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<要 旨> 本稿の目的は, ( ) による厳格な文化―寛容な文化という新 しい比較文化研究のパラダイムをレビューし, 異文化コミュニケーション研究への適 用可能性について検討することである。 具体的には, 制御焦点理論と文化的自己観理 論に関する先行研究に基づき, 社会レベルの厳格さ―寛容さという概念と個人レベル の制御焦点 (促進焦点 予防焦点) の関連を検討し, 制御焦点と自尊心の相関を比 較した日米比較調査の結果を報告する。 そして, この結果に基づき, 社会レベルの厳 格さ―寛容さ, 個人レベルの促進焦点・予防焦点, および仲介変数としての自尊感情, 面子を関連づける理論モデルを提案する。 <キーワード> 厳格な文化, 寛容な文化, 促進焦点, 予防焦点, 比較文化研究 1. は 実証的なアプローチによる過去30年の比較文化研究は, 社員約10万人を対象にして実施さ れた ( ) による多文化社会理論, および ( ) による文 化的自己観理論を中心に展開されてきた。 この研究パラダイムでは, 文化レベルの説明変数として, 個人主義―集団主義を, 個人レベルでは, 相互独立的自己観―相互協調的自己観の程度を測定する ことで, 個人の行動に表れる様々な差を説明するというアプローチが最も一般的だった。 不安・不 確実性制御理論 ( ), 面子交渉理論 ( ), 会話制約理論 ( ) など, コミュニケーション研究者による異文化コミュニ ケーション理論の多くもこのパラダイムに依拠している。 この個人主義-集団主義の次元に続いて最近注目されているのが, 厳格な文化-寛容な文化 1 厳格な文化―寛容な文化 新たな文化比較パラダイム <論 文> 外国語教育 ─理論と実践─ 第40号 平成26年3月31日発行

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Page 1: 厳格な文化―寛容な文化 - 天理大学 › opac › repository › metadata › 4093 › ... · 焦点に関する先行研究のレビューし,その議論に基づいて設定した仮説の検証結果を報告する。最

<要 旨>

本稿の目的は, �����������(���������) による厳格な文化―寛容な文化という新しい比較文化研究のパラダイムをレビューし, 異文化コミュニケーション研究への適

用可能性について検討することである。 具体的には, 制御焦点理論と文化的自己観理

論に関する先行研究に基づき, 社会レベルの厳格さ―寛容さという概念と個人レベル

の制御焦点 (促進焦点���予防焦点) の関連を検討し, 制御焦点と自尊心の相関を比較した日米比較調査の結果を報告する。 そして, この結果に基づき, 社会レベルの厳

格さ―寛容さ, 個人レベルの促進焦点・予防焦点, および仲介変数としての自尊感情,

面子を関連づける理論モデルを提案する。

<キーワード>

厳格な文化, 寛容な文化, 促進焦点, 予防焦点, 比較文化研究

1. は じ め に

実証的なアプローチによる過去30年の比較文化研究は, ���社員約10万人を対象にして実施された ��������(���������) による多文化社会理論, および ���������������(����) による文化的自己観理論を中心に展開されてきた。 この研究パラダイムでは, 文化レベルの説明変数として,

個人主義―集団主義を, 個人レベルでは, 相互独立的自己観―相互協調的自己観の程度を測定する

ことで, 個人の行動に表れる様々な差を説明するというアプローチが最も一般的だった。 不安・不

確実性制御理論 (��������������), 面子交渉理論 (����������������������������������������), 会話制約理論 (�������������) など, コミュニケーション研究者による異文化コミュニケーション理論の多くもこのパラダイムに依拠している。

この個人主義-集団主義の次元に続いて最近注目されているのが, 厳格な文化-寛容な文化

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厳格な文化―寛容な文化新たな文化比較パラダイム

島 田 拓 司

<論 文>

外国語教育 ─理論と実践─ 第40号

平成26年3月31日発行

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(���������������������������) という文化次元である。 厳格な文化とは, 強制力のある多くの社会規範が存在し, その規範に逸脱する行為に対しての寛容度が低い文化的傾向を指し, 寛容な文

化とは, 社会的規範が弱く, 逸脱行為に対しても寛容な文化と定義される (�����������������)。�����������(����) によれば, この文化的特徴を最初に理論化したのは, 文化人類学者の �����であり, 心理学の分野でも �����がすでに1966年に, 厳格に構成された農耕社会の個人は, 寛容な狩猟社会の個人よりも心理的個人差があまり認められないという報告をしており, 厳格―寛容の

概念は決して新しいものではない。 しかし, この概念が再び注目されるようになったのは,��������(����) が個人主義―集団主義とは異なる重要な次元として紹介し, �����������(����)が33カ国を対象に, 6�960名の調査協力を得て実施した研究の結果が, 影響力の強い �������誌に掲載されたことによる。

本稿では, 関連する先行研究をレビューし, 厳格さ―寛容さという社会・文化レベルの枠組みが

個人レベルとしての制御焦点 (���������������) との関係に焦点を当てた新たな異文化コミュニケーションの研究パラダイムの可能性を探る。 まず, �������らの一連の研究 (2012�2006�2011) を基に, 厳格な文化と寛容な文化の定義, 特徴, 個人に与える影響を明らかにする。 次に, この議論か

