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Lesson9 part. 1; 上気道の病気 part. 2; 下気道の病気 著 者:とうご小児科(松阪市)院長   藤後 幸博 監 修:札幌医科大学医学部 小児科学講座 教授 前 三重大学大学院医学系研究科 基礎医学系講座 腫瘍病理学 教授 堤  裕幸 白石 泰三

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Page 1: 9 part.1 上気道の病気 Lesson part.2 下気道の病気Lesson9 part.1; 上気道の病気 part.2; 下気道の病気 著 者:とうご小児科(松阪市)院長 藤後 幸博監

Lesson9 part.1; 上気道の病気part.2; 下気道の病気

著 者:とうご小児科(松阪市)院長  藤後 幸博監 修:前 札幌医科大学医学部 小児科学講座 教授

前 三重大学大学院医学系研究科 基礎医学系講座 腫瘍病理学 教授

堤  裕幸白石 泰三

Page 2: 9 part.1 上気道の病気 Lesson part.2 下気道の病気Lesson9 part.1; 上気道の病気 part.2; 下気道の病気 著 者:とうご小児科(松阪市)院長 藤後 幸博監

お母さんたちへ

今から 230 年も昔の江戸時代,オランダ語で書かれた一冊の解剖

学の本「ターヘル・アナトミア」が,杉田玄白という人によって翻

訳され「解体新書」という名で出版されました。

それは,当時の医師たちが,人間の「からだのしくみ」がよくわ

からないことには,人間のからだに起こる様々なできごと(病気も

もちろんそのひとつです)についても正しく理解することができな

いことに気付いたからなのです。以来今日まで,医学部の学生が医

学を学ぶにあたって,まず最初に勉強するのは解剖学なのです。

病気の子どもを看病するお母さんたちにとってもそれは同じことで,

病気を正しく理解するためには, なによりもまず「からだのしくみ」

について,そのおおよそのことだけでも知っておくことが大切であり

必要なことなのです。この小冊子は,そのような目的をかなえていた

だくために書かれた,ちょっぴり本格的な解剖・生理学の本です。

江戸時代の人たちが「ターヘル・アナトミア」という本を,未知

を知る感動と驚きの中で読み解いていったように,お母さんたちに

もこの小冊子を読み解いていただくことができたならば,それは,

この本の完成にたずさわった人たちみんなの喜びでもあります。

2 0 0 8 . 5 著者

かい たい しん しょ

タ ー ヘ ル ア ナ ト ミ ア

お 母 さ ん の た め のか ら だ の し く み

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 私たちが鼻と口から吸った空気の終着駅は肺なのですが,その肺に至る空気の通り

道のことを「気道」といいます。私たちが息を吸ったり吐いたりする(呼吸をする)

とき,空気は,鼻や口と,肺との間を繋ぐ気道の中を行ったり来たりします。鼻と

口が東京とすれば終着駅の博多が肺で,その間を結ぶレールが気道,気道の上を

走りぬける新幹線“のぞみ号”が空気,と言えばおわかりいただけるでしょうか。

 ところで,鼻と口に続くのどのことを咽喉と呼びます。耳鼻咽喉科の咽喉です。

咽は正しくは咽頭で食道に続き,喉は正しくは喉頭で咽頭から途中で分れて気管に

続きます。そして,鼻と口から喉頭までを上気道,気管から気管支を経て肺に至る

経路を下気道と呼びます。さしずめ新大阪は喉頭で,そこまではJR東海,そこを過

ぎると気管→気管支でJR西日本,終着駅の肺に続きます(6ページの図もみてね)。

 今回はこの気道の病気についてお話ししましょう。

 上気道の病気として多いのは鼻とかのどの入り口の病気(鼻炎や咽頭炎=俗に言

うカゼ)ですが,それらはママたちもよく知っている病気ですので省略して,ここでは,

のどの奥(喉頭)の病気,その代表として,急性喉頭炎(クループ)と喉頭蓋炎の

・・

つな

いん こう

いん とう こう とう

いん とう

こう とう がい

・・

・・

part.1; 上気道の病気

JR西日本=下気道 JR東海=上気道

・・

LessonLesson9 part.1; 上気道の病気Lesson9

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気管

吸う息吐く息

■声を出さないとき(呼吸をするとき)■歌ったりしゃべったりするとき

声帯のヒダは閉じています。

声帯のヒダは開いています。

2 つを取りあげてお話しします。下の図の声帯や喉頭蓋にバイ菌がくっつき,その

部分が赤く腫れる(炎症と言います)ことによって起こる病気です。図を見ていた

だければわかりますように,いずれの病気も空気の出入り口のところに起こる病気で

すので,空気が出入りできなくなり呼吸困難を来すこともある注意が必要な病気です。

■急性喉頭炎(クループ)※1 ─オットセイの鳴き声咳にご用心─(Lesson 4,P9~10もみてね)

 お母さんがカラオケで熱唱するとき,歌っている途中で“息継ぎ”といって瞬間

歌うのを止めて息を吸いますね。では,息継ぎなしで歌い続けることは出来るでしょ

うか。答えは「NO」,苦しくなってとても歌い続けられません。なぜでしょうか。

 私たちが歌を歌ったりしゃべったり出来るのは,喉頭に「声帯」という装置がある

からです。声帯は 2 枚のヒダから出来ていて,声を出さないときはヒダは開いてい

ます(普通に呼吸をしている状態です)が,声を出すときはヒダを閉じ肺から出され

る空気(吐く息)でそのヒダを震わせて声を出すのです。当り前のことですが,息

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を吐くことと吸うこととは同時には出来ませんから,声を出す,すなわち息を吐いて

いるときは息は吸えません。だから,声を出し続けようとしても息が吸えないため苦

しくなってしまい,とても歌い続けたり,しゃべり続けたりすることは出来ないのです。

 この「声帯」があるのどの奥の辺り(喉頭の辺り)は,乳幼児では成人にくらべ

体が小さい分,もともと狭くなっています。そのため,ここにバイ菌(主にウイルス)※2

がくっついてその部分が赤く腫れてしまいますと,当然のことながら空気の通りが

悪くなって苦しくなってしまいます。このような状態になった病気のことを,一般に

「急性喉頭炎」とか「クループ」と呼んでいるのです。

 この病気は,今までお話ししてきましたように,のどの奥,声を出す装置(声帯)

の辺りが腫れる病気ですから,多くの場合,その最初の症状は,変な声,かすれ声,オッ

トセイの鳴き声(あるいは犬の遠ぼえ)のような咳,などなど声と関係のある症状

で始まります。さらに腫れが強くなると,もともと狭い声帯のあるあたりがより狭く

なり,その狭くなった空気の通り道を空気が無理やり通ろうとしますので(そうしな

いと空気が吸えなくなって窒息してしまいますものね。),隙間風がヒューヒューと音

をたてるように,ゼーゼーとのどが鳴り始めます。どちらかというと,はじめの内は

このゼーゼーは息を吸うときに認められますが,症状が進むと息を吐くときにも認め

られるようになり,そのままだとやがて空気が通らなくなり呼吸困難を起こしてしま

います。そしてなぜか,このような症状は,夕方から夜間に起こってくることが多い

ようです。ですから,たとえ昼間,かすれ声で病院に行き「かぜ」などと診断されても,

夜間に上記のような症状が出始めたら今一度必ず医師に連絡して下さいね。

 なお,この病気の原因で多いのはウイルスですが,マイコプラズマや細菌※2によっ

て起こることもあり,特に後者では気管支炎(後で詳しくお話しします)などを合

併することもあると言われています。

※1クループは正式には「クループ症候群」といって,のどの奥(喉頭)が狭くなった状態をあらわすさまざまな症状,さまざまな病気の総称です。次のところでお話しする急性喉頭蓋炎も実はこのクループ症候群の一つなのです。

※2ウイルス,マイコプラズマ,細菌は,みんなバイ菌の仲間ですが,その大きな違いは大きさで,細菌はほぼ1/1000mm,ウイルスは細菌のほぼ1/100~1/1000ぐらいの大きさです。マイコプラズマはウイルスと細菌の中間的なバイ菌とも言われてきましたが,最近では,構造は少し違うものの,れっきとした細菌の仲間であると言われています。ウイルスには有効な抗生物質はありませんが,細菌とマイコプラズマにはパーフェクトではないものの各々有効な抗生物質があります。ウイルスについては20ページも見て下さい。

