fate/beyondせ日本史fateき...

1443
Fate/beyond fate

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  • Fate/beyond【日本史fate】

    たたこ

  • 【注意事項】

     このPDFファイルは「ハーメルン」で掲載中の作品を自動的にP

    DF化したものです。

     小説の作者、「ハーメルン」の運営者に無断でPDFファイル及び作

    品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁

    じます。

      【あらすじ】

     今宵四神相応の地において、聖杯降霊の儀が執り行われる──

     解体されたはずの冬木の聖杯。何者かにより模造され、陰陽道によ

    ヒジリノサカズキ

    り改造された紛い物の聖遺物──『

    』。

     失敗するはずのない召喚の失敗、霊器盤の変調、揃わぬサーヴァン

    トとマスター。

     それでも聖杯が『願いを叶える』機能を持つがゆえに、彼らは戦場

    に身を投じる。

      ※fate原作キャラ出番ゼロ・サーヴァントは日本の英霊オン

    リーのオリジナル聖杯戦争です。

     ※fateの設定に沿いながら自己設定をぶち込んでる風味です。

    設定について指摘してくださるとありがたいですが、作中で直すかど

    うかは微妙(失念してて話組んでいる可能性がありますが、そのまま

    ゴーする方針)。

     ※FGOなど公式の新サーヴァントとかぶった時は「別側面」。

     ※同じものをpixivでも投稿しています。

     ※2017年10月3日追記

     続編「fate/Imaginary Boundary【日本史

    fateホロウ】(https://novel.syosetu.o

    rg/135518/)」はじめました。

     ※2016年8月15日追記

  •  副会長さんが、当SS並行世界設定で「Fate/beyond 

    another」と言う作品を書かれています。(当SSのマスター

    とサーヴァントは不在)

  •   目   次  

    ───────────────────────

     簡易設定 

    1

    第0幕 序幕

    ────────────

     11月23日① アーチャー召喚 

    4

    ──────────────

     11月21日 セイバー召喚 

    13

    ───────────────

     11月22日 準備期間① 

    35

    ───────────

     11月23日② バーサーカー召喚 

    46

    ───────────────

     11月24日 準備期間② 

    50

    ───────────────

     11月25日 戦争、開幕 

    58

    第1幕 前哨戦

    ─────

     11月26日① 聖杯(ヒジリノサカズキ)の娘 

    85

    ────────────────

     11月26日② 暗殺者 

    104

    ───────────────

     11月27日 各陣営模様 

    116

    ──────────────

     11月28日① 白昼の襲撃 

    140

    ────────────

     11月28日② 弓兵 対 槍兵 

    153

    ────────────────

     11月28日③ 小碓命 

    164

    第1幕 兵は凶器

    ─────────────────

     11月29日① 兆候 

    181

    ───────────

     11月29日② 弓兵 対 狂戦士 

    196

    ────────────────

     11月29日③ 三つ巴 

    209

    ────────────

     11月29日④ 全て翻し焔の剣 

    222

    ──────────────

     11月29日⑤ 最弱と最弱 

    231

    ──────────────

     11月30日① 一夜明けて 

    240

    ─────────

     11月30日② 聖杯の娘、かく語りき 

    255

  • ───────────

     11月30日③ 其は何を求めるか 

    269

    ───────────────

     11月30日④ 討伐同盟 

    277

    ────────

     11月30日⑤ そして誰もいなくなるか 

    292

    ───────────────

     11月30日⑥ 兵は凶器 

    305

    第1幕 春望

    ─────────────

     12月1日① 「夢」なるモノ 

    326

    ──────────

     12月1日② ありふれた不幸と幸福 

    343

    ───────────────

     12月1日③ 殺意と責務 

    357

    ───────────────

     12月1日④ 伝説の激突 

    368

    ────────────

     12月1日⑤ 剣士 対 狂戦士 

    381

    ──────────────

     12月1日⑥ 決着、そして 

    390

    ───────────

     12月1日⑦ 背信、そして幕切れ 

    403

    ─────────

     interlude─1  第七の契約 

    420

    第2幕 一人では戦えぬ

    ──────────

     Interlude─2 戦争の終焉 

    426

    ────────────

     12月2日① 碓氷邸にて、三人 

    431

    ────────────

     12月2日② 三者三様陣営模様 

    452

    ──────────────

     12月3日① 冬の長い一日 

    469

    ─────────────

     12月3日② 束の間の安息? 

