日本語構造伝達文法 - 杏林大学pdf)/2-3.pdf日本語構造伝達文法 1 の 今泉喜一...

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日本語構造伝達文法 1 今泉 喜一 日本語構造伝達文法 2-3この項は 『日本語構造伝達文法(05版)』 の 36章の内容に基づいています。 印刷: 1-3,5-9,12,16-27,29,32-33,36,38,40,42-43 20114現状理解のための通時論 「の」の元来の機能 「の」をとらえる (右の歌) という二つの実体(名詞)をつなぐ機能をもつ「の」「が」 起源的には 「の」 ソ トなる名詞(尊敬)に 「が」 ウチなる名詞(親愛・軽侮・卑下)に付く。 ケセン語(山浦 玄嗣 やまうら はるつぐ 1940年- とっつぁま 背中 (他人の父親) とっつぁま 背中 (自分の父親) (梅が枝) 海人 釣り舟 海人 漕ぐ 釣り舟 住む 「の」 は今日まで名詞つなぎの機能を保つ。 「が」 従属節内の主格表示へ機能を変える。 動詞介入 現代でも方言に古い「」の使い分けが残っている。

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日本語構造伝達文法

1

今泉 喜一

日本語構造伝達文法

[2-3]

この項は 『日本語構造伝達文法(05版)』 の第36章の内容に基づいています。

印刷: 1-3,5-9,12,16-27,29,32-33,36,38,40,42-43

2011年 4月

現状理解のための通時論

「の」の元来の機能 「の」をとらえる

A の B (右の歌)

A,B という二つの実体(名詞)をつなぐ機能をもつ「の」と「が」

起源的には 「の」 は ソ トなる名詞(尊敬)に

「が」 は ウチなる名詞(親愛・軽侮・卑下)に付く。

ケセン語(山浦 玄嗣 やまうら はるつぐ 氏 1940年- )とっつぁま の 背中 (他人の父親)とっつぁま が 背中 (自分の父親)

A が B (梅が枝)

海人 の 釣り舟 → 海人 の 漕ぐ 釣り舟

妹 が 家 → 妹 が 住む 家

「の」 は今日まで名詞つなぎの機能を保つ。

「が」 は従属節内の主格表示へ機能を変える。

動詞介入

現代でも方言に古い「の,が」の使い分けが残っている。

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日本語構造伝達文法

2

妹が住む 家

海人の 漕ぐ釣り舟

「の」と「が」の構造

妹 家

sum-ni

が妹 家

sum-niが

-u

図32 図33

図34 図35

海人の釣り舟

海人 釣舟

kog-o

-u

海人 釣舟

kog-o

妹が家

「の」の機能……実体つなぎ

ar-

大学八王子

ni

a-

kara K-

t-

手紙②

八王子にある大学から来た手紙に私は返事を書く。

nikak-

返事

o

図36

①八王子の大学

②の手紙

③の返事を私は書く。 「の」 は便利。

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日本語構造伝達文法

3

「の」の意味

「の」 にはいくつの意味があるのか。

・私の家 ・この大学の学生

・パイの箱 ・主婦の調査

・絹のハンカチ ・プロ用の道具

・近くの駅 ・5リットルの牛乳

・来年の今日 ・課長の鈴木さん

(所有者) (所属先)

(内容物) (主体/対象)

(材料) (性質)

(場所) (数量)

(時) (属性)

本当にこんなに意味があるのか。

・富士山のドア(意味はある? ない?)

背後に構造(文)があるときに意味がある。

2つの名詞間の意味関係は構造(文)の中から出てくる。

「の」 そのものに意味はない。

「の」 は, を示すだけ。

・海の指

結ぶ2つの名詞が1つの構造の中にあること

ノ前名詞の格

「AのB」 の意味を明確に知るためには ばよい。

中国 の 本

図37 図38 図39中国が本を持つ 本が中国を扱う 中国で本を作る

中国 (人)

tukur-o

de

中国が の 本 中国を の 本 中国で の 本

(所有者) (対象) (生産地)

「AのB」 の意味を明確に知るためには を知ればよい。

の前名詞 の を知ればよい。

中国本

atuka(w)-o

中国 本

mot-o

の の

構造を知れ

(Aの構造上の位置)A の格

ga

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日本語構造伝達文法

4

ノ前名詞で意味明確化

ノ前名詞に格をつければ意味がより明確になる。

・私の家 ・この大学の学生

・パイの箱 ・主婦の調査

・絹のハンカチ ・プロ用の道具

・近くの駅 ・5リットルの牛乳

・来年の今日 ・課長の鈴木さん

(所有者) (所属先)

(内容物) (主体/対象)

(材料) (性質)

(場所) (数量)

(時) (属性)

・私が の家 ・この大学に の学生

・パイを の箱 ・主婦が/を の調査

・絹での ハンカチ ・プロ用で の道具

・近くに の駅 ・5リットル Ø2 の牛乳

・来年 Ø2 の今日 ・課長で の鈴木さん

「の」 は 構造上の2名詞を結ぶ基本機能を持つ。

「の」 機能拡張 B省略

図40 図41私 の 靴 春 の 服my shoesの は 名詞A と 名詞B を結ぶのだから,の の後は

ノ後実体(B) の描写を省略しても

私 の (靴) 春 の (服)*my (shoes)

