title 強制カルテル再論 經濟論叢 (1942), 55(5): 556 …舎孝添字経亭え図帝都京...
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Title 強制カルテル再論
Author(s) 靜田, 均
Citation 經濟論叢 (1942), 55(5): 556-570
Issue Date 1942-11
URL https://doi.org/10.14989/131728
Right
Type Departmental Bulletin Paper
Textversion publisher
Kyoto University
舎孝添字経亭え図帝都京
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強制カルテル再論
第五十五各
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強
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諭
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青書
田
均
一八八三年に公けにされたタラインウェヒタlの『カルテル論』は、カルテルに閲する最初の経尚早的文献ーと
して知られてゐるが、それは同時に強制カルテルの一般的設立を唱道した賠に会いて、まさし〈現代的意義主有
ずるものである己〆とを忘れではならぬ。『岡氏経桝白組織に閥ずる一論』と副題する彼れの著書は、大要次の如昔
構想を有するものであった。
議論の出品旧知をたすものは、奇本主義枇舎に特有友生産D無政府欣態である。あるひはモの必然的所捷である
周期的恐慌の襲来であり、さらにその結果たる持働力と生産手段の浪費である。いまや『経済生活は強い改革の
欲求をもってゐる』と伎は考へる。しかし、私有財産の履止を要求する祉合主義には民向から反封だ。彼はそれ
に代るものとして『岡家に主る経済生活の計聾的統制』を唱道した白である。そこで問題はその方法なり手段友
りに移るわけであるわけであるが、彼に上れぽ、カルテル乙そは、『園民経済の新しい組織に潤した手段』にほか
たらたい。カルテルは企業者相互間に訟ける無制限の競争をbる程度除去し、止お揮をば少〈ともほ官需要に趨合
するやう多かれ少かれ調節することを目的とする。とりわけ時あってか超る過剰生産を防止するのが、モの意闘
注目だ。
Kleinwacbter, Die Ka~telle. 1883 S. 160 ff. t)
ととるで今日のカルテルは、いはwh
野生の植物忙ひとしい。園民経済の無政府欣態が、特に生産者に加へた展
迫に劃する自然的反動として生れた・ものであって、政府白援助をうけ左かったばかりで左〈、むしろその意に反
し
τさへ殻達したものである。しかし、現寅のまLではあまりに無力であり、薄弱であって、本来の課題を完遂
するに足りたい。註ぜなら今日のカルテルは長ほむお一時的の存在であり、
地方的性格を治ぴてゐる白みたら
歩、法的承認を放いてゐるからだ。そとで岡山玩は伺らかの遁切紅針策を静じ注げれば左ら泣い。
