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日本体育学会第66回大会を終えて
専門領域代表 藤田紀昭
8月 25日から 27日まで国士舘大学を中心として第 66回学会大会が開催されました。都会にある明るく
新しいキャンパスに多くの研究者の皆さんが集まり、研究成果の発表と討論を重ねました。
全体テーマが 2020 東京オリンピック・パラリンピックと体育・スポーツ科学研究ということで大会を通
じて私たちの領域にも関係の深いパラリンピックや障害者のスポーツに関わるシンポジウム等がいつになく
たくさん企画されました。多様性を肯定するスポーツと社会-「真の共生社会」とは何か-(学会本部企画)、
東京オリンピック・パラリンピックと大学連携(日本体育学会・全国大学体育連合共催)、2020東京オリン
ピック・パラリンピック(東京地域連携企画)、東京2020に向けたスポーツプロモーション-「ポスト東京
2020」を展望する-(学際シンポジウム)などです。いずれの企画においてもスポーツの振興や強化、ポス
ト 2020 を考える時、障害者スポーツやパラリンピック、共生社会がキーワードの一つとなっており、私た
ちの研究領域の認知度の向上を感じると同時に私たちが果たすべき責任の重さを感じるものでした。
専門領域のシポジウムは『アダプテッド体育履修必修化を目指して(その 2)~アダプテッド体育をどう
授業実践につなげるか~』(司会:植木章三先生)というテーマで議論を深めました。今回は実際に現場で障
害のある生徒を前にしている山内和弥先生、黒沢勝先生、そして障害児教育の視点からアダプテッド体育を
学ぶことの必要性を下山直人先生に報告していただきました。現場での必要性そして、理論的な面からの必
要性についての言及はいずれも大変勉強になる内容でした。今回の議論も参考にしつつ、アダプテッド体育
必修化に向けた動きを進めていきたいと思います。
一般発表は口頭 26題(昨年 17)、ポスター7題(昨年 3)、計 33題の発表がありました。昨年より 13題
多くなりました。次回以降も皆さんの積極的な発表参加に期待したいと思います。4 回目となった若手を対
象とした研究奨励賞は口頭発表の部で木村敬一先生の「インクルーシブ教育における視覚障害生徒のスポー
ツ活動の現状に関する研究」、ポスター発表の部では前鼻啓史先生の「アンプティサッカー選手における幻肢
痛および断端痛の「痛み」に関する研究」が受賞しました。ポスター発表での受賞は今回が初めてとなりま
す。おめでとうございました。
専門領域総会では昨年度の事業報告、決算報告、今年度の事業計画、予算案が承認されました。また、電
子ジャーナル発行について承認されました。今回発表された皆さんにはぜひ学会発表の内容をまとめていた
だき電子ジャーナルに投稿していただきたいと思います。投稿規定等は後日事務局から連絡が届くことにな
っています。
来年は大阪の大阪体育大学で第67回大会が開催される予定です。皆さんとの再会を楽しみにしています。
アダプテッド・スポーツ科学専門領域
News Letter 2015
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アダプテッド・スポーツ科学専門領域企画:シンポジウム
植木章三(大阪体育大学)
アダプテッド・スポーツ科学専門領域のシンポジウムを2015年8月26日(水)9:00-11:30、国士舘大
学世田谷キャンパスA406教室にて開催した。今回のテーマは、「アダプテッド体育履修必修化を目指して(そ
の2)~アダプテッド体育をどう授業実践につなげるか」である。今回のシンポジウムの趣旨は次の通りで
あった。
小中高の教育現場において、特別な支援が必要な生徒は少なくない現状から、体育担当教員には、特別な
配慮が必要な体育指導ができる技量が必要になる。その点から、昨年度の専門領域シンポジウムにおいて、
体育の免許を取得する者に、教員養成課程の中において「アダプテッド体育」に関する科目を履修すること
を義務づける、いわゆる「履修必修化」を提案し、それに向けたロードマップや中学校におけるアダプテッ
ド体育の現状、大学におけるアダプテッド・スポーツに関する科目の開講状況に関する報告を行い、具体的
