v6 p ¾ t 1ü ,b Ø 7 ,â!v ! 2Ñ] 6 ¾ týh f Ý ·bí > '7 h9[hg 4 · %=9a g 1%1 è ý9;i...

12
1,新たな大震災への対応 1)西日本大震災について これは、東海地震、東南海地震、南海地震という地震によって引き起こされるもの であり、過去1000年の歴史の中で、合計七回も起こっています。その七回のうち、 単独で起こったことはなく、すべて連動して起きており、次に西日本大震災が生じる ときも、連動して起きることはほぼ間違いないと予想されます。 政府は、東海地震、東南海地震、南海地震が三十年以内に発生する確率は、60~ 87%と算定しています。東日本の太平洋沖で発生するM8以上の巨大地震は過去 2000年の間に四回起きており、それらのうち、実に三回は最長で18年以内に西日本 大震災が連動しています。この歴史的事実を踏まえると、2011年の東日本大震災か ら、早ければ5~6年後、遅くても20年後までに、西日本大震災が発生することが かなりの確率で予想されます。東海地震についていうなら、現在まで、この地域では 大地震が157年間も起こっていません。それまでは、100~150年の周期で発生して きましたことを考えると、これからいつ東海地震が起きても不思議ではありません。 2)首都直下型地震について 東京は定期的に地震に襲われることが宿命付けられている都市です。目下、東京を 直撃するM7クラスの地震(阪神淡路大震災と同じレベル)が30年以内に起こる確 率が、実に70%に上ることが明らかにされています。その場合、被害の大きさは阪 神淡路大震災の約4~6倍に当たる88~112兆円になると、試算されています。 3)巨大地震の連発について 江戸末期の安政時代に天変地異が連続した。ペリーの黒船が来航した翌年の1854 年には、東海地震と南海地震が連発し、さらにその翌年の1855年には首都直下型地 震が発生し、これらの三つを合わせて「安政三大地震」といわれている。 さらにいうと、この安政江戸地震が起こった翌年の1856年には、超大型の台風が 江戸を直撃し、死者が10万人を超えたといわれており、これを「安政の大風災」と 呼ぶ。 したがって、150年前の過去にあった首都直下型地震と西日本大震災が連発するこ とは、今回でも十二分にあり得ることである。 クリニックだより 第92号 平成25年1月1日 高森内科クリニック *「東日本大震災と復興」特集号 * 第5回:「日本人の生存能力向上と国土強靭化」のための課題

Upload: others

Post on 20-Mar-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: V6 P ¾ t 1ü ,B Ø 7 ,â!V ! 2Ñ] 6 ¾ týH F Ý ·Bí > '7 H9[HG 4 · %=9A g 1%1 è ý9;I 6-fI H c ÄAID Ä ê&^eS ' } ®l v ãd19H::%c \ c ÄlBe¼AID 7B ° HD Ð Q A ®/'3eXAt/l

1,新たな大震災への対応

1)西日本大震災について

 これは、東海地震、東南海地震、南海地震という地震によって引き起こされるもの

であり、過去1000年の歴史の中で、合計七回も起こっています。その七回のうち、

単独で起こったことはなく、すべて連動して起きており、次に西日本大震災が生じる

ときも、連動して起きることはほぼ間違いないと予想されます。

 政府は、東海地震、東南海地震、南海地震が三十年以内に発生する確率は、60~

87%と算定しています。東日本の太平洋沖で発生するM8以上の巨大地震は過去

2000年の間に四回起きており、それらのうち、実に三回は最長で18年以内に西日本

大震災が連動しています。この歴史的事実を踏まえると、2011年の東日本大震災か

ら、早ければ5~6年後、遅くても20年後までに、西日本大震災が発生することが

かなりの確率で予想されます。東海地震についていうなら、現在まで、この地域では

大地震が157年間も起こっていません。それまでは、100~150年の周期で発生して

きましたことを考えると、これからいつ東海地震が起きても不思議ではありません。

2)首都直下型地震について

 東京は定期的に地震に襲われることが宿命付けられている都市です。目下、東京を

直撃するM7クラスの地震(阪神淡路大震災と同じレベル)が30年以内に起こる確

率が、実に70%に上ることが明らかにされています。その場合、被害の大きさは阪

神淡路大震災の約4~6倍に当たる88~112兆円になると、試算されています。

3)巨大地震の連発について

 江戸末期の安政時代に天変地異が連続した。ペリーの黒船が来航した翌年の1854

年には、東海地震と南海地震が連発し、さらにその翌年の1855年には首都直下型地

震が発生し、これらの三つを合わせて「安政三大地震」といわれている。

 さらにいうと、この安政江戸地震が起こった翌年の1856年には、超大型の台風が

江戸を直撃し、死者が10万人を超えたといわれており、これを「安政の大風災」と

呼ぶ。

 したがって、150年前の過去にあった首都直下型地震と西日本大震災が連発するこ

とは、今回でも十二分にあり得ることである。

  

気・心・体

クリニックだより 第9 2号

平成25年1月1日高森内科クリニック

*「東日本大震災と復興」特集号 *

第5回:「日本人の生存能力向上と国土強靭化」のための課題

Page 2: V6 P ¾ t 1ü ,B Ø 7 ,â!V ! 2Ñ] 6 ¾ týH F Ý ·Bí > '7 H9[HG 4 · %=9A g 1%1 è ý9;I 6-fI H c ÄAID Ä ê&^eS ' } ®l v ãd19H::%c \ c ÄlBe¼AID 7B ° HD Ð Q A ®/'3eXAt/l

