中国資本市場の対外開放と滬港通 - mizuho bank...1/14 2015年7月14日...

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1/14 2015年7月14日 中国資本市場の対外開放と滬港通 ~「守り」から「攻め」へ~ 証券部調査チーム 村松 [email protected] (要旨) 金融市場のグローバル化により、クロスボーダーでの資金の動きが活発となり、中国 資本市場への投資に注目が集まっている。昨年 11 月には滬港通(フーガントン、 Shanghai-Hong Kong Stock Connect)が開通し、中国本土の A 株市場への海外投資家 の自由な参入が可能となった。 中国本土の資本市場への投資においては、QFII、三類機構および RQFII の計3種類の投 資制度が存在している。中国当局は投機的資金の流入や人民元国際化等に配慮し、投 資制度を整備し、慎重に開放を進めている状況と思われる。 QFII 制度は、CSRC と SAFE の二段構えの認可態勢となっており、中国株式市場の構造 的課題の解消策、A 株市場の活性化策といった色彩も有している。三類機構は、中央 銀行やクロスボーダー貿易決済への参加銀行に認められた投資制度であり、オフショ ア人民元預金の受け皿として、限定的に中国本土の債券市場における投資を認めるも のである。RQFII制度は、CSRCとSAFEの認可に加え、各国別の投資枠が存在しており、 オフショア人民元預金の受け皿として、三類機構と通低する部分を有すると共に、近 年世界各地で投資枠の付与が拡大している。 そのような中、昨年 11 月に滬港通が開通し、個別認可を要さず、A 株の売買を行うこ とが可能となった。売買高については、当初は香港からの上海株買いが優勢であった ものの、足元は拮抗している状況にある。なお、滬港通の開通に伴い、非居住者の中 国資本市場投資に伴うキャピタルゲインが非課税となることが明確化された。今後に ついては、世界各地の証券取引所との相互取引の拡大や、債券などの対象商品の拡充 が注目されよう。上海と香港を合計した時価総額は世界第 2 位となっており、一体性 を強める中、将来的には香港市場の空洞化にも留意すべきと思われる。 各種投資制度は、その成立過程や規制緩和の進展において、中国政府の目的を反映し たものと考えられる。滬港通からは中国がそれまでの守りの姿勢から、グローバルな 金融市場における攻めの姿勢へと転じたことが感じられる。一方、中国資本市場の更 なる成長には、投資家の利便性を高める市場インフラ改善の努力が必要と思われる。 Mizuho Capital Markets Insight Vol.15-3

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Page 1: 中国資本市場の対外開放と滬港通 - Mizuho Bank...1/14 2015年7月14日 中国資本市場の対外開放と滬港通 ~「守り」から「攻め」へ~ 証券部調査チーム

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2015年7月14日

中国資本市場の対外開放と滬港通

~「守り」から「攻め」へ~

証券部調査チーム

村松 健

[email protected]

(要旨)

