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-460-
-
あとがきにかえて
人類にとって忘れることのできない出来事となったチェルノブイリ事故から十年以上が過ぎた。この事故は、あらゆ
る方面、すなわち政治、公的機関、マスメディア、科学者、医師、環境学者、又同様に国際機関、人道援助団体、そし
て最も考慮されるべき、事故に直接巻き込まれた数十万人の人々の関心を、他のどんな事故よりも引き付けた。
残念ながら、事故後の渦中で社会の中で世論が高まって行く中、噂話や推論、でっち上げや専門家以外の事故後の障
害の推論が、この非常に混乱した状況で、偏りなく真実を見ょうとする試みや、十分な対策をとることの妨げとなった。
数多くの要因が事故の被害の量的な側面において、間違った考えを引き起こす引き金となっている。
過去二、三年に、初期の頃とは全く違う観点で被害の悲観的な部分の再評価とその相対的な重要性を再考しようとい
う流れが起こってきた。チェルノブイリの医学的、生物学的影響の調査を含め、事故の正しい評価と様々な方面の重要
な情報交換の客観的な分析に対する流れが、徐々に社会に現れている。
我々は、現在より多くの科学者や専門家が、人々の生活や健康への事故のダメージの総合的評価には社会的、心理学
的な要因が大きく関わってくることに気付き始めたという事実は、基本的に重要であると考えている。何人かの学者は、
チェルノブイリ原発事故を社会的、心理学的事故とみなしている。
しかしながら、誰もがこの結論、すなわち放射能は疾病率や死亡率の上昇を伴い、身体的心理的疾患の原因となると
いうことを認めた訳ではない。典型的な例と事実を挙げることによって、我々は、チェルノブイリ事故の原因と健康へ
の影響を分析する上で、住民の健康状態を計る指標にマイナスの条件を与える、違う特性をもっ要因の重要性と役割を
相関させることが非常に重要であると、この本の中で述べようとしてきた。そうすることで、科学や実践によって実証
-461-
-
されるよりむしろ、人々を容易に希望通りに治療しようというような意見や考えをもっ人によって、人々が誘導されな
いようにするのである。
我々はこの本の中で、その影響が極めて明らかである(例えば白血病や甲状腺腫療を引き起こすという事実)場合の
放射線の影響を過小評価することは許されないという点は強調してきた。しかし、これらの要因に注意を向けすぎてし
まい、人々の間の普通の疾病の増加すら、放射線によるものとみなすべきではない。マスメディアや、この分野の専門
家以外の公人、そして自分がこの分野の専門家であると勘違いをしている自称「専門家」によって、事故の悪影響の誇
張は、事故の被害を受けた多くの人々を、自分や子孫の将来という点で失望させた。良く知られている通り、このよう
な精神的ストレスはとても大きな負担となり、多くの健康障害の原因となっている。心理的な過剰な負荷は、社会保障
や医療、生活改善を担当する地方当局や政府の無関心で無責任な事務的対応によってよりひどくなっている。
我々の社会は、最終的にチェルノブイリの汚染地区に住む人々の健康や生活の質に影響を与えたチェルノブイリ事故
の社会的、心理的なマイナスのダメージは様々な要因によると認識しなければならない。これらの要因の中には、精神
的弱さだけでなく、貧困ということも大きく関与している。産業の発展や総生産の向上のために、人々の安全や環境の
ことを無視して、危険性のある技術を発明し使用するべきではない。もしこの要求が聞き入れられないならば、遅かれ
早かれ恐ろしい災害が起こるのは免れないであろう。チェルノブイリは顕著な一例である。安全操作や監視、放射線防
護に関しては、わずかな予算しか割り当てられなかった。すなわち、技術者の訓練の不十分さと、非常事態での国家シ
ステムの実動的な機関に対する、上層部の役人たちの無責任さが相まって、チェルノブイリ事故の被害を解決する上で
非常に複雑な問題を作り出す主な原因となっている。除染作業は、主に作業員による、全ての困難に打ち勝とうという、
個人的英雄思想や自己犠牲の御陰でうまく行われた。彼らは、「核の魔王」を元の器に収めるべく全力を尽くした。
今日、チェルノブイリ事故の教訓を忘れがちになっているので、再度、振り返る必要があるだろう。チェルノブイリ
-462-
-
事故以後、この国の、また旧ソ連からの国々の状況は基本的に変わっていない。現在我々は、それらの教訓についての
宣言ゃ、このような事故を予防し、事故後の影響を減少させるための努力を、ほとんど目にすることがない。これまで
述べてきたような多くの理由から、チェルノブイリ原発事故以後の重要な社会的心理的被害を止めることはできないと
いうことは明らかである。事故後一
O年余りが過ぎたが、原発の安全性は改善されていない。チェルノブイリ神話を取
り除き、人々の心の中の嘘を取り除くには長い茨の道がある。被害を受けた人々の将来に自信をとり戻し、彼らの子供
たちにも将来はあるという、楽観的な考えを持てるようにしていくことが、我々の最終的な目的である。これらの課題
をこれから担って行く科学者、専門家、教育者、ジャーナリスト、公的人物は、チェルノブイリ事故に関するヒステリー
を生み出すことに関与した煽動家ゃそういう人々によって非難、追放され、不条理に攻撃されるかもしれない。しかし、
