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繊維トレンド 2020 年 9・10 月号 10 ファイバー/テキスタイル サステナビリティに関する最近の海外動向 技術ジャーナリスト 塩谷 隆(しおたに たかし) 1976 年京都大学大学院工学研究科修士課程修了。同年、東レ(株)入社。産業資材、人工皮革等の開発、 全社技術企画、開発戦略策定等の業務に従事。機能資材・商品開発センター所長等を担当。 現在、技術ジャーナリスト、技術コンサルタントとして活動中。(株)不織布情報・編集顧問、大村塗料(株) 取締役技術顧問、中小企業診断士(大阪府中小企業診断協会所属)、信州大学産学連携特別講義講師など。 シオタニ & オフィス代表。 1.はじめに 繊維業堺の今後に向けた戦略において、サス テナビリティは最大の課題となっている。本レ ポートでは、2019 年以降を中心に、サステナビ リティに関する主に欧米の動向を紹介する。 2.EURATEX(欧州繊維産業連盟)の動き 2019年12月に、EURATEX は、EC(欧州 委員会)の「サーキュラーエコノミー・アクショ ン計画」の予備提案に対して、繊維業界として の期待を表明した。この計画は、サステナブル な資源活用を保証し、喫緊の環境・社会・経済 分野において挑戦的に取り組む内容である。欧 州の繊維・アパレルは製品の循環性を気遣って おり、ここ数年にわたり、実行可能でサステナ ブルな解決策のための検討を進めていた。 更に、EURATEX は、喫緊に取り組む EU 機 構の大きな挑戦的目標を歓迎する 41 社の CEO が署名した、自発的な公約でも先手を打ってい る。これは、繊維に循環性をもたらすための行 動への見識、サステナブルな資源活用への使命 を明示している。 その後、2020年3月に、ECから「サーキュラー エコノミー・アクション計画」が正式に発表さ れた。この計画は、バリューチェーンの全ての 関係者、市民、メンバー国・地域を含み、可能 な限り包括的であることが望まれている。今や EU は、構造的な障壁を除去し、欧州市場全体 を調和させる解決策をもたらす条件を設定する 必要がある。すなわち、EU は布帛材料の再利 用のための欧州市場を創出する必要がある。 より広範な市場を構築するためには、多くの 1 繊維業界の今後に向けた戦略において、サステナビリティは最大の課題となっている。本レポートでは、20 19 年以降を中心に、サステナビリティに関する主に欧米の動向を紹介する。 2 石油系資源を用いたバイオポリマーの展開は新たな段階に入っている。また、植物系・動物系の天然素材への 回帰に関しても、最近は非常に活発である。 3 サーキュラーエコノミーに向けての動きが目立っており、それに対応して、さまざまな材料や形態でのリサイク ル推進が従来にも増して活況を呈している。 4 マイクロプラスチックによる海洋汚染の防止については、地道な解決策の組み合わせが必要であり、有害物質 排出削減と合わせ、欧米を中心に検討が進められている。 要 点

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繊維トレンド 2020 年 9・10 月号10

ファイバー/テキスタイルファイバー/テキスタイル

サステナビリティに関する最近の海外動向

技術ジャーナリスト

塩谷隆(しおたに たかし)1976 年京都大学大学院工学研究科修士課程修了。同年、東レ(株)入社。産業資材、人工皮革等の開発、全社技術企画、開発戦略策定等の業務に従事。機能資材・商品開発センター所長等を担当。現在、技術ジャーナリスト、技術コンサルタントとして活動中。(株)不織布情報・編集顧問、大村塗料(株)取締役技術顧問、中小企業診断士(大阪府中小企業診断協会所属)、信州大学産学連携特別講義講師など。シオタニ&オフィス代表。

1.はじめに繊維業堺の今後に向けた戦略において、サス

テナビリティは最大の課題となっている。本レポートでは、2019年以降を中心に、サステナビリティに関する主に欧米の動向を紹介する。

2.EURATEX(欧州繊維産業連盟)の動き2019年12月に、EURATEX は、EC(欧州

委員会)の「サーキュラーエコノミー・アクション計画」の予備提案に対して、繊維業界としての期待を表明した。この計画は、サステナブルな資源活用を保証し、喫緊の環境・社会・経済分野において挑戦的に取り組む内容である。欧州の繊維・アパレルは製品の循環性を気遣っており、ここ数年にわたり、実行可能でサステナブルな解決策のための検討を進めていた。

