〈社会〉 社会的な思考力 ... - gen1.open.ed.jp · -1-沖縄県立総合教育センター...

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-1- 沖縄県立総合教育センター 前期長期研修員 第54集 研修集録 2013年9月 〈社会〉 社会的な思考力・判断力・表現力を高める学習指導の工夫 クリティカル・シンキングを取り入れた課題解決的学習を通して(第3学年)那覇市立古蔵中学校教諭 テーマ設定の理由 知識が社会・経済の発展を駆動する基本的な要素へと進歩し、グローバル化が進む時代では、柔軟な 思考力に基づく判断、それらを伴う表現が一層重要になる。このような社会を、生徒一人ひとりが主体 的に未来を切り拓くためには「生きる力」の育成が益々重要になる。 平成20年告示中学校学習指導要領社会科の目標として「諸資料に基づいて多面的・多角的に考察する こと」を示し、「中学校学習指導要領解説社会科編」(以下「解説社会科編」と略す)においては「言語 活動の充実」が示された。また、情報化の進展に対応する観点も踏まえ「公正に判断すること」を挙げ、 社会科学習に求められる課題として「主体的に社会の形成に参画する(後略)」を重視している。本県で は、「わかる授業」の構築を示し、「習得と活用を往還した授業づくり」等が、「本県の学力に関する課題」 の分析結果より読み取れる。 これまでの実践では、自ら取り組む意欲の喚起と基礎的・基本的な知識・技能を確実に習得させるため、 ICTと連動した課題解決型ワークシートに取り組んだ。社会的な思考力・判断力・表現力を育ませる活 動では、毎時間の学習過程において授業形態の工夫や考える場面と時間を設け、ことばや文章にまとめさ せ発表の機会を作り実践してきた。これらを通し、習得と活用を往還した授業実践を展開してきた。その 結果、生徒の授業後の感想からは、「暗記項目が多くて大変だけど、色々な教科につながるし、現代社会 のつながりが見えると面白い」などが多く挙げられた。これは、生徒の興味・関心が高まり社会的事象間 の関連を結び付けることで、互いの社会的事象間に広がりが見えた成果だと考える。しかし、「聞くのは 好きだが自分になると言葉に詰まる」などの声も挙がった。これらを分析すると2つの課題が浮かび上が る。まず、思考を形成する場面や思考を練り合う場面において、基礎・基本として習得した社会的事象の 意味を認識・再認識する際、本当に正しい情報をしっかりと自分自身で認識しているか、集団と比較し、 より良い方向性の獲得への課題である。次に、思考を組み立てて築く際、根拠から主張・結論へと導く思 考の道筋に、整合性のある説明方法が確立できているかの課題である。 このことから本研究は、習得と活用を往還した授業を展開するにあたり、数多くの情報や社会的事象が 混在する社会において主体的に参画するためには、与えられた情報や知識を鵜呑みにせず、複数の視点か ら注意深く、論理的に分析する能力や態度を育み、思考を深め、公正に判断することが重要だと考える。 そこで、思考を形成する場面や練り合う場面において、社会的事象を様々な角度から考察し理解させ、思 考を深めさせ公正に判断させるツールとして、「クリティカル・シンキング」を取り入れる。また、生徒 自ら社会的事象に対して正しく分析した根拠を持ち、根拠から主張・結論へと導く思考の道筋に理論を構 築することにより、自信をもって表現できるものだと考える。ここで、思考の道筋を示し論理的に表現す る方法として「トゥールミンモデル」を用いた独自の課題解決的学習を行う。以上により、社会的事象と 自分とのつながりを個人、小集団、全体での場面で一方向ではなく、あらゆる視点・視座から双方向に捉 え思考し、判断し、表現することで、社会的な思考力が深まり、判断力が高まり、表現する力が豊かにな るのではないかと考える。 〈研究仮説〉 公民的分野第一部「私たちと現代社会」において、個人・小集団・全体の思考形成・判断のツールとし てクリティカル・シンキングを取り入れた課題解決的学習を取り組むことにより、生徒各々が現代社会と のつながりを双方向に捉え、社会的事象を深く考え、公正に判断し、表現することで、社会的な思考力・ 判断力・表現力が高められるだろう。 研究内容 1 思考力・判断力・表現力 (1) 社会科で育成する思考力・判断力・表現力と重要性 情報化、グローバル化が進む現代社会では、1つの国の中にも多様な文化の存在が見えるよう

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沖縄県立総合教育センター 前期長期研修員 第54集 研修集録 2013年9月

