電気系設計プラットフォーム -...

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FUJITSU. 63, 1, p. 24-31 01, 201224 あらまし 製品開発において,高性能化・小型化・低コスト・短期開発などの従来からある「も のづくり」の要件に加え,事業継続性,環境対応,安心・安全など企業の社会的責任に対 するビジネス要件が増してきている。このような技術とビジネス環境の変化に対応する ために,開発全体のガバナンスを効かせた開発プロセス・開発環境の導入が必要である。 富士通では長年にわたる「ものづくり」で培ったノウハウを集約し,標準化を図った統合 設計開発環境(FTCPFlexible Technical Computing Platform)を構築し,「エンジニア リングクラウド」として,開発部門はもとより製造現場,製品の修理拠点などにも提供し ている。 本稿では,FTCPの全体概要と,電気設計プラットフォームの主要なコンポーネントで あるプリント板設計CAD,ノイズ解析などのシミュレーション環境,およびそれらの運 用を支える標準部品情報データベースの特徴と連携について紹介する。また,エンジニ アリングクラウド基盤を活用し, FTCPをクラウド環境で提供することによるメリットや, お客様の既存開発環境のクラウド化について言及する。 Abstract The conventional requirements of MONOZUKURI (manufacturing) included needs for high performance, miniaturization, low costs, and fast development. In addition to these, product development has come to require businesses to fulfill their social responsibilities in areas such as business continuity and consideration for the environment and safety. In order to respond to these changes in technologies and the business environment, it is essential to introduce development processes and a development environment that allow for effective governance of development overall. Fujitsu has integrated the know-how of MONOZUKURI cultivated over many years, and built a flexible technical computing platform (FTCP) as the development environment. It has provided it to customers in development sections, manufacturing sections and repair sections as Engineering Cloud.This paper describes an overview of FTCP. It also covers the features of and linkage between CAD for designing printed circuit boards, a key component of the electrical design platform; a simulation environment for analyzing noise and such like; and a standard component database which supports them. Moreover, it also describes the merits of providing FTCP in a cloud environment by using Engineering Cloud, and the shift of customersexisting development environments to the cloud. 中村武雄   森泉清和   佐藤敏郎   山田修一郎 電気系設計プラットフォーム Electrical Design Platform on Engineering Cloud

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Page 1: 電気系設計プラットフォーム - Fujitsu...電気設計CADは設計工程の上流プロセスである 構想設計から,詳細設計,ものづくり工程までを

FUJITSU. 63, 1, p. 24-31 (01, 2012)24

あ ら ま し

製品開発において,高性能化・小型化・低コスト・短期開発などの従来からある「も

のづくり」の要件に加え,事業継続性,環境対応,安心・安全など企業の社会的責任に対

するビジネス要件が増してきている。このような技術とビジネス環境の変化に対応する

ために,開発全体のガバナンスを効かせた開発プロセス・開発環境の導入が必要である。

富士通では長年にわたる「ものづくり」で培ったノウハウを集約し,標準化を図った統合

設計開発環境(FTCP:Flexible Technical Computing Platform)を構築し,「エンジニアリングクラウド」として,開発部門はもとより製造現場,製品の修理拠点などにも提供し

ている。

本稿では,FTCPの全体概要と,電気設計プラットフォームの主要なコンポーネントであるプリント板設計CAD,ノイズ解析などのシミュレーション環境,およびそれらの運用を支える標準部品情報データベースの特徴と連携について紹介する。また,エンジニ

アリングクラウド基盤を活用し,FTCPをクラウド環境で提供することによるメリットや,お客様の既存開発環境のクラウド化について言及する。

Abstract

The conventional requirements of MONOZUKURI (manufacturing) included needs for high performance, miniaturization, low costs, and fast development. In addition to these, product development has come to require businesses to fulfill their social responsibilities in areas such as business continuity and consideration for the environment and safety. In order to respond to these changes in technologies and the business environment, it is essential to introduce development processes and a development environment that allow for effective governance of development overall. Fujitsu has integrated the know-how of MONOZUKURI cultivated over many years, and built a flexible technical computing platform (FTCP) as the development environment. It has provided it to customers in development sections, manufacturing sections and repair sections as “Engineering Cloud.” This paper describes an overview of FTCP. It also covers the features of and linkage between CAD for designing printed circuit boards, a key component of the electrical design platform; a simulation environment for analyzing noise and such like; and a standard component database which supports them. Moreover, it also describes the merits of providing FTCP in a cloud environment by using Engineering Cloud, and the shift of customers’ existing development environments to the cloud.

