dnaゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/lab/publications/...概要 dna...

53
DNA ゲル シミュレーションモデル 大学 II ,

Upload: others

Post on 05-Sep-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

修士論文DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデル

九州大学 理学府凝縮系科学専攻 凝縮系基礎論 II

古屋和樹

指導教員 中西 秀, 御手洗菜美子

Page 2: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

概 要

DNAゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまとめた。電気泳動によって特定の長さの DNAを抽出することは、遺伝子の働きを調べたり、同一遺伝子の識別を行う際に今日の研究にはなくてはならないものとなっている。DNAのサンプルをゲル中で電気泳動させると、ある鎖長より短い場合は易動度が鎖の長さに対して反比例するが、ある鎖長を越えると易動度が鎖長に応じて変化しないため、鎖長の長いものは分離できない。このような現象についてミクロなスケールでの理解を深めるための基本的な枠組としてレプテーション (reptation)という概念が誕生し、これを基にして考案された、いくつかのシミュレーションモデルがある。本研究ではこのような DNAのゲル泳動の実験結果を説明する理論的考察についてま

とめ、またシミュレーションモデルの中の主な3つのモデル、可変ボンド長モデル (bond

fluctuation model)、ケ-ジモデル (cage model)、レプトンモデル (repton model)について、その性質や利点、問題点等について詳しく調べた。また、特にその中のモデルの1つであるケ-ジモデルに関してはシミュレーションを行い、モデルの振舞や、電場を掛けたときのドリフト速度の変化等について既に得られている結果を再現した。

Page 3: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

目 次

第 1章 序 3

第 2章 電気泳動について 5

2.1 電気泳動の基礎知識 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5

2.2 電気泳動法の種類 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6

2.3 ゲル電気泳動 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7

2.4 実験結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8

2.4.1 電場と易動度との関係 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9

2.4.2 鎖長と易動度との関係 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9

2.4.3 分子スケールでのDNAの振舞 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9

第 3章 高分子について 12

3.1 鎖状高分子の特徴 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12

3.2 DNAの説明 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14

3.3 希薄溶液中の高分子の振舞 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 15

3.3.1 ランダムウォークの模型 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 15

3.3.2 ガウス (Gauss)鎖 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 17

3.3.3 Rouseの理論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 18

第 4章 レプテーションモデル (reptation model) 21

4.1 レプテーションモデルの概説 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 21

4.2 レプテーションモデル . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 21

4.2.1 レプテーションによる全易動度の計算 . . . . . . . . . . . . . . . . 23

第 5章 3つの格子モデル 26

5.1 ケ-ジモデル (cage model) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 26

5.1.1 モデルの説明 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 26

5.1.2 モデルの特徴 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 27

5.1.3 モデルを使った研究 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 28

5.2 レプトンモデル (repton model) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 29

5.2.1 モデルの説明 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 29

5.2.2 モデルの特徴 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 30

5.2.3 モデルによる研究成果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 31

5.3 可変ボンド長モデル (BFM, bond fluctuation model) . . . . . . . . . . . . . 32

1

Page 4: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

5.3.1 モデルの説明 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 32

5.3.2 モデルの特徴 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 33

5.3.3 モデルによる研究成果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 34

5.4 格子モデル上と実際の電場の対応 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 34

5.5 その他のゲル泳動についてのモデル . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 35

第 6章 ケ-ジモデル のシミュレーション 36

6.1 2次元でのシミュレーション . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 36

6.1.1 プログラムのアルゴリズム . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 36

6.1.2 時間発展の様子 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 37

6.1.3 重心の動き . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 37

6.1.4 ドリフト速度の分布 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 39

6.1.5 電場-ドリフト速度の関係 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 41

6.2 3次元でのシミュレーション . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 41

6.2.1 時間発展の様子 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 42

6.2.2 重心の動き . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 43

6.2.3 ドリフト速度の分布 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 44

6.2.4 電場-ドリフト速度の関係 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 44

第 7章 まとめと考察 46

2

Page 5: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

第1章 序

近頃、「遺伝子組み変え食品」や「DNA鑑定」、「ヒトゲノム計画」等、DNAに関する言葉がしばしばテレビ等のメディアを通して耳にすることが多くなった。多くの人がDNA

という言葉を聞いた時、程度の差はあれ、大方、生物の形や特徴を親から子へ受け継ぐ際に伝えられる遺伝情報に関わるものであることは理解しているであろう。

1952年、A. D. ハーシー等による実験によりDNAが遺伝物質であることが証明されて以来、遺伝子やDNAについて数々の研究が行われ、多くの研究成果を産み出した。1997

年にクローン羊、2002年にヒトゲノムの全塩基配列の解析完了のニュースが流れていたことは記憶に新しい。そしてハーシーの実験から半世紀経った今、バイオテクノロジー (遺伝子工学)という分野にDNA 及びそれに関するものはもはやなくてはならないものとなっている。バイオテクノロジーが醸造、発酵から再生医学や創薬、農産物の品種改良等、農学・薬学・医学・歯学・理学・獣医学・工学と多分野に渡り密接に関わっていることから、DNAがいかにこれからの産業界に重要なものか理解できるであろう。DNAはもはや、個人、個々の生物の遺伝情報だけでなく、21世紀の産業の発展を担う鍵とまで言われる、全世界が注目している物質である。このようなDNAという物質を解析するにあたって、特定のDNAを分離・抽出することは必要不可欠である。DNAは高分子物質であるが、DNAの分子鎖の長さ (鎖長)に応じて分離する際に主に用いられる手法として、ゲルを用いて行う電気泳動が挙げられる。これは、DNAが核酸から成り、一様に負に帯電している性質をうまく利用した方法である。ゲルやろ紙などを使わない電気泳動のことを「無担体電気泳動」と呼ぶ。無担体電気泳動ではDNA鎖はどの鎖長に対しても移動する度合 (易動度)が等しく、異なる鎖長を含むDNAサンプルに定電圧を掛けても同じ速度で動くため、鎖長に応じて分離することはできない。一方、ゲルを担体としてDNAサンプルの分離を行う電気泳動では、サンプルに含まれる

DNA鎖の鎖長によって易動度が異なるために、一定の電圧を掛けて電気泳動を行った後、電圧の正極に近い方により鎖長の短いもの、負極に近い方により鎖長の長いものがゲル中に残る。このことを「分子ふるい効果」と呼ぶ。しかし鎖長Lがある臨界長さLc ∼ 2000bp(bp:ベースペア、長さの単位)を越えるとドリフト速度が鎖長に依存しなくなり、一定電圧下のゲル電気泳動では分離出来ないことが実験によって確かめられている。このような現象についてミクロなスケールでの振舞にヒントを与えたのが de Gennes[9]

のレプテーションモデルである。彼の提案したモデルでは、ゲル中に高分子鎖が含まれていると、ブラウン運動によって鎖はゲル中をミミズの様に動くと考えた。これによっていくつかの実験結果に説明を与えることが出来たため、この考えを基にしていくつかのシミュ

3

Page 6: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

レーションモデルが誕生した。シミュレーションモデルについては様々なものが考案されたが、現在主流となっているものとして 3つのモデルが挙げられる。可変ボンド長モデル (bond fluctuation model)、ケ-ジモデル (cage model)、レプトンモデル (repton model)がそれである。これらのモデルによるシミュレーション結果により、レプテーションモデルでは説明しきれなかった部分を解明できた一方で、実験結果と一致しないところも見られた。本論文ではこのようなDNAゲル電気泳動についての背景や実験結果、レプテーションモ

デルやそれから派生したモデルについての利点、性質、適応範囲、問題点について詳しく分析・調査した結果をレビューする。さらに、ケ-ジモデルについては実際にシミュレーションを行い、そのモデルについてのDNA高分子の動きや、参考論文 [18]にあった電場-

ドリフト速度のグラフとの比較についても述べる。本論文の構成は、以下のようになる。第2章では電気泳動についての原理や種類、またその中の 1つであるゲル電気泳動についての特徴や DNAサンプルを使った実験を紹介する。第3章では、主に鎖状高分子の特徴や統計的な性質について、数式を用いながら理論的な説明を行う。またDNAについても詳しく説明する。第4章では、de Gennes[9]によるレプテーションという概念について、またレプテーションでの易動度について詳しく説明する。第5章では、レプテーションモデルからゲル電気泳動に用いられる3つの格子モデルについて、特徴やそれによって実験結果が理解されたことなどをまとめた。第6章では、格子モデルの中の1つを実際にシミュレーションし、論文の追実験を行った研究結果について述べる。最後に第7章では、DNAのゲル電気泳動の現象やそれを説明するレプテーションや格子モデルについてまとめた。

4

Page 7: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

第2章 電気泳動について

電気泳動はもともとコロイド粒子が電場中を移動することによって発見された現象であるが、現在では試料を分離・解析する手段として利用されている。ここでは電気泳動について、その種類や原理を説明する。また、本論文で取り扱うゲル電気泳動について、その詳細と実験結果についても説明する。

2.1 電気泳動の基礎知識電気泳動(electrophoresis)とは、荷電粒子や分子が電場中を移動する現象である。電気泳動現象は、1807年にロシアの物理学者Reussによって最初に発見された [33]。彼

の実験によると、湿った粘土の塊の上に2本のガラス管を立ててそれぞれに水を満たした後に直流電流を流すと、陽極側のガラス管内を粘土粒子が電極に向かって上昇し (電気泳動)、陰極側では水位が上昇した (電気浸透)。これは負に帯電している個々のコロイド粒子が移動したためである。

図 2.1: Reussの実験の様子。陽極側では負に帯電した粘土粒子が上昇し、陰極側では水位が上昇した。この水位差により易動度が計算できる。

この実験でガラス管の側面に物差しを付けておけば界面の移動距離または移動速度が測定できる。もちろん加わる電圧が大きければ移動速度は大きくなる。このため易動度(mobility)

という言葉で種々のコロイド粒子の移動速度を比較する。易動度とは単位電場における移動速度のことをいう。時刻 tの間に境界面が dだけ移動したとすると易動度 µは電場Eの下では

µ =d

tE

である。

5

Page 8: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

この現象を用いた電気泳動法は、今日では様々な物質を分離する手法として確立された。Reussの実験は、その後 Tiselius等 [33]によりタンパク質の易動度を調べる方法として改良された。これは水溶液を用いる「無担体電気泳動」[33]であったが、第2次大戦後、ろ紙やデンプンゲルなどの担体を用いた電気泳動が発展した。ろ紙電気泳動 [33](現在は主としてセルロースアセテート膜 [36]を使う)は臨床検査で血清蛋白質を分析する方法として用いられている。一方ゲルとしては、その後アガロース [37]がよく用いられるようになり、現在でもDNA断片の分離・分析に用いられる。また 1960年代にポリアクリルアミドゲル[33]が開発され、これは蛋白質の分析やDNAの塩基配列決定に用いられる。ポリアクリルアミドゲルを用いた蛋白質分析法の一種として等電点電気泳動 [33]や二次元電気泳動 [33]

がある。最近では無担体電気泳動であるキャピラリー電気泳動 [33]が自動塩基配列決定に用いられている。

2.2 電気泳動法の種類電気泳動法の種類には、次のようなものがある。第1カテゴリは用いる担体について、第2、第3カテゴリは主にその手法によって分類した。

• ろ紙電気泳動法 (主にセルロースアセテート膜を用いる)

