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ISSN 1346-9029 研究レポート No.452 January 2018 シビックテックに関する研究 ITで強化された市民と行政との関係性について- 主席研究員 榎並 利博

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ISSN 1346-9029

研究レポート

No.452 January 2018

シビックテックに関する研究

-ITで強化された市民と行政との関係性について-

主席研究員 榎並 利博

Page 2: 研究レポート - Fujitsu · 2018-01-19 · 1.研究の背景・目的と研究の枠組み 1.1 シビックテックに関する問題意識 近年、市民が積極的にit(情報技術)を活用して行政に協力したり、市民団体がアプリ

要旨

近年、市民が IT(情報技術)を活用して行政に協力したり、アプリを開発して地域課題

の解決に乗り出すなど、新しい動きが出てきている。市民が ITを活用して公共のために活

動するこの動向はシビックテックという言葉で表現されている。

この活動の背景には、ITの技術的な進歩だけでなく市民の意識変化がある。この 20年間

におけるインターネットや IT機器の進歩は周知の通りだが、利用者側も当初の受動的な利

用のしかたから、能動的な利用のしかたへと意識が変化しているからだ。

市民個人としてのシビックテックでは、「ちばレポ」のように市民と行政双方にメリット

をもたらす使い方が実現されており、市民参加型予算編成は市民の納税者としての意識を

高めるとともに、予算の有効な資源配分で市民満足度の向上にも寄与している。また、ス

マホへのアプリ搭載という市民のほんの少しの心遣いが地域の安全に役立っている。

市民団体としてのシビックテックでは法人型組織とコミュニティ型組織の 2 つの類型が

あり、そのほか発展途上の組織が多くある。具体的な開発アプリとして Code for Kanazawa

の 5374(ゴミ無し)や Code for IKOMAの 4919(食育)などがあるが、団体の活動方針

としてはいずれもアプリの開発よりも市民による地域課題の解決に重点を置いている。

このようにシビックテックによって市民の公共に対する意識が高まりつつあるが、市民

団体は出自がボランティア活動のため人材や資金の面で課題を抱えている。しかし、今後

はプログラミング教育の団体や企業・大学などとの連携で課題を乗り越え、持続可能性を

追求していくと考えられる。

市民と行政との関係性の今後について、市民個人を考えた場合、市民が身に付けた IoT

機器で行政のセンサーとしての役割を果たすとともに、市民一人ひとりが行政の意思決定

過程に参加する機会も生まれる。市民が力を持つことで行政から市民へ権力が移行するの

ではなく、地域課題についてツールやデータを介して市民と行政が対話を行う関係が生ま

れてくるだろう。

市民団体については、行政に対して市民の立場から技術やサービスのあり方についてア

ドバイスする役割を担うとともに、地域課題の解決のためにアプリ開発や政策提言で行政

に協力するという関係も生じると想定され、今後 IoT など市民生活に密着した技術の進展

に伴ってその存在価値は高まると考えられる。

また、シビックテックが介在することで、イノベーション促進に意欲的な行政とオープ

ンイノベーションを指向する企業の連携が始まっている。成功事例の出現で新たな投資が

生まれる連鎖が期待でき、シビックテックは地域が成長するためのイノベーションを起こ

す触媒としての役割も果たすだろう。動き自体はまだ小さいが、シビックテックは市民と

行政との関係性を変容させる新たな潮流を作り出している。

キーワード: シビックテック、市民参加、市民協働、Code for Japan、イノベーション

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目次

1 研究の背景・目的と研究の枠組み

1.1 シビックテックに関する問題意識

1.2 研究の背景と目的

1.3 研究の枠組み

2 本研究の対象と先行研究の整理

2.1 研究の対象と方法

2.2 シビックテックという言葉について

2.3 「シビックテック」の定義と先行研究

3 市民個人による参加

3.1 スマートフォンを活用したレポート

3.2 予算編成への参加

3.3 政策ツールの活用

3.4 その他

4 市民団体による参加

4.1 市民団体の動向

4.1.1 米国の市民団体

4.1.2 日本の市民団体

4.1.3 グローバルな視点から見た市民団体

4.2 日本の市民団体の特徴

4.2.1 市民団体の全体像

4.2.2 市民団体の特徴

4.2.3 行政および企業との関わり

5 日本のシビックテックに関するまとめ

5.1 市民個人としてのシビックテック

5.2 市民団体としてのシビックテック

5.3 シビックテックの課題と解決の方向性

5.3.1 人材と資金に関する課題

5.3.2 シビックテックとプログラミング教育

5.3.3 課題解決の方向性

・・・・・ 1

・・・・・ 2

・・・・・ 3

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6 市民と行政の今後に関する考察

6.1 市民個人と行政との関係

6.2 市民団体と行政との関係

6.3 市民を介した行政と企業の関係

6.4 今後の展望―イノベーション・マネジメントの時代

参考文献

・・・・・ 54

・・・・・ 55

・・・・・ 56

・・・・・ 57

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1.研究の背景・目的と研究の枠組み

1.1 シビックテックに関する問題意識

近年、市民が積極的に IT(情報技術)を活用して行政に協力したり、市民団体がアプリ

を開発して地域課題の解決に乗り出したりなど、新しい動きが出てきている。市民が ITを

活用して公共のために活動するこの動きは、シビックテックという言葉で表現されている。

このような動きが出てきた背景には、ITの技術的な進歩とともに市民の意識変化がある。

この 20 年間におけるインターネットや IT 機器の進歩は周知の通りだが、利用者側も当初

の受動的な利用のしかたから、能動的な利用のしかたへと意識が変化しつつある。

例えば、当初の IT 機器といえばパソコンくらいであったが、現在ではタブレット端末、

モバイル端末、ウェアラブル端末などより市民の生活に密着したものとなり、しかもカメラ

やセンサーなども搭載され、IT 機器自体が自ら情報を取得・分析・発信できる能力を持ち

つつある。

さらに、プログラムの開発環境も激変している。高価なワークステーションやサーバなど

は必要とせず、パソコン 1 台あれば無料で開発環境がダウンロードでき、実行環境もシミ

ュレーションできる。基本的なコードはオープンソースとしてネット上で公開され、APIも

公開され、データもオープンデータとして整備・公開されつつある。さらに、プログラミン

グ教材も無料でネットに溢れているのが現状である。

このように市民が技術の進歩とともにますます ITで力を有し、公共のために活動してい

くならば、電子政府・電子自治体の姿がこれまでとは変わっていくだけでなく、政府・自治

体の姿も変わっていくかもしれない。これまで電子政府の発展段階1はウェブによる情報発

信、コミュニケーション(双方向性)、電子手続き、変革の 4段階で議論されてきたが、ほ

とんどの国が第 4 段階まで達して発展段階論の意義も薄れている。そのような時に出現し

たのがオープンガバメント2の考え方であり、シビックテックもその動きの中から誕生して

きた。

この変化に関する一つの仮説として、電子政府の議論は政府が ITという技術をいかに活

用するかという発展段階論をすでに超えており、現在では社会的課題解決やイノベーショ

ンを起こすために市民個人や市民団体が ITを活用して行政といかに協働するかという議論

へ移行しつつあるのではないかと考えている。

本稿はその前提として、シビックテックの動向が市民個人と行政、そして市民団体と行政

との関係をどのように変えつつあるのか、またその先にどのような展望が開けてくるのか

について論じていきたい。

1 Osmaniほか(2012) 2 2009年のオバマ大統領就任時、オープンガバメント(開かれた政府)を進めるための覚

書に署名。透明性、参加、協働の 3原則が示されている。

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1.2 研究の背景と目的

これまで筆者は、電子政府・電子自治体を対象領域として研究を行ってきた。特に、2000

年の IT 基本法(正式名称は「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」)の制定および

2001年の e-Japan戦略を契機として、我が国は国家戦略として電子政府・電子自治体を推

進していくことを決定し、それを支援するための政策提言等が筆者の研究の中心であった。

このときの研究対象は政府・自治体、目的は政府・自治体の IT化および行政の改革を促

進することであり、市民は顧客としてサービスを受ける側、あるいは納税者として説明責任

を果たされるべき側として登場するのみであった。換言すれば、市民は電子政府・電子自治

体の主役ではなく、サービスを向上させ、説明責任を果たすべき対象としての存在にしか過

ぎなかった。

無論、ITが市民のなかに浸透するにつれ、2000年頃から電子会議室で市民と行政が議論

を行ったり、ウェブサイトで政策資料を公開して政策提言を募ったりという事例は出てき

ており、ソーシャルメディアも含め市民が ITを利用することで社会的な力を持つようにな

ってきたことは周知の通りである。榎並(2012)で報告したように、海外では市民が ITで

その小さな力を結集し、将来を嘱望されていた 30代若手国会議員の学位論文の不正を暴い

て辞任に追い込むという事件も起きた。市民がクラウドソーシング(Crowd Sourcing)に

よって作業を分担し、彼の論文における大部分が他人の論文のコピーアンドペーストであ

ることを実証したからである。

しかし、電子会議室が一部の例を除いて長続きせず、ほとんどのケースが実証実験的なプ

ロジェクトや一時的なイベントで終わることが多く、市民と行政が持続可能な協働関係に

なるところまではいかなかった。まして、市民あるいは市民団体がアプリの開発能力を取得

し、自ら地域や社会の課題解決に乗り出すという意識の醸成には至らなかった。

このような意味合いで近年の市民および市民団体が社会的課題解決のために ITを活用し

て行政と協働するというシビックテックの活動は、これまでの市民と行政との関係とは大

きく一線を画すものであると捉えることができるのではないだろうか。シビックテックと

いう言葉が出現してからまだ間もなく、実際の事例も未熟なものが多いことも事実である。

しかし、本研究ではその動向を分析することにより、IT で力を持つようになった市民と行

政との関係性における変容や将来に向けた可能性について探っていきたい。

本研究の目的は、我が国におけるシビックテック(個人および団体)の現状を把握し、そ

して特に影響の大きい団体活動の持続可能性という課題を分析し、将来における市民個人

と行政との関係および市民団体と行政との関係を明らかにすることにある。このような将

来像を描くことによって、市民個人および市民団体の活動の方向性、行政活動の方向性、技

術開発の方向性に大きな示唆を与えることができるのではないかと考えている。

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1.3 研究の枠組み

本研究では、まず市民について個人と団体とを分けて分析していくことにする。市民と行

政の関係を考えるうえで、利用するツールや影響の大きさが異なるだけでなく、学術的にも

行政との関係性のルートが異なっているからだ。

そして、まず市民個人について国内外における事例について紹介する。海外事例を紹介す

るのは、現在行政の世界でもグローバル化が進んでおり、海外の事例やツールを参考として

我が国に取り入れることが多くなってきているからである。

次に、市民団体について国内外の活動事例を紹介する。特に市民団体については海外から

の影響が強く、海外の動きに触発されて団体を設立する例が多くあるとともに、イベント開

催などで海外の団体との連携も行われているからである。また、市民団体については全国各

地で動きが出てきており、行政に対する影響力も大きくなっているため、団体の特徴や行

政・企業との関わりなどについても詳細に分析を行っていく。

以上をもとに個人および団体による市民活動と行政との関係についての現状のまとめを

行うとともに、特に課題となる市民団体の持続可能性について検討を加える。

最後に、市民個人と行政、および市民団体と行政との関係性が今後どのように変容してい

くのか、今後どのような可能性があるのかを考察する。

研究の枠組みとしては、次のようなステップで進めていく。

① 本研究の対象と目的の確認および先行研究の整理

② 市民個人による行政への参加事例の検証

③ 市民団体による行政への参加事例の検証および市民団体の特徴の整理

④ 市民(個人および団体)と行政との関係についてのまとめと課題

⑤ 市民と行政との関係性における今後の可能性に関する考察

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2.本研究の対象と先行研究の整理

2.1 研究の対象と方法

本研究では市民(個人および団体)と行政との関係について考えていくが、対象となる市

民とはサービスの消費者としての市民や納税者としての市民ではなく、「地域課題の解決の

ために積極的に自ら行動し、行政に協力する」市民である。このような市民を考えるとき、

市民の行動は「市民参加」として捉えることができる。これは、高橋ほか(2013)が「市民

参加とは、市民が地域的公共的課題の解決に向けて、行政や社会等に対して何らかの影響を

与えようとする行為である」と定義していることによる。

市民と行政との関係を「市民参加」として捉えた場合、その類型は①行政、②議会、③コ

ミュニティ、④NPO(NPO法人だけでなく、地域的公共的課題解決に向けた活動を行う市

民団体全般を含む)の 4つがある(図表 1)。

そして、4 つすべてを含むものを「広義の市民参加」、①の行政への市民参加を「狭義の

市民参加」と呼び、①の行政への市民参加には行政からの呼びかけによる参加【行政アプロ

ーチ型】と要求・反対【市民アプローチ型】の 2つの類型に分類している。

さらに、コミュニティが地域性や共同性を要件とするのに対し、NPOはテーマごとに特

化した活動を行うという違いがあるという理由で、コミュニティとNPOを分けている。

図表 1 参加対象からみた市民参加の類型

出所:高橋ほか(2013)を参考に筆者作成

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この類型を前提に、本稿の研究範囲を決定しておく。まず、ここでは選挙による首長や議

員の選出については市民参加とは捉えない。ここでは市民と行政との直接的な関係を考え

るため、選挙制度によって間接的に行政や社会に対して影響を与えようとする行為は除い

て考える。

そして、①の【市民アプローチ型】についても市民参加とは捉えない。行政に対して要求

や反対を訴える行為は、地域課題解決のために自ら行動して行政に協力する行為とは異な

り、事例からもほとんど見いだせないからである。さらに、③と④は両者とも市民公益活動

であり、分けて考える必要がないためここでは一つのものとして捉えることにする。

以上、本稿における研究の範囲は特に行政と市民との関係性の変容を探っていくため、①

の【行政アプローチ型】と③④を範囲する。整理すると下記の 2つのパターンになる。

・ 市民個人による参加(行政からの呼びかけによる個人による市民参加)

・ 市民団体による参加(市民団体への参加による市民参加)

また、市民の関与から見た類型として Arnstein(1969)の市民参加の 8 階梯(図表 2)

があるが、市民への権限移譲(Citizen Power)を中心とした第 6段階以上をここでは市民

参加として捉えていくこととする。

図表 2 市民参加の 8階梯(Eight rungs on the ladder of citizen participation)

出所:Arnstein(1969)および高橋ほか(2013)

※高橋ほか(2013)ではアーンスタ

インの 4以上(行政主導による市民

参加を含む)を市民参加と捉えてい

る。

8 自主管理

7 権限移譲

6 パートナーシップ

5 懐柔・宥和

4 相談

3 情報提供

2 不満をそらす操作

1 あやつり

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研究方法としては、文献調査とインタビュー調査を主とした。文献調査としては、Code

for Japanなど各種市民団体のホームページ、シビックテックに関するメディア CivicWave

の記事(http://www.civicwave.jp/)、シビックテック・イベントに関するウェブサイトなど

が主なものである。

また、インタビュー調査は、市民団体として Code for Kanazawa、Code for AIZU、Code

for Chiba、CoderDojo Japan の各代表者および Code for AIZU、Code for Chiba、Code for

Ibaraki、Code for IKOMA のメンバー、そして自治体として千葉市役所、会津若松市役所、

神戸市役所、生駒市役所の職員を対象に行った。

さらに、シビックテックのフォーラムなどのイベント「Civic Tech Forum 2017」、「オン

ライン井戸端会議 6月号・本当のオープンデータの話をしよう(続編)」、「東京のブリゲー

ド・キャプテン大集合!」への参加により、各団体の代表者やメンバーからの意見や情報の

収集も行っている。

2.2 シビックテックという言葉について

本稿はシビックテックという活動を鍵に市民と行政との関係を考えていくが、このシビ

ックテックという言葉がどのように発生してきたのかを最初に確認したい。

図表 3は Google Trendsによる”civic tech”のキーワード分析だが、米国の「法律・行政

分野」(2004 年~2017 年)でシビックテックという言葉が使われ始めるのは早くて 2012

年、そして 2014年頃から普及し始めている。

図表 3 米国におけるシビックテック

出所:Google Trends

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そして地域的にはカリフォルニア州が中心である。つまり、シリコンバレーを擁する米国

