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Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College, Available from http://ir.tdc.ac.jp/ Title �MTM Author(s) �, �; �, Journal �, 113(2): 160-170 URL http://hdl.handle.net/10130/3049 Right

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  • Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College,

    Available from http://ir.tdc.ac.jp/

    Title 症例の長期安定を目指したMTM の応用

    Author(s) 藤田, 貴久; 齋藤, 淳

    Journal 歯科学報, 113(2): 160-170

    URL http://hdl.handle.net/10130/3049

    Right

  • 抄録:本報告は,異なる目的のためにMinor toothmovement(MTM)を行った3症例を通して,一般歯科におけるMTMの有効性について考察する。臨床において,う蝕が重度で歯肉縁下に及んでいる,外傷などで歯の破折が生じ破折線が歯槽骨縁まで及んでいる,そして歯周炎に罹患し垂直性骨欠損を有しているなどの症例は日常的に遭遇する。MTMは歯科矯正治療の一分野であるが,一般歯科医であっても適切に症例を選択しMTMを応用することによって,歯周組織を改善させ補綴物・修復物と適切な関係を築くことができる場合も多い。3症例の治療経験から,口腔内環境を改善し長期的な治療成果を目指すために,MTMは有効な治療オプションの1つに成りうると思われた。

    緒 言

    歯周治療に限らず歯科治療全般における最終目標は,患者の健全な口腔機能の維持・回復と,セルフケアしやすい口腔内環境へ導くことである。加えて,これを維持するための患者指導も重要である。プラークリテンションファクターである歯列不正,不適合な補綴物や修復物は改善し,深い歯周ポケットもコントロールできるレベルにまで治療する必要がある。そうして口腔内環境を整えることが,患者の口腔健康を長期間にわたり維持するための要件だと考えられる。そのための治療オプションは現在では多岐にわたるが,1つの手段として Minor Tooth

    Movement(MTM)が挙げられる。MTM と本格矯正治療とを明確に区別することは

    できないが,例えば百瀬の定義1)は,「移動させたい歯(主に1歯)のみを,目的に応じて,比較的短期間で移動し,その他の歯や固定源となる歯をできるだけ動かさない」としている。また栗田2)は,「術者の矯正的能力によって MTM の限界は左右され,文字通り局部的な歯の移動と終末処置によって完了するものと,メジャー矯正とも考えられる本格的な矯正処置によって終末処置の負担を大幅に軽減させることを狙ったもの」としている。このような考え方を踏まえて,著者は MTM を行う症例の基準を技術面も考慮し,「現存の臼歯部咬合関係を極力変化させずに,目的の歯を移動させることが可能な症例」と考えている。

    MTM には,矯正治療の本来の目的と同じように歯列の改善や審美の回復を求めることができる。さらに,MTM は対象歯の歯周環境を改善することも可能とする。具体的な目的として,①生物学的幅径

    (Biological width)の再確立:歯肉縁下までう蝕が進行しているケース,外傷などで歯の破折が生じ,破折線が歯槽骨縁にまで及んでいるようなケースでは,生物学的幅径を再確立してから補綴治療を行うのが望ましい。補綴前処置とも考えられる。②垂直性骨欠損の改善:歯周炎に罹患し,垂直性骨欠損を有する歯の場合,挺出あるいは整直することで骨欠損を改善できる。③補綴の前処置:隣在歯を喪失したまま放置していると,歯の傾斜移動が起こることが多い。このような部位に固定性ブリッジによる補綴治療を考えた場合,咬合時の受圧条件もしくは歯髄保護の観点(抜髄を避ける)から歯軸の改善は有益と思われる。欠損部へインプラント治療を考えた場合にも,適正なスペース確保は必要である。また,

    臨床報告

    症例の長期安定を目指したMTMの応用

    藤田貴久 齋藤 淳

    キーワード:MTM,セルフケア,SPT東京歯科大学歯周病学講座

    (2012年11月16日受付)(2012年12月10日受理)別刷請求先:〒261‐8502 千葉市美浜区真砂1-2-2

    東京歯科大学歯周病学講座 藤田貴久

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  • 大臼歯の歯根をセパレーションした時を含め歯根が近接しているケースでは,補綴物のエマージェンスプロファイルを得るために歯根を離開させることも必要となる。他にも,月星ら3)は④機能と審美の改善,⑤萌出不全歯の萌出などを MTM の目的に挙げている。

