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Title 合繊大企業における企業内空間的分業 : 帝人の事例 Author(s) 合田, 昭二 Citation [岐阜大学地域科学部研究報告] no.[22] p.[83]-[110] Issue Date 2008-02-29 Rights Version 岐阜大学地域科学部 (Faculty of Regional Studies, Gifu University) URL http://hdl.handle.net/20.500.12099/22103 ※この資料の著作権は、各資料の著者・学協会・出版社等に帰属します。

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Title 合繊大企業における企業内空間的分業 : 帝人の事例

Author(s) 合田, 昭二

Citation [岐阜大学地域科学部研究報告] no.[22] p.[83]-[110]

Issue Date 2008-02-29

Rights

Version 岐阜大学地域科学部 (Faculty of Regional Studies, GifuUniversity)

URL http://hdl.handle.net/20.500.12099/22103

※この資料の著作権は、各資料の著者・学協会・出版社等に帰属します。

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岐阜大学地域科学部研究報告第22i-rl,一:83-110(2OO8)

合繊大企業における企業内空間的分業

一帝人の事例-

合 田 昭

(2007年12月21日受理)

Corporate Spatial Divisions or Labor or Large EnterprlSe●

in Japanese Synthetic Fiber Industry

- A Case StudyofTeijin

Ltd. -

ShojiGODA

Ⅰ.はじめに

現代の大企業は、第二次産業においても、

また第三次産業においても、多数の事業所

を国内や海外に展開させている Multi-Plant

Firm (- Multi-Plant Enterprise)である.そ

の事業所(プラント)は、本社・研究機関

(R良D) ・生産拠点(工場) ・営業拠点(店

舗) ・支所・出張所など多様であるo

Multi-Plant Fin(以下、 「MPF」と表記)を

対象とする「企業の地理学(Geography of

Ent叩rise, Corporate Geography) 」の最初の

問題意識は,企業は単一事業所のみを所有

するとの前提に立脚する古典的な立地理論

は、現代の大企業の実態とは帝離している

との視点にあった(Krumme 1969)。その後

のMPFの研究は、数理モデル型立地理論研

究よりも、企業組織や企業行動の理論的・

実証的分析の方向に進んだ。

MPFの実証研究には、いくつかの方向が

ある(個別の研究については、合田2001参

照)。第1の例として、 MPFの立地変動、

すなわち、プラントの増減・生産内容・雇

用構造の変化を立地地域と関連させて考察

83

する研究である。さらに変動の局面を限定

して、プラント閉鎖に伴う変化を取りあげ

た研究もさまざまになされた。

例2の例としては、 MPFの諸プラントの

階層性に着目した研究があるo MPFは中枢

管理機能・ R&D ・生産現場などそれぞれ

異なった機能を持つ事業所をいかに国内あ

るいは海外に配置しているかを考察する中

で、この配置が経済の地域間格差に関連す

る側面が意識されてきた。

本研究で着目するのは、 「企業内空間的分

莱(企業内地域間分業)」と呼ばれる MPF

各プラント(本研究の場合は「工場」)間の

役割分担と結合の関係である。

MPFの全体像としては、上記の「プラン

トの階層論」で示された本社・R&D・生産

現場という諸事業所があり、さらに生産現

場である工場は、さまざまな製品分野を担

当しつつ、本社の中枢管理機能によって統

括されている。このようなMPFにおける企

業内組織、すなわち企業内空間的分業の実

態と、さらにMPF各工場の下に外注連関に

より形成された外注企業の集積の全体を包

括して、 MPF本社を頂点とする生産集団が

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84 今田昭二

各地で組織される状態を浮かび上がらせた

最近の研究に、電機・電子工業を対象とし

た近藤(2007)がある。また末吉(1999)

は、やはり同じ業種におけるMPFが有する

企業内空間的分業のいわば裾野としての地

域経済を、農村部に立地する外注企業の集

積を対象に分析したo

本研究ではより焦点を限定して、 MPFの

プラント間の最も直接的な分業関係、すな

わち、同一企業(企業グループ)内の工場

間において中間製品(-半製品)の物流関

係が存在する側面に着目する。

一企業の内部で多数工場がそれぞれ異な

った役割を分担する状態は、それだけで分

業関係であるが、事業所間の連結が本社の

統括機能を経由して形づくられるのみで、

事業所間の直接的な結合関係がわずかしか

存在しないケースもある。電機・電子工業

のMPFにもそうしたケースがあり、さらに

1990年代における日本のビール工業のよう

に(箸本1996)、国内市場を数エリアに分

割して各エリアにプラントを置き、どのプ

ラントも生産品目・担当工程が基本的に同

一であるタイプの立地(「市場分割型立地」)

はその極限である。

しかし、分業は狭義にとらえるとき、加

工過程における協業関係、すなわち生産工

程上の連関が極めて重要な要素となる。こ

のような事業所間での物流による結合関係

の側面から、 MPFの国内的・国際的生産配

置の分析を行うのが主題である。

この視点による分析のためには、 MPFに

おける諸プラントの生産品目・生産工程に

着目することとなる。 Ⅲealey and Watts

(1987)は、 1980年代イギリスのMPFの

立地変動考察の中で、多数プラントに分散

する同一生産分野が特定プラントに集約さ

れ、各プラントの生産内容や生産工程が専

門化・限定化されてゆく方向が存在するこ

とを示した。 Healey (1981)は、 MPFにお

ける諸プラントの生産品目を分析し、品目

増減や生産内容の変化が存在することに注

目している。あわせて、従来のMPF研究に

おいて欠落していたテーマとして「プラン

ト間の製品移動」があることを指摘してい

るが、この論稿の中でそれに関する実態分

析は取り扱われていない。 Massey (1995)

は、 MPFにおける各プラントの担当工程の

違いが、雇用労働力需要の質的相違につな

がり、その結果、プラントは労働力市場の

特性に応じた地域に立地することとなり、

プラント配置が分散されるとの論理を明ら

かにした。

物流による工場間結合関係の実態分析を

伴う研究もなされてきた。 Dicken (1998)

は、多国籍企業のプラント配置を考察し、

事業部制のようにプラント-の指揮系統が

マトリックス化した水平構造-と変化する

中で、各国プラント間での中間製品物流が

拡大し、それは国境を越えた垂直統合-と

帰着することを述べ、フォード社(自動車)

がヨーロッパに保有するプラント間での部

品物流を例に実態分析を提示した。

Laulajainenand Stafford ( 1995)は、 MPF

の企業内分業を多面的な角度から実証的に

取り上げた.欧米の自動車・航空機・電子

・化学肥料工業を対象に、プラントの専門

工場化と工場間物流の高密度化、一貫生産

工場の減少という動きを明らかにし、さら

に加工組立型工業においては、部品工場と

組立工場という専門化が鮮明となり、両者

の距離関係に多様な展開が進展したことを、

事例大企業の実態に即して解明した。また

住宅設備企業を例に、企業組織再編成

(restmcturing)にともなって、プラント間

での製品分野の移転・集約による専門工場

化が展開する動きを分析した。青木英一

(2000)は、ソニーグループの中部地方の

プラントを対象に、テレビや半導体の生産

における半製品の事業所間物流を明らかに

した。

これらの実態研究で取り上げられた業種

は加工組立型工業が主で、そこでは部品生

産と最終組立という分業関係が基本構造と

なる。これに対して、化学工業系の分野で

は、生産方法が連続加工であるため、 -プ

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今繊大企業における企業内空間的分業

-帝人の事例一--

ラントで長い工程を一貫生産するのが合理

的という側面を持ち,とくに量産化の進展

とともにプラントは大規模化し、一貫生産

色は強まる方向をたどった。

しかし化学工業系の分野においても、国

際競争の激化を背景に生産の合理化の要請

が強まるなかで,また、新規分野-の進出

が積極的になされるなかで、プラント配置

の再編成が実施され、工場の専門化が進展

する。それとともに、既存の一貫生産方式

は分断されて工程ごとに別々のプラントが

担当することとなり、工場間の中間製品(辛

製品)の輸送が広まってくる。

日本における化学工業系諸産業のうち、

こうした動きをとくに鮮明に示した分野と

して、合成繊維工業(以下、 「合繊工業」と

表記)がある。直接のきっかけは1970年代

末からの構造不況であり、その対策として、

MPFである合繊大メーカーは各プラントに

おける生産分野・生産工程・工場間物流の

再編成に着手した(合田1990・ 1992)0

合繊工業はその後、生産分野の転換を続

行させ、さらに海外立地を大幅に拡大させ、

各プラントの生産品目や加工工程、プラン

ト間の物流関係も大きな変容をとげた。こ

うして構造不況期とは異なる新たな姿を示

すに至った合繊工業の企業内空間的分業を、

日本最大の合繊生産メーカーである帝人を

対象企業に取り上げて考察する。

Ⅱ.合擁工業における国際競争と

生産配置の新展開

1.合繊生産の国際競争

a.日本における合繊生産量の変化

1980年代以降における日本の合繊生産

は、多様な変動を経過した(図1)0 80年

代前半は三大合繊揃って生産量は横ばいで

あった。その後、ナイロンは80年代中期か

ら停滞・減少に向かう。ポリエステルは90

年前後に急増し、 92年がピークで、停滞期

のあと98年から減少が続く。アクリルは90

年代後半まで停滞し、 99年から減少に向か

800

600

400

200

0

千トン

85

1980 85 90 95 2000年

図1 日本における三大合繊生産量

(日本化学繊維協会『繊維ハンド

ブック(各年版)』により作成)

った。すなわち、ナイロン・ポリエステル

・アクリルの順にピークが時期をずらせっ

つ訪れ、 99年以降は揃って減少過程に入っ

たわけである。

したがって、 2000年代は日本の合繊生産

の全体的な減少が継続中の時期にあたる。

この時期における日本の合繊生産の減少は、

景気変動などによる短期的な変化ではなく、

構造的な要因による。その背景にあるのは

国際競争の激化である。

b.国際競争と海外生産国

合繊生産上位国は80年代以降に大幅な交

替を示した(表1)0 80年時点では米・日

や欧州諸国が最上位を占め、韓国と台湾が

急追する状態であった。 80年代にいわゆる

アジアNIEsの成長を反映して、台湾・韓国

における生産増加が継続し、台湾が日本を

抜いて2位となり、韓国も日本に迫ってき

た。さらに新たに中国の台頭も加わって、

東アジアが世界的な合繊生産拠点となる一

方、アメリカの生産は停滞状態となり、欧

州各国は大幅に地位が低下した

90年以降の焦点は中国の驚異的成長であ

る。 90年代末期に中国は第1位の生産国と

なり、 2位以下を大幅に引き離すに至った。

同じ時期に台湾・韓国は生産を増加させた

が、アメリカと日本は生産減少過程に入っ

た。また、インドは日本を上回り、トルコ

・タイもドイツに近い生産を示し、アジア

発展途上国の成長が鮮明となった。

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86 合田昭二

表1合成繊維(3大合繊)生産上位10カ国 (単位‥千トン)

1980年 1990年 2000年 2005年アメリカ3,234 アメリカ2,886 中国5,945 中国14,060

日本1,297 台湾1,622 台湾3,112 台湾2,564西ドイツ712 日本1,368 アメリカ3,061 アメリカ2,513

台湾558 中国1,276 韓国2,632 インド1,849

ソ連539 韓国1,269 インド1,568 韓国1,658韓国536 旧ソ連892 日本1,232 インドネシア1,116イタリア360 ドイツ775 インドネシア1,054 タイ1,013

イギリス287 イタリア573 ドイツ750 日本881メキシコ239 インド434 トルコ745 トルコ776

ブラジル231 メキシコ366 タイ742 ドイツ644

世界計10,337 世界計14,763 世界計25,533 世界計31,313

(日本化学繊維協会『繊維ハンドブック(各年版) 』により作成)

注:数字は,ナイロン・ポリエステル・アクリルの合計生産量.

