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みずほ銀行 中国営業推進部 みずほ銀行(中国)有限公司 中国アドバイザリー部 MIZUHO CHINA MONTHLY みずほ チャイナ マンスリー 2017 5 月号 中国経済 1 第 13 次五ヵ年計画期の中国環境対策ビジネス動向 産業・地域政策 7 「現代総合交通運輸システム発展計画(2016-2020)」の実施意義と効果展望㊦ ―物流・人口移動コストの削減と経済成長・構造転換促進の複合効果への期待と課題― 中国アドバイザリーの現場から 12 投資性公司を活用した資金調達~外貨管理規制緩和の実務への影響~ 中国戦略 20 中国サイバーセキュリティ法の概要 法務 30 知的財産権法院設立後における知的財産権訴訟の審級管轄 税務会計 36 中国の CFC 税制(その 2) みずほ銀行の中国情報ホームページ ~中国の経済、市場動向、規制と人民元取引に関する最新情報~ http://www.mizuhobank.co.jp/corporate/world/info/cndb/index.html

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みずほ銀 行 中国営業推進部

みずほ銀行(中国)有限公司 中国アドバイザリー部

MIZUHO CHINA MONTHLY

みずほ チャイナ マンスリー

2017 年 5 月号

中国経済 1

第 13次五ヵ年計画期の中国環境対策ビジネス動向

産業・地域政策 7

「現代総合交通運輸システム発展計画(2016-2020)」の実施意義と効果展望㊦

―物流・人口移動コストの削減と経済成長・構造転換促進の複合効果への期待と課題―

中国アドバイザリーの現場から 12

投資性公司を活用した資金調達~外貨管理規制緩和の実務への影響~

中国戦略 20

中国サイバーセキュリティ法の概要

法務 30

知的財産権法院設立後における知的財産権訴訟の審級管轄

税務会計 36

中国の CFC税制(その 2)

みずほ銀行の中国情報ホームページ

~中国の経済、市場動向、規制と人民元取引に関する最新情報~

http://www.mizuhobank.co.jp/corporate/world/info/cndb/index.html

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- Executive Summary -

中国経済 第 13 次五ヵ年計画期の中国環境対策ビジネス動向

中国では第 13 次五ヵ年計画がスタートし、環境問題への対策も本格化している。市場の巨大さゆえ

に日系を含む多くの外資系企業が中国環境対策市場に参入を試みているが、成功を収めることは容易

ではない。環境対策ビジネスは規制ビジネスであるため、環境対策の背景や中央政府・地方政府の打

ち出す政策を理解し臨むことが必要不可欠である。本稿では、今後の環境対策ビジネスの方向性を理

解する上で重要となる、環境対策の背景並びに政策の概要について、第 13 次五ヵ年計画期の大気汚

染対策において最優先で取り組まれている VOC対策を例に解説する。

産業・地域政策 「現代総合交通運輸システム発展計画(2016-2020)」の実

施意義と効果展望㊦

第 13 次 5カ年計画(2016~2020)始動から 1年以上経過した今年 2 月末、2020年をめどに安全・便

利・高効率・グリーンな現代型総合輸送交通システムの構築を目指す「現代総合交通運輸システム発

展計画」が公布・実施された。本稿は、㊤㊦2回に分けてこの重要な「発展計画」の制定意義と特色

及び主旨内容を紹介し、その主な実施事業を概観したうえ、政策の実施効果と主な課題を展望したい。

中国アドバイザリーの現場から 投資性公司を活用した資金調達

外貨管理規制の緩和に伴い、投資性公司を活用した資金調達方法も従前に比べ多様化している。本稿で

は投資性公司の傘下会社が資金調達を行うケースに焦点を当て、スキームごとの実務上の留意点につい

て述べ、スキーム検討時のポイントについて紹介する。

中国戦略 中国サイバーセキュリティ法の概要

中国でのサイバーセキュリティに対する意識の向上にともない、中央政府は『サイバーセキュリティ法』を制

定、2017 年 6 月 1 日より施行する。本サイバーセキュリティ法は日本企業を含む多くの企業の事業に影響

を与えると思われる。本稿ではサイバーセキュリティ法成立までの経緯と特に重要と思われるポイントに関し

て、KPMG の視点とともに解説する。

法務 知的財産権法院設立後における知的財産権訴訟の審級管轄

中国において、2014 年に知的財産権法院が設立されて以来、知的財産権訴訟の審級管轄に関する規定が

不明確であるため、実務上の混乱をもたらし、管轄権異議が濫用される問題が注目されている。本稿は、知

的財産権訴訟の審級管轄に関する法令、実務上の混乱及びこの問題に関する近時の最高人民法院の考

え方を紹介する。

税務会計 中国の CFC 税制(その 2)

中国の国際税務の関係規定は現在進行形で改正が行われているが、そのベースには 2015 年の特別納

税調整実施弁法の公開草案がある。中国 CFC税制の改正動向をこの公開草案に基づいて紹介するとと

もに、OECDの BEPS 最終報告書の Action3「効果的な CFCルールの設計」との関連性を検討する。

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中国経済

1 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

第 13次五ヵ年計画期の中国環境対策

ビジネス動向

-急激に市場成長が進む VOC 対策を例に-

1.はじめに

PM(微小粒子状物質)報道といった騒動により、中国の環境問題がグローバルレベルで顕在化

して久しい。中国政府は、深刻化の一途をたどる環境問題解決に向け、2014 年に環境保護法を

25 年ぶりに改正し、環境汚染事業者に対する罰則を強化すると共に、その管理監督を担う役人

に対しても昇進条件に環境問題の解決を盛り込み、環境対策に取り組まざるを得ない状況を作

り出してきた。また、オンラインモニタリング等の環境汚染物質の監視技術の導入も上海・北京

等の直轄市を中心に徐々に始まっている。

2016 年から 2020 年までの第 13 次五ヵ年計画は、環境規制の変革期を経て実効性が高まった

状況の中スタートを切ることとなり、大気汚染対策分野の VOC(揮発性有機化合物)対策を中心

に水汚染対策分野、土壌汚染対策分野へと次々に対策が進められて行くと予想される。特に VOC

対策は、中国で最も実効性の高い管理が進められており、いずれは水・土壌汚染対策分野も同様

の管理を受けると予想される。本稿では、VOC 対策の状況を概観し、これを通して第 13 次五ヵ

年計画期の中国環境対策ビジネス動向につ

いて解説する。

2.中国の大気汚染対策の変遷

中国の大気汚染と聞くと真っ先に連想さ

れるのは、PMにより、数十メートル先すら見

えなくなっている北京市の報道ではないだ

ろうか。目に見える形で大気汚染が顕在化

し、国民が中国の環境汚染の深刻さを認識し

たことにより、中国の環境対策の本気度が増

したことは間違いないであろう。そのため、

中国政府は、PM問題の解決に注力しており、

人為起源の PM2.5、PM10 の原因物質である SO2

(二酸化硫黄)、NO2(二酸化窒素)、VOC、煤

(粉)塵等の削減を目指している。

中国の上記原因物質への対策は意外と早

くから実施されており、SO2 への本格規制は

2006年から、NO2は 2010年から、VOCは 2016

年から、それぞれスタートしている。それぞ

れが、中国の五ヵ年計画の大気汚染対策の最

重点項目と位置付けられてきた。

図表 1 には、2014年および 2015年の各大

気汚染物質の国家基準達成状況を示す。円グ

みずほ情報総研

環境エネルギー第 2部

佐藤 智彦

[email protected]

図表 1 各大気汚染物質の国家基準達成状況

出所:環境保護部「環境状況報告 2014 年、2015年」より作成

21.7%

78.3%

2014年PM10

11.2%

88.8%

2014年PM2.5

二酸化硫黄

二酸化窒素

煤(粉)塵

VOC

2014年 国家基準達成状況(年平均濃度)

=未達成=達成

88.2%

11.8%

2014年SO2

62.7%

37.3%2014年NO2

34.6%

65.4%

2015年PM10

22.5%

77.5%

2015年PM2.5

96.7%

3.3%

2015年SO2

81.6%

18.4%

2015年NO2

二酸化硫黄

二酸化窒素

煤(粉)塵

VOC

=未達成=達成

2015年 国家基準達成状況(年平均濃度)

SO2、NO2の減少に比例してPM2.5、PM10も減少しているが頭打ちの感あり。

残る原因物質のVOCの削減が必要不可欠。

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中国経済

2 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

ラフは、中国の都市において観測された各物質の年平均濃度(μg/m3)が国家基準値を満たして

いるか否かを示している。2014年と 2015年との状況を比較すると、SO2と NO2の達成率の上昇に

比例し、PM2.5、PM10の達成率も上昇傾向にあることが分かる。しかしながら、PM2.5、PM10共に依

然として未達成の割合が約 8割を占めており、他の原因物質に対する対策が急務となっている。

これが、昨今 VOC対策が急速に進められている背景である。

3.VOC への対策方法

VOC とは、その和訳、揮発性有機化合物が示す通り、工場等の排気口から大気中に排出され、

また飛散したときに気体である有機化合物のことである。ガソリンスタンドに行ったことのあ

る人であれば、そこで嗅いだ事のある独特な刺激臭の原因物質(ガソリンベーパー)が VOCの分

かり易い一例であろう。ただし、一言で VOCといっても、該当する有機化合物は数百に及び、産

業分野によっても用いられる物質が異なるという特徴がある。そのため、日本企業を含む外資企

業の高度な技術の導入可能性が高い。VOCには大きく 3つの対策方針がある。第 1に VOC排出の

少ない溶剤・塗料への変更、第 2に溶剤等の回収・精製・再利用処理、第 3に分解処理である。

第 1の項目は、塗着性の高い塗料や水性塗料等への代替を中心に対策が進められている。他方、

第 2、第 3の項目は、装置を導入し排気された VOCに対して末端処理を行う。その処理の方法は

多岐に渡り、処理したい VOCの性状により最適解が決まる(図表 2)。中国の製造業は、政府か

ら短期間で VOC 対策に取り組み成果を上げることを求められていることもあり、処理装置に対

するニーズが高まっている。

図表 2 VOC 処理技術の全体像

出所:各種資料より作成

VOC濃度

濃縮

低濃度

回収

分解

高濃度

なし

あり

非燃焼

※排ガスに含有されているVOC成分が、単一成分に近い、高価といった場合には再利用意義あり

燃焼

直接燃焼

蓄熱燃焼

触媒燃焼

生物処理

オゾン酸化

光触媒

放電プラズマ

吸着法

吸収法

凝縮法

膜分離

再利用意義※

再生再利用

廃棄

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中国経済

3 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

4.VOC 関連政策

中国全体を対象とした VOC 規制は、2016 年 1 月 1 日施行の「大気汚染防止法(改正版)」に

おいて VOCの規制・監視が定められたことから本格化した。これにより、各地方政府から次々と

VOC関連政策が打ち出されることとなった。特に上海市では、対策に取り組まなければならない

VOC排出企業を指定した上で、導入推奨技術、規制制度、監視体制、支援制度を整え、VOC排出

企業が対策を講じざるを得ない状況を創出するという先導的な取り組みがなされた。上海市の

政策が優れている点は政策の包括性のみならず、中央政府の打ち出した大方針の政策に対応し

た地方政策をタイムリーに準備し、「大気汚染防止法(改正版)」の施行時点で VOC対策の準備

を整えている点である(図表 3)。

図表 3 中央政府および上海市の VOC関連政策

出所:中央政府、上海市の政策文書より作成

VOC対策は、大半の地方で対応が遅れているため、上海市の政策は他の地域のロールモデルと

なっている。上海市では、規制や補助の対象となる VOC排出企業を市政府が指定している(図表

4)。基本的には、全ての VOC排出企業を取り締まる方針だが、規制は重点企業 256社から着手

し、2015 年末までに、重点企業の中の 71社と一般企業の中の 523 社の VOC処理プロジェクト

を完了させ、残り 1,406社の VOC処理プロジェクトについても 2016年末までに完了させるとし

ている。

図表 4 上海市の指定した VOC対策に取り組むべき企業

重点 企業 256 社

4 社 上海市重点化学工業企業(区)揮発性有機化合物(VOCs)規制パイロット事業実施対象企業

150 社 「本市揮発性有機化合物(VOCs)排出重点企業汚染対策事業実施に関する上海市環境保 護局通達」(滬環保防〔2014〕118 号)に定める重点企業

35 社 上海市が 2013 年に実施した「VOCs 汚染の重点企業に対する調査」の結果としてリストアップされたVOCs 汚染重点企業。対象企業は、12 区・県に分布し、有機化学工業、合成材料、船舶塗装、自動車塗装、設備塗装、塗料、インク生産、包装印刷産業など、多岐にわたる。

67 社 その他の VOCs年間排出量 100 トン以上の企業

一般 企業 1,744社 上述の 256 社の重点企業以外で、VOCs年間排出量が 1 トン以上の VOCs排出企業

出所:上海市環境保護局、上海市発展改革委員会、上海市財政局「上海市工業 VOC処理排出削減プラン」より作成

2013年 2014年 2015年 2016年

中央の政策を受けて地方政策を発表

上海市工業固定源揮発性有機物処理技術指針

上海市揮発性有機化合物汚染排出費徴収試行規則

上海市工業揮発性有機化合物処理・排出削減プラン

上海市大気汚染防止条例

上海市クリーン大気行動計画(2013-

2017)

大気汚染防治行動計画(大気十条)

揮発性有機化合物汚染排出費徴収試行規則)

大気汚染防止法(改正版)

赤字:中央政府の政策青字:上海市の政策

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中国経済

4 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

上海市の VOC処理推奨技術は「上海市工業固定源揮発性有機物処理技術指針」として体系的に

整理されている(図表 5)。本指針は、国家の大気汚染防治 12次五ヵ年計画の実現や上海市の

VOC排出コントロールの強化および大気環境を改善する目的で、上海市環境保護局、上海市環境

科学研究院が 2012年 8月に「典型業種における揮発性有機物処理技術のフィジビリティスタデ

ィ」を行い、それに基づき 2013年 7月に編成した。本指針は、資源の回収利用とエネルギーの

利用を充分考慮した上で、削減ポテンシャルの多い末端処理技術を提示し、上海市の工業固定源

揮発性有機物の排出削減のために技術的なサポート行うことを目的としている。対策を迫られ

ている企業は、自身の業界で推奨された技術を導入することで、環境保護部門の役人の視察や補

助金申請の対応が容易になるため、この技術指針にて推奨された技術を有する企業は上海 VOC対

策市場で有利な立場に立つことができる。

図表 5 上海市の推奨する業界別 VOC対策技術

出所:上海市環境保護部、上海市環境科学研究院「上海市工業固定源揮発性有機化合物処理技術指針」より作成

また、上海市では、VOC排出量の多い石油化工業、造船、自動車製造、包装・印刷、家具製造、

電子など 12業種を 71 の類に細分化し、段階的に汚染排出費の徴収を始めている(図表 6)。徴

収範囲は段階が上がるにつれ拡大し、最終的には約 2,000社が対象となる。上海市が定める VOC

削減の方案に基づき排ガス処理を進め、VOC排出濃度が制限値の半分以下、かつ環境当局から年

間に処罰を受けていない場合には、徴収費は基準の半分に、一方、処理設備が正常に稼働してい

ない場合や、排出量が制限値を超えている場合には、徴収費は基準の 2倍になるという、実効性

を高める仕組みが組み込まれている。

塗料生産

包装印刷

推薦技術

表面塗装

自動車

塗装

吹き付け塗装

乾燥

乾燥

吹き付け塗装

塗料浄

包装

撹拌

凹版印刷

乾式複合印刷

オフセ

ット印刷

工業塗布

塗布

乾燥

性炭吸着

濃縮+

燃焼

直接燃焼

塗料浄

濃縮+

燃焼

直接燃焼

除塵

活性炭

吸着

濃縮+

燃焼

蓄熱燃焼

冷却

蓄熱燃焼

濃縮+

燃焼

活性炭

吸着

活性炭

吸着

蓄熱燃焼

冷却

溶剤

熱量

溶剤

熱量

熱量

溶剤

熱量

一次排出

光電機

製品

二次排出

冷凝洗浄

活性炭

吸着

濃縮+

燃焼

溶剤

有機加

程管

線貯

蔵積

LDAR

蒸気平

衡回収

冷凝圧

直接燃

剤熱量

成材料

程排気

気平衡回収

直接燃

溶剤

溶剤

熱量

経済

利益

前処理

排出源

重点業界

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中国経済

5 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

図表 6 上海市の汚染排出費徴収制度

出所:上海市発展改革委員会、市財政局、市環境保護局「上海市揮発性有機化合物(VOC)汚染排出費徴収試行規則」より作成

なお、汚染物排出費の増減にも関わる規制値については、地方政府標準として取りまとめられ

ている。これは業種別で策定している地方もあれば、全業種をまとめて策定している地域もある

(図表 7)。さらに公布時期や実施時期も大きく異なる。例で挙げた自動車製造における表面塗

装に関しては、自動車製造が盛んな地域や京津冀(北京市、天津市、河北省の一部地域)、長江

デルタ(上海市、江蘇省南部、浙江省北部)、珠江デルタ(広東省の広州市、深圳市、東莞市)

