胆汁由来 klebsiella oxytoca, klebsiella pneumoniae の分離頻度と

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135 1) 名古屋大学医学系研究科分子病原細菌学, 2) 椙山女学園大学 看護学部, 3) 名古屋大学医学部附属病院中央感染制御部 135 環境感染誌 Vol. 25 no. 3, 2010 〈原 著〉 胆汁由来 Klebsiella oxytoca, Klebsiella pneumoniae の分離頻度と これらの菌の胆汁耐性に関する検討 石原 由華 1,2) ・八木 哲也 3) ・太田美智男 1) Isolation Frequency of Klebsiella oxytoca and Klebsiella pneumoniae from the Bile of Patients and Related Bile Sensitivity Yuka ISHIHARA 1,2) , Tetsuya YAGI 3) and Michio OHTA 1) 1) Department of Bacteriology, Nagoya University, Graduate School of Medicine 2) Sugiyama Jogakuen University, School of Nursing 3) Department of Infectious Diseases, Center of National University Hospital for Infection Control, Nagoya University Hospital (2009 12 22 日 受付・2010 3 23 日 受理) JANIS サーベランスによれば Klebsiella pneumoniae Klebsiella oxytoca 41 の割合でよく分 離される.今回,3 総合病院(総ベッド数 2,603)2008 8 月~2009 7 月の分離頻度を比較し, A 病院の胆汁から K. oxytoca が高頻度に分離されることを見いだした.生化学性状および anti- biogram による疫学解析によれば,A 病院胆汁由来の K. pneumoniae 株に少なくとも 2 つ,K. oxytoca 株に 4 つの小アウトブレイクが見いだされた.各種材料由来の両菌種それぞれ 12 株につい てヒト胆汁に対する耐性を調べたところ,尿由来の K. pneumoniae 1 株が耐性であることを除き両 菌種の胆汁感受性に差が無かった.これは K. oxytoca が胆汁から高頻度に分離されたことと胆汁耐 性とは関係がなく,むしろ院内感染の集積が関係していることを示唆する. Key wordsKlebsiella oxytoca, Klebsiella pneumoniae, antibiogram, 疫学解析,胆汁感受性 はじめに Klebsiella は腸内細菌科に属し,主要な Klebsiella 細菌は Klebsiella pneumoniae Klebsiella oxytoca であ り,主な違いは前者がインドールを非産生であるのに対 し,後者はインドール産生が陽性であることである.ど ちらの菌種も感染抵抗力の低下した入院患者に敗血症, 肺炎,腹膜炎,胆道感染,尿路感染などを起こす.日和 見感染の病原菌としてはグラム陰性桿菌のなかで大腸菌 と並んで重要な菌として知られている 1) K. pneumo- niae は染色体に b lactamase ( ペニシリナーゼ型) の遺 伝子を持ち,生来的にペニシリン耐性を示す 2) .一方 K. oxytoca は染色体にペニシリナーゼ型の b lactamase 遺伝子を持つが,より基質特異性が広いために第二セフ ェムならびに一部の第三世代セフェム系抗菌薬に耐性を 示す株もある.しかしより強力な第三世代セフェム系薬 の登場によって,Klebsiella 感染症は治療可能になっ た.しかし,近年 ESBL ラス保有株が日にも 増加することによって,Klebsiella 臨床脅威なりつつある 3) 近イムなどのム系薬に耐性を示す株が広がりはめている 4) Klebsiella 属菌種のなかで患者からよく分離されるの K. pneumoniae K. oxytoca であってこの 2 菌種が大 部分をめる.全国的な集によれば,分離の割合は4 1 であり K. pneumoniae の方が高頻度に分離され 5) .しかし我々は,総合病院において器外 科患者,特に胆道手術後の患者に K. oxytoca の胆道感染 増加していることに気づいた.そこで近の総合病院

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Page 1: 胆汁由来 Klebsiella oxytoca, Klebsiella pneumoniae の分離頻度と

― 135―

1)名古屋大学医学系研究科分子病原細菌学,2)椙山女学園大学

看護学部,3)名古屋大学医学部附属病院中央感染制御部

― 135―

環境感染誌 Vol. 25 no. 3, 2010

〈原 著〉

胆汁由来 Klebsiella oxytoca, Klebsiella pneumoniaeの分離頻度と

これらの菌の胆汁耐性に関する検討

石原 由華1,2)・八木 哲也3)・太田美智男1)

