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2P001 レーザー脱離超音速ジェットによるチロシンを含むペプチドの気相分光 -励起状態ダイナミクスのコンフォメーション依存性- (東工大・資源研 1 , パリ南大・オルセー分子科学研究所 2 ) ○篠原 潤平 1 , 藁科 太一 1 , 雲龍 1 , Rolando Lozada-Garcia 2 , Michel Broquier 2 , Pierre Çarçabal 2 , 石内 俊一 1 , 酒井 1 , 藤井 正明 1 Gas phase spectroscopy of peptides containing a tyrosine by laser desorption supersonic jet technique -conformational dependence of excited state dynamics- (Tokyo Tech. 1 , Univ. of Paris-Sud/ISMO 2 ) ○Junpei Shinohara 1 , Taichi Warashina 1 , Woon Yong Sohn 1 , Rolando Lozada-Garcia 2 , Michel Broquier 2 , Pierre Çarçabal 2 , Shun-ichi Ishiuchi 1 , Makoto Sakai 1 , Masaaki Fujii 1 【緒言】速い無輻射緩和は生体分子の光安定性に対して非常に重要であり、近年、芳香族アミノ 酸を含む比較的小さなペプチドを対象に研究が行われている[1]Mons らはフェニルアラニンを 含むペプチド Ac-Phe-NH2 の電子スペクトルと S1 状態の寿命を観測し、 C7-type の水素結合(7 員環 を形成する水素結合)を形成するコンフォマーの S1 状態の寿命(1.5 ns)は、C5-type のコンフォマー の寿命(70 ns)に比べて約 50 倍も短いことを報告した[2]。この結果について Domcke らは理論計算 を行い、C5-type のコンフォマーよりも強い水素結合を形成する C7-type のコンフォマーにおける 電荷移動状態でのプロトン移動反応が S1 状態から S0 状態への無 輻射緩和を促進するというモデルを提唱している[3]。そこで、我々 はチロシンを含むペプチドでも同様な現象が起こるのかを調べる ために、末端保護チロシン Ac-Tyr-NHCH3 及びチロシンの両末端 をグリシンと結合させた末端保護トリペプチド Ac-Gly-Tyr-Gly- NH2(以降 GYG)に着目した。これらのペプチドをレーザー脱離・超 音速ジェット法で気化させて共鳴多光子イオン化(REMPI)分光法、 UV-UV ホールバーニング(HB)分光法及び IR dip 分光法、多光子 イオン化ポンプ・プローブ法を適用し、コンフォマーの数と各コ ンフォマーの構造及び S1 状態の寿命を決定して、コンフォメーシ ョンとダイナミクスの関係を調べた。 【実験】 Ac-Phe-NHCH3 及び GYG サンプルに等量のカーボンブラック粉末を加え十分に混合した 後、グラファイト製ディスク側面に塗布した。ここに、脱離レーザー(1064 nm)を照射しサンプル を脱離させ、80 bar の超音速ジェットにより極低温状態に冷却した。スキマーを用いて分子線に 切り出し、波長可変紫外レーザーを照射してイオン化した後、飛行時間型質量分析装置によって 検出した。同時に複数のコンフォマーの電子遷移が REMPI スペクトル上で観測されるため、これ らを区別できる HB 分光法を適用した(Fig. 2)REMPI スペクトルに観測された特定のバンドに第 1 の紫外レーザーνP を固定し、得られるイオン量をモニターする。このイオン量は選択されてい るコンフォマーの基底状態の分子数に比例する。ここに νP より前に第 2 の紫外レーザーνB を照射 し、波長掃引する。B がモニターしているコンフォマーの電子遷移に共鳴すると、その基底状態 Fig.1 Structures of Ac-Tyr-NHCH3 (top) and GYG (bottom)

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2P001

レーザー脱離超音速ジェットによるチロシンを含むペプチドの気相分光

-励起状態ダイナミクスのコンフォメーション依存性- (東工大・資源研 1, パリ南大・オルセー分子科学研究所 2) ○篠原 潤平 1, 藁科 太一 1, 孫 雲龍 1,

Rolando Lozada-Garcia2, Michel Broquier2, Pierre Çarçabal2, 石内 俊一 1, 酒井 誠 1, 藤井 正明 1

Gas phase spectroscopy of peptides containing a tyrosine

by laser desorption supersonic jet technique

-conformational dependence of excited state dynamics- (Tokyo Tech.1, Univ. of Paris-Sud/ISMO2) ○Junpei Shinohara1, Taichi Warashina1, Woon Yong Sohn1,

Rolando Lozada-Garcia2, Michel Broquier2, Pierre Çarçabal2, Shun-ichi Ishiuchi1, Makoto Sakai1,

Masaaki Fujii1

【緒言】速い無輻射緩和は生体分子の光安定性に対して非常に重要であり、近年、芳香族アミノ

酸を含む比較的小さなペプチドを対象に研究が行われている[1]。Mons らはフェニルアラニンを

含むペプチド Ac-Phe-NH2の電子スペクトルと S1状態の寿命を観測し、C7-type の水素結合(7員環

を形成する水素結合)を形成するコンフォマーの S1状態の寿命(1.5 ns)は、C5-type のコンフォマー

の寿命(70 ns)に比べて約 50倍も短いことを報告した[2]。この結果について Domckeらは理論計算

を行い、C5-typeのコンフォマーよりも強い水素結合を形成する C7-type のコンフォマーにおける

電荷移動状態でのプロトン移動反応が S1 状態から S0 状態への無

輻射緩和を促進するというモデルを提唱している[3]。そこで、我々

はチロシンを含むペプチドでも同様な現象が起こるのかを調べる

ために、末端保護チロシン Ac-Tyr-NHCH3 及びチロシンの両末端

をグリシンと結合させた末端保護トリペプチド Ac-Gly-Tyr-Gly-

NH2(以降 GYG)に着目した。これらのペプチドをレーザー脱離・超

音速ジェット法で気化させて共鳴多光子イオン化(REMPI)分光法、

UV-UV ホールバーニング(HB)分光法及び IR dip 分光法、多光子

イオン化ポンプ・プローブ法を適用し、コンフォマーの数と各コ

ンフォマーの構造及び S1状態の寿命を決定して、コンフォメーシ

ョンとダイナミクスの関係を調べた。

【実験】Ac-Phe-NHCH3及び GYGサンプルに等量のカーボンブラック粉末を加え十分に混合した

後、グラファイト製ディスク側面に塗布した。ここに、脱離レーザー(1064 nm)を照射しサンプル

を脱離させ、80 bar の超音速ジェットにより極低温状態に冷却した。スキマーを用いて分子線に

切り出し、波長可変紫外レーザーを照射してイオン化した後、飛行時間型質量分析装置によって

検出した。同時に複数のコンフォマーの電子遷移が REMPIスペクトル上で観測されるため、これ

らを区別できる HB分光法を適用した(Fig. 2)。REMPIスペクトルに観測された特定のバンドに第

1 の紫外レーザーνP を固定し、得られるイオン量をモニターする。このイオン量は選択されてい

るコンフォマーの基底状態の分子数に比例する。ここに νPより前に第 2の紫外レーザーνBを照射

し、波長掃引する。Bがモニターしているコンフォマーの電子遷移に共鳴すると、その基底状態

Fig.1 Structures of Ac-Tyr-NHCH3

(top) and GYG (bottom)

の分子数が減少するため、モニターしているイオン量も減少

する。従って特定のコンフォマーの電子遷移をイオン量の減

少として観測することができる。また、紫外レーザーの代わ

りに波長可変赤外レーザーをBに用いれば、特定のコンフォ

マーの赤外スペクトルを測定することができる(IR dip 分光

法)。また、S1状態の寿命を観測するためにピコ秒レーザーに

よるポンプ・プローブ分光法を適用した(Fig. 3)。REMPI上の

各コンフォマーの特定のバンドにポンプレーザーの波長を合

わせ、遅延時間t経過後にプローブレーザーを導入した。イ

オン量をモニターしながら遅延時間を変化されることにより

時間プロファイルを取得した。

【結果・考察】複数のコンフォマーが共存しているか調べる

ために HB スペクトルを観測したところ Ac-Tyr-NHCH3 では

5 つのコンフォマーが共存していることが明らか

になった。各コンフォマーの構造を帰属するため

に IR スペクトルを観測し、量子化学計算により得

られた理論スペクトルと比較した結果、5つのコン

フォマーを C5、C7-type 及び水素結合を形成しな

いコンフォマーの 3つのグループに帰属した。Fig.

4の REMPIスペクトル上に矢印で示した 1と 2が

C5-type、4 と 5 が C7-type、3 が水素結合を形成し

ないコンフォマーの 0-0 バンドである。これらの

バンドにポンプレーザーの波長を合わせ取得した

時間プロファイルに、指数関数によるフィッティ

ングを行った(Fig. 5)。その結果、Ac-Tyr-NHCH3の

C5-type の 1 と C7-type の 4 のコンフォマーの S1

状態の寿命はそれぞれ 1.8±0.12、1.3±0.04 nsと求

められた。この結果より Ac-Tyr-NHCH3では主鎖骨

格の水素結合パターンが S1状態の寿命に及ぼす影

響はフェニルアラニンほど顕著ではないことが明

らかになった。講演では、なぜチロシンを含むペプ

チドではフェニルアラニンの場合の様に励起状態

の寿命が水素結合パターンに大きな影響を受けな

いのかを議論する。また、GYG の結果についても

議論する予定である。

【参考文献】[1] D. Shemesh, et al., Phys. Chem. Chem.

Phys. 12, 4899 (2010). [2] M. Mališ, et al., J. Am. Chem.

Soc. 134, 20340 (2012). [3] W. Domcke, et al., Nature

Chem. 5, 257 (2013).

2P002

フェノール-t-ブチルジメチルシラン二水素結合クラスターの赤外分光

(北里大院理 1・北里大理 2) ○渋谷 亮 1・笠原 康利 2・石川春樹 2

Infrared spectroscopy of phenol-t -butyldimethylsilane

dihydrogen-bonded cluster

(Kitasato Univ.) ○Ryo Shibutani, Yasutoshi Kasahara, Haruki Ishikawa

【序】気相分子クラスターに対する分光学的研究の進歩により,特殊な水素結合の研究が行

われるようになった。その 1 つに二水素結合がある。二水素結合とは,電気陰性度の大きな

原子 Xと結合し正に分極した水素原子H(+)と電気陰性度の小さな原子 Yと結合し負に分極

した 2 つの水素原子 H(−)の間に形成される X-H(+)…H(−)-Y 型の水素結合である。こ

れまで Yとしては,ホウ素やリチウムなどが知られていたが,ケイ素原子に結合した水素原

子も二水素結合を形成できることが,フェノール(PhOH)-ジエチルメチルシラン(DEMS)クラ

スターの赤外分光によって初めて示された[1]。我々は,Si-H基を含む二水素結合の性質の

解明を目的として研究を進めており,PhOH-トリエチルシラン(TES)二水素結合クラスター

の中性基底状態では二水素結合が分散相互作用と競争する構造の異性体と,二水素結合が優

勢な構造をもつ異性体が存在することを報告している[2]。Si-H基を含む二水素結合の分子

論的理解をより深めるためには,さらに観測例を増やす必要がある。こ

れまでの DEMSや TESでは,分子間配向の違いに加えてエチル基の配

座の違いによる異性体が存在する。しかし,t -ブチルジメチルシラン

(tBDMS) (図 1)では,安定な配座が 1種類しか存在しないため,分子間

配向の違いに由来する異性体だけを考慮すれば良く,より詳細な分子間

相互作用の考察が可能になると期待される。そこで本研究では,PhOH-

tBDMS 二水素結合クラスターの紫外及び赤外分光を行ったので,それ

を報告する。

【実験方法】本研究では,通常の超音速ジェット分光装置と紫外及び赤外レーザーを用いて

実験を行った。試料の tBDMSは,−15℃に冷却し,蒸気圧を調整して用いた。赤外スペクト

ルは,赤外-紫外二重共鳴分光法により測定した。また Gaussian09 を用いて M05-2X/6-

311++G(3d,2p)レベルの DFT計算を行い,PhOH-tBDMSの安定構造を求めた。

【結果と考察】本研究で得られた PhOH-tBDMSの蛍光励起スペクトルを図 2に示した。比

較のために PhOH-TESのスペクトルも併せて示している。PhOH-TESの異性体によるバン

ドの帰属は文献 2 に示されている。バンド A~C に対応する異性体では,二水素結合と分散

相互作用が競争しているが,バンド Dを与える異性体では,二水素結合が優勢な構造を取っ

ている。PhOH-TES にならって図 2(b)のスペクトルに現れた PhOH-tBDMS クラスターの

異性体を暫定的にa~dと帰属した。PhOH-tBDMSのバンドはPhOH-TESのバンドに比べ,

全体的に低波数シフトしていることがわかる。

図 1 tBDMS

次に,蛍光励起スペクトルに現れたバンドを用いて赤外スペクトル測定を行った。図中矢

印で示したバンドを用いて測定したところ,いずれも OH伸縮振動バンドが PhOH単量体に

比べて低波数シフトしており,二水素結合の形成を確認できた。bに対応する異性体は,−20

cm−1 の低波数シフトを示し,この値は PhOH-TES の異性体 B (−22 cm−1)または,C (−24

cm−1)と近い。aは−44 cm−1のシフトで,PhOH-TESの A (−31 cm−1)よりもやや大きなシフ

トを示した。シフトの大きさから,これらの異性体では,二水素結合と分散相互作用が競争

した構造を取っていると考えられる。

バンド d をプローブに用いて測

定した赤外スペクトルを図 3 に示

したが,OH 伸縮振動バンドは

3555 cm−1に現れ,PhOH 単量体

に比べると−102 cm−1 の大きな低

波数シフトを示した。この結果は,

PhOH-tBDMS の異性体 d が,二

水素結合が優勢な構造を取ること

を示唆している。PhOH-TESで見出された二水素結合が優勢な異性体Dの低波数シフト(−78

cm−1)に比べても,PhOH-tBDMSの異性体 dのシフトはかなり大きく,その構造には興味が

持たれる。しかしながら,計算では,二水素結合が優勢な構造の異性体がいくつか得られて

いるものの,実測の低波数シフトを再現する構造は得られておらず,検討を続けている。

現在,ホールバーニング分光法による異性体の識別と,全ての異性体についての赤外スペ

クトルの測定を予定している。講演では,それらの結果も含めて,二水素結合と競争する分

子間相互作用に関して議論する予定である。

[1] Ishikawa, Saito, Sugiyama, Mikami, J. Chem. Phys. 123, 224309 (2005).