更に、EURATEX は、喫緊に取り組む EU機構の大きな挑戦的目標を歓迎する 41社の CEOが署名した、自発的な公約でも先手を打っている。これは、繊維に循環性をもたらすための行動への見識、サステナブルな資源活用への使命を明示している。

その後、2020年3月に、EC から「サーキュラーエコノミー・アクション計画」が正式に発表された。この計画は、バリューチェーンの全ての関係者、市民、メンバー国・地域を含み、可能な限り包括的であることが望まれている。今やEU は、構造的な障壁を除去し、欧州市場全体を調和させる解決策をもたらす条件を設定する必要がある。すなわち、EU は布帛材料の再利用のための欧州市場を創出する必要がある。

より広範な市場を構築するためには、多くの

1 繊維業界の今後に向けた戦略において、サステナビリティは最大の課題となっている。本レポートでは、2019年以降を中心に、サステナビリティに関する主に欧米の動向を紹介する。

2 石油系資源を用いたバイオポリマーの展開は新たな段階に入っている。また、植物系・動物系の天然素材への回帰に関しても、最近は非常に活発である。

3 サーキュラーエコノミーに向けての動きが目立っており、それに対応して、さまざまな材料や形態でのリサイクル推進が従来にも増して活況を呈している。

4 マイクロプラスチックによる海洋汚染の防止については、地道な解決策の組み合わせが必要であり、有害物質排出削減と合わせ、欧米を中心に検討が進められている。

要 点

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11繊維トレンド 2020 年 9・10 月号

サステナビリティに関する最近の海外動向

課題がある。繊維・アパレル産業の 99% は、中小企業によって構成されているので、EU はこの特徴を考慮する必要がある。特に中小企業は、製品や解決策をアップスケールするための資金が不足している。また、負担とならないように、法 律 の 枠 組 み が 必 要 で あ る。 そ の た め、EURATEX は EU に対して、障壁を取り除き、新しい障壁を作らないことを要請している。

3.バイオ材料の展開(1)‌‌バイオ材料のパイオニアである

NatureWorks社とDuPontグループの動きNatureWorks社(米国)の新たな戦略は、

“Ingeo” バイオポリマーと “Vercet” 高性能化学品のための農産物原料の全てが、国際サステナビリティ&カーボン認証システム(ISCC)によって、農業生産における ISCCプラス標準に認証されることである(図表1)。これによって、“Ingeo” バイオポリマーのための農産物原料は、ISCC によって環境的および社会的にサステナブルなものとして、公認されることになる。

同社は、2012年に新規の ISCCプラス標準に認証された最初のバイオポリマーメーカーである。2020年現在、ISCCプラス認証された農作物は、ネブラスカ州にある同社の生産工場から50マイル以内で栽培されており、90以上の農場が対象となっている。それらは、“Ingeo” バイオポリマーの年産能力15万トンに対応する。

計画に入っている全ての農場は、ISCCプラス認証原則を厳守する指導を受ける。その内容は、高度な生物多様性の保護、肥料や殺虫剤、灌漑や耕作に配慮して土壌を管理し、周囲の環境を保護する農業の実行、安全な作業条件の促進などである。

一 方、DuPont Biomaterials社( 米 国 ) とLenzing社(オーストリア)が連携し、2019年末に、主に天然材料由来繊維から作られた布帛を上市した。DuPontグループの “Sorona” 繊維と、Lenzing社の “TENCEL” リヨセルおよび “TENCEL” モダール繊維をブレンドすることで、より大きなストレッチ性・回復性・形態安定性をソフトな衣服に与えている。

DuPontグループは革新性の豊かなその歴史を通じて、ナイロン、“Lycra” “Kevlar”、レーヨンのようなパイオニア的な繊維を発明してきた。37% の再生可能な植物由来成分から成る“Sorona” は、高性能でかつサステナブルである。

80年の歴史をもつ Lenzing社は、地球の天然資源維持に寄与し、環境負荷低減に貢献する革新的技術によって、高品質繊維を生産してきた。同社の特別なブランドである “TENCEL” は、持続可能な天然原材料である木材をベースとする。また、“TENCEL” 繊維は、環境負荷低減に貢献する生産工程によって生産され、コンポスト化可能で生分解性である。このことが、毎日の使用のためのサステナビリティと快適性の新たな発展的ステップを保証する。