4)富士山の大噴火について

 平安時代の869年に海溝型の巨大地震である貞観地震が東北地方で発生したが、

864~866年にかけて貞観噴火と呼ばれる富士山の大噴火が起こっている。さらに、

この貞観噴火とともに歴史的に有名な宝永噴火が1707年に起こっている。この宝永

噴火の49日前に東海・南海・東南海地震が起こっている。そして、富士山の噴火の

中でも特に有名な二大噴火はいずれも「海溝型の巨大地震」と連動して発生している。

 富士山の噴火は東海地方や東京に重大な影響を及ぼす。第一の被害は溶岩流の被害

であり、新幹線・高速道路を破壊すると東西の交通網は決定的に遮断されてしまう。

第二の被害は火山灰によるものである。農作物はすべてだめになり、東海、関東地方

の道路や鉄道の多くは通行不能になり、空港や航路もだめになってしまう。火山灰は

機械類に破壊的な影響を及ぼすからである。コンピューター等の精密機械は、ごく少

量の火山灰が入っただけでも、正常に機能しなくなる。さらに火山灰はエンジンの吸

気口から吸い込まれると、エンジンの正常な機能を阻害し、停止させてしまう。

 近年は大噴火が起きてなく、マグマは蓄積されており、宝永噴火クラスの大噴火が

21世紀中に5,6回起きてもおかしくないといわれている。静岡県庁での対策会議

では、「山態崩壊と岩屑なだれ、津波も加えると65万人が被災される」と報告されて

いる。

2、原子力発電と原子力の問題について

1)福島第一原子力発電所の現状

 2011年12月16日、政府(原子力災害対策本部)は、事故を起こした福島第一原発

の原子炉が「冷温停止状態」になったとして、「原子炉は安定状態を達成し、発電所

の事故そのものは収束に至った」と宣言した。

Page 3: V6 P ¾ t 1ü ,B Ø 7 ,â!V ! 2Ñ] 6 ¾ týH F Ý ·Bí > '7 H9[HG 4 · %=9A g 1%1 è ý9;I 6-fI H c ÄAID Ä ê&^eS ' } ®l v ãd19H::%c \ c ÄlBe¼AID 7B ° HD Ð Q A ®/'3eXAt/l