• ゲル電気泳動法

– アガロースゲル電気泳動法

– ポリアクリルアミドゲル電気泳動法

∗ SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動法

∗ パルスフィールド電気泳動法∗ 2次元電気泳動法

• 無担体電気泳動法

– 等電点電気泳動法

– キャピラリー電気泳動法

これらの他にも、免疫電気泳動法、親和電気泳動法、細胞・パーティクル電気泳動法等がある。また、電気泳動法はその分離の原理により

ゾーン電気泳動法 :易動度の異なる試料を別々のゾーンとして互いに分離する手法

等速電気泳動法 :試料よりも速い易動度、遅い易動度を持つイオンをそれぞれ用意し、等速度で泳動させることにより分離する手法

6

Page 9: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

等電点電気泳動法 :溶液やゲル中に、通電によって安定な pH勾配を形成させ、試料とその等電点に対応する pH層まで泳動させることにより分離する手法

の3種に大別され、用いる媒質の基本的性質からは、

• 親和性など試料成分との相互作用のない媒質

• 相互作用のある物質

の2種に分けられる。

2.3 ゲル電気泳動ゲル電気泳動(gel-electrophoresis)はアガロースゲル等を担体 (支持体)として用いるゾー

ン電気泳動であり、1894年に寒天ゲルを用いて初めて行われた [33]。この泳動法の特徴は、それまで分離することの出来なかった多くの複雑な蛋白混合物や

DNA断片に対して、非常に優れた分離能を示すことである。また、この泳動法を応用したSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動法、2次元電気泳動法により、DNAの塩基配列決定にも有効な手法である。本論文で取り扱うDNAサンプルを分離するにあたって、現在では主にアガロースゲル

(AG)、ポリアクリルアミドゲル (PAG)が用いられる。AG及びPAG電気泳動法の特徴は、

1. 高分子サンプルの吸着がほとんどない

2. 光学的にゲルの透明度が高い

3. 化学的に不活性である

など電気泳動の担体ゲルとして優れた特性を持つ。ゲル電気泳動の優れた分離能は、ゲルの持つ分子ふるい効果によるものである。ゲルは高分子によって架橋された3次元的な網目構造を形成する。帯電した巨大分子がこの中を通過するとき、分子はその大きさや形によって、選択的に異なった妨害を受けることになる。このときゲルは分子の移動に対する障害物として作用するだけでなく、分子の大きさなどによって、それをふるい分けるいわゆる分子ふるい(molecular sieve)の役目を果たす。実験の方法の詳細については以下のようになる。図 2.2はゲル電気泳動の概念図である。ここではアガロースゲル電気泳動の実験方法 [33, 50, 51]で説明する。初めに、担体となるゲルを作製する。ゲルは図 2.2(a)のように、櫛形にくぼみをつけて

固めるか、(b)のように穴を掘った形でゲル化させてもよい。ゲルは主にゲルの成分となるアガロースと、pH勾配を出来るだけ一定に保つための緩衝液を混合させて作製する。緩衝液はトリスヒドロキシメチルアミノメタン (Tris)、酢酸、エチレンジアミン四酢酸 (EDTA)

からなるTAE緩衝液、TAE緩衝液の酢酸をホウ酸に置き換えたTBE緩衝液の2種類が用いられる。いずれの場合も pHは 8.1~8.3程度である。

7

Page 10: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

(a)(a)

+-

(b)

+- +- +- +-

(b)

図 2.2: ゲル電気泳動法。(a)2枚のガラス平板の間隙に図のような切り込みを持つゲルを形成させ、くぼみの部分 (ウェル)に試料を注入する。(b)水平に置いたゲルの図のようなくぼみに試料を注入する。くぼみの深さはゲルの厚みより小さい。

次にゲルを泳動槽に装着する。緩衝溶液中ではDNAは一様に負に帯電しているため、マイナスの電極からプラスの電極へと移動する。従ってサンプルはマイナスの電極に近い方に注入する。その後、定電圧をかけて電気泳動を行う。通常は電源の定電圧を 50~200V にセットする。染色液で色づけしたサンプルの位置を見ながら、30~120分後を目処に泳動を終了する。このようにして得られたDNAの泳動パターンの例を図 2.3に示す。図はイチョウの葉から抽出したDNAのアガロースゲル電気泳動を写真に撮ったものである。左右のバンドは分子量マーカーという、あらかじめ鎖長の分かっている高分子を電気泳動させたものである。これと比較して、サンプル内にどのくらいの鎖長の DNA 鎖が含まれているかおおよそ知ることができる。

2.4 実験結果本節ではDNAゲル電気泳動の実際に行われた実験結果 [52,54]を掲載し、どのような性質があるかを簡単に述べる。

8

Page 11: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

図 2.3: イチョウの葉から抽出したDNAサンプルをアガロースゲル電気泳動によって分離させた実験の様子。DNA鎖はゲルの上端から下方向に移動した。左端、右端のバンドは分子量マーカーである。(引用:文献 [53])

2.4.1 電場と易動度との関係

図 2.4は DNA高分子が電場の強さを変えたときの易動度の変化の様子を表している。DNAの動きを示すマーカーが一定の速度で動くとき、この速度をドリフト速度と呼ぶ。ドリフト速度を電場の強さで割ったものを易動度という。図の縦軸は易動度、横軸は電場の強さにとり、両対数グラフにプロットしたものである。グラフの左上の数字はゲル濃度を表しており、また様々な鎖長での実験結果を載せている。図より、ゲルの濃度に関わらず、短鎖長では電場E~1 (V/cm)より低い領域でµ~E0と

振舞うことが分かる。また、48.5kbp(長さの単位、3.2節を参照)もの長鎖長ではどのゲル濃度でもµ~E1のように振舞う部分があり、ゲルの濃度が低い場合にはE = 0.1~0.3(V/cm)

の範囲内で µ~E0と、短鎖長と同じ振舞を示す領域があることが分かる。

2.4.2 鎖長と易動度との関係

図 2.5は DNAサンプルに含まれる鎖長の長さに対する易動度の変化の様子を表している。図の縦軸は易動度、横軸はDNA鎖の長さにとり、両対数グラフにプロットしたものであり、様々な電場下での実験結果を載せている。また、グラフの右上の数字はゲル濃度を表している。図より、ゲルの濃度に関わらず、同じ鎖長では電場のより大きな方が易動度が高いことが分かる。またゲル濃度が 0.5%以外では、ある程度電場を高くすると易動度が鎖長によって変化しないことが分かる。この領域のことを、プラトー易動度の領域と呼ぶ。48.5kbp以上の鎖長での実験はこの図にはないが、プラトー易動度となる電場より大きな電場で電気泳動を行った場合には、易動度は鎖長にほとんど依存しないことが確かめられている。

2.4.3 分子スケールでのDNAの振舞

前節、前々節の実験とは別の視点から、DNAのゲル泳動の様子を調べた実験がある。図2.6はゲルの中にあるDNA鎖 (長さ 160kbp)に垂直に定電場をかけたときのDNAの動きを顕微鏡で捉えたスナップショットである。初めA~Cまではあまり変化が見られないが、D

では電場の方向にDNA鎖の一部が4箇所ほど伸びてきているのが分かる。EではDで一番短く突き出た部分が消え、3本がはっきりと見える。F~Hでは中心、左端の突出部が徐々に短くなり、代わりに右の部分が電場の方向へ進むことが分かる。この結果から、ゲル中のDNA鎖は最終的により長く突き出た部分から電場方向に移動することが理解できる。

9

Page 12: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

図 2.4: DNAをサンプルに用いたゲル電気泳動実験での易動度と電場の関係図。左上から順に、ゲルの濃度を徐々に高くしている (引用:文献 [52],p6-7)

10

Page 13: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

図 2.5: DNAサンプルを用いたゲル電気泳動実験での易動度と鎖長の関係図。左上から順に、ゲルの濃度を徐々に高くしている (引用:文献 [52],p4-5)

図 2.6: 160kbp(キロベースペア、DNAの長さの単位)のDNA鎖に垂直に電場をかけたときの時間発展の様子 [54]。右下の数字は経過時間 (秒)。左上の棒の長さは1 µm。

11

Page 14: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

第3章 高分子について

本論文ではゲル泳動のサンプルとして DNAを取り扱うわけであるが、その結果を解析するにあたって分子レベルのミクロなスケールでの理解が必要となってくる。ここでは一般的な高分子についての動的性質についての理論的見解と、DNA についての詳細を説明する。

3.1 鎖状高分子の特徴高分子とは、1種類あるいは何種類かの低分子が共有結合によって、鎖状に結合してできた巨大な分子をいう。たとえば、ポリエチレン (CH3− (CH2)N −CH3)はエチレン (CH2 =

CH2)という低分子が重合反応によって鎖のように繋がってできた巨大分子である。また、じゃがいも等のデンプンは分子式 (C6H10O5)N からなる巨大な天然高分子である。このような物質はプラスチック、ゴムなどの材料として、また生体を構成する材料として、われわれの身近にたくさん存在する。多くの合成高分子はある原子団の繰り返しからなり、(−A − A − A−)のような構造を

持っている。この繰り返しの単位を構造単位(あるいはモノマー単位といい、繰り返しの数のことを重合度という。通常、高分子は重合度が 100以上のものであるが、重合度が 105以上の高分子をつくることも可能であるし、天然の高分子には重合度が 109を越えるものもある。そのような巨大な分子からなる物質は通常の低分子物質とは違うたくさんの特徴を持っている。本論文ではDNAを鎖状高分子として扱うため、ここでは、単一高分子鎖の統計的な性質について説明する。高分子は分子内部の自由度のためにたくさんの配位を取ることができる。まず、高分子鎖を原子・分子間の相互作用といった、ミクロなスケールで議論することにする。簡単な例として、ポリエチレンのような合成高分子鎖を考えよう。図 3.1に示すように、鎖のバックボーンの−C − C − C−結合は、曲げとねじれの相互

作用のために特定の配位を好む傾向にある。このような特定の配位を好む傾向は、バックボーンの炭素原子間の化学結合に寄与する価電子の分布のもつ異方性と、バックボーンの炭素原子に結合した原子団の立体的な障害とによって決まり、トランス(trans)とゴーシュ(gauche)という2種の安定配位が存在する。トランス配位はゴーシュ配位に比べてエネルギー的に安定であるため、低温ではバックボーンの配位はトランス配位をとる傾向にある。トランス配位においては、バックボーンを形成する炭素原子は一定の平面内でジグザグの配位をとり、全体としてはバックボーンは一定の方向に直線的に伸びる。一方、ゴーシュ

12

Page 15: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

配位はトランス配位よりもエネルギーが高く、低温ではトランス配位の連鎖の所々に現れ、トランス配位の作る直線上のバックボーンの方向性を崩す働きをもつ。したがって、バックボーンの配位がすべてトランス (all trans 状態)であれば、図 3.2(a)のように鎖は直線的な配位をとり、連続するボンドの間には強い方向相関が存在することになるが、所々にゴーシュが入ると、図 3.2(b)のようにボンド間の方向相関が失われる。一般に、鎖に沿ってある一定距離 (一定の原子数)lpだけ進んだときに、平均としてボンドの方向相関が失われるとき、この lpを保持長(persistence length)と呼ぶ。

図 3.1: バックボーンを形成する炭素原子の (a)トランス配位と (b)ゴーシュ配位。小さな球は水素原子、大きな球は炭素原子を表している。

図 3.2: バックボーンを形成する炭素原子間のボンドの方向相関。(a)すべてがトランス配位の結合と (b)ゴーシュ配位が混合する場合。黒く塗りつぶした原子がゴーシュ配位をとる炭素原子であり、矢印はトランス配位の連鎖の部分の鎖の方向を示す。

保持長について、統計物理的な視点から考える。lpは鎖に沿った方向についての相関関数と密接に関わっている。図 3.3のように、e(x)が鎖に沿って測られる位置 xに対しての単位接線ベクトルを考えると、相関関数 C(x, y) = 〈e(x) · e(y)〉を定義することができる。ここで 〈〉は多くの異なる形態をとる高分子のコピーを用いた、アンサンブル平均を表している。この平均操作は時間平均として置き換えることができ、ゆえに実験的に同じ高分子を長時間測定することで得られる。非常に長い同一高分子に対しては相関は距離 |x− y|の一変数関数であり、相関関数は距離に対して指数関数的に減少する。

C(|x − y|) = 〈e(x) · e(y)〉 ∝ exp(−|x − y|/lp) (3.1)

鎖の形状についての平衡状態では、保持長は kBT のオーダーの揺らぎによってどれだけの長さで完全に曲げられるか (すなわち、円のように)を表す。これによって高分子の柔軟さ

