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ガラス分野における世界トップメーカーのAGC 旭硝子は、長期安定的な収益基盤となる 従来の事業に注力しつつ、多様な分野で、次世代のビジネスの種を育ててきた。 付加価値の高いビジネスの拡大に向けて新市場に挑む同社の戦略と狙いを聞いた。 旭硝子株式会社 コア 事業 った みを かし 次世代 しい 市場

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Page 1: NAVIS033 | January 2018 · こうした変化の激しい時代を見据え、長 ... 可能性があると同社は考うなった時、車体を覆うガラスに求められる機能も、あることが求められるようになる可能性がある。

ガラス分野における世界トップメーカーのAGC旭硝子は、長期安定的な収益基盤となる従来の事業に注力しつつ、多様な分野で、次世代のビジネスの種を育ててきた。付加価値の高いビジネスの拡大に向けて新市場に挑む同社の戦略と狙いを聞いた。

旭硝子株式会社

コア事業で培った強みを活かし次世代の新しい市場に挑む

Page 2: NAVIS033 | January 2018 · こうした変化の激しい時代を見据え、長 ... 可能性があると同社は考うなった時、車体を覆うガラスに求められる機能も、あることが求められるようになる可能性がある。

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日本で初めて板ガラスの量産に成功し、今やガラス

製品世界トップシェアの地位を築いている

旭硝

子。創立

年を迎える同社は、ガラス製品の開発・

製造により培ってきた技術力を活かして、化学品、電

子、セラミックスなどの幅広い事業を展開している。

月には、長期経営戦略「

年のあ

りたい姿」を策定し、従来の「コア事業」に加えて、

つの「戦略事業」の拡大を掲げた。

 

背景には、同社のコア事業を取り巻く市場の大きな

変化がある。たとえば、液晶テレビなどのディスプレ

イ用ガラス事業は、

年には最高益を更新する

など大きな収益源だったが、当時は

インチ

万円ほ

どだった価格も現在は

インチ千円以下と低価格化が

進んでいる。こうした変化の激しい時代を見据え、長

期安定的な収益基盤が見込めるコア事業には引き続き

注力しつつ、同時に、将来高い収益が見込める領域で

のビジネスの拡大に注力しておく必要があると考えた

のだ。

 

同社は

月に、商号を旭硝子株式会社か

株式会社に変更することを決定しており、さ

まざまな事業を行っている企業であると名実ともに示

したい考えだ。

 

戦略事業として掲げたのは、「モビリティ」「エレク

トロニクス」「ライフサイエンス」の

つの領域だ。

いずれも世界的に投資が盛んな領域であり、同社が技

術を培ってきた領域でもある。

 

たとえば、モビリティ領域では、自動車・鉄道用の

ガラスだけではなく、自動車内装用ガラスや、燃料電

池自動車用の基盤素材である特殊なフッ素系の膜を製

造してきた歴史がある。また今後、自動運転技術の

発展に伴うさまざまな変化が起こると見られており、

車は単なる「移動する手段」から、「快適な空間」で

あることが求められるようになる可能性がある。そ

うなった時、車体を覆うガラスに求められる機能も、

これまでとは大きく変わる可能性があると同社は考

えている。中でも同社が視野に入れているのは、ガラ

スが情報ディスプレイとして利用される未来だ。将来

的に、人は運転を車に任せてディスプレイで情報を閲

覧するようになるかもしれず、そうなればガラスの役

割はさらに広がる。

 

さまざまなモノがインターネットで常につながる未

来が到来すれば、エレクトロニクス領域も、さらなる

高成長を遂げるだろう。同社はこれまで、半導体の製

造工程で使われる部材やカメラ用の光学部材を製造し

てきた。情報社会がますます発展すれば、この領域の

重要性はさらに増すとの考えだ。

 

つ目のライフサイエンス領域についても、同社に

は長年の実績がある。フッ素化学事業を通じて培った

技術や知見を基に、ライフサイエンス事業の研究部門

を設立したのは

年代半ばのこと。その後、バ

イオ医薬品の受託製造を開始し、現在は同業界の国内最

大手となっている。近年は、動物細胞などから作るたん

ぱく質を用いたバイオ医薬品の開発・製造を行う企業

を買収するなど、グローバルに事業を拡大している。

 

このように、これら

つのターゲット領域は、同社

が社会環境や市場の変化に応じて技術開発を重ね、ビ

ジネスを拡大してきた領域である。だからこそ、よ

り付加価値の高いソリューションを生み、さらなる

成長へとつなげることができる事業として捉えてい

るのだ。

  

 