また、“Sorona” 繊維と “TENCEL” リヨセル繊維・モダール繊維のブレンドは、構造、色、目付においてさまざまな種類があり、デザイナーに、スパンデックスフリーの選択を可能にする多くのストレッチ布帛を提供できる。

(2)バイオベース・ポリプロピレンの展開Borealis社(オーストリア)と Neste社(フィ

ンランド)が、再生可能ポリプロピレン(PP)

図表1 ISCC の認証マーク

出所:TexData Infoletter

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繊維トレンド 2020 年 9・10 月号12

ファイバー/テキスタイル

生産のための戦略的連携を進めている。Neste社はポリマーや化学品の生産のために、従来の石油由来原料のバイオベース代替物を生産しており、現在、再生可能製品の年間生産能力は 3百万トンである。権利化された NEXBTL技術により、原料として、低品質の廃棄物や残留油などのバイオベースオイル・油脂を使用して、さまざまな高品質の再生可能製品を生産できる。

Borealis社は再生可能PP をベースとした用途展開のポートフォリオを完成させるため、Neste社が生産した再生可能プロパンを使用する計画である。2019年末までに、バイオベース原料を使用し、PP の石油由来原料を部分的に置き換えることに成功した(写真1)。また、産業スケールで、再生可能プロパンの脱水素反応を開始した。得られた PP製品は、従来の PPと同様の優れた製品特性を有し、完全にリサイクル可能である。Borealis社はプロパン脱水素反応(PDH)実施と PP工場設置を行い、バイオベース・ポリプロピレンの供給を開始した。

(3)‌‌バイオベースの高性能繊維‌“Dyneema” の展開

栄養、健康、サステナビリティなどの世界的企業である DSM社(オランダ)が、高強力繊維の 1 つである “Dyneema” の環境フットプリ

ント低減に向けて、世界的化学企業SABIC社(サウジアラビア)とサステナブル原材料のリーディングメーカーである UPM Biofuels社(フィンランド)と連携することを、2020年3月に発表した。この連携は、SABIC社の認可を受けている再生可能製品のための “TRUCIRCLE”技術を利用して、“Dyneema” をバイオベース原料対応に移行させることが目的である(写真2)。UPM Biofuels社は、パルプ工程の残渣からバイオベース原料である UPM BioVerno を生産する。これが、SABIC社の “TRUCIRCLE”技術で加工され、再生可能なエチレンに変換される。“TRUCIRCLE” は、特に、バイオベース原料からの樹脂や化学品など、再生可能と認証された製品を含んでいる。

これに先行して 2019年12月に、DSM社は、高性能繊維 “Dyneema” に関する挑戦的なサステナビリティ目標を発表している。これは、バイオベース材料からの原料を、2030年までに少なくとも 60% にするという内容である。バイオベース原料に移行しても、“Dyneema” のユニークな特性は維持され、ユーザーは工程効率や最終製品の性能を犠牲にすることなく、よりサステナブルな解決策として採用することができる。バイオベース “Dyneema” 材料は、世界的に認められている ISCCプラス認証を取得でき、その製品の再認可も不要である。バイオベース“Dyneema”は2020年4月から利用可能になった。

写真1 再生可能PP をベースとした用途展開検討

出所:Sustainable Nonwovens

写真2 バイオベース“Dyneema”の展開(DSM社提供)

出所:TexData Infoletter

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13繊維トレンド 2020 年 9・10 月号

サステナビリティに関する最近の海外動向

4.天然素材への回帰(1)非有機溶剤系セルロースの進展

フィンランドの Aalto大学やヘルシンキ大学が開発している “Ioncell” 技術は、木材、リサイクル新聞紙、段ボール、古い木綿衣料などの幅広い原材料から高品質の繊維を創出する(写真3)。Aalto大学は、「“Ioncell” 技術を使った布帛は、風合いがソフトで美しい光沢があり、更に重要なことは環境に優しいことである」と、コメントしている。

木材から作られる繊維は、炭素をリサイクルするので、CO2 排出量を低減する。セルロースベースの “Ioncell” 繊維は生分解性であり、結果として、マイクロプラスチックを環境に放出しない。木材繊維からの布帛の生産は、それ自体新しいものではないが、セルロース繊維から布帛を生産するためには、繊維を溶解する必要がある。市場の最も一般的なセルロース繊維はビスコースであるが、これは生産時に強力な化学剤である二硫化炭素を必要とする。この二硫化炭素を使用しない新しい方法を見つけることが、カギとなる。