    本論文では,長期にわたる安定した口腔内環境の確立を目指し,MTM を行った症例を報告する。

    症 例

    症例1は生物学的幅径を再確立させるための矯正的挺出,症例2は垂直性骨欠損の改善を目的とした矯正的挺出,そして症例3は歯列不正の改善および補綴前処置のための傾斜移動(歯体移動)および歯の回転,をそれぞれ行った。これらの患者には口腔内写真および臨床データの使用について文書で説明し,同意を得た。なお,本論文は「ヘルシンキ宣言」および「臨床研究に関する倫理指針」を遵守し倫理的に行われたものであり,東京歯科大学倫理委員会の承認を得ている(承認番号:377)。

    症例1患者は64歳,女性。�6の歯冠破折を主訴に東京歯

    科大学千葉病院保存科を受診した(図1,2)。同部のう蝕は歯髄に達していた。また�6には不適合なテンポラリークラウンが装着されており,う蝕が歯肉縁下まで及んでいた。その他の部位も補綴物・修復物に2次う蝕を認め,歯肉縁下まで及んでいると思われた。全身既往歴,家族歴に特記事項はなく,これらの原因としてプラークコントロールの不良が考えられた。しかしながら,年齢,プラークコントロールの程度のわりに歯周炎はごく軽度であった。

    治療計画として,まずは原因因子であるプラークコントロールを確立させるためにブラッシング指導,次いでスケーリングと並行し根管治療,う蝕治療を行うことにした。治療は計画通りに遂行し,う蝕が歯髄腔および歯肉縁下まで及んでいた�4,�6,76|,|67は根管治療後に生物学的幅径の再確立が必要と判断した。これを目指すために「矯正的挺出」を選択した。当該歯の近遠心に歯が存在する場合はS字のアンカーを設け(図3),また当該歯が最後臼歯の場合は図4に示す装置を作製し矯正的挺出

    図1 症例1の初診時口腔内写真。歯頚部に多くのう蝕が認められる。

    歯科学報 Vol.113,No.2(2013) 161

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  • を行った。生物学的幅径を再確立し,歯質のマージンが歯肉縁上に設定された時点で補綴治療へ移行した。最終補綴時,歯肉に炎症を認めなかったため,全部鋳造冠のマージンは歯肉縁下0.5mm に設定した4)。

    平成21年3月にすべての補綴治療は終了し,メインテナンスに移行した。現在3ヶ月ごとに来院しており,良好な経過を辿っている(図5,6)。

    症例2患者は62歳,女性。�5の動揺を主訴に来院した。

    同部はX線検査にて根尖に及ぶ骨吸収を認め,動揺度は3度であった。全顎的に歯肉の腫脹,発赤,4~8mm の歯周ポケットを認めた。全身既往歴,家族歴に特記事項はなく,非喫煙者であった。主訴の�5は,歯周基本治療中に抜歯した。歯周基本治療後の再評価で,とくに|45は歯周ポケットが7mm残存しており,X線検査では歯槽骨レベルは根尖1/3~1/4程度,水平性・垂直性混合型骨吸収像を呈していた(図7)。

    |45の治療計画として,歯周組織の改善を目的に再生療法を考慮したが,歯槽骨の欠損形態から期

    図2 初診時X線写真。補綴物・修復物に2次う蝕を認める。

    図3A �6根管治療終了時の口腔内写真。残存歯質は歯肉縁下に存在する。図3B 根管治療終了時のX線写真。図3C 挺出開始時の口腔内写真。|57にS字のアンカーを装着。アンカーには.028,

    フックには.018のラウンドワイヤーを用いている。パワースレッドにて牽引。図3D 挺出開始時のX線写真。図3E 挺出開始1.5ヶ月後の口腔内写真。歯質は歯肉縁上に存在する。図3F 挺出開始1.5ヶ月後のX線写真。根尖の位置が歯冠側に移動しているのがわかる。

    藤田,他:症例を長期安定に導く MTM の応用162

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  • 図4A �7挺出開始時の口腔内写真。図4B 挺出開始時のX線写真。図4C 挺出が終了し,保定中(挺出開始から3ヶ月後)のX線写真。�7周囲の骨も歯冠側に移動している。