さらに2000年代には中国の成長が加速さ

れ、2005年には世界生産量の44.9 %を占め、

世界の合繊生産における独占的地位を獲得

した。先進国は逆に減少が続き、アメリカ

は中国の5分のⅠ以下、日本は中国の約16

分の1に過ぎない生産量となった。

日本は、 2000 - 2005年で生産量は71.5

%に減少した。台湾・韓国も生産減少で設

備が過剰状態となり、 2000年代に入って生

産能力の削減が進められている(図2)。韓

国ではこの期間にポリエステル14社中、 7

社が設備縮小・分社・淘汰に追い込まれた.

台湾の設備縮小は韓国よりペースが遅く、

とくにポリエステル(f-短繊維)ではは

とんど進んでいないため、設備過剰感がき

年産千トン

5, 000

4, 000

3, 000

2, 000

1, 000

0

2000年 2003年 2006年

図2 台湾・韓国における合繊生産能力

(東レ経営研究所『繊維トレンド』

2006年1・2月号により作成)

注:ポリエステル・ナイロン・アクリル

の合計.

わめて強い1)0

欧米における合繊メーカー再編はより大

規模である。かつて世界の合繊生産を代表

した名門の大メーカーは次々と合繊各部門

から撤退した(表2)。長く世界最大手だっ

たデュポンは、全合繊部門を分社化する形

で留保しているが、それ以外の有力メーカ

ーはすべての合繊部門から完全に撤退し、

合繊以外の化学部門に経営の柱を移した。

時期的には、70年代前半から2004年まで30

年間に亘り、欧米大メーカーの合繊からの

撤退は少しずつ、しかし後戻りすることな

く続いている。 70年代は主として日本との

競合、 80年代は台湾・韓国との競合、その

あとは中国との競合が最大の要因である。

この結果、世界の代表的合繊メーカーは

中国企業、東アジア企業が多くを占めるこ

ととなった。ポリエステル生産能力では、

世界の上位20社のうち、中国が8社、台湾

が4社、日・米・インドが各2社、韓国・

メキシコが各1社を占める。日本の帝人は

13位,東レは15位である2)0

中国の合繊生産は、少数大企業による寡

占が長く続いた先進国と異なり、新規参入

の多さと多数の企業による増産競争を特色

としている。生産激増の背景には、工業化

開始直後の国に特有の安い人件費を武器と

する繊維(原糸・織物) ・衣服産業の急拡大

(国内向け・輸出向け両方において)があ

る。その結果、合繊需要が大幅に増加し、

合繊-の驚異的設備投資を生み出したので

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合繊大企業における企業内空間的分業

一帝人の事例-

表2 欧米合繊メーカー,合繊事業撤退状況

87

DuA11iedBASFⅠCⅠCautauldsHoechstBayerMonte

PontSigna-fibre

(米)(米)(米)(英)(莱)(独)(独)(伊)

ポリエステル(f)(衣) △(o4)×(97)×(93)×(84)×(98)×(78)×(96)

ポリエステル(f)(塞) △(o4)×(97)×(80)×(98)×(81)

ポリエステル(s) △(o4)×(97)×(87)×(98)×(81)×(96)

ナイロン(f)(衣) △(o1)×(98)×(03)×(93)×(84)×(73)×(76)×(83)

ナイロン(i)(産) △(o1)×(98)×(03)×(93)×(80)×(76)×(81)×(78)

ナイロン(s) △(o1)×(98)×(03)×(93)×(82)×(75)

アクリル(s) ×(90)×(98)×(93)×(00)×(96)(東レ経営研究所『繊維トレンド』 2006年1

2月号により作成)

注: ×は撤退・売却・事業交換, △は合弁化または分社化. ( )内の数字は実施年. -は事業なし.(f)は長繊維, (s)は短繊維. (衣)は衣料用, (産)は産業用.

ある。化合繊(合繊+レーヨン)企業数は

2006年9月末現在1,374社で従業者数

409,389人に及ぶ3)。したがって、経営規模

をみると少数の巨大企業のほかに中′ト零細

企業が多い4) 0

経営形態では、主力は民営企業であるが、

国有企業も少なくない5)。経営状況につい

ては、多利益部門と見ると多数企業から投

資が集中する中国特有の傾向が,合繊工業

においても見られる。その結果、設備過剰

・生産過剰による需給不一致,企業経営内

容の悪化を示す調査結果もあり、構造調整

が迫られる可能性がある6)0

2.日本の合繊大企業における生産分野の

転換

a)主要企業の国内生産能力の変動

日本の合繊企業は、総合化学メーカーと

して多様な生産部門を保有している。上記

の国際的スケールでの合繊生産変動の中で、

日本の合繊企業は戦略を再編し、経営にお

ける合繊生産のウエートを見直してゆく。

この動きは帝人においても、また他社一例

えば帝人と並ぶ合繊メーカーである東レ一

においても同様に見られる。

ポリエステル(-ポリエチレンテレフタ

レート- PET)繊維の国内生産能力は減少

過程にある。長繊維(-f)については、

帝人・東レともに2003年以降能力削減を行

っているが、とくに帝人では2003-06年

で35.3%の大幅な削減が行われた(図3)0

この部門で帝人の生産能力はずっと東レを

400

300

200

100

0

1988 1993 1998 2003 2006年

図3 国内生産能力,帝人と他社(1)

-ポリエステル(f)-

(重化学工業通信社『日本の石油化学

工業(各年版)』により作成)

上回っていたが、この大幅削減の結果、 o6

年には東レを下回ることとなった。短繊維

(-s)では、設備縮小が長繊維よりもや

や早く始まり、東レは90年前後から、・帝人

は2000年前後から、それぞれ設備縮小過程

に入る(図4)。帝人は中国の生産成長に対

抗してある時期までは設備拡大を行ったが、

結局設備縮小に踏み切った。

両社に共通して、設備拡大・縮小の波は

短繊維に比べて長繊維で大きい。とくに、

帝人の2000年代における長繊維生産設備の

縮小は目立っている。

合繊原料の生産能力変動は、合繊のばあ

いとはかなり異質である。 ポリエステルの

直接の原料であるDMT (ジメチルテレフタ

レート)またはPTA (高純度テレフタル酸)

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88

日産トン

1988 1993 1998 2003 2006年

図4 国内生産能力,帝人と他社(2)

-ポリエステル(s)-

(重化学工業通信社『日本の石油化学

工業(各年版)』により作成)

年産千トン400

300

200

100

0

1988 1993 1998 2003 2006年

図5 国内生産能力,帝人と他社(3)

-DMT・ PTA-

(重化学工業通信社『日本の石油化学

工業(各年版)』により作成)

注:帝人はDMT,東レはPTA.

4000

3000

2000

1000

0

年産千トン

山帝人Ea他社(10)(9)(1.)≡::::I 艇

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1988 1993 1998 2003 2006年

図6 国内生産能力,帝人と他社(4)

-パラキシレンー

(重化学工業通信社『日本の石油化学

工業(各年版)』により作成)

注:図中の( )内は企業数.

年産千トン (5) (5)

1988 1993 1998 2003 2006年

図7 国内生産能力,帝人と他社(5)

-ポリカーボネート樹脂-

(重化学工業通信社『日本の石油化学

工業(各年版)』により作成)

注:図中の( )内は企業数.

合田昭二

については、両社とも2006年まで拡大過程

をたどり、縮小過程は示されていない(図

5)0 2社の生産能力を比較すると、 88-06

年で帝人は1.7倍、東レは2.2倍となり、東

レは90年代後半の大幅な増強によって、帝

人との差を縮小した。

DMT・ PTA両者の原料であるパラキシレ

ンについては、主力メーカーは合繊メーカ

ー以外に多いので、それら各社と帝人を比

較すると、帝人も他の各社も90年代に増強

したあと、 90年代末期から現在までほとん

ど増減のない状態である(図6)。したがっ

て、合繊原料に関しては、国際競争による

打撃はない、あるいは小さい状態であった

といえる。

非合繊部門として、合繊メーカーにとっ

てウエートの高い分野である化成品(樹脂

・フイルム)を取りあげる。代表的な樹脂

のひとつであるポリカーボネート樹脂の例

でみると、全体として、成長ぶりが顕著で

合繊とは対照的といってよい(図7)0 80

年代末期から2000年代初頭まで顕著な設備

増加が続き、生産能力は88-03年で帝人

では3.4倍、他の5社では5.7倍となった。

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合繊大企業における企業内空間的分業

-帝人の事例-

以上のように、 「合繊」と「合繊原料・化

成品」は明瞭に異なる生産能力変動過程を

たどった。合繊メーカーの生産諸分野のう

ち、合繊は国際競争の中で国内生産能力削

減が実施された代表的な部門であった。そ

してそのことは、合繊生産の海外移転や、

経営全般における脱繊維が促進されたこと

を意味している。

b)売上高の分野別比率

合繊メーカーにおける「脱繊維」は帝人

・東レいずれにも示される。両社とも販売

額に占める合繊の比率は30-40%前後で、

合繊中心の企業という性格は希薄となった

(表3)。それでも、脱繊維の印象は必ずし

も強くない。その理由として、この販売額

は連結決算子会社全体を一括した帝人グル

ープ・東レグループとしての販売額であり、

連結子会社である海外法人の販売額も含ま

れていることがある。帝人の海外法人では

合成紙椎の占めるウエートが国内の場合よ

りも高いため、国内だけの帝人グループ販

売額の場合よりも,合成繊維部門のウエー

トは高くなっている。したがって、国内生

表3 帝人・東レ両グループ,

販売額の分野別構成(%)

事業分野 2003年度 2006年度

合成繊維 28.3 29.0

流通.リテイル 29.3 26.4

化成品 21.3 28.5

医薬医療 10.6 ll.2

4.8

機械.エンジニ

アリング

ⅠT.新事業ほか

4.9

5.5

合計 100.0 100.0

繊維 39.0 39.3

プラスチック.