Isolation Frequency of Klebsiella oxytoca and Klebsiella pneumoniae fromthe Bile of Patients and Related Bile Sensitivity

Yuka ISHIHARA1,2), Tetsuya YAGI3) and Michio OHTA1)

1)Department of Bacteriology, Nagoya University, Graduate School of Medicine2)Sugiyama Jogakuen University, School of Nursing

3)Department of Infectious Diseases, Center of National University Hospital for

Infection Control, Nagoya University Hospital

(2009年 12月 22日 受付・2010年 3月 23日 受理)

要 旨

JANISサーベランスによれば Klebsiella pneumoniaeと Klebsiella oxytocaは 41の割合でよく分

離される.今回,3総合病院(総ベッド数 2,603)の 2008年 8月~2009年 7月の分離頻度を比較し,

A 病院の胆汁から K. oxytoca が高頻度に分離されることを見いだした.生化学性状および anti-

biogram による疫学解析によれば,A 病院胆汁由来の K. pneumoniae 株に少なくとも 2 つ,K.

oxytoca株に 4つの小アウトブレイクが見いだされた.各種材料由来の両菌種それぞれ 12株につい

てヒト胆汁に対する耐性を調べたところ,尿由来の K. pneumoniae 1株が耐性であることを除き両

菌種の胆汁感受性に差が無かった.これは K. oxytocaが胆汁から高頻度に分離されたことと胆汁耐

性とは関係がなく,むしろ院内感染の集積が関係していることを示唆する.

Key wordsKlebsiella oxytoca, Klebsiella pneumoniae, antibiogram, 疫学解析,胆汁感受性

は じ め に

Klebsiella は腸内細菌科に属し,主要な Klebsiella 属

細菌は Klebsiella pneumoniae と Klebsiella oxytoca であ

り,主な違いは前者がインドールを非産生であるのに対

し,後者はインドール産生が陽性であることである.ど

ちらの菌種も感染抵抗力の低下した入院患者に敗血症,

肺炎,腹膜炎,胆道感染,尿路感染などを起こす.日和

見感染の病原菌としてはグラム陰性桿菌のなかで大腸菌

と並んで重要な菌として知られている1).K. pneumo-

niae は染色体に blactamase(ペニシリナーゼ型)の遺

伝子を持ち,生来的にペニシリン耐性を示す2).一方

K. oxytocaは染色体にペニシリナーゼ型の blactamase

遺伝子を持つが,より基質特異性が広いために第二セフ

ェムならびに一部の第三世代セフェム系抗菌薬に耐性を

示す株もある.しかしより強力な第三世代セフェム系薬

の登場によって,Klebsiella 感染症は治療可能になっ

た.しかし,近年 ESBL プラスミド保有株が日本にも

増加することによって,Klebsiellaは再び臨床の脅威に

なりつつある3).また最近イミペネムなどのカルバペネ

ム系薬に耐性を示す株が広がりはじめている4).

Klebsiella属菌種のなかで患者からよく分離されるの

は K. pneumoniaeと K. oxytocaであってこの 2菌種が大

部分を占める.全国的な集計によれば,分離の割合は約

41 であり K. pneumoniae の方が高頻度に分離され

る5).しかし我々は,最近某総合病院において消化器外

科患者,特に胆道手術後の患者に K. oxytocaの胆道感染

が増加していることに気づいた.そこで近隣の総合病院

Page 2: 胆汁由来 Klebsiella oxytoca, Klebsiella pneumoniae の分離頻度と

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表 K. pneumoniae, K. oxytoca の過去年間における由来別検出数)

喀痰・咽頭 糞便 尿 血液 胆汁 その他 計

K. pneumoniae ,

K. oxytoca

)総合病院の全分離菌を集計した.

― 136―

環境感染誌 Vol. 25 no. 3, 2010

も含めた Klebsiellaの過去 1年間における材料別分離頻

度を調べ,同様の傾向があるかどうか検討した.また胆

汁由来 K. oxytocaの生化学性状ならびに抗菌薬感受性を

調べ,院内感染の可能性を検討した.併せてそれぞれの

材料から分離された菌株のヒト胆汁感受性を調べ,菌の

材料別分離頻度との関係の有無を検討した.