13

Page 16: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

を測定することができる。例えば、高分子が細い針金のように自由に曲げることのできる単純なモデルを考える。高分子を曲率 1/Rで曲げるために必要な単位長さの仕事は

F

l=

B

R2(3.2)

となる。ここでBは曲げ係数と呼ばれる。また lは考えている鎖に沿った長さである。従って揺らぎ F ∼ kBT によって長さ lpが円状に (R ∼ l)曲げられ、

lp ∼B

kBT(3.3)

となる。これは曲げ係数Bと保持長 lpとの関係を示す。

)(ser

)( sse ∆+r

)(ser

)( sse ∆+r

図 3.3: 鎖に沿った単位接線ベクトルを表す図。相関関数は曲線間距離で∆s離れた所の接線との角度 θ の cos θ の平均を測ることによって得られる。(引用:文献 [55])

3.2 DNAの説明次に本論文中で取り扱うDNAという鎖状高分子について簡単に説明する。DNAとはデオキシリボ核酸 (Deoxyribo nucleric acid)の略称であり、核酸の一種である。高分子生体物質で、地球上のほとんど全ての遺伝情報を担う物質である。

DNAはデオキシリボース (糖)とリン酸、塩基から構成される。塩基はアデニン、グアニン、シトシン、チミンの4種類あり、それぞれA、G、C、Tと略す。デオキシリボースと塩基が結合したものをデオキシヌクレオシド、このヌクレオシドのデオキシリボースがリン酸と結合したものをデオキシヌクレオチドと呼ぶ。ヌクレオチドは核酸の最小単位である。糖にリボースを用いる核酸はリボ核酸 (RNA)と呼ぶ。ヌクレオチド分子は、リン酸を介したフォスフォジエステル結合 (図 3.6参照)で連結し、鎖状の分子構造をとる。フォスフォジエステル結合には方向性があり、複写、転写の時はこの方向性に従う。二本の逆向きのDNA鎖は、相補的な塩基 (A/T,C/G)による水素結合を介して、全体と

して二重らせん構造をとる。この相補的二重らせん構造は、片方が鋳型となり DNAの複製を容易に行うことができるため、遺伝情報を伝えるために決定的に重要である。長さは様々で、長さの単位は二本鎖の場合は bp(base pair: 塩基対)、一本鎖の場合は b

または nt(base, nucleotide: 塩基、ヌクレオチド)である。またDNAの鎖状高分子としての性質についても説明する。図 3.4に、比較として通常の

高分子及び生体高分子の1つであるアクチン・フィラメントと共に鎖長と保持長についての代表的な数値を挙げる。

14

Page 17: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

例として挙げたアクチン・フィラメントは生体内に筋肉の構成分子として存在する。一般にアクチン・フィラメントは保持長が鎖長程度あり、かなり剛直な高分子である。一方のDNAは保持長は鎖長に比べてかなり小さく、全体としては軟らかく様々な形状を取れる。

鎖の種類 鎖長L[nm] 保持長 lp[nm] L/lp

通常の高分子 102~103 ~1 102

DNA 101~102 ~50 101~102

アクチン・フィラメント ~104 ~103 101

図 3.4: 通常の高分子と DNAおよびアクチン・フィラメントにおける保持長等の代表的な数値の比較 (引用:文献 [32])

図 3.5: 細胞内に含まれるDNAの様子図 3.6: 二重鎖DNAの内部構造

3.3 希薄溶液中の高分子の振舞

3.3.1 ランダムウォークの模型

3.1節では高分子鎖を 0.1nm程の原子のスケールで議論していたが、ここでは視野を広げて、保持長 lp以下の様子を無視できるような 10~100nmのメソスケールで眺めてみることにする。このようなメソスケールでの物理的性質を理解するためには、高分子鎖が細くて曲がり易い紐状の分子構造をもっているという点に着目することが重要である。この曲

15

Page 18: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

がりやすい紐状の構造は、すべての高分子系が有する特徴であり、ミクロな化学的性質に依存しない高分子に共通の普遍的な性質の起源であると考えられる。したがって、高分子鎖の紐状構造をうまくとり入れたモデルを考えることで、高分子の普遍的な物理特性を議論することは可能である。このような目的でのモデル化の最も単純なものは、おそらく図3.7に示すような格子モデルであろう。

図 3.7: 高分子のランダムウォークの模型。白丸がセグメント、太線がボンドを表す。(引用:文献 [30])

図 3.7に示すように、高分子を格子上におかれた1つの折れ線で表す。格子点の上にある高分子の要素をセグメント、隣り合うセグメントを結ぶ部分をボンドと呼ぶ。ボンドは一定の長さ b をもち、格子の配位数 zだけの方向をとりうる。さて、それぞれのボンドが向く方向は互いに相関がなく (実際の高分子では相関があるが単純化して)、それらの方向を向く確率はすべて等しいとすれば、高分子の形は格子の上のランダムウォークに対応する。したがって、その統計的な性質はよく知られた議論で調べることができる。高分子の両端を結ぶベクトル(末端間ベクトル)Rを考えよう。R の大きさの平均は高分子の平均直径と見なすことができる。高分子はN 個のボンドからなり、それらをベクトル rnで表せば、

R =N∑

n=1

rn (3.4)

である。明らかにRの平均 〈R〉は 0となる。なぜなら末端間ベクトルが−Rになる確率も等しいからである。そこで、Rの二乗平均 〈R2〉を考え、その平方根で高分子の広がりを表すことになる。(3.4)から

〈R2〉 =N∑

n=1

N∑m=1

〈rn · rm〉 (3.5)

である。異なるボンドベクトルの方向には相関がないから、n 6= mならば、〈rn · rm〉 =

〈rn〉 · 〈rm〉である。よって

〈R2〉 =N∑

n=1

〈r2n〉 = Nb2 (3.6)

したがって、高分子の広がりはN1/2に比例する。Rの確率分布を計算することも容易である。N 個のボンドからなり、一端を原点に固定された高分子の他端が、Rの位置にくる確率をP (R, N)とする。bi(i = 1, 2, ..., z)を高分子のボンドのとりうるベクトルとすると、N

16

Page 19: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

ステップ後にRに達する高分子はN − 1ステップの時にはR − biのどれかにあり、それぞれ 1/zの確率でRに到達するので、

P (R, N) =1

z

z∑i=1

P (R − bi, N − 1) (3.7)

高分子が十分に長ければN À 1, |R| À |bi|であるから、右辺はN, Rについて展開することができる。

P (R − bi, N − 1) = P (R, N) − ∂P

∂N− ∂P

∂Rα

biα +1

2

∂2P

∂Rα∂Rβ

biαbiβ (3.8)

ここで biαはベクトル bi, Rの各成分を表す。(3.8)を (3.7)に代入して

1

z

z∑i=1

biα = 0 (3.9)

1

z

z∑i=1

biαbiβ =δαβb2

3(3.10)

に注意すると∂P

∂N=

b2

6

∂2P

∂R2(3.11)

を得る。N = 0のときRは必ず原点にあるという条件のもとで (3.11)を解くと

P (R, N) =( 3

2πNb2

)3/2

exp(− 3R2

2Nb2

)(3.12)

となり、Rの分布はGauss分布となる。(3.6), (3.12) 式はランダムウォークについてよく知られている結果である。

3.3.2 ガウス (Gauss)鎖

遠距離相互作用を無視するモデルでは、N が大きいとき、鎖の全体的な統計的性質はモデルの細部によらない。そこで鎖の全体的な性質を議論するには、できるだけ取り扱いの簡単なモデルを出発点にとるのが便利である。前節で述べたモデルはそのようなモデルの1つである。一方、格子を考えないモデルで数学的に最も扱いやすいのはガウス (Gauss)鎖である。こ

のモデルでは、ボンドベクトル rそのものが次のようなガウス分布をしていると仮定する。

p(r) =( 3

2πb2

)3/2

exp(−3r2

2b2

)(3.13)

ガウス鎖のセグメントの位置をRnとすれば、ボンドベクトル rn = Rn − Rn−1)の分布が(3.13)で与えられるから、Rn ≡ (R0,R1,…RN)の確率分布は

P (Rn) =( 3

2πb2

)3N/2

exp(− 3

2b2

N∑n=1

(Rn − Rn−1)2)

(3.14)

17

Page 20: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

図 3.8に示すように、ガウス鎖は、セグメントが自然長 0の調和的なバネで結ばれた鎖であるということができる。バネ定数を kとすれば、鎖のエネルギーは

U =1

2k

N∑n=1

(Rn − Rn−1)2 (3.15)

と書ける。そのような鎖の平衡状態の分布は exp(−U/kBT )に比例することから、kを

k =3kBT

b2(3.16)

と選んでおけば、平衡分布が (3.14)と一致することになる。そのためガウス (Gauss)鎖のことをバネ-ビーズモデル (bead-spring model)ということもある。

図 3.8: Gauss鎖 (バネ・ビーズモデル)を表す図。(引用:文献[30])

3.3.3 Rouseの理論

次に高分子のブラウン運動を考えることにしよう。このためには図 3.8に示されたバネとビーズの模型が便利である。ビーズが溶媒の中を動くと速度に比例した粘性抵抗を受けるものとすれば、ビーズの座標Rn(t)は次のランジュバン方程式を満たす。

dRn

dt= −1

ζ

∂U

∂Rn

+ gn(t) (3.17)

ここで ζはビーズの摩擦係数であり、gn(t)は時間とともにランダムに変動する確率変数である。ポテンシャル (3.15)を用いればこのモデルの基礎方程式は次のようになる。n = 1, 2,…

, N − 1に対しては

dRn

dt=

k

ζ(Rn+1 + Rn−1 − 2Rn) + gn (3.18)

n = 0, N に対しては

dR0

dt=

k

ζ(R1 − R0) + g0 (3.19)

18

Page 21: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

dRN

dt=

k

ζ(RN−1RN) + gN (3.20)

もしR−1,RN+1を

R−1 ≡ R0, RN+1 ≡ RN (3.21)

と定義するなら、(3.19), (3.20)は (3.18)の中に含めることができる。このモデルは Rouse

によって提唱されたのでRouseモデルと言われる。計算を進める上では、ビーズが鎖に沿って連続的に分布したモデルを考える方が便利である。nを連続変数とみなしてRn(t)をR(n, t) と書くと (3.18)は次のようになる。

∂R

∂t=

k

ζ

∂2R

∂n2+ g(n, t) (3.22)

また (3.23)の条件は n = 0, N に対する境界条件

∂R

∂n= 0 (3.23)

となる。(3.22)は線形の振動子系であるので、基準座標を導入することによって独立な運動に分解することができる。(3.23)を考慮して

Xp(t) =1

N

∫ N

0

dn cos(pπn

N

)R(n, t) (p = 0, 1, 2,…) (3.24)

という基準座標を考える。これを用いて、(3.22)は次のように書き換えられる。

dXp

dt= −kp

ζp

Xp + gp (3.25)

ただし

ζp = Nζ(1 + δp0), kp =2p2π2k

N=

6π2kBT

Nb2p2 (3.26)

であり、ランダム力 gp(t)の平均は 0, 分散は次式で与えられる。

〈gpα(t)gqβ(t′)〉 = 2δpqδαβkBT

ζp

δ(t − t′) (3.27)

付録?の結果を用いると、基準座標の相関関数を求めることができる、

〈(X0(t) − X0(0))α(X0(t) − X0(0))β〉 = δαβ2kBT

ζ0

t (3.28)

ここで、重心の座標

RG(t) =1

N

∫ N

0

dnR(n, t) (3.29)

19

Page 22: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

は基準座標X0(t)と一致している。したがって、重心の変位の2乗平均は (3.28)から

〈(RG(t) − RG(0))2〉 = 32kBT

ζ0

t =6kBT

Nζt (3.30)

となる。したがって重心は拡散係数

Dtot =kBT

Nζ(3.31)

で拡散運動をする。(3.31)はまた、揺動散逸定理Dtot = kBTµtotによって全易動度µtotとも関連づけることができる。全易動度とは、重心のドリフト速度を外力F で割ったものである。これにより、自由Rouss鎖では µtot ∼ N−1のように振舞うことが分かる。