まづ第一に、法律上その存在を承認し、進んで生産の濁占樺を附興ずる必要が考へられる。需給の遁合といふ
句
己とは、調占注しには困難だからである。けれ
Eもそれは廃業自由白制度を放棄するととを意味し、必宇しも遁
切とはいへない。そ己で考へられるのは詐可制度といふと主である。すなはち企業の新設に封しでは、鳩需要と
院み合はせたうへで政府が遁定詐可聖典へるわけだ。第二は開校政策である。とれによって国家は、カルテルに
間内市揚を確保せしめる己ともできれば、また必要に熔巳て外闘の競争を導入することもできる。第三に図案は
カルテルの促格決定に針して干渉E加へ、その専横を許さないととが必要である。要するにクライV
ウェヒグ
l
の主張は、岡山家がカルテルに保護と町民悼を加へ、カルテルによって園民経済白組織化をはかちんとする黙にある
のであるが、モれは線本的にはカルテルが恐慌を除去する長所をもっと信やるととるから来てゐる。しかも、他
方図家がカルテル化された特権的企業者に封して腫備に閲する一定白義務を諜すべきととをも要求してゐる白は
極めて興味深い。
(
)
そ白持働者を生涯一脳ふとと
(
)
曲目働者に充分。最低賃銀を支排ふこと
強制カル一プル再論
努五十五巻
五五七
保五競
穴五
•
¥
強制カルテル再論
瞳
FE十五巻
五五凡
第五雄
六ム,、
(
一一)
曲目働者白優劣に準じて男進の樺利を奥へる己と
(四)
官支と同じゃうに昇進白道泣き持働者に劃しては、勤務年限に臆じて昇給を誇十ZE--C
老衰
L、又は早期に不具とたれる持働者に割し、宮支に準ビて終身年金を支給する己と
(五)
死亡持働者白遺族に封し考慮するとと
要するに、図家のカル一ケル強化政策の代償と
Lて波は企業者に封して、官臓の吏員と同等の待渇を持働者に輿
(六)
へるととを要求する白である。クライYウェ
EFlの『カルテル論』が山川ると聞もた〈、むvz
モラーやシ
ZVフ
レはそれぞれ紹介の弊をとったけれども、とれを高〈評債する乙とはたかった。営時白謬界はだいたい否定的た
/態度を示した、というてよい。それかあらむか営のクラインウェヒグ
1ずらが、後にた
οて自説に留保的制限を
加へたほどであった。
クラインウェヒグーより三年ほどたくれて、営時ジャーナリストとして名聾の高かったシュクインマン・プツ
ヘルが同じゃうに強制カルテル白一般的設立を唱遣し台。しかし、乙れも賦殺に終ってしまったし、彼自身そ白
後再び向戸前主繰り返す己とはなか合た。今世組にはいってから、カルテル専門の雑誌として有名危『カルテル・
ルンドシャウ』(同
E巴
]EPP岳E)が創刊されたが、モ白中忙やはり強制カルテルを推奨した論文が見られる。け
れどもそれは澗占の強化といふ鮪で、有力危反封に遭遇し、
一般の刷みるところとたらたかった。
一一
その後一丸一
O年に加里業法が制定されて、強制割蛍が行はれ、また世界戦争の勃裂と共に、強制カルアルがそ
乙己主に設立された貯れども、関民解掛金曜白うへでは決定的た意義を主張するまで托いたら一なかったといって
2) Stein:rriann-Buc:her, ::pie ~ãhrstãnde und ih時間kunrtigeStellung im Staa.te. 1885