な履修必修化の必要性やそれに向けた準備に関するビジョンについて意見交換を行った。その結果、本専門
領域では、今後、「アダプテッド体育」履修必修化に向けた取り組みを進めることを確認した。
そこで今回は、「アダプテッド体育をどう授業実践につなげるか」というテーマを掲げた。司会は植木が務
め、中学校の教員による実践上の問題点について、現職の中学校教員からの話題提供に加え、学習指導要領
を作成する専門家の視点から必修化の可能性について指定討論をお願いした。会場には、アダプテッド・ス
ポーツ科学専門領域域の会員のみならず、他の専門領域からの参加者を得て、活発な討論がなされた。その
結果、今後、大学でアダプテッド体育を履修させる場合、「アダプテッド体育を教える教員は実際にどの程度
配置する必要があるのか、」、「具体的に教える内容はどのようなものか」といった具体的な課題を検討する上
での有益な情報を得ることができた。
以下にその概要を報告する。
報告 1「保健体育の授業における通常の学級と特別支援学級(知的障害)の交流及び共同学習につ
いて」山内和弥(豊島区立千登世橋中学校)
A 区立 B 中学校には知的特別支援学級が設置されており、毎日の給食を定められた交流学級で食べたり、
運動会や合唱コンクールの行事に交流学級で参加したりするなど日常的な交流及び共同学習が盛んである。
また、職員室も通常の学級と特別支援学級の教員が同じ場所で仕事をしているため、教員同士の情報共有も
頻繁に行える。
平成25年度にA区教育委員会特別支援学級研究発表校として、通常の学級(三年生)と特別支援学級(全
学年)で保健体育の「体つくり運動」の単元で授業を行った。授業内容は、通常の学級6人と特別支援学級
の生徒2人が一つのグループになり、種目ごとに相談、実施、評価を行った。種目ごとに、各グループでど
のようにしたらお互いが協力できるかを相談し、声かけや支援をしながら実施し、終わった後にはお互いを
認め合い団結を深めた。通常の学級の生徒の事前・事後アンケートからは「初めはどのように声をかけたら
良いかわからなかったが、笑顔で話してくれ、自分たちと変わらないことがわかり安心した」や「声かけや
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支援をしてあげることは大切だが、過剰に優しくするのではなく、自分でやらせてあげることも大切だと思
った」という意見もあり、三年間の交流活動の積み重ねを感じた。生徒のアンケートから教員が学ぶことも
多くあった。特別支援学級の生徒が課題をクリアしやすいように、教員が目標を下げたり、多くの場面で教
員が支援をしてしまったりすると、生徒たちの自己有用感や達成感は向上しない。特別支援学級の生徒が達
成できるかどうかギリギリの課題を、同じ中学生と協力して達成することにより大きな達成感や連帯感を味
わうことができる。また、通常の学級の生徒にとっても日々の交流活動の結果、障害の有無に関わらず、同
じ中学校の仲間として自然に接することができるという人権感覚が身についていった。特別な配慮を意識し
ながらも、特別になりすぎないように支援していく「合理的配慮」の感覚を特別支援学級・通常の学級の隔
たりなく、保健体育の教員が身につけることが必要である。
(質疑応答)
Q1:通常学級の子どものとまどいや教員同士のとまどいはなかったのか。(河西氏:びわこ成蹊スポーツ大
学)
A1:新しく移動されてきた先生はとまどいがあったが、学校全体の雰囲気がごく自然に特別支援学級の子
どもがいるというものであった。当時の学校長から、本校舎に一つの教室を作ってもらったことで、あらた
まって話をするのではなく、ちょっとした空き時間の雑談で情報交換ができ、活発にコミュニケーションが
とれていた。
Q2:体育の授業の指導体制、指導目標の設定について教えてほしい。(松浦氏:筑波大学附属桐が丘特別支
援学校)
A2:普段の体育の授業の指導体制は、メインは山内、通常の教員、支援員2人の4名であったが、習熟度
に応じた対応できたと思う。学校の環境は、体育館、武道場もあり実施場所の融通は利いた。指導の目標は、
個々の課題に応じて、基礎体力づくり(就労に向けた体づくり、コーディネーション運動)を中心に行った
が、いろいろなことを想定して体を動かしていくこと、余暇活動につながることや就労に繋がることを目標
