}\mathrm{e}$ は双中項線分であったが, 余線分は双中項線分ではないので, 矛盾.

ここでレオナルドは証明を次に進めるために以下のような準備をする. これは『原論$\Delta$ 第 10巻を算術化したものである.ます, 二項和からなる数 2の分類である. レオナルドによれば次のようになる. ここで記号

口は平方数を示すとする.

(現代表記) (性質) (レオナルドの挙げた例)$\mathrm{B}_{1}$

$\mathrm{a}+\sqrt{}^{-}\mathrm{b}$ a2-b2=ロ $4+f7$

$\mathrm{B}_{2}$ $f$ 七 $\mathrm{a}/(\mathrm{a}- \mathrm{b}^{2})=\square _{1}/\square _{2}$ $f_{112+7}$

$\mathrm{B}_{3}$ f計 fb(^)/a= $\square$ l/$\square$。’め $\neq\coprod_{1}/\square _{2}$ $\sqrt{}^{-}18+\sqrt{}^{-}10$

$\mathrm{B}_{4}$$\mathrm{a}+\mathcal{F}\mathrm{b}$ (a2士)/a\neq $\square$ 1/$\square$ 2\leftarrow 、\acute ]6

$\mathrm{B}_{5}$ $f\mathrm{a}$ 七 $(\mathrm{a}- \mathrm{b}^{2}\mathrm{y}\mathrm{a}\neq\square _{1}/\Pi_{2}$ $f_{6+2}$

$\mathrm{B}_{6}$ $f\mathrm{a}+f\mathrm{b}$ ($\mathrm{a}- \mathrm{b}\mathrm{y}_{8}\neq\Pi_{1}/\coprod_{2}$ 、$f8+f5$

これを『原論$\mathrm{J}$ X-54-59 を用いて別の書き方をすると, 性質は以下のように表記することもできる. ただし $\mathrm{e}$ は任意の有理数とする.

$\mathrm{B}_{1}$ ;(a2市 2)寡亀 $\mathrm{a}\cap \mathrm{e}$

$\mathrm{B}_{2}$ ;(a2市 2)寡鳥 $\mathrm{b}\cap \mathrm{e}$

$\mathrm{B}_{\}$ $\Gamma(\mathrm{a}^{2}- \mathrm{b}^{2})\cap \mathrm{a},$ $\mathrm{a}\cap/\mathrm{e},$ $\mathrm{b}\cap/\mathrm{e}$

$\mathrm{B}_{4}$$\sqrt{}^{-}$($\mathrm{a}^{2}$ 七 2)寡ん $\mathrm{a}\text{寡}\mathrm{e}$

$\mathrm{B}_{5}$ $\mathit{1}^{-}(\mathrm{a}^{2}- \mathrm{b}^{2})\cap/\mathrm{a},$ $\mathrm{b}\cap \mathrm{e}$

$\mathrm{B}_{\mathrm{Q}}$ $\Gamma(\mathrm{a}^{2_{-}}\mathrm{b}^{2})$寡ん $\mathrm{a}\text{寡}/\mathrm{e},$ $\mathrm{b}$ 寡 $/\mathrm{e}$

さらにこれら 6つの 2項の平方根;龜は順に次のようになる 16.

通約できないであろう」.14 『原論 4 X-22 を用いている. 「中項線分上の正方形に等しい矩形が有理線分上にっくられると, 有理でかつ矩形の底辺と長さにおいて通約できない線分を幅とする」.

$1S$ 『原論 4 X-73 を用いている. 「もし有理線分から全体と平方においてのみ通約できる有理線分力 f\S |かれるならば, 残りは無理線分である. それを余線分とよぷ」.16 フテン語名はそれぞれ以下のようである. $\mathrm{m}$ \sigma � binomialis (二項数), bindiah.s prima (第一双中項撒 , bimdiah.s $\mathrm{o}\mathrm{e}\alpha \mathrm{m}\mathrm{d}\mathrm{a}$ (第二双中項数), $\mathrm{m}\mathrm{a}\mathrm{i}\varpi$ . 油 $a$血血皿 $\mathrm{p}\mathrm{m}\mathrm{B}$), $\mathrm{M}1\mathrm{S}$ 窟 oe寛. $\pm$ oe狽 .