ケミカル

情報.通信機材

23.7 24.3

16.0 17.1

住宅.エンジニ

アリング

医薬.医療

ll.0 *10.4

4.4 **4.5

新事業その他 5.8 ***4.4

合計 100.0 100.0

(有価証券報告書(各年度)により作成)

注:両社の連結決算グループの「外部顧客

に対する売上高」による.

*は「環境・エンジニアリング」 , **は

「ライフサイエンスその他」 , ***は

「炭素繊維複合材料」 .

89

産部門における脱繊維の動向が販売額には

反映されにくくなっているのである7'。

そのような制約はあるが、両社とも化成

品(プラスチック)、機械・医薬医療・IT・

炭素繊維複合材料などの分野に積極的に投

資し、合繊以外に事業の柱を積極的に構築

する戦略を推進してきたことは十分に読み

取れる。

Ⅱ.帝人における生産配置の変動

一工場別生産能力の分析-

1.帝人の生産領域

帝人の活動領域は多様で、製造部門のほ

か、流通リテイル部門もある(前掲表3)0

そのうち、主要な製造部門の内容は以下の

通りであるo

①ポリエステル(-ポリエチレンテレフ

タレート- PET)繊維部門:ポリエス

テル繊維およびその原料の生産を担当

する8)。製品の用途は衣料用と、その

ほかにインテリア生活資材(カーテン

・椅子張り・寝装品など)、産業用資材

(自動車・列車・航空機用シート、タ

イヤコードなど)がある。

②高機能繊維部門:アラミド繊維・炭素

繊維・人工皮革の部門である。アラミ

ド繊維は自動車のブレーキパッドなど

の摩擦材、タイヤや光ファイバーの補

強材、防護衣料、消防服など、炭素繊

維は航空機機体・スポーツ用品など、

人工皮革はボール・靴・鞄などが用途

である。

③フイルム部門:ポリエチレンテレフタ

レート(PET)フイルムとポリエチレ

ンナフタレート(PEN)フイルムが主で

ある。前者はポリエステル繊維とおな

じ物質をフイルム化したもので、ディ

スプレイ用材料・ICカード・包装用フ

イルム・ビデオテープなどに使用され

るo 後者はデータストレージ用テープ

・電子回路材料などが用途である。

④樹脂(プラスチック)部門:ポリカー

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90 1今田昭二

ボネ-ト(PC)樹脂・ポリエチレンテ

レフタレート(PET)樹脂・ポリエチレ

ンナフタレート(PEN)樹脂の3種を生

産する。このうち、 pET樹脂・pEN樹

脂は上記のフイルムと同一物質である。

用途は、 PC樹脂は光学ディスク(DVD

・cD・MD)、自動車部晶(-ツドラン

プ・バンパーなど) ・携帯端末用液晶デ

ィスプレイなど、 PET樹脂はペットボ

トルなど、 PEN樹脂は、化粧品容器・

給食用食器などである。

⑤医薬医療部門:去疾剤・アレルギー性

鼻炎治療剤・骨粗末症治療剤・高脂血

症治療剤などの医薬品、酸素濃縮式供

給装置・睡眠時無呼吸症候群治療器な

どの在宅医療機器の生産を行う部門で

ある。

2003年4月から帝人本体は「持株会社」

となり、直営工場は有せず、持株会社が子

会社群を統括して生産を行う「グループ体

制」に移行した。したがって、帝人の生産

拠点で上記の諸分野の生産を担当するのは、

さまざまの子会社である(表4)。そして、

松山・岩国・三原は3分野の子会社が活動

する複合部門工場であるが、徳山はポリエ

ステル繊維に、三島は炭素繊維に、岐阜・

宇都宮はポリエステルフィルムに、島根は

人工皮革に、それぞれ専門化した工場であ

る。以下の分析では、これらの生産拠点を

帝人の工場として取り扱う。

このように多面的に展開する帝人の諸部

門のうちから、企業内空間的分業が国内に

おいて、また国際的に明瞭に展開している

2領域を取りあげる。

第1は、ポリエチレンテレフタレート(-

PET -ポリエステル)部門(上記の①およ

び③④の一部)である。この部門では同一

物質が繊維・非繊維さまざまに異なった形

に加工される。生産の過程で中間製品の工

場間輸送が行われつつ、製品は繊維・フイ

ルム・樹脂・人工皮革-分化してゆく。し

たがって、生産工程の「川上」に属する部

門は合繊生産部門でもありフイルムや樹脂

の生産部門でもあるが、便宜上、合繊生産

部門に含めて考察する。以下の記述では、

一般的な用法に基づき、繊維に関してはポ

リエステルと表記する。

第2は、ポリカーボネート(-PC)部門

(上記④の一部)である。この部門は、脱

繊維により拡大が顕著な非繊維部門の代表

の一つであり、同時にPET部門と同様、工

場間の中間製品輸送がなされている部門で

ある。

さらにこの2分野は、帝人の多くの生産

拠点に関連を持っているので(前掲表4)、

この2分野の分析は帝人の立地戦略の全体

像に接近できることにもなる。

pET部門と pc部門の生産工程は、とも

に、モノマーを重合してポリマーを生産し、

ポリマーが、繊維・樹脂・フイルムなど多

表4 帝人グループ主要国内生産拠点(工場)におけるおもな生産分野と担当子会社

生産

拠点

所在地 ポリエステル

繊維

高機能繊維 樹脂 その他

松山

徳山

岩国

松山市

周南市

岩国市

帝人ファイバー

帝人ファイバー

帝人ファイバー

T.T.P.

T.T.P.

帝人化成

帝人化成

W.P. 医薬品.医療機器)帝人ファーマ

三原 三原市 U.T. T.T.P. 帝人化成 (人工皮革)帝人コードレ

三島 長泉町 (炭素繊維)東邦テナツクス

岐阜 安八町 (フイルム)帝人デュポンフイルム

宇都宮 宇都宮市 (フイルム)帝人デュポンフイルム

島根 大田市 人工皮革)帝人コードレ

(帝人資料により作成)

注: 「樹脂」はPET樹脂及びPC樹脂, 「高機能繊維」はアラミド繊維, 「フイルム」はポリ

エステルフィルム.「U. T. 」はユニオンタイヤコード, 「T. T. P. 」は帝人テクノ

プロダクツ, 「W. P. 」はウインテッド・ポリマー.なお,岩国における樹脂生産は2007

年度で稼働を停止した.

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合繊大企業における企業内空rRl的分業

--帝人の事例-

〔ポリエチレンテレフタレートく-PET=ポリエステル)部門の生産工程〕

キ ハ

'C-→妄ン シ

〔モノマー〕(重合)

〔ポリマー〕(紡糸)

DMT ・

PTA

【ポリカーボネート(-PC)部門の生産工程】

ポリエステル

繊維(i)

PETフイルム

PET樹脂

(切断・捲縮)

ポリカーボネートフイルム

ポリカーボネート樹脂

91

ポリエステル

繊維(s)

図8 生産工程(ポリエチレンテレフタレートとポリカーボネート)

注:DMTはジメチルテレフタレート, PTAは高純度テレフタル酸, (f)は長繊維, (s)は短繊維.

様な製品となる(図8)o

2. PET部門(1) -ポリエステル繊維-

a.生産工程(前掲図8)

帝人が担当する生産工程は、パラキシレ

ン生産から始まり、それをモノマーである

DMTに加工し9)、 DMTを重合してポリマ

ーであるポリエステル(PET)を生産し、

さらに紡糸工程により繊維化する。紡糸後

の状態は長繊維であるが、さらに一部を切

断・捲縮工程によって短繊維(綿の状態)

とする。短繊維を短繊維糸に加工する工程

(紡績)は帝人では行われていない。

b.国内生産の配置 一工場別生産変動-

ポリエステル繊維に関連する生産拠点は、

松山・徳山・岩国の3工場である。

(イ)パラキシレン生産

最も「川上」の工程であり、松山工場が

担当している(図9)。この部門の設備は、

1980年代の帝人では、愛媛工場と徳山工場

にあったが、89年に愛媛工場と松山工場(と

もに松山市)とが一本化され、設備増設が

行われる一方、休止中の徳山の設備は撤去

され,パラキシレンは松山1カ所で集中生

産される体制が完成し、現在に至っている。

生産能力は90年代に2度増強され、 80年

代末期に比べて50%近く増加した。これは、

ポリエステル繊維生産能力の継続的削減と

対照的な変化である。

300

200

100

0

年産千トン

1988 93 98 2003年

図9 帝人,国内工場別生産能力(1)

-パラキシレンー

(重化学工業通信社『日本の石油化学

工業(各年版)』により作成)

注:徳山の1988年・89年は休止中.

(ロ) DMT生産

パラキシレン生産の次の工程であるDMT

生産は、 Bo年代末期以降、一貫して松山・

徳山の2工場が担当してきた(図10)。主力

は松山で、 88年には徳山の1.9倍の生産能

力があった。 90年代には松山では数度の増

設があったが、徳山では増設がなかったた

め、 99年には松山は徳山の2.6倍の能力を

有し、主力工場としての性格を強めた。

徳山には2002年に、回収pETボトルを

原料とする再生DMT生産の設備が加わっ

て、生産能力は140千トンに増え、松山と

の差を縮小している(後掲III-3-b一口)o

(ハ)ポリエステル繊推生産

DMTを原料として重合によりポリエステ

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92

300

200

100

0

年産千トン 日産トン

1今田昭二

1988 93 98 2003年

図10 帝人,国内工場別生産能力(2)

-DMT-

(重化学工業通信社『日本の石油化学

工業(各年版)』により作成)

注:1988年の「松山」は出典には「愛媛」と

記載されているが,実質的には89年以降

の「松山」なので, 「松山」として扱った.

