viewing wassily kandinsky’s composition viii and making an

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大学美術教育学会 「美術教育学研究」第512019ɹ 209 1 大学美術教育学会「美術教育学研究」第51号(2019):209–216 ワシリー・カンディンスキー作『コンポジションVIII』の鑑賞と抽象画の制作 ―中学3年生における実践を踏まえて― Viewing Wassily Kandinsky’s Composition VIII and Making an Abstract Picture: an Exercise Involving ird-year Middle School Students 立原慶一 1 Yoshikazu Tachihara 1 [要旨]ફͷୈҰஈ֊ͷͰ൴Βʹײతͳײ߅ΛΒɻɼʹ׳ΕΜͰΕʹ฿Λ ߦୈೋஈ֊Ͱɼײඒज़׆ಈʹΔओͷΛΒऔΔ·ͰʹͳΔɻੜͰͲͷΑͳ ΠϝʔδͰʹ࡞औΓΜͷɻओҙඒతಛΒΔͱʹΑͷҙମݧతͳͷɼΕͱඇඒ తͳతಛ೦తಛΒΔͱʹΑඇҙମݧతͳͷɼΛΒʹɻඒతಛ 1 ճײ0 ճ ײडͳͲҐʹͱɼॳʹΔͷओѲҙମݧͱΕΔ߹ɼੜΧϯσΟϯεΩʔͷ ܗ๏ΒઢۂઢɼԁɼԁɼԁހͳͲͷҙతදݱͱɼը໘ͷଳΛૉʹͿͱʹΑɼͷ ӡʹҙମʹݧΑృΓΒΕͱΛΊɻ Abstract e first stage of the exercise using this material—viewing—did elicit some resistance at an emotional level. However by the second stage, when students became more familiar with the painting and set out to emulate it, emotion actually ended up usurping the main role in the art activity from the likes of intellect and perception. e kind of images they had in mind as they set about the task were clarified, i.e., whether it was an affective experience due to their thematic awareness consisting of aesthetic properties, or a non-affective experience due to it consisting of non-aesthetic perceptual properties, conceptual properties etc. It was found that for less able students such as those with a score of 0 or 1 instances of receptivity to aesthetic properties, when initial grasp of the work’s theme was divorced from affective experience, by learning from Kandinsky’s approach to design the affective expressiveness of lines, curves, circles, semi-circles, arcs and so on, and the regionalism of the picture plane, fortunately affective experience enabled a picture to be completed. [キーキー旨 ײతͳײ߅ɼҙମݧɼඇҙମݧɼҙతදݱɼଳ [Key  word旨 Resistance at an emotional level, Affective experience, Non-affective experience, Affective expressiveness, Regionalism [] 旨 1 ٶڭҭେʢMiyagi University of Educationʣ [受理旨 2018 12 25 1 はじめに ફͷجຊతͳΈɼٶڭҭେෟଐத ߍ3 4 Ϋϥε 141 2017 8 ʙ 9 ʹΧϯσΟ ϯεΩʔʰίϯϙδγϣϯ VIIIʱΛɼͷ ʹޙγΣʔϯϕϧΫͷԻΛ BGM ͱͳΒநըΛΔɻຊߘͱʹ൴ΒɼΛతʹ୳Γײ ΓΔ໘ͰɼҰମͲͷΑͳϫʔΫγʔτ Ͱల։ΕΔͷɻΕΒΛ౿·ऴతͳͷ ໘ͰɼͳΔײҙਤΛओͱΠϝʔδΔͷ ʹணɼͷҼՌΛ୳Ζͱɻʹซ ΛߦΘΔͱɼຊઃఆͷ༗Λݕ Δɻ ΧϯσΟϯεΩʔنʹΑΔઢɼԁɼԁɼ ԁހɼάϥϑΒͷͷزԿతͳਤܗɼը໘ʹ ڱͱΕΔͳͲɼతܗ৭ೱ৫Γ·ࠐΕ ΔɻͷΊݟΔʹɼͷतۀ ߍ׆ओͱΕͷͰͳɼͱͷҹΛ༩Δɻ ͷΛ౿·ɼʹΧϯσΟϯεΩʔ ෩ͷͳΕΔதͰɼલͷѲͷޙͷ ׆ಈʹͲͷΑʹөΕΔͷɻΕಋखͱͳɼ ओͱҙΕΔͷՌඒతಛʢशཁͷදʹهΔʮ໘നɼΑඒʯ ͳʮඒతಛʯʣͳͷɼΕͱඇඒతͳ తಛ೦తಛͳͷɻ൴ΒʹΔͷਫ ४ΛݟצҊͳΒɼͷӨڹͷΈͱ߹ ΘΕΔͱʹͳΔɻҰ࿈ͷٴͼ׆࡞ಈʹɼ ΕΕಉҟͳओΛײडΓɼҙ ΓΔଶͷΈ߹Θͷม༰ʹணΔɻͰ ಉͷͱޓʹಉඒతಛɼඇඒతಛͰڞΔ߹Ͱɼҟͳͱඒతಛͱඇඒతಛͱ ෩ʹΫϩεɼ૬ʹޓҧੜΔ߹ͰΔɻ

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大学美術教育学会 「美術教育学研究」 第51号 2019年  209