といった環境対策が盛んな地域ほど実施時期が早いという特徴がある。

図表 7 VOC排出規制に関する地方標準(自動車製造における表面塗装の例)

省・市 文書タイトル 公布 実施

広東省 表面涂装(汽车制造业)挥发性有机化合物排放标准 2010/10/22 2010/11/1

天津市 工业企业挥发性有机物排放控制标准 2014/7/31 2014/8/1

上海市 汽车制造业(涂装)大气污染物排放标准 2015/1/19 2015/2/1

重慶市 汽车整车制造表面涂装大气污染物排放标准 2015/2/10 2015/3/1

北京市 汽车整车制造业(涂装工序)大气污染物排放标准 2015/8/18 2015/9/1

江蘇省 表面涂装(汽车制造业)挥发性有机物排放标准 2016/1/1 2016/2/1

河北省 工业企业挥发性有机物排放控制标准 2016/2/24 2016/2/24

山東省 挥发性有机物排放标准第 1 部分:汽车制造业 2016/7/6 2017/1/1

陕西省 挥发性有机物排放控制标准 2017/1/6 2017/2/10

出所:各省・市の政策文書より作成

以上の政策面の整備に加え、その実効性を定量的に監視するオンラインモニタリングシステ

ムの導入が進んでいることが、VOC対策市場の成長要因となっている。上海市では、重点企業に

該当する VOC 排出企業については、モニタリング設備の導入と処理設備の導入を同時進行で進

める方針であり、10,000m3/h 以上の規模の VOC 処理装置の末端には、オンラインモニタリング

装置の設置が義務付けられている。これは、日本でも取り入れられていない仕組みであり、世界

的に見ても最も厳しい環境規制と言える。ただし、オンラインモニタリングには信頼性の向上と

いった課題もあり、今後も開発・改良が継続される見込みである。

段階 徴収開始日 徴収範囲

第1段階2015年10月1日

遡って徴収予定

国家が指定する重点業種

に加え、塗料、自動車、造

船などの5業種13類が対象

第2段階 2016年7月1日塗装業などを加えた7業種

53類

第3段階 2017年1月1日

家具製造、医薬品製造、電

子、ゴム、木材加工などを

加えた12業種71類

段階 徴収開始日 徴収範囲徴収費基

準徴収費の決定条件

10元/kg

排出濃度が北京市の設

定した制限値の50%以

下で、なおかつ環境汚染

に関連する当局の処分を

その月に受けてない場合

20元/kg その他の場合

40元/kg

排気ガスの処理設備を設

置していなかったり、設置

しても正常に作動してい

なかったりした場合

2015年10月1日

自動車製造、家具製造、包装

印刷、石油化学工業、電子業

の5業種が対象。関連する企

業は約2,000社。

10元/kg

15元/kg

20元/kg

徴収費基準

段階なし

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中国経済

6 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

5.おわりに

前述の通り、中国では非常に実効性の高い環境規制が機能し始めている。特に京津冀、長江デ

ルタ、珠江デルタといった環境対策が盛んな重点地域では、VOC対策のみならず水汚染対策の取

り組みも活発化している。第 13次五ヵ年計画は既に 1年余りが経過したが、今後は環境対策先

導都市の取り組みの成否を見極めつつ、成果が出た取り組みは他の都市に伝播していくと考え

られる。そのため、中国環境対策市場への参入を狙う外資企業は、参入を目指す環境対策分野に

おいて、中央や地方政府の政策整備状況に関する情報を収集整理し、地域差を理解する必要があ

る。そして、自社のリソースや連携するパートナー企業の得意地域、さらには競合の動向等の要

因も考慮し、ある程度地域を絞った上で参入を目指すことが効果的だと考えられる。ただし、現

地でのビジネスを成功に導くためには、政策文書等に記載された方針や目標を把握するだけで

はなく、実際にその地域での環境対策がどの程度の実効性を有しているか、また現地ビジネスの

商流はどうなっているか等について、現場の生きた情報を取得することも非常に重要である。こ

れらの情報を十分に収集整理せず中国に進出した企業は、得てして場当たり的なビジネス展開

となってしまいがちで、結果として遠回りを強いられていると感じる。本稿が中国環境対策ビジ

ネスを理解する一助となることを願い結びとしたい。

以 上

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産業・地域政策

7 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

「現代総合交通運輸システム発展計画 (2016-2020)」の実施意義と効果展望㊦ ―物流・人口移動コストの削減と経済成長・

構造転換促進の複合効果への期待と課題―

4.スマート・グリーン発展による環境・資源保全への取組みと注目点

本稿㊤で取り上げた「発展計画」の、前半に明記された重点実施事業を伝統的・一般的な範疇

にあるものと考えると、後半に提起されている内容はより現代的・先進的な産業技術の発展と市

場需要、地域戦略を踏まえた内容になっていると言える。

「発展計画」の最も斬新な注目点は、インダストリー4.0、IoTの発展潮流に沿った政策指向だ

と思われる。表 7 上段に提起されている 6 点の「交通運輸スマート化発展重点事業」(①高速鉄

道、民用航空機のインターネット組み込み事

業、②交通運輸データソースの共有・開放事業、

③総合交通ハブの協同運営とサービスモデル

事業、④新世代国家交通制御網モデル事業、⑤

高速道路における ETC 応用拡大事業、⑥北斗衛

星ナビゲーションシステム普及事業)に掲示さ

れている重点実施事業のほとんどが ICT技術の

発展成果を活かす取組みである。中でもビッグ

データの利用促進を目指した交通輸送データ

の共有・開放や、中国独自技術で開発応用を進

めている北斗衛星ナビゲーションシステムの

交通運輸システムへの普及促進が特に注目に

値しており、交通と物流業のニーズ捕捉と交通

管理の効率化及び業界間・地域間の情報共有と

利用水準の向上に有利であるうえ、国内技術開

発と応用促進に重要な保障基盤が確立される

ことが期待される。

「発展計画」では、グリーン交通のシステム

建設も重視しており、同政策目標(㊤表 2下段)と

主要な実施事業(表 7 下段「交通運輸グリーン発展

重点事業」)が打ち出されている。ここで提起され

た主要事業は 4点(①交通省エネ・排出削減事業、

②交通設備グリーン化事業、③交通資源節約事業、

④交通生態環境保護事業)で、どれも環境保全対策

を考える上で必要不可欠なものであり、重点河川流

域や重点大気汚染地域での重点事業推進が配置さ

れている。

なお、図 7は関連の主要国内河川における航路建

設の現状と計画を示しているが、豊富な水資源と広

みずほ銀行

中国営業推進部

研究員 邵 永裕 Ph.D.

[email protected]

   図7 第13次5ヵ年計画期の国内河川高等級航路建設図

 【凡 例】

建設済高等級航路

“13・5”建設計画高等級航路

標準未達の高等級航路

表7 「発展計画」によるスマート・グリーン発展の重点推進事業<交通運輸スマート化発展重点事業>

➢高速鉄道、民用航空機のインターネット組み込み事業・モデル試験の高速鉄道線路を選出し、車両内の公衆移動通信と無線ネットの高速ブロードバンドによるインターネットサービスを提供し、国内の試験用民用航空機を選んで空中からのインターネット組み込みサービスを提供する。➢.交通運輸データソースの共有・開放事業・総合的な交通運輸ビッグデータセンターの建設とデータの開放・共有プラットフォームの構築を進める。国家交通運輸物流公共情報プラットフォームサービス機能を増強させ、運輸方式、地域、国境を跨ぐ交通物流情報の開放・共有の推進に注力する。➢総合交通ハブの協同運営とサービスモデル事業・京津冀、長江経済ベルトで総合交通ハブの協同運行・サービスのモデル事業を展開し、情報共有プラットフォームと応急連動・協調指揮手配決定サポートティングプラットフォームを建設し、都市公共交通と対外交通の間の動的組織化と機動的手配の実現を目指す。➢新世代国家交通制御網モデル事業・道路の距離間隔と中心都市を選んで、公共交通の知能制御、運行車両の知能協同、安全補助運転などのモデル事業を展開し、高精度測位、先端センシング、スマートフォンインターネット、スマートコントロールなどのテクノロジーを利用し、交通手配指揮、運輸組織、運営管理、安全応急、車道協同などの知能化水準を引き上げる。➢高速道路におけるETC応用拡大事業・全国高速道路におけるECT車道のカバー率を向上させる。ECEシステムの設置、納金などの利便性を高め、重点的に道路の旅客運送車両、タクシーナなどの営業車両での利用率を引き上げる。標準的な箱型貨物トラックのノンストップ納金推進を検討する。旅客サービススポットと省レベルのインターネット清算センターのサービスレベルを向上させ、高効率な勘定システムを構築し、道路沿線、都市公共交通、タクシー、停車、道路旅客運輸におけるECTシステムの広範利用を目指す。➢北斗衛星ナビゲーションシステム普及事業・通用航空、飛行運行モニターリング、海上応急救援と機載ナビゲーションなどにおける北斗システムの応用を加速する。全天候、オールタイム、高精度の定位、誘導、時報などのサービスによる車両、船舶及び自動運転などへの基本的支援力を強化する。自動車メーカーによる北斗端末製品の搭載を奨励し、北斗モジュールが自動車ナビゲーション設備とスマートフォンの標準的アプリとなるよう推進し、列車運行制御、港湾運営、車両・船舶の監督管理などでの利用を開拓する。

<交通運輸グリーン発展重点事業>➢交通省エネ・排出削減事業・高速道路サービスエリアの充電柱、ガス充填スタンドと長江本流、西江本流、京杭運河沿岸のガス充填スタンドなどの付帯施設の計画と建設を支援する。・原油・石油製品埠頭の石油・ガスの回収・処理を推進し、寄港船舶の海岸電力使用を奨励する。・京津冀、長江デルタ、珠江デルタ3大地域での船舶汚染物質防除対策を展開し、2020年までに硫黄酸化物質、窒素酸化物質、粒状汚染物質の年間排出量を2015年比でそれぞれ65%、20%、30%低減させる。➢交通設備グリーン化事業・天然ガスなどのクリーン運輸設備・積卸施設及び全電力、混合動力自動車の利用推進を加速し、鉄道における交流-直流ー交流電力機関車の普及推進を奨励し、逐次にディーゼル機関車を淘汰する。長江などの国内河川での老朽客運、危険品運輸船舶の淘汰を加速する。

➢交通資源節約事業・土地と海岸線の利用効率を高め、単位当たり埠頭岸壁の設計通過能力を高める。積極的に道路サービスエリアと港湾の水資源総合利用を推進し、数多くの資源循環利用のモデル試験事業を進める。➢交通生態環境保護事業・多くの港湾、積卸場、船舶修理・造船所及び船舶の含油汚水、生活汚水、化学品による船室洗浄汚水及びごみなどの汚染物質の受容施設を「建設し、都市公共運送移転処理施設との接合を図り、また交通ハブや高速道路のサービスエリアで数多くの汚水処理・循環利用施設を建設する。資料)表2に同じく「“13.5”現代総合交通運輸システム発展計画」より作成。

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産業・地域政策

8 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

範な流域を持つ長江本・支流と珠江・西江(広東・

広西など)における事業推進が見て取れるほか、

東北部の黒龍江・松花江(黒龍江省)における高

等級航路の建設事業が進められていることがわ

かる。これらは国土の水資源・環境の利用・保全

の観点から進められてきた交通建設事業の一環

として、成果を挙げつつあることを示している。

2010 年以降、国内河川航路の拡延と貨物輸送利

用の拡大が継続しており(図 8)、陸上・航空運輸

量の緩和と河川環境の維持保全に貢献している。た

だ、中国の最も重要な河川である黄河流域と中国の

南北間をつなぐ京杭大運河での高等級航路の建設

事業はまだ提起されておらず、南北の水路交通整備

の格差は温存された状態である。

また、石油資源の輸送パイプライン建設事業を見

ると、石油資源の減少と保有量の枯渇傾向から同事

業の推進が大々的になされるよりも、天然ガス資源

(近年シェールガスの採掘利用も拡大)の採掘利用

拡大に向けてのインフラ拡充が図られている状況

である。第 13 次 5 カ年計画期の天然ガスパイプラ

インの建設事業計画は石油及び石油製品のものよ

りも稠密になっており(図 9、図 10)、また今後の

「一帯一路」戦略の推進により海外からの天然ガス

輸入に備える事業計画が用意されている状況で、中

国のエネルギーセキュリティ強化も考慮された交

通輸送計画になっていることが分かる。

5.新領域事業・総合運輸サービスの推進による産

業融合・地域連携への取組み重視

上述したスマート・グリーン交通の重点事業推進に加えて、「発展計画」では「交通運輸新領域

重点事業」(表 8 の[A])と「総合運輸サービスアクションプラン」(表 8 の[B])が提起されて

いる。「交通運輸新領域重点事業」では、①産業航空(ゼネラル・アビエーション)事業をはじめ、

②国家道路港湾ネットワーク建設事業、③郵船・フェリーサービス事業、④自動車キャンプスポ

ット建設事業、⑤都市交通空間開発利用事業、⑥歩道・自転車道路網建設事業の 6 項目が提起さ

れ、各種産業・ビジネスによる交通輸送需要の発掘と人々の観光、レジャー・スポーツ需要に応

えた他業種への波及効果による経済発展促進という政策意図がうかがえる。無論これらの分野の

発展はいずれもこれからのことであり、いわゆる現代総合交通システムができることに伴い、大

きく発展する余地があろう。「総合運輸サービスアクションプラン」では、①旅客行程連続運輸特

別アクション、②多様式連続運送特別アクション、③貨物列車標準化特別アクション、④都市農

図8 国内河川航路総延長と港湾荷役量の拡大動向(2000~2015)