よい。モれにも拘ら十、
一般的友強制カルテルの設立を提唱する論者は、必・干しも稀では左〈、時として極めて
熱心に主張された。特に戦争による財政需要の膨脹は、強制カルテル謡歌論白祖床とたうた。戦時中に提唱され
た強制カルテル論は租税政策と結びついてゐる期に共湿の特色を認める己とがで曹る。
ナウマンによれば、戦後の財政品川一策は主として葬働者保険を有する園家、V
ンジケ
lトDうへに立脚せねば左ら
左い。努働者保険むそは必然的た構成分であり、とれた〈して園家シンジケート段階級園家の機闘と怠るととを
え左いし、また議曾O多数を獲得し、維持する己とはでき訟いであらう。財政的忙いへば、図家シV
ヂケ
Iトは
貸業圏醐閣にある程の課税をなす己とを意味するが、質業国躍は納税の義務を負携する代りに、営該部門に九百ける
唯一の政府公認白闇値たる特纏を享受する。例をアルコールにとると、岡家は己れに生産枕または製池枕を課さ
友いで、アルヨ
1ル・シンヂケ
lトに謝して、必要友だけの金額の調達を要求する。そ白結同地、、vyヂケ
1トは
賦課金をメンバーから徴収する
b貯で
bるが、シンヂケlトに加入したい生産者または加工業者からも徴収する
ととにすれば、
7ウト・サ
4グーはいきほひ加入を余偽た〈されるであらう。
Eの岡家から特植を興へられてゐるシyデケ
Iトが、何らかの理由によって崩壊するか、または更新され白揚
合は、園家の課徴は、、vyヂケ
1下の紺持に役立つだけの販頁数重または加工数買に劃しでなされる。使格形成
長よぴ販寅方法はシV
ヂケ
1下にゆだねられてゐるが、岡家は弊働者の保険の違反に劃して遡宜課徴に手加減を
加へるととによって、統制する己とができる。これは園家にとって貨幣を調態ずる最も容易た方法であり、また
最も柔軟な方法である。それは替業上最よび技術的な集中ならびに改善を質す長所をもっ。企業者の結合D自己
利袋は国家の利経に奉仕せしめられる。
担制カルアル再論
第豆十五巻
五五九
停正統
六七
ヘ¥
F. Naumann, Mitteleuropa. 1915 S. 137 ff.
4酢
強制カルテル再論
第五十五巻
六人
2
五六
O
第五旗
ナウY
Yはか十うにまづ財政々策的見地より、強制カルテルを償値づける白であるが、他方市会いて閥税同盟
の菩後策としてもEれを償値づけるのである。中欧に経済的地域主創設した揚合、関税の徹廃によって超るベ垂
困難の除去白ためにも同園家的民規制されたシンヂケ
1トほ推奨に値する。中欧白鱗シンヂケ
1トは、シYデケ
ート契約の中心拡に位するが、とれまで闘税と図家保護に上ってえたととろ白も
DE、オ1スタ
H1hMよぴハン
ガリ
l白鍛工業者は、カルテルの販賓協定によって確保しうるDみ左ら宇、外岡市場の分割もカルテルによワて
J/
可能となる。餓の先例はやがて他の産業部門にも訟よぷ。上〈計算された割営とよ〈厄劃づけられた図内市場が
車一のシ
Yチケ
1干に典へられ、図家の制裁によって協定が励行される注らぽ、もはや外部に到する共通の関税
線しか必要でないロ
以上はナウマ
Y
田所論の大要であるが、類似の主張は己白時代に他の人々によっても唱道され、しばしば論争
が行はれた。とEろで租税とカルテルとを結びつける見解
ιは、一一うの方向がありうる。
一つは租積の調達を第
一義的に重県柄し、強制カルテルの結成を第三義的に考へるもりであり、他は強制カルテルの結成主主限とし、
とれに税税の給付義務主課する己とに上って潤色を施し、
一般に好感を輿へょうとするも白である。
前者の代表として、われbれはベルンハルトの租税共同樫論
E20品EEEnE3をあげるととがで雪る。
よると、闘家の財政需要が増大する結果として、間接税が増大せざるをえたい。だが高卒白課税は最も有害であ
り、誤った課税は産業に劃
Lて破滅的影響を及ぼすととがある。産業治上ぴ財政り繁栄白ために、生産税の高さ
と方法正等級とを如何に決定すベ昔かは、経験上そ白産業の表裏に通暁する人のみ白上〈左しうるととろであ
る。モれゆゑ課税は、官踏の手から練達、在業界人目手に委譲した方がよい。ベルンハルト拡かくてレつばら財政
彼に
Ebenda, S. 207 ff. G. Bernhard, Probleme der Finanzrefo.rm. I915 S. 55 ff.