[2] Ishikawa, Kawasaki, Inomata, J. Phys. Chem. A 119, 601 (2015).

図 2 (a) PhOH-TES および (b) PhOH-tBDMSの蛍光励起スペクトル

図 3 PhOH-tBDMS 異性体 dの赤外スペクトル

2P003 極低温気相クラウンエーテル包接イオン錯体のレーザー分光

(広島大院・理1,エクス・マルセイユ大学2)○江幡孝之1,井口 佳哉1,森島 史哉1, 灰野 岳晴1,関谷 亮1,Claude Dedonder2, Christophe Jouvet2

Laser spectroscopic study on cryogenically cooled complex ions of crown ethers in the gas phase

(Graduate School of Science, Hiroshima Univ. 1, CNRS, Aix-Marseille Univ. 2)

○Takayuki Ebata1, Yoshiya Inokuchi1, Fumiya Morishima1, Takeharu Haino1,

Ryo Sekiya1, Claude Dedonder2, Christophe Jouvet2

【序】クラウンエーテル(CE)はホスト-ゲスト化学において盛んに用いられているホスト分子

である。我々のグループではこれまで CE が金属イオンや中性分子を包接する際のコンフォ

メーション変化を,気相極低温条件下でのレーザー分光や量子化学計算をもとに研究を行

って来た。本研究では,プロトン付加アミン類と種々の大きさのCEとの包接錯体を極低温下

で生成し,電子状態や光励起後の解離を単体と比較し,包接錯体形成がプロトン付加アミ

ン類の電子状態や光化学反応に及ぼす効果を調べた。 【実験】包接錯体として,ゲスト分子にプロトン付加アニリン(An•H+)およびプロトン付加ジベ

ンジルアミン(dBAM•H+)を用いた。ホスト分子には色団をもたないクラウンエーテル

15-Crown-5 (15C5), 18-Crown-6 (18C6), 24-Crown-8 (24C8), および発色団をもつ

Dibenzo-18-Crown-6(DB18C6), Dibenzo-24-Crown-8 (DB18C8)を用いた 。 また今回

dBAM•H+とクラウンエーテルとの擬ロタキサンを合成してもちいた。実験は,エクス・マルセ

イユ大学が保有する ESI/Cold Ion-Trap レーザー分光装置を用いた。図1に,用いたESI/Cold Ion-Trap 装置図を示す。プロトン付加体や錯体は,エレクトロスプレーイオン化

(ESI)で生成した。イオンは八極子イオンガイドを通じて 20 ~ 30 Kに冷却した四極子イオン

トラップ(QIT)に導かれ, トラップ内の He 気体との衝突により十分冷却される。QIT 中のイオ

ンにナノ秒可変 UV レーザ

ーを照射し解離フラグメント

をモニターする UV 光解離

(UVPD)スペクトルを観測し

た。解離フラグメントは,リフ

レクトロン型TOF質量測定装

置で同定した。 Electrospray  source  andhexapole  guide

gauss2

lens 3

lens 4

devia

tions

lens 2

B10 +v

-v’

gaus

s 1len

s 1de

viatio

ns

detector1

detector2

pulsed valve sss

Helium buffer gas

fragmentationlaser

Paul trap

Mas

s gat

e

cryostat oscilloscope

Electrospray source Time of flight massspectrometer

図1,ESI/Cold Ion-Trap装置

【結果】 ①【An•H+, An•H+•18C6, An•H+•15C5】図2に An•H+, An•H+•18C6, An•H+•15C5の

S1-S0 UVPDスペクトルを示す。An•H+では(0,0)バンドが 38,215 cm-1に現れ 920 cm-1のプロ

グレッションを示す。中性 An に

比べ S1-S0 (0,0)バンドが約 4200

cm-1 blue-shift し て い る 。

An•H+•18C6 の 電 子 遷 移 は

An•H+に比べさらに 350 cm-1

blue-shift するが,振電バンドは

ほぼ同じ構造を示す。一方,

An•H+•15C5 のスペク トルは

An•H+•18C6 と異なり,大きく

blue-shift しブロードな構造しか

示さない。この違いは,ホストの

15C5では,An•H+の NH3+基の対称

性が低下しベンゼン側との超共役が異なるためと考えられる。また,解離フラグメントをみると

An•H+では C5H5+ (m/z=77)が主の解離生成物であるが,An•H+•18C6 では 18C6•H+

(m/z=267) や,(OCH2CH2)4•H+ (m/z=177), (OCH2CH2)3•H+ (m/z=133)が解離生成物である。

このことから,An•H+•18C6を紫外励起すると An•H+ は解離せず H+が 18C6側に移動し,そ

の後 18C6•H+として解離するか,さらに 18C6•H+が解離している。このように CEが An•H+の

電子状態や光解離に対して著しいかご効果を示すことが分かった。

②【 dBAM•H+, dBAM•H+•18C6, dBAM•H+•24C8 】図3に dBAM•H+, dBAM•H+•18C6,

dBAM•H+•24C8の UVPD スペクトルを示す。dBAM•H+は 37,450 cm-1に(0,0)バンドが現れ

930 cm-1 のプログレッションを

示 す 。 dBAM•H+•18C6,

dBAM•H+•24C8のUVPDでは,

どちらも dBAM•H+が解離する

が dBAM•H+•24C8 の解離生

成の割合が dBAM•H+•18C6

に比べ 1/10 以下になっている。

この理由は,dBAM•H+•24C8

が pseudo-rotaxane構造になっ

ているので,解離に大きなバリ

ヤーが存在するためと考えられ

る。

図2.(左)(a)An•H+, (b)An•H+•18C6, (c)An•H+•15C5 の UVPD スペクトル,(右)TOF スペクトル

図3.(左) (a)dBAM•H+, (b) dBAM •H+•18C6, (c) dBAM •H+•24C8の UVPD スペクトル,(右)TOF スペクトル

2P004 気相イオンの極低温冷却法の開発と気相 NMR 分光法への応用

(神戸大院理1·分子研2·東工大3) ○冨宅喜代一 1,2、大島康裕3

Formation of Ultra-cold Ions and its Application to Gas-phase NMR Spectroscopy

(Kobe Univ1, IMS2, Tokyo Tech3) Kiyokazu Fuke1,2 and Yasuhiro Oshima3 【序】最近、物質科学、生命科学の多くの分野で化学分析に検出感度の非常に高い質量分析

が広範に利用されるようになり、気相イオンの構造の情報が益々重要となってきている。こ

のため汎用性の高い気相イオンの構造決定法の出現が希求されている。本研究では気相イオ

ンの新規の構造解析法を創出するため、Stern-Gerlach 型の磁気共鳴検出法を提案し、NMR分光法の開発を進めている。(1) 本方法では非常に弱い磁気共鳴相互作用の検出に飛行時間測

定を用いるため、試料として低速で速度の揃ったイオン束の生成が要となり、イオンの極低

温冷却と精密制御が不可欠となる。イオンの運動制御は加速器をはじめ古くから研究開発が

進んでいるが、10 meV 以下の運動エネルギーの極低温イオンの生成と精密制御は、浮遊電場

の問題を含め未解決の課題が残されている。ここでは新たに本 NMR 法のイオン源として、

制御性が高くビーム強度が得

ら れ る traveling potential well (TPW)型の減速器を開発

し、原理検証実験を進めている。

講演ではこの減速器を用いた

冷却技術を紹介するとともに、

NMR 信号検出の技術的問題点

について議論する。 【実験】図 1 に実験装置の概略

図を示す。TPW 型イオン源と

磁気共鳴用の NMR セルは図1

図 1 実験装置概略図:(A)イオン光学系、(B)磁場分布 Bの磁場分布を持つ超電導磁石

内に設置した。NMR セル部は電気絶縁し

た銅パイプ内に挿入し、非磁性抵抗による

加熱でベーキングした。極低温に冷却した

イオン束を発生するために、超音速自由噴

流法で冷却したアンモニアの分子線を 図 2 TPW 型減速器の写真 YAG レーザー(266 nm)でイオン化し、減速

器内を通過させた。図 2 に TPW 型減速器の写真を示す。減速器は、加速器の位相安定原理を

利用したもので、最近、中性分子に用いられている Stark 減速器や Zeeman 減速器と同様であ

る。(2) 32枚からなる電極を非磁性抵抗チップで結合した 4 枚組で 8チャネルに分割し、図 3

に示すようにイオン束の下流への並進運動に同期してポテンシャル障壁を発生する。各チャ

ネルでのエネルギー損失は、印加する

電圧とパルス幅で精密に設定できる。 【結果と考察】飛行時間測定による気

相イオンの NMR検出のために、試料イ

オンの速度を数 meV 以下に減速し、速

度分布幅を 1 m/s以下に設定する必要

がある。従来は、この条件を満たすた

図3 Traveling potential well の概略図と減速機構 めにポテンシャルスイッチを用いて1

段でイオンの減速を試みてきた。しかし、減速過程では位相空間容積が増加するため、10 meV

以下に減速するとイオン束のピーク強度が大きく減少し、その後のイオンの信号処理が困難

になる問題があった。この点を改良し NMR 検出を実現するために、新たに TPW 型減速器を試

作し検討した。この方法では、イオン束の速度分布の中心部に相当するイオンの並進運動に

同期させて約 40 mmの一定間隔でポテンシャ

ル障壁を順次発生させ、位相を保ちながら各

チャネルで一定量のエネルギー減少を起こ

させる。この位相から外れた分子は、下流の

障壁に到達する際時間が前後するため、これ

らの分子の位相は同期分子の位相の周りで

振動する。(2)このため、位相空間体積が保存

されながら減速される。図4は NH3+イオンを

用いて、減速実験を行った例を示す。Ar 気体

を用いた分子線の光イオン化で発生したイ

オン束 (694 m/s,42.4 meV) を各チャネ

ルで約 4 meV エネルギーを減少させ、8段で

4.3 meV まで減速した結果である。図の第一

ピークは NMR セルを直接通過し検出器に到 図4TPW 減速器による NH3

+の減速イオン 達したイオン、第二ピークはセル内で一回

往復させて検出したイオンで、ピーク時間差から運動エネルギーが求まる。この結果から、

本方法を用いることにより、位相空間体積が保存され定量的に減速されることが明らかにな

った。この減速器のもう一つの特徴は最終段に bunching 機能を用たせることによりイオン束

の圧縮が可能となり、従来に比べより明るいイオン源として利用できる点である。この結果

を基にして、現在、標準イオンとなる t-ブチルイオン等の閉殻イオンの冷却を試み、磁気共鳴

の原理検証実験の準備を進めている。 【文献】(1) K. Fuke, et al. Rev. Sci. Instrum. 2012, 83, 085106. Hyperfine Interactions, Online May

2015. (2) G. Meijer, et al., Chem. Rev. 112, 4828 (2012). 【謝辞】開発に際し、分子科学研究所技術科のご支援を頂きました。

HDCCH ラジカルのミリ波ジェット分光

(九大院理)○松林大夢、原田賢介、田中桂一

Millimeter wave spectroscopy of the HDCCH radical

(Faculty of Science, Kyushu Univ.) ○H. Matsubayashi, K. Harada, K. Tanaka

【序論】

ビニルラジカルは基本的な重合反応や燃焼にお

いて見られる重要なラジカルである。H2CCH の α

位に位置する水素原子は対称な二極小ポテンシャ

ルによって支配されたトンネル運動を行っている。

β 位の水素原子を重水素置換した HDCCH ラジカル

は、ゼロ点振動の効果が異なるためポテンシャル曲

線は非対称となる(Fig. 1)。Dと不対電子が二重結合

に対し同じ側にあるものを cis体、違う側にあるも

のを trans体と呼ぶ。理論計算より cis体の基底状態

は trans体の基底状態より 33 cm-1低いと予想された。

これまでの測定で 1つの異性体の 202←101、 303←202、

111←000、212←101、110←101遷移が観測された(Fig. 2)

ことより、トンネル運動は起こっていないことが分

かった。また回転定数とフェルミ接触相互作用定数

より、スペクトルを cis体に帰属した[1]。本研究では

さらに 211←202遷移(Fig. 2 赤矢印)を、実験手法を改

善して測定した。解析より、今回新たに α水素の電子

スピン・核スピン双極子・双極子相互作用定数の非対

角項 𝑇𝑎𝑏(𝛼)H

を決定し、相互作用の主軸と慣性主軸のな

す角度 γを決定した。γ の同位体効果より、観測され

た異性体は cis体であると結論した。また、cis体の分

子定数より trans体のスペクトルを予想し、trans体

の観測可能性を検討したので報告する。

【実験】

アセチレンに活性炭を触媒として DClを付加して HDCCHClを合成し、光解離前駆体として用

いた。Ar:H2 = 3:1の混合気体にHDCCHClを 5%混ぜたサンプルを作製した。サンプルに 193 nm ArF

エキシマーレーザーを照射してラジカルを生成し、多重反射セル中に押し圧 8 atmで噴出させて

約 15Kにジェット冷却した。多重反射光学系を用いてミリ波を超音速ジェット中で 10往復させ

て吸収スペクトルを測定した。今回の測定ではサンプルの濃度を 2倍にし、押し圧を一定に制御

した。また、親分子の吸収を差し引いてラジカルの吸収スペクトルのみを高感度で観測した。

Fig. 1 HDCCHのポテンシャル曲線

2P005

Fig. 2 HDCCHの観測された回転遷移

【結果・考察】

162 GHz付近で観測された

HDCCHのスペクトルをFig. 3に

示す。今回の観測で帰属したスペ

クトルを矢印で示した。

決定された回転定数を ab initio

計算の値と比較すると、cis体の

計算値と近い(Table. 1)。

今回、α位の水素の電子スピ

ン・核スピン双極子・双極子相

互作用定数の非対角項 𝑇𝑎𝑏(𝛼)H

-18.7(37) MHzと決定した

(Table. 2)。この値と慣性主軸方

向の対角項 𝑇𝑎𝑎(𝛼)H, 𝑇𝑏𝑏

(𝛼)Hを用い

て、相互作用の主軸と慣性主軸

のなす角 γ、主軸成分 𝑇𝑥𝑥(𝛼)H,

𝑇𝑦𝑦(𝛼)H

を Table. 2のように算出し

た。H2CCH では γ = 33.0°と決定されている[2]。β 位を D 置換した

場合、慣性主軸の回転のために cis体では γの値は小さくなり、trans

体では大きくなると予想される。今回決定された γは 29.3°であり、

H2CCH の値と比べ 3.7°小さい。ab initioの構造パラメータと

H2CCH の γ より、HDCCHの γは cis体で 28.9°、trans体で 37.6°

になると予想されるが、今回決定された γは cis体の予想値に近い。

Ar matrix中の H2CCHの ESRの結果[3]と重水素と水素の核磁

気モーメントの比からHDCCHの β位の水素と重水素のフェルミ

接触相互作用定数𝛼F(𝛽)H

を予想すると、cis体の場合、𝛼F(𝛽)H

= 184.7

MHz、𝛼F(𝛽)D

= 17.0 MHz、trans 体の場合、𝛼F(𝛽)H

= 111.0 MHz、

𝛼F(𝛽)D

= 28.4 MHzと予想される。今回の Hと Dのフェルミ接触

相互作用定数は、𝛼F(𝛽)H

= 176.45(13) MHz、𝛼F(𝛽)D

= 16.658(29)

MHzであり、これは cis体の予想値に近い。これら 3つの根拠から、観測された HDCCHは

cis体であると結論した。得られた cis体の分子定数から、trans体の回転スペクトルを予想した。

trans-HDCCH が観測される周波数領域をこれまでジェット冷却条件及び 300 Kの常温条件で観

測したが、対応するスペクトルは観測されなかった。cis体と trans体のゼロ点エネルギーの差が

33 cm-1

(ab initio計算)、存在比はボルツマン分布に従うと仮定すると、15 Kのジェット冷却条件で

は trans体は cis体の 1/25の強度と予想される。ジェットの押し圧を 1 atmまで下げ、冷却温度を

30 K程度にすれば、cis体に対する trans体の存在比は 1/5となり、スペクトルが観測できる可能

性がある。

[1] 博士論文:林雅人 (2008). [2] K.Tanaka, el al. J. Chem. Phys. 120, 3604 (2004).