11.4

11.6

11.8

12.0

12.2

12.4

12.6

12.8

2000年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 2015年

国内河川総延長

(万km

0

50,000

100,000

150,000

200,000

250,000

300,000

350,000

400,000

規模以上国内河川港湾の荷役量

(万t

国内河川航路距離 港湾荷役量

図9 第13次5ヵ年計画期原油パイプライン建設図

【凡例】

建設済原油パイプライン

建設中原油パイプライン

“13・5”建設計画原油パイプライン

計画研究の原油パイプライン

【凡例】

図10 第13次5ヵ年計画期天然ガスパイプライン建設図

【凡例】

建設済天然ガスパイプライン

建設中天然ガスパイプライン

“13・5”計画建設の天然ガスパイプライン

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産業・地域政策

9 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

村間交通一体化特別アクション、⑤公共交

通都市建設特別アクションの5項目の計画

事業が提起され、現代的システムの整備充

実による交通運輸サービスのクオリティ

向上と都市・農村間及び公共交通都市の建

設推進による交通システムの統合とレベ

ルアップの総仕上げが目指されている。ま

た計画本文では特に国際化運輸サービス

能力の強化や「一帯一路」沿線国・地域と

の技術標準、データ交換、情報セキュリテ

ィなどの交流協力の強化や先進的・実用的

な技術設備 3 の発展促進も提起されてい

る。これらの多くは先進国では既に実現さ

れているが、国土面積が広く、地域間、都

市農村間の格差が大きい中国では、これか

ら取組みが必要で、5 年以内に実現すると

いう目標は、相当前向きな行動計画だと言

わなければならない。

このような多様な重点事業や多数の計

画目標の提起からも、「発展計画」は現代的交通手段と情報通信技術の発展を強く意識した極めて

総合的・現代的なものとなっていることが分かる。地域と都市、交通と産業の総合的・相乗的な

発展を期待した斬新な内容になっている。

6.中国交通政策の実施効果と課題及び将来展望(結びに代えて)

概ね上記のような主旨・内容になっている第 13次 5カ年計画期の中国総合交通体制の発展計画

であるが、これを実現するために、計画実施の運営強化、政策支援の増強、法規標準体制の完備、

交通科学技術の革新強化、多元的な人材チームの育成などの政策支援措置の強化が明記された。

さらに関連する政策任務・事業実施を進めるにあたり「重点任務配分方案」という形式で、34項

目の任務事項を掲げてそれぞれ複数の政府官庁に実施

指導を割り当てている。どの任務・事業にも 5~7 の政

府機関もしくは国有大手交通企業に運営・実施が指示さ

れており、交通インフラ投資の関係する分野の多さと広

さに気付かされると共に、政府がいかに新 5カ年計画の

交通システム発展を重要視しているのかが強調されて

いる印象を受ける。総合交通政策におけるこれまでの

交通インフラ整備拡大の実績(表 9)、特に自国の技術

体系を確立した高速鉄道事業の急速な発展実態(図 11)

3 鉄道運輸に関しては主に高速鉄道、大規模出力の電気機関車、高積載量貨物列車、中低速磁気リニア交通などの設備技術のレベルアップとローカル鉄道列車、次世代高速列車の研究開発が言及され、道路では専用運送車両、箱型貨物車両や大中型リムジンバス、安全・実用・経済的な農村用旅客バス、水運では多様式連結輸送のトータル設備の利用とコンテナや特殊運輸設

備利用率の向上、大型の専門的な輸送船舶の発展、航空では国産大型飛行機と産業航空専用機の発展などが提起されている。

  表8 「発展計画」による交通運輸新領域重点事業と総合運輸サービス行動プラン[A] 交通運輸新領域建設重点事業

➢産業航空(ゼネラル・アビエーション)事業・積極的にゼネラル・アビエーションの短距離輸送を発展し、条件のある地域では産業航空を発展させることを奨励する。条件の相応しい地域で空中観光事業を推進し、飛行養成訓練を発展させ飛行免許所有者比率を向上させる。展示会、飛行試合、航空文化交流などのイベントを利用して通用航空クラブや通用航空愛好者協会などの社団組織の発展を支援する。一群の航空飛行キャンプ地を建設し、航空運動関連サービスを充実し、航空スポーツと体験飛行を推進する。➣国家道路港湾ネットワーク建設事業・国際的・全国的な総合交通ハブを重点に鉄道の貨物ステーション、港湾、空港などとの有機的な連携を持った総合型の道路港を建設する。区域的総合交通ハブを重点に主要な運輸通路と迅速にリンクする基地型道路港を建設しする。国家高速道路の沿線都市をを重点に総合型・基地型道路港と有効なリンケージを有した広範分布の駅・ステーション型の道路港を形成する。➣郵船・フェリーサービス事業・順序良く天津、大連、秦皇島、青島、上海、厦門、広州、深圳、北海、三亜、重慶、武漢などの埠頭建設を進め、近海、河川、湖の岸辺などに公共観光、個人ボートのサービス業務を提供し、スポーツ用フェリー・ボートの関連サービスを充実させる。➣自動車キャンプスポット建設事業・重点的なエコ観光目的地や精品生態観光コース、国家観光風景道路を梃子に、一群のサービス用自動運転者、ハウスカーなどの宿泊式、総合型の自動車キャンプスポットを建設し、環境保護、省エネ材料と技術を利用して付帯の生活サービスなどの機能区域を建設する。➢都市交通空間開発利用事業・重点的に国際的、全国的な交通ハブにおいて高速鉄道の駅ターミナル、都市間鉄道旅客輸送駅及び空港を主体に多数の交通・商業・ビジネス・展示会・文化交流・娯楽を一体させた開放的な都市機能区を整備する。停車ビル、地下駐車場、機械式立体駐車場などの集約的な駐車施設を計画・建設し、また一定の割合に応じて充電施設を整備する。➣歩道・自転車道路網建設事業・都市の歩行・自転車交通体系を計画・整備し、逐次に国の歩道体系と自転車道路網の整備を進め、重点的に数多くの山間戸外キャンプ地や徒歩・自転車旅行サービスステーションを建設する。

[B] 総合交通運輸サービスアクションプラン➢旅客行程連続運輸特別アクション・公衆外出の公共情報プラットフォームをつくり、旅客に一駅形式の情報サービスを提供する。運輸方式を跨ぐ旅客連続運送システム建設を始める。異なる運輸形式間の有効な接続を実現する。企業によるチケットサービスシステムを改善させ、連続行程、往復及び他地域でのチケットサービスの利便性を向上させる。➣多様式連続運送特別アクション・貨物運輸ハブによる多方式連続運輸サービス機能の改善を加速し、運送ユニット、運輸手段、帰着・荷卸駅・ステーションの標準化建設改造を加速する。多方式連運送の情報資源の共有を加速し、組織方法、管理様式及び重要技術の革新を奨励し、一群の輸送モードを跨いだ貨物運輸組織能力及び全運送行程の責任を負える多方式連続運送経営企業を育成する。➣貨物列車標準化特別アクション・“政策誘導・在庫消化・標準強化・増量厳禁”の原則に従い、国の標準要求に合い、技術性能が進んだ車両運送車、液体危険物貨物タンク車、モジュール自動車列車などの貨物運輸車両の発展を誘導し、非法に改装、重量超過貨物運送車量の整理を行い、種類が揃い、技術が合理的な貨物運送車型標準体制の構築を推進し、標準化貨物運輸車両の広範利用を推進する。➣都市農村間交通一体化特別アクション・100前後の県級行政区を選出して都市農村間交通一体化推進運動を展開し、農村の旅客と貨物運輸サービスネットワークを充実させ、農村部旅客・貨物運輸スポット・ステーションネットワークの建設・改造を支援し、農村旅客・貨物運輸と物流配送組織様式の革新を奨励し、農村旅客・貨物運輸の標準化車型の利用拡大と都市農村間の旅客運輸、物流配送の協調的発展を推進する。➣公共交通都市建設特別アクション・地級市以上の都市で全面的に公共交通都市の建設を推進し、新エネ公共交通車両の割合を35%以上にし、市街部常住人口が300万人以上の都市では基本的に公共交通専用の道路網を整備し、都市公共交通資源を集約し、新型のサービス方式を発展させ、全面的に都市公共交通サービスの効率とクオリティを引き上げる。資料)表2に同じく「“13.5”現代総合交通運輸システム発展計画」より作成。

年 次鉄道営業距離

国家鉄道電気化距離

道路総延長

高速道路総延長

国内河川航路距離

定期航空線路距離

国際定期航空路距離

石油・天然ガスパイプライン総延長

2000年 6.87 1.49 167.98 1.63 11.93 150.29 50.84 2.472001年 7.01 1.69 169.80 1.94 12.15 155.36 51.69 2.762002年 7.19 1.74 176.52 2.51 12.16 163.77 57.45 2.982003年 7.30 1.81 180.98 2.97 12.40 174.95 71.53 3.262004年 7.44 1.86 187.07 3.43 12.33 204.94 89.42 3.822005年 7.54 1.94 334.52 4.10 12.33 199.85 85.59 4.402006年 7.71 2.34 345.70 4.53 12.34 211.35 96.62 4.812007年 7.80 2.40 358.37 5.39 12.35 234.30 104.74 5.452008年 7.97 2.50 373.02 6.03 12.28 246.18 112.02 5.832009年 8.55 3.02 386.08 6.51 12.37 234.51 91.99 6.912010年 9.12 3.27 400.82 7.41 12.42 276.51 107.02 7.852011年 9.32 3.43 410.64 8.49 12.46 349.06 149.44 8.332012年 9.76 3.55 423.75 9.62 12.50 328.01 128.47 9.012013年 10.31 3.60 435.62 10.44 12.59 410.60 150.32 9.852014年 11.18 3.69 446.39 11.19 12.63 463.72 176.72 10.572015年 12.10 7.47 457.73 12.35 12.70 531.72 239.44 10.87

表9 中国の各種交通輸送路営業距離の推移 [単位:すべて万km]

資料)『第三次産業統計年鑑』2016年版より作成。

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産業・地域政策

10 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

や ICT 技術を駆使したビッグデータ、IoT 関連事

業の発展動向を見ると、将来への展望も明るい。

ここで今後の発展基礎となる中国交通システム

の整備現状を中国交通運輸協会などの資料により

概観する。2015 年末現在、中国の鉄道営業距離は

12.1万 kmに達し、世界第 2位、そのうち高速鉄道

の営業距離は 1.9万 kmで世界一に躍進した。高速

鉄道網を枠組みに都市間鉄道網を補完とした快速

旅客運輸ネットワークが形成されつつある。鉄道

の複線比率と電化率はそれぞれ 53.5%、61.8%に

高まった。東西・南北を跨ぐ大規模輸送通路が形成され、物流施設も同時に整備され、次第に貨

物輸送の直行化、快速化、重載化が実現されつつある。道路交通網も大きく発展し、全国道路の

総延長は 457.73万 km に達し、うち高速道路の営業距離は 12.35万 km(世界一)で、国・省級の

幹線道路網は全国の県級以上の行政区と連結できている。水路運輸のインフラ整備も発展し、幹・

支線接続の水運ネットワークも完成。2015 年末現在、全国の港湾で合わせて 3.13 万の埠頭バー

スを擁し、1万t級以上のものが 2,221ヶ所、石炭、原油、金属鉱石、コンテナなどの専用埠頭が

1,173ヶ所になり、港湾作業の大型化、深水化、専業化、自動化の水準も一段向上しており、国内

河川の運行距離が 12.7万 kmで等級航路が全体の 52.2%を占め、高等級航路は 1.36万 km。長江、

西江、京杭運河などにおける通行条件も不断に改善され、「両横一縦両網十八線」4 を主体とした

国内河川航路体系が出来つつある。民用空港システムが形成され、民間輸送空港は合わせて 210

ヶ所。北京、上海、広州などの国際中枢空港を主とし、省都都市、重点都市の区域中枢空港を基幹

とし、その他の幹・支線空港を補完とする航空輸送ネットワークが形成されている。石油、天然ガ

スのパイプラインネットワークもほぼ出来つつあり、2015年末現在輸送パイプライン総延長は 11.2

万 km、全国 31 行政区をカバーした原油、石油製品、天然ガスの三大主幹網と「西油東送、北油南

運、西気(天然ガス)東輸、北気南下、海気上陸」が実現できる輸送管網ができている。なお、2015

年の中国旅客輸送量は 30,058.9 億人キロで 2000 年の 2.45 倍増、貨物輸送量は 178,355.9 億トン

キロで同 4.02倍増となっており、旅客輸送量よりも貨物輸送量の増分がより大きくなっている。

このように発展を遂げた交通基盤の整備により、中国における旅客・貨物輸送の利便性と効率

性は大きく向上したが、先進国と比べるとまだ大きな開きが存在している。中国交通運輸協会の

見解によると、2016年の中国鉄道網、道路網の平均密度はそれぞれ 129km/万 k㎡、48.85km/万 k

㎡、まだアメリカの 70%、66%、日本の 24%、15%程度に過ぎず、同様な人口規模と発展途上国

であるインドの 58%と 28%の水準にあるとされている。また港湾の深水バースの割合と空港の密

度が共に低く(空港密度は1k ㎡当たり 0.23 ヶ所で先進国の 1k ㎡当たり 2.5 ヶ所との差が大)、

パイプラインの密度もまだ米国の 15%程度にあることなどを発展の遅れと認め、今後の発展課題

としている 5。また、表 10 に示す輸送モード別の旅客・貨物輸送量構成比の変化動向からは、交

通輸送システムの整備は総合性・相関性が強いだけに交通インフラ整備の増強拡大による旅客・

貨物運輸の影響が異なることがわかる。各輸送モード間の補完・競合問題も従来から政策課題とさ

4 「両横一縦両網十八線」とは、2007年に公布された「全国国内河川航路と港湾配置計画」で提起された中国の港湾配置計画の概念で具体的に長江・西江の 2大幹線(「二横」)、京杭運河(「一縦」)、長江デルタ・珠江デルタの高等級航路網(「両網」)と 18本の主要航路(「18線」)からなっている。 5 中国交通運輸協会副会長王徳栄発言「推进供给侧结构性改革加快我国现代综合交通运输体系建设」2017.3.22。

図11 中国の高速鉄道の営業距離の急拡大動向

0

5,000

10,000

15,000

20,000

25,000

30,000

35,000

40,000

2008年

2009年

2010年

2011年

2012年

2013年

2014年

2015年

2016年

2020年

2025年

営業距離

(km

0%

50%

100%

150%

200%

250%

300%

350%伸び

営業距離 伸び率

資料)『中国統計年鑑』各年版及び中国政府の高速鉄道発展計画より作成。前年比は計算値。2020~2025年は計画目標値。

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産業・地域政策

11 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

れており、簡単に対応できることではない。中国では高

速鉄道の急速発展による在来線の有効利用の課題も浮上

しており、また規制産業である鉄道営業の国有企業によ

る独占の弊害問題などもかつての日本の国鉄問題と同様

に今後深刻化してくる可能性がある。

当面、多くの事業投資による経済効果が期待される

が、資金源問題がすべてクリアされたとは言えない。「発

展計画」でも、政府当局者の発言でも、民間資本(PPP

方式含む)を含む多様な資金調達方法が提起されている

が、相次いで報道される各地域の交通インフラの投資拡

大の動向を見ると、基本的に地方政府や国有交通開発会社の銀行融資・債券発行によるものが主

流で、膨大な資金需要が必ずしも確保されていない。高速鉄道の建設投資における債務の膨張・

長期化は最新の研究でも指摘されており 6、従来の鉄道建設財源における限界と問題点が露呈、民

間資本を積極的に活用するファイナンスシステムへの転換の試行錯誤の段階にあるのが実態であ

る。また「総合交通」(“co-ordination of transport”)の政策理念は 1920年代末の欧米や 1990

年代中期の日本でも流行 7、効率的な交通運輸体制の基盤整備・ネットワーク構築の難しさ(先進

国経験も同様)、高速鉄道・高速道路及びコミュータ航空発展の総合競合と協調関係の処理、交通

インフラ・立体的交通ネットワーク建設による国土資源保全の対応、ひいてはこれらの多様な交

通機関、交通施設の運営の効率性確保などが将来的・潜在的課題として認められる。

課題の多くは将来的・潜在的なものであるが、既に大きな発展成果と今次「発展計画」の事業

内容、政府の推進体制の配置及び経済成長確保の必要性などを踏まえて考えると、計画目標の実

現可能性はやはり高いと見るべきであろう。中国の現代総合交通システムの将来発展を展望する

と、産業界や民間企業などにとっては課題よりも事業参入・展開の機会と可能性が大きいと言え

よう。また「発展計画」は最近経済成長への寄与度が高まってきた第 3 次産業の発展を大きく促

進する効果が期待できるだけでなく、構造調整が進められている工業分野の機械設備産業のグレ

ードアップにとっても、より技術的に進んでいる

各種の現代的交通設備の需要拡大(図 12)につな

がることで有益な政策効果が期待できよう。「発

展計画」実施終了後の 2020 年の中国交通システ

ムは現在よりも格段に充実し、労働力・人材、各

種の資源・資材のアクセシビリティも大きく改善

され、地域連携と市場統合及び国際社会との交通

往来が進み、地域格差と人口移動・物流コストが

更に低減した事業環境が築き上げられるであろ

う。

以上

6 程華・後藤洋政「第 5章 中国の高速鉄道のファイナンス」、手塚広一郎/加藤一誠編著『交通インフラの多様性』評論社、2017

年。黒崎文雄「中国鉄道の経営と現況-近年の高速鉄道の建設と直面する課題-」、『運輸と経済』第 75巻第 2号、2015年。 7金本良嗣・山内弘隆編『講座・公的規制と産業④交通』NTT出版、1995年によると、「co-ordination」とは最少の費用で最大のサービスを提供するために異なる手段の交通をそれぞれの交通手段内の異なる事業者を適切に混合(blend)することを意味

