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(2)母藻の選び方 「母藻利用」でも「種苗利用」でも、成熟状況を正確に判断することが重要である。 実施時期の目安として、代表的な大型海藻の成熟時期を表 E4-1 に示す。同じ種類であっ ても、海域により成熟時期は大きく異なる場合があるので、よくわからない時は地元の 水産試験場や専門家から情報を入手する。 コンブ類・アラメ・カジメ類 タネは子嚢斑でつくられる。子嚢斑が形成された部分の葉は、厚みを増し、色が濃く なっている。色が濃く大きな子嚢斑がある葉を選ぶ。遊走子が放出されて色が薄くなっ た子嚢斑のある葉は使わない(図 E4-3)。 子嚢斑なし 子嚢斑あり 放出後の子嚢斑 図 E4-3 子嚢斑の形成状況 ホンダワラ類 タネは生殖器床でつくられる。幼胚を出した部分は、光にかざすと「透かし」(技術ノ ート E4-1 参照)となる。「透かし」が少ない生殖器床をもつ母藻を選ぶ(図 E4-4)。 図 E4-4 アカモクの生殖器床(左:幼胚放出前・右:幼胚放出後) - 111 -

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Page 1: (2)母藻の選び方 - maff.go.jp...(2)母藻の選び方 「母藻利用」でも「種苗利用」でも、成熟状況を正確に判断することが重要である。実施時期の目安として、代表的な大型海藻の成熟時期を表

(2)母藻の選び方

「母藻利用」でも「種苗利用」でも、成熟状況を正確に判断することが重要である。

実施時期の目安として、代表的な大型海藻の成熟時期を表 E4-1に示す。同じ種類であっ

ても、海域により成熟時期は大きく異なる場合があるので、よくわからない時は地元の

水産試験場や専門家から情報を入手する。

① コンブ類・アラメ・カジメ類

タネは子嚢斑でつくられる。子嚢斑が形成された部分の葉は、厚みを増し、色が濃く

なっている。色が濃く大きな子嚢斑がある葉を選ぶ。遊走子が放出されて色が薄くなっ

た子嚢斑のある葉は使わない(図 E4-3)。

子嚢斑なし 子嚢斑あり 放出後の子嚢斑

図 E4-3 子嚢斑の形成状況

② ホンダワラ類

タネは生殖器床でつくられる。幼胚を出した部分は、光にかざすと「透かし」(技術ノ

ート E4-1 参照)となる。「透かし」が少ない生殖器床をもつ母藻を選ぶ(図 E4-4)。

図 E4-4 アカモクの生殖器床(左:幼胚放出前・右:幼胚放出後)

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表 E4-1 代表的な大型海藻の成熟時期

必要な母藻の量は、海藻の

種類、海底状況、ウニ密度な

どにより異なる。鹿児島県で

行われたヤツマタモクの藻

場造成試験では、母藻 1㎏に

より成体 50 個体/㎡の藻場

100 ㎡が造成された(新村,

1983)。

2)種苗利用

(1)種苗利用の方法

海藻の種類や経費等に応じて、種苗利用の方法を選択する(表 E4-2)。種苗は、天然

から採苗するか、水産試験場より入手、または市販品(注文生産)を購入する。

表 E4-2 種苗利用の主な方法

方法 特 徴

・基質は紐状か網状のナイロン、ポリエチレン等。

タネ付け、育成、沖出し等に専用施設が必要で、光熱水

費が必要。

・中間育成に経験が必要。

・岩盤や礫への直接取り付けは困難で、ブロックに巻き

付け、専用の取付け用具に固定。

・基質は板状のコンクリート、モルタル、スレート等。

・ボルト+ナット締めや水中ボンドで海底等に接着。

・成熟期に藻場内に板を放置する天然採苗も可能。

・タネ付けした割り箸を針金とモルタルで礫に固定。

・基質は軽量ブロックや自然石等。

・タネ付け数量に限度がある。

・海底に沈設(設置水深と場所の検討が必要)。

・波浪で移動・反転。砂地との境界付近は比較的安定。

・簡便で、安価。

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(2)採苗

タネ付け(種苗生産)は専門家の仕事と思われていたが、海藻養殖業者は以前から実

施しており、最近は一般の漁業者も独自で行うようになっている。採苗方法には人工採

苗と天然採苗がある。人工採苗は、タネの種類(遊走子か幼胚か)により、採苗時間、

固着時間、沖出し時期および水槽の流動が異なっている(表 E4-3)。

表 E4-3 人工採苗の方法

海藻の種類 コンブ類・アラメ・カジメ類 ホンダワラ類

タネの種類 遊走子 幼胚

タネの形成部位 子嚢斑(葉の表面) 生殖器床(特別な葉)

