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( 寄稿文 ) 45 雨水活用施設の普及動向 ― 雨水利用から雨水活用へ、災害に強い街づくり ― 福井工業大学環境情報学部 環境・食品科学科教授 笠 井 利 浩 1.はじめに 近年、地球温暖化による極端な気象現 象が頻発し、その対策が必要になってい る。2 0 1 4 年 1 2 月に発表された、環境省 の今後の気候変動予測に関する予測結 1) によると、地球温暖化効果ガスの全 ての代表濃度経路シナリオ(RCP シナリ オ)において、年降水量に明瞭な変化傾 向はないが、大雨による降水量および無 降水日数については多くのシナリオ・ ケースで増加傾向にあると予測されてい る。今後、水に恵まれたわが国において も記録的な豪雨による洪水や渇水による 被害が予測され、その対策としての雨水 活用が挙げられる。雨水活用の先進国で あるドイツでは、2010 年にドイツ雨水 法が施行され、新築もしくは改築の建物 では雨水を下水道に流すことは禁じられ ている。建築主は、その土地に降った雨 水を貯留、浸透、蒸散、利用等の方法に よって総合的に管理することが義務化さ れ、この法律に適合しない場合には建 築工事が許可されない仕組みになって いる 2) 。日本国内においても、「雨水(あ まみず ) の利用の推進に関する法律」が 施行され、今後の運用に注目が集まって いる。 本稿では、日本国内における雨水活用 施設の現状と関連する法律等の社会的動 向について述べる。 2.雨水関連法および公的、 学会基準 (1)雨水の利用の推進に関する法律 2014 年5月1日に、「雨水の利用の推 進に関する法律」が施行された。この法 律の趣旨・目的は、「雨水の貯留及び雨 水の水洗便所、散水等の用途への使用を 推進することにより、水資源の有効利用 を図るとともに河川等への雨水の集中的 な流出を抑制する 3) 」とされており、今 後日本国内においても様々な建築物に雨 水活用施設が設置されることが予想され る。またこの法律は、日本国内における 水循環の健全化を目的とした「水循環基 本法」とともに立法化された法律である。 水循環基本法は、名称からも分かるよう に水の蒸発散、浸透等を促して水循環の 健全化を図り、人の活動と環境保全を目 指す法律である。水循環性能を備えた新 たな街づくりは今後重要な役割を果たす ものであり、そのカギを握るのが緑であ る。これまでの街づくりは、グレーイン フラが中心であった。即ち、降雨を速や かに河川や海に排水する街づくりであっ たが、今後はグリーンインフラを積極的 に取り入れた豪雨被害等に強い、災害レ ジリエンスを備えた街づくりが重要であ る。 (2)国の動き(雨水利用・排水再利 用設備計画規準) 2016 年4月、国土交通省官庁営繕部 では官庁施設の営繕を実施するための基 準として、「雨水利用・排水再利用設備 計画規準 4) 」を制定した。この基準は、 これまでの基準である「排水再利用・雨 水利用システム計画基準」を改訂したも のである。名称からも分かるように、今 回の改訂では排水再利用よりも雨水利用 が強調されており、先の雨水の利用の推 進に関する法律に近いものとなっている。 またこの基準ではその目的として、貴重 な水資源の合理的利用と下水道等への雨 水の流出抑制が挙げられている点がこれ までの基準と大きく異なっている。今後 はこの基準により、官庁施設にもさらに 雨水利用施設が導入されることになり、 雨水利用の推進に繋がることが期待でき る。 (3)学会の動き(AIJES「雨水活用 技術規準」) 日本建築学会から、2016 年3月 に「日本建築学会環境基準 雨水活用技 術 規 準(AIJES-W0 0 0 3 -2 0 1 6 ) 5) 」が発 刊された。この中では、雨を敷地に留め て活用する「蓄雨」という新たな概念が 提案され、今後の街作りに活かされるこ とが期待されている。 この基準で新たに示された「蓄雨」は、 建築とその敷地で行う流域対策の概念で ある。この「蓄雨」には、①災害時の生 活用水を確保する「防災蓄雨」、②洪水 を和らげる「治水蓄雨」、③自然の水循 環を復活させ、ヒートアイランド対策に もなる「環境蓄雨」、④雨水を生活用水 として利用する「利水蓄雨」の4種類が ある。これらの「蓄雨」を総合的に行う ことで、防災や治水の他、雨水利用を促 進するとともに環境配慮を行い、雨水循 環系の健全化を目指す。この概念は、建 築および敷地における雨水の貯留、利用、 浸透、蒸発散に関わるシステムの全てを 対象とし、全ての敷地においてこれらの 蓄雨性能の合計で蓄雨高 1 0 0 ㎜(基本蓄 雨高)を目指すものである(図-1)。 蓄雨性能の評価は、どれだけの雨を敷 地内に一時的に留めることができるかの 面から評価を行うものであり、時間的概 図-1 蓄雨性能の模式図 5)