に行った。
Q3:体育の交流学習の実施時期や実施頻度について教えてほしい。(井上氏:金沢星稜大学)
A3:毎週ではなく、スポットで実施(運動会前の陸上や体つくり、バドミントンのとき)
Q4:部活動の状況について教えてほしい。(井上氏:金沢星稜大学)
A4:陸上部4人、サッカー部2人、文化部もいた、生活支援員等がつかずに、生徒だけで活動していた。
報告2「中学校における体育授業の現状と課題、アダプテッド体育の必要性について」
黒澤勝(武蔵野市立第四中学校)
知的障害特別支援学級の体育実技指導について、現状と課題を報告する。本校は体育館の他、武道場、室
内温水プール等施設に恵まれており、本学級の水泳指導は通年で行っている。通常の学級との場の共有に関
しては、通常の学級が優先だが時間割の調整、指導場所の多さ、本学級の水泳指導の多さなどにより課題は
少ない。通常の学級では発達障害等で運動が苦手な生徒もいるが、基本的には努力で解決するよう指示され
るのが現状である。特別支援学級では感覚統合療法の視点で評価・アプローチするなど、実態に即した授業
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を計画することができる。一方、通常の学級では発達障害の視点は持ち合わせておらず、研修の機会も少な
い。競技のルール理解や技術習得が重視され、ボディイメージの欠如など、スポーツテストでは評価しきれ
ない運動機能・能力に課題がある生徒の指導は十分ではない。身体をイメージ通りに動かせない者も多く、
結果的に苦手意識が強まり、悪循環に至るケースもある。それらの課題を解決する一つの方法として、昨年
度より通常の学級の教員が特別支援学級の授業を行い、知的・発達障害のある生徒の実態を知る機会を設け、
通常の学級の指導に活かし始めている。
これまでの経験から、生徒の特性をより早期に細かく把握し、その生徒にあった指導が可能ではないかと
気づかされた。指導者が、なぜできないのかを常に考え、追求する努力をすることが必要である。そのため
に、感覚統合療法などの理論や実践を知り、発想を変えたアプローチを考えてみること、競技力向上にとら
われないこと、うまくいかない生徒にはできるだけ低いレベルから始められる環境をつくることが必要であ
る。生徒が指導者になるという場面もつくることも考えられる。例えば、サッカー部の生徒にサッカーが苦
手な生徒にどう伝えたらよいか、何をしたらよいか考えさせることなど(教員は答えを持っていたが、あえ
て生徒に考えさせる機会を与える)。また、バスケットボールの試合では、試合で6点差がついた場合には、
相手コートからのディフェンスを行なわないというルールを加えた。勝っているチームは勝つ努力をし、負
けているチームもシュートを打ち協力したという感覚を持つ。このようなルールを加える事であきらめずに
取り組む事に繋がる。
以上を踏まえ、教員養成段階で取り入れたいこととしては、何かが抜けていることもあるという発想をも
つようにすること、医療的なアプローチの視点を取り入れる(感覚統合療法)こと、「何でこうなるのだろう」
ということを考えることをあきらめない気持ちを持たせること、近くの特別支援学校に駆け込み相談できる
環境をつくっておくことが必要と考えている。
指定討論「必修化の可能性について」
下山直人(筑波大学人間系・筑波大学附属久里浜特別支援学校長)
現場の教員からは「これを学んでいれば良かった」という内容を教えていただくこと、それにより科目設
定において、新しい内容を検討する場合に、入れる必要のある内容は何かを議論すること、以上の議論につ
なげていく。実際に、最近の学校でのアダプテッド体育に関する授業は、パラリンピック種目の体験授業が
主流になりつつある。それでは、十分な理解をはかることができない。体験しただけではなく、障がいを持
った人と一緒に活動することで、アダプテッド体育を深く理解してもらうための授業内容でなければならな
いと考えられる。
平成24年12月に文部科学省が行った調査によれば、小・中学校の通常の学級に発達障害の可能性がある児
童生徒が約6%在籍している。発達障害の症状として、協調運動障害を示すことがあるが、いわゆる「不器
用な子」「運動が苦手な子」として特別な配慮がされていないことが課題となっている。