金融市場のグローバル化により、クロスボーダーでの資金の動きが活発となり、中国

資本市場への投資に注目が集まっている。昨年 11月には滬港通(フーガントン、

Shanghai-Hong Kong Stock Connect)が開通し、中国本土の A株市場への海外投資家

の自由な参入が可能となった。

中国本土の資本市場への投資においては、QFII、三類機構および RQFII の計3種類の投

資制度が存在している。中国当局は投機的資金の流入や人民元国際化等に配慮し、投

資制度を整備し、慎重に開放を進めている状況と思われる。

QFII 制度は、CSRC と SAFE の二段構えの認可態勢となっており、中国株式市場の構造

的課題の解消策、A株市場の活性化策といった色彩も有している。三類機構は、中央

銀行やクロスボーダー貿易決済への参加銀行に認められた投資制度であり、オフショ

ア人民元預金の受け皿として、限定的に中国本土の債券市場における投資を認めるも

のである。RQFII 制度は、CSRC と SAFE の認可に加え、各国別の投資枠が存在しており、

オフショア人民元預金の受け皿として、三類機構と通低する部分を有すると共に、近

年世界各地で投資枠の付与が拡大している。

そのような中、昨年 11月に滬港通が開通し、個別認可を要さず、A株の売買を行うこ

とが可能となった。売買高については、当初は香港からの上海株買いが優勢であった

ものの、足元は拮抗している状況にある。なお、滬港通の開通に伴い、非居住者の中

国資本市場投資に伴うキャピタルゲインが非課税となることが明確化された。今後に

ついては、世界各地の証券取引所との相互取引の拡大や、債券などの対象商品の拡充

が注目されよう。上海と香港を合計した時価総額は世界第 2位となっており、一体性

を強める中、将来的には香港市場の空洞化にも留意すべきと思われる。

各種投資制度は、その成立過程や規制緩和の進展において、中国政府の目的を反映し

たものと考えられる。滬港通からは中国がそれまでの守りの姿勢から、グローバルな

金融市場における攻めの姿勢へと転じたことが感じられる。一方、中国資本市場の更

なる成長には、投資家の利便性を高める市場インフラ改善の努力が必要と思われる。

Mizuho Capital Markets Insight Vol.15-3

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1.はじめに

金融市場のグロー

バル化により、クロ

スボーダーでの資

金の動きが活発に

金融市場のグローバル化の進展により、収益機会を求める投資家資金の

クロスボーダーでの動きが活発となっている。先進各国が金融緩和等に

より「水没」1とも称される低金利にあえぐ中、相対的な高金利や成長

が期待される新興国市場において投資機会を模索する動きも、背景にあ

るように思われる。

中国の資本市場投

資に、注目が集まっ

ている状況

そのような中、GDP 世界第2位であり、世界第2位の株式時価総額(6

兆ドル, 2014 年末2)と、世界第3位の債券市場残高(5.2 兆ドル, 2014 年

末3)を有する中国の資本市場への投資に、注目が集まっている。

中国は景気減速が囁かれる一方、相応の安定成長は見込める市場であ

る。上述の通り、市場規模は大きいが対外開放が進展していない面もあ

り、投資家のグローバルな投資アロケーションにおける積み増し余地が

あるものと推測される。規制緩和の動向に応じ、海外投資家による中国

資本市場への投資が拡大する蓋然性は高いように思われる。

昨年 11 月には滬港

通が開通し、中国本

土の A 株市場への

海外投資家の自由

な参入が可能に

そのような中、昨年 11 月には滬港通(フーガントン、Shanghai-Hong

Kong Stock Connect)が開通し、事実上、中国本土の A株市場4への海

外投資家の自由な参入が認められることとなった。また、従前より注目

されていたMSCI の新興国株指数へのA株の組み入れについては、今年

の定例見直しでの対応は見送りとなる一方、組み入れに向けた課題解消

に関する取り組みのため、MSCI と中国証券監督管理委員会(CSRC)の

検討態勢構築が確認されている5。

本稿においては、滬港通開通を踏まえ、中国資本市場への海外投資家の

投資制度に関し整理すると共に、MSCI の検討の状況や、滬港通の位置

づけ、今後の市場開放のステップにつき考えて見たい。

1 高田[2015]他 2 出所:WORLD FEDERATION OF EXCHANGES(WFE) 3 出所:Asia Bond Online 4 中国で取引が認められている株式としては、国内投資家向けのA株と海外投資家向けの B株

が存在する。B株の売買は、1994 年より開始されていたが、外国資本による上場会社買収が進

むことを懸念した中国当局の抑制的な対応を受け、その取引量は限定的であり、市場の規模とし

ても、B株は A株をはるかに下回る状況となっていた。B株市場の重要性は徐々に失われ、一時

再開した時期はあるが、2000 年 10月以降、原則 B株市場への上場は行われていない。 5 MSCI[2015]

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なお、本稿中、意見に係る部分は執筆者の個人的な見解であり、執筆者