〈社会〉

社会的な思考力・判断力・表現力を高める学習指導の工夫―クリティカル・シンキングを取り入れた課題解決的学習を通して(第3学年)―

那覇市立古蔵中学校教諭 大 城 司

Ⅰ テーマ設定の理由知識が社会・経済の発展を駆動する基本的な要素へと進歩し、グローバル化が進む時代では、柔軟な

思考力に基づく判断、それらを伴う表現が一層重要になる。このような社会を、生徒一人ひとりが主体

的に未来を切り拓くためには「生きる力」の育成が益々重要になる。

平成20年告示中学校学習指導要領社会科の目標として「諸資料に基づいて多面的・多角的に考察する

こと」を示し、「中学校学習指導要領解説社会科編」(以下「解説社会科編」と略す)においては「言語

活動の充実」が示された。また、情報化の進展に対応する観点も踏まえ「公正に判断すること」を挙げ、

社会科学習に求められる課題として「主体的に社会の形成に参画する(後略)」を重視している。本県で

は、「わかる授業」の構築を示し、「習得と活用を往還した授業づくり」等が、「本県の学力に関する課題」

の分析結果より読み取れる。

これまでの実践では、自ら取り組む意欲の喚起と基礎的・基本的な知識・技能を確実に習得させるため、

ICTと連動した課題解決型ワークシートに取り組んだ。社会的な思考力・判断力・表現力を育ませる活

動では、毎時間の学習過程において授業形態の工夫や考える場面と時間を設け、ことばや文章にまとめさ

せ発表の機会を作り実践してきた。これらを通し、習得と活用を往還した授業実践を展開してきた。その

結果、生徒の授業後の感想からは、「暗記項目が多くて大変だけど、色々な教科につながるし、現代社会

のつながりが見えると面白い」などが多く挙げられた。これは、生徒の興味・関心が高まり社会的事象間

の関連を結び付けることで、互いの社会的事象間に広がりが見えた成果だと考える。しかし、「聞くのは

好きだが自分になると言葉に詰まる」などの声も挙がった。これらを分析すると2つの課題が浮かび上が

る。まず、思考を形成する場面や思考を練り合う場面において、基礎・基本として習得した社会的事象の

意味を認識・再認識する際、本当に正しい情報をしっかりと自分自身で認識しているか、集団と比較し、

より良い方向性の獲得への課題である。次に、思考を組み立てて築く際、根拠から主張・結論へと導く思

考の道筋に、整合性のある説明方法が確立できているかの課題である。

このことから本研究は、習得と活用を往還した授業を展開するにあたり、数多くの情報や社会的事象が

混在する社会において主体的に参画するためには、与えられた情報や知識を鵜呑みにせず、複数の視点か

ら注意深く、論理的に分析する能力や態度を育み、思考を深め、公正に判断することが重要だと考える。

そこで、思考を形成する場面や練り合う場面において、社会的事象を様々な角度から考察し理解させ、思

考を深めさせ公正に判断させるツールとして、「クリティカル・シンキング」を取り入れる。また、生徒

自ら社会的事象に対して正しく分析した根拠を持ち、根拠から主張・結論へと導く思考の道筋に理論を構

築することにより、自信をもって表現できるものだと考える。ここで、思考の道筋を示し論理的に表現す

る方法として「トゥールミンモデル」を用いた独自の課題解決的学習を行う。以上により、社会的事象と

自分とのつながりを個人、小集団、全体での場面で一方向ではなく、あらゆる視点・視座から双方向に捉

え思考し、判断し、表現することで、社会的な思考力が深まり、判断力が高まり、表現する力が豊かにな

るのではないかと考える。

〈研究仮説〉

公民的分野第一部「私たちと現代社会」において、個人・小集団・全体の思考形成・判断のツールとし

てクリティカル・シンキングを取り入れた課題解決的学習を取り組むことにより、生徒各々が現代社会と

のつながりを双方向に捉え、社会的事象を深く考え、公正に判断し、表現することで、社会的な思考力・

判断力・表現力が高められるだろう。

Ⅱ 研究内容1 思考力・判断力・表現力

(1) 社会科で育成する思考力・判断力・表現力と重要性

情報化、グローバル化が進む現代社会では、1つの国の中にも多様な文化の存在が見えるよう

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になってきた。そのような世界を国家や民族の枠

組みのみで捉えている限り、現代社会の様々な矛

盾、価値観の多様性を理解していくことは難しい。

このような現代社会を生きる生徒一人ひとりが、

社会的な思考力・判断力・表現力を確実に身に付

け、生き方や社会集団との在り方を関わりの中で

発揮されることが、自己の未来を切り拓いていく上で重要だと考える。文部科学省は、「小学校、

中学校、高等学校及び特別支援学校等における児童生徒の学習評価及び指導要録の改善について(通

知)」で、社会的な思考力・判断力・表現力を「社会的事象から課題を見いだし,社会的事象の意

義や特色,相互の関連を多面的・多角的に考察し,社会の変化を踏まえ公正に判断して,その過程

や結果を適切に表現している」との観点で見取るよう示している。この観点を踏まえ、小原友行(2

009)は、社会科で育成する「思考力」を社会がわかるための問題を解決していく力、「判断力」を

より望ましい解決策を判断できる力、「表現力」を解決した課題を情報発信できる力とした(表1)。

(2) 公民的分野における「思考力・判断力・表現力」

南浦涼介(2011)は、「社会のありようを理解し

様々な課題を解決するため,新しい世界や価値観

を構築していける子どもを育成するため『批判的

思考力の育成を伴った思考力・判断力・表現力』」

を重視している(表2)。これは、情報化、グロー

バル化が進む現代社会だからこそ、世の中で常識

とされている価値観、ものの見方や考え方に対し

問い直すことで、ある問題点や矛盾点に気付くこ

とが重要だと捉えることができる。このように思

考力・判断力・表現力の育成は社会科公民的分野

で欠くことのできない重要なキーワードである。

このような力をどのように育成するかを小原(200

9)は、社会科の授業における「問い」を機能ごと

に3つに分類し考えている(図1)。「問題発見力」

を踏まえ、それぞれの「問い」を用い、導き出さ

れる力を焦点化し、表現することでそれぞれの力

の育成になると考える。

(3) 中学校社会科における公民的分野の位置付けと社会的事象の捉え方

「中学校教育課程講座社会」(平成20年改訂)によると、「地理的分野は空間軸,歴史的分野は時

間軸を主軸に据えて学びを進めるのに対して,公民的分野は社会軸という主軸に据えて現代社会を

読み解く分野である。」としている。これは、表層面に表出している潮流が、歴史的時間における

地理的空間の広がりの結果、どのよ

うに人間の営みが構成されている現

代社会へとつながり、どのような方

向へ進展していくかと捉える(図

2)。また、「文化や伝統は表面から

は見えにくいが,現代社会の現象や

社会的事象に様々な影響を与えてい

ることに注目させることが大切であ

る」としている。これは、社会的事

象を表面的(表層)のみ捉えるので

はなく、ある角度(視点)で、ある

立場(視座)から、様々な影響を与

えていること(基層)に注目させる

ことが大切であると考える。本研究

では、そこに論理的な思考を構築し

表1 社会科の思考力・判断力・表現力

図1 観点別社会科学習の目標

図2「公民的分野」の中学校社会科における位置づけと社会的事象の捉え方(参考 中学校教育課程講座 社会 をもとに作成)