 しかし、1,2,3号機では、燃料棒は熔け落ち、圧力容器は破損し、中の様子は

わからない状態が続いているのであり、燃料棒の正確な温度などわかるわけもない。

中の様子も分からない状態であり、冷却システムも不完全で、燃料棒を安全に処理す

る見通しもないまま、「冷温停止状態」と宣言しても、本来の意味の「冷温停止状態」

ではなく、どう考えても、原発事故はまったく収束などしていない。

 4号機の場合、使用済み核燃料プールの中に、原子炉の中に通常は入っている核燃

料の2.5倍の使用済み核燃料が溜まっている。これからまた大きな地震や津波に襲わ

れた場合、爆発でダメージを受けた建屋が崩れるおそれがあるし、仮ごしらえの冷却

システムやカバーが大災害に耐えられる保障はない。また、猛烈な被曝環境の中で耐

震補強工事をすることは難工事である。

 しかし、それ以前の根本的な問題がある。配管や格納容器の劣化具合を見ると、は

たして、燃料棒を取り出す予定の「10年後」まで建屋と容器が耐えられるのかとい

う重大疑問がある。もし、4号機の使用済み核燃料プールが壊れてしまえば、政府が

2011年3月15日のころに予想したような最悪のシナリオが起こり、250km離れたと

ころ(横浜あたり)までも、膨大な汚染を受けることになるであろう。

2)なぜ原発事故は起きたのか

 2011年3月11日の大地震とそれに対する日本政府の危機処理の信じられないまず

さは恐るべきものであった。また、その後の原発危機では、電力会社にも、国策とし

て原子力を推進してきた政府にも、危機に十分に対応する能力がないことを露呈させ

た。それどころか、そもそも事故の可能性をこれまで真剣に考えてきたのかを疑わせ

るほどであった。これで、日本国には危機管理システムが正常に作動しないことが白

日の下にさらけ出されたのである。

 一度稼動が始めると、容易に停止することのできない原子力発電は、その巨大な設

備投資ゆえに後戻りができなくなった国と原発事業者を巻き込んでひた走りに走り続

けた。その中にいる人々にとっては、ともかく運転を続けることが至上命題になる。

危険性への顧慮は意図的に抑圧され、価値判断停止されてしまった。「事故は起こり

えない」という神話ができあがってしまい、無思考による無責任が蔓延していたので

ある。

 日本は、なぜこのような失敗を繰り返すのであろうか? それを少し考えてみたい。

①“想定外”の事故

 事故発生後、東京電力の社員や専門家や研究者たちが、「想定外の津波だった」と

語ることが多かった。

 「想定外の事態」が起きた。だから、現場では自己判断ができない。本部に「報告

・連絡・相談」して、然るべき指示が来るのを現場はフリーズして待っている。その

間に貴重な時間が浪費された。もし、あのとき、「本社から指示を待つだけの時間的

余裕がないときは、現場判断で動いてよい」というルールであったなら、打つ手はい

くつもあったはずである。そういうルールがないから、何もできなかった。指示なし

では何もするな、命令されていたから。

 臨機応変に対応できるように作られたフレキシブルな組織と、ルールとマニュアル

で縛り付けた組織があるが、今の日本社会ではほとんど後者になってしまっているの

で、このような危機的状況に対応できない。こういう組織では、自己決定しないで、

Page 4: V6 P ¾ t 1ü ,B Ø 7 ,â!V ! 2Ñ] 6 ¾ týH F Ý ·Bí > '7 H9[HG 4 · %=9A g 1%1 è ý9;I 6-fI H c ÄAID Ä ê&^eS ' } ®l v ãd19H::%c \ c ÄlBe¼AID 7B ° HD Ð Q A ®/'3eXAt/l

なんでも上司に相談して、上司の指示を仰いでてきぱき動く人だけが出世する。上の

判断を待たずに、勝手に動く人間は放り出される。

 上から下まで「イエスマン」で固まったしまった組織ではなんでもトップダウンだ

から組織効率はいいかもしれないが、危機的事態や乱世に入るときわめて弱い組織に

なる。まさに、日本はこのよう組織を作るために戦後営々と努力を重ねてきたのであ

る。

②無責任の連鎖 

 この原発事故のプロセスを見つめていると、あることを思い出す。第一次大戦後、

日本が歩いた道であり、最終的に大東亜戦争で無残な敗北をして国土を荒廃させた日

本の海軍・陸軍の歴史である。

 エリート中のエリートを集めたはずの参謀本部は官僚組織の典型であった。すなわ

ち、

 *縦割りのセクショナリズム

 *問題を隠蔽する体質

 *ムードに流されて意見を言えない空気

 *失敗した時、責任所在の曖昧さ

 *組織優先で、個人を軽視する

 *流れに身を任せか結果生まれる“やましき沈黙”

 *失敗から学ばない

 *後戻りの勇気がない

 *上が現場をコントロールする能力を失っている

などの性格を持っていた。その軍官僚は、どのような苦境に日本を追い込もうとも、

その責任を決して認めず、ひたすら自分たちの決めた方針、方向のみに邁進していっ

た。有名な事例を上げると、ミッドウエー海戦、ノモンハンの戦闘において、敗北の

事実を国民にひた隠しに隠していたことがわかっている。

 そして、最近では、大蔵省の金融行政や厚生省の薬事行政でも失敗を失敗と受け止

めない現象が続き、さらに福島原発の事故も同じパターンの繰り返しである。

 このような無責任の連鎖(繰り返し)が続いている理由の一つは、あの戦争に私た

ち日本人がしっかりと決着をつけていないことにあるのではないだろうか。誰も本当

の歴史を語らず、敗戦の責任をとるべき人が責任をとらなかった戦後日本の出発点に

問題があるのではないだろうか。

③責任の先送り

 日本の政治文化は独裁者を援護するというリスクを避けられるという点ではよいの

だが、意志決定せず問題を先送りしてやりすごすことができるので、困難な問題が蓄

積して後で大きなツケを払わされることになる。

 このことは、財政問題でも起きた。赤字国債を発行してもそれは自分の責任ではな

く、「景気がよくなれば」と歴代政権で続けているうちに、とてつもない借金が積み

上がってしまった。「いつか清算を迫られるだろうが、それは自分じゃないからいい」

という態度が日本国家のリスクを膨らませている。

 社会保険庁の年金問題でもそうであった。問題が発覚した段階で、全庁をあげて問

題点を吟味し、そのときに区切りをつけておけば、これほどまでの大事には至らな

Page 5: V6 P ¾ t 1ü ,B Ø 7 ,â!V ! 2Ñ] 6 ¾ týH F Ý ·Bí > '7 H9[HG 4 · %=9A g 1%1 è ý9;I 6-fI H c ÄAID Ä ê&^eS ' } ®l v ãd19H::%c \ c ÄlBe¼AID 7B ° HD Ð Q A ®/'3eXAt/l