方 法

. K. pneumoniae, K. oxytoca 分離株の集計

2008年 8月~2009年 7月の期間に A, B, Cの 3総合

病院(総ベッド数 2,603 床)から検出された K. pneumo-

niaeと K. oxytocaの分離株数(同一患者重複分離を含む)

を,喀痰・咽頭,糞便,尿,血液,胆汁別に集計した.

. 生化学的性状および抗菌薬感受性の検討

A 病院において 2008 年 8 月~2009 年 7 月に分離さ

れた胆汁由来 K. pneumoniae株,K. oxytoca株の生化学

的性状と抗菌薬感受性パターンを検査データより集計し

た.

. ヒト胆汁感受性測定使用菌株の確認

収集期間に 3総合病院から分離された K. pneumoniae

ならびに K. oxytocaの菌株について無作為に胆汁,痰,

尿,血液由来別にそれぞれ各 3 株(計 24 株)を抽出し

た.菌種の確認のために再同定を実施した.各菌をマッ

コンキー寒天培地に 37°Cで一夜培養後,用手法により

1 コロニーを腸内細菌同定用の各培地に接種して行っ

た.これらの菌株は確認後,一夜培養菌液を 20グリ

セリン液として-80°Cで保存した.

. ヒト胆汁感受性測定法

-80°C 保存ストックより K. pneumoniae, K. oxytoca

の各菌株を Tryptic Soy Agar(TSA)培地(Becton, Dick-

inson and Company, BD)に 37°Cで一夜培養後,Tryp-

tic Soy Broth(TSB)培地(BD)に 1コロニーを接種し,

37°Cで 3時間振盪培養した.1 mLの菌液をエッペンド

ルフチューブに移し 15°C, 15,000 rpm で 10 分間遠心

後,上清を捨て 1 mL の滅菌水を入れて,VORTEXに

て攪拌後,15°C, 15,000 rpmで 10分間遠心して洗浄し

た.これを 2回繰り返した後,1 mLのヒト胆汁(原液)

を入れて,室温で 0, 1, 2時間作用させた.ヒト胆汁原

液はフィルター(Sartorius stedim Japan,孔径0.80

mm)でろ過滅菌後使用した.対照には,ヒト胆汁の代わ

りに 0.85生理食塩水を同量添加した.両サンプルと

も,0, 1, 2 時間毎に 100 mL の菌液を採取して,10 倍

希釈系列にてマッコンキー寒天培地に接種後,37°Cで

一夜培養して生菌数を測定した.

ヒト胆汁はいずれも抗菌薬の前投与を受けていない患

者 3名より同意を得た後採取し,混合して用いた.

結 果

. K. pneumoniae, K. oxytoca の由来別検出数につ

いて

表に示すように,2008 年 8 月より 2009 年 7 月に

おける K. pneumoniae分離数は 2,247株,K. oxytoca は

797株であり,約 2.821の割合であった.両菌種とも

に分離数の最も多いのは喀痰・咽頭であり,その比率も

2.711であり K. pneumoniaeの比率がやや低かった.

尿は 3.191,血液は 3.381とやや K. pneumoniaeの

比率が高かった.一方胆汁については K. oxytocaの分離

頻度が高く,0.941の割合であった.ちなみに便につ

いては通常全ての検体について Klebsiellaの菌種同定を

行っているわけではないので,参考データとした.

. A病院の胆汁由来 K. oxytoca の生化学性状なら

びに抗菌薬感受性パターンから見た疫学的解析

A病院の胆汁由来 K. pneumoniae株は 76株,K. oxyt-

oca株は 77株で,3総合病院中で最も多く分離されたの

で,その原因について疫学的に検討した.K. pneumo-

niae株は同一患者の重複を除くと 54株であり,内訳は

S1病棟患者由来 45株,S2病棟 6株,その他の病棟由

来 3 株であった.これらの菌株は表に示すように生

化学的性状パターンが,パターン,抗菌薬感受性パ

ターンが a, b パターンに分類された.生化学的性状パ

ターンがパターンで抗菌薬感受性パターンが aパター

ンのグループに属するのは 17株であった.また生化学

的性状パターンがパターンで抗菌薬感受性パターンが

bパターンは 4株であった.,パターンの生化学的

性状の違いは,パターンがアドニトールを産生したの

に対して,パターンはアドニトール非産生性であっ

た.抗菌薬感受性では,aパターンは CFPNPIが 1で,

FOM が≦4 であったのに対して,b パターンでは,

CFPNPIが 0.5で,FOMが 16と違いがあった(表).