1 大学美術教育学会「美術教育学研究」第 51号(2019):209–216

ワシリー・カンディンスキー作『コンポジションVIII』の鑑賞と抽象画の制作―中学3年生における実践を踏まえて―

Viewing Wassily Kandinsky’s Composition VIII and Making an Abstract Picture:an Exercise Involving Third-year Middle School Students

立原慶一1Yoshikazu Tachihara1

[要旨] 本題材実践の第一段階の鑑賞では彼らに感性的な抵抗感をもたらした。だが,作品に慣れ親しんでそれに倣う制作を

行う第二段階では,感性が美術活動における主役の座を知覚や知性から奪い取るまでになっている。生徒はそこでどのような

イメージで制作に取り組んだのか。主題意識が美的特性から成ることによって制作の性格は情意体験的なのか,それとも非美

的な知覚的特性や概念的特性から成ることによって制作は非情意体験的なのか,を明らかにした。美的特性 1回感受組や 0回

感受組など能力低位者にとって,当初における作品の主題把握が情意体験とかけ離れている場合,生徒はカンディンスキーの

造形法から直線や曲線,円,半円,円弧などのもつ情意的表現性と,画面の領帯性を素直に学ぶことによって,制作の性格が

幸運にも情意体験によって塗り上げられたことを確かめた。

Abstractt] The first stage of the exercise using this material—viewing—did elicit some resistance at an emotional level. However by the second stage, when students became more familiar with the painting and set out to emulate it, emotion actually ended up usurping the main role in the art activity from the likes of intellect and perception. The kind of images they had in mind as they set about the task were clarified, i.e., whether it was an affective experience due to their thematic awareness consisting of aesthetic properties, or a non-affective experience due to it consisting of non-aesthetic perceptual properties, conceptual properties etc. It was found that for less able students such as those with a score of 0 or 1 instances of receptivity to aesthetic properties, when initial grasp of the work’s theme was divorced from affective experience, by learning from Kandinsky’s approach to design the affective expressiveness of lines, curves, circles, semi-circles, arcs and so on, and the regionalism of the picture plane, fortunately affective experience enabled a picture to be completed.

[キーキー旨 感性的な抵抗感,情意体験,非情意体験,情意的表現性,領帯性 [Key  word旨 Resistance at an emotional level, Affective experience, Non-affective experience, Affective expressiveness, Regionalism [] 旨 1宮城教育大学(Miyagi University of Education) [受理旨 2018年 12月 25日

1 はじめに

本題材実践の基本的な枠組みは,宮城教育大学附属中学校 3年生 4クラス 141名が 2017年 8~ 9月にカンディンスキー作『コンポジション VIII』を鑑賞し,その後にシェーンベルクの音楽を BGMとしながら抽象画を制作する。本稿はとくに彼らが,作品を知的に探ったり感じたりする場面で,一体どのような議論がワークシート上で展開されるのか。それらを踏まえて最終的な制作の場面で,いかなる情感や意図を主題としてイメージするのかに着目し,その因果関係を探ろうと思う。鑑賞に併せて制作を行わせるという,本題材設定の有効性を検証する。カンディンスキー作品は規矩による直線,円,半円,円弧,グラフらしきもの等の幾何学的な図形が,画面に所狭しと配されるなど,数学的造形が色濃く織り込まれ

ている。そのため見る者に,あたかも数学の授業や学校生活が主題とされたのではないか,との印象を与える。こうした作品の鑑賞を踏まえて,次にカンディンスキー風の制作がなされる中で,事前の作品把握がその後の活動にどのように反映されるのか。それが導き手となって,主題として意識されるのは果たして美的特性(学習指導要領の表記における「面白さや楽しさ,よさや美しさ」が身近な「美的特性」)なのか,それとも非美的な知覚的特性や概念的特性なのか。彼らにおける鑑賞能力の水準を見届け勘案しながら,その影響の仕組みと度合いが問われることになる。一連の鑑賞及び制作活動において,それぞれ同質もしくは異質な主題を感受したり,意識したりする事態の組み合わせ方の変容に着目する。ここで同質の関係とは互いに同じ美的特性,非美的特性で共通する場合で,異質な関係とは美的特性と非美的特性という風にクロスし,相互に違いが生じる場合である。

210  ーシリキ・カンディンス[キ作『コンポジションVIII』の鑑賞と抽象画の制作

本稿で鑑賞能力は以下の通り,定義づけとともに数値化されることになる。それは生徒が作品の造形的特徴の美的特性を形容語で述語づけ,美的に感受しえた回数をカウントすることによって,序列化される。鑑賞能力はこのように概念規定され評価されるが,それには鑑賞体験の実態を分析し,差違化するための物差しとしての役目を担わせる。第一にワークシートに記された当初の印象と,その後における作品の主題把握の中身を互いに見比べる。抽象画を初めて対象にした場合,鑑賞能力が順次どのように発揮されるのか。その関連性を調査してみる。本題材における第一印象と,主題の把握状況の連携関係に見られる,パターン的特質を考察しようと思う。第二にカンディンスキーの作品把握を前提として,音楽を聴きながら自前の抽象画的制作が色鉛筆によって同じワークシート上になされるが,生徒はそこでどのようなイメージで取り組んだのか。主題意識が美的特性から成ることによって制作は情意体験的なのか,それとも知覚的特性や概念的特性からできることによって非情意体験的なのか,を明らかにする。あくまでも生徒の基本的な能力差をしっかりと見据え念頭に置きつつ,情意体験が成就したのか否かの観点から,カンディンスキー抽象絵画における鑑賞と制作の因果関係を解明したいと思う。