真実への道はこれしかない。嘘と客観的な情報とを区別するには時聞がかかるかもしれない。しかしそれによって、
チェルノブイリの作り話を排除し、科学的根拠への信頼を増やし、事故を客観的に示して行けるであろう。
-463-
L
A
イリlン
-
監
修
後
記
長崎・ヒパクシャ医療国際協力会
(NASHIM)は、在外被爆者および世界各地で発生している放射線被曝事故に
よる被災者の救済を目的として一九九二年に設立されました。長崎がもっ被爆者医療の実績および放射線障害に関する
調査研究の成果を、ヒパクシャ医療に有効に活用してもらうため、国外からの医師等の受け入れ研修、国外からの被爆
者の渡自治療等を実施し、ヒパクシャ医療を通じて、長崎から世界へ貢献し、国際協力の推進に努めています。その中
の活動の一つに、放射線ヒパクシャ医療出版事業があります。
すでに一九九五年度には、ロシア語で、「放射能Q&A」を、英語で、「長崎シンポジウム一放射線と人体」を出版、
一九九六年度は「中部カザフスタンにおける環境放射能と住民および家畜の健康状態」を翻訳出版。さらに
VTR「カ
ザフスタンの今」を制作し、国内外におけるヒパクシャ医療における幅広い貢献をしてきました。
今回の翻訳出版事業は一九九七年度NASHIM事業の一つに依るものですが、一九九五年以来、関係部局と会談を
重ね準備をしてきたものです。従来からのチェルノブイリ原発事故の報告は新聞報道関係が先行し、厚いベ
lルに固ま
れた旧ソ連邦内部からの放射線事故の詳細は一般にはわかりづらいところが多かったようです。事実、事故当時は、被
害の甚大さを誇張するものから、軽微さを強調するものまでありとあらゆる風聞が世界中を駆けめぐりました。しかし、
十二年後のいま、世界はチェルノブイリ原発事故の与えた人体影響、社会問題について確実なものは何であったのか、
多くのことを学びつつあります。その被害の大きさは歴史にその名を残すことは間違いないでしょうが、人類はその英
知で、何をこの悲劇から学んでいくのでしょうか。
「チェルノブイリ一虚偽と真実」は従来のチェルノブイリ関係の翻訳本か=りすれば、かなり異色のものとなりました。
-464-
-
それは旧ソ連側のまさに体制の中にいた、いや今でもモスクワ放射線物理学研究所の最高権威であり、国の代表として
長年放射線関連プロジェクトの中枢にいるイリ|ン博士そのものの作によるものだからでしょう。厳しさの中にも、誠
実で温厚なお人柄ですが、激しいマスメディア関連の非難の矢面にたたされても決して臆することなく、堂々と論障を
張られた姿勢が、本書の中にもたびたびでてきます。また旧ソ連邦の放射線科学の歴史と世界の放射線関連の科学界と
の関わりを知るにも格好の書となっています。立場上、発言の制限や自己中心的な表現が散見されますが、ご理解いた
だきたいと存じます。その為、ジャーナリストの作とは異なり、いわゆる体制側と言われている代表者の代弁のきらい
も否定できません。しかし、真実を見極めるためにはこれらの発言に耳を傾ける謙虚さも必要でしょう。そこで、正し
くチェルノブイリを理解する一助になると考え、あえて
NASHIMの放射線ヒパクシャ医療出版事業に取り上げさせ
ていただきました。
原著に忠実に訳したところと、わかりにくいところは意訳した部分もあります。翻訳作業は、長崎大学医学部の有志
が無償で貢献してくれました。英語訳は原則として第一版を主に、その後ロシア語第二版との対応作業を行いました。
今後とも、関連分野の報告書などが翻訳出版されることと思いますが、旧ソ連邦に対する正しい理解と、放射線に関連
する正しい知識の一助になれば、翻訳に携わった者の喜びでもあります。
最後に、翻訳に関する誤りや解説の不備な点はひとえに監訳者の責任であり、訂正その他お気づきの点ご一報頂けれ
ば幸甚です。
長崎大学医学部原爆後障害医療研究施設
教
山
下
{変
授
-
著者略歴
ロシア科学アカデミー会員、国際放射線防護委員会委員。 1923年生まれ。 1953年、サンクトベテルスブルグ医科大学卒業。海軍医を経た後、 1961-1968年、サン
クトベテルスブルグ放射線衛生研究所部門長。
1968年よりモスクワの生物物理学研究所所長。 1984-1990年にはソ連医科学アカ
デミー副総裁を務める。文、ソ連(1972-1991)及びロシア連邦 (1991年一)の原子力及び放射線の影響に関する国連委員会のメンパーを務め、 93年からは国際放射
線防護委員会の委員に選出される。専門分野は、放射線医学及び放射線防護学。ま
た、人体における放射線障害や、放射線被曝時の防護に関する数多くの専門書や論
文を著している。これら多くの功績に対して、 1948年にはレーニン賞を受賞してい
る。また、 1986年のチェルノブイリ原子力発電所の事故の際には個人として復旧作
業に参加し、事故後の最も被害が深刻であった時期に医学、生物学分野における中
心的人物として活躍した。
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チェルノブイリ:虚偽と真実
1998年 3月14日発行
監修-重松逸造、長瀧重信
翻訳:本村智子、浜田亜衣子、高村 昇、本田純久
芦津潔人、山下俊一、本村政彦(翻訳順)
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