session 4 帯状疱疹ワクチン...13 帯状疱疹ワクチンによる vzv特異的免疫応答...

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13 帯状疱疹ワクチンによる VZV特異的免疫応答 1974年日本開発 された水痘ワクチンは、水痘患児から 分離 された水痘・帯状疱疹 ウイルス (Varicella-Zoster Virus:VZV)岡株 継代培養 して弱毒化 したワクチンである 。水痘 ワクチンは、日本 では1987年白血病などのハイリスク患児への任意接種承認 されその後、健康小児 接種対象追加されたしかしながら現在 定期接種化はされていない。VZV 岡株WHO(世界保健 機関) める 世界唯一水痘ワクチンであり 、2006年には世界 80 小児中心1,600万人接種けている 。日本水痘 ワクチンの力価1,000PFU以上 とされているが、実際には42,000~ 67,000PFU弱毒 ウイルスが含有 されている 。米国いられている 水痘 ワクチンの力価1,400PFU、MMRV4種混合 ワクチン *1 では 9,800PFUである また、米国認可 されている 帯状疱疹ワクチンの 力価19,400PFU以上、米国いられている 水痘ワクチンの 10倍以上 となっている 水痘ワクチンの有効率国内外90%以上であることが確認 されている 1) また、水痘ワクチンの免疫持続性については、国内約20年間追跡調査実施 されており 、感染防御効果・液性免疫・ 細胞性免疫持続性などは良好であると 報告 されている 2) 。安全性 しても 重篤副反応はほとんどなく 、主副反応発熱、接種 部位発疹などである 先述米国報告では、帯状疱疹 ワクチン接種 による VZV特異的 免疫応答 についても 検討 されている 。VZV特異的免疫応答 測定方法 として 、細胞性免疫測定 にはRCF(Responder Cell Frequency) *3 ELISPOT *4 (Enzyme-Linked Immunospot)法、液性免疫 である VZV特異的血清抗体価測定にはgpELISA(Enzyme- Linked Immunosorbent Assay) いられている 水痘ワクチンの特徴 米国帯状疱疹 ワクチン (弱毒生岡/Merck株) 効果 検証する 大規模多施設無作為化二重盲検プラセボ対照比較試験実施 された 3)4) 。対象水痘既往歴あり あるいは米国在住歴30年以上 60歳以上免疫機能正常者38,546名〔 ワクチン接種群(V群): 19,270名 うちITT解析対象19,254名、 プラセボ群(P群):19,276名 うちITT解析対象19,247名〕 であった。追跡調査期間中(3.12年、 中央値) 帯状疱疹 発症 したのは 957名(V群:315名、P群:642名) であったこのうち 帯状疱疹後神経痛(Post-Herpetic Neuralgia: PHN) 移行 したのは107名(V群:27名、P群:80名) であった。帯状 疱疹発症率、P群 比較 してV群では51.3%低かった 図1)。 また、疾病負荷(Burden of Illness:BOI) スコア *2 P群べて V群では61.1%低 、PHN移行率 66.5%低かったこれらのことより 帯状疱疹 ワクチンは帯状疱疹発症予防えて、重症度軽減 PHNへの移行抑制する 効果があることが確認 されたさらに、同データを年齢層別(60歳代 70歳以上) 解析 した報告 によると 、帯状疱疹発症するワクチン接種効果60歳代では 63.9%であったが、70歳以上では37.6%であったまた、疾病負荷する 有効率はそれぞれ65.5% 55.4%、PHN移行率する 有効率 65.7%、 66.8%であった。帯状疱疹発症予防疾病負荷軽減 しては、60歳代接種 した効果期待できる 。PHN移行抑制しては、高齢者での移行率いことを考慮すると 70歳以上がワクチン接種恩恵きいと える 帯状疱疹ワクチン接種後42日以内副反応 として、主なものは 接種部位紅斑、疼痛、腫脹などであったまた、入院数死亡数、 重篤副反応頻度について、V群 P群はなかった帯状疱疹ワクチンの効果 渡邉 大輔 先生 愛知医科大学医学部 皮膚科 教授 治療と予防 Session 4 帯状疱疹ワクチン 現状と展望 1 ワクチンによる予防効果 Oxman MN et al. J Infect Dis. 197 Suppl 2S228 2008有効率 95% CI)(47.5%-79.2%66.5% 20.4%-86.7%65.7% 43.3%-81.3%66.8% 有効率 95% CI)(44.2%-57.6%51.3% 55.5%-70.9%63.9% 25.0%-48.1%37.6% 1000100014 11.1 5.4 10.7 3.9 11.5 7.2 0 帯状疱疹発症率 PHN移行率 19247 19254 10356 10370 60-69 プラセボ群 ワクチン接種群 2.5 0 1.38 0.46 0.74 0.26 2.13 0.71 8891 8884 70 歳以上 10356 10370 60-69 8891 8884 70 歳以上 n n 19247 19254 全ての被験者 全ての被験者 有効率 95% CI)(51.1%-69.1%61.1% 51.5%-75.5%65.5% 39.9%-66.9%55.4% 疾病負荷 8 0 2.21 5.68 4.33 1.50 7.78 3.47 n 10356 10370 60-69 8891 8884 70 歳以上 19247 19254 全ての被験者