また、我が国は、平成26年1月に障害者権利条約を批准し、インクルーシブ教育システムの構築を図るこ
とを明確にした。今後、小・中学校の通常の学級において、様々な障害のある児童生徒が学ぶ機会が増えるこ
とが予想される。平成28年4月からは、障害者差別解消法が施行され、障害のある児童生徒とない児童生徒
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が共に学ぶために必要な合理的配慮を提供することが義務付けられる。障害のある児童生徒が、どこの学級
にも在籍する可能性がある状況において、体育の指導を効果的に行うためには、障害特性や障害者スポーツ
に関する専門的な知識・技能が提供される仕組みが必要である。一定数の専門性の高い人材を地域で確保す
る必要があるが、そうした人材を活用するためにも全ての教員に障害特性に応じた体育指導に関する基礎的
な学修が必要と考える。
体育の授業で特別な配慮が必要な子ども達への対応は、特に小学校において非常に問題になると思ってい
る。というのは、小学校ではすべての教員が体育の授業をしなければならないからである。
そこで、2名の報告者に対して、次の質問を投げかけたい。
(山内和弥氏へ)支援内容の連続性について、知的障害の生徒が体育において苦手なことや支援の具体的
内容、それは障害のない生徒の指導との間で連続性があるかお尋ねしたい。
(回答)個々の生徒が動きのイメージをもっているかを把握することが大事だと考えている。「全力でやら
せてみる。」、「おもいっきり投げてみよう。」などと投げかけてみる。そのときの動きを実態としてみていた。
最初からうまくやろうとすると、何ができていてできていないのかが捉えにくかった。その次は、「見本をみ
せること」。動画のコマ送りで具体的な指示をしていた。最終的なイメージと実際のイメージをみせて、それ
を近づけるように指導を心がけた。好きなリズムやタイミングを大事にしながら、大人が考えることを押し
つけるのではなくその子の特性を活かしていた。通常の学級の生徒に対しても、その視点が活きている。運
動が苦手な子どもへのアプローチに活かせていける。通常の運動の得意な子どもの意欲を下げないような工
夫も必要である。このバランスを考えながら進める必要がある。
(黒澤勝氏へ)体育・健康に関する指導は学校の教育活動全体を通じて行うものであるので、全教員と体
育科教員の役割を踏まえ、それぞれの必要な知識と技能をどのように考えておられるかお尋ねしたい。
(回答)実際に配慮が必要な子どもの中で、参加したくない子どもには担任が対応している。その子の体や
心を把握すること、障害に対する基礎知識が必要と考えている。なぜうまくできないのかその原因や理由を
理解していくことが必要である。例えば、体育祭の準備において、生徒の面倒は担任がみている。したがっ
て、体育の専門知識がない中で進めているのが実情である。最後まで体育の教員がかかわれず、普段は担任
の教員が面倒をみるかたちとなっている。全教員にはお互いに協力する姿勢や、生徒の特性を把握する力、
専門教員に聞ける力が必要と考えている。また、体育科教員は、障害をもつ子ども達が体を動かすことに関
する基礎知識と教える技能、工夫するアイデアが必要である。そして、全体の教員に伝えていくポイントを
整理していく力が必要でもある。
まとめると、クラスの担任には、体育科教員にきく力、様々な運動能力の子どもがいるので、それぞれに必
要な能力を明確にすることが求められる。
(その他のフロアからの質問)
(黒澤勝氏へ)
Q5:すごく成功された、担任の先生と特別支援の先生の事例だと思うが、校内にそれを支える体制がある
のか。学校の雰囲気などを教えてほしい。(曽根氏:大阪体育大学)
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A5:昔、この学校は荒れていた。そのため、先生
達は協力しないとだめだと意識した。そのため教員
間のネットワークが強固であり、情報交換がフラッ
トな状況である。さらに踏み込んで情報交換ができ
れば良いと思っている。とにかく、大人同士のコミ
ュニケーションが大事であり、コーディネイターや
各教科の先生に聞く姿勢が大事になる。
(曽根氏)アダプテッド・スポーツへの理解が必要
である。障害者スポーツがアダプテッド・スポーツ