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Page 1: 雨水活用施設の普及動向...術規準(AIJES-W0003-2016)5)」が発 刊された。この中では、雨を敷地に留め て活用する「蓄雨」という新たな概念が

( 寄稿文 ) 45

雨水活用施設の普及動向― 雨水利用から雨水活用へ、災害に強い街づくり ―

福井工業大学環境情報学部 環境・食品科学科教授 笠 井 利 浩

1.はじめに

近年、地球温暖化による極端な気象現象が頻発し、その対策が必要になっている。2014 年 12 月に発表された、環境省の今後の気候変動予測に関する予測結果1)によると、地球温暖化効果ガスの全ての代表濃度経路シナリオ(RCP シナリオ)において、年降水量に明瞭な変化傾向はないが、大雨による降水量および無降水日数については多くのシナリオ・ケースで増加傾向にあると予測されている。今後、水に恵まれたわが国においても記録的な豪雨による洪水や渇水による被害が予測され、その対策としての雨水活用が挙げられる。雨水活用の先進国であるドイツでは、2010 年にドイツ雨水法が施行され、新築もしくは改築の建物では雨水を下水道に流すことは禁じられている。建築主は、その土地に降った雨水を貯留、浸透、蒸散、利用等の方法によって総合的に管理することが義務化され、この法律に適合しない場合には建築工事が許可されない仕組みになっている2)。日本国内においても、「雨水 (あまみず )の利用の推進に関する法律」が施行され、今後の運用に注目が集まっている。

本稿では、日本国内における雨水活用施設の現状と関連する法律等の社会的動向について述べる。

2. 雨水関連法および公的、学会基準

(1)雨水の利用の推進に関する法律2014 年5月1日に、「雨水の利用の推

進に関する法律」が施行された。この法律の趣旨・目的は、「雨水の貯留及び雨水の水洗便所、散水等の用途への使用を推進することにより、水資源の有効利用を図るとともに河川等への雨水の集中的な流出を抑制する3)」とされており、今

後日本国内においても様々な建築物に雨水活用施設が設置されることが予想される。またこの法律は、日本国内における水循環の健全化を目的とした「水循環基本法」とともに立法化された法律である。水循環基本法は、名称からも分かるように水の蒸発散、浸透等を促して水循環の健全化を図り、人の活動と環境保全を目指す法律である。水循環性能を備えた新たな街づくりは今後重要な役割を果たすものであり、そのカギを握るのが緑である。これまでの街づくりは、グレーインフラが中心であった。即ち、降雨を速やかに河川や海に排水する街づくりであったが、今後はグリーンインフラを積極的に取り入れた豪雨被害等に強い、災害レジリエンスを備えた街づくりが重要である。

(2)国の動き(雨水利用・排水再利用設備計画規準)