ら派生した理論モデルの妥当性を検証するために �����������(����) が実施した研究の概要と結果を手短にレビューする。 さらに, 文化的自己観と厳格さ―寛容さが個人レベルで反映される制御

焦点に関する先行研究のレビューし, その議論に基づいて設定した仮説の検証結果を報告する。 最

後に, 今後の課題として, 社会・文化レベルの厳格さ―寛容さと個人レベルの制御焦点の関係を示

した理論モデルを提示する。

2. 厳格な文化―寛容な文化とは何か

厳格な文化と寛容な文化を特徴づけるのは, 社会規範の強さと制裁の強さの2点である。 社会規

範の強さとは, ある社会に明確な規範が存在し, 所属メンバーの間でその規範が広く共有されてい

る程度のことであり, 制裁の強さとは, 規範からの逸脱行為に対する社会の寛容度を意味する

(�����������������)。�����������(����) は, 厳格さ―寛容さの起源を国家や民族が対峙してきた自然環境の脅威や人類がもたらした社会的脅威に求めており, これらの脅威に対抗するには, 社会的適応が不可欠で

あるため, 強い規範と逸脱行為に対する懲罰の必要性が高まったと論じている。 これらの脅威とは,

人口密集による混乱, 資源不足, 自然災害, 領土侵略, 伝染病拡大などである。 このような脅威に

頻繁にさらされている国家や民族は, 秩序や社会的な絆を重視した強い規範を発展させ, 逸脱行為

に厳しく対処しなければ生存が危うくなる。 一方, このような脅威がほとんどない国家や民族は,

秩序や社会調和の必要性が低いため, 社会規範は弱く, 逸脱行為に対しても寛容である。

社会規範の強さと逸脱行為への許容度は社会制度や実践に反映される。 厳格な社会の制度は狭い

分野に特化され, 容認される行為は限定的だが, 寛容な社会の制度は広範な分野に適用され, 許容

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される行動の範囲は広い。 厳格な国家では独裁色の強い政権が反対意見を弾圧し, テレビ, ラジオ,

新聞, インターネットなどの報道機関に対し, 強い報道規制をかけ, 刑法の厳格な適用と厳罰化に

よる犯罪の抑止が行われる。 デモ, ボイコット, ストライキなど, 社会制度に対する抗議行動の発

生件数は, 寛容な国家のほうが厳格な国家よりもはるかに少ない (�����������������)。また, 厳格さ―寛容さは, 家庭内, レストラン, 教室, 公園, 図書館, 職場などの日常生活場面

においても, その状況の強さと弱さの程度に投影される。 強い状況では, 適切な行動が限られてお

り, それ以外の行動は非難の対象になりやすく, 個人の判断に基づいて行動することは許されない。

一方, 弱い場面では個人に対する外的制約がほとんどなく, 個人裁量の余地も大きい。 強い状況と

弱い状況はあらゆる社会で散見されるが, 厳格な社会では,状況による制限が多く, 日常生活場面

で適切と判断される行動が限定されるが, 寛容な社会では,状況による制約が少なく, 日常場面で

許容される行動の範囲が広い (������������������������������)。厳格さ―寛容さは国家レベルだけでなく, 地域レベル, 民族レベル, 組織レベルなど, 他のレベ

ルでも影響を与えている。 例えば, ����������(����) は, 厳格さ―寛容さ尺度 (�����������������) を使用して, サンフランシスコとボストンの住民を比較した結果, サンフランシスコのほうがボストンよりも寛容だったと報告している。 また, 厳格さ―寛容さは領域特有の可能性もある。

原則として, あらゆる文化に厳格な領域と寛容な領域がある。 たとえ文化的には厳格さや寛容さが

強調されるとしても, 国家の特に重要な領域は厳格になりやすい。 例えば, 寛容性の高い米国でも,

個人の権利については厳格である (�����������������)。3. 社会レベルの厳格さ―寛容さが個人に与える影響�����������(����) は, 社会レベルの厳格さ―寛容さが個人の行動に影響を与えるマルチレベ

ル理論を提唱している。 社会の厳格さ―寛容さを特徴づける日常生活の場面状況の強さと個人の心

理プロセスには密接な関係があり, 個人は, 自分の置かれた状況に適応するようになる。 日常生活

で頻繁に強い状況に置かれる個人は, 行動の自由が制限され, 自らの行動が評価の対象となり, こ

の評価いかんで罰せられるかもしれない。 そのため, 強い状況制限を強いる社会に所属する個人は,

失敗を避けるように注意し, 予防に焦点を当てた行動をとり, 強力な自己制御によって衝動をコン

トロールし, 高度なセルフモニタリング能力を有するようになる。 つまり, 厳格な社会における強

い社会的規制は, 個人レベルの自己規制の強さに投影され, 寛容な社会における弱い社会的規制は,

個人レベルの自己規制の弱さに反映されることになる。 このような自己規制の程度は, 説明責任の

必要性 (������������������), 知識構造 (������������������), 自己指針 (�����������), 制御強度(������������������) などを通して個人差として表れる (�����������������)。説明責任の必要性とは, 個人の行動が評価の対象となり, その結果いかんで罰せられる可能性が

あるという主観的な経験のことである。 どのような社会でも, 個人は何らかの外的基準に基づいて

説明責任を感じるものだが, 厳格な社会では,寛容な社会よりもその必要性をより強く感じる。 厳

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格な社会では, 規範違反は厳しく罰せられるべきという意見が優勢なので, 個人は, 自らの行動に