    図6 症例1のメインテナンス3年目のX線写真。

    図5 症例1のメインテナンス3年目の口腔内写真。

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  • 待できる歯周組織の再生は限定的であることが予測された。よって,垂直性骨欠損を含んだ歯槽骨レベルおよび歯冠歯根比の改善を目的に矯正的挺出を行うことにした。同部は,矯正的挺出の前処置として根管治療および歯周外科治療を行った。Ramfjordら5-7)は,歯周外科治療後の創傷の治癒は約1~1.5ヶ月と報告しているため,本症例における矯正的挺出は手術から約1ヶ月後に開始した。|3-6にかけてワイヤーを装着し(図8),弱い矯正力にて挺出させた。パワースレッドは2~3週間ごとに交換した。約3ヶ月かけて歯周組織とともに歯を歯冠側に移動させ,目的の位置まで挺出したところで保定に入った。そして挺出により再生しつつある骨組織が成熟し,最終補綴治療に入るまでの約4ヶ月間を保

    定に要した。最終補綴は歯冠歯根比が必ずしも良好ではなく,軽度の動揺が残存したため|456の連結鋳造冠とした。

    本症例は平成19年1月にサポーティブペリオドンタルセラピー(SPT)に移行した。現在2ヶ月ごとに来院しており,SPT 移行から約6年経つが良好な経過を辿っている(図9)。

    症例3患者は65歳,女性。歯周治療を希望して来院した

    (図10)。歯肉の発赤,腫脹は軽度で歯周ポケットは全顎的に3~5mm であった。上顎前歯部はフレアアウトしており,側方運動時の咬合様式は犬歯による誘導を得られず,グループファンクションドオク

    図9A 歯周基本治療後の|45のX線写真。図9B 最終補綴直前の同部のX線写真。垂直性骨欠損を含む骨レベルの改善が

    認められる。図9C SPT6年目の同部のX線写真。Bと比較して歯槽骨レベルは平坦化し,

    安定している。

    図8A |45挺出開始時の口腔内写真。あらかじめ�6をテンポラリークラウンに置き換え,|36にアンカーを設けた。アンカーには.028,フックには.018のラウンドワイヤーを用いている。パワースレッドにて牽引。

    図8B |45挺出開始時のX線写真。

    図7 症例2。歯周基本治療後 の|45のX線 写 真。両隣在歯と比較し骨吸収が著しい。

    藤田,他:症例を長期安定に導く MTM の応用164

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  • ルージョンであった。�2は加齢とともに徐々に唇側傾斜してきたとのことで,動揺が著しかったため3年ほど前に近医にて抜歯したという。そのため�3は近心傾斜しており,動揺のある下顎前歯はスーパーボンドで暫間固定されていた。また�2は捻転しており,歯頚部にくさび状欠損がみられた。X線検査で

    は全顎的に歯根1/2程度の骨吸収を認めた(図11)。治療計画として,歯周基本治療を行い,その後の

    再評価で SPT へ移行するとしていた。しかし,歯周基本治療中に�2が歯頚部で横破折したため,治療計画の変更を余儀なくされた。同部は捻転していたがゆえに歯間スペースが狭く,前装冠による補綴治

    図10 症例3の初診時口腔内写真。�2は抜歯されており,下顎前歯は暫間固定されている。

    図11 症例3の初診時X線写真。

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  • 療が困難と思われた。そこで下顎前歯部を精査し,43|間,31|1間にスペースを認めたため,MTM にて�2部に1歯分のスペースを確保するとともに�2を回転させた後,③2①|①②③ブリッジによる永久固定の計画を立てた。加えて,フレアアウトしている上顎前歯部も MTM にて歯列を改善させ,犬歯誘導の咬合様式を確立する計画を立てた。

    患者へ治療計画を説明したところ,上顎前歯部のMTM には同意を得られず,下顎前歯部に対するMTM のみ行うこととした。

    歯周基本治療後,下顎前歯の歯周ポケットは3mm 以下にコントロールできたため MTM を開始した(図12)。約3ヶ月の期間で計画通りの位置まで下顎前歯を移動させ(図13),保定に入った。保定期

    図13A,B 31|間にオープンコイルを挿入し,�3を遠心移動させる。図13C,D �2の捻転を改善させるため,回転力をかけ始めた。図13E,F 保定直前の口腔内写真。�2部には1歯分のスペースが確保されており,また�2の捻転は改善されている。