が所属する組織の見解を示すものではないことについて、予めお断りさ

せて頂く。

2.中国本土資本市場への投資制度の概観6

QFII、三類機構およ

び RQFII の計3種類

の投資制度が存在

中国は、2001 年 11 月の世界貿易機関(WTO)加盟に伴い、資本市場

を含む対外開放との方針を明確化している。そのような中、人民元国際

化の進展も相まって、中国本土資本市場への投資制度の整備が進展して

いる。具体的には、QFII、三類機構および RQFII の計3種類の投資制度

が存在し、海外の投資家により活用されている。

中国当局は投機的

資金の流入や人民

元国際化等に配慮

し、投資制度を整備

し、慎重に開放を進

めている状況

中国本土の資本市場は、その成長力や規模を背景に海外投資家から注目

されている。中国当局は基本的にはWTO加盟を踏まえた対外開放を進

めるべき立場ではあるが、投機的資金の流出入は中国経済にとって必ず

しも望ましいものではなく、基本的には資金の流出入をコントロールす

るための投資制度を整備し、慎重に開放を進めている状況と思われる。

一方、人民元国際化や中国の株式市場の構造改革と言った観点において

も、滞留するオフショア人民元預金の受け皿や健全な市場育成への貢献

といった意味合いで、中国本土資本市場の対外開放推進は重要な役割期

待を有している。その結果、各種投資制度はコントロール一辺倒ではな

く、様々な政策意図を映じた枠組みとなっている。

QFII 制度は、CSRC

と SAFE の二段構え

の認可態勢を有す

まず、QFII 制度について説明したい。中国では、2002 年 12月に海外の

投資家に中国資本市場における投資を認める QFII(Qualified Foreign

Institutional Investor、適格外国機関投資家)制度が導入されている。QFII

制度については導入以降、漸次規模の拡大と対象商品の拡大などの規制

緩和が行われ、現在に至っている7。

QFII 制度の特徴としては、海外投資家が CSRC の認可を取得することを

前提に、投資限度額に関しては外国為替管理と観点から、中国の国家外

貨管理局(SAFE)の認可を要するといった二段構えとなっていること

6 QFII 制度の詳細については、村松[2013]をご参照頂きたい。 7 なお、投資枠は原則米ドル建てで付与され、投資家は米ドルを中国本土へ送金し、現地で人民

元建てに転換して投資を行うこととなる。

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が挙げられる8。また、制度の運用においては、中国本土において投資

の窓口なるカストディアンやブローカーを定めて中国の監督当局が間

接的に海外の投資家の管理を行うとの枠組みを定めていることや、最低

投資額やロックアップ期間、回金の制限といった投資の自由度を制約す

る煩雑な規制、逆に言えば急激な資金流出を防遏する仕組みの存在もポ

イントと言えよう9。

中国株式市場の構

造的課題の解消策、

A株市場の活性化策

といった色彩も

なお、QFII 制度は、個人投資家が主体となっている中国株式市場の構造

的課題の解消策、との位置づけ有している10。海外投資家の洗練された

投資行動が、個人投資家主体の中国の株式市場へ好ましい影響を与える

ことが期待されているようだ。

このような背景を受け、QFII 制度を活用した投資においては、明確な

ルールではないものの、投資アロケーションに関する制約が存在する。

具体的には、投資資産の 50%(ファンドの場合は 70%)以上を株式へ投

資することを求められている状況である。QFII 制度は 10 年以上の歴史

を有しており、必ずしも中国の株式市場が好調であった時期ばかりでは

ない。中国における取引所市場を中心とした証券市場を監督する CSRC

が所管する制度でもあり、QFII 制度は、A株市場の活性化策といった色

彩も有している。

三類機構は、中央銀

行 や ク ロス ボ ー

ダー貿易決済への

参加銀行に認めら

れた投資制度

次に三類機構について説明したい。QFII 制度成立の後、2010 年 8 月の

中国人民銀行(PBOC)は「国外の人民元決済銀行等の三種類の機構に

よる銀行間債券市場での人民元投資運用の試行に関する事項について

の中国人民銀行の通知」(銀発[2010]217 号)において、三類機構によ

る中国の銀行間債券市場への投資を認めている。

三類機構とは、①国外の中央銀行あるいは通貨当局、②香港、マカオの

人民元業務決済(清算)銀行、③クロスボーダー貿易人民元決済の国外

参加銀行、を指し、これらに該当する海外の金融機関等に対し、PBOC

が資格と投資枠を認可するものである11。

8 なお、中国の主要な債券市場である銀行間債券市場の債券への投資に関しては、加えて別途

PBOC からの認可が必要となる。 9 このような規制を背景に、相対的に規制が柔軟なファンド形態による QFII 制度の活用が進んで

いる状況と思われる。 10 中国株式市場の構造的課題については、たとえば「経済減速でも相場急上昇――個人熱狂「上

海株バブル」、弱い機関投資家、市場不安定(真相深層)」, 日本経済新聞, 2015.6.13 11 QFII 制度において中国の主たる債券市場である銀行間債券市場への投資が認められたのは、