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帯状疱疹ワクチンによるVZV特異的免疫応答

 1974年に日本で開発された水痘ワクチンは、水痘患児から分離された水痘・帯状疱疹ウイルス(Varicella-Zoster Virus:VZV)岡株を継代培養して弱毒化した生ワクチンである。水痘ワクチンは、日本では1987年に白血病などのハイリスク患児への任意接種が承認され、その後、健康小児も接種対象に追加された。しかしながら、現在も定期接種化はされていない。VZV 岡株はWHO(世界保健機関)が認める世界で唯一の水痘ワクチンであり、2006年には世界80ヵ国で小児を中心に1,600万人が接種を受けている。日本の水痘ワクチンの力価は1,000PFU以上とされているが、実際には42,000~67,000PFUの弱毒ウイルスが含有されている。米国で用いられている水痘ワクチンの力価は1,400PFU、MMRV4種混合ワクチン*1では9,800PFUである。また、米国で認可されている帯状疱疹ワクチンの力価は19,400PFU以上で、米国で用いられている水痘ワクチンの10倍以上となっている。 水痘ワクチンの有効率は国内外で90%以上であることが確認されている1)。また、水痘ワクチンの免疫持続性については、国内で約20年間の追跡調査が実施されており、感染防御効果・液性免疫・細胞性免疫の持続性などは良好であると報告されている2)。安全性に関しても重篤な副反応はほとんどなく、主な副反応は発熱、接種部位の発疹などである。

 先述の米国の報告では、帯状疱疹ワクチン接種によるVZV特異的免疫応答についても検討されている。VZV特異的免疫応答の測定方法として、細胞性免疫の測定にはRCF(Responder Cell Frequency)*3

法とELISPOT*4(Enzyme-Linked Immunospot)法、液性免疫であるVZV特異的血清抗体価の測定にはgpELISA(Enzyme-Linked Immunosorbent Assay)が用いられている。

水痘ワクチンの特徴

 米国で帯状疱疹ワクチン(弱毒生岡/Merck株)の効果を検証する大規模な多施設無作為化二重盲検プラセボ対照比較試験が実施された3)4)。対象は水痘既往歴あり、あるいは米国在住歴30年以上で60歳以上の免疫機能正常者38,546名〔ワクチン接種群(V群):19,270名うちITT解析対象19,254名、プラセボ群(P群):19,276名

