下水道事業の財政と会計 - jca.apc.org¬¬9講.pdf · 月刊下水道 vol. 37 no. 5 39...

4
39 月刊下水道 Vol. 37 No. 5 日本下水文化研究会下水文化出前学校 誌上講座20講 ここが知りたい はじめに 1 下水道事業の経営状況が悪いことを、明確に示 す資料は少ないが、経済の低迷による自治体の税 収不足に加え、下水道事業に対する繰入が他の行 政サービスを圧迫している等から、適正な経営が 求められている。一方、維持管理財源である使用 料が、上水道に比べ安価な水準となったまま長期 間放置されてきており、資本の回収が不十分な状 況が継続している。さらに、一般会計繰出基準 の額は非常に多額となっており、一般会計を圧迫 し、財源不足を招くといった深刻な状況が迫って いる。適切な経営計画の策定には、民間と同様の 発生主義会計が不可欠であるが、平成 23 年度末 の全体事業数 3,171 に対して地方公営企業法(企 業会計)を適用している事業は 454 と 12.5%に すぎない。 下水道事業の財政 2 下水道事業の財政は、「第1次下水道財政研究 委員会」(昭和36年)から「第5次下水道財政研 究委員会」 (昭和60年)で多くが検討され財政ルー ルが確立された。代表的な提言は、下水道事業に 係わる経費負担区分の原則(雨水を排除する施設 について利用者の負担すべき部分と、汚水を排除・ 処理する施設について公費の負担すべき部分とは ほぼ相殺できる)により、下水道使用料および一 般会計繰出基準の算定根拠が長く定着していた。 その後、平成 18 年度には雨水と汚水の資本費割 合が実態と乖離していることから、地方財政措置 が変更され、資本費(元利償還金)に対する地方 財政措置として、分流式と合流式の整備区分に応 じて、雨水分の公費負担率を変更、汚水公費分を 新設し、分流式下水道に要する経費が一般会計繰 出基準に創設され、下水道使用料対象経費から除 かれることとなった。 結果、平成 23 年度の汚水処理原価は 156.13 円 /m 3 、使用料は 135.98 円/ m 3 と経費回収率 87.1%と低迷しているが、なお、この汚水処理原 価には、一般会計が負担すべき経費がすべて除か れており、分流式下水道等に要する経費を控除す る前の汚水処理原価は 196.02 円/ m 3 である。 すなわち、一般会計繰出基準を公費とした場合 の使用料はさほど高価とはならないが、下水道使 用料で公債償還費の元金および利息の返済が賄え ないことは、一般会計の負担増を招き、新たな投 資財源である起債を抑制し、事業の停滞を招いて いる事業体が増加している。さらに、平成 18 年 度より創設された資本費平準化債と地方財政計画 における下水道事業債(特別措置分)のすべてを 対処しても、一般会計繰出金の大半は公債償還費 に充てざるを得ない異常な状況が下水道事業の現 下水文化出前学校 技術士 渡辺 勝久 第9講 下水道事業の財政と会計

Upload: others

Post on 29-Jul-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 下水道事業の財政と会計 - jca.apc.org¬¬9講.pdf · 月刊下水道 Vol. 37 No. 5 39 日本下水文化研究会下水文化出前学校 誌上講座20講 ここが知りたい

39月刊下水道 Vol. 37 No. 5

日本下水文化研究会下水文化出前学校

誌上講座20講 ここが知りたい!

はじめに1 下水道事業の経営状況が悪いことを、明確に示す資料は少ないが、経済の低迷による自治体の税収不足に加え、下水道事業に対する繰入が他の行政サービスを圧迫している等から、適正な経営が求められている。一方、維持管理財源である使用料が、上水道に比べ安価な水準となったまま長期間放置されてきており、資本の回収が不十分な状況が継続している。さらに、一般会計繰出基準の額は非常に多額となっており、一般会計を圧迫し、財源不足を招くといった深刻な状況が迫っている。適切な経営計画の策定には、民間と同様の発生主義会計が不可欠であるが、平成 23 年度末の全体事業数 3,171 に対して地方公営企業法(企業会計)を適用している事業は 454 と 12.5%にすぎない。

下水道事業の財政2 下水道事業の財政は、「第1次下水道財政研究委員会」(昭和 36 年)から「第5次下水道財政研究委員会」(昭和 60 年)で多くが検討され財政ルールが確立された。代表的な提言は、下水道事業に係わる経費負担区分の原則(雨水を排除する施設について利用者の負担すべき部分と、汚水を排除・