[3] P. H. Kasai, J. Am, Chem. Soc. 94, 5950, (1972).

Fig. 3 cis -HDCCHの吸収スペクトル

Table. 1 回転定数(MHz)

Table. 2

超微細相互作用定数(MHz)

Constants cis -HDCCH

37.314(48)

27.03(15)

4.276(90)

-18.7(37)

37.5(31)

-6.2(32)

γ 29.3(26)°

176.45(13)

16.658(29)

𝛼F(𝛼)

𝑇𝑎𝑎(𝛼)H

𝑇𝑏𝑏(𝛼)H

𝑇𝑎𝑏(𝛼)H

𝑇𝑥𝑥(𝛼)H

𝑇𝑦𝑦(𝛼)H

𝛼F(𝛽)H

𝛼F(𝛽)D

回転定数 観測値

cis trans

A 183333.988(16)   181280    165769

B 29392.516(23) 29265 29885

C 25230.174(15) 25198 25320

E tc0 - 0 cm-1

33 cm-1

CCSD(T)/aug-cc-pVTZ

2P006 アミノアセトニトリル振動励起状態のミリ波サブミリ波スペクトル

(東邦大・理 1, 富山大院・理 2) 藤田智帆 1,○尾関博之 1,小林かおり 2

Millimeter- and submillimeter-wave spectrum of

Aminoacetonitrile in its vibrationally excited states

(Toho Univ.1, Univ. Toyama2) Chiho Fujita1, ○Hiroyuki Ozeki1, and Kaori Kobayashi2

【序】星間空間における気相アミノ酸の探索は、宇宙と生命の関係を解く一

つの鍵になるとして 35 年以上も前から試みられているが[1]、いまだに確実な検

出例は報告されていない。その一方で、地球に飛来する隕石からは最も単純な

分子構造を持つアミノ酸であるグリシン(NH2CH2COOH)をはじめとする何

種類かのアミノ酸が検出されている。 [2] 地球上にもたらされるアミノ酸の由

来を知るためには、気相と固相を含めた星間空間内での生成反応ネットワーク

を明らかにする必要がある。 アミノアセトニトリル(NH2CH2CN)は加水分解によりグリシンを生成する

直接的な前駆体である。2008 年に Belloche らはミリ波帯の観測で SgrB2 方向

に初めてこの分子を検出した。[3] アミノアセトニトリルは 100K 程度の温度条

件ではサブミリ波帯で最大の輝線強度を与えることから、我々は ALMA をはじ

めとした高周波数領域での観測に備えて、アミノアセトニトリルの純回転スペ

クトルを、ほぼ未測定であった b 型遷移を含め、テラヘルツ領域まで拡張して

測定を行った。 [4] この一連の研究においては、アミノアセトニトリルの通常

種に帰属できたスペクトル線以外に、多数の未同定線を確認することができた。

これらはその強度から、振動励起状態にあるアミノアセトニトリル由来のスペ

クトルであることが示唆された。そこで本研究では、マイクロ波分光によって

これらの同定を試みた。 【実験】 東邦大学に設置されている光源周波数変調型吸収分光計[4]を用い

て、115 GHz から 450 GHz の周波数範囲で純回転スペクトルを測定した。アミ

ノアセトニトリルは市販(Sigma Aldrich)のものを希釈せずに、圧力 8×10-3hPaの条件で吸収セルに導入した。

【結果】 図1に 158000-160000 MHz の周波数範囲で測定したアミノアセ

トニトリルの純回転スペクトルの結果を示す。強度の弱いものまで含めると 100本以上のスペクトル線が検出されているが、振動基底状態由来のラインは、

N=18-17 の Ka=0 および 1の a型遷移と帰属できる 2本(図中”0”と記している)

を含め 20%程度である。この 2 本のスペクトル線の高周波数側にほぼ同じパタ

ーンでサテライトバンドが観測されたことから、これを手掛かりとして量子数

の帰属作業を進めたところ、これまでに 5 組の振動励起状態を同定し、それぞ

れについて回転定数および 4次までの遠心力歪定数を決定することができた(図

中”1”から”5”と記している)。

アミノアセトニトリルの低エネルギー振動モードは、気相の赤外分光により

500cm-1 以下に 3 種類あることが報告されている。それらは量子化学計算の結果

などを手掛かりとして、最もエネルギーの低いものから順に CCN bending (235 cm-1)、NH2 torsion(247cm-1)そして NH2-CH2 torsion(370cm-1)と帰属されて

いる。 [5] 今回観測されたスペクトルの強度を基にすると、図中、”1”,”3”, “5”と帰属した振動励起状態が、それぞれ CCN bending 、NH2 torsion、NH2-CH2 torsion に対応するものと考えられる。また得られた分子定数および相対強度の

関係から、”2”と帰属したものが、”1”すなわち CCN bending の倍音、”4”と帰属

したものが、”1”と”3”(NH2 torsion)の結合音であると推定できる。 これまでに帰属した振動励起状態は 100GHz 帯での測定では 50-100kHz 程度

でスペクトル線周波数が説明できているが、サブミリ波帯においては、局所的

な摂動が散見されるようになり大量に存在する未帰属線の存在とも相まって、

帰属作業は極めて困難になってくる。振動回転相互作用を取り込んだ解析が今

後必要になってくるものと思われる。

図1 158-160GHz 帯におけるアミノアセトニトリル

基底状態および振動励起状態の回転スペクトル

References [1] R. D. Brown et al., MNRAS 186,5 (1979). [2] K. Kvenvolden et al., Nature 228, 923 (1970). [3] A. Belloche et al., A&A 482, 179 (2008). [4] Y. Motoki et al., ApJS 209, 23 (2013). [5] M. P. Bernstein et al. Adv. Space Res. 33, 40 (2004). B. Bak et al., Can. J. Phys. 53, 2183 (1975).

図1 INO の純回転スペクトル 200 回積算(N Ka Kc = 75 1 75 - 74 1 74)

2P007 Nitrosyl iodide (INO)のサブミリ波スペクトル

(東邦大・理 1, 福井大・遠赤センター2,リール第一大 3)

相場翔平 1,○尾関博之 1,古屋岳 2, S. Bailleux3, Denis Duflot3

Submillimeter-wave spectrum of Nitrosyl Iodide (INO) (Toho Univ.1, FIR-FU2, Univ. Lille 13) Shohei Aiba1, ○Hiroyuki Ozeki1, Takeshi

Furuya2, S. Bailleux3, and Denis Duflot3 【序】ハロゲンと窒素酸化物の化合物である XNOy(X = F, Cl, Br, I, y = 1-3)類は、

フッ素から臭素までの化合物に関してはこれまでに数多くの分光学的研究がなされ、

分子構造をはじめとする知見が明らかになっている。その一方でヨウ素の化合物

INOy (y = 1-3)についての研究例は極めて限定的である。気相 INOy の分光学的研

究は低分解能の FT-IR の測定例があるのみで[1]、高分解能分光法はまだ適用されてい

ない。本研究では、INOy 類の中で、分子構造的にもっとも単純な分子である INO(nitrosyl iodide)の分光学的同定をめざした。

【量子化学計算および実験】回転スペクトルの測定に先立ち、スペクトル探査、特に

超 微 細 構 造 の 帰 属 に あ た っ て の 指 針 と す る た め に 、 量 子 化 学 計 算

(CCSD(T)/cc-PVQZ-(PP))による分子定数の推定を行った。その結果、INO の永久

双極子はほぼ a 軸方向にあり、サブミリ波帯ではヨウ素核および窒素核の電気四重極

子相互作用による超微細分裂は観測されず、スペクトル線は 1 本にまとまることが推

定された。INO の生成は先行研究[2]に倣い、直径 25mm、長さ 500mm の石英管中に

ヨウ素を散布し、そこに NO ガスを通すことにより行った。混合ガスは直ちに吸収測

定用のセルに導入し、ヨウ素と NO ガスの反応生成物由来のものと思われるスペクト

ル線を、400-430GHz の周波数範囲で探索した。測定には東邦大学に設置されてい

る光源周波数変調型吸収分光計を用いた。

【結果】 スペクトル探査の結果、ヨウ

素と NO ガスの反応生成物由来と思わ

れるスペクトル線のうち、比較的強度の

小 さ い ス ペ ク ト ル 線 の 一 部 が

5380MHz の周波数間隔でほぼ同じパ

ターンを繰り返していることが分かっ

た。これは量子化学計算から予想された

B+C の値 5604MHz とよく対応してお

り、INO の a 型遷移であることを強く

表1 INO の分子定数

示唆した。観測したスペクトルの一例を図1に示す。候補となるスペクトル線につい

て量子数の帰属を試みた結果、主量子数 N = 75-74 から 79-78 、副量子数 Ka = 0-10 の a 型遷移として説明することができた。Watson の S-reduced Hamiltonianを用いて量子数の帰属ができた約 70 本のスペクトル線について解析したところ、表

1の通り、回転定数および4次の遠心力歪定数を決定することができた。

今回得られたスペクトルは、図 1 に示す通り、信号雑音比は十分とは言えず、現在の

測定条件での INO の生成効率は必ずしも高くないことを示している。今後低周波数

領域の測定により超微細構造定数を決定するためには少なくとも 1 ケタ以上の効率

改善が必要である。一方で、ヨウ素と NO ガスの反応生成物由来と考えられるにもか

かわらず INO と帰属されなかったスペクトル線の大部分は INO のそれに比べて 1 ケ

タ以上強度が大きい。これらは、酸素を微量混入させることによりさらに信号強度が

増すことが確認できており、INO2ないしは INO3によるものと考えられる。

(1σ) rms = 50 kHz

Reference [1] I. Barnes et al. J. Phys. Chem. 95, 9736 (1991). [2] M. Feuerhahn et al. J. Mol. Spectrosc. 77, 429 (1979).

Constant (MHz)

Observed CCSD(T)/

cc-PVQZ-(PP)

A 81797.4(49) 84030.8

B 2797.5464(51) 2848.5

C 2705.6691(51) 2755.1

DJ 1.86305(15) 1.67

DJK -53.317(47) -46.21

DK 5890.(50) 5151

d1 -77.70(20) -70

d2 -1.915(24) -1.7

2P008

サブミリ波領域における亜酸化窒素のスペクトル線形状

(東邦大院・理) ○阿部翔太,尾関博之

Spectral lineshape of nitrous oxide in the submillimeter-wave region

(Toho Univ.) ○Shota Abe, and Hiroyuki Ozeki

【序】気相分子のスペクトル線形状は、分子の飛翔速度分布と衝突緩和の効果を考

慮したものとして解釈されている。具体的には、前者が卓越する圧力領域(Doppler

regime)では Gauss関数に、後者が支配的になる圧力領域(Collisional regime)で

は Lorentz関数に収れんする Voigt型の形状関数が、スペクトル線形状をよく表現で

きるため、これが使用されることが一般的である。しかし Voigt関数は、物理的には

分子の飛翔速度分布と衝突緩和には相関はない-すなわち衝突緩和の速度依存性や、

分子衝突が飛翔速度分布に与える影響はないものとした表現形式になっている。その

ため Dicke効果[1]に代表されるような、両者の相関関係が無視できないような系にお

いては、スペクトル線形状は Voigt型からは外れたものとなる。高い精度でスペクト

ル線形状を測定することにより、これらの定量的な議論が可能になってくる。

近年、分光リモートセンシングの検出感度が飛躍的に向上しており、観測データか

ら観測対象の物理量を導出する上で、精密なスペクトル線形状に関する情報が必要不

可欠になっている。今回我々は温室効果ガスとして知られている亜酸化窒素について、

サブミリ波領域におけるスペクトル線形状の精密測定を行い、その定量的評価を行っ

た。

【実験】純度 99.9999%の N2Oを N2または O2で 1%に希釈したものを測定試料と

した。350-550GHz の周波数範囲で光源周波数変調法を用いて、50-800mTorr の

圧力範囲で純回転スペクトルを測定した。

【解析】分子の飛翔速度分布(Gauss関数)と衝突緩和(Lorentz関数)を加味し

た、分極相関関数Φ𝑉𝑂𝐼𝐺𝑇(𝑡)は、𝜔0を吸収線の中心角周波数、Γを衝突緩和速度、𝑣𝑎0を

最大確率速度、𝑘 = 𝜔0 𝑐⁄ として、以下の表式で与えられる。

Φ𝑉𝑂𝐼𝐺𝑇(𝑡) = exp [𝑖𝜔0𝑡 − Γ𝑡 − (𝑘𝑣𝑎0𝑡

2)

2

] (1)