(ここで混乱を避けるため、全易動度と易動度の違いについて説明する。2.1, 2.4 節で言及した易動度 µの定義は、電場をE, ドリフト速度を vとすると

µ = v/E (3.32)

のように書ける。一方、全易動度 µtotの定義は、前段落で言及したように

µtot = v/F (3.33)

となる。電気泳動の場合はセグメントあたりの電荷を q, セグメントの総数をN とするとDNA鎖には外力 F = qNE が加わるので、易動度と全易動度は異なった次元や量を与える。以後、紛らわしいが易動度と全易動度を区別して記述する。)

20

Page 23: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

第4章 レプテーションモデル (reptation

model)

低分子量の溶媒内の単鎖 (枝分かれしていない)高分子鎖における確率論的な動きについてのモデルは Rouse, Zimm[56, 57]等によってよく理解されていた。しかし一方で高分子溶融体のような高密度の高分子系の性質についてはあまり理解されていなかった。本章では高密度の溶媒内またはゲル中での高分子ダイナミクスにおける先駆者であるド・ジャン(de Gennes)のレプテーションモデル [9]を紹介する。

4.1 レプテーションモデルの概説図 4.1の左図のように、高分子 Pがゲルの中を動いているものとする。ゲルは実際は架橋点などで結ばれた高分子の集合体なので、複雑に高分子Pの動きを阻む。これを簡略化して、その障壁を点Oで表し、高分子 Pは点Oを横切ることが出来ないものとする。高分子は先の理由により、障壁Oに囲まれた範囲内で這いずり回ることしか出来ない。このミミズのような動きを「レプテーション」と呼ぶ。図 4.1の右の図について説明すると、(a)ABには余分な長さが b (この部分を「defect」と呼ぶ)だけ蓄えられている。(b)この長さだけセグメントBを通る時、BはCの方向に長さ bだけ進む。このように、ゲルの障壁効果と、高分子のミミズのように這い回る性質について考えられたモデルをレプテーションモデルと呼ぶ。

4.2 レプテーションモデルN個のセグメントが1列に繋がった高分子鎖を考える。セグメントの位置をr1, r2,…rn,…, rN

と記す。ベクトルの間隔は

an = rn+1 − rn ∼ ∂r/∂n (4.1)

であり、次のように統計的に独立であるとする。

< an(t) · am(t) >= δnma2 (4.2)

鎖の長さは隣り合う障害物間の距離と比較してとても大きいと仮定する。また、唯一許された動きは鎖に沿った「defect(たわんだ部分)」の移動に対応すると仮定する。図 4.1の右図は、defectについての概念的な説明図である。2つのセグメント nとm の間の曲線上の

21

Page 24: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

距離は、defectがないものとすると (n−m)aと等しい。しかしその曲線間に ν個の defect

があり、各々の defectが bの長さを蓄えているとすると、曲線の長さは

sn − sm = (n − m)a − νb (4.3)

となる。ここで、sn, smは原点から高分子の点 n,mまでの曲線距離である。

図 4.1: レプテーションモデルを説明する図。(左図)高分子Pが網目構造の効果を取り入れた障害物Oの間を自由に動くことが出来る。PはOを横切ることは出来ない。(右図)defect

がAからCへ鎖に沿って移動する。defectがセグメントB を通ると き、Bは長さ bだけC

の方向に流される。

簡単のため、全ての defectを同じ「保持長」bを持つものとした (bの値の分布を考慮するのは簡単であるが、最終的な結果には依存しない)。(4.3)式は、defectの数について保存則があるということを表している。しかし、νは defectが今考えている間隔の端の点 (m,n)

に到達したときは変化する。この方程式を書き表すために、defectの数を曲線間の距離で割った数を ρとする

(ρ = ν/(n − m)aが (4.3)の例である

)。ここで、defectが考えている

鎖に対して少ない、すなわち ρは小さいものと常に仮定する。また、defectの流れを Jn(単位時間内に nの点を通る defectの数)と仮定する。従って保存則は(

∂ρn

∂t

)+

(1

a

∂n

)Jn = 0 (4.4)

となり、また Jnは次のように書ける。

Jn = ∆

{−

(1

a

∂ρ

∂n

)+

kbT

)ϕn

}(4.5)

ここで∆は鎖に沿った defectの拡散係数である。この∆は微視的係数で局所的な defect

の移動を特徴づけるもので、鎖の分子量M(M は充分大きい)とは独立である。また (4.5)

式の第2項はセグメントに掛かる外力 fnによる defectの移動を表している。ϕnは1つのdefectに掛かる力である。ϕnと fnとを関係づけるために、1つの defectが鎖に沿って aδn

22

Page 25: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

だけ移動したときの仕事を考える。この仕事は δn個のセグメントが、各々b(bは bの大きさを持つベクトル)だけ離れていることと結び付けることができる。従って

δnfn · b = aδnϕn (4.6)

ϕn = a−1b · fn (4.7)

となる。defectの密度が低い場合の (4.4),(4.5)式は高分子の両端 n = 0, n = N に対して境界条件を補足しなければならない。ここで、端点で密度 ρは一定の平衡値 ρに緩和するものとする。

ρ0 = ρN = ρ (4.8)

外力のない場合、拡散方程式 (4.4),(4.5)の一般解は次のような形をとる。

ρn − ρ =∑

p

cp sin (pπn/N) exp (−t/τp) (4.9)

ここで pは正の整数で、様々な緩和モードを表している。また cpは定数であり、緩和時間 τpは

τp = (1/π2)[(Na)2/∆p2] (4.10)

上の式で一番長い緩和時間は

Td ≡ τ(p=1) = π−2(Na)2/∆ (4.11)

であり、分子量の自乗に比例する。Tdは低密度の defectが平衡に達するまでの時間であると言えるかもしれない。

defectが動くとき、高分子鎖は図 4.1の右図のように進む。n個のセグメントの速度はdefect の流れ Jnと関係があり、次のようになる。

drn

dt= bJn (4.12)

(4.12)式は上の議論と同じように境界条件を補足せねばならない。例えば、もし defectが鎖の端 (N)に達したとき、新しく作られた末端の弧 (長さ b) が配置され、また様々な方向を取るはずである。例えるならば、蛇の頭が草むらの中でどの草の間を通るか決めるような状況であろうか。この方向はランダムに選択される。すなわち末端のベクトル bは完全にその前のベクトルとは無相関であると言うことを仮定する。

4.2.1 レプテーションによる全易動度の計算

高分子鎖の形状組成を完全に新しいものとする時間 Trは、defectが平衡状態に達する時間 Tdよりもはるかに長いものと想定する (図 4.2を参照)。その仮定が成り立っているとき、高分子鎖の全易動度を簡単な議論で求めることができる。

23

Page 26: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

図 4.2: ゲル内で鎖の長時間の動きに対する一連の様子。(a)初期の配置。鎖はあるチューブ T に制限されている。(b)第一段階。鎖はレプテーションにより右に動く。(c)第二段階。高分子は左に移動し、(a)の末端は (I1, I2)

という経路を通った。しかし、区間 (I1, J2)は初期の配置と同じチューブに捉えられている。

ある方向 (Z方向)に沿って働いている一定の (弱い)外力F の下で、高分子鎖Pがミミズのように這っているものとする。1セグメントに対する力は fn = F/Nであり一つの defect

に掛かる力は (4.6) より

ϕn = b · F/Na (4.13)

となる。ベクトルbは時間に依存しているが、bは Trのスケールでのみ変化する。一方で、低密

度の defectは外力下でそれよりはるかに短い時間 Td で平衡状態に辿り着く。従って、Td

のスケールではϕnを定数と扱ってよく、defectの応答を安定状態の伝導流として書き下すと (4.5)式より

J = ρµN−1

∫ N

0

dnϕn (4.14)

となる。ここで、µ = ∆/kbT は defectの易動度である。(4.13)より

J = (ρµ/N2a)

∫F · bdn

= [ρµb/(Na)2]

∫F · dl (4.15)

24

Page 27: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

が得られる。ここで dlは鎖の線素片である。積分∫dl = P (4.16)

は端点間ベクトルであり、平均 defect流は

J = [ρµbF/(Na)2]Pz (4.17)

となる。ここで zは鎖のZ方向の長さである。鎖の重心の位置 gは速度

g = N−1

∫ N

0

dnrn

で動く。ここで (4.12)式で rnを置換して、(4.17) を用いると

g =J

N

∫ N

0

bdn =Jb

NaP (4.18)

Pの値を平均することにより、消えることのない速度成分

gz = µtotF

を得る。ここで全易動度 µtotは次のようになる。

µtot = µ[ρb2〈Pz2〉/(Na)3]

= µρb2/N2a (4.19)

(4.19)はまた、拡散係数との関係式 (揺動散逸定理) Dtot = kbTµtotとも関連づけることができる。これより拡散係数はN−2 で減少する。自由Rouse鎖の場合はDtot ∼ N−1であるので、比較すると冪が異なることがわかる。

25

Page 28: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

第5章 3つの格子モデル

de Gennes[9]によって提案されたレプテーションモデルによって、高濃度溶液中およびゲル中の高分子のダイナミクスに関しての理解が急速に深まり、その後この分野に関する研究は目醒ましい進展を遂げた。しかしレプテーションモデルでは説明できない部分もあった。式 (4.19)から分かるように易動度は電場に陽に依存しない。一方、第 2章での実験結果を見てみよう。電場が極端に弱く、鎖長が短いところでの易動度はレプテーション理論と一致するが、同じ電場下での長鎖長での易動度は

µtot ∝ E

のように振舞っている。本章ではこのような未解明の問題に対して考案された、主な3つの格子モデルについて説明する。

5.1 ケ-ジモデル (cage model)

5.1.1 モデルの説明

図のように、N 個のセグメントがあるものとする (図は 2次元)。各セグメントは格子の中央に位置する。また2つ以上のセグメントが同じ場所に位置してもよいものとする。隣り合うセグメントは格子間隔1のボンドで繋がっている。また、図で示すところの 5, 11, 12

のセグメントは隣接する両セグメントが同じ位置にあるが、このときこの 5, 11, 12のセグメントをキンク (kink)と呼ぶ。セグメントが動く際の1ステップは次のように定義される。

1. セグメントをランダムに選出する

2. 選んだセグメントが高分子の末端かキンク (kink)であるかどうかを確かめ、そうでなければ1ステップを終える

3. 1ステップ内にキンク、端点が移ることのできる場所は隣のセグメントから上下左右に距離1マス離れた格子の中央である。その移動先をランダムに選び、移動する

この1ステップをN 回繰り返したものを1モンテカルロステップとする。また、2次元以外の拡張も同様の方法で可能である。

26

Page 29: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

図 5.1: ケ-ジモデルの説明図。格子点をレプテーションモデルの障害物として考え、その中をセグメント、ボンドからなる高分子がレプテーションをしている。図の端点とキンクと呼ばれる部分 (1, 5, 11, 12, 15)は、隣のセグメントを中心として 1マス分の距離の格子に移動できる。

5.1.2 モデルの特徴

ケ-ジモデルに関して、以下のような特徴が挙げられる。

• kinkの部分を備蓄長 (defectと同義)に見立てた、レプテーションの概念を汲んだモデルである。

• マルチスピン-コーディングを用いた数学的な手法を駆使することで、高速演算が可能となる。

• 電場が強い場合には、高分子の形状はU字型構造となる。またキンクが蓄積されることにより、より大きなヘルニア構造が形成される。このとき重心の易動度は電場の強さに指数関数的に減少する。これは実際の実験結果をうまく再現しておらず、そのような領域では適さない。

図 5.2: 3つのモデルに見られるU字型構造とヘルニア構造についての説明図。高分子の時間発展の様子を表したスナップショットである。途中、滑り込んでいく部分がヘルニア構造で、最後のショットの形がU字型構造である。

ここで太字で書かれたU字型構造とヘルニア (hernia)構造について説明する。図 5.2は同じ高分子の運動のスナップショットを上から時間順に並べたものである。強電場下を高