かったであろう。しかし、役人たちは、「これは私の責任ではない、前任者がやるべ

き仕事を先送りしたのだ、だから私も責任をとる筋ではない」という不思議な論理

で、事件化するまで案件を先送りした。「責任を先送り」できるのは、自分が現在起

きているシステム上の不備を補正する「メインテナンス」の当事者であるという認識

がないからである。

 日本の原子力行政そのものが「今の技術では何ともならない放射性廃棄物の処理に

ついて、いずれ未来の同職者が何とかしてくれるだろう・・・」という官僚固有の無

根拠な楽観の上に構築されていたことも今度の福島第一原発の事故で明らかになった。

④社会的共通資本に関する認識不足

 私たちが共同体として生きてゆくために必須の資源を「社会的共通資本」と呼ぶ。

大気・海洋・森林・河川といった「自然資源」、交通・通信・上下水道・電力といっ

た「社会的インフラストラクチャー」、司法・医療・教育といった「制度資本」がそ

れに当たる。これらはどのようなものであれ、政治的イデオロギーやマーケットに委

ねてはならない。専門家が専門的意見に基づいて、管理運営しなければならない。そ

れらは、公平で合理的な管理システムのもとに、価値中立的な立場を貫く専門家に

よって運営されなければならない。国土の安全と国民の幸福だけを配慮する人々に

よって管理運営されねばならない。

 今回の原発事故で判明したことは、そういう専門家が日本の原子力行政の中枢には

いなかったということである。「原発の専門家」ですと名乗ってメディアに登場して

きた人々のほとんどは「原発が止まると失業する人たち」であった。そして、「潜在

的な核兵器開発能力を外交カードとして使いたい」という政治家と、「電力をできる

だけ安いコストで作って収益を上げたい」というビジネスマンが関与したことによっ

て引き起こされた。政治家やビジネスマンは自己都合で原発のリスクを過小評価し、

地震や津波は「想定外」にして、防災コストを切り下げる。もし、本当に専門家が専

門的な知見と常識に基づいて原発を管理運営していたら、今回のような事故はおそら

く起きていなかったはずである。

⑤愚行は日本だけでなく米国でも起こる

 とんでもない間違いであったイラク戦争において、イラク攻撃に至るブッシュ政権

の意志決定過程は真珠湾攻撃に至る日本の意志決定プロセスと非常によく似ている。

 どちらも、理性ある人間と見られるメンバーがとんでもなく不合理な決定を下して

いる。一同が、「国家の安全を保障を守るため」、「我々の大義は正当だ」と主張する。

また、「我々がやっていることには、中国に(アメリカは中東に)平和をもたらすた

めなのだ」と。異議を唱えるものには、「愛国心が欠落している」と糾弾する。「ちょっ

と待て。これは無茶苦茶だ」なとどいえば、その人たちは排除されました。こうした

ことは、ほとんどの社会の意志決定レベルで起きているようです。

 したがって、戦争に至った道や原発事故に至った道を、日本文化の特殊性だけで説

明することには、無理があると思われる。

3)原子力エネルギーについて

 残念だが、地球人類は「核エネルギー」つまり「プロメテウスの火」を取り扱うこ

とができる科学的かつ道徳的(霊的)レベルに達していない。人類が核(原子力)を

取り扱うことが許されるのは、核反応で生成する有害な放射性物質を、それを構成す

Page 6: V6 P ¾ t 1ü ,B Ø 7 ,â!V ! 2Ñ] 6 ¾ týH F Ý ·Bí > '7 H9[HG 4 · %=9A g 1%1 è ý9;I 6-fI H c ÄAID Ä ê&^eS ' } ®l v ãd19H::%c \ c ÄlBe¼AID 7B ° HD Ð Q A ®/'3eXAt/l

る粒子に分解して、無害な物質(例えばケイ素)に再構成しうる技術をマスターした

場合だけである。ただ、その技術をマスターした場合には物質変換ができるので、悪

用すると大変なことが起きるので、神は地球人類にはそれを許さないであろう。

 原子力はそれまでのエネルギーとはまったく違うエネルギーである。石油も石炭

も、太陽エネルギーを受けて植物や動物がエネルギーを蓄え、それが地下で化石に

なったものを掘り出してエネルギーとして使うのであるが、原子力は生態圏で何もの

にも媒介されていないエネルギーである。生物が生存する生態圏では、あらゆる実存

は、原子核の外側を回転する電子によって支えられていて、原子核の融合(太陽内部

で起こっている現象)や、原子核の分裂(原子炉内部の現象)は「生態圏」に組み込

まれいない。人類は、原子核の内部にまで踏み込むことによって、莫大なエネルギー

を取り出すことに成功したが、原子炉というものは、生態圏の内部に本来はそこにあ

るはずのない外部のエネルギーが持ち込まれた状態である。

 化石エネルギーは、原子核の周りにある電子の結合エネルギーを利用しているのだ

が、エネルギー量はあまり大きくなく、人類の科学技術で充分コントロール可能なも

のである。しかし、原子力エネルギーというものは、原子核を結合している核力エネ

ルギーを取り出すものであり、その時莫大なエネルギーが出るのだが、それをまだ人

類はコントロールすることのできる科学的かつ道徳的(霊的)レベルに達していない

のである。

4)原発の隠されたアジェンダ(行動計画)