周波数変調の効果は、時間領域では変調周波数と周波数偏差を加味した二次のベッセ

ル関数を分極相関関数(1)に乗じることで取り込むことができる[2]。最終的に周波数領

域に展開される吸収スペクトルは、このフーリエ変換の実部として表される。本研究

においては、(i)従来の Voigt型形状に加え、(ii)衝突(Soft collision model)による飛

翔速度分布変化(分子拡散)を実効的に表すパラメーターとしてβを導入した、Galatry

型形状、(iii)衝突の相対速度依存性を表すΓ2を導入した、Speed Dependent Voigt 形

状の三種について比較検討した。測定で得られたスペクトルを再現するように

𝜔0, Γ, β, Γ2を非線形最小二乗法で決定した。

図 1 N2O-O2 (J=21-20) のスペクトル線形状

図 2 形状パラメーターの圧力依存性

【結果と考察】図1に O2希釈した N2Oの 527 GHz(回転量子数 J = 21-20)にお

ける回転スペクトル形状の一例を示す。Voigt型形状関数による fittingでは、図中”V”

で残差を示す通り、大枠ではスペ

クトル形状は説明できるものの、

数%レベルの系統的な残差が残っ

ていることがわかる。それに対し

て Galatry型(図中”G ”で示す)、

Speed Dependent Voigt 型(図

中”SDV”で示す)形状関数を用いる

と、いずれにおいてもこの残差は

ほぼ解消し、2%以下の精度で観測

スペクトルを説明することができ

るようになる。残差の大きさは

同程度であり、この圧力条件

(84mTorr)では両形状関数の

優劣を判断することは難しい。

しかし、圧力を増やして同様な

測定・解析を行ってみると、図

2 に示す通り、300mTorr 付近

までは Galatry型形状関数にお

ける分子拡散パラメーターβ、

Speed dependent Voigt 型形状

関数における衝突緩和速度の速度

依存パラメーターΓ2ともに、ガスの

圧力に比例して増加していくが、徐々にβの振る舞いが線形から外れていき、550

mTorr 以上で Galatry 型形状関数によるモデル化は破たんする。527GHz における

N2O の Doppler 幅が約 490 kHz であることを考えると、圧力領域として Doppler

regime から Collisional regime にほぼ移行したところで Galatry 型が不適合となる

と解釈できる。同様の傾向は他の量子数においても確認されており、Doppler幅が支

配する低圧領域でのみ、Voigt 型形状からのずれが、分子拡散の線形圧力依存効果と

して Galatry型形状関数の中で表現できているものと思われる。

Reference

[1] R. H. Dicke, Phys. Rev. 89, 472 (1953).

[2] L. Dore, J. Mol. Spectrosc. 221, 93 (2003).

[3] F. Rohart et al., J. Mol. Spectrosc. 222, 159-171 (2003).

[4] L. Nguyen et al., Mol. Phys. 104, 2701-2710 (2006)

Figure.1. Temperature dependence of mass spectra of

ubiquitin ion reacted with 1,3-propanediamine.

109 8 7

6

z=5

z=4

z=11

QMASS:off

QMASS:off,pda:off

pda:off

QMASS:on,pda:on,450K

QMASS:on,pda:on,415K

QMASS:on,pda:on,380K

QMASS:on,pda:on,345K

QMASS:on,pda:on,310K

z=3

2P009

プロトン移動反応による ubiquitinイオンの立体構造変化に関する研究

(横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科)

○谷村たにむら

大樹たいじゅ

・宮澤みやざわ

雅人ま さ と

・秋山あきやま

寛ひろ

貴き

・磯野い そ の

英雄ひ で お

・野々の の

瀬せ

真司し ん じ

Conformation change of ubiquitin ion probed by proton transfer reaction

(Graduate School of Nanobioscience, Yokohama City University)

○T. Tanimura, M. Miyazawa, H. Akiyama, H. Isono, S. Nonose

【序論】

生体分子は通常,ほかの生体分子や周囲の水分子と相互作用をすることで機能している。その相互

作用の機構を解明できれば,生命現象を理解することにつながるが,相互作用は極めて複雑で,液相

中での解析は困難である。そこで当研究では,エレクトロスプレーイオン化法を用いて,生体分子を

多電荷イオンとして真空中に孤立させた。孤立状態の生体分子には周囲との相互作用がないため,生

体分子 1 分子としての振る舞いを見ることができる。当実験では気相中での性質を見るために,生体

分子多電荷イオンに標的分子を衝突させて,イオンと標的分子の間で起こるプロトン移動反応の温度

依存性について調べた。試料生体分子には ubiquitinを用いた。ubiquitinは 76 のアミノ酸からなるタン

パク質で質量は 8564Da,生体内では主に,不要なタンパク質に取り付いて分解酵素の指標となってい

る。塩基性アミノ酸残基数は 12 で,N 末端と合わせて 13 か所にプロトンの付加できる部位が存在す

る。

【実験】

実験は ESI-QMASS-TOFMASS タンデム

質量分析装置で行った。生体分子を気相中

に孤立させる手法として,今回はエレクト

ロスプレーイオン化法(ESI法)を用いた。ESI

法はソフトイオン化法の一種であり,生体

分子のような大きな分子でも変性やフラグ

メンテーションを引き起こさずに,気化,

イオン化が可能である。ESI で生成した

ubiquitin の多電荷イオンを四重極質量分析

計(QMASS)に導入して,特定の電荷数を持

つイオンのみを選別した。選別したイオン

を次に,イオントラップと反応系を兼ねる

Gas Cell に導入した。Gas Cell 内では,しば

らくイオンをトラップし,標的分子を導入

してイオンとの間にプロトン移動反応を引

き起こした。Gas Cell 内部には,温度調節の

機能が備わっている。その機能を用いて,

約 450Kから 290Kの間でプロトン移動反応

の 温 度 依 存 性 を 調 べ た 。 今 回 は ,

3,5-dimethylpyridine,ethylenediamine,

1,3-propanediamine(pda)を標的分子として用

いた。飛行時間型質量分析計(TOFMASS)に

反応後のイオンを導入して,質量‐電荷比

別に分離した。最後に,分離したイオンを

検出器で信号として検出し,プロトン移動

反応後のマススペクトルを得た。得られた

スペクトルデータを解析し,分岐比やプロ

トン移動反応の反応速度定数のプロットを

作成し,反応の温度依存性を考察した。

Figure.2. Temperature dependence of rate constant of ubiquitin ion reacted with 1,3-propanediamine.

10

100

1000

10000

270 320 370 420 470

k(×

10

-12 m

ole

-1 c

m3 s

-1)

Temperature(K)

z=9

z=8

z=7

z=6

z=5

【結果】

ubiquitin の多電荷イオン(電荷数 5)に,標的分子である pda を反応させた際のマススペクトルを

Figure.1 に示す。最上段は QMASS による選別と標的分子の導入なし,2段目は電荷数 5 のイオンのみ

を選別したマススペクトルである。それ以下は標的分子を導入して,徐々に温度を下げていった際の

スペクトルである。Figure.2 に,電荷数 9から電荷数 5 までの ubiquitin多電荷イオンに,pdaを反応さ

せた際の反応速度定数を示す。電荷数 7 以上のイオンについては,室温付近までは温度低下とともに

反応速度が上昇し続ける。それに対して,電荷数 6 では 400K あたりまでは反応速度は上昇し,そこか

ら反応性は次第に下がっていっている。電荷数 5 については温度低下とともに反応速度は単調減少し

ている。

【考察】

Figure.1 を見ると,標的分子を導入したことにより,選別した電荷数(電荷数 5)以外のピーク(電荷数

4,3)もスペクトルに表れてきている。したがって,ubiquitin の多電荷イオンから pda にプロトンが移

動する,プロトン移動反応が起きていることがわかる。高温域では電荷数 4 のピークが大きく出てい

るが,温度低下とともに電荷数 5 のピーク強度がだんだんと増してきている。これより,反応性が温

度依存していることを読み取ることができる。Figure.2 にみられる反応速度定数の温度依存性には,

様々な要因がかかわってくる。その要因の一つとして,ubiquitin 多電荷イオン内でのクーロン反発の

作用があげられる。温度が低くなるほど ubiquitin はよりコンパクトな構造をとろうとし,分子内のプ

ロトン同士の距離が近づいていく。プロトン同士の距離が狭まりクーロン反発力が増大した結果,プ

ロトンが分子から脱離しやすくなり,反応性は上昇することとなる。電荷数 7 以上については電荷数

が十分大きく,その分クーロン反発の作用も強いため,反応性が温度低下とともに上昇し続けている

と考えられる。電荷数 6 についても同様に,反応性の上昇はクーロン反発の増大によるものだと考え

られる。その後の反応性の減少は,プロトンが側鎖との間に水素結合を形成するためだと考えられる。

電荷数 5 に関しては,反応性が温度低下とともに減少し続けている。これは十分にプロトンの数が少

なく,ubiquitin がコンパクトな構造をとってもクーロン反発力がそれほど大きくならないためだと考

えられる。ポスター発表では温度依存性にかかわる,ほかの要因についても考察を行う。

2P010 液滴分子線赤外レーザー蒸発法によって気相単離した

リゾチームに付着する対イオン効果 (学習院大学)○韮澤 拓哉、河端 里奈、浅見 祐也、河野 淳也

Counter-ion attachment to lysozyme ion isolated in the gas phase

by IR-laser ablation of droplet beam (Gakushuin Univ.)○Takuya Nirasawa, Rina Kawabata,

Hiroya Asami, Jun-ya Kohno

[序] タンパク質は生体中で周囲に存在する水分子や様々な化学種と相互作用し、分子クラウ

ディング状態として機能している。しかしながら、タンパク質本来の性質を理解するために

は、このようなクラウディング効果を排除した条件で分子の性質を調べる必要がある。本研

究では、液滴分子線法を用いてタンパク質リゾチーム(Lz)の水溶液を液滴として直接高真空

中に導入し、赤外レーザー蒸発法により溶液中のタンパク質分子イオンを気相単離した。ま

た様々な濃度の HCl および NaCl を予め水溶液中に添加することで、気相イオンの価数が低

下することがわかった。この価数の低下はナノ液滴モデルを用いて説明することができた。 今後様々な価数の気相単離イオンの紫外光解離スペクトル測定を計画している。その際 Lz

の価数を制御する上で、本研究の結果は極めて重要な知見となる。またこの紫外光解離スペ

クトルの測定のため、イオントラップ装置を導入した[1]。トラップ条件を最適化することで、

信号強度の弱い低価数の Lz も選択的にトラップできることがわかった。 [実験] 20 µM の Lz 水溶液に 20 µM~50 mM の HCl または NaCl を加え、これをピエゾ素

子駆動のノズルから直径約 70 µm の液滴として大気中に射出した。生成した液滴を 3 段階の

差動排気を通して高真空下中(~2×10-7 Torr)に導入し、液滴分子線とした。飛行時間型質量

分析計の平行電極かからなる加速領域に到達した液滴に、水の OH 結合の伸縮振動に共鳴す

る赤外レーザー光 (3586cm-1, 2~15 mJ pulse-1) を集光して照射し、溶液中の Lz イオンを気

相単離した。一方、気相単離イオンのトラップにおいては、円筒状のリング電極とそれを挟

むエンドキャップ電極からなるトラップ電極を加速領域に設置し,リング電極内部で液滴赤

外レーザー蒸発を行った。気相単離され

たイオンはリング電極に印加した 200 kHz~300 kHz, 1.5 kVppの高周波電圧に

よって 5 µs~5 ms トラップした後、パル

ス電圧を印加したエンドキャップ電極に

よって加速し質量スペクトルを測定し

た。 [結果] Lz 20 µM 水溶液から得られた正イ

オンの質量スペクトル(a:トラップ導入前 b:1 ms トラップ)を図 1 に示す。質量スペ

クトル中のピークは Lzn+(n=1-5)に帰属でき

0 5000 10000 15000 20000

正イオン強

m / z

トラップ導入前

200 kHz,1 msトラップ

2 価 3価

4価 1価

図 1. トラップ質量スペクトル比較.

2 価 3価

1価

a)

b)

た。またトラップした場合、主に 1 価の Lz が検出された。図 2(a)に Lz 水溶液に HCl を加

えた際の Lz の溶液中の荷電状態を、(b)に気相単離イオンの荷電状態を示す。(a)は Lz 側鎖

の pKa から見積もった値である。溶液中では Lz がプロトン化され高価数にシフトすること

がわかる。一方気相においては逆にイオンの価数が低い方にシフトしていく様子が観測され

た。この原因として、気相単離時に Lz へ対イオン(Cl-)が付着する可能性が考えられる。HCl添加による Lz の価数変化の影響を調べるため、NaCl 添加時における Lz 正イオン強度の Cl-濃度依存性を調べ、HCl の場合と比較した。HCl、NaCl 添加時の気相 Lz イオン強度の総

和(全イオン強度)の Cl-濃度依存性をそれぞれ図 3(a)、(b)に示す。いずれの場合も Cl-の増加

に伴い正イオン強度が減少した。このことは後述のナノ液滴モデルによって説明できる。こ

のモデルによって見積もった Lz の正イオン存在比の計算値を赤線で示した。

[考察] 先行研究から、イオンの生成過程はナノ液滴モデルで説明できる[2]。ナノ液滴モデル

とは、赤外レーザー照射によってナノメートルサイズの液滴が生成し、そこに含まれるイオ

ン種が会合体として観測されるというモデルである。タンパク質イオンが 1 つ含まれるナノ

液滴を考えると、そこには多数の対イオンが含まれていると考えられる。気相 Lz の荷電状態

は溶液中の対イオンがナノ液滴中に統計的に分布すると考えることで定量的に計算することがで

きる。赤線で示した計算結果は実験値と定性的に一致した(図 3)。 トラップ実験においては、トラップ電極に高周波電圧を印加することによって Lz を最大 5

ms トラップすることができた(図 1b)。今後はトラップと気相レーザー分光を組み合わせ、気

相タンパク質イオンの考察を進めていく予定である。 [文献] [1] J. Kohno, T. Kondow. Chem. Lett. 39, 1220-1221 (2010). [2]J.Kohno et al, J. Phys. Chem. A, 117, 9-14 (2013).

0

20

40

60

80

0 5 10 15 20

存在

比/ %

価数

HCl 0.16 mMHCl 1.16 mMHCl 10.16 mM

図 2. HCl 添加による荷電状態の変化. (a)溶液中, (b)気相中.

0 1 2 3 4 5 6 7

正イオン強

価数

HCl 0.16 mMHCl 1.16 mMHCl 10.16 mM

0.0001 0.001 0.01 0.1

全イ

オン強度

0.0001 0.001 0.01 0.1

全イ

オン強度

Cl-濃度 / M Cl-濃度 / M 図 3. Lz 正イオン強度の Cl-濃度依存性. (a) HCl 添加, (b) NaCl 添加.