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$(\{4\mathrm{f}\mathrm{f})$ $(\triangleright A[] J\triangleright\triangleright.\sigma)\mathrm{a}\mathrm{e}|ff.\mathrm{m})$

$f\mathrm{B}_{1}$ a寡 $2\mathrm{b}$.f烏 $\mathrm{a}\cap^{\mathrm{g}}\mathrm{b},$ $\mathrm{a}\cdot \mathrm{b}\text{寡}\mathrm{e}$ $4\Gamma 2+f48$

f烏 $\mathrm{a}\text{寡^{}2}\mathrm{b},$$\mathrm{a}$ .b寡ん $4\Gamma 12+_{4}f3$

$\mathcal{F}\mathrm{R}$ $\mathrm{a}\cap/^{\mathrm{g}}\mathrm{b},$$\mathrm{a}$ .b寡ん $(\mathrm{g}\mathrm{t}\mathrm{b})\cap \mathrm{e}$ $f(4+f13)+f$($4$ 、f-13)

$\Gamma \mathrm{R}$ a寡/2b, $\mathrm{a}\cdot \mathrm{b}\text{寡}\mathrm{e},$ $(\mathrm{H}\mathrm{b})\text{寡}\mathrm{e}$ $\mathcal{F}(f\mathfrak{B}+2)+f(f\mathfrak{N}2)$

$\Gamma \mathrm{R}$ a寡/\epsilon b, $\mathrm{a}$ .b寡ん $\mathrm{t}\mathrm{r}\mathrm{b}$) $\text{寡}l\mathrm{e}$ f(L\succ P酬 $T1TM7$)

ついで余線分曳=}\mbox{\boldmath $\theta$}を挙げる.

$\mathrm{R}_{1}$ /(u2-v2)寡\iota 4u寡 e$\mathrm{R}_{2}$ Jlu2-v2)寡鳴 V寡 e

$\mathrm{R}_{S}$ $f(\mathrm{u}^{2_{-}}\mathrm{v}^{2})$寡 4 $\mathrm{u}$寡 $/\mathrm{a}\mathrm{v}$寡/e

$\mathrm{R}_{4}$ $f(\mathrm{u}^{2_{-}}\mathrm{v}")$寡ん u寡 $\mathrm{e}$

$\mathrm{R}_{\mathrm{g}}$ $f(\mathrm{u}^{2}.\mathrm{v}")$寡ん $\mathrm{v}$寡 e$\mathrm{R}_{6}$ $f(\mathrm{u}^{2_{-}}\mathrm{v}^{2})$寡ん $\mathrm{u}$寡 $/\mathrm{e}$. $\mathrm{v}$寡 $/\mathrm{e}$

さらに続けて, その平方根 aをとる.

$\mathcal{F}\mathrm{R}_{1}$$\mathrm{u}$寡 $\mathrm{g}_{\mathrm{V}}$,

$\Gamma \mathrm{R}_{2}$ $\mathrm{u}\text{寡}2\mathrm{v},$$\mathrm{u}\cdot \mathrm{v}$寡 $\mathrm{e}$

$\Gamma \mathrm{R}s$ u寡 $\mathrm{g}_{\mathrm{V}},$ $\mathrm{u}\cdot \mathrm{v}\text{寡}l\mathrm{e}$

$f\mathrm{R}_{4}$$\mathrm{u}$寡 $l^{\mathrm{g}}\mathrm{v},$

$\mathrm{u}\cdot \mathrm{v}$寡 $/\mathrm{e}$, (u$)寡 $\mathrm{e}$

$\mathcal{F}\mathrm{R}_{5}$ $\mathrm{u}\cap/^{\mathrm{g}}\mathrm{V},$$\mathrm{u}\cdot \mathrm{v}$寡 $\mathrm{Q}_{1}$ \mbox{\boldmath $\omega$}\pm \rightarrow 寡ん

$\Gamma \mathrm{R}_{6}$$\mathrm{u}$寡 $/^{\mathrm{g}}\mathrm{v},$

$\mathrm{u}\cdot \mathrm{v}$寡ん $(\mathrm{u}4\gamma)$寡 le

この準備の後, 証明が続く.

2-4. $\mathrm{B}_{\mathrm{i}}(.-1,\ldots,6)$ ではないことの証明

(1) $\mathrm{a}\mapsto \mathrm{B}_{\mathrm{i}}(\dot{r}1A4.5)$ とする.

すなわち, \vdash (有理数一 \div (無理数\rightarrow$\sim\sim$ 大とおく.

め・徳\exists 森となり, $A*$である.