タネのサイズ 顕微鏡的サイズ(0.01㎜) 肉眼サイズ(0.1~0.3㎜)

人為放出 容易(陰干し) 困難

採苗時間 数時間 ≦数日間

固着時間 1日 数日間

沖出し時期 翌日以降 数日後以降

水槽の流動 止水も可 流水、一時的に止水

①人工採苗

遊走子の場合(図 E4-5)

子嚢斑が形成されている葉片を数時間、日陰に放置(陰干し)した後、海水を入れ

た容器に漬けると遊走子が雲のように放出される。この溶液を糸やブロックなどの基

質を入れた容器に注ぐと、1日以内に遊走子が着生する。種苗を長期間育成する場合

には、遊走子液は、珪藻など雑藻が混じらないように表層からすくい、底層から取ら

ないようにする。短期間で海に出す場合には、遊走子液へのドブ漬けでもよい。遊走

子の遊泳や着生は顕微鏡で確認し、遊走子が付いた基質は乾燥させないようにする。

幼胚の場合(図 E4-6)

ホンダワラ類の卵は、簡単には人為的に放出できず、自然産卵による。卵の放出間

隔は種によって数日ないし十数日の幅がある。卵は、生殖器床内で一定の大きさまで

生長すると一斉に放出される。自然産卵は、自然光下の流水水槽で藻体を維持するこ

とが必要で、水槽内にオスを入れておけば、卵放出と同調して精子も放出される。幼

胚は 1~2日間、生殖器床上に留まり、卵割が十分に進み、仮根が形成されると海底に

落下する。幼胚が着底後に仮根を伸長して岩盤や礫に固着するまで数日間を要する。

固着後は、強い水流を当てても容易には剥離せず、輸送が可能である。幼胚の場合、

収容~卵放出までの日数に、生殖器床に留まる日数や基質に固着するまでの日数が加

わり、作業開始から海域に設置するまで、最長 20日以上を要する場合もある。

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①子嚢斑の選別 ②陰干し ③遊走子の確認(1)

色の濃い部分が子嚢斑。

白くなっている場合は遊走

子放出の後なので使わない。

日陰で 1~3時間干す。

乾燥し過ぎに注意する。

30分毎に海水に漬ける。遊走

子が泳ぎ出すと葉の表面に

茶色い雲が浮かぶ。

④遊走子の確認(2) ⑤遊走子液づくり ⑥注 入

茶色い海水をスポイトで吸

いとり検鏡し、泳ぎ回る遊走

子を確認する。

陰干しした葉を海水に漬け、

棒などで強くかき混ぜる。

遊走子液を注入する。

⑦静 置 ⑧運 搬 ⑨設 置(例)

翌日まで止水で静置する。

軽くエアレーションし、海水

を緩く動かす。

着生基質は、乾燥しないよう

に、海水に漬けて運搬する。

着生基質は、専用の台座等に

ボルトで固定する。

図 E4-5 遊走子によるタネ付けと海底への設置の手順

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①着生基質の準備 ②良い主枝の選別 ③成熟主枝の取付け

水槽の底面に着生基質(天然

石、ブロック)を敷き詰め、

通水する。

生殖器床の有無・雌雄や状態

を観察し、十分に成熟した主

枝を選別する。

結束バンドで小型ネットに成

熟した主枝を均等に取り付け

る。

④卵放出チェック ⑤卵放出チェック ⑥卵放出後

流水水槽に③のネットを浮

かせる。

毎日または隔日、生殖器床を

観察し、卵の有無を確認す

る。

卵を確認したら、翌日、主枝

を強く揺すり、幼胚を落とす。

幼胚が残ると、生殖器床の表

面で発芽してしまう。

⑦静 置 ⑧幼胚が着生した基質 ⑨運搬

幼胚が生殖器床から脱落し

たら、止水で数日間静置す

る。

基質の表面に幼胚が着生し

ているのが確認できる。

幼胚が着生した基質は、重ね

ずに、乾燥に注意して運搬す

る。設置は E4-5⑨を参照。

図 E4-6 幼胚によるタネ付けの手順

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②天然採苗

採苗のための水槽等を準備できない場合、藻場内に着生基質(コンクリートブロック、

網など)を設置して、天然採苗を行う(図 E4-7、左・中央)。藻場がない場合は、基質

の上部に成熟した主枝を設置する。砂地で採苗した場合、ウニの食害を避けて、育苗す

ることができる(図 E4-7右)

藻場内に軽量ブロックを

設置して採苗

藻場の中にロープで編んだ

網を設置

砂地での採苗。基質を並べた

架台の上に母藻を設置

図 E4-7 天然採苗の例

参考文献

平田ら(1997):海中造林のための接着剤を用いたカジメ藻体の移植,藻類,45,111-115.

中嶋(2015):新しい播種方法とその考え方,水産工学,51,227-232.