フィンランドの技術革新支援機関Tekes は、セルロースから布帛用繊維を生産する “Ioncell”技術の次の開発段階のために 150万ユーロの追加資金を提供した。この技術を使った繊維は現

行の市場の繊維よりも高強力であり、イオン溶液を用いた効率的な溶解工程をベースとしている。今後の課題は、生産中の化学剤をほとんど閉鎖系とするために、溶剤の多くを回収する方法を開発することである。

(2)ユーカリベースのEucafluff の拡大世 界 で 唯 一 の ユ ー カ リ ベ ー ス の パ ル プ

Eucafluff のメーカーである Suzano社(ブラジル)は、欧州・アジア・米国市場での販売を増大している。同社は、「Eucafluff は革新やサステナビリティと関連が深く、従って、メジャーな世界的メーカーに認められている」と、述べている。2019年以降、Ontex社(ベルギー)やVinda International社(中国)のような企業、欧州・米国・日本・中国の他のローカルメーカーもこの製品を購入した。現在、Eucafluff の86% が海外向けであり、そのうち 25% が欧州で売られている。

同 社 が 11年 間 の 研 究 の の ち に 上 市 し たEucafluff は、世界で初めてのユーカリベースの漂白クラフトパルプである。パーソナル衛材製品、幼児や大人の使い捨ておむつ、女性用衛材ナプキンなど、吸水性製品に適用されている。このユニークな繊維のキーとなる長所は、高度な液体吸収性と製品芯における保水性、使用者への快適性・自由度の提供である。これらの利点は、Eucafluff繊維の大きな圧縮率に起因する。

(3)ヤシ廃棄物由来セルロースオーストラリアを本拠とするバイオテクノロ

ジー企業である Nanollose社が、ヤシ廃棄物由来セルロース繊維のパイロットスケールでの生産化に成功し、不織布用の “Nullarbor” 繊維として上市した。同社は 2018年に、セルロースを発酵させて作った衣料用布帛の最初の製品を公開した。これは環境優先のビスコース代替物として、説明されている。

写真3 フィンランド大統領夫人着用の “Ioncell” 布帛

出所:AVR Nonwovens & Technical Textiles

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繊維トレンド 2020 年 9・10 月号14

ファイバー/テキスタイル

最初の開発品に続き、漂白剤成分を含み、捲縮と帯電防止コーティングを施した“Nullarbor”繊維の新タイプの生産も始まった。同社は、「不織布用途への可能性を開き、衛材や医療用途への潜在適用性を拡大した」と、コメントしている。同社CEO の A. Germano氏によると、今まで、この製品の生産は、既に食品産業のサプライチェーンがある東南アジアを基盤としていた。彼は、「この理由は、ヤシを原料とすることにある。1年間に、インドネシアでは 180億個、フィリピンでは 150億個のヤシを収穫している。これらの国の産業からの廃棄物を当社は利用する」と、説明した。また、この微生物を活用したセルロースのための原料が、変動する可能性のある廃棄物に依存するのかと問われた時、「当社はビール、果実ジュースのようなものの他の廃棄物も原料として利用することができる。世界中の各国は木綿を増産できない。しかし、廃棄物はどこにでもあるので、微生物によるセルロースは増産できる」と、返答した。

(4)世界初の麦わらベースの衣料循環型経済において新たなビジネス選択を模

索している大手電気事業企業Fortum社(フィンランド)が、サステナブルな繊維技術企業Spinnova社(フィンランド)と連携し、高度なサステナブル繊維として、麦わらを使用したプロトタイプ製品を紹介した(写真4)。2019年

10月にカナダ・バンクーバーで開催された布帛交易サステナビリティ会議において、農業廃棄物、すなわち麦わらから作られた世界初の衣料を展示した。この展示品は、ニット製の Tシャツ、経糸にオーガニックコットンを用いた織物から作られたジャケット、スカートであった。