 日本が原発導入に向かった最大の理由は米国の世界戦略によるものである。アイゼ

ンハワー大統領は1953年12月の国連総会で、「原子力の平和利用に関する研究や原

発建設で諸外国と協力する」と約束した。軍事大国のイメージをやわらげるととも

に、原子力技術を第三世界に提供することで、自陣営に取り込もうとする狙いがあっ

た。とりわけ被爆国の日本が原発導入に動けば、ヒロシマ・ナガサキへの非難をかわ

せるし、宣伝効果も大きい。アメリカ政府と産業界は、日本初の原発を広島に作りた

いとも考えていた。

 もうひとつ、アイゼンハワーは共和党であり、小さな政府路線、民活志向だった

ことも大きい。米国内の原子力産業の育成を促すうえで、日本は非常にいい原子力プ

ラントの輸出先になるとの計算があったようある。

 そして、多くの日本人は、アメリカに原爆を落とされた被爆国だからこそ、原子力

の平和利用によって平和と豊かさを手にする権利があると思った。

 半世紀以上にわたる「原発推進」を支えた政治家にとっての「隠されたアジェンダ」

とは安全保障である。昭和30年代、40年代、外交政策企画委員会でまとめた外交政

策大綱では、現状認識について次のように述べている。「核攻撃や核恫喝に対する抑

止力および極東諸地域における紛争抑止力をわが国独自で保有することは憲法の制約

の有無にかかわらず不可能である」。そこで核抑止力、機動攻撃力をもつ米国との協

力が欠かせないという結論になっているが、次のような重要な記述が注目される。

 「核兵器については、NPTに参加すると否とにかかわらず、当面核兵器は保有し

ない政策をとるが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持するととも

にこれに掣肘をうけないように配慮する」。

 日本では原発についても60年代後半に、原子力の平和利用という建前の陰で、

Page 7: V6 P ¾ t 1ü ,B Ø 7 ,â!V ! 2Ñ] 6 ¾ týH F Ý ·Bí > '7 H9[HG 4 · %=9A g 1%1 è ý9;I 6-fI H c ÄAID Ä ê&^eS ' } ®l v ãd19H::%c \ c ÄlBe¼AID 7B ° HD Ð Q A ®/'3eXAt/l

「核兵器製造のポテンシャル」と位置づけていたことがわかる。これが、原発を国策

として推し進める「隠されたアジェンダ」の意味である。

「核武装スタンバイ戦略」

 国家安全保障のための原子力に立脚した日本の核戦略は「核武装スタンバイ戦略」

といわれる。日本は米国の核兵器政策に対して、全面的に協力するとともに、自前の

核武装を差し控えてきたが、核武装のための技術的・産業的な潜在力(ポテンシャ

ル)を発展させることを米国に要求し容認させてきた。

 日本の政治指導者にとって、日本が核武装ポテンシャルを堅持することは日米同盟

の生命線であった。これさえあれば米国は日本の自前の核武装を何としても避けるた

めに「核の傘」(日本が攻撃されれば同盟国米国はその攻撃国に対して核兵器による

反撃を辞さないという戦略)の提供は拒むことはできないし、いかなる場合にも確実

に「核の傘」が機能することの担保となると考えられている。

「日本は核武装できる国であろうか?」

 日本は唯一の被爆国として核軍縮・核不拡散を訴えてきた。けれども、それは日本

人全体がこれまであらゆる核兵器の使用に人道的立場から反対してきたということで

はありません。「私は被害者です」という自己申告だけでは、メッセージの倫理性を

基礎づけることはできません。なぜならば、私たちは現に米国の「核の傘」の下で軍

事的安全を享受しており、日本政府は核拡散には反対しても、米国が核を保持するこ

とに反対したことはないからです。

 そのような日本が、今までの政策を一変させて核武装を宣言すれば、間違いなく日

本は世界から非難され、孤立することであろう。日本の核武装に対する反発は北朝鮮

やイランの核武装に対する反発の比ではない。とくにアジア近隣諸国の警戒と反発は

強烈なものになるであろう。

 そして、国連や国際原子力機関IAEAもまた日本に厳しい制裁も科すことになり、

核の平和利用も妨げられる。日本の経済は壊滅的な打撃を受けることになる。

5)脱原発政策に対する最強の障害は日米原子力同盟かもしれない

 脱原子力国家を実現するためには、商業発電用原子炉を廃止するだけでなく、三種

類の核燃料サイクル施設を廃止する必要がある。さらにそれに加えて「核抑止」を根

幹に置く日米同盟の見直しも必要である。

 すなわち、軍事利用と民事利用の両面にまたがる「日米原子力同盟(あるいは日米

核同盟)」において、民事利用面における特徴は、日米の原子力メーカーが密接な相

互依存関係を構築しており、製造面では米国のメーカーは日本メーカーに強く依存し

ていることである。米国のメーカは単独では原子炉を製造する能力を失っているの

で、日本の撤退は重大な打撃となる。米国の原子力ビジネスにとって「日米原子力同

盟」はまさに生命線になっているので、日本の脱原発に対して強く反対することであ

ろう。

 日本としては核燃料サイクル技術(ウラン濃縮、核燃料再処理、高速増殖炉など)

を捨てることは核兵器開発・製造・利用に直結する技術を放棄することになり、日本

の核武装ポテンシャルを放棄することになる。したがって脱原発に対して日本の安全

保障政策関係者から強い抵抗が見込まれる。

 これらのことから、日米原子力同盟が脱原発の最強力の障害になるかもしれない。

Page 8: V6 P ¾ t 1ü ,B Ø 7 ,â!V ! 2Ñ] 6 ¾ týH F Ý ·Bí > '7 H9[HG 4 · %=9A g 1%1 è ý9;I 6-fI H c ÄAID Ä ê&^eS ' } ®l v ãd19H::%c \ c ÄlBe¼AID 7B ° HD Ð Q A ®/'3eXAt/l