    図12 ブラケット装着時の口腔内写真。ブラケットは.018スロット,スタンダードタイプを,ワイヤーは Ni-Ti の.016を用いた。両側臼歯部はアンカーロスを防ぐために結紮線にてエイトタイを施している。エラスティックリガチャーを使用。

    藤田,他:症例を長期安定に導く MTM の応用166

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  • 間中に最終補綴のため31|123は根管治療を行い,保定から約6ヶ月後に最終補綴物を装着し,平成18年5月に SPT へ移行した。

    現在3~4ヶ月ごとに来院しており,SPT 移行から6.5年経つが良好な経過を辿っている(図14,15)。

    結果および考察

    今回,口腔内の健康を長期に安定させることを目的に,MTM で歯周環境を改善させた症例について報告した。症例1は生物学的幅径を再確立させるために矯正的挺出を行った。この目的での矯正的挺出は,MTM の中では比較的容易な手段と思われる。生物学的幅径とは,歯槽骨縁上の結合組織性付着の

    図14 SPT6.5年目の口腔内写真。歯肉に炎症所見は認められない。

    図15 SPT6.5年目のX線写真。

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  • 約1mm と付着上皮による上皮性付着の約1mm を合わせた約2mm の幅,もしくはこれに約1mm の健全な歯肉溝を加えた骨縁上の約3mm の幅のことを指す8,9)。一般歯科医が日常臨床において生物学的幅径を考慮しなければならないのは,深部う蝕(う蝕が歯肉縁下まで及んでいるケース)や歯冠破折が歯槽骨縁に及んだ場合であろう。治療後の補綴・修復物が歯肉縁下深くに挿入されて生物学的幅径を侵しているならば,歯周組織の炎症は惹起され,組織破壊へとつながる8)。よって補綴物と歯周組織の適正な位置関係を築くことは重要である。補綴物の脱離や歯根破折を防ぐ目的で,補綴物のマージンを設定するためには1mm 以上の健全歯質が必要であり,生物学的幅径を含め骨縁上に4mm 以上の健全歯質を確保することが望ましい9,10)。生物学的幅径を再確立する主な方法として,①矯正的挺出,②外科的挺出,③歯冠長延長術が挙げられる3)。この中で歯冠長延長術は,短期間で補綴治療に移行できるという利点がある反面,歯槽骨の削去を伴うため周囲軟組織と不調和をきたしやすいという欠点もある。審美領域である前歯部において,とくに対象が1歯2歯など限局的であれば,より審美障害を招くだろう。また,ルートトランクの短い大臼歯の場合,歯冠長延長術では歯槽骨の削去に伴い根分岐部が露出するリスクがある。これは医原性に根分岐部病変を作り出してしまうことになり,極力避けたい。矯正的挺出は,その方法の特徴として周囲組織

    (歯肉,歯槽骨)も歯と同様に歯冠側に移動する11-13)

    ため,前述のようなリスクを回避できると思われる(図16)。

    このように矯正的挺出後は周囲組織が歯とともに歯冠側へ移動するため,歯肉の歯頚ラインや歯槽骨

    のレベルが不規則になることがある。これが意図したものでない場合,歯周環境を整えるために歯周外科治療(通常,歯肉弁根尖側移動術:Apically Posi-tioned Flap)が必要となる1,3)。また,挺出歯の後戻りを防ぐために挺出後早期に歯周外科治療を行い,付着を再構成することが要求される。しかしながら,患者不安や全身的な問題で全ての症例で外科治療を行えるわけではない。最近では非外科治療にて,この周囲組織の変化に対応する方法も報告されている14,15)。