    482

    ──────────────────

     12月3日③ 不穏 

    498

    ─────────────────

     12月3日④ 風雲急 

    514

    ────────────────

     12月3日⑤ 聖杯酒宴 

    531

    ──────────

     12月3日⑥ 何も終わってはいない 

    553

    ─────────────

     12月3日⑦ 一人では戦えぬ 

    565

    ────────────

     12月3日⑧ 長き一日の終わり 

    580

  • 第2幕 暗中飛躍の意識なく

    ───────────

     12月4日① 陰陽師と聖杯と神父 

    593

    ───────────────

     12月4日② 第八の契約 

    609

    ──────

     12月4日③ 山は神域、山は陣地、山は根城 

    623

    ───────────

     12月4日④ 未だ喚ばれざるもの 

    639

    ───────────────

     12月5日① 最後の平穏 

    655

    ─────────

     Interlude─3 真意の在り処 

    670

    ────────

     Interlude─4 キャスター召喚 

    679

    第2幕 日本神話・改

    ────────

     12月5日② 先、鬼が出るか蛇が出るか 

    690

    ───────────────

     12月5日③ ここは敵地 

    704

    ──────────────

     12月5日④ 魔術師と眷属 

    717

    ─────────

     12月5日⑤ 世に盗人の種は尽きまじ 

    732

    ───────────────

     12月5日⑥ 槍兵の決意 

    741

    ───────────

     12月5日⑦ 約束された栄華の月 

    751

    ───────────────

     12月5日⑧ 眷属、再び 

    763

    ──────────────

     12月5日⑨ 碓氷の影使い 

    771

    ───────────────

     12月5日⑩ 三騎相見ゆ 

    784

    ──────────

     12月5日⑪ 聖杯陰陽師 対 槍兵 

    792

    ──────────────

     12月5日⑫ 勝利こそ全て 

    805

    ────────

     12月5日⑬ 全て呑み込みし氾濫の神剣 

    814

    ──────────────

     12月5日⑭ 稀代の陰陽師 

    823

    ───────────────

     12月5日⑮ 幸運と幸福 

    832

    ────────────

     12月5日⑯ 大西山決戦・決着 

    848

    ─────────────

     12月5日⑰ 開闢にして終焉 

    859

  • 第3幕 生まれた時から決まっていた

    ────────

     interlude─5 女の魔術師たち 

    870

    ──────────────────

     12月6日① 願い 

    880

    ─────────────

     12月6日② 日の下の大盗賊 

    891

    ─────────────

     12月6日③ 聖杯の娘、来る 

    904

    ────────

     12月6日④ 続・聖杯の娘、かく語りき 

    918

    ────────────────

     12月6日⑤ 夜更ける 

    933

     interlude─6  人にも神にも剣にもなれぬ英雄・前 

    ────────────────────────────────────

    942 Interlude─7 人にも神にも剣にもなれぬ英雄・後 

    ────────────────────────────────────

    956

    ────────────────

     12月7日① 波乱の朝 

    971

    ───────────────

     12月7日② 土御門の家 

    987

    ───────────

     12月7日③ 人ではないものたち 

    1000

    ───────

     12月7日④ 生まれた時から決まっていた 

    1014

    ──────────────

     12月7日⑤ 日常との別れ 

    1029

    第3幕 生き様は鮮やかにはほど遠く

    ────────

     12月7日⑥ 願いを叶えることの難きよ 

    1045

    ───────────────

     12月7日⑦ 神の剣たち 

    1067

    ───────────────

     12月7日⑧ 彷徨う戦線 

    1082

    ──────────

     12月7日⑨ イマジナリ・ドライブ 

    1094

    ──────────────

     12月7日⑩ 断たれた伝説 

    1107

    ──────────────

     12月7日⑪ 二人の碓氷明 

    1116

    ───────────

     12月7日⑫ この道繋げし吾妻よ 

    1128

    ─────────

     12月7日⑬ 聖杯戦争という名の道楽 

    1139

  • ───────────────

     12月7日⑭ 攫われた杯 

    1155

    ────────────────

     12月7日⑮ 魂の偽造 

    1164

    ───────

     12月7日⑯ 生き様は鮮やかにはほど遠く 

    1179

    ──────────────

     12月7日⑰ 続・夜更ける 

    1193

    第3幕 fate/beyond

    ────────────────

     12月8日① 最終工程 

    1206

    ──────────

     12月8日② その呪いは幸福だった 

    1216

    ────────────────

     12月8日③ 決戦前夜 

    1235

    ────────────

     12月9日① 土御門神社・上空 

    1246

    ────────────

     12月9日② 土御門神社・境内 

    1258

    ─────────

     12月9日③ 土御門神社・地下大空洞 

    1268

    ────────────

     12月9日④ 今生きるものたち 

    1278

    ────────────────

     12月9日⑤ 最後の剣 

    1298

    ───────

     epilogue 冬来たりなば春遠からじ 

    1311

    ─────────────

     epilogue  4月8日 

    1322

    EX:Fate/beyond material

     Fate/beyond material Ⅰ:サーヴァント三

    ─────────────────────────

    騎士編 

    1328

     Fate/beyond material Ⅱ:サーヴァント四

    ─────────────────────────

    騎士編 

    1345

     Fate/beyond material Ⅲ:マスター編 

    ────────────────────────────────────

    1366 Fate/beyond material Ⅳ:用語集 あ行〜

    ──────────────────────────

    さ行 

    1385

     Fate/beyond material Ⅴ:用語集た行〜わ

  • ───────────────────────

    行 Q&A 

    1405

     【予告】fate/imaginary boundary 

    ────────────────────────────────────

    1424

    ──────────────────

     【EXTRA】余談 

    1430

  • 簡易設定

     【サーヴァント】

     セイバー

     剣士の英霊。「三騎士」の一角で、バランスが取れた能力から「最優」

    と称される。 

     衣袴にマントを羽織った旅装の美少年。古代史に名を残す大英雄。

     アーチャー

     弓兵の英霊。「三騎士」の一角。高い単独行動スキルと射撃能力を

    持つ。

     衣冠束帯に身を包む、優雅な中年の男性。飄々として本音を掴ませ

    ない。

     ランサー

     槍兵の英霊。「三騎士」の一角。最高の敏捷性と高い白兵戦能力が

    ある。

     伸縮自在の名槍を振り回す屈強な武人。熱き戦いのみを求め、聖杯

    戦争に参加する。

     ライダー

     騎兵の英霊。「騎乗兵」とも。高い機動力と強力な宝具を数多く所

    有するサーヴァント。

     消滅?

     バーサーカー

     狂戦士の英霊。基本能力を問わず、ただ狂う事で破壊にのみ特化し

    ているクラス。

     漆黒の霧に包まれた武士。今日でも恐れられる存在。

     キャスター

     魔術師の英霊。基本的にランクA以上の魔術を持つ英霊が該当す

    る。

     妖艶な妙齢の美女。どこかくたびれた巫女衣装を纏う。

     アサシン

     暗殺者の英霊。「マスターの天敵」とされるクラス。

    1

  •  とある事情により黒い雨合羽を被っている男性。生前の記憶があ

    まりない。

      【マスター・その他人物】

     碓氷 明(うすい あきら)

     春日の地の名門魔術師・碓氷家の次期(七代目)当主。属性は虚数・

    起源は分解。

     管理者代行中の女子大生。

     土御門 一成(つちみかど かずなり)

     平安より続く陰陽道魔術・土御門家の一人息子。土御門家の魔術回

    路は枯れかけている。

     春日の私立高校に通う一人暮らしの高校生。属性は炎、起源は保

    護。

     真凍 咲(しんとう さき) 

     春日の地の魔術師・真凍家の娘。難病にかかり、余命半年と宣告さ

    れている。

     春日に暮らす中学生。属性は水と風。

     キリエスフィール・フォン・アインツベルン

     冬木の聖杯戦争・始まりの御三家アインツベルンのホムンクルス。

     春日の聖杯用にチューニングされている。見た目は10歳前後だ

    が、実年齢は???

     山内 悟(やまうち さとる)

     先祖に魔術師を持つが、今は一般人。現在求職中。

     請井 将(うけい しょう)

     聖杯戦争の話を聞きつけて春日にやってきた外来の魔術師。

     ハルカ・エーデルフェルト 

     時計塔よりやってきた名門魔術一族・エーデルフェルトの分家。

     宝石魔術が専門の慇懃無礼な優男。

     神内 御雄(じんない おゆう)

     春日教会の神父・第八秘蹟会所属。碓氷家とは旧知の仲。元魔術

    2

  • 師。

     今聖杯戦争の監督役であり、碓氷明・ハルカと結び何事もなく戦争

    が終わることを目指す。

     神内 美琴(じんない みこと)

     春日教会の修道女・第八秘蹟会所属。碓氷家とは旧知の仲。元魔術

    師、御雄の養女。

     今聖杯戦争の監督役補佐。魔導からは離れているが、起源・放出を

    生かした体術と剣が得意。

     PIXIVに鯖と鱒の絵を上げています。興味のある方はどうぞ。

    (fate/beyondで検索すれば出ます)