・・ぶん

すき

・・

・・

・・

LessonLesson9 part.1; 上気道の病気Lesson9

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■喉頭蓋炎(こうとうがいえん) ─のどの痛みに要注意─(Lesson 1,P2~4も見てね)

 私たちは,空気を吸ったり,食べ物を食べたり飲んだりします。言うまでもない

ことですが,その後,空気や食べ物はのどを通って,空気は気管に入り気管支を経

て肺(肺胞)に届けられますし,食べ物は食道に入り胃を経て腸に届けられます。

と言うことは,のどの奥には,空気が入る(通る)穴(気管)と食べ物や飲み物が

入る(通る)穴(食道)の2つの穴があいているのです(6ページの図も見てね)。

ではどうして,食べ物や飲み物は,誤って空気の通り道である気管の穴の方に入

ることなく,食道の穴の方に正しく入っていくことができるのでしょうか。もっともこ

れ,万一,食べ物や飲み物が空気の通り道(気管)の方に入ってしまったら大変な

ことで,空気の通り道である気管がふさがれてしまって空気が入らなくなり窒息して

しまいますね。お年寄りがオモチをのどに詰まらせるのは正にこの状態なのです。

 でも安心して下さい。私たちののどの奥,気管の入口のところには「喉頭蓋」と

いう蓋(ふた)が付いていて,口からものを食べたり飲んだりするときには自動的に

パタンと気管の入口に蓋をしてしまうのです。そのため,食べ物は,誤って気管の方

に入ることなく,食道の方へと入っていくのです。空気を吸うときはこの蓋が開いて,

吸った空気は気管の方に入っていくのです。食道の入口にはこのような蓋がありませ

んので,吸った空気は食道の方にも入ってしまいますが,この空気はゲップやオナラ

となって外に出ていきますので問題にはなりません。

 この喉頭蓋にバイ菌がくっついて,そこが赤く腫れる(炎症が起こる)病気が喉

頭蓋炎なのです。この病気には注意しなければならない怖いことが 3 つあります。

その 1 つ目は,そもそも喉頭蓋が気管の入り口にあることです。ですから,ここに

バイ菌がくっついて喉頭蓋が赤く腫れ上がってしまうと,空気の通り道である気管

の入口がふさがれてしまい,息が出来なくなってしまうことがあるからです。2つ目

にこの病気が怖いのは,あれよあれよという間(数時間~ 12 時間以内とも言われ

ています)に窒息してしまうことです。なぜなら,元々,喉頭蓋と気管の間の隙き

間はそんなに広くないため,喉頭蓋が少し腫れただけで気管の入り口がふさがって

しまうからです。3 つ目は,喉頭蓋が少し食道の方にはみ出ているため,この病気

の最初の症状は,ものを飲み込むときに赤くはれた喉頭蓋にものがふれて〝のどが

こうとうがい

・・

・・

・・

・・

・・ ・・・・

ふた

・・

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痛い〟というありふれた症状で始まる,ということです。〝のどが痛い″,このなんでも

ない症状の影に,このような怖い病気がかくれているのです。従って,〝のどが痛い″

ときは,必ず医師の診察を受けましょう。その上で,たとえカゼと言われても,のど

の痛みが刻刻と強くなる時は,今一度そのことを医師に相談してください。夕方や夜

間の場合でも,夜が明けてから病院に行こうなどと絶対に朝まで待ってはいけません。

特に,のどが痛くてダ液(つば)も飲み込みにくくなり始めたらこれはもう大変,大

至急病院に駆け付けて下さい。なお,この病気の原因で多いのがインフルエンザ菌で,

ヒブワクチンはこのバイ菌をターゲットにした予防接種なのです。予防接種をしたから

大丈夫というわけではありませんが,是非受けて下さいね。

・・

・・・・

・・

LessonLesson9 part.1; 上気道の病気Lesson9

声帯

喉頭

咽頭

気管空気が通る穴(空気の通り道)

食べ物が通る穴(食べ物の通り道)食道

喉頭蓋

のどの奥の2つの穴

・・

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 下気道とは気管に始まって気管支を経て肺に至る空気の通り道のことを言います。

気管支炎や肺炎などが下気道の主な病気です。ところで,気管支炎の「気管支」,

肺炎の「肺」,共によく耳にする言葉ですね。ですから,気管支や肺という言葉を聞

いたことがない,というお母さんはまずいないでしょうが,でも,あらためて気管支

とは何ですか,肺とは何ですか,と問われるとみんな困ってしまうのではないでしょ

うか。そこで,気管支炎や肺炎のお話しをする前に,気管支や肺ってそもそもなん

なの…?,ということからお話しを始めましょう。

■気管や気管支や肺の“かたち=形態”について(Lesson 1も見てね) 気管や気管支や肺についてはよく知らないお母さんたちでも,桜の木は知ってい

ますね。実は,桜の木をしっかりとイメージしていただくと,気管や気管支や肺のこ

とがよくわかるのです。満開の桜の木をイメージしながら次をお読み下さい。

 あたりまえのことですが,桜の木は根っこから水を吸いますね。その水はどこに届

けられるのでしょう。そう,それはピンク色をした桜の花の一つ一つに届けられます。

でも,水がいきなり根っこから桜の花に,途中をはしょって,届くことはありませんね。

桜の花に水が届くまでにはそれなりの順路があります。そこで先ず,その順路につ

いてお話ししてみましょう。根っこから吸いあげられた水は,最初に「幹」を通ります。

やがて水は,幹から分かれた左右の太い「枝」に達します。そこから枝は,太い枝

から大きい枝,大きい枝から中ぐらいの枝,中ぐらいの枝から小さい枝,小さい枝か

ら細い枝と先に行くほど細くなりながら,それぞれにどんどん枝を張っ(出し)てい

きます。ですから,木は張りめぐらされた枝で一ぱいになってしまいます。その様子は,

冬になって葉も花も落ちてしまって枝だけになってしまった桜の木をイメージしてくだ

さればすぐおわかりいただけるでしょう。そして,その枝の中を水は通り抜けて行き,

最後に細い枝の先に群がって咲く「桜の花」のその一つ一つに届けられるのです。

 それでは次に人間の場合ですが,鼻と口で吸った空気は最終的には肺に届けられ

ます。でも,やはり桜の木と同じで,いきなり肺には届きません。こちらも,それな

part.2; 下気道の病気

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鼻と口

気管

のど(咽頭・喉頭)

気管支

細気管支

細い枝

● 太い● 大きい● 中ぐらい● 小さい● 細い

根っこ

枝● 太い● 大きい● 中ぐらい● 小さい● 細い

肺胞がいっぱい

桜の花一輪 桜の花がいっぱい

肺胞一つ

空気

りの順路を経て肺に届けられるのです。桜の木の根っこにあたるところが人では鼻と

口です。鼻と口はのど(咽頭,喉頭)に続き,そののどに続く太い管,桜の木で言

えば幹に当たるのが「気管」です。やがて桜の木の幹が左右に太い枝を出すように,

気管も,ちょうど私たちの胸の真中あたりで「気管支」という枝を左右に出します。

その後も桜の木の枝と同じで,最初に出た太い気管支からは大きい気管支,大きい

気管支からは中ぐらいの気管支,中ぐらいの気管支からは小さい気管支,小さい気

管支からは細い気管支と先に行くほど段々に細くなる気管支という枝を,木が枝を

出すように,どんどん張りめぐらしていきます。そして,その一番先の細い枝(細気

管支)の先に,桜の木の細い枝の先に桜の花が群がって咲いているように,「肺胞」

という小さな小さな空気を入れる袋が一ぱい群がっているのです。この肺胞が集っ

たものが肺で,片方の肺だけで肺胞の数は 3 億個もあるのです。そして,鼻と口

で吸われた空気は,このような順路を経て,その肺胞の一つ一つに届けられるのです。

・・ ・・ くだ

LessonLesson9 part.2; 下気道の病気Lesson9

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 満開の桜の木を遠くから眺めると一つの大きなピンクのかたまりに見えますが実は