2) 3)
土の見地より業者の閤鰐であ勾租税共同慢を唱道するりであるが、しかしとの種白租税共同憶が営該部門の経済
関係の統制をも引受ける己正を強想してゐる黙は、注目に値する。ずなは汚同業者の生産過程に士で立ち入つ一U
干渉を注すだけ白樺限を興へられるととが必要であるし、また笠ましいと考へ、租税共同開は課税に闘する離限
を典へられた他白半面にたいて、生産の統制にちたるべき義務を負ふべきだ、と主張する。しかし.租税共同摺
より生産共同開への進展は、法的強制に上って潟苫るべきではな〈、同業者の一希望にもとづいて潟さるべきであ
る、といムのが伎の意見である。
第二の方向を示す遁例はカローである。伎のいムととろによると、ドイツとオ1スタリ1
・ハンガリーの両政
府が、もし最産物の販賓制皮と工業忙烏ける岡家的に統制され究強制シンヂク
lトの設立とをもってすれば、ド
イツとオ
1スタリ
1・ハンガリー聞の関税同盟に射する隠時を克服fるととができる。後の問題に闘しで彼はい
ふ。園家がシンヂケ
1トの結成を法律で賓現した場合、岡家は営該産業忙叫到して、白山競争に沿いで見られぬや
うな本質的利賄世保障する。シンヂケ
1ト化された産業は、閏由競守を排除して保護関税を殆ん
E完全に利用す
るととができるし、個々の作業揚の地理的献況を・充分に考慮したうへ販買に際して
t
大昔左衛約を在すと正がで昔
る。さらに遡営危分業と艇替白統一によって本質的た放問を資現するととができるし、また輸出業務を無統制な
自由競争の揚合より有力に資現することがで曹る。
しかるに経験の一却すととろによれば、
シンヂケ1下の結成に際しては、業者は種々の困難に泣遇する。それは
たいてい割首白決定に闘して意見の一致を見る己主の不可能に由来するものであるが、もし国家がとれに射して
一定白基準を確定したとするたらぽ、そして個々の業者と法律に止ってシンヂケ1トに加入するととを義務づけ
強制カルテル再論
第豆十五巻
五六
策王雄
六:JL
K. Passow, Karielle. 1930 S. 150 4)
現制方ルテル再論
停五十宜巻
五六
停五控
セO
るならぽ、hvvd
ヂケ
Eト白常直する困難はたち
EEろに除去されるであらう。か〈て同家は立法によってシンジ
ケートに大き訟利月砕を興へる
bけであるが、己の保護された産業に封し、最初から生産または販賀された商品に
とめて組税を徴する己とができる云々。
これを要するに強制カ舟テル左租税政策とを結びつけようとする策は、戦争中の特殊事情を背景として一時熱
心に主張されたのであるが、税牧入の確保のためにはいきほひ強制カルテルの長期化を必要とし、従ってとれが
ため経済の回定化を導〈慎れある白みたら守、そり賛行債値といふ鮪に世いても多大の疑問左昔をえ在いのであ
って、結局に告いで一般の支持をえるととはできなかった。今日比沿いては殆んど忘れられ、財政謬の女献にた
いても開設されてゐ左い有様である。
一般的在強制カルテルの理論的基礎づけが、戦前に幹いてほ主として恐慌及び失業の克服といふ見地から、ま
た戟時中忙はもっぽら租税政策との関聯にたいて矯されたことは、上来見た湿りであるが、戦後にたいて第一忙
注意すベ舎も但は、かO枇合化時代に告ける一般的強制カルテルの現論的基礎づけである。それは従来の如昔、
机上の空論たるの域を脆し、現貨にモの姿を現はした貼に語いて、ま己とに興味深い。ず左はち戦後Fイツの枇
合化時代忙沿ける強制カルテルは、いはゆる『計量官経桝』の携ひ手として空揚した。それは一定の思想的左背景を
有するのみ左ら宇、特殊た構浩をもっ勅にないで、異彩を放ってゐる。多〈の強制カルテルが純経内的注意味し
かもたないに反し、枇合化時代。強制カルテルは多分に政治的友窓義をもっ。それはナチスの強制カルテルとも
金〈臭った色彩のものであるドとの向。消息を明かにするには、
まづラ1テナウ(同誌吉田凶巨)、メツ
M
Yドル7
20HHgrろ一日放O経済革新論に一瞥を投じ託ければ左ら・泣い。
ラ1テナウが提唱した『新経済』の理論の核心は、各産業部門毎陀業者。圏障を結成せしめ、ぞれを越して園
民経済の最も合理的かっ能率的た遺骨をはかちんとする賄にある。業者の開問は、職業閉館(切何百す官官回向。)と産