私靴

hak-

o

ki-

nio

服の

必ず名詞。

名詞の存在が感知される。

英語ではノ後実体は省略不可。

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「の」 機能拡張 B含意

図42 図43私の 春のmineの描写 は ノ後実体の存在を前提にしている。

の は ノ後実体の存在まで含意している場合もある。

この段階では の は矢印の「関係」と「実体」の両方の機能になる。

hak-

o

Aの が一つの形式としてBの存在まで表すことになる。

ki-

oni

のの

「の」 機能拡張 B含意

hak-

o

の私

ki-

oni

のの

前段階の「の」の2機能,矢印の「関係」と「実体」から矢印の「関係」が外れ,「の」は「実体」のみになる。

の の

図44 図45実体「の」の誕生 実体「の」の誕生

名詞の代わりに使える非常に便利な 実体 「の」 が誕生した。

「の」だけで実体の存在を示す,形式実体「の」が生まれた。

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日本語構造伝達文法

6

「の」 機能拡張 B含意

hak-

o

の私

ki-

oni

のの

前段階の「の」の2機能,矢印の「関係」と「実体」から矢印の「関係」が外れ,「の」は「実体」のみになる。

の の

図44 図45実体「の」の誕生 実体「の」の誕生

名詞の代わりに使える非常に便利な 実体 「の」 が誕生した。

「の」だけで実体の存在を示す,形式実体「の」が生まれた。

「の」機能拡張 実体「の」

t-a-

k-

実体「の」 は便利だが,それだけでは使用できない。必ず修飾される必要がある。

修飾法は4種類ある。-動詞,形容詞,形容動詞,名詞-

図46 図47

の が来た ?? 私たちが nor-u の が来た。

動詞による修飾

の私たち

ni

nor-

k-

t-a-

-u

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「の」機能拡張 実体ノ 動詞修飾

t-a-

tabe-

o

図48 図49

妹が tukur-i=t-Ø=a-Øu の を食べた。の を食べた ??

動詞による修飾 (助動詞による修飾)

作った

の 私

o

tabe-o

妹tukur-

-(u)

t-a-

t-a-

「の」機能拡張 形容詞修飾

形容詞による修飾

うるさ-i

a-t-

k-

.k-私

tabe-

-ia-t-

.k-大き

o

図50 図51

Urusa.k-i の が来た。 Ooki.k-i の を食べた。うるさい おおきい

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日本語構造伝達文法

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「の」機能拡張 形容動詞修飾

形容動詞による修飾 (動詞 ar- による修飾)

私の

tabe-

t-a-

ni

o

ar-koburi -u

ni

ar-

k-

t-a-

nigiyaka -u

図53図52

Koburi-ni=ar-u の を食べた。

Nigiyaka-ni=ar-u の が来た。 こぶりな

にぎやかな

「の」機能拡張 名詞修飾

名詞による修飾 (「の」つなぎ修飾)

の私たち

ni

nor-

k-

t-a-

-u

図55図54

?私たちの の が来た。 ?中国の の はどれだ。

私たちの [nor-u]の が来た。

これ,君の の に入れといて。 うちの の に聞いてみる。

*中国の [yuk-u]の中国へ [yuk-u]の

の 中国の

どれde

e

ar-

yuk-

非主格

君の (持っている) の うちの (居る)の うちに居る 非主格

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「の」機能拡張 包含実体

uta(w)-

o

彼女

kik-

o

-u

彼女 私

uta(w)-

o

kik-

-u

o

文の実体化(名詞化)

彼女が uta-u の を聞く。 彼女が uta-u の を聞く。

彼女が uta-u (歌) を聞く。 彼女が uta-u (様子) を聞く。

彼女が uta-u の が見える。彼女が uta-u の はこれだ。

他の包含実体(こと,もの等)と異なり,の は意味を持たない。包含実体 の は汎用性が高い。

図57図56

17世紀ごろ

「の」機能拡張 接続助詞

接続助詞(国語文法) ので,のに の構造 包含実体の一例

図59図58

雨が hur-u の で 家にいる。 雨が hur-u の に 山へ行く。

「で」 は 「理由」 の格表示 「に」 は 「状況」 の格表示

「順接」 の意味を生じる。 「逆接」 の意味を生じる。

hur- de ni

i-

-uの

家私雨

hur- eni

yuk-

-uの

山彼雨

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「の」機能拡張 特異形式

留学する の 望みあり留学する 望みあり日本語としては特異なこの「の」は漢文訓読から生まれた。

『日本文法大辞典』「の」補説

終食之間ショクヲ ヲフル ヒマタ で良いはず。

ショクヲ ヲフル ノ ヒマタ

しかし,これでは 「之」 のあることが記憶できない。それで,

と読むようになった。

日本語としては非文法的である。

sur-

o-u

留学 私

望み

ni

ar-

留学する の 望みあり留学o sur-u の 望み ga ar-

構造図示においては -u と の による特異な二重修飾となる。

図60

留学する の 望みあり

漢文訓読では「留学する」を名詞化したものとして扱っていることになる。

(食事を終えるまでの間)