対して厳重な警戒を継続的に行っていることになる。

さらに, 強い規範と制裁を特徴とする厳格な社会では, 個人は期待される規範的行動に非常に敏

感である。 厳格な社会では狭い社会化を促進し, 個人は様々な社会制度を通して期待される行動を

学習するため, 寛容な社会の個人よりも, 状況と規範的行動とをより強く関連づけるような (規範

関連性) 知識構造を有していると考えられる。

つぎに, 自己指針とは, 現実の自己を評価するための内在化された基準のことであり, 理想自己

と義務自己に分類される (������������)。 理想的自己指針とは 「なりたい自己」 という視点から

個人が自己を誘導することを意味し, 義務的自己指針は 「あるべき自己」 という点から自己を誘導

する。 義務的自己指針は身近な他者や社会が定めた規定に基づいているので, 規範的な自己指針と

言える。 厳格な社会の個人は, 説明責任の必要性を強く感じているため, 規範的な義務的自己指針

を常に意識するように動機づけられており, 予防焦点 (失敗しないように注意すること) が優勢で

ある。 対照的に, 寛容な社会の個人は, 説明責任を強く感じることはなく, 理想自己指針を意識す

るよう動機づけられており, 促進焦点 (目標を達成することに注力する) が優勢である。

制御強度 (������������������) とは, 個人が自分自身の行動を監視・評価することで, 基準からのズレを見つけようとし, そのようなズレが起きたときには, 否定的な自己反応を起こす程度の

ことである。 厳格な社会では, 寛容な社会よりも説明責任を強く求められるので, 個人は頻繁に社

会規範に基づいて自己の行動を監視し, 規範から逸脱しないように注意しており, 行動が基準から

外れると強いネガティブな反応を起こす。 したがって, 厳格な社会の個人は, 寛容な社会の個人よ

りも概して高い自己制御能力を有していると考えられる。 厳格な社会では, 社会レベルでの規制の

強さが, 個人レベルの自己規制の強さに投影され, 寛容な社会では, 社会レベルでの弱い規制が,

個人レベルでの自己規制の弱さに投影されることになる。 また, 厳格な社会では, 社会秩序を維持

することが重要なので, 外的基準に照らして自分自身の行動に注意を払うだけでなく, 他者の違反

行為に対しても強い関心を持ち, 違反行為にはネガティブな反応を起こす。 一方, 寛容な社会では,

他者による逸脱行為はそれほど注目されることはなく, 注目されたとしても容認される可能性が高

い。

人格特性, 態度, 期待などの個人差には, 社会コンテキストの厳格さ―寛容さが少なからず影響

している。 適切な行動を明確に規定するような強い規範が存在する社会では, 人々は共通の経験を

数多く共有しているので, 高い類似性がみられる。 2節で述べたように, 厳格な社会では行動パター

ンを制限する強い状況が多いので, 個人の行動の類似性が高くなり, 予測が容易になる。 厳格な社

会では, 個人は相互に規範的期待を強化し, 行動の予測性を高めているのである。 同調性が高く,

リスク回避的で, 安定を重視する社会では, 様々な場面において個人行動の類似性が高いので, 厳

格な社会における個人間の共通性の高さ (分散の小ささ) の原因の一部は, 社会コンテキストでの

外的制約の強さによるものと言えるかもしれない。 一方, 規範が比較的弱く, 制約が少ない社会で

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は, 人々は独特な経験をするので, 個人の属性は多様性に富む。 同調性が弱く, リスクをいとわず,

変化に寛容な社会では, 様々な場面で行動の特異性が高い。 したがって, 厳格な社会では, 規範的

コンテキストの認識が行動の予測に役立つが, 寛容な社会では, 規範よりも個人の価値観のほうが

行動の予測に役立つことが示唆される (�����������������)。以上, �����������(����) がマルチレベル理論で展開した厳格な社会―寛容な社会の特徴と個人への影響について概観してきた。 次節では, この理論から派生した仮説を検証した2011年の研究

をレビューする。

4. �����������(����) による現代社会の厳格さ―寛容さの実証研究�����������は, 2006年の論文で展開した厳格な文化―寛容な文化の理論モデルの妥当性を検証するため, �����������(����) で, 信頼性と妥当性を備えた厳格さ―寛容さ尺度を開発し, 大規模な実証研究を実施した。 この調査は33カ国の6�960人を対象とした大規模なもので, 回答者は以下の項目それぞれについて, 6件法 (1�強く不同意―6�強く同意) のリッカート形式で回答している (調査では, 他にも日常場面の状況の強さを測定するなど, 様々な測定尺度を使用している)。

厳格さ―寛容さ尺度 (������������������������) (試訳)1. この国には, 人々が従うべき社会規範が多い。

2. この国では, たいていの状況で, 人々がどのように行動すべきかについての非常に明確な期待

がある。

3. この国では, たいていの状況において何が適切な行動で何が不適切な行動なのかに関する合意

がある。

4. この国の人々は, たいていの状況で, どのように行動したいかを自由に決めることができる。

(逆転項目)