2 美的特性の感受

カンディンスキー作『コンポジション VIII』を生徒に鑑賞させることによって,画面から第一印象が露わにされるのを目論む。それは絵との対話の切っ掛けとなる。彼らがその美的特性を述語づける際に,感じ方が美的賓辞(形容語)によって言い表されることになる。言葉を選択させていくことによって,造形の読み取りが深まるのである。次に,生徒によってワークシート上に記された,美的賓辞をすべて書き出してみよう。・作品の第一印象

角々した 濁っている 規則的でない 温かい グラデーションがある ごちゃごちゃした 図形は単純な 背景は統一的 図形が重なり合って複雑そうな カラフルな ぼやけた 部分的には異様に暗い モノトーンな 対比的なところがある 優しそうなところもある 広がりと密集がある ランダムな はっきりとした形 対照的な色使い 色のコントラストが激しい 賑やかな じんわりとした 決まった(的確な) 形がない 中心に集まったかのような(中央に集中した) ぼやけた とげとげした

作品の第一印象を形容語で言い表すことによって,生徒の 141名全員が作品を美的(感性的)に味わっている様を確認できた。その後,鑑賞者には情感を絵の主題と

して,感受することが期待された。しかし作品の把握法は過半数が非美的な知覚的特性や,概念的特性に浸透されてしまっている。・作品の主題把握

〈非美的な知覚的特性〉

数学の世界 数学のノート 図形 崩壊 破れ 自然(太陽と山並み) 音(個々の) 日常的風景 都会生活 学校生活 夢の世界 街並み 音楽世界 現世 天候の変化 自然と都会の混合 都市の朝焼け

〈非美的な概念的特性〉

向上心 宇宙

〈美的特性〉

迫力のある わかりにくい 一体感 面白い 柔らかいメージ 落ち着きがない バラバラに散らばった おしゃれな 不思議な印象 楽しそうな 陽気な 鮮やかな バランスの採れた 無機質的な 機械的な 自由な 謎めいた 躍動感 人工的な 迷ったような まとまりのない 騒がしい 混乱した 流動感 激流 かっこよい 不思議な 飽きのこない 決められた(定型的な) 元気な 存在感 リズミカルな 鋭い感じ 無造作な 奇想天外さ 目覚めの悪さ 喜怒哀楽の感情 変容的心情 混じり合った心情 飛行感 自由さ 吸い込まれるような感じ 邪悪な ごちゃごちゃした感じのパレット カラフルな 苦悩(に満ちた) 暗い心情 溌剌としたダンス いらいら感 複雑な心 怒りの心情 嫌悪感

既述のように造形的特徴から,第一印象として美的特性を何回感受したのかによって,鑑賞能力を序列化することができる。多い順から 4回,3回,2回,1回,0回と並べる。能力差を基準として彼らがカンディンスキー作『コンポジション VIII』を鑑賞して,美的特性を主題として感受しえたのか否か,について調査してみる。1)4回感受組(2名)

美的特性の主題感受 0 0.0%非美的特性の知覚 2 100.0%

2)3回感受組(25名)

美的特性の主題感受 18 72.0%非美的特性の知覚 7 28.0%

3)2回感受組(45名)

美的特性の主題感受 24 53.3%非美的特性の知覚 21 46.7%

4)1回感受組(38名)

美的特性の主題感受 15 39.5%非美的特性の知覚(無記載も含む) 23 60.5%

5)0回感受組(31名)

美的特性の主題感受 9 29.0%非美的特性の知覚(無記載も含む) 22 71.0%

4回感受組は高位能力者であるにも拘わらず,なぜ情意的体験に導かれなかったのか。その点が不可解である。所属人数は 2名と極めて寡少なので,例外扱いとなる。

大学美術教育学会 「美術教育学研究」 第51号 2019年  211

3回感受組は主題をめぐって 72.0%,2回感受組は53.3%,1回感受組 39.5%,0回感受組 29.0%と数値が示すように,鑑賞能力の低位化とともに主題に対する美的感受の比率が,なだらかに低下している。第一印象を美的特性として感受できた回数は,鑑賞能力を序列化するための指標であるが,それと主題を美的特性として感受できた人数は,見事に正比例するのである。上記の図表からは,美的特性を作品の第一印象として数多く感受した者ほど,主題を美的特性として順当に感受した事情が分かる。こうした脈絡の中で,主題把握が高位能力者を中心に全体の約過半数以下(46.8%)の生徒によってしか,情意体験風になされなかった。やや大がかりに起こっている非美的な事態を打開するかのように,題材実践の第二段階としてカンディンスキーに倣った抽象画的制作が設定される。それが情感的なインパクトを回復するための契機となることを期するのである。その際,制作環境を同一に整えるために,カンディンスキー自身が本作品を描いたとき聞いたとされる,シェーンベルクの音楽がBGMとして流される。かくて抽象画における鑑賞と制作に,脈絡上,整合的な効果がもたらされることになる。そうした手続きによって非美的な知覚的特性や概念的特性の把握に向かってしまった鑑賞行為に,感性的(情意的)な気づきや方向転換を企てるのである。結果的にカンディンスキーの作品を参考にした,抽象画的制作法が効を奏した。主題を美的特性として感受できなかった者であろうとも,自己の抽象画の制作で主題を情感として意識し,それを造形化することができたのである。〈抽象画の主題としての美的特性〉