27

Page 30: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

分子が電場とほぼ平行に移動している (最上図)。その後突起構造 (ヘルニア)が発展していき、灰色のゲル架橋の回りをくるんでいく。時間と共にこのヘルニアは成長し、鎖に沿って拡散する備蓄長に対して落し穴のように作用する。この図では最終的には鎖の半分以上がヘルニアによって吸い込まれ、U字型構造を取る (最下図)。このU字型構造は本章で紹介する 3つの格子モデルに全て現れる。ケ-ジモデル、レプ

トンモデルで高分子鎖がこの構造をとった場合、U字の長い方、短い方の鎖長をそれぞれL1, L2とすると速度 vは

v ∝ exp (−qEL2/kbT ) (5.1)

のように電場Eに指数関数的に減少する (ここで qは1セグメントが持つ価電荷数である)。しかし実際の実験では鎖の速度は

v ∝ qE

ζ

L1 − L2

L1 + L2

(5.2)

ことが知られている [54, 60]。ここで ζは単位鎖長における摩擦係数である。

5.1.3 モデルを使った研究

1962年以前から、Verdier等によって [58]正方、及び立方格子による自己回避歩行 (SAW,

self avoiding walk)として高分子をモデル化したものが研究されていた。1981年に Evans,

Edwards[13, 14, 15]は3部作ともなる論文に、ゲル中高分子の動的性質の研究にこのモデルを用いた結果を載せた。彼らによって、このゲル電気泳動モデルを一般的にはケ-ジモデル、また稀に高分子のダイナミクスに関するEvans-Edwardsモデルとも称されるようになった。

1986年には、Olvera de la Cruz等 [59]によって格子の一主軸に沿った電場を掛けたモデルへと拡張された。この計算はメトロポリス法によって行われた。彼らは電場の強度をE ≥ 0.5でシミュレーションを行い、緩和時間が電場の強さに指数関数的に増加すると結論づけた。そのような電場の強さはとても強すぎてプラトー易動度の領域と同様、揺動散逸定理を支持する領域を観測できなかった。

1991年に、Deutsch等 [60]はOlvera de la Cruz等の2次元モデルを、長距離移動を含むシミュレーションで行った。彼らはDNA高分子をU字型になるような強い力を掛ける電場で、その振舞に焦点を当てた。そのような形状 (配位)ではセグメントはゲル架橋を擦って移動する際に何らかの長さ依存性を持った摩擦係数で移動するかもしれない。彼らは普通の局所的な動きとは別に、長距離幅の移動を加えることによって、U字型配置の指数関数的な長い緩和時間を充分に変化させた。これはDeutsch 等 [70]によって初期の段階から提案されていたモデルであった。

Baumgartner等 [61]は3次元でのケ-ジモデルの計算を、長さL = 640までの高分子について 107ものモンテカルロステップで行った。彼らは高分子の緩和時間のスケールを徹

28

Page 31: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

底的に解析し、レプテーション理論での緩和時間のスケーリングに対しての支持をより強固にした。また彼らの結果は土井 [62]による拡散係数D と長さ Lとの関係式

L2D = c(1 + kLγ) (5.3)

と一致した。ここで γを含む第2項は漸近的に無視できる有限サイズ補正項であり、γ =

−1/2である。同年に、Barkema, Krenzlin[17]はマルチスピン-コーディングの技術を駆使したケ-ジモデルの計算結果を紹介した。これによって計算に掛ける時間を短くし、従来よりシミュレーションでの時間を2桁程より長くすることを可能にした。また彼らは γの値が−2/3であると主張し、この結果は初期にレプトンモデル (次節で説明する)で計算された結果と一致した。しかし、その後レプトンモデルでは補正項の指数 γ = −1/2と第2補正項の指数γ′ = −1との組合せであるという事実が明らかとなった。ケ-ジモデルでも同じような結果が出ると期待されたが、現在でも未だに説明できていない問題である。van Heukelum,

Beljaars[16]は同じくマルチスピン-コーディング技術を用いたケ-ジモデルによるシミュレーションを行い、DNA電気泳動を想定した、電場の向きを (1, 1, 1)方向に向けた計算結果を打ち出した。彼らはプラトー易動度の領域と、揺動散逸定理が成立している領域を決定した。また、強い電場下では高分子鎖がU字型になり折り畳まれていた備蓄長が引き延ばされ、ドリフト速度を著しく減少させていることを観測した。2002年に van Heukelum,

Barkema, Bisseling[18]は遷移行列を用いたドリフト速度の厳密計算を、系の対称性を利用してL = 15まで行った。また彼らは補正項の指数は、4年前に自分達が発表した−2/3ではなく、−1/2であるとした。

5.2 レプトンモデル (repton model)

5.2.1 モデルの説明

図 5.3: レプトンモデルの説明図。ケ-ジモデルと同じく、格子点をゲルの障害物として、その間を高分子が這っているといったモデルである。備蓄長のあるセグメント (4, 6, 11)は隣のセグメントのサイトに移動できる。端点は 12なら上下右の 3方向進められるが、1は2のサイトにのみ移動できる。

29

Page 32: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

図のように、格子の中央に位置するセグメントから構成される、鎖状高分子を考える。格子上の各格子点はゲル架橋の障害物であり、格子の中央はゲル中の空孔として取り扱う。隣り合うセグメントだけは同一空孔内にあっても良いものとする。隣接するセグメントは格子間隔1または0の長さのボンドで繋がれていて、前者は備蓄長がなく、後者は格子間隔1マス分の備蓄長を有している。移動については、1マス分の備蓄長を持っているセグメントの隣のボンドの長さが1であるとき、その隣の方向にのみ移動できる。すなわち、例えば図で4番のセグメントは3番のセグメントに移動できるが、その他の方向には移動できない。また5番のセグメントは備蓄長を持っているが移動することはできない。そのようにして移動条件の判定を行う。また高分子の端のセグメントについては、備蓄長を持っているものは2つ隣のセグメントの方向以外はボンドを伸ばすことによって移動できる (その先に他の隣接しているレプトンが配置されていても移動可能)が、備蓄長のないものは隣のセグメントがある格子内にだけしか移動できない。この端セグメントの動きが全体の備蓄長の数の増減に関わる。基本ステップは以下のようになる。

1. 分子鎖からセグメントを 1つランダムに選ぶ

2. 端のセグメントでなく、また両隣りの備蓄長を調べ、左右の備蓄長距離が同じであればステップを終える

3. 端以外のセグメントであれば、1マス離れた隣のセグメントへ移動する

4. 端のセグメントに備蓄長がある場合、隣のサイト以外の方向へランダムに移動する。

5. 端のセグメントに備蓄長がない場合、隣のサイトへ移動する

このステップをN 回繰り返したものを1モンテカルロステップとする。ここでN は、セグメントの個数である。

5.2.2 モデルの特徴

レプトンモデルの特徴として、以下のようなものがある。

• 備蓄長を考えているため、高分子のレプテーションの振舞を直観的に理解できるモデルである。

• ゲル中や高分子溶融体中の研究や、一定電場および反転電場下のゲル電気泳動の研究に利用されている。

• 図 5.4の左図のように、全主軸に対して 45°の角度で電場を掛けた d = 2次元以上のモデルは、電場の方向を正としてセグメントを並べると、右図のように1次元表記によって描くことができる。右図の上下の矢印は、セグメントが次に進むことのできる方向が電場に沿っているか、逆らっているかを示している。ここで端のセグメントは

30

Page 33: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

図 5.4: 2次元レプトンモデルから 1次元への射影。左図の左右は右図では区別しない。

保持長のある場合には、例えば電場の方向に沿うものについては d方向進むことができるが、電場の方向に進むか退くかで分類し、それ以外は全て同じ方向とする。この射影によりケ-ジモデルや、後に説明するBFMモデルと違って、排除体積条件や立体配位によるトポロジカルな諸問題を扱わずに済むため、高速演算が可能となる。

• ケ-ジモデルと同じく、電場を強くすると高分子の形状がU字型構造を取り、易動度が電場の強さに指数関数的に減少する領域がある。この結果は実際の実験結果とは異なる振舞で、この領域内ではこのモデルは不適当である。しかし、5.1.3節で述べたケ-ジモデルのようにヘルニア構造は発展しない。

5.2.3 モデルによる研究成果

1987年に、Rubinstein[19]がポリマーのレプテーション運動のためにモデルを考案した。このモデルが一般的にはレプトンモデルとして知られるようになったものであった。他の格子モデルにはない、レプトンモデルの主な利点の一つとして挙げられるのが1次元のモデルに射影できるという点である。この射影は、Duke[45]によって最初に提案された。Deutsch, Madden[70]はレプトンモデルのシミュレーションを行った。彼らは拡散係数を高分子の長さの関数として、D ∼ L−2.3とスケーリングした。Barkema等 [20]はマルチスピン- コーディングをこのモデルのシミュレーションに用い、L2D = 1/3という結果を得た。Prahofer, Spohn[64]は数値計算によるこの結果の解析的証明を行った。この証明は van

Leeuwen, Kooiman[65]の初期の研究に基づいている。Barkema等 [20]はまた 5.3.3節で述べたような、主に作用する有限サイズの補正項がL−2/3のオーダーで効いていることを示唆したが、2001年にCarlon等 [49]はレプトンモデルを応用した密度行列繰り込み群 (DMRG,

density matrix renormalization group)により、この示唆は間違っていることを明確に指摘した。さらに彼らはBarkema等 [20]の結果がL−1/2とL−1の補正項の組合せによってL−2/3

に程良くフィットしただけであり、また鎖長が長い場合には第1項が支配的になることを突き止めた。

31

Page 34: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

1989年に、レプトンモデルはDuke[45]によってDNA電気泳動に特化したモデルに書き換えられた。この拡張モデルは Duke-Rubinsteinモデルとして知られている。Dukeはこのモデルについてモンテカルロシミュレーションによる大規模な計算を行い、弱い電場下では揺動散逸定理が支持される領域、強い電場下ではプラトー易動度の領域を確認した。Barkema等 [20]はマルチスピン-コーディングの手法で、プラトー易動度の領域でドリフト速度が v ∼ E|E|でスケールされ、また揺動散逸領域では L2|v|の値は L|E|を変数とした関数で表されるといった数値計算結果を与えた。Willmann, Schutz[23]はマスター方程式を利用して高分子鎖の立体配位を計算し、長鎖長の極限における拡散係数との関係式におけるDL2 ∼ cの係数 cを見積もった。最近ではWolterink, Barkema[24]によるハニカム構造を用いたレプトンモデルを使った研究により、他のモデルの拡散係数との比較も行われている。

Leegwater[67]は自己回避の性質を含めたレプトンモデルを導入した。またDuke, Viovy[71,

72]は高分子の自由なスライドを含めるためにレプトンモデルの長距離ステップを採り入れたモデルを紹介した。Kolomeisky[68]は高電場でのDuke-Rubinsteinモデルのドリフト速度が電場の強さに指数関数的に減少することを示した。また Schutz[69]はレプトンモデルで初期状態が伸びきった、絡まり合いのある高分子鎖を用いた平衡状態から程遠い状態からの緩和について研究した。

5.3 可変ボンド長モデル(BFM, bond fluctuation model)

5.3.1 モデルの説明

図 5.5: BFMモデルの説明図。障害物は黒い正方形で表現され、四つの格子点からなるセグメントの行く手を阻む。セグメントはボンド長と排除体積効果による条件を満たせば1ステップに1マスだけ移動できる。

図のように、高分子はN 個のセグメントから成り、セグメントは単位長さ1の辺を持つ正方格子に位置する。各セグメントは四つの正方格子 (次元 d = 2)を占有する。フィール

32

Page 35: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

ドとなる各々の格子は 1つのセグメントの一部だけに占められ、異なる 2つのセグメントによって共有できない (排除体積条件)。ボンドの長さ lは 161/2 以下としている。この条件はボンドの間に第3のセグメントが入り込むのを避けるために必要不可欠である。高分子鎖を動かすためのアルゴリズムは