そうではなく,それは,一つ一つの小さなピンクの花が無数に集ったものですね。

私たちの胸の左右にある肺もそれと同じで,肺は左右の胸にそれぞれ一つづつある

空気が入る大きな袋と思われがちですが実はそうではなく,片方の肺だけで 3 億も

ある小さな小さな空気を入れる袋(肺胞)が集まって出来たものなのです。

 今までお話ししてきましたように,地面から吸われた水を花に届ける通り道が幹や

枝とすれば,口と鼻で吸った空気を肺胞に届けるための通り道が気管であり気管支

なのです。そして,当たり前のことですが,気管や気管支の断面は,その中を空気

が通り抜けていくわけですから,パイプ状(管状)になっているのです。気管支の

病気を考えるとき,この二つ,特に後者はとても大事なポイントなのです。

■肺胞の役割(機能)について 呼吸とは…?(Lesson 3 も見てね) 桜の木の場合は,水は花まで届けられて終り(That’s all)ですが,私たち人間は,

空気というよりはその空気の中に含まれている酸素無くしては生きてはいけません

(それについての詳しい理由はこの後のところでお話しします。)から,空気が肺胞

に届けられてそれで終りとはいきません。そこから,いかにして体内に酸素を取り込

むかということがとても大事なのです。では,どのようにして肺胞に届けられた空気

の中から酸素を体内に取り込むのか,その仕組みから先ずお話ししてみましょう。

 肺胞に届けられた空気,その空気の中に含まれている酸素は,肺胞という袋の壁

を通り抜け,さらに,肺胞の表面に網のようにぴったりと張り付いている細い細い血

管(肺胞壁毛細血管)の壁も通り抜け,その血管の中を流れる血液の中の赤血球に

溶け込むことで体内に取り込まれるのです(10ページ右下の図)。このようにして血

液中の赤血球に取り込まれた酸素は,心臓のドックン,ドックンという動きに合せて,

体中にくまなく張りめぐらされている血管のネットワークの中を,血液(赤血球)と共

に体中を巡り(循環し),私たちの体を作る 60 兆個とも言われるその全ての細胞に

届けられるのです。さしづめ,赤血球は酸素を運ぶ宅配便屋さんというところですね。

 ところで,細胞に届けられた酸素,それはなんのために,そして,どのように使わ

れるのでしょうか。言いかえれば,私たちが生きるために,なぜ酸素が必要なのでしょ

うか。そのことについて次にお話ししてみましょう。

くだ

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肺胞

球の一つ一つが肺胞です。

赤と青が肺胞壁毛細血管を示します。

▲実際はこんな形を しています

細気管支

酸素と炭酸ガスは肺胞と肺胞壁毛細血管の中を流れる血液との間を出入りします。

途中から出る枝ははしょって,一本の気管支だけを描いた図です。

拡大

体内から

体内へ

拡大

一つの肺胞を拡大

気管と主な気管支

LessonLesson9 part.2; 下気道の病気Lesson9

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 私たちの体は,先ほどもお話ししましたように 60 兆個の細胞で出来ていて,そ

の細胞の一つ一つが私たちの生命を維持するために働いてくれています。そして,

それらの細胞が元気に働くためには,当然のことながら働くためのエネルギーが必

要になります。そのエネルギーを作り出すものの一つが「栄養素」で,私たちが食

べた食物が胃や腸で消化・分解された後,腸から腸の周りの血管の中を流れる血液

に取り込まれ(吸収され),酸素と同じように血液によってそれぞれの細胞に運ばれ

ます。そして,それぞれの細胞はその運ばれてきた栄養素を使ってエネルギーを作

り出すのですが,このとき必要になる今一つが,今までお話ししてきた「酸素」な

のです。すなわち,私たちの体を作る 60 兆個の細胞が元気に働いてくれるための

エネルギーは─大まかに言えば─「栄養素と酸素」の協働作業によって作り出される

のです。ご存知のように,脳も肺も心臓も胃も腸も肝臓も腎臓もみんな細胞が集っ

て出来たもの(臓器と言います。)ですから,細胞が元気を維持すればそれら全て

の臓器も元気を維持することになり,臓器それぞれの役割,脳は脳としての,心臓

は心臓としての,肝臓は肝臓としての役割をしっかり果してくれることになります。

その結果,私たちは元気一ぱいに生命を輝かせることが出来るのです。酸素が必要

なわけ,ガッテンしていただけましたでしょうか。

 ただ,このとき,エネルギーが生じるのと共に産業廃棄物のようなかたちで「炭

酸ガス」※1 が細胞内に生じます。生じた炭酸ガスは私たちの体にとって有害である

ため,細胞内から細胞の壁に接する毛細血管の中の血液に排出され,酸素のときと

は逆の順路を通って,心臓のドックン,ドックンという動きに合わせて,血液と一緒

に肺胞の周りの肺胞毛細血管に持ち帰られます。持ち帰られた炭酸ガスは,肺胞毛

細血管から肺胞毛細血管の壁を通り抜け,肺胞の壁も通り抜けて肺胞の中に入り

(10 ページも見てね),酸素のときとは逆に,肺胞から細気管支→小,中,大,太

い気管支→気管,そしてのどを経て鼻と口から吐く息と一緒に外に出ていくのです。

 今までお話ししてきたことを簡単にまとめれば,それは,「酸素を体内に取り込み,

炭酸ガスを体外に出す」ということで,このことを医学の世界では「ガス交換」※2

と言います。そして,肺胞は,このガス交換の場という大変大事な場所なのです。

※1 炭酸ガスのことを医学の世界では二酸化炭素と言いますが,ここではお母さんたちになじみやすい炭酸ガスという言葉を使用しました。又,炭酸ガスは必ずしも有害でないこともあるのです。『捨てる神あれば拾う神あり』で,この炭酸ガスを利用して植物は炭水化物を作ります(光合成)。

※2 ガス交換の詳しいメカニズムは,医学の世界では「拡散」と呼ばれるシステムによって行われますが,とても難しい事ですのでここでは省略させていただきました。

・・

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気管支上皮細胞

筋肉(粘膜筋板)

気管支腺(粘膜下腺)

気管支粘膜

粘膜下組織

基底膜粘膜固有層

軟骨弾性膜

粘膜筋板(平滑筋の層)

気管支腺(粘膜下腺)

拡大

線毛細胞

■気管支の役割について ─空気の通り道だけでなくバイ菌もやっつけます─

 今までお話ししてきましたように,気管支は空気が行き来する道(気道とも言い

ましたね)ですが,それだけではない大事な役割も持っています。前のところで,

気管支の断面はパイプ状になっているとお話ししましたが,この気管支というパイプ

の内側の壁(空気が通る側)には「気管支上皮細胞」という名前の細胞がぐるりと

取り巻いています。そして,気管支上皮細胞は役割の違う 2 種類の細胞からできて

いるのです。一つが粘液(ネバネバした液)を出す細胞(杯細胞)で,今一つが線

毛というヒゲを持つ細胞(線毛細胞)です。この 2 つの細胞,数の上では線毛細胞

が圧倒的に多いのですが,そのいずれの細胞も私たちが生きていくためになくては

ならない大切な働きをしてくれているのです。さらに,ちょっとややこしいのですが,

粘液を出す装置は他にももう一つあり,図の気管支腺(粘膜下腺とも言います)

気管支の内側は気管支上皮細胞という細胞が取り巻いています。詳しくは,粘液を出す杯(さかずき)細胞と,タンを上へ上へと送り出す線毛(繊毛)上皮細胞の2種類の細胞が取り巻いています。さらに,粘液は,もう一か所,気管支腺という所でも造られ,上皮細胞の間にある管から出てきます。

さかずき

LessonLesson9 part.2; 下気道の病気Lesson9

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キャ ス ト

好中球 マクロファージ(大食細胞)

キラーT細胞

NK(ナチュラルキラー)細胞

樹状細胞

T細胞(Ⅰ型ヘルパーT細胞)

抗体産生B細胞(形質細胞)

手裏剣(“抗体”という名の飛び道具)の名手。バイ菌をやっつける抗体を出す

サイトカインという物質を出してどんなバイ菌か情報提供するバイ菌を食べて,同時にバイ菌が侵入してきたことを知らせる

:抗体

侵入してきたウイルスは仲間を増やすために私たちの体の細胞に潜り込みます。それらの潜り込んだウイルスをやっつけるときに登場するのがキラー細胞です(20ページに詳しく書きました)。