この製品は、原材料抽出工程および製造工程からの環境への影響が非常に小さく、これがライフサイクル分析(LCA)で立証されている点でもユニークである。Fortum社のバイオベースソリューション部門のトップである H. Antila氏は、「当社はこの画期的な布帛を紹介することに、非常に興奮している。今日、麦わらはほとんどが廃棄されるか耕地で焼却されている。これが多くの布帛分野に使用可能になったことにより、世界的に非常に大きな可能性が出てくる。この連携は、資源効率を向上させ、よりクリーンな世界のための解決策を提供する当社新ビジネス構築のための第一歩である。当社は、この戦略の中で、より多くの企業と連携したい」と、述べた。また、Spinnova社の CEO であるJ. Poranen氏は、「当社はこの驚くべき連携の成果を、非常に誇りに思っている。今回は最初のテストから非常に早く成果を得て、布帛材料を PR できた。また、麦わらベース繊維が最もサステナブルな種類の製品になり得ることを示した」と、述べた。

写真4 世界初の麦わらベース繊維からの布帛(Spinnova社提供)

出所:TexData Infoletter

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15繊維トレンド 2020 年 9・10 月号

サステナビリティに関する最近の海外動向

(5)‌‌セルロースキチン繊維 - 医療技術用の新材料

キチンというと、多くの人々は昆虫や甲殻類を思い浮かべる。しかし、自然界で広く動物の外皮の成分となっているこの糖類は、医療材などへの展開が有望である。これに関連して、ドイツ・デンケンドルフ繊維研究所(DITF)が新たな方法での繊維の開発を実現し、2020年5月に発表した(図表2)。

カニやカブト虫など、多くの昆虫や甲殻類の殻は、主に多糖キチンから成り、これは非常に柔軟性に富む。キチンは自然界に豊富に存在し、安価であるが、繊維産業のための再生可能原材料としての役割は果たせていない。しかし、DITF は、天然のセルロースとバイオポリマーとしてのキチンの優れた組み合わせを可能とする、革新的な方法を開発した。キチンは、十分に存在するカニ殻から抽出した。

新たな繊維の生産工程は、イオン溶液の適用に基づいている。セルロースと結合させるために、環境に優しい方法で、可溶性キチンを調製した。DITFバイオポリマー材料コンピテンスセンターの研究者でプロジェクトリーダーでもある A. Ota博士は、「我々は、セルロースとキチンの加工性に同レベルに作用するイオン性液体を見出した。これによって、これらの原材料から単一工程で繊維を作ることが、初めて可能になった」と、説明した。

DITF の工程では、この生分解性繊維のキチ

ン含有率は 50%以上になった。更に、純粋なセルロース繊維と比較して、水分保持量が 20~60%増大した。新規のセルロースキチン混合繊維は、治癒過程を促進する医療用創傷手当て材などへの適用が可能と考えられ、大きな経済的潜在力を有する。また、この繊維は添加物なしで製造でき、溶剤は完全に回収できる。原材料のみならず、工程に関しても、循環型経済の方向性に適合している。

(6)ゲノム編集によるクモ糸の生産米 国・ ミ シ ガ ン 州 の K r a i g B i o c r a f t

Laboratories社が、ほぼ純粋なクモ糸の生産を可能にする遺伝子導入カイコを創出したと発表した。現行製品(Dragon Silk および Monster Silk)と比較して、10倍以上のシルク蛋白を持つ繊維の生産ができる。現行製品も既に高強力で、ストレッチ性にも優れ、防弾材料への適用も可能であるが、新製品はそれ以上の可能性を有している。

今回の製品は、以前とは異なり、“knock-in”“knock-out” と呼ばれるゲノム編集技術を用いており、カスタマイズ化された蛋白質を生産できる遺伝子配列を組み入れることに成功した。現在、向上した免疫システムを保有するカイコを開発する段階にある。

2020年4月16日に開催されたオンラインでのプレス会議で、首席科学担当役員(CSO)である T. Kane氏が、「得られた繊維は、Dragon Silk及び Monster Silk よりもずっと優れた機械的特性が期待され、最初のスクリーニングテストはこの点を示唆している。研究チームは商業生産のための遺伝子導入カイコを準備中である。CEO の K. Thompson氏は現実的な目標として、2021年の第1 または第2四半期までの達成を期待している」と、述べた。Thompson氏は、同社のクモ糸技術の記念すべき成果として、このブレークスルーを捉えており、既存のベトナ

図表2 セルロースキチン繊維の開発(DITF提供)