1. セグメントをランダムに選ぶ

2. ランダムに4つの方向 (2次元)のうちの 1つを選び、距離1だけ動くことが出来るか調べる。

3. もしボンドの長さと排除体積条件を満たしていれば、移動する

4. そうでなければ、移動しない

を1ステップとし、繰り返し行う手法である。また、N 回 (セグメント数分)ステップ試行したものを1モンテカルロステップ (mcs, monte carlo step)とする。2次元以外のこの方法の拡張は明らかである。d = 3ではセグメントは単位立方格子で

与えられ、8個の立方格子を占める。d = 2の場合は隣接する2つのセグメントに対する最小距離は l = 2である。許される最大距離は 161/2よりも短いため2次元では

√13であ

る。lはその間の√

5,√

8, 3,√

10の値を取ることができる。よって 36個の独立なボンドベクトルが存在する。

5.3.2 モデルの特徴

ケ-ジモデル、レプトンモデルと比べると、BFMモデルには次のような特徴がある。

• 排除体積効果があり、幅の大きな高分子に対して有効である。

• 星型高分子 (複数の単鎖高分子が1点で結合しているもの)等の性質を調べることも可能であり、また高分子を複数用意して高分子溶融体の動的性質を調べる際にも有効である。

• ゲル電気泳動を想定する場合、障害物の大きさ、形、位置を自由に変えることができる。形を変えることによって、細管内に閉じ込められた高分子の様子等も調べられる。

• 排除体積条件、およびボンド長の条件により、他 2つのモデルよりもシミュレーションに時間がかかる。特に3次元に拡張すると、より計算時間が長くなる。

• 高い電場内で高分子鎖が U字型の形状である場合、ケ-ジモデル、レプトンモデルでは易動度 µが

µ ∝ exp(−E) (5.4)

のような振舞を示す。しかしこの結果は前々節で説明したように、実際の実験結果とは異なる。BFMモデルを修正したもの [29]は、張力が動的性質を支配すると考えられているU字形状の場合であっても易動度が電場に指数関数的に減少しない。また、同じような高電場でも後に説明するヘルニア構造が発展しない性質を持っている。

33

Page 36: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

5.3.3 モデルによる研究成果

このBFMモデルは、1988年、Carmesin等 [10]によって導入された最も微視的に考案されたモデルである。1991年、DeutschとBinder[25]はこのモデルを3次元に拡張した。彼らは、各々のセグメントは8マス (2× 2× 2)の立方体から形成されると考えた。隣接するセグメントの距離は

√10と制限されている。この許されたボンドの長さは、各々のセグメ

ントが同時に1格子分動く際に第三のセグメントが2つのセグメント間に滑り込まないように設定されている。

Paul等 [26]はこのモデルを密度の高い高分子メルトを記述するために用いた。彼らは 107

モンテカルロステップを長さL = 200までの鎖で 40 × 40 × 40の立方格子内で行った。そしてレプテーションの動きについて調べ、相関時間 τ が τ~L3で変化すると発表した。10

年後、Kreer等 [27]によってRouse鎖の動きがレプテーションの動きへと移り変わる高分子の長さを突き止めるためにこのモデルを使って調べた。彼らは L = 512もの長さ (体積分率50%のセグメントを含む、曲線長約 1350程)の高分子までを調べた。彼らは、絡まり合い効果のない振舞と絡まり合い効果のある振舞の境界では、高分子は「とても引き延ばされた状態」であると結論づけた。すなわち、境界内で最も短い鎖長ではRouse鎖のようには振舞わないが、境界内で最長の鎖長の高分子では必ずしも漸近的にレプテーションの領域にいるわけではないということである。高分子鎖が電場に作用する2次元のモデルも最近になって研究されてきている。東と高山 [29]は長距離のダイナミクスを付加したモデル (間に第三セグメントのスライディングを含む)を調べた。Boileauと Slater[28]は規則的な間隔で置かれた障害物を含んだフィールド内にある短鎖長の高分子鎖の振舞について数値的に正確な結果を出すことに成功した。

5.4 格子モデル上と実際の電場の対応高分子ゲル電気泳動におけるレプテーション理論において、モデル内の電場E と実験で実際に作用すると思われる電場Eとの対応が争点となっている。この差異は単位電場を掛けて移動するときの時間増加が異なることによって生まれると考えられている。ほとんどのモデルでは、レプトンモデルで使われている [40]cosh−1(E)に比例した時間スケールと同程度のものを使用している。この対応づけによって、電場による駆動力によって引き起こされる時間の飛びの減少を回復させることが出来る。しかしこれが実験結果との対応に最も相応しいかどうかは明らかにされていない。Slater等 [73]はこの時間増加は代替案として tanh(E)/Eに比例するべきだということを示した。彼らはこの2つの表記は O(E2)のオーダーで異なるので、高電場でのレプトンモデルはおそらくO(E)のオーダーのみ正しいと主張している。

34

Page 37: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

5.5 その他のゲル泳動についてのモデル前節までは格子上でのシミュレーションモデルを紹介した。ここでは格子の性質を使わないモデルに関して簡単に説明する。

• シミュレーションモデル

– バネ・ビーズモデル (beads-spring model):高分子鎖を、セグメントをビーズ、ボンドをバネのように伸び縮みするものとして考える (但しバネは一定間隔以上伸びないものとする)。ビーズに加わる力をランジュバン方程式で定義してシミュレーションを行う。

– 湖 -海峡モデル (lakes-strait model):ゲル内を広い空孔の湖と狭い幅の海峡によってモデル化する。広い湖の中には…(この部分は書きかけです)

• 理論的モデル

– OMRCモデル (Ogston-Morris-Rodbard-Chrambach model):…?

– バイアスド・レプテーションモデル (BRM, biased reptation model): 弱い外場のあるレプテーションモデルを数式を用いて調べたもの。高電場でのプラトー易動度の領域以外ではこのモデルは有用で、他のシミュレーションモデルの結果が正しいか判定することもある。

– 揺らぎのあるバイアスド・レプテーションモデル (BRF, biased reptation model

with fluctuation):BRMに揺らぎの効果の寄与を考慮に入れたもの。揺らぎの効果によりレプテーションチューブの方向における電場依存性を変化させ、BRM

理論に修正を加えた。

35

Page 38: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

第6章 ケ-ジモデル のシミュレーション

前章では 3つの格子モデルについて詳しく調べた結果について述べた。この章では、実際にケ-ジモデルのシミュレーションを行った結果について紹介する。ケ-ジモデルを本研究に選んだ理由としては、

1. BFMモデルよりは計算に時間が掛からない。

2. レプトンモデルより、シミュレーションで実際に移動していく高分子のダイナミクスが分かり易い。

3. シミュレーションをヒントにして、ヘルニア構造が発展する欠点などを改良したモデルを考案できるのではないかと期待した。

等が挙げられる。

6.1 2次元でのシミュレーション

6.1.1 プログラムのアルゴリズム

前章で紹介したケ-ジモデルには電場のような外力は加えられていないため、本研究では電場の効果を取り入れたケ-ジモデル (Duke-Rubinstein model)を用いる。ここではそのアルゴリズムを簡単に説明する。3次元でのシミュレーションを考える。初めに、電場はE = (E,E,E)、|E| =

√3Eのように取る。これは系の対称軸と並行にとることで等方的に

シミュレーションを行うためである。また、パラメータ等の初期設定として、E, N , q/kbT ,

モンテカルロステップ数、初期配置が挙げられる。ここでq/kbTについては、exp(−qE/kbT )

の形でしか使われないため、q/kbT = 1.0となる単位を用い、電場 Eの値を変えて調節する。1ステップは次のように定義される。

1. ランダムにセグメントを選び、選んだセグメントが端点かキンクであるかを調べる。そうでなければステップを終える。

2. 移動先 (5.1.1節参照)をランダムに決め、移動先が電場の正の方向であるか確かめる。

3. 2.で正の方向であれば移動先に移動し、ステップを終える。

4. 2.で負の方向であれば乱数を振る。

36

Page 39: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

5. 乱数が exp (−qE/kbT )より小さいかを調べ、小さければ移動し、そうでなければステップを終える。

これをN 回繰り返したものを1モンテカルロステップ (mcs,monte carlo step) とする。

6.1.2 時間発展の様子

実際に 2次元ケ-ジモデルのシミュレーションを行った。パラメータ等は、セグメントをつなぐボンドの数N = 10,mcs数 tMc = 10000とし、電場の値Eを 0.05,

0.1, 0.5, 1.0と変化させた。また初期配置を図 6.1のように設定した。このような形状に取ったのは、シミュレーションを行う際に実際に動くことの出来るキンクの数を増やし、また渦巻状の構造のような、初期状態依存性が時間が経つにつれなかなか取れない構造でないものを選んだためである。

=(E,E,E)

x direction

y direction

N=10

E

図 6.1: N = 10の初期配置状態。

図 6.2は 2000 mcs毎の高分子鎖の形状を描いたものであり、シミュレーションの時間発展の様子を表している。電場の強さを変化させると、E = 0.5までは強さに応じて重心速度が上昇するが、E = 1.0 では逆に速度が遅くなっていることが分かる。これは前章で言及したU字型構造によるものと考えられる。

6.1.3 重心の動き

次に重心の動きを調べ、初期配置がどれだけ重心の動きに寄与しているかを見積もった。図 6.3は縦軸を重心の位置、横軸をモンテカルロステップとしてプロットしたグラフである。赤、緑、青の順に重心の x座標、y座標、原点との重心の距離を表している。初期配置は前節の図 6.1であり、異なるパラメータは電場の強さで、左図ではE = 0.05, 右図ではE = 0.5とした。図 6.3を見て分かることは、E = 0.05の重心位置は変動しながら電場の方向に進んでい

るが、 E = 0.5では比較的なめらかな斜面を描いている。このようなランダムな性質は主に熱揺らぎの効果によるものだと思われる。この揺らぎの効果を取り除き、平均的な運動の様子を見るため、同じ初期配置、パラメータを取ったサンプルを用意し、サンプル数 Sp

で平均したものを求めた。図 6.4は上の初期配置、パラメータを引き継いだものを左図はSp = 1000個、右図は Sp = 200個のサンプルで平均し、平均の重心位置とモンテカルロステップ数との関係を描いたグラフである。図 6.4を見ると分かるように、重心の乱数依存性を取り除いたことにより両方ともなめ

らかなグラフとなっている。これより初期の配置依存性はほとんど小さく、E = 0.05, 0.5

のどちらも約 50 mcs行えば解消されることが分かる。

37

Page 40: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

2

4

6

8

10

12

14

16

-2 0 2 4 6 8 10 12 14

’cage08.dat’ index 0’cage08.dat’ index 20’cage08.dat’ index 40’cage08.dat’ index 60’cage08.dat’ index 80

’cage08.dat’ index 100

2

4

6

8

10

12

14

16

18

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20

’cage08.dat’ index 0’cage08.dat’ index 20’cage08.dat’ index 40’cage08.dat’ index 60’cage08.dat’ index 80

’cage08.dat’ index 100

0

5

10

15

20

25

30

35

40

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

’cage08.dat’ index 0’cage08.dat’ index 20’cage08.dat’ index 40’cage08.dat’ index 60’cage08.dat’ index 80

’cage08.dat’ index 100

2

4

6

8

10

12

14

16

18

0 2 4 6 8 10 12 14 16

’cage08.dat’ index 0’cage08.dat’ index 20’cage08.dat’ index 40’cage08.dat’ index 60’cage08.dat’ index 80

’cage08.dat’ index 100

図 6.2: 2000 mcs毎の高分子鎖の形状をスナップショットしたもの。電場の強さは左上、右上、左下、右下の順でE = 0.05, 0.1, 0.5, 1.0である。パラメータは、N = 10,tMc = 10000.