同社は、この戦略事業の中で、I

o

T (モノのイン

ターネット)を活用したビジネスへの参入を考えてい

る。その核となる製品が、ガラス一体型デジタルサイ

ネージ「infoverre

(インフォベール)」だ。

 

同製品は、ガラスに液晶ディスプレイを直接貼り合

わせることで、反射光を抑えクリアな画質を実現して

いる。また、接着面に空気層が生じないため、従来の

製品と比べて視認性が大幅に向上したという。一般的

なデジタルサイネージでは、視認性を確保するため

バックライトを明るくして輝度を上げる必要があるが、

インフォベールはその必要がないため、ディスプレイの

発熱を抑えることができる。その結果、冷却用のファン

が不要となり、空間の静けさを保つことができる。貼り

合わせには同社が開発した特殊な樹脂を使用しており、

強い粘着性がある一方ではがしやすさも備える。既存の

ガラスへの施工も可能で、架台も不要なため、狭いス

ペースでの設置も可能だ。こうした空間の邪魔をしな

いデザイン性の高さは、ガラス事業を通じて空間演出

を熟知している同社ならではの製品といえるだろう。

 

この独自のデジタルサイネージを、今後は、双方向

にやり取りできるものにすることで、

ビジネス

に進出したい考えだ。現在は、駅やショッピングモー

ルなどへの展開を進めているが、

ソリューショ

ンとして事業を拡大していくには、連携先の選定やビ

ジネスモデルの構築など、さまざまな取り組みが必要

となる。同社は、みずほ情報総研にデジタルビジネス

の実現に向けたリサーチおよび戦略策定支援を依頼

し、新しい市場に挑戦しようとしている。

 

次のページでは、戦略事業の拡大に向けた

ジネスの展開について、その狙いと取り組みを聞く。

N a v i s 0 3 3 – J a n 2 0 1 8

明 日 へ の 挑 戦

 ガラスのトップメーカーが示した

 次世代の経営戦略

 変化する時代を見据えて

 高付加価値ビジネスを拡大

 独自製品を核に

 IoTビジネスに打って出る

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透明で空間に溶け込むガラスの特徴が IoT時代のデジタルサイネージの強みに

旭硝子株式会社事業開拓部 新ガラス商品展開部 部長 中川 秀樹 氏

│戦略事業の拡大に向けて、

社会を見据えて付加

価値の高い技術を提供していくことを掲げておられま

す。狙いは何でしょうか。

中川氏◆世の中の変化をマクロな視点で見ると、次世代の技術

はこれまでの技術の延長線上にはなく、イノベーションは非連

続的に起こるといわれています。新しいプレーヤーや技術が、

従来のプレーヤーや技術に代わって、大きな変化を起こす可能

性があります。その時に、当社の強みを活かして事業を拡大す

ることができるのではないかと考えているのが、「モビリティ」

「エレクトロニクス」「ライフサイエンス」の

つの領域です。

 

については正直なところ、当社も最近までウォッチし

ている分野ではありませんでした。しかし、今後はデジタルサ

イネージも、「情報を一方的に見せる」だけでなく「双方向で

使える」ものになり、

の一端を担うことになるでしょう。

その時、当社のデジタルサイネージ「インフォベール」が持つ、

空間の邪魔にならないガラスならではの強みは、空間演出の点

から優位性を持つのではないかと考えました。

 

ガラスは、透明で存在を感じさせない、日常の中であまり意

識されることがないものです。それだけ空間に溶け込んでいる

ものだといえます。耐久性にも優れており、自動車の前面や建

物の側面やエントランス付近など、〝一等地〞とでも呼ぶべき

場所に設置されています。この一等地にあるガラスを、「情報

のインターフェース」として捉え直すことで、ガラスの役割を

大きく転換できるのではないかと考えています。

│その実現のため、どのような戦略で取り組みを進め

ておられますか。

中川氏◆現在は、ガラスならではの強みを活かすことのできる

ニッチな市場に、デジタルサイネージを展開していく戦略を考

えています。価格を下げていくことも重要な課題です。

 

今後、双方向化が進み、

ビジネスになれば、そのビジ

ネスに関わる全てを、当社が単独で実現できるわけではありま

せん。ハード部分は当社のこれまでの技術を活かしつつ、通信

やクラウド、センサーなどの技術については、パートナーが必

要となります。そうした連携先を吟味しているところです。

CaseStudy

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また、その先の展開も考える必要があります。双方向化によっ