胆汁由来 K. oxytoca株は K. pneumoniae株より分離頻

度が高く,同一患者の重複を除くと 61 株で内訳は S1

病棟 57 株,S2 病棟 4 株であった.これらの菌株の生

化学的性状パターンは,,パターン,抗菌薬感受

性パターンが A, B, C, D パターンに分類された.生化

学的性状パターンがパターンで抗菌薬感受性パターン

が Aパターンのグループは 9株であり,/Bパターン

Page 3: 胆汁由来 Klebsiella oxytoca, Klebsiella pneumoniae の分離頻度と

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表 胆汁由来K. pneumoniae, K. oxytoca 株の生化学的性状および抗菌薬感受性パターン

菌 種主化学性状パターン)

抗菌薬感受性パターン ABPC PIPC SBT/

CPZAMPC/CVA CEZ CTM CTX CAZ CPR CMZ CCL

K. pneumoniae(株)

パターン aパターン(株)

> ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦

パターン bパターン(株)

> ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦

K. oxytoca(株)

パターン Aパターン(株)

> ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦

パターン Bパターン(株)

> ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦

パターン

Cパターン(株)

> ≦ ≦ > ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦

Dパターン(株)

> > > > > > ≦ ≦ ≦ ≦ >

菌 種主化学性状パターン)

抗菌薬感受性パターン

CPDXPR

CFPNPI FMOX IPM AZT GM AMK MINO FOM LVFX ST

K. pneumoniae(株)

パターン aパターン(株)

≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦

パターン bパターン(株) ≦ . ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦

K. oxytoca(株)

パターン Aパターン(株) ≦ ≦. ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦

パターン Bパターン(株) ≦ ≦. ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦

パターン

Cパターン(株)

≦ > ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦ ≦

Dパターン(株) ≦ > ≦ ≦ > ≦ ≦ ≦ ≦ ≦

) SIEMENS MicroScanの腸内細菌科判定基準による.菌株数は,同一患者の重複は除く.

ABPC: ampicillin, PIPC: piperacillin, SBT/CPZ: sulbactam/cefoperazone, AMPC/CVA: amoxicillin/clavulanic acid, CEZ: cefazolin,CTM: cefotiam, CTX: cefotaxime, CAZ: ceftazidime, CPR: cefpirome, CMZ: cefmetazole, CCL: cefaclor, CPDXPR: cefpodoximeproxetil, CFPNPI: cefcapene pivoxil, FMOX: ‰omoxef, IPM: imipenem, AZT: aztreonam, GM: gentamicin, AMK: amikacin, MINO:minocycline, FOM: fosfomycin, LVFX: levo‰oxacin, ST: sulfamethoxazoletrimethoprim

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環境感染誌 Vol. 25 no. 3, 2010

グループは 10株,/Cパターンのグループ 3株,/

D パターンのグループ 3 株であった.生化学的性状の

違いはパターンが尿素非産生性であるのに対して,

,パターンは尿素を産生した.また,パターン

では CET感受性が陰性であったのに対して,パター

ンは陽性であった.抗菌薬感受性では,A パターンは

PIPCが≦8であったが,B, Cパターンは 32, Dパター

ンが>64 であった.A, B, C パターンで SBT/CPZ が

≦ 16, AMPC /CVA が≦ 8, CTM が≦ 8, CCL が≦ 8,

AZT が≦8 であったが,D パターンはそれぞれの b

lactam 薬に対して>32, >16, >16, >16, >16 であっ

た.A, Bパターンで CEZが≦4, CFPNPIが≦0.25で

あったが,C, D パターンは>16, >1 であった.A, D

パターンで FOM が≦4 であったが,C, D パターンは

16 であった.したがって D パターンは,A, B, C パ

ターンと比べて 9つの抗菌薬で耐性度が 2~4倍高かっ

た.生化学的性状,抗菌薬感受性パターンによる分類の

結果より,K. pneumoniaeならびに K. oxytocaについて

それぞれ 2 グループと 4 グループの分類パターンに属

する菌株が複数見られた.それぞれのグループに属する

菌株は異なった患者から分離されていることから,院内

感染の小さなアウトブレイクが少なくとも K. pneumo-

niaeでは 2つ,K. oxytocaでは 4つ,1年間の間に起こ

っていたことが推定される.したがってアウトブレイク

が K. oxytocaの高頻度の分離に関係しているかもしれな

い.なお ESBLsが K. oxytocaの一株に存在した.その

他には特徴的な耐性菌は見られなかった.