-20

0

20

40

60

80

100

120

140

160

0 20000 40000 60000 80000 100000

’cage08-2.dat’ u 1:2’cage08-2.dat’ u 1:3’cage08-2.dat’ u 1:4

0

100

200

300

400

500

600

0 20000 40000 60000 80000 100000

’cage08-2.dat’ u 1:2’cage08-2.dat’ u 1:3’cage08-2.dat’ u 1:4

図 6.3: 重心の動きを表す図。パラメータはN = 10, tMc = 100000, 電場の大きさを左図ではE = 0.05, 右図ではE = 0.5とした。

38

Page 41: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

2

2.5

3

3.5

4

4.5

5

5.5

6

0 200 400 600 800 1000

’cage08-2.dat’ u 1:2’cage08-2.dat’ u 1:3’cage08-2.dat’ u 1:4

2

3

4

5

6

7

8

9

10

11

12

0 200 400 600 800 1000

’cage08-2.dat’ u 1:2’cage08-2.dat’ u 1:3’cage08-2.dat’ u 1:4

図 6.4: サンプル平均を取った重心の動き。パラメータは上の図と同じで、サンプル数を左図では 1000,右図では 200とした。

6.1.4 ドリフト速度の分布

次にドリフト速度 (重心の終端速度)についての分布について調べた。ドリフト速度は次のように求めた。

1. 鎖の初期配置による速度の非平衡状態をなくすため、t1 m.c.行い、緩和させる。

2. その後 t2 mcs試行する。

3. ドリフト速度の x座標成分は

vx =jx(t2) − jx(t1)

t2 − t1(6.1)

と求める。ただし jx(t)は t秒後の重心の x成分である。y軸成分も同様に求め、ドリフト速度 vdは

vd =√

v2x + v2

y (6.2)

とする。

しかしこの方法よりも精度の高いドリフト速度の求め方がある。例えば、プログラムを100

mcs動かし、1 mcsごとに重心の原点からの距離R(t)を取っていたとする。ここでドリフト速度 vdを次のように改良し、

vd =v1 + v2 + · · · + v50

50

=1

50

[R(51) − R(1)

50+

R(52) − R(2)

50+ · · · + R(100) − R(50)

50

]

39

Page 42: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

=1

50

1

50

(100∑

t=51

R(k) −50∑

t=1

R(k)

)(6.3)

とすると、R(t)の全てのデータを使うことができるため、先の方法よりも統計的により良い精度で求めることが出来る。本研究では後者の方法により計算を行った。図 6.5は同じ初期配置とパラメータのサンプルを複数用意し、そのサンプルによって得られたドリフト速度の分布を表す図である。赤線は Sp = 500個のサンプル数から得られたドリフト速度を大きな順に並べ、1サンプルあたり 1/Spの重みをつけたものをグラフに表したものである。緑線は赤線にフィットさせた誤差関数である (速度の分布がガウス分布であると仮定した)。この誤差関数から相対誤差の分散が求まる。

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

0.8

0.9

1

0.0017 0.0018 0.0019 0.002 0.0021 0.0022 0.0023 0.0024 0.0025 0.0026

’cage10-3.dat’ using 3:40.5*erf(-5.0*10**3*(x-0.002245))+0.5 図 6.5: ドリフト速度の分布を調べ

たグラフ。横軸は速度の絶対値、縦軸は速度の絶対値を大きな順に並べたとき、それ以上の絶対値を持つサンプル数の全体との割合を表している。パラメータはN = 10,E = 1.0,

Sp = 500, tMc = 1.0× 106, 初期配置は前節と同じ形状で、1000 mcs行った後に速度を測定した。

相対誤差の分散及び標準偏差は以下のように求まる。ここで誤差関数を

erf(x) =2√π

∫ x

0

exp(−t2)dx (6.4)

と定義する。分布関数 p(x)は p(x) = f ′(x)であるので

p(a(x − x0)) =2a√π

exp(−a2(x − x0)2) (6.5)

分散 σ2は 1/2σ2 = a2より

σ =

√2

a(6.6)

と求まる。ここで aに値 5.0× 104を代入すると、平均値の標準偏差は 2.8× 10−4となった。この σを平均値とサンプル数の平方根で割ったものが相対誤差の標準偏差となり、この

値は 5.6 × 10−3となる。

40

Page 43: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

6.1.5 電場-ドリフト速度の関係

前節で用いたサンプル数 Sp = 500は、相対誤差の標準偏差を 10−2以下に抑えればドリフト速度の平均を求めるための標本数として充分な数があるとする。それを基にし、また前々節での初期配置依存性をなくすモンテカルロステップが概ね 50 mcsである結果を用いて、電場とドリフト速度の関係を求めたものが図 6.6のグラフである。

0.0001

0.001

0.01

0.01 0.1 1

’cage13_10.dat’ u 1:4’cage13_15.dat’ u 1:4 図 6.6: 電場-ドリフト速度の関係。赤

線がN = 10, 緑がN = 15のときの結果である。パラメータはどちらの場合も Sp = 500, tMc = 1.0 × 106,

E = 0.05~1.0で 0.05刻みに取った。第一サンプルの初期配置は N = 10

では前節と同じでN = 15では図 6.1

のように取り、どちらも初めに 1000

mcs回してから速度を測った。

図 6.6は、縦軸がドリフト速度 vd、横軸が電場の強さEとして両対数グラフに表したものである。赤線がN = 10、緑線がN = 15の場合の結果である。この図を見て分かることは、ドリフト速度のピークがどちらの場合でも E = 0.4付近であり、それ以上高い電場下ではドリフト速度は減少していくということである。これは第5章で紹介した、ケ-ジモデル・レプトンモデルに特有のU字型構造からの脱出が困難であることが関係していると思われる。実際に高い電場の下での高分子の形状を調べたところ、U字型構造になりその間重心速度は減少していた。グラフで E = 1.0以上の領域は、論文の結果から現実的ではない (5.1.2節参照)ことが分かっていたため、シミュレーションは行わなかった。またE = 0.05以下の領域は、ドリフト速度が同じように減少していくことが予想され、また速度分布の幅がより広くなりシミュレーションに時間がかかるため、計算しなかった。

6.2 3次元でのシミュレーション次に、3次元においてもケ-ジモデルのシミュレーションを行った。特にHeukelum, Bel-

jaarsによる研究 [16]では、3次元のケ-ジモデルを用いてドリフト速度の電場依存性が計算されているため、その結果と比較した。図 6.7はその論文中にある、電場とドリフト速度の関係図である。論文の記述に合わせ、1ステップ内でセグメントが低いエネルギーに移動する確率 P+,

高いエネルギーに移動する確率 P−はそれぞれ

P+ =1

d

eE

eE + e−E, P− =

1

d

e−E

eE + e−E(6.7)

41

Page 44: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

図 6.7: 文献 [16]にある電場ードリフト速度の関係を表す両対数グラフ。レプテーション領域である v~E の領域、格子モデルで説明できた v~E2 の領域と、U 字型構造によってv~ exp(−E)のように振舞う領域があることが分かる。

と与えられる。このように遷移確率を取ると1mcsの時間増加は

∆t =1

d

1

eE + e−E(6.8)

となることが分かる。これはE → 0の極限で∆t = (2d)−1となる。この時間増加に関しては、ドリフト速度を算出するとき以外は通常の1mcsの定義∆t = 1 を用いてシミュレーションを行ってもケ-ジモデルの定性的性質は変化しないため、そのようにして計算を行った。また、ドリフト速度を求める際は通常の定義で算出してから時間増加の差1/d(eE +e−E)

で割れば論文のドリフト速度と一致する。

6.2.1 時間発展の様子

次に3次元のシミュレーションの振舞について調べた。図 6.8, 6.9はN = 10の高分子鎖に対して E = 0.05, 0.2, 1.0と電場を変えてシミュレーションを行った。3次元では、2次元の場合と比べると重心の速度が比較的遅いことが分かる。

’cage14.dat’ index 0’cage14.dat’ index 10’cage14.dat’ index 30’cage14.dat’ index 60

’cage14.dat’ index 100

2 2.5 3 3.5 4 4.5 5 5.5 6 01

23

45

67

00.5

11.5

22.5

33.5

’cage14.dat’ index 0’cage14.dat’ index 10’cage14.dat’ index 30’cage14.dat’ index 60

’cage14.dat’ index 100

24

68

1012

14 0

5

10

15

20

25

012345678

図 6.8: 3次元のケ-ジモデルの時間発展の様子。両図とも初期配置から1000, 3000, 6000, 10000 mcs 行った高分子の形状を表している。パラメータは、両図とも tMc = 10000,N = 10で、左図がE = 0.05, 右図がE = 0.2である。

42

Page 45: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

’cage14.dat’ index 0’cage14.dat’ index 10’cage14.dat’ index 30’cage14.dat’ index 60

’cage14.dat’ index 100

23

45

67

8 01

23

45

67

8

-1

0

1

2

3

4

5図 6.9: 3次元のケ-ジモデルの時間発展の様子。初期配置から 1000, 3000, 6000, 10000 mcs

行った高分子の形状を表している。パラメータは、tMc = 10000,N = 10,電場 E = 1.0と設定した。

6.2.2 重心の動き

2次元と同様に重心の移動の様子と、重心速度の初期配置依存性を調べた。図 6.10は縦軸を平均重心位置、横軸を経過したmcsに取りプロットしたものである。同じ初期配置の重心位置の移動のデータを、Sp = 300のサンプル数を取って平均したグラフで、3つのグラフは電場E = 0.05, 0.2, 1.0で調べたものである。この平均操作によって、重心位置の熱揺らぎの効果がなくなった結果から、初期配置の記憶がおよそ 1000 mcs行えば消えることが推測される。

3.5

4

4.5

5

5.5

6

6.5

7

7.5

8

0 500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000 4500 5000

’cage18-42.dat’ u 1:4

2

4

6

8

10

12

14

0 500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000 4500 5000

’cage18-42.dat’ u 1:4

3.5

4

4.5

5

5.5

6

6.5

7

7.5

8

8.5

0 2000 4000 6000 8000 10000

’cage18-42.dat’ u 1:4

図 6.10: 3次元ケ-ジモデルの平均重心位置とモンテカルロステップ数との関係。共通パラメータは N = 10, tMc = 10000, 初期配置(前節と同じ)で、左上図はE = 0.05, 右上図はE = 0.2, 左下図はE = 1.0である。

43

Page 46: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

6.2.3 ドリフト速度の分布

次にドリフト速度の分布の様子を調べた。これも2次元で行った方法と同様である。図6.11は同じパラメータ、初期配置のサンプルを複数用意して得られたドリフト速度の分布を表している。グラフの横軸は速度の大きさ、縦軸は速度の大きさ順にサンプルを並べたとき、それ以上の大きさを持つサンプル数と総サンプル数との割合である。赤線は Sp = 500

個のサンプルから得られたドリフト速度をグラフに表したものである。緑線は分布がガウス分布と仮定して、赤線にフィットさせた誤差関数である。この誤差関数から平均値及び相対誤差の標準偏差が 2次元と同様の方法で求めることが出来る。これによりサンプルの平均値は 5.0 × 10−5, 平均値の標準偏差の推定値は 3.7 × 10−5, 相対誤差の標準偏差の推定値は 3.3 × 10−2となった。

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

0.8

0.9

1

0 2e-05 4e-05 6e-05 8e-05 0.0001 0.00012 0.00014

’cage21-3.dat’ u 5:10.5*erf(-3.85*10**4*(x-0.0000496))+0.5

図 6.11: 3-dドリフト速度の分布を調べたグラフ。パラメータは N =

10,E = 1.0, Sp = 500, tMc =

1.0 × 106, 初期配置は前節と同じ形状で、1000 mcs行った後に速度を測定した。

6.2.4 電場-ドリフト速度の関係

前節、前々節で得られた結果を使って電場とドリフト速度の関係を算出する前に予備的な計算として、目算勘定でサンプルと初期配置の記憶を消すモンテカルロステップ数を決めて数値計算を行った。図 6.12はN = 10についてはサンプル数 Sp = 500, 空回しmcs 5000