    3

  • 第0幕 序幕

    11月23日① アーチャー召喚

     「平安時代の安倍晴明から発した、陰陽道の流れをくむ由緒正しき魔

    導の一族」。

     それが、土御門一成(つちみかどかずなり)が生まれたときから聞

    かされてきた、己が一族の在り方だった。

     だが、一成が物心つく前から、彼にもはばからず不穏な声が聞こえ

    ていた。

     我が一族は、やはりもう終わりだ───。

     このような声は、決して俄かに上がったわけではない。一成がこの

    世に生を受ける前から、その危惧の声は上がっていた。魔術師を輩出

    する家として、土御門は終わりだと。

     だが、一成の両親はそれをむしろ「良し」と思っている節すらあっ

    た。一成の祖父は熱心に魔術を教えていたが、両親はあまり乗り気で

    はないことを幼いながら、一成自身も知っていた。

     彼の魔導の道は、最初から中途半端になる運命を孕んでいた。

     だが、彼の両親は嬉しそうであった。祖父の意向に反し、父と母は

    笑って涙を流しながら言った。

    「お前はこの道を歩まなくていいのだ」と。

      *

      春日市。関東の某所に位置する一都市。駅前は近年の駅大改修に

    より商業施設や娯楽施設が増え栄えている。しかし少し郊外に向か

    うと住宅が増え、ベッドタウンの様相を呈している。また、海が近く、

    そちらに向かえば工場地帯と倉庫街、海浜公園があるという、地方の

    中規模都市である。

     その都市の駅から十分程度の場所に博物館がある。駅の大改修に

    合わせこちらも大々的な修改築が行われて、ガラス張りの近代的な博

    4

  • 物館へと趣を変えた。

     博物館の営業時間は疾うに終了し、夜も更けて久しい頃合い。高校

    生と思しき少年がいるべき時間では決してないのだが、ダッフルコー

    トを着てリュックサックを背負った学生服の少年が一人、懐中電灯を

    片手に堂々と歩いていた。

     少年は暖房のない夜の室内の寒さをコートでものともせず、懐中電

    灯をあちらこちらに当てて観察している。

    「懐中電灯だけじゃ見えにくいな。しかもどれを触媒にすればいい

    か、っていうかもはやどれでもいいんじゃねーのかな」

     少年のいる二階は日本の古代〜中世までの品が展示されており、同

    時に特設展示のコーナーがあるフロアだ。少年は品定めをするかの

    ように明かりの足りないなか、懐中電灯だけを頼りにじっくりと展示

    品を眺めている。

     ──が、突如その作業をやめて背負っていたリュックサックを下ろ

    して、透明な液体の入った袋を取り出した。

     心の中で床が絨毯のようなものではなくリノリウムでよかったと

    思いながら、少年は液体──水で魔法陣を描いていく。懐中電灯を口

    に咥えて、黙々と作業を行いながら少年は己の家と、これから行われ

    る戦争に思いを馳せた。

      聖杯戦争。何でも願いを叶えてくれる「聖杯」を巡って行われる、七

    人の魔術師のバトルロワイヤル。「聖杯」──そのような便利なもの

    があるなら、七人で使えば最も良いと思うかもしれないが、そうは問

    屋が下ろさない。

     願いを叶えられるのは勝ち残った一人のみ。

     聖杯は何十年という時間をかけて魔力をため込み、それが満ちる時

    期に聖杯戦争は起こる。魔力が満ちると、聖杯は自ずからマスターを

    選定し『令呪』を付与する。

     そして令呪を与えられたマスターは、参加者として『サーヴァン

    ト』、要するに使い魔を召喚する。

     使い魔というとネズミ、フクロウといったものを想像するが、聖杯

    5

  • 戦争における使い魔──『サーヴァント』はそれとは次元が違う。

    『英霊』という存在がある。生前に偉業をなした人間は、死後『英霊の

    座』に引き上げられ、人間の守護者となる。英霊は実在、架空に関わ

    らず人々に信じられてさえいれば、人間の想念によって『英霊』とな

    る。『英霊』という、この世の外側にある精霊のような存在を現世に呼

    び出し、使い魔として使役する。それを可能とすること自体がひとつ

    の『奇蹟』であり、聖杯の力は召喚そのものにより示されている。

     そうして召喚された『サーヴァント』という使い魔を使役し、七人

    の魔術師が殺しあう、それが聖杯戦争。

     しかしこの世のものではない、純粋な力そのものの英霊をそのまま

    召喚することは魔法使いにも不可能である。

     それを可能にするために、英霊を呼ぶにあたって『クラス』という

    箱を設定し、その箱に沿って英霊の力を流すことによって召喚を行う

    のだ。

     その英霊の『クラス』には七つが存在する。

      剣の騎士、セイバー。

     槍の騎士、ランサー。

     弓の騎士、アーチャー。

     騎乗兵、ライダー。

     魔術師、キャスター。

     暗殺者、アサシン。

     狂戦士、バーサーカー。

      セイバーには「剣」にまつわる逸話を持つ英雄、キャスターなら「魔

    術」にまつわる逸話を持つ英雄が召喚されるという具合に、魔術師は

    英霊の生前の伝説に当てはまるクラスで召喚を行う。また、召喚の際

    に英霊ゆかりの品を触媒にすることで呼び出す英霊を限定すること

    ができる。

     例えばエクスカリバーの鞘で、アーサー王を呼び出すといった具合

    だ。

    6

  •  触媒がない場合、召喚者本人との相性で英霊が選定される。だがど

    んな英霊が呼び出されるか予想できずあまりにギャンブル性が高す

    ぎる為、触媒を用意することがセオリーだ。

     過去、日本で行われた聖杯戦争で最も著名なものは冬木のものであ

    ろう。だが、冬木の聖杯は何十年も前に解体されてその地の聖杯戦争

    は終結したという。

     今日、春日の地で行われようとしている聖杯戦争は何者かが冬木の

    聖杯を模倣したものである。

     さらにその聖杯に日本で生まれた陰陽道による手を加えたことに

    より、呼ばれる英霊が日本に縁のある英霊に限定されてしまっている

    という。

     聖杯が『真作』であるか否かは聖堂教会によって判断されるが、既

    にこの聖杯戦争の聖杯は贋作であると認定されている。

     しかし真の聖遺物「聖杯」ではなくとも、『願いを叶える』機能が存

    している限り、その奇蹟を求める者たちにより戦争は開始される。

      三日前、少年は自分の左手に鈍い痛みを感じたかと思うと、そこに

    は三画の令呪が宿っていた。彼は聖杯戦争の話を聞いたことはあっ

    たし、聖堂教会から春日市で聖杯戦争が行われるとの伝達もあった

    が、己に令呪が宿るまでは他人事だった。

     だが、己に令呪が宿った時にはそれを運命だと、少年は間違いなく

    感じたのである。

     己が魔導の家を、ここで終わらせてはならない。聖杯戦争で勝ち抜

    き、『根源に至る』。

     それが、魔導の家に生まれた己の責任。一体何者がこの戦争を始め

    たのかは気になるが、少年は「願いを叶える」聖杯がある以上は利用

    させてもらうつもりでいた。

      話は戻るが、英霊を召喚する際に触媒を用意することがセオリーで

    ある。しかし少年は諸事情あり、親には令呪が宿ったことを告げてい

    ない。親のツテを頼れば古い家系故に何か英霊に縁の品が出てくる

    7

  • と思えたが、それはできなかった。

     そこで少年がとった手段が、博物館に侵入しそこで召喚の儀を行う

    ことであった。

     博物館ならば歴史的ゆかりのある品がある上に、どれが触媒として

    認識されてもそれなりの英霊が呼ばれるだろうとの考えからである。

    「よし、こんなもんだろ」

     少年が満足げに懐中電灯で描いた魔法陣を見下ろす。水ゆえに見

    にくいが、しっかり魔法陣が描かれている。時刻は午前一時。召喚の

    為にきちんと魔術礼装である神主服を身に着けてきて、体調も万全で

    ある。午前一時は少年にとって魔術を行使するのに最も良い時間で

    ある。

     準備は万端──少年は息を吸い、心を落ち着ける。魔法陣の上に手

    をかざす。

    「一魂清浄・二魂清浄・三魂清浄・四魂清浄・五魂清浄・ 六魂清浄・

    七魂清浄・八魂清浄・九魂清浄・十魂清浄───」

     英霊召喚の呪文に、土御門家由来の呪文を加える。日本刀で打ち合

    う音が脳髄に響き渡る。異物が体に切り込んでくるイメージ。少年

    の魔力回路が起動し、生命力が魔力へ変換され流れ出す。本来人体に

    は有害な幽体と肉体を繋げる疑似神経が鳴動し、少年に鈍痛を与え続

    ける。

     だが、それは慣れたもの。人ならぬ神秘を行うが為の代償。彼の詠

    唱は止まらない。

    「───告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄

    る辺に従い、この意、この理に従うならば答えよ───」

     夜の静寂が震える。水で綴った魔法陣が光を放ち、溢れ出す魔力の

    渦。少年は眼を閉じる。室内にも拘らず暴風が吹き荒れる。恐るべ

    き神秘の具現が、手を伸ばせばそこに───!