出所:TexData Infoletter

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繊維トレンド 2020 年 9・10 月号16

ファイバー/テキスタイル

ム工場に加えて、米国内でも大規模生産を開始することが可能であると、述べている。

2019年の半ばには、同氏は、カイコを使っての米国生産は、経済性からみて非現実的であると考えていた。しかし、免疫システムの向上により経済性の面でも有望と考えられるようになり、最新の遺伝子導入カイコでの大規模な米国内培養であれば、経済性で問題ないことを既に確実視している。そのため、今では同氏は、2023年までのスタートをもくろんでいる。

ゲノム編集技術は従来のカイコの免疫システム向上に幅広く適用できるため、年間50億USドルの規模とみられる世界のシルク産業に経済的価値を提供できる点も、同氏は強調している。その結果、同社はこの技術について、シルクメーカーにライセンスする計画を立てている。

5.リサイクルの推進(1)ポリエステルのリサイクル推進

フランスの Carbios社は樹脂や布帛のポリマーのライフサイクルを再構築する、新たなバイオ産業的解決策のパイオニアである。酵素技術を適用した樹脂廃棄物からの PETリサイクルに関する工程技術が米国特許を取得したと、同社は発表した。米国特許(US10,124,512)の交付は、同社の画期的な PETリサイクル方法の発明が承認されたことを示す。この発明は、酵素を用いて樹脂廃棄物の混合物から特異的にPET を分解し、ベースモノマーとする。このモノマーは、ボトルや包装材料のような樹脂製品の生産に使用可能なポリマーに戻すことができる。

また、米国・テネシー州の Eastman社が革新的なケミカルリサイクル技術の操業を開始した。これによって、世界の最も喫緊の問題の 1 つである廃棄プラスチックの解決に寄与していく。

同社のカーボンリニューアル技術は、廃棄プラスチックを、炭素、酸素、水素のような分子

レベルの基本構成要素に分解する。この技術は、使い捨ての布帛・カーペットのような多様なものを原料とすることができる、従来の機械的リサイクル方法ではできなかった解決策である。これまで、プラスチック製品の多くは埋め立てられるか焼却されていた。同社は 2020年に、カーボンリニューアル技術で 5千万ポンドの廃棄プラスチックを使い切る予定であり、プロジェクトはその量を増大する方向で、現在進行中である。

同社CEO の M. Costa氏は、「廃棄プラスチックを閉鎖系にすることは、革新的な解決策によって実行すべき複雑な問題である。当を得た人材、世界クラスの技術、ユニークで一貫性のある統合によって、当社はこの解決策を迅速にスケールアップする位置にいる。この技術によって、当社は分子レベルでのリサイクルを大改革する」と、述べた。この技術は、同社の最大の拠点である Kingsport で実施される。同社が事前に行ったライフサイクル分析によると、カーボンリニューアル技術は、石油由来原料使用時と比較し、カーボンフットプリントを大きく向上できる。また、この技術によって、廃棄プラスチックは品質の低下なしに、無限にリサイクルすることが可能であると言われている。

(2)‌‌Indorama‌Ventures社の PETボトルリサイクル戦略

2019年11月3~7日に、タイ・バンコクにおいて、Chaipattana財団とタイ環境ネットワークが主催する第10回環境教育会議が開催された。この会議で、Indorama Ventures(IVL)社のリサイクル担当役員である Y. Lohia氏が、「サステナビリティのためのリサイクル」の講演を行った。本講演は、100%リサイクル可能なPET に焦点を当てており、PETリサイクルは資源保護のための最も賢明な解決策の 1 つである。会議において、同社は、PETリサイクル工

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17繊維トレンド 2020 年 9・10 月号

サステナビリティに関する最近の海外動向

程や繊維・糸・包装材料のようなリサイクルPET製品を含むリサイクルの実践を紹介した

(写真5)。また、2019年12月には、米国・カリフォル

ニア州の PETリサイクル企業Green Fiber International(GFI)社を買収した。GFI社の工場はリサイクルポリエチレンテレフタレート

(rPET)のフレークを生産しており、その生産能力は 4万トン/年である。GFI社は 2018年以来、米国西海岸の食品包装市場と連携し、高品質のリサイクルPETボトルフレークを供給している。この買収は IVL社の西海岸へのリサイクルフレーク供給を増大させ、水やソフトドリンク産業のユーザーへの更なる支援を可能にする。