※樹状細胞以外は全て白血球の仲間で,免疫担当細胞と言います。じゅじょう

というところにある粘液細胞と漿液細胞からも粘液が出ているのです(15ページで

説明)。気管支上皮細胞はこの気管支腺から出る粘液によって覆われているのです

が,この粘液にもまた,杯細胞からの粘液と共に,とても重要な働きがあるのです。

 それでは次に,杯細胞,気管支腺,線毛細胞について詳しくお話ししてみましょう。

 ①杯細胞から出る粘液は気道の加湿器です。私たちは空気を吸いますが,この空

気には,バイ菌を始め花粉症の原因となるスギ花粉や喘息の原因となるパウダー状

になったダニやホコリなど,外来性異物と呼ばれる色々なものが浮遊しています。こ

れら異物は息を吸うことによって空気と共に気道に侵入しますが,杯細胞から出る粘

液によって気道は湿度 100%のムンムン状態になっていますので,この湿気に絡ま

れて,異物は,主に,大きいもの(花粉)は上気道に,小さいもの(バイ菌)は下気道

に,それぞれ落下(沈着)します。そして,それら気道に沈着した異物と,私たちの

おお

バイ菌のやっつけかた劇 場

から

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体の間に起こるのが炎症(鼻炎・気管支炎・肺炎)で,後で詳しくお話しします。

  ②気管支腺から出る粘液にも大事な役目があります。この粘液の役目の一つは,鼻

と口から吸われた空気と一緒になって気管支に侵入してくる空気中の異物(バイ菌

やホコリなど)をネバネバとからめ取ってしまう役目なのです。それだけではなく,

この粘液の中には,「バイ菌に抵抗する物体(抗体,免疫グロブリン)」がたくさん

含まれていて,単に異物をからめ取るだけでなく,異物中に紛れ混んでいるバイ菌

をこの抗体という物質の働きでやっつけてしまうことも出来るのです。

 一般に,体外から直接体内に入ってくる空気や食べものと出合うところ─空気の

通り道(気道)や食物の通り道(腸)─の粘膜には,空気や食べものと一緒に侵入

してくるバイ菌をやっつけるための仕組みが他のところよりも発達しています。この

仕組みについては Lesson 7 でもお話ししましたが,復習もかねて少しお話しして

みましょう。たとえば,それが気管支の場合ですと,ネバネバ液にからめとられた

バイ菌を,先ず大食細胞や樹状細胞などの食いしんぼう細胞が食べ,その後は前

のページのイラストを見ていただくと分かるようなバイ菌をやっつけるための連鎖反

応(免疫反応と言います)がその場で次々と進み,最後は殺し屋細胞の形質細胞(パ

ワーアップした B 細胞と言ってよいでしょう)という細胞が抗体(免疫グロブリンン)

を作り出し,粘液(ネバネバ液)の中にその抗体を送り出します(“分泌する”と医

学の世界では言います)。分泌されたこの抗体によって,侵入したバイ菌(細胞の

中に潜り込む前のウイルスも含めて。P20 もみてね。)のそのほとんどは,気管支

で悪さをする前に,この抗体を含んだネバネバ液の中でやっつけられてしまうのです。

 ③線毛細胞(ヒゲを持つ細胞)がなぜ必要かといいますと,鼻と口から吸い込ま

れた空気中の異物をネバネバ液がキャッチした後そのままにしておくと,「チリも積

もれば山となる」のたとえ通り,気管支の中はからめ取られた異物だらけとなってし

まいます。そうならないためには,空気の通り道(気道)をきれいにお掃除しない

とヤバイですね。そこで登場してくるのが気管支上皮細胞の一つでヒゲを持った細

胞,正しくは線毛細胞なのです。この線毛細胞によるお掃除の仕方はとても上手く

出来ていて(P16 の図を見て下さい。),それを一口でわかりやすく言えばママた

ちのする“掃き掃除”にちょっと似ているのです。と言ってもこれではなんのことか

よくわかりませんね。そこで次に,このことについてお話ししてみましょう。

花粉の大きさは大体30μm,細菌は大体1μm,ウィルスは細菌の1/100~1/1000です。なお,1μmは1/1000mmです。

・・・ ・ めんえき

じゅじょう

めんえき

LessonLesson9 part.2; 下気道の病気Lesson9

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 線毛細胞のお話しをする前にまず知っておいてほしいことは,「気管支腺」で造ら

れて気管支上皮細胞の表面を覆っている粘液は,詳しくは上下の二つの層から出来

ている,ということです。上の層は②のところでお話ししたように異物をネバネバと

からめ取る粘液で出来ている層ですが,もう一層の下の層の粘液はあまり粘ばっこく

ない粘液で出来ています。そして,この下の層の中に,先ほどからお話ししている

気管支上皮細胞の一つである「線毛細胞」というお掃除担当の線毛(ヒゲ)を持っ

た細胞が,そのヒゲを粘液に浸してズラリと並んでいるのです。気管支腺で作られる

粘液の内,異物をネバネバとからめ取る上の層の粘液は気管支腺の粘液細胞から出

ていてネバネバ度が高く,ヒゲを浸している下の層の粘液は気管支腺の漿液細胞か

ら出ていてネバネバ度が低いためヒゲは自由に粘液の中を動くことが出来るのです。

 そこで本論,線毛細胞の働きについてですが,線毛細胞は下の層の粘液の中にヒ

ゲを出し,そのヒゲに鞭打ちのような運動を繰り返し繰り返し行わさせるのです

(16 ページの図も見て下さい)。この線毛の長さは,ヒゲを一ぱいに伸ばすと上の

粘液の層に少し届く長さになりますので,からめ取られて上の粘液の層の中にある

異物を,線毛細胞はそのヒゲを一ぱいに伸ばして鞭で打つようにヒットさせて口側(の

ど)の方へと掃出してしまうのです。異物をヒットした後,線毛細胞はヒゲを丸めて

上の層の異物には触れないようにして元の位置にヒゲをもどす,というとても巧妙

な動きを全ての線毛細胞でリズミカルに行いますので,異物は一方向──口側(の

ど)の方──にのみ移動させられてしまうのです。すなわち,上の層の粘液にから

め取られた異物は,下の層の粘液の中のヒゲの動きに合わせて,来た方とは逆に,

再びのどの方に向ってバックさせられてしまうのです。そこでこの仕組みを,まるで

異物が粘液のエスカレーターに乗せられているようだ,ということで「粘液線毛エ

スカレーター」と医学の世界では呼んでいます(Lesson 7,P7)。このようにし

て気管支から気管を経てのどへと随時運び出されてくる異物は,通常はほんの少し

の量(この量が多くなったのがタンで,タンについては気管支炎のところでお話し

します。)ですので,のどまで送り返されてきたこれらの異物を,私たちは無意識の

内に飲み込み食道を経て胃や腸で消化してしまいます。このとき飲み込んだ異物や

タンが食道の方に入って再び気管の方には戻っていかない仕組みは気管支炎のと

ころ(19ページ)でもお話ししますが,一旦口に出たものは,飲み込んでもその

・・

・・

・・

・・

・・

むち

はき

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抗体

瞬間,気管の入り口を喉頭蓋(6ページ)がふさぐため気管には入らないのです。

 このように私たちの体には,本来,気管支に入ってきた異物,中でもバイ菌をやっ

つけて取り除く仕組みが備わっているのですが,それでもバイ菌をやっつけ損ねて

気管支炎になったり,気管支でバイ菌を阻止出来ずに肺胞までバイ菌を侵入させて

しまって肺炎を引き起してしまったりすることがあるわけです(17ページで説明)。

それでは次に,仕組みから見た気管支炎や肺炎についてお話しをしてみましょう。

線毛上皮

上の層

下の層

口側

口側

肺胞へ

肺胞へ

異物

線毛を中心に拡大すると…

気管支腺の粘液細胞から出る粘液

気管支腺の漿液細胞から出る粘液

(a)有効打

(b)回復打

線毛細胞

気道

杯細胞

気道

粘液線毛エスカレーターの仕組み〈イメージ〉

LessonLesson9 part.2; 下気道の病気Lesson9

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■気管支炎,細気管支炎,肺炎についてお話しする前に 私たちが鼻と口で吸った空気は,気管,気管支を経て肺胞に届けられます。そのと