2012 年以降であり、銀行間債券市場へのアクセスについては、三類機構が先行することとなっ

た。背景としては、取引所や証券会社を所管する CSRC と銀行間債券市場や、銀行を所管する

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オフショア人民元

預金の受け皿とし

て、限定的に中国本

土の債券市場にお

ける投資を認める

もの

三類機構は、人民元国際化を背景に、香港を中心にオフショア人民元預

金の滞留が進展する中、そのような預金の受け皿として、限定的に中国

本土の債券市場における投資を認めるものと言えよう12。そのような意

味では、投資枠に関してもあくまで各金融機関等におけるオフショア人

民元の蓄積の範囲内に留まるものであり、中国の証券市場の対外開放が

進まない中で人民元国際化にも配慮した、限定的な投資スキームとして

評価されよう。

RQFII については、

CSRC と SAFE の認

可に加え、各国別の

投資枠が存在

最後に RQFII(Renminbi Qualified Foreign Institutional Investor、人民元適

格外国機関投資家)制度について触れたい。

RQFII は 2011 年 12 月より導入された制度であり、CSRC と SAFE の認

可を要する QFII 制度と略同様の枠組みであるが、これらの前提として、

PBOC が各国別に投資枠を付与することとなっており、すなわち、3段

階の認可態勢となっていることが特徴であろう13。なお、QFII 制度に見

られる投資アロケーションに関する規制は存在しない14。

オフショア人民元

預金の受け皿とし

て、三類機構と通低

する部分も

また、米ドル建てが原則となっている QFII に対し、人民元建てで投資枠

の付与や管理が行われることが特徴と言えよう。すなわち、オフショア

に滞留するオフショア人民元預金の受け皿としての性質を有しており、

趣旨については三類機構と通底する部分がある。

そのような事情を背景に、RQFII 制度に関しては、いくつかの点で QFII

制度に比し投資家の柔軟な対応を許容する枠組みとなっているようだ。

近 年 世 界各 地 で

RQFII の投資枠の付

与が拡大

なお RQFII に関しては上述の通り国毎の投資枠付与が前提となるが、近

年人民元クリアリングバンク設置と並び、欧州を発端に世界各地で投資

枠の付与が拡大している。RQFII および人民元クリアリングバンクを獲

得した各国市場では、中資系銀行現地支店を中心にオフショア人民元建

て債券の発行が進展し、人民元建て金融ビジネスへと取り組みが活発化

している状況と思われる15。

PBOC の分掌範囲の違いが指摘されよう。 12 オフショア人民元を原資とする投資であることから、人民元建てでの投資となる。 13 なお、中国の主要な債券市場である銀行間債券市場の債券への投資に関しては、QFII 制度と同

様に、別途 PBOC からの認可が必要となる。 14 当初は、A株等を 20%以下とし債券等を 80%以上とするようなアロケーションの制約が設け

られていたが、2013 年 3月にそのような制約は撤廃された。 15 村松[2015]

<http://www.mizuhobank.co.jp/corporate/world/info/cndb/report/branches/kanan_asia/pdf/R42

1-0042-XF-0105.pdf>

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【図表1:RQFII と人民元クリアリングバンクの導入状況】

個別 RQFII の認可取

得に関しては、香港

が中心

なお、各国の投資枠付与に応じた個別 RQFII の認可取得に関しては、香

港が中心となっており、香港では 2,700 億元の枠の総額が個社毎に認

可済であるため、増枠に向けた交渉が行われているようだ。一方、シン

ガポール、英国および韓国でも足元認可取得が拡大している。

【図表2:各国の RQFII 認可状況】

認可額は RQFII が

QFII を上回る状況

なお、RQFII は 2011 年に導入されたが、2012 年を除き、既に RQFII の

認可額が QFII を上回る状況となっている。制度面の優位性や、2014 年

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以降急速に RQFII の付与地域が拡大した等の経緯も影響しているよう

だ。東京市場における対応を含め、今後の動向には留意が必要であろう。

3.滬港通

昨年 11 月に滬港通

が開通し、個別認可

を要さず、A株の売

買を行うことが可

能に

上述の通り、中国資本市場の対外開放が進展する中、昨年 11月に滬港

通(Shanghai-Hong Kong Stock Connect)が開通した。滬港通は、上海

証券取引所と香港証券取引所を連結することで、A株や H株16等の上場

株式17の相互取引を可能とするものであり18、直通列車(Through Train)