するので政策理念として優れているが政策実施においては非常に困難性と複雑性が伴ってくるので中国でも同様であろう。

鉄道 道路 水運 航空 鉄道 道路 水運 航空 パイプ2000年 37.0 54.3 0.8 7.9 31.1 13.8 53.6 0.11 1.4

2001年 36.2 54.8 0.7 8.3 30.8 13.3 54.5 0.09 1.4

2002年 35.2 55.3 0.6 9.0 30.9 13.4 54.3 0.10 1.3

2003年 34.7 55.7 0.5 9.1 32.0 13.2 53.3 0.11 1.4

2004年 35.0 53.6 0.4 10.9 27.8 11.3 59.7 0.10 1.2

2005年 34.7 53.2 0.4 11.7 25.8 10.8 61.9 0.10 1.4

2006年 34.5 52.8 0.4 12.3 24.7 11.0 62.5 0.11 1.7

2007年 33.4 53.3 0.4 12.9 23.5 11.2 63.4 0.11 1.8

2008年 33.5 53.8 0.3 12.4 22.8 29.8 45.6 0.11 1.8

2009年 31.7 54.4 0.3 13.6 20.7 30.4 47.1 0.10 1.7

2010年 31.4 53.8 0.3 14.5 19.5 30.6 48.2 0.13 1.5

2011年 31.0 54.1 0.2 14.6 18.5 32.2 47.3 0.11 1.8

2012年 29.4 55.3 0.2 15.1 16.8 34.3 47.0 0.09 1.8

2013年 38.4 40.8 0.2 20.5 17.4 33.2 47.3 0.10 2.1

2014年 38.6 40.1 0.2 21.0 14.8 32.8 49.9 0.10 2.3

2015年 39.8 35.7 0.2 24.2 13.3 32.5 51.5 0.12 2.6資料)表9に同じ。輸送量実績値の億人キロ、億トンキロベースに基づく。

旅客輸送モード構成比 貨物輸送モード構成比表10 輸送モード構成比にみる中国旅客・貨物輸送の変化

年次

図12 中国の主要交通運輸設備数の拡大動向(2000~2015)

0

2,500

5,000

7,500

10,000

12,500

15,000

17,500

20,000

22,500

2000年

2001年

2002年

2003年

2004年

2005年

2006年

2007年

2008年

2009年

2010年

2011年

2012年

2013年

2014年

2015年

機関車・航空機

(台・機

-1,000

1,000

3,000

5,000

7,000

9,000

11,000

13,000

15,000

17,000

自動車

(万台

鉄道機関車 民用航空機 民用自動車

資料)『中国交通年鑑』2016年版より作成。

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12 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

投資性公司を活用した資金調達 ~外貨管理規制緩和の実務への影響~

1. はじめに

2004年に外国投資家による投資性公司設立に係る規定が改正・公布され1、その後、投資性公

司に係る法規制の整備も着実に進展している。商務部からは 2012年に外商投資企業に関係する

持分出資についての規定が公布され、投資性公司による傘下化について実務面での明確化が図

られたほか2、2015年には投資性公司の設立要件の 1つであった「登録資本金は 3,000万米ドル

を下回ってはならない」という規制も撤廃された3。

一方、中国における外資参入に関する規制も次第に規制緩和が行われ、投資性公司の設立によ

る直接的なメリットは、以前よりも減少傾向にあるといってよいであろう。その中で、投資性公

司独自の機能として当初より挙げられている「外債、資本金による出資が可能」という点につい

ては、現在もなお投資性公司のメリットの 1つとして挙げられることも多い。

ただし外債、資本金については 2012年末から段階的に実施された外貨管理の規制緩和により、

従前に比べ実務面での変更点が多い項目でもある。そこで本稿では、投資性公司の傘下会社が資

金調達をする場合に、投資性公司の「資本金、外債」を活用するケースにおける実務面での留意

点について紹介したい。

2. 投資性公司の傘下会社による資金調達方法

日系企業のなかにも、中国事業の統括等を目的として中国に投資性公司を設立している企業

も多く、また既存中国現地法人の出資持分を投資性公司に集約する、いわゆる傘下化を実現して

いる企業もある。

1 『外商投資による投資性公司の設立に関する規定』(商務部令 2004年第 22号、以下、『22号令』という) 2 『商務部の外商投資企業に係る持分出資についての暫定規定』(商務部令 2012年第 8号) 3 『一部の規則および規範性文書の改定に関する決定』(商務部令 2015年第 2号、以下、『2号令』という)に基づく撤廃。

ただし「登録資本金は 3,000万米ドルを下回ってはならない」という条件の撤廃については地域により見解が異なる可能性

あり。

日本親会社

中国現法B中国現法A

日本

中国

中国現法C 投資性公司

傘下化後

日本親会社

中国現法B中国現法A

日本

中国

中国現法C

投資性公司

新規設備投資開始

【図表 1】傘下化スキーム例

(資料)みずほ銀行 中国営業推進部作成

みずほ銀行

中国営業推進部

佐藤 直昭

[email protected]

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2017年5月号

さらに傘下化が実現した後に、傘下会社(図表 1の中国現法 C)で新規設備投資などの新たな

資金調達ニーズが発生するケースも想定される。図表 2 では、このような傘下会社の資金調達

ニーズが発生した際に、日本親会社が資金を拠出し、かつ投資性公司の「外債、資本金」が活用

可能な主な方法を 3つ例示している。

本稿では直近の外貨管理規制の変更に伴い、投資性公司の「外債、親子ローン」を活用したこ

の 3 つの方法における実務面での留意点について述べ、各スキームを選択する上でのポイント

を紹介したい。

2.1 投資性公司から傘下会社への委託貸付

投資性公司の外債枠は最大、登録資本の 4 倍または 6 倍まで設定可能である4。この潤沢な外

債枠を活用する方法として、まず「①日本親会社から投資性公司に外貨建て親子ローンを実行し

た後、投資性公司から傘下会社に委託貸付を実施する方法」が考えられる5。この方法は、国家

外貨管理局が 2016 年 6 月に『資本項目元転管理政策の改革および規範化に関する通達』(匯発

[2016]16号、以下、『16号通達』という)を実施した後に可能になったスキームである6。

『16 号通達』公布以前、外貨建て外債の資金使途として、委託貸付は小口貸付会社およびリ

4 『22号令』第 9条:投資性公司の登録資本が 3,000万米ドルを下回らない場合、その借入額は払込済登録資本の 4倍を超

えてはならない。投資性公司の登録資本が 1億米ドルを下回らない場合、その借入額は払込済登録資本の 6倍を超えてはな

らない。なお『2号令』に基づき、登録資本が 3,000万米ドル未満の投資性公司も設立可能となったが、登録資本が 3,000

万米ドル未満の場合における外債枠については企業所在地の関係当局の意向を確認する必要がある。 5 外貨建て外債のほか、外貨建て資本金を元転後に委託貸付を実行するスキームも検討可能であるが、一部地域では、外貨

建て資本金を元転後に委託貸付に使用する場合、企業所在地の外貨管理局における事前審査が必要なケースがあるなど、地

域差が大きいため本稿では割愛する。 6 外貨建て外債の元転後の資金使途制限の緩和については、2015年 12月に上海、天津、福建、広東の 4自由貿易試験区で試

験的に実施され、2016年 6月に全国展開された。

【図表 2】傘下会社の資金調達案(例)

日本親会社 投資性公司 傘下会社①外貨建て親子ローン②人民元転後、

委託貸付

①日本親会社から投資性公司に外貨建て親子ローン⇒投資性公司から現地法人に委託貸付

【図表 3】投資性公司の外債活用スキーム

【資金調達方法(例)】

・投資性公司の傘下会社(中国現法C)が新規設備投資に伴う資金調達を検討中

・新規設備投資に伴う資金は日本親会社から拠出する予定

傘下会社の資金調達方法(例)

① 日本親会社から投資性公司に外貨建て親子ローンを実行した後、投資性公司から傘下会社に委託貸付を実施

② 日本親会社から投資性公司に親子ローンを実行した後に、投資性公司から傘下会社に増資

③ 日本親会社から投資性公司に対して増資を実行した後、投資性公司から傘下会社に増資

・投資性公司が、出資先から吸い上げた配当金を活用して増資・投資性公司から傘下会社へ委託貸付を実施・日本親会社から直接、傘下会社へ増資/親子ローンを実施・傘下会社間の委託貸付、プーリングの導入 など

(資料)みずほ銀行 中国営業推進部作成

(資料)みずほ銀行 中国営業推進部作成

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ース会社を除き、認められていなかった。それが『16 号通達』では外債の資金使途制限を「非

関連企業への貸付に使用してはならない」とし、外貨建て外債の元転後の資金使途として「関連

企業への貸付」を認め、規制緩和を実施した。

この規制緩和により、図表 3に示すスキームが実施可能となった。このスキームでは、日本親

会社が投資性公司に対して外貨建て親子ローンを実行した後、投資性公司が外債専用口座とと

もに「元転後支払待ち口座」を開設し、「元転後支払待ち口座」から、投資性公司の「関連企業」

である傘下会社に委託貸付を実行することになる7。

なお日本親会社から投資性公司に対する親子ローンの通貨種類は外貨建てに限定される。人

民元建て外債については、『外商直接投資に係る人民元建て決済業務オペレーション細則の明確

化に関する通達』(銀発[2012]165号、以下、『165号通達』という)第 16 条で、委託貸付への使

用を禁じているためである(2017年 4月現在)。

2.2 投資性公司から傘下会社への増資

投資性公司による傘下会社への出資方法としては、「②日本親会社から投資性公司に親子ロー

ンを実行した後に、投資性公司から傘下会社に増資」、「③日本親会社から投資性公司に対して

増資を実行した後、投資性公司から傘下会社に増資」という方法が考えられる。この 2つの方法

は従前より可能であったものの、外貨管理規制の緩和により、実務面での変更が多くなってい

る。

7 理論上、投資性公司が外貨建て外債を外貨のまま委託貸付に使用することも可能であるが、外貨管理規定上、明確化はさ

れていない。法的拘束力はないものの、以下のリンクの Q&Aでは、『国内企業の内部メンバー外貨資金集中運用管理規定』

(匯発[2009]49号)における外貨建て委託貸付に係る規定に基づき、外貨建て外債による外貨建て委託貸付を実行すること

を認めている。ただし借入人である傘下会社は、中国国内の外貨建て銀行借入同様、外貨建て委託貸付を借り入れた後、輸

出貨物貿易の背景のある取引を除き、人民元転を実施することはできない、という問題は残る。

【ご参考】『「全国版」外債資金の自由元転政策に関する Q&A(第二期)』:

http://www.chinaforex.com.cn/index.php/cms/item-view-id-40994.shtml

【図表 4】 元転後支払待ち口座イメージ図

日本親会社 投資性公司 傘下会社

② 日本親会社から投資性公司に親子ローン⇒投資性公司から傘下会社に増資

①親子ローン ②増資

日本親会社 投資性公司 傘下会社

③ 日本親会社から投資性公司に増資⇒投資性公司から傘下会社に増資

①増資 ②増資

【図表 5】投資性公司から傘下会社への増資スキーム

日本親会社 傘下会社人民元建て委託貸付

外貨建て親子ローン

外貨建て外債専用口座

元転後支払待ち口座

戻入不可

元転・入金

投資性公司

(資料)みずほ銀行 中国営業推進部作成

(資料)みずほ銀行 中国営業推進部作成

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実務面での留意点としてまず挙げられるのが、日本親会社から投資性公司に対して外貨建て

で親子ローンまたは増資を実行した後に、投資性公司が傘下会社に対して外貨のまま傘下会社

に対して増資するのか、それとも元転後に増資するのか、という点である。

日本親会社から投資性公司に対して外貨建てで親子ローンまたは増資を実行した後に、投資

性公司が外貨建てで増資する場合、図表 6 のように、まず投資性公司で外貨建て資本金口座ま

たは外債専用口座を開設し、その後、傘下会社側で外貨建ての「国内再投資専用口座」を開設す

る必要がある。傘下会社が開設する「国内再投資専用口座」は規定上、一口座しか開設すること

ができない8。ただし企業所在地以外の遠隔地での口座開設は可能となっている。なお、「国内

再投資専用口座」の元転・支払等の規制は原則、外貨建て資本金口座と同様である。

一方、日本親会社から投資性公司に対して外貨建てで親子ローンまたは増資を実行した後に、

投資性公司が元転した後に、人民元建てで増資する場合、図表 7のように、投資性公司側で外貨

建て資本金口座もしくは外債専用口座に相応する「元転後支払待ち口座」を開設した後(または

外貨建て資本金口座もしくは外債専用口座の外貨資金を元転後に直接)、人民元資金を傘下会社

に送金する。傘下会社では『外商直接投資に係る人民元建て決済業務管理弁法』(中国人民銀行

公告[2011]第 23号)第 15条に基づき「人民元資本金専用口座」を開設する必要がある9。

『外商直接投資に係る人民元建て決済業務管理弁法』

(中国人民銀行公告[2011]第 23号)

第 15条 外資投資性公司、外商投資ベンチャー投資企業、外商持分投資企業および投資を主

要業務とする外商投資パートナーシップ企業が、国内で法に基づき人民元を使用して投資業

8 根拠規定:『直接投資外貨管理政策のさらなる簡素化および改善に関する通達』(匯発[2015]13号)等。 9 中国人民銀行の規定上は傘下会社が「人民元資本金専用口座」を開設するように求めているが、一部地域では、専用口座