    「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

     魔法陣は極光といっても差し支えない光を放ち、荒れ狂う風は術者

    をも吹き飛ばさんとする。それでも少年は集中を緩めない。魔法陣

    はこの世ならざる場所と接続し、奇蹟の具現ともいえる英霊を招く。

    8

  • 極光と魔力回路の鳴動が収まったと同時に、自らの魔力がどこかに流

    れているのを感じる。

     少年はゆっくりと目を開く。いまだ薄明りを放つ魔法陣の中心に、

    明らかに人ならざる──姿かたちは人だが、放射する力と存在感が人

    ではない──モノが立っていた。

     少年は思わずつばを飲み込んだ。

     その英霊は、ゆっくりと余裕のある動作で少年に振り返る。衣冠束

    帯姿の、三十から四十歳の男性と思われる英霊。動作に洗練された教

    養を感じさせ、高貴な生まれを連想させる。召喚された『サーヴァン

    ト』は、厳かに口を開いた。

     「問おう。そなたが私のマスターか」

      召喚の余韻であっけにとられていたが、少年は我に返ると勢いよく

    答えた。

    「おう。俺がお前のマスターだ。っと、クラスは?」

    「おや、私がアーチャークラスしか該当しないと知って召喚したので

    は……ああ、そういうことであったか」

     アーチャーはきょろきょろと周囲を見渡し、了解したと言わんばか

    りに皮肉っぽく笑った。明かりは少年の懐中電灯と魔法陣の放つ淡

    い光だけのため、アーチャーが何を見て何を了解したのかは少年には

    わからなかったが、彼は直ぐに了解することになる。

    「これはこれはいい加減な召喚をするマスターよな」

    「う、うるさいな。俺の勝手だろ」

     博物館に展示されている品をランダムで触媒にしていたことが露

    呈して、少年はきまり悪そうに言い返した。

     そんなマスターの様子を見ながら、アーチャーは深みのある、落ち

    着いた声音で話す。

    「まぁ良いわ。ともかく、私はアーチャーのクラスを得て現界した。

    我が主よ、名を教えてもらっても構わぬか」

    土御門一成

    つちみかどかずなり

    「そうだな、俺は

    。あと主って呼ばれるのなんか痒いから

    9

  • 名前で呼べよ」

    「そう申すならばそうさせてもらおう。一成で良いか」

    「いいぜ。あ、アーチャー、お前の真名教えろよ」

    「それは断る」

    「ハイ!?」

     良いテンポで話ができていた矢先に、ビシッと真名開示を拒否され

    て一成はいつものノリでリアクションをしてしまった。

     当のアーチャーは文句を言いだしそうな一成を制して、笑いながら

    説明を始めた。

    「不興を承知で言うが、一成や。そなたから流れてくる魔力から察す

    るに、そなたの魔術師としての技量は高くはなかろう。幸いにもパラ

    メータに酷い低下はみられないが、仮にそなたが敵マスターの精神に

    働きかける魔術によって、あっけなく我が真名を吐かれたら困る。

    サーヴァントにとって真名は秘するものゆえにな」

    「……なんでそんなことわかるんだよ」

    「ふ、生前私は呪術にはなじみがあったようでな、それくらいはわかる

    ぞ」

     アーチャーは薄く笑いながら、一成の反応を眺めている。アー

    チャーの言うことは少なからず一成にとって図星であった。土御門

    は歴史のある魔導の家だが、その代々伝えられる魔術回路は成長の限

    界を迎えて減退している。両親もそれを承知していたが、祖父はそれ

    を信じたくないと言わんばかりに一成を跡継ぎとして魔術を厳しく

    教えこんでいた。

     しかし、結果は無残なものであった。一成の成長は祖父の期待の半

    分にも達せず、魔導の家の劣化を明るみにさらけ出すこととなった。

    中学を境に、祖父は諦めたように一成に魔術を教えなくなった。アー

    チャーの言は事実であり、怒りは湧かない。あるのは、悔しさ。

     一成は息をついて、努めて明るく言った。アーチャーの言葉に怒っ

    ても、図星を指されて逆切れしているだけで、いっそうみじめだ。

    「なら……仕方ない、お前に従おう。だけど俺は勝手にお前の真名探

    すからな!」

    10

  • 「好きにせよ。とはいっても、私も自分の真名が分からぬ」

    「ハァ!?」

     アーチャーは呑気に直衣から扇を取り出して優雅に煽いでいるが、

    さらっと爆弾発言である。しかも意味が分からない。

    「そなたがアバウトな召喚をしたゆえに、どうも少し記憶が混濁して

    いるようじゃ。まぁ一晩二晩すればすっきりすると思うが」

    「……マジか」

    「大マジじゃ。まったく初めからこれではそなたの人格と力量も知れ

    ようと言うものよ」

     召喚したてなのに既に駄目出ししかされていない。一成は若干ブ

    ルーになったが、的を射られてばかりなので反論もできない。しかし

    駄目出しをしまくったわりに、呆れてはいるもののアーチャーは不満

    そうには見えない。

    「しかし、至らぬ点を衝かれても逆切れ等しないあたり、良しとしよ

    う。性根は悪い者ではなかろう」

     一成ははっと気づく。不満げではないアーチャーの視線は、まるで

    値踏みでもするかのように一成を見ているのだ。当然ながら、英霊は

    生前に人々の記憶に残るほどの偉業をなした人間である。アー

    チャーも現界している姿が三十から四十歳の年に見えるため、それ以

    上の年を重ねていたはずだ。人々の記憶に残るほどの遥か年上の人

    間が、マスターとはいえたかだか十七の学生をどう見るのか。

     ともかくここに長居をするわけにもいかないので、一成はその場は

    片付けて去ることにした。親元を離れて一人暮らしをしている為、

    アーチャーが家に居ても問題はない。

    (衣冠束帯ってことは平安時代?でアーチャー……那須与一?でもな

    んかイメージじゃないだよな……)

    「一成、誰か来るぞ」

    「は?」

     魔法陣を始末しているところで、アーチャーに呼びかけられて振り

    返るのと同時に閃光が目を焼いた。明るさで一瞬視界が奪われたと

    同時に、「誰だ!」と叫ぶ声が聞こえた。

    11

  •  何かと思えば、懐中電灯を持った警備員が警戒と不振の眼差しで

    立っていた。一成はそれを認識するや否や、声を発せさせる間も与え

    ず警備員の懐に潜り込んで腹に一撃を見舞った。

     物が詰まるような声を上げ、警備員はがくりと一成にもたれ掛る。

    「これでよし」

    「いやそなた人払いの魔術とかかけておらんかったのか?」

     一仕事終えたかのように額の汗をぬぐうそぶりを見せる一成に、

    アーチャーは疑わしげに尋ねる。

    「かけたけど、多分召喚の余波でぶっ飛んだのかもしれないな。この

    手の魔術ニガテなんだ……けど侵入する時出入り口にいた警備員は

    峰打ちにしたはずなんだけどな」

    「いやいやこの建物大きそうではないか、警備員はそこにいたので全

    員とは限らんだろ」

    「まぁ会ったら会ったでまたちょっと……な?いろいろ便利なんだ。

    友達に教えてもらったんだけどよ」

     どうだといわんばかりの表情で返されて、アーチャーは苦笑いを隠

    そうとはしなかった。

    12

  • 11月21日 セイバー召喚

      己の人生に後悔はない。生前も、命を惜しんだことは一度もない。

     だから、己の命が尽きること自体はどうでもよいことだった。

     自分がいなくともこの国は末永く、細石に苔の生すまであり続ける

    だろう。

     もう、そう願うだけだ。

     ここで死ぬことは、戦いの生涯から解放されることを意味する。

     己に否はなく──むしろ、安息でさえあった。

     ──もう、戦わなくてよいのか。

     視覚、触覚、嗅覚──すべてが失われていく中、己はその安寧に身

    を委ねようとして──拒否した。

     己の生はどうでもよい。どうでもよいが───只、今死ぬわけには

    いかなかった。

      一つの誓いを果たすまで、死んではいけない。

     彼らの願いを、思いを遂げなければならない。

     その為に、己は戦いを続けなければならない。

      だから───己は、舞い降りた白鳥さえも縊り殺そう。

    「喜べ。お前たちの願いは叶う」

       *

      『魔術』とは何か。端的に言えば、魔力を使用して「火を起す」「爆発

    を起こす」などの神秘を行使することである。万能のように見えて

    も、『魔術』 は「魔力」を触媒にした等価交換が原則である。また、『魔

    法』と『魔術』は別物であり、その線引きは「現代の技術で実現でき

    るかどうか」である。「火を起す」ことはライターでもできる「現代技

    13

  • 術で実現可能」な事象であるため魔法ではなく魔術だが、「時間を巻き

    戻す」ことは魔法である。

     例えば現代なら「空を飛ぶ」ことは魔術でなくとも飛行機、気球な

    どを使うことで同じことができるため魔法ではなく魔術だが、五百年

    前の技術では不可能故に、五百年前の時点では「空を飛ぶ」ことは魔

    法だったのである。

     つまり、時代が下るにつれ魔法は減っていき、魔術が増えていく。

     特にここ百数十年は現代技術を魔術が後追いしている形である。

     既に魔術など面倒な手続きを踏まずとも、現代技術でより容易に同

    じことが可能である。

     ならばなぜ、魔術師は魔術を使うのか。

      話は変わるが、『根源』というモノがある。世界のあらゆる事象の出

    発点となったモノ。ゼロ、始まりの大元、全ての原因。有り体に言え

    ば、「究極の知識」である。

     全ての始まりであるがゆえに、その結果である世界の全てを導き出

    せるもの。

     最初にして最後を記したもの。この一端の機能を指してアカシッ

    クレコードと呼ぶこともある。

     魔術師とは、この『根源』に至るために『魔術』という手段を使用

    しているから『魔術師』と呼ばれているだけで、わかりやすく言えば

    実態は学者に近い。

    『根源』を追い求める彼らにとって、魔術行使によって発生する『奇蹟』

    はオマケのようなもので、欲するものではないのである。

     現代において魔術師は研究のために魔術を行使するので、それ以外

    に一般世間で収入源を持っていることが殆どである。または古くか

    らの家柄で、土地などを多く所有していて得る収入で生活している。

     つまり、一般人から見れば魔術師の家とは「古くからある由緒正し

    い家で、資産家」と見られていることが多い。

      ここ春日市の管理者である碓氷家も、二百年以上前より春日に暮ら

    14

  • すそういった魔導の家柄の一つである。

      (マジで憂鬱だわ……帰りたい……今家だけど……)

     朝、二階の自室のベッドから起き上がると、碓氷明(うすい あき

    ら)は最初から憂鬱だった。

     ぶっちゃけて言えば、三週間前からずっと憂鬱だったが、今日はそ

    の憂鬱も極まっていた。

     魔導の家・碓氷といえばここ春日の地の管理者(セカンドオーナー)