硬いとふわふわの感じの両方(対比) 幸福感 盛り上がる感じ 開放感 緊迫感 華やかさと寂しさの両方(対比) はじけ飛ぶ感じ 暗く鋭い感じ 悲しみ 困惑感 広がる感じ 自由気ままな感じ 音色の豊かさ 派手で明るい 危機感 柔らかさと強さの感じの両方(対比) 調和感 束縛感のなさ 切迫感 クライマックス感 はねているような 激しさとなめらかさの両方(対比) 落胆感 緩やかな 振動感 明るさと悲しさの両方(対比) 波の揺らめき感 楽しい感じ 動き流れる感じ 優雅な 喜びと悲しみの両方(対比) 絡み合った感じ 変わりゆく感じ 緩急感 怒り変化の迫力感 リズム感 壊れ破れる感じの激しさ 静寂感 強弱感 不規則感 丁寧さと乱雑さの両方(対比) 渦巻き感 変化の激しさ 柔らか感 ゆったり感 対照的な 殺伐感 つながっている感じ 抑揚感 躍動感 複雑な いらいら感 シャープな感じ 動揺心 葛藤心 鼓動感 クレッシェンドな

〈抽象画の主題としての知覚的特性〉

街並みを歩く人々 迫り来る負の情感 音の高低とテンポ 音の重なり 音の強弱 海のような 波のような 波の音のような 流れのような 風のような 穏やかさときつさの境界 舞台での踊り 踊っているような 開花寸前 昼間から夜へ 力の拮抗 光の降下 疾走 音の変化 朝の光 春 合奏 広がり

〈抽象画の主題としての概念的特性〉

侵入者 隠された真実 逃亡者 思っていること 悪魔の忍びより 初心 美しい死 衝突 心の錯綜 全体的な心 迷い つまらない社会 クラシック音楽観 戦い 正義と悪の戦い 宇宙 冒険心 境界線 隠された真実 救済 追究心 恋心 悪の接近 プラス感情とマイナス感情の合体 結末 舞踏会 怪獣のパーティ 引きこもり 逃げる女王

2-1]4 回感[組(2名)

生徒が『コンポジション VIII』を鑑賞して絵の主題として,把握したことを記す局面(前項)と,続いてカンディンスキー風抽象画の制作で主題を意識し造形化する局面(後項)に着目して,鑑賞と制作との間で主題の趣旨がどのように移行するのか,その様相を調べてみる。

美的特性の主題感受→美的特性の主題意識 0 0.0%美的特性の主題感受→非美的特性の主題意識 0 0.0%非美的特性の知覚→美的特性の主題意識 2 100.0%非美的特性の知覚→非美的特性の主題意識 0 0.0%

「非美的特性の知覚→美的特性の主題意識」は,所属者が一番多い項目で 100%を占めているが,それを本グループの代表的な項目と見なすことができる。この項目には本題材の全四項目中,141人中最も多くの生徒 40

名が所属した。4回感受組は鑑賞能力が最高レベルにランクされるグループである。それにも拘わらず,彼らがカンディンスキーから,主題として非美的な知覚的特性しか把握できなかった点が,気になるところである。ただし自己作品の制作で,美的な主題意識を発動させることには見事に成功している。次に具体例を検討していきたい。「非美的特性の知覚→美的特性の主題意識」・身の回りの風景→音が重なる感じ,強弱感(図 1)主題を把握する場面で,安直にも円が太陽,半円の重なりが虹,三角形が山に見立てられた。この種の見立て行為に邁進するあまり,ワークシートの文面には美的感受を根拠づける美的賓辞が一切見当たらなかった。しかしカンディンスキーに倣った抽象画の制作に際しては,美的特性を主題として意識し造形化に見事に成功している。図形はすべて規矩によることなく,フリーハンドで描かれている。渦巻以外の直線,曲線,円,三角形はカンディンスキーの作品を踏襲している。図形の配置が局所的でなく,領帯的であることも当該作品から学んだことを窺わせ,「協和的」という美的特性によって貫かれた,制作が完遂したものと思われる。ここで領帯的(regional)とは色や形が構造化されて全体的に構成された状態のことであり,局所的(local)とは個々の同質的な形や色が存在しているだけの状態の謂

212  ーシリキ・カンディンス[キ作『コンポジションVIII』の鑑賞と抽象画の制作

いである 1。美的特性をもちうるのは複合的なデザインのみであって,後者はそれを発揮しえないのである。このグループでは当初における主題把握の局面で,知覚化や概念化など非情意的体験の方向に流れすぎた。だが,その後における主題表現の場面で,生徒 2名は美術活動に本来的な情意的体験に揺り戻されたのである。

2-2]3 回感[組(25 名)

美的特性の主題感受→美的特性の主題意識 3 12.0%美的特性の主題感受→非美的特性の主題意識 15 60.0%非美的特性の知覚→美的特性の主題意識 4 16.0%非美的特性の知覚→非美的特性の主題意識 3 12.0%