の開設を強制しないケースもあるため、実際の運用状況については、傘下会社所在地の関係当局に確認する必要がある。

【図表 6】投資性公司から傘下会社へ外貨建てで増資するケース

【図表 7】投資性公司が外貨建て外債/資本金を元転後、傘下会社へ人民元建てで増資するケース

日本親会社国内再投資専用口座

外貨建て資本金/外債専用口座

投資性公司 傘下会社 原則一口座のみ、遠隔地での開設可

日本親会社から投資性公司に外貨建て増資/親子ローン⇒投資性公司から傘下会社に外貨建て増資

外貨建て増資/親子ローン

外貨建て増資

(資料)みずほ銀行 中国営業推進部作成

(資料)みずほ銀行 中国営業推進部作成

日本親会社人民元資本金

専用口座外貨建て資本金/外債専用口座

原則一口座のみ、遠隔地での開設不可

日本親会社から投資性公司に外貨建て増資/親子ローン⇒投資性公司から傘下会社に人民元建て増資

外貨建て増資/親子ローン

人民元建て増資

元転後支払待ち口座

投資性公司

元転

傘下会社

元転後、直接、人民元建て増資

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2017年5月号

務を実施する場合、その投資先企業は『人民元銀行決済口座管理弁法』等の銀行決済口座に係

る管理規定に基づき、人民元資本金専用預金口座の開設を申請し、人民元建ての登録資本金

または出資資金の預入に専門的に使用し、かつ関連する資金決済業務を行わなければならず、

当該口座は現金での受取・支払業務を取り扱ってはならない。

なお「人民元資本金専用口座」は、『外商直接投資に係る人民元建て決済業務オペレーショ

ン細則の明確化に関する通達』(銀発[2012]165号、以下、『165号通達』という)の規制によ

り、出資に係る承認文書(2016年 10月以降は届出回答書)ごとに一口座のみ、企業所在地の

銀行で開設可能である点には留意する必要がある。

『外商直接投資に係る人民元建て決済業務オペレーション細則の明確化に関する通達』

(銀発[2012]165号)

6.外商投資企業を新設する場合、商務主管部門が交付する企業設立承認文書に基づき、その

登録地の銀行で人民元資本金専用預金口座を開設する。同一の承認文書は、1つの人民元資本

金専用預金口座のみ開設することができ、口座名称は預金名義人名称に「資本金」の文言を加

えなければならない。

設立済の外商投資企業が登録資本金を増加する場合、外商投資企業は商務主管部門が交付

する登録資本金変更に係る承認文書に基づき、その登録地の銀行で人民元資本金専用預金口

座を開設する。同一の承認文書は 1 つの人民元資本金預金口座のみ開設することができ、口

座名称は預金名義人名称に「資本金」の文言を加えなければならない。

上述のケースでは、投資性公司が外貨建て外債・資本金を活用した出資方法であり、投資性公

司において外貨建て資金を元転するか否か、という点が関係してくるため複数のスキームが選

択可能であった。

一方、日本親会社から投資性公司に対して人民元建て外債・資本金を実行する場合は、図表 8

のように、日本親会社―投資性公司間および投資性公司―傘下会社間の決済通貨がすべて人民

元になるため、スキームは比較的シンプルである。

ただしこのスキームの場合は、傘下会社だけではなく、投資性公司においても『165 号通達』

に基づき、人民元資本金専用口座もしくは人民元国外借入一般預金口座を開設する必要がある

【図表 8】投資性公司が人民元建て外債/資本金を使用し、傘下会社へ人民元建てで増資するケース

日本親会社人民元資本金

専用口座

人民元資本金/外債専用口座

投資性公司 傘下会社

日本親会社から投資性公司に人民元建て増資/親子ローン⇒投資性公司から傘下会社に人民元建て増資

人民元建て増資/親子ローン

人民元建て増資

原則一口座のみ、遠隔地での開設不可(資料)みずほ銀行 中国営業推進部作成

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点には留意する必要がある。さらに、投資性公司所在地の関係当局が、投資性公司の人民元建て

外債の管理方法につき、『165号通達』の規制に基づいた「発生額管理」を継続しているのか否

かについても事前に確認する必要があるであろう10。

『外商直接投資に係る人民元建て決済業務オペレーション細則の明確化に関する通達』

(銀発[2012]165号)

12. (略)外商投資企業に係る国外人民元借入金は発生額に基づき総規模を計算する。外商

投資企業が国外人民元借入金に対して、期間の延長を行う場合、初めて期間を延長する場合

は外商投資企業の借入金総規模に組み入れないが、それ以後の期間延長は国外借入金総規模

に組み入れる。(略)

3. 資金調達スキームの留意点

前節では投資性公司を活用した傘下会社の資金調達方法のうち 3つを例示し、その口座開設、

元転等の実務面での留意点について述べた。本節では実務面での留意点を踏まえ、その各スキー

ムを選択する上で検討すべきポイントについて述べたい。

各スキームを選択する上で、おそらく最も重要になってくるのは、傘下会社の資金需要に応じ

た資金調達方法であろう。例えば大型設備を輸入するために外貨建ての輸入決済が発生する場

合は、外貨建ての資金調達をベースとし、運転資金は人民元で調達、といった選択になるであろ

う。

ただ本稿で述べたスキームを検討する場合には、傘下会社の資金需要のほか、出資者である日

本親会社や投資性公司による資金回収の難易度や為替リスク、資金調達時における当局手続お

よび所用期間などにも注意を払う必要がある。そこで本節では、投資性公司を活用する場合の留

意点のうち、資金回収および為替リスクに焦点を当て、上述の 3つの方法を比較してみたい。

3.1 資金回収の難易度による比較

中国経済が不安定感を強める中、中国への投資を検討する上で、中国現地法人からの資金回収

方法を重視する傾向も強まっている。そこで、資金回収方法という観点から、上述の 3つの方法

を比較したのが図表 9である。

日本親会社、投資性公司の資金回収がもっとも容易なのは、傘下会社の資金需要に対してすべ

て貸付金で対応している①のケースである。①のケースの場合、日本親会社、投資性公司ともに、

10 2016年 5月より、外商投資企業が外債を借り入れる場合、従来型の外債管理モデル(投資性公司の場合、登録資本金の 4

倍または 6倍の外債枠)とマクロプルーデンス管理モデルのうち、いずれかを選択する必要がある。マクロプルーデンス管

理モデルは通貨種類、期間を問わずすべて残高管理だが、従来型の外債管理モデルにおける人民元建て外債の取扱が「発生

額管理」なのか「残高管理」なのか、地域によって関係当局の見解が異なるため、注意が必要である(2017年 4月現在)。

【図表 9】資金回収の難易度による比較

(資料)みずほ銀行 中国営業推進部作成

①日本親会社から投資性公司に外貨建て親子ローン⇒投資性公司から傘下会社に委託貸付

②日本親会社から投資性公司に親子ローン⇒投資性公司から傘下会社に増資

③日本親会社から投資性公司に増資⇒投資性公司から傘下会社に増資

資金回収の難易度

・日本親会社は貸付期間満了後、利息とともに元金の回収可能・日本親会社から投資性公司への親子ローンに係る利息に対して中国側で源泉企業所得税・増値税が発生 ・投資性公司および傘下会社からの資

金回収方法は配当、持分譲渡、清算後の残余財産分配のみ・投資性公司は貸付期間満了後、利息とともに元金の回収可能

・委託貸付の利息に対して増値税および銀行手数料が発生

・投資性公司が傘下会社から資金を回収する方法は配当、持分譲渡、清算後の残余財産分配のみ

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18 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

貸付期間満了後、利息とともに元金の回収が可能となる。ただし貸付金で対応しているため、利

息に対する課税等には留意する必要があるであろう。

②のケースの場合、日本親会社は投資性公司に対して貸付金で対応しているため、①と同様、

日本親会社の資金回収は容易であるものの、投資性公司は出資で対応しているため、資金回収方

法は、傘下会社からの配当金または傘下会社の持分譲渡や清算といった選択肢のみになり、資金

回収は①に比べ難しくなる。

さらに③のケースでは、日本親会社および投資性公司ともに、傘下会社の資金需要に出資で対

応しているため、既述のように資金回収方法も限定されることになる。さらに投資性公司が傘下

会社の持分譲渡・清算などにより資金回収ができたとしても、その後の段階として、投資性公司

が回収した資金をどのようにして日本親会社へ還元するのか、という点も課題になってくる。

また資金需要に対して出資で対応している場合には、増資に伴う三項基金等の法定積立金の

増加により、配当可能限度額が減少する可能性がある点にも注意を払う必要がある。

ただし傘下会社における投資規模によっては、一定の資本を投下する必要性も考えられるた

め、資金回収方法を重視する場合、傘下会社の資金需要のうち、資本金で対応する必要金額を算

定の上、慎重にスキームを検討する必要があろう。

3.2 為替リスクによる比較

次に 3 つの方法につき、為替リスクによる比較・検討をしてみたい。図表 10 は、3 つのスキ

ームにおいて、日本親会社、投資性公司、傘下会社のうち、どの会社が為替リスクに対応するの

かについて纏めたものである。

日本親会社がすでに人民元を保有している、または日本親会社が為替リスクに対応する場合、

日本親会社から直接、人民元建てで親子ローンまたは増資を実行することが可能である(図表 10

の②-2、③-2)。

逆に中国側で投資性公司が資金管理機能などを担っており、為替リスクに対応することが可

能である場合には、投資性公司で外貨から人民元へのエクスチェンジが発生するスキーム(図表

10の①、②-1-2、③-1-2)も選択することができるであろう。

以上、本節では、投資性公司を活用した資金調達における留意点のうち、資金回収方法および

為替リスクという観点から、各スキームを比較したが、この 2点のほかにも、例えば親子ローン

【図表 10】為替リスクによる比較

日本親会社 投資性公司 傘下会社 為替リスク

①日本親会社から投資性公司に外貨建て親子ローン

⇒投資性公司から傘下会社に委託貸付

①外貨 ① 外貨建て親子ローンを人民元転 ① 人民元建て借入金 投資性公司

②日本親会社から投資性公司に親子ローン⇒投資性公司から傘下会社に増資

②-1外貨②-1-1 外貨建て親子ローン ②-1-1 外貨建て資本金を人民元転 傘下会社

②-1-2 外貨建て親子ローンを人民元転 ②-1-2 人民元建て資本金 投資性公司

②-2人民元 ②-2 人民元建て親子ローン ②-2 人民元建て資本金 日本親会社

③日本親会社から投資性公司に増資

⇒投資性公司から傘下会社に増資

③-1外貨②-1-1 外貨建て資本金 ②-1-1 外貨建て資本金を人民元転 傘下会社

②-1-2 外貨建て資本金を人民元転 ②-1-2 人民元建て資本金 投資性公司

③-2人民元 ②-2 人民元建て資本金 ②-2 人民元建て資本金 日本親会社

(資料)みずほ銀行 中国営業推進部作成

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中国アドバイザリーの現場から

19 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

や増資における当局手続の負担や所用期間、投資性公司の外債枠余力なども考慮に入れてよい

であろう。

4. おわりに

本稿ではすでに投資性公司を保有し、かつ傘下化を実現しているケースにおいて、日本から新

たな資金調達を実施する場合に、直近の外貨管理規制が実務面においてどのような影響を与え

るのかについて概観し、また規制緩和に伴い、資金調達において新たに資金回収や為替リスクと

いった観点も必要になってくる点も紹介した。ただし本稿で述べたのは傘下会社による資金調

達方法の一例であり、実際には、投資性公司が傘下会社から取得する配当収入を活用する方法

や、プーリングの導入等の方法も考慮に入れ、最適な方法を選択する必要がある。

現在、商務部による規制緩和や傘下化における税務手続の明確化といった中国関係当局によ

る政策の透明化も進展し、投資性公司の統括機能強化にむけた再編の動きも始まりつつある。こ

うした状況下、外貨管理規制の緩和に伴い、投資性公司を活用した資金調達方法も多様化してい

ることから、金融関係当局の動向に適時に対応し、かつ中国事業における投資性公司の機能を十

分に発揮することのできる資本戦略を考える時期に入ってきているのではないであろうか。

以 上

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中国戦略

20 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

中国サイバーセキュリティ法の概要

サイバーセキュリティ法施行までの流れ

今回取り上げるサイバーセキュリティ法が施行される以前から、中国には情報セキュリティ

に関する法律や法規がありました。「コンピュータウィルス予防・処理管理弁法」、「情報セキ

ュリティ等級管理弁法」などがそれです。今般のサイバーセキュリティ法の施行は、中国がサイ

バーセキュリティをますます重視していることを意味しています。この法律は、約 1 年間にわ

たる立法手続きの後、2016年 11月に全国人民代表大会(全人代)で採択され、2017年 6月 1日

から施行されます。

サイバーセキュリティ法を読み解く上で、特に重要と思われるポイントを下記に列挙します。

KPMG Advisory (China)編

厚谷 禎一 監訳

http://kpmg.com/cn/gjp

サイバーセキュリティ法が 2017年 6月 1日に施行予定

11月 7日の第 12期全人代常務委員会第 24回会議において、中華人民共和国サイバーセキュリティ法が賛成 154、棄権 1 で採択される

第 2次審議のためサイバーセキュリティ法(草案)を全人代のウェブサイトで公開し、パブリックコメントを募る

第 12 期全人代でサイバーセキュリティ法(草案)の第 2次審議が行われる

一般からのコメントと全人代常務委員会メンバー、その他関係者からのフィードバックに基づきサイバーセキュリティ法(草案)が修正され、サイバーセキュリティ法(第 2次審議のための草案)が完成

第 12 期全人代でサイバーセキュリティ法(草案)が審議される

中国共産党中央委員会総書記の習近平国家主席が、2014 年 2 月に設立された中央サイバーセキュリティ・情報化指導弁公室の責任者として指名される。全人代と中国人民政治協商会議で「サイバーセキュリティの維持」が政府の取り組みに関する報告の冒頭に挙げられる

システムとインフラのセキュリティに重点を置いていたこれまでの法規には以下のものが含まれる

国務院:コンピュータ情報システム安全保護条例、インターネット情報サービス管理弁法

公安部:コンピュータウィルス予防・処理管理弁法

公安部と他の 5 部:情報セキュリティ等級管理弁法

全人代常務委員会:国家秘密保護法

2013年 以前

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21 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

1 個人情報保護

本法律は、個人情報と個人のプライバシー保護をよ

り重視しています。

個人情報の収集・利用に関する基準が統一されま

す。

企業は「データの安全」だけでなく「個人のプライ

バシー保護」にも力を入れなければなりません。本

法律では、個人のプライバシー保護がより重視され

るようになりました。

2 ネットワーク運営事業者のセ

キュリティ要件

ネットワーク運営事業者の明確な定義とセキュリテ

ィ要件を示しています。

金融機関のほとんどが「ネットワーク運営事業者」

になりえます。

3 重要情報インフラ 重要情報インフラの保護を厳しく要求しています。

重要情報インフラの範囲も規定しています。

4 個人情報および業務データの

海外転送に関する制限

外国の企業や団体は、一般的に中国国外に情報を送

信する必要があります。

それに対してサイバーセキュリティ法は、機密デー

タは国内で保管しなければならないと規定していま

す。

5 罰則

法令違反の罰則が明確に定められています。罰則に

は事業活動の停止が含まれます。

重大な違法行為は事業閉鎖または免許取り消しにつ

ながる恐れがあります。

罰金は最大 100万元に達する可能性があります。

サイバーセキュリティ法の主な検討事項 サイバーセキュリティ法の主な検討事項

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22 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

