社会人基礎力 · 2013-05-30 · 34 guideline april・may 2010...

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34 Guideline April May 2010 大学で育成が求められるようになった 社会で生きて行くのに必要な力 「社会人基礎力」とは、経済産業省が定めた、「人が社 会で生きて行くのに必要な基本的な力」のことで、3つ の能力・12の能力要素からなる<図表1>こうした力は、従来は課外活動やアルバイト、通常の 授業の中で育まれてきたが、核家族化や地域社会の崩壊 といった社会状況の変化の中で、子どもたちが「自然に 身につける」ことは難しくなった。また、企業側の人材 育成の余力が少なくなり、企業側から、「大学で『社会 人基礎力』のような力を身につけてきてほしい」という 要望が出るようになったことも一因である。 しかし、もともとは学問の場である大学でなぜ「社会 人基礎力を育成するのか」という疑問もあるだろう。だ が社会人基礎力は「人間性や基本的な生活習慣」を土台 にした上で、「基礎学力」や「専門知識」と一体となっ て、職場や地域社会で活躍するために必要となる能力で ある。2008年12月の文部科学省「学士課程教育の構築 に向けて(答申)」にある、「各専攻分野を通じて培う学 士力」には共通する部分がある<図表2>。社会人基礎 力を身につけることは、大学教育における教育・研究活 動の活性化にもつながるはずだ。 また、社会人基礎力の育成にあたっては、教育目標の 明確化、PBLなど課題解決型学習や学生参加型学習な どの導入、学習課題の社会との関連性、教育目標に基づ く評価などを実施することが重要である。これらの教育 プログラムの導入は、社会人基礎力以外の大学教育の中 でも推奨されていることである。すなわち、社会人基礎 力の教育プログラムで取り入れられている考え方・手法 は、大学教育改革にも役立つものであると言えよう。 教育目標の明確化がまず重要 具体的に社会人基礎力の教育プログラムの設計のポイ ントについて見てみよう。1つめは、教育目標の明確化 である。各大学で育成したい人材像を検討し、それに基 づき、大学あるいは学部・学科でそれにふさわしい教育 目標を明確化する。教育プログラムといっても、新しい プログラムを組む必要はなく、今あるカリキュラムや授 業に組み込むことで、社会人基礎力の育成を図ることが できる。 例えば、今回紹介する広島経済大学(40ページ)は、 もともと実践を重視した学びによる「人間力」育成を目 指している。広島経済大学の考える「人間力」と社会人 基礎力は目指すところが重なっており、同大では、社会 人基礎力の能力・要素を、同大の教育目標・達成目標と 関連させ、知識・スキルだけでなく、具体的な行動と結 びつけたレベルを設定した。それを、従来からある科目 の中で学生に身につけさせようとしている。 社会人基礎力の導入により 大学教育の改革を促進 ポイントの2つめは、プログラム形態である。例えば、 ①課題解決型学習(PBL) ②産学共同研究 ③実践 型インターンシップ ④ゼミナール・演習 ⑤キャリア 教育 ⑥ディベート ⑦通常の講義に組み込んで行う手 法が考えられる。もちろん、通常の講義形式でも社会人 基礎力の育成は可能だが、社会人基礎力の実践例を見る 経済産業省は、2006年2月に、職場や地域社会の中で多様な人々 とともに仕事をしていくために必要な基礎的な能力を「社会人基礎力」 と名付け、その定義や育成・評価活用等のあり方を検討しはじめた。 大学教育に社会人基礎力を取り入れる動きは、経済産業省の社会人基 礎力育成事業などを通じて、広まりつつある。 社会人基礎力 概説 社会人基礎力育成のポイント 社会人基礎力育成のポイント ………………………p34 跡見学園女子大学マネジメント学部………………p36 岐阜大学医学部看護学科……………………………p38 広島経済大学…………………………………………p40 概説 事例1 事例2 事例3 CONTENTS