業開帳(口
32r議官耳目骨)とより在る白であるが、ともに闘家の公認函館であって、強大友植限を附興せられ、図
家の芭接白殴替白もとにhM
かれる。もっともそれは一斉に各部門毎に結成されるのではた〈、例へば綿業白如き
充分に傑件の熟した部門から着手せられ、遅れた部門はあとから漸を渇うて結成されるわけたのだ。
産業閤鴨は多数白職業関慌を統括する上位。圃閣にすぎ左いから、重離はむしろ職業閣慢にたかれる。との職
業国醐闘は形式においては株式合祉に近イ、事業に沿いてはシンヂケ11pに近い。先立相遣するとEろは、岡家が
積極的に協力するといふ黙である。す抵はち図家はとの閤慢に劃して虞汎在構隈を附興ずる。例へぽ新規加入者
部は枇合
W. Rathenau, Die neue Wirtschaft 23'
白許否を決する棒、圏内商品治よぴ輸入商品白一千販寅構、不良経替に補償を興へで閉鎖を命中Z棟、事業の締
する課徴等に閲して協力的た監怖を加へねばならね。職業園憾のあげた牧径の一部は園家に蹄属
L、
換・績行のため経替を買収する白糖等々。同時に他方に沿いて園家は圏鰻に針して管理、枇合的給付、牧鏡に針
事業、冊目貨の引止にるてられ、
一部は生産者に留保され、
一部は商品慣格の引下に供せられる。職業圃樫D昨替
には園家百一代表のみたら宇、曲目働者。代表もあたると己ろに特色がある。
生産能率。増進、
冒ストの低下、
職業開躍の事業としては製品白共同販{賢治よび輸出、原料の共同調達等もむろんあるけれ
Eも、重結はむしろ
各工場問、地院聞に会貯る最も合理的た分菜、規格統一
棋準化白促進等に
画制カルテル再論
第五十五巻
需主陣
おかれる。無統制た自由競争白資らす無駄を排除し、図替事業白非能率を悶越せんとする一種の生産共同値
七
宜六一一一
Ges:tmmelte Schriften, Bd. 5, [925, S 〉Z
F
•
強制カルテル再論
(FEmrrmm唱目。ZEZP)であり、
第五十五巻
五六回
停五祝
七
それを構成する各部分が有機的に相互の闘聯を保ちつ主土下縦横に結びつ昔、
統一的た知魔・判断・力・意思をそたへた右機関(♀四回目当官)たのであって、聯合四百(問。EEOEEとでは友い。
上級閲隈である産業闇憎む佐務は調整と媒介とである。需要、商品調達、新しい要求肥膝巴売事業の鞠模、債
格、給付時期、支排制度、労働紹介、各部門に長ける柑粧品百の繍大島よび制限等に閥興する。
要する民ラJ
テナウの提唱する新経済なるものは、岡家経済ではなぐ、護者の創意忙立脚した私経済を根本白
建前とするもの佐Dであるが、有機的詮結合、内間的摩擦の克服、給付和上び負捨力の多而化には岡家の協力を
必要とすると在す黙に獅自の面白が窺はれる。否、ラ
1テナウの議論はさらに一歩を進めるc
す訟はちか
LZ新
経済は、車たる利潤の努力によって捨はるべきではた〈、各自の持働は枇舎的職域社現ほし、各自の義務は生産
の最高白埼強でありぜか〈して文化的治よぴ祉曾的繁柴の物質的基礎を創浩せんと宇る忙あると白生産者意識に
上って捨はるべきである
G
従って伎は人々の『忠忽の鑓化と高貴化』を要望し、『産業の倫理化』、『魂の自由と
責任と生長』に期待をかけた。伎によれば、粧品問機構の不Eは政治構法の不正より犬である。共同経桝は枇品目的
不正を除却しないが、しかし将来の祉合的構造に趨際し、現在の多〈の硬さを緩和するであらう。とれ彼白言論
・
句
がしばしば、現寅的在経怖政策白プログラムより、むしろ預言の性格をもったと鰐せられ、るゆゑんである。
ラ1テナウD思想に針して、メツレ
yドルソは本質的に別筒の時向を奥へ
ho伎はラ1テナウ白合問化の綱領
と計叢的危経済活動の捲ひ手として白業種別自治慢の形成主ぽ根本に沿いて取りいれた。しかし伎の意見は、ラ
lテナウとは反封に戦時の経済組織を利用し、岡家の影響のもとにすぐさ宝展開せしめ、過渡経済の目的自ため
各種産業白特殊事情を考躍にい
忙利用すペしといふにるった。しかもそ白組織はあらゆる杓子定規をさけて、
Ibid~ S. 237. H. Beckerath, Krafte, Ziele und Gestaltungen in deutschen IndustriewI'rt-schaft, 1927, S. :19 w出 eIlu. Mollend目的Der:::Au品叩 der Gemeinw:irtschaft. Wi巾 chaftJiche4)