    で、その筋では有名である。明は七代目当主(予定)であり、初代は

    北欧出身で二代目が日本に移り住んで定住するようになった。

     彼女の暮らす家は、古色蒼然たる西洋風の屋敷である。庭は広々と

    して石畳が敷かれ、家の門と玄関の間には噴水なんてものまで備えら

    れている。

     異人館の風貌を持った三百坪近い屋敷は、周囲の家からかなり浮い

    ている。

    管理者

    セカンドオーナー

     ちなみに『

    』とは、魔術協会より霊地の管理を任された名門

    の魔導の家系・魔術師のことを言う。春日に魔術師が来て魔術工房を

    作る際には、この碓氷の管理者の許可を得る必要がある。

     現在この西洋風屋敷の碓氷家には明しか住んでおらず、母は他界し

    ており父は訳合って時計塔にいずっぱりで、実際の管理者の仕事は明

    がこなしている。

     さて、何故このように明が憂鬱極まりないかといえば、それは三週

    間前のことに遡る。

       町はずれにある教会。教会に至るまでの道脇の花壇は常に手入れ

    がなされていて、四季折々に訪れる人々の目を楽しませてくれる。シ

    スターである神内美琴(じんない みこと)の几帳面さがでているな

    と、明は常々感じている。ただ、その花々もこのような雨降りしきる

    曇天の下では精彩を一つ欠く。

    15

  •  春日教会はゴシック様式の教会で、レンガで作られたその建物は尖

    塔をもち、その上に十字架が立っている。教会らしく、どことなく荘

    厳な雰囲気を漂わせる建物だ。

     春日の地の管理者として、聖堂教会とは「神秘の秘匿」という共通

    項で何かと関わることが多いためここを訪れることもままある。今

    日は時計塔にいる父と神内美琴から話があると聞いた為ここまで出

    向いたわけだが、この時点で明のテンションは低い。聖堂教会絡みで

    呼ばれるのは、大体春日の地で外道に落ちようとする魔術師が出るな

    ど、面倒事の場合だからである。

    「どうもお邪魔しまーす」

     挨拶をしながら教会の扉を開く。教会の中は天井に空間を感じさ

    せる蝙蝠天井という作りになっており、柱頭という柱が等間隔で両側

    に並ぶ。入口から通路が伸び、その左右に長椅子が配置されている。

    視線は自然と内陣の祭壇に引き寄せられる。

     ひんやりとした堂内にはすでにシスターの神内美琴と、その父親の

    神内御雄(じんない おゆう)が祭壇の十字架の前に立っていた。傍

    らには小さな蝙蝠がふわふわと飛んでいる。

     明が勝手に近くの長椅子に腰かけると、それを見計らって美琴が口

    を開いた。

    「よく来てくれたわね、明」

     ウィンプル(修道女の頭巾)から少し髪をはみだし、修道服に身を

    包んだ妙齢の美女が出迎えた。いつも思うが、美琴はあまりシスター

    らしくなく、むしろ会社でバリバリ働いていそうなキャリアウーマン

    に近い。

     美琴とは十年くらいの付き合いになるが、いまひとつ彼女のテン

    ションにはついていけないでいる。

    「お久しぶりです。なんだかあんまり聞きたくないけど、早く話を始

    めてもらってもいい?」

    「全くあなたって人は……。まぁいいわ、端的に言うと、この春日の地

    で聖杯戦争が始まるわ。およそあと一か月ってところ?」

    「は?」

    16

  •  わざとではなく、明は間の抜けた声を出してしまった。話には聞い

    たことがある。

     聖杯戦争。

     その形態は様々だが、ことに日本で有名なのは冬木の地で行われた

    聖杯戦争である。しかし冬木の聖杯は何十年も前に解体されたはず

    だが……。

    「もう気づいていると思うけど、明、貴方にはこの聖杯戦争に参加して

    ほしい。貴方のお父様からもそのようにとの指示よ」

     明は内心で苦虫を百匹くらい噛み潰していたが、表面上は黙って話

    の続きを促した。

    「今回の聖杯……『第七百五十聖杯』は聖堂教会の調査の結果、すでに

    贋作との判定が下っているわ。だけど、『願いを叶える』機能を果たす

    には十分すぎる魔力がため込まれているから、それに引き寄せられる

    魔術師は多いでしょう」

    「つまり『神秘を漏らすことなく』『とんでもないことを願う外様の魔

    術師を排除して』『聖杯戦争に勝て』ってこと?」

    「聖杯が偽物と判断された以上、聖堂教会としては何事もなく終われ

    ばそれでいい。今回は魔術協会もその意向のようよ。私と父が今回

    の聖杯戦争の監督役を務めるわ」

     本来聖杯戦争の監督役は、第八秘蹟会──聖遺物管理や監督を行う

    部署から派遣されてくる。幸いにして神父──神内御雄は第八秘蹟

    会の所属であったが、仮にそうでなかったとしても監督役を担わされ

    ていただろうと美琴は告げた。

     冬木の聖杯も真の聖杯ではなく、さらにその模造品とくれば──推

    して知るべしで、わざわざ別の第八秘蹟会の者を派遣するまでもない

    ということだろう。聖堂教会は、冬木の聖杯ほど春日の聖杯を重く見

    ていないのだ。

     明は渋い顔をしていたが、引き受けざるを得ないだろうことを分

    かっていた。春日の管理者として神秘の漏洩を防ぐことは責任であ

    り責務である。魔術師として根源に至ることの両得が叶うことを明

    が拒否するとは美琴は考えていないだろう。

    17

  •  明が戦争で勝つなら、その用途は「根源に至る」ことに使われ神秘

    の漏洩にはあたることをしないことがわかりきっている。

     だから美琴、いや教会としては明に勝ってもらえれば都合がいいの

    である。

     「教会で真贋判定の際にわかったのだけど、今回の聖杯は何者かが冬

    木の聖杯戦争を模倣し、さらに陰陽道のアレンジを加えたもののよう

    なの。そのせいか呼ばれる英霊が日本に縁のある英霊だけになって

    いるそうよ」

    「はぁ」

     あまり乗り気でなさそうな明に構わず、美琴はてきぱきと話を進め

    ていく。美琴がぐいぐいと話を進めていくのも、最早いつもの光景で

    ある。

    「あと、魔術協会から魔術師が一人派遣されるわ。貴方のお父上の推

    薦らしいの。より確実にこの聖杯戦争を「何事もなく」終えるために

    ね。聖杯を巡る最後の争いは貴方とその魔術師であればいいわね」

     もしかしての場合の保険というわけだ。美琴の表情は、正統派の魔

    術師が二人いれば外様の急造魔術師に負けるわけはないと語ってい

    た。

     つまり、監督役の神内御雄・美琴とその派遣される魔術師と明でグ

    ルになって他の魔術師を倒し、最後は派遣の魔術師と私で雌雄を決す

    る、というのが聖堂教会の青写真のようだ。

    「だけど、確か令呪?ってのが聖杯から配られるんだろうけど、私に宿

    らなかったらどうすんの?」

    「それは心配には及ばない、七代目」

     今まで黙っていた美琴の父親、御雄がゆっくりと口を開いた。今年

    五十五になるそうだが、身長と精悍な肉体からは十歳程度若く見え

    る、年齢不詳の中年である。美琴もイメージからは修道服が似合わな

    いが、御雄も胡散臭い為あまりカソックが似合わないと明は感じてい

    る。

    「元の冬木の聖杯システムでは、システムを作り上げた『始まりの御三

    18

  • 家』には優先的に令呪を割り振ることになっていた。それを模倣した

    今回のシステムでも、同じことが起こるだろう。つまり、御三家のひ

    とつ『冬木の土地を提供した管理者遠坂』が今回では『春日の地を提

    供した管理者碓氷』と読み替えられる」

    「じゃあ冬木の御三家の残り二つ、マトウとアインツベルン?だっけ

    ?を読み替えた魔術師も令呪が優先的にもらえるの?」

    「そういうことになる。霊器盤によると、既にキャスターのサーヴァ

    ントが呼び出されている」

     そう、と明は呟いた。美琴は話は以上と告げ、聖杯戦争が始まるま

    ではもっと気軽に教会に来ても構わないとにこやかに笑って言った。

    彼女は蝙蝠が父からの伝言を預かっているから聞いておいてと言い

    残して、教会の奥に消えた。

     伝言を聞いたところ、召喚のための触媒は父と御雄が手配して二週

    間後には届けるといった内容だった。

     用は済んだため、明はもう自宅に戻ってもよかったのだが外の天気

    故に、なんとなく講堂内に座ってぼんやりしていることにした。

     ぼうっとしていても考えることは一つで、もちろん今の話にあった

    聖杯戦争である。

     美琴の口ぶりの中には「あなたみたいな魔術師にも悪い話じゃない

    でしょ?」というニュアンスが端々に漂っていたが、正直明には一ミ

    リもいい話ではなかった。正直誰かやりたい人間がいるのなら代

    わってほしいくらいだ。

     (めんどくさいな……)

     明が魔術師をしているのはそれ以外に生きる方策がないからであ

    り、彼女には根源への興味が強くない。

     それに、時計塔から魔術師が派遣されてくるらしいのだがその人と

    うまくやっていく自信もない。聖杯戦争で勝ち抜くよりも、冬木の聖

    杯戦争を模倣した奴を見つけ出して潰した方がいいのではないかと

    も思う。

    (だけど、他の変な魔術師がマスターとして参加したら一般人にも被

    19

  • 害が出るだろうしなぁ)