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34 Guideline April・May 2010

大学で育成が求められるようになった社会で生きて行くのに必要な力

「社会人基礎力」とは、経済産業省が定めた、「人が社

会で生きて行くのに必要な基本的な力」のことで、3つ

の能力・12の能力要素からなる<図表1>。

こうした力は、従来は課外活動やアルバイト、通常の

授業の中で育まれてきたが、核家族化や地域社会の崩壊

といった社会状況の変化の中で、子どもたちが「自然に

身につける」ことは難しくなった。また、企業側の人材

育成の余力が少なくなり、企業側から、「大学で『社会

人基礎力』のような力を身につけてきてほしい」という

要望が出るようになったことも一因である。

しかし、もともとは学問の場である大学でなぜ「社会

人基礎力を育成するのか」という疑問もあるだろう。だ

が社会人基礎力は「人間性や基本的な生活習慣」を土台

にした上で、「基礎学力」や「専門知識」と一体となっ

て、職場や地域社会で活躍するために必要となる能力で

ある。2008年12月の文部科学省「学士課程教育の構築

に向けて(答申)」にある、「各専攻分野を通じて培う学

士力」には共通する部分がある<図表2>。社会人基礎

力を身につけることは、大学教育における教育・研究活

動の活性化にもつながるはずだ。

また、社会人基礎力の育成にあたっては、教育目標の

明確化、PBLなど課題解決型学習や学生参加型学習な

どの導入、学習課題の社会との関連性、教育目標に基づ

く評価などを実施することが重要である。これらの教育

プログラムの導入は、社会人基礎力以外の大学教育の中

でも推奨されていることである。すなわち、社会人基礎

力の教育プログラムで取り入れられている考え方・手法

は、大学教育改革にも役立つものであると言えよう。

教育目標の明確化がまず重要

具体的に社会人基礎力の教育プログラムの設計のポイ

ントについて見てみよう。1つめは、教育目標の明確化

である。各大学で育成したい人材像を検討し、それに基

づき、大学あるいは学部・学科でそれにふさわしい教育

目標を明確化する。教育プログラムといっても、新しい

プログラムを組む必要はなく、今あるカリキュラムや授

業に組み込むことで、社会人基礎力の育成を図ることが

できる。

例えば、今回紹介する広島経済大学(40ページ)は、

もともと実践を重視した学びによる「人間力」育成を目

指している。広島経済大学の考える「人間力」と社会人

基礎力は目指すところが重なっており、同大では、社会

人基礎力の能力・要素を、同大の教育目標・達成目標と

関連させ、知識・スキルだけでなく、具体的な行動と結

びつけたレベルを設定した。それを、従来からある科目

の中で学生に身につけさせようとしている。

社会人基礎力の導入により大学教育の改革を促進

ポイントの2つめは、プログラム形態である。例えば、

①課題解決型学習(PBL) ②産学共同研究 ③実践

型インターンシップ ④ゼミナール・演習 ⑤キャリア

教育 ⑥ディベート ⑦通常の講義に組み込んで行う手

法が考えられる。もちろん、通常の講義形式でも社会人

基礎力の育成は可能だが、社会人基礎力の実践例を見る

経済産業省は、2006年2月に、職場や地域社会の中で多様な人々とともに仕事をしていくために必要な基礎的な能力を「社会人基礎力」と名付け、その定義や育成・評価活用等のあり方を検討しはじめた。大学教育に社会人基礎力を取り入れる動きは、経済産業省の社会人基礎力育成事業などを通じて、広まりつつある。

社会人基礎力

概説 社会人基礎力育成のポイント

社会人基礎力育成のポイント………………………p34跡見学園女子大学マネジメント学部………………p36岐阜大学医学部看護学科……………………………p38広島経済大学…………………………………………p40

概説事例1事例2事例3

CONTENTS

Guideline April・May 2010 35

社会人基礎力

と、PBLなどの課題解決型学習、ゼミナー

ル・演習、産学共同研究などにおいて、他人

に対し自分たちの企画や意見を発信する場を

設けたり、他人に働きかけて協力を得なけれ

ばならないようなプログラムを設定したりし

ている例が多い。また、個人での活動だけで

なく、グループで課題に取り組ませているこ

とも多く、グループでの活動は、「チームで

働く力」を育成する上でも重要になってくる。

ポイントの3つめは、学生の取り組む課題

として、実社会と関連のある課題を与えるこ

とである。例えば、企業と共同での商品開発、

地域社会の課題解決などに、学生はやりがい

を感じるようだ。さらに、日頃学んでいる専

門知識やスキルと関連があり、学業を通して育まれた論

理的思考力が生かせる課題の設定も重要である。これに

より、学習内容と社会の関連性や、実際の課題解決のた

めにはまだ知識不足であることに気付くなど、大学で学

ぶ意欲の向上につながるからである。

自己評価や他者評価を取り入れ常に意識することで教育効果が向上

ポイントの4つめは、教育プログラムの実施だけでな

く、評価が重要な要素となっていることである。経済産

業省では、事前評価、中間評価、事後評価の3回、評価

を行うことを推奨しているが、これは、学生に自分の行

動を何度も振り返らせることで、次の課題も見えてきて、

力をより向上させることができるからである。

評価にあたっては、その力が

・レベル1:「発揮できなかった」

・レベル2:「通常の状況では発揮できた」

・レベル3:「通常の状況で効果的に発揮できた」

「困難な状況でも発揮できた」

などのレベルを設定して、評価することが効果的である。

学生の自己評価では、主観的な評価ではなく、「プロ

ジェクトでこんな困難に突き当たり、このように行動で

きたので、この力が向上した」など、具体的な行動事実

を評価シートに記入し、その上で評価することが重要だ。

このとき、指導教員や、協力企業担当者や実習先による

他者評価(評価シートへの記入や面談等)を組み合わせ

るのが有効で、自己評価を客観的に振り返る機会となる。

特に企業担当者からの評価は、学生がこれから進む社会

からの評価を受けることでもあり、貴重な経験となるだ

ろう。

最後に、社会人基礎力の育成にあたって大切なことは、

12の要素を知っておき、時々自分の行動を振り返って

確認することである。

<図表1>社会人基礎力の位置付けと定義 

コミュニケーション、 実行力、積極性等

※それぞれの能力の育成については、小・中学校段階では基礎学力が重視され、高等教育段階では専門知識が重視されるなど、成長段階に応じた対応が必要となる。

社会人基礎力

人 間 力 の 向 上 社会人基礎力(3つの能力/12の能力要素)

仕事に必要な知識や資格等

専門知識 読み、書き、算数、基本 ITスキル等

基礎学力

前に踏み出す力(アクション) 一歩前に踏み出し、失敗しても粘り強く取り組む力

物事に進んで取り組む力 主体性

他人に働きかけ 巻き込む力 働きかけ力

目的を設定し確実に 行動する力 実行力

考え抜く力(シンキング) 疑問を持ち、考え抜く力

現状を分析し目的や課題を 明らかにする力

課題発見力

課題の解決に向けたプロセス を明らかにし準備する力

計画力

新しい価値を生み出す力 創造力

チームで働く力(チームワーク) 多様な人 と々ともに、目標に向けて協力する力

自分の意見を わかりやすく伝える力

発信力

相手の意見を 丁寧に聴く力

傾聴力

意見の違いや立場の 違いを理解する力

柔軟性

自分と周囲の人々や物事 との関係性を理解する力

情況把握力

社会のルールや人との 約束を守る力

規律性

ストレスの発生源に 対応する力

ストレス コントロール力

職場や地域社会で活躍する上で必要となる能力

社会人基礎力 の能力要素の 明確化

人間性、基本的な生活習慣 (思いやり、公共心、倫理観、基礎的なマナー、身の周りのことを自分でしっかりとやる等)