の IT最先端地域で、最近になって活発になってきた動きであると言える。

図表 4 “civic tech”の小区域インタレスト

出所:Google Trends

同様に日本においても 2014年から出現しており、最近の動きであると言える。

図表 5 日本におけるシビックテック

出所:Google Trends

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そしてシビックテックは、オープンデータやハッカソン・アイデアソンの動きと関係があ

ると指摘されるが、図表 6 および図表 7 に示すように、オープンデータとハッカソンはシ

ビックテックの言葉の出現と呼応するように、2014 年頃から日米とも活発化している。ア

イデアソンに関しては日本特有の状況であるといえる。

図表 6 米国の「ハッカソン・アイデアソン・オープンデータ」の動向

出所:Google Trends

図表 7 日本の「ハッカソン・アイデアソン・オープンデータ」の動向

出所:Google Trends

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2.3 「シビックテック」の定義と先行研究

以上見てきたように、2014 年頃からシビックテックという言葉が米国で注目され始めた

ことがわかるが、そのきっかけは 2013 年末に発表された Knight 財団のレポート“The

Emergence of Civic Tech”(シビックテックの出現)3である可能性が高い。Knight財団は、

シビックテックをソーシャルネットワーク、シェアリング(Airbnbなど)、クラウドファン

ディングなどの複数の領域が重なった部分と捉え、民間のビジネス領域も包含するものと

広く捉えている。このレポートはシビックテックの領域にどれだけの投資がされつつある

のかを明らかにしようという目的で作成されているため、市民にとっての効果を高めるこ

とを第一義に考える場合は、民間のビジネスでもシビックテックと捉えるという傾向を持

っている(図表 8)。

しかし、Airbnb など民間のビジネスも含めた Knight 財団の広い捉え方に対しては批判

が多い。Heller(2015)は、Knight 財団のレポートが Airbnb や Lyft といった P2P(ピ

ア・トゥー・ピア)のシェアリング・エコノミーまでシビックテックの対象とすることで、

シビックテックへの投資額を倍近くに見せていると批判している。それ以外にも、GovTech

と言われる公共部門に対する民間ビジネスも含まれ、代表的な市民団体である Code for

Americaがシビックテックへ投資する財団として捉えられているのも問題がある。

シビックテックの定義については様々な議論がされており、それをここで整理しておく。

Stempeck(2016)ではシビックテックを”the use of technology for the public good”「公共

善のために技術を活用すること」と捉えている。また、Omidyar Networkほか(2016)で

は「市民に力を与え(empower)、あるいはより身近で、効率的かつ効果的な政府の実現を

支えるあらゆる技術」と定義しているが、それぞれの活動主体が自分自身をどのように定義

するかによると考えており、シビックテックはもっと広い概念だと捉えている。

野村(2017)は、この 2者の考え方について「市民が技術(主に IT)を活用して、行政

や地域社会が抱える課題を解決しようとする取り組み、あるいは考え方」をシビックテック

と捉えていると要約し、自らはシビックテックを「市民参加による新たな技術を活用した地

域・社会の課題解決の取り組みの総称」と定義している。

また、Wood(2016)は「シビックテックとは、公的部門や市民生活に関連するすべての

技術を包括する言葉ではない」、「市民の行政参加をより促進し、行政による市民サービス提

供を支援し、公共との紐帯を強化する技術だ」と言い、「行政の改善のために、市民が自発

的にその才能を差し出すような場でもある」と言っている。

さらに、Gilman(2016)は「シビックテックとは、デジタルツールを活用して、行政が

より透明性を持ち、誰でもが関わり、参加できるという成果がもたらされるよう、より民主

的に改善・改革していくこと」だと捉え、ツールを使うことよりも行政への参加をその本質

と捉えている。

3 Knight Foundation(2013)

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ちなみに IT 総合戦略本部(2015)の政府資料では、「シビック・テックとは、市民がテ

クノロジーを活用して公共サービスなどの地域課題解決を行うこと」と定義しており、民間

のビジネスとは異なる領域であるという捉え方をしている。そのほか、松崎(2017)では

「IT 関連の技術と知見を有し、自らの意思で市民とコミュニケーションおよびネットワー

キングしながら公益となる解決方法を模索し、共創する人々」をシビックテック(=新公民)

と呼んでいる。

このようにシビックテックという言葉について様々な議論があるが、多数の論者はビジ

ネスよりも、公共善・行政参加・行政支援というイメージで捉えていると言ってよいだろう。

その背景として、公共善の実現を可能とするだけの力を市民が技術(特に IT)によって獲

得できるようになった現実があると考えられる。ゆえにここでは、シビックテックという言

葉の定義を「技術(特に IT)によって empower(強化)された市民が、これまで行政の領

域と捉えられてきた地域や社会の課題に自発的に関わり解決に向けて活動すること、ある

いはそのような活動をする市民」4と捉えることにする。

シビックテックという言葉が世に出てまだ 3 年ほどしか経過しておらず、シビックテッ

クという定義もまだ定まっていないことから推測されるように、シビックテックに関する

先行研究は乏しい。文献としてはGoldsteinほか(2013)、Newsomほか(2013)、松崎(2017)

があり、いずれも実際の事例を豊富に紹介しているという意味で重要であるが、一定の観点

から詳細な分析を行うまでには至っていない。唯一、先行研究として取り上げられるのは野

村(2017)である。

野村(2017)では、Knight財団のレポートや Code for Americaの活動、米国自治体に

おける取組みなど米国の動向をつぶさに分析し、このシビックテックの活動をいかに我が

国に取り入れるかという問題意識を持ち、我が国が取組むべき課題を整理している。非常に

参考になる研究であるが、労働市場や活動資金などの面で米国と日本ではだいぶ事情が異

なるとともに、ボランティアや民主主義に対するメンタリティもかなり異なっており、米国

を参考に日本への導入施策を提案するのは若干無理があると思われる。現実的な問題とし

て、日本においては米国のシビックテックとは異なる日本的なシビックテックにならざる

を得ないと考えられる。

本稿では、米国など海外の事情を参考にしつつも、我が国における具体的なシビックテッ

クの活動に密着し、我が国の市民と行政の関係がシビックテックによってどのように変容

していくのかに焦点を当てていく。

4 Fintechや Edtechの用語法と異なり、我が国では技術ではなく「市民や団体あるいはそ

の活動」を指す言葉として使われることが多い。Fintechなどに近い言葉としては、行政

分野の技術を指す Govtechがある。

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図表 8 CivicTechのイノベーション・クラスター(組織活動の類似性により分類)

イノベーショ

ン・クラスター

説明 組織事例

データアクセス

と透明性

政府データの使いやすさ、透明性、説明責任を追求

する

Socrata

Placr

オープンデータ

の実用化

市民による政府データ分析力を強化し、データを

活用して公共サービスを改善する

AlertID

mySociety

市民による意思

決定

広範囲の討議型民主主義およびコミュニティ計画

策定への住民参加を促進する

Localocracy

Our Say

住民によるフィ

ードバック

行政職員と連絡を取ったり、公共サービスについ

てフィードバックしたりする機会を住民へ提供す

SeeClickFix

Public Stuff

視覚化と地図の

活用

情報の視覚化や地図の活用で、市民が身近なデー

タから気づきや行動につながる発見を得られるよ

うにする

Azavea

Public Engines

投票 投票への参加と公正な選挙手続きを支援する TurboVote

Votizen

クラウドファン

ディング

P2P の貸借やクラウドファンディングを通じて、

公共の利益をもたらす地域のプロジェクトや組織

を支援する

Neighbor.ly

Citizinvestor

コミュニティ組

社会的活動や発議をマネジメントする Change.org

Bang The Table

クラウドソーシ

ング

多くの個人から情報を収集し、都市課題について

情報提供し、解決に取組んでいく

Waze

Noise Tube

近隣住民のフォ

ーラム

地域の住民グループを結び付け、情報共有し、協働

していく

Next Door

Front Porch

Forum

P2Pのシェアリ

ング

住民主導でモノやサービスをシェアリングする Acts of Sharing

Lyft

出所:Knight Foundation(2013)を元に、野村(2017)を参考に作成

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3.市民個人による参加

インターネットが普及しつつあった 2000年前後、個人が行政のウェブサイトにアクセス

し、行政へ参加するという試みがいくつか行われた。自治体が政策課題に関する情報をイン

ターネットで提供して市民がそれに対して提言をする5、市民が職員とインターネット上で

会議を行い課題解決の方策を議論する6などの試みである。しかし、これらのほとんどは一

過性のものとして継続せず、継続しているものも一部地域に限られるなどの限界があった。

しかし、現在では継続性を持ち、しかもグローバルな広がりを持つ事例が出てきており、

市民と行政との間においてもこれまでとは異なる様相が現れ始めている。

3.1 スマートフォンを活用したレポート

市民個人が行政と継続的に関わっていくためには、市民にとってメリットが身近に感じ

られ、かつ行政側にとってもメリットがあることが条件となる。過去の事例においては、市

民が「行政への参加」という満足感を持ちつつも、負担に感じたり、フィードバックがない

ことを不満に思ったり、行政も自分たちにとってのメリットよりも負担を感じる場合が多

かった。しかし、IT の発達は、両者がメリットを感じられるような仕組みを実現しつつあ

る。

その一つの例が、千葉県千葉市の「ちばレポ(ちば市民協働レポート)」である。道路の

破損や公園の落書きなど、市民にとって身近な問題を市民が直接行政へ通報できる仕組み

となっている。これまでの電話連絡と異なり、市民がスマホやデジカメで問題となっている

部分の写真を撮り、地図上でその場所をポインティングして行政へ通報する。場所や問題の

軽重が正確に伝えられるだけでなく、休日でも対応できるというメリットがある。

筆者も千葉市民であり、2017年 1月に市内のサイクリングロードで道路の破損部分に足

を引っ掛けて負傷したことがあったため、早速「ちばレポ」でレポートしてみた。レポート

の発信をしたのが 4月 27日。翌日には市役所から現場確認をするとの連絡があり、土日を

はさんで 5 月 1 日に現場確認が行われるとともに、応急措置として破損箇所に白スプレー

でマークが付けられた。

筆者のレポートでは「補修予算が無ければ、せめて目立つペンキを塗ってほしい」とコメ

ントし、急な予算確保は難しいと考えていたのでこれで十分だと考えていた。しかし、8月

5 日に補修工事が始まり、「8 月 9 日に舗装の修繕が完了」という通知が届いた。年度末の

5 東京都では、2000年に産業振興ビジョンの策定において懇談会や委員会方式をとらず、

インターネットを利用して政策形成を行う試みを実施した。資料を PDFで配布し、中間

まとめを Powerpointで公開し、都民からの提案の公募と公表を行った。 6 神奈川県藤沢市をはじめ、札幌市や大和市など多くの自治体で市民が参加する電子会議

室を設置した。しかし、電子会議室が継続したのは藤沢市だけで、藤沢市も民間の SNS

にその役目が取って代わられたという理由で、2017年に会議室を閉鎖している。

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余った予算で対応するものと思っていたため、迅速な対応に驚いたというのが実感である。

図表 9に筆者のレポートと写真およびその経緯を示しておく。

図表 9 筆者のレポート(上:通報時点、下:補修完了時点)

2017/04/27 9:47 レポートの発信

2017/05/01 10:48 現場の確認をしますので、しばらくお待ちください。

2017/05/01 13:13 応急的に隆起箇所には白スプレーでマークをしました。

2017/08/21 15:47 8月 9日にサイクリングコースの舗装の修繕が完了しました。ご協力

ありがとうございました。

出所:https://chibarepo.secure.force.com/ のマイページ

「ちばレポ」は 2014年 9 月に本格稼働し、2017年 12月時点でレポーターは約 5千名、

レポートは 4,500 件を超えている。約 4 人に 1 人がレポートした経験を持っている。登録

者の 77%が男性で、30~50代が多い。また、73%が会社員であり、地図上のデータから会

社員が通勤途上でレポートするケースが多いと推測される。市民全体から見れば登録者は

まだ少数だが、本格稼働後 3 年経った現在もレポーター数やレポート数が着実に増加して

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おり、市民と行政との新しい関係が根付きつつあると考えられる。

市民の立場から考えると、行政へ一方的にクレームをあげる仕組みにも思えるため、少々

のことではレポートの提出を躊躇する市民もいると考えられるが、自分の身近な問題に行

政が迅速に対応してくれることは大きなメリットである。しかも、行政の立場からすると

「地図上で場所の特定ができ、徒歩の点検作業が削減される」とむしろ好意的に受け取って

おり、写真が添付されているため案件の緊急性なども判断できるという。財政事情の厳しい

行政にとって、市民の協力で作業が削減される仕組みは歓迎だ。つまり、どちらも負担を感

じることなく、市民も行政もメリットを感じるという関係が構築されている。

ちなみに、「ちばレポ」運用開始後 2年半の実績として土木事務所は約 4万件の案件を処

理しており、その内訳は「ちばレポ」でレポートされたものが 8%、市民から電話等で通報

されたものが 62%、職員自らパトロールして発見したものが 30%となっている。電話によ

る通報が依然として多いが、「ちばレポ」と違って電話では場所を特定するのが大変であり、

「ちばレポ」のおかげで職員の徒歩によるパトロールが削減されるという効果が出ている。

「ちばレポ」の原型はイギリスの非営利団体mySocietyが2007年に開発したFixMyStreet

というシステムで、日本を含む全世界に展開されている。しかし、千葉市では地図上にプロ

ットされた情報を管轄事務所へ連絡するバックオフィス連携機能を実務上必要としたため

独自に「ちばレポ」を開発しており、同様なシステムが大阪市、京都市、浜松市、相模原市、

練馬区などの自治体に展開されている。なお、FixMyStreet を利用している自治体は半田

市、別府市、郡山市、生駒市、いわき市、熊谷市、安曇野市、渋川市、仙台市、妙高市、松

本市などがあり、こちらも広がりつつある。なお、米国には同様なシステムとして

SeeClickFixがあり、米国の各自治体に展開されている。

「ちばレポ」とオープンデータとの関係についても触れておく。「ちばレポ」開発の発端

は、2013年の「Chiba Open Data Day 2013―こどもNo.1千葉―」7という千葉市の子ど

も・子育て支援を意識したイベントのプレイベントとして FixMyStreet を使ったことであ

る。FixMyStreet でレポートした公園の壊れていた危険なベンチがオープンデータデーの

当日までに補修がされていたことを IODD(International Open Data Day) 2013で発表

し、その反響が大きかったため「ちばレポ」の開始へとつながっている。

千葉市では現在 2016 年度から 2018 年度にかけて次世代ちばレポ“MyCityReport”を

開発中である。「ちばレポ」で市民が報告するのは歩道や生活道路、照明灯などに限られ、

幹線道路の損傷や排水施設などについては依然として職員が見回り、損傷を発見する業務

が続くという課題があった。この課題を解決するため、車載のスマホカメラで撮影した映像

から道路舗装の損傷を自動抽出するシステムを開発しており、機械学習を用いた画像解析

技術を使っている。東京大学生産技術研究所、自治体として室蘭市、市原市、足立区、墨田

区、沼津市も参加し、実証実験と改良を重ねている。

7 2013年 2月 23日に世界で 100都市以上が同時開催した International Open Data Day

の千葉市で開催されたイベント。日本でも 8都市が開催。

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千葉市職員が判定したデータを教師データとして最初のモデルを作り、各参加自治体か