5. この国では, 不適切に振る舞うと, 他者から強く非難される。

6. この国の人々は, ほとんど常に社会規範に従う。

調査の結果, 同一国内においては, 人々の厳格さと寛容さのレベルはだいたい一致しており, 厳

格さ―寛容さ尺度は収束性妥当性を有していることが確認された。 具体的には, この尺度は専門家

の評価, ����������������, �����������������������(例えば, それぞれの国における時計の正確さや左利きの割合) などの尺度で測定された社会的逸脱に対する態度と相関していた。

国家間では, 厳格さ―寛容さに大きな差異があることが判明した。 最も厳格な国家群には, パキ

スタン (12�3), マレーシア (11�8), シンガポール (10�4), 韓国 (10�0) が含まれ, 最も寛容な国家群は, ウクライナ (1�6), エストニア (2�6), ハンガリー (2�9), イスラエル (3�1), オランダ(3�3), ブラジル (3�5) であった。 日本は8�6, 米国は5�1, 英国は, 6�9, フランス6�3, ドイツ (旧

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西ドイツ6�5, 旧東ドイツ7�5)だった。 (カッコ内の数値は, 厳格さ―寛容さ指標であり, Zスコアを10倍したもの。 詳細については, �����������(����) の表1を参照)。厳格さ―寛容さは他の構成概念とは異なり, 弁別的妥当性を有していることも確認された。�����������(����) は, 厳格さ―寛容さの文化次元は, ��������(����) の個人主義―集団主義(��������������������������), 不確実性の回避 (��������������������), 権力格差 (�������������)とは異なる独自の文化次元であるという仮説を立てている。 まず, 個人主義と厳格さ―寛容さの相

関は, ��47 であり, 22パーセントの分散を説明していることから, やや強い相関を示しているが,個人主義と相関の高い 「国民1人当たりの���」 とはほぼ無関係 (�����) であった。 個人主義―集団主義とは, それぞれ自立と自主性を強調する社会と内集団との強い絆を強調する社会のことを

指すのであって, 社会規範の広がりや規範からの逸脱行為に対する社会の寛容度には触れていない。

ブラジルのように集団主義的で寛容な文化もあれば, 日本やシンガポールのように集団主義的で厳

格な文化もあり, 米国やニュージーランドのように個人主義的で寛容な文化やドイツのように個人

主義的で厳格な文化もある (�����������������)。 この点に関連して, 個人主義―集団主義の次元だけでは社会の複雑性を反映するには不十分であり, この次元を縦と横に分け, 垂直的個人主義―

垂直的集団主義, 水平的個人主義―水平的集団主義に4分割して, より精緻な分析を目指そうとす

る動きもある。 ����������(����) は, 垂直的集団主義と厳格な社会で優勢と考えられる予防焦点 (���������������) の相関は�37, 寛容な社会で優勢な促進焦点とは, ��35 と負の相関を示し,水平な個人主義と促進焦点との相関は�34, 予防焦点とは��25 だったと報告しており, 個人主義―集団主義を縦横に分割すれば, 厳格さ―寛容さの次元とより強く相関する可能性もある。

厳格さ-寛容さは, 不確実性の回避とも異なった概念であり, �����������(����) は両者の相関は-�27 であり, 分散の7%を説明しているにすぎないと報告している。 不確実性の回避とは,「ある文化の成員が不確実な状況や未知の状況に対して脅威を感じる程度 (ホッフステード�1995������)」 のことである。一方, 厳格さ―寛容さと権力格差の相関は, 中程度であった (�����)。 権力格差とは社会で権力が平等に分配されている程度のことであり, 強い規範と制裁は, 平等な文化 (小さい権力格差)

であろうと不平等な文化 (大きい権力格差) であろうと, 権力格差の程度とは関わりなく強化され

維持されるはずだが, 権力格差の大きさは民主主義の普及度とも関連しているため, 中程度の相関

係数を示したものと思われる。

5. 文化的自己観と制御焦点理論

3節で触れたように, 社会 (文化) レベルの厳格さ―寛容さは, 制御焦点の違い (促進焦点���予防焦点) に投影される。 厳格な社会の個人は, 説明責任を負っていると感じる傾向が強いので,

規範的な義務的自己に影響を受けやすく, 予防焦点 (失敗しないことに注意を向けること) を有す

る傾向が強い。 一方, 寛容な文化の個人は, 説明責任を負っていると感じる傾向が厳格な文化の個

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人ほど強くないので, 理想的自己に影響を受けやすく, 促進焦点 (目標を達成することに注意を向

けること) を有する傾向が強い。 すなわち, 社会 (文化) レベルの厳格さと寛容さは, 個人レベル

の予防焦点と促進焦点に媒介 (�������) されると考えられる。厳格さ―寛容さの文化次元が注目され始めたのは最近なので, 個人レベルの制御焦点 (促進焦点���予防焦点) との関連を直接調査した研究はまだないが, この概念と関わりの深い文化的自己観

と制御焦点との関係についての先行研究はいくつかある。 文化的自己観とは, ある文化において歴

史的, 社会的に共有されている自己についての前提であり, この自己観が社会的現実を構成し, 物

事に意味を与え, 認識, 感情, 動機づけなどについての文化的準拠枠を提供している (��������������������)。 このような文化的自己観は, 相互独立的自己観 (��������������������������)と相互協調的自己観 (�����������������������������) に大別され, 個人レベルの個人主義―集団主義に対応している (������������������)。相互独立的自己観とは, 西洋文化で優勢な自己観で, 自己はある個人が持つ属性 (例えば, 才能,