プログラミング言語、情報数理科学、データベース、OSなど

文法、単語、文化など

リスニング、読解、作文/プレゼンテーション、ロジカルシンキングなど

共感する力、大きな理想を描こうとする姿勢、段取りよく物事を進めていく力、達成への意欲など

引っ込み思案、細かい点にこだわるなど

プログラミング技術、プレゼンテーション、ロジカルシンキングなど

顧客の希望をくみ取る力、段取りよく物事を進めていく力、達成への意欲など

明るい、 几帳面など

知識

スキル

→理解したものをさらに課題解  決に生かす能力<リテラシー>

コンピテンシー [行動特性]

(性格に埋め込まれた能力)

(性格・資質)

⇒社会人基礎力は、コンピテンシーを中心に、社会活動には欠かせない 「あたりまえの能力=3つの力」を抽出したもの ⇒利用の仕方は大学の独自性に委ねる

ITでいうと 英語力でいうと

「学士力」はこの部分に相当

能力抽出から定義まで、すべて大学に委ねる

<図表2>社会人基礎力と学士力の関係

36 Guideline April・May 2010

埼玉県新座市と東京都文京区にキャンパスがある跡見

学園女子大学は、1875(明治8)年、東京・神田に「跡

見学校」が設立されて以来の歴史と伝統を持つ、日本の

女子教育草分けの1つである。長らく文学部1学部であ

ったが、2002年に新たにマネジメント学部を設置。イ

ンターンシップへの参加などを軸に、学部全体で社会人

基礎力の育成を目指している。2010年3月には、「社会

人基礎力育成グランプリ2010」の決勝大会に出場した。

自律した女性の育成を目指し2002年にマネジメント学部を設置

マネジメント学部長の芝原脩次教授は、学部新設の経

緯を「社会への人的資源の供給源としての大学の使命を

果たしていくにはどのような教育を行ったらよいか、と

いう問題提起から始まり、そのキーワードとして、マネ

ジメントという言葉が挙がりました。企業で、生活の中

で、自分自身の人生においてマネジメント力を発揮でき

る、自律した女性を育成するのが目的です」と語る。

マネジメント力を発揮できる人材の育成のため、専門

知識だけでなく、全学共通科目の「社会人形成科目」を

設けている。「ライフプラン・キャリアプラン」「ソーシ

ャルマナー」、学祖である跡見花蹊に学ぶ「花蹊の教育

と女性の生き方」などの科目を設置し、社会人としての

マナー教育にも力を入れている。

芝原教授は、「まずは、挨拶や身だしなみ、約束を守

るといった人としての基本を身につけることが大切」と

言い、その上で、個々の学生の力を伸ばしていこうと考

えている。「現在、少子化やユニバーサル化によって、

大学には多様な学生が入学するようになり、本学も決し

て例外ではありません。よって大切なのは、大学入学時

の偏差値ではなく、マナー等も含めどれだけ力をつけて

卒業するかという卒業偏差値なのです」(芝原教授)

また同時に、「現在の大学入試は、学生の能力の一部

で合否を判定しています。しかし、学生は高校で多くの

教科を学んできていますし、その他の活動を通して、自

分が興味あることややりたいことといった、さまざまな

“火種”を持っているはずです。本学では、その火種を

消さずに育てていこうと考えています」と抱負を述べる。

ゼミで1年間に50のプロジェクトを設定プロジェクトを繰り返すことで力を伸ばす

マネジメント学部では、「教養教育」「理論教育」「専

門教育」「実践教育」「人間教育」という5つの教育理念

を持ち、具体的な目標として以下の3つを掲げている。

① 社会が求めている人材像と「3つのスキル」

② キャリア形成のための「3つのワーク」

③ 社会人基礎力養成の「3つの能力と12の能力要素」

そして、芝原教授は、これらの目標の達成には、理論

と実践の場が必要であるという方針のもと、「学生の火

種を育てるには、『場』と『機会』をたくさんつくるこ

とが重要である」という考えで、ゼミ活動における「プ

ロジェクト」を実施している。

芝原ゼミでは、2年次の「起業家精神」、3・4年次

の「女性活躍の条件研究」という全員参加のテーマのほ

か、「SHIBAゼミ 50のプロジ

ェクト」として、プロジェクト

A「学外&産学連携プロジェク

ト」、B「大学/学部プロジェ

クト」、C「ゼミ内プロジェク

ト」の3つの領域あわせて50

以上のプロジェクト(PJ)を

設定し、57名(2009年度)す

べてのゼミ生が複数のプロジェ

学生自身が社会人基礎力を意識しながら多くのプロジェクトに関わる

跡見学園女子大学 マネジメント学部大学事例1

芝原脩次教授

PJ-A:【学外&産学連携プロジェクト】 経済産業省:「社会人基礎力育成グランプリ2010」 読売新聞社主催:「ベースボールビジネスアワード2009」 「文京さくらタウンズ」企画運営 「文京グルメマップ」刊行 新座市商工会:「産業フェスタ」 新座市:「ウォークラリー」 

PJーC:【ゼミ内プロジェクト】 ゼミ役職・分担決定(全員担当就任制)  チューター任命<後輩指導>   ゼミキックオフ懇親会 

ゼミ論文作成<20,000字>&学年別・ゼミ論文集発行  「卒業生送別旅行」PJ 「魅力ある会社設立」: ~女性活躍の条件100」~ (2009年度:SHIBAゼミ・チーム活動最終提案/3チーム)

 「踊る大捜査線」グループワーク&発表  「女性起業家」研究   「女性活躍の条件」 「マネジメント」P.Fドラッガー  「人を動かす」   「ワークライフバランス」  「MBA:人と組織のマネジメント」 

PJーB:【大学/学部プロジェクト】 学園祭・紫祭模擬店:2/3/4年 三店舗出店 文京フェスタ「ゼミ・演習活動報告会2009」 ATOMIアカデミア(新入生合宿):企画運営 「魅力ある大学つくりへの提言」PJ    