    症例2は垂直性骨欠損の改善を目的に矯正的挺出を行った。中等度~重度歯周炎によって引き起こされる垂直性骨欠損の治療法として,①再生療法[組織再生誘導法(GTR 法),エナメルマトリックスデリバティブ(EMD),骨移植術],② MTM,③自己再生などが挙げられる3)。3壁性の垂直性骨欠損はもっとも再生が起こりやすく,その中でも深くて狭い骨欠損形態はとくに自己再生しやすい。再生療法は骨欠損の改善と同時に付着の獲得を期待しているのに対して,MTM は骨欠損の改善のみが目的となり,歯根周囲の付着量の変化は期待できない。これはある意味MTMにより垂直性骨欠損の改善をねらう上での欠点かもしれない。再生療法のうち GTR法の適応症は2壁・3壁性の垂直性骨欠損であり,EMD は2壁・3壁性(1壁性)の骨欠損を含め,X線写真上にて深さ4mm 以上,幅2mm 以上,根面と骨壁の角度が25度以下の骨欠損は成績が良好とされている16)。本症例はX線写真上,1壁・2壁性の垂直性骨欠損とみられ,また広く浅い骨吸収タイプの歯槽骨レベルであったので再生療法による骨欠損および骨レベルの改善は難しいと判断した。よって,本症例では垂直性骨欠損および歯槽骨レベルの

    図16A 症例1。�6挺出開始時のX線写真。図16B 挺出終了時。図16C 保定6ヶ月後。根分岐部および根尖部に骨の添加が認められる。

    藤田,他:症例を長期安定に導く MTM の応用168

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  • 改善,歯周補綴を考慮した歯冠歯根比の改善を見据え,矯正的挺出を選択した。

    本症例における矯正的挺出の場合,歯の挺出に伴い歯根膜が歯冠側に移動し,歯根膜の骨誘導により骨が添加されることを期待している。そして矯正的挺出は歯の全周において骨の添加を期待でき,1壁性や囲繞性骨欠損など再生療法では骨欠損の改善が困難と思われる症例に対して有効である3,17)。対象歯やその周囲組織の環境が適応症であれば,垂直性骨欠損に対する予知性の高い治療オプションとして理解しておくべきだろう。

    症例3は歯列不正の改善および補綴前処置のために,MTM として傾斜移動(歯体移動)および歯の回転を行った。本症例は,�2の歯冠破折が MTM を行うきっかけとなった。当該歯は捻転していたため,隣在歯の歯根と近接しており補綴治療を行うには適切なスペースを確保できなかった。その歯の予後を良好なものにするためには,適切な補綴物を装着しなければならないし,何よりセルフケアできる歯周環境を与えなければならない。また,�2を歯周炎によって抜歯した既往と,暫間固定されているにもかかわらず下顎前歯は軽度の動揺があり,患者も不安を抱えていたため同部に対する MTM および補綴治療が受け入れられたと思われる。

    現在,天然歯における理想的な咬合様式は,ミューチャリープロテクテッドオクルージョンもしくはグループファンクションドオクルージョンとされている18,19)。初診時,患者の上顎前歯はフレアアウトを呈しており,側方運動時の咬合様式はグループファンクションドオクルージョンであった。当初,下顎前歯部の MTM による補綴治療に加えて上顎前歯部も MTM を行い,フレアアウトの改善とともにミューチャリープロテクテッドオクルージョンにできればと考えていた。しかしながら,患者が必要以上に手を加えることを拒否したため下顎前歯部のみで対応した。現在の口腔内の経過から考察すれば,当初の計画はオーバートリートメントになりかねなかった。また,無理に咬合様式を変えることのリスクも検討するべきであろう。

    渡辺ら20)は,「MTM というと,一般的に“咬合を変えない”“歯列のアーチはいじらない”ものとして扱われているが,むしろ積極的に MTM によっ

    て歯列不正や咬合関係の改善を行えれば,必要以上の非可逆的な補綴的介入を回避し,より低侵襲な介入で済む」と述べている。本症例はブリッジによる補綴治療が前提にあったため,渡辺らの「非可逆的な介入」を避けることはできなかった。しかしながら,支台歯の5本について可能な限り抜髄処置を避けることができたのなら,Minimal Intervention になったと考える。

    本論文で MTM の有効性について考察したが,重要なことは確実な診断のもと,術者の技量に合わせた症例の選択を行うことである。困難と思われる症例では,歯科矯正専門医の指導の下で行うべきだろう。

    まとめ

    近年,インプラント治療は爆発的に普及し,症例1や2のケースでは歯の保存よりも抜歯,インプラント治療が選択されることも少なくないと思われる。たしかにインプラント治療の成績は向上しており予知性も高まっている。しかし,歯根膜という特異的な機能を備えた組織は天然歯にしか存在しないし,患者にとって歯をなんとかして保存しようと試みる歯科医はどのように映るだろうか。一般歯科医も MTM という治療オプションを持つことによって歯を効果的に保存し,健康で安定した口腔内環境へ導くことができるということを改めて考える必要があると思う。

    文 献1)百瀬 保:MTM チェアーサイドマニュアル,8,146-147,日本歯科評論社,東京,1995.