性格, 能力) によって定義され, 周囲の状況とは独立した実体である。 このような文化では, 自己

の望ましい属性に注意を向け, それを外に表現することで, 保有する属性の存在を自ら確認しよう

と動機づけられる。 この行動は, 自らの自尊感情のレベルを維持するための自己高揚傾向として認

識され, 「達成場面においては自らの能力を評価・確認することが動機づけの重要な要素になる」

(北山����������)。一方, 相互協調的自己観とは, 東洋文化で優勢な自己観で, 自己は 「他の人や周りの物事と結び

ついた関係志向的実体」 (北山����������) であり, 周囲の状況によって変化する。 したがって,個人は 「意味ある社会的関係に所属し, その中で相応の位置を占め, 他と相互依存的・協調的な関

係を持続することにより, 自己の社会的存在を確認し, 自己実現をはかること」 (北山�����������) が重要であり, 「達成場面においては他者の期待にそうよう自らの足りない点を直すべく,努力することが動機づけの重要な要素になる」 (北山����������)。相互独立的自己観が強調される個人主義的文化では, 自己は独立した個の存在と理解され, 主要

な課題は, 自己完結的な存在であることであり, 個人的な業績を通して自己を際立たせることであ

る。 そうすることで他者とは別個の実体として区別されることになる。 一方, 集団主義的文化では,

自己は他者と結びついた相互協調的な存在として理解され, 主要な課題は, 対人関係や集団の和を

維持するために溶け込むことである。 このような文化的視点の違いは, 異なった動機づけプロセス

を促進すると考えられる。 際立つことを強調する個人主義的で相互独立的な志向は, ポジティブな

情報に関心を寄せがちであり, 自己の特異性を確立し, 主張するためにポジティブな要素を獲得す

ることに集中する。 一方, 関係体に適合することを強調する集団主義的で相互協調的な志向は, ネ

ガティブな情報に関心を寄せがちであり, 関係不和や集団の和が乱れるのを回避するために, ネガ

ティブな要素を排除することに集中する (����������������������������������)。���������������������������(����) は, このような個人主義文化―集団主義文化の差は, 接

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近目標―回避目標をそれぞれ促進するという仮説を立て, 4つの実証研究を行った。 接近目標

(������������) とは, ポジティブな結果や状態に注目し, それに接近し, その結果や状態を維持するように統制することであり, 回避目標 (��������������) は, ネガティブな結果や状態に注目し, そのような結果や状態から遠ざかるように統制することである。 研究の結果, 相互協調的自己

観 (個人レベルの集団主義志向) を有する個人は, 回避目標を重視し, 相互独立的自己観 (個人レ

ベルの個人主義志向) を有する個人は, 回避目標よりも, 接近目標を重視することが示された (研

究1)。 また, アジア系アメリカ人 (集団主義) と白人アメリカ人 (個人主義) の比較でも同様の

結果を得た (研究2)。 さらに, 米国人 (個人主義) と韓国人 (集団主義) の比較や, 米国人 (個

人主義) とロシア人 (集団主義) の比較でも個人主義志向が優勢な個人は, 回避目標よりも接近目

標を重視し, 集団主義志向が優勢な個人は, 接近目標よりも回避目標をより重視するという結果を

得た (研究 3, 4) と報告している。

同様な結果は, ������������������(����) からも報告されており, 相互独立的な個人は促進焦点 (��������������) の情報を強調し, 相互協調的な個人は, 予防焦点 (���������������) の情報を強調したと述べている。

自己観が制御焦点に影響するという結果は, 自尊感情 (�����������) に基づく東西文化比較を分析した最近の多くの研究結果と一致している。 例えば, ����������������������������������������(����) の研究では, 米国人は日本人よりも成功を体験すると自尊感情が高まりやすく, 日本人は米国人よりも失敗を体験すると自尊心が低下する傾向が報告されているが, 成功体

験が自尊感情に強く影響するのは, 独立的自己が促進焦点をより強調することを反映しているのか

もしれないし, 失敗体験が日本人の自尊感情に強く影響するのは, 協調的自己が予防焦点をより強

調するということを投影しているのかもしれない。 また, �������������(����) は, 米国文化のコンテキストで見つかる場面状況はより自己高揚しやすいものであり, 日本文化のコンテキストで

見つかる場面状況は, より自己批判しやすいものであることを指摘している。 相互協調的な文化で

みられる自己批判傾向は, 将来の失敗を避けようとする動機づけが強いために, 予防焦点的に動機

づけられると考えることができるだろう。

楽観主義と悲観主義の文化差においても制御焦点の差という枠組みで理解することが可能である。������������(����) によれば, カナダ人は日本人よりも楽観的であり, 良いことが他人ではなく自分に起こると考えるカナダ人は日本人よりもはるかに多かった。 �����������(����) は,制御焦点のパターンが楽観主義と悲観主義に関連している可能性を指摘しており, 防御的悲観論は

否定的結果に対する不安や警戒に関連していることが多く, このタイプの悲観主義は, 予防焦点に

よってもたらされると論じている。 したがって, 相互協調的自己観が優勢な場合に予防焦点傾向が

強まるのは, 東洋文化に属する成員が西洋文化の成員よりもはるかに悲観的であることに関係して

いるのではないかと考えられる。�����(���������) は, 個人主義的文化 (相互独立的自己観) が自尊感情を重視するのに対し

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て, 集団主義的文化 (相互協調的自己観) は面子を重視するという点に着目し, この相違が制御焦