<図表1>「SHIBAゼミ 50のプロジェクト」より抜粋

Guideline April・May 2010 37

社会人基礎力

クトに参加して仕事を分担し、プロジェクトの企画、運

営、予算管理を行っている<図表1>。

プロジェクトAについては、例えば、1・2年次のキ

ャンパスが立地する新座市の「産業フェスタ」や「ウォ

ークラリー」などへの参加がある。「実は、せっかく新

座にキャンパスがあるにもかかわらず、学生は駅からバ

スで大学に通うだけという状況がありました。そこで、

2年間新座で過ごしたという実感をもってもらいたいと

いう思いから街のイベントに参加することにしました。

3・4年次になると、新座での経験を活かし、文京区の

活性化プロジェクトなどに取り組みます」(芝原教授)

また、読売新聞社主催の「ベースボールビジネスアワ

ード」には、2年生から4年生までが学年別のグループ

を作って参加したが、2年生が優勝したため、上級生は

奮起したということがあった。一方、学園祭にそれぞれ

の学年が模擬店を出したところ、上級生の手際のよい決

算を下級生が見習うといったこともあり、学年を超えた

切磋琢磨も実現している。

こうしたプロジェクトを芝原ゼミの3年間で何度も経

験し、社会人として求められている力をスパイラル的に

高めていこうというのが狙いである。

社会人基礎力が伸びた点を学生自身が分析学年により要素の定義の成熟を実感

そして、経済産業省の「社会人基礎力育成グランプリ

2010(主管:河合塾)」への参加も、芝原ゼミのプロジェ

クトの1つである。

芝原ゼミでは、社会人基礎力がどの程度学生に身につ

いたかを評価するために、これまで行ってきたすべての

プロジェクトについて、それぞれの学生が、各プロジェ

クトの事前、中間、事後について、①自分の状態や、プ

ロジェクトを行った結果どんな力が伸びたか、その理由

を具体的に記述し、②すべてのゼミ生の記述からどんな

力が伸びたかを社会人基礎力の12の要素に分類して学

年ごとに集計し、③57名のゼミ生それぞれが言葉の意

味を考え、④学年別で多かったキーワードを挙げ、⑤傾

向を分析している<図表2>。

この結果浮かび上がったのは、学年によって社会人基

礎力の意味が変化し、また深化していることである。例

えば、「アクション(働きかけ力)」。2年生の働きかけ

力の意味として、「呼びかける」「巻き込む」が挙がって

いる。つまり、「私が動いていいの? 誰かがやってく

れるんじゃないの?と、当事者意識が薄い状態です」

(芝原教授)。ところが3年生になると、他人への依存が

少なくなり、とりあえず何らかの行動を起こすことがで

きるようになる。そして4年生になると、自分の行動の

影響や、反響を想定した上で行動を起こすことができる

ようになる。このように、ただ巻き込むのではなく、誰

を対象としているのかを考えて働きかけられるように、

学年が上がるにつれて社会人基礎力が深化している。

「チームワーク」も、2年生は仲良くプロジェクトを

行えれば「うまくできた」と考えるが、学年が上がると、

それぞれが自分の担当する仕事をきちんとこなした結果

プロジェクトが成功したことで「チームワークが発揮で

きた」と感じるようになる。つまり、「自分自身の行動

を考える」から「起こった現象そのものと向き合う」と

いう意味へ変化しているということだ。

「社会人基礎力の要素1つ1つの理解が、学年が上が

るにつれて深まり、より高いレベルの力が発揮されて

『上手くできた』と達成感が得られるようになるという

ことを、学生自身が気付いた点がよかったと思います。

さらに、集めた情報を分析してそこから何かを読み取る

という力は、社会で必要な力の一つでもあります」(芝

原教授)

今後は、今回の学生の分析を通して明らかになり、芝

原教授も感じていた「シンキングが弱い」という点を克

復すべく、企業との協働による商品開発などを取り入れ

て考える楽しさを伝えたり、理論面の授業をさらに強化

したりして、理論に裏付けされた実践的な提案ができる

力を伸ばしていきたいという。

学部全体としても、2年次必修のインターンシップへ

の参加を軸として、さらに2010年度からはゼミ論文を

必修とし、情報収集力や分析力を育成することで、社会

人基礎力を育成していきたいと考えている。

<図表2>12要素の意味の学年別傾向(抜粋)

働きかけ力

計画力 発信力

状況把握力

2年生 3年生 4年生 呼びかける 巻き込む 計画を立てる 計画に対して忠実・明確に取り組む 自分の言いたいことを伝える 自ら進んで伝える

的確に伝える 未来のことを踏まえた状況予測

動かす 巻き込む 導く 目的・目標までの過程 将来などを考える長期的スパン スムーズ 自分の情報や考えを伝える 思っていることを伝える アイディアが浮かんだら伝える 今どのような状況かを理解する力

情報収集をする 人に言われる前に気付く

巻き込む (対象を考えている) 段階を考える

リスクを考える 先を見据える

自らの意見や考えを伝える みんなにわかりやすく伝える その人にあった形で情報を伝える 常に周りの状況を知っておくこと 誰に何を頼んだらいいかわかる もの・ヒトともに理解している