ら送信された画像データの判定結果を修正し、それを使ってモデルを学習させ、損傷の位置

や程度の判定精度を上げていく。各都市から提供された多量の教師データを使うことで、正

解率が 94%に向上しただけでなく、見つけるべき損傷を正しく見つけた割合も 90%近くま

で向上したという。

今後は、損傷の種類や損傷の詳細な判定にも取り組み、区画線などのかすれやガードレー

ル・交通標識の損傷などにも拡大していくという。また、実用化の想定としては、公用車へ

カメラを搭載してパトロール道路のカバー率を向上したり、「ちばレポ」のレポーターが撮

影した映像の投稿可否をスマホが自動判定することが考えられている。

行政にとって、シビックテックは市民満足度の向上だけでなく、内部の業務効率化を進め

るための大きな力としても期待されている。

図表 10 IoT・機械学習を用いた道路舗装損傷の自動抽出概念図

出所:http://www.city.chiba.jp/somu/shichokoshitsu/hisho/hodo/documents/160119-03-

03.pdf

3.2 予算編成への参加

市民参加型予算編成(Participatory Budgeting)とは予算の一部の使い道を住民の投票

に委ねるものであり、Gilman(2016)によればこの 20~30 年における民主主義イノベー

ションのモデルだという。そして、この参加型予算編成が登場した背景にはオープンガバメ

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ント政策、シビック・イノベーション、シビックテック、参加型民主主義、包括的ガバナン

スという潮流があり、下記の 3 つの要素から公共政策にとって意義のあるシビックテック

の一つのかたちと捉えられている。

市民と行政の関係をダイレクトにする

行政の意思決定に対し、市民がより関与できる

市民と行政の双方向コミュニケーションを強化する

市民参加型予算編成は日本ではあまりなじみが無いが、1989 年にブラジルのポルトアレ

グレ市で始まり、現在では全世界で 1500 もの自治体に広がっている。米国においては、

2009 年にシカゴ市の一部地域で試行が始まり、その後マサチューセッツ州ボストン市、ケ

ンブリッジ市、カリフォルニア州ロングビーチ市、サンフランシスコ市、バレホ市でも導入

が進んでいる。

自治体によってバリエーションがあり、ボストン市とシアトル市では若者枠予算という

新たな施策を追加し、ボストン市の例では 2014 年に 12 歳~25 歳の住民のために”Youth

Lead the Change”という予算枠を設定している。また、いくつかの自治体では、ショート

メッセージによる投票や電子投票も試行されている。

予算規模が大きな自治体では、かなり大きな額が参加型予算の対象となっている。ニュー

ヨーク市では、2014-2015 年の予算編成で 3200 万ドル(約 35 億円)が参加型予算の対象

となった。また、パリ市では大規模な参加型予算編成を行っており、2014~2020年度予算

編成で、4億 2千 6百万ユーロ(約 560億円)を参加型予算とした。

市民が参加型予算編成に積極に関わるのは現実的な成果を求めているからだと考える学

者もあるが、Gilman(2016)は現実的な成果ではなく自分自身が継続的に参加できること

に満足を感じているからだと分析している。サービスの改善や特定の提案ができたという

成果による満足ではなく、むしろ参加型予算編成によって市民であることが実感できると

いう報酬によって満足しているという。

図表 11 はニューヨーク市の事例である。市議会議員が参加型予算編成 Participatory

Budgeting New York City (PBNYC)の採用についての選択権を持っており、権限を持っ

た予算のうち少なくとも 100 万ドルを住民の意思決定に委ねることができる。1 年間のパ

ブリックミーティングのプロセスを経て、市民の投票によってどの提案に予算を付けるか

を決定する仕組みである。

この年は居住する投票区において最大 5 つの提案に投票でき、市議会議員は最も投票の

多かった提案に予算を付けることになる。PBNYC 推進委員会は市民個人、地域組織、市議

会議員から構成されており、参加型予算編成プロセスの進行を管理している。参加型予算編

成の対象は社会インフラ予算の枠内で、学校、公園、図書館、公共施設、その他公共的な空

間の改修といったプロジェクトが対象となっている。ウェブサイトではその提案内容や場

所に関する情報が提供されており、自分の生活に身近な問題に対して市民が自身で予算の

選択ができるようになっている。

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図表 11 ニューヨーク市の参加型予算編成のウェブサイト

出所:https://council.nyc.gov/pb/

3.3 政策ツールの活用

この 2~3 年で政策ツールが無償で提供され、市民個人が様々な政策データを扱い、分析

できるようになってきている。ある地域の課題を発見し新たな政策を立案する場合、従来で

あればコンサルタントがあちこちから統計データを収集・購入し、それをグラフ化して政策

立案のための基礎資料を作成する作業を行っていた。

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しかし、オープンデータ政策の推進により、政府の統計データがマシンリーダブルな形式

で公開され、そのデータを可視化するアプリがインターネット上で無償提供されることで、

誰でも簡単に地域の課題に関してデータを使って考えることが可能となった。

株式会社富士通研究所では、2014年から EvaCva sustainable 8というツールを公開して

いる。このツールは、オープンデータを活用して持続可能性の視点から地域の資本を見える

化するものであり、2012 年に公表された「包括的な富に関する報告書(Inclusive Wealth

Report)2012」の新国富指標を基準としている。自然資本、人的資本、人工資本などや生

態系サービスなどの複数の指標を選んで、自治体どうしを比較しながら偏差値のレーダー

チャートやランキングなどを表示できる。

また、2015 年 4 月からは経済産業省と内閣官房(まち・ひと・しごと創生本部事務局)

が地域経済分析システム(RESAS:リーサス)を提供し始めた。政府の地方創生の取組み

に活用するため、政府が収集した様々な統計データを駆使したシステムである。主に自治体

職員や地域の活性化に関心を持つ国民が、地域の課題の把握や施策の立案などに利用する

ことが想定されている。データを可視化するツールだけでなく、RESAS オンライン講座、

RESAS-API、情報交換サイトなどが用意され、RESAS ハッカソンや RESAS アプリコン

テストなど RESASを普及するための事業も行われている。

さらに、東京大学生産技術研究所ではMY CITY FORECASTを開発し、2016年 10月か

ら全国版を公開している。現状の人口分布・施設配置データをもとに、2015年~2040年に

想定される居住地域の環境を可視化するツールであり、将来の市民の生活環境の変化が示

される。自分の生活圏がメッシュ単位でシミュレーションされるため、市民目線で地域の将

来を考えることができる。

そして、千葉大学大学院人文社会科学研究科では、将来の地域ストックの課題に気づくた

めの未来シミュレータを開発している。その結果は「未来カルテ」として 2017 年 10 月に

公開された。未来カルテは Excelで提供され、(現在の傾向が継続した場合の)2040年にお

ける自治体の産業、保育、教育、医療、介護の状況を予測してくれる。それを参考に、現在

の施策についてどのように調整すべきかを考えることが目的だ。

このように、これまでコストをかけてデータの収集や可視化などをしていたものが、イン

ターネット上のツールを使うことで、誰もが簡単に無償で手に入れることができるように

なった。政府、民間、大学などがそれぞれの視点でツールを開発しており、市民は様々な観

点から地域の分析をすることが可能となり、市民自身が政策提案できる環境が整備されつ

つある。データと ITを活用することで、市民は行政参加のための新たなツールを手に入れ

る時代になったのである。

実際に、長野県松本県ヶ丘高校は RESAS を活用したコンテストで、昆虫を使った加工

食品の政策アイデアを発表して賞を獲得したが、その後長野県工業技術総合センター内の

しあわせ信州食品開発センターと共同で栄養価分析を行い、地元企業や松商学園商業科の

8 開始当初の名称は EvaCva。

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生徒と協力して「信州味噌いなご煎餅」の開発につなげている。また、福島県の 2市 3町で

は、コンテストで受賞した中学生のアイデアを活用して広域連携による観光誘客推進に取

組んでいる。

3.4 その他

その他の事例として、インターネットを利用して資金を集めるクラウドファンディング

を挙げることもできる。日本でも様々なかたちのクラウドファンディングが出現しており、

リターンを求める投資だけでなく、ソーシャルビジネスへの投資や寄付なども行われてい

る。

米国の事例では Citizinvestor9というクラウドファンディングがある。ロードアイランド

州のセントラル・フォールズ市は、2011 年に破産宣告して市の機能がストップし、公園に

はゴミが溢れるという問題を招いた。住民は新しい大型ごみ箱の設置が最優先課題と考え、

Citizinvestor を使って資金集めを行い、68 人の寄付によって新しい大型ごみ箱を購入し、

若年から高齢者までが参加してごみ箱を配備したという。

また、オマハ市では、年間 4~15 万頭のペットが火災による煙吸入で死亡していた。こ

の事実を知った市民が、消防署にペット用酸素マスク(キットで一つ 79ドル)を配備する

ため、Citizinvestorで 1600ドルを調達した。

これらの事例は、市民団体のオンライン・プラットフォームが小さな個人の力を寄付とい

うかたちで結集し、公共善を実現した事例である。もちろんオンラインによらない寄付行為

も従来からあるが、市民はオンラインによって多くの情報を得ることができると同時に、寄

付案件の優先順位付けをすることもでき、従来よりも能動的な意思決定ができるようにな

ったと評価できる。

9 http://www.citizinvestor.com/

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4.市民団体による参加

本章では、市民個人が団体として合流することにより、市民団体というより大きな力で公

共的な役割を果たす「市民団体による参加」の事例について整理する。

4.1 市民団体の動向

4.1.1 米国の市民団体

市民団体によるシビックテックの活動として、最も代表的な団体は米国の Code for

Americaである。オライリー社で Gov2.0の開催などを担当していたジェニファー・パルカ

氏が 2009 年にサンフランシスコ市のダウンタウンで設立した。米国の一流大卒業生を教

育困難地域の学校に赴任させるプログラムを実施している Teach for America という団体

の活動をヒントに、地域課題解決のためにエンジニアを自治体へ派遣するフェローシップ

プログラムを立ち上げたことがきっかけである。2 つめの事業はブリゲード10(協力団体)

事業で、各地に同じ目的で設立された団体を支援している。その他の事業として、スタート

アップ企業に対する支援プログラム、自治体向けのピアトゥーピア・ネットワーク・プログ

ラム(行政機関リーダーへのトレーニングセッション開催)などを行っている。現在では、

Googleなどを抜いてエンジニア憧れの職場となっている。

Code for Americaが他の市民団体と異なっているのは、特にデジタル化・ITを中心に社

会貢献していくことを目指していることである。21 世紀のデジタル社会で政府が市民の立

場になって奉仕する組織になるよう、Code for Americaは次の 3つの原則を掲げて活動し

ている。

デジタルスキルに秀でていること

デジタルスキルはあらゆる政府・自治体機関に浸透すべきであり、市民サービスや事業

推進を行う人々はすべからく身に着けていなければならない。

市民のニーズを中心に考え、政策とその実装を整合性のとれたものにすること

政策から実装へと一直線ではなく、市民のニーズにあうよう繰り返し相互にチェック

しながら実装していかなくてはならない。

市民が行政に関与し、参加するためのプラットフォームとなること

市民が政府の活動を効果的に支援できるよう、政府は市民による貢献を活用すること

を学ぶべきである。

Code for America の事業規模についても確認しておきたい。2014 年で約 1,160 万ドル

(約 13億円)の収入があり、その約半分が財団からの助成金による。そのほか、事業収入

が約 22%、企業からの寄付が 9%、スポンサー支援が 7%、個人の寄付が 4%となっている。

10 ブリゲードとはもともとは消防団のことで、米国人がボランティアとして参加する団体

の象徴である。そのため、ブリゲードには消防団のヘルメットのマークが使われている。

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図表 12 Code for Americaの収入(2014年)

出所:https://www.codeforamerica.org/

Code for Americaは 10億円を超える収入があるとはいうものの、最近ではイベント開催

などブリゲードに対する支援を打ち切るなど、寄付企業の撤退で厳しい状況にあるという。

そのため GetCalFresh を全米に展開して収益を確保することを試行したり、最近では受託

開発なども行っている。サンタクララ市の話では、GISの開発について Code for America

と協議した経緯11があるという。

これまで Code for Americaが政府や自治体と連携した活動について、具体的な事例を見

ていく。

①サンフランシスコ市

サンフランシスコ市では、Code for America と 2つのパートナーシップを組み、地域の

生活の質の向上や健康の改善に寄与している。

(1)GetCalFresh

Code for Americaは 2013年にサンフランシスコ市から、貧困者への CalFreshの配布を

より効率的・効果的なものにしたいという申し出があり、具体的に GetCalFresh というシ

ステムを開発して課題解決を行っている。米国では貧困者支援のために SNAP(The

Supplemental Nutrition Assistance Program、いわゆるフードスタンプで、カリフォルニ

ア州では CalFresh という)という制度があり、毎年全米で 700 億ドルが支給されている。

11結果的には金額面が折り合わず、サンタクララ市では開発を内製している。

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しかし、カリフォルニア州では 200 万人がその対象となっているにもかかわらず、必ずし

も全員がその恩恵を受けていないという課題があった。

その原因は申請手続きが難しいことにあり、Code for Americaでは食料を必要とする人々

が簡単に申請できる GetCalFresh というシステムを開発した。貧困者に対して食糧支援に

関する情報を提供してスマホやタブレットで申請手続きにアクセスできるようにし、写真

や書類の申請を簡単にアップロードできるとともに、申請者の相談対応もできるシステム

になっている。

図表 13 GetCalFreshの画面

出所:https://www.codeforamerica.org/services/getcalfresh

(2)レストラン検査データの活用

2013年にサンフランシスコ市とレストラン・レビューのプラットフォームである Yelpお

よび Code for America が提携し、サンフランシスコ市が提供するレストラン検査データを

使って、レストランをより衛生的で安全な場所にすることを検討した。市の公衆衛生局がデ

ータを視覚的に提供することで、レストラン側がよりスコアを気にするようになり、結果と

して食の安全性を高め、利用者増につながっている。またこの試みにより、ここで作成され

たレストラン検査データは、全国データ標準となっている。

②ニューヨーク市

ニューヨーク市では Code for Americaと 2つのフェローシッププログラムを実行し、市

民への貢献を行っている。2016 年のフェローシッププログラムでは、低所得者向けの健康

サービスの効率化に取り組み、市のデータやサービスツールをまとめ、現場のケースワーカ

ーのニーズにあったモバイルアプリを開発して提供した。

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また、2013年のフェローシッププログラムでは、刑事司法関係で、ATI(Alternative to

Incarceration:懲役代替活動)の事業を対象に検討を行った。これは刑事被告人を懲役にす

る代替として社会奉仕活動に従事させる事業であるが、刑事司法関係のシステムからこの

ような事業に適している人物を探し出すことが非常に難しかった。候補者をさまざまなデ

ータで絞り込み、リアルタイムで検索する Criminal Case Searchというウェブ・アプリケ

ーションを開発することで、職員がオフィスやモバイル端末でその候補者リストを得られ

るようになった。

③オークランド市

オークランド市では Code for America とパートナーシップを結び、Oakland’s Digital

Front Door Projectを実行し、デジタルダッシュボード(図表 14)を開発した。職員はこ

のダッシュボードでウェブサイトのアクセス状況をリアルタイムで監視でき、行政情報や

行政サービスへの市民アクセスを改善している。このデジタルダッシュボードは、サンアン

トニオ、フィラデルフィア、ピッツバーグへと展開されている。また、「デジタルファース

ト」政策を打ち出し、すべての情報をマシンリーダブルかつ人が使いやすい形式で提供して

いる。

図表 14 デジタルダッシュボード

出所:http://archive.codeforamerica.org/our-work/initiatives/digitalfrontdoor/oakland-

phase1-report/

Code for America以外にも、シビックテックは全米各地で活動を行っている。前述した

ブリゲードと呼ばれる協力団体について補足すると、Code for America のブリゲードとし

て、全世界で 176の団体(2017年 8月 10日時点)が登録されている。米国内が 101団体

と最も多く、ドイツと日本が 19団体、ポーランドが 7団体の順である。また、台湾からは

g0v.tw、イギリスからはmySocietyがブリゲードとして参加している。

Code for Americaのブリゲードは、Code for Philly、Code for Charlotte、Code for Orlando、

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Code for Atlanta、Code for Raleigh などのように Code for XX の形態が多いが、