とも称されている。

滬港通は、香港から上海上場株投資と上海からの香港上場株投資から構

成され、それぞれ北行線(North bound)、南行線(South bound)と称さ

れている。

日本の投資家や個人を含む中国本土の非居住者は北行線に参加するこ

とで、上海上場株の売買を行うことが可能となった。QFII 制度や RQFII

制度は、CSRC や SAFE の認可が前提となったが、滬港通においては、

そのような個別認可は要さず、香港証券取引所のメンバーとなっている

証券会社に取引口座を開設すれば取引が可能となる19。なお、逆にいえ

ば、既存の取引所のプラットフォームに依存しており、取引所市場、も

しくは取引所上場商品を前提とした枠組みである点には留意を要しよ

う。

当初は北行線が優

勢であったものの、

足元は拮抗

次に、滬港通の売買の動向につき説明したい。滬港通における売買は当

初は北行線が優勢であったものの、今年度に入ってからは南行線の売買

も増加しており、足元は拮抗している状況にある。

北行線については、開始初日となった 11 月 17 日には1日あたりの投

資限度額である 130 億円に到達することとなり、その後、売買高はや

や低調ではあったものの、北行線優位の状況(北熱南冷)が続くことと

なった。背景として、中国本土の個人投資家のアクセスが制限されてい

たことや、中国本土と香港の配当・キャピタルゲイン課税の差異を指摘

16 香港で上場する中国本土企業の株式を H株という。 17 全てではなく一部。 18 ただし、投資総額や一日当たりの売買高に関し上限金額(ネット額)が存在している。 19 なお、QFII 制度や RQFII 制度は現状は個人による活用を前提としていないが、滬港通は個人に

よる活用も可能である。

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する声もある。

足元は、南行線の売買が拡大している。背景としては、中国本土の規制

緩和(投資信託に滬港通の活用を認めたこと、個人の証券口座開設規制

の緩和など)や、PBOC の利下げや銀行の預貸比率規制緩和等を受けた

A株市場の高騰や、その結果として H株の割安感が増したことによる H

株買いの増加などが指摘されよう。

【図表3:滬港通の概要】

(出所)香港証券取引所

【図表4:滬港通の売買状況】

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非居住者の中国資

本市場投資に伴う

キャピタルゲイン

非課税が明確化

制度面では、キャピタルゲイン課税の明確化が注目される。滬港通の開

通に伴い、非居住者の中国資本市場投資に伴うキャピタルゲインについ

て、恒久措置ではないものの、非課税となることが明確化された2021。

本件はグローバルスタンダード(国外に源泉のある所得を課税の対象か

ら除外、非居住者非課税)とも平仄がとれた措置である。

既存の QFII および RQFII の投資においては、キャピタルゲイン課税の取

扱いが不明確であった。このことは、中国本土外での回金を制約する要

因として意識されてきた経緯があり、海外の投資家が QFII 制度や RQFII

制度を用いて中国本土資本市場への投資を行うことを躊躇させる原因

となっていた経緯がある。滬港通開通においては、その成功のためにこ

の点を明確化する必要性が認識され、恒久措置ではないものの、非課税

との扱いに至ったものと思われる22。

今後は、深センやそ

の他の地域への相

互取引拡大に注目

滬港通の今後については、世界各地の証券取引所との相互取引の拡大

や、対象商品の拡充が注目される。

世界各地への相互取引の拡大に関しては、既に深センへの拡大が視野に

入っているようだ。また、人民元国際化に応じた国際金融センター同士

の市場間競争が激化する中で、世界各国で人民元クリアリングバンクの

設置や RQFII 投資枠の付与、オフショア人民元建て債券の発行と言った

「3点セット」の導入が進展おり23、上海証券取引所との相互接続が、

第 4の取り組みとして注目される可能性もあろう。

対象商品の拡充に

関しては、債券の取

扱いも重要に

なお、対象商品の拡充に関しては、債券の取扱いも重要であろう。

先進国の金融緩和により各国の金利が低下する中、前述の通り相対的に

高金利であり、相応に流動性のある中国本土の債券市場への投資が注目

される可能性は高い。現在海外投資家は QFII もしくは RQFII を用いて中

国本土の債券市場への投資を行っているが、滬港通の対象商品が債券に

拡充されることは、事実上ライセンスが不要となる効果を有している。

一方、中国本土の債券市場の約 90%は銀行間債券市場にて発行・売買

20 関根[2015], p8~ 21 南行線による法人の投資は除く(法人税が発生)、なお印紙税および利子配当課税は発生する。 22 なお、本件に伴い 2014 年 11月 16日以前のキャピタルゲインに関しては課税との扱いとな

