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76 (東女医大誌 第35巻 第3号頁 270-272昭和40年3月) 石灰化上皮腫の1例特にその成分について 東京女子医科大学皮膚科教室(主任 中村敏郎教授) 助教授 青 ア才 ヨシ 大学院学生田口順子・池沢英子 グチ ヨリ イケ ザワ エイ 東京女子医科大学口腔外科教室(主任 村瀬正雄教授) 才カ ミツ ヒロ (受付 昭和40年1月11日) はじめに 本誌第33巻第5号(昭和38年5月)に青木・ 他1)は石灰化上皮腫の症例増補を行ない,簡単な がら文献的総括をこころみた.最近ふたたび本症 の1例を経験し,その腫瘍成分について前回同様 X線回折曲線たよる検査を行ない興味ある所見を 得たので報告する. 自家症例 患者:20才の女子.既往歴,家族歴に特別のことはな い. 現病歴:初診約2年半前に右眉毛部上方に硬いが無 痛性の小結節をふれた・次第に大きくなり皮膚表面より 明らかに認められるようになり,外来を訪れた. 現症:全身所見;体格,栄養ともに中等度.胸 腹部内景に病的所見を認めない.血液所見も全く 正常で,血清化学的検査においても総タンパク, AIG比, Na, KおよびCa値(10.5mg/d1)に も変化は認められず,尿所見も正常であった. 局所々見;右眉毛の1/2眉頭側の上:方に示指頭 大で横にやや細長い,半球状より多少扁平な膨隆 を認めた.表面は平滑で正常皮膚色であるが皮膚 は緊張し軽度の光沢を有し膨隆下方より上方に走 る2条の毛細血管を認めたほか発赤,萎縮,およ び色素沈着はなかった(写真1).触診により硬 く,皮膚と癒着するが皮下組織に対しては可動性 を示した. 摘出腫瘍の病理組織学的所見=腫瘍は皮膚とは かなりの広範囲に癒着を示したが,皮下脂肪組織 からは容易に剥離摘出できた.腫瘍は硬く,淡褐 色,1.5×1.3×O. 8cm,0.149の大きさを示 し,薄い線維性の被膜に被われて,横に線状の浅 い溝があり,被膜を破るとこの部分はもろく,数 個の大小の塊りにこわれた(写真2), 組織学的所見;腫瘍の主体であるBasalioma 状の大小の胞集はヘマトキシリン6エオジン染色 で,その殆んどがエオジンに紅染する上皮性の細 写 真 1 Ye shie AOK1, Yoriko TAGUCHI, Eiko IKEZAWA(Department of Medical College) & Mituhiro OKADA (Department of Oral Surgery, lege): A Case of caltified epithelioma. 一Especially on its chemical 一 270 一

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(東女医大誌 第35巻 第3号頁 270-272昭和40年3月)

石灰化上皮腫の1例特にその成分について

東京女子医科大学皮膚科教室(主任 中村敏郎教授)

助教授 青 木 良 枝 ア才 キ ヨシ エ

大学院学生田口順子・池沢英子 タ グチ ヨリ コ イケ ザワ エイ ;

東京女子医科大学口腔外科教室(主任 村瀬正雄教授)

岡 田 充 弘 才カ ダ ミツ ヒロ

(受付 昭和40年1月11日)

はじめに

本誌第33巻第5号(昭和38年5月)に青木・

他1)は石灰化上皮腫の症例増補を行ない,簡単な

がら文献的総括をこころみた.最近ふたたび本症

の1例を経験し,その腫瘍成分について前回同様

X線回折曲線たよる検査を行ない興味ある所見を

得たので報告する.

自家症例

患者:20才の女子.既往歴,家族歴に特別のことはな

い.

現病歴:初診約2年半前に右眉毛部上方に硬いが無

痛性の小結節をふれた・次第に大きくなり皮膚表面より

明らかに認められるようになり,外来を訪れた.