38 Guideline April・May 2010

者の発達段階(青年期、老年期など)や病気の特徴、治

療法や今に至るまでの状態の変化などを、事前学習、カ

ルテ、患者との会話などによって理解した上で、よりよ

い療養生活を送るための看護援助を行う。

4年次の「地域看護学実習」「在宅看護学実習」「老年

看護学実習Ⅱ」では、実習の場を病院から地域に移し、

保健所や保健センター、訪問看護ステーション、介護老

人保健施設における看護援助について考えていく。

「実習では、社会人基礎力で言うところの、患者さん

への『働きかけ力』や、患者さんや自分自身の『課題発見

岐阜大学は、「豊かな人間性と学識を養い、判断力、企

画・構想力、行動力に富む人材の育成」を目指している。

2009年度には、経済産業省「体系的な社会人基礎力育

成・評価システム開発・実証事業」に採択され、岐阜大

学の教育目標である、「行動力」を社会人基礎力で言う

“前に踏み出す力”に、「判断力」を“考え抜く力”に、

「企画・構想力」を“チームで働く力”に対応させ、教育

システムの構築を目指している。

今回は、医学部看護学科の杉浦太一教授に話を聞いた。

社会人基礎力を取り入れた看護の臨地実習を実施

社会人基礎力育成・評価プログラムは「インターンシ

ップ、卒業研究等における実践型学習の教育プログラム

の開発と検証」「初年次の基礎教育における通常科目の

中での、社会人基礎力育成につながる教育プログラムの

開発と検証」など5つの取り組みから成るが、今回は、

医学部看護学科の「入学から卒業までの体系的な科目等

の中での社会人基礎力育成と評価」を紹介する。

他の大学では社会人基礎力育成にあたって、実践的な

学習プログラムを導入する場合が多いが、看護学科は病

院等での実習が多く、もともと社会人基礎力に相当する

力が要求されてきた。そこで、社会人基礎力の12要素

に医療人として大切な「倫理性」を加えて、2年次以降

の臨地実習の中で、学生が意識して社会人基礎力を発揮

することを通して成長することを狙った<図表1>。

臨地実習を概観すると<図表2>、1年次の「初期体

験実習」では、4週間にわたり週に1日ずつ4カ所の施

設を訪問して、看護活動の場に関わる人々や看護の対象

となる人々と接する体験から、看護を学ぶ基礎をつくる。

2年次には、11月中旬から12月の中旬にかけて2週

間の「基礎看護学実習」がある。これは、学生が初めて

1人の患者を受け持ち、患者がよりよい療養生活を送れ

るような看護援助をするものである。

3年次には、2週間で完結する「母性看護学実習」

「小児看護学実習」「老年看護学実習Ⅰ」「精神看護学実

習」と、4週間で完結する「慢性期看護学実習」「急性

期看護学実習」を行う。これらの実習では、受け持ち患

社会人基礎力を臨地実習に取り入れ、他者評価を実施岐阜大学医学部看護学科大学事例2

<図表1>看護学科における社会人基礎力の能力要素の意味

主体性

働きかけ力

実行力 課題発見力 計画力 創造力 発信力

傾聴力 柔軟性

状況把握力 規律性

ストレス コントロール力 倫理性

分類

前に 踏み出す力 (アクション)

考え抜く力 (シンキング)

チームで 働く力

(チームワーク)

倫理

能力要素 能力要素の意味 看護の知識や能力を向上させるため、自らの意志で積極的に学習を進め、実習に取り組むことができる力 看護を必要とする対象に、協働して健康問題に取り組むよう声をかけることができ、自らの実践に加えて、指導者・教員・グループメンバーなど周囲を巻き込んで実習(学習)を進めることができる力 対象の個別状況に即して目標や計画を変化させ、事故・感染防止に留意しながら、確実に看護を実践し、問題が解決するまで取り組むことができる力 対象の身体面、心理・社会的側面を踏まえて現状を分析することができ、対象に必要な健康上の問題について明らかにすることができる力 対象の健康上の問題を解決するために、その個別状況に即した具体的・実践的な解決の方法を明らかにすることができる力 対象の個別状況の変化や看護実践の成果をふまえて、看護実践をより効果的・発展的に展開するため、感性を生かした新たな介入方法を提案することができる力 指導者・教員の指導場面やグループメンバーとの話し合いの場面で、自分の意見を論理的に整理し、相手が理解しやすいようにその反応を見ながら、スピードや言葉遣いに配慮し、筋道を立てて伝えることができる力 相手の発言を促す質問をしたり、合視して相槌をうつなど、自らの表情や聴く姿勢を配慮して話しやすい雰囲気を作り、相手の意見や考えを最大限引き出し、丁寧に聴くことができる力 自らの考えにとらわれることなく、意見の違いや立場の違いを理解し、冷静かつ円滑な議論を通して、最終的には決まった方針に従い、最善の結果が出るように努力することができる力 多方面の事実状況から、自分と周囲の人々や物事との関係性を理解し、全体的な視点で、自分の果たすべき役割を把握し、他職者との連携を視野に入れて、チームにとって最適な行動を実行できる力 社会人として、さまざまな場面での良識やマナーの必要性を理解し、ルールを守り、自らの行動だけでなく、周囲への影響を考えて責任ある模範となる行動をとることができる力 ストレスの発生源になる事態が生じたとき、その原因を自ら突き止めて取り除いたり、適切な人に支援を求めるなどにより、葛藤を克服することができる。ストレスを成長の機会と前向きにとらえることができる力 絶えず相手の立場に立って、対象に不利益や苦痛が生じないように、意思決定や権利を尊守し、自己批判を繰り返しながら行動することができる力

※「倫理」は看護学科にて追加

Guideline April・May 2010 39

社会人基礎力

力』、看護援助を考える『計画

力』、それを実行する『主体性』

や『実行力』に加え、受け持

ちの患者さんやその家族だけ

でなく、実習先の病棟の看護

師や医師との人間関係、すな

わち『チームで働く力』に含

まれる要素が非常に重要にな

ります。学生同士も友達とし

てだけでなく、実習で助け合

う仲間としての人間関係が大切になります」(杉浦教授)