. K. pneumoniae ならびに K. oxytoca 臨床分離株

のヒト胆汁感受性

われわれは胆汁から分離される菌株は胆汁に対して耐

性度が高いのではないかと予想し,それぞれの検査材料

由来株から無作為に選んだ 24 菌株(K. pneumoniae 12

Page 4: 胆汁由来 Klebsiella oxytoca, Klebsiella pneumoniae の分離頻度と

― 138―

表 胆汁感受性測定に用いた菌株

菌 種 由来別 菌 株

K. pneumoniae 胆汁 N株

T株

痰 T株

T株

T株

尿 T株

T株

N株

血液 株

菌 種 由来別 菌 株

K. oxytoca 胆汁 株

痰 株

T株

尿 T株

N株

血液 株

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環境感染誌 Vol. 25 no. 3, 2010

株,K. oxytoca 12株)についてヒト胆汁に対する感受性

を調べた.胆汁感受性測定に用いた菌株については,表

に示した.なお,測定に用いた胆汁由来 K. pneumo-

niae 株の疫学解析グループは一株が a パターンに属

し,他の 2株は散発のパターンであった.K. oxytoca株

の疫学解析グループは A パターン 2 株,D パターン 1

株であった.

胆汁由来 K. pneumoniae株である N11 株,T12株,

08349株において,ヒト胆汁を 2時間作用させると,

約 108 CFU/mLであった生菌数が約 103,あるいは 105

CFU/mL まで減少した.また痰由来 K. pneumoniae株

の T4株,T1株,T3株においても同様に,生菌数が約

108 CFU/mL から約 105 CFU/mL まで減少した(図

).尿由来 K. pneumoniae株の T2株,T7株,N70916

株では,T7株,N70916株は 108 CFU/mLの生菌数が

ヒト胆汁により約 104, 105 CFU/mL まで減少したが,

興味深いことに T2株ではヒト胆汁を作用させても生菌

数が約 108 CFU/mLで殆ど変わらなかった.血液由来

K. pneumoniae 株である 5953 株,6009 株,6010 株の

全てにおいては,ヒト胆汁を作用させると生菌数が約

108 CFU/mLから約 104 CFU/mLまで減少した(図).

胆汁由来 K. oxytoca 株の 117 株,1520 株,2242

株では,約 108 CFU/mL の生菌数が 2時間ヒト胆汁を

作用させると約 102,あるいは 104 CFU/mL まで減少

した.次に痰由来 K. oxytoca 株である 139 株,2610

株,T14 株も,ヒト胆汁により生菌数が約 108 CFU/

mLから約 104 CFU/mLに減少した(図).また尿由来

K. oxytoca 株の T16 株,267 株,N70068 株において

も,約 108 CFU/mLであった生菌数が,ヒト胆汁によ

り約 105 CFU/mLに減少した.そして血液由来 K. oxyt-

oca 株である 6137 株,6432 株,6371 株においても,

他の由来別分離株と同様に,生菌数がヒト胆汁により約

108 CFU/mL から約 104 CFU/mL まで減少した(図

).以上の結果から,胆汁由来の菌株が,K. pneumo-

niae, K. oxytoca に関わらず必ずしもヒト胆汁に耐性度

が高いということはないという結論が得られた.