● 中村武雄   ● 森泉清和   ● 佐藤敏郎   ● 山田修一郎

電気系設計プラットフォーム

Electrical Design Platform on Engineering Cloud

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電気系設計プラットフォーム

ま え が き

「ものづくり」は,テクノロジーの進化,ビジネス環境の変化により,製品開発時に考慮すべき要因が増加し,その難易度は年々向上している。例えば半導体デバイスの高速化によるデジタル信号のアナログ的振る舞い,低電圧化によるノイズマージン低下,スマートフォンなどに代表される小型・高密度化などがある。一方,市場投入までの期間の短期化や,グローバル競争によるコストに対する要求も強く,開発リードタイム短縮,低コスト開発が必須となっている。また,企業の社会的責任として,事業継続性,環境対応,安心・安全などのビジネス要件も高まっている。このような技術・市場環境により,標準化・統制された製品開発プロセス,およびそれを支援する開発環境の革新が必須となってきている。本稿では,製品開発のリードタイム短縮,品質・性能向上を実現し,富士通グループの「ものづくり」を加速する原動力となっている開発環境について,電気設計プラットフォームを中心に,設計・検証環境,標準化された標準部品情報データベース,およびクラウド環境での運用の取組みについ

ま え が きて紹介する。

統合設計開発環境FTCP

富士通では,従来からものづくり革新を支える環境として,設計源流から製造まで手戻りのない開発を支援する設計環境「EMAGINE」を構築してきた。(1)

現在,この開発環境を更に進化・統合した開発プラットフォームとして,ものづくりにおける開発ノウハウを集約するとともに,テクニカルコンピューティングを活用した統合設計開発環境(FTCP:Flexible Technical Computing Platform)を構築している(図-1)。

FTCPは,プラットフォーム上にGUI操作を中心としたCAD環境,信号・電源・熱・構造などのリアルタイム検証(DRC:Design Rule Check)環境,およびそれらを支える設計規格・標準部品情報データベース(ライブラリ)を有し,設計工程の上流から製造に至る開発工程を支援している。さらに,高精度な解析やシミュレーションなどの大量の計算を短時間で実行するために,PCクラスタやグリッドコンピューティングなどから構成されるテクニカルコンピューティングリソースを

統合設計開発環境FTCP

富士通グループの開発プラットフォーム(開発部門のノウハウ集積)-Flexible Technical Computing Platform-

部品ライブラリ

PT板CAD

プリント板設計CAD 構造設計CAD

モデルライブラリ

規格類…チェック

電気設計基準チェック

…基準チェック

…基準チェック

配線支援

集合知 解析・分析支援

…ソルバ

…専用機

LSI設計CAD

論理接続チェック

電気信号 電 源

熱流体

静 音

論理・遅延

電気系

構造系

LSI系 …チェック

LSI-CAD 3D-CAD

ナレッジマネジメント

シミュレーション リアルタイム検証 コンテンツ類戦略ツール

ライブラリ

図-1 富士通の統合設計開発環境(FTCP)

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電気系設計プラットフォーム

構成,主要な部品の概略配置・配線経路について,複数ケースの比較検討を行い,その中から最適解を基板設計仕様として,次工程の詳細設計工程に渡す。その際,後工程における大きな手戻りの発生を防ぐために,プリント基板設計用の構想設計CADツールや各種解析ツールを利用して,部品配置・配線収容性,シグナルインティグリティ,電源インティグリティ,発熱特性,製造性などの各種検証・評価を行う。設計最上流の構想設計工程のCAD化を支援するため,構想設計CADでは,プリント基板・部品形状をウィザード形式で作成して簡易に設計を開始することを可能としている。さらに,部品配置・配線編集中にも自由にプリント基板形状・層構成,部品形状の変更を可能とし,容易に様々なケースの基板設計検討を行うことができる。設計結果は,シグナルインティグリティ・電源インティグリティ解析ツールとの連携により,部品配置位置・配線経路情報・配線長・電源パターンなどの評価を行い,そこから得られた設計条件を詳細設計で設計制約条件として利用している。

提供している。FTCPにおける電気設計環境の主要なポイントは以下の3点であり,それぞれについて次章から紹介する。(1) 設計ノウハウ/技術を集約した電気CADツール群とDRC