「核兵器製造のポテンシャル」と位置づけていたことがわかる。これが、原発を国策

として推し進める「隠されたアジェンダ」の意味である。

「核武装スタンバイ戦略」

 国家安全保障のための原子力に立脚した日本の核戦略は「核武装スタンバイ戦略」

といわれる。日本は米国の核兵器政策に対して、全面的に協力するとともに、自前の

核武装を差し控えてきたが、核武装のための技術的・産業的な潜在力(ポテンシャ

ル)を発展させることを米国に要求し容認させてきた。

 日本の政治指導者にとって、日本が核武装ポテンシャルを堅持することは日米同盟

の生命線であった。これさえあれば米国は日本の自前の核武装を何としても避けるた

めに「核の傘」(日本が攻撃されれば同盟国米国はその攻撃国に対して核兵器による

反撃を辞さないという戦略)の提供は拒むことはできないし、いかなる場合にも確実

に「核の傘」が機能することの担保となると考えられている。

「日本は核武装できる国であろうか?」

 日本は唯一の被爆国として核軍縮・核不拡散を訴えてきた。けれども、それは日本

人全体がこれまであらゆる核兵器の使用に人道的立場から反対してきたということで

はありません。「私は被害者です」という自己申告だけでは、メッセージの倫理性を

基礎づけることはできません。なぜならば、私たちは現に米国の「核の傘」の下で軍

事的安全を享受しており、日本政府は核拡散には反対しても、米国が核を保持するこ

とに反対したことはないからです。

 そのような日本が、今までの政策を一変させて核武装を宣言すれば、間違いなく日

本は世界から非難され、孤立することであろう。日本の核武装に対する反発は北朝鮮

やイランの核武装に対する反発の比ではない。とくにアジア近隣諸国の警戒と反発は

強烈なものになるであろう。

 そして、国連や国際原子力機関IAEAもまた日本に厳しい制裁も科すことになり、

核の平和利用も妨げられる。日本の経済は壊滅的な打撃を受けることになる。

5)脱原発政策に対する最強の障害は日米原子力同盟かもしれない

 脱原子力国家を実現するためには、商業発電用原子炉を廃止するだけでなく、三種

類の核燃料サイクル施設を廃止する必要がある。さらにそれに加えて「核抑止」を根

幹に置く日米同盟の見直しも必要である。

 すなわち、軍事利用と民事利用の両面にまたがる「日米原子力同盟(あるいは日米

核同盟)」において、民事利用面における特徴は、日米の原子力メーカーが密接な相

互依存関係を構築しており、製造面では米国のメーカーは日本メーカーに強く依存し

ていることである。米国のメーカは単独では原子炉を製造する能力を失っているの

で、日本の撤退は重大な打撃となる。米国の原子力ビジネスにとって「日米原子力同

盟」はまさに生命線になっているので、日本の脱原発に対して強く反対することであ

ろう。

 日本としては核燃料サイクル技術(ウラン濃縮、核燃料再処理、高速増殖炉など)

を捨てることは核兵器開発・製造・利用に直結する技術を放棄することになり、日本

の核武装ポテンシャルを放棄することになる。したがって脱原発に対して日本の安全

保障政策関係者から強い抵抗が見込まれる。

 これらのことから、日米原子力同盟が脱原発の最強力の障害になるかもしれない。

Page 9: V6 P ¾ t 1ü ,B Ø 7 ,â!V ! 2Ñ] 6 ¾ týH F Ý ·Bí > '7 H9[HG 4 · %=9A g 1%1 è ý9;I 6-fI H c ÄAID Ä ê&^eS ' } ®l v ãd19H::%c \ c ÄlBe¼AID 7B ° HD Ð Q A ®/'3eXAt/l

