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川名 尚 先生 帝京大学医学部附属溝口病院 産婦人科 客員教授 初発性器ヘルペスの感染病理と Famciclovirの臨床効果 Session 3 性器ヘルペス治療の課題 性器ヘルペスは単純ヘルペスウイルス(HSV)の1型 (HSV-1)または2型(HSV-2)の感染によって発症する。 臨床分類上は初めて症状が現れる「初発」と、初発後 に症状の発現を繰り返す「再発」の2つに分類される。さ らに「初発」は、HSV初感染時に症状が現れる「初感 染初発」と、初感染時には無症状でHSVの再活性化 時に初めて症状が現れる「非初感染初発」の2つに分 類される。 皮膚や粘膜から侵入したHSVは、まず局所で増殖す る。そこで速やかに知覚神経末端から神経に入り、上行 して仙髄神経節などで増殖した後、一部は知覚神経を 下行し性器やその周辺に現れる。このとき宿主の免疫 能が低いと発症する(初感染初発)。一方、免疫能が高 いと発症は抑制されるが、神経節にはHSVが潜伏感染 するため、後に何らかの原因で免疫能が低下すると、 HSVが再活性化され発症する(非初感染初発)。そし て両方とも初発後は免疫能の低下により再発を繰り返 す(図1)。 初発性器ヘルペスの分類 初発性器ヘルペスの感染病理学的分類を示す 図2)。病変部からHSVが分離された初発性器ヘルペ ス症例の血清抗体を調べ、抗HSV-1抗体と抗HSV-2 抗体がいずれも陰性であればHSV初感染(初感染初 発)、分離されたHSVの型と同じ型の抗体が陽性であ れば、非初感染初発と考えられる。海外ではこのような 非初感染初発の症例を再発として分類している。また、 初感染初発でも初診時に病変部から分離したHSVの 型と異なる型の抗体を有している症例が稀に認められ 図1 性器ヘルペスの経時的感染病理モデル(仮説) 潜伏期 (2~21日) 潜伏期 時間 無症候 初感染初発 非初感染初発 再発 図2 初発性器ヘルペスの感染病理学的分類 病変部から 分離された HSVの型 HSV-1 HSV-2 発症時 型特異的抗体 感染 病理学的 診断 抗HSV-1抗体 抗HSV-2抗体 HSV-1 初感染 HSV-1 非初感染 (再発) HSV-1 初感染 (npf) HSV-1 非初感染 (再発) HSV-2 初感染 HSV-2 初感染 (npf) HSV-2 非初感染 (再発) HSV-2 非初感染 (再発) 川名 尚. 化学療法の領域. 28(5)798(2012) 9

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Page 1: Session 3 初発性器ヘルペスの感染病理と Famciclovirの臨床 …Session 3 性器ヘルペス治療の課題 性器ヘルペスは単純ヘルペスウイルス(HSV)の1型

川名 尚 先生 帝京大学医学部附属溝口病院 産婦人科 客員教授

初発性器ヘルペスの感染病理とFamciclovirの臨床効果

Session 3 性器ヘルペス治療の課題

 性器ヘルペスは単純ヘルペスウイルス(HSV)の1型(HSV-1)または2型(HSV-2)の感染によって発症する。臨床分類上は初めて症状が現れる「初発」と、初発後に症状の発現を繰り返す「再発」の2つに分類される。さらに「初発」は、HSV初感染時に症状が現れる「初感染初発」と、初感染時には無症状でHSVの再活性化時に初めて症状が現れる「非初感染初発」の2つに分類される。 皮膚や粘膜から侵入したHSVは、まず局所で増殖する。そこで速やかに知覚神経末端から神経に入り、上行して仙髄神経節などで増殖した後、一部は知覚神経を下行し性器やその周辺に現れる。このとき宿主の免疫能が低いと発症する(初感染初発)。一方、免疫能が高いと発症は抑制されるが、神経節にはHSVが潜伏感染するため、後に何らかの原因で免疫能が低下すると、HSVが再活性化され発症する(非初感染初発)。そして両方とも初発後は免疫能の低下により再発を繰り返す(図1)。

初発性器ヘルペスの分類  初発性器ヘルペスの感染病理学的分類を示す(図2)。病変部からHSVが分離された初発性器ヘルペス症例の血清抗体を調べ、抗HSV-1抗体と抗HSV-2抗体がいずれも陰性であればHSV初感染(初感染初発)、分離されたHSVの型と同じ型の抗体が陽性であれば、非初感染初発と考えられる。海外ではこのような非初感染初発の症例を再発として分類している。また、初感染初発でも初診時に病変部から分離したHSVの型と異なる型の抗体を有している症例が稀に認められ

図1 性器ヘルペスの経時的感染病理モデル(仮説)

①感染

②局所増殖

③知覚神経上行

④仙髄神経節にて増殖

⑤知覚神経下行

⑥局所増殖

潜伏期(2~21日)