ル(PET)生産を行う工場と、重合を行わ

ずpETのチップを溶解して繊維化する工場

がある(後掲図15)0

担当工場は、松山・徳山・岩国の3工場

で、松山は長繊維・短繊維両方を生産する

が、岩国は長繊維、徳山は短繊維にそれぞ

れ専門化している(図11)。しかし、松山の

短繊維生産能力は長繊維に比べて著しく小

さい。また岩国の能力は、松山の長繊維に

比べて明瞭に小さい。したがって、大筋と

して、長繊維では松山、短繊維では徳山が

重点生産拠点としての地位を有してきた。

生産能力の変動について、最も注目され

るのは松山の長繊維である。 90年代中期ま

で増設を続けて、日産能力300トン台に達

したあと、その水準を維持するが、2002- 03

年に日産311.4トンから183.6トン-と大幅

な設備削減(削減率41.0%)を実施した10)0

他方、岩国では生産能力に変化はないので、

松山・岩国2工場間の能力差は縮小した。

短繊維では、 90年代後期に松山が能力を

縮小し,徳山は十数年間能力変化がないの

で、結果として徳山-の集約化が進んだこ

とになるo このように、一工場-の集約化

の方向をたどる短繊維と、逆の方向を示す

長繊維という生産配置変動が示されている

c.海外生産の配置

帝人は、パラキシレンやDMTといった

400

300

200

100

0

1988 93 98 2003年

図11帝人,国内工場別生産能力(3)

-ポリエステル繊維-

(重化学工業通信社『日本の石油化学

工業(各年版)』により作成)

注:(f)は長繊維, (s)は短繊維. 2工場

一括で示されたケースでは以下のように処理した. (s)の2003-05年は, 「概

ね徳山に集約,計256.0トン」と示され,

02年と06年がともに,徳山219.4トン,

松山37.0トン,合計256.4トンであるた

め, 02-06年は同一の状態が続いてい

るものと見なした.また, (f)の03-

05年は「松山・岩国合わせて243.0トン」

であるが, 06年が松山180.5トン,岩国

59.4トン,合計239.9トンなので, 03-

05年は06年と同じ状態と見なした.

「川上」の部門を担当する海外現地法人(港

外子会社)を持っていない。海外でのポリ

エステル繊維生産は、 DMTを重合してPET

生産を行う工場と、 pETのチップを繊維化

する工場の2タイプからなる。

国別では、 2カ国の現地法人3社でポリ

エステル繊維を生産する(図12)。タイにお

ける「ティジン・ポリエステル・タイラン

ド(TPL)」と、「ティジン・タイランド(TJT)」

の2法人、インドネシアにおける「ティジ

ン・インドネシア・ファイバー(TIFICO)」

である。設立年は、 TPLが1967年、 TIFICO

が73年、 TJTが91年で、タイ・インドネ

シアいずれも、早い時期に海外立地が開始

されている。

タイでは、 2現地法人のうちTPLは長繊

維・短繊維とも92-06年の間で生産能力

の変化が小さく、 TJTでは、短繊維のみ90

年代末期に大幅増設がなされ、その後は変

わらない。インドネシア法人では、 90年代

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今繊大企業における企業内空間的分業

一帝人の事例-

日産トン

1992 96 2000 2004年

図12 帝人,海外における工場別生産能力

ーポリエステル繊維-

(重化学工業通信社『日本の石油化学

工業(各年版)』により作成)

注:TIFICOは「ティジン・インドネシア・ファ

イバー」, TPLは「ティジン・ポリエステ

ル・タイランド」, TJTは「ティジン・タイ

ランド」. (f)は長繊維, (s)は短繊維.

末期までは長繊維中心の着実な増設があり、

その後は長繊維の増設は止まって、短繊維

が98年と2002年の2度、大幅に増設され

ている。

全体として、国別では90年代初期にはタ

イが重点地域で、その後インドネシアが追

い上げるという経過であり、繊維の種別で

は、両国とも短繊維のウエートが高くなっ

た。生産量から見て、代表的な海外生産拠

点は、インドネシア法人の、とくに短繊維

部門である。

3. PET部門(2) -PETフイルム・樹脂

・人工皮革-

a.生産工程(前掲図8)「パラキシレン-DMT-PET」までは、

ポリエステル繊維と共通する。フイルムは、

チップ化したpETを加熱し、 2軸方向に延

伸する。人工皮革は、極細のポリエステル

繊維を原料として、 3次元立体構造を持っ

た不織布(三次元絡合不織布)を作り、ポ

リウレタン樹脂を含浸させたあと、ポリウ

レタンスポンジのコーティングや表面仕上

げを行うIl)。樹脂(プラスチック)は重合

時に樹脂用のPETチップとして生産する。

60

50

40

30

20

10

0

年産千トン

1988 93 98 2003年

図13 帝人,国内工場別生産能力(4)

-フイルム・樹脂-

(重化学工業通信社『日本の石油化学

工業(各年版)』により作成)

注:松山のボトル用PET樹脂の2001年以前

は不明. FR-PET及びPBT樹脂は,松

山で重合して岩国でコンパウンド化.

93

一部のPET樹脂は、配合(コンパウンド)

工程を経て(後掲注18)、 FR-PET (ガラス

繊維や炭素繊維を使用した繊維強化pET樹

脂)となる。

b.国内生産の配置

pETフイルムは岐阜・宇都宮2工場体制、

pET樹脂は松山・徳山・岩国の3工場で生

産される。人工皮革生産は三原・島根で行

われる。

(イ)フイルム生産(図13)

岐阜工場が主力であったが、フイルム需

要の増加に応じて宇都宮工場が2度の増設

を行い、 96年には88年の2倍を超える能

力を備え、岐阜に近づいた。その後、岐阜

は06年に大幅増設し、宇都宮の1.56倍の

能力となった。

フイルムは生産能力が一貫して増加して

おり、国内生産が成長した代表的な部門で

ある。用途の変化は大きく、例えばフロッ

ピーディスク用のPETフイルムは、 90年代

には帝人グループが世界第1位のサプライ

ヤーであったが】ヱ)、現在は国内生産はわず

かとなり、電子記憶媒体生産は後述のポリ

カーボ樹脂に移った。

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94 今田昭二

(ロ)樹脂生産(前掲図13)

PET樹脂の主な用途はPETボトルで、 2

つの方式により生産されている。第1は、

松山工場と岩国工場が結合関係を持って生

産する方式である。すなわち、松山で重合

工程(-pET生産)を行い、そのうちボト

ル用はPET樹脂として外部販売されるが、

ほかに、松山で生産したpET樹脂をベース

として、岩国で炭素繊維などを配合してFR

- PET (炭素繊維強化PET樹脂)として完

成させる。松山も岩国も樹脂生産能力の変

動はない13).

第2は全く新しい技術体系によるボトル

用pET樹脂の生産で、廃pETボトルをリサ

イクルしてPET樹脂を生産する。担当工場

は徳山である。廃pETボトルを粉砕・溶融

してポリエステル繊維やボトルを生産する

ことはできるが、この方法では品質が劣る

ので、帝人では廃pETボトルを化学分解し

て原料である DMTを取り出す技術を開発

したⅠ4)。この再生DMTを加水分解してPTA

に変換したあと、 pTAを重合してボトル用

のPET樹脂チップに再生する(この方法を

「ボトルtoボトル」と呼んでいる)。再生pET

樹脂-の投資規模は大きく、徳山の再生pET

樹脂生産能力は松山を上回る年産50千トン

(500mlのPETボトル60千トン(約20億

本)を処理できる)である。この方法によ

るDMT生産は2002年に、 PET樹脂生産は

o3年に開始された15)。

(ハ)人工皮革生産

三原工場でポリエステル短繊維から不織

布を生産し、ポリウレタンを含浸させて人

工皮革とする。新たな技術として、ポリエ

ステル・ナイロンの極細複合糸を紡糸し、

不織布・人工皮革と連続加工する設備が

2004年に三原に設置された。これらの人工

皮革が島根工場に供給され、表皮仕上げを

行って起毛人工皮革が完成する。

c.海外生産の配置

帝人における非繊維pET部門の海外生産

は、ほぼ全部がpETフイルムである。生産

地域は欧米とアジアの合計5か国(生産能

力不明のイギリス法人を含む)で、すべて

デュポン社(米)との合弁である(表5)16)0

生産工程は、いずれの海外法人もPTAまた

はDMTを重合してPETを生産し、それを

フイルム化する一貫生産工程を担当し、重

合を行わない日本国内のフイルム工場とは

異なる。

生産能力の変動を見ると、進出の早いル

クセンブルグ法人、それに続いたアメリカ

法人、インドネシア法人はいずれも増設が

行われていない。他方、最後発の中国法人

は、当初から大規模であった上、さらに大

幅な増設があって,フイルム海外生産能力

の65.5%を占めるに至った。かくて、欧米

を拠点にスタートした海外生産配置は大き

く転換し、海外最重要拠点は中国となった。

4. PC樹脂部門

ポリカーボネート(pc)樹脂は、日本国

内ではエンジニアリングプラスチックのう

ち生産量が第1位である17)。電子機器・O

A機器・自動車部品・機械部品など-の需

要が急速に伸び、生産増加も著しい。

生産工程は、ビスフェノールA (フェノ

表5 帝人グループ,海外工場別生産能力の変化(ポリエステルフィルム)(年産千トン)

1991年1996年2001年2006年

デュポン.ティジン.フイルムズ.ルクセンブルグs.A. 10.010.010.010.0

デュポン.ティジン.フイルムズ.u.s.(米) 10.010.010.0

インドネシア.ティジン.デュポン.フイルムズ 10.010.0

デュポン.Hongji.フイルムズ.仏山(中国) 32.057.0

4海外法人合計 10.020.062.087.0

(重化学工業通信社『日本の石油化学工業』 (各年版)により作成)

荏:2001年と2006年には,イギリス現地法人(デュポン・ティジン・フイルムズ・u.K.)が

あるが,生産能力は不明.

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今繊大企業における企業内空間的分業

-一帝人の事例-

-ルとアセトンとの縮合反応により製造)

を主原料とし、重合工程によって生産する

(前掲図8)。製品は通常、ペレット(粒状)

の状態である。 PCはさらに、配合工程を経

てコンパウンド(配合樹脂)となる18).

帝人グループは、国内生産能力では、三

菱グループに次いで第2位を占める。帝人

がpC樹脂の生産を開始した(工場は松山)

のは1960年で、 PETフイルム(71年開始)

やpET樹脂(78年開始)よりも早かった。

当初はエンジニアリングプラスチックでは

なかったが、 80年代初期には自動車用バン

パーに採用され、 80年代中期にはCD (コ

ンパクトディスク)の材料に活用されるよ

うになった19)0

pc樹脂の需要拡大の重要な柱の一つが

DVDなど新しい光学分野であるが、帝人グ

ループは、これらの高品質分野では世界最

大のシェアを有している。

生産拠点は、国内では松山のみ、海外で

はシンガポールと中国に現地法人を有する

(図14)。松山における生産能力は、 1990

年代末期まで着実に増加を継続し、 99年ま

での10年間で生産能力は3.4倍となった。

2000年以降、局面は一変し,松山では能力

増強が行われず、海外重点化戦略-の転換

が鮮明に示されている。しかし、技術面で

年産千トン

250

200

150

100

50

0

1988 93 98 2003*

図14 帝人,国内及び海外における工場

別生産能力

-ポリカーボネート樹脂-

(重化学工業通信社『日本の石油化学

工業(各年版)』により作成)

注:シンガポールは「ティジン・ポリカーボ

ネート・シンガポール」,中国は「帝人

衆破酸酌.