だと思っている人が多い。例えば、運動会でスター
ト音を怖がり参加しなかった生徒がいたが、それを是正する発想が必要である(ピストルに変わる発音装置
の利用など)
(山内和弥氏・黒澤勝氏へ)
Q6:球技が苦手ということだが、参考になる事例があれば教えてほしい。(藤田氏:同志社大学)
A6(山内氏の回答):実際にゲームが流れている中でルールを変えるのは難しい。段階的に難易度を上げて
いく工夫(例、全員が触れる工夫をするなど)や、通常学級では子どもたちの中でルールを考えさせるとい
うことが必要である。みんなが楽しめる、お互いが納得できる落としどころを見つけてやっていくというこ
とが必要だろう。
A6(黒澤氏の回答):ハンドサッカーをやっているが、選手1人ひとりがやっていることはシンプルな競技、
それを組み合わせることで、全体の球技として成り立っている。役割を単純化することが必要ではないかと
思う。
(山内和弥氏・黒澤勝氏へ)
Q7:アダプテッド領域では、その人に合わせることが必要である。子ども達にはスポーツは苦手だけどや
りたいという子どもも少なくない。実際に子ども達から求められたものがあれば教えてほしい。(澤江氏:筑
波大学)
A7(山内氏の回答):苦手だけどやりたい子どもは多い。「これはどうしたらうまくなるのか」という大ざ
っぱな質問を受けることが多い。「何が苦手なの」、「何をしたらいいの」という、まずは声をあげてもらうこ
とが大事である。そこをきっかけにしていくことが必要だと思う。
A7(黒澤氏の回答):野球はしたいという声がある。野球は打つことから始める。あこがれから達成感につ
なげている。
(下山氏の発言)
アダプテッド体育の必要性について、通常の学級には発達障害のある子どもが在籍し、運動の困難や集団
活動の困難に対する支援が求められている。運動能力の個人差や特別なニーズに対応した指導が必要である。
障害理解教育のための障害者スポーツの理解はすべての人に求められる。
例えば、学習面で著しい困難を示す発達障害の子どもの場合、体育科における困難の具体例として、「ルー
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ルを守って球技ができない」、「ゲームのルール理解が難しい」といった、いわゆる「運動が苦手の子ども」
との共通点が多い。通常の学級にいる運動の苦手の子どもを前提とした指導を考えていかなければならない。
実際には、4割程度しか対応がされていない現状がある。彼らを指導できる教員が必要である。
さらに、インクルーシブ教育推進が意味することについて、平成26年1月、我が国は障害者権利条約に加
盟したことにより、インクルーシブ教員システムをつくることが課題となった。これは可能な限り同じ場で、
教育をしていこうという考え方であり、人間の多様性(ダイバーシティ)に鑑み、障害を含めた多様な子ど
もの存在を前提にした体育指導が不可欠(アダプテッド体育の理解重要)である。
障害のある子どもと障害のない子どもの教育を受ける機会の増加、質の向上が必要である。障害のある子
どもの在籍数が増加し、交流および共同学習の機会が増加していることから、現在、在籍している発達障害
等の子どもの教育の質の向上が求められている。合理的配慮の提供が法律上求められるということである。
中教審のインクルーシブ教育の考え方では、「共に学ぶこと」と「達成感が得られること」が掲げられている。
合理的配慮については、他の子どもと平等に教育を受ける権利を享有・行使することを確保することである。
合理的配慮と基礎的環境整備を行うのが、特別支援学級である。例えば、「教科書を拡大する」場合は、法律
に基づき、教科書発行会社が提供している。子どものニーズに合わせて対応できる事例である。
教員がアダプテッド体育を学んでいることが正にこれにあたる。アダプテッド体育を推進する教師の養成
を行うことで、通常学級の教師でも、多様な子どもの存在を前提にした体育指導の知識と技能を有すること
をめざす。当面は研修によるとしても、すべての教員が学修するためには履修必修化が必要であろう。アダ
プテッド体育の専門的な指導をする教師はいるのか、その養成と配置が課題となろう。どのような中身をど
のような教員が習得するのか整理が必要である。