(a) (b)

(a) (b)

2P011

マトリックス単離赤外分光法によるガンマ線照射した

ポリテトラフルオロエチレンの熱反応

(農工大院・BASE 1、ダイキン工業 2、上島製作所 3、コーガアイソトープ 4)〇湊山 海咲 1、

山田 恵美 1、赤井 伸行 1、野口 剛 1,2、石井 浩 3、廣庭 隆行 4、中田 宗隆 1

Thermal reaction of γ-irradiated polytetrafluoroethylene

by matrix-isolation infrared spectroscopy

(Tokyo Univ. A & T・BASE1, Daikin Industries 2, Ueshima Seisakusho 3, Koga Isotope 4)

〇Misaki Minatoyama 1, Emi Yamada 1, Nobuyuki Akai 1, Tsuyoshi Noguchi 1,2,

Hiroshi Ishii 3, Takayuki Hironiwa 4, Munetaka Nakata 1

【序】ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)は熱的にも化学的にも安定であり、フライパン

のコーティングなどに使われている。しかし、PTFE はガンマ線を照射すると、フッ素原子

の脱離や主鎖の切断などによって炭素ラジカルが容易に生成し、さらに、炭素ラジカルは酸

素とただちに反応して過酸化ラジカルが生成することが知られている。過酸化ラジカルはさ

らにさまざまな反応を起こすので、ガンマ線を照射した PTFE は酸化劣化する。これまでに、

われわれはガンマ線を照射した PTFE が加熱によって微弱な発光を示すことをつきとめ、新

しく開発したマルチチャンネルフーリエ変換型微弱発光分光分析装置[1]を使って発光スペク

トルを測定し、スペクトルの時間変化などの詳しい解析をおこなった[2,3]。その結果、PTFE

は空気中でのガンマ線照射によって安定な過酸化物が生成すること、その過酸化物は空気中、

室温で長期間にわたって安定に存在するが、140℃以上の加熱を行うと発光し、その発光は数

分間で消えることを見出した。さらに、過酸化物として、主鎖からフッ素原子が脱離したあ

とに酸素と反応して生成する過酸化物−CF2−CF(OOF)−CF2−を仮定し、加熱によって OF2が

脱離するとともに電子励起状態のカルボニル基が生成し、そのカルボニル基が発光するとい

う反応機構を提案した。もしも、加熱したときに脱離する OF2を検出できれば、この反応機

構が正しいことを証明することができる。しかし、発光が数分間で消滅することからもわか

るように、脱離する OF2の量はかなり尐なく、通常の分光法では検出できない可能性が高い。

そこで、本研究では、微量の不安定種の検出を得意とする低温貴ガスマトリックス単離赤外

分光法を用いて、OF2の検出を試みた。

【実験】約 140 kGy のガンマ線を照射した PTFE を試料として用いた。約 50 mg の粉末試

料を加熱ノズルに入れ、真空中でネオンガスを流しながら、約 140℃に加熱した。脱離した

気体とネオンの混合ガスを循環式ヘリウム冷凍機で約 6 K に冷却したヨウ化セシウム板上に

マトリックス単離した。脱離したガスとネオンガスの存在比は赤外吸収スペクトルを測定し

て、マトリックス単離試料に特徴的な狭いバンド幅を示すようにネオンガスの圧力をニード

ルバルブで調整した。赤外吸収スペクトルはフーリエ変換型赤外分光光度計を用いて、分解

能 0.5 cm−1で、積算回数 10 回で測定し、脱離した気体の同定を行った。また、赤外吸収強

度の時間変化の解析には、アルゴンを用い、試料の加熱温度 160℃、マトリックス温度 20 K、

積算回数 50 回で行った。そのほかの実験条件はネオンの場合と同じである。

【結果と考察】ガンマ線照射した試料を加熱し

たときに生成する気体のネオンマトリックスの

赤外吸収スペクトルを図1に示す。吹き付け時

間は 30 分である。OF2の赤外吸収バンドは 900

cm−1付近に現れることが知られているが、図1

ではまったく観測されなかった。代わりに、

1941, 1910, 1278, 1237 cm−1に強い赤外吸収バ

ンドが現れた。これまでに報告されているマト

リックス単離法赤外分光法に関する文献との

比較から、1941, 1910 と 1237 cm−1の赤外吸収

バンドは COF2に帰属できた。また、1278 cm−1

の赤外吸収バンドは CF4 に帰属できた。次に、

COF2と CF4の赤外吸収強度が吹き付け時間と

ともにどのように変化するかを調べた。その結

果を図2に示す。CF4 は COF2 よりも先に脱離

することがわかった。それぞれの気体は反応の

誘導期間を示さないので一次反応であると仮

定して、それぞれの生成反応速度定数を最小二

乗法で求めた。CF4 の生成反応速度定数は

0.145(23) min−1、COF2 の生成反応速度定数は

0.020(7) min−1と求められ、CF4のほうが先に生

成することが分かった。その原因として、CF4

は PTFE にガンマ線を照射したときに生成し、

試料内に保持されていたものが加熱によって

ただちに脱離したと仮定した。一方、COF2は主鎖が切断してできる炭素ラジカルに、酸素が

挿入されてできる過酸化物−CF2−CF2−CF2−OO−CF2−が、熱反応によって O−O 単結合が切

断されてアルコキシラジカルが生成し、さらに、C−C結合が切断されて生成したと仮定した。

しかし、COF2の生成反応速度定数(~0.02 min−1)は発光の反応速度定数(~0.72 min−1)よ

りも一桁小さいので、以下のような熱反応機構を仮定した。

−CF2−CF2−CF2−OO−CF2− + 加熱 → −CF2−CF2−CF2−O∙ + ∙O−CF2−

−CF2−CF2−CF2−O∙ + ∙O−CF2− → −CF2−CF2−CF=O* + FO−CF2−

−CF2−CF2−CF=O* → −CF2−CF2−CF=O + hν (発光機構)

−CF2−CF2−CF=O + 加熱 → −CF=CF2 + COF2 (生成機構)

[1] K. Tsukino et al., Chem. Phys. Lett., 457, 444 (2008); [2] T. Noguchi et al., Chem. Phys.

Lett., 614, 181 (2014); [3] E. Yamada et al., Chem. Phys. Lett., 616/617, 104 (2014).

0.02

0.04

0.06

1900 1950 2000

Ab

sorb

ance

0.02

0.04

0.06

1200 1250 1300

Ab

sorb

ance

0

0.01

0.02

0 100 200 300

Ab

sorb

ance

Time / min

0.02

0.04

0.06

600 800 1000 1200A

bso

rban

ceWavenumber / cm−1

Fig. 1 A neon-matrix IR spectrum of gases

evolved from γ-irradiated PTFE heated at

140ºC. The deposition time is 30 min.

Fig. 2 Time profile of absorbance of IR bands

for CF4 (□) and COF2 (○) at 160ºC. Solid lines

represent calculated values obtained by a

least-squares fitting process.

OF2

2P012 MeVイオン照射における核酸塩基分子の

多重電離と解離ダイナミクス (京大院工) ◯吉田慎太郎,間嶋拓也,浅井達也,松原正弥, 土田秀次,斉藤学,伊藤秋男

Multiple ionization and fragmentation dynamics of nucleobase molecules by MeV-ion irradiation

(Kyoto Univ.) ◯S.O.Yoshida, T. Majima, T. Asai, M. Matsubara, H. Tsuchida, M. Saito and A. Itoh

【序】 高エネルギーイオン衝突に伴う,生体分子へのエネルギー付与,およびその緩和に

至る反応過程を知ることは,粒子線治療や放射線の人体影響において初期の物理化学過程を

解明する上で重要である.これまで,レーザー照射[1]や電子衝撃[2],低速多価イオン衝突[3]

による孤立生体分子の解離反応が研究されてきたが,粒子線治療の特徴であるブラッグピー

ク領域の MeV イオンを用いた研究は皆無である.MeV イオンはクーロン相互作用により生

体分子の電子系にエネルギーを付与する.その時間スケールはフェムト秒以下と非常に短い

ため,一時的に,多重電離かつ高励起された分子が中間状態として形成され,その後,解離

反応が進行すると捉えることができる.解離直前の中間状態の価数は生体分子の解離過程を

系統的に整理する上で重要なパラメータである.そこで我々は,この中間状態の価数に依存

した解離ダイナミクスを検知するための多重同時測定システムを構築した[4].本発表では,

DNA及び RNAを構成する核酸塩基の1つである気相アデニン分子を標的とした 1.2 MeV C2+

イオン照射の結果を報告する.

【実験】 実験は京都大学大学院工学研究科附属量子理工教育研究センターの1.7 MVコック

クロフト・ウォルトン型タンデム加速器を用いて行った.170℃に加熱したるつぼから昇華し

た気相のアデニン分子(C5N5H5)に,1.2 MeV C2+イオンビームを入射させた.衝突により生

成したイオンを静電場でビーム軸と垂直な方向に引き出し,飛行時間測定法による質量分析

およびdelay-line型の二次元位置検出器を用いた3次元運動量画像分光を行なった.また,衝突

により放出された二次電子をイオンと逆方向に引き出し,+25 kVに昇圧した半導体検出器

(SSD)で検出した.SSDは,検出した粒子のエネルギーに比例した高さのパルス信号を生成

するので,ne個の電子が放出された場合,25ne keVに相当する高さの信号を与える.したがっ

て,パルス波高分析によって放出電子個数の情報が得られる.さらに,衝突後の出射イオン

を価数選別し,同時測定のトリガー信号として用いることにより,荷電変換条件を限定した

測定を行なった.本測定では入射イオンが標的から電子を1つ捕獲する1電子捕獲衝突(C2+

→C+)を選択した.これで全ての電子の移動の情報を押さえていることになり,解離直前の

価数(r)が次式のように一意的に求まる:C2+ + C5N5H5→ C+ + C5N5H5r+* + nee− (r = ne + 1).

これら一連の同時測定を衝突イベントごとにリストモードで保存し,中間状態(C5N5H5r+*)

の価数rに依存したアデニン分子の解離ダイナミクスを調べた.

【結果・考察】 図1に中間状態(C5N5H5r+*)の価数 r ごとに導出した生成イオンの質量分

布を示す.C5N5H5+と C5N5H5

2+は解離せずに存在するものもあるが,C5N5H53+および C5N5H5

4+

は確認されないことから,r =3,4では直ちに解離が進行すると考えられる.r = 1において中

性の CNHが1個あるいは複数個脱離した CnNnHn+ (n = 1-4)イオンが生成されている.r > 1で

はそれらのイオンは生成されておらず,さらに Hが1つ少ない CmNmHm-1+ (m = 1-3)が生成さ

れている.2個の生成イオンを検出した場合を見ると,CmNmHm-1+ (m = 1-3)と CNH2

+が同時検

出されており,CmNmHm-1+は CNH2

+と CNHの脱離によって生成されていることが分かる.ま

た,価数 r が大きくなるにしたがって,原子間結合が多く切れた軽い質量の生成イオンの収

量が増え,運動エネルギーの増大を反映して CmNmHm-1+ (m = 1-3)や CNH2

+の分布が広くなっ

ている.発表では,個々の解離イオンの運動エネルギー分布を価数 r ごとに導出した結果を

基に,アデニン分子の解離ダイナミクスについて議論する.

【参考文献】

[1] N. R. Cheong et al., Phys. Chem. Chem. Phys., 13, 291 (2011).

[2] B. F. Minaev et al., J. Chem. Phys., 140, 175101 (2014).

[3] L. Chen et al., J. Chem. Phys., 135, 114309 (2011).

[4] T. Majima et al., Phys. Rev. A, 90, 062711 (2014).

図1 1.2 MeV C2+と

気相アデニン分子

(C5N5H5)の衝突にお

ける生成イオンの質

量分布:解離直前の

中間状態(C5N5H5r+*)

の価数 r依存性

2P013

強光子場中の分子イオンの解離ダイナミクス研究のための質量選別イオンビーム装置の開発

(東大院・理) ○山崎 嵩雄、藤原 敬士、歸家 令果、山内 薫

Development of a mass-selective ion beam apparatus for investigating dissociation

dynamics of molecular ions in intense laser fields

(School of Science, The Univ. of Tokyo) ○Yamazaki Takao, Fujiwara Keiji, Kanya Reika,

Yamanouchi Kaoru

【序】強光子場中の分子の解離ダイナミクスは、生成した全ての解離イオン種を同時計測し、そ

れらの 3 次元運動量ベクトルを決定するコインシデンス運動量画像法(CMI)によって詳細に研

究されてきた[1]。Ben-Itzhak ら[2]は、質量選別イオンビーム源によって単一イオン種を試料と

して導入し、CMI計測を行うことによって、二原子分子イオンや三原子分子イオンなどの小さな

分子イオン種について、中性解離生成物を含む全ての解離生成物の 3 次元運動量の解析を行って

いる。本研究では、炭化水素分子イオンなどの、より複雑な分子イオン種を対象として、高強度

フェムト秒レーザー場によって誘起される解離反応のダイナミクスを研究することを目的として、

四重極マスフィルターを備えた質量選別イオンビーム装置を開発した。開発した装置を用いて

CO2+の質量選別イオンビームを生成し、その質量分解能を評価するとともに、生成したイオンビ

ームが CMI計測を実施するために十分な強度を持つことを検証した。

【実験】開発した質量選別イオンビーム装置は、(i) デュオプラズマトロンイオン源、(ii) 四重極

マスフィルター、(iii) 四重極偏向器、(iv) 12 枚の円盤電極で構成される加減速電極、(v) 解離イ

オン検出器より構成される(図1)。デュオプラズマトロンイオン源において、放電によって生成

したアルゴン原子イオン Ar+とイオン源に導入された中性分子試料との電荷移動衝突によって、

試料分子イオンが生成する。イオン源内の Ar+と分子イオンは 3 keV に加速され、イオンビーム

として四重極マスフィルターに導入される。四重極マスフィルターによって質量選別されたイオ

ンビームは、四重極偏向器で 90°偏向されることによって残留ガスから分離され、12 枚の加減

速電極に導入される。イオンビ

ームを加減速電極の前半部にお

いて 1.8 keVにまで減速し、繰

り返し周波数 5 kHzのレーザー

光を照射し、解離反応を誘起す

る。生成した解離物イオンは加

減速電極の後半部において再加

速され、時間位置敏感型検出器

に到達し、その飛行時間によっ

て質量分析を行う。一方、中性

解離生成物は減速時の速度のま

図 1. 質量選別イオンビーム装置.