95

は中核プラントとしての地位にあり、例え

ばpc樹脂廃材再利用の実験プラントが松

山に設置されている20)0

海外拠点としてまず登場するのがシンガ

ポール法人である。生産を開始した1999年

には松山のちょうど2分の1の生産能力で

あった。その後数年間で集中的な設備拡大

が行われ、 2002年には松山を凌駕し、 04年

には松山の1.7倍の生産能力を有するに至

り、帝人グループ最大の PC樹脂生産拠点

となった。さらに、 05年から中国法人が参

入した。生産能力は松山の2分の1弱であ

るが、中国国内市場の拡大とともに、今後

の増強が見込まれる。

Ⅳ.工場間における分業と物流

1. PET部門における各工場の生産系列

a)生産系列の特色

キシレンから pET (-ポリエステル)の

繊維・樹脂・フイルムまで, PET部門の生

産は長い生産工程を持つ。中核はDMTを

重合してPETを生産する工程である。工場

における生産工程のまとまり(以下、 「生産

系列」と呼ぶ)は、長い生産工程をカバー

する一貫生産から、 -部の工程のみの生産

までさまざまである。これらの生産系列は

「一貫型」 「重合以降型」 「川下工程専業型」

の3タイプに区分できる。

b)国内工場における生産系列

帝人グループ内には、 PET部門に関連す

る工場は多数あるが、そのうち主要な7工

場を取りあげる。 1タイプの生産系列のみ

を有する工場もあれば、 1工場が複数タイ

プの生産系列を持つばあいもある(図15)0

(イ)一貫型生産

一工場で長い工程を担当する。典型例は

松山工場に見られる(図15 -①)。キシレ

ンを原料として外部から購入し、 「キシレン

-パラキシレン-DMT- PET-ポリエス

テル繊維(長繊維・短繊維)」という生産系

列である。製品であるポリエステル繊維は、

外部販売されるほか、紡績工程を担当する

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96 今田昭二

①松山工場〔キシレン-パラキシレン-DMT-PET-PETチップ・ポリエステル繊維(f・

s) 〕

キシレン

(外部購入) >

③岩国工場 〔pETチップ一夕イヤコード用ポリエステル繊維(f)〕

④岩国工場 〔ボトル用PET樹脂チップ-強化PET樹脂〕

ボトル用PET樹脂チップ岩 国

強化PET樹脂

⑤徳山工場 〔pTA-PET-PETチップ・ポリエステル繊維(s)〕

(外部販売)

PTA

(外部購入) >

図15 帝人,国内工場におけるPET部門の生産系列(1)

(聞き取り調査により作成)

注: (f)は長繊維, (s)は短繊維.各工場を担当する子会社名は,表4参照

中国法人に供給され、短繊維が短繊維糸に

加工される。また、 pETをチップ化して、

それを国内の帝人グループのフイルム工場

・樹脂工場に供給している。

このほか松山には、 「キシレン-パラキシ

レン-DMT」という、いわば川上のみの生

産系列も存在する。そして、 DMTは帝人の

他工場に供給される。この生産系列は設備

等が一貫型と重複する形で存在し、一貫型

生産系列の一部分として理解できる。

徳山工場には, 「廃pETボトル→DMT→

pET→ボトル用再生pET樹脂チップ」 (前

掲Ⅲ-3-b-ロ)というリサイクル生産

系列(図15-⑦)がある。この生産系列は、

パラキシレン生産がないため松山と比べる

と川上側の生産工程は短いが、モノマー生

産工程と重合工程を有するので、 -貢生産

型に含められるタイプである。

(ロ)重合以降型生産

合繊生産の中核工程である重合(「pTA

-pET」)を中心とする生産系列で、それに

続く「pET-繊維」の工程を持つばあいも

ある.一貫型生産系列との相違は、モノマ

ーよりも川上側の工程を持たず、モノマー

を外部購入する点である。松山(図15-②)

・徳山(図15-⑤)両工場で見られる。

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介繊大企業における企業内空間的分業

一帝人の事例-

⑥徳山工場〔pETチップ-ポリエステル繊維(s)〕

(外部販売)

⑦徳山工場〔廃PETボトル-DMT-PTA-PET-ボトル用再生pET樹脂チップ〕

廃pETボトル

徳 山ボトル用再生PET樹脂チップ

⑧岐阜工場 〔pETチップ-pETフイルム〕

PETチップ

岐 阜PETフイルム

⑨宇都宮工場〔pETチップ-pETフイルム〕

PETチップ

宇都宮PETフイルム

(外部販売)

(外部販売)

⑩三原工場 〔タイヤコード用ポリエステル繊維(f)一夕イヤコード〕

繊維(f)

(タイヤコード用)

タイヤコード

⑪三原工場〔ポリエステル繊維(s) -不織布一人工皮革〕

(外部販売)

⑫島根工場 〔人工皮革-起毛人工皮革〕

人工皮革島 根

起毛人工皮革(外部販売)

図15 帝人,国内工場におけるPET部門の生産系列(2)

松山では、PTAをボトル用pETに重合し、

樹脂チップとしてグループ内工場に中間製

品として送られるか、外部販売される。徳

山では、 PTAを重合して繊維とチップの2

形態に加工する生産系列がある。そのあと

の加工はグループ内の他工場、あるいは他

社で行われる。

(ハ)川下工程専業型生産

重合工程やそれより川上側の工程を行わ

ず、 pETのチップ以降、あるいは繊維以降

のみの加工を行う。岩国(図15 -③④)・

徳山(図15-⑥)・岐阜(図15-⑧)・宇

都宮(図15-⑨)・三原(図15-⑩⑪)・

(外部販売)

97

島根(図15-⑫)の各工場に見られる。

このタイプの生産系列は、主要原料を帝

人グループ内の工場から供給される。代表

的な方式はPETチップの供給を受けて加工

する生産系列で、岩国・徳山の「PETチッ

プ-繊維(タイヤコード用を含む)」、岩国

の「PETチップ-強化PET樹脂」、岐阜・

宇都宮の「PETチップ-pETフイルム」の

生産系列がこれに該当する。さらに一層、

川下方向に特化したのが三原・島根である。

三原では「タイヤコード用pET繊維-タイ

ヤコード」および「ポリエステル繊維-人

工皮革」の2系列が見られる。島根の生産

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98 合田昭二

系列は川下工程専業型の極限であり、三原

で生産された人工皮革に起毛加工という最

後の仕上げのみを行う。

(ニ)考察 一各工場の類型一

帝人グループ全体として、川下工程専業

型の生産系列が多い。すなわち、 pET部門

の川下工程では製品の多様さに対応して、

各工場ごとに特定の分野・工程に専門化す

る体制がとられている。その結果、中核工

程である重合工程を有するのは、 2工場の

みに限定されている。このことは、中間製

品(-中間原料)の供給関係という工場間

でのネットワーク結合の存在を示し、この

側面から見た各工場の特色を浮かび上がら

せることとなる。

工場間物流ネットワークの側面からみる

と、帝人の工場は2区分できる。区分の第

1は、他工場-中間製品の供給を行う生産

系列を持つ工場で、松山・岩国・徳山・三

原の4工場が該当し、いずれも複数のタイ

プの生産系列を有する。

松山工場は、帝人の中でただひとつ、パ

ラキシレン生産から繊維生産までの典型的

な一貫型生産系列を持つ。同時に重合以降

型の生産系列も有する。したがって、他工

場-の原料供給拠点としての性格が鮮明で

ある。帝人内部で基本原料(DMT)生産は

松山のみで行われる上に、チップ供給を松

山に依存する工場が多い。さらに、松山に

中間製品を供給する工場はない。これらの

実態から,松山工場は帝人グループの中で

川下以外の工程の圧倒的部分を掌握するこ

とによって、中間製品物流による工場間ネ

ットワークの基幹工場(いわば「総元締め」)

としての地位をもつといえる。

他の3工場の中で、松山と対照的な位置

にあるのが岩国・三原の2工場である。岩

国工場は2つの生産系列ともにチップ以降

の川下工程専業型で、一貫して主に松山か

らチップの供給を受けて繊維・樹脂生産を

行ってきた。しかし、タイヤコード部門に

ついては他工場-の中間製品供給を行う面

を持っている。三原工場は、かつてはナイ

ロン部門の重合を行っていたが、ナイロン

からの撤退後、重合工程は持たず、生産系

列は川下工程専業型のみで、岩国・徳山か

ら繊維の供給を受ける。しかし、島根工場

-の中間製品供給を行う面もある。

徳山工場は「松山タイプ」と「岩国・三

原タイプ」の中間的な性格を持つ。かつて

はパラキシレン生産以降を一貫して担当す

る生産系列を持ち、 1979年にパラキシレン

生産を休止するまでは、松山に近いタイプ

の工場であった。現在はパラキシレンから

のDMT生産をも休止したが、 pETボトル

再生による DMT生産を開始した。さらに

重合以降型および川下工程専業型の生産系

列を持つ。すなわち、重合工程およびその

川上の工程があり、岩国などに中間製品を

供給しているため、松山に近い側面がある。

他方、松山からチップの供給を受けるので、

岩国や三原に近い性格もある。

工場の区分の第2は、他の工場-中間製

品を供給する生産系列を持たない工場で、

岐阜・宇都宮・島根の3工場である。これ

らの工場は川下工程専業型の生産系列を単

数持つのみで、帝人グループ内の他工場か

らpETチップ・人工皮革の供給を受け、供

給側としての機能はない。いわばグループ

内における他工場との物流関係が最も単純

な状態にある。

したがって、工場間物流結合から見た各

工場の類型は、 PET生産全体の根幹部分を

掌握し、物流供給の基本拠点である「松山」、

その対極として、中間製品供給を受けるの

みの「岐阜・宇都宮・島根」、この2タイプ

の中間にあっては、松山に近い「徳山」、岐

阜・宇都宮・島根に近い「岩国・三原」、と

区分できる。

c)海外現地法人工場における生産系列

タイの4法人、インドネシア・中国・欧

米の各3法人がpET部門を有する。この13

法人における生産系列には、重合より川上

側の工程はない.したがって一案型の生産

系列は見られず、重合以降型と川下工程専

業型のみである(図16)。

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介繊大企業における企業内空間的分業

一帝人の事例-

(イ)重合以降型

インドネシア(同一敷地の2法人) ・タイ

(2法人)・中国(1法人)・欧米(3法人)