表2 公民的分野の思考力・判断力・表現力

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深化させ高めることが生きる力の基となり、未来を切り拓く「生きる力」につながると考える。現

代社会を生きる上で、社会軸に主軸を据える個は、様々な社会的事象を認識し、現代社会のより良

い方向性の獲得を目指し相互に影響し合いながら進展する。視点・視座、表層・基層、社会的事象

の認識・進展などの一連を図式化すると、関わりの連続性からその形は球状となろう。

2 クリティカル・シンキングについて

(1) クリティカル・シンキングの可能性

「クリティカル・シンキング(以下において略

称を「C・T」と称す)」は、一般には「与えられ

た情報や知識を鵜呑みにせず、複数の視点から注

意深く、論理的に分析する能力や態度」と定義される。鈴木健(2006)は、「『一般に認められた知

恵』であっても吟味する」とし、C・Tの重要性を3つ挙げた(表3)。第一に「『批判的思考』と

訳されるべきでなく前向きな人生の実現への『創造的思考』(creative thinking)とでも考えられ

るべきもの」とした。それは情報や知識を、「その前提や証拠資料を吟味したり,見落とされてい

る視点や矛盾を指摘したりすることで,新たな可能性が開き,不可能と思えることでも解決の方向

性を見つけ出そうとする建設的なもの」と述べている。これは、生徒一人ひとりが自己の可能性を

切り拓く社会的な思考力・判断力・表現力につながる重要なものだと考える。

(2) クリティカル・シンキング(C・T)と社会的思考力・判断力・表現力の関係性

本研究では、歴史的分野・地理的分野で学んだ事柄を振り返りながら「何が、どのように・どの

ような」(社会を知る)と問い、公民的分野における社会的事象を習得し(査定)、学習課題に対し、

「なぜ、どうして」(社会がわかる)と問い、「解決するプロセスに必要なデータ」を収集し(診断)、

「どうしたらよいか」「どの解決策がより有効か」(社会に生きる)と問うことで、何がなされるべ

きか熟考する(計画)と位置づけ、一連の学習過程を課題解決的学習にて取り組ませる。また、

社会的な思考力・判断力・表現力を深めるためには、資料や論理的に構築された主張(結論)を

読み取る力が重要であると考える。資料を読み取る力として吉田高志(2010)は、「社会的事象に

対して,複数の観点から見たり,考えたりすることによって,社会的事象を広い視野からとらえ

ることができる力を育てることが求められている。」と述べ、思考を練り合う場面において、思考

や判断という力を育成するためには、問いを受けた子どもたちが「どうして」「違う立場ではどう

だろう」「はたしてこの答えが適切なのか」との問いの持ち方、考え方を持たなければ、情報を鵜

呑みにし思考を深めることにならず、自信をもって判断し、表現できることは不十分だと考える。

鈴木(2006)は「しばしば,社会には正しい答えを一つに決めることができない問題が存在する。

時には,常識を疑ってみるのも大切である。」とし、また、E.B.ゼックミスタ・J.E.ジョンソ

ン(1996)は、「クリティカルな思考に必要な要素を、態度・知識・技術である。特に重要なのが、

注意深く観察しじっくり考えようとする『態度』である。」としている。態度を意識させ、社会的

事象を多面的な視点や多角的な視座による建設的で批判的に思考し、判断させ、表現するC・Tを

取り入れることが、論理的な思考の深まりにつながると考える。

(3) クリティカル・シンキング(C・T)を活用する授業展開と話し合い活動

南浦(2011)は「可視化の活動(図3)から,子どもたちが社会的事象について思考・判断し,

それを通して新たな見方や考えを身につけていくためには,他者との対話活動が重要になってく

る。」と述べている。中学校社会科公民的分野の言語活動とは、中央教育審議会答申の公民的分野

の「改善の具体的事項」で示された「習得した概念を活用して諸事象の意義を解釈させたり事象間

の関連を説明すること」や「自分の考えを

論述させたり,議論などを通してお互いの

考えを深めさせたりする」活動と考えるこ

とができる。知識・概念を「活用」して行

う「解釈」「説明」「論述」ということであ

る。本研究において「C・T」を活用する

中学校社会科公民的分野授業展開の例を次

に示す(図4)。モデルとして、「第36回全

国中学校社会科教育研究大会(岡山大会)

表3 クリティカル・シンキングの3つの重要性

図3 社会的事象についての見方・考え方と対話の関係

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2004」(参考文献)を全

体像とし、「クリティカ

ル」に考えるための基

本モデル(鈴木2006)