「美的特性の主題感受→非美的特性の主題意識」は,所属者が一番に多い項目で 60.0%を占めているが,それを本グループの代表的な項目と見なすことにする。ちなみにこの項目には 141人中 34名が所属し,本題材の全四項目中,二番目に多かった。先に見た 4回感受組は能力的に最高位にあるが,不本意にも絵の主題感受の場面で本来の能力を発揮できなかった。そもそも所属人数が寡少のため,理論的成果をもたらすべき資料とはならない。そうした中にあって,3回感受組には 25名が所属しているため,理論化のためのデータとして有力となる。かくて 3回感受組は本研究において実質上,能力的に最高レベルに位置づけられることになる。彼らにあって,カンディンスキー作品からせっかく主題として美的特性を感受したものの,自己作品の制作では非美的な知覚的特性しか主題として意識できないでいる。抽象画の創作行為そのものが非情意的経験の方向に作用したのであろうか。絵画観がしっかりと培われていればいるほど,目新しさの感のある抽象画の制作に,戸惑いの念を抱かせ混乱させたに違いない。次に具体例を検討していきたい。「美的特性の主題感受→非美的特性の主題意識」・渦巻く諸感情→宇宙のイメージ(図 2)生徒はいろいろな図形が,画面にちりばめられていることからそれを人間感情と見なし,あたかもそれらが渦巻いているかのような感じを作品から受けた。その後の制作では,「この曲全体がとてもゆったりしているので,曲線にしてなめらかな感じを出した。また夜空を旅しているような感じがあったので,宇宙のようなイメージで描いた」。制作途上で,なめらか感という美的特性をせっかく絵の主題として意識したものの,最終的には,宇宙という概念的特性を主題として表現したことになる。作風が局所性に陥るとともに,星印を入れるなど具象的な描写傾向の絵になってしまった。その理由はカンディン

スキーの作品を美的に感受できたものの,それから画面の領帯性を学べなかったからだと思われる。・バランスの採れた人間関係→冒険心(図 3)作品の主題把握の場面で,生徒は「人間関係をバランスよく保つために,自分を節制して生きる作者が想像できる」と書き,人のつながりが均衡の採れた様子を主題として把握した。続く制作では,「周りへと流れ出るカラフルなソフトクリームのようなものは,冒険者と協力者を表している。人生を一つの冒険だとすると,たくさんの協力者が必要だと思ったからである。苦労や苦難を黒で表した。余白を残すことで,冒険もまだ道半ばだということを表現した」。作品には中心が認められ,強い局所性を印象づける。しかし見立てるための具象物が描かれず,不定形形象(アンフォルメル)で埋め尽くされることで,わずかに情感が漂わされているのが,唯一の救いである。カンディンスキーの抽象的造形法に認められる画面の領帯性を学んでいれば,遺憾ながら主題を概念的枠組みとして意識することはなかったと思われる。・都会の騒がしい感じ→穏やかさときつさの境界線(図 4)生徒は都会の騒がしい感じを絵から主題として感受した。その後の制作では,「シェーンベルクの音楽に,穏やかな感じときつい感じが波みたいにあったから,川を境目として考えた」のである。作品では境界線が具体的に図示されている。カンディンスキー抽象画に独自なものと認められる画面の領帯性に気付いていれば,主題を概念的枠組みとして意識しなかったのである。かくて生花などの具体的描写に,走ることはなかったに違いない。・喜怒哀楽の感情→隠された真実(図 5)生徒は「図形が喜怒哀楽の心情を表していると思った」という。鑑賞で情意的体験を味わった点は高く評価できる。しかしその後の制作では「いばらに隠された真実」を主題とするなど,脈絡の全くない概念的特性を強く意識してしまった。遺憾にも,カンディンスキーの抽象的造形法から画面の領帯性を学ぶことなく,濃厚な局所性に失した感のある図解化がなされてしまったのである。・良心と悪意の交錯感→逃げる女王(図 6)左上の大きな円はダークな心,三角形は尖った心,いくつかの円は良心,グラフ状の形は迷いを表していると語り,造形的特徴から隠喩的に内面感情を主題として感受している。しかしその後の制作では,脈絡の全く希薄な「逃げる女王」をイメージし,概念的な性格が強いものを主題として意識してしまった。作風は部分調和性を留めるものの,局所性の高い図解化がなされることによって,美的特性が本格的に実現されずに終わった。・目覚めの悪さ→広がり(図 7)

大学美術教育学会 「美術教育学研究」 第51号 2019年  213

生徒は「背景に何も描かれていないところから,朝日っぽいなと思った」。「円が多めに描かれていることから,そこに作者の眠たさを感じる」。「何かが弾けているような感じで,その中に残る暗い色から目覚めの悪さ」を絵の主題として感受した。主題の把握では情意性を主軸に据えたものの,次なる制作ではそれを働かせることなく,単に「音楽の広がりを描いた」にすぎない。主題として「広がり」という知覚的特性しか意識されず,ワークシートに「広がり」を形容する美的賓辞は認められなかった。・いらいら感→恋心(図 8)「柔らかい曲線が奥にいくにつれ直線に変ったり,図形が角張ったりしている。さらに心の中心としての丸いやさしさに赤や黒のとげが突き刺さったようで,いらだちの感情が発生したことを表している」。ヘルメレン分類法の中でも「反応特性」に組み入れられる,美的特性 2が主題として直観的に把握されていることが分かる。その後の制作では突如として「恋心」という,概念的特性が何の脈絡もなく主題として意識されてしまった。カンディンスキーの抽象的造形法から画面の領帯性を学ぶことなく,作品はズバリ直喩的な図解に陥っている。・良心と悪意の交錯感→悪の接近(図 9)「ごちゃごちゃしていろいろな心があるが,作者はとくに良心と悪意が絡み合った感じを表したかったと思う」と述べ,緊密に結び合わされたという美的特性が主題として感受されている。その後の制作では,「悪の接近」という極めて概念性の高い枠組みが,主題として意識されてしまった。前例と同じように,カンディンスキーの抽象画から画面の領帯性を学ぶことなく,作品は概念的特性を局所的に図解することに留まっている。このグループは絵の主題把握にあってはせっかく情意的体験に満ちていたのに,主題表現では打って変わって遺憾にも知覚化や,概念化などの非情意的体験の方向に流されてしまった。制作では,カンディンスキー作品のもつ画面の領帯性など直前の美的感受を裏付けた,造形的特徴がことごとく見失われてしまった感がある。