考 察

Klebsiella属細菌は重要な院内感染菌として,さまざ

まな日和見感染を起こす.Klebsiellaは本来腸内細菌と

して便中に分離されるが,入院患者の尿や痰,胆汁から

も高頻度に分離される.また植物にも付着し,食事とと

もに摂取される.したがって常在菌とも言えるが,本菌

の引き起こす感染症は重症になることが多いので,病院

内に広げないように保菌患者の便,尿,痰などの取り扱

いに注意が必要である.Klebsiellaの病原因子は菌体の

周囲を取り巻く厚い莢膜と言われている.莢膜は多糖体

から成り,化学構造の違いによって約 80種類に分類さ

れる.その違いは抗原性の違いとなり,それによる血清

型別が可能である.しかし型血清は市販されていないの

で,通常は型別することは難しい.K. oxytoca は K.

pneumoniaeと同様に厚い莢膜を有し,その点で両者に

区別はない.特定の莢膜型が病原性に関係しているとす

る報告6)もあるが,引き起こす疾患との相関については

厳密な一致は見られない7).

我が国における全国サーベランスの結果によれば,

K. pneumoniaeと K. oxytocaの患者(主に血液検体)から

の分離の割合は約 41 であって,一定している5).今

回我々がまとめた結果によれば,過去 1 年間の K.

pneumoniae と K. oxytoca の分離頻度は胆汁以外の検体

では約 31 前後の割合で全国平均に比べて K. oxytoca

がやや多かった.しかし胆汁から分離される菌について

は K. oxytoca が非常に多かった.これは A 病院におけ

るK. oxytocaの分離数が大きいことに影響されているが,

Page 5: 胆汁由来 Klebsiella oxytoca, Klebsiella pneumoniae の分離頻度と

― 139―

K.

pneum

onia

e

分離株の胆汁感受性

新鮮培養菌を洗浄後,ヒト胆汁原液に浮遊し

25° Cで作用させ,各作用時間後の生菌数を測定した.

― 139―

環境感染誌 Vol. 25 no. 3, 2010

Page 6: 胆汁由来 Klebsiella oxytoca, Klebsiella pneumoniae の分離頻度と

― 140―

K.

pneum

onia

e

分離株の胆汁感受性

新鮮培養菌を洗浄後,ヒト胆汁原液に浮遊し

25° Cで作用させ,各作用時間後の生菌数を測定した.

― 140―

環境感染誌 Vol. 25 no. 3, 2010

Page 7: 胆汁由来 Klebsiella oxytoca, Klebsiella pneumoniae の分離頻度と

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K

.

oxyt

oca

分離株の胆汁感受性

新鮮培養菌を洗浄後,ヒト胆汁原液に浮遊し

25° Cで作用させ,各作用時間後の生菌数を測定した.

― 141―

環境感染誌 Vol. 25 no. 3, 2010

Page 8: 胆汁由来 Klebsiella oxytoca, Klebsiella pneumoniae の分離頻度と

― 142―

K

.

oxyt

oca

分離株の胆汁感受性

新鮮培養菌を洗浄後,ヒト胆汁原液に浮遊し

25° Cで作用させ,各作用時間後の生菌数を測定した.

― 142―

環境感染誌 Vol. 25 no. 3, 2010

Page 9: 胆汁由来 Klebsiella oxytoca, Klebsiella pneumoniae の分離頻度と

― 143―― 143―

環境感染誌 Vol. 25 no. 3, 2010

B, C病院においても他の検体に比べて胆汁では K. oxyt-

ocaの分離数がやや多いことにもよる.その理由につい

ては明らかではないが,院内感染で分離頻度が高まった

可能性も否定できない.両菌種において胆汁由来の分離

菌株が生化学性状ならびに抗菌薬に対する感受性パター

ンから数グループに分類されたので,それらのグループ

に属する菌株による小院内感染の集積があった可能性が

考えられる.今回,A 病院の特定の病棟(S1)由来の株

数が非常に多いことから,この病棟において複数菌によ

る長期にわたる院内感染が存在することを示唆している.

S1病棟患者からは,aパターンの K. pneumoniae 17株

全てが分離されたばかりではなく,K. oxytoca分離株の

半数が A, B, C, D パターンに属したことは,この病棟

に複数の小院内感染の存在があった事を示している.し

かしなぜ K. pneumoniaeに比べて K. oxytocaの分離数が

多いのかについては,小院内感染の集積が主要原因の一

つとしてもそれだけでは説明が難しい.今回は

retrospective studyであったために,菌株が入手できず

PFGEなどより詳細な分子疫学解析が不可能であった.