教員養成段階での必修化のためには、学習指導要領の記述について、現在の総則の解説における例示や要
領本体や体育科の解説における記述により、アダプテッド体育に必要性の理解の広がりを期待したいところ
である。
大学院生レポート
神下豊夢(大阪体育大学大学院博士前期課程 スポーツ科学研究科)
この度第66回日本体育学会で発表させて頂きました。私が競技よりの研究をしているせいか、競技や競技
力向上に着目した発表は少なく、教育場面や生活場面に着目した研究が大半を占めていたと思いました。2020
東京パラリンピックを目指すアスリートへのサポートとなる研究に期待したいと
思います。
私は大学入学したのちに交通事故により右上肢と左下肢に障害を負い、障害者
として過ごす中で、障害者を見る目が変わりました。現在日本における障害者の
扱いは、保護される対象であり、弱者として扱われています。世論がその様に捉
えているためか、「障害特性に合わせた指導」や「専門知識を持った指導者」とい
う障害者本人の努力ではなく、周囲の努力や社会の変容によって問題を解決しよ
うとする意見が多くあります。本当に周囲の人間の努力によって問題は解決され
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るのか?という疑問を常々抱いています。
私の主観的な意見ですが、この世の中で、受動的な活動をして成功した人はいません。障害者・健常者関
係なく能動的に取り組まなければ何も変わらないのです。私が考える障害者の自立とは、障害者が自己選択・
自己決定により物事に取り組み、自己の可能性をより大きく伸ばす事です。よって障害者には選択肢が必要
となり、選択できるだけの能力を身につける努力をしなければなりません。
また健常者が障害者を弱者として見るのではなく、一人の人間として公平に扱う意識が根付かなければ障
害者の自立には到底至らないであろうと感じています。そういった点でのインクルーシブ教育は、健常者が
障害者を知る場面として有益なのではないかと感じる一方で、障害者を健常者がフォローしなければいけな
いという観念を植え付けてしまうのではないかと感じています。できる事とできない事の線引きが難しく、
健常者がしてしまう方が早いと生徒が感じてしまうと意味がありません。障害者と健常者が共生していくた
めには、障害者自身が自分の障害や能力を熟知し、自分の行う事のできる行動や作業を主張できなければい
けません。そのためには、「障害があるからできないであろう」ではなく「障害を乗り越えどこまでできるだ
ろうか」というスタンスで接し、障害者が最大限努力できる環境でなければいけないと思います。
2020年東京パラリンピックの開催が、障害者・健常者両方の意識を変える大きなチャンスです。これを機
に障害者が自信を持ち、健常者のもつ弱者意識を払拭できると確信しています。自国開催であるからこそ知
る事があり、触れる機会があるのです。一般人がアダプテッドスポーツに触れる機会はごくわずかしかあり
ません。だからこそアダプテッドスポーツに触れている我々が周囲を巻き込み、アダプテッドスポーツとい
う文化を普及していかなければならないと強く思います。
第 4 回研究奨励賞
若手の発表者を対象として、口頭発表、ポスター発表それぞれに研究奨励賞が設けています。厳正な審査
の結果、口頭発表の中から日本大学大学院研究生の木村敬一さんが、ポスター発表では順天堂大学大学院ス
ポーツ健康科学研究科の前鼻啓史さんが受賞しました。
木村敬一(日本大学大学院研究生) 今回、このような名誉ある賞をいただけたこと、大変嬉しく思っております。日頃ご指導いただいている
先生方、研究にご協力いただいた皆様、そして、発表当日にお手伝いいただいた皆様に、深く感謝申し上げ
ます。
私の研究は、視覚障碍者におけるスポーツとインクルーシブ教育との関
係についてです。インクルーシブ教育の推進が叫ばれる一方、視覚障碍者
がスポーツに取り組むことは困難になっています。これは、心身の健全育
成という問題にとどまりません。スポーツ人口の減少は、パラリンピック
を目指す若手アスリートの育成にもかかわってきていることを、私は競技
をする中で実感してもいます。2020年の東京パラリンピック開催が5年後
に迫った今、一人でも多くの選手がその舞台に挑戦できるよう、研究を通