れ、何別的に有機的に展開され怠ければならないロ
メッレンドルプの共同経済樫のラl
一アナウとの重要注相違拙は、計書経怖に上る生産力の増進のみなち十、一耽
合的調整ム一公銭的行潟の思想が前聞に押し出されてゐるととろにある。
とれらの産業自治健は共同粧品川、『民族
共同鰐のために計書的に運替され、枇品閏的に統制された粧済』を推進し友ければ紅らぬ。越正友る弊働僚件の形
成ーー例へば弊働時間白短縮といふが如きーーのため生産力白減退白生守る己とをも、彼は考慮の中に入れてゐ
る。勢資聞の一利害の調整と公益D確保のため、経済圏鴨の中にできるだけ封等の割合で弊資双方白代表者が逸ら
れるばかりで友〈、図家骨上ぴ皐非白代表者も参加する必要がある。かくしては巴めて生産・商業なよぴ消費各
段階白利径が、均等に考慮されるわけである。
ラ1テナウ
D計聾軽油附の思想は、強烈な枇合倫明的梁天主義によって貨かれてゐる。彼は第二次祉合同化委員合
の席上に訟いて、年賦償還白方式による私的炭坑の漸失的公有化を提唱すると同時に、企業者の創意白侭値を強
調じた。問題はとの相容れがた昔一一つのものを如何にして結びつけるかにあるが、ラ1テナウは奮来の敗径の栂
念の代りに新しい共同感をもってすべ雪ととを要墜したにすぎたい。しかし、かLる短期間のあひだに献血桝精榊
42
の完全在る特換を期待する考が、
一般に謝して充分の説得力をもちえなかったとと位、もちろんである。
メッレ
yドルフの懐抱する共同経済の思怨は、それ白憾としてはいさLか明時間さを依〈。しかし共同経済的利
益の貫現をもって、個々の自治惜の内部に島村る経済指導白原理たらしめようとーもた黙は、とりわけ考究に侃ひ
しよう。とれに封ずる領倣判断はひっ昔ゃう、『計霊的K逗持され、枇合的江一統制ぎれた経済』が如何にして賢際
に『民族来同盟』のために役立ちうるかといふ問題にかミつてゐる。しかるに己白貼になると、メヲレンドルフ
強制カルテル再論
第五十瓦巻
第五披
七
主六五
Selb:.tverwa1tung. Deutsche Gemeinwirtschaft; Heft 9, lo;
、
強制カルテル再論
億五十五巻
宜六六
事五鵠
七E司
は経済的利経世考へたばかりでたく、より高昔生前財すたはち社舎的公正を考へた。それはラlテナウが会ドイ
ヴ図民の女化水準の向上と経済精紳の樽換を眼中に沿いた白と、
一般相通やるものがある。
いづれにせよ、いふと己ろの債値、公正、文化、世合的感勢の招来に闘する可能性の判断は、論者の世界観に
依存
Tる問題であって、
一定の世界観かち附議する人々
Kとってのみ明瞭であり、具械的であるにすぎたい。け
れども粧持生活に直接携ってゐる人々は、さまざまの世界観を抱いてゐるのであり、メッレンドルフの官界槻に
反封のものもある。従って経済自治慣に主ってメッレンドルフ白思怨在費現せんとする試みは、絡先中一枇合政策
‘および文化政策
E加味した賓践的経済指導主必要とするわけだ。ーが寅際khいて、針立せる見解の一調整は不可能
であった。個人主義的な資本家白代俳者と枇合主義的危持働運動の指導者とは、それぞれ世界観を同時にし、純経
情的規貼からのみ経済問題。判断をなさたかった。彼等は枇合的危又は反粧品閏的友根本概念に従って、粧品目階級
の代表者花て封立したのである。
四
枇舎化時代白強制カルテルは厳密には、一耽曾主義的諸政黛の丸首
1ガYであったと己ろの鏑山白『枇合化」、
すたはち私有白公有への特化を意味するものでは注かったが‘『公谷』の名に沿いて一種の粧台的管理下に告かん
ーとするものであり、いふと己ろ白『共同経済」的基礎のうへに立脚するものであった。一九一九年三月二十三日
白有名た枇合化法は、明かにかうした思想内容を誼ってゐるが、同じ日付で公布された石炭禁法長よぴ加里業法
位、まさし〈己の枇品目化法の嫡出子であった。それは八月一一十四日の施行細則によって最後の仕kげをうけた。
石茨hM
よぴ加旦に告ける戦後の強制カルテルは、だから従来に治けるが如く、組織白解樫や過度。競争といった
Beckerath, lbid, S. 19 ff. S. 2S ff. 5)