り、QFII 制度もしくは RQFII 制度を用いた既存の投資につき過年度分の税負担が発生しているこ

とには留意が必要であろう。 23 村松[2015-2]

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が行われている24。銀行間債券市場は店頭市場であり、滬港通が前提と

する取引所市場とは「市場が異なる」ことから、既存の滬港通のスキー

ムを用いて銀行間債券市場へアクセスすることは当面は困難と思われ

ることには留意が必要であろう。

QFII 制度においては、順次対象商品が拡大する中で、銀行間債券市場の

債券についても 2012 年より投資対象となっている25。QFII が銀行間債

券市場へ参画するためには、追加的なライセンスの獲得と共に、銀行間

債券市場での取引への追加的な対応が求められた経緯があり、滬港通に

おいても、同様の措置が求められよう。今後の動向に注目したい26。

上海と香港を合計

した時価総額は世

界第 2位に

滬港通の開通により、上海株式市場と香港株式市場は一つの大きな株式

市場を形成したとの見方も可能であろう。上海と香港を合計した時価総

額は、昨年末の時点ですでにニューヨーク証券取引所に次ぐ世界第 2

位であり、今後深センが合流すると、日本取引所G(JPX)の約 2倍の

規模となる。

なお、中国は上海国際金融センター構想を推進しているが、上海と香港

の金融市場が一体性を強めて行く中で、中国本土の資本市場の開放によ

るグローバルなマネーフローの変化の結果として、将来的には香港の金

融市場の空洞化との可能性にも留意が必要なように思われる。

【図表5:証券取引所の時価総額】

24 一方、滬港通でアクセス可能な取引所市場の債券は 5%程度である。 25 村松[2013], p10~ 26 債券以外にも投資信託の相互販売の開始といった報道もあるが(「上海――資本市場改革の進

展支え(アジアラウンドアップ)」, 日本経済新聞, 2015.5.27)、滬港通との関係はあきらかでは

ない。

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MSCI については、

来年の定例見直し

を待たずに、なんら

かの進展がある可

能性には留意が必

滬港通の開通や中国本土の資本市場の開放の進展により、MSCI の新興

国株式指数への中国 A 株の組み入れの可能性が注目されてきた経緯が

ある。冒頭も触れたように、MSCI は 6 月 9 日のプレスリリースにおい

ては、今年の対応は見送りとなる一方、組み入れに向けた課題解消に関

する取り組みのためのMSCI と中国証券監督管理委員会(CSRC)の検討

態勢構築が確認されている。

MSCI が来年の定例見直しを待たずに、なんらかの進展がある可能性に

は留意が必要であろう。

4.おわりに

各種投資制度は、そ

の成立過程や規制

緩和の進展におい

て、中国政府の目的

を反映

本稿では、中国資本市場への海外投資家の投資制度に関し整理を行っ

た。中国においては、WTO 加盟など国際社会へ復帰して行く中で、資

本市場の対外開放を進めてきた経緯がある。特に近年は人民元国際化に

応じ、運用の受け皿としての意味合いが強まっている。また、国際社会

における中国および人民元の地位向上を求める動きも無関係とは言え

ない。QFII 制度等、各種投資制度は、その成立過程や規制緩和の進展に

おいて、中国政府の目的を反映している。

【図表6:投資制度間の比較】

(出所)弊行作成

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滬港通は、グローバ

ルな金融市場にお

ける攻めの姿勢を

打ち出したもの

QFII 制度は、本文中でも触れたとおり、WTO 加盟の条件として構築さ

れた投資制度であり、以降、中国本土資本市場への投資制度に関しては

原則認可制が採用され、「守り」が意識されてきた経緯がある。そのよ

うな意味では、滬港通において当局認可が不要となったことは、中国が

守りの姿勢から転じ、グローバル金融市場における攻めの姿勢を打ち出

したものとして意義深いように思われる27。資本取引の自由化を視野

に、人民元の SDR 入り等への取り組みを進める中国の現状を示すもの

と言えそうだ。

また、過去より課題とされてきた税制面についても一定の手当てを行っ

たことも、香港市場との競争との観点も含め、国際的な金融資本市場を

相応に意識した動きとして評価されよう。

中国資本市場の更

なる成長には、投資

家の利便性を高め

る市場インフラ改

善の努力が必要

一方、中国当局が投資制度において規制緩和を進める中、中国本土にお

ける証券決済制度や、市場慣行の整備等により市場の成熟度合いを上げ

て行くことが重要となることは言うまでもない。株式における特殊な決

済処理などが海外投資家の投資拡大を制約するケースもあろう。

中国の資本市場が海外の投資家が恒常的に参画する市場として更なる

成長を遂げるためには、投資家の利便性を高める市場インフラ改善の努

力が必要と思われる。

27 そのような意味では、今後は中国から海外への投資制度(QDII, 適格国内機関投資家)の動向も注

目されよう。

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(図表リスト)