の計8法人に見られる。原料は国内工場と

同様にDMTとPTAの2種があるが、 PTA

を原料とする例が多い。重合以降の工程か

らみて、さらに2タイプに細分できる。

第1は「PTA-PET-繊維」という繊維

部門の生産系列で、インドネシアの1法人

(図16-①)とタイの2法人(図16-㊨

⑤)で見られる。これは合成繊維工業の原

型ともいうべき生産系列である。帝人グル

ープは、日本国内で脱繊維によりウエート

が下がったこの生産系列を東南アジアにお

いて展開させているわけである。

第2はフイルム部門,すなわち「PTA

(DMT)-PET-フイルム」の生産系列で、

インドネシアの1法人(図16-②)・中国

の1法人(図16-⑨⑲) ・欧米の3法人(図

16-⑪⑫⑬)で見られ、帝人グループの海

外工場で最も多い生産系列であるo 日本国

内では、 PETフイルム生産はすべて川下工

程専業型の生産系列で行われているが、海

外におけるフイルム生産は、すべて重合と

連続した工程でなされている。

(ロ)川下工程専業型

製品により4タイプに細区分できる。第

1は「PTAチップ一夕イヤコード用繊維」

の生産系列で、インドネシア1法人(図16

-③)に見られる.この生産系列のさらに

川下の工程に特化したのが第2のタイプ、

「タイヤコード用繊維-ディップコード(す

だれ状の織物)」で、タイの1法人(図16

-⑥)が有する。この2法人の生産系列は、

自動車用タイヤの資材、すなわち産業用繊

維の川下部門である。第3として、 「繊維-

不織布」がタイ1法人(図16-⑦)にあり、

これも非衣料用繊維の川下工程である。第

4に衣料部門として「繊維-織物」が中国

の1法人(図16-⑧)に見られる。

全体として、多様な産業用資材中心で衣

料部門は少ない。またチップを加工する方

式よりも、繊維から出発する方式が多い点

99

が、日本国内の川下工程専業型と異なる。

(ハ)考察 一各工場の類型一

日本国内との相違点が数点挙げられる。

まず、複数の生産系列を保有する海外法人

が存在しない。このことは、各工場の担当

領域が狭いことを意味する.さらに、一貫

型の生産系列が見られないため、松山のよ

うな工場間ネットワークの基幹工場は存在

しない。

重合以降型生産系列の多さも特色で、国

内では2工場、海外では8法人9工場にこ

の生産系列がある。他方、川下工程専業型

の生産系列は、国内では6工場に8系列存

在するが、海外では4法人に4系列しか見

られない。すなわち、国内工場と比べて海

外法人は重合のウエートが高い。重合は合

繊生産・プラスチック生産の中核工程であ

るが、帝人では重合工程を海外に移す戦略

を採用していることが明らかである。

この結果、海外におけるグループ内工場

間物流は少ない。とくに日本国内で多いPET

チップの物流は皆無であり、工場間物流は

繊維の供給関係として展開している。

工場を類型区分すると、第1に、繊維の

供給機能を持つ「ティジン・インドネシア

・ファイバー」「ティジン・ポリエステル・

タイランド」 「ティジン・タイランド」があ

る。この3法人は重合以降型の生産系列を

持ち、グループ内-の中間製品供給工場で

ある。

第2は、逆に繊維をグループ内から供給

される「ティジン・コード・タイランド」「テ

ィジン・ユニチカ・スパンボンド・タイラ

ンド」 「南通帝人」の3法人で、川下工程専

業型の生産系列のみを持つ点では、岐阜・

宇都宮・島根各工場と共通する。

第3は日本に見られないタイプで、グル

ープ内での中間製品供給関係を持たず、生

産系列は重合以降型となる。インドネシア

・中国・欧米のフイルム部門5法人(6工

場)と、タイヤコード用繊維のインドネシ

ア法人である。

海外法人の全体的特色として、重合を含

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100 合田昭二

①ティジン・インドネシア・ファイバー (インドネシア)

〔pTA-PET-ポリエステル繊維(f ・

s)〕

PTA

(現地購入) >

(②と同一敷地内に立地)

②インドネシア・ティジン・デュポン・フイルムズ (インドネシア)

〔pTA-PET-PETフイルム〕

PTA

(現地購入) >

(①と同一敷地内に立地)

③プランタムリア・ティジン・インドネシア (インドネシア)

〔pETチップ一夕イヤコード用ポリエステル繊維〕

(外部購入)

(外部販売)

(外部販売)

⑤ティジン・タイランド (タイ) 〔pTA-PET-ポリエステル繊維(f・s)〕

PTA

(現地購入)- >

⑥ティジン・コード・タイランド (タイ)

〔タイヤコード用ポリエステル繊維-ディップコード〕

図16 帝人,海外工場におけるPET部門の生産系列(1)

(聞き取り調査により作成)

注:(f)は長繊維, (s)は短繊維.

(外部販売)

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合繊大企業における企業内空間的分業

一帝人の事例-

⑦ティジン・ユニチカ・スパンボンド・タイランド (タイ)

〔ポリエステル繊維(s) -スパンボンド〕

(外部販売)

101

⑧南通帝人 (中国) 〔ポリエステル糸-織物-染色〕

⑨デュポン・Ⅱongji・フイルムズ・仏山 (中国・仏山)

〔pTA-PET-PETフイルム〕

PTA

(外部購入) >

㊥デュポンIHongii・フイルムズ.仏山 (中国・辛波)

〔pTA-PET-PETフイルム〕

(外部販売)

(外部販売)

・外部購入,ヱ土,巨悪⑪デュポンTティジン・フイルムズus (アメリカ)

〔DMT・

PTA-PET-PETフイルム〕

(外部購入)

(外部販売)

⑫デュポン・ティジン・フイルムズuK (イギリス)

〔pTA-PET-PETフイルム〕

PTA

(外部購入) >

(外部販売)

(外部販売)

⑩デュポン・ティジン・フイルムズ・ルクセンブルグ(ルクセンブルグ)

〔DMT-PET-PETフイルム〕

(外部販売)

図16 帝人,海外工場におけるPET部門の生産系列(2)

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102 今田昭二

む生産系列を持つ法人が多く、それに対応

して、グループ内工場間物流は日本国内に

比べてウエートが小さい。いいかえれば、

海外法人相互間の分業関係はあまり細分化

されず、中間製品供給拠点とその供給先と

いう対照性が明瞭な日本国内の工場間連関

とは性格を異にしている。

2.ポリカーボネート(PC)部門における

各工場の生産系列

a)生産系列の特色

ビスフェノールAを重合してPCを生産

する工程が中核である。帝人グループが担

当するのは、この重合工程および重合より

川下の工程である樹脂の配合(コンパウン

ド) (前掲注18)またはフイルム化のみで、

重合よりも川上の工程にあたるビスフェノ

ールAの生産は行っていない。したがって、

各工場が持つ生産系列のなかに、一貫生産

型は見られず、重合以降型と川下工程専業

型の2タイプのみ存在する。またPET部門

とは異なり、 1工場は基本的に単一の生産

系列のみを持つ。

この部門の生産系列は、国内では松山・

三原、海外ではシンガポール法人と中国2

法人の計5工場にある(図17)0

b)国内工場・海外法人における生産系列

(イ)重合以降型生産

国内では、松山工場にこのタイプの生産

系列がある(図17 -①)。外部購入のビス

フェノールAを重合してPC樹脂を生産し、

シート,フイルムの生産という川下の工程

をもカバーしている。樹脂は川下工程専業

型生産系列を持つ工場に供給する。このよ

うな特色は、 PET生産における徳山工場で

の生産系列(図15-⑤)と類似する。

海外では、シンガポール(図17-③)・

中国(図17-④)において、重合工程を含

む生産系列が存在する。しかし松山のばあ

いとは異なり、川下の工程(シートやフイ

ルムの生産)は行われない。製品である樹

脂は、川下工程専業型生産系列を持つ工場

に供給される。

(ロ)川下工程専業型生産

国内では三原工場(図17 -②)、海外で

は中国法人(図17-⑤)に見られる。 PC

樹脂を複合樹脂(コンパウンド)に加工す

る工程のみという生産系列である。原料で

ある PC樹脂は、重合以降型生産系列を持

つ工場から供給される。 PET部門の川下工

程専業型と比較すると、多様な製品分野-

の分化が進んでいない。

c)考察 一各工場の類型一

国内と海外いずれにも、重合以降型と川

下工程専業型の生産系列が配置されている。

工場間での中間製品供給関係を見ると、

PET部門のようなグループ内での供給関係

を持たない工場(海外法人)はない。した

がって、中間製品供給側として、重合以降

型の生産系列を持つ「松山」 「シンガポール」

「中国(帝人衆破酸酌)」 3工場、供給を受

ける側は、川下工程専業型の生産系列を持

つ「三原」 「中国(帝人化成複合塑料)」の

2工場という2区分ができる.供給側と受

け入れ側は、国内・海外に混在している。

一貫生産型の生産系列が存在しないため、

PC生産の根幹部分を単一の工場が掌握する

体制ではない。中間製品の供給側は3工場

で、供給を受ける工場よりも多数であり、

「pc樹脂をグループ内に一手に供給する」

工場(pET部門における松山工場に相当す

る)は存在しない。しかし、シンガポール

法人のPC樹脂生産能力が際だって高いの

で(前掲図14)、同法人は中間製品供給の

有力拠点としての性格を持つ。

視点を変えて、工場の多部門性(pc部門

のみの工場か、 PET部門も併有する工場か)

による類型区分も考えることができる。

松山工場における PC部門は、 PETの一

貫型生産系列と同一工場内にあり、複数部

門・多工程を持つ総合工場の一環として存

在する。三原のPC生産も、 pETのタイヤ

コードや人工皮革部門と同一工場内にある。

これに対し、 3海外法人(シンガポール・

中国2)はPET部門を持たず、 pc部門の

専門工場である。

このように海外ではPET専門工場と pc

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合繊大企業における企業内空間的分業

-帝人の事例一--

①松山工場 〔ビスフェノールA-PC-PC樹脂・ PCシート・ PCフイルム〕

103

(外部購入)

ニニ÷二②三原工場 〔pc樹脂-PCアロイ・ PC樹脂コンパウンド〕

③ティジン.ポリカーボネートシンガポール(シンガポ-ル)

〔ビスフェノールA-PC-PC樹脂〕

(外部購入)

(外部販売)

(外部販売)

⑤帝人化成複合塑料(中国) 〔pc樹脂-PC樹脂コンパウンド〕

(外部販売)

図17 帝人,国内・海外工場におけるポリカーボネート部門の生産系列

(聞き取り調査により作成)

専門工場が別個に存在しているが、対照的

に松山工場は多部門・多工程を包摂してお

り、帝人グループ内で際だった生産拠点と

なっている。

3.工場間物流ネットワークの空間構造

a) pET部門

繊維・フイルム・樹脂を包括したPET部

門における工場間の中間製品(-中間原料)