点に影響していると主張している。 どんな文化でも個人は良い自己を保持するため, 自分自身を理

解し, その理解と一致した行動をし, 良好な結果をもたらそうとするが, 何が有益であり, 何が不

利益になると考えるかは文化環境によって異なるので, 良い自己を保持する手法も異なる可能性が

ある。 �����によれば, 肯定的な自己観を維持するには, 自尊心を維持することと面子を保持することの2通りの方法がある。 自尊心の維持とは, 自己とその特性を肯定的に評価しようとすること

である。 面子とは, 人が社会的な関係性の中で自分が占める相対的な立場と,その立場で十分に役

割を果たしていると判断されることによって他者から得た評価であり, 尊敬である (�������������)。面子は自尊心と似ているが, いくつかの点で異なっている。 まず, 面子は他者から得るものであ

り, 個人は自分で面子の量 (敬意の程度) を決めることはできない。 2つめは, 個人が保持する面

子の量は関係性の中での相対的な立場から派生するものであり, 個人が果たす役割が面子の量を決

めるのであって, 個人の資質が決めるわけではない (個人の資質が役割に影響するかもしれないが)。

3つめに, 面子はその個人が与えられた立場で役割を十分に果たしていることで評価される。 それ

が不十分であれば面子を失うが, 役割を十分すぎるくらいに果たしているとしても面子が向上する

わけではない。

個人が目標追求 (�����������) を制御する方法にも促進焦点と予防焦点の2つがある。 促進焦点が優勢な個人は, ポジティブな結果を得ることに注力し, 自分の進歩, 業績, 大望に関心を寄せ

る。 対照的に, 予防焦点の優勢な個人は, ネガティブな結果を生じさせないことに注力し, 安全,

責任, 義務に気を配る。 どのような状況下でも, 上手く立ち回るには報酬を得て, 損失を回避しな

ければならないので, これら2つの志向は重要だが, 個人が同程度にこの2つを志向するわけでは

ない。 差し迫る脅威に立ち向かうときには, 予防焦点がより強調されるであろうし, 大きな利益を

得る可能性がある場合には促進焦点が強調されるはずである。 同様に, 簡単に失いかねない資源を

管理するためには, 予防焦点を採用する必要があり, より容易く多量の資源を蓄積できる可能性が

あれば, 促進焦点が強調されるはずだ。

個人が自分自身についての肯定的な考えを保持したければ, その考えと矛盾しない情報を選択し

て詳しく述べ, 矛盾する情報は軽視するため, 自己に関連した情報を正確に処理する機能が歪めら

れる (自己奉仕バイアスと呼ばれる)。 さらに, 自己について肯定的な評価を強く望むならば, 評

価を下げるようなネガティブな情報よりも向上させるようなポジティブな情報により焦点が置かれ

る (促進焦点)。 このように, 自己についての情報を肯定的に歪んで処理することで, 促進焦点は

自尊心維持に役立つ。

一方, 面子は失われやすく, いったん失ってしまうと回復は難しい。 面子は他者から得るべきも

のであるから, 他者が与えるだけしか保有できない。 他者は, 肯定的に見てほしいという個人の願

望を共有していないので, 自己奉仕的に評価を歪めることはなく, 促進焦点が自動的に選好される

厳格な文化―寛容な文化 9

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こともない。 個人が保有する面子の量は, 集団内部の役割によって規定されるので, 面子を向上さ

せるには, 集団内部で昇進し, 上位の役につかなければならないが, このような出世は簡単ではな

いので, 個人が面子を向上させる機会はほとんどない。 個人が他者の基準を満たすことができずに

面子を失う危険性は日常のいたるところにあるが, 面子を容易く回復するための機会はほとんどな

いので, 面子の危うさがゆえに予防焦点に結びつくことになる。

面子が日本を含めた東アジアの人々の重要な関心事であり, 自尊心は北米でより強調されるので,

制御焦点においても,これに対応した文化差が観察されるはずである。 すなわち, 米国人は日本人

よりも自尊心が高く促進焦点を重視し, 日本人は米国人よりも面子維持が重要なので予防焦点を重

視すると推論できる。

6. 制御焦点の日米比較

上記の議論を踏まえ, 筆者は, 日本 (260名) と米国 (218名) の大学生を対象に制御焦点と自尊

感情の相関分析を行い, 次の仮説の検証を試みた。

仮説 1:米国人のほうが日本人よりも促進焦点の傾向が強い。

仮説 2:日本人のほうが米国人よりも予防焦点の傾向が強い。

参加者の促進焦点と予防焦点の傾向を測定するため, ��������ら (2002) が開発した ��������������������������とその日本語版 (尾崎�2006) を使用した。 この尺度は, 個人の促進焦点傾向の測定を意図した9項目と予防焦点傾向を測定する9項目の計18項目で構成され, 「全く当ては

まらない-非常によく当てはまる」 リッカート形式の7件法である。

比較文化研究で構成概念を比較するには, その概念が文化間で同等であること, すなわち, 測定

不変性を確認する必要がある (����������)。 そのために, まず, 最尤法による探索的因子分析で日本人と米国人の回答をそれぞれ分析して, 促進・予防焦点尺度の因子構造を日米間で比較した。