両辺に $\mathrm{W}$ を加えると,$\alpha=\$

ます, $\#$ 0\sim �動 +(平方根) をいう.(k) $z_{+(\infty)}\mathrm{a}_{+2\cdot \mathrm{k}\cdot \mathrm{r}\mathrm{b})}z$

ここで, (k)2, (oe) 2は有理数であるから,$0\mathrm{Q}\mathrm{g}+(\mathrm{c}\mathrm{a})\mathrm{g}*\mathrm{f}$ とすると.

2’ $\mathrm{k}\cdot \mathrm{o}\mathrm{e}*-$

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反は有理数なので, $\mathrm{f}\mathrm{f}\mathrm{i}/\mathrm{c}\mathrm{a}=2\mathrm{k}$ より,$\mathrm{f}\mathrm{f}\mathrm{i}\cap \mathrm{c}\mathrm{a}$

ここで改を次のように四分する.改 $=\mathrm{g}$ 七か 山永

ゆ, ffは有理数なので, ゆ殉$\mathrm{f}\ovalbox{\tt\small REJECT}-$も有理数.$\mathrm{b}\sigma \mathrm{f}\mathrm{o}$ から, ffi も有理数.

よって〆. $\mathrm{f}\varpi 0$ は有理数.& $\text{寡}\mathrm{c}\mathrm{a}$ より, 卯寡 $\mathrm{c}\mathrm{a}$

よって $\mathrm{d}$ も有理数となる 17.また, no, ofは有理数で, &寡 caであったので, あ寡泳.

no, ofは有理数なので, 面, 凍は互いに通約可能な平方根からなることになる.そして, ひとつにまとめると, 平方根が生じる.よって,

《ffi【 $=\omega \mathrm{o}1$}$+(\ \}\ )=(\#\cdot \mathrm{m})$ +(平方根)

声なので,$\mathrm{d}\mathrm{e}=$ (有理数) +(平方根)

さらに, $\#$ も (有理数) +(平方根) であることを同様にして証明する.以上から, 山$\prec$ 州\succ (有珊 )+(平方根) となり, 数 20ではなくなり, これは矛盾.よって, めは (有理数) +(平方根) からなる 4種の二項和 $(\mathrm{B}_{1}. \mathrm{B}_{2}, \mathrm{B}_{4}. \mathrm{B}_{6})$ ではない.

(2) $\mathrm{R}\subset \mathrm{B}_{\mathrm{i}}$ とする $(\dot{\mathrm{F}}3,6)$ .

$\sim$ 七とする

i泳なので, (有理数) +(平方根)

よって $6-*+a\mathrm{d}$は $(6^{\cdot}\infty)$ +(平方根) となるが, これは di-�に矛盾.

以上 (1), (2) から, めは二項和醜 $(\dot{r}1,\ldots,6)$ ではない.

2-5. \searrow ではないことの証明

これは 2-4 と同様の証明でできる (証明略).

2-6. $f_{\mathrm{B}_{\mathrm{i}}}$でも $f\mathrm{R}_{\mathrm{i}}$でもないことの証明これは次の 6つに分けられて論ぜられる.

(1) $\mathit{1}^{-}\mathrm{B}_{1}$ でも $\mathit{1}^{-}\mathrm{R}_{1}$でないことの証明め $\neq \mathrm{B}\mathrm{i}$

$*$ \searrowであった. また『原論 $\Delta$ lgより. $f\mathrm{B}_{1}$ =醜 . $\mathit{1}^{-}\mathrm{R}_{1}\approx \mathrm{R}_{\mathrm{i}}$.

17 『原論』X-19 を用いている. 「長さにおいて通約できる有理線分にかこまれる矩形は有理面積である」.18 『原論 $\mathrm{J}$ X-54 と『原論$\Delta$ X-91 とを指す. 「もし面積が有理線分と第 1 の二項線分とにょって

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A $\mathrm{o}T$ . $\mathrm{A}\neq\Gamma \mathrm{B}_{\mathrm{i}}$

’$\Gamma \mathrm{R}$.

(2) $f\mathrm{B}_{2}$でないことの証明$\mathrm{m}1$ N「B2

とする. これは r原論\sim 19上り. 第一双中項余線分である.蕗$=$ \dashv 永$=$ (有理数) +(平 j趨 o.

また$\phi$ .妙汽.

さらに $\alpha$ も (有理数) +(平方根).

よって \Phi 一競は (有珊釦 +(平方根) となり, aeにはならす矛盾する.