物流関係は、国内で、また国際的スケール

で、多数の工場によって形づくられ,その

全体像は特色ある空間構造を示す(図18)0

(イ)国内での工場間物流

工場間で供給される中間製品には、チッ

プ・繊維・人工皮革があり、代表はチップ

である。国内のPETチップ流動の中核は松

山工場で、国内4工場に繊維用・タイヤコ

ード用・フイルム用・ボトル用のPETチッ

プを供給している。供給する側の機能のみ

を持つこと、供給先の工場が多数で多部門

にわたることが特色である。松山工場はグ

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104 合田昭二

ループ内での代表的な一貫生産工場である

と同時に、重合工程を持たない工場-チッ

プを供給する最有力拠点の役割を持つ。

複数の工場とのあいだでPET中間製品の

供給・受け入れ関係があるのは、上記の松

山のほか、徳山・岩国・三原の各工場であ

る。この4工場はいずれも瀬戸内海沿岸西

部に立地し、このエリア内で工場間物流に

よる密接な結合関係が形づくられている。

この4工場相互間の関係を見ると、松山は

供給のみ、徳山・岩国は供給と受け入れの

両方、三原は受け入れのみで、基本的に工

場間物流は繊維・タイヤコード両面とも、

松しtJ- 山・岩国-E頭の流れである.し

かしタイヤコード用チップでは匝国-匿国の流れがあり、徳山が松山に準じた拠点性

インドネシア インドネシア

プランタムリア・ ティジン・

ティジン・ インドネシア

インドネシア ファイバー

インドネシア

インドネシア・ティジン・

デュポン・フイルムズ

を持つことを示している。

この4工場から瀬戸内海沿岸西部エリア

の外部に向けて中間製品供給があり、その

受け入れ工場が岐阜・宇都宮・島根である。

この3工場は特定分野に専門化し、中間製

品を供給する機能は持たない。

したがって、国内においては、 ①最大の

供給拠点としての松山、 ②工場間物流が多

面的に展開する諸工場が立地する瀬戸内海

沿岸西部、 ③特定分野限定的な物流受け入

れ工場が立地する他のエリア、という3重

の空間構造が展開している。

(ロ)工場間物流の国際展開

海外法人相互間、あるいは日本国内と海

外法人との間における物流関係は、繊維(f

s)およびタイヤコード用繊維の流動に

イギリスデュポン・ティジン・

フイルムズ uK

ルクセンブルグ

アメリカ

デュポン・ティジン・

フイルムズ・LX

デュポン・ティジン・

フイルムズ us

図18 帝人, PET部門における中間製品の工場間物流

(聞き取り調査により作成)

注:(f)は長繊維, (s)は短繊維. 〔タ用〕はタイヤコード用, 〔タ・ボ用〕はタイヤコード用

とボトル用.国内各工場を担当する子会社名は,表4参照.

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合繊大企業における企業内空間的分業

一帯人の事例-

よって形成され、チップの流動はない。

国内と海外法人との間では、松山から中

国法人に繊維が、岩国からタイ法人にタイ

ヤコード用繊維が、それぞれ供給されてい

る。松山は国内他工場だけでなく海外法人

-の供給も加わって、中間製品供給拠点と

しての性格をより強く示す。岩国はタイヤ

コード用繊維の供給工場であるが、重合工

程を持たず、供給拠点という性格は小さい。

海外から日本-の中間製品の供給はない。

海外法人相互間では、中間製品を供給す

るのは、重合を行うタイの2法人とインド

ネシアの1法人である。なかでも、タイの

「ティジン・ポリエステル・タイランド」

はタイと中国の計3法人に繊維とタイヤコ

ード用繊維を供給し、供給する製品と供給

先が多面的である。

中間製品の供給を受けるのは、タイと中

国の計3法人である。タイの2法人の生産

部門はタイヤコード完成品やスパンボンド

(不織布)、すなわち産業用資材である。

中国法人は、松山・タイ2法人・インド

ネシア法人から繊維の供給を受け、織布を

行う衣料部門の工場である。この中国法人

(「南通帝人」)は重合工程を持たず、機能

が織布に限定されており、伝統的なタイプ

の繊維工場といえる。帝人はこのような機

能を中国法人に集中させ、その工場-の中

間製品供給をアジアの広域一日本を含めた

4カ国-から行っている。すなわち、織物

は中国で、その原料であるPET繊維は中国

以外で、という繊維部門の国際分業関係が

構築されている。

合繊生産量において圧倒的な地位を持つ

中国(Ⅱ-1-b)の現地法人に、日本・

東南アジアからPET繊維が供給されている

理由には、この南通帝人(1995年操業開始)

の設立の経緯が関連している。すなわち、

帝人は日本及び東南アジアの現地法人で生

産した合繊を使用して中国で織物にし、日

本に輸入するとの構想で南通帝人を設立し

た。そして、同法人の織物は帝人の原糸を

前提に設計されてきた。このような「持ち

105

帰り輸入」構想による立地戦略の結果とし

て、日本を含む外国から中国-の合繊供給

が存続してきたのである。しかし近年は、

中国での合繊生産の急拡大により、定番品

に関しては現地調達が増加している。

したがって、産業用繊維に関してはタイ

国内での中間製品供給、衣料を中心とする

通常の繊維に関しては東南アジアから主に

中国-の中間製品供給、という2つのネッ

トワークが展開し、それぞれのネットワー

クに日本からも供給ルートが加わるという

空間構造が形成されている。

ほかに、工場間物流が存在しない例がイ

ンドネシア・中国と欧米3の計6法人(7

工場)で見られる(Ⅳ-1-c-ハ)。部門

はフイルムとタイヤコード用繊維である。

(ハ)国内と海外の対比

日本国内と海外との間での中間製品流動

については、数少ないルートしか形づくら

れず、国内・海外という二つの空間がそれ

ぞれある程度のまとまりをもって、工場間

ネットワークを形成している。

中間製品供給によるグループ内での工場

間結合は、日本国内ではおもにチップの流

動、海外では繊維(衣料・産業用)の流動

によって形成されている。すなわち、海外

では日本に比べて、川下寄りの物資が中間

製品として工場間を流動する。

基幹工程である重合は日本では1カ所(松

山) -の集約傾向を強め、多くの工場は川

下工程に専門化した。そのため工場間物流

は川下に向かうにつれて多工場-と枝分か

れする。海外では多くの工場が重合工程を

持ち(繊維・フイルム部門)、またグループ

内工場間物流のない工場も多い。その結果、

工場間物流自体が限定的で、織布部門(中

国)に見られるように、川下において1カ

所に集約するような傾向を示す。

このように,物流による工場間ネットワ

ークの構造は、日本と海外で異なる。その

分岐点は、 PET部門の基幹的な生産工程で

ある重合工程が少数拠点に集中するか、多

工場に分散するかの対照性である。

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106 今田昭二

図19 帝人,ポリカーボネート部門に

おける中間製品の工場間物流

(聞き取り調査により作成)