現症:全身所見;体格,栄養ともに中等度.胸

腹部内景に病的所見を認めない.血液所見も全く

正常で,血清化学的検査においても総タンパク,

AIG比, Na, KおよびCa値(10.5mg/d1)に

も変化は認められず,尿所見も正常であった.

局所々見;右眉毛の1/2眉頭側の上:方に示指頭

大で横にやや細長い,半球状より多少扁平な膨隆

を認めた.表面は平滑で正常皮膚色であるが皮膚

は緊張し軽度の光沢を有し膨隆下方より上方に走

る2条の毛細血管を認めたほか発赤,萎縮,およ

び色素沈着はなかった(写真1).触診により硬

く,皮膚と癒着するが皮下組織に対しては可動性

を示した.

摘出腫瘍の病理組織学的所見=腫瘍は皮膚とは

かなりの広範囲に癒着を示したが,皮下脂肪組織

からは容易に剥離摘出できた.腫瘍は硬く,淡褐

色,1.5×1.3×O. 8cm,0.149の大きさを示

し,薄い線維性の被膜に被われて,横に線状の浅

い溝があり,被膜を破るとこの部分はもろく,数

個の大小の塊りにこわれた(写真2),

組織学的所見;腫瘍の主体であるBasalioma

状の大小の胞集はヘマトキシリン6エオジン染色

で,その殆んどがエオジンに紅染する上皮性の細

写 真 1

Ye shie AOK1, Yoriko TAGUCHI, Eiko IKEZAWA(Department of Dermatology, Tokyo WomeゴsMedical College) & Mituhiro OKADA (Department of Oral Surgery, Tokyo Women’s Medical Col-

lege): A Case of caltified epithelioma. 一Especially on its chemical components.一

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写真2摘出腫瘍

写真3組織所見

写真4 X線回折曲線

胞よりなり,いわゆるShadow ce11,すなわち円

形,楕円形,多角形の細胞輪郭をとどめ,核は細

胞の中央にその輪郭を認めるが染色されず,円形

の核腔を見る細胞であるが,時に星 状に萎縮し

た核小体が観察されるところもある.また胞集の

辺縁部ではヘマトキシリンに青染された部分があ

り,Shadow ce11に漸次移行するのが認められ

るところもある.これら胞彙をとりかこむ間質す

なわち結合織内には,巨細胞を含む異物肉芽腫を

認めるところもある.また薄い壁をもつた」血管が

目立つ所もあり,このような所では小円形細胞の

浸潤がかなり多い.胞榮内には骨化も,間質には

硝子様変性および石灰化は認められない(写真3 ).

摘出腫瘍のX線回折検査:摘出腫瘍を自動記録

式X線回折曲線ディフラクトメーター(ガイガー

フレックス)にかけて写真4の如きX線回折曲

線,すなわちHydroxyapatite(3Ca3(PO4)2・Ca

(OH)2)と一致するものを得た. X線はCu Kα,

波長1. 5405A,Niフaルターを用い,電圧30KV,

電流10mA,スリット1。一1。一〇・4㎜, Scale Factor

2,Multiplier 1,時定数4の条件で行なった.

総括および考按

本症例は腫瘍の発生部位が額部であったこと,

および美容に関心を持つ年令の女子であったこと

より,おそらく発生後間もなく発見されたものと

考える.2年半前に気づき,成長はあまり急でな

かったが,初診の半年前頃よりは成長する傾向は

止ったらしいという.

組織学的所見では二丁はほとんどエオジンで紅

染するShadow ce11であり,被膜に近い外縁部

にはなお核を有し,ヘマトキシリンに下染するせ

まい部分があり,骨化の如き所見はなく,間質に

おいても硝子様変化,石灰化は認められず,完成

された石灰化上皮腫ではあるが経過年月の比較的

短いことを窺うことができる.