さらに我々はヒト胆汁を用いて胆汁に対する Klebsiel-

la の感受性を検討した.結果として K. pneumoniae と

K. oxytoca は胆汁感受性について差が無く,K. oxytoca

が特に耐性ということではなかった.胆汁からの分離頻

度が高い理由は院内感染など他に求めなければならない

だろう.今回検討した株の中で,尿由来の K. pneumo-

niaeに高度胆汁耐性株が見いだされた.胆汁は強い抗

菌活性を持ち,特にグラム陽性細菌の増殖を抑制するた

めに胆汁の主成分である胆汁酸(デオキシコール酸)塩が

マッコンキー培地などに加えられて,臨床検体からのグ

ラム陰性菌の分離を容易にする.さらに,今回の結果に

示すように高濃度の胆汁酸塩はグラム陰性菌の増殖も抑

制する.ヒト胆汁にはデオキシコール酸をはじめとして

さまざまな成分が含まれ,抗菌活性を示す主成分として

はデオキシコール酸以外にタウロコール酸,タウロデオ

キシコール酸,タウロケノデオキシコール酸,タウロウ

ルソデオキシコール酸などが知られている.その他無機

塩類なども含まれるが抗菌力には影響しないようであ

る.グラム陰性菌の胆汁酸耐性は主にエネルギー依存性

の能動性排出による.大腸菌では AcrAB排出装置が主

要な排出系であり,そのほか数種類の排出タンパクが同

様の機能を持っている.Klebsiellaにおいても類似の排

出系があることが近年明らかとなった8).したがってそ

れらの排出装置が活性化することが本菌の胆汁耐性に関

係していると予想されるため,今後検討が必要である.

謝 辞本研究にあたって,菌株の提供ならびに分離データを

提供いただいた名古屋大学医学部附属病院検査部大蔵照子氏,

望月まり子氏,公立陶生病院検査部細菌室の皆様,名古屋第一

赤十字病院検査部細菌室の皆様に感謝します.

利益相反について利益相反はない.

文 献

1) Podschun R, Ullmann U: Klebsiella spp. as NosocomialPathogens: Epidemiology, Taxonomy, Typing Methods,and Pathogenicity Factors. Clin Microbiol Rev 1998; 11:589603.

2) Paterson DL: Resistance in Gram-Negative Bacteria:Enterobacteriaceae. Am J Infect Control 2006; 119(6Suppl1): S20S28.

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〔連絡先〒4668550 名古屋市昭和区鶴舞町 65番地名古屋大学医学系研究科分子病原細菌学

石原由華 E-mail: ishi1206@hotmail.com〕

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環境感染誌 Vol. 25 no. 3, 2010

Isolation Frequency of Klebsiella oxytoca and Klebsiella pneumoniae fromthe Bile of Patients and Related Bile Sensitivity

Yuka ISHIHARA1,2), Tetsuya YAGI3) and Michio OHTA1)

1)Department of Bacteriology, Nagoya University, Graduate School of Medicine2)Sugiyama Jogakuen University, School of Nursing

3)Department of Infectious Diseases, Center of National University Hospital for

Infection Control, Nagoya University Hospital

AbstractKlebsiella pneumoniae and Klebsiella oxytoca are commonly isolated from hospital patients and the

isolation ratio of these bacteria is 4 : 1 in Japan according to the JANIS surveillance. We observedsimilar isolation frequencies of these bacteria in three general hospitals from August 2008 to July2009, and found that the isolation rate of K. oxytoca was especially high in the bile of patients ascompared with that of K. pneumoniae in a general hospital. Epidemiological study based on biologi-cal characters and antibiograms revealed at least 2 small outbreaks in the bile isolates of K. pneumo-niae and 4 small outbreaks in K. oxytoca during the observed year. Measurement of the bileresistance of representative isolates (12 of K. pneumoniae and 12 of K. oxytoca) from various speci-mens found that 108 of K. pneumoniae and K. oxytoca were eliminated to 105102 after 2 hours incu-bation in the bile, indicating that both bacteria were similarly sensitive to human bile, except one K.pneumoniae strain isolated from the urine of a patient. The high isolation rate of K. oxytoca from bilein our general hospital was not due to bile resistance, but was related to small outbreaks amongpatients in this hospital.

Key wordsKlebsiella oxytoca, Klebsiella pneumoniae, antibiogram, epidemiological study,sensitivity to bile