き空気と一緒に入ってくる異物,中でもバイ菌は,今までお話ししてきましたように,

空気が気管支を通り肺胞に届くまでの間に,先ず,粘液というネバネバ液にからめ

とられてその液に含まれている免疫グロブリンでやっつけられたり,ネバネバ液にか

らめとられたまま線毛細胞というヒゲ細胞によってのどの方に異物として掃き出され

てしまったり,という気管支そのものが持つディフェンスに阻止されますので,たと

え気管支に侵入しても,そう簡単にはそこで病気を引き起こすことは出来ません。

 それでも私たちが気管支炎や肺炎になってしまうのは,そもそもバイ菌が鼻や口

から侵入したときから始まる様々な私たちの体の防御(今までお話ししてきました

気管支の持つディフェンスなど)がうまく働かない場合で,その原因になりやすい

こととしては,例えば,もともと体力的に劣っている子どもやお年寄り,喘息など

アレルギー的な体質がある人,気温や湿度が低い寒くて乾燥した冬の季節,周りに

タバコを吸う人がいるとか大気汚染などの空気の汚れ,などなどが挙げられます。

そのようなときバイ菌は,私たちの体の防御をかいくぐりやすくなり,私たちは病

気になってしまうのです。

■気管支炎について なぜ咳が出たりゼーゼーいうのでしょうか…?気管支炎は,バイ菌が鼻や咽頭など上気道にくっついて先ずそこで病気(上気道炎=

鼻炎や咽頭炎)を起した後,その場でやっつけられずに生き延びて,吸う息(空気)

に紛れて直接に,あるいは,気道の壁伝いに,気管支に侵入することで起ります。で

すから,鼻水など鼻炎や,のどの痛みなど咽頭炎の症状(俗に言うカゼの症状)が最

初に出現し,その後 数日(3~4日後)して気管支炎が起ることが多いと言われています。

もちろん,鼻炎や咽頭炎で終ってしまう人の方が数の上では圧倒的に多いのですが…。

 ただ,バイ菌が気管支に侵入出来たとしても,今までにもお話ししてきた気管支

そのものに備わっているディフェンスがあるため,そう簡単には気管支に病気を起こ

すことは出来ません。そのためバイ菌は,なんとかこのディフェンスをかいくぐろう

としますし,そうはさせまいとする私たちの体との間で,次にお話しするようなバイ

菌との戦いのドラマがくりひろげられることになるのです。気管支炎の始まりです。

・・

・・

の ど

いんとう

まぎ

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 からだ全体のディフェンスとして熱が出ることがあります。嫌われものの熱ですが,

でも熱は,本来,バイ菌が増えることを抑え,同時に白血球など免疫細胞の働き

(13ページ)を奮い立たせるために出るのですから本当は悪者ではなく味方なのです。

 一方,戦場となったバイ菌に侵入された気管支の中は,バイ菌との戦いで大変です。

前にお話したバイ菌をとっ捕まえてやっつけてしまうネバネバ液もこのときとばかりに

たくさん出て(分泌されて)きますし,また,助っ人として,血液中の白血球などの

免疫細胞もバイ菌をやっつけるべく気管支の周りの血管からその血管の壁をすり抜け

て気管支内に進出(浸潤)してきます。さらに,抗体(免疫グロブリン)を含んだ血

漿と呼ばれる血液中の液体成分も血管から気管支内にバイ菌と戦うべく滲み出てきま

す。このため,気管支の中は粘液や液体がとても多い状態になっているのです。そ

れに加えて,白血球など免疫細胞とバイ菌との戦いで出来た双方の死骸や,バイ菌

によって破壊された気管支の細胞の残骸などで,気管支の中はもうネバネバゴチャゴ

チャ状態になっています。その上,さらに都合の悪いことには,バイ菌との戦いで気

管支上皮の線毛細胞も傷ついたり壊されたりするため,粘液線毛エスカレーターが上

手く働かなくなって,戦いの場で出来たネバネバゴチャゴチャ物を速やかに体外に運

び出せなくなってしまいます。このネバネバゴチャゴチャと溜まった物が「タン」で,

病気が進行してタンがたくさん溜まると気管支というパイプの中の空気の通り道が狭

くなってしまい,その狭くなったところをすり抜けて空気が流れますので,ちょうど隙

間風がヒューヒューという音を立

てるように,ゼーゼーという音が

聴こえたりすることがあります

(喘鳴と言います)。さらにタンが

溜まってしまうと,タンに邪魔さ

れて空気の行き来が極めて悪く

なり,空気が肺胞に届きにくく

なって酸素不足になったり,有害

物質である炭酸ガスを体外に出

すことが出来にくくなったりする

ので苦しくなります。そのため,

気管支(気道)を道路,タンをゴミ,行き来する車を空気とすると,去痰剤の役目はゴミ(タン)を出しやすいように上手にゴミ袋にまとめるというようなところです。でも,実際にゴミ袋を外に出してくれるのはゴミ収集車で咳なのです。ですから,咳止めで咳を止めたらタンは出ません。また,ゴミ袋(タン)などで狭くなった道路(気管支)を拡げて車(空気)の通りをよくするのは気管支拡張剤の役目です。

ぜんめい

つか

ぶんぴつ

しんじゅん

にじ

LessonLesson9 part.2; 下気道の病気Lesson9

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少しでもたくさん空気を吸ったり吐いたりしようとして胸がペコペコするような忙しい

息づかいをするようになります。この状態を呼吸促迫とか呼吸困難と言いますが,こ

うなると単なる気管支炎ではなく,次にお話する細気管支炎や肺炎かも知れませんか

ら必ず医師に連絡して下さい。

 このように少しピンチな状態になることもありますが,それでもバイ菌をやっつけよ

うとする戦いは続き,また,全ての線毛がいっせいにダメになることはありませんので,

元気な線毛が働いて粘液線毛エスカレーターでタンを気管支からのどに向ってせっせ

と運び出します。その途中,空気の通り道(気道)のあちこちにある異物を感知して

は咳を誘発する“咳のセンサー”(Lesson 6)にタンがキャッチされ,咳が出ること

でより効率的にタンはとりのぞかれていきます※。ですから,気管支炎のときの咳は,

タンを出そうとして出る咳ですからタンがらみの咳になり,また,タンを出そうとして

出る咳ですから,嫌な症状ではありますが,止めればいいというものでもないのです。

■気管支炎の治療 タンを出すのは咳の役目ですので,咳止めはかえってタンを貯めてしまいよくな

いと言えます。咳止めを使うよりは,咳をしたときタンを出しやすくする薬(去痰剤)や,

タンなどで狭くなった気管支を少し拡げて空気の通りをよくする薬(気管支拡張剤)

の方が治療の目的に適っています(18ページのイラストも見てね)。

 バイ菌との戦いは,14ページのところでもお話ししたように,やがてバイ菌に抵抗

する物体(抗体)が私たちの体の中にしっかりと出来ることによって,その多くの場

合は,私たち人間の方が勝利してバイ菌はやっつけられてしまいます。また,バイ

菌によって壊された線毛細胞も1週間ほどで回復しますので,それに伴い粘液線毛

エスカレーターの機能も回復し,気管支内のネバネバゴチャゴチャ物(タン)は順

調にのどの方に向って運び出されるようになります。さらに,先ほどもお話ししたよ

※お口の中に吐き出されたタンは,ペッと吐かれることによって体の外に出されてしまいますが,子どもは口の中まで出たタンを飲み込んでしまうこともあります。でも,一旦お口の中に出たタンは,飲み込んでも,6ページのところでお話ししたように,なにかを飲み込むときは気管の入り口にある喉頭蓋という装置が働いて気管の入り口を塞いでしまいますので,気管の方には入れずに食道の方に入り,その後,食道から胃や腸に運ばれてそこで消化されてしまいます。なお,本文でもお話したように,咳はタンを出すためにはなくてはならないものなのですから決して悪者ではないのです。とは言っても,咳が出るということはどこかに異変があるから出ているわけですから,なにはともあれ咳が出たときは早く医療機関を受診して下さいね。

こうとうがい

・・

・・

せわ

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うに,運び出される途中で空気の通り道(気道)のあちこちにある“咳のセンサー”