サイバーセキュリティ法草案の修正

下表は、最終版に盛り込まれたサイバーセキュリティ法草案において重要と思われる修正事

項を示したものです。

条項番号 最終版での修正部分 修正のポイント

第 31条 国は、サイバーセキュリティ保護に関

して、公共通信・情報サービス、エネ

ルギー、金融、輸送、水保全、公共サ

ービス、および E ガバナンスに関する

情報インフラ、ならびに破壊された場

合、機能しなくなった場合、またはデ

ータが漏えいした場合に国家安全保

障、国家経済および公共の利益に深刻

な打撃を与える恐れのあるその他の重

要情報インフラの保護を重視する。

重要情報インフラの保護が優先さ

れる業界および部門が明示されま

した。

第 43条 個人は、ネットワーク運営事業者が収

集または保存した個人情報の誤りを訂

正するようネットワーク運営事業者に

要求する権利を有する。ネットワーク

運営事業者は、誤りを削除または訂正

するための処置を講じなければならな

い。

個人情報を保護する市民の権利を

拡大し、誤りを速やかに訂正する

ネットワーク運営事業者の義務を

重くしました。

第 46条 個人または組織はネットワークの使用

について責任を負う。また、詐欺ある

いはその他の違法な活動を目的として

ウェブサイトやコミュニケーショング

ループを立ち上げてはならない。

個人と組織がネットワークの利用

に関して責任を負うという点が強

調されました。

第 76条 5項 「個人情報」とは、電子的に、または

その他の手段で記録され、単独で、ま

たは他の情報との組合せによって自然

人の身分が特定できるあらゆる種類の

情報を指す。これらの情報には、自然

人の氏名、生年月日、身分証明書番

号、個人の生体情報、住所および電話

番号が含まれるが、これに限るもので

はない。

個人情報保護の範囲が「市民」か

ら「自然人」に拡大されました。

第 63条 本法律の第 27条に違反し、サイバーセ

キュリティを脅かす活動に従事した者

は、事件の重大性に応じて 5日から 15

日の拘留、または、10万元から 100万

元の罰金が科される場合がある。

サイバーセキュリティ法違反に関

わる罰金の上限が 100万元に引き

上げられました。

サイバーセキュリティ法の草案から最終版への修正事項

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23 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

サイバーセキュリティ法の主要事項と解説

7つの章、79の条項からなるサイバーセキュリティ法には、サイバースペースにおける国家主

権の保護、重要情報インフラとデータの保護、個人のプライバシー保護など、サイバーセキュリ

ティに関する多数の要件が含まれています。サイバーセキュリティ法は、あらゆる者に対するサ

イバーセキュリティ上の義務についても規定しています。企業と関係団体は、以下に示すサイバ

ーセキュリティ法の主要事項を特に強く意識・留意する必要があると思われます。

個人情報保護 サイバーセキュリティ法は、個人情報の収集、使用、保

護に関する要件を明確に規定しています。

重要情報インフラ サイバーセキュリティ法は、「重要情報インフラ」の保

護に数多く言及しています。

ネットワーク運営事業者

「ネットワーク運営事業者」とは、ネットワークの所有

者・管理者とネットワークサービスプロバイダーです。

サイバーセキュリティ法は、セキュリティに関する運営

事業者の責任を明確に示しています。

機密情報の保存

サイバーセキュリティ法は、中国国内で収集または生成

した個人情報/重要データを国内で保管することを義務

づけています。

セキュリティ製品の認証

重要なサイバー設備と特殊なサイバーセキュリティ製品

は、セキュリティ認証を受けた後でなければ販売も提供

もできません。

法的責任 サイバーセキュリティ法に違反した企業と団体は、最高

100万元の罰金を科される場合があります。

サイバーセキュリティ法の主要事項のまとめ

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24 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

以下に、主要事項のそれぞれに関して詳細に解説します。

主要事項の解説: 個人情報保護

個人情報の収集

第 22条

ユーザー情報を収集するネットワーク製品およびサ

ービスの提供者は、ユーザーにその旨を通知し、同

意を得なければならない。

第 41条 ネットワーク運営事業者は、合法的かつ適正な方法

で個人情報を収集し、利用しなければならない。

第 44条

個人も組織も、個人情報を取得するために情報を盗

んだり、他の違法な手段を使ったりしてはならな

い。

KPMG の視点:

上記の条項では、本人への通知が行われ、収集の目的と範囲について同

意が得られない限り、個人情報を収集できないという点が強調されてい

ます。

市民は、教育、医療、公共輸送、オンライン・ツー・オフライン(O2O)

取引など、多数の目的で個人情報を提供します。上記の条項は、企業や

関連団体が個人情報を入手する際の方針と方法の基準を定めています。

個人情報の収集

第 41条

ネットワーク運営事業者は、法律、行政規則、ユー

ザーとの契約に基づいて個人情報を収集し、保管し

なければならない。

第 42条 ネットワーク運営事業者は、収集した個人情報を開

示、改ざんまたは破壊してはならない。

第 43条

ネットワーク運営事業者がこの法律の規定に違反し

た場合、個人情報提供者は、個人情報の削除を運営

事業者に要求する権利がある。

第 45条

サーバーセキュリティを監視する法的責任を負う部

署は、入手した全ての個人情報を必ず機密扱いにし

なければならない。

KPMG の視点:

上記の条項は、特に個人情報の開示、毀損および喪失を防ぐことを目的

とした個人情報の保護に関する要件を定めています。

通信詐欺と個人情報漏えいにますます注目が集まるようになったことを

背景として、サイバーセキュリティ法は、組織が所有する個人情報の保

護に関する要件を厳格化しました。

組織が所有する個人情報を正確に特定すること、テクノロジーを使って

情報を保護すること、情報漏えいの潜在的リスクを明らかにすること

が、企業の最優先課題となっています。

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25 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

主要事項の解説: ネットワーク運営事業者

「ネットワーク運営事業者」の定義

サイバーセキュリティ法第 76 条: 「ネットワーク運営事業者」は、ネットワークの所有者・

管理者とネットワークサービスプロバイダーを指します。

「ネットワーク運営事業者」の該当範囲が大きく拡大されたため、ネットワークを通じてサー

ビスを提供し、事業を営む企業や団体も「ネットワーク運営事業者」と定義される可能性があり

ます。

従来の通信事業者やインターネット会社だけでなく、次の者もネットワーク運営事業者に含

まれる場合があります。

銀行、保険会社、証券会社、財団法人など、市民の個人情報を収集し、オンラインサービ

スを提供する金融機関

サイバーセキュリティ関連製品およびサービスの提供者

ウェブサイトを持ち、ネットワークサービスを提供する企業

セキュリティ全般に関

する要件

第 10条

ネットワークを構築し、運営する場合、またはネッ

トワークを通じてサービスを提供する場合には、ネ

ットワーク運営を保護し、サイバーセキュリティ・

インシデントに効果的に対処し、サイバー犯罪を防

止するために必要な技術的対策およびその他の対策

を講じなければならない。これらの対策は同時に、

法律の規定および国家規格に準じて、ネットワーク

データの完全性、機密性およびアクセシビリティを

維持しなければならない。

第 21条

国は、サイバーセキュリティ保護のための階層化さ

れたシステムを導入する。ネットワーク運営事業者

は、干渉、破壊または無許可のアクセスからネット

ワークを保護し、ネットワークデータの漏えい、改

ざんまたは盗難を防止するため、所定のセキュリテ

ィ手順に従う必要がある。

KPMGの視点:

上記の条項は、サイバーセキュリティに関してネットワーク運営事業者に課さ

れる包括的な要件を定めたものです。第 21条では、以下のセキュリティ要件が

導入されました。

セキュリティ管理: ネットワーク運営事業者は組織内の責任を明確にし、

適正な規則・規定と運用プロセスを実施することにより、ネットワークの安

全を確保しなければなりません。

テクノロジー: ネットワーク運営事業者は、サイバー攻撃を防止し、対策

を講じ、調査を行うために各種のテクノロジーを導入してネットワークのリ

スクを軽減しなければなりません。

データセキュリティ: ネットワーク運営事業者は、データのバックアップ

と暗号化によってデータの可用性と機密性を確保しなければなりません。

効果的なセキュリティ管理システムの構築、合理的な技術ソリューションの発

見、データ保護能力の強化がネットワーク運営事業者の重要な優先課題になると

思われます。

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26 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

主要事項の解説: ネットワーク運営事業者

詳細なサイバーセキュ

リティ要件 第 22条

ネットワーク製品またはサービスの提供者は、悪意

のあるプログラムをセットアップしてはならない。

自社の製品またはサービスにセキュリティの欠陥、

脆弱性またはその他のリスクが発見された場合、ネ

ットワークプロバイダーは直ちに是正策を講じ、ユ

ーザーに通知し、問題を関係当局に報告しなければ

ならない。

ネットワーク製品およびサービスの提供者は、製品

およびサービスのセキュリティメンテナンスを行わ

なければならない。セキュリティメンテナンスは、

両当事者間の契約書に記載された期間中、打ち切っ

てはならない。

KPMG の視点:

この条項は、サイバーセキュリティ製品のメーカー、セキュリティサービ

スのサプライヤー、さらにはネットワークを通じてサービスを提供するその

他の組織にも適用されます。これらネットワーク運営事業者は、自社製品・

サービスに存在するセキュリティの欠陥に対応し、セキュリティメンテナン

スを提供しなければなりません。

現時点で、一部のネットワークセキュリティ製品およびサービスの提供者

は、自社の製品・サービスの欠陥に対して、迅速に、有効な方法で対処して

いません。このことは、セキュリティメンテナンスにも影響を与えます。そ

の結果、製品・サービスのユーザーにサイバーセキュリティ・リスクが生じ

る可能性があります。

主要事項の解説: 重要情報インフラ

重要情報インフラのセ

キュリティ

第 31条

国は、サイバーセキュリティ保護に関して、公共通

信・情報サービス、エネルギー、金融、輸送、水保

全、公共サービス、および E ガバナンスに関する情

報インフラ、ならびに破壊された場合、機能しなく

なった場合、またはデータが漏えいした場合に国家

安全保障、国家経済および公共の利益に深刻な打撃

を与える恐れのあるその他の重要情報インフラの保

護を重視する。国務院は、重要情報インフラの範囲

およびセキュリティ保護策を伝達する。

第 38条

重要情報インフラの運営事業者は、単独で、または

ネットワークセキュリティサービスプロバイダーと

協力して、サイバーセキュリティおよびその他の潜

在的リスクを少なくとも年 1回評価しなければなら

ない。運営事業者は、重要情報インフラ保護を担当

する関係当局に、評価結果および改善策を報告しな

ければならない。

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KPMG の視点:

サイバーセキュリティ法には、重要情報インフラの範囲と保護手順を国務

院が定めると書かれていますが、範囲はまだ公式に明示されていません。企

業は、ユーザー数、情報漏えいのリスク、起こり得る影響、データセンター

の規模などの要素を検討することによって、範囲を推定することができま

す。

重要情報インフラを運営する資格をもつ企業は、サイバーセキュリティ法

第 38 条に基づき、サイバーリスクを定期的に評価しなければなりません。

主要事項の解説: 機密情報の保存

詳細なサイバーセキュ

リティ要件 第 37条

中国国内で重要情報インフラ運営事業者が収集およ

び生成した個人情報ならびに重要データは、国内で

保管しなければならない。業務上の必要性により海

外に転送される情報とデータについては、中国のサ

イバースペース管理機関および国務院傘下の関係部

局が共同で定める評価基準に従って、セキュリティ

評価を実施する。その他の法律および行政規則の関

連規定も適用される。

KPMG の視点:

上記の条項は、機密情報の保護に関して新たな要件を定めています。

潜在的な影響: 海外にある本社、提携先、サプライヤー(またはそのい

ずれか)にデータを送信しなければならない企業もあります。これらの

企業に重要情報インフラの運営資格がある場合には、データ転送に関す

る方針を再評価する必要があります。

対応策: 海外で保管される個人情報/重要データの場合、最も直接的で

有効なのは、そのデータを中国国内で転送し、保管する方法です。中国

国内で保管されている個人情報/重要データで、海外への転送が必要な

ものについては、新要件に合わせてその内容と方針を変更しなければな

りません。

実務上の取り扱い: 中国のサイバースペース管理機関およびその他の規

制機関は、国内で保管されるデータについての要件を明確にするための

施策を導入します。現時点で、この条項の施行を裏付ける公式な規則や

規定はありません。

主要事項の解説: セキュリティ製品の認証

詳細なサイバーセキュ

リティ要件

第 23条

重要なネットワーク機器および特殊なサイバーセキ

ュリティ製品は、資格を持つ機関の認証を受け、国

家規格に準拠した場合に限り、販売または提供する

ことができる。中国のサイバースペース管理機関お

よび国務院傘下の関係部局は、重要なネットワーク

機器および特殊な製品の一覧を作成する。

第 35条

国家安全保障に影響を及ぼす可能性のあるネットワ

ーク製品・サービスを購入する重要情報インフラ運

営事業者は、国家安全保障審査に合格しなければな

らない。

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28 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

KPMG の視点:

上記の条項は、プロバイダーがセキュリティ認証を受けてからでなけれ

ば、重要なネットワーク機器、製品またはサービスを販売できないと定めて

います。さらに、プロバイダーは国家安全保障審査に合格する必要がありま

す。

セキュリティ審査/評価の目的は、個人情報の安全を確保し、サイバーセ

キュリティ法に記載される重要情報インフラの安全な運営を支援することで

す。

ネットワーク機器、製品またはサービスの提供者は、セキュリティ認証を

取得しなかった場合に事業にマイナスの影響が生じることを防ぐためにも、

国家安全保障審査への積極的な協力が求められています。

主要事項の解説: 法的責任

詳細なサイバーセキュ

リティ要件

第 64条

サイバーセキュリティ法の第 22 条第 3項、または第

41条、42条および 43条に違反したネットワーク運

営事業者あるいはネットワーク製品またはサービス

の提供者は、その行為を是正しなければならない。

かかる事業者は、警告を受け、不法に得た収入を没

収され、不法に得た収入の 10倍を上限とする罰金を

科されるか、そのいずれかを科される場合がある。

不法に得た収入がない場合は、100万元を上限とす

る罰金が科される場合がある。重大な事件において

は、関係部局が事業活動の中止、ウェブサイトの閉

鎖、ならびに事業証明または事業免許の取消しを命

ずる場合がある。

第 66条

サイバーセキュリティ法第 37条に違反したネットワ

ーク運営事業者またはネットワーク製品の提供者

は、関係当局からその行為の是正を命じられる。当

局は、警告を発し、不法に得た収入を没収し、5万

元から 50万元の罰金を科すことができる。当局はま

た、事業活動の中止、ウェブサイトの閉鎖、および

事業証明または事業免許の取消しを行うことができ

る。

KPMG の視点:

上記の条項は、ネットワーク運営事業者、ネットワーク製品またはサービ

スの提供者、および重要情報インフラの運営事業者がサイバーセキュリティ

法の特定の条項に違反した場合に科される可能性のある罰則を規定していま

す。

ネットワーク運営事業者、ネットワーク製品またはサービスの提供者、お

よび重要情報インフラの運営事業者は、罰則を科されないように十分な注意

を払い、サイバーセキュリティ法の関係条項を守るべきです。

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中国戦略

29 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

以上、2017 年 6 月 1 日施行の中国サイバーセキュリティ法の成立の経緯と重要と思われる点

に関して KPMGの視点から解説させて頂きました。尚、今回の解説にあたっては弊社サイバーセ

キュリティコンサルティングチームのメンバーより重要な知見を得ましたので、その専門家チ

ームのメンバーを簡単に紹介させて頂きます。

石浩然(Henry Shek) パートナー、香港事務所 [email protected]

張令琪(Richard Zhang) ディレクター、上海事務所 [email protected]

赫栄科(Jason R.K. He) ディレクター、深圳事務所 [email protected]

李昊揚(Alvin Li) 准ディレクター、香港事務所 [email protected]

王鑫(Shane Wang) 准ディレクター、上海事務所 [email protected]

肖騰飛 (Frank Xiao) 准ディレクター、北京事務所 [email protected]

鄒治国 (Matrix Chau) 准ディレクター、香港事務所 [email protected]

厚谷 禎一 KPMG Advisory (China) Limited ディレクター

東京工業大学理学部卒業・同大学理工学部修士課程修了(情報科学専攻)