を話し合い活動の核と

して位置付けた。本研

究では課題解決的学習

を行う際に、個人内で

論理的に得た知識・概

念を活用して行う「解

釈」「説明」「論述」す

る場においてクリティ

カル・シンキングを取

り入れる。

3 課題解決的学習における論理的な思考の構築

(1) 課題解決的学習について

本研究においての課題解決的学習とは、ワークシートの中に単元ごとの学習過程において定期的

に位置づけた学習課題である。学習課題については、大単元・小単元の目的・目標に準じて、かつ、

生徒の学習状況や特色に応じて学習課題を教師側が示すか、体験的活動から生徒自らが設けるかを

設定する。課題の設定を生徒自身と現代社会との関わりに重点を置くことで、社会的な思考力・判

断力だけでなく、表現力の育成、知識・理解の定着が図られると考える。

(2) 課題解決的学習における論理的思考の必要性

「解説社会科編」公民的分野目標の4つ目「適切

に表現する能力」とは、資料の選択基準や思考の過

程、結論を導き出した具体的根拠や論理的に説明す

る力としている。習得した知識・概念を「活用」し、

「解釈」「説明」「論述」の言語活動を適切に行わせ

るには、根拠を明確に示し、結論と理由の関連づけ

や、その結論を導き出した過程を論理的に説明する

ための思考が必要である。主張に至った根拠や判断

理由を明確にすることを「思考の構造化」と定義し、

その方法として本研究では、英国分析哲学者であるS・トゥールミンの提唱「トゥールミンモデル」

の手法を取り入れた論理的思考の構造(図5)を示す。本研究では、学習過程にて思考の構造化

を図るため、思考の道筋を書き込むワークシートを作成する。これを、「ロジック・ワーク(以下

において略称では「L・W」)」と呼ぶこととする。

「ロジック・ワーク」は、「結論・主張」を導き出すための過程を「根拠(事実・データ)」と「判

断理由」の枠に分けて図式化し、枠中に書き込みながら論理的に考え、表現できるように作成し

たものである(図6)。生徒には、資料や根拠が示

すことができる既習事項を基に、課題解決について

思考・判断し、自ら導き出した結論と根拠の結び付

きの妥当性を明確に示すことを意識させる。これは、

口頭発表だけと異なり形が後に残る。生徒自らが考

察過程を振り返り、再考するのに効果的だと考える。

また、学習状況に応じ「裏付け」や「限定条件」な

ど付加することで思考を更に深めることができると

考える。その際、付箋紙を使用し思考の構造化に補

足しても効果的であろう。

(3) 「ロジック・ワーク(L・W)」に取り組ませる場面とクリティカル・シンキングの表出

「ロジック・ワーク」に取り組ませる場面としては、授業の導入時・展開時・終末のまとめ時の

図6 トゥールミンモデルの手法を取り入れた論理的表現の例「ロジック・ワーク(L・W)」

図4「クリティカル・シンキング」を活用する中学校社会科公民分野授業展開例

図5 論理的思考「トゥールミンモデル」の構造

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3つの場面がある。思考の焦点化を図る場合は、内容に応じてどの場面でもよいと思われるが、思

考の拡散化を図る場合は、基礎的・基本的事項の構築を妨げないためにも、終末のまとめ時が適し

ている。取り組む方法として、記述式や語句の書き込み式などがあるが、キーワードやポイントを

押さえた上で、自分の意見を論理的にまとめる力をつけるという視点から、記述式を多用すること

が望ましい。ただし、導入時や展開時に比較などで用いる学習課題には、記述式よりも語句書き込

み式などが適している。なお、本研究では対話活動を小集団・全体へと段階的に取り組む際に、他

者の意見に共感する内容は黄色の付箋紙に書き込み、自らの「ロジック・ワーク」に貼り付け理論

の強化を促す。また、疑問や疑いの内容はピンクの付箋紙に書き込み、なぜ疑問なのかを自らに論

理的に問うことで、建設的な批判が構築されるものと考える。この付箋紙を本研究では「つぶやき

シート」とする。これらの活動により社会的事象に対して思考が深まることとなり、公正に判断し

て、論理的に表現する力が高まるものと考える。

Ⅲ 指導の実際1 単元名 第1部「 私たちと現代社会」 第1章 私たちの現代社会の特色

2 単元の目標

現代日本の特色として少子高齢化、情報化、グローバル化などがみられることを理解させるとと

もに、それらが政治、経済、国際関係に影響を与えていることに気付かせる。

3 単元の評価規準

関心・意欲・態度◎ 思考・判断・表現○ 資料活用の技能◇ 知識・理解□

○少子高齢化、情報化、グ ○少子高齢化、情報化、グ ○収集した資料の中から、 ○現代日本の特色として、ローバル化などの現代社会 ローバル化などが政治、経 少子高齢化、情報化、グロ 少子高齢化、情報化、グの社会的事象に対する関心 済、国際関係に影響を与え ーバル化について学習に役 ローバル化などがあるこを高め、それを意欲的に追 ることについて多面的・多 立つ情報を適切に選択して、 とを理解し、その知識を究している。 角的に考察し、その過程や 読み取ったり図表などにま 身に付けている。

結果を適切に表現している。 とめたりしている。

4 単元の指導と評価の計画(全5時間)

この章では、公民的分野の導入部として位置付け、地理的分野、歴史的分野との関連を図り、現

代社会の特色を捉えさせるようにすることをねらいとしている。本研究では、地理的・歴史的な既習事項を活用し、現代社会の特色を捉える課題解決的学習によって構成された単元で検証する。

時 学習項目(C・Tの視点) 学習内容 評 価 ◎関・意 ○思・判・表 ◇技 □知・理

大きく変化した私たち ・人々の生活が大きく変化し ○高度経済成長は我が国にとってどのような意義だっ1 の生活~情報を正確に 始めた高度経済成長とはどの たのかを考え、自分の言葉で説明している。読み取る・スキーマを ような時代だったのかを考え ◇高度経済成長を遂げた時代とはどのような時代かを通して~ る。 写真等からを読み取る。