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してかかわっていきたいと考えております。今後ともご指導のほど、よろしくお願い申し上げます。
前鼻啓史(順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科)
この度、アダプテッド・スポーツ科学領域において、研究奨励賞の栄誉を賜り誠に光栄に存じます。専門
領域代表の藤田紀昭先生をはじめ奨励賞審査員の皆様には感謝の念に堪えません。また研究活動に際し、多
大なるご指導を賜りました吉村雅文先生をはじめ、関係者の皆様に深く御礼申し上げます。本年度当初より、
順天堂大学蹴球部に在籍する学生有志と共に、「順天堂大学切断蹴
部(大学非公認)」を立ち上げ、関東圏在住のアンプティサッカー
競技者ならびに愛好者のリハビリテーションとメンタルヘルスケ
ア、そして競技力向上を主眼とした活動を行ってまいりました。
障がい者スポーツの理解を深めながら現場での支援を続け、根拠
に基づく指導方法の確立に向けた科学的エビデンスの蓄積に励む
所存です。今後ともご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げ
ます。
2015 年度AdS活動支援助成金事業
2015 年度の活動支援事業には次の 3 件が採択されています。(順不同、敬称略)活動概要、成果はホーム
ページでお知らせします。
1.筑波技術大学障がい者のためのスポーツイベント実行委員会(中島幸則)
2.東海大学アダプテッド・スポーツ研究会(内田匡輔)
3.つくりんピック2015実行委員会(柳澤佳恵)
AdS科学専門領域賞
アダプテッド・スポ-ツ科学専門領域では次のような専門領域賞を設けています。
・研究奨励賞(論文部門):学会誌「体育学研究」にアダプテッド・スポーツ科学専門領域に関する論文が
原著論文として掲載された場合に授与することができる。
・研究奨励賞(口頭発表):研究・教育職を除く正会員で、筆頭著者として口頭発表した中から2編まで授
与することができる。
・研究奨励賞(ポスター):研究・教育職を除く正会員で、筆頭著者としてポスター発表した中から2編ま
で授与することができる。
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2015 年度アダプテッド・スポーツ科学専門領域 総会報告
日時:2015年8月26日(水)11:30〜12:00
場所:国士舘大学世田谷キャンパスA308
出席者:34 名 議長:栗原浩一(筑波技術大学)
<報告事項>
1.評議員の交代
中国四国九州地区の評議員について、中山氏から三木氏に交代したことが報告された。
2.会員数
2015年7月現在の会員数が179名であることが報告された。
3.教員免許取得における「アダプテッド体育」の履修必修化に関して
進捗状況が報告された。
<議題>
1.2014年度事業報告および収支決算 <一括承認>
・学会担当より、2014年度のシンポジウムの内容と一般発表について報告された。
・活動支援担当より、活動支援助成金事業5件が採択され事業を終えたことが報告された。
また研究奨励賞は該当者なしであったことが報告された。
・広報担当より、ニューズレターを発行したこと、毎月一回のペースでHPを更新し情報発信を
行ったことが報告された。
・会計担当より収支決算の説明があり、監査より適正に処理されていることが報告された。
2.2015年度事業計画および収支予算 <一括承認>
・学会担当より、2015年度の学会のシンポジウムの内容及び一般発表について説明された。
・活動支援担当より、活動支援助成金事業3件の応募があり採択されたこと、研究奨励賞を今年度も
実施することが説明された。
・広報担当より、ニューズレターを発行すること、定期的にHPを更新することが説明された。
・会計担当より、収支予算について事業計画にあわせた予算案の提案があり、承認された。
3.オンラインジャーナル
・オンラインジャーナル検討委員会より、執筆要項(案)と投稿規定(案)が配布され、2015年
9月末まで会員から意見を募集することで承認された。また、評議員のメンバーを中心に編集委員
会を立ち上げることで合意した。<承認>
AdS活動支援助成金事業とは?