2016 年4月、国土交通省官庁営繕部では官庁施設の営繕を実施するための基準として、「雨水利用・排水再利用設備計画規準4)」を制定した。この基準は、これまでの基準である「排水再利用・雨水利用システム計画基準」を改訂したものである。名称からも分かるように、今回の改訂では排水再利用よりも雨水利用が強調されており、先の雨水の利用の推進に関する法律に近いものとなっている。またこの基準ではその目的として、貴重な水資源の合理的利用と下水道等への雨水の流出抑制が挙げられている点がこれまでの基準と大きく異なっている。今後はこの基準により、官庁施設にもさらに雨水利用施設が導入されることになり、雨水利用の推進に繋がることが期待できる。

(3)学会の動き(AIJES「雨水活用技術規準」)

 日本建築学会から、2016 年3月に「日本建築学会環境基準 雨水活用技術規準(AIJES-W0003-2016)5)」が発刊された。この中では、雨を敷地に留めて活用する「蓄雨」という新たな概念が提案され、今後の街作りに活かされることが期待されている。

この基準で新たに示された「蓄雨」は、建築とその敷地で行う流域対策の概念である。この「蓄雨」には、①災害時の生活用水を確保する「防災蓄雨」、②洪水を和らげる「治水蓄雨」、③自然の水循環を復活させ、ヒートアイランド対策にもなる「環境蓄雨」、④雨水を生活用水として利用する「利水蓄雨」の4種類がある。これらの「蓄雨」を総合的に行うことで、防災や治水の他、雨水利用を促進するとともに環境配慮を行い、雨水循環系の健全化を目指す。この概念は、建築および敷地における雨水の貯留、利用、浸透、蒸発散に関わるシステムの全てを対象とし、全ての敷地においてこれらの蓄雨性能の合計で蓄雨高 100㎜(基本蓄雨高)を目指すものである(図-1)。

蓄雨性能の評価は、どれだけの雨を敷地内に一時的に留めることができるかの面から評価を行うものであり、時間的概

図-1 蓄雨性能の模式図5)

Page 2: 雨水活用施設の普及動向...術規準(AIJES-W0003-2016)5)」が発 刊された。この中では、雨を敷地に留め て活用する「蓄雨」という新たな概念が

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念は含まれない。従って、一般的に議論される“時間あたり何㎜の降雨対応”とは基本的に異なる。この基準で重要となる「敷地の治水性能」についての評価は、治水蓄雨性能と利水蓄雨性能の合計で評価され、全ての敷地において「基本蓄雨高 100㎜」が基準として評価される。ここで蓄雨高とは、敷地内に一時的に留めることができる雨水の量(蓄雨量)を敷地全体の面積で除することによって得られる値である。

日本全国の県庁所在地における過去10 年間(2003 ~ 2012 年)の日降水量を分析すると、日降水量の 99%以上が100㎜ /日以下であった。このことから、前述の基本蓄雨高 100㎜を満たせば、ほぼ全ての降雨に対して完全に敷地からの雨の流出抑制ができることが分かる。

一方、防災蓄雨は被災時に最低限の生活用水(飲用水は除く)を確保するためのものであり、雨水活用システムには必ず求められる蓄雨性能である。防災蓄雨量は、以下の式によって算出される。

防災蓄雨量(㎥)  =50L/(人・日)÷1,000

×防災蓄雨対象人数(人)   ×3日(基本防災蓄雨日数)5)

防災蓄雨としての用途は、トイレ洗浄以外の初期消火や洗い水等に多段階利用する設定となっており、被災時における水の有効活用は必須である。また基本防災蓄雨日数は、目安として3日に設定されているが、実際には地域の降水パターンによって変更し、より実情に合わせた運用が求められる5)。