OpenOakland、Hack for LA、BetaNYCなどのように独自形態も多く存在する。

ブリゲードの一つである OpenOakland は、プログラマ、デザイナー、データオタク、ジ

ャーナリスト、市職員が協働して、オークランド市民の生活向上のために問題解決にあたっ

ている。具体的には、地域ベースのオープンデータポータルと Oakland Wikiを運営し、犯

罪傾向のグラフ化、情報公開の申請、雨水管の設置などを支援するアプリも作成している。

また、米国には Code for Americaのブリゲードとなっていない市民グループや市民団体

も多い。たとえば、シアトル市では交通渋滞など多くの課題を抱えているため、市と市民が

協働で課題の解決をしていく方向性を模索し、バスの到着情報、公園の場所などのアプリを

市民グループがオープンデータを使って開発している。また、Seattle Data For Goodとい

う市民団体もあり、150名のメンバーがいくつかのテーマに分かれて活動し、マイクロソフ

トの Technology & Civic Engagement チームと提携している。

4.1.2 日本の市民団体

日本の代表的なシビックテックの団体として、Code for Japan、Code for Kanazawa、

Code for AIZU、Code for Chibaについて取り上げる。

①Code for Japan

Code for Japanは、「市民参加型のコミュニティ運営を通じて、地域の課題を解決するた

めのアイディアを考え、テクノロジーを活用して公共サービスの開発や運営を支援してい

く非営利団体」一般社団法人コード・フォー・ジャパンとして 2013年 10月 25日に設立さ

れた。

日本ではそれ以前に東日本大震災を機にエンジニアが集まってHack for Japanというコ

ミュニティを作り、sinsai.info というシステムを立ち上げるなど技術で社会に貢献するこ

とをアピールしていた。しかし、何でも技術で解決できると考え、技術者の思いだけでシス

テムを作っていたため、多くの人々に使ってもらえるシステムにはならないという課題を

抱えていた。

関係者によれば、Hack for Japanを母体に Code for Japanが設立されたと説明されるこ

とが多いが、実際には Code for Americaのプレゼンに触発されて日本でも同じような団体

を設立しようということになったそうである。Hack for Japanに参加していた関氏がエン

ジニアに声をかけて Hack for Japanおよび他のメンバーを集め、代表者となって Code for

Japan を設立したという。団体の方針として、技術指向ではなく地域課題解決のために市

民が参加することに重点を置いている。ちなみに、Hack for Japanの活動自体は持続して

いるものの、活動としてはあまりうまくいっていないという。

Code for Japanの活動は、ホームページによれば次の 2つの事業から構成されている。

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ブリゲード支援事業: 各地のシビックテック・コミュニティを支援する活動で、立ち

上げや広報のサポート、各地のブリゲード間の情報共有、ネットワーキング、国や Code

for Americaとの橋渡しなどを行う。

コーポレートフェローシップ事業:Code for Japan によって選抜されたデザイナーや

エンジニアを自治体に一定期間派遣。ヒアリングやワークショップを通じて課題を抽

出し、Code for Japanや各地のコミュニティと連携して課題を解決する。

Code for Americaと同様、Code for Japanが提供する支援プログラムに参加している日

本各地のコミュニティを Code for Japanブリゲードと呼び、各地のブリゲードはそれぞれ

地域の課題を解決するため市民や自治体と連携しながら技術を活用する活動を行っている。

Code for Japanと各地のブリゲードは上下関係にあるわけではなく、それぞれが独立した

団体で、Code for Japanはその活動を支援し、それぞれの情報交換ハブとしての役割を担

っている。

Code for Japanブリゲードは、公認団体が 40団体、公認準備中の団体が 38団体あり、

全国で 80近くに広がっている。公認の基準は次の通りであり、公認準備中として登録され

ていないが、現在準備中の団体がいくつもある。

活動について

定期的な活動をしている ※ミーティングや主催イベントを月に1回以上開催

毎月開催するブリゲード・オンラインミーティングに参加できる

Code for Japanのイベントに可能な範囲で参加できる(オンライン参加を含む)

情報発信について

連絡先や運営メンバーが分かる公式 HPがある

日々の活動を発信する場をもっている:FacebookページやHPのブログ機能など

上記で活動の発信を日常的に行っている

上記でイベント開催やアプリリリースなどの対外的活動が 3つ以上掲載されている

Code for Japanの運営は、売上が約 2千万円規模と米国に比較してかなり小さい。しか

も、そのほとんどが復興関連の補助金であり、寄付もほとんどないため運営はボランティア

ベースで行っているのが実情だという。コーポレートフェローシップ事業などに力を入れ

ていくようだが、その事業については次項で取り上げる。

②Code for Kanazawa(CfK)

Code for Kanazawaは Code for Japanより早く、2013年 5月に設立された。現在の代

表は、仕事の関係で海外情報をチェックしているときに Code for Americaの活動を知り、

その考え方に共感して Code for Kanazawaを立ち上げようと決意したという。必要な人材

を集めて 9名(エンジニア 5名、デザイナー2名、映像系 1名、一般市民 1名)で Code for

Kanazawaを設立したが、現在では 100名以上に成長している。

そのうちエンジニアは約 2 割であり、IT 系が多いとはいえ職種は様々だという。また、

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参加者の構成としては 30~40 代が多く、女性は 4 割程度で学生は少ないという特徴があ

る。

コミュニティとして自主的な活動をするのが Code for Kanazawaであり、社団法人の形

態にしたのは自治体との契約上の必要性からだという。しかし、活動の結果としての成果物

の権利は法人に帰属することになっている。また、理事会を定期的に開催しているが、コミ

ュニティ活動の健全性を確認するための会議であり、理事会から指示を出すことはしてい

ない。

CfKの活動の成果として 5374(ゴミ無し)のアプリを開発し、全国 100以上の自治体で

導入されていることが有名である(図表 15)。このアプリは団体の具体的な活動を示す目的

で、ゴミの出し方がわからないという市民の声を元に検討を始めたものだという。このアプ

リを稼働させるため、金沢市からデータを提供してもらうという関係もできている。これを

契機に、金沢市と学生を対象とした KANAZAWAアプリ開発塾の事業も実施している。

CfK では民間でできることはやらない方針であるため受託開発は行っておらず、自治体

への支援事業などで 100~200万円程度の収入を得ているだけである。そのためスタッフを

抱えることもできず、社会にインパクトを与えるようなプロジェクトができないのが悩み

だと言い、参加者も片手間のボランティアで協力しているという現状である。

CfK の課題解決の考え方は下記の通りであり、自分たちだけで活動しようとはせず、各

NPOの力を引き出すことで運用がうまく回っている。システム開発を依頼されることがあ

るが、なるべく自分たちでコードを書ける人を見つけることを勧めているという。

【解決までの仕組みと流れ】

① 問題提議

地域が抱える困っている事や、こういう事をやりたいなど身の回り

にある問題や課題を発見。

② 投稿

web上の登録フォームより課題を投稿してください。

③ 整理分析

CfKメンバーが課題を整理し、分析します。進行中の課題は web上

のMISSIONにポストされます。

④ 整理分析中

進行中の課題は web上(MISSION)に投稿されます。

⑤ 開発

プログラマーやデザイナーの技術者が問題解決に導く仕組みや方法を

作ります。

⑥ 運営

出来上がったサービスは強固な運営体制で保持していきます。

(出所:http://codeforkanazawa.org/about/)

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一つの事例として、「のとノットアローン(子育て応援ウェブアプリ)」というアプリがあ

る。これは CfK が 2015 年 9 月に呼びかけたアプリ開発のコンテスト「アーバンデータチ

ャレンジ(UDC) 2015 in 能登」に市民が集まってまとめたアイデアが元になっている。

プロジェクトメンバー全 19 名(市民 16 名、開発 1 名、デザイナー1 名、プロジェクト

リーダー1名、うち女性 12名)が、輪島子育て支援センターでユーザー画面の設計を行い、

以後多くの母親らが入れ替わり参加してユーザー画面の基本設計をまとめた。

その後、金沢で開催された UDC にてエンジニア開発メンバーのチームアップが行われ、

2015年 12月には試作版が稼働し、2016年 4月に正式運用が開始された。この間に、各自

治体や市民が次々に参加し、協力していったという。

③Code for AIZU

Code for AIZUは、会津若松市における世界オープンデータデイ開催をきっかけに始まっ

たオープンデータカフェ(現在は「オープンカフェ」)において、Hack for Japanに参加し

ていたメンバーなどを中心に立ち上がった。Code for Japanとほぼ同時期だという。

当初の参加者は約 25名であるが、人数はその後増減している。組織ではなく人々が集ま

ったコミュニティと捉えているため、男女比や年齢など参加者の構成についても把握はし

ていない。あくまでも個人の関心に基づくプロジェクトをベースに物事が起こってくる場

として捉えており、法人化するとかえって運営コストがかかるため、法人化や組織化はあえ

てしないという方針である。

Code for AIZUは他の市民団体と比較して、全国 AEDマップ、会津若松市の町/大字別

の世帯数マップ、会津若松市の生産年齢人口推移の可視化など数多くのアプリを開発して

いる。その主体は会津大学の学生である。参加メンバーには会津大学の先生が複数おり、学

生たちはコードを書くことは得意だがコードが必要とされる背景をよく理解しておらず、

コードが必要とされる背景を理解するためにも学生を Code for AIZU の活動に参加させる

ことが重要だと考えている。

オープンカフェでは、「子育て」や「農業」などのテーマで人を集めており、技術がテー

マではないので、主婦やいろいろな人々が集まるという。市役所の職員も、一市民として参

加することもあれば、行政の看板を背負って「(市民から投げかけられた)このような課題

を解決してほしい」と皆に投げかけることもある。行政職員としては、フラットな立場で市

民と一緒に議論し、本質的な問題に迫ることができるのが大きなメリットだと考えている。

このオープンカフェは、最初は大学の場を使っていたが、先生と学生という上下関係が意識

されてしまうため、最近ではカフェ・居酒屋・コワーキングスペースなどで行っているとい

う。

④Code for Chiba

Code for Chiba は、その代表者が世界オープンデータデイや千葉市インキュベート支援

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などを通じて千葉市役所の職員やシビックテックのメンバーと出会ったことがきっかけと

なり、2015 年 1 月 31 日から活動を開始している。団体を設立したのは 2017 年 4 月で、

2017 年 6 月に NPO 法人化している。法人化したのは、契約上の必要性とともに、個人的

な集まりではなく組織として存続させたいという理由からである。

正式会員は 16名で、そのうちエンジニアが 8名、デザイナーが 1名、その他 7名(コピ

ーライター、まちづくり建築家、市役所関係者など)という構成だが、Facebookでの参加

者が 150名弱いる。活動の中心は 30~40代で、学生はおらず社会人で構成されている。月

に 1 回もくもく会という定例会を開くとともに、ネット経由で活動を行っている。ワーク

ショップでは 10~20名程度が集まるという。

開発したアプリとしては、千葉市お祭りデータセンター(図表 15)とちば保育園マップ

があり、それぞれ千葉市役所や区役所地域振興課から情報提供を受けている。

図表 15 5374(左)と千葉市お祭りデータセンター(右)

出所: http://5374.jp http://festival.code4chiba.org/

4.1.3 グローバルな視点から見た市民団体

Code for Japanや Code for Kanazawaが、Code for Americaの影響を受けて立ち上が

ったように、このシビックテックの動きはグローバルな潮流の中にある。

①mySociety(https://www.mysociety.org/)

イギリスでは mySociety という市民団体がある。非営利の社会的事業を行う企業という

面も持ち、イギリスに本拠を置いて国際的なパートナーと協業している。民主主義、情報の

自由、都市の改善という 3つの領域で、市民に変革する力を与えるような ITを開発・提供

することを目的としている。

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そのウェブサイトで表明されている主張は、「強い民主主義による説明責任と市民社会の

繁栄こそが公共の福祉にとって不可欠なものであり、人々が政府とコミュニティに深く関

わることで存続できる」という信念であり、市民としての民主主義的第一歩を踏み出そうと

するときにその障壁をインターネットが低くしてくれるため、自分たちはオンライン技術

とともに活動していくという。そして、人々に世の中を変えるパワーを与えるオンライン技

術を開発・提供し、世界中の市民をエンパワーしたいという。

特に、市民生活に密接に関連する領域として次の 3領域を提示している。

民主主義ツールにより、議会をより透明にかつ説明責任を果たせるものにしていく。

情報の自由プラットフォームにより、政府の説明責任を果たさせる。

都市改善技術によって、自治体を支援すると同時に、市民をエンパワーする。

具体的な開発例としては、2007 年にイギリス議会へ問題をレポートするためにオープン

ソースのツールである FixMyStreet を開発し、現在では日本をはじめ全世界に展開してい

る。

②g0v(http://g0v.tw/)

台湾には g0v(gov zero)という市民団体がある。その起源は、政府が 2012年に発表し

た経済向上計画の不透明性や政策の効率性や方向性に疑問を持った Wu 氏が友人とともに

g0v.tw を立ち上げたことによる。2012 年 12 月に組織としての初のイベント“g0v.tw

hackath0n” を開催し、そこで集まった参加者を中心にオンラインコミュニティが正式に

スタートすることになった。

Gov ではなく g0v とゼロを使っているのは、ボトムアップで政府の役割を考え直すこと

を主張するだけでなく、デジタルネイティブ世代の世界観を表すものであると説明してお

り、情報の透明性を追求するオンラインコミュニティという立場で市民参加のための情報

プラットフォームおよびツールの開発を行っている。

彼らはオープンソースの精神に基づいて発言の自由とオープンデータを追求しており、

情報の透明性によって人々は政府がより効率的になるよう監視でき、様々な活動に参加で

きるようになり、最終的には民主主義の質を高めることにつながるという信念を表明して

いる。

具体的な開発例として、米国ベンチャーPol.isと組んで合意形成のためのシステムを開発

した例がある。その発端となったのは、台湾で 2014年に起きた学生や市民による国会の議

場占拠事件である。その背景には Twitterによるフィルターバブルがあったと言われ、台湾

の大臣が g0vのハッカソンで、「社会全体が合理的にディスカッションに参加できるような

プラットフォームが必要だ」と呼びかけて開発が始まった。

このシステムでは、命題に対して「賛成・反対・保留」のいずれかを選択して、コメント

を書くだけであり、返信はできない。「返信」を排除することがポイントであり、ディスカ

ッションを機械学習でリアルタイムにクラスタリングしている。結果、どのようなグループ

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があり、どのような点でコンセンサスが得られるのかを把握することができる。

例えば、Uberの賛否に関する命題が示され、参加者は賛成・反対をクリックするよう求

められる。このような議論をクラスタリングすると、「急ぎの用でもなくタクシーがいたと

しても私は Uber を使う」という賛成派と「Uber は公共安全を脅かすため規制が必要だ」

という反対派の対立グループが炙り出される。しかし、「最も重要なのは安全であり、ドラ

イバーの資質の確認が必要だ」という命題に対しては両者とも賛成、つまり合意できる命題

だということがわかる。

つまり、「2つのグループが表面的に対立していても、共通の関心をもっていることが徐々

に理解できるようになる」ことが目的であり、台湾政府はこのようなサーベイを定期的に実

施し、対立するグループ間の合意形成や政策立案に役立てている。

図表 16 合意形成を支援するシステム

出所:https://blog.pol.is/pol-is-in-taiwan-da7570d372b5

g0vは、ボランティアでオープンソースコミュニティから参加したメンバーが多いが、ト

ップレベルのエンジニアが集まっている団体として著名であり、若いエンジニアにとって

憧れの職場でもある。g0vによる活動が活発なこともあり、台湾はオープンデータに関して

世界でも一番進んでいる国となっている。

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③Regards Citoyens(https://www.regardscitoyens.org/)

フランスでは Regards Citoyens という NGO が存在し、2009 年から公共分野における

オープンデータ原則を推進するとともに、2010 年から透明性を求めるロビー活動を行って

いる。インターネットを介して集まったボランティアの市民団体で、あらゆる年齢・出身地

域から構成されている。

公開情報に基づき、市民が民主主義を支える機能に簡単にアクセスできるようにするこ

とが参加者の共通の思いであり、市民 4人が主導して 2009年 7月にグループを結成し、現

在では責任者 7 名を含む 40 人のメンバーとなっている。2010 年 6 月には法的にも正式な

団体となり、透明性を確保するためそれぞれの責任者の関心を表明するとともに、団体の

日々の活動すべてを公開している。

具体的な開発例としては、2011年に開始した LA FABRIQUE DE LA LOI(法律の工場)