6)核燃料再処理の問題

 脱原発に向けた重大な課題は、原発の使用済みの燃料の扱いである。核燃料再処理

事業を行う場合には、高レベル放射性廃棄物の地層処分が必要である。地下300メー

トルより深いところに埋めるという今の方式に対して、地震や火山活動で放射性物質

が外部に漏れるのではないかといった懸念が強い。また、放射能が弱くなるまで10

万年間地層処分するというが、10万年間地震の影響のない場所を特定することは無

理であろう。

 核燃料サイクルから撤退し、再処理しない場合、そのまま地中に埋める直接処分が

考えられている。だが、処分地として受け入れてくれる地方自治体はなく、処分地の

めどはまったくたっていない。

 また、核兵器の原料になるプルトニウムの扱いも厄介である。すでに、欧州で日本

のプルトニウムが23.3トン保管され、国内に6.3トンあるが、原発の停止で燃やすあ

てはなくなった。「脱原発に向けて、まず直面するのが、プルトニウムをどうするの

かという問題だ」と見られている。

7)脱原発のコスト

 原発のコストでこれから問題になるのがバックエンドコストといわれる核燃料を使

用した後に残る使用済み燃料の処理・処分コストである。日本の原子力政策の根幹に

核燃料サイクルを置く限り、無限のコスト負担が続いていく。このような高コスト事

業に政府が着手するのであれば、そのためには全面的な情報開示をし、あらためて国

民の判断が必要であろう。

 事故に対応するコストとバックエンドコストを含めると、原発に関する国民負担は

大きく、国民にとって原発には経済性がないことは間違いない。

 原発基本問題委員の立命館大学教授・大島堅一はいう。「原発はけっして安くない。

早くやめ、再生可能エネルギーに切り替えた方が税金も節約できる」という。原発を

15年かけてやめるとして計算すると、年に平均約2兆6400億円の費用が浮く。原発

を動かす費用や再処理費用のほか、電源三法による交付金などの財政支出をなくせる

ためだ。そのかわり、再生可能エネルギーが普及するまでは火力発電に頼らざるを得

ないから、その燃料費がかかる。それに再生可能エネルギーの普及のための費用。平

均して年に約2兆円が必要になる。つまり、原発をやめれば差し引き年平均・約

6000億円の得になる。

 「今、全国の原発が止まっている状態で火力発電の費用がかさむ。東京電力と関西

電力は電気代値上げを発表した。電力業界も経済界も原発の再稼働を求める。このま

までは発電の費用がかかりすぎる」と、大島堅一は訴えている。

 しかし、「原発はただ止めるだけではだめです。やめないかぎり維持費用も財政の

費用もかさむ。しかも火力発電増設との二重支出になる。だから、今の状態が、費用

が一番かかってしまう」という。

3,生き延びることができる能力とはなにか

1)パニックに対応できる能力

 「パニック」というのは、「手持ちの判断基準が使い物にならなくなる」という事

態のことである。大震災に直撃されたとき、危機的状況から生き延びなくてはならな

Page 10: V6 P ¾ t 1ü ,B Ø 7 ,â!V ! 2Ñ] 6 ¾ týH F Ý ·Bí > '7 H9[HG 4 · %=9A g 1%1 è ý9;I 6-fI H c ÄAID Ä ê&^eS ' } ®l v ãd19H::%c \ c ÄlBe¼AID 7B ° HD Ð Q A ®/'3eXAt/l

の方に行くとなんだかイヤなことが起こりそうな気がする」、そういうことを感知す

る能力の有無はしばしば個人や集団の存亡にかかわっている。五感では捉えられない

けれど、何かが切迫してくることが分かる。そういう独特な知覚を発達させた人間は、

そうでない人間より生き延びる確率が高い。

 身体のアラームの感度を高めるには、「何かおもしろいことはないかな」と思って、

どんどんおもしろいことを見つけるようにすることが重要です。また、胆力の養成も

大切です。胆力がある人は、センシティブなので、「かすかな感覚・なんだか厭なこ

とが起こりそうだという感覚」が鋭敏になっています。宗教、武道、ヨーガなどは本

質的には「有事対応モデル」なのです。それが共同体を生き延びさせる機能も担って

いるのです。「有事対応モデル」というのは、ひとことで言うと、「どうしていいかわ

からないときに、どうしていいかわかる」ということです。危険に対して「ざわざわ

とした感覚(ざわざわ感)」を感じとる能力です。

 その他に、歩くことはいい瞑想法になり、歩きながら無数の微細な情報を入力しな

がら、危険を避けて、安全で快適な動線を選択して歩く。歩くことで身体のアラーム

の感度は確実によくなってゆきます。

 ほんとうの意味で大災害に備えるというのは、ヘルメットや軍手や懐中電灯を買っ

ておくということでなく、危険の切迫に対するセンサーを磨いておくことの方が重要

です。

5)怒り、恨み、不安、後悔などの感情を少なく  

 これらの感情が強いと、危機的状況で知恵が沸かなくなります。とくに怒ってはだ

め。

6)ルーティンを守ること

 毎日、同じ時間に起きて、同じテーブルで、同じメンバーで、同じものを食べて、

同じ時間に、同じ経路で通勤・通学する。いつも律儀にルーティンを守っている人が

いちばん変化に対して敏感ですから、わずかな変化にもすぐ気がつきます。

4,復興のために何をなすべきか

1)国土の強靭化

 2011年3月11日に日本を襲った東日本大震災はきわめて深刻なものであった。こ

れはあらためて日本が巨大地震の巣の上に立地した特異な国であることを再認識させ

るものであった。その結果、日本にとっての緊急の課題は防災であり、生活の安全性

の確保を優先し、国土の強靭化をはからねばならなくなった。首都機能の移転を含め

て、巨大地震に対応できるような国土や交通網、生活基盤の確保、といった公共施策

が不可欠となった。しかもそれは先延ばしが許されない火急の課題なのである。

 また、高度成長期に建設された膨大なインフラ資産が更新時期(寿命)を迎えてい

ることもあり、国内の道路・橋梁・トンネル・港湾などの大々的なメインテナンスを

実施することも必要である。

2)原発対策 

 まずは、原発事故の収束を早急に図り、並行して既存原発の安全点検と耐震化を図

る。

Page 11: V6 P ¾ t 1ü ,B Ø 7 ,â!V ! 2Ñ] 6 ¾ týH F Ý ·Bí > '7 H9[HG 4 · %=9A g 1%1 è ý9;I 6-fI H c ÄAID Ä ê&^eS ' } ®l v ãd19H::%c \ c ÄlBe¼AID 7B ° HD Ð Q A ®/'3eXAt/l