私たちの現代社会をみ ・20世紀から21世紀にかけ ○「持続可能な社会」とは、教科書本文や写真、など2 てみよう~結果はいく て、社会がどのように変わっ から読み取り、実体験を踏まえ多面的・多角的に考察つかの原因に~ たのか調べてまとめる。 しまとめている。

◎「持続可能な社会」を追究しようとしている。

少子高齢化が進む現代 ・少子高齢化が進むと私たち ○現代日本の特色として少子高齢化があることを理解3 ~数字の信憑性~ の生活にどのような影響をも し、私たちの生活にどのような影響をもたらすか考える。

たらすかを考える。 ◇少子高齢化の原因を資料から読み取りまとめる。情報化が進む現代 ・情報化が進むと私たちの生 ○情報化社会の到来による社会の変化について教科書

4 ~…だから信じる~ 活にどのような影響をもたら 本文や資料から読み取り、その功罪を考え自分の言葉すかを考える。 で表現している。

□情報化を理解し、その知識を身に付けている。グローバル化が進む現代 ・グローバル化が進むと私た ○身のまわりにあるグローバル化を感じられる事例を~視野を広げる(常識 ちの生活にどのような影響を 踏まえ、私たちが現代社会を生きるための大切なこと

5 とは)~ もたらすかを考える。 を理論付けてまとめ表現できる。・現代社会をの特色を踏ま □グローバル化を理解し、その知識を身に付けている。え、現代社会を生きるための大切なことは何かを考える

5 本時の指導過程 【5/5】

(1) 題材名 (主題) グローバル化が進む現代社会

(2) C・Tの視点 視野を広げ、現代日本の特色を理解する。

(3) 学習目標 グローバル化を含むこれまで学習した現代社会の特色を踏まえ、現代社会を生

きるための大切なことは何かを考察する。

(4) 評価資料 ワークシート(「ロジック・ワーク(L・W)」)

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(5) 本時の展開(「クリティカル・シンキング(C・T)」を活用する中学校社会科公民分野授業展開例を参考に)過 学習活動 教師の活動・指導上 の留意点 形 類 C 評程 ■生徒の活動 ★ICT ◇教師の発問指示 態 型 T 価

■ ミニテスト ・時間配分や誤字脱字の注意喚起などに関する教師からの導 前時間の重要語句だけの確認 声掛けで、最後まで取り組む姿勢を意識化する。入 ■ 口頭により答え合わせ ・前時間の内容と系統性を考慮し、本時の内容を説明する。 一 知5 ・前時間の復習フラッシュカードで表示分 ★①本時のモノの見え方C・Tの ◇説明 本時のpoint 斉 理

視点 視野を広げる~常識とは~ 「現代社会の特色」 高度経済成長■ 生徒よる教科書音読 グローバル化 日本国内 環境問題 少子高齢化

重要語句確認 教科書へのマーキング 情報化

展 P10まで ◇説明 本時の目標を確認し、グループ活動を進める

開 本時間の内容「グローバル化」 ・基礎的・基本的語句の習得(※自力解決の工夫)

40 ・カネ・モノ・ヒト ・グループ内学び合い

分 ・時間距離の短縮 教師側:机間指導・グループへ・国際分業 解答の手立てを助言するに留め 集 習 査 知・国際協力 る。遅れている、とまどっている

★②これまでのモノ見え方 生徒への配慮を生徒から関わりあ 団 得 定 識■ ワークシート記入① う声掛けを促す

本時の基礎的・基本的語句の確認 (※個に応じた工夫)①問題数10問・教科書のチェック・用語集での調べ学習・既存知識の活用・誤字・脱字相互チェック解答を生徒が板書する。

②板書の解答

◇発問 『現代社会』を生きるための大切なことってなんだろう? 一 活 個 思

★③「現代社会」を生きるために大切なこと 説明◇①これまで学習した「現代 人 ・社会の特色」から2つの視点 斉 用 診 判

■『現代社会』 に選択を迫る。 断 ・~ 個人・グループ会 説明◇②ロジック・ワークを用い / 表議~ 『現代社会』を生きるために 集

大切なことは何かを具体的・ 集 習 団■『現代社会』 現実的に個人で設定させる。 診~全体会議~ (5分) 団 得 断

説明◇③グループ内で発表し、

「つぶやきシート」付箋紙(黄色(同意)・ピンク(疑

問)を用い、グループで「大切なことは何か」を設定する。

◇ 発問 『現代社会』の目に見える特徴が影響された見えない特徴とは何だろう。

④全体発表する。説明◇⑤各班の説明を聞いて各自、同意(黄色)・疑問(ピ 活 計 思

ま ンク)にまとめる。よりよい『現代社会』を築くため ・と ■ふり返り に必要なことは何かを問い、『人』の力の大切さを説く。 判め (ロジック・ワーク ) ・5 自己評価 本時の評価シートを記入(個人・集団)(自己評価) 用 画 表分

「現代社会」を生きるための大切なことは何かを、グループ全体からの発表を聞いて共感する(黄色

付箋)、疑問(ピンク付箋)を付け加えることで、自らの思考力・判断力・表現力を高める」

(6) 本時の評価

グローバル化を含むこれまで学習した現代社会の特色を踏まえ、現代社会を生きるための大切

なことは何かを考察する。その際、ロジック・ワークを活用し、論理的に説明でき、他者の意見

について共感内容・疑問内容を見いだすことができる。 【思考力・判断力・表現力】

〈学習に即した評価の規準〉

評価 評 価 指 標ロジック・ワークを活用し、現代社会を生きるための大切なことは何だろうの考察を、根拠・事実、理由、

A 結論へと論理的に自分の意見を述べている。他者の意見に対し、自分の意見との共感内容と疑問内容を見いだすことができる。ロジック・ワークを活用し、現代社会を生きるための大切なことは何だろうの考察を、根拠・事実、理由、