というプロジェクトがある。このプロジェクトで作成されたウェブサイトは、法律という製

品を生産する工場を案内するように法律が制定されるまでの過程を国民に視覚的にわかり

やすく表現し、法律制定に関する理解を深めてもらおうという主旨で構築されている。

図表 17 各国の市民団体(左上:mySociety、右上:g0v、下:Regards Citoyens)

出所:https://www.mysociety.org/ http://g0v.tw/

https://www.regardscitoyens.org/

このように米国、日本、イギリス、台湾、フランスの代表的な団体を見てきたが、各団体

の特徴を大まかに示すと図表 18のようになるだろう。Code for Americaや日本では、「地

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域の課題解決」を活動方針の中心に据えており、イギリス、台湾、フランスでは「民主主義

の追求」に重きが置かれている。しかし、米国では Code for Americaのほかにも、Dd(Digital

Democracy)12や cdt(Center for Democracy & Technology)13という技術と民主主義に関

わる団体も設立されている。

日本の市民団体の特徴を捉えると、民主主義的主張をあまり伴わない、地域課題解決とい

う生活に身近な活動だと言える。

図表 18 世界のシビックテック(市民団体)の傾向

★:Code for Americaのブリゲードでもある。

出所:筆者作成

また、次の図表は、グローバルなシビックテックのつながりを GitHubのフォロワーネッ

トワークを使って分析したものである。この分析によると大きく次の 3 つのグループが存

在することがわかる。

アジアグループ(右上):g0v(台湾)を中心に、team POPONG(韓国)もつながって

いる。

米国グループ(中央):Code for Americaを中心に、Open Technology Institute、Gov

Deliveryがつながっている。

欧州グループ(左上):Open Knowledge Foundationを中心に、mySocietyや Regards

12 政府から迫害されているコミュニティを技術の使用によってエンパワーし、彼らの権利

を守ることを使命としている。 13 インターネットをオープンかつイノベーティブにそして自由にする政策を訴え、グロー

バルなオンライン上の市民の自由や人権を擁護するのが使命。

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Citoyens など多くの団体がつながっており、欧州だけでなくアフリカ、オーストラリ

ア、ラテンアメリカ、マレーシア、カナダともつながっている。

これらの団体の中でも Sunlight Labs が特異な存在として、米国と欧州をつなげる役割

を担っている。

このように多くの市民団体がグローバルにつながっている状況が理解できるが、日本の

団体がつながっていない。無論、日本の団体もグローバルなシビックテックのイベントなど

に参加しており、相互の交流はあるものの、GitHubというオープンソースのプラットフォ

ーム上ではまだグローバルなレベルでつながっているとは言えない状況にある。

図表 19 シビックテックのネットワーク

出所:http://sbaack.com/2015/11/19/scraping-the-global-civic-tech-community-on-github-

part-2.html

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4.2 日本の市民団体の特徴

前項では日本における代表的な団体と言われる Code for Kanazawa、Code for AIZU、

Code for Chibaの 3つの事例を取り上げたが、それらを含め本項では日本の市民団体の全

体に焦点を当て、その特徴についていくつかの視点から見ていきたい。

4.2.1 市民団体の全体像

最初に、ブリゲードと言われる Code for Japanの協力団体の状況を分析することで、我

が国におけるシビックテックの状況を概観する。Code for Japanのホームページによれば、

ブリゲードとして公認された団体(40)と公認準備中の団体(38)を含め、全国で 78の団

体があるという。

公認の基準としては、定期的な活動(月に1回以上)、毎月開催のブリゲードオンライン

ミーティングへの参加、Code for Japan のイベントへの参加という活動基準と、連絡先や

運営メンバーが分かる公式ホームページ、日々の活動の発信と発信の場(ブログなど)、対

外活動の発信という情報発信基準を持っている。

これらブリゲードの数を都道府県ごとのリストにし、日本地図上にプロットしたものが

図表 20である。このデータが示すように、北海道から沖縄まで全国的に活動が広がってい

ることがわかり、特に首都圏(東京都、千葉県、神奈川県)における活動が活発であること

がわかる。なお、全国にはブリゲードとして登録していない団体や、設立準備中の団体が数

多くあることも忘れてはならない。

次に、ブリゲードのホームページあるいは facebook のページから、「About Us」として

自己団体の概要等を説明しているテキストを抽出し、彼らがどのような団体であるのか全

体像を探ってみた。分析対象とした団体は、ブリゲードの公認団体 40 団体のうち「About

Us」の説明があったもの 31団体であり、テキストマイニング手法を使ってスケルトンマッ

プとアンカーマップを作成した(図表 21)。

スケルトンマップからわかることは、「市民の活動」や「地域課題の解決」が中心となっ

ていることである。つまり、IT やデータを活用することよりも、市民の活動を通じた地域

課題の解決を中心に捉えており、「市民の活動」と「地域課題の解決」を「テクノロジーや

IT」が結び付けているという構造になっている。

また、アンカーマップでは、出現率の高い単語の上位(解決、課題、地域、活動、市民、

IT、オープン)と他のキーワードとの関係が示されるが、「課題に対して市民が活動」する

ことに重点が置かれている。IT やオープンというキーワードも出現率が高いが、技術指向

ではなくあくまでも「市民の活動」を中心に据えた取り組みを方針としていることがわかる。

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図表 20 都道府県ごとのブリゲードの数(公認および公認準備中)2017.10.20時点

都道府県ごとのブリゲードの数

北海道 4 東京都 12 滋賀県 2 香川県 0

青森県 1 神奈川県 5 京都府 1 愛媛県 1

岩手県 0 新潟県 1 大阪府 3 高知県 0

宮城県 1 富山県 3 兵庫県 4 福岡県 3

秋田県 1 石川県 1 奈良県 2 佐賀県 1

山形県 0 福井県 1 和歌山県 0 長崎県 0

福島県 3 山梨県 0 鳥取県 1 熊本県 0

茨城県 1 長野県 0 島根県 0 大分県 1

栃木県 0 岐阜県 1 岡山県 1 宮崎県 1

群馬県 0 静岡県 2 広島県 2 鹿児島県 0

埼玉県 4 愛知県 2 山口県 1 沖縄県 1

千葉県 7 三重県 1 徳島県 1 その他 1

出所:http://www.code4japan.org/brigade/のデータを元に筆者作成

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図表 21 スケルトンマップ(上)とアンカーマップ(下)

出所:筆者作成

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4.2.2 市民団体の特徴

次に、日本のシビックテック(市民団体)の特徴について明らかにしていきたい。2017

年 3月に開催された Code for Japanのイベント(ブリゲードミートアップ)でシビックテ

ックへのアンケート結果が報告されたが、回答ブリゲード数は 11と少なく、その報告内容

も下記に示す簡単なものであった。実際に回答したブリゲードからは、地域によって事情が

異なるためアンケート自体がかなり回答しづらいものであったという意見もある。

【シビックテックへのアンケート結果】

各地の構成メンバーは 5~20人程度

エンジニアやデザイナーに加えて、一般会社員や研究者で構成され、30歳代が多い

今後加わって欲しいメンバーはエンジニアやファシリテーター

イベントはアイデアソンやハッカソン、飲み会などをしている

そこでシビックテックの実態をより明確にするため、インタビュー調査を含め「東京のブ

リゲードキャプテン大集合!」(2017年 10月 4日)などイベントでの意見交換などでシビ

ックテックへの参加者から収集した情報を整理し、下記にまとめた。

シビックテック参加者のプロフィール

参加者は 30~40代が中心となっている。この世代は一般に「氷河期世代」あるいは「ロ

ストジェネレーション(失われた世代)」とも言われ、バブル経済の崩壊で日本経済が長い

低迷期に陥り、就職もままならなかった世代である。2017年時点で 33歳~47歳の世代が

これに該当すると言われており、企業倒産やリストラの現実を目にして会社組織への信頼

は他の世代と比較してかなり低いと言われている。

会社という組織が一生を保障する安定した場ではないとほとんどの参加者が感じており、

副業や複数の職を持ちながら柔軟に人生を渡り歩いている人もいる。そのため既存の組織

に捉われない人とのつながりが必要とされているように見える。そして「地域の課題を解決

したい」、「社会に貢献したい」という公共善の目的を持ちながらも、新たな自分の可能性を

切り開くための「人とのつながり」を求めているようにも見える。

また、エンジニアが多いという印象があるが、技術とはあまり関係のない市民が多い場合

が一般的であり、地域課題に関心を持つ市民が中心となっている。そのため男女構成につい

ても、子育てのようなテーマになると女性参加者が多くなる傾向がある。

シビックテックへの参加の動機

参加の動機として「自分のスキルを活かせる」、「何か新しいもの(構造)を生み出せ

る」という表現や、参加のしかたとして「やりたい人がやりたいことに手を上げる」とい

うことも良く聞かれたが、換言すれば会社などの既存の組織では「やりたいことができな

い」、「自分のスキルが活かせない」、「創造的でない」と感じているように見える。

そして、各人が企業、行政、大学などの看板を外したフラットな人と人とのつながり、意

見交換、アイデアの創出に意味を見い出しているということは、既存の企業、行政、大学な

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どが過剰なコンプライアンスに走り、管理指向の組織となって創造性を生み出す場ではな

くなっていることの裏返しであるともいえる。

運営資金について

どの団体もボランティアベースで活動を行っており、大きな寄付がある海外のシビック

テックと異なり、運営資金の面では苦労している。法人化している団体では行政からの事業

の受託を行うこともあるが、組織として小規模かつ民間事業と競合しない方針のため、イベ

ントのコーディネーターやセミナー講座への協力など収入も小規模である。

予算が少なければスタッフを雇うこともできず、参加者の片手間の協力に頼るだけとな

り、社会にインパクトを与えるようなプロジェクトができないというのが悩みである。

人材について

人材についても多くの団体でその不足感を持っている。実行したいプロジェクトはたく

さんあるが、人が不足しているためなかなか実行できないという。

また、団体の性格によっても人材の不足感は異なっている。エンジニアは確保できるがそ

れをまとめて実現していくプロジェクトマネージャが不足していると感じている団体もあ

れば、エンジニアそのものが不足しているためアプリを開発しても運用に支障をきたして

いるという団体もある。

以上、市民団体の特徴について概観したが、ブリゲード公認準備中の団体が 38もあるよ

うに全国でこのような団体が続々と誕生しており、まだ名前も知られていない団体も数多

い。そして、それら一つひとつを見るとそれぞれ特徴があり、千差万別である。

例えば、設立したばかりで主要メンバーもまだ不明な団体や、IT ではなくまずアナログ

的な活動から始めている団体もあれば、アプリを導入したがデータ更新できずに放置され

たままという団体や、アプリの実証実験に協力し行政と連携している団体もある。さらに、

設立したもののほとんど活動していない団体も実際には多いという声もある。

また、地域のブランド確立、地域観光アプリの開発、オープンデータ推進など目標を明確

にしている団体もあれば、地域を知るための街歩きや商店街の活性化を中心に活動してい

る団体もある。そして、女性のエンパワメントを目的に女性のみの勉強会やハッカソンなど

を行っている団体もあるという。

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4.2.3 行政および企業との関わり

シビックテック(市民団体)の活動は地域課題の解決を目的としているため、おのずと自

治体との関係もできてくる。また、IT という技術を活用することに関しては、技術コミュ

ニティだけでなく企業とも連携する場合がでてくる。本項では、市民団体と行政や企業との

関わりについて整理していく。

①コーポレートフェローシップ事業

Code for Americaがエンジニアをフェローとして自治体へ派遣する事業から開始したよ

うに、Code for Japan でも同様な事業としてコーポレートフェローシップ事業を実施して

いる。しかし、日本では自社エンジニアを派遣するのではなく、民間のエンジニアを行政に

派遣するための橋渡し役を担うことが事業となっている。

2015 年度までの実績として 3 自治体に対して 6 社から 8 名のフェローが参加しており、

具体的には福井県鯖江市(SAPジャパン株式会社、NECソリューションイノベーター株式

会社)、兵庫県神戸市(ヤフー株式会社、生活共同組合コーブこうべ、NPO法人コミュニテ

ィリンク)、神奈川県横浜市(株式会社三菱総合研究所、株式会社富士通研究所)というよ

うに、IT関係の大企業グループからエンジニアが派遣されている。

2016年度は、図表 22に示すように 8市に対して 5社から 11名が派遣され、派遣元企業

は NEC、NECソリューションイノベーター株式会社、生活協同組合コープこうべ、ヤフー

株式会社、株式会社シイエヌエスという名前が挙がっている。さらに、2017 年度も継続し

ている。

この事業を通じて自治体にエンジニアを派遣する企業は、コーポレートフェローシップ

企業負担金(上場企業・メガベンチャーで 50万円、中小企業・スタートアップで 25万円)

を収める必要がある。派遣期間は原則 3か月で週 1~2日、複数企業から 2名もしくは 3名

の派遣で、派遣期間中の人材の給与は企業側が負担することになっている。

派遣される職種としては、プログラマー、デザイナー、企画、コンサルタントなどであり、

Code for Japanが事前レクチャー、チーム編成、マッチング、派遣中のサポート・フォロ

ーなどを行っている。このプログラムは単に人材を派遣して自治体を支援するだけでなく、

フェローの人材を成長させることを狙っており、フェロー自身がすべきことを考える、フェ

ロー同士が横連携を行う、地元のコミュニティと連携する、Code for Japan のネットワー

クやナレッジを活用しながら実践することになっている。すなわち、Code for Japanは組

織を越えて働ける「越境人材」を育成する役割を担い、民間企業としてはそのような人材育

成によって組織内のイノベーションを図ろうという意図がある。

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図表 22 コーポレートフェローシップ事業(2016年度と 2017年度)

年度 自治体 業務目標

2016

年度

福井県鯖江市 オープンデータを活用した公共交通の振興

福島県会津若松市 データ活用による地域課題解決事例の創出

兵庫県神戸市 データアカデミーに関する業務、IT 関連のイベントの企画

立案

富山県南砺市 南砺市内住民と市外の”貢献市民”が Web でつながるバー

チャルコミュニティ形成支援事業

兵庫県三田市 三田市の魅力発見と効果的な発信等に資する情報化の支援

千葉県千葉市 オープンデータ活用による防災対策

秋田県湯沢市 オープンデータの整備とデータの利用の推進体制の構築

神奈川県鎌倉市 オープンデータ推進に関する業務

2017

年度

福井県鯖江市 障がい者に寄り添うオープンデータ活用

福島県会津若松市 地域との連携・協働による公共交通の検討

兵庫県神戸市 地域課題のスタートアップによる解決プログラム導入に向

けた施策検討の支援

兵庫県宝塚市 検討中

富山県南砺市 南砺市内住民と市外の”応援市民(貢献市民)”がWebでつ

ながり、ポイント制度を組み入れたバーチャルコミュニティ

形成支援

京都府京都市 検討中

千葉県千葉市 オープンデータ活用による防災対策

秋田県湯沢市 官民が連携したオープンデータの推進

出所:Code for Japanのウェブサイト情報より作成

一方、受け入れる自治体は、現状の地域課題と課題解決の方向性を示し、それに協力して

くれるフェローを募る。具体的には次のような書類を準備し、自治体と Code for Japanが

作業内容を調整しながら、派遣元企業とのマッチングを行うことになる。

【事例】会津若松市コーポレートフェローシップ 達成目標

対象自治体:福島県会津若松市

受け入れ課:地域づくり課

業務目標:地域との連携・協働による公共交通の検討

会津若松市の現状

地方における公共交通、特に路線バスの運営は全国的に厳しい傾向にあり、利用者の減

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少に伴う財政難により毎年廃線、廃止が相次いでいる状況です。

会津若松市も例外ではなく、路線バス事業は厳しい状況が続いているものの、何とかして

市民の足となる路線バスを守るため、市と事業者で様々な検討や取組を進めております。

具体的な取組の一例としては、バスの乗降調査によって得られたデータ等、各種データや

GIS をフル活用して状況の分析や検討を行っており、客観的なデータをもとに地域・集落

での話し合いを重ね、地域の実情に応じた路線の検討・再編に取り組んでいます。

今年度は引き続き、バス利用の実態調査を行うとともに、地域に合った路線や運行計画の

策定や、バスをより便利に利用していただける環境を整えていきたいと考えております。

具体的な作業スコープ

路線バス乗降調査支援アプリの開発

路線バス乗降調査データの整理、分析

個人の利用状況にカスタマイズした時刻表作成アプリの開発

他地域、国内外の事例調査

GIS を活用したデータの整理、分析

市民の方や事業者の方との打ち合わせへの参加

フェローとしての活動状況の情報発信

ただし、上記はあくまで目安であって、実際の作業内容は会津若松市及び Code for Japan

側との調整の上決定するものとする。

(出所:http://www.code4japan.org/fellowship/aizuwakamatsushi-2017-1half/)