前回報告の症例は23才女子で,初診4年前に,

すなわち19才の時に気づいた右上臆伸側面に発生

したものであった.今回の症例は17才の時気づい

ており,共に女子であり,非常に共通した状態下

の発生といえる.この両者の組織学的所見の差は,

腫瘍発生後の経過年月はあきらかに石灰沈着,さ

らに骨化等の病変の進行と平行することを物語っ

ていると老える.堀2)の症例でもこの事が推察さ

れている.

腫瘍の発生について,前回の報告で丁丁的総括

を試みたが,石灰化上皮腫は上皮細胞より成り,

皮膚の先天的迷芽によって発生する特殊な良性腫

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瘍,すなわち一種の迷芽性の腫瘍と考えるのが妥

当という意見に一致していると思う.

石灰化上皮腫は特に上皮性腫瘍組織が退行変性

を起こし,石灰沈着をきたすことに特徴がある.

したがって完成された腫瘍は石膏様の硬度をも

つ.この腫瘍の化学分析については諸家の報告を

前回記したが,燐酸塩,炭酸塩および石灰堆の順

に多く,尿酸塩は全く証明されていない.本症

例では前回同様X:線回折曲線を描いたところ,前

症例同様に歯石および唾石にみられるHydroxy-

apatite と同一のものを得た.しかしまだ文献で

石灰化上皮腫のX線回折の報告を聞かないが,歯

石,唾石と同一主成分であることは興味ある事実

である.

歯石の成因は石灰化上皮腫の場合,上皮性腫瘍

組織が栄養障害によってNekroseに陪り,つい

いで石灰沈着を来たすと考えられていると同様

に,2段階よりなっている.すなわち松宮3)によ

れば変性壊死に陥った線状菌叢や歯垢に由来する

有機性基礎質の成立と石灰塩の沈澱があり,要す

るに竹内4)は唾液中の可溶性石灰分が有機成分と

結合して歯の表面に沈着したものであるという.

歯石の成分特に無機質は燐酸石灰(50~70%),炭

酸石灰(7~8%),燐酸Mg(1%) といわれ

ており,石灰化上皮腫で燐酸塩,ついで炭酸塩の

多いことと似ている.

この歯石の無機成分の研究で,X線の回折現象

を応用した結晶回折法をはじめて使用したのは

H.Philip(1935)であり,彼は歯石をHydroxy-

apatite類似物であるとし,その後迫試が行なわ

れ岡田5)もH:ydroxyapatiteであることを確認し

た.なお岡田は歯石,唾石,腎石の一部,外尿石

の多数がHydroxyapatiteよりなり,主成分が同

様であることより,これら結石の成因に共通した

因子,条件が老えられるとしている.また骨およ

び歯牙も上記結石と同一主成分であることが証明

されている.著者らの経験したのは僅か2例の石

灰化上皮腫であるが,歯石と同様Hydroxyapati-

teが主成分であること,その成因も共通した機構

の窺えること,また石灰化上皮腫が発生後古くな

るにつれて骨化の現象が証明されることにより,

今後症例を重ねれば共に生体内においてこれら形

成機序に興味ある一連の共通点が見出されるので

はないかと老える.

おわりに

1.20才女子の石灰化上皮腫の1例を経験し,

摘出腫瘍は1,5×1.3×0.8cm,0.149であっ

た.

2.摘出腫瘍はX線回折曲線で歯石および唾石

にみられるHydroxyapatiteと同一のものが証明

された.

稿を終るにのぞみ, 中村教授の御校閲を深謝いたし

ます.腫瘍成分検査,X線回折曲線については,本学総

合研究所佐藤弘一教授の御厚意を深謝いたします.

文 献

1)青木良枝・細木梅子・中村和代・近藤交子:

東女医大誌33(5)37(昭38)2)堀 宏行:臨皮船18(5)129(昭39)3)松宮誠一:口腔病理学図説・東京歯科大学出版

部(昭33)

4)竹内光春=口腔衛生誌(個人口腔衛生編)永末

書店(昭29)76頁5)岡田充弘:口腔外科学雑誌8(1)1(昭37)

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