2-3]2 回感[組(45 名)

美的特性の主題感受→美的特性の主題意識 15 33.3%美的特性の主題感受→非美的特性の主題意識 9 20.0%非美的特性の知覚→美的特性の主題意識 9 20.0%非美的特性の知覚→非美的特性の主題意識 12 27.7%

「美的特性の主題感受→美的特性の主題意識」は,所属者が一番多い項目で 33.3%を占めているが,それを本グループの代表的な項目と見なすことができる。この

項目には 141人中 32名が所属し,本題材の全四項目中,三番目に多かった。能力が高位にある 4回感受組や 3回感受組では,鑑賞と制作が共通の美的特性によって,意外にも全面的な形で浸透されているわけではいなかった。美的行為は両活動で成就したりできなかったり,それぞれちぐはぐな様相を呈した。それに対して,2回感受組では一連の美術活動が全面的に美的特性に貫かれ美術教育上,理想的な形を呈している。なぜ能力的に高位にある 4回感受組や3回感受組ではなく,能力が中位にある 2回感受組で,美的特性が作品から主題として強く感受されるのか。且つまた制作でそれが主題として意識されるのか。次に具体例を検討しながら,その理由を探ってみたい。「美的特性の主題感受→美的特性の主題意識」・楽しい生活→柔らかいイメージの旋律(図 10)主題把握の場面で,「作者が半円を多く使うことで楽しそうな雰囲気がよく出ている。それもスキップのような楽しさの感じである」と記した。その後の制作では,「シェーンベルク音楽の特徴である柔らかさをイメージした」と書いた。この生徒の場合,鑑賞と制作の両場面で図形を直喩的ではなく隠喩的に把握するなど,主題の美的な性格は幸運にも変わることがなかった。一連の美術活動は美的特性によって全面的に貫かれていることが分かる。・賑やかな→優雅な(図 11)この生徒は「賑やかで自由な様子」を絵の主題として感受し,その後「優雅で流れるようなイメージ」で抽象画を制作したという。画面は自由気ままな曲線と,フリーハンドで描いた 6個の三角形を組み合わせた,2個の形からできている。作品はカンディンスキーの抽象的造形法における三角形や曲線のもつ情意的表現性と,画面の領帯性によって塗りあげられている。・ 暗い気持ちと明るい気持ちの交錯感→陽気な雰囲気(図 12)「いろいろな形や色が使われているので,常に変化するものを想像して描いていると思いました。とくに明るい色では明るい気持ち,暗い色では暗い気持ちなど,人の心を表していると思いました」。この生徒はカンディンスキーの絵画に対して,見事にも隠喩的な把握法を実践している。その後の制作ではとくに,「明るい雰囲気」を目指して描いたという。それは画家の抽象的造形法が土台となっており,情意性が豊かに醸成されている。・喜怒哀楽の感情→暗い雰囲気(図 13)生徒は「喜怒哀楽の感情」を主題として感受し,その後の制作ではとくに「暗い雰囲気」をイメージして造形

214  ーシリキ・カンディンス[キ作『コンポジションVIII』の鑑賞と抽象画の制作

化した。地味に彩色された曲線や直線からなる情意的表現性と,画面の領帯性はカンディンスキーの抽象画から学んでいるといえよう。・ 怒り,悲しい,嬉しい,楽しい感じ→人間関係における困惑感(図 14)生徒によればこの絵は主題として「怒り,悲しみ,嬉しさ,楽しさの感情を表している」。その後の制作でも「生活していく中で,人間関係における困惑感」を主題として意識し,造形化している。この生徒の美術活動は理想的にも鑑賞でも,制作でも情意的体験に導かれている。・飛行感→危機感(図 15)この生徒は絵から「飛んでいる感じ」を主題として感受し,その後の制作では「危機が迫っている感じ」を主題としてイメージして表している。それも危ない感じをカンディンスキーのようにハードではなく,ソフトなフォルムからなる組み立てによって,造形化している。その点に独自性がある。このグループの特徴としては,幾種類もの図形を現実世界に存在する事物として見立てるなど,直喩的な姿勢を一切採っていない。それとは違った方法によって多様な感情を想起させた点にある。いわば隠喩的・詩的な把握法に貫かれていることによって,美術活動にとって本質的な情意的体験が成就されたものと思われる。能力高位者である 3回感受組は抽象画的制作に対する違和感を引きずっているあまり,抽象的造形法を情意的体験によって統括できなかった嫌いがある。しかし 2回感受組という鑑賞能力的に中位レベルの者にとっての強みが,ある意味で発揮されたのであろう。彼らは美術作品に対する経験の積み上げによる習熟に自信をもつこともなく,広く美術という見方を優先しつつ,ことさらに抽象画であることを意識しなかったに違いない。彼らにとって美的特性は,具象画であろうと抽象画であろうと分け隔てることなく,それらの造形的特徴から感受されたのである。また制作では形や色の情意的表現性が造形的秩序として活用されたのである。