    2)栗田春海:大人の MTM 子どもの MTM,2-3,医歯薬出版,東京,1986.

    3)月星光博,月星千恵編:Minimal Tooth Movement 一般臨床医のための MTM,12-14,18,42,51-52,クインテッセンス出版,東京,2003.

    4)Newman MG(ed): Restorative interrelationships. Car-ranza’s Clinical Periodontology, 11th ed.610-614, ElsevierSaunders, St. Louis,2012.

    5)Ramfjord SP, Engler WO : A radioautographic study ofhealing following simple gingivectomy. Ⅱ. The connectivetissue. J Periodontol,37:179-189,1966.

    6)Engler WO, Ramfjord SP : Healing following simple gin-givectomy. A tritiated thymidine radioautographic study.Ⅰ. Epithelialization. J Periodontol,41:298-308,1966.

    7)Cutright DE : The proliferation of blood vessels in gin-gival wounds. J Periodontol,40:137-141,1969.

    8)Ingber JS, Rose LF, Coslet JG : The “biologic width”--

    歯科学報 Vol.113,No.2(2013) 169

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  • a concept in periodontics and restorative dentistry. Al-pha Omegan,70:62-65,1977.

    9)Nevins M, Skurow HM : The intracrevicular restorativemargin, the biologic width, and the maintenance of thegingival margin. Int J Periodontics Restrative Dent, 4:30-49,1984.

    10)Wagenberg BD, Eskow RN, Langer B : Exposing ade-quate tooth structure for restorative dentistry. Int J Peri-odontics Restrative Dent, 9:322-331,1989.

    11)長澤伸五:やさしい症例から始められる包括臨床に活かす MTM,12-15,クインテッセンス出版,東京,2007.

    12)月星光博,岡 賢二:歯周治療の科学と臨床 歯周病の治癒と治療のゴールを目指して,51-61,クインテッセンス出版,東京,1992.

    13)Pontoriero R, Celenza F Jr, Ricci G, Carnevale G : Rapidextrusion with fiber resection : a combined orthodontic-periodontic treatment modality. Int J Periodontics Re-strative Dent, 7:30-43,1987.

    14)Carvalho CV, Bauer FP, Romito GA, Pannuti CM, DeMicheli G : Orthodontic extrusion with or without cir-cumferential supracrestal fiberotomy and root planing.Int J Periodontics Restrative Dent,26:87-93,2006.

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    16)特定非営利活動法人 日本歯周病学会:歯周病の検査・診断・治療計画の指針2008,27-28,医歯薬出版,2008.

    17)千葉英史:骨縁下ポケットの診断と治療方針チャート,BASIC Periodontics2(北川原 健編),2-6,医歯薬出版,東京,2002.

    18)羽賀通夫:咬合学入門,61-64,医歯薬出版,東京,1980.

    19)福島俊士,平井俊博,古屋良一:臨床咬合学-診断から治療まで-,51-59,医歯薬出版,東京,1992.

    20)渡辺隆史,徳永哲彦編:歯科医展望別冊 はじめてのMTM,6-19,医歯薬出版,東京,2011.

    Minor Tooth Movement as Modality for Long-term Stabilityof Treatment Outcomes

    Takahisa FUJITA,Atsushi SAITO

    Department of Periodontology, Tokyo Dental College

    Key words : MTM, Self-care, SPT

    This report describes the application of Minor Tooth Movement(MTM)in general dentistry anddiscusses its effects through the treatment of three different cases. In everyday dental practice,casessuch as deep subgingival caries lesions,fractures that extend to the alveolar bone,and periodontal lesionswith angular bony defects are frequently encountered. Although MTM is considered to be a part oforthodontics,an appropriate use of MTM can improve periodontal conditions in such cases and yield afavorable relationship between restorations and periodontal tissue. Through the experience gained bytreating these three cases,it is suggested that MTM can be an effective treatment modality for theimprovement of the oral environment and long-term stability of treatment outcomes.

    (The Shikwa Gakuho,113:160-170,2013)

    藤田,他:症例を長期安定に導く MTM の応用170

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