ま、高い運動エネルギーを持って検出器に

衝突して検出される。そのため、検出器ま

での飛行時間によって解離生成物イオン

と区別して検出することができる。検出器

の前にはファラデーカップが設置され、親

イオンビームが検出器に入るのを阻止す

ると同時に、そのイオンビーム電流値が計

測される。

装置の質量分解能を評価するために、二

酸化炭素分子 CO2 を中性試料として導入

し、四重極マスフィルターに印加する電場条件を変化させてファラデーカップに検出されるイオ

ンビーム電流を測定し、質量スペクトルを得た。また、蛍光スクリーン付きマイクロチャンネル

プレートを検出器として用い、ファラデーカップを取り除いて CO2+イオンビームを直接観測する

ことによって、CO2+イオンビームの直径を求めた。

【結果と考察】得られた質量スペクトルを図 2 に示す。Ar+イオンと CO2+イオンが十分に分離さ

れて観測されていることが確認できる。図 2(b)に示した CO2+のピーク幅からイオン質量分解能

(R1/2)は R1/2~48であることが示された。

図 3は CO2+イオンビームの画像である。イオンビームの形状は、長軸~2.1 mm、短軸~1.7 mm

の半値全幅を持つ楕円形であることが示された。得られたイオンビーム電流値(~300 pA)とイオ

ンビームの大きさからイオン密度を求めたところ、約 6×103 cm−3となった。繰り返し 5 kHz の

レーザーの集光径を 100 μm として親イオンの 1%が解離を起こす場合、毎秒約 2 カウントの解

離信号が得られると見積もられることから、本装置のイオン密度はコインシデンス計測の実施に

十分であると考えられる。

【謝辞】この研究は JSPS 科研費(18205001, 19002006, 24245003, 24750011, 26288004,

15H05696)、グローバル COE プログラム(理工連携による化学イノベーション)、イノベーショ

ンシステム整備事業の支援を受けて行われた。

[1] H. Xu, T. Okino, K Nakai, and K. Yamanouchi, in Progress in Ultrafast Intense Laser

Science VII (Springer 2011) pp. 35.

[2] I. Ben-Itzhak, in Progress in Ultrafast Intense Laser Science IV (Springer 2009) pp. 68.

図 3. CO2+イオンビームの空間分布の画像(イオン電流値

~300 pA).

図 2. イオンビームの質量スペクトル(a)、および、その拡大図(b).

(a) (b)

2P014

対称コマ分子に対するレーザー誘起の最適整列制御と

時間分解 X 線回折像のシミュレーション

(東北大院・理) ○吉田 将隆, 大槻 幸義, 河野 裕彦

Laser-induced optimal alignment control of symmetric top molecules

and simulation of the time-resolved X-ray diffraction patterns

(Tohoku Univ.) ○Masataka Yoshida, Yukiyoshi Ohtsuki, Hirohiko Kono

【序】分子を特定の空間固定系に対して整列できれば配向平均を伴わない分子座標系での実験が

可能となる。電子基底状態において、整列に必要なトルクは双極子、または誘起双極子相互作用

を通して分子に加えられる。分子整列制御には回転波束の励起が必要であり、赤外レーザーパル

スによる分極相互作用がよく利用される[1]。赤外レーザーパルスは整形技術が進んでおり、制御

に十分な強度(~GV/m)のパルスを得ることが容易であるという利点がある。特にレーザーパ

ルスを用いた直線分子の整列制御は既に十分に発達しており、分子軌道の測定などの応用実験が

報告されている[2]。しかし非直線分子の場合、全ての空間固定軸に対し

て分子を整列させるのに最適な制御機構は、明らかになっていない。そ

れに向けた最初の試みとして、対象コマ分子の整列制御を考える。

本研究ではCH3F分子を例に、我々が開発した非共鳴の最適制御シミ

ュレーション法[3]を拡張し、パルスエネルギーを指定した値に保ちつ

つ、高い整列度合いを実現するためのレーザーパルスを数値設計する。

さらに整列ダイナミクスの観測法の1つとして、時間分解X線回折に着

目し[4]、回折パターンと回転波束の時間変化の関係をシミュレーショ

ンにより考察する。

【理論】剛体モデル化した CH3F 分子に、直線偏光したレーザーパルスを照射する。パルス電場を

𝐄(𝑡) = ��𝜀(𝑡) cos 𝜔𝑡と表す。ここで、𝜀(𝑡)と𝜔はレーザーパルスの包絡線と振動数である。分子軸と

パルスの偏光方向��のなす角を𝜃とする(図 1)と、整列度合いはそれぞれcos2 𝜃の期待値で評価す

る。フェムト秒パルスの振動数𝜔は回転遷移振動数に比べて非常に大きいため、ハミルトニアンは

𝜔に関してサイクル平均することができ、次式で与えられる。

𝐻 = [𝐵𝑱𝟐 + (𝐴 − 𝐵)𝑱z𝟐] −

1

4{𝛼⊥ + cos2 𝜃 (𝛼|| − 𝛼⊥)}[𝜀(𝑡)]2

ここで𝐴, 𝐵はそれぞれ分子座標系におけるz軸周りとx,y軸周りの回転に対応する回転定数、𝛼||, 𝛼⊥

は分極率テンソルの分子軸に平行、垂直な成分である。系は量子力学的 Liouville 方程式に従って

時間発展する。

𝑖ℏ𝜕

𝜕𝑡𝜌(𝑡) = [𝐻, 𝜌(𝑡)]

ここで𝜌(𝑡)は密度演算子である。整列度合いを最大にするパルスを設計するために、まず制御目

的汎関数𝐹を以下のように設定する。

𝐹 = Tr[𝜌(𝑡f) cos2 𝜃]

これは目的時刻𝑡fにおける整列度合いの最大化を目的としている。この目的汎関数𝐹を Liouville

方程式(2)の拘束条件下で変分法により解くことで、レーザーパルス設計方程式が導出される。

0 = Im{Tr[𝛯(𝑡){𝛼⊥ + cos2 𝜃 (𝛼|| − 𝛼⊥)}𝜌(𝑡)]}

ただし Lagrange 未定乗数𝛯(𝑡)は運動方程式による拘束条件であり、時間発展演算子𝑈(𝑡, 0)を用

いれば𝛯(𝑡) = 𝑈(𝑡, 𝑡f) 𝛯(𝑡f)𝑈†(𝑡, 𝑡f) = 𝑈(𝑡, 𝑡f) cos2 𝜃 𝑈†(𝑡, 𝑡f) で与えられる。最適制御シミュレーシ

(2)

(1)

(3)

図 1:分子軸と偏光方向のなす角 θ, φ, χ

θ

φ

χZ

XY

(4)

ョンでは、最適パルスを求めながら系の時間発展をシミュレーションする。パルスエネルギーが

一定になるようペナルティパラメータをステップごとに変えながら、結果が収束するまで繰り返

し計算を行う。

また、以下の微分散乱断面積を用いて X 線パルスの整列パルスに対する遅延時間の関数として

回折パターンの変化をシミュレーションする。

∂σ

∂Ω=

dσth

dΩ∫ 𝑑𝑡 𝑗(𝑡) ∑ 𝐹𝑚(𝐐)𝐹𝑛(𝐐)

𝑚,𝑛

−∞

Tr[cos{𝐐 ∙ (𝐑𝑚 − 𝐑𝑛)} 𝜌(𝑡)]

ここで𝐐は入射光と散乱光の差ベクトルである。また、𝐹𝑚(𝐐), 𝐑𝑚はそれぞれ原子形状因子、核

座標であり、𝜌(𝑡)は回転波束の時間発展を表す密度演算子である。また𝑗(𝑡) は X 線パルスの光子

フラックス、 dσth dΩ⁄ は Thomson 散乱の微分散乱断面積を表している。

【結果】目的時刻𝑡f は、J =1←J=0の遷移振動数の逆

数として定義される回転周期𝑇rot=19.58 psとした。こ

のときの最適なレーザーパルス波形を図2(a)に示す。

なお回転温度を0 K、レーザーパルスのフルエンスを4

J/cm2とした。この時、Z軸方向に対する整列度合いを

図2(b)に示す。等方分布状態における整列度合いはい

ずれも0.33であるが、最適なレーザーパルスを照射す

ることでZ軸方向の整列度合いを0.94まで高めること

ができた。レーザーパルスは主に整列度合いが高まる

タイミングで照射され、ラマン遷移の誘起により効果

的に回転状態の重ね合わせを作成する(図2(c))。

ここで、レーザーパルスのフルエンスを異なる値に

指定した最適化シミュレーションも行ったが、最適な

レーザーパルスの照射時刻はいずれの場合も図2(b)に

示した構造と同様であった。これより今回の計算の範

囲内では、最適なレーザーパルス波形はパルスのフル

エンスにより変化しないことが分かる。

また、目的時刻においてX線パルスを照射して得ら

れる時間分解X線回折像を図3に示す。X線パルスの光子

エネルギーは20 keV、時間幅は100 fs、伝播方向と偏光

方向はそれぞれY軸方向、Z軸方向とした。また、X線

回折において水素原子の寄与は無視できるほど小さいた

め、C-Fの二原子分子と近似した。この時、時間分解X

線回折像には明瞭な回折パターンが現れることから、角

度分布の異方性を鋭敏に捉えられることが分かる。さら

に、整列パルスとX線パルスの遅延時間を変えながら整

列ダイナミクスの追跡を行ったところ、高い時間分解能

で分子の整列ダイナミクスを捉えられることが確かめら

れた。

【参考文献】

[1] H. Abe and Y. Ohtsuki, Chem. Phys. 400, 13 (2012).

[2] J. Itatani et al., Nature 432, 867 (2004).

[3] M. Yoshida and Y. Ohtsuki, Phys. Rev. A 90 013415 (2014).

[4] P. J. Ho and R. Santra, Phys. Rev. A 78, 053409 (2008).

(5)

図 2:最適化シミュレーションの結果

(a)最適なレーザーパルス波形

(b)整列度合いの時間発展

(c)各回転準位の分布の時間発展

図 3:目的時刻での時間分解 X 線回折像

-0.5 0.0 0.5

-0.5

0.0

0.5

QX (units of |k

in|)

QZ (

un

its

of |k

in|)

-0.09

0.55

1.18

1.82

0

5

10

0.0

0.5

1.0

0.0 0.5 1.0

0.0

0.5

1.0

(t)

(G

V/m

)

Ali

gn

men

t <cos2 >(t)

J=8J=6

J=4J=2

J=0

レーザーパルス(包絡線)

(c)

(b)

(a)

Po

pu

lati

on

t (units of Trot

=19.58 ps)

2P015

スピン軌道相互作用に起因した電子スピン一重項-三重項間結合の増強

(京大院・理 1,東大生研 2) ○杉本 敏樹 1,福谷 克之 2

Enhancement of electron-spin singlet-triplet coupling

mediated by spin-orbit interaction

Toshiki Sugimoto1 and Katsuyuki Fukutani2

1Department of Chemistry, Graduate School of .Science, Kyoto University, Japan

2Institute of Industrial Science, The University of Tokyo, Japan

【序】

水素分子は核スピン 1/2 を持つ 2 個の陽子から成り、合成核スピン I=1 の状態をオル

ト水素、I=0 の状態をパラ水素と呼ぶ。同種原子核交換に対する波動関数の反対称性か

ら、パラ水素は分子回転量子数 J=even、オルト水素は J=oddをとる。これらの核スピン

異性体(オルト-パラ)間の転換は気相の孤立系では禁制であるが、磁性体や金属の表面

吸着相においては転換が促進される[1,2]。近年我々は,超高真空下で清浄なアモルファ

ス氷薄膜を作成し物理吸着水素分子の回転状態分布を測定したところ,水素分子はサブ

キロ秒オーダーで O-P 転換することを明らかにした[1].O-P 転換が促進されるために

は ortho-H2と para-H2間の波動関数の直交性を破る磁気相互作用の摂動が必要である.

そのため,電子的に反磁性の絶縁体であるアモルファス氷表面での O-P転換を説明する

理論は存在しない.そこで我々は発想を転換し,表面から受ける(分子外)磁気的相互作

用では無く,氷表面の強電場によって吸着分子内に誘起されうる磁気相互作用に基づき,

電場誘起 O-P転換理論を構築した(Fig. 1).今回は,この電場誘起転換理論においてキー

となる,「1 電子励起 111 nlsσg 電子配置の 11 - 13 状態間のスピン軌道結合(SOC)強

度」について,n, ℓ依存性を詳細に調べた.

【計算結果と考察】

111 nlsσ 電子配置の 11 , 及び 13 状態の 1電子近似 2電子波動関数に対して、SOC の

行列要素の電子軌道積分を行うと、

12122111

13 )(ˆ)( zzzzz

zSO ssRardrnlarnlssrdrdψHψ

(1)

Fig. 1| 強電場下で可能となる O-P 状態

混合経路の一つ[1].状態混合は分子内

フェルミ接触結合(IFCC),シュタルク結

合(SC),及びスピン軌道結合(SOC)の 3

つの寄与で誘起される.I は合成核スピ

ン量子数,J は回転角運動量量子数.

である.ここで 3ˆ ra である.断熱近似において、電子波動関数は核間距離 Rをパラメータ

ーに持つため、a の電子軌道積分で得られた Ra は Rの関数である.引き続いて行列要素の

計算(電子系: 電子スピン, 核系: 振動・回転・核スピン)を進めると、電子スピン演算子

zz ss 12

から電子スピンの多重度の結合選択則として 1ΔS , 0zΔS が得られる。分子の

回転、核スピンに関する演算子が存在しないことから回転の選択則は 0ΔJ 、核スピンの選

択則は 0ΔI である。振動状態の結合選択則は、振動波動関数の重なり積分

dRRuRuRadRR

R

RuRa

R

Ruvve

vvSOzvv

*'

2*'

,' '~' (2)

が零にならない条件から課される。ここで、Reは平衡核間距離である。同じ電子配置の 1 と

3 の状態間で断熱ポテンシャルの形状(曲率)は酷似しているため、振動状態の結合選択則は

0Δv である。 eSOz

vv Ra , より SOCの行列要素の大きさは eRaA 2 となる。 1-

3 状態間のエネルギー差 tsΔ を考慮すると、 13 - 11 間の SOC係数は tsΔA で与えられる。

融合原子描像に基づき,水素分子の upπ2 , upπ3 , gdπ3 , gdπ4 軌道を、水素原子の 2p, 3p,

3d, 4d 軌道 (磁気量子数 m=+1)で代用すると [3]、 1121 ug pπsσ , 11

31 ug pπsσ ,

1131 gg dsσ , 11

41 gg dsσ の 13 - 11 間の SOC の行列要素のエネルギーA として、

Table 1の値を得る。n, l が大きくなると )(rnl

軌道が外側に広がり核のクーロン場から遠ざ

かることに起因して A が小さくなっていることが分かる.さらに,Table 1に SOCによる 13

- 11 間の混合係数を示す。n, l が大きくなると、弱電子相関交換効果により tsΔ が小さくな

る事に起因して SOC係数が増強されていることが分かる。

通常、核電荷の小さな水素分子において SOCは無視される。しかし本研究では、主量子数

n や軌道量子数 l の大きなリュードベリ状態において、水素分子の SOC 係数が弱電子相関効

果で 10-5から 10

-2にまで 3桁程度増大されることが明らかになった.