2-4]1回感[組(38 名)

美的特性の主題感受→美的特性の主題意識 7 18.4%美的特性の主題感受→非美的特性の主題意識 8 21.1%非美的特性の知覚→美的特性の主題意識 14 36.8%非美的特性の知覚→非美的特性の主題意識 7 18.4%非美的特性の知覚→無記載 2 5.3%

「非美的特性の知覚→美的特性の主題意識識」は,所属者(生徒全体で 141人中最多の 40名を数える)の一番に多い項目で 36.8%を占めているので,それを本グループの代表的な項目と見なすことにする。後述するが,

続く 0回感受組においても同様に,一番に多く 35.5%

を占めている。本項目への所属者は作品に慣れ親しみ,カンディンスキーに倣った制作を行うことによって,情意的体験を見事に達成している。すなわちカンディンスキーの作品鑑賞において,非美的な知覚的特性しか把握できないレベルの者が,自己作品の制作において主題意識としての美的特性に,劇的に辿り着いている。その様相を1回感受組と続く0回感受組について見ていきたい。・ 今の世の中→すべての音がしっかりと結びついている感じ(図 16)「中心に大きな三角形が描かれていることから,それを中心に様々な世界が広がっていることを表している。多様な図形が横の方向から挟まっていることから,世界は複雑に組み合わさってできていることを,表していると思った」。生徒は図形をことごとく直喩的に把握し,現世の様子として見立てている。しかし続く制作では,「円が三角形で結ばれているのは,すべてはしっかりとつながっているという感じに基づいている」と語り,ヘルメレン分析美学において「形態特性」と命名される美的特性が,絵の主題として意識されている。それは「すべてが緊密に結びついた」という美的賓辞に他ならない。・ 何らかの音を出している街並み→波がゆらめいている感じ(図 17)「直線が物音を表すというふうに,図形は感情ではなく物や音を表現していると思う」とはっきりと述べ,カンディンスキーは図形によって自然物象を直喩的に見立てようとしている,と考える。生徒はこのように非美的な知覚的特性として絵の主題を把握している。続く制作では翻って情意性に目覚め,美的特性である「波がゆらめいている感じ」を主題として意識して,描こうと思ったという。その感じがうまく造形化されている。・ 宇宙→柔らかい感じの音楽に,時として強い感じの音楽が交錯する感じ(図 18)生徒はいろいろな図形を宇宙にある惑星のように見立てた。そこで主題は非美的な知覚的特性として把握されている。しかしその後の制作では情意的体験に目覚める。柔らかい感じの音楽に,あたかも強い音が鋭く突き刺さるかのような,交錯感が印象的である。そうしたインパクトを主題意識として表そうとしたという。・音楽生活→クレッシェンドな感じ(図 19)生徒は絵から音楽に囲まれた日常生活を主題として把握したが,それが概念的枠組みに縛られているのに変わりはない。その後の制作では,気持ちを情意的体験の方向に切り替え,幸運にもクレッシェンドと流れる音楽の感じを,絵の主題として意識し造形化した。

大学美術教育学会 「美術教育学研究」 第51号 2019年  215

2-5]0 回感[組(31名)

美的特性の主題感受→美的特性の主題意識 7 22.6%美的特性の主題感受→非美的特性の主題意識 2 6.5%非美的特性の知覚→美的特性の主題意識 11 35.5%非美的特性の知覚→非美的特性の主題意識 7 22.6%非美的特性の知覚→無記載 4 12.8%

「非美的特性の知覚→美的特性の主題意識」は,所属者が一番に多い項目で 35.5%を占めているので,それを本グループの代表的な項目と見なすことができる。それは体験が 1回感受組及び 4回感受組の場合と,共通な組み合わせ方からなる項目である。本項目への所属者も作品に慣れ親しみ,カンディンスキーに倣った制作を行うことによって,情意的体験を成就している。次に具体例を検討していきたい。「非美的特性の知覚→美的特性の主題意識」・日常生活→音楽の躍動感(図 20)「画面やや左側にある青い三角形が山,中央部にある大きく尖った三角形がアンテナ,多数の円は星のように見えた」と語り,主題の把握において自ら行った見立て行為を,当然のこととして自覚している。この生徒は日常生活が図形によって直喩的に表現されていると考えたようだ。続く制作では,意外にもこれら非情意的体験を払拭し,一転して「音楽の躍動感」を主題としてイメージした。カンディンスキーの抽象的造形法から直線や三角形,ぼかしのもつ情意的表現性と,画面の領帯性を素直にも学んだことが作品から窺われる。・天候の変化→揺れる感じ(図 21)当該生徒は「天気の移り変わり」という知覚的特性を主題として把握した。それが非情意的体験に彩られていることに変わりはない。続く制作では,「一つの大きな図形が水の中に浮き,風で揺れている感じ」を主題として意識して描いている。それは画面が領帯的かどうか,という点で問題を残すのだが,幾種類もの円と円弧が緊密にまとまった感じの美的特性と見なすことができる。カンディンスキーの抽象画から主題を直喩的に把握する方向ではなく,円や半円,円弧,直線など幾何形態が有する情意的表現性を学んだものと思われる。・私たちの生活→変化の迫力(図 22)「一番大きな円が太陽のようで,山やタワーをはじめとする日常光景の周りを眺めながら,日々生活する私たち自身を表している」と述べ,この生徒はモチーフを具体物にたとえるなど,直喩的な見立て行為に走っている。ワークシートの文面には美的賓辞が一切現れず,非美的な知覚的特性が主題として把握されていることが分かる。しかしその後の制作では「最初は暗いムードだけど,