うちITT解析対象19,247名〕であった。追跡調査期間中(3.12年、中央値)に帯状疱疹を発症したのは、957名(V群:315名、P群:642名)であった。このうち帯状疱疹後神経痛(Post-Herpetic Neuralgia:PHN)に移行したのは107名(V群:27名、P群:80名)であった。帯状疱疹の発症率は、P群と比較してV群では51.3%低かった(図1)。また、疾病負荷(Burden of Illness:BOI)スコア*2はP群に比べてV群では61.1%低く、PHN移行率も66.5%低かった。これらのことより、帯状疱疹ワクチンは帯状疱疹の発症予防に加えて、重症度の軽減やPHNへの移行を抑制する効果があることが確認された。 さらに、同データを年齢層別(60歳代と70歳以上)に解析した報告によると、帯状疱疹の発症に対するワクチン接種効果は、60歳代では63.9%であったが、70歳以上では37.6%であった。また、疾病負荷に対する有効率はそれぞれ65.5%と55.4%、PHN移行率に対する有効率は65.7%、66.8%であった。帯状疱疹の発症予防や疾病負荷の軽減に関しては、60歳代に接種した方が高い効果が期待できる。PHNへの移行抑制に関しては、高齢者での移行率が高いことを考慮すると、70歳以上の方がワクチン接種の恩恵は大きいと言える。 帯状疱疹ワクチン接種後42日以内の副反応として、主なものは接種部位の紅斑、疼痛、腫脹などであった。また、入院数や死亡数、重篤な副反応の頻度について、V群とP群に差はなかった。

帯状疱疹ワクチンの効果

渡邉 大輔 先生 愛知医科大学医学部 皮膚科 教授

治療と予防Session 4

渡邉大輔先生 愛知医科大学医学部皮膚科

帯状疱疹ワクチンー 現状と展望 ー

図1 ワクチンによる予防効果

Oxman MN et al. J Infect Dis. 197(Suppl 2)S228(2008)

有効率(95% CI)(47.5%-79.2%)

66.5%(20.4%-86.7%)65.7%

(43.3%-81.3%)66.8%有効率

(95% CI)(44.2%-57.6%)51.3%

(55.5%-70.9%)63.9%

(25.0%-48.1%)37.6%

1、000人あたりの

発症率/年

1、000人あたりの

移行率/年

14

11.1

5.4

10.7

3.9

11.5

7.2

0

帯状疱疹発症率 PHN移行率

19,247 19,254 10,356 10,37060-69歳

プラセボ群 ワクチン接種群

2.5

0

1.38

0.460.74

0.26

2.13

0.71

8,891 8,88470歳以上

10,356 10,37060-69歳

8,891 8,88470歳以上

n n 19,247 19,254全ての被験者 全ての被験者

有効率(95% CI)(51.1%-69.1%)

61.1%(51.5%-75.5%)65.5%

(39.9%-66.9%)55.4%

疾病負荷スコア

疾病負荷

8

0

2.21

5.684.33

1.50

7.78

3.47

n 10,356 10,37060-69歳

8,891 8,88470歳以上

19,247 19,254全ての被験者

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●年齢別ワクチン接種効果 5)

 ワクチン接種前の各測定結果を年齢別(5歳毎)にみると、RCF値およびELISPOT数は加齢とともに低下していた。一方、gpELISA抗体価に関しては加齢による変化は認められなかった。次にワクチンまたはプラセボ接種6週後の各測定結果をみると(図2)、ワクチン接種により細胞性免疫および液性免疫はともに誘導されるが、細胞性免疫の誘導は加齢に伴い低下していた。

●重症度およびPHN移行に対する細胞性免疫応答 6)

 VZV特異的免疫応答と重症度との関連性をみると、帯状疱疹発症1週後のRCF値とELISPOT数は重症度と逆相関し、3週後には相関性は認めなかった。一方、gpELISA抗体価は発症1週後には重症度との相関性はなかったが、3週後に相関を認めた。次に、VZV特異的免疫応答とPHNとの関連性をみると、PHN非移行群では発症後1週目の早期から細胞性免疫の上昇が認められた。一方、PHN移行群では発症後1週目に細胞性免疫は上昇していなかったが、3週目に液性免疫の上昇を認めた。したがって、細胞性免疫が高い患者の重症度は低い傾向があり、発症後早期の細胞性免疫誘導は、軽症化とPHN移行抑制に寄与すると考えられる。また、発症3週後の液性免疫の上昇は、重症化とPHNへの移行を反映したものと思われる。