潜伏期

時間

無症候

初感染初発非初感染初発 再発

免疫能

図2 初発性器ヘルペスの感染病理学的分類

病変部から分離されたHSVの型

HSV-1 HSV-2

発症時型特異的抗体

感染病理学的診断

抗HSV-1抗体抗HSV-2抗体

HSV-1初感染

HSV-1非初感染(再発)

HSV-1初感染(npf)

HSV-1非初感染(再発)

ーー

+ー

ー+

++

HSV-2初感染

HSV-2初感染(npf)

HSV-2非初感染(再発)

HSV-2非初感染(再発)

ーー

+ー

ー+

++

川名 尚. 化学療法の領域. 28(5)798(2012)

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Page 2: Session 3 初発性器ヘルペスの感染病理と Famciclovirの臨床 …Session 3 性器ヘルペス治療の課題 性器ヘルペスは単純ヘルペスウイルス(HSV)の1型

1) Brown ZA et al. JAMA. 289(2)203(2003)

 初発性器ヘルペス症例(HSV-1 : 289例、HSV-2 : 231例)について初感染初発と非初感染初発、npfの割合を調べた。HSV-1感染症例は初感染初発の割合が高く、HSV-2感染症例は非初感染初発の割合が高かった。いずれの型でもnpfが少数ながら認められた。次に、初感染初発と非初感染初発のHSV-1とHSV-2感染症例各10例について臨床所見を比較したところ、発熱や子宮頸管からのウイルス分離が陽性の症例の割合はいずれも初感染初発で高かった。このように、初感染初発は発熱などの全身症状を伴う重症例が多く、病変も広範囲に生じることが多い。一方、非初感染初発は比較的症状が軽く、再発の臨床像に近いと考えられる。また、2週間以内に性交渉があった症例の割合は初感染初発では100%、非初感染初発では28%であり、非初感染初発は発症よりかなり前に感染していたと推測された。なお、両側性病変、鼠径リンパ節腫脹、排尿障害・髄膜炎症状があった症例の割合は初感染初発と非初感染初発で大きな差はなかった。抗ヘルペスウイルス薬治療によるウイルス陰転化までの期間については、初感染初発が8日、非初感染初発が5日であり、初感染初発の方が時間を要することを確認した。母子感染率(新生児ヘルペス発症率)については、初感染初発が約80%、npfが約25%、再発が約0~2%と報告されている1)。 このように、初感染初発と非初感染初発で病態や母子感染のリスクなどが異なるため、それらを把握して適切に治療するためには病変部のウイルス分離と型特異的抗体の測定が必須である。

る。これを海外ではnon-primary first episode(npf)と称している。以前はHSV-1に既感染の場合はHSV-2に感染しない、あるいはHSV-2に既感染であればHSV-1に感染しないといわれていたが、稀にではあるが実際にnpfの症例も確認している。 我々は初診時に病変部からHSV-2が分離されたが、抗HSV-1抗体のみ検出されたnpfの症例を経験した。性器ヘルペスでは、HSVが外陰部だけでなく子宮頸管からも分離されることがあるが、本症例は子宮頸管からのウイルス分離は陰性であった。HSVの型は異なるものの抗体を有しているため、防御的な作用が働いた可能性が考えられる。

性器ヘルペスの初感染初発と非初感染初発の比較

 HSV-2による性器ヘルペスは、HSV-1によるものに比べ再発頻度が高い。また、髄膜炎、仙髄神経根炎(排尿・排便障害)、臀部・下肢の感覚異常、頭痛、日常生活に支障を来す程の倦怠感などの神経症状が現れやすい。 髄膜炎を合併したHSV-2による性器ヘルペス症例では、外陰部の病変は小さいが、強い頭痛、発熱、項部硬直、羞明感などの症状が認められた。これらの症状は抗ヘルペスウイルス薬の点滴静注で早期に改善した。Elsberg症候群を合併したHSV-2による性器ヘルペス症例では、外陰部の病変が改善した後に排尿障害が生じたことから、入院して導尿管理を行った。このように、性器ヘルペスが改善した後も、合併症が生じることがあるため、症状改善後も経過を注意深く観察する必要がある。 先述した自験例の排尿障害・髄膜炎症状の発症頻度をHSVの型別にみると、HSV-2の初感染初発で40%と高率であり、HSV-2による初感染初発の場合は注意が必要である。ただし、非初感染初発でも頻度は少ないが発症することがあり、同様に注意を要する。

HSV-2による神経症状

 最後に、ファムシクロビルの自験例について紹介する。過去に実施した臨床試験において、HSV-1あるいはHSV-2の初感染、npfの症例にファムシクロビル250mg1日3回を投与し、その効果を検討した。1日3回投与のファムシクロビルは、例数が少ないので確定的ではないが、他の経口抗ヘルペスウイルス薬とほぼ同等の治療効果があるという印象であった。

ファムシクロビルの臨床効果

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