(Lesson 6)にタンがキャッチされて咳が出て,咳によってタンはより効率的に体

外に出されてしまいます。その結果,5~10日もしますとタンが徐々に少なくなっ

てきますので,タンを出すのが仕事の咳もその役目が無くなって次第に少なくなり,

ほぼ2週間ほどで治ってしまいます。逆に言えば,3週間も咳が続くということは,

気管支炎ではなくてなにか他の病気かも知れませんから注意が必要です。

 気管支炎を起こすバイ菌として多いのはウイルス※というバイ菌(下のコラムも

必ず読んでね。)ですが,他に,細菌やマイコプラズマなどが原因となることもあ

ります。ときには,ウイルスによって先ず気管支炎が起こり,次いで細菌が加わる

というケースもあります。他,ダニなどによるアレルギー(アレルギーによる炎症)

が原因で起こる気管支喘息も気管支炎の仲間と言えます。気管支喘息については

Lesson 8に詳しく書きましたのでご覧になって下さい。

■細気管支炎について─Lesson 8.「ぜんそく」ってなんでしょう…?,も一緒に見て下さい─

 細気管支炎も気管支炎のときと同じように,最

初は,水ばな,くしゃみ,軽い咳,発熱など上気

道炎の症状(カゼのような症状)で始まります。

 細気管支炎の特徴の一つは,細気管支炎を起

こすバイ菌のそのほとんどがウイルスの仲間で,

中でも RS という名前のウイルスによって起こる

※ウイルスは私たちの細胞に潜り込み,私たちの体の仕組みを利用して仲間を増やします。そして,仲間で一ぱいになると,私たちの体の細胞から抜け出て,次々とその周辺の細胞に潜り込み,同じことを繰り返して仲間をどんどん増やしていきます。ところで,13ページの『バイ菌のやっつけ方劇場』についてですが,同じバイ菌でもウイルスの場合は,早早とウイルスが私たちの体の細胞の中に潜り込んでその姿を見せなくなるためやっつけようがありません。でも大丈夫,ウイルスに潜り込まれた細胞は,「ウイルスに潜り込まれて大変なんだ!」と“ストレス”を訴えたり,「ウイルスがどんどん私の中で増えている。ああ,もう昔の私じゃ無くなった!」,などのシグナルを自分の細胞の表面に掲げます。すると,殺し屋細胞のNK細胞(病初期)やキラーT細胞がそれを見つけて,「ウイルスに乗っ取られたな,かわいそうだが周りの細胞に移らないために」と細胞ごと壊してしまいます。NK細胞の場合は直接に,キラーT細胞の場合はシグナルを見たヘルパーT細胞が出すサイトカインによって,それぞれ破壊活動を開始します。いずれの場合でもウイルスは,細胞ごと壊されたり,壊れた細胞から逃げられたとしても最後は『バイ菌のやっつけ方劇場』のやり方でB細胞からの抗体によって全滅させられてしまいます。ウイルスには抗生物質は効きませんが,このようにしてやっつけられてしまうのです。

アールエス

おさま

LessonLesson9 part.2; 下気道の病気Lesson9

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ことが多い(50%以上)ということです。

 今一つの細気管支炎の特徴は,上気道炎の症状が始まってからほんの1~2日と

いう極めて短い間に,特に乳児において,強い喘鳴や呼吸困難など生命にかかわ

る重い症状が出現してくるということです。なぜそういうことが起こるのでしょうか。

考えてみましょう。

 考えられることの一つとしては,Lesson 8,P15のところでもお話ししましたよ

うに,気管や血管など,その中を空気や血液が流れる管が詰った場合,その半径が

1/2になるとその中を流れる空気や血液は2倍ではなく16倍の抵抗を受けるとい

うことです。すなわち,そうでなくても細い細気管支,その上さらに細い赤ちゃん

の細気管支に炎症が起こり,その内腔(空気の通るところ)の粘膜がむくんだりタ

ンがたまったりすれば,より一層空気が流れにくくなり,呼吸困難が起こったり,そ

の狭くなった細気管支の中を空気が無理に流れるためゼロゼロゼーゼーという音

(喘鳴)が生じたりするのです。しかし,ことはそれほど簡単では無くて,RS ウイ

ルスが細気管支に感染することが引き金となって,様々なことが連鎖反応的に起こ

り始め,そのことの方にむしろこの病気の怖い面が隠されているようなのです。

 先ほどコラムのところでお話ししましたように,ウイルスは私たちの体の細胞の中

でしか生きられず,私たちの細胞の仕組を都合よく利用して私たちの細胞の中で仲

間を増やします。仲間で一ぱいになると私たちの体の細胞から細胞の外に飛び出し

ます。このことはRSウイルスでも同じで,RSウイルスが私たちの体の細気管支の

上皮細胞にもぐり込み,その細胞の中で私たちの体のしくみを利用して RS ウイル

スのそっくりさんを一ぱい作り出します(“複製する”と医学の世界では言います)。

もぐり込まれた上皮細胞はやがて破壊され,そこで作られたたくさんの RSウイルス

のそっくりさんが飛び出してくるのですが,そのそっくりさんに混じって複製途中の

言うならば中途半端なウイルスも一緒に放り出されてしまいます。この複製途中のウ

イルスが,RSウイルスにとりつかれたものの,まだ破壊はされてはいない,とは言っ

ても健全でもない上皮細胞にくっつくと,なんと,この健全でない上皮細胞から,

喘息のときにもお話しした(Lesson 8,P11)のと同じようにサイトカイン※という

物質が放出され,このサイトカインの働きかけで,喘息のときにマスト細胞や好酸球

が良くない化学物質を放出して気管支に炎症を引き起こしたのと同じように,ここで

パイプ

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B細胞

その IgEに再びダニがくっつくと…

マスト細胞(肥満細胞)

T細胞(2型ヘルパーT細胞)がダニの侵入をサイトカインという情報伝達物質を出して

知らせる。

ダニの侵入をサイトカインで知ったB細胞がIgEを作る

樹状細胞,大食細胞などが侵入した異物を食べ,そのカケラをかかげます。

T細胞が,大食細胞や樹状細胞がかかげたものをダニと確認

:IgE抗体

ダニ

タン

●収縮して 肥大した 平滑筋

●粘膜浮腫

─悪いやつです─

ヒスタミンロイコトリエンを放出

ダニダニなどのアレルゲンがマスト細胞上のIgE抗体にくっつくと,マスト細胞はヒスタミンやロイコトリエンなどを出します。これらがアレルギー症状を起こし気管支を収縮させたりして,喘息が起こるのです。

ヒスタミンやロイコトリエンの影響で気管支の筋肉が収縮し,粘膜が腫れ,タンがたまって狭くなった気管支の内腔(イメージ)

※サイトカイン:細胞同志が色々な情報を伝え合うときに用いる化学物質のことです。細胞同志もサイトカインを使ってメールしているのです。

は,好中球(好酸球と同じ白血球の仲間)と呼ばれる細胞が細気管支にとって良く

ない化学物質(ヒスタミンやロイコトリエンなど)を放出します。その結果,この物

質によって,細気管支の粘膜が腫れたりタンがたまったりということが起こるのです。

と言うことは,このお話し,どこか喘息が起きるときの仕組みととても似ていますね。

そこで次に,そこのところをもう少し詳しくお話ししてみましょう。

 喘息という病気は,喘息のお話し(Lesson 8)の所でお話ししたように,マスト

細胞の上にのっかっている IgE にダニなどがくっつくことが引き金になってヒスタミ

ンやロイコトリエンのような良くない物質が出現して起こるのですが,先ほどもお話

ししたように,どうやら RS ウイルスが感染した健全でない上皮細胞もマスト細胞と

同じような役目をするらしいのです。すなわち,RS ウイルスにとりつかれた上皮細

胞に,その後,ダニなどがくっつくことによっても,ヒスタミンやロイコトリエンの

IgEがマスト細胞の上にのっかる

喘息の起こるしくみ

LessonLesson9 part.2; 下気道の病気Lesson9

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ような良くない物質が出て喘息と同じようなことが起こるらしいのです。一般に,