(2) テクニカルコンピューティング活用による徹底した電気シミュレーション

(3) 部品の標準化と設計検証を支援する標準部品情報データベース

電気設計CAD

電気設計CADは設計工程の上流プロセスである構想設計から,詳細設計,ものづくり工程までを支えるツール群から構成されている(図-2)。これらのツールには,スーパーコンピュータやサーバ,ネットワーク機器の大規模基板から,携帯電話やノートパソコンの小型高密度基板の設計を支えるために,富士通の長年にわたる設計・検証のノウハウを組み込んでいる。● 構想設計構想設計工程では,プリント基板のサイズと層

電気設計CAD

標準部品情報データベース

システムレベル構想設計・解析

論理回路設計検証・解析

詳細基板設計検証・解析

製造設計量産設計 量産

電源ノイズ解析 SignalAdviser-PI

電源ノイズ解析 SignalAdviser-PI

・回路DRC・部品DRC・製造性DRC・同時並行設計・解析連携

信号ノイズ解析SignalAdviser-SI

・基板DRC・電気DRC・製造性DRC・同時並行設計・エレキメカ連携・解析連携

・製造性DRC・解析連携・基板設計連携

構想設計CAD 回路設計CAD 基板設計CAD 基板設計CAD

連携

連携

連携

EMC対応DRC SignalAdviser-EMC

図-2 開発工程を支援する設計・検証ツール・標準部品情報データベース

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電気系設計プラットフォーム

● 詳細設計詳細設計工程では,部品選定から回路設計,配線制約設計,基板設計を行う。(1) 部品選定部品選定は製品の性能・信頼性・コストなどを左右する重要な作業であり,後述する部品情報データベースを回路設計CADからリアルタイムに検索することで,部品の絞込みを図っている。また,終息部品に対する代替品や環境規制対応部品への自動一括置換え機能などを備え,標準部品の利用を促す仕組みを実現している。(2) 制約ドリブン設計と配線支援高速信号を扱う基板設計には,パターンの配線長,配線トポロジーなどのルールを守った配線が必須となっている。このため回路設計の段階で,回路図上の信号線にそれらの配線制約を付与する必要がある。大規模な回路では,配線制約数が数千個に上ることがあり,効率良い設定とその確認手段として,信号伝送におけるドライバ/レシーバ間の回路トポロジー上での編集機能を提供している。基板設計では,その制約に基づいて基板内の配線をアシストする配線支援機能として,クロストークノイズ対策のための間隙確保やシールド配線,差動ペア信号の等長配線,バスの等長配線機能な

どを実現し,配線作業の軽減と配線制約ミスを抑制している。また,リアルタイムDRCにより配線パターンを編集中に常にチェックし,設計規準や配線制約を遵守した配線となる仕組みとなっている。(3) DRCによる手戻り削減富士通の設計規準を遵守し,設計内容の正しさを検証するためのDRCは,図-3に示すように回路設計で約100項目,基板設計・製造設計で約200項目を実装している。これらの多くが,設計編集作業と同時にリアルタイムで動作し,間違いのない設計ができる機能を実現している。また,設計の区切りなどで実施する一括DRCにおいても,高いレスポンス性能を実現し,設計・検証を同時にできる環境となっている。DRCには,富士通の製品開発ノウハウが組み込まれており,日々最新のテクノロジーへの追従や失敗事例のフィードバックを受け,常に見直しと追加が行われている。● 製造設計・量産設計試作回数の抑制や製造リードタイムの短縮を実現するために,製造や試験工程の容易性を考慮したDFM/DFT(Design For Manufacturing/Design For Test)を設計段階で徹底して行っている。例えば,部品搭載機(マウンタ)による搭載時間短縮のための部品搭載方向の統一,はんだリフ

基板設計・製造設計用DRC約200種

回路設計用DRC約100種

・部品の適正化・電気条件・製造性・図面共有性

◆プリント基板歩留向上

◆組立直行率向上

◆プリント基板歩留

留向上

回路設計

基板設計

製造設計 ・EMC,ノイズ ・基板製造性・組立製造性

◆品質向上(EMC,ノイズ)

※ルールや制約値については,テクノロジーごとにカスタマイズ

標準部品化(推奨ランク)環境対応(RoHSなど)部品高さ実装位置名の重複(IC01など)