利水蓄雨は文字通り、雨を貯めて生活用水等に利用することであり、積極的に様々な用途に雨水を利用することが求め

られる。雨水貯留施設への投資を考えた場合、雨水をどれだけ貯められたかよりもどれだけ使ったかが重要である。

環境蓄雨は、今後の持続可能な街づくりに向けた最も重要な項目である。先にも述べたが、降雨による内水氾濫等の問題は、これまでの雨を速やかに排水する街づくりによるところが大きい。降雨の地下浸透や街に緑を増やすことにより蒸発散性能を高める、健全な水循環を備えた街づくりは今後の大きな課題となる。

今回発刊された雨水活用技術規準は「蓄雨」の概念を中心に策定されたが、新しい言葉であるため、様々な方面の方々にその考え方を知っていただく必要がある。現在、 日本建築学会では雨水活用に関する委員会として雨水活用推進小委員会が開催されている。その委員会活動の一つとして、前述の「蓄雨」の広報活動が挙げられる。図-2に示すイラストは、「蓄雨」を技術者のみならず広く一般に分かりよく解説するためのアニメーションのイメージであり、その動画は YouTube で配信されている。興味のある方は是非御覧頂きたい。イベント等で利用したい場合には解説文に記載されているリンク先の利用申請書をダウンロードし、所定のメールアドレスに送ることで、Sample 文字の無い本編動画が使用できる。

3.雨水活用施設の普及状況

(1)戸建住宅への設置例雨水をトイレ洗浄用水や洗濯用水等の

用途に用いる本格的な雨水活用システムを備えた戸建住宅が増えつつある(写真-1)。この戸建住宅は、2015 年 10 月に福井県福井市内で竣工したものであり、4㎥(2㎥×2基)の雨水活用システムが設置されている。AMeDAS 福井地域気象観測所の過去 10 年間のデータを用いた稼働シミュレーションの結果、この住宅で使用されるトイレ洗浄用水および洗濯用水の約90%を自給できることが分かっている。このシステムは 2016 年1月から稼働しているが、稼働開始から約5か月経った時点で、雨水の総使用量は約12㎥となっている。期間中、一度も雨水が枯渇することなく供給されており、一般家庭用に十分な給水能力があることが分かる。

この他にも筆者が知る限りでは、福岡にも基礎の中に 42㎥の一般住宅用としては巨大な雨水貯留槽を備えた住宅が存在する。この住宅は、100㎜ /h 対応ハウスとも呼ばれており、100㎜ /h の降雨があっても敷地から一滴も雨を流出させないことをコンセプトに設計された。もし仮に、このような設計思想の、敷地に雨を留める住宅が建ち並ぶ団地が完成

図-2 「蓄雨」解説アニメーション

写真-1 福井市内の新築戸建住宅に設置された

雨水貯留槽(2㎥×2)

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すれば、近年の異常な豪雨時にも内水氾濫することはない。また、被災時の水資源の確保の面からも優れた性能を持つ、災害レジリエンスの高い街づくりが可能となる。

(2)公共施設への設置例地域公共施設への雨水貯留槽の設置目

的には、先の戸建住宅での目的の一つである上水道水の節水の他、環境教育用教材や雨水活用推進のためのシンボルとしての役割も挙げられる。

写真-2に示す雨水貯留槽は、通称パンプキンタンクとも呼ばれるコンクリート製の貯留槽である。このパンプキンタンクは、元々は世界銀行の支援を受けて行われた Community Water Supply and Sanitation Programme(CWSSP、1995 ~1998 年)の一部として開発されたカボチャ形の雨水貯留槽であり、スリランカの水道や地下水供給が難しい場所に数百基設置されている。この貯留槽は、槽の形状を形作る鉄筋骨組上に、亀甲金網を貼付けた後にモルタルを塗布して行う