向上した力はストレスコントロール力

評価については、実習の評価とは別に社会人基礎力育

成の評価を行った。2年生は、実習前に事前評価シート

に自己評価を記入し、これまでの自分を振り返るととも

に、実習を通じて社会人基礎力のどの力を身につけたい

かを記入した。

実習中も週1回自己評価を記入し、実習終了時には自

己評価だけでなく実習担当教員と臨床指導者による他者

評価を取り入れた。さらに、すべての学生が実習を終え

たあと、2年生全員を集めて事後評価の記入と振り返り

を行い、社会人基礎力の発揮についての学びを小グルー

プで共有できる場を設けた。

3年生は、6つの実習をローテーションしながら冬休

みを挟んで16週間かけて行うが、今回の社会人基礎力

育成の評価は半分の8週間(4週間の実習と2週間の実

習2つ)が終了した時点までとした。事前評価シートは

2年生と同様に記入し、実習中も週1回自己評価を行い、

実習の切れ目には中間評価として自己評価だけでなく実

習担当教員と臨床指導者による他者評価を行った。事後

評価の記入と振り返りは、2年生と同様に、実習とは別

の日に3年生全員を集めて行った。

社会人基礎力を取り入れた成果として、「『評価シート

に文字として書くことで、社会に出て必要になる力が意

識できた』という学生もいました。また、『社会人基礎

力は病棟スタッフにも身につけてもらいたい』という病

院もありましたので、こういう力の重要性は皆感じてい

るところだと思います」と杉浦教授。

また、実習前に学生が「身につけたい」と考えた社会

人基礎力の要素は、2年生は計画力、3・4年生は発信

力が最も多かった。実習の結果「向上した」と学生が考

えた力は、2年生は「働きかけ力」「実行力」「計画力」

「創造力」、3年生は「働きかけ力」、4年生は「主体性」

「創造力」「発信力」であった。そして、3学年に共通し

て向上していた力は「ストレスコントロール力」であっ

た。「グループメンバーと話してストレスが発散できた、

ひたすら寝た、家族に話したなど、ストレスをコントロ

ールする方法を見つけるとともに、仲間のありがたさも

実感できたようです。看護師の仕事の大変さや離職率の

高さを鑑みても、ストレスコントロール力は非常に大切

です」(杉浦教授)

社会人基礎力は、継続して意識し続けることこそが大切

杉浦教授は、社会人基礎力の大切さを実感しながらも、

育成・評価プログラムとして看護学科に導入することの

難しさを指摘する。「学生は実習中、それぞれの実習で

課題として出されている実習記録の作成に加え、社会人

基礎力の評価シートに自己評価を記入しなくてはなりま

せんし、教員も実習受け入れ先病院の担当者も、通常の

業務を行いつつ、学生の指導と実習の評価をするわけで

す。その上で外部評価者が社会人基礎力の評価をするこ

とは、非常に大きな負担となります。また、実習受け入

れ先病院は、2~4週間という短い期間で次々と異なる

学生を受け入れるため、個々の学生を継続的に見て成長

の過程を把握することは困難です」

実習各時期の自己評価においても、2年生は初めての

実習のため、実施できたことに対する達成感が大きく、

実習後に力が伸びたと感じる学生は多いが、3年生にな

ると、さまざまな発達段階や病気の特徴によって看護の

難しさに直面するため、実習によって力の伸びにばらつ

きが出る。「例えば、子どもが苦手な学生は小児看護学

実習で苦労しますし、精神看護学実習も難しいですから、

学生の自己評価が落ち込むこともあるのです」(杉浦教授)

そのため、杉浦教授は、「今後の社会人基礎力育成の

取り組みについては未定」としつつ、「個人的には半年

に1回くらいの割合で自己評価を行うのはいいことだと

思います。ただし、臨地実習だけで社会人基礎力を育成

するということではなく、大学4年間を通して、あるい

は社会人になってからも社会人基礎力を意識して行動

し、自分がどう変わっていくかということこそが、大切

であると思います」と意識化が重要であることを指摘し、

締めくくった。

<図表2>実習科目の構成と単位

実習科目 初期体験実習 基礎看護学実習 母性看護学実習 小児看護学実習 慢性期看護学実習 急性期看護学実習 精神看護学実習 老年看護学実習 Ⅰ 老年看護学実習 Ⅱ 地域看護学実習 在宅看護学実習 ※助産学実習 Ⅰ(選択) ※助産学実習 Ⅱ(選択)

1 学年 2 学年

3 学年 4 学年

年次

40 Guideline April・May 2010

1967年に設立された広島経済

大学は、経済学部に経済学科、

経営学科など5学科を擁してい

る。2006年度に大幅なカリキュ

ラム改革を行い、実践を重視し

た学びによって「人間力」を育

成することを目指し、その拠点

となる興動館を設立して「興動館教育プログラム」を始

動させた。2008年には、経済産業省の「体系的な社会

人基礎力育成・評価システム構築事業」(以下、「社会人

基礎力育成事業」)に採択された。

今回は、社会人基礎力を育成する「興動館教育プログ

ラム」を中心に、同大学の教育内容について、興動館・

友松修課長補佐に話を聞いた。

企業が必要とする人材育成を目指し「興動館教育プログラム」を創設

「興動館教育プログラム」運営を担う友松修氏は、「そ

もそもの出発点は、社会科学系の大学として、授業は講

義ばかりでいいのかという問題意識だった」と振り返る。

その問題意識の下、大幅なカリキュラム改定を行う2年

前の2004年、現理事長を中心とする「新しい教育プロ

グラムを考える会」が立ち上がった。

「企業が新卒者を採用する際に重視するのは、自分で

考えて答えを導き出す力やチームで課題に取り組む力な

どであるのに対し、大学が重視するのは専門分野に関す

る知識であるなど、両者のギャップも問題です。また、

本学では、営業などコミュニケーション能力や協調性が

求められる職業に就く学生が多いという現状も鑑み、も

っと実践的な授業を行い、さらに学んだことを多くの場

で学生に経験させなければならないと考えたのです」

(友松氏)