     魔術師同士の戦いは神秘の秘匿もあり、一般人の目につかないよう

    に行うのが常道である。だが、それに頓着せず、一般人が死のうとど

    うも思わないマスターがいるとしたら被害は甚大なものになる。

     管理者として一人間として、それを見逃しておくわけにはいかな

    い。

     憂鬱に考えていると、ふと頭上から照明が消えた。

    「明よ、不安か?」

     神内御雄であった。いつの間にか近くに来ていたようだ。

     思案にふけっているのを、これから迎える戦争に不安を感じている

    ように見られたのかもしれない。

    「いや、ぼーっとしてただけ。まぁ、なんとか頑張ってみるから、よろ

    しく」

     雨、少しましになったようだし、と言って明は立ち上がった。実は、

    この美琴の父親である神父の事はあまり好きではない。なぜかと言

    われれば返答に困るが、見透かされているような居心地の悪さがある

    のだ。

     すたすたと歩いて入口を押し開き、教会から出て扉を閉めようとし

    た時に、神父の低い声が届いた。

    「そう悲観するでないぞ、碓氷の影使い。何しろ願いが叶うのだから

    な」

    「……あの、それ本当に願いは叶うの?」

     美琴がいないこともあり、明は素直に疑問を口にした。かつて、冬

    木の聖杯戦争は五度にわたり開催されたが、そのどれもが一つの願い

    も叶えることもなく解体を迎えている。その聖杯の模造品──陰陽

    道式聖杯、ヒジリノサカズキにそれほどまでの力があるのだろうか。

    ましてほかの願いならいざ知らず、根源に至ることは別格の願いであ

    る。

    「……万が一に「渦」を観測する可能性があるからこそ、教会は我らに

    監督を命じ、協会も人員を派遣した。それしか私には言えないが─

    ─」

    20

  •  神父自身も、この春日の聖杯が真に願いを叶える──根源に至れる

    か──はわからないようだ。しかし、彼はそんなことはどうでもいい

    と言わんばかりに笑んだ。

     「──願いが叶うまいと叶うまいと、始まってしまったのだ。その過

    程にこそ意味があるとは思わないか、碓氷の影使い」

    「……はぁ……?」

     神父の言葉と笑の意味を解せぬまま、明は教会を後にした。

     この神父がよくわからないのは今に始まったことではない。

       *

       聖杯戦争の参加を命じられてから二週間経ったが、教会から音沙汰

    がない。

     一応明から連絡を取ったが、神父からは「暫く待て」というだけだっ

    た。

     そしてさらに一週間経った今日のこの日、明は準備が整ったとの連

    絡を受けて再び教会に足を運んだ。聖杯戦争まで一カ月と言ってお

    きながら、すでにあと一週間のところにまで迫っている。

     ようやく明は父と御雄神父が手配してくれたという触媒を受け取

    ることができる。ちなみに、令呪は美琴から話を聞いた次の日には無

    事に聖杯から付与されていた。まるで話を聞くまで待っていたかの

    ような聖杯の空気の読みっぷりに、明は静かに歯ぎしりしていた。

     しかし、せっかく足を運んだにも拘らずその触媒は教会のどこにも

    なかったのである。

     肩透かしを食らって不愉快そうな顔をしていた明に御雄が渡した

    のは、新幹線のチケットだった。今日出発、今日終電で帰宅予定の名

    古屋までの往復切符。御雄神父はとある神宮の名を指定し、そこで召

    喚の儀を行うように言った。

    21

  •  本当は触媒をここまで取り寄せたかったそうなのだが、極東の地は

    魔術協会の威光が及びにくいこともあり父のツテを以ってしても流

    石にその「ご神体」を外に運び出すことに許可が下りなかったそうだ。

     彼は「向こうで宮司に色々注意を受けると思うが、しっかり聞くよ

    うに」とアドバイスをし、

     最強にも等しいサーヴァントが呼べると笑った。

     新幹線の時間的に、さっさと行ってさっさと召喚してさっさと帰っ

    てきて教会に顔見せに来てほしいということだろう。

      明は自宅に帰り、手早く身支度を済ませ召喚に必要な道具をバッグ

    につめこんで家を出た。

     電車で新幹線の停車駅まで移動し、新幹線に乗り込んだ。駅弁を

    買って食べながら、おそらく自分が召喚することになるであろうサー

    ヴァントのことを考えた。

     ただ、伝承によればかの剣は壇ノ浦に沈んだとかなんとかで複製が

    いくつもあるようだし、あの神社にある剣で本当に目的のサーヴァン

    トが呼ばれるのか疑問である。

     万が一、その剣を複製した職人とかが呼ばれたらどうするのだろう

    か。

     明にはサーヴァントをえり好みする気持ちはないが、不安の種は尽

    きない。

    「聖杯戦争ねぇ……」

     明は神父から聖杯戦争の仕組み(冬木準拠)をおおよそ聞いている。

    それはさておき、できるなら聖杯戦争に参加などしたくはない。戦い

    で命を落としかねないことよりも、歴史上の英雄とコンビを組んで戦

    うことの方が気が重い。

     聖杯戦争がはじまり終結するまで一か月、もしかして二週間にも満

    たない時間だが、歴史上の英雄とよろしくやれるかと聞かれたら答え

    は完全にNOである。英雄なんてものは、人々が驚嘆する華々しい活

    躍をすることと引き換えに、だれもが嘆くような悲劇的な終わりが

    セットになっていることがテンプレートだ。

    22

  •  そんな波乱万丈活動的な生涯を送ったお方と良好な関係が築ける

    気は小指の爪垢ほどもしない。そして明が召喚しようとしている英

    霊は、まさにそのザ・テンプレ英雄である。

     しかし考えても仕方がない。一般人を巻き込むわけにもいかず、管

    理者としての責務を果たすためには闘うしかないのだ。せめて体力

    くらいは温存しようと思い、明は目を閉じた。

       *

       時間があるので、せっかく名古屋にやってきた明は神宮近くのひつ

    まぶし屋でもりもりとうなぎを食べてから神宮に向かった。時刻は

    すでに夜十時を回っている。明としては召喚は午前一時に行いたい

    のだが、流石にあちらにその時間まで待たせるのも忍びない。

     渡された乗車券的に、終電で帰ってこいということだから、明のベ

    ストの時間に召喚をすることは元々無理である。

     「何気にでかいよねぇ……」

    草薙剣

    くさなぎのつるぎ

     熱田神宮。三種の神器の一つ

    を御鎮座とし、熱田大神──

    天照大神を主祭神とする神宮だ。六万坪の敷地があり、都会の中にお

    いて樹木が生い茂り自然に溢れている。

     夜の闇も相まって、鬱蒼とした印象を強める神社に明は足を踏み入

    れた。

     砂利を踏む音と風に草木が揺れる音、月光の降る静かな夜である。

    境内ガイドによると、正門からまっすぐ入ってそのまま進めば、御神

    体の祀られる本宮があるはずである。

     碓氷の魔術は北欧由来の魔術のため、明自身は神道や神社には詳し

    くない。熱田神宮に足を踏み入れるのもこれが初めてである。

    外玉垣御門

    とのたまがきごもん

     普通拝観する場合は、

    の前までである。そこに、神主姿

    の初老の男が建っており、明の姿を認めると軽く頭を下げた。

    23

  •  「話は伺っています。どうぞ中へ」

     流石に本殿──熱田大神の静まる本殿までは通されず、祭典の多く

    中重なかのえ

    を行う

    という広場で待つように言われた。