B 結論へと論理的に自分の意見を述べている。他者の意見に対し、自分の意見との共感内容を見いだすことができる。

ロジック・ワークを活用できず、現代社会を生きるための大切なことは何だろうの考察を、根拠がなく、自C 分の意見を述べる、または述べることができない。

ICT

本時のPOINT

授業展開 黒板活用

地図

個人・ロジックワーク

O班が発表します

経済

情報環境 少子

まとめ

対話活動

言語活動本時の内容

スクリーン

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6 仮説の検証

本研究では、3学年公民的分野「私たちと現代社会」において、社会的な思考力・判断力・表現

力を高めるため、クリティカル・シンキングを取り入れ、課題解決的学習に取り組む指導の工夫を

行った。生徒の社会的思考力・判断力・表現力の高まりについて、トゥールミンモデルを参考にし

た「ロジック・ワーク(L・W)」、「つぶやきシート」、発言や行動観察、課題解決的学習の評価の

推移、ふり返りにおける自己評価、事前事後アンケート等から検証する。

(1) クリティカル・シンキング(C・T)の視点とロジック・ワーク(L・W)の効果

① C・Tの態度の育成とL・Wによる社会的事象の捉えの表出

クリティカル・シンキング(C・T)の視点を、社会的事象を多面的・多角的に捉え、表層

面から基層面にも着目させるよう社会的事象間を関連づけ、広がりを膨らませる設定で行った。

表出方法は、ロジック・ワーク(L・W)を用いた。その際、初めて導入する活動のため、毎

授業時間内において、ICTを活用し、論理的に思考する視点例を示すことで、毎時間の思考

を深め表現する活動に対する抵抗感を和らげる工夫を行った(表4)。

表4 現代社会の特色と課題設定、C・Tの視点と表出の方法

時 1 2 3 4 5大きく変化した 私たちの現代社会 少子高齢化が進む 情報化が進む現代 グローバル化が進む小単元私たちの生活 を見てみよう 現代 現代

特色 高度経済成長 持続可能な社会 少子高齢化社会 情報化社会 グローバル化社会

高度経済成長がも 持続可能な社会とは 少子高齢化で必要 情報との関わり方、「グローバル化」が進課題 たらしたプラス・ どのような社会だろ な対策は何だろう。功と罪について考 む社会を含め「現代社設定 マイナスな面は何 う。社会の発展・経 育児と介護の視点 えてみよう。 会」を生きるための大