てデータをやり取りするようになれば、デジタルサイネージ上

やクラウド基盤でデータ分析を行い、その結果を出力すること

も考えられます。

│今後どのような戦略で臨むお考えですか。また、さら

なる飛躍のために、どのような挑戦を行っていきたいと

お考えですか。

中川氏◆連携先は、用途ごとに変わってくるのではないかと考

えています。特定の一社と組んでも、さまざまな用途に対応す

るのは難しいためです。また、当社は、「高収益のグローバル

な優良素材メーカー」を目指していますので、国内企業に限ら

ず、さまざまなパートナーと組むことも想定しています。

 

さらに、これまでの製品はハードとして販売すればそれで終

わりでしたが、双方向のデジタルサイネージを展開する事業

になれば、ソフトから得られる収益をパートナー企業と分配

するなどビジネスモデルも変化し、モノ売りからコト売りへ

とシフトしていく可能性があります。当社はそうした事業に慣

れていない面があるため、

年にみずほ情報総研に依頼

し、市場の特徴などさまざまなことをリサーチしていただきま

した。

 

今後は、当社の独自技術としてクローズにする部分とオープ

ンにする部分を選別して、さまざまなパートナー企業と一緒に

開発を行い、トータルソリューションとして提供していくこと

になるでしょう。インフォベールのような製品が、当社のパー

トナー戦略の大きな転換点となり、オープンイノベーションを

進める契機になるのではないかと考えています。

 

また、空間演出という観点でいえば、インフォベール単独で

事業展開するのではなく、プロジェクターで映像を投影できる

ガラス「G

lascene

(グラシーン)」などの製品と組み合わせる

ことで、さらに大きな事業展開に結び付けることができるので

はないかと考えています。

 

ガラスの取り扱いは当社の一番の強みであり、築き上げてき

た実績と自信があります。他社にはない優位性として、新しい

ガラスの可能性を模索し、新事業として確立していきたいと考

えています。

P r o f i l e 企業プロフィール

AGC旭硝子(旭硝子株式会社)1907年創立。初めて国産の板ガラスの量産に成功するなど、ガラス製造の老舗であり、世界トップシェアを誇る。ガラスのほか、電子・化学品・セラミックスの4つの事業領域でグローバルに事業を展開している。

P r o f i l e 企業プロフィールIoT新規事業開発は「つばさ」と「根」を持って

能瀬 与志雄みずほ情報総研経営・ITコンサルティング部シニアマネジャー

 昨今、「IoTで新規事業を」との声がビジネス界のあちこちで聞こえ、相談を受ける機会も多い。 新規事業を考える際には、従来の枠を超えたアイデアを創出する「つばさ」を持つことと、それが本当に新たな価値を生み出すのかを考え抜く「根」を持つことが重要である。 アイデア創出の段階では、「IoTでつながることによる価値」が何かありうるのかを、固定観念を取り払い自由な発想で考える。たとえば、今まで特定の価値しか生まなかったものが、つながることで新たな価値を生むことがある。乾電池型ガジェット「MaBeee」は、乾電池で動くおもちゃなどの製品に装着することで、おもちゃや家庭用品をスマートフォンで操作できる製品に進化させる。 また、顧客とダイレクトにつながることで真の需要に応じた使い勝手のよいサービスを実現し、新たな市場を掘り起こすこともある。ドイツのエアコンプレッサーメーカー、ケーザー・コンプレッサー社は、従来のコンプレッサー機器の販売に加えて、機器を購入することなく圧縮空気の使用量に応じた料金を支払うメニューを導入し、小口ユーザーの発掘に成功した。 このような成功事例だけを見ると「勝利の方程式」があるように錯覚してしまうが、成功のウラには何十回、何百回のダメだしがあったと思ったほうがよい。 出てきたビジネスアイデアについて、「対象とする顧客が明確になっているか」「顧客が真に欲し、現在満たされていない内容が具体的かつ的確に捉えられているか」「競合他社が提供していない特徴のある製品・サービスになっているか」を、冷静なアタマでチェックする。当たり前のことのようであるが、「IoTで何か出さなければ」という考えがアタマの片隅にあると、ついついチェックが甘くなりがちである。さまざまな立場のメンバーで精査し、ファクトと仮定とを峻別するなど工夫を重ね、現在、そして未来の顧客に価値を提供できる IoTは何なのかを考え抜くことが重要である。

◆ デジタルビジネスコンサルティングIoTやAIなどの先端 ITを活用した「デジタルビジネス」の検討を支援する。新規ビジネスの検討にあたっては、課題の把握・整理から、ビジネスアイデアの検討、評価、実証、導入までの一連のプロセスを、さまざまな知見を持ったコンサルタントが支援する。また、オープンイノベーションの実現に向けたビジネスモデルの検討、戦略立案、協業・提携支援なども行う。

明 日 へ の 挑 戦