(3) f職 $(\mathrm{H}\beta)$ でないことの証明$\mathrm{B}_{\mathrm{i}}(l\prec S)$ は $rightarrow\sim$ 動 +(平方根) なので. 同様にして示される.

(4) f職 ( $.$

「$3,6$) でないことの証明

山可 1\leftarrow C\sim 1幻 +(平方根).

また $a=$ (有理数) +(平方根).

よって $\alpha.=\ +\alpha$ は (有m) +(平方根) となり, $\cdot$

�に矛盾.

さらに f臓でないことも同様にして証明される.

(5)AX\kappa ,4\beta )でないことの証明

ab flQi^\beta 冫りとき,&は$f\mathrm{R}\{i$ 44S)となり, また $\mathrm{d}$ は (有 1謹り +(平方根) である.

よって. 山は有理数にはならず, 矛盾.

(6) /’R\rho ,6)でないことの証明同様の証明ができる.

以上で, 線分めはユークリッドの言及する 15種の線分にはならないことが証明できた. そこで用いられた証明から, レオナルドはユーク )$\mathrm{t}$ ッド『原鵬」第 10巻を算術化し, 新しい数概念を生み出しつつあったことがうかがえる. この算術化はすでに古代ギリシア末期のヘロンなどにも見られ, アラビアでさらに展開されたものであり

$\mathrm{n}$, それをレオナルドは受け継いでいるのであろう. ただし証明はいまだギリシア的であり, 幾何学を用いていることに注意しておこう.代数学が幾何学にとってかわり, 証明の働きをするのはまだ数世紀を待たねばならない.

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ところでレオナルドの論述はこれで終わるのではない, さらに続けて次のように述ぺてぃる,

そしてこの問題は上記のどれでも解くことができなかったので, 私はその解を近似することを学んだ. そして, 言及された十個の根のうちのひとっ, すなわち数めは, $[] mwn$

et minuu\sim し $I$ et secun&\Pi I et $tem\dot{a}BJI$ et quar\gamma 2)し\chi $OII$ et quinta IIII et $smM$ であることを見出した 21

この数値は $\infty$進法で記述されており, 現代表記すると, 1:22; 7; 42; 33; 4; 40 である. しがしレオナルドはこの解をどのようにして見出したかについては一言も述べてぃないのである.

3. レオナルドの時代の 3次方程式

アラピア世界では 9 世紀にアルーフワーリズミーが代数学すなわち 「ジャブルの学」 を確立し, 2 次方程式の代数的解法と, 幾何学的図形による解法すなわち 「図解」 とを議論した. また他方で, アルキメデス『球と円柱について $\Delta$ 第 2巻命題 4の「与えられた球をひとっの平面で切って, 2つの欠球が互いに与えられた比をもっようにすること」が. アラビア世界の代数学の伝統に加わり, $x^{l}\prec \mathrm{c}^{2}/\mathrm{a}$)$\gamma:$ (c-x)yR の解法に帰結する 3 次方程式にかかわる問題となった. このような伝統の中でレオナルドの時代には 3 次方程式は様々な仕方で議論された. それを次のようにまとめておこう (中国は除く).

(1). 幾何学的解法先のアルキメデスに由来する 3 次方程式の問題をアラビア世界で最初に議論したアノーマー

ハーニーにちなんで, x3軸 $2\mathrm{b}\approx\kappa^{2}$の問題は「アル=マーハーニーのm として知られるようになったが, 彼自身は解法を見出せなかった. これ以降, これを含めて 3 次方程式の解を円錐曲線の交点上に求める幾何学的解法が試みられた. サービト・イブン. クッラ, アル=ハージン, アブル $=$ジュード・イブン. アル $=$ライス, アル $=$クーヒーなどである. それらの成果をまとめたのが有名なアル=ハイヤーミー (1048-1131)である 22. 彼はレオナルドと同じ型の方程式を円と双曲線との交点上に求めている 23.(2). 「ホーナーの方法」ア’=ハイヤー $\backslash \backslash \backslash$ 一のあとシャラフ・アッディーン. アッ$=$ トゥースイー ($\sim 1213$ または 1214)

が, 3 次方程式の解を, ヴイエトに始まりルフィニ=ホーナーで完成したいわゆる 「ホーナー.の方法」で見出すことに成功したゝ. 後にこの方法はアル $=$カーシーの時代に一般的となり,彼は 6乗根の開法に適用した.(3). 代数的解法一誤った拡張ピサのレオナルド以降. 彼の方法を踏襲していわゆる「算法学派」がイタリアで形成された.