か考えてみよう。 済の開発・環境の保 から考えてみよう。 切なことって何だろ全から考えよう。 う。

C・T情報を正確に読 結果はいくつか

数字の信憑性・・・だから信じ 視野を広げる~常

の視点み取る~スキーマを通して~ の原因から る 識とは~

ICT場面 導入 導入・展開 導入 展開 導入・展開・終末

C・Tの必要な要素のうち特に重要なのが、注意深く観察し、じっくり考えようとする態度

である。全5時間の思考過程においてC・Tの定着を図るため、現代社会の特色を捉える際、

生徒へ「現代社会を生きるために大切なことは何だろう」と問い、社会的事象とのつながりを

意識化した個人評価シートを用意した。また5時間共通して、C・Tへの関心と態度の育成、

表出に重点を置き本研究の検証授業を進めた。 第2時「私たちの現代社会を見てみよう」では、

C・Tの視点を「結果はいくつかの原因から」とし、課題を「持

続可能な社会を、社会の発展・経済の開発・環境の保全から

考えよう」と設定した。1970年代の古蔵中学校周辺の漫湖・

国場川の環境汚染に着目し、90年代にかけての周辺住民の環

境への意識の変化を年代別地図や資料を使い、個人・小集団

で原因を考えさせた(写真1)。「持続可能な社会」の構築の

ため、「社会発展」「経済開発」「環境保全」のバランスを踏ま

え、3つの視点から特に重要だと思われるものを1つ選び問

題を捉えさせた(写真2)。持続可能な社会を構築するための

重要な要素として「環境保全」を選んだ生徒M(図7)は、

事実「冷蔵庫・犬の死骸がある」ことから「環境が悪ければ

社会の発展も経済の開発もできない」ゆえに「みんなの環境を

大切にするような社会」。「共感のつぶやき」では「環境を良

くするのも悪くするのも人間、きれ

いなところにゴミを捨てる人はいな

いと思う」とした。また、生徒Tは「自

分達がきれいにし子や孫の世代につ

なげていく」、生徒Hは「人や動物が

過ごしやすい環境をつくって豊かな

町をつくる社会。物を大事にする社

会」とし、それぞれが生徒自身も含

む人の「意識」のもち方に迫った。 図7 生徒Mの「L・W」と「つぶやきシート」

写真2 視点の焦点化

写真1 資料の読み取り

視点の焦点化

地図資料

資料の読み取り

共感のつぶやき

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第5時「グローバル化

が進む現代」、C・Tの視

点を「視野を広げる~常

識とは」とし、これまで

学習した「工業化」「環境

の保全」「少子高齢化」「情

報化」「グローバル化」の

現代社会の特色を踏まえ、

どれに問題意識をおかな

ければならいないのか、

課題を「現代社会を生き

るための大切なことって何だろう」と設定した。生徒H(図8)は、「環境」「グローバル化」

を選び、理由・事実として「環境問題はすでに沢山起きている。その原因は1つの国にあるわ

けでなく、解決にも世界の国々が一丸となって協力しないといけない」事実から、「環境問題を

放置すると、環境が悪くなるだけでなく、資源の減少、生態系のバランスの崩壊など重大な問

題が起きると考えられる」ので、「工業化、情報化を優先しすぎず、環境に配慮し、未来を見据

えた行動をしなければならない」と表出した。2つの視点を融合させ日本の現状と世界との関

係性を考察し、表層面に表れている潮流にはどのように人間の営みが構成され、どのような方

向への進展が望ましいかと捉えるができる。

② C・Tの態度の育成とL・Wによる社会的事象への捉えに関しての考察

検証後、社会科の授業では他者への意見に対し、「共感」・「疑い」を感じられる力がつきます

かのアンケートに対し、肯定的に答えた生徒が、「共感」(82%)、「疑い」(88%)であった(図

9)。生徒Aは「今までは少し疑問があっても深く考えたりしなかったけど、どうしてこうなる

のか、解決するにはどうしたらいいんだろう?と考えることができた」、生徒Tは「グループで

考えることで、共感できることや疑問に思ったことがあって、自分自身の解決策や自分なりの

解答が見つけられて良かった」、生徒Kは「自分のはやとちりで判断せず、情報を確かめること

ができたから」と感想が表出され

た。また、社会的事象への捉えに

関わるアンケートでは、「思考力

の育成」において「思う」「だい

たい」との肯定的解答が76%から

90%へ(図10)、「表現力」は61%

から84%へ(図11)、「自ら学ぶ意

欲」では69%から81%へ、「話し

合い活動が大切」では、65%から

97%へとそれぞれ増加した(図1

2)。ロジック・ワークに取り組む

ことで、社会的事象に対し論理立

てて思考する手立てが構築され、

自信を持って個人の意見や感想を

ペア・小集団内で交換・表現する

意欲が高まったと捉えることがで

きる。当初、生徒それぞれにおいて「話し合う」

関わりに消極的であった意識から、論理立てた

発表の場を設けたことにより、生徒各人ものの

見方の違いや、それぞれがもつ気付きや考えな

どに新たな発見を見いだし、主体的に学ぶ姿勢

の高まりもうかがえる。これらの活動を通して、

自信をもった対話活動を生徒相互、小集団どう

図8 生徒HのL・W

図12 C・Tの態度の育成と社会的事象の捉え

図10 「思考力」

図9 C・T(建設的批判)の態度の育成

図11 「表現力」

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しへと発展することで、生徒それぞれが「関わり」を大切にし、「関わり」をもつことで思考

の双方向へとつながり、全体へと発展することで社会とのつながる原点とも示唆できる。

(2) クリティカル・シンキング(C・T)を取り入れた課題解決的学習の効果

① クリティカル・シンキング(C・T)の表出

本研究では毎時間、C・Tの態度の意識付け

を行いロジック・ワーク内での表出と、ロジッ

ク・ワーク記入後における共感・疑問のつぶや

きシートを活用したC・Tの表出に取り組んだ

(表5)。ここでは情報や知識を、その前提や証拠

資料を吟味したり、見落とされている視点や矛盾、

疑問を指摘することで、新たな可能性が開き、不

可能と思えることでも解決の方向性を見出そうと

する「建設的な批判」の表出について述べる。

生徒R(図13)は、第2時「持続可能な社会」

を構築する重要な要素に、他の多くの生徒が「環

境の保全」を選択し論を展開する中、「経済開発」

を選んだ。世界各国が相互依存型経済ゆえに環境

を傷つけているという視点から世界各国が自国重

視へと転換することで地球規模での持続可能な社

会が実現できるのではと表出し、ロジック・ワー

クそのものがクリティカルな視点であった。また、

生徒Iは最終時の感想から、現代社会の特色への

共感するつぶやきとして「医療技術の進歩や食生

活の充実」を挙げた一方で、「医療技術をもっていても受けられない人がたくさんいる」ことから「す

べての人が幸福に暮らせる豊かな社会を築くこと」には共感できないとし、現実多くの問題がある

ことを指摘した。これらは、社会的事象を世界的に考察し、論理的・建設的に批判が展開されて

いる。思考を表層面から基層面へと深め、C・Tが価値判断や意思決定の1つの基準となり、

解決した情報を論理的に表現していることが見取ることができる。

第4時、生徒Sは「情報化の功・罪を考え、全ての情報を丸のみにせず、自分でしっかりと

見極める必要がある。情報リテラシーを意識し犯罪に巻き込まれないように注意することが大

切」と表出し、これに対し生徒K(図14)は「自分の目で見分けられる能力、情報リテラシー

が必要である」と共感した。しかし、「情報リテラシーを教える側が犯罪側に回っていたら、だ

れが教えるのだろう?大人や親、先生?」と疑問

が生じ、さらに「生徒Sの意見に同感だが、自分

で考える力を身に付けるにはどうすればいいのか

わからない」と自問する生徒Tも表れた。本研究

5時間を通し、C・Tを取り入れた対話活動など

により、判断する意欲が93%へと高まった(図15)。

表5 「C・T」が読み取れる内容(抜粋)

図13 生徒RのL・W

図14 生徒Kの「L・W」と「つぶやきシート」

生徒M: 現代社会について学んだが、結構自分達と関係していることがわかった。身近な問題で漫湖の川などについて考えてみて、自分たちが動かないとずっと汚いまま、これから何年も重なっていくことがわかった。もっと現代社会について知らないといけないと思いました。疑問として、少子化が問題になっているのに保育園とかを増やさないのか疑問。何か問題があるとしてももっと考えるべきだと思う。

生徒T: グローバル化が大切と言っているわりに仲が悪い国同士が合ったり、(世界各国それぞれが)情報をもっと入れた方がいいともう。環境の改善策を出したのはいいけど、果たしてみんな協力していけるのかと思う。もっと呼びかけることが大切なだと思う。

生徒Y: (生徒の意見に対して)工場が増えることによって二酸化炭素が排出されて環境が悪くなるが、環境が良くないから社会の発展も経済の開発もできないことは本当なのだろうか?