(主要参考文献等)

【書籍】

◆ みずほ銀行中国営業推進部[2013]『中国の金融制度と銀行取引』みずほ銀行 ◆ 公益財団法人日本証券経済研究所[2011]『図説 中国の証券市場 2011 年版』、 公益財団法人日本証券経済研究所

【論文・レポート・プレスリリース等】

◆ MSCI[2015]「Results of MSCI 2015 Market Classification Review」, 2015 年 6月 9日 ◆ 高田創[2015]「JGB も世界の「浮き輪」、それがいやなら付利は引き下げ」, 『リサーチ TODAY』, 2015 年 5月 18日

◆ 村松健[2015-1]「日中金融協力と東京市場への期待」, 『華南・アジアビジネスレポート』, 2015 年 5月

◆ 村松健[2015-2]「人民元建て債券市場と今後の金融ビジネス」, 『月刊資本市場』, 2015 年 4月

◆ 関根栄一[2015]「上海・香港ストックコネクト始動後の現状と課題・展望」 『野村資本市場クォータリー』, 2015 Spring

◆ 瀬谷千枝[2014]「「滬港通」いよいよスタート」 『華南・アジアビジネスレポート』, 2014 年 12 月

◆ 関根栄一[2014]「双方向での人民元建て証券投資を促進する上海・香港相互株式 投資制度」, 『季刊中国資本市場研究』, 2014 Summer

◆ 村松健[2013]「QFII 制度の現状と課題」, 『Mizuho Capital Markets Insight』, Vol.13-1, 2013年5月31日

◆ 齋藤尚登[2012]「中国:対中証券投資規制の大幅緩和方針を発表」, 2012 年 6月 22 日

【新聞・雑誌・雑誌記事等】

◆ 日本経済新聞 ◆ 日経ヴェリタス ◆ International Financing Review

【ホームページ】

◆ WORLD FEDERATION OF EXCHANGES ◆ Asia Bond Online ◆ MSCI

図表 1 RQFII と人民元クリアリングバンクの導入状況 …6

図表 2 各国の RQFII 認可状況 …6

図表 3 滬港通の概要 …8

図表 4 滬港通の売買状況 …8

図表 5 証券取引所の時価総額 …10

図表 6 投資制度間の比較 …11

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◆ Mizuho Capital Markets Insight ~バック・ナンバーのご案内~

◆ 点心債市場の現状 Vol.12-1 2012 年 5月 16日

◆ 『オフショア人民元建て債券市場』を巡る議論 Vol.12-2 2012 年 6月 14日

◆ 韓国の社債管理制度 Vol.12-3 2012 年 7月 31 日

◆ 事業再生における社債の取扱い Vol.12-4 2012 年 9月 28日

◆ 中国社債市場の概要 Vol.12-5 2013 年 1月 24 日

◆ アジア債券市場の現状 Vol.12-6 2013 年 2月 1日

◆ QFII 制度の現状と課題 Vol.13-1 2013 年 5月 31 日

◆ 『オフショア人民元建て債券市場』の拡散と浸透 Vol.13-2 2014 年 1月 21 日

◆ パンダ債の解禁 Vol.13-3 2014 年 2月 14 日

◆ CGIF の活用に向けて Vol.14-1 2014 年 4月3日

研究開発税制の帰趨 Vol.14-2 2014 年 7月3日

『人民元建て債券市場』の成立 Vol.14-3 2014 年 11 月 5日

◆ ソーシャルインパクト・ボンドの可能性 Vol.14-4 2014 年 11 月 25日

◆ 『外貨建て証券決済』を巡る議論 Vol,14-5 2015 年 2月 24日

◆ 日中金融協力と東京市場への期待 Vol15-1 2015 年 4月 24日

◆ アジア債券市場の現状<2014 年版> Vol15-2 2015 年 6月 2日

◆ 中国資本市場の対外開放と滬港通 Vol15-3 2015 年 7月 14日【本稿】

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