それを担った人物は「算法教師」であり, 方程式の代数的解法を互いに競い合った. その伝統の中で後にいわゆるカルダーノとタルターリアの 3 次方程式をめぐる論争が生じるのである.さてその中でもっとも初期に 3次方程式の代数的解法を扱ったのが, レオナルドの一世紀後の

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$13\mathfrak{W}$年に書かれたパオロ. ゲラルデイの n渚問題の書$\mathrm{J}$ ($Lib\kappa\phi$ \rightarrow である. しかしそこで

彼は 3次方程式を誤って 2次方程式の解の公式を用いて解いてしまっている”.

以上の 3次方程式をめぐる解法の伝統を眺めるならば, 先に述べたレオナルドのfflは歴史上きわめて特殊であるといえよう. レオナルドを前後した時代においては, 代数学は一般的に,学ではなく技法 (m)としてしかみなされなかっ $^{\mathfrak{B}}.$. 実際. 中世ラテン世界では代数学は大学では数学の教科対象にもならなかったのである. しかし彼はそれをユークリッド的論証法に基づいて学 ($xklmaarrow$と高揚した, しかも独創的な西欧最初の数学者といえるのである.

4. レオナルドと 3次方程式

さて, 彼はいかにして具体的な解を見出したのであろうか. 以上述べた 3 つのうち可能性があるのはいわゆるホーナーの方法であろう. しかし彼がその方法をアラビアから伝え聞いたということを示す直接間接の証拠はまったく存在しない. また著作には 3次方程式を扱ったものは他にはなく, 起源に関するこの問題の解決は困難である. ところで以上の方法のほかに可能性としては,複式仮定法自身はすでにアラビア世界で知られており, $\text{「}2$ つの誤りの」 (JJ $.\omega$一方法と言われていた. レオナルドはこれをラテン語に音訳し $ekhM9m$ と呼ひ, また $\mathrm{d}_{l}anm[]$

$fM’|m\mu \mathrm{r}\dot{x}\dot{w}|ulmoeg_{l}\$ とラテン語に意訳して言及することもあった. これは, 2つの近似値$\iota \mathrm{b}$から, 第 3 のより正確な値$y$ を求める方法である.ところでレオナルドはこの方法を r算板の劃第 13 章で詳細に述べている”.爬$x$– において.

$\mathrm{y}=\frac{a\mathrm{x}(f(b)-e)+b\mathrm{x}(c-f(a))}{f(b)-f(a)}$

彼はこの方法\sim の有効性をはっきりと詔識し,「これによってすべての問題が解かれる』とまで言い切っている.さて, $\mathrm{t}\mathrm{b}$ の値をいかにとるかによって解の値は変化するが, グルシコフはこの方法を 18 回

繰り返すことによってレオナルドは 3 次方程式の近似解に至ったとする$v$. いずれにせよレオナルド自身が用いた 3 次方程式解法は不明ではあるが, 可能性として, ホーナーの方法あるいは複式仮定法が挙げられるのである 30. ただし彼は解を $\infty$進法で記述していることに注意しておこう. レオナルドには nJ板の書 J に見られるようにいわゆる 10進法による分数表記も可能

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Page 12: Title ピサのレオナルドと3次方程式 (数学史の研究) …...二こで n 鴎 VFより 1 この 4 数は比例関係にある. また $\phi\cap \mathrm{A}$ なので10,

であったはずであるが (10進小数表記はまだ知られていない), $\infty$進法で記述したことは, 彼

の方法が $\infty$ 進法を用いる天文学に結ひついたアラビアの近似計算の伝統につながるものであることをうかがわせる.

r算板の書] や『平方の 1」はレオナルドの死後不完全ではあるが受容されイタリア語による要約版も出た. しかしながら『精華 4 自体はまったく知られることなく一実際, 写本は現在ミラノに保存されている 1 点しか残されていな $\mathrm{V}^{\mathrm{a}^{31_{--}}}$ , したがってレオナルドによる 3 次方程式の議論や近似解法はその後のイタリアの「算法学派」 さらには近代西欧数学 $\}^{}.\mathrm{I}$ 影響を与えなかったようである. また他方で, 方程式に関する彼の議論は, 先行するアラビア数学にも見られなかったものである. その意味で, レオナルドの 3次方程式解法をめぐる議論は歴史上きわめてーリ $\beta\dot{\mathfrak{h}}\backslash$であり特異なものであるといえよう.

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