新村(1983):南日本における藻場造成技術の問題点,水産の研究,7,67-71.

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【技術ノート E4-1】モク(ホンダワラ類)のオスとメス

モクの生殖細胞は卵と精子であり、それらが受精

して幼胚となり、生長して成体になる。モクの多くの

種類はメスとオスが別株であり、卵と精子は生殖器床

と呼ばれる特別な葉に造られる(図 1)。生殖器床の

形や大きさは種類により様々であるが、メスは短く丸

みがあり、オスは長くて細いことが多い。生殖器床の

表面をみると、メスには丸い大きな穴、オスには縦長

の小さい穴がみられる。これは卵(0.1~0.3 ㎜)と精

子(0.001 ㎜)の大きさの違いによるものと考えられ

る。

卵は受精の準備ができると、生殖器床の表面に一斉に出て、泳いできた精子と受精する。受精

卵は 1~2日間表面に留まり、付着の準備ができると海底に落下する。

生殖器床は伸長しながら、下部から上部に向かって数回に分けて卵を放出する。卵の未放出

部をよくみると、丸い穴の周辺に内部の卵が黒くみえる。卵を放出した部分は、卵がなくなるた

め、上側の未放出部分に比べて色が薄くなり、光にかざすと「透かし」となる。この透かしの有

無で、メスとオスを分けることもできる。図 2は卵が 3 回放出される場合を模式的に示したもの

である。

図 2 生殖器床の模式図

図 1 生殖器床

卵放出前

卵放出後

卵 落下した幼胚

生殖器床(♀)

卵放出

卵放出

卵放出

透かし

透かし

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【コラム E4-1】★海藻のタネの拡散範囲

海藻のタネの拡散範囲は、タネの種類や流動によって異なっている。コンブ・アラメ・カジメ

類のタネ(遊走子)の大きさは 0.01㎜と小さく、沈降速度も遅いので水平方向に拡がりやすい。

アラメやカジメでは、大きな母藻群落があれば数百mの範囲に拡散するといわれている(寺脇ら、

1991、養父ら、2000)。柳瀬ら(1983)は、伊東市湯川地先で茎部の途中から刈り取ったカジメ葉

部を網袋 50 袋に 5本ずつ収容し投入した。結果は、カジメ幼体の着生密度が母藻投入地点の中

心部で高く、離れるに従い指数曲線的に減少し、拡散範囲は 10m程度に留まった。寺脇らや養

父らの報告と静岡県の試験結果は大きく異なる。遊走子の拡がりは、母藻の量、沿岸流や潮流の

強さおよび母藻の海底からの高さなどに影響される。磯焼け対策の現場では、経験的に遊走子の

拡散範囲は 10m程度といわれており、母藻移植の効果は限定的である。

ホンダワラ類のタネ(幼胚)の大きさは 0.1~0.3㎜あり、沈降速度は 0.1~0.5 ㎜/秒と速く

(奥田、1983)、海中で拡がりにくいので、アラメ・カジメ類に比べて母藻の設置間隔を狭くす

る必要がある。クロメ(タネは遊走子)をスポアバッグ方式で移植し、1 年後の藻体の分布を図

1 に示した。幼体は母藻設置範囲の中心から最大 20m離れた場所まで出現し、10m以内で高密度

(5本/㎡以上)であった(図 1 左)。一方、ノコギリモク(タネは幼胚)を小型ネット方式で

移植した結果、幼体は小型ネットの設置範囲(破線、2×3m)の中心から半径 5~7.5m(最大

10m)まで出現し、濃密な藻場(密度 10本/0.25㎡以上)は半径 2.5~5m以内で、その面積は

約 30 ㎡あった。

図 1 母藻移植1年後の藻体の分布状況

奥田(1983):ホンダワラ類の着生機構、昭和 56 年度近海漁業資源の家魚化システムの開発に関

する総合研究(マリーンランチング計画)プログレスレポート,有用海藻群落(2),129-136.

寺脇ら(1991):海中砂漠緑化技術の開発 第 4報 砂地海底に設置したコンクリートブロック上

でのアラメ・カジメ類の生育,電力中央研究所研報,U91024.

柳瀬ら(1983):カジメ群落拡大に関する研究、静岡県水試伊豆分場資料,143.

養父ら(2000):空港島緩傾斜護岸の藻場造成、関西国際空港関連環境保全技術論文集,123-133.

0

6

7

7

9

1

0

20m

10

クロメ

2 0 13 1 24

6493341

単位:本/㎡

砂 地

≧1 ≧5

母藻設置

範囲

0

2

18

18

3

0

1

0

0

0

36

0

10m

5m

単位:本/0.25㎡

ノコギリモク

2 0 03 0 24

40

20

11

14300

ネット設置

範囲

≧1

≧10

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