b)ポリカーボネート(pc)部門

(イ)工場間物流と諸工場の特色

国内・海外法人合わせて5工場の間で工

間物流が形成されている(図19)0

5工場は、重合工程担当の3工場、配合

(コンパウンド)工程のみの2工場に区分

される。繊維・樹脂・フイルムからなるPET

部門とは異なり、樹脂のみの分野であるた

め、重合担当工場から配合担当工場-のPC

樹脂の供給が中間製品物流を形づくる。他

工場から中間製品を受け入れ、加工後に他

工場-供給する中継ぎ的な工場(pET部門

における徳山・岩国・三原)はない。

工場間物流の中核といった性格を持つ工

場はない。重合担当3工場(松山・シンガ

ポール・中国)はいずれも他の2工場にPC

樹脂を供給している。同時に、重合を行わ

ない2工場(三原・中国)はいずれも他の

3工場から樹脂を受け入れている。

(ロ)国内と海外の対比

上記のようなpc部門各工場の特色は、

国内と海外で基本的な違いはない。 PC樹脂

供給3工場は、国内・海外両方に立地し、

どの工場も日本と海外両方に供給先がある。

樹脂を受け入れる2工場は日本・海外両方

に立地し、いずれも日本と海外両方から供

給を受けている。すなわち、 pET部門では

国内と海外が別々に工場間物流の空間的ま

とまりを示すが、 pc部門では国内と海外が

相互に中間製品を供給しつつ、一体的に結

合した空間構造を示しているのである。

このようにPC部門では、工場間を流動

する中間製品は1種類のみ、工場のタイプ

は供給側と受け入れ側に二分され、物流供

給拠点あるいは受け入れ拠点といった存在

はなく、結合の完結性の強いエリアも存在

しない、いわば均一な構造で空間的に単純

化された工場間分業が形成されている。

Ⅴ.むすび

合繊生産における中国-の集中が急速に

進み、先進国の合繊メーカーが脱繊維の指

向を継続するなかで、日本の合繊メーカー

は、こうした状況に対処する立地戦略を推

進し、国内プラント(工場)と海外プラン

ト(工場)との特色の相違が鮮明となった。

それは,合繊・樹脂・フイルムを包括する

PET部門によく示されている。

国内プラントの特色としては、 ①基幹工

程・川上寄り工程の生産機能が特定工場(松

山・徳山)に集約され、多くの工場は重合

工程を持たない川下工程専門のプラントで

あること、 ②川下工程では脱繊維がきわめ

て鮮明であり、担当工場が専門工場の性格

を明瞭化して生産品目・工程を絞り込む傾

向を強めたこと、を指摘できる。

国内の多数プラントのこのような特色は、

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付紙大企業における企業内空r]pLj的分業

-一帝人の事例----

工場間物流により結合される企業内空間的

分業を進展させ、瀬戸内海沿岸西部におけ

る相互供給型のプラント集団と、そのほか

の地域に分散配置された供給受け入れのみ

のプラントという、 2つのネットワーク空

間をつくり出した。

海外法人においては、日本国内と比べて

プラント間物流のウエートは小さい。各工

場は重合工程を含む長い生産工程を担当す

る場合が多く、工場間物流は「東南アジア

-中国」 「タイ国内」での衣料用繊維供給関

係に、ほとんど限定されている。

このような国内と海外の相違は、以下の

ような事情の中で形成された。第1は、衣

料生産の重点を海外に移すという立地戦略

の存在である。この戦略は、量産部門を海

外法人が担当し、国内は多種生産化する、

という企業内国際分業構造につながる。第

2として、日本国内と海外では工場間物流

ネットワーク構築についての外部条件が相

違する点がある。例えば、工場間の距離、

工場間の物資輸送の便,輸出入に関する制

度的制約などが挙げられる。第3に、海外

では既存企業に帝人が資本参加した法人が

多く存在する(フイルム部門)という事情

がある。そこでは、既存の生産設備の利用

が一定期間続くため、また海外株主の意向

も反映されるため、工場間ネットワーク-

の編入を進めにくい面があった。

他方、 pC部門では企業内分業の実態は

pETと異なる。 ①工場間の役割分担がpET

部門に比べて細分化されず、工場の担当工

程に国内と海外での相違は見られず、工場

間ネットワークも国内・海外別々の完結性

を示さない、 ②中間製品供給機能が特定工

場に集中されていない、などが特色である。

その理由として、生産拠点数が少ないこと、

帝人グループ内で多分野-の加工がなされ

ていないこと、があげられる。

しかし、 PC部門は企業内空間的分業に不

適な性格を持つわけではない。物流による

プラント間の結合関係は国際的スケールで

展開している。生産の大幅な拡大や、川下

107

部門の生産工程を帝人グループ内部に包摂

する動きが進展すれば、プラント間の分業

構造がpET部門のタイプに近づいてゆく可

能性は十分考えられる。

Multi-Plant Fim の生産体制にはいくつか

の類型がある。ビール工業は、各工場が基

本的に同じ製品を最終製品まで一貫生産し、

近距離内に供給する市場分割型の立地体系

を持ち、工場間の中間製品物流は例外的で

ある。電機・電子工業は、工場間で生産分

野が相違するという意味での分業関係はあ

っても、工場間での中間製品供給は「部品

工場-組立工場」の流れを基本とし、組立

工場に集約される。これに対し、 PETやpc

部門では、加工組立型工業に比べて工場間

物流の多角的なネットワークが構築される。

とくにPET部門では、生産工程が川下に向

かうにつれて多数工場に分散することによ

り、結合の多角性はより鮮明である。

合繊工業とその派生部門として発達を遂

げた日本のPET生産は、高度経済成長期に

は個々の工場が長い生産工程を担当すると

いう特色を示していたが、やがて、各工場

の担当工程の専門化と中間製品供給による

工場間ネットワークという方向に転換した。

その理由は、競争の激化の中で、生産の合

理化と技術水準の向上を図るためには、多

くの工場の担当領域を専門化し、設備と人

材を専門分野ごとに集中配置することが求

められたためである。

多様な製品・多様な素材を包摂する日本

の合繊大企業は、合繊を含むPET部門にお

いて、 1970年代末からの構造不況期に開始

された工場間ネットワーク型の生産体制の

構築を1990年代・2000年代にも進め、さ

らに合繊以外の樹脂においてもその方向を

強めている。 Multi-Plant Fim におけるプラ

ント間分業関係は、産業による特色の相違

が一層明示されつつある。

本研究の調査に際し、帝人株式会社の各位

より、多大のご教示をいただいた。心より

御礼申し上げる。

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108

今田昭二

1)向川利和(2006) :2005年の回顧と 2006年

の市況展望-アジア主要国の合繊需給をよむ

-トレンド 06年1・

2月 東レ経営研究所

2 ) http://www.jcfa.gr.jp/naigai060228.html ( E]i

化学繊維協会調べ)

3 ) http://www.jcfa.gr.jp/naigai061130.html (日本

化学繊維協会調べ)

4)向川利和(2006) :2005年の回顧と 2006年

の市況展望-アジア主要国の合繊需給をよむ

一繊維トレンド 06年1・

2月号 東レ経営

研究所。中国発表のデータ(2005年)では、

化繊産業698社(上位698社と推定される)

のうち、生産能力(年産) 20万トン以上が22

社(3.2%)、 10-20万トンが37社(5.3%)、

5-10万トンが34社(4.9%)、 5万トン以

下が605社(86.7%)である。 20万トン以上

企業22社が生産能力に占めるシェアは47 %

である(h叫).・//www.jcfa.gr.jp/naigai060530.html)

(日本化繊協会調べ)。なお、帝人のポリエス

テル繊維(同社合繊生産のほとんどを占める)

国内生産能力(2006年)は、日産496.3トン

(業界の通例により年間330 日稼働で換算す

ると、年産16.38万トン)である。

5)上記注4)の698社調査では、国有34.2%、

民営59.9%、外資との合弁5.9%であるが

(http://www.jcfa.gr.jp/naigai060530.html) ( E]

本化学繊維協会調べ)、より小規模な企業を含

めると、民営の率はさらに高いと考えられる。

6)日本化繊協会のデータでは、 2005年におけ

る中国化合繊企業(合繊+レーヨン) 1,302社

のうち、 293社(22.5%)が赤字企業である。

調査企業全体で、負債率(負債額/総資本)

が60.0%を占め、利息支出も急増しており、

借入金などの債務負担の大きさを示している。

省別に見た最大の化合繊生産地域は漸江省で

あるが(全国の41%)、同省は2005年11月

キこ合繊業界の投資抑制に関する通達を出した。

(http://www.jcfa.gr.jp/naigai060310.html )

7) 1998年度までは,有価証券報告書には、帝

人・東レ単独の販売額が公表されていたが,

1999年度から、分社化・持株会社化の進展に

対応して、連結子会社を含めた販売額が公表

される方式に変わったため、それ以前との経

年比較が困難となった。また、これにともな

って、事業分野の分類も変更した企業が多い

ため、それ以前との経年比較は一層難しいo

8)帝人の合成繊維部門のうち、ナイロン(三

原工場が担当)は2003年に撤収された。アク

リル生産には参入しなかった。

9) pETの原料として、東レは高純度テレフタ

ル酸(PTA)を使用し、帝人は国内ではジメ

チルテレフタレート(DMT)と PTA、海外で

はおもにPTAを使用している。

10)この設備削減は、松山工場内の南北2工場

のうち、設備が老朽化した北工場を休止する

という形で行われた。

ll)非天然の皮革のうち、ポリウレタン樹脂を

含浸させた三次元絡合不織布を基材とするも

のを「人工皮革」、それ以外の基材によるもの

は「合成皮革」と呼ぶ。

12)日本の石油化学工業1989-2002年版

13)岩国の生産能力はPETとPBTの合計である

が、 pBT樹脂の方が成長が顕著で、生産能力

はFR- PET樹脂を上回っている(日本の石

油化学工業1993年版)o

14)この再生DMTはパラキシレンから得られ

るDMTと同等の品質である。

15)廃pETボトルの回収は自治体ルートによる

もので、 DMTを取り出す工程には補助金が出

されている。しかし、回収量の不安定さが大

きな課題である。現在、世界的な原油高、石

油製品価格上昇の中で、中国では廃ボトルを

粉砕・溶融して繊維・ボトルに再生する事業

が増え、日本の廃pETボトルがかなり中国に

流れていると見られる。

16)ルクセンブルグ法人は91年設立され,デュ

ポンのルクセンブルグ工場の一部を買収して

操業開始。アメリカ法人はデュポンと合弁で

工場新設、 94年操業開始。インドネシア法人

は帝人単独出資で工場新設、 97年操業開始、 99

年デュポンと合弁化。イギリス法人はデュポ

ンと合弁で99年設立し、デュポンの工場を買

収。中国法人は、デュポンの事業をデュポン

・帝人合弁の持株会社(2000年設立)が継承。

この5法人における帝人とデュポンの持株比

率は半々かそれにきわめて近い。

17)エンジニアリングプラスチックは、工業用

部材として使用できる強度や耐熱性を持つプ

ラスチックである。

18)配合工程とは、ある樹脂をニートレジン(基

礎樹脂)とし、機能付与材・強化材としてガ

ラス繊椎・炭素繊維・水酸化アルミニウム・

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今繊大企業における企業内空間的分業

一帝人の事例-

他の樹脂などを配合し、プラスチックの機能

を高度化する工程である。

19)日本の石油化学工業1985年版

20)帝人では、 PC樹脂の廃材から原料であるビ

スフェノールAを取り出し、再びPC樹脂生

産の原料として活用する技術を開発して、2005

年に松山に実験プラントを設置した。廃pET

ボトルから DMT を回収する(Ⅲ-3-b一

口)のと同様な発想であり, 「ケミカルリサイ

クル第2弾」である(日本の石油化学工業

2007年版)0

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110 合田昭二

Corporate Spatial Divisions of Labor of Large EnterprISe●

in Japanese Synthetic Fiber Industry

-TheExample of Teijin Ltd. -

Shoji CODA

The purpose of this paper is to analyze the divisions of labor between the plants of multi-plant

firm, which is the subjectof Geography of Enterprise.

Inside of a multi-plant chemical company, semトprOCeSSed articles are processed through some

plants in order, and the nowof semi-Processed articles are branched off in different kinds of

plants for the process into various poroducts・ In Japanese synthetic fiber industry, which consists

of multi-plant large companies, most of integrated or multi-disciplinary plants have been changed

into specialtyplants which are in charge of specific department or specific production process. As

a result, increased transportation of seml-Processed articles have formed closer connection

between plants of a company. At present, such co皿eCtion between plants in a company have

developed including plants of overseas affiliated flrmS・

Teijin,one of the biggest enterprlSeS Of synthetic fiber industry ln Japan, has the PET

(polyethylene terephthalate) plants, which produce polyester fiber, resin and film. These plants

are cormected each other by the transportation of some seml-Processed articles. The feature of

spatial connections between Teijin.splants inside of Japan is different from overseas area.

Within Japan, PETand the raw material of PET are produced in a small number of factories,

e.g., Matsuyama Plant in Ehime Pref・, and these plants supply many other plants in Japan with

chip of PET. There are many plants which receive chip, and they process chip into polyester fiber,

resin and film. In the case of Teijin'soverseas affiliated firms, polyester fiber is transported from

Southeast Asia and Japan to China as material of textile and apparel industry instead of chip・

Teijinhas many overseas affiliated firms which produce PET fllm. They scarcely receive material

from other plants of Teijin,as the production method of these firms areintegrated operation・

In PET department of Japan, specialtyfactorieshave been needed to promote diversified

production, and therefore, the divisions of labor between Teijin'splants are relatively developed・

Overseas plants do not develope divisions of labor so many-sides as plants in Japan, because

overseas affiliated firms aim at mass production. The long distance between them and the

diversity of trade system are another reason.

Teijinis rapidly expanding the production of PC (polycarbonate), which has various uses, e・g・,

electronic equlPment, automobile parts and digital videodisc・ In this department, Teijinhas not

production process a鮎r productin of PC regln, and therefわre, seml-processed article which is

transported between Teijinlsplants is only chip of regin・ That is to say, divisions of labor between

TeijinlsPC plants are simple on the whole at this stage・ If the process of PC will expand in the

future, Teijin'sinternational corporate divisions of labor will diversifyfurther・