処理する施設について公費の負担すべき部分とはほぼ相殺できる)により、下水道使用料および一般会計繰出基準の算定根拠が長く定着していた。その後、平成 18 年度には雨水と汚水の資本費割合が実態と乖離していることから、地方財政措置が変更され、資本費(元利償還金)に対する地方財政措置として、分流式と合流式の整備区分に応じて、雨水分の公費負担率を変更、汚水公費分を新設し、分流式下水道に要する経費が一般会計繰出基準に創設され、下水道使用料対象経費から除かれることとなった。 結果、平成 23 年度の汚水処理原価は 156.13 円/ m3、使用料は 135.98 円/ m3 と経費回収率87.1%と低迷しているが、なお、この汚水処理原価には、一般会計が負担すべき経費がすべて除かれており、分流式下水道等に要する経費を控除する前の汚水処理原価は 196.02 円/ m3 である。 すなわち、一般会計繰出基準を公費とした場合の使用料はさほど高価とはならないが、下水道使用料で公債償還費の元金および利息の返済が賄えないことは、一般会計の負担増を招き、新たな投資財源である起債を抑制し、事業の停滞を招いている事業体が増加している。さらに、平成 18 年度より創設された資本費平準化債と地方財政計画における下水道事業債(特別措置分)のすべてを対処しても、一般会計繰出金の大半は公債償還費に充てざるを得ない異常な状況が下水道事業の現

下水文化出前学校 技術士 渡辺 勝久

第9講

下水道事業の財政と会計

Page 2: 下水道事業の財政と会計 - jca.apc.org¬¬9講.pdf · 月刊下水道 Vol. 37 No. 5 39 日本下水文化研究会下水文化出前学校 誌上講座20講 ここが知りたい

40 月刊下水道 Vol. 37 No. 5

状である。 「第5次下水道財政研究委員会」で検討され、報告書に記載されなかった、使用料のステージスライド方式(図-1)は、水道事業等で一般的となっている総括原価方式とは全く異なる概念であり、適正なサービス対価として理解を求めるには最良の方法論ではないかと思われる。政策的単価であればこそ、下水道事業独自の考え方を再整理すべきである。筆者は、改めて料金改定に苦慮している事業実施都市に推奨したい。

下水道事業の会計制度3 下水道事業への地方公営企業法適用は現在のところ任意であるため、法非適用の事業は、現金主義会計を採用しており、固定資産の減価償却費の概念が無く、当然のごとく固定資産の評価もされていない。すなわち、資産価値の減少を数値で把握できない仕組みとなっており、施設更新費用を時系列で把握できない会計制度である。 したがって、会計制度面での課題としては①  現金の移動は記録されるが、現金以外の資産

や負債の情報が蓄積されない。②  現金の移動しか記録しないため、減価償却費

や引当金等の非現金情報が計上されず、下水道事業に要した本来のコストが把握できない。

③  アカウンタビリテイ(説明責任)が果たせない。

④  マネジメントが達成できない。

 であり、資産、負債の把握、ストック情報などの正確な情報を得るためには、地方公営企業法を適用し、企業会計化が不可欠である。

企業会計の特徴4 官庁会計では、収入と支出はほぼ一致し、収入が支出を上回ると翌年度へ繰越金として処理される。企業会計では、損益取引(収益的収支)と資本取引(資本的収支)を明瞭に区分し独立性を持たせているため、「補填財源」という概念がある。資本取引による収入が企業債や交付金のように新たに調達する外部資金で不足する場合に、補填財源が使用される。 補填財源は、経営活動によって生じる利益や、費用中に計上される減価償却費等現金支出が伴わず、企業内に留保されるものをいう。すなわち、会計は一つでも、損益取引の結果生じた資金を把握しつつ資本的支出に充てることができる会計方式である。通常、予算様式では、地方公営企業法施行規則別表第5号の第3条を「収益的収入及び支出」、第4条を「資本的収入と支出」としている(図-2参照)。 企業会計では、官庁会計では耳慣れない、「現金をもっているのに赤字である」とか、「資本的収入が資本的支出に不足する額を補填する」とか、

図-1 ステージスライド方式の概念

維持

管理費

Ⅰ段階:汚水処理原価水準が高いため、汚水に係る費用のうち私費負担部分である維持管理費すら賄えないので、維持管理費の全額徴収に向けて努力する段階。

Ⅱ段階:維持管理費を全額徴収する段階から資本費のうち汚水私費負担部分を算入していく段階。

Ⅲ段階:私費負担部分に加えて、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ段階で私費負担部分のうち徴収できなかった部分を併せて徴収できる段階。

汚水処理原価

公費部分

私費部分

使用料

資本

Ⅰ段階 Ⅱ段階 Ⅲ段階

Page 3: 下水道事業の財政と会計 - jca.apc.org¬¬9講.pdf · 月刊下水道 Vol. 37 No. 5 39 日本下水文化研究会下水文化出前学校 誌上講座20講 ここが知りたい

41月刊下水道 Vol. 37 No. 5

「収入に計上されないが資本剰余金を取り崩した」などといった事象が生じている。すなわち、損益取引と資本取引を明確に区分し、資産、負債・資本の概念が存在することが発生主義会計の特徴であり、「わかりにくい」と感ずる一面でもあろう。