検討の結果、掲げた教育目的が、「ゼロから立ち上げ

る興動人の育成」(「興動人こうどうじん

」とは造語で、自分から動き

を興せる人物のこと)である。そして興動館教育プログ

ラムを中心とした「人間力開発プログラム」とともに、

「プレゼンテーション能力開発プログラム」、教養や専門

科目等による「基礎知識開発プログラム」を併せて、実

社会で活躍できる人材育成を目指している<図表1>。

「興動館教育プログラム」は「興動館科目」と「興動

館プロジェクト」から成り、「人間力」として「元気力」

「企画力」「行動力」「共生力」の4つのフィールドを定

めている<図表2>。例えば、企画力フィールドにおい

て、日本史が専門の教員が担当する「瀬戸内海地域の魅

力を発信しよう」では、学生が旅行代理店になったと仮

定して瀬戸内海旅行の企画を立てるという内容などがあ

る。このように教員が自らの専門分野に立脚して学生の

力を伸ばす授業を展開している。

そして「興動館科目」は、全29科目中、「ビジネス・

シミュレーション・ゲーム」など企業研修で行われるよ

うな内容の5科目を除き、すべて専任教員が担当してい

るのが特色である。

学生自身の発案による取り組みを支援する「興動館プロジェクト」

「興動館科目」と両輪を成す「興動館プロジェクト」

は、学生が主体となってさまざまな活動にチャレンジす

実社会で活躍できる能力の育成を目指しカリキュラム改革興動館教育プログラムを核に、社会人基礎力を育成

広島経済大学大学事例3

友松修氏

<図表1>広島経済大学の教育目標と教育プログラム

教育目標

「ゼロから立ち上げる」興動人の育成

実社会で活躍できる能力を育てる3つの教育プログラム

人間力開発プログラム 興動館科目/興動館プロジェクト

興動館教育プログラムによる 実践を重視した4つの科目フィー ルドと プロジェクト活動で「人間力」を培う。

プレゼンテーション能力 開発プログラム 入門ゼミ/演習Ⅰ・Ⅱ

少人数の演習授業で、 自分を表現する 能力を身につける。

基礎知識開発プログラム 専門科目/共通科目/

キャリア科目/能力開発科目 幅広い分野を学び、

社会人として必要な学識を養う。

興動館教育プログラムー体験を重視した学びで人間的な成長を目指すー

こうどうじん

Guideline April・May 2010 41

社会人基礎力

ではないか」との問題

意識が生まれていた。

そこで、2008年に社会

人基礎力育成事業に応

募し、採択された。

2008年度に社会人基

礎力の育成・評価を行

ったのは、「興動館科

目」後期開講の全18

科目と、「興動館プロ

ジェクト」のうち、企

業等外部評価の可能な

「プロスポーツによる

地域活性化プロジェクト」(Jリーグの株式会社サンフ

レッチェ広島に協力依頼)と「子ども達を守ろうプロジ

ェクト」(広島市立祇園小学校に協力依頼)の2つであ

る。授業やプロジェクトは従来通り行うが、評価のため

に、「人間力マップ」や「プログレスシート」などの評

価システムを作成・導入した。

「人間力マップ」は、興動館の「人間力」と「社会人

基礎力」を対応させた上で、それぞれの要素について、

その力がない「レベル0」から社会人レベルの「レベル

3」までの4段階に設定したものである<図表3>。

ポイントは、社会人基礎力で提示された能力・要素を、

同大の教育目標・達成目標と関連させ、かつ、知識・ス

キルだけでなく、具体的な行動と結びつけてレベルを設

定したことである。例えば、社会人基礎力の「働きかけ

力」について、レベル0は「他者への積極的な働きかけ

などは苦手だ、経験もない」、レベル1は「他者に相談

することの重要性や利点がわかる、相談できる」、レベ

ル2は「報告、連絡、相談などをタイミングよくできる」

といった行動に落とし込んでいる。また、興動館科目につ

いては、科目別に社会人基礎力の中のどの能力・要素を、

どの程度のレベルまで修得するかの目標を定めている。

学生は、4段階のレベルが設定された「人間力マップ」

を参照しながら、実施期間の事前・中間・事後の3回、

「プログレスシート」に自分のレベルを記入し、さらに

前回とレベルが変わった場合はその理由を記入してい

る。

友松氏は「以前から学生の自己評価は行っており、

『力が伸びた』と回答する学生は多かったのですが、そ

れは主観的な評価にすぎませんでした。しかし人間力マ

「学んだことをプロジェクトの場で実践する」

興動館科目 元気力 フィールド

興動館プロジェクト

人間力 企画力 フィールド

行動力 フィールド

5つの条件 (1)少人数(原則として   50名以内) (2)双方向授業 (3)体や手を動かす (4)フィールドワーク重視 (5)発表重視

主催プロジェクト 大学が主催する プロジェクト

共生力 フィールド

(1)国際交流・社会貢献・地域活性・経済活動などで、学生同士が集団で活動して何かを達成する

(2)プロジェクトの全般で学生が主体的に活動する

(3)実社会で必要な人間力を養い、「ゼロから立ち上げる」興動人として活躍する人材を育成する

(4)コーディネーター(教職員19名)

公認プロジェクト 学生からの申請による プロジェクト

準公認プロジェクト 学生からの申請による プロジェクト

◆興動館科目 ①科目数:29科目36クラス ②履修者数:約1.000名     (2009年4月現在)

「プロジェクトの場で必要性を実感し学ぶ」

◆興動館プロジェクト ①プロジェクト数:21プロジェ クト ②プロジェクト参加者数:約350名        (2009年4月現在)

興動館教育プログラム

<図表2>興動館教育プログラムの概要

るものである。規模や内容に応じて1プロジェクトにつ

き大学から最高1,000万円の活動費が援助される。

「主催プロジェクト」は、国際交流、社会貢献、地域

活性、経済活動の4つのプロジェクトがある。例えば、

2006年の「国際交流」では、インドネシアに姉妹校が

あることから、学生による発案・企画で、ジャワ島中部

地震で被災した工場を支援しようと、携帯電話のケース

など日本で売れそうな商品を、革製品や木製品の工場に

提案・発注し、日本に輸入して販売し、利益を工場に還

元した。「経済活動」は、興動館敷地内にあるカフェの

経営全般のほか、学生の発案で、カフェの店舗を地域住

民によるバザーやフリーマーケット、コンサートなどの

場としても活用している。

興動館プロジェクトの特徴は、「失敗しそうでも教職

員は口を出さない」ことである。インドネシアから製品

を輸入する際、書類の不備で輸入できず、学生は通関手

続きを学んで再申請したことがあった。「学生にとって

は、失敗も大切な経験なのです。失敗したときに語りか

ける言葉や学びは、乾いたスポンジが水を吸うように吸

収します」(友松氏)