ネット名称規約(例,信号系に電源名称はNG)回路図面の判読性(例,文字の重なり)

ESD耐性耐圧,極性部品寿命

異種電源の接続解放禁止全信号未使用抵抗接続性パスコン不足ファンアウト数

クロストークノイズ

導体間隙

差動ペア配線間隔

差動ペア配線ミアンダ形状

パスコン必要個数,パスコン引出し配線許容電流,シールド配線漏れ,ビア設置条件

部品間隙部品搭載角度はんだ耐熱自重部品落下部品高さ(検査装置)電解コンデンサ条件

レジスト導体露出

マーキング判読性(線幅など)基板分割用スリット

異種多面取り(部品名重複)ミラー反転チェック

図-3 設計・製造ノウハウを具現化したDRC

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電気系設計プラットフォーム

● 電源ノイズ解析システム「SignalAdviser-PI」従来の机上計算による電源ノイズ対策設計手法では精度が低いため,電源グランドバウンスノイズの対策設計が非常に困難になってきている。このため,過剰設計によるノイズ対策設計コストの増加や,逆に不十分なノイズ対策設計による電源ノイズ問題が顕在化することが多くなっている。富士通の電源ノイズ解析システムには,電源インピーダンス解析と直流ドロップ解析のほか,電源ノイズ対策設計に必須の機能が組み込まれており,これらを装置設計に適用することにより,電源ノイズ問題の発生を撲滅した。● EMC対応DRCシステム「SignalAdviser-EMC」困難になってきているEMI/ESD対策を設計段階で容易に作り込み可能とするため,富士通における携帯電話からスーパーコンピュータまでの幅広い装置設計において培われたEMC(Electromagnetic Compatibility)対策ノウハウを組み込んだDRCシステムを構築して活用している。多くの装置開発において,従来発生していた実機のEMC規格試験での不合格発生による設計手戻りを撲滅することができた。本システムの特長は以下のとおりである。(1) 携帯電話からハイエンドサーバまで幅広く適用(2) EMIに加えてESD耐性についてもチェック可能(3) チェック結果の重み付け表示/レポート出力機能

・対策の優先順位を重み付けし,重要項目を抽出・詳細/サマリーレポートで対策指示が容易(4) 配線パターンのEMI電界強度スペクトラム解析・プリント基板レイアウトデータから電界強度スペクトラムを全自動で解析(図-4)

・高精度な自社開発の電磁界ソルバの組込みによって的確なEMI対策設計を実現図-4に示すように,解析結果を基にEMI対策部品を加えることにより,電界強度を10 dB抑えることができた。

標準部品情報データベース

これまで述べてきた電気CAD・DRC,電気シミュレーションを高精度,かつ効率的に運用するために必須な部品情報を提供するのが標準部品情報データベースである。富士通グループでは,グループでの部品標準化により,部品選定,評価に

標準部品情報データベース

ローの歩留まり向上のための部品間の距離・部品高さ条件・耐熱温度チェックなどがある。さらに,熱解析シミュレーションによるリフローにおける温度分布検証なども実施して製造品質の確保,効率化を実現している。製造後の試験対応としては,JTAG(Joint Test

Action Group)準拠のバウンダリスキャン回路の組込みやテストパターンの自動生成機能,自動試験機のためのテストパッド配置などを設計段階で行うことにより,試験工程の作業効率化や診断率の向上を図っている。

電気シミュレーション

デジタル機器の高性能化に伴い実装基板上の信号伝送速度が高速化するとともに,LSIの低電圧化と実装密度の高密度化が進んでいる。このため,信号伝送と電源供給系におけるノイズ問題が顕在化してきている。さらに,EMI(Electromagnetic Interference)放射レベルの増加により,EMI規制試験のクリアとESD(Electrostatic Discharge)耐性の確保が困難になっている。以上のノイズ問題への対策設計を実施するため,各種のノイズ解析 シ ス テ ム とEDRC(Electrical Design Rule Check)システムを適材適所で組み合わせて活用している。これらのシステムは富士通の携帯電話からスーパーコンピュータ「京」(注)までの幅広い装置の設計プロセスに組み込まれることにより,設計上流段階で各種のノイズ対策を作り込み可能にして,設計手戻りの撲滅とコスト削減などに大きな効果を上げている。(2)