[1] T. Sugimoto and K. Fukutani, Nature Physics 7, 307 (2011).

[2] K. Fukutani, and T. Sugimoto, Prog. Surf. Sci. 88, 279 (2013)

[3] R. Rothenberg & E. R. Davidson, J. Chem. Phys. 45, 2560 (1966).

[4] W. Kolos & J. Rychlewski, J. Mol. Spectrosc. 66, 428 (1977); Comput.Methods in Sci.Tech.5,39 (1999)

[5] L. Wolniewicz, J. Mol. Spectrosc. 169, 329 (1995).

Table 1| 11 - 13 間の分子固有の

SOC 行列要素のエネルギーA の値,

断熱ポテンシャル極小点近傍のエネ

ルギー差[4-5],及び SOCによる混合

係数のオーダー.

図 2 時間分解型キャビティーリングダウン分

光法の装置図

2P016

ジフルオロヨードメタンの光分解及び NO3との反応による大気除去過程に関する研究

(東京学芸大学 1, 広島市立大学院・情報 2)○柴田 裕介 1

, 友松 まり 1, 中野 幸夫 1

, 石渡 孝 2

Study of atmospheric removal processes of difluoroiodomethane by the photolysis and

the reaction with NO3

(Tokyo Gakugei Univ.1, Hiroshima City Univ.

2)

○Yusuke Shibata1, Mari Tomomatsu

1, Yukio Nakano

1, Ishiwata Takashi

2

【序論】

ジフルオロヨードメタン(CF2HI)は、新規代替フ

ロンの候補として近年注目されているヨードフ

ルオロカーボン類の一種である。しかし、ヨウ素

を含む化合物が成層圏まで到達すると、オゾン層

破壊を引き起こす可能性がある。CF2HI がオゾン

層に到達するかどうかを知るためには、CF2HI が

大気へ放出された際における大気からの除去過

程を知る必要がある。その除去過程に寄与する可

能性の高い反応として、夜間大気における酸化剤

である硝酸ラジカル(NO3)との反応と、太陽光による CF2HIの光分解がある。

NO3 + CF2HI → products (1)

反応(1)の速度定数と、光分解による大気寿命を見積もるために必要な CF2HIの吸収断面積はこれ

までに報告されていない。そこで、本研究では反応(1)の速度定数及び CF2HIの吸収断面積の決定

を行った。また、決定した速度定数及び吸収断面積を用いて、NO3との反応と光分解による CF2HI

の大気寿命をそれぞれ見積もった。

【実験】

反応(1)の速度定数を決定するために、時間

分解型キャビティーリングダウン分光法

(TR-CRDS)を用いた実験 1 を行った。実験 1

に用いた TR-CRDSの装置図を図 2に示した。

反応管内に N2O5、CF2HI、N2、O2を流入させ

た。それから、266 nmのナノ秒パルスレーザ

ー光で N2O5を光分解し、NO3を生成させた。

光分解用パルスレーザー光照射後、遅延時間

を置いて 662 nm のパルスレーザー光を用い

て、その時間でのNO3による吸収を検出した。

この遅延時間を変化させることにより NO3濃度の経時変化を得た。実験 1は N2と O2を 4 : 1の割

合で希釈ガスとして用い、全圧 100 Torr、温度 298 Kの条件で行った。

Oscilloscope

266 nmNd3+:YAG laser

Nd3+:YAG laserDye laser

Pressure gauge

PMT

Delay

generator

PC

Coolant

Coolant

N2 N2

Pump

N2O5/N2

CF2HI/N2

O2

Highly reflective

mirror

Highly reflective

mirror

662 nm 532 nm

Mass flow

controllers

Photolysis light

Probe

light

Reaction region

N2

PMT , Photo multiplier Tube

図 1 大気中での CF2HIの除去過程

実験 2として CF2HIの吸収断面積を決定するために、50 cmセルを用いて CF2HI濃度を変えな

がら 220 - 400 nmにおけるCF2HIの吸収スペクトルを測定し、吸収断面積を求める実験を行った。

【結果と考察】

実験1により得られたNO3濃度の経時変化の

一例を図 3に示した。図 3 より、CF2HIが反応

管内に存在するときは、反応(1)により NO3 の

減衰が速くなっていることがわかる。実験 1を

CF2HIの濃度を変化させながら行うことによっ

て、反応(1)の速度定数 k1 の決定を行った。全

圧 100 Torr、温度 298 Kにおける k1の値を(2.5 ±

0.7) × 10-14

cm3 molecule

-1 s

-1と決定した。

実験 2により得られたCF2HIの吸収スペクト

ルを図 4 に示した。ここで、I0と I はそれぞれ

セル内に CF2HI が存在しないときと存在する

ときの透過光強度である。(2)式に示した CF2HI

濃度と ln(I0 / I )の関係から最小二乗法により検

量線を作成した。

ln(I0 / I ) = [CF2HI]l (2)

ここで、は吸収断面積、lは光路長である。図

5に 260 nmにおける検量線を示した。この検量

線より、260 nmにおける CF2HIの吸収断面積

を 8.3 × 10-19

cm2 molecule

-1と決定した。決定し

た反応速度定数 k1と大気中の NO3濃度の値より、

NO3との反応による CF2HIの大気寿命は 44時間

程度と見積もられた。また、求めた CF2HI の吸

収断面積と、CF2HIと同様な形の吸収スペクトル

をもつ CF3I の吸収断面積と光分解による大気寿

命の報告値[1]から、CF2HI の光分解による大気

寿命は 17 時間程度と見積もられた。一般的に、

地表で放出された分子が対流圏と成層圏の境目

である対流圏界面まで輸送されるためにかかる

時間は 1 カ月程度である。決定した寿命より、

CF2HI は成層圏に到達する前に除去され、オゾン

層破壊に影響を与えることはないと考えられる。

【参考文献】

[1] S. Solomon et al., J. Geophys. Res., 99, 20929-20935 (1994)

0 1 2 3 4 5 6

0

1

2

3

4

5

6

[NO

3]

/ 1

011 m

ole

cule

s cm

-3

Time / ms

[CF2HI]

0 = 0 molecule cm

-3

[CF2HI]

0 = 3.89 x 10

15 molecules cm

-3

図 3 反応管内の NO3濃度の経時変化

図 4 CF2HIの吸収スペクトル

図5 260 nmにおけるCF2HIの濃度に対す

る ln(I0 / I )のプロットとその検量線

240 280 320 360 400

0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

ln(I

0 /

I )

Wavelength / nm

B

0.0 1.0 2.0 3.0 4.00.0

0.4

0.8

1.2

1.6

ln(I

0 /

I )

[CF2HI] / 10

16 molecules cm

-3

(1)

(2)

(3)

2P017

六極電場により状態選別したキラル分子の配向状態分布

(阪大院・理) ○蔡 徳七

Orientational distribution of chiral molecule selected

by hexapole electric field

(Osaka Univ.) D.- C. CHE

【序】 六極不均一電場と配向電場を組み合わせることでキラル分子のような非対象コマ分子

の配向状態を選別できる。[1] しかし、非対称コマ分子の場合、対称性の問題による回転準

位間の擬交差が複雑であるため取扱いが困難である。我々は、摂動近似を用いることなく電

場内での Stark エネルギーを厳密に求め、六極電場内での分子の軌跡計算を行った。また、

六極電場通過後に配向電場を設置することで非対称コマ分子の配向状態を選別できることを

示し、配向分布関数を求めた。更に、光解離生成物の飛行時間分布を調べることで、配向電

場内での分子の配向状態分布を実験的に求め、理論計算と比較することを試みた。

【理論】本研究では、キラル分子であるプロピレンオキシド

(PO)分子の配向状態選別を行った。PO分子は図 1に示すよ

うな 3つの分子軸を持ち、双極子モーメント()は酸素原子

とメチル基を結ぶ線上とほぼ一致する。六極電場による PO分

子の状態選別は 20%の PO を Heでシードして行った。六極電

場印加電圧に対する分線強度の集束曲線の実験に関しては既

に報告した。[1]ここでは分子の軌跡シミュレーションについ

て述べる。実験室系の Z 方向に強さ E の電場を印加し、非対

称コマ分子を剛体分子として取り扱った場合、そのハミルト

ニアン行列は

⟨𝐽𝜏𝑀|𝐻𝑆|𝐽′𝜏′𝑀′⟩ = ⟨𝐽𝜏𝑀|W0|𝐽′𝜏′𝑀′⟩ + E ∑ 𝜇𝑔⟨𝐽𝜏𝑀|ΦZg|𝐽′𝜏′𝑀′⟩

𝑔=𝑥,𝑦,𝑧

と記述できる。第一項は無電場中での回転エネルギーからなる対角行列、第二項は双極子と

印加電場との相互作用を表す非対角行列である。この行列を対角化することで Stark エネル

ギー𝑊を求めることができる。電場中での分子の運動方程式を解き軌跡を計算するためには、𝜕𝑊

𝜕𝐸を求めねばならないが、これは Heikumann-Feyomanの定理を用い式(2)より求めた。𝑇はハ

ミルトニアン行列を対角化する行列である。

⟨𝐽𝜏𝑀|𝜕𝑊

𝜕𝐸|𝐽′𝜏′𝑀′⟩ = 𝑇∗ { ∑ 𝜇𝑔⟨𝐽𝜏𝑀|ΦZg|𝐽′𝜏′𝑀′⟩

𝑔=𝑥,𝑦,𝑧

} 𝑇

六極電場内での分子の軌跡は式(3)で示した運動方程式に従って求めた。

md2r

dt2= F = −

∂W

∂r= −

∂W

∂E∙

∂E

∂r

分子線の回転温度をパラメーターとして実験結果と軌跡シミュレーションの結果を比較した。

図1. プロピレンオキシド分子

(4)

(5)

【結果と考察】図 2(a)に He ガ

スでシードした場合の PO 分子

の集束曲線の実験結果(・)を示

す。 今回の軌跡計算の結果を実

線で示す。両者はよい一致を示

したことから、今回用いた軌跡

シミュレーションが六極電場内

における非対処コマ分子の軌跡

を正しく記述していると考えら

れる。軌跡シミュレーションの

結果から分子線の回転温度を

10Kと決定した。

集束曲線のシミュレーション

結果をもとに各回転状態の分布

から、分子の配向分布関数を求める計算を行った。回転状態|JM>の配向分布関数は式(4)

により求めることができる。

𝑃(𝑐𝑜𝑠𝜃, 𝐸) = ∫ 𝑑𝜑

2𝜋

0

∫ 𝑑𝜒𝐸⟨𝐽𝜏𝑀|𝛹⟩⟨𝛹|𝐽𝜏𝑀⟩𝐸

2𝜋

0

= ∑ 𝛿𝑘′𝑘′′ 𝑐∗𝐽′𝜏′𝐽𝜏𝑀

𝑐𝐽′′𝜏′′𝐽𝜏𝑀

𝐽′,𝜏′,𝐽′′,𝜏′′,𝐾′,𝑘𝐾′′

𝑎∗𝐾′𝐽′𝜏′

𝑎𝐾′′𝐽′′𝜏′′

∫ 𝑑𝜑∫ 𝑑𝜒⟨𝐽′𝐾′𝑀|𝛹⟩⟨Ψ|𝐽′′K′′M⟩

式(4)中の積分は𝑃𝑛(𝑐𝑜𝑠𝜃)を n 次のルジャンドルの多項式として、式(5)のように表せる。

∫ 𝑑𝜑∫ 𝑑𝜒⟨𝐽′𝑘′𝑀|𝛹⟩⟨Ψ|𝐽′′k′′M⟩ =1

2√(2𝐽′ + 1)(2𝐽′′ + 1)(−1)𝑀−𝐾′′

∑ (2𝑛 + 1) (𝐽′ 𝐽′′ 𝑛𝑀 −𝑀 0

) (𝐽′ 𝐽′′ 𝑛

𝐾′ −𝐾′′ 0) 𝑃𝑛(𝑐𝑜𝑠𝜃)𝐽′+𝐽′′

𝑛=|𝐽′−𝐽′′|

ここでは分子の慣性主軸bと電場方向Z軸とのなす角である。各回転状態に関して式(4)

により配向分布関数を求め、且つ、六極電場の通過確率関数を考慮することで分子線の配向

分布関数を求めた。六極電場印加電圧ごとの配向分布関数を求めた結果を図 2(b)-(d)に示す。

また、図 3 に六極電場印加電圧が 15kV、配向電場の印加電圧が 10kV/cm での配向分布関数

を示した。図から明らかなように非対称な分布関

数が得られ、六極電場を用いることで分子の配向

状態が選別できることが分かる。現在、PO分子の

光解離により生成したメチル基の飛行時間分布

の異方性を詳細に解析することで実験的に配向

分布関数を求め、理論計算との比較検討している。

本討論会では、キラル分子の光解離生成物の散乱

分布の異方性に関する結果も合わせて発表する。

【参考文献】[1]D.-C. Che et al Chem. Phys.,

339, (2012), 180 図 3. 配向電場 15kV/cm での配向分布関数

-1 0 1

0.44

0.48

0.52

0.56

0.60

0.64

0.68

P(c

os

, E)

cos

図 2. PO分子の収束曲線と配向状態分布

2P018 分子の再散乱電子スペクトルと電子・イオン微分散乱断面積抽出方法についての検討

(東北大・多元研 1、電通大・先進理工 2、テキサス A&M 大学・化学 3) 伊藤雄太 1、○奥西みさき 1、森下亨 2、Robert R. Lucchese3、上田潔 1

Extraction procedure of differential scattering cross sections from rescattering photoelectron spectra of molecules

(Tohoku Univ.1, Univ. of Electro-Communications2, Texas A&M Univ.3) Y. Ito1, ○M. Okunishi1, T. Morishita2, Robert R. Lucchese3, K. Ueda1