このようなコーポレートフェローシップ事業の実績として、シビックテック・自治体・企

業の連携が構築されつつある。例えば、神戸市では、2016年 4月 1日より神戸市チーフ・

イノベーション・オフィサーとして Code for Japan 代表の関氏が就任し、関氏が必須講座

の講師を務める課長級職員向けデータアカデミーを開催(2016年 8月)している。そして

このアカデミーの 2017年の企画・運営は、ヤフー株式会社(データ&サイエンスソリュー

ション統括本部) が担当している。

そのほか情報産業研究会(2017)によれば、コーポレートフェローシップ事業により NEC

と鎌倉市が包括連携協定を結び、ICT を活用した効果的なふるさと寄付金のプロモーショ

ン活動や民間の手法を用いたターゲット分析の実施、長寿社会のまちづくり実現のための

共同研究、小中学生を対象としたプログラミング教室や理科の実験教室、小学生を対象とし

た NEC 女子バレー選手による「鎌倉市バレー教室」、市職員などを対象としたユーザーエ

クスペリエンス体験ワークショップなどを実施するという。

コーポレートフェローシップ事業におけるシビックテック、自治体、企業の 3 者の関係

を示すと図表 23のようになる。

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図表 23 コーポレートフェローシップ事業における 3者の関係

出所:筆者作成

なお、コーポレートフェローシップ事業を通じてシビックテックや自治体と連携する企

業は、組織としてシビックテックや自治体と関わっているが、組織としてではなく一個人と

してシビックテックに関わっている民間企業の社員もいる。このような個人的な関わりに

ついても触れておく。

ある大手 IT 企業の社員でシビックテックにメンバーとして参加している 40 代前半のエ

ンジニアは、元々自治体を担当する職務であったことから、オープンデータの推進やアプリ

開発に関心があったという。そして、オープンデータなど世の中の新しい変化に対応すべき

と考えていたが会社は管理指向が強く、新しいことにチャレンジする精神も失われていた

ため、個人的にシビックテックの活動に参加するようになったという。

シビックテックの活動に参加することによって、外部からの情報や知識を得ることがで

きるというメリットを感じるとともに、シビックテックのメンバーには自治体との付き合

い方などを教えるという関係ができている。メンバーだけでなく自治体との付き合いが広

がり、ビジネスの拡大と地域への貢献を両立することができるとも感じているという。

組織のイノベーションを図るため、感度の高い会社は社員を社外で挑戦させる傾向が出

てきていると言われるが、彼の場合は組織の中で自らその必要性を感じ取り、自主的に「越

境人材」になろうと挑戦していると言える。チャレンジ精神に欠けていた会社も現在では外

部と共同でビジネスを起こすことに取り組み始め、個人的なシビックテックの活動も業務

の一環として認められるようになり、働き方改革の影響でこのような活動もやりやすくな

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ったと言う。大手 IT企業から見ればシビックテックの技術レベルはまだ低く、アプリ開発

などの技術的な支援をしていきたいとの抱負も語り、今後はプログラミング教育とも関わ

りを持つだろうと感じている。

②行政から見たシビックテック

行政はシビックテックとの関係をどのように見ているのだろうか。神戸市では、市長の号

令の下オープンデータを推進していく過程でシビックテックとのつながりを見い出してい

る。オープンデータの推進によってデータをオープンにしても、それだけでは民間にとって

使えないことがわかり、民間から見て使えるオープンデータとは何か、どうやって民間が活

用できるかを考え始めたという。

神戸市ではオープンデータで先進的なサンフランシスコ市を視察し、さらに Code for

Americaへのヒアリングを経て民間との共創の重要性を感じ、民間のエンジニアを活用し

てオープンデータの活路を見い出そうとした。具体的には Code for Japanのコーポレート

フェローシップ事業を活用し、組織を越えて働ける「越境人材」を育成することで、オー

プンデータの成功事例を作り上げた。

2015年度の事業では、ヤフー株式会社、生活共同組合コーブこうべ、NPO法人コミュ

ニティリンクのフェローを受け入れ、市のオープンデータを民間が使えるように整理し直

した。具体的には金沢の「5374(ゴミ無し)」を導入し、それに沿ってごみ収集のデータ

を整備することで市民サービスが向上するとともに庁内の作業も削減され、削減された予

算で多言語化も実現したという。この成功事例によって、オープンデータは自治体にとっ

てもメリットを生み出すものだということが実証でき、庁内の意識改革が進んだという。

庁内の意識改革と教育の必要性に気づいた神戸市は、サンフランシスコ市の事例を参考

に 2016年度の事業としてヤフー株式会社のフェローを受け入れ、職員向けにデータアカ

デミーを開催している。データ活用セミナーやワークショップを開催し、参加者は課題を

持ち込むだけでなく、仮説の設定とデータやツールを使った検証まで行うという。データ

サイエンティストの支援によって、今後はデータに基づいて政策を立案することができる

だろうと期待されている。

神戸市では 2017年度もコーポレートフェローシップ事業を継続し、フェローとともに地

域課題の解決に向けた議論を重ねることにより、スタートアップ企業を育成するとともに、

大企業と新たなサービスを開発することも期待している。例えば、神戸市では株式会社 NTT

ドコモと「神戸市ドコモ見守りサービス」の実証事業を行った。これは子供にタグをつけ、

子供の現在位置を付近のスマホ利用者(アプリを搭載)が検知して親に通知するシステムで、

41社の事業者の協力を得て 1年間実証実験を行ったものである。小学校 1年生の女児殺害

事件がきっかけとなって検討が始まったもので、地域課題の解決に結びつくサービスが実

現できるとともに、企業にとっても製品・サービス開発に貢献するという共創の成功事例だ

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ろう。

それでは神戸市のおひざ元にあるシビックテック Code for Kobe との関係はどのように

なっているのだろうか。Code for Kobeは大手 IT企業出身者、大手流通業などさまざまな

業界の参加者から構成されており、公共施設に入居して神戸市職員も参加していることか

ら、市と Code for Kobeとは自然と情報が伝わり、共有される関係となっているという。

神戸市としては、Code for Kobe にはスタートアップ企業として育つことを期待し 5374

のバージョンアップやアカデミー講師などの請負をしてもらっているが、組織としては調

達で不利な立場にあり、技術者が東京に取られて人材が不足するなど厳しい状況にあると

いう。

Code for Kobeをはじめとしたシビックテックの活動が広まっていくと、今では高齢者が

スマホを使う時代になっており、地域の自治会のあり方も変わっていくのではないかと期

待されている。例えば、地図情報を使った地域の防犯や町内におけるデータに基づいた議論

が起こってくることが想定されるという。

次の事例は、シビックテックとの協働で積極的な活動を行っている生駒市役所である。き

っかけは、Code for IKOMAの代表が市長へ市民協働のための提案をしたことにある。市長

はもともと政策として市民協働に力を入れていたためその話に関心を持ち、市民活動推進

センターが Code for IKOMAとの協働を模索し始めた。このように生駒市の場合は、Code

for IKOMAからの積極的なアプローチで行政とシビックテックの連携が始まっている。

Code for IKOMAは現在の代表が一人だけで 2014年 1月に設立し、今では常時参加メン

バーが 7~8 名の構成となっている。主要メンバーは、エンジニア、デザイナー、大学

(NAIST:奈良先端科学技術大学)の先生と学生である。Code for AIZU もそうであった

が、学生は自らの問題意識からというよりは、先生の指導の下プログラミングの必要性を実

地で学ぶために参加している。

また、Code for IKOMAはあくまでボランティアの団体であり、コミュニティ活動を行う

団体であると位置づけている。そのため、エンジニアではなく市民が中心であり、受託する

ことも法人化することも現在のところ考えていないという。この Code for IKOMA のメン

バーの一人が行政の活動に関心を持ち、試験を受けて生駒市役所情報政策課に入り、オープ

ンデータを担当していることで市役所と Code for IKOMA のつながりができている。彼は

元エンジニアで、Code for IKOMAとの協働のほか企業の参入も推進している。企業とはバ

スの乗り換え案内、バスの時刻表アプリなどを検討しているほか、FixMyStreet も運用し

ている。

生駒市が Code for IKOMAと協働で実施している事業として、IKOMA Civic Tech Award

や IKOMA Civic Tech Partyがある。Civic Tech Partyはこれまで 6回開催し、のべ 150名

が集まったという。グループだけでなく個人でアプリを開発している参加者もおり、市内で

2 名、60 歳以上の参加者も 2 名いたという話である。そこでグランプリを獲得したのが給

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食のアレルゲン情報を提供するアプリである。献立情報だけでなくアレルゲン情報もオー

プンデータ化し、アレルゲン情報を含む給食献立表アプリ「4919(食育)for IKOMA」と

して 2017 年 11 月から本格運用が始まった。生駒市としては、アレルゲン情報を的確に提

供できるか、間違った情報を提供した場合の責任など、給食センターを含む市役所内部の調

整が難しかったという。

図表 24 「4919(食育)for IKOMA」の画面

出所:http://4919.jp/

Code for IKOMAは、市役所を利用しながら市民も上手に巻き込んでおり、市に対しては

市民が活動できるための場作りやオープンデータの推進を期待している。また、市役所の側

では市の政策推進にシビックテックを活用している。例えば、市民活動推進センターは自治

会活動を所管して自治会における情報共有という課題を持っているが、これを考えるため

に Civic Tech Award 2017(10月 14日~11月 11日)のテーマとして「自治会×IT ~地

域での情報共有~」を取り上げている。SNSを使って自治会の情報共有ができないかなど、

Code for IKOMA と試行していきたいという。

行政にとってシビックテックを活用する課題は、シビックテックはアプリを作ることは

できるがその継続運用を保証できる組織ではないことだという。そのため市民にとって必

要なアプリであれば、行政として予算化して資金提供することも考えざるを得ないが、この

先はまだ模索段階というのが現状のようである。

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自治体の職員がシビックテックのメンバーとして参加しているなど、行政とシビックテ

ックとの間が急速に縮まっているように思われるが、これは神戸市や生駒市だけの現象で

はない。シビックテックの立ち上げに自治体職員が関与している例もあれば、自治体職員自

らがシビックテックの代表者になっている場合もある。東京都のオープンデータ利活用促

進のイベント「オープンデータアイデアソンキャラバン」(2017年 10月~11月)の開催に

あたっては、東京都職員がアイデアソンへの参加について東京都内のコードフォー・ブリゲ

ードキャプテンに協力依頼するなど、自治体とシビックテック相互の関係性がより密接に

なってきている。

③企業から見たシビックテック

企業のシビックテックへの関わり方として、Code for Japanのコーポレートフェローシ

ップ事業に参加する関わり方もあるが、シビックテックに対して直接支援をする、あるいは

自らシビックテックの活動を行うという関わり方もある。ここではリクルートとヤフーの

事例を取り上げる。

リクルート14では、10年以上前から日本最大級のハッカソンMASHUP AWARDSに協賛

している。ハード、ソフト、デバイスなどを組み合わせてものづくりに挑戦し、最優秀賞に

は 100万円の賞金が提供されるイベントである。また、2014年からは TECH LAB PAAK

(オープンイノベーションスペース)という渋谷のコワーキングスペースを運営し、技術者

による様々なアプリ開発を支援している。

さらに、2014 年からはリクルート自らがシビックテックに事業参入するというチャレン

ジをしている。特に、長野県塩尻市との地方創生事業開発連携、高知県と地方創生をテーマ

とした業務連携協力協定の締結など、「地方創生」を鍵に自治体との連携に力を入れている。

具体的には、地域課題に対してリクルート自身がどのように関わるかを模索しながら、次の

ようなプロジェクトを実行している。

Smart City Innovation Program:地域活性プロジェクト

千葉県柏市柏の葉の「柏の葉スマートシティ」を舞台に、地域活性のビジネスアイデア

をリクルートの社員から募集し、市民・柏市・三井不動産グループと一緒に議論しなが

ら新規事業を開発。

塩尻市との連携:リクルートとソフトバンクで地域課題に対して政策提案を行うプロ

ジェクト。仕事と育児の両立を支援するプロジェクト「iction!」(イクション)では、

育児の課題解決のために次のサービスを創出。

Kidsly:保育士さんの業務を効率化し、保育園と保護者のコミュニケーションを深

めるサービス。登降園管理機能や子どもの様子を伝える「連絡帳」や「フォト」機

14 https://mtl.recruit.co.jp/civictechforum2016_report/

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能がある。

カムバ!:妊娠・出産から職場復帰までどんなスケジュールでどう動けばいいかを

教えてくれるアプリ。

casial.:掃除に特化した家事支援サービス。低価格で育児と仕事の両立を図るお母

さんを支援。

あいあい自動車:三重県菰野町で実証実験を行ったもので、高齢者を近所の手が空いて

いる人が病院などに乗せていってくれるカーシェアリングサービスの仕組み。

リクルートは、国が推進している「地方創生」が我が国における重要な地域課題であると

いう認識の下、「(人生の大切な選択・意思決定の場において)価値のある情報」を届けるこ

とによって「社会課題を解決するビジネス」を創造しようと試みている。そして、直接自社

のビジネスと関連しない事業やサービスであっても、イノベーションが急速に進む昨今、ど

こで自社のビジネスと関係するかわからないという想定で取り組んでいる。

ヤフー15では、コーポレートフェローシップ事業を介した自治体との連携のほか、福岡市

とも直接連携している。ヤフーは Yahoo! JAPAN のサービスで膨大な量と種類のデータを

収集しており、それらのデータを使った分析や予測は得意な分野である。しかし、地域課題

を解決するという目的のためにどのようなモデルを使って分析や予測を行うべきか、自治

体業務に関連した知識やノウハウが必要となる。

そこでヤフーでは自治体に社員を派遣し、データ解析セミナーを行うなどデータとサイ

エンスを主軸とした地域支援を行っている。具体的には、職員向けに初心者用データ解析講

座や事例紹介、課題演習などのワークショップを実施しているという。これらの講座やワー

クショップを通して、データの可視化やデータ活用による課題解決を支援しながら自治体

業務のノウハウを蓄えている。

ヤフーの強みは、Yahoo! JAPANというサービスを展開し、膨大なデータと分析ノウハウ

を持っていることである。自治体との連携によりオープンデータとの結合や業務ノウハウ

の獲得ができれば、Yahoo! JAPAN の新たなサービス創出につながることが期待される。

「情報技術で日本の人々や社会の課題を解決する」という会社の方針の下、これまであまり

目が向かなかった地域に焦点を当てることでイノベーションを起こすことが期待されてい

る。

15 http://www.civicwave.jp/archives/52153877.html

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5.日本のシビックテックに関するまとめ

第 3 章で市民個人、第 4 章で市民団体としてのシビックテックの姿を具体的に取り上げ

たが、本章ではそのまとめと課題解決の方向性について整理をしておく。

5.1 市民個人としてのシビックテック

千葉市「ちばレポ」の登録者数は 5000 人を超えているとはいえ全市民の約 0.5%、通報

したのはそのうち 4 人に一人であり、この数字ではまだシビックテックとして浸透してい

るとはいえないと指摘されるかもしれない。しかし、市民にとってはよほどの実害が無い限

り行政への通報は敷居が高く、また自治会が機能しているところではまず自治会長へ連絡

するルールになっている。

しかし、これらの課題も広報活動や技術革新で解決していく可能性がある。市民が気軽に

通報することで行政の負担軽減になることを適切に広報し、通報量の増大に対しては損傷

の緊急性を自動的に判定できるソフトの導入で耐えられるだろう。歩きスマホが社会問題

化するほどモバイル機器の普及は進んでおり、業務負担を軽減したい行政側の事情として

も、「ちばレポ」のようなシビックテックは広がっていくと考えられる。

市民参加型予算編成は我が国ではまだ実施した経験が無く、これからの課題であると考

えられる。日本では税金の使い道を市民自ら決定する制度もあまり例がなく、市川市の 1%

支援制度16があるくらいだが、この制度も周囲への広がりを見せることなく 2015年度に終

了した。

しかし、東京都で小池知事が誕生してから新たな動きが起きている。防災対策、子育て支

援、高齢化対策など 6 分野で都民から事業提案を募ったうえ、都民によるインターネット

投票で各分野 1事業を選定し、1事業あたり 2億円を上限に 2018年度予算に反映するとい

う。提案内容が陳腐だという批判もあるがこの事業は初めての試みでもあり、今後どのよう

に評価されるかで、日本における状況も変わってくるだろう。

このように ITを活用して市民の意思を予算へ反映させるという潮流は我が国でも確実に

出てきており、全世界の自治体に広がっていることを考慮すれば、我が国でも実現は時間の

問題であろう。特に ITを活用すれば、事業の優先順位を付けるだけでなく予算枠内で必要

な事業を選択するという予算の有効な資源配分ができるため、シビックテックは参加だけ

でなく成果としての満足度向上にも寄与すると考えられる。

また、「神戸市ドコモ見守りサービス」の実証事業では、多くの市民が個人的に協力する

ことによって子どものタグ17の電波を検知して位置を知らせるサービスが実現できた。協力

16 この制度は、市民が個人市民税額の 1%を自分が選択したボランティア団体やNPOな

どの活動に対して支援できるというもので、2005年度からスタートした。 17 BLE(Bluetooth Low Energy)タグ

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といっても自分のスマホに子ども検知用のアプリを搭載するだけである。多くの市民がほ