以下に電気シミュレーションシステムについて述べる。● 伝送波形解析システム「SignalAdviser-SI」信号伝送の中でも,特に超Gbps差動伝送においては,伝送波形が表皮効果,誘電損やISI(Inter Symbol Interference)の大きな影響を受けるために,これらの現象を高精度に解析することが必要となる。富士通の伝送波形解析システムでは,独自開発の回路シミュレータエンジンに周波数依存パラメータの高精度な解析機能を組み込むことにより,これらの現象を高精度に解析可能とした。

電気シミュレーション

(注) 理化学研究所が2010年7月に決定したスーパーコンピュータの愛称。

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電気系設計プラットフォーム

(3) 品質関連情報実製品の稼働状況を反映した部品固有の故障率

(4) 製造関連情報リフロー耐熱情報,吸湿管理情報,保存・保管管理条件,梱包形態などの情報(5) 調達関連情報部品価格情報,終息(EOL)情報,終息部品に対する代替推奨品情報,マルチソース情報(6) 環境対応情報欧州RoHS規制への対応有無,含有規制物質情報

(7) 設計関連情報SPICEモデル,IBISモデル,熱抵抗などのシミュレーション関連情報このように部品標準化の推進と,部品個々の

属性情報をタイムリにデータベースに登録し,CAD・シミュレーションで利用可能とすることが,開発リードタイム短縮,設計品質を確保するかぎとなっている。

エンジニアリングクラウド

これまで述べてきたFTCPは,2011年よりエンジニアリングクラウド環境での社内運用が始まっている(図-5)。(3) エンジニアリングクラウドは,エンジニアリング分野向けのDaaS(Desktop as a Service)環境を中心としたクラウド環境であり,クラウドで処理した結果の画面データをクライアント側に転送する。CADやCAEの高精度で多量の画像データを高速に転送可能としているのが,富士通が独自に開発した高速表示技術「RVEC(レベック:Remote Virtual Environment Computing)」である。(4)

クラウド化によって得られる主なメリットについて以下に述べる。(1) 安心・安全な環境をいつでも,どこでも

FTCPを構成する設計・検証ツールと設計データはクラウド上にあることにより,いつでも,どこでも同じ設計環境を利用することができる。例えば,事務所,出張先,工場,自宅など様々な場所からアクセスすることができ,かつ設計データはクライアントPCに保存しないため,紛失や盗難などのセキュリティ面でも安心・安全に利用することができる。富士通グループではクラウドにより,FTCPを開

エンジニアリングクラウドかかわる重複作業を削減するとともに,集中購買によるコストダウン,工場における受入れ検査作業の削減,部品の棚数・棚残の削減まで様々なメリットを実現している。さらに,標準部品情報データベースとCADとの密連携により,CADを利用した設計の効率化や設計の早期段階で精度の高いDRC・シミュレーションを可能とすることで,設計効率化,設計品質確保,下流工程からの手戻り抑制を図っている。

2011年現在,標準部品情報データベースに登録さている汎用電子部品はIC,LSIから電子機構部品まで約50種,24万点となっている。このうち使用推奨部品は1万7千図番に絞って標準化を図っている。それぞれの部品ごとに,部品管理情報,機能・特性情報,品質情報,製造関連情報,調達関連情報,環境対応情報,設計関連情報として,約380~430種の属性情報を登録している。以下にそれぞれの概要を示す。(1) 部品管理情報部品を購入するに当たって使用する図番,メーカ・型名情報,標準化情報(推奨ランク)(2) 機能・特性情報部品固有の機能情報,定格電圧や温度特性,周波数特性などの特性情報

CLK

IC

EMI対策部品

10 dB改善

周波数周波数 周波数周波数

電界強度

電界強度

電界強度

電界強度

≪対策部品なし≫≪対策部品なし≫ ≪対策部品あり≫≪対策部品あり≫

図-4 電界強度スペクトラム解析機能の適用例

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電気系設計プラットフォーム

ることができる。さらに一歩進んで,クラウド上で富士通のFTCPと連携・一部組込みを行うことで,標準部品情報データベースや,お客様のノウハウを組み込んだDRC,各種シミュレーションツールを利用することが可能となる。また,シミュレーションなどに必要な大規模なコンピュータリソースも必要な時期に必要な量だけデータセンターを利用することで,初期投資を抑制し,効率良い設計環境を実現できると考える。