●ワクチン接種による免疫誘導 6)

 ワクチン接種による免疫誘導と帯状疱疹発症時の免疫誘導を比較するため、ワクチン接種・帯状疱疹非発症群(ワクチン接種群)とプラセボ接種・帯状疱疹発症群(帯状疱疹発症群)のVZV特異的免疫誘導を3年間にわたり調査された(図3)。その結果、ワクチン接種群と帯状疱疹発症群のRCF値は同様の推移を示した。また、ELISPOT数も6週後を除いて同様の推移を示した。一方、血清抗体価は、6週後に帯状疱疹発症群で顕著に上昇していた。これらのことから、ワクチン接種により病原性を示すことなくVZV特異的細胞性免疫を誘導できることが示唆された。なお、6週後のワクチン接種群のELISPOT数が低値であったことについては、測定法の問題であると考察されている。

 米国では2006年に60歳以上に対する帯状疱疹ワクチンが承認され、米国予防接種諮問委員会(ACIP)とアメリカ疾病管理予防センター(CDC)は60歳以上の全ての人に対する接種を推奨している。2011年3月に米国食品医薬品局(FDA)は同ワクチンの50~59歳に対する使用を承認している。日本では帯状疱疹の予防に使用できるワクチンはないが、2004年から高齢者の水痘予防に水痘ワクチンの接種が可能となっている。水痘ワクチンを接種するとVZVに対する免疫(特に細胞性免疫)が増強されるため、結果として帯状疱疹の予防にもなり得ると考えられる。しかし、白血病や悪性リンパ腫、HIV感染症などの患者、免疫抑制療法中の患者など、重度の免疫不全患者に生ワクチンを接種することはリスクが高く、帯状疱疹の予防ニーズの高い患者に安全に使用できるワクチンがないことが課題となっている。現在、免疫抑制患者にも使用できる、不活化ワクチンやサブユニットワクチンが開発中である。また、既存のワクチンでも適応

拡大に向けて膠原病、血液疾患、移植患者などを対象とした試験が実施あるいは計画されている。これらの新たな選択肢に加えて、現在使用されているワクチンの有効期間を評価し、追加接種の時期を検討することも今後の課題である。

帯状疱疹ワクチンの展望

1) Vázquez M et al. N Engl J Med. 344(13)955(2001)2) Asano Y et al. Pediatrics. 94(4Pt1)524(1994)3) Oxman MN et al. N Engl J Med. 352(22)2271(2005)4) Oxman MN et al. J Infect Dis. 197(Suppl 2)S228(2008)5) Levin MJ et al. J Infect Dis. 197(6)825(2008)6) Weinberg A et al. J Infect Dis. 200(7)1068(2009)

*1 麻疹・流行性耳下腺炎・風疹・水痘*2 BOIスコア:10段階で評価した痛みスコア(縦軸)と皮疹発症後の日数(横軸)の面積で表される重症度スコア

*3 VZV特異的CD4陽性メモリーT細胞数を定量的に測定する方法。*4 末梢血単核球中のVZV特異的CD4陽性T細胞(CD8陽性T細胞も含まれる)の数を測定する方法。

図2 年齢別ワクチン接種効果

図3 ワクチン接種による免疫誘導

n 24020460-64歳

18818665-69歳

16214970-74歳

9410375-79歳

313179歳以上

12

9

6

3

0

100

80

60

40

20

0

帯状疱疹発症からの日数

12

8

4

0250

200

150

100

50

0

600

500

400

300

200

100

0

2500

2000

1500

1000

500

070677 660 58 651 55 633 24

6週間 1年 2年 3年

Levin MJ et al. J Infect Dis. 197(6)825(2008)

Weinberg A et al. J Infect Dis. 200(7)1068 (2009)

プラセボ群ワクチン接種群

RCF値

ELISPOT数

gpELISA抗体価

RCF値

ELISPOT数

gpELISA抗体価

n

ワクチン接種・帯状疱疹非発症群 プラセボ接種・帯状疱疹発症群