共通性が�20以下の3項目 (項目 2, 11, 16) を削除してから, 再度因子分析を実施した。 共通性

が低いということは, 共通因子からあまり影響を受けていない (独自性が高い) ことを意味し, 因

子の再現性の点で問題がある (������������)。 スクリープロットを検討した結果, 2因子が抽出された。 次に, 因子パターンにおいて, 両因子に高い負荷量を示した (�������������) 項目4を削除した結果, 促進焦点の測定を意図した9項目と予防焦点の測定を意図した5項目が残った。 促進

焦点尺度のクロンバックの�係数は, 日本人データが�80, 米国人データが�86 であり, 予防焦点尺度のクロンバックの�係数は, 日本人データが�68, 米国人データが�80 であった。日本人と米国人の制御焦点の傾向を明らかにするため, 促進焦点尺度と予防焦点尺度の得点をそ

れぞれ合計して尺度得点化し, 独立したサンプルによる�検定を行った。 その結果, 仮説1で予測したとおり, 促進焦点については, 米国人 �������������������%���������������が日本

外 国 語 教 育10

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人�������������������%���������������よりも有意に高かった�������������������������������%����������������。 また, 仮説2で予測したとおり, 予防焦点については, 日本人�������������������%���������������のほうが, 米国人 �������������������%���������������よりも有意に高かった �����������������������������%�������������。 また, 日本人の回答では, 促進焦点と予防焦点の間には, 弱い有意な相関 ��������������がみられたが, 米国人の回答では, 両者は相関していなかった �������������。 効果量の違いを見る限り, 日米間の違いは, 予防焦点傾向よりも促進焦点傾向のほうが強いと言えそうである。

次に, 制御焦点と自尊感情との関連を調べるために, 相関分析を行った。 自尊感情は, 自己有能

性/自己好意性尺度 改訂版 (�����)(1) を使用した (�������������������)。 自尊感情のなかで, �����は自己有能性8項目, 自己好意性8項目, 合計16項目で構成され, それぞれの項目は,「まったく当てはまらない (1点)」 から 「ぴったり当てはまる (5点)」 の5件法のリッカート尺

度である。 尺度は, バックトランスレーション法に従い, 1名のバイリンガル話者が日本語に翻訳

し, もう1人のバイリンガル話者がその日本語訳を英語に翻訳し直し, 妥当性を検討した。 自己有

能性尺度のα係数は, 日本人データが�73, 米国人データが�75 であり, 自己好意性尺度は, 日本人データが�75, 米国人データが�86 であった。 自己有能性は, 米国人 �����������������のほうが日本人 �����������������よりも有意に高かった ������������������������%�����������������。 また, 自己好意性についても, 米国人 �����������������のほうが日本人 ������������������よりも有意に高かった ������������������������%����������������。相関分析の結果, 促進焦点は自己有能性 �������, 自己好意性 �������と中程度の相関を示し

た。 一方, 予防焦点は, 自己有能性 ��������, 自己好意性 ��������と中程度の負の相関を示した。 この結果は, 自尊感情の高さが促進焦点傾向を強め, 予防焦点傾向を弱めていることを示唆

している。

日米文化別で相関分析を実施した結果, 日本人の回答では, 促進焦点と自己有能性の間には有意

な関連 �������������は示さなかったが, 自己好意性との間には弱い有意な相関 ��������������が認められた。 一方, 予防焦点については, 中程度の有意な負の相関が, 自己有能性���������������, 自己好意性 ���������������との間で確認された。米国人との回答では, 促進焦点と自己有能性 ��������������, 自己好意性 ��������������の間に有意な関連が確認された。 予防焦点についても, 中程度の有意な負の相関が, 自己有能性���������������, 自己好意性 ���������������との間で確認された。 この結果は, 自尊感情の程度によって, 促進焦点は強化され, 予防焦点は抑制されることを示唆しており, �����(���������) の主張の一部である自尊感情と制御焦点の関係を裏付けたことになる。

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7. 今 後 の 課 題

本稿の目的は, 近年注目されている厳格な文化―寛容な文化という理論的枠組についての先行研

究をレビューし, 個人のコミュニケーション行動への影響について検討することであった。 厳格さ

―寛容さという文化/社会レベルの変数が, 個人レベルの自尊感情や制御焦点に与える影響につい

ては, 実証すべき事項である。 本稿でレビューした先行研究から文化/社会レベルの厳格さ―寛容

さが自尊感情と面子を重視する程度を仲介 (���������) して制御焦点 (促進焦点���予防焦点) に影響するという図1のような理論モデルが想定できる。

厳格さ―寛容さの研究は, 価値の文化差に焦点を当てているこれまでの文化心理学や比較文化心

理学の研究に, 社会規範の強度という変数を取り入れることで, 新たな発展を期待できる。 �������(����) は, 「恒常的な状況の強さについての文化差は, 最終的には, 原因帰属, 選択選好, コンテキストの注意, コミュニケーション・スタイルなど, 様々な多岐にわたる心理プロセスの違いを

説明するのに役立ち, … 厳格さ―寛容さの研究は, 文化間のマクロ構造的レベルと心理レベルを

結びつける新たな地平を拓いて, 文化心理学や比較文化心理学での場面状況の系統的研究を取り込

むべきという要請に応えるものである(��423)」 と論じている。 この点に関連して, ��������

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図1 社会レベルの厳格さ―寛容さ, 自尊感情, 面子, 制御焦点のパス図