ゃうた純然たる経済的原閃にのみ基づ〈レものではた〈て、多分に政治的危性質を長びてゐるととを、われ
fkは
性意したければ左らぬ。
そも/¥強制カルテルの設立は、国家の権力による調占的地位白保障を意味する。それは取りも直さや、カル
テル向部白淋在的競争と外部のアウト・リイダ1の競争の排除を意味し、経済力白探用に陥る危険性の大きいと
止を語るものに外たら左い。従って園家がかうした私的国間に保障を興へる以
k、他方に沿いである程度の一段閥
、を加へねぽ友らぬととは、明かであった。岡家の統制といふととは、強制カルテルにとって必然的た最も貫要左
補足物一法白である。そしてそれは立法白中陀も充分陀窺はれるのだが、しかしだからといって家父長的た官僚主
義へり復闘であると見るぺ昔ではた〈、あくまでも強制的な濁占組織に劃する必要注調聴策企考へ在けれぽ一段ら
由。
E
Lでは加里を省略し、石茨についてのみ見る己とにしよう。
吐合化の嫡肉子である石炭強制カルテルは、如何たる機構よりたりたつのであるか。
耳正
ドイツ会闘を十一白地匝に分ち、各地問毎陀茨磁の所有者をして、石炭シY
ヂケ
石茨シンヂケlト
ートを結成せしめる。所定。時日までに結成を完了せざるときは、経桝大臣は命令によって設立せしめるととが
できる白石炭シンヂケ1ト但結成以後新たに炭磁の経皆を開始せんとするものは、間山茂可能と在ると同時忙、営
該決髄白所属する地匝の石茨シンヂケ
1トに加入し一たければた
ιぬロ
己主でわれ/¥の見逃してたらねととは、石茨一シンヂケ1ト白
一定の期間内に加入せざるム」昔位、経消犬
臣は命令によって加入せしめる己とができる。
業務執行機関告よぴ臆査委員舎に勢働者代表を必ヤ参加せしめる仕組陀たってゐる、といふ己とである。石茨シ
Vヂケ
1トの定款長よびそ白賛更は、会関石茨審議合
P紹可をうけなければ紅色白。たほEれらの石茨シンヂケ
掴制一刀ルテル再論
主六七
七五
務五十五巻
停五肱
W. Thoenes, Die Zwa:ngsyndikate im Kohlenbergbau und ihrc Vorg田 chichte1921 S. 55 ff.
強制カルテル持論
第五十五巻
五六八
俸五雄
七六
Eトのほか匹瓦斯コークス業にも強制カルテルが設立され売。
第
金園石茨聯合品開(同日官官E23EE)
石炭シンヂケ1ト、瓦斯コークス・シンヂケlト台よぴ茨磯所
有者として多数回石炭シyヂケ1下に加入する各支分聞は、杢図石茨聯合舎を組織するロ全国石茨聯合合は、各
石炭V
Yヂケ
IFの上にたち、モ白監督聖一泣寸機関であるo
す恕はち石茨の販寅干自家消費を庶腕し、シンヂケ
lトの一般的供給傑件を認可し、シシヂケ1トの提議忙封し、消費者の利害関係を勘案して、石茨の販喪債格を
決定し、かっとれを公表するのであるが、聯合舎の監査委員舎の申には茨磯業者長よぴ消費者代表が参加すると
とに友ワてゐる。
第
金園石茨審議台(同zrroEEE)杢Fイツ石炭業の最高の機関として‘金問石茨恭議舎が創設された。
審議合。議員は六十九名であつで、支分園の代表者、決磁・瓦斯工場・有茨販費等の持費代表者、消費者告よび
L
a
w
若干の技術的専門家白代表者より在る。
fn茨審議舎は、『共同経済」の原理に従ひ、政的の監替白もとに石決経済
を指導するととろのも白である。それは石炭白輸出入の統制にも開興する。石茨z
堺議舎は石茨聯合品問治よぴ石炭
シンヂケ
Iト白定款を認可する。石炭審議舎は石炭業に針し一般的基準を奥へ、特に不経情的競争を防止し、市
費者を保護すぺ骨樺利を有する。石炭審議合む中には三つ白専門委員舎が設けられてゐる。間茨麟技術経済専門
委員舎、例燃料使用技術経済専門委昌合、間車内俄枇合政策専門委員合。
石則前一業の最高の監替は、経済大臣己れを行ふ。経油開大臣は石炭審議台、専門委員合、石
茨聯合舎、シンヂケlトまたはそ白機関白あらゆる舎議に代理人を参加せしめる己とができる。代現人は
k記諸
機関の決議にしてそD権限を超え、法律に蓮民じ、または公共の踊祉を害するものと認めたときは、その迎由を
第四
政府の庶替
陳述して決議。放力主停止せしむべき抗議を提出するととができる。とれに封して、経済大臣は最終的な決定を
なす。粧品川大庄は、石炭審議曾沿よぴ石炭一聯合舎につ昔事情を聴取したる後、石炭梯合舎の決定した石炭の販賀
債格を引下げしめる己とができる。
以土これを要するに、枇合化時代に創設されたドイツ石炭業白統制機構は、その上部構浩として石炭審議曾と
石決聯合曾をもち、そして下部構造としてはライン・ウェ
1ス下フア