学生の主観的な自己評価ではなく学生の「行動」でレベルを設定

こうした中、2007年、経済産業省が社会人基礎力育

成事業をスタートさせた。社会人基礎力の3つの能力・

12の能力要素は、興動館が育成を目指す「人間力」と

重なっている。また、同大でも「プログラムをさらに進

化させていくためには、プログラムを通して学生にどの

ような力がどれだけついたかを測る評価システムが必要

42 Guideline April・May 2010

ップによって、学生は漠然とした概念ではなく、社会で

は何ができる力が求められているか、そして現在の自分

はどのレベルにあるかを客観的に認識できるようになっ

たのです」と分析する。

このような評価システムを通じ、「興動館プロジェク

ト」の効果が一層高まることが実証されたため、2009

年からは、評価システムを「興動館科目」全科目(約

29科目36クラス)と、すべての「興動館プロジェクト

(21プロジェクト)」に広げて導入している。

全学的に「興動人」=「社会人基礎力」を育成するのが今後の目標

現在、「興動館科目」の受講者は、全学生約4,000名中

延べ約1,000名、「興動館プロジェクト」参加者が約350

名である。このため、「興動館プロジェクト」によって

実現される「興動人育成」=「社会人基礎力育成」を全

学に広げていくのが、当面の課題である。

「興動館教育プログラムに参加していなくても、クラ

ブ活動やインターンシップ、留学プログラムなどに参加

している学生はよいのですが、意欲の低い学生の主体性

をどう育てるかが問題です。多くの学生が履修できるよ

うに、『興動館科目』の科目数を増やしたり必修化した

りする案もありますが、それには学士課程教育の大幅な

カリキュラム改革が必要で、一朝一夕に実現するもので

はありません。難しい課題ですが、今、よい方法を探っ

ているところです」(友松氏)

さらには、「『興動館プロジェクト』が意図するところ

を、大学教育・大学生活のすべてを通して実現するのが

最終的な目標です」と、友松氏は語る。

「まだ先の話ですが、例えば、『プログレスシート』は

他の授業でも有効に使えると思います。以前より、基礎

ゼミで『夢チャレンジシート』を導入し、入学時には過

去の自分と現在の自分の興味や、やりたいことなどを記

入し、学年が上がるたびに、1年間で自分がしてきたこ

と等について記入させて、卒業後の進路やキャリア観を

深めさせています。『夢チャレンジシート』と『プログ

レスシート』を融合させ、それを用いて『興動館教育プ

ログラム』と他の授業、クラブ活動、アルバイト等、大

学生活のすべてについて、どこで何をしたかによって、

『人間力』=『社会人基礎力』のうちどんな力が伸びた

か、将来のどんな夢が芽生えたかを記録する仕組みを作

る、ということもできると思います。『興動館プロジェ

クト』はおかげさまで諸方面から高い評価をいただいて

いますが、まだまだ未完成。今後も改良を重ねていきた

いと考えています」(友松氏)

<図表3>広島経済大学「人間力マップ」より興動館教育プログラム――

『ゼロから立ち上げる』興動人の育成

「人間力」 4つの力 教育目標 達成目標 内容

社会人基礎力

知識・スキル・行動 レベル0

12の 能力要素

知識・スキル・行動 レベル1

知識・スキル・行動 レベル2

知識・スキル・行動 レベル3

元気力

行動力

広島経済大学『人間力マップ』学生用

自分の可能性の引き出しを開け、行動に向かうきっかけをつかむ

失敗を恐れずに挑戦する力、失敗しても再びチャレンジする粘り強い精神力を養う

①失敗から元気に立ち上がるための意欲・気概を持つ ②自分の長所を発見し、自分の将来に展望を持つ

①失敗を恐れず、ねばり強く挑戦する力を持つ ②行動するための手順や方法を考え、実践する力を持つ

主体性

働きかけ力

実行力

物事に進んで取り組む力

他人に働きかけ巻き込む力 目的を設定し確実に行動する力

○自分が生きることの意味や具体的な目標などはあまり考えたことがない ○他者への積極的な働きかけなどは苦手だ、経験もない ○特にこれといった目的、目標などは持っていない、あまり考えない

○他者の体験談や双方向の対話などを通じて、自分が生きることの意味を考える ○自分の長所を発見する、意識する ○他者に相談することの重要性や利点がわかる、相談できる ○いろいろな場面ごとに目的や目標を設定できる

○自分の長所を発揮する、伸ばすことができる ○自分なりの生き方を表現する 例(何かを始めたり、生活・行動を変えたりする) ○報告、連絡、相談などをタイミングよくできる ○自分の仮説を持ち、他者に相談できる

○目的や目標達成のために何をなすべきか考え行動できる 例(やるべきことを書き出したり、順序付けられる)

○自分の将来を見据え、やりたいこと、やるべきことを発見する ○やるべきことを行動計画として表現できる ○フィールドワーク等での問題解決にあたり、計画の実行のために周囲を巻き込み、解決策を提案したり実際に解決できる 例(年長者や外部関係者と交渉したり、依頼、説得したりできる) ○目的や目標の設定とともに、具体的な行動ステップを常に念頭において物事にとりかかれる 例(どのくらいの時間がかかるのか、費用がかかるのかなどを想定できる)

※人間力マップには、他に「企画力」「共生力」がある