迫力を増す場面から曲が再び始まるのでギザギザにした。後から曲が明るくなったので,大きな丸を描き入れた」という。曲想の変化に伴う迫力を美的な主題として意識し,造形化したようだ。・風景→怒りと笑いの交錯感(図 23)生徒は「筆みたいな図形が描かれているので,作者が絵を描きながら外を見たときの頭の中の様子かと思った。真ん中にある三角形が山で,左上の黒と紫の円が太陽で,目で見た風景を図形で表していると思った」と記し,見立て行為の中身をそれぞれの具体物に,整然と対応させている。絵の主題は紛れもなく,非美的な知覚的特性として把握されている。しかしその後に続く制作では,カンディンスキーの抽象画に特徴的な曲線のもつ情意的表現性と,画面の領帯性が好学的に踏襲される。そのお陰で「怒ったり,笑ったりする感情が入り混じった」心情を,主題として意識し造形化できたのではなかろうか。

3 まとめ

ワークシートに記された第一印象と,作品の主題が造形的特徴から美的特性として把握できたか否か,という視点から互いに見比べた。そうすることによって抽象画を対象とした場合も,鑑賞能力が強い規定性や関連性をもちながら,序列化通りに発揮されたことが明らかとなった。3回,2回感受体験組の高・中位能力者は作品を美的に感受することで,情意的体験に成功している。本題材をめぐる鑑賞と制作の連携関係的な特徴としては,4回感受組では「非美的特性の知覚→美的特性の主題意識」,3回感受組では「美的特性の主題感受→非美的特性の主題意識」,2回感受組では「美的特性の主題感受→美的特性の主題意識」,1回感受組では「非美的特性の知覚→美的特性の主題意識」,0回感受組では「非美的特性の知覚→美的特性の主題意識」がそれぞれ一番数多く,各グループを代表する項目であることが判明した。それら全四項目のなかでもとくに,「非美的特性の知覚→美的特性の主題意識」は生徒全体で 141人中最多の40名に達するとともに,4回組,1回組,0回組の全 3

グループの代表的項目でもある。本題材実践を特徴づける美術教育上,有意義な項目として存在していることが分かった。カンディンスキー作品はマス・メディアのレベルで,宮城県立美術館のメイン・コレクションであると知らされている。とはいえそれは日常生活上,生徒にはなじみが深いとは言いがたい。

216  ーシリキ・カンディンス[キ作『コンポジションVIII』の鑑賞と抽象画の制作

このように抽象画が縁遠いという性格も影響し,低位能力者にとって最初の鑑賞では感性的に戸惑いや抵抗感をもたらした。だが作品に慣れ親しんで,それに素直な形で倣う制作を行う段階では,感性が美術活動における主役の座を,知性や知覚から奪い取るまでになっている。抽象画の制作を組み込むことは,本題材の根本的なあり方を特徴づけるものである。それは教育実践で大いに有効性を発揮したのである。本題材実践の第二段階ではカンディンスキーの作品把握を前提として,シェーンベルクの音楽を聴きながら,自前の抽象画が色鉛筆によってなされた。果たして生徒はそこでどのようなイメージで制作に取り組んだのか。主題意識が美的特性から成ることによって制作は情意体験的なのか,それとも知覚的特性や概念的特性からできあがることによって,制作は非情意体験的なのか。その様相を明らかにした。

1回感受組や 0回感受組など能力が低位である生徒にあって,絵画の鑑賞に対する自信を高位者ほど持ち合わせていない。当初における作品の主題把握は,情意的体験とかけ離れていたのである。しかし彼らの多くは抽象画的制作に対して,違和感を抱いていなかった。カンディンスキーの抽象的造形法から直線や曲線,円,半円,円弧などのもつ情意的表現性と,画面の領帯性を素直な目を働かせて学ぶことになる。かくて制作が幸運にも,情意体験によって塗り上げられたことを確かめた。

付記旨

本研究は平成 29~ 31年度科研費(基盤研究(C))「感性化の方法としてのフィードバック鑑賞と鑑賞体験モデル(模式図)の確立」課題番号(17K04736)の成果の一部である。

註旨1 Beardsley, Monroe C., 1982, “What Is an Aesthetic Quality?” In: Theorica:

50-70. Reissued in: Chap. 6 of his The Aesthetic Point of View: Selected

Essays. Edited by Michael J. Wreen and Donald M. Callen. Ithaca/London:

Cornell University Press, p. 94

2 Hermerén, Gören, 1988, The Nature of Aesthetic Qualities, Lund University

Press, p. 106, 120, 139

『コンポジションⅧ』油彩,1923 年,140×201 cm] ニュキヨキク,グッゲンハイム美術館

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