RS ウイルスに感染すると,その後,喘息になりやすい,と言われますが,その理

由も実はここにあるのだと思います。また,喘息のお話しのところでリモデリング※1

のお話しをしましたが,重い RS ウイルス感染症にかかると細気管支にこのリモデリ

ングが起こってしまい,このことも,RS ウイルスにかかった子どもが,その後,空

気の通り道の病気になったときに,もともと気道が過敏になっているため,喘鳴(ゼー

ゼーゼロゼロ)などを来しやすくなる原因の一つと考えられています。

 この病気は,生まれたての赤ちゃんなど乳児期の早い時期にかかりやすいため,

この時期の赤ちゃんに接する人は常日頃より手洗いやうがいなどを徹底してするよ

うな心がけが必要です。と言いますのも,年齢の大きい児や大人では同じウイルス

にかかっても軽い症状で済んでしまうことが多いため,その人たちがそうとは知ら

ずにこのウイルスの運び屋となってしまっていることがあるのです。ですから,小

さい赤ちゃんのいる家庭ではこの点くれぐれも注意が必要です。

 なお,予防注射では無いのですが,この病気が重症化しないようにあらかじめし

ておく注射があります。早産の赤ちゃんや生まれつき心臓に病気のある赤ちゃんなど

は受けた方がよい注射ですのでかかりつけの先生に相談してみて下さい。

・ ・・

■細気管支炎の治療 細気管支炎をたちどころに治してしまうというような治療法は残念ながらありませ

んので,その治療は,気管支炎のときと同様,気管支拡張剤やタンを出しやすくす

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LessonLesson9 part.2; 下気道の病気Lesson9

るようなお薬の投与,吸引器によるタンの除去,タンを出しやすくするように体の

向きを変えることなどが基本となります。症状が重くなったとき(例えば,強い喘

鳴や呼吸困難,哺乳力の低下など。)は,その症状に応じて,酸素吸入や点滴での

輸液と気管支拡張剤の投与などなど,時には入院を要しての高度な治療が必要なこ

とも少なからずありますので症状によく気をつけて医師との連絡を密にして下さい。

■肺炎について その前に,肺ってなんだっけ,からお話しを始めましょう。 肺炎をお話しするにあたって「下気道の病気」のところをもう一度読み直してみ

てください。そこのところでは桜の木に喩えながら,私たちが口と鼻から吸った空気

(桜の木では水)は,気管(桜の木では幹),気管支(桜の木では枝)を経て最後

に肺胞(桜の木では花)に到達するというようなお話をしました。また,肺は空気を

入れる一つの大きな袋では無く,片方の肺だけでも 3 億個もあるといわれる小さな

小さな「肺胞」という袋から成り立っている,ということもお話ししました。さらに,

肺胞と肺胞毛細血管との間で行われるガス交換のお話など肺胞の役割についてもお

話ししましたね。それらのことに加えて,肺炎という病気をお話しするにあたって,

ここで今一つ付け加えておきたい大事なこと,それは,ガス交換の場である肺胞の

外側の壁と肺胞毛細血管の壁との間の部分や隣り合う肺胞と肺胞の間,すなわち,

肺胞という袋の周りには膠原繊維※2 や弾性繊維※3 と呼ばれる組織があるということ

です。どうしてこのような組織が必要かと言いますと,膠原繊維は肺胞という袋の形

を外側から維持する(保つ)ために必要であり,弾性繊維は文字通り弾性で,肺胞

が空気の出入りによって膨らんだり萎んだりするために必要だからなのです。そして,

これら肺胞の外側の組織を,肺胞毛細血管も含めて,「間質」と呼びます。

 肺炎は,「肺胞」や「間質」にバイ菌が悪さをして起こる病気のことを言うのです。

※1 リモデリング:気道についた傷が元で空気の流れが悪くなったり,気管支が過敏になって気管支炎が起こりやすくなる現象。※2 膠原の膠は“のり”,原は“もと”。もとの形(原形)を“のり”で固めるようにして保つという意味でしょうか,コラーゲンと

も言います。また,医学の世界では,弾性繊維も含めてこれらの繊維で構成される組織を「結合組織」と呼びます。なお,少し付け加えておきますと,肺胞の内側の壁には,肺胞の内側の細胞から出る表面活性剤(サーファクタント)という物質が層をつくって内側からも肺胞がつぶれないようにしています。この物質は,内側から肺胞の形を維持するのにとても大事な物質なのですが,この物質の製剤化に成功したのは藤原哲郎という日本の方で,それまで,この物質が生まれつき無いために,オギャーと生まれてきても肺胞がうまく開かずに亡くなっていった多くの赤ちゃんの命を,この薬のおかげで救うことが出来るようになりました。

※3 弾性の弾は弾力の弾で,伸び縮みすることが出来る性質を有するということです。

ふく

こうげんせん い だんせいせん い

しぼ

たと

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細菌

新生児期(~生後20日)

B群レンサ球菌腸内細菌リステリア菌など

サイトメガロウイルスなど

生後3週間~3ヵ月

肺炎球菌百日咳菌ブドウ球菌クラミジア・トラコマチスなど

RSウイルスパラインフルエンザウイルスなど

4ヵ月~4歳

肺炎球菌肺炎マイコプラズマインフルエンザ菌結核菌など

RSウイルスライノウイルスパラインフルエンザウイルスインフルエンザウイルスアデノウイルスなど

5歳~15歳 肺炎マイコプラズマ肺炎球菌肺炎クラミジア結核菌など

インフルエンザウイルス

ウイルス

■バイ菌の侵入とそれを防ぐ体のしくみ 肺炎を引き起こすバイ菌(細菌,ウイルス,マイコプラズマ※など)が肺胞に侵

入するその経路としては,多くの場合,空気中に漂うそれらのバイ菌を,息をする(呼

吸する)という私たちが生きていくためには必要不可欠な生命活動(生命の営み)

■肺炎を起こすバイ菌 肺炎の原因の多くはバイ菌(細菌,ウイルス,マイコプラズマ※など)によるも

のですが,年令によって肺炎を起こすバイ菌の種類に少し差があります。でもこれは,

「大まかに言えば」,ということなので,この年令層の肺炎はこのバイ菌,というほ

どの明確な区別があるわけではないことを知っておいて下さい。色々あるので表に

してみました。

いのち いとな

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によって,皮肉にも気管支を経て肺胞の中に招き入れてしまうのです。しかし,私た

ちの体も,そうやすやすと肺胞へのバイ菌の侵入を許すわけではありません。気管

支炎のところでもお話ししましたが,私たちの体には侵入してくるバイ菌を撃退する

システム(防御機構)がありましたね(12~16 ページ)。そのシステムは,大まか

に言えば,気管支という空気の通り道(トンネル)の,その内側の壁をぐるりと取り

囲んでいる気管支上皮細胞や,気管支腺が主に受け持っているのですが,そのシス

テムについて,次の❶,❷,❸に簡単にまとめてみましたので復習してみましょう。

❶気管支上皮細胞や気管支腺から出る粘液(ネバネバ液)によってバイ菌をからめ

取り,その粘液に含まれているバイ菌に抵抗する物体(=抗体,免疫グロブリン)

でバイ菌をやっつけてしまうという仕組み。

❷気管支上皮細胞にはおヒゲを持つ線毛細胞という細胞があり,粘液にからめとら

れてやっつけられたバイ菌などの異物(タン)を,そのおヒゲを使って体の外に

移動させてしまう(粘液線毛エスカレーターと言いましたね)という仕組み。

❸気管支などには異物を感知する咳のセンサーがあり(Lesson 6),そのセンサー

にキャッチされて咳が出て,異物(タン)を体外に出してしまうという仕組み。

 この 3 つの仕組みに加えて,肺胞内には異物(バイ菌やホコリなど)が侵入した

とき,『なんでも食べちゃうぞ』という大食細胞の仲間の「肺胞食細胞(肺胞マクロ

ファージ)」という細胞が最後の砦としてガンバっているのです。この細胞は異物の

除去と共に殺菌能力をも有している勝れものなのです。

 このような様々な防御システムがあるにもかかわらず,それでも,バイ菌に侵入

されてしまって肺炎になってしまうわけですが,これには,繰返しになりますが,先

にお話しした(17ページ)ように,なんらかの原因(年齢:子どもや老人,環境:

寒さや乾燥,体調の不良:例えば,インフルエンザとか癌や心臓病など他の病気

になっている,など)が背景にある場合が多く,そのため,今までお話ししてきた

ような防御の仕組みが働きにくくなりバイ菌が肺胞に侵入するのを許してしまうの

です。

※マイコプラズマは細菌の仲間で,その感染によって肺炎以外にも色々な症状が出ます。蕁麻疹,脳炎,髄膜炎,心筋炎,貧血などさまざまです。これらを一まとめにして,医者言葉でマイコプラズマの「肺外発症」と呼んでいます。肺炎そのものの経過は良好なことが多いと言われていますが,肺外発症のことも考えると,決してあなどれない感染症とも言えます。