生徒s: この章では、これまで自分たちが生きている時代について詳しく考えた事はなかったけど、色々な問題を自分達がこれから大人になってから解決していかないといけないと考えさせられた。

(知識の再点検)

図15 「判断力」

共感のつぶやき

疑問のつぶやき

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他者の意見を共感・疑問に考察した結果、思考が深まり社会的事象の問題点を双方向に自分事

として捉え、自分自身の矛盾や問題にも気付きが生じたことがうかがえる。

② 社会的な思考力・判断力・表現力の高まり

本研究では「クリティカル・シンキングの

態度の育成と表出」を伴う、「社会的事象に対

し論理的な捉えと考えの表出」による社会的

な思考力・判断力・表現力の高まりに注目し

た。身近な事象による課題の設定や学習形態

の工夫などにより興味・関心をもたせ課題解

決的学習に取り組み、論理的に表現できた生

徒(評価B以上)は最終5時間目において90

%に達した(図16)。また、C・Tを意識した

授業展開により「共感」や「疑い」が内在し、

建設的にC・T視点を伴う思考が醸成された

評価Aの生徒は69%であった(図17)。視点を

意識しつつ思考し論述することに難しさを感

じる生徒もいたが、生徒相互に感化しあい高

まりがみられた。「違う立場ではどうだろう」

「はたしてこの答えが適切なのか」。自らこれ

らを問うことで生徒それぞれが現代社会との

つながりを双方向的に捉えていることがうか

がえる(図18)。以上の取り組みを通し、思考

を深め、公正に判断し、論理的に表現できた

と考える。最後に、生徒Hの感想(図19)で

は、現代社会の捉えと自ら関わる姿、今後の

展望がうかがえる。今後もクリティ

カル・シンキングを適切に取り入れ、

与えられた情報や知識を鵜呑みにせ

ず、複数の視点から注意深く、論理

的に分析する能力や態度を育み、思

考し判断させ、不可能と思えること

でも解決の方向性を見つけ、より良

い社会とは何かを考え、その実現に

向けて参画しようとする資質や能力

を育む教育活動を展開したい。

Ⅳ 成果と課題1 成果

(1) 社会的事象を考察する際、クリティカル・シンキングを取り入れることで個において注意深く

観察しじっくり考えようとする態度が育まれ、また、ペア・小集団での対話活動において「共感」

と「疑問」をもたせることで思考の双方向性を生み出し、社会的事象を様々な角度から考察し理

解させ、思考を深めさせ公正に判断させることができた。

(2) トゥールミンモデルを参考にしたロジック・ワークを取り入れることで、「根拠・事実」 から

「理由」により「結論・主張」へと論理的に自分の考えを表現することができた。

2 課題

(1) クリティカル・シンキングに取り組む年間計画の位置づけと、課題解決的学習における課題設

定を社会とのつながりを意識し、生徒が習得した知識を十分活用できるような選定が必要である。

(2) 思考を形成する場面や思考を練り合う場面、意見の表出に際し、授業形態・小集団の人数、机

の配置を設定し、より社会と近くなる社会科の充実を図る。

図19 生徒Hの感想とクリティカル・シンキング

疑問のつぶやき共感のつぶやき

図17 C・Tの視点を含む「L・W」の評価推移

図16 評価B以上の「L・W」

図18 社会との「つながり」

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〈主な参考文献〉

文部科学省 2012 『言語活動の充実に関する指導事例集』~思考力,判断力,表現力の育成に向けて~【中学校版】

教育出版

文部科学省 国立教育政策研究所 2011 『評価規準の作成,評価方法等の工夫改善のための参考資料』【中学校 社会】

教育出版

小原友行・峯明秀 2011 『思考力・判断力・表現力』をつける中学公民授業モデル 明治図書

吉田高志 2010 『グラフや統計資料の読み取りの授業』 明治図書

小原友行 2009 『思考力・判断力・表現力』をつける社会科授業デザイン 中学校編 明治図書

堀内一男・大杉昭英・伊藤純郎 2009 平成20年改訂 中学校教育課程講座 社会 ぎょうせい

文部科学省 2008 『中学校学習指導要領』東山書房

文部科学省 2008 『中学校学習指導要領解説社会編』日本文教出版

鈴木健・大井恭子・竹前文夫 2006 『クリティカル・シンキングと教育』―日本の教育を再構築する― 世界思想社

「第36回全国中学校社会科教育研究大会(岡山大会)」大会要綱 2004

波頭亮 2004 思考・論理・分析―「正しく考え、正しく分かること」の理論と実践― 産業能率大学出版部

道田泰司・宮元博章 1999 『クリティカル進化論』「OL進化論」で学ぶ思考の技法 北大路書房

E.B.ゼックミスタ・J.E.ジョンソン 1996 『クリティカルシンキング〈入門編〉』 北大路書房

大森照夫・佐島群巳・次山信夫・藤岡信勝・谷川彰英 1986 『新訂 社会科教育指導用語辞典』 教育出版