日本語として不自然な「の」

(構造は別形式)

まとめ

② 「の」に意味はない。 2名詞が構造上にあることを示す。

① 「の」はA,Bという二つの実体をつなぐ機能をもつ。

③ 後ろのBが省略されて「Aの」となる。

④ 「Aの」が一つの形式としてBの存在まで表すことになる。

⑤ 「の」だけで実体の存在を示す,形式実体「の」が生まれる。

⑥ 形式実体「の」が包含実体へと機能を拡大する。

⑦ 接続助詞(国語文法) 「ので基・のに基」 (包含実体例)

⑧ 「留学する の 望み」の特異構造 (漢文訓読から)

「が」は主格表示へと機能を変えた。

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日本語構造伝達文法

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「の」 に関するそのほかの問題

② 「自由の女神」 と 「自由な女神」 の関係は?

③ 「魚のおいしいの」 の構造は?

④ 「この花」 の構造は?

⑤ 「のだ/のです基」 の構造は?

⑥ 「~のは~だ」 強調構文の構造は?

以上については 『日本語構造伝達文法(05版) 』 第36章,第37章を参照してください。

① 「彼に会うには予約がいる。」 と

「彼に会うのに予約がいる。」 の関係は?

のだ/のです基

あしたØni学校へ行く。 あしたØni学校へ行くの

この構造はこのままではこれで完結してしまう。

「の」 包含実体に組み入れる(名詞化する)と他の構造に組み込むことができるようになる。

あしたØni学校へ行くので会合を休む

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のだ/のです基

あしたØni学校へ行くので会合を休む

とき

あしたØni学校へ行くときあしたØni学校へ行くまえあしたØni学校へ行くわけあしたØni学校へ行く必要

(同時等)(時前)

(必要)(理由)

まえわけ必要

「の」 以外の包含実体はもともと実体(名詞)であり,固有の意味をもつ。「の」 には意味がないので,それだけでは意味が不明。

(に)マスクを買う。

に電話する。を教えて。がある。

あしたØni学校へ行くの (理由? 目的? 事情? … )「の」 の意味は,組み込み先の構造との関係から生じる。

上図の例では,「の」 の意味は「理由」のように感じられる。

のだ/のです基

あしたØni学校へ行くの (で,会合を休む。)理由

生じる意味 話者が心の中で感じていること「の」 発話

あしたØni学校へ行くの (で,母が喜んでいる。)原因

あしたØni学校へ行くの予定 (が私の予定だ。)

希望

決意

あしたØni学校へ行くの (が私の希望だ。)

あしたØni学校へ行くの (が私の決意だ。)

あしたØni学校へ行くの (が当然だ。)主張

あしたØni学校へ行くの自慢 (で,自分をほめてやりたい。)

忠告

命令

あしたØni学校へ行くの (があなたのためだ。)

あしたØni学校へ行くの (があなたへの命令だ。)

あしたØni学校へ行くの (がほんとうのところだ。)実情

話者の心中の思い

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日本語構造伝達文法

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あしたØni学校へ行くの

のだ/のです基

あしたØni学校へ行くので会合を休む

あしたØni学校へ行くので会合を休む 省略描写

言語化されない情報

あしたØni学校へ行くの だ。あしたØni学校へ行くん だ。

~の です。

~ん です。

形式断定基の適用

のだ/のです基

一応,文の形になる。

あしたØni学校へ行くの (で会合を休む) だ/です。

( )内は言語化されない,ほとんど無意識・直観的情報

言語化されない情報形式断定基

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日本語構造伝達文法

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属性A の だ/です。

属性Bは言語化されない。

「~ん だ 」 の公式

Bが何であるかは状況等から推測するしかない。

Bは含蓄・情緒として感じられることになる。

のだ/のです基

言語化されない情報

形式断定基

のだ/のです基

あしたØni学校へ行くの理由

話者が心の中で感じていること

あしたØni学校へ行くの (で,母が喜んでいる。)原因

あしたØni学校へ行くの予定 (が私の予定だ。)

希望

決意

あしたØni学校へ行くの (が私の希望だ。)

あしたØni学校へ行くの (が私の決意だ。)

あしたØni学校へ行くの (が当然だ。)主張

あしたØni学校へ行くの自慢 (で,自分をほめてやりたい。)

忠告

命令

あしたØni学校へ行くの (があなたのためだ。)

あしたØni学校へ行くの (が私のあなたへの命令だ。)

あしたØni学校へ行くの (がほんとうのところだ。)実情

「だ」

(で,会合を休む。)

「の」 発話生じる意味

言語化されない情報形式断定基

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日本語構造伝達文法

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属性A の だ/です。

「~ん だ 」 の公式

のだ/のです基

形式断定基

言語化されない情報

属性A の (が理由/が実情/が……) だ/です。

省略された部分があるため,含蓄のある表現になる。

心中の思いを省略しているため,情緒的な表現になる。

「だ/です」は形式断定基

文としての形式を整えるために使用