フェロセメント工法で製作されており、安価で高強度なものが製作できるという特長を持つ。現在、日本国内に現存するパンプキンタンクは、東京都墨田区のすみだ環境ふれあい館(2016 年3月閉館)と福井市内の2基のみである。主な用途はともに雨水活用の普及啓発用であり、福井市内のパンプキンタンクの雨水については、公民館周辺の草木への水遣りやビオトープへの給水、冬期の融雪用水として積極的に利用されている。

写真-3に示す雨水貯留槽は、2010年にライフサイクル思考(LCT:環境に対する負荷を、製品であれば製造、使用、廃棄といったライフサイクルで捉え、総合的に考えて真に環境に良いか、また何処に問題があるかを考える)を小学生に教育するための教材として設置されたものである。この雨水貯留槽の雨水は、日常的に児童が育てる草木への散水の他、夏季に校舎全面を覆う巨大な緑のカーテン(横幅 18m、高さ 10m)への散水に利用されている6)。集水面は体育館の屋根の6分の1程度であるが、通常の降雨でも1日も降り続けば5㎥の貯留槽は満水となる。屋根全体で集水した場合、福井市では年間に 2,500㎥程もの集水量が見込まれる。水資源の確保、内水氾濫の緩和、浸透枡等の導入による地下水涵養等の観点からも雨水活用システムの導入が進むことを期待する。

公民館や小学校といった最も地域に根ざした公共施設への雨水貯留槽の設置には、このような環境教育的な側面の他、防災面からみた目的も考えられる7)。避

難施設における生活用水給水用雨水活用装置の概念図を、図-3に示す。地震等の被災時に大きな問題になる項目の一つにトイレに関する問題がある。避難生活において特にトイレが使用できない状況が続くと、衛生面や健康面などに様々な悪影響を及ぼし、避難生活が長期化するほど大きな問題となる。従って、被災時の対策として給水、食料、日用品などの供給問題だけではなく、トイレ対策も重要な課題として検討する必要がある。図-3の装置は、学校の体育館等の屋根を利用して雨水を集水し、雨水貯留槽に貯水してトイレ洗浄用水や手洗いなどの雑用水を供給するものである。平常時におけるトイレ洗浄水は下水道の普及率から考えると下水道に流すのが一般的であるが、大規模な地震の際には上水道とともに下水道も損壊する恐れが高い。従って、本システムで洗浄用水を供給するトイレについては、浄化槽を使って汚水を浄化するものとし、平常時は下水道に、非常時は流れを切り替えて河川などに放流するようになっている。浄化槽に必要なエアレーション用ポンプと雨水送水用ポンプに必要な電力は、小規模な太陽光発電と蓄電池によって供給する。必要とする電力は限定的であり、太陽光発電-蓄電システムにかかる経費も比較的少なく抑えることができ、新たに本システムを導入する際の費用面での負担は少ない。

避難所における雨水利用によるトイレ洗浄可能回数を、図-4に示す。この図は、福井市内の避難所の情報を基にシミュレーションによって求めた結果を表

写真-2 住民等の協力によって製作された福井

市内の公民館に設置された雨水貯留

槽(通称:パンプキンタンク、5㎥、

2015年7月完成)

写真-3 ライフサイクル思考に基づく環境教育

用教材として小学校に設置された雨

水貯留槽(2㎥+3㎥=5㎥)

図-3 避難施設における生活用水給水用雨水活用装置の概念図7)

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したものである。避難所の規模によって最適な貯水槽容量は変化するが、全体的な傾向から考えた場合、貯水槽容量を50㎥とすることで多くの避難所で1日に1人当たり2回以上のトイレ洗浄が可能となることが分かる。この回数が多いか少ないかは考え方による。避難生活を考え、小用時には洗浄せず、大用時のみ洗浄する等の工夫をすることで十分実用になると考えられる。雨水活用は単なる水道水などの貯水槽とは異なり、被災時においても降雨があれば貯留槽内の貯水量が増えるという特長がある。従って、避難生活が長期に渡っても継続的に稼働させることができ、防災対策として有効な手段である。