地域のアダプテッド・スポ-ツ科学専門領域活動の活性化を目的としたもので、研究会、研修会、
情報交換会など、本専門領域会員が参加できる活動であれば、主催、共催を問いません。
アダプテッド・スポ-ツ科学専門領域会員の方が申請できます。(会費未納者は除く)
助成金額:総額 10 万円、1 件あたり2 万円程度(2015年度)
応募方法:4~5月、所定の申請書をAdSホームページからダウンロードして応募。
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オンラインジャーナルの刊行について
金山千広(神戸女学院大学)
アダプテッド・スポーツ科学専門領域では、発足当初より、会員による体育学研究への論文掲載が期待さ
れているものの、投稿数自体が少ないことが課題になっています。その背景には、調査研究対象者数の少な
さや障害の多様性にともなうアプローチの難しさがあると考えられます。この課題に伴い当専門領域では、
2012年、2013年にフィールドに裏打ちされたアダプテッド・スポーツ科学研究の特徴を踏まえた理論やエビ
テンスの構築をテーマとしたシンポジウムも開催してきました。
では、果たして、アダプテッド・スポーツ科学に関連した論文の生産数は本当に乏しいのでしょうか。ア
ダプテッド・スポーツ科学専門領域や近接する学会では、学会大会での演題数が安定しています。また、近
年では、多くの研究紀要等でアダプテッド・スポーツに関する報告が目立つようになりました。そんな中、
実践や事例の蓄積を含めて、会員が投稿しやすいようなジャーナルがあれば、体育学研究への足掛かりにな
るのではないか、また、業績向上につながるのではないかという声が聞かれるようになりました。
このような流れを受けて、本年度の総会にて若手研究者や現場の実践者を含めた会員による研究のアウト
プット・ツールの一助となることを目的とした、アダプテッド・スポーツ科学専門領域のオンラインジャー
ナルの刊行が承認されました。当面は、年1回発行、J-Stage (科学技術振興機構)掲載になりますが、会員
のみなさまからの意見を参考に改善を重ねながら、より良いものを目指したいと思います。
スタートに当たる今年度は、日本体育学会第66回大会の本領域抄録集を発行することになりました。今後
はReferenceとしての役目を担うことも予想されます。本年度体育学会にて発表された方は、アダプテッド・
スポーツ科学専門領域HPに掲載されている執筆要項http://jspehss-ads.main.jp/をご参照のうえ、ぜひ投
稿をお願いします。なお、〆切は12月末日、投稿先は、アダプテッド・スポーツ科学専門領域事務局e-mail:
[email protected] になります。オンラインジャーナルに関する情報は追って HP にアップされますの
で、引き続きご参照くださいますようお願いいたします。
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編集後記
アダプテッド・スポーツ科学専門領域において、自身が初めて発表させて頂いたのは、9年前の大学
院生の時でした。アダプテッド・スポーツ科学専門領域への参加は数年の時が空いていたので緊張しま
したが、多様な研究発表があるアダプテッド・スポーツ科学専門領域において、実践をもとに真摯に取
り組んでいらっしゃる皆様との時間と空間を共有できる魅力を改めて感じることができました。そして
何より、皆様のご発表を拝聴し、自身の課題を改めることができたと同時に、新たな課題をもつことも
できました。来年は自身の母校でもある大阪体育大学において開催される学会で、是非発表させて頂き
たいと思います。(安田)
今年度のシンポジウムから、さまざまな「現場」の実践が有機的に結びつくことがこの領域の発展に
は欠かせないと再認識しました。折しもAdS専門領域においてオンラインジャーナルがスタートします。
「現場」に関わるみなさまからの積極的な情報発信を期待しています。(齊藤)
発 行:日本体育学会 アダプテッド・スポーツ科学専門領域 事務局:〒305-8574 茨城県つくば市天王台1-1-1 筑波大学アダプテッド体育・スポーツ学研究室内
アダプテッド・スポーツ科学専門領域事務局 ホームページ:http://jspehss-ads.main.jp/ e-mail:[email protected]
編集:齊藤まゆみ、安田友紀(広報担当)
発行日:2015 年11 月1 日