んの少し公共に対する意識を高めるだけで、子どもの安全を守るという地域社会に役立つ

仕組みが実現できる。

これらの事例はクラウドソーシングと似ていると指摘されるかもしれないが、クラウド

ソーシングがある特定の目的のために意思を持って協力するのに対し、個人によるシビッ

クテックは公共の目的のために市民として当然のこととして協力するような類のものであ

る。換言すれば、シビックテックによって市民の力が強化されることによって、市民の公共

に対する意識がこれまで以上に高められているといえる。

5.2 市民団体としてのシビックテック

市民団体としてのシビックテックはこの 2~3 年あちこちで立ち上がりつつあり、その性

格は様々で捉えどころがないというのが実情である。しかし、共通点を探っていくとどの団

体も地域課題の解決を目的としており、「テック」という言葉を使いつつもあくまでも市民

の活動に焦点を当てている。そして、アプリ開発も市民生活におけるニーズが起点となって

いる。IT の主体的な活用が従来の市民団体と異なっている点であるが、行政にとっても限

られた予算で多種多様な市民ニーズに応えるためには、シビックテックとの協働が不可欠

になってきている。

これらの団体を類型化することは難しいが、現段階ではおおまかに法人型組織とコミュ

ニティ型組織の 2 つの類型があり、そのほか組織として発展途上の団体が多くあるという

かたちになっている(図表 25)。

法人型は NPO 法人や一般社団法人など法人化している団体で、Code for Japan、Code

for Kanazawa、Code for Chiba などがある。行政機関などからの業務委託を契機に法人化

する場合がほとんどであり、団体としては組織活動の資金を得るために業務の受託が必要

となり、行政としては委託先が法人でないと契約が難しいという事情がある。契約を履行す

るためには、組織的な管理や事務作業なども最低限必要となってくる。

また、コミュニティ型はあえて法人化をしない団体であり、Code for AIZU や Code for

IKOMAなどがある。コミュニティとしてメンバー間のゆるいつながりを重視し、事務コス

トがかかるために法人化は不要だと考えている。活動資金が豊富にあるわけではないが、団

体は組織的に管理されるものというよりは、ボランティアベースでメンバーが参加する場

であると捉える傾向が強い。

さらに、組織として発展途上の団体が多く、それぞれが安定した組織を目指して模索して

いるが、目指している方向性も法人型のようなハード系とコミュニティ型のようなソフト

系に分かれている。

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図表 25 団体としてのシビックテック

出所:筆者作成

5.3 シビックテックの課題と解決の方向性

シビックテックはその出自がボランティア的な活動であるため、その持続可能性が大き

な課題となって立ちはだかる。

市民個人の場合は、市民自身がメリットを感じることができれば持続可能であると考え

られる。具体的な成果を得ることもメリットであるが、社会貢献への参加という満足感もメ

リットとなる。そのためには、公共的な精神を養う教育もより重要になってくるだろう。

その一方で、市民団体の場合は組織としての活動が継続できるかという課題を抱えてい

る。各団体から課題として指摘されている人材面と資金面に関して、シビックテックが今後

も持続可能であるか、解決の方法はあるのか検証したい。

5.3.1 人材と資金に関する課題

シビックテックとはいうものの、大学と関係のある団体は別として一般にエンジニアは

少なく、どこの団体でもエンジニア不足に悩んでいる。エンジニアが一人だけの団体では作

業が一人に集中するため、データ更新などの運用もままならないという。また、エンジニア

がいたとしてもすべてのエンジニアがコードを書けるわけではない。市民が課題解決のア

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イデアを出し、アイデアを実装するためのアプリを開発するにはコードが書けるエンジニ

アが必要となるが、その確保が課題となっている。

この IT人材不足の問題はシビックテックに限ったものではなく、IT業界全体の問題でも

ある。経済産業省の報告書18では 2015 年に約 17 万人が不足しており、2030 年に約 59 万

人規模の人材不足が発生すると推計(中位シナリオ)されている。報告書では、シニア・女

性・外国人など多様な人材を活用することなどによって活路を見い出そうとしている。

もう一つの課題が運営資金である。日本では大口の寄付などが見込めないため、米国のよ

うにメンバーを雇用できるどころか定常的に活動できる組織にはなっていない。そのため

法人化して外部から資金を獲得する方向に行くか、ボランティアベースで自分たちの身の

丈に合った活動をする方向に行くかのどちらかを迫られる。

法人型では外部からの資金獲得を目指しているものの、市民団体という立場のため民間

企業と競合することは意図しておらず、行政への支援や市民協働の活性化のような作業を

受託するに留まっている。常勤の雇用者はいないため、まとまった作業を受託することも難

しく、将来にわたって定常的に運用資金を獲得できるかどうかが課題である。

コミュニティ型ではシビックテックを市民協働の場と捉えており、お互いの持ち寄りに

よってワークショップのためのコワーキングスペースを借りることができれば良いと考え

ている。プロジェクトを推進する場合でも、相互に資源を持ち寄って実行することが原則に

なるだろうが、資金面でプロジェクトが頓挫することもあり得る。ボランティアベースとは

いえ、定常的に活動するためにはある程度の資金的な裏付けを持つことが課題であろう。

5.3.2 シビックテックとプログラミング教育

日本のシビックテックでは人材と資金という課題を抱えていることを見てきたが、大学

と連携しているシビックテックでは人材を大きな課題と捉えておらず、課題解決の鍵は「教

育」にありそうである。課題解決の方向性を提示する前に、アプリ開発と密接な関係を持つ

プログラミング教育とシビックテックとの関係についてここで触れておきたい。

Code for XXの活動とは別に、子ども向けプログラミング教育を行う CoderDojo19という

市民の活動がある。CoderDojo Japan が設立されたのは 2012年であり、今では日本全国に

100以上の CoderDojo XXがある。CoderDojoの運営者はチャンピオンと呼ばれ、協力者は

メンターと呼ばれ、子どもはニンジャと呼ばれているのは全世界共通である。メンターは教

えるというより、子どもの学習意欲に対して支援する姿勢を持ち、子どもの自主性・主体性

を重んじている。CoderDojoはアイルランドに本部があり申請すれば誰でも運営可能だが、

18 「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果 ~報告書概要版~」(商務情報政策局

情報処理振興課 2016年 6月 10日)

19 Dojoとは「道場」のこと。もともとはアイルランドが起源だが、その後シリコンバレ

ーに飛び火してこの活動は全世界に広がった。

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無償(参加費をとらない)が絶対的な条件という特徴を持っている。

一方、政府は 2020年度から小学校でのプログラミング教育の必修化を決定し、今年の「未

来投資戦略 2017」では、2020 年度の新学習指導要領の全面実施を待つことなく前倒しで

プログラミング教育を積極的に進めていくことが決定されている。無論、学校の教師だけで

プログラミング教育に対応できるはずもなく、政府では民間外部人材の教育現場への派遣

を支援したり、地域において発展的・継続的に学べる環境を作ることも盛り込まれている。

この政府の政策によって、各地の CoderDojo にも影響が及びつつある。プログラミング

教育に関して民間の外部人材を活用するとは言っても、東京など大都市以外では協力でき

る事業者がいないため、各自治体では地域の CoderDojo との連携を模索し始めている。

CoderDojo Japan に対しても、文科省から小学校のプログラミング教育に関する情報共有

の申し出があるなど、プログラミング教育必修化は市民の活動にも影響が出てきている。

5.3.3 課題解決の方向性

シビックテックの人材面と資金面における課題は、この小学校のプログラミング教育必

修化の影響によって状況が変わっていくのではないかと考えられる。

小学校からプログラミング教育をすることで若いうちから IT人材を育て、将来的にシビ

ックテックのエンジニアとして参加してもらうだけでなく、CoderDojo と Code for XXの

人的な交流が進みそうである。小学校の必修化が進めば CoderDojo においてもエンジニア

の不足は否めず、Code for XXとの交流を通じてエンジニア人材の共有化が進むと推測され

る。

2017年 4月からプログラミング教育を市立小学校全校で開始することを宣言した千葉

県柏市では、CoderDojo Kashiwaと協力して子ども向けプログラミングソフト「Scratch

(スクラッチ)」の教材を開発しているが、CoderDojo Kashiwaはプログラミング教育に

おいてすでに Code for Kashiwaや、Code for Matsudoと連携を始めている。

それ以外にも、Code for Chibaと CoderDojo木更津、Code for Nakanoと CoderDojo中

野、Code for Fuchuと PCN(プログラミングクラブネットワーク)など、Code for XXと

プログラミング教育市民団体との連携模索が始まっている。

また、Code for Aizu と会津大学、Code for IKOMAと奈良先端科学技術大学などのよう

に、Code for XXが大学と連携することで、エンジニア人材を供給してもらうとともに学生

に実装の現場を体験してもらうような取り組みも課題の解決には有効だろう。

さらに、企業における「働き方改革」の進展は社員を市民活動へと送り出す契機ともなり、

オープンイノベーションの潮流に晒されている企業にとっても社員の地域活動経験がビジ

ネスにおけるイノベーションに役立つことを認識しつつある。このような時代の流れも、企

業から市民活動へと人材供給が行われていく可能性がある。

次に資金面の課題であるが、小学校のプログラミング教育必修化において、政府は民間人

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材の派遣や地域の学習環境整備を計画しており、そこでは補助金や助成金が投入されると

考えられる。その一方で、CoderDojoという組織は完全無償という条件があるため、自治体

からの補助金や助成金を受取ることは難しいという。そのため補助金や助成金を活用する

場合には、Code for XXの組織として活動する方が望ましい。CoderDojo XXと Code for XX

の団体が相互に連携し始めている背景には、人材だけでなく資金の問題も絡んでいる。

Code for XXにおける資金面の課題については、CoderDojo XXと連携してプログラミン

グ教育を受託することで改善する可能性がある。無論、大きな金額ではないだろうが、定常

的に市民活動ができるくらいの額は期待できるだろう。Code for Kanazawa が金沢市から

アプリ開発講座の講師を受託しているように、教育分野に接近することで資金面の課題を

クリアできると考えられる。

また、Code for Japanがコーポレートフェローシップ事業を行って運営資金を獲得しよ

うと努力しているように、各地域の Code for XX が地域内の企業と自治体を結びつけるこ

とを模索することも有効だろう。コーポレートフェローシップ事業のように企業に負担金

を求めることはハードルが高いとしても、企業がスポンサーとなって市民活動の情報共有

を行うことは、企業の宣伝だけでなくビジネスチャンスのきっかけを掴むことが可能とな

るからだ。

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6.市民と行政の今後に関する考察

これまで見てきたように、市民個人も市民団体も ITの力によってこれまでにない力を持

つようになり、IT の力によって市民と行政との距離は徐々に縮まりつつある。それだけに

留まらず、市民を介して行政と企業との関係性にも大きな変化が現れている。

これまでの知見をもとに、本研究のまとめとして市民と行政との関係性が今後どのよう

に変容していくのかについて考察したい。

6.1 市民個人と行政との関係

市民個人は、今後もより高度な IoT 機器を保有し身に付けることで、個人と行政がより

身近な関係になっていくと予想される。スマートフォンはよりウェアラブルな形態となり、

センサーやレコーダー、AI機能が埋め込まれていく。

次世代ちばレポの計画では、スマホが投稿可否を自動判定したり、公用車の車載カメラで

道路の損傷を判定したりするが、その将来は市民が意識せずとも、市民が保有する IoT 機

器が自動的に情報を収集・判断・発信して行政に連絡するようになる。市民が運転する自動

車のドライブレコーダーが道路の損傷個所を抽出して自動的に行政へ情報を送ったり、街

路灯やカーブミラーなどの損傷も自動的に情報を送信することになる。

いわば、市民一人ひとりが意識することなく、IoT機器を保有することで地域の情報を収

集するセンサーとしての役割20を果たすようになっていく。このように行政は市民の協力に

よって得られたビッグデータを収集・解析することで、地域を安心安全かつ快適な場所とし

て効率的に維持管理していくことができる。当然ながら、収集する情報の種類やプライバシ

ー配慮と市民の安全との両立など、市民との対話による合意形成が必要となってくる。

市民が行政のセンサーの役割を果たすだけでなく、市民参加型予算編成で見たように市

民一人ひとりが行政の意思決定過程に参加する機会も増えていく。身近な公共施設の修繕

を市民の投票によって意思決定することは、自ら成果を得るだけでなく、行政への直接的な

参加によって幸福度を高める21ことにもなる。それだけでなく、税金の使い方を自ら考える

ことで、公共性に対する意識を高めることにもなるだろう。

そして様々な政策支援ツールが提供され、データがオープンにされることで、市民が地域

の課題を自分自身の問題として考えるようになる。政策支援ツールもオープンデータも市

民の力を強化することになるだろうが、市民がその力を利用するというよりは、ツールやデ

ータを介して市民と行政が対話していくような関係ができてくると想定される。

市民個人と行政との関係は、市民が力を持つことで単純に行政から市民へ権力が移行す

20 オランダでは、警察が Twitterを使って市民から犯罪に関する情報提供を求め、官民協

働による犯罪捜査を行うという事例がある。 21 Freyほか(2000)

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るのではなく、両者が公共性の観点を持ち、対等の立場で対話しながら地域課題を解決して