更に、2020年3月に同社は、2025年までに年間500億本の PETボトルリサイクルを目標とすることを発表した。これまで同社は、2011年以来総計500億本の PETボトルリサイクルを実施しているが、今後、より多くのリサイクルインフラを世界中に整備するために、15億USドルを投資する。3月9日に、同社はコカ・コーラ社との新たなジョイントベンチャー設立に調印し、フィリピンに先進的なリサイクル工場を建設予定である。この工場では食品グレード用の新規のリサイクルPETボトルを生産する。

(3)炭素繊維のリサイクル推進炭素繊維のリサイクルも世界各地で進められ

ている。Boeing社と ELG Carbon Fibre社(英国)が

共同で、航空機グレードの炭素繊維強化プラスチック(CFRP)廃棄物のリサイクルを行っている。それを用いて、他の企業が電子部品や自動車部材のような製品を製造する。2社間の 5年にわたる契約中に、Boeing社の 11 の航空機製造工場(米国10、オーストラリア1)から、454トンの炭素繊維材料が毎年、英国にあるELG Carbon Fibre社に船で送られている。

航空機グレードの CFRP の最大のユーザーとして、Boeing社は、経済的なリサイクルが実行可能な方法を創出した。同社は廃棄物を極小化するために生産方法を改善し、スクラップ材料を 集 め る た め の モ デ ル を 開 拓 し た。ELG Carbon Fibre社は熱分解と呼ばれるプロセスを開発した。このプロセスでは、乾燥した繊維、キュア有無のプリプレグ、ラミネート品などのさまざまな形態の CFRPスクラップを、酸素なしで 400~650℃に加熱し、マトリックスを燃焼させて除去する。このプロセスによって、バージン繊維と比較し 90% の引張強力を保持する炭素繊維の堅い綿状物ができる。数年にわたる製品開発の後、ELG Carbon Fibre社は、この材料を多くの有用な形態に変換した。両社は、2017年に大規模な実験プロジェクトを導入し、18カ月かけて約680トンのスクラップ炭素繊維材料をリサイクルし、電子材料や地上輸送産業の企業に販売した。

また、ELG Carbon Fiber社は、ヨットチームINEOS Team UK と連携している。同社は2018年以来、INEOS Team UK へのサプライヤーであり、廃棄物を活用した炭素繊維1トンを生産した。これらは切断された後、熱硬化性・熱可塑性樹脂コンパウンドや不織布マットにされ、INEOS Team の AC75ボートのコンポジッ

写真5 Indorama Ventures社のリサイクル工程の PR

出所:TexData Infoletter

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繊維トレンド 2020 年 9・10 月号18

ファイバー/テキスタイル

ト部材の製造に使われた(写真6)。INEOS Team は、AC75ボートで 2021年のアメリカズカップ・ニュージーランドでの大会を戦うことになる。

海洋汚染などへの危機感を持つ海洋産業内での閉鎖系リサイクル実践のための切迫したニーズへの意識を喚起する手段を、この連携に見ることができる。

コンポジット補強用布帛メーカーであるSigmatex社(英国)が、新たなリサイクル炭素繊維不織布を上市した。同社はエネルギー効率の良い工程を開発した。この工程は、化学や熱分解のような他のリサイクル法と比べ、エネルギー効率が格段に良いリサイクル法である。必要なエネルギーは他の方法の約10~20% に過ぎない。また、ユーザーの廃棄物のみならず、社内の廃棄物のリサイクルも可能であり、最終製品の用途は幅広く、簡便なリサイクル法である。これによって、2025年までに、埋立てに回す炭素繊維廃棄物を毎年500トン回避できると予想されている。

不織布は高品質の炭素繊維廃棄物から生産され、目付は 100~600g/㎡で、繊維・樹脂の接着強度は高い。また、優れた機械特性を持った等方性材料である。

6. マイクロプラスチックによる海洋汚染等の防止

マイクロプラスチック関連について、欧州企業の最近の事例を紹介する。(1)‌‌合成繊維の生産における‌

マイクロプラスチックの回避マイクロプラスチックは環境への脅威であ

り、しばしば海洋汚染と関連して論じられている。化粧品や多くの他の物質に含有されるマイクロプラスチックとは別に、繊維産業に関係するものもあるが、その量は時として多く見積もられ過ぎている。

ドイツの TWD Fibres社は、地球環境への責任と次世代の人々の保護を意識している。これが、環境保護のためにマイクロプラスチックの排出量を最小限にする方針を採っている理由である。EC(欧州委員会)の共同研究センター