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LessonLesson9 part.2; 下気道の病気Lesson9

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■色々な肺炎 ─肺の組織のやられかた(感染)からみた分類─

 「肺炎」と一言で言いましても色々なタイプの肺炎があります。ここでは,その

代表的なものを選んでお話ししてみましょう。

❶気管支肺炎 ─さまざまなバイ菌で起こります─

 今までお話ししてきましたように,肺というのは肺胞がたくさん集ったもので,私

たちが鼻と口で吸った空気は,気管,気管支を経て肺胞に届けられます。バイ菌も

多くの場合はこの空気の流れに乗って肺に侵入してくるのですが,バイ菌の側から言

えば,先程もお話した気管支に備わっている防御システム(仕組み)をかいくぐらな

ければなりません。そのため肺炎とは言うものの実際はこの気管支の防御システムと

の間で一戦を交えた(気管支炎を起こした)後,バイ菌が勝利をおさめたときに気

管支から肺(肺胞)にバイ菌が波及して肺炎になることが多いわけです。ですから,

一口に肺炎と言っても気管支と肺胞の両方に炎症が起こりますから,実際には「気管

支肺炎」ということになります。この肺炎が,肺炎の中では一番多いタイプの肺炎です。

❷大葉性肺炎

 ─肺炎球菌などの細菌やマイコプラズマの感染によって起こります─

 肺胞が桜の花と違うところは,桜の花は一つ一つが独立していますが,肺胞は隣

り合う肺胞と肺胞との間に「肺胞孔」というドアを持っています。バイ菌によっては,

このドアをこじ開けて次々と隣の肺胞に侵入し,肺全体に炎症を広めて,結果とし

て肺の広い範囲に肺炎が起こることがあります。このような肺炎のことを大葉性肺

炎と呼び,肺炎球菌やマイコプラズマ肺炎など細菌性肺炎のときに起こります。ち

なみに,この葉という言葉は,肺の区画をあらわす言葉で,右肺は上葉・中葉・

下葉の3区画に,左肺は上葉・下葉の2つの区画にそれぞれ分かれています。従っ

て大葉性肺炎の場合は,肺の,その大きな区画(葉)の全体に炎症が拡がってし

まうため,症状としては重くなることがあります。マイコプラズマでも起こることが

ありますが,どちらかと言えばその程度(規模)は肺炎球菌などにくらべて軽度です。

はいほう こう

だい よう

だい よう

よう

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❸間質性肺炎 ─ウイルスやマイコプラズマの感染によっても起こります─

 肺胞の外側には「間質」と呼ぶ組織がありましたね(24 ページを見て下さい)。

この間質にバイ菌が悪さをして炎症が起こるのが間質性肺炎と呼ばれる肺炎です。

この肺炎は,俗に言う「膠原病」※(バイ菌によるものではありません)という病気

のときによく起こりますが,バイ菌による肺炎でも─その程度は一般に軽く一時的

ではあるのですが─ウイルス性肺炎やマイコプラズマ肺炎のときにも起こります。

 間質に炎症が起こると,間質は位置的には肺胞と

肺胞毛細血管の間にあるため,9ページのところで

お話しした肺胞でのガス交換(肺胞と肺胞毛細血管

との間での酸素と炭酸ガスの交換)がうまく出来な

くなり,結果的に酸素が不足し炭酸ガスが増えるた

め,ときには生命にかかわることがあったりもしま

す。今回のお話しとは関係ありませんが,先に触れ

た「膠原病」のときなどではその程度が強くなりま

すので注意が必要です。

■肺炎の症状 バイ菌の侵入する経路から考えますと,先ず気管支炎の症状が出現することが多

く,咳,次に喘鳴(ゼロゼロ)などの症状が出現してきます。そして,肺胞や間質

にまで炎症が進むと,本来,空気(その中に含まれている酸素)が入ってなんぼ

の肺胞に空気(酸素)が入らなくなったり(例えば気管支肺炎や大葉性肺炎),せっ

かく肺胞にまで達した空気中の酸素を体内に取り込めなくなったり(例えば間質性

肺炎)するため,私たちの体は酸素不足となり,空気(酸素)を求めてせわしく息

をする(ちょうど金魚が口をパクパクするような,あるいはまた,マラソンを走って

いるときのようなハアーハアーした)状態が出現します。このような状態を,医者

の言葉では,呼吸促迫とか多呼吸,呼吸困難と表現します。もうこうなったら大変

大変,寸時を争う非常事態ですから直に医療機関を受診して下さい。

※膠原病は免疫異常などによって起こる病気ですが,それ自体は診断名ではなく,その中には色々な病変が含まれていて,

肺だけでなく皮膚,腎臓,関節など様々な臓器の結合組織が浸される病気です。おか

・・・ぜんめい

そく はく

あらそ

LessonLesson9 part.2; 下気道の病気Lesson9

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肺炎・その 3つのパターンのレントゲン写真

レントゲン写真1895年,レントゲンによって発見された一種の電磁波でX線とも言います。X線はフィルムを感光させて(黒くして)しまう作用があります。だから体の外側は空気で,X線をスイスイと通しますから黒く写っているのです。本来,肺も空気の入る袋ですから,X線を肺に当ててその後にフィルムを置きますと,X線は肺を通り抜けてしまいますので黒く写ります。心臓や骨はX線が通りにくいので白く写ります。ただ,肺や気管支,間質に障害があると(例えばタンがたまったりすると)X線が通りにくくなるため,その部分が白く写り,それを俗に“陰”があると言っています。すなわち,その部分に異常があることがわかるのです。

①気管支肺炎:向かって右側(左肺)の肺はほぼ正常で,空気をよく通しますので黒く写っています。向かって左側(右肺)の特に下の方に淡く白い陰が多いのは,気管支や肺胞に炎症が起こりネバネバゴチャゴチャ液がそこに貯っているためX線が通りにくくなり,白い陰となって写っているのです。

③間質性肺炎:両方の肺,特に下の部分をよくみると,白い陰がモヤモヤとしています(メロンの表面のように網目になっているとも表現します)。

②大葉性肺炎:向かって左側(右肺)の上の部分(医学の言葉で上葉といいます)の肺胞にネバネバゴチャゴチャ液が貯まってX線を通さないため白くなっています。ほぼ正常な左の肺と比較してみるとよくわかりますね。

うしろ

写真提供:矢原 由佳子 先生

心臓の陰心臓の陰

心臓の陰

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 ところで,咳はどちらかというと軽く考えられがちで,「咳ぐらい」とか「熱が無

いから」とかで咳が出ていても「様子をみてました」などと言うお母さんたちが多

いのですが,あっという間に症状が悪化してくることもあり,熱の出ない肺炎など

というのも結構ありますから「ゴホンと言えばお医者さん」という気持ちで,決し

て咳を軽く見ないで,咳が出始めたら早めに取りあえずは受診してくださいね。

■肺炎の治療 細菌やマイコプラズマには有効な抗生物質があるのですがそれとて決してパー

フェクトなものではありません。また,ウイルスには残念ながら抗生物質は効きま

せん。そして,いずれの肺炎もその初期の症状はよく似ていますし,ウイルス性肺

炎から細菌性肺炎を引き起こしてくることも多いですので,先ほど,症状のときに

もお話しした通り,咳が出たら早く医療機関を受診して医師の指示に従って下さい。

 実際の治療については,気管支炎・細気管支炎のときにお話しした治療が基本と

なります。なお,細菌による肺炎の内,肺炎球菌やインフルエンザ菌※には有効な

ワクチンがありますので接種年齢になったら早目に接種しておきましょう。なぜなら,

細菌性肺炎はウイルス性肺炎にくらべその症状が強いことが多いため,予防出来る

ものは予防しておいたほうが良いからです。

※インフルエンザ菌は,正しくはヘモフィルスインフルエンザ菌b型(略してHib=ヒブ)と言って,主に冬に日本で流行するインフルエンザウイルスとは全く違うバイ菌です。

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LessonLesson9 part.2; 下気道の病気Lesson9

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施設名

● Lesson1~ 9は,弊社「薬剤耐性対策応援ページ」内のホームページ内に掲載しております。http://www.shionogi.co.jp/amr/

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