経営改善に向けた効果5 地方公営企業法の適用(企業会計方式の導入)は、原則として、「汚水に関してはランニングコストを使用料で賄い、イニシャルコストも使用料に賦課して長期に渡って回収し、再投資へ回し継続を図っていく」という企業形態に変革することである。 法適用化すれば、速やかに以下のような効果が期待され、経営改善が図られるものと期待される。①  複式簿記化することにより、民間企業と同様

の会計情報が得られ、この結果を住民にディスクローズすることで、経営に対する理解を得ることができる。

②  正確なコストが把握でき、原価分析を行うことができる。また財務分析、経営分析が可能と

なり、多方面からの検討を行えるようになり、自己の事業経営の診断が可能となり、アウトソーシングや PFI を導入する際の経営判断に非常に大きな有用性を生むことができる。

③  減価償却費を含めたトータルコスト(総括原価)が算定されるため、これに相対する適正レベルの使用料水準が算定でき、料金改定の情報公開や説明責任に使うことができる。

④  自己の経営診断等を元にした長期の財務シミュレーションを策定することができるようになるため、健全な経営に向けた財務計画を立てることが可能となる。

消費税の節税効果6 企業会計と官庁会計では、一般会計繰入金における不課税収入の使途の特定に関する部分で消費税の取扱いが異なり、企業会計においては、一般会計繰入金は収益的収支(3条予算)に「補助金」として繰り入れるものと、資本的収支(4条予算)に「出資金」として繰り入れるものに区分でき、「出資金」に分類した場合は自己資本金として経理さ

図-2 地方公営企業制度研究会編「やさしい公営企業会計改訂版」P.8 図 1-4 より

官庁会計予算 公営企業会計予算

資本的収支収益的収支

現金の支出を伴わない経費と利益

資本的収入

起債

一般会計出資

元金償還

建設改良

元金償還

建設改良費

一般会計出資

起債

補填財源

経常的経費

資本的支出

経常的収入

資本的収入

収益的収入

収益的支出

資本的支出

減価償却費

純利益

Page 4: 下水道事業の財政と会計 - jca.apc.org¬¬9講.pdf · 月刊下水道 Vol. 37 No. 5 39 日本下水文化研究会下水文化出前学校 誌上講座20講 ここが知りたい

42 月刊下水道 Vol. 37 No. 5

れ、消費税法施行令第 75 条第1項第6号に規定されている「特定収入」には該当しない。 すなわち4条予算(資本的収支)に一般会計から「出資金」として繰出せば、「特定収入以外」とされる。 また、3条予算では、一般会計繰入金を減価償却費に充てる補助金とすれば、特定収入以外に特定することとなり、消費税が軽減される。 一般会計繰入金が多額にのぼる下水道会計の場合、消費税は繰出金の額に連動するため、企業会計化することにより、消費税が減額されることが期待される。 表に示す引用例では、下水道事業体の一般会計繰入金は約5億円、うち2億円が元金償還金(課税割合 80%)、利息1億円、残り2億円が収益的収入への補填としている。結果、法適用と非法適用では年間1千7百万円ほど節税されると試算さ

れている。

おわりに7 下水道事業の財政、会計制度の課題を真剣に捉え実行しようとするとき、膨大な資産の評価は避けて通れないことに気づくであろう。 また、企業会計制度を理解し、運用することも避けられない事実と認識するであろう。これらが蔑ろにされてきた現実であります。現組織において下水道事業に携わり、地方公営企業法の会計制度に触れる機会が無く、今後、取り組まなければならない管理者や技術職、および一般行政事務に従事してきた事務職の方々に、改めて認識を変えていただき、一刻も早く法適用を行い、中長期的な経営計画を基に、 経営改善を図ることを望みます。

表 節税効果の試算

関西学院大学出版会「地方公営企業経営論」石原俊彦、菊池明敏著 P.173 図表 8-9 より

法非適用事業 法適用事業

収益的収入2億円× 5 / 105 = 9,523 千円 A資本的収入2億円× 0.8 × 5 / 105= 7,619 千円 B消費税額=A+B= 17,142 千円

収益的収入2億円を減価償却費に特定※減価償却費は不課税収入=0千円 A資本的収入2億円を出資金として繰り入れ=0千円 B消費税=A+B=0千円

 ㈱クボタはこのほど、東京本社を5月に東京・中央区京橋へ移転させると発表した。現事務所のある中央区日本橋室町周辺の再開発によるもの。新事務所での業務開始は5月7日(水)か

ら。移転に伴う電話番号の変更はない。新事務所は東京メトロ銀座線「京橋駅」から徒歩約1分、JR「東京駅」から徒歩約4分。〒 104 - 8307東京都中央区京橋2-1-3京橋トラストタワー 16 階~ 21 階

クボタ:

東京本社を5月に移転

業界ニュース