     すぐに宮司が長さ一メートルほど、高さ二十センチくらいの樟でで

    きた箱を大事そうに抱えて持ってくる。

     それを明に差し出すが、厳しい声で伝える。

    「この箱は、決して開けぬように」

     明は静かに頷いた。できれば静かに一人で行いたいのだが、触媒が

    触媒ゆえに目を離せないのか、宮司が側に佇んだままだ。召喚場所が

    場所だけに汚すわけにはいかないので、明は自前の白い布を広げ、そ

    の上に己の血液で魔法陣を描いていく。適当でいいわけではないが、

    英霊の召喚はほとんど聖杯が行ってくれるので術者はそのきっかけ

    をつくるだけでよい。

     魔法陣の真ん中に、樟でできた箱を置く。

     己の中身まで静寂に満たされたような空白の後、明は詠唱を始め

    る。

     「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。 四方

    の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

     淡い光が徐々に魔法陣に沿ってあふれ出す。かすかに感じるのは

    大気に含まれる魔力の胎動。

    閉じよ

    閉じよ

    閉じよ

    閉じよ

    閉じよ

    。繰り返すつどに五度。

    ただ、満たされる刻を破却する」

     頭の片隅で、もし召喚に失敗したらどうなるのかという疑念がよぎ

    る。参加しなくていいのかという甘い妄想もあったが、ただサーヴァ

    ントなしのマスターとして他のマスターに殺される図しか浮かばな

    かった。

     ──戦うしかない。

    Anfang

    セッ

    「─────

    」 

     己の太股を己で突き刺す、自傷のイメージにより魔術回路が起動す

    24

  • る。

     肉体と幽体を繋ぎ、生命力を魔力に変換する毎に発生する鈍痛。い

    つまでたっても慣れるものではない。本宮を護るように生い茂って

    いる木々が、常ならぬ空気に気づき騒ぎ立てはじめる。

     明はゆっくりと瞼を閉じる。

      「──────告げる」

     眼を開けていたら閃光で失明してしまいそうな、魔力の奔流。英霊

    を召喚する余波でこれだけの前兆があるとは、内心舌を巻く。吹き荒

    れる魔力風は洪水のようにあらゆる物品を吹き飛ばし、跡形も残さぬ

    災害のようだ。

     それでも明は集中を切らさず、言の葉を紡ぐ。

    「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この

    意、この理に従うならば応えよ───」

     吹き荒れる魔力風と雷鳴の如き圧倒的な光量で、境内を照らし木々

    をざわめかせる。そのざわめきは人知を超えた存在を迎える歓声な

    のか叫びなのか──。明は目をつむったまま、己の内側に意識を集中

    させる。

     自分が魔力回路そのものになり、人としての意識が失われていくよ

    うな感覚を超える。

      光と風が不意に収まり、今のざわめきが嘘のように境内が静まり返

    る。もう、眼を開かずとも、圧倒的魔力を秘めた存在があることを明

    は感じ取った。

     すでに目の前には人の理を超えた存在がましましているに違いな

    い。明は恐る恐る目をひらく。

      しかし、予想を裏切って目の前には影も形もなかった。

     「───あれ?」

     辺りを一通り見回してみたが、宮司と明以外に誰の姿もない。明は

    25

  • 思わず宮司の顔をまじまじと見つめてしまったが、彼に何がわかるは

    ずもない。自らの熱気も収まり、寒気がじわじわと這いあがってきた

    その時、右手の本殿からものすごい音が轟いた。例えるなら高所から

    人が落下した感じだろうか。

     宮司と明はお互いに顔を見合わせて、本殿を凝視した。すると、閉

    じられた扉が内側から開かれようと、がたがたと動いている。鍵が外

    れるかと思いきや、扉は唐突に蝶番ごと砕かれて階段から転げ落ち

    た。

      厳かに閉じられていた本殿の扉は見るも無残に破壊・解放されてし

    まった。

     そして、本殿の中から姿を現したのは──白っぽいマントに身を包

    んだ小柄な少年。

     彼は明と宮司を一瞥し、何事もなかったかのように階段を下りて、

    魔法陣の中央に立った。

     「盟約に従い参上した。 これより俺なる剣はお前と共にあり、お前

    剣おれ

    の運命は

    と共にある。───ここに契約は完了した」

     明よりも五センチくらい低い背に、少年とも少女ともつかぬ中性的

    な美貌の少年。

     風に翻ったマントの下には、襟の立った簡素な衣袴を纏っている。

    首元は衣袴の上からリボンで結ばれている。腰には青銅のように青

    く輝く鞘に収まった──恐らくは剣──を佩いている。

     鬱蒼とした神宮で、清かな月光を背に受けて佇んでいる。身に纏っ

    ている衣袴は内側から光るように白く美しい。濡芭玉の黒、というべ

    き錦糸のような髪が輝く。同じく漆黒の瞳はどこまでも凛冽であり、

    射抜くような鋭さを以って明を見つめている。男女の別を超えた、神

    がかった麗しさがそこにあった。

     明は、ぼんやりとその少年を見ることしかできなかった。

     「問おう。お前が俺のマスターか」

    26

  • 「……あの、何であんなところから出て来たんですか」

     たっぷりと間をおいて出て来た言葉がそれであった。明は我に返

    ると、内心しまったと舌打ちした。

     ぼーっとしていたせいで完全に場違いな質問が口を継いで出た。

     しかし、少年は何も戸惑うことなく答えた。「知らない」

    「あ、そ、そうですか」

     混乱しながらも、明は徐々に落ち着きを取り戻してきた。

     自分の得意とする時間でもなく、かつ自分に縁もゆかりもない場所

    での召喚である。何か間違えてしまっていても不思議ではない。少

    年は、再び同じ問いを繰り返した。

     「問おう。お前が俺のマスターか」

    「はい……えっと、セイバー?でいいんですか?」

    「ああ。セイバーのクラスを得て現界した」

     これが彼の東征の皇子なのだろうか。服装からみてしっかり古代

    の人物であるように見える。

     しかし今起きたミスもあるため、明は真名を聞いてみることにし

    た。

    「えーっと、真名を確認させてもらってもいいですか?」

    「?触媒もあるようだが、俺と知って呼んだのではないのか?」

    「あ、いや知ってるけど確認のためです。もしかしたら赤の他人かも

    しれないですし」

     セイバーは納得したように頷き、冴える声で真名を述べる。

     

    日本武尊

    やまとたけるのみこと

    「我が真名は

    。間違いはないか」

    「あ、うん、間違いない」

     日本武尊───十二代景行天皇の皇子。熊襲のクマソタケル兄弟、

    出雲のイズモタケルを討ち果たし大和に帰ったのちすぐさま東征を

    命じられ、荒ぶる神々や国造を従わせ帰途につく。しかし伊吹山の荒

    ぶる神々を討伐しようとしたとき、草薙剣を持っていなかったがため

    に神に呪われて病を得て、ついに大和へ帰り着くことができなかった

    27

  • 悲劇の皇子。

     日本がまだ今の形をとっていなかった時代。その一生を国の剣と

    して捧げ、国土平定に尽くした真正の英霊─────!

     (予想はしていたけど、英雄の中の英雄みたいなのが来たな……)