1リア石炭シシヂケlト以下十のU
Vヂケ
1トをもってゐるのであるが、己れらのシYヂケlトほ強制カルテルでるh
夕、しかも、それには持働者側の代表
者も参加してゐる拡に、大昔な特色を認めるととができる。しかし、強制カルテルとはいっても、政府四起草に
かLる定款が天降り的に一押しつけられたのではた〈て、茨麟業者たちによって作成されたも白であるか、乃至は
既成の定款が満期後に強制的に延長されたも白であった。ともあれ、われ
fkにとっての問題は皐在る機構その
も白では友く、機構の漣倍であり、統制の賢績でたければ在らぬ。しかるにとの舗に在ると、法的統制D賓際的
意義はあまり大したものでは泣かったといふほかはたい。己れ忙閲してわれ/¥は若干θ傾轄すべき批判をもっ
てゐる。そ白一つは一九三
O年に後表された『生産販寅事情調査委員曾」宗EFENEEZ忠臣官品向日同日高百咽
E白
〉
げ
EZFE宮ヨ唱ロ骨肉《WCPF251EV且【)の報品目書為。
Eれによって見ると、加里や石炭部門に長ける強制カルテルは、特別白岡中部殴腕のもとに立ってゐるにも拘ら
歩、カルテル的結合白不利をさけえ泣かったばかりで左〈、自由カルテルの長所を護揮したかった。とりわ行過
剰資本化や訣れる役資をさける賠に恥いて、明向に失敗であった。債格一決定白如何は、企業者・持働者および消
費者よりなる審議舎の責任であるべ雪だが、賞際民金いてはつねに経神大庄の責任に蹄してゐ台。そしてとの官
腐的注債格形成に針して、業者側の代表者は、それが景気鑓動に不自然な影響を及ぼしたとと、また政府の弁貨
政策によっ℃識者の負拾が増大したとと等をあげて、非難を加へてゐる。もちろん雇主と弁働者との関係は、賃
強制力ルテル再論
比帝王肱
第五十五巻
王六九
七七
Verhandlung:en und Berichce des Untersct.usses fur al1gemein~. Wirtschafts stniktur, 3, Arb叫 sg.・4Tcil K"Iortellpo且tki Ab~chnitt (Generalbericht) 1930 5.49 ff.
2)
強制カルテル再論
第五十王巻
五七
O
第五掠
-t;: F、
銀闘争以外D揚面に語いて-雨者白接近と提携を鷲らしたに蓮びないが、しかしモれは同一部門広島ける崎町資問。
利害の革連主明棺に意識せしめたといふにと
Eまり、一般の利害または他の部門の利害と相合致するも白では必
宇しも左かった。かくて強制カルテルに封する貨績批判はいきほひ消極的であるととを免れす、委員舎の意向は
そD
一般化に反封であり、例外の場合に沿いてのみ促進すぺ昔であるとの結論に到達したDでおった。
より犀利主批評を加へてゐる白はパッサウである。波のいふと己ろによると統制の重駒はもと
Eほりカルテル
に告かれてゐた。以前からカルテルの存在してゐたと己ろには、だいたいに・暑いて従来のやり方を賊襲し、た立
一段の裁展を見せたといふ程度にすぎなかった。品うして去の道管は相愛ら宇メンバ
Eの利盆本位であった。
『共同経済』的危見地に従つては行はれなかった。持働者代表をいれも凡己とは根本性格を獲化し左かった。カルテ
ル化の前提白存在したかったととろでは、悪くすると規定の言葉だけで満足するほかは友かった。個々白「シン
ヂケ
tト』はその寅厳密注意味のシンヂケlトではなかった。石炭の一販買が共同D替業所で行はれたわけでたい
からである。上部構造である石茨聯合合や石茨審議舎は、その賞際的意義にないでそれに捧げられたパラグラフ
白仰々しい数に封隠し左かったo
バッサウはか〈忌開白たい批評を浴びせた後、失の如〈にいってゐる。『シン
ヂケ
1トに謝する監督の貫際の京賄は経州大臣の手中にある。カルテルがそ白債格決定に告いて自由でたいとい
ふ事買は、むろん大き友意義をもつに相違泣い。しかし、とれほど煩雑左統制を加へ宇とも、債格白形成に射す
る園家D影響を導入する己とは、できたであらう』と。約言すれば、との統制方式によって達せられた程度のこ
とたら、必要注担額合に強制カルテルを設立する植限を経済大臣忙奥へただ貯で足りた白では古いかと。
ナチスが政植を獲得してから聞も註く、す左はち一九==一一年同月三十一日附で石炭禁法の改正が公布された。
己D改正によって全国石炭審議舎の議員数は六
O名か
ι一ユコ名に減らされたばかりでた〈、全閣石炭聯合舎や石
茨シンヂケ1トの現事白中から、持働者代表の理事は除外されることにたった。た留し、監組委員の中には依然
として弊働者代表が参加してゐる。
F国!:tow,耳artelle.S. 157 3)