3)首都機能の分散

 国土の0.6%の土地に人口の10%が集中する東京一極集中というシステムは根本的

な見直しが必要である。たとえ首都機能が不全に陥っても、列島全体で経済活動も文

化的生産も継続できるように日本列島全体を整備する必要がある。首都直下型地震が

近い将来に起こる可能性が高いので、この整備は優先順位の高い政策課題である。

4)犠牲者の鎮魂

 最後になったが犠牲者の鎮魂について述べます。本当は、まずこれに取り組むこと

が最初であろう。大震災で亡くなった人々の鎮魂なしには復興はありえないからであ

る。このことに関しては、柳田国男の「先祖の話」が心に残っているので、それを紹

介したい。

 「先祖の話」は柳田が昭和20年、大東亜戦争が終わった直後に、戦争で死んだ人々

の鎮魂のために、日本人は何をなすべきかを民俗学の立場から説いたものである。そ

こで柳田が勧奨したのは、鎮魂碑を建てろとか、英霊を祀れとかいうことでなく、祖

霊を祭る伝統的な祭式(要するに盆・正月・お彼岸の儀礼・儀式)を守って絶やすな

という、ただそれだけのことであった。

5,復興財源対策

1)不要不急の事業を中止する

①エコ補助金の類を全廃する。これらは、資源を先食いし、排出を先出しするまやか

 しの「地球温暖化対策」であり、「物欲刺激型施策」の典型である。

②「高速道休日特別割引」も、同じ類のものだから全廃する。

③「国際宇宙ステーション」から離脱する。古い技術をベースにした、幼稚な事業で

 す。

④「LHC(大型ハドロン衝突型加速器)」から離脱する。これが成功する可能性はほ

 とんどないし、この実験結果は人類に悪い影響を及ぼすであろう。

2)財政支出の削減と本格的減税による消費の拡大

 復興財源を増税で行うのは、万策尽きたときの最終手段である。そもそも、復興事

業は投資支出が中心になるのであるから、建設国債でまかなうことが財政法でも認め

られている。それを巨大増税で、無理矢理被災者まで負わせる必要はない。

 また、大震災のような大規模自然災害の復興負担を、現役世代だけで担うことはき

わめて不公平である。だから、数十年に一度というレベルの大規模災害の復興負担

は、同じく「数十年かけて」担うことが正しいのである。

3)日本経済社会のあり方を根本的に見直しながら復興政策を進める

 東日本大震災は、20世紀から続くこれまでの日本の経済社会のあり方に根本的な

問題を投げかけるものとなった。すなわち、人口減少、産業流出、エネルギー問題、

超高齢化、政治の空洞化、官僚の弱体化、社会インフラの老巧化などの問題を被災地

において一気に表面化させてしまった。

 したがって、今回の震災復興の課題は、21世紀の将来社会の構築を展望できるも

のでなければならない。脱原発・脱石油をして再生可能エネルギーへの転換、大量生

産・大量消費の成長開発神話からの脱却、効率最優先の東京一極集中型から分散分節

型への国土構造の転換、市場原理主義を標榜する新自由主義の構造改革路線から民主

Page 12: V6 P ¾ t 1ü ,B Ø 7 ,â!V ! 2Ñ] 6 ¾ týH F Ý ·Bí > '7 H9[HG 4 · %=9A g 1%1 è ý9;I 6-fI H c ÄAID Ä ê&^eS ' } ®l v ãd19H::%c \ c ÄlBe¼AID 7B ° HD Ð Q A ®/'3eXAt/l

的な維持可能な社会への転換であります。

 東日本大震災の復興過程においては、「下からの人間復興・国民主体の復興」か、

「上からの大企業本位・財界主導の復興」か、二つの途が将来社会への展望をもちな

がら、激しくせめぎあっている。私たちは、今、こうした極めて重大な歴史的岐路に

立っている。大災害に乗じて、規制緩和・自由化を徹底すればすべてうまくいくかの

ような空論は、一握りの人々の利益になったとしても、日本の地域、そして日本全体

の将来の崩壊に繋がりかねません。被災地の復旧・復興を考えるときに最も基本にな

るのは、「コミュニティの再生」だと思われます。

①原発から離脱する

 原子力から脱却するために、輸入石油・天然ガスによる火力発電置き換え、次に代

替え燃料を開発する。そして、火力発電に使用する石油の輸入を止め、すこしずつ電

気に頼る生活から脱却を計る。

②農業を再生する

 石油依存の農業で食糧自給率が40%(穀物だけにすると28%)までに下がってい

るのはリスクが高すぎるので、せめてイギリス・イタリア並みの自給率60~70%を

目指す。

 農村は食料を供給するだけでなく、その生産活動を通じて国土保全・水源の涵養・

文化の伝承・地域共同体の復権という多面的な役割を果たしていることを認識する必

要がある。農業問題は環境問題でもあり、そして人口問題・エネルギー問題とも密接

に関係している。弥生時代以来の日本は瑞穂の国といわれてきた。水田稲作、里山が

なくなれば日本は文化を失い、神を失い、そしてアイデンティティも失うことにな

る。

③日本経済の転換(脱成長主義の社会へ)

*「少子高齢化・人口減少」をどうすればよいのか

*グローバリズムに巻き込まれないためにどうすればよいのか?

 グローバリズムにおいて勝ち抜くためには生産性を高めるしかありません。そして

最終的には人件費の安い国が競争に勝ちます。したがって、労賃を減らす・生産工場

を労賃の安い海外に移転する・海外競争力をつけるために国内企業を合併させて寡占

化させるしか生き残れなくなります。

 グローバリズムに巻き込まれず、国内の産業や雇用を守り増やすためには、内需拡

大や保護主義の政策をとるしかないと思われる。

*いまの経済学は、市場や貨幣といった条件が整った枠組みの中で物事を考えていく

「限定経済学」であって、その経済学だけではうまくゆかない。「地球の生態系・エ

ネルギー問題・神話や宗教・人間の活動全体」をとらえた上で経済を考えていかねば

ならない時代が来た。

 また、グローバリズム(グローバル資本主義)は恒常的に国際的金融危機を引き起

こすであろう。またグローバルな競争激化が不可避的に所得や富の偏在を引き起こ

す。このような状況を打破するには、自己増殖を目指す資本主義思想そのものの修正

もしくは転換が不可避であろう。