米国ペンシルバニア大学ウォートン校経営学修士(財務専攻)

これまで 20 年以上にわたり、日本、米国、カナダ、英国、韓国にて経営コンサル

ティング会社及び会計事務所に勤務、各国企業顧客に戦略・M&A・オペレーション

等の分野でのアドバイザリー・サービスを提供。

2003年より KPMG LLP(米国)ニューヨーク事務所に勤務、主に日本企業顧客に対

して事業デュー・ディリジェンスを中心とした M&A支援サービスを提供。

2008 年より現職、KPMG 中国の上海事務所にて同じく日本企業顧客に対して M&A

支援サービスを提供。

専門は市場評価、事業計画の精査、M&A 実施後の統合支援等を含む事業デュー・

ディリジェンスだが、日本企業顧客に対しては広く、財務・税務デュー・ディリジ

ェンス、企業価値評価、不正調査、リストラクチャリング支援等を含む、M&A支援

サービス全般のプロジェクト・マネジメント・サービスを提供する。

KPMG(中国)のみずほチャイナマンスリーへの寄稿記事のバックナンバーは、下記ウ

ェブサイトでも閲覧可能。

https://home.kpmg.com/cn/zh/home/services/special-focus-groups/global-

japanese-practice/newsletter/others/mizuho.html

+86 10 8508 7111

[email protected]

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法務

30 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

知的財産権法院設立後における

知的財産権訴訟の審級管轄

1.はじめに

中国において、2014 年に知的財産権法院が設立されて以来、知的財産権事件の審級管轄1に関

する規定が不明確であるため、実務上の混乱をもたらし、管轄権異議が濫用される問題が注目さ

れている。本稿は、知的財産権事件の審級管轄に関する法令、実務上の混乱及びこの問題に関す

る近時の最高人民法院の考え方を紹介することにより、知的財産権事件の審級管轄についての

理解を深めることを目的とする。

2.知的財産権訴訟の審級管轄に関する規定

2014年 8月 31日、全国人民代表大会常務委員会は「北京、上海及び広州における知的財産権

法院の設立に関する決定」(以下「全人代決定」という)を公布し、北京、上海及び広州におい

て知的財産権法院を設立することを決定した。全人代決定第 2 条によれば、「知的財産権法院

は、特許、植物新品種、集積回路の配置設計及び技術秘密等の技術的な専門性が比較的に高い第

一審の知的財産権民事及び行政事件を管轄する」と規定されている。

2014 年 10 月 31 日、最高人民法院は、全人代決定に基づき、「北京、上海及び広州の知的財

産権法院の事件管轄に関する規定」(法釈「2014」12号、以下「最高院 12号規定」という)を

公布した。最高院 12 号規定第 1条は、「知的財産権法院が所在する市の管轄地域における①特

許、植物新品種、集積回路の回路配置、技術秘密、コンピュータソフトウェアに関する民事及び

行政事件、②国務院の部門または県級以上の地方の政府による著作権・商標・不正競争等の行政

行為に対して提訴する行政事件、③著名商標の認定に関わる民事事件の第一審を管轄する」と規

定している。

2014 年 12 月 24 日、最高人民法院は「知的財産権法院の事件管轄等に関する問題についての

通知」(法「2014」338号、以下「最高院 338号通知」という)を公布した。最高院 338号通知

は、「①知的財産権法院が所在する市の管轄地域における第一審の知的財産権民事事件は、法律

及び司法解釈の規定により知的財産権法院が管轄すべき場合を除き、基層法院がこれを管轄し、

訴訟目的額の制限を受けない(第 1条第 1項)。②知的財産権法院は、所在の市の基層法院が管

轄する重大な渉外または重大な影響がある第一審の知的財産権事件について、民事訴訟法第 38

条の規定に基づき、自ら審理することができる。知的財産権法院が所在する市の基層法院は、そ

の管轄する第一審の知的財産権事件について、知的財産権法院がそれを審理する必要があると

1 中国の人民法院(日本の裁判所に該当するもの)は、基層人民法院・中級人民法院・高級人民法院・最高人民法院の 4級

となっている。審級管轄は、事件の性質及び影響範囲等の基準に基づき、第一審管轄権を 4級の人民法院に配分する制度で

ある。知的財産権法院は知的財産権事件のみを取り扱い、中級人民法院に相当する。

金杜法律事務所 上海事務所

パートナー中国弁護士 陳青東

E-mail:[email protected]

URL:http://www.kwm.com

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法務

31 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

判断した場合には、知的財産権法院に審理を請求することができる(第 2条第 1項)。③知的財

産権法院は、所在の市の管轄地域における独占に関する第一審の民事事件を管轄する(第 3 条

第 1項)」と規定している。

2015 年 12 月 17 日、北京市高級人民法院は、「知的財産権民事事件の管轄の調整に関する規

定」(以下「北京高院管轄規定」という)を公布した。北京高院管轄規定第 3条によれば、北京

市の基層法院が管轄する第一審の知的財産権民事事件の種類及び範囲については、最高院 338号

通知第 1条の規定に基づいて確定する、と規定されている。

2016 年 2 月 19 日、上海高級人民法院は、「知的財産権民事事件の管轄の調整に関する規定」

(以下「上海高院管轄規定」という)を公布した。上海高院管轄規定によれば、「①基層法院は、

法律及び司法解釈の規定により知的財産権法院が管轄すべき場合を除き、著作権、商標、不正競

争、技術契約、フランチャイズ契約等の第一審の知的財産権民事事件を管轄する。基層法院が上

記事件を管轄するときは、訴訟目的額の制限を受けない(第 1条)。②知的財産権法院は、訴訟

目的額が 1億人民元以下であり、かついずれかの当事者の所在地が上海市にない、または外国、

香港・マカオ・台湾地区に関わる事件、及び訴訟目的額が 2億元以下であり、かつすべての当事

者の所在地が上海市にある事件であって、特許、植物新品種、集積回路の配置設計、技術秘密、

コンピュータソフトウェア、独占等の第一審民事事件及び著名商標の認定に関わる第一審民事

事件等を管轄する(第 2条)。③上海市高級人民法院は、訴訟目的額が 2億元以上の事件、及び

訴訟目的額が 1 億元以上でありかついずれかの当事者の所在地が上海市にないまたは外国、香

港・マカオ・台湾地区に関わる事件であって、特許、植物新品種、集積回路の配置設計、技術秘

密、コンピュータソフトウェア、独占等の第一審民事事件等を管轄する(第 3条)」と規定され

ている。

なお、2010年 1月 28日、最高人民法院は「地方各級人民法院第一審知的財産権民事事件管轄

標準の調整に関する通知」(以下「最高院 5号通知」という)を公布した。当該通知によれば、

「①高級人民法院は訴訟目的額が 2億元以上の第一審知的財産権民事事件、及び訴訟目的額が 1

億元以上でかつ当事者一方の居住地が管轄区外にあり、または渉外・香港・マカオ・台湾地区に

関連する第一審知的財産権民事事件を管轄する(第 1条)。②本通知第 1 条に定める標準以下の

第一審知的財産権民事事件については、一般知的財産権民事事件管轄権を有する基層法院が最

高人民法院の指定により管轄する場合を除き、中級人民法院が管轄する(第 2条)。最高人民法

院の指定する、一般知的財産権民事事件の管轄権を有する基層法院は、訴訟目的額が 500万元以

下の第一審の一般知的財産権民事事件を管轄することができ、訴訟目的額が 500万元以上 1,000

万元以下であり、かつ当事者の住所地が共にその所属する高級または中級人民法院の管轄地域

にある第一審の一般知的財産権民事事件を管轄することができ、具体的な金額基準は高級人民

法院が自ら確定し、最高人民法院による審査認可を取得する必要がある(第 3条)」と規定され

ている。

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法務

32 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

3.実務上の混乱

全人代決定によれば、知的財産権法院の管轄範囲は、特許、植物新品種、集積回路の配置設計

及び技術秘密等の技術的な専門性が比較的高い事件とされている。それに加えて、最高院 12号

規定及び最高院 338号通知において、コンピュータソフトウェアに関する事件、著名商標の認定

に関する事件及び独占に関する事件は知的財産権法院が管轄することが明確化された。すなわ

ち、上記の 3つの法令は、知的財産権法院の管轄する事件の種類(以下「技術専門事件」という)

を明らかにするものである。

ただし、これらの法令における知的財産権法院の審級管轄に関する内容は不明確であり、実務

上の混乱を招いている。最高院 5号通知と最高院 12号規定、最高院 338 号通知との関係をどの

ように理解すべきかが問題となっている。例えば、①最高院 12号規定第 1条に規定されている

知的財産権法院の管轄する事件の管轄権は知的財産権法院に専属されるか否か、②訴訟目的額

は審級管轄に影響するか、具体的には、知的財産権法院の管轄する事件は最高院 5 号通知にお

ける目的額の制限を受けるか否か、最高院 338 号通知第 1 条における「基層法院がこれを管轄

し、訴訟目的額の制限を受けない」という規定は、基層法院が訴訟目的額の制限も一切受けない

ものと理解すべきか、それとも中級人民法院の管轄すべき事件の範囲内において訴訟目的額の

制限も受けないものと理解すべきか等の問題が挙げられる。

実務において、各地方の法院の解釈は大きく異なっている。北京市高級人民法院及び北京知的

財産権法院は、最高院 12号規定第 1条に規定されている知的財産権法院の管轄する事件の管轄

権は知的財産権法院に専属され、訴訟目的額の影響を受けないと解釈している。例えば、北京市

高級人民法院は、「展訊通信(上海)有限公司と大唐移動通信設備有限公司との間の技術提携開

発契約の管轄権異議の第二審裁定」((2016)京民轄終 43号)において、「全人代決定は知的

財産権法院の管轄する事件の訴訟目的額に制限を設けていないため、知的財産権法院は民事事

件を受理する際、訴訟目的額の制限を受けない」と判示している。

他方、上海高院管轄規定は明らかに上記北京市高級人民法院の解釈と異なっている。上海高院

管轄規定は、技術専門事件とその他の事件に分けて異なる規定を設けている。上海高院管轄規定

第 1条は、基層法院が管轄する技術専門事件以外の事件を列挙したうえ、「法律及び司法解釈の

規定により知的財産権法院が管轄すべき場合を除くこと」及び「基層法院が上記事件を管轄する

ときは、訴訟目的額の制限を受けないこと」を規定している。しかし、最高院 5号通知は、厳密

に言えば司法解釈に該当しないが、上記「司法解釈」に含まれるかが不明確である。また、当該

「訴訟目的額の制限を受けないこと」は、最高院 5号通知と矛盾している。訴訟目的額の制限を

一切受けないものと理解する場合には、訴訟の目的額が 2 億元を超える非技術専門事件(例え

ば商標権侵害事件)も基層法院が管轄することになる。なお、上海高院管轄規定第 2条及び第 3

条は、最高院 5 号通知に従って、訴訟目的額が 2 億元以上であるか否か(または 1 億元以下で

ありかついずれかの当事者の所在地が上海市になくもしくは外国、香港・マカオ・台湾地区に関

わるか否か)により、技術専門事件、著名商標事件及び独占事件の管轄権を上海知的財産権法院

または上海市高級人民法院に配分している。すなわち、上海高院管轄規定においては、技術種専

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法務

33 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

門事件については最高院 5 号通知に従って訴訟目的額に関する制限が設けられており、その他

の一般事件については訴訟目的額に関する制限を受けないと規定されている。

4.技術専門事件の審級管轄

技術専門事件の管轄権が、訴訟目的額を問わず、知的財産権法院に専属されることは全人代決

定、最高院 5号通知及び最高院 12号規定の立法趣旨に適合しないと考える。最高院 5号通知に

よれば、各級人民法院の管轄権は訴訟目的額の制限を受ける。知的財産権法院は中級人民法院に

相当するため、その管轄する事件は審級管轄に関する規定に従うべきである。最高院 12号規定

は、第 1 条において知的財産権法院が管轄する事件の種類を規定したうえ、第 3 条において北

京市、上海市及び広州市の中級人民法院が受理しない知的財産権事件の種類を規定している。す

なわち、上記規定は、知的財産権法院と中級人民法院の間の管轄権の配分を決めるものであり、

高級人民法院の技術専門事件に対する管轄権を排除していないと理解すべきである。一方、最高

院 338号通知は、主に知的財産権法院と基層法院との間の管轄権の配分を決めるものであり、当

該通知も高級人民法院の技術専門事件に対する管轄権を排除していないと理解すべきである。

この問題に関して、最高人民法院は、「北京捜狗公司とバイドゥオンラインとの間の発明特許

権侵害事件における管轄権異議紛争」((2016)最高法民轄終 49号)において、「当該事件の

訴訟目的額は 1 億元であり、一方当事者の住所地が上海高院の管轄地域にないため、上海市高

級人民法院がその管轄権を有し、同事件を北京知的財産権法院に移管すべきではない」と判示し

た。また、最高人民法院は、「最高院 5号通知は民事事件の管轄に関する一般規定であり、全人

代決定と最高院 12号規定は知的財産権法院の管轄する事件の審級管轄について別途規定してい

ない状況において、知的財産権法院が受理する事件の審級管轄の問題は上記一般規定に従って

解決すべきであり、知的財産権法院が受理する特許関連紛争の事件は訴訟目的額の制限を受け

るべきである。当該訴訟目的額の制限を超える事件は相応する高級人民法院が受理すべきであ

る」と説明した。

上記最高人民法院の判断及び説明により、知的財産権法院の技術専門事件に対する審級管轄

の問題は基本的に解決された。すなわち、知的財産権法院の技術専門事件に対する管轄は訴訟目

的額の制限を受け、訴訟目的額の制限を超える事件は高級人民法院が管轄することになる。

5.非技術専門事件の審級管轄

最高院 338 号通知第 1 条第 1 項によれば、「知的財産権法院が所在する市の管轄地域におけ

る知的財産権民事事件は、法律及び司法解釈の規定により知的財産権法院が管轄すべき場合を

除き、基層法院がこれを管轄し、訴訟目的額の制限を受けない」と規定されている。当該規定に

おける「訴訟目的の制限を受けない」をどのように理解すべきか。

上記「北京捜狗公司とバイドゥオンラインとの間の発明特許権侵害事件における管轄権異議

紛争」において示されている最高人民法院の考え方からすると、最高院 338 号通知は非技術専門

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法務

34 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

事件に関する知的財産権法院と基層法院との間の管轄権の配分を決めるものであり、高級人民

法院が最高院 5 号通知により一定の訴訟目的額以上の事件を管轄することを妨げない、と解す

ることができる。

なお、最高人民法院が 2015 年 4 月 30 日に公布した「高級人民法院および中級人民法院の管

轄する第一審民商事事件基準の調整に関する通知」(発[2015]7号)によれば、訴訟目的額が 5

億元以上の一般民商事事件(知的財産権事件を除く)は高級人民法院が管轄するとされており、

基層法院には管轄権がない。最高院 338 号通知第 1 条第 1 号に基づき、訴訟目的額を問わずに

高級人民法院による非技術専門事件についての管轄権が全て排除されるものと理解する場合に

は、基層法院は 5億元以上の知的財産権事件(非技術専門事件)は管轄できるが、5億元以上の

一般民商事事件は管轄できないといった管轄基準のアンバランスが生じる。

したがって、基層法院による非技術専門事件に対する管轄は、高級人民法院の管轄権を妨げな

いと解すべきである。すなわち、最高院 338 号通知第 1 条第 1 号における「訴訟目的額の制限

を受けない」とは、知的財産権法院の轄区地域内の基層法院は、非技術専門事件を管轄するとき、

最高院 5号通知第 3条に規定する 500万元(または 500万元~1,000万元)以下という訴訟目的

額制限を受けないが、高級人民法院が同通知第 1 条に基づき、訴訟目的額が 2 億元以上の非技

術専門事件、及び訴訟目的額が 1 億元以上でかつ当事者一方の居住地が管轄区外にあり、また

は渉外・香港・マカオ・台湾地区に関連する非技術専門事件を管轄することを妨げることができ

ないと解するべきである。

6.おわりに

上記の分析のとおり、知的財産権法院が設立された後、知的財産権法院の管轄権は最高院 5号

通知における訴訟目的額による級別管轄の制限を受けるべきである。すなわち、技術専門事件で

あるか否かにかかわらず、高級人民法院は、最高院 5号通知に基づき、一定の訴訟目的額以上の

事件を管轄することができる。

審級管轄制度は、各級法院の間の管轄権を配分するものであり、合理的な管轄権の配分によ

り、各級法院の業務の効率性の向上、司法資源の配分の公正性の確保及び民事権利の保護を図る

ものである。近年、知的財産権訴訟において、管轄権異議が大量に申し立てられており、訴訟の

進行を遅らせ、不正な利益を図る手段として利用されている。これは司法資源の浪費につながる

とともに、司法の権威を損ない、訴訟当事者の合法的な権益を害することになる。高級人民法院

及び最高人民法院の重大な事件に対する管轄権を明確化することは、上級法院の監督機能を果

たすだけでなく、司法基準を統一し、民事権利を保護することで、管轄権異議の濫用を減少させ

ることに対して重要な意義を有する。

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法務

35 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

陳青東 金杜法律事務所 上海事務所 パートナー中国弁護士

華東政法大学経済法学部卒業、日本・京都大学大学院法学研究科公法修士。

1991 年中国弁護士登録、1999 年中国証券弁護士登録。1990 年浙江省対外経済法律事

務所、1994 年大水綜合法律事務所、1998 年上海市上正法律事務所、2001 年から上海市

通力法律事務所パートナー弁護士。2006年 7月に金杜法律事務所パートナー弁護士。

得意分野は、外商投資、外商投資企業の各種リストラ、M&A、金融法務、株式公開支援

業務、海事事件等。

上海交通大学法学研究科指導教官、上海市法学会民商法、国際法研究会幹事、中国海

商法協会会員。

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税務会計

36 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

中国の CFC税制(その 2)