(JRC)によると、マイクロプラスチックとは5mm未満のプラスチック粒と定義されている。この粒子が海洋に入ると、海洋の生物がそれを間違って摂取する。結果として、マイクロプラスチックは食物連鎖に組み込まれ、食物中に検出されるようになる。より大きなプラスチック製品の劣化による二次的なマイクロプラスチックもある。

同社はプラスチック粒を原料にポリエステルやポリアミド66糸に紡糸した後、布帛や染色仕上げ品とする。多くのマイクロプラスチックが、これらの工程のさまざまな段階で発生する。しかし、同社は環境を守るために、排水処理システムを設置するなど、懸命の努力をしている。同社の工場廃水は、いくつかの浄化ステップを踏んだ生物学的処理プラントで注意深く処理される。廃水はバクテリアを使って完全に浄化され、酸素や沈殿剤を加えて、プラスチック粒はろ過される。そのため、廃水中に含まれるマイクロプラスチックのほとんどは、浄化後の汚泥中に残存する。

写真6 INEOS Team UK のテスト用ヨット

出所:Technical Textiles International

Page 10: トレンド2009 本文 CC2020

19繊維トレンド 2020 年 9・10 月号

サステナビリティに関する最近の海外動向

(2)“Operation‌Clean‌Sweep” プロジェクトRadiciグループ(イタリア)は、エンジニア

リ ン グ ポ リ マ ー ビ ジ ネ ス で ス タ ー ト し た“Operation Clean Sweep(クリーン清掃実行)”プロジェクトを、合成繊維ビジネス分野に拡大した。ポリエステル長繊維製造に特化した関係会社Noyfil SA社(スイス)が、“Zero Pellet Loss” を目標に Plastics Europe によって推進されている国際プログラム “Operation Clean Sweep(OCS)” に加盟した。環境保護を目的にプラスチックの粒子や塵をゼロにするため、Noyfil SA社が Plastics Europe の OCS認証を獲得することが軸になった。

Noyfil SA社の部長である A. Giana氏は、「プラスチックの粒子や塵の排出を防止することが、当社にとって常に優先事項であった。ISO 14001環境マネジメントシステムの 1 つとして、我々は既にリスク分析を実行し、改善アクションプランを設定した。更に、この件に関して州の関係者とコンタクトし、スイスの湖におけるマイクロプラスチックの調査をフォローしている。その結果、他の企業が既に実施しているような、OCS手順実行を誓約することによって、より明確な責任を果たすことを決めた」と、述べた。Plastics Europe とともに OCS への義務履行に調印し最初のアセスメントを実施した後、同社はプロジェクトのステップを進めてい

る。改善のアクションを実施し、研修によって従業員に意識喚起し、アップグレードしている。同社の OCS への公約は、Radiciグループのサステナビリティの道筋の重要なステップであり、ビジネス活動の環境影響の低減を目的とするものである。デュッセルドルフで 3年ごとに開催されるプラスチックとゴムの展示会であるK見本市2019 で、Radiciグループは、“Zero Pellet Loss -バリューチェーンの公約” と称するワークショップを主催した(図表3)。

7.まとめいわゆるサーキュラーエコノミーに向けての

動きについては、欧州を中心に非常に活発であり、さまざまな材料や形態でのリサイクル推進が従来にも増して活況を呈している。

一方、バイオ材料の展開は新たな段階に入った感がある。同様に、天然素材への回帰に関しても、以前にも増して盛んになっており、サステナビリティへの対応の大きなテーマである。

また、より長期的な視点で、マイクロプラスチックによる海洋汚染等の防止は、有害物質排出削減と合わせて重要なテーマである。有害物質排出削減についてもさまざまな動きがあるが、今回は、誌面の関係で省略したことをお詫びしたい。

<参考文献>1) TexData Infoletter(インターネット情報) 2019-

2020 年

2) Sustainable Nonwovens、2019年 6-7月号

3) Sustainable Nonwovens、2019年 8-9月号

4) Sustainable Nonwovens、2019年12-2020年1月号

5) Sustainable Nonwovens、2020 年2-3月号

6) Technical Textiles International、2019年 8月号

7) AVR Nonwoven s & Techn ic a l Text i le s ,

Report2/2019、5月

8) AVR Nonwoven s & Techn ic a l Text i le s ,

Report3/2019、6月

図表3 K見本市2019 での OCSワークショップの PR

出所:TexData Infoletter