(3)大規模雨水貯留槽近年、環境意識の高まりや都市部にお

ける豪雨による浸水被害の緩和や、上水道水の節水を目的として、様々な大型施設に雨水活用施設が導入されている。最も古く、代表的な施設としては新国技館(東京都墨田区)の例が挙げられる。2012 年度末時点における雨水を利用し

ている公共施設や事務所ビル等の数は、日本全国に 1,851 施設である(図-5)。地域別には、関東および東海地域に存在する施設が全体の約 55%を占めており、その中でも 1970 年代中頃から推進を行っている東京都に多く存在する。近年の設置例としては、東京スカイツリー(東京都墨田区)や MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島(広島県広島市)が挙げられ、前者には首都圏最大級の雨水貯留槽(約2,635㎥)が設置されている。この雨水貯留槽は、1,835㎥の流出抑制槽と 800㎥の雨水利用用貯留槽から構成され、雨水の利用と都市型洪水の緩和を目的とした施設となっている。貯留雨水は、屋上緑化散水、トイレ洗浄用水、太陽光パネル冷却等多目的に利用されており、年間約 3,000 ~ 4,500㎥の雨水が有効利用されている9)。一方、後者の MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島には、浸水対策用雨水貯留槽 7,000㎥×2槽と雨水利用用貯留槽 1,000㎥が設置され(写真-4)、時間雨量 53㎜に対応できる雨水流出抑制施設としての役割も備えた雨水貯留施設が設置されている 10)。

4.おわりに

以上、国内における法制面や学会の動き、雨水貯留槽の普及状況やその効果について述べた。文中に幾度も出ている「雨水活用」の言葉には、雨を貯めて利用する「雨水利用」だけではなく、降雨の地下浸透や蒸発散量を高めて水循環の健全化に寄与することも含まれている。本稿の『3.雨水活用施設の普及状況』で紹介させていただいた施設には「雨水利用」施設も含まれている。水循環の健全化に

も配慮した「雨水活用」施設は、まだまだ少ないのが現状である。街づくりへの積極的なグリーンインフラの導入も含め、今後多くの雨水活用施設が設置されることを願う。

図-4 避難所における雨水活用によるトイレ洗浄可能回数7)

写真-4 MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島の

雨水貯留槽内部

図-5 日本国内における雨水貯留施設数の推移8)

【参考文献】

1)環境省,報道発表資料:日本国内における気候変動予測の不確実性を考慮した結果について,http://www.env.go.jp/press/19034.html,2016/6/6

2)環境新聞,雨水産業への道第5回,Klaus.W.Koening,2015/8/25

3)国土交通省HP:雨水の利用の推進に関する基本方針について,http://www.mlit.go.jp/common/001082127.pdf,2016/6/6

4)国土交通省:雨水利用・排水再利用設備計画規準(平成28年版),2016.

5) 日本建築学会:日本建築学会環境基準(AIJES-W0003-2016)雨水活用技術規準,75p.,2016.

6)笠井利浩他:小学校におけるライフサイクル思考に基づく環境教育プログラムの実践~雨水で育てる緑のカーテンを用いた取り組み~,日本LCA学会誌,11,4,pp.337-347,2015.

7)笠井利浩他:避難施設における雨水活用装置によるトイレ洗浄用水給水能力に関する研究,2014年度日本建築学会大会(近畿)学術講演会研究発表梗概集,pp.613-614

8)国土交通省水管理・国土保全局水資源部:平成26年版日本の水資源,193p.,2014.

9)塚原啓司:東京スカイツリータウン~雨水利用、江戸文化継承地「墨田区」で粋な取組み~,pp.16-20,IBEC,2015.

10)中国地方の都市・住宅整備事業事例集下水道広島市大州雨水貯留池,http://www.cgr.mlit.go.jp/chiki/Kensei/jyutaku/jirei/001oozuchosuiti.pdf,2016/6/6