む  す  び

本稿では,ICT企業である富士通の長年にわたる「ものづくり」のノウハウを集結した電気設計プラットフォームの主要コンポーネントである,電気CAD,電気シミュレーション環境,およびそれを支える部品情報データベースを紹介してきた。また,そのプラットフォームをエンジニアリングクラウド環境により,社内に提供することで,更なる利便性・安全性が得られることも紹介してきた。さらに,社内事例を通じてお客様の設計環境においても,エンジニアリングクラウドの基盤技術を活用することで,現在の設計環境をほぼそのままクラウド化することができ,少ないコストでクラウド化のメリットを享受することが可能である

む  す  び

発の現場だけでなく,工場や修理拠点にも展開し,従来,紙やPDFで作成していた手順書をCAD化して,作業の効率化やミスの削減を実現している。(2) ツール/データ連携の容易化電気系ツールと構造系ツール,およびそれらの設計データが1か所に集約されていることにより,電気系と構造系の連携も短いTATで容易に行うことができるメリットも生まれる。例えば,プリント基板上に実装した部品と構造CADで設計した筐体の干渉チェック,プリント基板を筐体に収めたときの放射ノイズ解析や熱解析など,従来はその都度設計データを集めて行っていたことが,即時に実行できる。(3) 既存設計環境の継承エンジニアリングクラウドは,クラウド基盤を利用することで,既存の設計環境をそのままクラウド化することができる特徴を持っている。富士通のFTCPのクラウド化においても,長年構築してきた統合環境を最小限のコストでクラウド化することができた。お客様が現在利用されている設計環境も様々なノウハウやシステム連携が組み込まれたものになっていると思われるが,エンジニアリングクラウド基盤に載せることにより,最小限のスイッチングコストで,セキュアかつ便利な環境に移行す

開発拠点

工場

修理 拠点

工場

開発拠点開発拠点

エンジニアリングクラウド環境

理点

修理拠点開発

拠点

富士通グループの開発プラットフォーム(開発部門のノウハウ集積)-Flexible Technical Computing Platform-

部品ライブラリ

PT板CAD

プリント板設計CAD 構造設計CAD

モデルライブラリ

規格類…チェック

電気設計基準チェック

…基準チェック

…基準チェック

配線支援

集合知 解析・分析支援

…ソルバ

…専用機

LSI設計CAD

論理接続チェック

電気信号 電 源

熱流体

静 音

論理・遅延

電気系

構造系

LSI系 …チェック

LSI-CAD 3D-CAD

ナレッジマネジメント

シミュレーション リアルタイム検証 コンテンツ類戦略ツール

ライブラリ

富士

配線支援…ソルバ

専用機

戦略ツー

図-5 エンジニアリングクラウドによるFTCP運用

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電気系設計プラットフォーム

参 考 文 献

(1) 山口高男ほか:ものづくり革新を支える統合設計環境.FUJITSU,Vol.56,No.6,p.573-579(2005).

(2) 佐藤敏郎ほか:LSI,PCB一体ノイズ解析システム.電子情報通信学会論文誌C,Vol.J89-C,No.11,p.817-825(2006).

(3) 斎藤精一ほか:エンジニアリングクラウド開発環境.FUJITSU,Vol.62,No.3,p.288-296(2011).

(4) 松井一樹ほか:仮想デスクトップ環境での高速表示技術:RVEC(レベック).FUJITSU,Vol.63,No.1,p.75-80(2012).

と考える。日々進化するテクノロジーやICT環境の先を読み,常に最先端,かつ自社のコアコンピテンシやノウハウを集約した設計環境を構築・維持し続けることが,グローバル競争の時代において,日本の「ものづくり」を強くしていく源泉であると考える。

中村武雄(なかむら たけお)

富士通アドバンストテクノロジ(株)デザインプラットフォーム開発統括部 所属現在,電気設計プラットフォームの企画開発に従事。

森泉清和(もりいずみ きよかず)

富士通アドバンストテクノロジ(株)部品技術開発統括部 所属現在,製品に採用する電子部品の認定企画業務に従事。

山田修一郎(やまだ しゅういちろう)

富士通アドバンストテクノロジ(株)デザインプラットフォーム開発統括部 所属現在,電気設計プラットフォームの開発に従事。

佐藤敏郎(さとう としろう)

富士通アドバンストテクノロジ(株)回路技術開発統括部 所属現在,電気シミュレーション技術の開発に従事。

著 者 紹 介