自尊心重視

社会レベルの厳格さ

面子重視

促進焦点

予防焦点

�� ����

自尊心重視

社会レベルの寛容さ

面子重視

促進焦点

予防焦点

�� ����

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�������(����) は実証研究の結果をもとに, 促進焦点と予防焦点の違いが及ぼすコミュニケーション行動への影響を次の5点にまとめている。

(1) 達成目標:達成されるべき最低限の目標を設定するか (予防焦点), 達成したいと思う最

大限の目標を設定するか (促進焦点)。

(2) スピードか正確さか:業績達成のスピード (あるいは量) を重視するか (促進焦点), 作

業の正確さ (あるいは質) を重視するか (予防焦点)。

(3) 所持品を所有し続けるか (予防焦点), それとも下取りに出して新しいものに買い換える

か (促進焦点)。

(4) 予定変更:促進焦点が優勢の個人は, 予防焦点が優勢の個人よりも予定の変更を気にしな

い。

(5) 成功・失敗の動機づけへの影響:成功を追い求める事が重要なのか (促進焦点), 失敗を

避けることが優先されるのか (予防焦点)。

これらの制御焦点の違いが及ぼすコミュニケーション行動への影響が, よりマクロな社会レベル

の厳格さ―寛容さからも影響を受けているのかについては, 図1のようなパスモデルを構造方程式

モデリングによって解析し, 出力された適合度指標によって確認できるだろう。

筆者は, これまで弁明行為の日米比較を研究テーマとしてきたが, 社会レベルの厳格さ―寛容さ

と個人レベルの促進焦点―予防焦点は, 日米間の弁明行為の違いを説明する重要な理論的枠組みを

提供すると考えている。 事実, 筆者の研究 (����������������������) でも, 日本人は米国人に比べて, 規範違反に関する行為に厳しい評価を与えることが確認されており, 規範に違反する行

為は日本人にはより悪質であると評価される可能性が高い。 これは, 厳格な文化―寛容な文化の特

徴を反映したものである。 また, 日本人に比べて, 米国人のほうが自己奉仕バイアスが強いことも

確認されている (����������������������)。 今後は, 社会レベルの厳格さ―寛容さ, あるいは個人レベルの促進焦点―予防焦点が弁明行為にどう影響するのかについて検討していく予定である。

最後に, 厳格さ―寛容さの理解がなぜ異文化コミュニケーションに重要であるかについて触れて

おきたい。 厳格な文化―寛容な文化の理解は, 長期留学や海外赴任などで個人が体験する異文化適

応に役立つ。 寛容な文化から厳格な文化に移動する人々は, 厳格な文化の特徴である過密な人口集

中や強い社会制裁, 多くの環境的, 病的脅威を経験したり, 社会制度 (政府, メディア, 警察) の

厳しい制約を感じたりするだろうし, 日常生活でも多くの行動制限を受けることになる。 対照的に,

厳格な文化から寛容な文化に移動する人々は, 規範なき状況に苛立ちを感じたり, 社会的価値観の

崩壊による社会の混沌状態や行動期待に関するあいまいさを体験したりすることになる。 このよう

に, 厳格な文化も寛容な文化も, 訪問者にはストレスの原因になりうるが, 厳格さ―寛容さに関連

する要因を理解すれば, このようなストレスは軽減されるかもしれない。 寛容な社会の人々は, 厳

格な社会を規制が多すぎると考え, 厳格な社会の人々も寛容な社会をあまりにも規制がなさすぎる

というエスノセントリックな考えを持ちがちだが, なぜ文化がこのようなやり方を発達させたのか

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を知れば, 文化の違いに対する理解は深まり, 正当に評価することが容易になる。 このような異文

化の正当な理解は, 今後ますます深化するグローバル社会では不可欠なのである。

(1) ��������������(����) によれば, 自尊感情には, 成功体験に基づく自己効力感を表す自己有能性と他者からの評価によって構築される自己の社会的価値である自己好意性によって構成されてお

り, 両者の相関は高いものの, 独自の行動に反映されると論じている。

参考文献

ホッフステード���(����)�『多文化社会』 有斐閣:東京尾崎由佳. (2006). 制御焦点尺度邦訳版作成の試み. 日本グループ・ダイナミックス学会第53回大会発表

論文集, 228 229�北山忍. (1998). 『自己と感情:文化心理学による問いかけ』 共立出版����������(����)����������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������(����)�����������������������������������(������������������) ���������������������������������������������������������(����)���������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������(����)�����������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������(����)��������������������������������������������������������������������(�����)����������������������(����)���������������(������)��������������������������������������������������������(����)������������������������������(���) ����������������������������������(���)���������������������������������(������)�����������������������������������������������(����)�����������������������������������������������������������(����)�����������������������������������������������������(��������������)���������������������������������(����)�������������������������������������������������������������������(����)��������������������������������������������������(���������)��������������������������������(����)��������������������������������������������������������������������������������������(����)�����������������������������(���������)�������������������������������������������������(����)����������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������(�)�������������������������������������������������������(����)��������������������������������������������������������������������(�)��������������������(����)������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������(����)����������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������������(����)��������������������������������������������������������������

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