     パラメータを見てみると運は低いが軒並みAかBで、最優のサー

    ヴァントの名に恥じないセイバーである。

     ともかく、ハプニングはあったものの召喚は無事に済んだ。早く帰

    りの新幹線に乗って、教会の監督役たちに紹介しなければならない。

    明は聖杯戦争を行う地にいまから新幹線で行くことを伝えると、セイ

    バーは静かに頷いた。

     サーヴァントは召喚された時に聖杯から現代の知識を与えられる

    ため、セイバーは新幹線というモノの意味を分かっているようだ。

     宮司に御神体を返して礼を言ったが、宮司はずっとハトが豆鉄砲を

    食らったような顔で明とセイバーを見ていた。そして本宮を出て振

    り返ると、なんと宮司がこちらを拝んでいた。というかセイバーを。

    当の本人は一瞥もしていなかったし、本殿の扉は壊れたままだった

    が。

     それらを全て無視して、セイバーは森閑とした神社を見渡した。

    「ここは、尾張か」

    「あ、はい」

     セイバーはそれ以上何も言わず、明の二歩後ろを黙って歩いてい

    る。

     それにしても一体サーヴァントに対してどういう風に接すればい

    いのかと明は頭を抱えた。普通の使い魔なら適当いい加減だが、相手

    は古代の英雄でしかも皇子ときている。

     現実で考えれば、初めて会った人間には丁寧語を使うのが普通なの

    だから、それで問題はないはずだ。

     明は木々のざわめきのみがある神社を歩きながら、明は腹をくくり

    なおした。

     神社の出口まで戻ると、大通りに面しているため行きかう車が多く

    28

  • ある。振り返ればセイバーがいる。

     流石に旅装のマント、衣袴の格好でここから先を歩かせるわけには

    いかない。

    「あの、セイバー。霊体化してくれませんか?ここからは魔術とか知

    らない人も一杯いるんで…」

     何故かセイバーは黙りこくっている。何か気に障ることでも言っ

    たかと明は不安に思ったが、顔を見る限り違うようだ。

     「マスター」

    「はい」

    「……非常に言いにくいが、俺は霊体化ができない」

    「え!?……あ……」

     明は素っ頓狂な声を出しかけたが、すぐに先ほどの召喚が脳裏によ

    ぎった。あれが召喚のミスによるものだとすれば、霊体化ができない

    のもその影響の可能性がある。明は腕を組んでしばし考え込む。

     霊体化できないということは、常に実体化するだけ余計に魔力を

    持って行かれ、魔力の回復を優先したい時にも魔力の消費を抑えるこ

    とができないということだ。要するに、デメリットしかない。

     「あー……なんか、ごめんなさい」

    「何故マスターが謝る」

    「多分、私が何か間違えたんだと思います……」

     恐る恐るセイバーの様子を窺うが、怒っている様子はない。という

    か、先ほどから表情は変化していない。

     彼は静かに首を横に振った。

     「気にしなくていい。それより、ひとつ聞き忘れていたことがある。

    …マスター、名は何と言う」

    「え……あ、碓氷明です」

     まさか名を問われるとは思っていなかった明は、妙に挙動不審にな

    りながら名乗った。サーヴァントとマスターの間にあるのは、利害関

    29

  • 係である。主、従といいながら主従関係は無きに等しい。

     サーヴァントは聖杯を必要とするからマスターに従うのである。

    名前を知らずとも、戦いをすることはできる。

     「わかった。それと、俺に敬語は必要ない」

     名を問う、ということはマスターを単なる現界の為の依代以上のも

    のと見なすことだ。

     明は、少しだけこのサーヴァントとやっていけそうな気がした。

      *

       終電の新幹線に乗った時にはすでに午後十一時を超えていた。セ

    イバーが霊体化できないという予想外の事態ゆえに、明は実費でセイ

    バーの新幹線代を払わねばならなくなった。幸い混むような時では

    なかったため、明の隣の席を買うことができた。

     ちなみに衣袴で歩かせるわけにはいかないので、セイバーは明のロ

    ングコートをすっぽり着ている。彼の足元は現代のロングブーツに

    近いため、違和感はない。変わりに明は晩秋の夜の寒気に身をさらす

    ことになったが。

     新幹線が目的の駅に到着するまで二時間はかかるので、到着は深夜

    になる。新幹線に乗っている間も特に会話はない。明はなが餅を食

    べており、セイバーは席につくなり眠り始めた。

     目的の駅に着くと、ここから春日駅はほんの二駅ほどだがすでに終

    電はない。同じく降車した客がすっかり消え、ターミナル駅も人気は

    なくなりつつある。タクシーでも使うか、と明は駅を出てからセイ

    バーを呼ぶ。

     コートをセイバーに貸しているため、明は相変わらず寒空の下震え

    ている。

     「目的の駅がここから二つ先なので、今からタクシーに乗ります」

    30

  • 「……距離と方角はどっちだ、マスター」

    「えーっと、東西南北だと南東?に十キロくらい……」

    「承知した」

     そう言うなり、セイバーは明の手を取って駆け出す。あっ、と声を

    上げる間もなく明は引きずられるようにして走り出す。セイバーの

    足についていけなくなろうとしたその時、ふわりと明の足が地面から

    離れた。

     まるで宙に見えない階段でもあるかのように、セイバーは空を上

    る。見下ろせば、街灯の明かりと未だ眠りにつかぬ家家の明かり。空

    には、月と星。

     一定高度まで上がると、セイバーはそれこそ鳥の様に滑空を始め

    た。

    「言いそびれていたが、俺に騎乗スキルはない。その代わりがこの飛

    行スキルだ。下にその駅が見えたら教えてくれ、マスター」

       *

       午前二時。セイバーと明は教会の扉を叩いた。非常識な時間なこ

    とは百も承知だが、あちらも召喚は真夜中に行うと承知のはずであ

    る。それですぐにサーヴァントを連れてきてほしいというならば当

    然このくらいの時間になるわけだ。

     案の定、御雄と美琴は嫌な顔一つせずに教会に迎え入れてくれた。

    明は足音荒く、教会の中に入り長椅子に座る。

    「……どうしたの明、なんか珍しく怒っているように見えるのだけど。

    そしてサーヴァントがなんか不服っぽい気するんだけど」

     基本恬淡としている明の珍しい姿に、美琴が驚いて声をかける。

     明は思い出したくないと言わんばかりにそっけなく言い放つ。

    「怒っているんじゃなくて理不尽な恐怖体験に打ち震えているだけ

    ……と、それはともかく、召喚したから連れてきたよ」

    31

  •  ほら、と明は掌でセイバーを指し示す。御雄はセイバーに問う。

     「セイバー、あなたは日本武尊で相違ないか?」

    「それに答える前に一つ聞く。マスターの言うままについてきたが、

    お前たちは何者だ」

    「明、説明していないの?」

     美琴は呆れたと言わんばかりに肩をすくめた。明はばつの悪い顔

    をするが、説明を怠っていたのは事実であり釈明の余地はない。仕方

    がないわね、と前置きしてから美琴は簡単に自分と御雄の身分を明か

    した。

     聖杯戦争を見届ける監督役であり、暗に味方であることを強調して

    説明をした。

     セイバーは探る様に礼拝堂を一瞥し、最後に明を見てから目を閉じ

    た。

    「……お前たちの言うとおり、俺は日本武尊だ」

     その返答を以て美琴と御雄は了承の証と見た。

     一歩セイバーに近づいた御雄神父は、厳かに口を開いた。

    「もう一つ聞いておきたいことがある。セイバー、貴方が聖杯にかけ

    る望みは何か」

     そういえば召喚後の衝撃ですっかり聞くのを忘れていたと、明は思

    い返した。明としては世界の破滅を願うようなことでなければ何で

    も構わないのだが、このセイバーに限ってそれはないだろうと思って

    いたから聞き忘れたのかもしれない。何しろ、彼は護国の英雄であ

    る。

      セイバーは腕を組んで、鋭いまなざしのまま静かに口を開く。「な

    い」

    「ない?」

     思わず明が聞き返す。だが、彼の眼が冗談ではないと語っている。

    「聖杯にかける望みはない。俺の願いは、他の六騎のサーヴァントを

    皆殺しにし、俺が勝ち残ること。聖杯はマスターの好きにすればい

    32

  • い」

     深夜の教会に、さらなる沈黙が下りる。セイバー以外の誰もが、セ

    イバーの言葉が嘘ではないとわかった。

     「この大和で最強なのは俺一人。それ以外は認めない」

     短い間の後、セイバーは明に振り向く。

    「俺もマスターに問いたいことがある。聖杯はマスターの好きにして

    もらって構わないが、それを「この国を滅ぼす」などの類に使ってほ

    しくはない──俺はこれでも護国の英霊でもあるからな」

     もしその類の願いだったならばどうなるか、セイバーの目の冷たさ

    が全てを物語っている。

     明は背筋に冷や汗を流しながらも、平静を装って答える。

    「私の願いは根源に至ること。別にセイバーの危ぶむようなことは考

    えてないから安心して」

    「私たち聖堂教会は聖杯戦争が『何事もなく』終わることを希望してい

    るわ。セイバーと明の願いなら、私たちのその目標も達成できる」

     明に続き、美琴が監督役も味方だとセイバーに伝える。

     セイバーは何か思うところがあるように目を細めたが、ようやくそ

    の顔に笑みを浮かべた。

     「……ならば今しがたの生、俺はお前の剣となろう」

      「それはともかく、明はなんでここに来たとき怒ってたの?」

     セイバーと意思の確認したところで、改めて美琴が訪ねた。

     セイバーは途端にきまり悪げにわかりやすく目線を逸らしたが、明

    はもう恬淡としたものである。

    「ああ、セイバーはスキルで空を飛べるんだけど、いきなり私と空を飛

    んだの」

     途端に弛緩した空気が場に流れる。御雄と美琴は全てを察して生

    ぬるい笑みを浮かべている。空気に耐えかねたセイバーは言い訳じ

    33

  • みた弁解を始めた。「いや、俺は知らなかったのだ、マスターが高所恐

    怖症だとは………」

    「いやさ、さっきも言ったけど知らなかったことが問題なんじゃなく

    て、なんで飛ぶ前に『俺飛べるけど飛びますよ?』とか確認をとらな

    かったの?そっちが問題なの!」

     セイバーが飛行していると、握られた手が異常に汗ばんでいること

    に気づいた。どうやらそれは自分ではなくマスターの脂汗のようで、

    何かと思ったらマスターが顔面蒼白になって震えているではないか。

     体調を悪くしたのかと思い、セイバーはあわてて着陸すると、あま

    りの恐怖で理性が半分飛んでいた明に猛烈に怒られたのであった。

     まずは丁寧に対応しようと決めていた明の心がけは一瞬にして飛

    んで行った。

     セイバーも「敬語はいらない」と言っており、彼女は完全に開き直っ

    てしまっていた。

     御雄は後ろを向いて笑いを堪えているが、美琴はわかりやすく噴出

    した。

    「まだ治らないの、明」

    「美琴と知り合う前から……十年以上高所恐怖症やってるんだよ、そ

    う簡単に治ったら苦労はしないって」

     ぼそぼそとうらみがましく呟く明を、美琴は面白そうに見ている。

    明と美琴の付き合いは十年程度だが、初めて美琴と出会った時にはす

    でに高所恐怖症だったのだ。

    「小さい時高いところから落ちたと聞いたけど」

    「そう。っていうか思い出して怖くなってきたからもうやめようこの

    話。セイバーも召喚したし、今日は帰るよ」

    「ああ。ご苦労だった」

      まだ笑いを含んだ御雄と美琴の声を背に、明はセイバーをひきつれ

    て教会を後にした。

    34

  • 11月22日 準備期間①

     (でも変な話だなぁ)

     明は半覚醒状態のまま、