【序】高強度近赤外レーザー光を気相中の原子・分子に照射するとトンネルイオン化により

電子が放出され、その一部はレーザー電場の向きの反転に伴って進行方向を変え、親イオン

と再衝突する。再衝突電子が親イオンにより後方弾性散乱されることで、親イオンの構造に

関する情報を含んだ再散乱電子が放出される。この電子の再散乱過程はレーザー電場の 1 周期 (波長 800 nm の光で約 2.7 fs) 未満の短時間で起こることから、原子・分子の超高速ダイナ

ミクスをフェムト秒の時間分解能で観測できることが期待される。 森下らは、TDSE 計算により得られた角度分解再散乱電子スペクトルから、最大の運動量

で再衝突したときの電子・イオン微分散乱断面積を抽出することが可能であることを示した

[1]。Chen らは、より小さな再衝突運動量の範囲においても、同様の解析により微分散乱断面

積を抽出できることを示した[2]。 当研究室ではこれまで、波長 800 nm のフェムト秒レーザー光を用いて希ガス原子や簡単な

分子の再散乱電子スペクトルを測定し、森下らおよび Chen らの手法を用いて実験結果から電

子・イオン微分散乱断面積の抽出を行ってきた。この結果と、理論計算により求めた微分散

乱断面積が良い一致を示すことから、この手法の有効性を確認してきた[3]。 現在では、C2H4 分子を試料としたとき、より長波長のレーザー光を用いることによって再

衝突電子の運動量を 3 a.u. (エネルギーにして 122 eV) 程度まで増大させることができている。

また、装置の改良によって観測できる電子の散乱角の範囲も広がった。したがって実験的に

得られる微分散乱断面積から原子間距離の情報を抽出できる可能性が期待される。原子間距

離の情報は、微分散乱断面積に観測される異なる原子からの散乱波の干渉項から得られる。

この干渉項(分子散乱因子)を求めるには精度良く断面積の干渉項を抽出することが肝要で

ある。本研究では、実験的に測定した C2H4分子の再散乱電子スペクトルから微分散乱断面積

を異なる手法で抽出し、得られる分子散乱因子を理論計算と比較検討した。 【実験】Ti:Sapphire レーザー(800 nm, 100 fs, 1.5 mJ, 1 kHz)の出力光を OPA により波長

1200-1700 nm に変換し、超高真空槽内に漏れ出し分子線として導入した試料に照射した。イ

オン化に伴い放出された電子を飛行時間型電子エネルギー分析器で検出した。λ/2 板を用い入

射光の偏光方向を回転させながら測定することで、エネルギースペクトルの角度分布を得た。 【結果と考察】Fig. 1 に波長 1650 nm のレーザー光を用いて測定した C2H4分子の角度分解再

散乱電子スペクトルから抽出した微分散乱断面積の角度分布を示す。森下らおよび Chen らの

断面積抽出手法では、再衝突運動量 pr とレーザー電場から受け取るドリフト運動量 Ar の比

pr/Ar を 1.26 に固定している。一方 Blaga らは、レーザー電場中におけるトンネル電子の運動

を古典論に基づいて計算することで pr/Arを決定し、実験で得られた再散乱電子スペクトルか

ら微分散乱断面積を抽出している[4]。古典計算において、再衝突運動量 prが最大となるとき

pr/Ar は 1.26 と一致する。本研究では pr/Ar を 1.26 に固定した場合と古典計算に基づいて pr/Ar

を変化させた場合とで抽出される微分散乱断面積の比較を行った。古典計算に基づく結果で

は高角度側の微分断面積が小さくなり、理論的に求めた断面積との一致も良いことが分かっ

た。ここで構成原子である C 原子と H 原子の原子微分散乱断面積の(原子数の重みつき)和を

原子成分の基準値として図に示してある。 Fig. 2 に最大の再衝突運動量を 3.0 a.u.として抽出した微分散乱断面積の角度分布から求め

た分子散乱因子を示す。実験結果から抽出した断面積と先ほど示した原子成分の断面積の差

をとり規格化することで分子散乱因子を求めた。分子構造に由来する振動構造が観測されて

おり、理論計算より求めた分子散乱因子ともよく一致している。

Fig. 1 C2H4 分子の角度分解再散乱電子スペクトルから抽出した微分散乱断面積の角度分布

(○: pr/Ar=1.26、▽: 最大の再衝突運動量を 3.0 a.u.として pr/Ar を計算、□: 最大の再衝突運動

量を 4.7 a.u.として pr/Arを計算)、―: 構成原子の原子散乱断面積の和)

Fig. 2 C2H4 分子の微分散乱断面積の角度分布から求めた分子散乱因子 (▽: 実験的に求めた

分子散乱因子、―: 理論計算から求めた分子散乱因子) References

[1] T. Morishita et al., Phys. Rev. Lett., 100, 013903 (2008). [2] Z. Chen et al., J. Phys. B: At. Mol. Opt. Phys. 42, 061001 (2009). [3] M. Okunishi et al., Phys. Rev. Lett. 100, 143001 (2008); M. Okunishi et al., Phys. Rev. Lett. 106, 063001 (2011); C. Wang et al., J. Phys. B: At. Mol. Opt. Phys. 45, 131001 (2012). [4] C. L. Blaga et al., Nature, 483, 194 (2012).

2P019

放射光を⽤用いた低エネルギー電⼦子と D2との衝突全断⾯面積測定

(東京⼯工業⼤大学⼤大学院・理⼯工 1, 上智⼤大学・物理 2)○重村 圭亮 1, 奥村 拓⾺馬 1, ⼩小林 尚正 1, 森 湧真 1, 北

島 昌史 1, ⼩小⽥田切 丈 2, 星野 正光 2, ⽥田中 ⼤大 2

Total cross section measurements for electron scattering from D2 employing threshold photoelectron source. (Tokyo institute of Technology Department of chemistry1, Sophia University Department of

Materials and Life Sciences 2)

○Keisuke Shigemura1, Takuma Okumura1, Naomasa Kobayashi1, Yuma Mori1, Masashi

Kitajima1, Takeshi Odagiri 2, Masamitsu Hoshino 2, Hiroshi Tanaka 2

【序】

電子と原子・分子の衝突は、その相互作用が既知であるために量子力学における少数多体系の

複雑なダイナミクスを検証する格好の場である。本研究グループでは、しきい光電子としみ出し

電場法を用いた全くユニークな電子ビーム生成手法を確立し、衝突エネルギー 100 meV を下回

るような極めてエネルギーの低い電子衝突実験に成功しており、種々の希ガスの電子衝突全断面

積を 20 eV~10 meV程度のエネルギー範囲までに渡って測定し、報告してきた[1-3]。これらの

測定により、超低エネルギー領域での直接的な断面積測定と理論計算による予測との比較がはじ

めて可能になり、理論モデルの検証をすることができた。その結果、He, Ne の比較的簡単な電

子数の少ない原子標的に対しては既存の理論計算が超低エネルギー領域まで実験を再現していた

が、Kr, Xe などの電子数の多い原子標的に対しては理論計算が実験を再現しないことが明らかに

なった。

本研究では、最も簡単な分子である H2 及びその同位体である D2を標的とし、その電子衝突全

断面積を測定したので報告する。

【実験】

一般的な電子衝突実験手法、すなわち熱フィラメントからの熱電子を電子源とする実験手法で

は 100 meV程度が実験可能な衝突エネルギーの下限であった。電子が生成時に有しているエネル

ギー拡がりや空間電荷効果のために、電子を減速させた際に電子ビームが発散してしまうのが主

な原因である。本研究は電子生成時に電子の有する運動エネルギー拡がりを減らし、さらに、電

子の運動エネルギーも極めて小さなものとするために、光イオン化で生成する光電子、中でもし

きい光電子を電子源に採用した。しきい光電子とはイオン化ポテンシャルとほぼ等しいエネルギ

ーでイオン化されることにより生成する運動エネルギーがほとんど0の光電子のことである。図

1に本研究で用いた装置の概略図を示した。Arの第一イオン化ポテンシャルとほぼ等しいエネル

ギーの単色化された放射光を Photoionization Cellに充填させた Arに照射することにより、しき

い光電子を生成させている。これを、しみ出し電場法を用いて高率かつエネルギー選択的に捕集

する。捕集された電子を電子レンズ系により電子ビームに整形するし、エネルギー制御して

Collision Cell に導入する。標的粒子に散乱されずに Collision Cellを通過した電子のみ電子増倍

管により電子ビーム強度を測定した。Collision Cellに導入する標的ガスの圧力を変化させながら

電子ビームの吸収強度を測定することにより Lambert-Beer の法則に従う衝突全断面積を得た。

この装置では電子捕集の際に選択的にしいきい光電子のみを捕集し電子ビームに整形しているた

め超低エネルギーかつ高分解能な電子ビーム実験を行うことができる。

希ガスの測定では、全断面積上に存在するエネルギーの精度良く知られた共鳴に由来する構造

があり、これを用いてエネルギー校正を行った。H2, D2 ではそのエネルギーの精度良く知られた

構造が全断面積上に存在しないためエネルギー校正が困難であった。本研究では、Krとの混合ガ

スでの測定をすることにより H2, D2 の全断面積上に存在する非常に小さな構造のエネルギー位

置を決定し、エネルギー校正された全断面積を得た。

【結果】

H2, D2 の電子衝突全断面積を 20 eV~10 meVの領域で測定した。また 10~12 eVのエネルギー

領域に存在する Feshbach 共鳴に由来する非常に小さい構造を全断面積上に観測することに成功

した。この共鳴に由来する構造は非常に小さな構造であるため高分解能測定でないと見えない構

造である。H2, D2 の両者の低エネルギーにおける全断面積と Feshbach共鳴に由来する共鳴構造

の比較を行った。

References

[1] M. Kurokawa et al., Phys. Rev. A 82 062707 (2010)

[2] M. Kurokawa et al., Phys. Rev. A 84 062717 (2011)

[3] K. Shigemura et al., Phys. Rev. A 89 022709 (2014)

2P020

Ethylpyrizinium iodideのイオン液体中における電荷移動吸収

スペクトル

(東工大・理工) ○本間 元樹, 楊箸 爽, 小倉隆宏, 河合 明雄

Charge transfer absorption spectra of ethylpyrizinium iodide in

ionic liquids

(Tokyo Tech.) ○ Honma Motoki, So Yanagibashi, Takahiro Ogura, Akio Kawai

【序】

イオン液体は、正負イオン間にクーロン相互作用やアルキル側鎖のファンデルワールス力など

の複雑な分子間相互作用が働きながら、常温で液体相となるイオン性有機化合物塩である。構成

分子がカチオンとアニオンのみからなり、導電性・不揮発性などの有機溶媒と異なるさまざまな

特異性を持つ。

イオン液体の分子間力については、MDシミュレーションなどで理論的な考察が行われている。

近年当研究室では、イオン液体のカチオンとアニオンの間に働く電荷移動(CT)相互作用について、

その特異な CT吸収スペクトルの測定から研究を進めている。CT相互作用は、イオン対内のカチ

オンとアニオンそれぞれについて、電荷がどの程度中和されているかを知るために重要である。

これまでの研究では、CTバンドのピーク位置が、濃度を変化させることでシフトするという興味

深い現象が観測された。CT遷移はドナーとアクセプターの電子供与能と電子受容能、イオン対の

立体配置を良く反映するため、溶液中でのイオン対の状態を知る指標になる。

今回我々は、CTバンドを発現することが知られ、イオン液

体によく用いられるカチオンを含んだ有機塩として、ヨウ化

エチルピリジニウム([Epy]I、図 1)を試料とした。いくつかの

有機溶媒中で、広い[Epy]Iの濃度範囲で、CTバンドのピーク

シフト現象を観測し、イオン対の電荷移動相互作用について

議論する。 図 1 [Epy]+及び[NTf2]-の構造式

【実験】

溶媒には、ジクロロメタン、アセトニトリル、およびイオン液体であるビス‐トリフルオロメ

チルスルホン酸イミドピリジニウム([Epy][NTf2])を用いた。[Epy]I をこれらの溶媒に溶解し、試

料溶液とした。可視・紫外吸収分光測定には、分光高度計(Shimadzu,UV-2450)を用いた。広い濃

度範囲の観測を実現するため、光路長 1 cm, 1 mm, 0.1 mmの 3つのセルを用い、最大 1000倍

程度の濃度範囲での観測を可能にした。

【結果と考察】

図 2は、[Epy]Iのジク

ロロメタン溶液での吸収

スペクトルである。この

濃度領域では、[Epy]I が

イオン対で溶解している

ことが、電気伝導の実験

から示されている[1]。

[Epy]+ は 250nm付近に

S1(*) 遷移を示すが、

今回観測したイオン対の

溶液でも、同じく[Epy]+

に由来する S1(*) 遷移

が観測された。長波長側

のバンド線形を解析したところガウス線形であることが判った。一方これよりも長波長側には、

CT バンドと思われる2つのブロードなバンドが観測された。[Epy]I の CT 吸収では、基底状態

におけるヨウ化物イオンは励起状態ではヨウ素原子になるため、ヨウ素原子のもつスピン軌道相

互作用によって分裂した2つのバンドが観測される。CTバンドにイオン対濃度依存性を調べるた

めに、370 nm付近にピークを持つ CT吸収を中心に詳細な解析を行った。このバンドは、270 nm

より短波長側に存在するππ* 遷移の影響がほとんど無く解析し易い。

図 3は、[Epy]I の濃度

を 2 × 10-4 mol・dm-3

から 0.12 mol・dm-3まで

変化させたときの、

[Epy]Iの CT吸収スペク

トルのピーク波長を示し

たものである。高濃度に

なるほど短波長側にシフ

トしていく様子が見て取

れる。これらのピークシ

フトは、[Epy]+I- イオン

対内の因子では説明が難

しい。これらのピークシ

フトは、[Epy]+I- イオン対同士が溶液中で相互作用することによって生じるものと考えられる。

当日は、各溶媒中でのピークシフトの濃度依存性などを比較検討することにより、このような

仮説に到った論理を詳細に議論する。

【文献】[1] T. Ogura; N. Akai; K. Shibuya; A. Kawai, J. Phys. Chem. B, 2013, 117, 8547

250 300 350 400 450

0.0

0.5

1.0

Abs

波長(nm)

図2 EpyI-ジクロロメタン溶液の吸収スペクトル

0.2/mM 0.3 0.4 0.5 0.6 0.8 1.0

0.00 0.02 0.04 0.06 0.08 0.10 0.12

320

330

340

350

360

370 ジクロロメタン

[Epy][NTf2]

ピー

ク波

長/n

m

濃度/mol.dm-3

図3 各溶媒での[Epy]IのCT吸収のピークシフト