1. 中国の国際税務

中国の企業所得税法には第 6章に「特別納税調整」という項目があり、その実施細則として

「特別納税調整実施弁法(試行)」(国税発[2009]2号、以下、実施弁法)があります。実施

弁法では、下記のとおり中国の国際税務の主要な項目が規定されています。

実施弁法の主要項目とその改正状況

2009年の実施弁法 2015年の公開草案 改正した税務公告

関連関係 関連申告 2016年第 42号

移転価格の同期資料 同期資料 2016年第 42号

移転価格決定方法 移転価格決定方法 2017年第 6号

移転価格の調査と調整 特別納税調整の調査と調整 2017年第 6号

- 無形資産 2017年第 6号

- 関連役務 2017年第 6号

事前価格確認手続 事前価格確認手続 2016年第 64号

コストシェアリング契約 コストシェアリング契約

被支配外国企業 被支配外国企業

過少資本 過少資本

一般租税回避規定 一般租税回避規定 2014年第 32号

- 利益水準の監督管理

対応的調整と相互協議 対応的調整と相互協議 2017年第 6号

この実施弁法については、2015年 9月に国家税務総局から公開草案(意見徴求稿)が発表さ

れています。公開草案は、OECD(経済協力開発機構)が 2015年 10月に発表した BEPS(税源浸

食と利益移転)の最終報告書の内容が一部反映されているとともに、国家税務総局の移転価格

税制についての独自の論点とその他の国際税務関連の税務公告の内容が含まれています。

実施弁法そのものは現在まで改正されていませんが、実質的には 2016年以降の税務公告で

一部改正が行われています。例えば、国家税務総局が公布した「関連申告と同期資料の管理の

改善に係る事項に関する公告」(2016年第 42号)では、関連申告と移転価格の同期資料が改正

され、「事前価格確認手続管理の改善に係る事項に関する公告」(2016年第 64号)では事前価

格確認手続が改正され、国家税務総局が 2017年 3月 17日付で制定した「特別納税調査調整及

び相互協議手続管理弁法」(2017年第 6号、2017年 4月 1日発表)では、移転価格決定方法、

特別納税調整の調査と調整、無形資産、関連役務、対応的調整と相互協議等が改正されていま

近藤公認会計士事務所

公認会計士 近藤 義雄

[email protected]

http://kondo.la.coocan.jp/

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税務会計

37 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

す。

このように 2009年の実施弁法は、2015年の公開草案をベースとして、2016年以降の国家税

務総局公告で改正が行われており、その改正内容を見る限り公開草案の内容がその基礎にあ

り、若干の修正と追加が行われて正式発表されていることが分かります。

なお、公開草案の一般租税回避規定は、逆に、2014年 12月 2日付で制定された「一般租税

回避対策管理弁法(試行)」(2014年第 32号)に基づいて作成されています。

中国の CFC(Controlled foreign company、被支配外国企業)税制については、公開草案が

発表されたままでまだ正式な税務公告は公表されていませんが、ここでは公開草案の主な改正

項目を紹介し、OECD の BEPS(税源浸食と利益移転)の Action3「効果的な CFCルールの設計」

(Designing Effective Controlled Foreign Company Rules)との関連性を検討します。

2. 実施弁法と公開草案

(1) 被支配外国企業の定義

公開草案では、被支配外国企業とは企業所得税法第 45条の規定に基づいて、居住企業、ま

たは居住企業と中国居住者が支配する、実際の租税負担が企業所得税法の定める税率水準の

50%より低い国家に設立した外国企業と定義しています。

企業所得税法第 45 条で定義されている「かつ合理的な経営ニーズによることなく利益につ

いて分配を行わないかまたは分配を減少させる場合」の部分は削除されています。このように

公開草案では、被支配外国企業の定義を低税金のタックスヘイブンに設立されて支配されてい

る会社としてのみ定義し、利益分配の多寡と有無を除外しています。

これは、従来の CFC 税制が外国子会社の留保利益(未処分利益)に対する税制であったのに

対して、現在の CFC税制は配当しない留保利益の問題ではなく、低税金の国または地域に設立

した外国子会社を利用した租税回避の防止も含めた幅広い税制になっているからです。なお、

被支配外国企業の定義を公開草案のように改正するためには、現行の企業所得税法第 45条の

定義を改正する必要があります。

BEPSの Action3は、CFC税制を構成するビルディング・ブロック(構成要素としての礎石)

として、下記の 6つのブロックを設定しています。これらは CFC税制を持たない国/地域が CFC

税制を確立するための礎石となるものであり、既存の CFC税制を有する国/地域が国際的に同

一レベルの CFC税制に改正するための構成要素でもあります。

① CFC(被支配外国子会社)の定義

② CFCの適用除外と閾値要件

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税務会計

38 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

③ 所得の定義

④ 所得の計算

⑤ 所得の帰属

⑥ 二重課税の防止と排除

これらの 6つの CFC 税制の構成要素について、Action3では勧告事項が記載されています

が、各国の国内税法の体系とその政策目標に配慮して、比較的柔軟な勧告内容となっていま

す。

(2) 支配の定義

公開草案では、CFC の定義に含まれる「支配」については、持分支配と実質支配に分けて、

持分支配は居住企業または居住企業と居住者個人が納税年度終了日において、直接または間接

に単独で外国企業の 10%以上の議決権株式を保有し、かつ外国企業株式の 50%以上の株式を共

同保有することと定義しています。

実施弁法との実質的な改正点は、「納税年度のいずれかの 1日において」が「納税年度終了

日において」に変更されたことと、外国企業の 10%以上の議決権株式の単独保有に「婚姻、直

系親族、三代以内の傍系血族の関係が存在する居住者個人を通して外国企業持分を間接保有す

ること」が新たに追加されたことです。

前者の「納税年度のいずれかの 1日」から「納税年度の終了日」への変更については、

Action3では上記⑤「所得の帰属」で、被支配外国子会社の所得のうちどの所得を親会社の所

得に帰属させるかという所得金額の判定において、持分の所有期間を判定基準とする期間基準

と年度終了日に持分を所有していたかどうかを判定基準とする年度終了日基準が紹介されてい

ます。

期間基準は CFCの利益の実際取分と課税所得が同一となりますが、納税者のコンプライアン

ス・コストが高くなり実務的な実施可能性に問題があります。年度終了日基準はタックス・プ

ランニングにチャンスを与えるので利益の過少帰属の問題が存在しますが、年度終了日が納税

者の影響力を正確に反映するものである限り問題はないので、最終報告書の結論としてはいず

れの方法でもベスト・プラックティスとして推奨されています。

(3) 帰属可能所得

実施弁法には規定がなく、公開草案で新たに規定された条項に「帰属可能所得」条項があり

ます。帰属可能所得とは、被支配外国企業の利益の中で居住企業に帰属する部分をいい、次の

方法で判定します。

帰属可能所得

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税務会計

39 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

1 被支配外国企業の被雇用者(従業員)が企業所得に対して実質的貢献を有するかどう

かを分析する

2 グループのバリューチェーンとキーファンクション(鍵となる機能)を引き受けてい

るグループ企業を分析し、グループ企業が完全に独立非関連であると仮定した条件に

おいて、被支配外国企業が相応の資産を所有し、相応のリスクを引き受け、および資

産とリスクに相応する所得を獲得できるかどうかを判断する

3 被支配外国企業がその獲得した所得に相適合する相応の技能と人数の被雇用者(技能

者)および必要な機構場所を具備しているかどうかを分析する

4 その他の合理的方法

通常は、下記の場合には、被支配外国企業が取得する帰属可能所得としてみなされま

す。

1 証券取引に従事しない被支配外国企業が取得する配当所得

2 融資業務に従事しない被支配外国企業が取得する利息所得

3 保険業務に従事しない被支配外国企業が取得する保険所得

4 被支配外国企業が関連企業から取得するライセンス・フィー

5 被支配外国企業が、関連企業が製品または役務を購入した後に価値を増加させない

かまたは比較的少なく増加させて、製品または役務を販売することにより取得した

所得

6 被支配外国企業が無形資産またはリスクの移転を源泉として取得した収入が正常な

リターンを超える所得

Action3の上記③「所得の定義」では、CFC所得とは親会社の株主または支配当事者に帰属

する所得をいい、CFC 所得を定義するアプローチには、カテゴリー分析、実態分析、超過利益

分析があるとしています。

カテゴリー分析には、地理的に移動可能性の高い所得に着目する法的分類アプローチ、関連

当事者のサポートに着目する当事者の関係性アプローチ、所得の源泉に着目する所得源泉アプ

ローチがあります。

法的分類アプローチは、地理的に移動可能性が高く、利益移転の懸念が生ずる配当、利息、

保険所得、IP(Intellectual Property、知的財産権)所得、販売とサービスの所得に適用さ

れます。上記の公開草案の帰属可能所得の 4「その他の合理的方法」の 1から 5までの配当所

得、利息所得、保険所得、ライセンス・フィー、販売所得がこれに該当します。

当事者の関係性アプローチは、関連当事者と共同開発した知的財産権またはコストシェアリ

ング契約による所得に適用されます。

所得源泉アプローチは、親会社の国/地域に所在する関連者または非関連者に対する販売、

親会社の国/地域におけるサービスまたは投資により稼得された所得に適用されます。

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税務会計

40 MIZUHO CHINA MONTHLY

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実態分析は、どの CFC(被支配外国会社)が実質的活動に従事しているか、CFCが所得を稼

得する能力を有するかどうかで CFC所得を判定するものです。単独型(スタンド・アローン)

のルールではなく、カテゴリー分析または超過利益分析と結合して行われ、所得の識別と数量

化をより正確に行います。上記の公開草案の帰属可能所得の 1「従業員の実質的貢献度」、2

「資産とリスクに相応する所得」、3「技能者の人数と機構場所」がこれに該当します。

超過利益分析は、これまでの既存の CFCルールでは存在していなかったアプローチで、低税

金の国/地域で稼得される正常収益を超える所得を CFC所得とするものです。このアプローチ

は IP所得を背景として、無形資産とリスクの移転による所得に適用されます。上記の公開草

案の帰属可能所得の 4「その他の合理的方法」の 6がこれに該当します。

(4) CFCの適用除外と閾値要件

公開草案では、被支配外国企業が下記のいずれか 1つの要件を満たす場合には、被支配外国

企業の利益を中国居住企業(親会社)の所得に計上することが免除されるという適用除外とそ

の閾値(最低限度の範囲)要件が次のように規定されています。

適用除外と閾値要件

① 当期留保収益が 500万人民元より低いこと

② 帰属可能所得が被支配外国企業の当期所得に占める割合が 50%より低いこと

③ 利益について分配しないかまたは分配を減少させることが、合理的な経営ニーズによるも

のであること、例えば、利益を実質的な生産経営活動または投資活動に投資する計画と実

際の活動等によるものであること

Action3では、外国子会社が CFCに該当しないという適用除外とその閾値要件を設定するこ

とは、税源侵食と利益移転のリスクがほとんどない CFCを除外することにより税務行政上の負

担を軽減し、リスクの高い CFCに注意を向けることにより CFCルールの実行を効率的に行うこ

とができるとしています。適用除外の閾値には、次の 3つがあるとしています。

① 一定金額以内の所得は CFCルールの適用除外とする少額閾値要件

② 租税回避の動機または目的が存在する場合に CFCルールを適用する租税回避要件

③ 親会社の実効税率より著しく低い税率を有する国の外国子会社に CFCルールを適用すると

いう税率による適用除外要件

公開草案の上記①と②は Action 3の①の少額閾値要件に該当しますが、これらの閾値要件

については、例えば、所得を複数の子会社に分割して閾値以下の所得に細分化して少額閾値を

満たす事例等があり、少額閾値については細分化対策ルールと組み合わせることがベスト・プ

ラクティスとなることから、特に少額閾値についての勧告事項は設定されていません。

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税務会計

41 MIZUHO CHINA MONTHLY

2017年5月号

公開草案の上記③は、中国企業所得税法の被支配外国企業の現行定義から規定されたもの

で、Action 3の上記②の租税回避要件に該当するものと考えられます。Action 3では、上記

②の租税回避要件については、税務当局の行政上の負担と納税者のコンプライアンス・コスト

を増加させる可能性があり、CFC所得の定義が適切に行われていれば、この租税回避要件は特

に必要とされないと結論しています。

Action3では、上記③の税率による適用除外要件が勧告事項とされています。親会社の実効

税率より著しく低い税率を有する国の外国子会社に CFCルールを適用し、親会社の国の適用税

率とほぼ同率の実効税率を課せられている外国子会社に対しては CFCルールを適用しないこと

が推奨されています。中国の CFC税制では CFCの定義に 25%未満の税率が含まれていますの

で、この適用除外要件とその閾値が設定されています。

以上のとおり、公開草案による中国 CFC税制の改正動向は基本的なところは BEPSの Action3

に一部準拠していますが、比較的簡単な規定内容となっています。

近藤 義雄 近藤公認会計士事務所 所長 公認会計士

早稲田大学大学院商学研究科の修士課程を卒業後、監査法人に勤務して公認会計士として登録、

上場会社等の監査業務に 23年ほど従事した。1986 年から 2年ほど北京の国際会計事務所に日本

人初の駐在員として勤務し、日系企業に幅広いコンサルティング業務を提供。帰国後に「中国投

資の実務」(東洋経済新報社 1990年)を出版し、現在まで中国の投資、会計、税務分野の専門

書を 25冊ほど出版。2001年に近藤公認会計士事務所を開設して中国専門のコンサルティング業

務を提供している。

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