いくような関係に変化していくだろう。

本研究では市民と行政の直接的な関係を考察するため、議員との関係については対象と

しなかったが、市民と行政との関係が近くなっていくと議員の存在意義が問題となってく

る。議員・議会の IT活用は行政や市民よりも遅れており、議員・議会と市民との関係はま

すます遠くなっていく。ここでは残った課題として指摘するに留めるが、議員・議会の改革

を推進しなければ、議員・議会不要論が出てきてもおかしくないだろう。

6.2 市民団体と行政との関係

Code for America や台湾の g0vがトップエンジニアの集まるエンジニア憧れの職場とな

っているのに対し、日本の市民団体は人的にも資金的にもまだそれだけの組織にはなって

いない。Code for Japanのコーポレートフェローシップ事業も、企業のエンジニアと自治

体の橋渡しをしているだけだ。しかし、市民団体が組織として成長していくに従い、海外で

起きているような行政との関係性も出現してくる可能性がある。

第 4 章で紹介した g0v の合意形成システムは、行政からの積極的な呼びかけによって実

現したものであり、行政から見て g0v は技術的な相談ができるパートナーという位置づけ

になっている。民間企業が自社製品やサービスを売り込むことが中心になるのに対し、市民

団体は市民の立場から適切な技術の使い方をアドバイスできる存在として見られている。

つまり市民団体は、行政から技術やサービスのあり方について市民の立場からアドバイス

できる存在として期待され、今後 IoT など市民生活に密着した技術が進展して市民サービ

スが変化するにつれ、その存在価値は高まっていくと考えられる。

また、その逆に市民団体が自ら地域課題を解決するためにアプリを開発し、行政側へデー

タ提供などを積極的に呼びかけていくという関係性もある。5374(ごみ無し)や 4919(食

育)はその良い例であり、行政側が気づかない市民の生活視点から、地域の課題を解決する

仕組みを提案している。市民にとって必要なサービスであればその仕組みを安定稼働させ

るため、行政側も予算化などで積極的に関わっていくべきであろう。

さらに、Code for YOKOHAMAでは 2017年 7月の横浜市長選挙に向け、横浜新市長に

対して横浜市の ICT政策をまとめた「技術駆動都市ヨコハマ 2030」22を提言した。横浜市

では 4 月時点でオープンイノベーション推進本部を設置するなどデータ活用やイノベーシ

ョンにも積極的であるが、このような政策提言についても真摯に受け止め、市民団体をオー

プンイノベーションのパートナーとしていくことが必要だろう。

市民団体と行政との関係性を考えるとき、市民団体は市民サービス向上のための技術ア

ドバイザーの役割を果たし、地域課題の解決のためにアプリ開発や政策提言で行政に協力

していくという関係性になっていくだろう。市民団体の規模を考慮すれば、当面はそのよう

22 http://code4.yokohama/ICTproposal/

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な関係性に留まるだろうが、その将来にはどのような可能性があるだろうか。

市民団体は自分たちのアプリ開発技術を活用することで、地域課題の解決に貢献しよう

と考えた。しかし、課題によっては、アプリだけで解決することが難しいこともあるだろう。

その場合にはこれまでのように自治体や議会が中心となって地域の新たなルールを作る、

つまり条例を制定することになる。このとき、コンピュータを制御するアプリのコードと地

域社会を制御する条例のコードが同じようなものであることに気付くはずだ。榎並(2015)・

(2016)でも論じたように、法律の条文とプログラムのコードは類似しており、制御対象

が異なっているだけだ。アプリのコードから法令のコードへと市民団体の意識がより高ま

っていく可能性がある。

市民団体による関与が、行政に留まらず議会も含む自治体全体へと深化していくことに

より、市民の地域に対する責任感や義務感が向上すると同時に、幸福感も向上していくこと

が地域の理想であろう。

6.3 市民を介した行政と企業との関係

コーポレートフェローシップ事業で見たように、市民団体を介して行政と企業が新たな

関係性を持つようになると、行政と企業の関係もこれまでの発注者と受注業者という関係

とは異なるものとなってくるだろう。

企業の側もこれまでの閉鎖的な体質からオープンな姿勢へと変わりつつあり、Uberが交

通情報を行政へ提供したり、日本ではプローブ交通情報を官民で活用することも始まって

いる。それだけでなく、自社のデータをオープンにしてコンテストを開催23したり、自社で

開発した機械学習ツール24をオープンにしたりと、外部とのオープンイノベーションによっ

て企業の成長を図ろうとしている。

行政の側も、行政評価、アウトソーシング/民間委託、PFI/PPP、指定管理者制度、公会

計制度改革など New Public Management の各種手法を駆使するだけでは、行政内部の効

率化はできても、地域の成長を促すことができないことに気付き始めている。成長の原動力

である民間企業のイノベーションを促進することも、行政の役割として認識しつつある時

代に入っているといえるだろう。

市民が介在することで、企業のイノベーション促進に意欲的な行政とオープンイノベー

ションを指向する企業の連携が始まり、自治体は新技術・新規ビジネスの社会実験の場とし

て活用されるようになってくるだろう。行政はスタートアップ・市民団体などの育成による

多種・小規模な社会実験を推進するとともに、市民の協力も仰ぎながら大企業に社会実験の

場を提供することで、地域に投資を呼び込む政策が顕著になってくる。イノベーションの成

功事例が出現すれば、それがきっかけとなってその地域にまた新たな投資が生まれるとい

23 http://contest.frameworxopendata.jp/ 24 https://nnabla.org/

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う連鎖が期待できる。地域が成長するための行政と企業の連携において、シビックテックが

触媒として機能するという関係性も生まれてくると考えられる。

6.4 今後の展望 ― イノベーション・マネジメントの時代

市民と行政そして ITとの関係をあらためて考えると、現代は電子政府(e-Government)

の次に来るものは何かと問われている時代にあたる。電子政府が推進されてきた背景には、

NPM(New Public Management)というエンジンがあった。ピーターズ(1997)によれ

ば、内的誘因として財政問題、官僚の自主性、過去の改革の清算、外的誘因としてネオリベ

ラリズム、行政改革の正当化理論、リーダーシップ、経済のグローバル化の 2つの潮流によ

って、行政はこれまでの官僚制から新しい行政管理のあり方(NPM)へと転換してきたと

いう。

その行政改革の手段として、市場原理の導入、参加型の行政、規制緩和、柔軟な人事制度

の 4つが採用され、我が国においても 1990年代後半から徐々にこれらの民間経営的手法が

採用され、伝統的な官僚制度から方向転換が見られたのは言うまでもない。

これまでを振り返ると、第 1 段階は官僚制の時代であり、プロセス重視の伝統的行政管

理手法が中心であり、行政にとって市民とは「依らしむべし、知らしむべからず」という存

在であった。この時代の ITは電子計算機と呼ばれ、既存プロセスの合理化・効率化に貢献

するものだった。

第 2段階はNPMの時代であり、日本では 2000年以降インターネットの普及とともに地

方分権一括法や情報公開法が施行され、プロセスよりも成果を重視する行政へと転換して

いった。ウェブサイトの立ち上げで行政から市民への情報のオープン化は急激に進み、市民

の多くがインターネットで行政とつながる状況が生まれた。ITは行政内部の BPR(業務プ

ロセス改革)や市民による電子的なアクセス(電子申請・申告など)を促し、このような IT

活用は電子政府という言葉で表現された。

その後米国では 2009年にオバマ政権がオープンガバメント政策を発表し、これまでの電

子政府推進とは若干局面が変化してきた。しかし、NPMに代わる新たな原動力については、

社団法人行政情報システム研究所(2012)が指摘するように明確な方向性が出てきていな

い。また、Osmani ほか(2012)では PVM(Public Value Management)、NWS(Neo-

Weberian State)、NPG(New Public Governance)の 3つをポスト NPM候補として挙げ

ているものの、市民の巻き込み、行政参加、市民と行政の協働などいずれも従来のNPMの

概念を大きく超えるものとはなっていない。

今回のシビックテックに関する研究を通して、第 3 段階において NPM に代わる新たな

原動力の候補として「イノベーション・マネジメント」が提案できるのではないかと考えて

いる。これは従来の官僚制やNPMを否定するものではなく、それら行政内部のマネジメン

トだけでなく、行政を取り巻く地域を成長させるための外部に対するマネジメントが求め

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られるという考え方である。

行政と市民との関係についても、単なる市民参加ではなく、企業も含む広い概念の市民が

行政とともに地域のためにイノベーションを起こし、両者は都市の持続可能な成長に向け

た創造的社会実験のパートナーという位置づけになる。言い換えれば、行政への参加ではな

く、社会変革・都市成長への参加という意味に近い。このとき ITは IoTとしてあらゆる場

に浸透していくと同時に AIによる認知能力を備え、行政にとっては都市マネジメントのた

めのセンサーとなると同時に、イノベーションのための市民や企業との協働・共創のツール

としての地位を固めていくだろう。

第 3 段階をイノベーション・マネジメントと捉えるための兆候が、すでに随所に見られる

ことも付言しておきたい。例えば、先進的な自治体の部署名からは、イノベーション課、創

造都市課、共創推進室、企画共創課、オープンイノベーション推進本部など、従来見られな

かったイノベーションに関する言葉が登場している。そして、イノベーションの場づくりと

して、ニューヨーク市の Civic Hall25やシカゴ市の 187126をはじめ、日本でも鯖江市のHana

道場27、広島県の Camps もくもく会28などが設置されていることも、これまでとは異なる

段階を示すものだろう。

これからの社会や経済は IoT/AIによって飛躍的に進化していくと期待される一方、伝統

的職業が破壊され、失業が増えるのではないかという不安も渦巻いている。そして、Freyほ

か(2000)の幸福感の研究が指摘するように「失業は人々に最も大きな不幸感をもたらす」

ことにもなる。行政の役割としては IoT/AIを敵視して排除するのではなく、市民の不安や

不幸感を幸福感に転換するため、市民や企業と協働しながらイノベーションを次々と起こ

して新たな職業を創造する、つまり仕事を作る仕事が重要な役割となってくるだろう。

25 市民、企業、NPO、政府関係者などが、シビックテックを支援するために 2015年に設

立した協働およびイベントの場。 26 ITスタートアップコミュニティを支援するために 2012年に設置された施設で、技術支

援団体、インキュベータ、ベンチャーキャピタルなどが入居している。1871は新しいシカ

ゴ市創造の契機となった大火の年にちなむ。 27 ITを使ったものづくりのワークショップをしたり、イベントを開催したりできる「IT

×ものづくり」の拠点で、2015年に開設された。 28 個人でアプリやウェブサービスを開発する人を支援する会で、広島県が入退室自由で作

業をしたり相互に交流したりできる場を提供。2017年 10月から試行的に開催されてい

る。

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参考文献

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4, July 1969, pp. 216-224

Frey, Bruno S. and Stutzer, Alois( 2000) “HAPPINESS, ECONOMY AND

INSTITUTIONS” The Economic Journal, 110(October), 918-938

Gilman, H.R.(2016)”Participatory Budgeting and Civic Tech: The Revival of Citizen

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Goldstein, B. and Dyson, L.(2013) ” Beyond Transparency: Open Data and the

Future of Civic Innovation” Code for America Press

Heller, N.(2015)” The Sharing Economy is Not Civic Tech” Global Integrity

http://www.globalintegrity.org/2013/12/the-sharing-economy-is-not-civic-tech/

Knight Foundation(2013) “The Emergence of Civic Tech” December 2013

https://www.knightfoundation.org/media/uploads/publication_pdfs/knight-civic-

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Newsom, G. and Dickey L.(2013) ” Citizenville: How to Take the Town Square

Digital and Reinvent Government” Penguin Books

(邦訳 ギャビン・ニューサム、リサ・ディッキー著(稲継裕昭監訳、町田敦夫訳)「未

来政府」2016年 東洋経済新報社)

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Learn from Social Movements – A look at civic technology in the U.S. from 2013 –

2015 through the lens of a 21st-century social movement”

http://enginesofchange.omidyar.com/docs/OmidyarEnginesOfChange.pdf

Osmani, Mohamad W., Weerakkody, Vishanth and El-Haddadeh, Ramzi (2012),

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Stempeck, M., Sirfry, M., and Simpson,E.(2016)“ Towards a taxonomy of civic

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http://blogs.microsoft.com/on-theissues/2016/04/27/towards-taxonomy-civic-

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Wood, C.(2016) “What is Civic Tech?” Government Technology, August 16, 2016

http://www.govtech.com/civic/What-is-Civic-Tech.html

IT総合戦略本部(2015) 「利活用推進に係る検討課題」電子行政オープンデータ実務

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http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/densi/riwg/dai2/siryou1.pdf

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榎並利博(2012)「世界の電子政府における最新動向─国際電子政府カンファレンス

IFIP EGOV2011&ePart2011 から─」『行政&情報システム』2012年 2月号

榎並利博(2015)「立法爆発とオープンガバメントに関する研究 ―法令文書における

オープンコーディングの提案―」FRI研究レポート No.419 2015年

榎並利博(2016)「立法過程のオープン化に関する研究 ―Open Legislationの提案―」

FRI研究レポート No.428 2016年

社団法人行政情報システム研究所(2012)、「ポスト NPM 時代の電子政府政策に関す

る調査研究」、社団法人行政情報システム研究所、2012年 3月

情報産業研究会(2017)「NEC が鎌倉市と ICT 活用の地域発展活動で包括連携協定」

『情報化研究』2017年 10月

高橋秀行・佐藤徹編(2013)『新説 市民参加 [改訂版]』公人社 2013年

野村敦子(2017)「公共分野におけるデジタル変革をいかに進めるか─アメリカにみる

シビックテックの動向と課題─」J R Iレビュー 2017 Vol.3, No.42

ピーターズ、ガイ(1997)「行政改革はいまなぜ必要か 改革の論理と現状」『行政管理

研究』1997年 12月号

松崎太亮(2017)『シビックテックイノベーション 行動する市民エンジニアが社会を

変える』株式会社インプレス R&D 2017年 10月

参考ウェブサイト

CivicWave

http://www.civicwave.jp/

Code for Japan

http://www.code4japan.org/

Code for America

https://www.codeforamerica.org/

CoderDojo

https://coderdojo.com/

CoderDojo Japan

https://coderdojo.jp/

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研究レポート一覧

No.452 シビックテックに関する研究 -ITで強化された市民と行政との関係性について-

榎並 利博 (2018年1月)

No.451 移住者呼び込みの方策 -自治体による人材の選抜- 米山 秀隆 (2018年1月)

No.450 木質バイオマスエネルギーの地産地消における 課題と展望 -遠野地域の取り組みを通じて-

渡邉 優子(2017年12月)

No.449 観光を活用した地域産業活性化 :成功要因と将来の可能性

大平 剛史(2017年12月)

No.448 結びつくことの予期せざる罠 -ネットは世論を分断するのか?-

田中 辰雄浜屋 敏

(2017年10月)

No.447 地域における消費、投資活性化の方策 -地域通貨と新たなファンディング手法の活用-

米山 秀隆 (2017年8月)

No.446 日本における市民参加型共創に関する研究 -Living Labの取り組みから-

西尾 好司 (2017年7月)

No.445 ソーシャル・イノベーションの可能性と課題 -子育て分野の日中韓の事例研究に基づいて-

趙 瑋琳 (2017年7月)

No.444 縮小まちづくりの戦略 -コンパクトシティ・プラス・ネットワークの先進事例

米山 秀隆 (2017年6月)

No.443 ICTによる火災避難の最適化 -地域・市民による自律分散協調システム-

上田 遼 (2017年5月)

No.442 気候変動対策分野における新興国市場進出への企業支援 -インドにおける蓄電ビジネスを例に-

加藤 望 (2017年5月)

No.441 シニアの社会参加としての子育て支援 -地域のシニアを子育て戦略として迎えるための一考察 森田麻記子 (2017年5月)

No.440 産業高度化を狙う「中国製造2025」を読む 金 堅敏 (2017年5月)

No.439 エビデンスに基づくインフラ整備政策の実現に向けて ~教育用コンピュータの整備をモデルケースとした考察~

蛯子 准吏 (2017年4月)

No.438 人口減少下の地域の持続性 -エリアマネジメントによる再生-

米山 秀隆 (2017年4月)

No.437 SDGs時代の企業戦略 生田 孝史 (2017年3月)

No.436 電子政府から見た土地所有者不明問題 -法的課題の解決とマイナンバー-

榎並 利博 (2017年1月)

No.435 森林減少抑制による気候変動対策 -企業による取り組みの意義-

加藤 望(2016年12月)

No.434 ICTによる津波避難の最適化 -社会安全の共創に関する試論-

上田 遼(2016年11月)

No.433 所有者不明の土地が提起する問題 -除却費用の事前徴収と利用権管理の必要性-

米山 秀隆(2016年10月)

No.432 ネット時代における中国の消費拡大の可能性について 金 堅敏 (2016年7月)No.431 包括的富指標の日本国内での応用(一) 人的資本の計測とその示唆 楊 珏 (2016年6月)

No.430 ユーザー・市民参加型共創活動としてのLiving Labの現状と課題

西尾 好司 (2016年5月)

No.429 限界マンション問題とマンション供給の新たな道 米山 秀隆 (2016年4月)

No.428 立法過程のオープン化に関する研究 -Open Legislationの提案-

榎並 利博 (2016年2月)

http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/report/research/

研究レポートは上記URLからも検索できます

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富士通総研 経済研究所

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