後 1.0 × 106mcs行い、N = 15 については Sp = 1000, 空回しmcs 5000後に 3.0 × 106mcs

行った結果である。この結果は先に載せた論文の図と同じにならなければならない。図 6.13は2つの図のス

ケールを合わせてプロットしたものである。この図から分かることは、E ∼ 1.0以外ではN = 10, N = 15の両方で誤差が少ないが、E = 1.0付近では特にN = 15での値が大幅にずれていることである。これはサンプル数が少ないこと、またN = 15での初期形状因子が残ったままドリフト速度の測定を行ったことなどが考えられる。しかし、Eの値が小さな場所で結果が一致していることから、我々のケ-ジモデルによるシミュレーションは充分再現できたとしてこの章を終える。

44

Page 47: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

図 6.12: 3-dでの電場-ドリフト速度の関係グラフ。緑線がN =

10, 赤線が N = 15のときの関係を表している。パラメータはN = 10で初期配置の形状効果を取るmcs 5.0× 103, tMc = 1.0×106, Sp = 500, N = 15で同様に5.0× 103, tMc = 3.0× 106, Sp =

1000, 電場Eについてはどちらも E = 0.05 ∼ 1.0, 0.05刻みでとった。

図 6.13: 図 6.12 と論文の図 (図 6.7)とを縦横スケールを合わせて照合させたもの。論文とは電場 E = 1.0

付近でずれがあることが分かる。

45

Page 48: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

第7章 まとめと考察

DNAゲル電気泳動において様々なシミュレーションモデルが存在し、本論文では主に3つの格子モデルの特徴や性質、問題点についてまとめた。またその 3種類のうちの1つであるケ-ジモデルを扱い、その性質を実際にシミュレーションを通して理解した。そして論文の図を再現しようと試み、その結果に近いグラフを得ることができた。

46

Page 49: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

謝辞

まずはじめに、一番お世話になった中西教授に御礼申し上げます。中西教授には、修士の研究についてはもとより、ゼミの指導や講義など、様々な面で大変お世話になりました。また、私が落ち込んでいた時には相談に乗って頂き、研究を怠け気味にしていたときには叱って下さいました。本当に感謝致しております。また、助手の御手洗さんにも、ゼミの場で的確な意見を述べて下さったり、パソコンの技術的な問題を解決して頂いたりと、大変お世話になりました。また、研究がうまく行かないときに、アドバイスを下さったり、デンマークからウェブカメラを通して指導をして下さいました。本当に感謝致しております。野村先生には、ゼミの指導やパソコンの不具合を直して下さるなど、お世話になりました。ありがとうございます。また、固体の院生の方々、特に肘井さん、河原さん、村島さん、松尾さん、岩下さんには、計算機やパソコン操作に関する問題を解決してくれたりして下さいました。それに研究生活は当然のことながら、研究室を離れた所でもいろいろとお世話になりました。ここに感謝の意を表します。また物性の方々にもお世話になりました。特に吉森先生には、私の研究室での悩みを察して頂いて、相談に乗って下さり、励ましの言葉を頂きました。本当にありがとうございます。小山さんには、高分子のことや、物理以外の様々な知識をいろいろと教えて頂きました。ありがとうございます。また、私と同じ部屋になった方々には、いつも気をつかって頂き、ありがとうございました。最後に、研究室の方々、物性の方々、物理事務の方々、バイト先の方々、物理学科の同学年、他学年の方々、本当にお世話になりました。重ね重ねここに感謝の意を表します。本当にありがとうございました!

47

Page 50: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

参考文献

[1] C. Heller, T. Duke and J. L. Viovy. Biopolymers, 34, 249-259(1994)

[2] Gary W. Slater and Jaan Noolandi. Biopolymers, 28, 1781-1791(1989)

[3] Alexander van Heukelum and Gerard T. Barkema. Electrophoresis, 23, 2562-

2568(2002)

[4] J. L. Viovy. Review of Modern Physics, 72, 3, 813-872(2000)

[5] Gary W. Slater and Jaan Noolandi. Phys. Rev. Lett., 55, 15, 1579-1582(1985)

[6] O. J. Lumpkin, B. H. Zimm. Biopolymers, 21, 2315-2316(1982)

[7] Oscar J. Lumpkin, Philippe Dejardin and Bruno H. Zimm. Biopolymers, 24, 1573-

1593(1985)

[8] T. A. J. Duke, A. N. Semenov and J. L. Viovy. Phys. Rev. Lett., 69, 22, 3260-

3263(1992)

[9] P. G. de Gennes. The Journal of Chem. Phys., 55, 2, 572-579(1971)

[10] I. Carmesin and Kurt Kremer. Macromolecules 21, 2819-2823(1988)

[11] Ryuzo Azuma and Hajime Takayama. Jour. of Chem. Phys., 111, 18, 8666-8671(1999)

[12] Katumi Hagita, Daisuke Ishizuka, and Hiroshi Takano. Jour. of the Phys. Soc. of

Japan, 70, 10, 2897-2902(2001)

[13] K. E. Evans and S. F. Edwards. J. Chem. Soc., Faraday trans. 2, 77, 1891-1912(1981)

[14] K. E. Evans and S. F. Edwards. J. Chem. Soc., Faraday trans. 2, 77, 1913-1927(1981)

[15] K. E. Evans and S. F. Edwards. J. Chem. Soc., Faraday trans. 2, 77, 1928-1938(1981)

[16] A. van Heukelum and H. R. W. Beljaars. Jour. of Chem. Phys., 113, 9, 3909-

3915(2000)

[17] G. T. Barkema and H. M. Krenzlin. Jour. of Chem. Phys., 109, 15, 6486-6489(1998)

48

Page 51: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

[18] A. van Heukelum, G. T. Barkema, and R. H. Bisseling. Jour. of Computarional Phys.,

180, 313-326(2002)

[19] Michael Rubinstein. Phys. Rev. Lett., 59, 17, 1946-1949(1987)

[20] G. T. Barkema, J. F. Marko, and B. Widom. Phys. Rev. E., 49, 6, 5303-5309(1994)

[21] M. Widom, and I. Al-Lehyani. Physica A, 244, 510-521(1997)

[22] M. E. J. Newman and G. T. Barkema. Phys. Rev. E, 36, 3, 3468-3473(1997)

[23] Richard D. Willmann and Gunter M. Schutz, and Kavita Jain. Phys. Rev. E. 67,

061806, 1-13(2003)

[24] J. Klein Wolterink and G. T. Barkema. Molecular Phys. 103, 21-23, 3083-3089(2005)

[25] H. P. Deutsch, K. Binder. Jour. of Chem. Phys. 94, 2294-2304(1991)

[26] W. Paul, K. Binder, D. W. Kremer. Jour. of Chem. Phys. 95, 7726-7740(1991)

[27] T. Kreer, J. Baschnagel, M. Muller, and K. Binder. Macromolecules, 34, 1105-

1117(2001)

[28] J. Boileau, G. W. Slater. Electrophoresis, 22, 673-683(2001)

[29] R. Azuma and H. Takayama. Phys. Rev. E 59, 650-655(1999)

[30] 土井正男, 小貫明「高分子物理・相転移ダイナミクス」現代の物理学 第 19巻, 岩波書店 (1992)

[31] ド・ジャン著,久保亮五,高野 宏,中西 秀 訳 「高分子の物理学~スケーリングを中心にして~」吉岡書店 (1984)

[32] 川勝 年洋「高分子物理の基礎~統計物理的方法を中心に」臨時別冊・数理科学,サイエンス社 (2001)

[33] 日本電気泳動学会,「最新 電気泳動実験法」医歯薬出版株式会社 (1999)

[34] 宮崎 浩,加藤和夫「等速電気泳動法」講談社 (1980)

[35] 本田進,寺部茂「キャピラリー電気泳動 基礎と実際」講談社 (1995)

[36] 芝 紀代子「目で見る電気泳動法 1 セルロースアセテート膜」医歯薬出版株式会社(1988)

[37] 芝紀代子「目で見る電気泳動法2寒天・アガロースゲル」医歯薬出版株式会社 (1991)

49

Page 52: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

[38] 木曽 義之「ゾーン電気泳動~イオニクスの新しいこころみ」化学の領域選書 3,南江堂 (1972)

[39] 青木幸一郎,永井 裕「最新電気泳動法」廣川書店 (1978)

[40] M. E. J. Newman, G. T. Barkema. Monte Calro Methods in Statistical Physics, Claren-

don Press, Oxford(1999)

[41] G. W. Slater. Electrophoresis, 14, 1-7(1993)

[42] Hiroshi Noguchi, Masanori Ueda, Yoshinobu Baba, and Masako Takasu. Jour. of Poly.

Sci. Part B: Polymer Phys., 41, 1316-1322(2003)

[43] G. W. Slater, S. Guillouzic, M. G. Gauthier, J. Mercier, M. Kenward, L. C. Mc-

Cormick, and F. Tessier. Electrophoresis, 23, 3791-3816(2002)

[44] D. Rodbard, A. Chrambach. Proc. of the National Acad. of Sci., 65, 4, 970-977(1970)

[45] T. A. J. Duke. Phys. Rev. Lett., 62, 24, 2877-2880(1989)

[46] C. J. Olson Reichhardt, C. Reichhardt. Phys. Rev. E, 74, 051908, 1-6(2006)

[47] C. Yuan, E. Rhoades, D. M. Heuer, S. Saha, X. Wen Lou, and L. A. Archer. Anal.

Chem. 78, 17, 6179-6186(2006)

[48] M. Widom, I. Al-Lehyani. Physica A 244, 510-521(1997)

[49] E. Carlon, A. Drzewinski, and J. M. J. Van Leeuwen. Phys. Rev. E, 64, 010801,

1-4(2001)

[50] 村松 正貫「ラボマニュアル遺伝子工学 第3版」丸善 (1996)

[51] 川喜田正夫「遺伝子」基礎分子物理学 2,朝倉書店 (2002)

[52] C. Heller, T. Duke, and J. L. Viovy. Biopolymers, 34, 249-259(1994)

[53] Willams, J. G. Nucleic Acids Res., 18, 6531-6535(1990)

[54] S. Gurrieri, E. Rizzarelli, D. Beach, and C. Bustamante. Biochem. 29, 3396-3401(1990)

[55] Kim Sneppen and Giovanni Zocchi「Physics in molecular biology」Cambridge Uni-

vercity Press(2005)

[56] P. E. Rouse. J. Chem. Phys.,21, 1272(1953)

[57] B. H. Zimm. J. Chem. Phys., 24, 269(1956)

[58] P. H. Verdier, W. H. Stockmayer. J. Chem. Phys. 36, 227-235(1962)

50

Page 53: DNAゲル電気泳動のシミュレーションモデルnakanisi/Lab/Publications/...概要 DNA ゲル電気泳動の実験におけるいくつかのモデルについて行われた研究内容をまと

[59] M. Olvera de la Cruz, J. M. Deutsch, S. F. Edwards. Phys. Rev. A, 332047-2055(1986)

[60] J. M. Deutsch, J. D. Reger. J. Chem. Phys., 95, 2065-2071(1991)

[61] A. Baumgartner, U. Ebert, L. Schafer. J. Stat. Phys. 90, 1375-1400(1998)

[62] M. Doi. J. Pol. Sci. Pol. Phys. Ed., 21, 667-684(1983)

[63] J. M. Deutsch, T. L. Madden. J. Chem. Phys., 91, 3252-3257(1989)

[64] M. Prahofer, H. Spohn. Physica A,233, 191-207(1996)

[65] J. M. J. Van Leeuwen, A. Kooiman. Physica A, 184, 79-97(1992)

[66] A. Kooiman,J. M. J. van Leeuwen. Physica A, 194, 163-172(1993)

[67] J. A. Leegwater, Phys. Rev. E 52, 2801-2806(1995)

[68] A. B. Kolomeisky. phD Thesis, Cornell University(1998)

[69] G. M. Shutz. Europhys. Lett. 48, 623-628(1999)

[70] J. M. Deutsch. T. L. Madden. J. Chem. Phys. 90, 2476-2485(1989)

[71] T. A. Duke, J. L. Viovy. J. Chem. Phys. 96, 8552-8563(1992)

[72] T. A. Duke, J. L. Viovy. Phys. Rev. Lett. 68, 542-545(1992)

[73] G. W. Slater. Electrophoresis, 14, 1-7(1993)

51